(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】BMPR2産生促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/197 20060101AFI20241029BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
A61K31/197 ZNA
A61P43/00 105
(21)【出願番号】P 2020206941
(22)【出願日】2020-12-14
【審査請求日】2023-10-30
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 寿
(72)【発明者】
【氏名】村上 祐子
(72)【発明者】
【氏名】田中 浩
(72)【発明者】
【氏名】山羽 宏行
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/158561(WO,A1)
【文献】特開2015-157841(JP,A)
【文献】特表2017-520757(JP,A)
【文献】Bone,2018年,Vol.112,p.97-106
【文献】American Journal of Respiratory and Critica Care Medicine,2018年,Vol.197 ,A2449
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤。
【請求項2】
血管内皮細胞におけるBMPR2産生を促進する請求項1記載のBMPR2産生促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤、肺動脈性肺高血圧症改善剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
骨形成タンパク質(bone morphogenetic protein:BMP)は、多分化能をもつ間葉系幹細胞から骨芽細胞に分化する過程や、石灰化並びに骨形成に関与するタンパク質として知られている。BMPはトランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)スーパーファミリーに属しており、14種類のリガンド(BMP2、BMP4、BMP7等)及び2種類の受容体(BMPR1、BMPR2)が同定されている(非特許文献1、2)。また、BMPの生理学的機能は、細胞分化や骨形成以外に、細胞増殖、器官発生、器官形成、アポトーシスにおける調節因子として関与する等多岐にわたることが明らかにされている(非特許文献3)。
【0003】
肺動脈性肺高血圧症は、心臓から肺に血液を送るための血管である肺動脈の圧力(血圧)が異常に上昇する症状である。肺動脈の圧力の上昇は、肺の細い血管が異常に狭くなり、硬くなるために、血液の流れが悪くなることにより生じる(非特許文献4)。病気が進行し肺血管抵抗が高くなると、運動時の心拍出量制限が出現する。更に進行すると、安静時の心拍出量も減少、持続的且つ進行性右室負荷により、右室肥大が生じるが、適切な肥大が伴わない例や急性増悪によって右心不全状態となる。肺動脈性肺高血圧症はニース分類ではI群に相当し、突発性及び遺伝性、膠原病、先天性心疾患、門脈圧亢進症等の疾患に伴うもの等からなる(非特許文献5)。しかしながら、ほとんどの病態において発症原因は解明されておらず、難病に指定されている。
【0004】
基礎疾患を認めない肺動脈性肺高血圧症には、家族性に発症する例があり、原因遺伝子としてBMPR2の変異、及びそれに伴う機能低下が認められている(非特許文献5、6、7、8)。また、これまでに肺動脈性肺高血圧症を予防及び治療する方法として、BMPR2活性化剤を用いた療法(特許文献1)、肺に対する特異性を有するペプチド(特許文献2)等が知られている。そのため、BMPR2の発現を亢進し機能を正常化することは、症状の改善につながると考えられる。
【0005】
ε-アミノカプロン酸は生体内で作られるプラスミン等の炎症誘発物質の生成を抑制するアミノカルボン酸型の抗炎症剤である(特許文献3)。今までに、ε-アミノカプロン酸を血栓形成剤として含有する凝集物(特許文献4)、血管新生を調節する薬物として含有する組成物(特許文献5)等が知られている。しかしながら、ε-アミノカプロン酸を有効成分として含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤及び肺動脈性肺高血圧症改善剤については知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2018-502126
【文献】特開2019-214579
【文献】特開2006-182655
【文献】特表2013-536848
【文献】特開2014-205697
【非特許文献】
【0007】
【文献】山田志津香,生体医工学,44(4),490-495(2006)
【文献】三品裕司,生化学,89(3),400-413(2017)
【文献】和泉正丈,歯科学報,102(10),764-771(2002)
【文献】難病情報センター,肺動脈性肺高血圧症(指定難病86)
【文献】田邉信宏,日本内科学会雑誌,103(9),2137-2143(2014)
【文献】Am.J.Hum.Genet.,67(3),737-744(2000)
【文献】Nat Genet.,26(1),81-84(2000)
【文献】Am.J.Hum.Genet.,68(1),92-102(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決する課題は、BMPR2発現を促進する医薬組成物を見出し、これを有効成分とする、作用点が明確であり、且つ優れたBMPR2産生促進剤、肺動脈性肺高血圧症改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題の解決に向け鋭意検討を行った結果、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩に優れたBMPR2産生促進作用を有することを見出した。更に、本発明者らは、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を含有する組成物に、優れた肺動脈性肺高血圧症の改善効果を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤、肺動脈性肺高血圧症改善剤に関する。
【0011】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤。
(2)血管内皮細胞におけるBMPR2産生を促進する請求項1記載のBMPR2産生促進剤。
(3)請求項1又は2記載のBMPR2産生促進剤を含有することを特徴とする肺動脈性肺高血圧症を改善又は予防するための組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明のε-アミノカプロン酸及び/又はその塩は、BMPR2産生促進効果に優れていた。また、この医薬組成物を含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤、肺動脈性肺高血圧症改善剤は、安全で、肺動脈性肺高血圧症改善効果に優れていた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明におけるε-アミノカプロン酸は、天然のアミノ酸であるリジンに類似した構造を有する合成プラスミン阻害剤である。別名でアミノカプロン酸、6-アミノヘキサン酸、6-アミノカプロン酸とも呼ばれる。
【0014】
ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩は市販品を用いても良いが、3-ペンテンニトリルをヒドロホルミル化して、3-、4-、及び5-ホルミルバレロニトリル(FVN混合物)を生成し、そのFVN混合物を酸化して、3-、4-、及び5-シアノ吉草酸を生成し、その結果得られた生成物を水素化して、6-アミノカプロン酸、5-アミノ-4-メチル吉草酸、及び4-アミノ-3-エチル酪酸を生成し、反応生成物から6-アミノカプロン酸を単離することによって製造することもできる(特表2004-513933)。
【0015】
ε-アミノカプロン酸の塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム及びモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリエチルアミン、ピペラジン、アルギニン等のアミン類との塩、そして塩酸塩等が挙げられるが、これらは常法によりε-アミノカプロン酸から製造することができる。
【0016】
本発明におけるBMPR2は、膜貫通型セリンスレオニンキナーゼの骨形成タンパク質(BMP)受容体ファミリーメンバーである。別名で骨形成タンパク質受容体2、骨形成タンパク質受容体II型、bone morphogenetic protein receptor type 2、bone morphogenetic protein type II receptor、BMR2、PPH1、BMPR3、BRK-3、POVD1、T-ALK、BMPR-IIとも呼ばれる。
【0017】
本発明における血管内皮細胞は、血管の内腔を一層に覆う細胞である。
【0018】
本発明における肺動脈性肺高血圧症は、肺動脈の血圧が異常に上昇する症状を指す。症状が進行してから体動時の息切れ等の症状が出る。その他、顔・下肢のむくみ、突然気が遠くなる等の症状で発見される場合もある。
【0019】
本発明におけるε-アミノカプロン酸及び/又はその塩の投与量は、通常1mg~2,000mg/日である。
【0020】
本発明は、医薬品、医薬部外品又は食品として用いることができる。医薬品の形態としては、散剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、内服液剤、懸濁剤、シロップ剤が挙げられる。医薬部外品又は食品の形態としては、上述の医薬品的な形態に加え、ビスケット、クッキー、キャンディー、チョコレート等の菓子、食酢、醤油、ドレッシング等の調味料、ハム、ベーコン、ソーセージ等の食肉製品、かまぼこ、はんぺい等の魚肉練り製品、果汁飲料、清涼飲料、アルコール飲料等の飲料、パン、麹、ジャム等にすることができる。これらの医薬品、医薬部外品及び食品は、何れもε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を1mg~2,000mg/日摂取できる形態であるが、摂取量を調製しやすい錠剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、内服液剤及び飲料がより好ましい。また、医薬品、医薬部外品及び食品の製造にあたっては、必要に応じて賦形剤、結合剤、滑沢剤、矯味剤、安定剤、ビタミン、ミネラル、香料等の医薬品、医薬部外品及び食品の技術分野で通常使用されている補助剤を用いることができる。
【0021】
次に、本発明を詳細に説明するため、実施例として本発明に用いる抽出物の処方例及び実験例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
本発明のε-アミノカプロン酸及び/又はその塩は、処方例として下記の製剤化を行うことができる。
【0023】
処方例1 飲料
処方 含有量(g)
1.ε-アミノカプロン酸 0.1
2.クエン酸 0.7
3.果糖ブドウ糖液糖 60.0
4.香料 0.1
5.精製水 39.1
全量 100.0
[製造方法]成分5に成分1~4を加え、攪拌溶解してろ過し、加熱殺菌後、50mlガラス瓶に充填する。当該飲料を1日1本摂取することで、ε-アミノカプロン酸を50mg/日摂取できる。
【0024】
処方例2 錠剤
処方 含有量(g)
1.ε-アミノカプロン酸ナトリウム 5.0
2.トウモロコシデンプン 10.0
3.精製白糖 20.0
4.カルボキシメチルセルロースカルシウム 10.0
5.微結晶セルロース 40.0
6.ポリビニルピロリドン 5.0
7.タルク 10.0
全量 100.0
[製造方法]成分1~5を混合し、次いで成分6の水溶液を結合剤として加え、常法により顆粒化する。これに滑沢剤として成分7を加えた後、1錠100mgの錠剤に打錠する。当該錠剤を1日12錠摂取することで、ε-アミノカプロン酸ナトリウムを60mg/日摂取できる。
【0025】
処方例3 カプセル剤
処方 含有量(g)
1.ε-アミノカプロン酸 5.0
2.微結晶セルロース 60.0
3.トウモロコシデンプン 15.0
4.乳糖 18.0
5.ポリビニルピロリドン 2.0
全量 100.0
[製造方法]成分1~5を混合して顆粒化した後、2号硬カプセルに250mg充填してカプセル剤を得る。当該カプセル剤を1日6個摂取することで、ε-アミノカプロン酸を75mg/日摂取できる。
【0026】
処方例4 散剤
処方 含有量(g)
1.ε-アミノカプロン酸ナトリウム 5.0
2.微結晶セルロース 40.0
3.トウモロコシデンプン 55.0
全量 100.0
[製造方法]成分1~3を混合し、常法により散剤を得る。当該顆粒を1日1g摂取することで、ε-アミノカプロン酸ナトリウムを50mg/日摂取できる。
【0027】
処方例5 錠菓
処方 含有量(g)
1.ε-アミノカプロン酸 1.0
2.乾燥コーンスターチ 50.0
3.エリスリトール 40.0
4.クエン酸 5.0
5.ショ糖脂肪酸エステル 3.0
6.香料 1.0
全量 100.0
[製造方法]成分1~4に精製水を適量加えて練和し、押出し造粒した後、乾燥して顆粒を得る。顆粒に成分5及び6を加えて打錠し、1個1gの錠菓を得る。当該錠菓を1日6個摂取することで、ε-アミノカプロン酸を60mg/日摂取できる。
【0028】
次に、本発明の効果を詳細に説明するため、実験例を挙げる。
【0029】
実験例1 ヒト血管内皮細胞におけるBMPR2タンパク質をコードする遺伝子発現に及ぼすε-アミノカプロン酸及び/又はその塩の影響
BMPR2mRNA発現量の測定を行った。ヒト血管内皮細胞(HUVEC)を6well plateに播種し、HuMedia-EG2(クラボウ)の培地にて、37℃、5%CO2条件下で培養した。コンフルエントな状態になったところで、10μMになるように調製してHuMedia-EG2に溶解させたε-アミノカプロン酸を添加した。添加から24時間後に総RNAの抽出を行った。細胞からの総RNAの抽出はRNAiso Plus(タカラバイオ)を用いて行い、総RNA量は分光光度計(NanoDrop)を用いて260nmにおける吸光度により求めた。mRNA発現量の測定は、細胞から抽出した総RNAを基にしてリアルタイムRT-PCR法により行った。リアルタイムRT-PCR法には、High Capacity RNA-to-cDNA Kit(Applied Biosystems)及びSYBR Select Master Mix(Applied Biosystems)を用いた。即ち、500ngの総RNAを逆転写反応後、PCR反応(95℃:15秒間、60℃:60秒間、40cycles)を行った。その他の操作は定められた方法に従い、BMPR2mRNAの発現量を、内部標準であるβ―アクチンmRNAの発現量に対する割合として求めた。BMPR2発現促進率は、コントロール(試料未添加)群のBMPR2mRNAの発現量に対する試料添加群のBMPR2mRNAの発現量の比率として算出した。尚、各遺伝子の発現量の測定に使用したプライマーは次の通りである。
【0030】
BMPR2用のプライマーセット
AACACCACTCAGTCCACCTC(配列番号1)
TCTCCTGTCAACATTCTGTATCC(配列番号2)
β-アクチン用のプライマーセット
CACTCTTCCAGCCTTCCTTCC(配列番号3)
GTGTTGGCGTACAGGTCTTTG(配列番号4)
【0031】
その結果、ヒト血管内皮細胞におけるBMPR2mRNA発現量は、コントロール群と比較し、ε-アミノカプロン酸により14%増加した。従って、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩にはBMPR2産生促進効果が認められた。また、ε-アミノカプロン酸の各種塩についても同様の効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に関わる、ε-アミノカプロン酸及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とするBMPR2産生促進剤、肺動脈性肺高血圧症改善剤は、各剤の目的に対して優れた改善効果を発揮する。従って、肺動脈性肺高血圧症の改善を目的とする医薬品、医薬部外品及び食品を提供することができる。
【配列表】