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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-25
(45)【発行日】2024-11-05
(54)【発明の名称】測位装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 19/44 20100101AFI20241028BHJP
   G01C 21/28 20060101ALI20241028BHJP
【FI】
G01S19/44
G01C21/28
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020176058
(22)【出願日】2020-10-20
(65)【公開番号】P2022067376
(43)【公開日】2022-05-06
【審査請求日】2023-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000004330
【氏名又は名称】日本無線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126561
【弁理士】
【氏名又は名称】原嶋 成時郎
(74)【代理人】
【識別番号】100141678
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】小田 真嗣
【審査官】梶田 真也
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-270319(JP,A)
【文献】特開2009-025049(JP,A)
【文献】特開2009-270927(JP,A)
【文献】特開2016-057239(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 5/00 - 5/14
G01S 19/00 - 19/55
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の衛星から送信される測距信号を基準局および受信機が受信して前記基準局に対する前記受信機の相対位置を計算する測位装置であり、
前記測距信号の搬送波位相を観測量として前記受信機の3次元位置と前記測距信号の搬送波の実数値バイアスとを未知数とする測位方程式を解いて前記実数値バイアスを計算する実数解計算部と、
前記計算された前記実数値バイアスのうち所定の条件を満たす前記実数値バイアスによって第1サブセットを生成して整数化する第1の整数化部と、
前記計算された前記実数値バイアスで前記第1の整数化部における処理では整数化の処理対象とされなかった前記実数値バイアスのうち前記第1の整数化部で前記整数化の処理対象とされた前記実数値バイアスとの差の小数部の絶対値が所定の閾値よりも小さい前記実数値バイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットを生成して整数化する第2の整数化部と、を有
前記第1サブセットが前記実数値バイアスの全てを含む場合、又は、前記第2サブセットの整数化が成功しなかった場合には、前記第1の整数化部から出力される整数値バイアスの集合を用いて、前記実数解計算部において計算される前記受信機の3次元位置を修正し、前記基準局に対する前記受信機の前記相対位置を計算し、
前記第1サブセットが前記実数値バイアスの全てを含まず、且つ、前記第2サブセットの整数化が成功した場合には、前記第2の整数化部から出力される整数値バイアスの集合を用いて、前記実数解計算部において計算される前記受信機の3次元位置を修正し、前記基準局に対する前記受信機の前記相対位置を計算する、
ことを特徴とする測位装置。
【請求項2】
前記第1の整数化部における整数化の成否の状況と前記第2の整数化部における整数化の成否の状況とに基づいて前記整数値バイアスの分散を調整する整数解分散調整部と、
前記実数解計算部によって計算された前記実数値バイアスを前記調整された前記整数値バイアスの分散を用いて更新する実数解更新部と、をさらに有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の測位装置。
【請求項3】
前記測位方程式をカルマンフィルタを適用して解く、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の測位装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、測位装置に関し、特に、全地球測位衛星システムの衛星から送信される測距信号を受信して観測局側の観測データと基準局側の観測データとを用いて相対測位を実施する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
GPS(Global Positioning System の略)、Galileo、GLONASS(GLObal NAvigation Satellite System の略)、BeiDou、およびQZSS(Quasi-Zenith Satellite System の略)などを含む全地球測位衛星システム(GNSS:Global Navigation Satellite System の略)は、衛星から発信される電波(具体的には、測距信号)を利用して受信点の位置を算定する仕組みである。全地球測位衛星システムを用いて位置を測定する測位装置は、複数の衛星から送信されたそれぞれの信号に基づいて当該の測位装置の位置を測定する。
【0003】
GNSSを利用して相対測位を実施する従来の技術として、基地局で求められた複数の測位用衛星のキャリア位相情報を受信する手段と、前記複数の測位用衛星からの信号を受信して各々のキャリア位相を求めるとともに、当該キャリア位相と基地局から受信した前記複数の測位用衛星のキャリア位相とからキャリア位相の二重位相差を求め、該二重位相差および前記複数の測位用衛星の位置から受信点を測位する手段と、当該受信点の高さと測位用衛星からの受信信号を用いないで求めた受信点の高さとの差に基づいて、二重位相差に生じるサイクルスリップの有無を判定する判定手段とを設けたキャリア位相相対測位装置、が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-013237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、GNSSを利用する測位では、衛星から測位装置までの擬似距離に準ずる搬送波位相を観測し、観測された搬送波位相(「キャリア観測量」と呼ぶ)を使用して高精度な測位位置を求めるところ、搬送波(キャリア)の位相部分は正確に観測できる一方で、電波伝搬される間の波長数(別言すると、波長数に準ずる「バイアス」)は正確には観測できない。このため、キャリア観測量には波長数のアンビギュイティ(ambiguity、曖昧さ)が必ず存在する。前記アンビギュイティを解決する(言い換えると、電波伝搬される間の波長数を正確に推定する)ことで高精度な測位位置を求めることができる。前記アンビギュイティを解決するため、測位方程式でアンビギュイティを未知数として解いて実数値バイアスを求め、さらに、実数値バイアスのサブセットを用意して整数最小二乗法で前記サブセットの実数値バイアス群を整数化して整数値バイアスを求める。そして、求められた整数値バイアスを用いて高精度な測位位置を求める。
【0006】
ここで、整数値バイアスを用いて求められた測位位置を「fix解」と呼び、整数値バイアスが求められずに実数値バイアスによって求められた測位位置を「float解」と呼ぶ。fix解の測位精度はfloat解よりも良くなるため、実数値バイアスの整数化処理(言い換えると、整数値バイアスを求める処理)は非常に重要である。
【0007】
しかしながら、実数値バイアスの整数化処理で求められた整数値バイアスの個数が少な
い場合、少ない整数値バイアスで求めた測位位置は誤差が大きくなる、という問題がある。具体的には例えば、移動中のユーザ(別言すると、GNSS受信機)が衛星A群から送信される測距信号と衛星B群から送信される測距信号とを受信して測位位置を求める場合に、衛星A群から送信される測距信号については安定して受信できる状況であり、衛星B群から送信される測距信号については電柱や電線によって測距信号の瞬断やサイクルスリップが発生し易い状況であるとする。この場合、衛星B群は観測誤差が大きい状況であり、推定される実数値バイアスにも誤差が重畳しているため、衛星B群の実数値バイアスを整数化することができず、つまり整数値バイアスを求めることができない。このため、衛星A群から送信される測距信号のみで整数値バイアスを求めることとなり、この場合、整数値バイアスに重畳している誤差もゼロではないため、少ない整数値バイアスで求めた測位位置にも誤差が重畳し易くなるうえに、求めた3次元測位位置の精度は少ない整数値バイアスの空間的な偏りに準じて精度劣化する。
【0008】
また、衛星B群から送信される測距信号については電柱や電線によって測距信号の瞬断やサイクルスリップが発生し、測距信号の連続受信が一時的に途切れることで受信信号が瞬間的に不安定になるため観測誤差が大きくなり、観測誤差が再び収束するまでに時間を要する。観測誤差が大きい状況では、観測量をもとに推定した実数値バイアスにも大きな誤差が重畳しているため、正しい整数値バイアスを求めることができない。正しい整数値バイアスを求めるためには、観測誤差が収束するまで衛星B群の実数値バイアスを整数化しないようにする必要がある。このように、瞬断やサイクルスリップが発生し易い状況下では観測誤差が収束しにくいため、実数値バイアスの整数化に成功して得られる整数値バイアスの個数が少ない状況が継続し、測位位置の精度が継続して悪くなる、という問題がある。そして、ユーザ(別言すると、GNSS受信機)の移動中は、測距信号を安定して受信できる状況や、瞬断やサイクルスリップが発生し易い状況など常に状況が変化するため、収束して小さくなった観測誤差が再び大きくなるようなケースが多発し、結果的に観測誤差が完全に収束するまでに時間がかかるために、整数化できる実数値バイアスが減っていき、安定した測位位置を継続的に求めることができない、という問題がある。
【0009】
そこでこの発明は、高精度な測位位置を求めることが可能な、例えば測距信号の瞬断やサイクルスリップが多い環境下でも高精度な測位位置を継続して求めることが可能な、測位装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、複数の衛星から送信される測距信号を基準局および受信機が受信して前記基準局に対する前記受信機の相対位置を計算する測位装置であり、前記測距信号の搬送波位相を観測量として前記受信機の3次元位置と前記測距信号の搬送波の実数値バイアスとを未知数とする測位方程式を解いて前記実数値バイアスを計算する実数解計算部と、前記計算された前記実数値バイアスのうち所定の条件を満たす前記実数値バイアスによって第1サブセットを生成して整数化する第1の整数化部と、前記計算された前記実数値バイアスで前記第1の整数化部における処理では整数化の処理対象とされなかった前記実数値バイアスのうち前記第1の整数化部で前記整数化の処理対象とされた前記実数値バイアスとの差の小数部の絶対値が所定の閾値よりも小さい前記実数値バイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットを生成して整数化する第2の整数化部と、を有前記第1サブセットが前記実数値バイアスの全てを含む場合、又は、前記第2サブセットの整数化が成功しなかった場合には、前記第1の整数化部から出力される整数値バイアスの集合を用いて、前記実数解計算部において計算される前記受信機の3次元位置を修正し、前記基準局に対する前記受信機の前記相対位置を計算し、前記第1サブセットが前記実数値バイアスの全てを含まず、且つ、前記第2サブセットの整数化が成功した場合には、前記第2の整数化部から出力される整数値バイアスの集合を用いて、前記実数解計算部において計算される前記受信機の3次元位置を修正し、前記基準局に対する前記受信機の前記相対位置を計算する、ことを特徴とする測位装置である。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の測位装置において、前記第1の整数化部における整数化の成否の状況と前記第2の整数化部における整数化の成否の状況とに基づいて前記整数値バイアスの分散を調整する整数解分散調整部と、前記実数解計算部によって計算された前記実数値バイアスを前記調整された前記整数値バイアスの分散を用いて更新する実数解更新部と、をさらに有する、ことを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の測位装置において、前記測位方程式をカルマンフィルタを適用して解く、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の発明によれば、前段の整数化処理では整数化されなかった実数値バイアスのうち所定の条件を満たす実数値バイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットを生成して整数化するようにしているので、整数値バイアスの個数を増やすことができ、より多くの整数値バイアスを用いて測位を行うことで高精度な測位位置を求めることが可能となる。
【0014】
請求項2に記載の発明によれば、整数化の状況に基づいて整数値バイアスの分散を調整するとともに調整された整数値バイアスの分散を用いて実数値バイアスを更新するようにしているので、瞬断やサイクルスリップが発生し易い不安定な状況であれば整数値バイアスの分散値が大きくなるように調整されるので、適切な整数値バイアスの分散値で実数値バイアスを更新することができ、分散値が大きい整数値バイアスが実数値バイアスの更新に与える影響を少なくして、周辺環境が大きく変化しても実数値バイアスの更新誤差を抑えて安定した高精度な測位位置を継続的に求めることが可能となる。
【0015】
請求項3に記載の発明によれば、測位方程式を適切に解くことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】この発明の実施の形態に係る測位装置を含むGNSS受信機の概略構成を示す機能ブロック図である。
図2図1のGNSS受信機における処理手順を示すフロー図である。
図3】第2の整数化部における処理手順を示すフロー図であり、図2のフロー図におけるステップS9の処理の詳細を示すフロー図である。
図4】実施の形態に係る測位装置による実数値バイアスの整数化に関係する状況を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、この発明を図示の実施の形態に基づいて説明する。図1は、この発明の実施の形態に係る測位装置8を含むGNSS受信機1の概略構成を示す機能ブロック図である。図2は、実施の形態に係るGNSS受信機1における処理手順を示すフロー図である。図2のフロー図に示す処理手順(即ち、開始端から終了端までの一連の流れ)は、主に測位装置8が例えばプログラムに従って実行する処理内容であり、所定の時間間隔(具体的には例えば、1秒間隔)での入力情報(観測情報)取得毎に繰り返し実行される。
【0018】
GNSS受信機1は、全地球測位衛星システム(GNSS:Global Navigation Satellite System の略)によって位置情報を取得するための仕組みである。GNSS受信機1は、GNSSアンテナ2と、GNSS受信部3と、データ通信用アンテナ4と、データ受信部5と、衛星情報取得部6と、基準局情報取得部7と、測位装置8と、を有する。GNSS受信機1は、他のGNSS受信機に対する自身の相対位置を計算して出力する。
【0019】
上記における他のGNSS受信機は、相対位置の計算(即ち、相対測位)において「基準局」と位置づけられる。基準局は、固定的に設置されて設置位置が予め定まっている(即ち、設置位置が既知である)。
【0020】
GNSSアンテナ2は、複数の衛星(例えば、GPS衛星)のそれぞれから送信される
電波(測距信号;具体的には、所定の周波数の搬送波(即ち、キャリア)にPRN(擬似ランダムノイズ)コードおよび航法メッセージが重畳された信号)を受信してGNSS受信部3へと転送する。
【0021】
ここで、全地球測位衛星システムを構成する衛星であってGNSS受信機1や基準局において受信される電波(測距信号)を送信する複数の衛星を「複数の衛星Sx」と表記する。そして、複数の衛星Sxの各々を相互に区別するときは(言い換えると、相互に異なる衛星であることを意味する場合には)添字xを変えて表記する。具体的には例えば、「衛星Sj」と「衛星Sk」とは相互に異なる衛星であることを表す。
【0022】
GNSS受信部3は、GNSSアンテナ2から転送される測距信号に対して所定の処理を施して衛星情報取得部6において利用可能な形式の信号を出力する。GNSS受信部3は、例えば、GNSSアンテナ2から転送される測距信号の周波数を中間周波数に変換するとともにアナログ-デジタル変換処理を行ってデジタル信号を生成し、前記デジタル信号に対して復調処理を施して復調した測距信号を出力する(ステップS1)。
【0023】
データ通信用アンテナ4は、基準局から送信されるデータを受信してデータ受信部5へと転送する。GNSS受信機1と基準局との間では、予め定められた所定のフォーマットに従って信号の送受信が行われる。
【0024】
基準局から送信されるデータは、基準局がGNSSアンテナを介して受信した複数の衛星Sxごとの測距信号に関する情報と基準局の3次元位置を含む情報(「基準局衛星情報」と呼ぶ)である。基準局衛星情報が、所定の周期ごとに基準局から送信されてGNSS受信機1へと供給される(ステップS2)。
【0025】
データ受信部5は、データ通信用アンテナ4から転送されるデータ(即ち、基準局衛星情報)に対して所定の処理を施して基準局情報取得部7において利用可能な形式の信号を出力する。
【0026】
衛星情報取得部6、基準局情報取得部7、および測位装置8は、例えばCPU(Central Processing Unit の略)、メモリ、および入力・出力ポートなどを含む演算ユニット内に構成され、メモリに記憶された制御プログラムや各種データをCPUが参照することによって必要な処理を実行する。
【0027】
衛星情報取得部6は、所定の周期ごとに、GNSS受信部3から出力される測距信号を用いて、必要に応じて前記測距信号に対して従来周知の演算処理を施して、複数の衛星Sxごとに、前記測距信号を送信した衛星に関する情報(「観測局観測データ」と呼ぶ)を取得する(ステップS3)。
【0028】
衛星情報取得部6は、複数の衛星Sxの各々について、観測局観測データとして、例えば、GNSSアンテナ2を介して受信した測距信号の搬送波位相(別言すると、キャリア観測量)、前記測距信号を送信した衛星とGNSS受信機1(特に、GNSSアンテナ2)との間の擬似距離、測距信号の受信時刻、測距信号の信号強度、および、前記測距信号を送信した衛星の3次元位置(x,y,z)を取得する。
【0029】
基準局情報取得部7は、所定の周期ごとに、データ受信部5から出力される基準局衛星情報に含まれる、基準局が受信した測距信号に関する情報を用いて、必要に応じて前記測距信号に対して従来周知の演算処理を施して、複数の衛星Sxごとに、前記測距信号を送信した衛星に関する情報(「基準局観測データ」と呼ぶ)を取得する(ステップS4)。
【0030】
基準局情報取得部7は、基準局が電波(測距信号)を受信した複数の衛星Sxの各々について、基準局観測データとして、例えば、基準局が受信した測距信号の搬送波位相(別言すると、キャリア観測量)、前記測距信号を送信した衛星と基準局(特に、GNSSアンテナ)との間の擬似距離、測距信号の受信時刻、測距信号の信号強度、および基準局の3次元位置を取得する。
【0031】
上記の観測局観測データと基準局観測データとは、必要に応じて、必要な項目については、GPS時刻などが利用されて同期がとられる。
【0032】
なお、上記の基準局観測データのうちの一部もしくは全部は、基準局において計算されたうえで、基準局衛星情報に含められて基準局からGNSS受信機1へと送信されるようにしてもよい。
【0033】
測位装置8は、複数の衛星Sxから送信される測距信号に基づいて、当該測位装置8を含むGNSS受信機1(別言すると、観測局)と基準局との相対位置(即ち、基準局に対するGNSS受信機1の相対位置)を計算するための仕組みであり、実数解計算部81、第1の整数化部82、第2の整数化部83、fix解位置算出部84、整数解分散調整部85、および実数解更新部86を有する。
【0034】
この実施の形態に係る測位装置8は、具体的には、複数の衛星Sxから送信される測距信号を基準局およびGNSS受信機1が受信して基準局に対するGNSS受信機1の相対位置を計算する測位装置であり、測距信号の搬送波位相を観測量としてGNSS受信機1の3次元位置と測距信号の搬送波の実数値バイアスとを未知数とする測位方程式を解いて実数値バイアスを計算する実数解計算部81と、前記計算された実数値バイアスのうち所定の条件を満たす実数値バイアスによって第1サブセットを生成して整数化する第1の整数化部82と、前記計算された実数値バイアスで第1の整数化部82における処理では整数化の処理対象とされなかった実数値バイアスのうち第1の整数化部82で整数化された整数値バイアスとの差の絶対値が所定の閾値よりも小さい実数値バイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットを生成して整数化する第2の整数化部83と、GNSS受信機1の3次元位置を計算するfix解位置算出部84と、第1の整数化部82における整数化の成否の状況と第2の整数化部83における整数化の成否の状況とに基づいて整数値バイアスの分散を調整する整数解分散調整部85と、実数解計算部81によって計算された実数値バイアスを調整された整数値バイアスの分散を用いて更新する実数解更新部86と、を有する、ようにしている。
【0035】
実数解計算部81は、観測情報(具体的には、観測局観測データおよび基準局観測データ)に基づく測位方程式を解くことにより、GNSS受信機1の3次元位置と実数値バイアスとを計算する(ステップS5)。ここで、実数解計算部81で求まるGNSS受信機1の3次元位置は実数値バイアスに基づいて計算されるため「float解位置(言い換えると、実数解による位置)」と呼ぶ。
【0036】
はじめに、ステップS5の処理で用いられる測位方程式について説明する。
【0037】
まず、衛星Ssの電波を基準局で受信した際の測距信号の搬送波位相(別言すると、キャリア観測量)φb_s[cycle]は以下の数式1のように表される。
(数1) λsφb_s = ρb_s+λsNb_s+c(dtb-dT_s)-Db_s+Tb_s
ここに、
λs :衛星Ssの搬送波の波長[m]
ρb_s :基準局と衛星Ssとの間の幾何学距離[m]
Nb_s :実数値バイアス[cycle]
dtb :基準局の時計誤差[秒]
dT_s :衛星の時計誤差[秒]
Db_s :基準局と衛星Ssとの間における電離層遅延量[m]
Tb_s :基準局と衛星Ssとの間における対流圏遅延量[m]
c :光速[m/秒]
添字b:基準局を表す。
添字s:衛星Ssを表す。
【0038】
数式1に倣って表される測距信号の搬送波位相について、観測局観測データおよび基準局観測データを利用した相対測位を実施する際のGNSS受信機1と基準局とにおける、衛星Sj(基準衛星とする)と衛星Skとに関する測距信号の搬送波位相の二重差(二重位相差)φrb_jkを計算すると以下の数式2のようになる。
(数2) λsφrb_jk = ρrb_jk+λsNrb_jk
ここに、
λs :衛星Ssの搬送波の波長
ρrb_jk:幾何学距離の二重差
Nrb_jk:実数値バイアスの二重差
添字r :GNSS受信機1を表す。
添字b :基準局を表す。
添字j :衛星Sj(基準衛星)を表す。
添字k :衛星Skを表す。
【0039】
数式2から分かるように、二重差を計算することにより、観測データに重畳している受信側(具体的には、GNSS受信機1,基準局)の時計誤差、衛星の時計誤差、電離層遅延量、および対流圏遅延量が相殺される。
【0040】
また、相対測位を実施する際のGNSS受信機1と基準局とにおける、衛星Sj(基準衛星とする)と衛星Skとに関する測距信号の搬送波位相(別言すると、キャリア観測量)の二重位相差φrb_jkは以下の数式3のように求められる。
(数3) φrb_jk = {φr_j-φb_j}-{φr_k-φb_k}
ここに、
φr_j :GNSS受信機1で受信した衛星Sj(基準衛星)の測距信号の搬送波位相
φb_j :基準局で受信した衛星Sj(基準衛星)の測距信号の搬送波位相
φr_k :GNSS受信機1で受信した衛星Skの測距信号の搬送波位相
φb_k :基準局で受信した衛星Skの測距信号の搬送波位相
添字r:GNSS受信機1を表す。
添字b:基準局を表す。
添字j:衛星Sj(基準衛星)を表す。
添字k:衛星Skを表す。
【0041】
なお、数式2における幾何学距離の二重差ρrb_jkは ρrb_jk = {ρr_j-ρb_j}-{ρr_k-ρb_k} のように表され、基準局から衛星Sj(基準衛星)までの幾何学距離ρb_jおよび基準局から衛星Skまでの幾何学距離ρb_kは、衛星軌道情報(別言すると、エフェメリス)を基に算出する衛星Sj,Skの3次元位置と、既知の基準局の3次元位置とから求める。また、GNSS受信機1から衛星Sj(基準衛星)までの幾何学距離ρr_jおよびGNSS受信機1から衛星Skまでの幾何学距離ρr_kは、衛星軌道情報を基に算出する衛星Sj,Skの3次元位置と、GNSS受信機1の概略3次位置とから求める。
【0042】
また、数式2における実数値バイアスの二重差Nrb_jkは、GNSS受信機1と衛星Sjとの間における実数値バイアスNr_j,基準局と衛星Sjとの間における実数値バイアスN
b_j,GNSS受信機1と衛星Skとの間における実数値バイアスNr_k,および基準局と衛星Skとの間における実数値バイアスNb_kを用いて、Nrb_jk = {Nr_j-Nb_j}-{Nr_k-Nb_k} のように表される。前記の実数値バイアスNr_j,Nb_j,Nr_k,およびNb_kのことを「二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアス」と呼ぶ。
【0043】
そして、数式3に従って求められる二重位相差φrb_jkを観測量とし、GNSS受信機1の3次元位置(正確な3次元位置)と二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスとを未知数として、数式2の幾何学距離の二重差ρrb_jkをGNSS受信機1の概略3次位置まわりでテーラー級数展開して得られる測位方程式(即ち、ステップS5の処理で用いられる測位方程式)を以下の数式4のように表す。
(数4) y = H・x+ε
【0044】
数式4は数式2に基づいて構成した測位方程式であり、数式4における、yは数式3に従って求められる二重位相差φrb_jkを要素に持つ観測ベクトルであり、xはGNSS受信機1の3次元位置(未知)および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアス(未知)を要素に持つ未知数ベクトルであり、さらに、Hは観測ベクトルyと未知数ベクトルxとを数式2に基づいて関連付ける計画行列である。また、εは観測雑音項である。
【0045】
実数解計算部81は、数式4に示す測位方程式を解いて、未知数ベクトルx(具体的には、GNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスを要素に持つ)を求める。実数解計算部81で求まるGNSS受信機1の3次元位置は、実数値バイアスに基づいて計算されるためにfloat解位置となり、一般的に数十cm程度の位置精度になる。
【0046】
ステップS5の処理において測位方程式を解く仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、例えばカルマンフィルタが適用される。なお、カルマンフィルタ以外にも例えば、ガウス・ニュートン法などによる逐次的な重み付き最小二乗法などが適用されるようにしてもよい。
【0047】
カルマンフィルタを適用した測位処理は、下記の数式5に示す一群の式を用いる。
【数5】
【0048】
数式5における各変数は下記の通りである(尚、「x^」はxの直上に^が付いている
ことを表す)。
n:時刻
x^(n|n-1):(n-1)時刻までの情報を用いて推定した、n時刻における
事前推定状態量
x^(n|n) :n時刻までの情報を用いて推定した、n時刻における
事後推定状態量
y(n):観測値
F(n):状態推移行列
M(n):観測行列
K(n):カルマンゲイン
P(n|n-1):事前誤差共分散行列
P(n|n) :事後誤差共分散行列
Rε(n):観測雑音共分散行列
Rδ(n):システム雑音共分散行列
I:単位行列
T:転置を表す。
【0049】
数式4と数式5との関係について、数式5における、観測値y(n)は数式4における観測ベクトルyに対応し、観測行列M(n)は数式4における計画行列Hに対応し、観測雑音共分散行列Rε(n)は数式4における観測雑音項εに対応する。
【0050】
数式5により、事後推定状態量x^(n|n)は、観測予測誤差にカルマンゲインK(n)を乗じたものを事前推定状態量x^(n|n-1)に加えることによって計算される。具体的には、ステップS5の処理では、GNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスが数式5によって計算される。ステップS5の処理によって計算されるGNSS受信機1の3次元位置は実数値バイアスに基づいているためfloat解位置になる。
【0051】
実数解計算部81は、例えばカルマンフィルタを適用して測位方程式(数式4参照)を解くことにより、GNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスを計算して出力する。
【0052】
第1の整数化部82は、ステップS5の処理によって計算される実数値バイアスのサブセットを用意し、前記サブセットの実数値バイアス群を整数化する(ステップS6)。
【0053】
ここで、衛星から送信される測距信号は瞬断などによる外乱の影響を受けるため、測距信号の質が低下し、延いては搬送波位相の質が低下する。このため、ステップS6の処理では、搬送波位相の質の低下の影響を受けた実数値バイアスを排除して実数値バイアスの第1サブセットを生成し、この第1サブセットの実数値バイアス群を整数化する。実数値バイアスの第1サブセットは、ステップS5の処理において計算される実数値バイアスのうち、例えば、受信した測距信号の信号強度(dB/Hz;具体的には、搬送波電力対雑音比であり、帯域1Hz当たりの雑音電力である)が良好であるもののみを選択することによって生成される。第1サブセットは、あるいは、GNSS受信機1における衛星の仰角が高い衛星に関する観測局観測データが用いられて計算された実数値バイアスのみによって構成されるようにしてもよい。さらに言えば、第1サブセットを構成する実数値バイアスの選択条件は、特定の条件に限定されるものではなく、測距信号の質について或る程度の水準が保持されていることが期待できることが考慮されるなどしたうえで、適当な条件が適宜設定されるようにしてもよい。
【0054】
第1の整数化部82は、例えば、ステップS5の処理によって計算されて第1サブセッ
トを構成する実数値バイアス(実数解のバイアス)に対して誤差が最も小さい整数値バイアス(整数解のバイアス;即ち、波数)を第1候補として求め、誤差が次に小さい整数値バイアスを第2候補として求める。誤差が小さい整数解を特定する仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、例えば整数最小二乗法が用いられ、特に、実数値バイアス群の無相関化をはかって、整数解の探索空間を狭めて解(言い換えると、実数値バイアス群に対する整数値バイアス群)を特定するLAMBDA法が用いられ得る。
【0055】
第1の整数化部82は、次に、ステップS6の処理によって求めた整数値バイアス群(即ち、整数化した実数値バイアス群)の整数化に対する信頼性を判断し、信頼性の高い整数解が得られている場合には、当該の整数解に対応する実数値バイアスの整数化が成功したと判断する(ステップS7:Yes)。
【0056】
整数解の信頼性を判定する仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、例えばレシオテスト(Ratio test)が用いられ得る。レシオテストで使用される指標であるレシオは、実数値バイアスと整数値バイアス(言い換えると、整数化した実数値バイアス)の第1候補との間の距離(「ノルム」と呼ばれる)に対する、実数値バイアスと整数値バイアスの第2候補との間の距離の比である。レシオは、一般的に、高い値であるほど整数値バイアスの第1候補の信頼度が高いことを表す。そこで、閾値を適当に設定して、レシオが閾値よりも大きい場合に、整数値バイアスの信頼性が高いと判定して、当該の整数値バイアスに対応する実数値バイアスの整数化に成功したと判定することが考えられる。ここで、実数値バイアスの整数化が成功したと判定された場合は、整数化した実数値バイアスとして整数値バイアスの第1候補が採用される。
【0057】
そして、第1サブセットの実数値バイアス群の整数化が成功したと判定されない場合は(ステップS7:No)、第1の整数化部82は、測位の処理手順を図2のフロー図の終了端に進め、実数解計算部81で求められたfloat解の3次元位置を測位装置8から出力し、次に新しい観測量が入力されれば、測位の処理手順を図2のフロー図の開始端から処理を再度開始する。
【0058】
一方、第1サブセットの実数値バイアス群の整数化が成功したと判定される場合は(ステップS7:Yes)、第1の整数化部82は、続いて、すべての実数値バイアスが整数化されたか否かを判断する(ステップS8)。
【0059】
ここでのすべての実数値バイアスとは実数値バイアスの計算(ステップS5)で求めたすべての実数値バイアスのことであり、ステップS5の処理で求めたすべての実数値バイアスが、ステップS6の処理によって整数化されたか否かを判断する。つまり、S8の処理では、ステップS5の処理において計算された実数値バイアスのうち、ステップS6の処理において第1のサブセットとして選択されなかった実数値バイアスが有るか否かを判断する。
【0060】
そして、ステップS5の処理において計算された実数値バイアスについて、すべての実数値バイアスが整数化されている場合は(ステップS8:Yes)、第1の整数化部82は、ステップS6の処理において得られる整数値バイアスの集合(言い換えると、整数化した実数値バイアスの集合)をfix解位置算出部84に対して出力し、測位の処理手順をステップS10の処理へとすすめる。
【0061】
一方、ステップS5の処理において計算された実数値バイアスについて、一部の実数値バイアスが整数化されていない場合は(ステップS8:No)、第1の整数化部82は、測位の処理手順をステップS9の処理へとすすめる。
【0062】
第2の整数化部83は、ステップS6の処理の結果を受けて実数値バイアスの新しいサブセット(前記第1サブセットと区別するために「第2サブセット」と呼ぶ)を生成し、第2サブセットの実数値バイアス群を整数化する(ステップS9)。図3は、第2の整数化部83における処理手順を示すフロー図であり、図2のフロー図におけるステップS9の処理の詳細を示すフロー図である。
【0063】
第2の整数化部83は、まず、実数値解計算部81(ステップS5)で求めた実数値バイアスについて、ステップS6の処理で整数化の処理対象とされたバイアス(言い換えると、第1サブセットに属するバイアス)と整数化の処理対象とされなかったバイアス(言い換えると、第1サブセットに属さないバイアス)とに分け、第1サブセットに属するバイアスに対する第1サブセットに属さないバイアスのバイアス誤差を算出する(ステップS9-1)。
【0064】
バイアス誤差Nerrは、第1サブセットに属する衛星jに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_jと、第1サブセットに属さない衛星kに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_kとから、以下の数式6-1および数式6-2によって求められる。
(数6-1) Nrb_jk = Nrb_j-Nrb_k
(数6-2) Nerr =|Nrb_jk-round(Nrb_jk)|
ここに、
Nrb_j:第1サブセットに属する衛星jに対するバイアスの受信機間一重差[cycle]
Nrb_k:第1サブセットに属さない衛星kに対するバイアスの受信機間一重差[cycle]
Nrb_jk:バイアスの二重差[cycle]
Nerr:バイアス誤差[cycle]
round(・):引数の小数点第一位を四捨五入する処理関数
|・|:絶対値
【0065】
数式6-1によって求まるバイアスの二重差Nrb_jkは、整数化に成功した第1サブセットに属する衛星jに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_j(=Nr_j-Nb_j)を基点とした、第1サブセットに属さない衛星kに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_k(=Nr_k-Nb_k)の誤差(言い換えると、受信機間一重差Nrb_kの善し悪しを評価するための指標値)となる。また、数式6-2によって求まるバイアス誤差Nerrは数式6-1によって求まるバイアスの二重差Nrb_jkの小数部を取り出した値となり、バイアス誤差Nerrの値域は0.0~0.5 [cycle]範囲内となる。仮に、バイアス誤差Nerrが0.0[cycle]であれば、第1サブセットに属さない衛星kに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_kの誤差は小さいと判断でき、バイアス誤差Nerrが0.5[cycle]に近い値であれば、第1サブセットに属さない衛星kに対するバイアスの受信機間一重差Nrb_kの誤差は大きいと判断できる。
【0066】
ここで、ステップS6の処理では、整数化した第1サブセットのバイアスは二重差Nrb_jkの形式で求められている。そして、前記二重差の整数値バイアスから受信機間一重差のバイアスNrb_j,Nrb_kを計算すると、整数値ではなく実数値となる。すなわち、第1サブセットのバイアスは、二重差の場合は整数値バイアスであり、一重差の場合は実数値バイアスである。数式6-1および数式6-2に関係する説明では、このような特性を考慮して、単なる「バイアス」との表記も用いている。
【0067】
第2の整数化部83は、第1サブセットに属さないバイアスのバイアス誤差Nerrを数式6-1および数式6-2によって求め、次に、バイアス誤差Nerrが所定のバイアス誤差閾値よりも小さければ、第1サブセットに属さないバイアスのうち前記バイアス誤差Nerrが小さいバイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットのバイアス群を生成する(ステップS9-2)。
【0068】
つまり、第2サブセットのバイアスは、第1サブセットのバイアスの集合と、第1サブセットに属さないバイアスのうちバイアス誤差Nerrが小さいと判定されたバイアスの集合とが合わさったバイアスの集合体になる。
【0069】
バイアス誤差閾値は、特定の値に限定されるものではなく、整数化に成功した実数値バイアスの集合に加えた場合に整数化の成功を極端には阻害しないと考えられる誤差の大きさが考慮されるなどしたうえで、適当な値に適宜設定される。バイアス誤差閾値は、例えば、0.05~0.25[cycle]程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられ、特に0.15[cycle]程度に設定されることが考えられる。
【0070】
第2の整数化部83は、続いて、第2サブセットの実数値バイアス群を整数化する(言い換えると、第2サブセットの実数値バイアス群に対しての整数値バイアス群を求める)(ステップS9-3)。
【0071】
第2の整数化部83は、例えば、ステップS9-2の処理によって生成される第2サブセットを構成する実数値バイアスに対して誤差が最も小さい整数値バイアスを第1候補として求め、誤差が次に小さい整数値バイアスを第2候補として求める。誤差が小さい整数解を特定する仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、例えば整数最小二乗法が用いられ、特に、実数値バイアス群の無相関化をはかって、整数解の探索空間を狭めて解(言い換えると、実数値バイアス群に対する整数値バイアス群)を特定するLAMBDA法が用いられ得る。
【0072】
第2の整数化部83は、次に、ステップS9-3の処理によって求めた整数値バイアス群(即ち、整数化した実数値バイアス群)の整数化に対する信頼性を判断し、信頼性の高い整数解が得られている場合には、当該の整数解に対応する実数値バイアスの整数化が成功したと判断する(ステップS9-4)。
【0073】
整数解の信頼性を判定する仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、ステップS7の処理と同様に、例えばレシオテスト(Ratio test)が用いられ得る。そして、レシオに基づいて整数値バイアスの信頼性が高いと判定される場合に、当該の整数値バイアスに対応する実数値バイアスの整数化に成功したと判断することが考えられる。
【0074】
そして、第2サブセットの実数値バイアス群の整数化が成功したと判定される場合は(ステップS9-4:Yes)、第2の整数化部83は、第2サブセットの実数値バイアス群を整数化して得られる整数値バイアスの集合(言い換えると、整数化した実数値バイアスの集合)をfix解位置算出部84に対して出力する(ステップS9-5)。
【0075】
一方、第2サブセットの実数値バイアス群の整数化が成功したと判定されない場合は(ステップS9-4:No)、第2の整数化部83は、ステップS6の処理において処理の対象とされた第1サブセットの実数値バイアス群を整数化して得られる整数値バイアスの集合をfix解位置算出部84に対して出力する(ステップS9-6)。
【0076】
fix解位置算出部84は、第1の整数化部82または第2の整数化部83から出力される整数値バイアスの集合を用いて、ステップS5の処理において計算されるfloat解位置を修正して、GNSS受信機1の3次元位置を計算する(ステップS10)。ステップS10の処理において計算されるGNSS受信機1の3次元位置は整数値バイアスに基づいて計算されるため「fix解位置(言い換えると、整数解による位置)」と呼び、一般的に数cm程度の位置精度になる。
【0077】
整数解分散調整部85は、ステップS8およびステップS9-4の処理の結果を受けて、後段の実数解更新部86で使用する整数値バイアスの分散値を調整する(ステップS11)。
【0078】
整数解分散調整部85は、具体的には例えば、下記のようにして、衛星の電波受信に纏わる環境が不安定であると判断される場合には、後段の実数解更新部86で使用する整数値バイアスの分散値を大きくするように調整する。
【0079】
ア)ステップ8の処理でYesのとき
整数化できていない実数値バイアスが存在しておらず、もっとも安定した状況であると判断し、整数値バイアスの分散値をa1[cycle2]とする。
イ)ステップS9-4でYesのとき(ステップS9-5の処理を実行時)
ステップS9-3の処理で新たに加えた実数値バイアスの整数化に成功したため、瞬断やサイクルスリップが発生しやすい不安定な状況ではあるが、下記ウ)よりは安定した状況であると判断し、整数値バイアスの分散値をa2[cycle2]とする。
ウ)ステップS9-4でNoのとき(ステップS9-6の処理を実行時)
ステップS9-3の処理で新たに加えた実数値バイアスの整数化に失敗したため、瞬断やサイクルスリップが発生しやすい状況であり、上記イ)よりも不安定な状況であると判断し、整数値バイアスの分散値をa3[cycle2]とする。
【0080】
上記における係数a1,a2,a3は、整数値バイアスの分散値であり、分散値は安定した状況であれば小さな値になるため、0.0<a1<a2<a3 の関係を満たす実数として設定され、いずれも特定の値には限定されない。例えば、係数a1は、0.0001~0.01程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられ、特に0.001程度に設定されることが考えられる。また、係数a2は、0.02~0.7程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられ、特に0.1程度に設定されることが考えられる。さらに、係数a3は、0.8~1.0程度の範囲のうちのいずれかの値に設定されることが考えられ、特に1.0程度に設定されることが考えられる。
【0081】
実数解更新部86は、GNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスを要素に持つ未知数ベクトルxを下記の数式7に示す測位方程式を解いて求める。
(数7) yB = HB・x+εB
【0082】
数式7における、yBは第1の整数化部82または第2の整数化部83で求めた整数値バイアスと整数化前の実数値バイアスとの差分値を要素に持つ観測ベクトルであり、xはGNSS受信機1の3次元位置(未知)および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアス(未知)を要素に持つ数式4の未知数ベクトルxと同じ構成の未知数ベクトルであり、HBは観測ベクトルyBと未知数ベクトルxとを関連付ける計画行列である。また、εBは観測雑音項であり、その分散値には整数解分散調整部85で求めた整数値バイアスの分散値が適用される。
【0083】
実数解更新部86は、数式7による測位方程式を、数式5に示すカルマンフィルタの式を用いて解くことで未知数ベクトルxを求める。つまり、数式7による測位方程式を、第1の整数化部82または第2の整数化部83で求めた整数値バイアスと、整数解分散調整部85で求めた整数値バイアスの分散値とに基づいて解くことにより、未知数ベクトルxの要素であるGNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkに関係する実数値バイアスを更新する(ステップS12)。
【0084】
ステップS12の処理では、数式7の測位方程式を数式5に示すカルマンフィルタの式を用いて解くにあたり、数式5の観測雑音共分散行列Rε(n)を構成する整数値バイアス要素の分散値にはステップS11の処理で調整した整数値バイアスの分散値を適用する。
【0085】
ステップS12の処理において測位方程式を解く仕法は、特定の手順や手法には限定されないものの、例えばカルマンフィルタが適用される。なお、カルマンフィルタ以外にも例えば、ガウス・ニュートン法などによる逐次的な重み付き最小二乗法などが適用されるようにしてもよい。
【0086】
ステップS12で更新した実数値バイアスは、次に新しい観測量が入力されて、ステップS1の処理からの再開始した時にフィードバック利用される。具体的には、今回の処理が終了して時間更新してステップS1から処理が再開始した後の、ステップS5の数式5の事前推定状態量x^(n-1|n-1)に前回タイミング(即ち、n-1時刻)でのステップS12で更新した実数値バイアスが利用される。つまり、ステップS12で更新した実数値バイアスの情報をフィードバック利用することで、次タイミングの実数値バイアスの計算結果が、より正確になる。このフィードバック制御により、未知数として求めるGNSS受信機1の3次元位置および二重差Nrb_jkがより正確になる(言い換えると、逐次的に確度が良くなる)。
【0087】
そして、測位装置8は、求められたGNSS受信機1のfloat解位置またはfix解位置を外部出力し、次に新しい観測量が入力されれば、測位の処理手順を図2のフロー図の開始端から処理を再度開始する。
【0088】
上記のような測位装置8によれば、ステップS5の処理で求めた実数値バイアスのうち、ステップS6の整数化処理の対象にならなかった実数値バイアスについて、ステップS9-1の処理でバイアス誤差Nerrを算出し、バイアス誤差Nerrが所定の条件を満たす実数値バイアスを第1サブセットに加えた第2サブセットを生成し、第2サブセットの実数値バイアスを整数化する(ステップS9-3)ようにしているので、整数値バイアスの個数を増やすことができ、多くの整数値バイアスを用いて測位を行うことで高精度な測位位置を求めることが可能となる。
【0089】
具体的には、図4に示すように、時点Aで例えば瞬断が発生した場合を想定すると、瞬断が発生したことによるサイクルスリップなどの影響でバイアス誤差は急激に大きくなり、以降は大まかな傾向としては次第に減少しつつ細かい増減を繰り返して時点Cで収束する。従来は、実数値バイアスのバイアス誤差の収束を待ってから整数化するため、時点Cになるまで実数値バイアスを整数化しない。これに対して、上記のような測位装置8によれば、瞬断などによって搬送波の質の低下の影響を受けた実数値バイアスでも、ステップS9-1の処理において実数値バイアスのバイアス誤差を算出するようにしているので、実数値バイアスのバイアス誤差が瞬間的に収束ベルまで小さくなる時点Bが検出され、時点Bでの実数値バイアスを整数化する。これにより、整数値バイアスの個数を増やすことができ、多くの整数値バイアスを用いて測位を行うことで高精度な測位位置を求めることが可能となる。
【0090】
上記のような測位装置8によれば、また、整数化の状況に基づいて整数値バイアスの分散を調整する(ステップS11)とともに調整された整数値バイアスの分散を用いて実数値バイアスを更新する(ステップS12)ようにしているので、瞬断やサイクルスリップが発生し易い不安定な状況であれば整数値バイアスの分散値が大きくなるように調整されるので、適切な整数値バイアスの分散値で実数値バイアスを更新することができ、分散値が大きい整数値バイアスが実数値バイアスの更新に与える影響を少なくして、周辺環境が大きく変化しても実数値バイアスの更新誤差を抑えて安定した高精度な測位位置を継続的
に求めることが可能となる。
【0091】
以上、この発明の実施の形態について説明したが、具体的な構成は、上記の実施の形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても、この発明に含まれる。
【0092】
例えば、上記の実施の形態では整数化の状況に基づいて整数値バイアスの分散を調整する(ステップS11)とともに調整された整数値バイアスの分散を用いて実数値バイアスを更新する(ステップS12)ようにしているが、ステップS11およびステップS12の処理はこの発明において必須の構成ではなく、ステップS8の処理またはステップS9の処理の後にステップS10の処理をしてステップS1の処理に戻るようにしてもよい。
【0093】
また、この発明の主たる要点は第2の整数化部83によるステップS9の処理であるとともにこれに従属する要点は整数解分散調整部85によるステップS11の処理であり、GNSS受信機1や測位装置8の具体的な構成は図1に示す例に限定されるものではなく、また、前記要点以外の処理内容は上記の実施の形態における処理内容には限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0094】
この発明は、例えば、車載用ナビゲーションシステムの分野や、車両の制御や自動運転システムの分野に適用され得る。また、この発明は、基準局情報を使用したRTK(Real Time Kinematic の略)測位方式だけでなく、日本の準天頂衛星から放送されるセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)を基準局情報の代わりに使用して観測局観測データの誤差を抑圧する高精度単独精密測位(PPP:Precise Point Positioning
の略)-RTK測位方式や、補強情報配信業者が提供する精密な衛星暦(衛星位置、衛星時計)や対流圏遅延情報を基準局情報の替わりに使用して観測局観測データの誤差を抑圧する高精度単独精密測位(PPP)方式にも適用することができる。
【符号の説明】
【0095】
1 GNSS受信機
2 GNSSアンテナ
3 GNSS受信部
4 データ通信用アンテナ
5 データ受信部
6 衛星情報取得部
7 基準局情報取得部
8 測位装置
81 実数解計算部
82 第1の整数化部
83 第2の整数化部
84 fix解位置算出部
85 整数解分散調整部
86 実数解更新部
図1
図2
図3
図4