(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】変化信号部を強調するマルチチャネル電子素子、それを用いた回路およびその使用方法
(51)【国際特許分類】
H10B 63/00 20230101AFI20241029BHJP
H04N 1/405 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
H10B63/00
H04N1/405 510Z
(21)【出願番号】P 2021077135
(22)【出願日】2021-04-30
【審査請求日】2024-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】鶴岡 徹
(72)【発明者】
【氏名】万 相
(72)【発明者】
【氏名】寺部 一弥
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/187032(WO,A1)
【文献】特開2020-031178(JP,A)
【文献】特開2008-226954(JP,A)
【文献】特表2007-520090(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0411760(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0066338(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0162895(US,A1)
【文献】国際公開第2005/073976(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02221828(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10B 63/00
H04N 1/405
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質層、チャネル層および電極を有し、
前記チャネル層は、前記電解質層に含まれるイオンを吸入、放出可能な特性を有し、
前記チャネル層は、前記電解質層に接して空間的に間隔を置いて複数配置されており、
個々の前記チャネル層には、複数の前記電極が電気的に接続されて
おり、
前記電解質層は、前記電解質層に設置されたチャネル層が前記電解質層を介して前記チャネル層以外のチャネル層とイオンの移動を可能とする構成をなし、
かつ、前記複数配置されているチャネル層のコンダクタンスが、隣接して配置されているチャネル層のコンダクタンスと比較される、マルチチャネル電子素子。
【請求項2】
前記電解質層が、無機リチウム電解質のLi
αPO
βN
γ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、Li
αX
β(PO
4)
3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、Li
αX
βO
γ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Li
14Zn(GeO
4)
4、Li
4SiO
4―Li
3BO
3、Li
αP
3S
β(ここで、αは7以上10以下、βは10以上15以下)、Li
αP
βS
γX
δ(ここで、XはF、Cl、Br、I、Ge、Si、Snからなる群より選ばれる1以上、αは2以上7以下、βは1以上5以下、γは3以上11以下、δは0以上1以下)、Li
2S-X(ここで、XはP
2S
6、GeS
2からなる群より選ばれる1以上)、Li
2S-SiS
2-X(ここで、XはLi
3PO
4、Li
4SiO
4、LiI、からなる群より選ばれる1以上)、Li
3N、Li
3P、LiX(ここでXはBr、Cl、Br、Iからなる群より選ばれる1以上)、Li-β―アルミナ、LiN(CF
3SO
2)
2/(CH
2CH
2O)
8からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項3】
前記電解質層が、無機ナトリウム電解質のNa
αPO
βN
γ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、Na
αX
β(PO
4)
3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、Na
αX
βO
γ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Na
4Zr
2(SiO
4)
3、NaPSe
4、Na
2S―SiS
2、Na
2O―SiO
2、Na
2O―Al
2O
3からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項4】
前記電解質層が、無機銀電解質のAgI、RbAg4I
5、AgI―Ag
2Cr
2O
7、AgI―Ag
4P
2O
7、AgI―Ag
2MoO
4、AgI―Ag
2WO
4、AgI―AgSiO
4、AgI―Ag
2O―B
2O
3からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項5】
前記電解質層が、無機銅電解質のCuX(ここで、XはI、Br,Clからなる群より選ばれる1以上)、Rb
3Cu
7Cl
10、Rb
4Cu
16I
7Cl
13からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項6】
前記電解質層が、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキシド、ポリビニルビロリドン、ポリアクリルニトリル、ポリフッ化ビニリデン、ポリメチルメタクリレートのいずれかの高分子に銀電解質塩ないし銅電解質塩を混ぜた高分子電解質からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項7】
前記電解質層が、ナフィオン(登録商標)またはキトサンの高分子電解質を含む、
請求項1記載の電子素子。
【請求項8】
前記電解質層が、固体電解質層である、請求項1から
7の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項9】
前記チャネル層が、Li
xCoO
2、Li
xWO
3、Li
xTiO
2、Li
xV
2O
5、Li
xV
6O
13、Li
xCrO
2、Li
xYS
2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―LiAl、Li
xY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、
請求項1または2に記載の電子素子。
【請求項10】
前記チャネル層が、Na
xCoO
2、Na
xWO
3、Na
xTiO
2、Na
xV
2O
5、Na
xV
6O
13、Na
xCrO
2、Na
xYS
2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―NaAl、Na
xY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、請求項
1または3に記載の電子素子。
【請求項11】
前記チャネル層が、Ag
2S、Ag
xTiS
2、Ag
xNbS
2からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、請求項
1、4、6の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項12】
前記チャネル層が、Cu
2S、Cu
xTiS
2、Cu
xNbS
2からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、請求項
1、5、6の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項13】
前記チャネル層が、LaNi
5、Ti
2Ni、LaNi
5H
x、Ti
2NiH
x、H
xReO
3、H
xWO
3、H
xMoO
3からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、請求項
1に記載の電子素子。
【請求項14】
前記電極は、アルミニウム、タングステン、銀、銅、金、白金、パラジウム、ルテニウム、クロム、鉄、亜鉛、チタン、ニッケル、スズ、ドープドポリシリコン、シリサイド、黒鉛、グラフェン、カーボンナノチューブからなる群より選ばれる1以上を含む、請求項
1から13の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項15】
前記イオンは、リチウムイオンである、請求項
1、2、9の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項16】
前記イオンは、ナトリウムイオンである、請求項
1、3、10の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項17】
前記イオンは、銀イオンである、請求項
1、4、6、11の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項18】
前記イオンは、銅イオンである、請求項
1、5、6、12の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項19】
前記イオンは、プロトンである、請求項
1または13に記載の電子素子。
【請求項20】
前記チャネル層は、前記電解質層に接してアレー状に配置されている、請求項
1から19の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項21】
前記チャネル層は、前記電解質層に接してマトリックス状に配置されている、請求項
1から19の何れか1項に記載の電子素子。
【請求項22】
請求項1から21の何れか1項に記載の電子素子からなるマルチチャネル回路部と、前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルに電圧を印加する電圧印加回路部と、前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルのコンダクタンスを測定する測定回路部を有する、回路。
【請求項23】
前記測定回路部は、前記測定回路部にて取得された前記チャネル(チャネルA)のコンダクタンスと、前記チャネルAに隣接して配置されたチャネルのコンダクタンスとを比較する比較回路を有する、請求項
22記載の回路。
【請求項24】
請求項1から21の何れか1項に記載の電子素子を用い、
前記電子素子の前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルに電圧を印加することと、
前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルのコンダクタンスを測定することと、
前記測定で得られたコンダクタンスの空間的分布を用いて前記複数配置されたチャネル層に印加された電圧信号の空間的変化部を強調する、測定方法。
【請求項25】
前記コンダクタンスの空間的分布は、隣接して配置された前記チャネルのコンダクタンスとの分布である、請求項
24記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変化信号部を強調するマルチチャネル電子素子、それを用いた回路およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
空間分布をもつ電気信号群に対して信号変化の大きな部分であるエッジを検出する技術、いわゆるエッジ検出技術は、画像処理や応力解析をはじめ様々な分野で盛んに使用されている。
【0003】
画像処理におけるエッジ検出は、画像の特徴検出や特徴抽出の一種であるが、画像の明るさが鋭敏に不連続に変化している箇所を特定するアルゴリズムである。このエッジ検出には、1次微分で勾配を計算することでエッジの強さを計算し、その勾配が局所的に極大になる箇所を探す方法や、2次微分のゼロ交差を探す方法などがあり、一般的には前段階として平滑化などの複雑なフィルタ処理が必要となる。そこでは様々な手法が提案されており、例えば、特許文献1-4に開示がある。
これらの手法は、例えば、製造現場における製品の検査・検品にカメラで撮影した画像の処理システムを導入し、省力化、省人化によるコストダウン、品質向上のために用いられる。
【0004】
一方、人を含めた生体の多くは、目から入った画像情報を脳で素早く検出し認識する。その際、情報処理は並列に階層的に行われており、情報処理の仕組みは半導体の集積回路とは全く異なったものになっている。生体の視覚機能における並列処理は、網膜の水平細胞を介して横方向に拡散することで行われる。この拡散ネットワークを電子回路化する試みがなされており、トランジスターを用いたディジタル回路や抵抗回路網を用いたアナログ回路など種々の電子回路で模倣する技術が提案されている。これらは、例えば、非特許文献1に開示がある。
【0005】
なお、検出されたエッジは、適用に応じて、強調されたり、輪郭抽出されたり、なだらかになるようにスムージングされたりと所望の処理が施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2013-500116号公報
【文献】特開平08-014820号公報
【文献】特開平07-160896号公報
【文献】特開平07-131678号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】C.Mead,Analog VLSI and Neural Systems(Addision-Wesrey,New York,1989).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のエッジ検出には上記のようにソフトウェアで行う方法と電子回路で行う方法があるが、複雑な画像等、複雑な空間分布をもつ被検出物のエッジ検出は依然として難しい。このため、多くのアルゴリズムや電子回路が提案されている。しかし、検出方法を高度化すればするほど複雑なアルゴリズムと回路構成が必要になり、高コストで消費電力が大きくなってしまうという問題が生じている。
【0009】
本発明は、上記従来の問題を解決し、エッジ検出およびその強調に好適な低コストで消費電力も少ない簡便な構造の電子素子およびそれを用いた回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
課題を解決するための本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
電解質層、チャネル層および電極を有し、
前記チャネル層は、前記電解質層に含まれるイオンを吸入、放出可能な特性を有し、
前記チャネル層は、前記電解質層に接して空間的に間隔を置いて複数配置されており、
個々の前記チャネル層には、複数の前記電極が電気的に接続されている、
マルチチャネル電子素子。
(構成2)
前記複数配置されているチャネル層のコンダクタンスが、隣接して配置されているチャネル層のコンダクタンスと比較される、構成1記載の電子素子。
(構成3)
前記電解質層が、無機リチウム電解質のLiαPOβNγ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、LiαXβ(PO4)3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、LiαXβOγ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Li14Zn(GeO4)4、Li4SiO4―Li3BO3、LiαP3Sβ(ここで、αは7以上10以下、βは10以上15以下)、LiαPβSγXδ(ここで、XはF、Cl、Br、I、Ge、Si、Snからなる群より選ばれる1以上、αは2以上7以下、βは1以上5以下、γは3以上11以下、δは0以上1以下)、Li2S-X(ここで、XはP2S6、GeS2からなる群より選ばれる1以上)、Li2S-SiS2-X(ここで、XはLi3PO4、Li4SiO4、LiI、からなる群より選ばれる1以上)、Li3N、Li3P、LiX(ここでXはBr、Cl、Br、Iからなる群より選ばれる1以上)、Li-β―アルミナ、LiN(CF3SO2)2/(CH2CH2O)8からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成4)
前記電解質層が、無機ナトリウム電解質のNaαPOβNγ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、NaαXβ(PO4)3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、NaαXβOγ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Na4Zr2(SiO4)3、NaPSe4、Na2S―SiS2、Na2O―SiO2、Na2O―Al2O3からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成5)
前記電解質層が、無機銀電解質のAgI、RbAg4I5、AgI―Ag2Cr2O7、AgI―Ag4P2O7、AgI―Ag2MoO4、AgI―Ag2WO4、AgI―AgSiO4、AgI―Ag2O―B2O3からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成6)
前記電解質層が、無機銅電解質のCuX(ここで、XはI、Br,Clからなる群より選ばれる1以上)、Rb3Cu7Cl10、Rb4Cu16I7Cl13からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成7)
前記電解質層が、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキシド、ポリビニルビロリドン、ポリアクリルニトリル、ポリフッ化ビニリデン、ポリメチルメタクリレートのいずれかの高分子に銀電解質塩ないし銅電解質塩を混ぜた高分子電解質からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成8)
前記電解質層が、ナフィオン(登録商標)またはキトサンの高分子電解質を含む、構成1または2記載の電子素子。
(構成9)
前記電解質層が、固体電解質層である、構成1から8の何れか1項に記載の電子素子。
(構成10)
前記チャネル層が、LixCoO2、LixWO3、LixTiO2、LixV2O5、LixV6O13、LixCrO2、LixYS2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―LiAl、LixY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、構成1、2、3の何れか1項に記載の電子素子。
(構成11)
前記チャネル層が、NaxCoO2、NaxWO3、NaxTiO2、NaxV2O5、NaxV6O13、NaxCrO2、NaxYS2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―NaAl、NaxY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、構成1、2、4の何れか1項に記載の電子素子。
(構成12)
前記チャネル層が、Ag2S、AgxTiS2、AgxNbS2からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、構成1、2、5、7の何れか1項に記載の電子素子。
(構成13)
前記チャネル層が、Cu2S、CuxTiS2、CuxNbS2からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、構成1、2、6、7の何れか1項に記載の電子素子。
(構成14)
前記チャネル層が、LaNi5、Ti2Ni、LaNi5Hx、Ti2NiHx、HxReO3、HxWO3、HxMoO3からなる群より選ばれる1以上の材料を含む、構成1または2に記載の電子素子。
(構成15)
前記電極は、アルミニウム、タングステン、銀、銅、金、白金、パラジウム、ルテニウム、クロム、鉄、亜鉛、チタン、ニッケル、スズ、ドープドポリシリコン、シリサイド、黒鉛、グラフェン、カーボンナノチューブからなる群より選ばれる1以上を含む、構成1から14の何れか1項に記載の電子素子。
(構成16)
前記イオンは、リチウムイオンである、構成1、2、3、10の何れか1項に記載の電子素子。
(構成17)
前記イオンは、ナトリウムイオンである、構成1、2、4、11の何れか1項に記載の電子素子。
(構成18)
前記イオンは、銀イオンである、構成1、2、5、7、12の何れか1項に記載の電子素子。
(構成19)
前記イオンは、銅イオンである、構成1、2、6、7、13の何れか1項に記載の電子素子。
(構成20)
前記イオンは、プロトンである、構成1、2、14の何れか1項に記載の電子素子。
(構成21)
前記チャネル層は、前記電解質層に接してアレー状に配置されている、構成1から20の何れか1項に記載の電子素子。
(構成22)
前記チャネル層は、前記電解質層に接してマトリックス状に配置されている、構成1から20の何れか1項に記載の電子素子。
(構成23)
構成1から22の何れか1項に記載の電子素子からなるマルチチャネル回路部と、前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルに電圧を印加する電圧印加回路部と、前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルのコンダクタンスを測定する測定回路部を有する、回路。
(構成24)
前記測定回路部は、前記測定回路部にて取得された前記チャネル(チャネルA)のコンダクタンスと、前記チャネルAに隣接して配置されたチャネルのコンダクタンスとを比較する比較回路を有する、構成23記載の回路。
(構成25)
構成1から22の何れか1項に記載の電子素子を用い、
前記電子素子の前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルに電圧を印加することと、
前記複数配置されたチャネル層の各々のチャネルのコンダクタンスを測定することと、
前記測定で得られたコンダクタンスの空間的分布を用いて前記複数配置されたチャネル層に印加された電圧信号の空間的変化部を強調する、測定方法。
(構成26)
前記コンダクタンスの空間的分布は、隣接して配置された前記チャネルのコンダクタンスとの分布である、構成25記載の測定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、エッジ検出およびその強調に好適な、低コストで消費電力も少ない簡便な構造の電子素子およびそれを用いた回路を提供することが可能になる。
本発明は、従来の電子回路やソフトウェアを用いた画像処理に比べて、より生体に近い並列処理により効率的で低消費電力な画像処理技術を実現する。さらに、視神経に相当する光検出機能と神経節細胞に相当する信号抽出機能を組み合わせて人工網膜チップの作製もできる。
以上のことから、本発明により、イオン移動駆動型の視覚センサーと画像処理システムが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の電子素子の要部構造を示す説明図で、(a)は平面視図、(b)はA-A‘断面をBより見た断面図、そして(c)はCより見た断面図である。
【
図2】本発明の電子素子の要部構造を示す説明図で、(a)は平面視図、(b)はA-A‘断面をBより見た断面図、そして(c)はCより見た断面図である。
【
図3】本発明のマルチチャネル電子素子回路(エッジ検出回路)の構成を示す構成図である。
【
図4】2個のチャネル電子素子によるニューロン側方抑制の動作原理を説明する説明図である。
【
図5】8個のチャネル電子素子によるコントラストのエッジ強調原理を説明する説明図である。
【
図7】網膜の受容野の機能を説明する説明図である。
【
図8】網膜の受容野の機能を模倣するマルチチャネル電子素子の構造図である。
【
図9】網膜の受容野の機能を模倣するマルチチャネル電子素子の基本動作図である。
【
図10】チャネルが1個のチャネル電子素子の模式図である。
【
図11】チャネルが1個のチャネル電子素子の興奮、抑制特性を示す特性図である。
【
図12】チャネルが8個のチャネル電子素子の模式図である。
【
図13】チャネルが8個のチャネル電子素子の興奮、抑制特性を示す特性図である。
【
図14】コントラストのエッジを強調するマルチチャネル電子素子の電気特性を説明する特性図である。
【
図15】実験に用いたマルチチャネル電子素子の模式図である。
【
図16】コントラストのエッジを強調するマルチチャネル電子素子の電気特性の実例を示す特性図である。
【
図17】マルチチャネル電子素子の電気特性の実例を示す特性図である。
【
図18】マルチチャネル電子素子の電気特性の実例を示す特性図である。
【
図19】2次元画像に対してエッジ検出を行った結果を示す図である。
【
図20】マルチチャネル電子素子の構造を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。なお、同じ番号が付記されたものは、特に断りがない場合、同じ種類のものを意味する。
【0014】
本発明の電子素子は、従来のソフトウェアや半導体回路を用いるのではなく、電解質中のイオン移動を用いてニューロンや細胞の側方抑制を模倣する素子であって、その電子素子は空間分布からエッジを検出、強調する機能を有する。
【0015】
<構造>
最初に、実施の形態のマルチチャネル電子素子の構造について述べる。
図1に、簡単化のために1次元素子とした本発明のマルチチャネル電子素子101の基本構成を示す。
マルチチャネル電子素子101は、基板11、電解質層(電解質)12、チャネル層(チャネル)13および電極14を基本構成要素とする。
イオンが行き来できるように電解質層12に接してチャネル13が形成され、チャネル13に跨がるように対向して電極14が設けられる。
チャネル13はマルチチャネルとすべく、複数配置されるが、パッキング密度を高めて電子素子を小型化し、隣接チャネル間の動作を安定でバラツキの少ないものにするため、その配置は、1次元動作の場合はアレー状、2次元動作の場合はマトリックス状に配置されることが好ましい。なお、その場合のチャネル間のピッチや間隙は必ずしも等しくする必要はない。異なる距離を置いてチャネルが配置されると隣接チャネルからの相互作用の強さを変えることができる。このため、画像認識機能等で、意図的にチャネル間の距離を変えて距離依存特性を活用することも好ましい。
【0016】
基板11は、所定の剛性を有する絶縁性の基板であれば特に制限はなく、例えばガラス基板、合成石英基板、SiO2やSiNなどの絶縁性膜が被着形成されたSi基板、アクリルやポリカ―ボネートなどの有機材料基板などを好んで用いることができる。
【0017】
電解質層12は、固体電解質、ゲル状電解質、液体電解質の何れからなってもよい。固体電解質は、適度な剛性をもたせることができるので基板11を省いたり、基板11を極薄のプラスチックやSiOx膜としてコストを下げることが可能になるという特徴がある。ゲル状電解質や液体電解質の場合は、後述のようにチャネル13が2次元配置されたマルチチャネル電子素子を製造しやすいという特徴がある。
【0018】
具体的な電解質層12としては、無機リチウム電解質のLiαPOβNγ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、LiαXβ(PO4)3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、LiαXβOγ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Li14Zn(GeO4)4、Li4SiO4―Li3BO3、LiαP3Sβ(ここで、αは7以上10以下、βは10以上15以下)、LiαPβSγXδ(ここで、XはF、Cl、Br、I、Ge、Si、Snからなる群より選ばれる1以上、αは2以上7以下、βは1以上5以下、γは3以上11以下、δは0以上1以下)、Li2S-X(ここで、XはP2S6、GeS2からなる群より選ばれる1以上)、Li2S-SiS2-X(ここで、XはLi3PO4、Li4SiO4、LiI、からなる群より選ばれる1以上)、Li3N、Li3P、LiX(ここでXはBr、Cl、Br、Iからなる群より選ばれる1以上)、Li-β―アルミナ、LiN(CF3SO2)2/(CH2CH2O)8からなる群より選ばれる1以上を挙げることができる。ここで、LiαPOβNγ(以下LiPONとも呼ぶ)は、リチウムイオン電池等に広く用いられていて、多量生産によるコストメリットを出しやすい材料である。
【0019】
また、電解質層12として、無機ナトリウム電解質のNaαPOβNγ(ここで、αは1以上3以下、βは2以上4以下、γは0.2以上1以下)、NaαXβ(PO4)3(ここで、XはAl、Ti、Ge、Nb、Zr、Siからなる群より選ばれる1以上、αは0.5以上5以下、βは0.2以上2以下)、NaαXβOγ(ここで、XはAl、La、Zrからなる群の1以上、αは0.2以上8以下、βは0.3以上5以下、γは3以上12以下)、Na4Zr2(SiO4)3、NaPSe4、Na2S―SiS2、Na2O―SiO2、Na2O―Al2O3からなる群より選ばれる1以上を挙げることもできる。
【0020】
さらに、電解質層12として、無機銀電解質のAgI、RbAg4I5、AgI―Ag2Cr2O7、AgI―Ag4P2O7、AgI―Ag2MoO4、AgI―Ag2WO4、AgI―AgSiO4、AgI―Ag2O―B2O3からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む材料や、無機銅電解質のCuX(ここで、XはI、Br,Clからなる群より選ばれる1以上)、Rb3Cu7Cl10、Rb4Cu16I7Cl13からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む材料を挙げることもできる。
【0021】
また、電解質層12は無機電解質に限らず、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキシド、ポリビニルビロリドン、ポリアクリルニトリル、ポリフッ化ビニリデン、ポリメチルメタクリレートのいずれかの高分子に銀電解質塩ないし銅電解質塩を混ぜた高分子電解質からなる群より選ばれる1以上の電解質を含む材料、あるいはナフィオン(登録商標)またはキトサンの高分子電解質を含む材料とすることもできる。
ここで、無機電解質の場合は薄膜形成が容易なため半導体製造プロセスに適応させ易いという特徴があり、高分子電解質の場合は機械的柔軟性によりフレキシブルデバイスに応用できるという特徴がある。
【0022】
チャネル13は、電圧の印加によってイオンを電解質層12に充・放出可能な層である。
イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、銀イオン、銅イオンおよびプロトンを挙げることができる。この中で、リチウムイオンは、リチウムイオン2次電池の開発とともにリチウム系の電解質層および電極の技術改善が急激に進んで、高品質で低コストなものになってきているため、特に好んで用いることができる。
【0023】
具体的なチャネル材料としては、イオンがリチウムイオンの場合、LixCoO2、LixWO3、LixTiO2、LixV2O5、LixV6O13、LixCrO2、LixYS2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―LiAl、LixY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上を挙げることができる。
また、イオンがナトリウムイオンの場合は、具体的なチャネル材料として、NaxCoO2、NaxWO3、NaxTiO2、NaxV2O5、NaxV6O13、NaxCrO2、NaxYS2(ここで、YはTi、Ta、Zr,Ni、Pからなる群より選ばれる1以上)、β―NaAl、NaxY(ここで、YはSi,Bi,Sbからなる群より選ばれる1以上)からなる群より選ばれる1以上を挙げることがきる。
さらに、イオンが銀イオンの場合は、具体的なチャネル材料として、Ag2S、AgxTiS2、AgxNbS2からなる群より選ばれる1以上、イオンが銅イオンの場合は、Cu2S、CuxTiS2、CuxNbS2からなる群より選ばれる1以上、イオンがプロトンの場合は、LaNi5、Ti2Ni、LaNi5Hx、Ti2NiHx、HxReO3、HxWO3、HxMoO3からなる群より選ばれる1以上の材料を挙げることができる。
【0024】
電極14は、特に限定はないが、電気抵抗が低く、生産性やコスト面で優れる金属、合金、金属化合物および導電性材料を好んで用いることができる。
具体的には、電極14として、アルミニウム、タングステン、銀、銅、金、白金、パラジウム、ルテニウム、クロム、鉄、亜鉛、チタン、ニッケル、スズ、ドープドポリシリコン、シリサイド、黒鉛、グラフェン、カーボンナノチューブからなる群より選ばれる1以上を挙げることができる。この中で、電気抵抗、生産性、コストの面から、アルミニウムを好んで用いることができる。なお、電極14は、オーミックコンタクトが好ましい。また、チャネル13や電解質層12との密着性を向上させるために、下面にTi、TiN、Cr、上面に電気抵抗の少ないAl、W、Cu、Ag、AuあるいはPdを配置した複合膜とすることも好ましい。
【0025】
電解質層12の厚さは10nm以上1μm以下、電極14の厚さは20nm以上100nm以下、チャネル13の厚さは10nm以上100nm以下が好ましい。チャネル幅は100nm以上100μm以下、チャネルの長さは100nm以上300μm以下、チャネル間の距離は50nm以上500μm以下が素子作製の容易さおよび素子動作の安定性の観点から好ましい。
【0026】
ここで、電解質層12とチャネル13の大気との反応による経時劣化を避けるために、全体を金属酸化物でパッシベーションすることが好ましい。
その場合の例を
図2に示す。この図では、簡単化のため、1次元素子とした場合を示している。
マルチチャネル電子素子102は、断面から見ると
図1のマルチチャネル電子素子101と逆構造になっており、最初に対向した電極14を設けて、次にチャネル13を形成する。最後に全てのチャネル13を覆うように電解質層12が被着されている。適正な膜厚の範囲は上記と基本的に同じである。最後には、パッシベーションが施されるのが望ましい。
【0027】
図1および
図2において、各チャネルの一方を接地し、もう一方に電圧を印加しながら電流を計測する。このときの各チャネルの抵抗ないしはコンダクタンスの変化を評価する。
【0028】
本実施の形態のマルチチャネル電子素子回路は、
図3に示すように、上記マルチチャネル回路部51と、複数配置された各々のチャネル13に電圧を制御して印加する電圧印加・制御回路部52と、各々のチャネルのコンダクタンスを測定し、解析を行うコンダクタンス測定回路部53からなる。ここで、コンダクタンス測定回路部53では、コンダクタンス(その逆数である抵抗でもよい)に代えて、インピーダンスを測定、解析してもよい。
また、本実施の形態のマルチチャネル電子素子回路は、コンダクタンス測定回路部53にて求められたチャネル(例えばそれをチャネルAとする)のコンダクタンスと、チャネルAに隣接して配置されたチャネルのコンダクタンスとを比較する比較回路がコンダクタンス測定回路部53に組み込まれていることが好ましい。動作原理のところで述べるように、隣接チャネルのコンダクタンスと比較することによりエッジの検出、エッジの強調が効率的に行える。
【0029】
<製造方法>
次に、マルチチャネル電子素子101の製造方法について述べる。
最初に、基板11を準備して、基板11の第1主表面の上に電解質層12をスパッタリング法、蒸着法などのPVD(Physical Vapor Deposition)法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、ゾルゲル法、原子層堆積(Atomic Layer Deposition)法などによって形成する。LiPONの場合、イオン伝導度を上げるためにリン酸リチウム母体に質量比で10%以上20%以下のの窒素をドープすることが好ましい。
次に、電解質層12上にチャネル13をパターン形成する。ここで、チャネルの成膜方法としては、スパッタリング法、蒸着法などのPVD(Physical Vapor Deposition)法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、原子層堆積(Atomic Layer Deposition)法などを挙げることができる。パターニング方法としては、リソグラフィとエッチングを併用する方法やリフトオフ法、金属マスクを用いる方法を挙げることができる。
しかる後、チャネル13の一部に電気的に接触するように電極14を形成する。
電極14は、通常、チャネル13の両端部に接触するように配置されるが、チャネル13の複数個所に接触するように配置してもよい。電極14の成膜方法としては、スパッタリング法、蒸着法などのPVD(Physical Vapor Deposition)法を挙げることができる。パターニング方法としては、リソグラフィとエッチングを併用する方法やリフトオフ法、金属マスクを用いる方法を挙げることができる。
以上の工程により、マルチチャネル電子素子101を製造することができる。
最後に、電解質層12を覆うようにキャップ層を形成するのが好ましい。これは、電解質層12やチャネル13が大気と反応して変質するのを避けるためである。キャップ層としてSiO2、WO3、Ta2O5などの酸化物が好適であり、スパッタリング法、蒸着法などのPVD(Physical Vapor Deposition)法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、原子層堆積(Atomic Layer Deposition)法などで形成できる。厚さは20nm以上あればよい。
【0030】
<動作原理>
次に、実施の形態のマルチチャネル電子素子の構動作原理について述べる。
この素子の基本動作を説明するために、
図4(a)にチャネルを2個(13aおよび13b)有する素子構造を例に示す。ここでは、電解質12としてリチウム酸窒化物(窒素ドープしたリン酸リチウム、LiPON)、チャネル13aおよび13bとしてコバルト酸リチウム(Li
xCoO
2)を用いた例を示すが、これに限るものではなく、上記材料としてもよい。ここで、同図中の11はSiO
2が表面に被着されたSi基板、21はリチウムイオン、15は電圧印加手段、16は電流計を表す。なお、LiPONは固体電解質である。
【0031】
チャネル2(13b)には電圧を印加せず、チャネル1(13a)に+1Vの電圧パルス(パルス幅は1s、パルス周期は2s)を連続的に印加することを考える。このとき、Liイオンは+1の価数をもったイオンのため、チャネル1内にあるLiイオンはLiPON(電解質12)へと移動する。チャネルとして用いているLi
xCoO
2はLiの濃度が下がると抵抗が下がるため、チャネル1のコンダクタンスがパルス印加とともに上がることになる(
図4(b))。これは、強い信号が流れたニューロンが興奮状態となることに相当する。
一方、チャネル2は電圧を印加しないので、電解質12からチャネル2へとLiイオンが移動する。
その結果、チャネル2(13b)内のLi濃度は上がり、コンダクタンスは減少する(
図4(c))。これは興奮したニューロンの隣のニューロンが抑制されることに相当する。
【0032】
上記の動作原理を利用したエッジ検出機能の説明を
図5の8個のチャネルを有する素子構造に拡張して説明する。
チャネル1から4までに+1Vのパルス電圧を印加し、チャネル5から8までは電圧を印加しない場合を考える。
入力の電圧差が大きいチャネル間でより多くのLiイオンが移動するため、チャネル4と5に大きなコンダクタンスの変化が現れる。その境界から離れるにしたがって、チャネル内のLi濃度の変化は小さくなるので、コンダクタンスの変化も徐々に小さくなる。その結果、チャネル4と5の間に大きなコントラストエッジが観測される。
この原理を利用して、
図6に示すような2次元のアレイ素子(マルチチャネル電子素子)103により、画像のエッジ検出が可能となる。
【0033】
チャネル13へのパルス電圧印加により、チャネル13から電解質12へのリチウムイオン21の移動が起こり、チャネルコンダクタンスが増大する。これは網膜の受容野の興奮応答に相当する。
一方、電圧印加したチャネルに隣接するチャネルでは、電解質12からチャネル13へのリチウムイオン21の移動によりチャネルコンダクタンスは減少する。これは網膜の受容野の抑制応答に相当する。
アレイやマトリックス中の隣接し合うチャネル間の相互作用は、網膜の光受容細胞から双極細胞への興奮・抑制応答を再現する。さらに、マルチチャネル電子素子回路に任意の電圧パターンを印加すると、電圧値の異なる境界でエッジが強調される電流特性が得られる。これはコントラストのエッジ部分が強調されて見える人間の視覚機能を模倣している。
このニューロン抑制回路の特性を用いて、画像情報を2次元アレイデバイスに入力した場合、出力画像ではエッジが強調されるエッジ検出が可能になる。これは、電解質材料そのものの特性を利用しており、従来のソフトウェアや電子回路を用いたエッジ検出方法とは全く異なる手法になっている。
【0034】
本発明は、固体電解質中のイオン移動という材料そのものの性質を利用してニューロンの側方抑制の振る舞いを模倣する素子を実現しようとするものであり、特許文献1-4や非特許文献1に記載される従来の電子回路やソフトウェアのアルゴリズムを用いる技術とは全く異なる動作原理を有する。
単純な素子構造と外部プログラミングなしで動作するため、消費電力も低くできる特徴がある。
ニューロン側方抑制は、刺激されたニューロンが近くのニューロンの活動を抑制する横方向のプロセスであり、一部の感覚入力の作用を弱め、他の感覚入力の作用を強化する特徴をもつ。視覚だけでなく、音、触覚、嗅覚などの感覚知覚を鋭くする生体の機能を模倣する素子を実現できる。
【0035】
なお、マルチチャネル電子素子105は、
図20に示されるように、筐体61の中に、チャネル13と電極14が配置され、筐体61の中に液体やゲル状あるいは固体状の電解質12が封入されていてもよい。この筐体型は、
図6に示すチャネル13をマトリックス状に2次元配置する場合、チャネル13や電極14を配置した後、電解質12を封入して製造することができるので、製造がしやすいという特徴がある。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
実施例1では、網膜の受容野を模倣するマルチチャネル電子素子の動作実証の結果を示す。
図7に水平細胞を介して直接的および間接的に双極細胞に接続された光受容細胞から成るON中心OFF周辺型の受容野の模式図を示す。
この光受容細胞から双極細胞に対応するシステムとして、
図8に示すように、電極34間に設置したLi
xCoO
2チャネル33がLiPON固体電解質中32のLiイオン31の移動を介して他のチャネルと相互作用する、Liイオンに基づくマルチチャネル電子素子104を作製した。
図9は、チャネル1~7を有するデバイスのチャネル1から順に30個のパルス電圧(1V,1s)を順に印加していったときのチャネル4のコンダクタンスを測定した結果である。
黒のデータがパルス電圧印加前のコンダクタンスで、グレーのデータが各チャネルにパルス電圧を印加した後のチャネル4のコンダクタンスである。
チャネル4にパルス電圧を印加したときが最もコンダクタンスが高く、その両側はコンダクタンスが低くなる。ここで、コンダクタンスが高い中心が興奮領域(area of sensation)、その両側の低コンダクタンスが抑制領域(area of inhibition)に対応し、受容野の応答の振る舞いを模している。
【0037】
(実施例2)
実施例2では、マルチチャネル電子素子における受容野の側方抑制の動作原理を理解するために、1個および2個のデバイスの興奮と抑制応答を調べた。その結果を
図10から
図13に示す。
図10はチャネル1個のデバイスの模式図であり、
図11このチャネルの片方の電極に異なる電圧(0.2,0.5,1V)のパルス(パルス幅1s、パルス周期2s)を印加したときのコンダクタンスの変化をパルス数の関数としてプロットした結果を示す。ここで、
図10中の31はイオン(Li
+)、32は固体電解質(LiPON)、33はチャネル(Li
xCoO
2)そして34は白金からなる電極である。
図11(a)に示すように、パルス数とともにコンダクタンスは単調に高くなり、電圧値が大きいほどコンダクタンスの増大も大きくなった。これは受容野の外部入力に対する興奮の強さを模倣している。この動作は、Li
xCoO
2チャネル33からLiイオン31がLiPON電解質32に移動することにより、チャネル抵抗が下がることに起因する。
図11(b)は、10個のパルス電圧を印加した後のコンダクタンスの時間変化をプロットしたものである。入力がなくなると、受容野の興奮状態が数十秒をかけて少しずつ収まることが模倣されている。
【0038】
図12は100μm間隔で隣り合うチャネル2個のデバイスの模式図であり、
図13は、一方のチャネルに異なる電圧(0.2,0.5,1V)のパルス(1s幅、パルス周期2s)を印加したときの、もう一方のチャネルのコンダクタンスをパルス数の関数としてプロットしたものである。
図13(a)に示されているように、パルス数とともにコンダクタンスは単調に低くなり、電圧値が大きいほどコンダクタンスの減少も大きくなる。これは受容野の側方抑制を模倣している。この動作は、もう一方の電極34にパルス電圧が印加されたことにより、LiPON電解質32からLi
xCoO
2チャネル33にLiイオン31が移動し、チャネル抵抗が上がることに起因する。
図13(b)は10個のパルス電圧を一方のチャネルに印加したときのもう一方のチャネルのコンダクタンスの時間応答を示した。入力がなくなると、Liイオン31が再び固体電解質32に戻るためチャネル抵抗が下がり、抑制状態が緩和されることが模倣されている。
図13(c)は2個のチャネル距離を変えたときのコンダクタンス変化を測定した結果である。チャネルとチャネルの距離が離れるとコンダクタンスの減少は小さくなる。これは、チャネル間の距離が長くなるとイオン移動の効果が小さくなり、隣のチャネルの抵抗を変化させづらくなるためである。これも受容野の光受容細胞間の相互作用の効果が模倣されている。
【0039】
(実施例3)
実施例3では、本願の発明者が提案したマルチチャネル電子素子を用いてコントラストのエッジ強調を実装した結果を、
図14から
図18を用いて示す。
図14は明るい領域と暗い領域のエッジでコントラストが強調される網膜のマッハバンド効果に関する模式図である。ここで、A~Dは、ON中心(+)OFF周辺(-)の空間応答領域を表している。
図15はそれを模倣するために作製した8チャネル電子素子の模式図である。この8個のチャネルの入力に
図16の中ほどに示すようにチャネル1~4に0.5V、チャネル5~8に1Vのパルス電圧(1s幅)を50回印加したときの各チャネル電流の変化を
図16の下段に示す。ここで、
図16の上段は1から8の各ノード(チャネル、電極)に印加するパルスを示している。
1回目のパルスでは入力と同じパターンの電流が得られるが、50回目では電圧値の境界であるチャネル4と5の間に明瞭なコントラストが現れる。すなわち、本発明のデバイスは、マッハバンド効果を正確に再現できることが示されている(
図14(a)の最下段と
図16下段の形状は同じになる)。
【0040】
このデバイスに対して、チャネル3~6に1V、チャネル1,2,7および8に0Vのパルス電圧を50回印加し、10s後に同じパターンのパルス電圧を入力したときの各チャネル電流を
図17に、10s後にそれとは反対のパターンのパルス電圧を入力したときの各チャネル電流を
図18に示す。
図17の同じパターンの入力ではエッジ強調が残っており、
図18の反対のパターン入力ではエッジが鈍っていることがわかる。この結果は、本発明のデバイスがリアルタイムにエッジ強調するだけなく、そのエッジ情報を内部に記憶していることを意味している。すなわち、同じ画像を何度も見ると、エッジを見分けやすくなる人間の視覚能力が模倣されている。
【0041】
(実施例4)
実施例4では、本発明のデバイス特性を用いて、画像のエッジ検出能力をシミュレーションにより検討した。その結果を
図19に示す。
図19(a)は計算方法の概略を示す。入力画像を512×512のピクセルに分割し、各ピクセルの色強度をグレースケール化(0~255)し、0~1Vの電圧値に変換する。512×512に配列した2次元のマルチチャネル電子素子に入力画像に応じた電圧値のパルスを30回印加する。その際、各チャネルの特性として
図11(b)と
図13(b)の興奮と抑制の応答特性を取り入れた。
図19(b)は入力として用いた画像である。色強度に応じたパルス電圧を30回印加して得られた出力画像が
図19(c)である。この出力画像を2値化してエッジ情報を取り出した結果が
図19(d)である。元々の画像では判別が難しいエッジの検出ができていることがわかる。
本結果は、画像のエッジ検出を固体中のイオン移動を利用して行うもので、従来のソフトウェアで行う方法とは全く異なる動作原理で画像情報のエッジを抽出できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明により、空間分布上のエッジ検出およびその強調に好適な、低コストで消費電力も少ない簡便な構造の電子素子およびそれを用いた回路を提供することが可能になる。
エッジ検出およびその強調は、画像処理や応力分布解析など民生、産業用を問わず多くの分野で使用される基幹技術であるため、本発明は、産業の発展に大いに寄与するものと考える。
【符号の説明】
【0043】
11:基板
12:電解質層(電解質)
13:チャネル層(チャネル)
13a:チャネル
13b:チャネル
14:電極
15:電圧印加手段
16:電流計
21:イオン
31:Li+(イオン)
32:LiPON(固体電解質)
33:LixCoO2(チャネル)
34:白金(電極)
51:マルチチャネル回路部
52:電圧印加・制御回路部
53:コンダクタンス測定回路部
61:筐体
101:マルチチャネル電子素子
102:マルチチャネル電子素子
103:2次元のアレイ素子(マルチチャネル電子素子)
104:マルチチャネル電子素子
105:マルチチャネル電子素子
201:マルチチャネル電子素子回路