(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】差動装置
(51)【国際特許分類】
C22C 37/04 20060101AFI20241029BHJP
F16H 48/08 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
C22C37/04 E
F16H48/08
(21)【出願番号】P 2020051562
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2022-12-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000100805
【氏名又は名称】アイシン高丘株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【氏名又は名称】山田 強
(72)【発明者】
【氏名】山口 智宏
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-229640(JP,A)
【文献】特開昭50-124817(JP,A)
【文献】特開2019-070420(JP,A)
【文献】特開2011-047420(JP,A)
【文献】特開2015-083709(JP,A)
【文献】特開2019-042748(JP,A)
【文献】特開昭63-072850(JP,A)
【文献】特開平02-166257(JP,A)
【文献】梅谷拓郎ら,高Siフェライト基地球状黒鉛鋳鉄の引張強さ,疲労強度,衝撃強さ,鋳造工学,日本,2014年01月25日,第86巻,第1号,第36-42頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00 - 37/10
F16H 48/00 - 48/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デフケースと、リングギヤとを備え、前記デフケースと前記リングギヤとが溶接されてなる差動装置であって、
前記デフケースが、C:3.0~3.
5質量%、Si:4.
6~5.0質量%、Mg:0.020~0.10質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0.10質量%以下、及びS:0.015質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるフェライト系球状黒鉛鋳鉄を用いて形成されてなる、差動装置。
【請求項2】
前記フェライト系球状黒鉛鋳鉄における、Pの含有量に対するMgの含有量の質量比(Mg/P)が2.1以下である、請求項1に記載の差動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、差動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は、強靭性及び機械的強度が高く、しかも安価で成形しやすいことから、自動車等の車両における足回り部品やエンジン系部品等に使用されている。例えば、車両には、車両旋回時に発生する左右輪の回転数差を調整するための差動装置が備えられており、この差動装置のデフケースを球状黒鉛鋳鉄により製造することが行われている。
【0003】
差動装置においては、近年、軽量化及び高機能化を図るべく、動力が伝達されるリングギヤとデフケースとを、ボルト締結による従来の方法に替えて、溶接により接合して一体化することが行われている。その一方で、球状黒鉛鋳鉄は溶接性に劣り、割れが発生しやすい。そこで従来、球状黒鉛鋳鉄の溶接性を向上させる技術が種々提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0004】
特許文献1には、鋳鉄と、鋳鉄と溶接可能な金属材とのレーザ溶接において、溶接を行う前に溶接部が所定温度になるまで予熱を与えてからレーザ溶接を行うことが開示されている。また、特許文献2には、パーライト基地の球状黒鉛鋳鉄を熱処理することにより、溶接部の表層部の基地組織をフェライト層とし、内部の基地組織についてはパーライト層とすることにより、球状黒鉛鋳鉄の溶接性を向上させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-42748号公報
【文献】特開2000-63977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、レーザ溶接の前に鋳鉄を予熱する工程が必要となり、製造コストの増大を招くことが懸念される。また、特許文献2に記載の方法では、鋳造後の製品に対し、溶接部の表層部の基地組織をフェライト層とするための熱処理が必要となる。このため、特許文献1と同様にコスト高を招くことが懸念される。また、特許文献2に記載の方法の場合、表層の機械的強度が低く、表層に大きな応力が発生する用途には不向きである。特に、差動装置等のような車両足回り部品の材料とする場合、機械的強度が高い球状黒鉛鋳鉄が求められる。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、高強度であって、かつ溶接部において割れが発生しにくい差動装置を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討し、特定の化学組成からなる球状黒鉛鋳鉄とすることにより、上記課題を解決できることを見出した。本発明は、こうした知見に基づき完成したものである。具体的には、本発明により以下の手段が提供される。
[1]C:3.0~3.6質量%、Si:4.0~5.0質量%、Mg:0.020~0.10質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0.10質量%以下、及びS:0.015質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる、フェライト系球状黒鉛鋳鉄。
[2]Pの含有量に対するMgの含有量の質量比(Mg/P)が2.1以下である、上記[1]のフェライト系球状黒鉛鋳鉄。
[3]上記[1]又は[2]のフェライト系球状黒鉛鋳鉄を用いて形成されたデフケース。
[4]上記[3]のデフケースと、リングギヤとを備え、前記デフケースと前記リングギヤとが溶接されてなる、差動装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高強度であって、かつ溶接部において割れが発生しにくい球状黒鉛鋳鉄を得ることができる。また、本発明のデフケースは、上記球状黒鉛鋳鉄を用いて形成されているため、高強度かつ溶接性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】実施例及び比較例で使用した溶接性評価用試験片を表す図。
【
図3】実施例1~8の溶接性評価の組織写真を示す図。
【
図4】実施例9~12及び比較例1、2の溶接性評価の組織写真を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に関連する事項について詳細に説明する。本発明の球状黒鉛鋳鉄(以下、「本鋳鉄」ともいう)はフェライト系球状黒鉛鋳鉄であり、C:3.0~3.6質量%、Si:4.0~5.0質量%、Mg:0.020~0.10質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0.10質量%以下、及びS:0.015質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。本鋳鉄における化学組成の限定理由は以下の通りである。
【0012】
[球状黒鉛鋳鉄の化学組成]
C(炭素)は、黒鉛組織となる元素である。Cの含有量が3.0質量%未満であると、黒鉛晶出量が減少し、引け巣が発生しやすくなる。また、Cの含有量が3.6質量%を超えると、ドロス(浮上黒鉛)が発生しやすくなる。鋳物欠陥の発生を抑制しつつ鋳鉄を有効に強化する観点から、Cの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、3.0~3.5質量%が好ましい。
【0013】
Si(ケイ素)は、球状黒鉛鋳鉄の基地組織のフェライト量を増加させるとともに、フェライトに固溶して基地を強化する元素である。Siの含有量が4.0質量%未満であると、Siの固溶量が少なく、得られる球状黒鉛鋳鉄の引張強さが十分でない。また、Siの含有量が5.0質量%を超えると、Siの固溶量が多くなり過ぎ、靭性が低下する。球状黒鉛鋳鉄の引張強さと靭性とを良好にする観点から、Siの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、4.1~5.0質量%が好ましく、4.2~4.9質量%がより好ましい。
【0014】
C及びSiは、黒鉛の晶出に関わる元素である。このため、C及びSiの含有量は、炭素当量(CE値=(Cの含有量(質量%))+1/3(Si含有量(質量%)))によって総合的に考慮されることが好ましい。CE値は、4.5~5.0であることが好ましい。
【0015】
Mg(マグネシウム)は、黒鉛の球状化に影響する元素である。Mgの含有量が0.020質量%未満であると、黒鉛球状化率が低くなり、靭性の不足、並びに引張強さ及び伸びの低下を招く。また、Mgの含有量が0.10質量%を超えると、ピンホール等の鋳造欠陥が発生しやすくなる。Mgの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、0.025~0.10質量%が好ましく、0.030~0.080質量%がより好ましい。
【0016】
Mn(マンガン)は、パーライト化を促進する元素である。Mnの含有量を1.0質量%以下とすることにより、基地組織のパーライト率を適切な範囲にすることができ、フェライト主体の球状黒鉛鋳鉄を得ることができる。また、Mnの含有量が1.0質量%を超えると、靭性が低下する。Mnの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、0.95質量%以下が好ましく、0.010~0.90質量%がより好ましい。
【0017】
本鋳鉄は、0.10質量%以下のP(リン)を含有する。Pの含有量が球状黒鉛鋳鉄の総質量に対し0.10質量%を超えると、ステダイト(Fe3P)が晶出し、溶接金属中の高温割れの原因となる。Pの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、0.080質量%以下が好ましい。
【0018】
本鋳鉄は、0.015質量%以下のS(硫黄)を含有する。Sの含有量が球状黒鉛鋳鉄の総質量に対し0.015質量%を超えると、黒鉛球状化率が低下して靭性が低下する。Sの含有量は、球状黒鉛鋳鉄の総質量に対して、0.010質量%以下が好ましい。
【0019】
本鋳鉄は、Pの含有量に対するMgの含有量の質量比(Mg/P)が2.1以下であることが好ましい。フェライト系球状黒鉛鋳鉄では、400℃近傍で延性(伸び)が低下する中温脆化現象が起きる。これに対し、Mg/Pが2.1以下となるようにP及びMgを添加することにより、400℃近傍での伸びの低下を抑制することができる。Mg/Pは、より好ましくは2.0以下であり、更に好ましくは1.1~2.0である。
【0020】
本鋳鉄は上記成分を含有し、残部は、Fe(鉄)及び不可避的不純物である。なお、球状黒鉛鋳鉄の化学成分は、C及びSについては、JIS G 1211に基づいたC-S計による測定値であり、それ以外の成分については、JIS 1258:2014の規格に基づいたICP発光分光分析方法による測定値である。
【0021】
[球状黒鉛鋳鉄の製造]
本鋳鉄は、公知の方法に従い製造することができる。製造方法の一例を説明すると、まず、鉄スクラップ(鉄屑)や銑鉄等の原料を溶解炉に投入し、例えば1500~1600℃で原料を溶解して溶湯を調製する(溶解工程)。ここでは、本鋳鉄が得られるように接種剤の種類や配合量が選定され、公知の球状化処理及び接種処理が行われることにより注湯前の溶湯が調製される。続いて、所定の注湯温度に設定された溶湯を鋳型に注ぎ、溶湯を冷却する(鋳造工程)。その後、鋳型から鋳物を取り出す(解枠工程)。これにより、本鋳鉄としての鋳物が得られる。得られた鋳物に対しては、必要に応じて切削加工等の各種処理を施すことにより、所望の形状を有する鋳造製品を得ることができる。
【0022】
[球状黒鉛鋳鉄の物性]
本鋳鉄は、黒鉛組織を除いた基地組織がフェライト主体の球状黒鉛鋳鉄である。鋳鉄において、基地組織中のフェライト組織の割合は、黒鉛組織を除いた球状黒鉛鋳鉄の面積のうちパーライト組織が占める面積の比率(以下、「パーライト率」という)により表される。この場合、パーライト率が低いほど、基地組織におけるフェライト組織の比率が高いといえる。
【0023】
具体的には、本鋳鉄のパーライト率は、溶接部での割れが発生しにくく、溶接性に優れた鋳鉄を得る観点から、40%以下が好ましく、20%以下がより好ましく、10%以下が更に好ましい。なお、本明細書において「パーライト率」は、鋳鉄の断面を光学顕微鏡により撮影した組織写真の画像処理により、黒鉛を除いた組織を「パーライト+フェライトの面積」とし、黒鉛及びフェライトを除いた組織を「パーライトの面積」として、下記数式(1)により算出される値である。パーライト率の測定方法の詳細は、後述する実施例に記載の操作に従う。
パーライト率=[(パーライトの面積)/(パーライト+フェライトの面積)]×100
…(1)
【0024】
一般に、球状黒鉛鋳鉄は、基地組織のパーライト率が高いほど、引張強さが大きい。これに対し、本鋳鉄は、パーライト率は低い一方で、引張強さが大きい。すなわち、上記範囲の化学組成からなる本鋳鉄によれば、基地の金属組織はフェライト主体でありながら、引張強さの大きい鋳鉄材料を得ることができる。具体的には、本鋳鉄は、引張強さが、例えば550N/mm2以上であり、好ましくは580N/mm2以上である。本鋳鉄の引張強さの上限としては特に限定されないが、例えば700N/mm2未満である。なお、引張強さは、JIS Z 2241:2011に準拠して測定した値である。
【0025】
また、本鋳鉄の0.2%耐力は、例えば420N/mm2以上であり、好ましくは450N/mm2以上である。なお、0.2%耐力は、JIS Z 2241:2011に準拠してオフセット法により測定した値である。
【0026】
本鋳鉄の硬度は、差動装置のデフケースに好適な鋳鉄材料を得る観点から、ビッカース硬さ(HV20)が、例えば180HV20以上であり、好ましくは200HV20以上である。本鋳鉄のビッカース硬さの上限は特に限定されないが、機械加工性を良好にする観点から、例えば250HV20以下である。なお、ビッカース硬さは、JIS Z 2244:2009に準拠して測定した値である。引張強さ、0.2%耐力及びビッカース硬さの測定方法の詳細は、後述する実施例に記載の方法に従う。
【0027】
[デフケース及び差動装置]
本鋳鉄は、差動装置のデフケースを構成する材料として好適である。
図1に、差動装置10の構成の一例を示す。
図1には、デフケース20及びリングギヤ30の回転軸線L1及びピニオンギヤ42の回転軸線L2を含む断面が示されている。本実施形態の差動装置10は、車両のドライブシャフトに組み付けられて、左右の駆動輪を異なる速度で回転可能にする装置である。
【0028】
図1に示すように、差動装置10は、デフケース20と、リングギヤ30と、サイドギヤ41と、ピニオンギヤ42とを備えている。デフケース20は中空状であり、本鋳鉄を用いて鋳造により形成されている。デフケース20の内部は収容室21となっており、収容室21に、サイドギヤ41及びピニオンギヤ42が収容されている。デフケース20の下部において外周部には、円環状のフランジ部22が延出形成されている。また、差動装置10において、フランジ部22の外周部にはリングギヤ30が組み付けられており、これによりデフケース20とリングギヤ30とが一体化されている。
【0029】
リングギヤ30は円環状をなし、その外周面全体に歯部31が設けられている。本実施形態では、リングギヤ30は、はすば歯車により構成され、歯部31を構成する複数の歯が回転軸線L1に対して斜めに形成されている。リングギヤ30は、歯部31の強度や歯面の噛み合わせの精度を確保するため、例えば炭素鋼又は合金鋼(クロムモリブデン鋼(SCM)等)により形成されている。サイドギヤ41及びピニオンギヤ42は、それぞれ対をなすようにデフケース20の収容室21に組み込まれている。
【0030】
車両に搭載された差動装置10において、動力源(例えばエンジン)からの動力がリングギヤ30に入力されると、デフケース20は、リングギヤ30と共に回転軸線L1を中心に軸回転する。これに伴い、ピニオンギヤ42及びサイドギヤ41を介して、左右のドライブシャフトに対し、差動回転を許容しつつ動力が配分される。なお、ピニオンギヤ42及びサイドギヤ41の差動機構は周知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0031】
かかる差動装置10において、リングギヤ30は、デフケース20のフランジ部22に対して溶融溶接により接合されている。本実施形態では、レーザ溶接によりリングギヤ30とデフケース20とが接合され、リングギヤ30とデフケース20とが一体化されている。溶接処理は、周知の方法に従って行われる。例えば、デフケース20のフランジ部22とリングギヤ30の内周部とを当接させた状態で、その当接面に対し外周側から周方向に連続的にレーザが照射される。この場合、差動装置10には、リングギヤ30の内周部とデフケース20の外周部との当接部の全周に亘って溶接部Wが形成される。
【0032】
なお、リングギヤ30とデフケース20とを溶接する方法はレーザ溶接に限らず、例えば電子ビーム溶接やアーク溶接等により行ってもよい。フランジ部22とリングギヤ30の内周部との当接面における形状についても特に限定されず、斜め形状や段差形状等であってもよい。
【0033】
ここで、球状黒鉛鋳鉄(FCD)は、溶接を行うと溶接部Wが硬化しやすく、溶接性に劣る傾向がある。本発明者が検討したところ、デフケース20の材料に使用される従来のFCDのうち、引張強さが500MPa程度のものであれば、溶接部Wでの割れは比較的生じにくいといえる。ただし、引張強さが500MPa程度のFCDは、デフケース20の材料としては機械的強度の点で劣る。
【0034】
一方、デフケース20の材料に使用される従来のFCDのうち、基地のパーライト率が比較的高く、引張強さが550MPa以上であるFCDは、機械的強度の点では優れているものの、溶接を行うと、引張強さが500MPa程度のFCDと比べて、溶接部W(より具体的には、熱影響部(HAZ))において割れが発生しやすいことが本発明者の検討により明らかとなった。これは、溶接時の熱履歴、すなわち、溶接の際に鋳鉄をA1変態点の温度以上に加熱し、その後急冷することに伴う熱変化により、FCD中のパーライトが、硬く脆いマルテンサイトに変態したことに起因するものと考えられる。
【0035】
なお、鋳鉄における熱影響部の組織は、溶接金属(溶接ビード)に接する部分で白銑化が起こり、この白銑化部分では硬化により割れが生じやすいことが知られている。ただし、熱影響部の白銑については、Niを含有する溶接ワイヤーを用いる公知の方法等により抑制することが可能である。
【0036】
これに対し、上記範囲の化学組成からなる本鋳鉄は、基地組織がフェライト主体であるため、溶接時にマルテンサイトに変態しにくく、溶接を行っても溶接部Wに割れが発生しにくい。また、本鋳鉄は引張強さが大きく、JIS G5502において規定されるFCD600と同等の引張強さを有する。このように、機械的強度及び溶接性に優れる本鋳鉄は、溶接によりリングギヤ30と一体化されるデフケース20の材料として好適である。
【0037】
また、本鋳鉄によれば、溶接部Wに割れが発生しにくく、溶接部強度の信頼性が高いことから、超音波探傷装置等による溶接部Wの検査工程の簡素化を図ることが可能である。さらに、本鋳鉄は、基地組織の化学成分により溶接性が改善されているため、鋳造後の物品に対して、鋳鉄の溶接性を向上させるための特別な熱処理を行う必要がない。これにより、製造ラインの工程数が増加したり、製造コストが増大したりすることを抑制することができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例及び比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。化学成分及び各物性は以下のように測定した。
【0039】
[化学成分の測定]:球状黒鉛鋳鉄の化学成分の測定は、C及びSについては、JIS G 1211に基づくC-S計により行い、それ以外の成分については、JIS 1258:2014の規格に基づくICP発光分光分析方法により行った。
[引張強さ及び伸び]:JIS Z 2241:2011に準拠し、4号試験片を作製して、応力-ひずみ線図から引張強さ(最大応力)及び伸び(破断伸び)を室温にて測定した。
[0.2%耐力]:JIS Z 2241:2011に準拠し、オフセット法により測定した。
[硬さ]:JIS Z2244:2009に準拠し、試験力196.1N、室温にてビッカース硬さを測定した。
[パーライト率]:鋳鉄の断面を光学顕微鏡(オリンパス社製)により倍率100倍で撮影し、撮影した組織写真の画像処理により、黒鉛を除いた組織を「パーライト+フェライトの面積」として抽出し、黒鉛及びフェライトを除いた組織を「パーライトの面積」として抽出し、上記数式(1)によりパーライト率[%]を算出した。
【0040】
[実施例1]
1.球状黒鉛鋳鉄の製造
高周波誘導溶解炉にスクラップ鉄を加えて加熱することにより材料を溶解した。得られた溶湯に接種剤及び球状化剤を添加し、溶湯をYブロック形状の鋳型に注湯した。その後、バラシ温度まで鋳型内で冷却した後、鋳型から鋳鉄を取り出した。得られた球状黒鉛鋳鉄の化学組成を表1に示す。ただし、表1への記載を省略した残部はFe及び不可避的不純物である。表1中、「-」はその成分を含有しないことを表す。実施例1の球状黒鉛鋳鉄につき、Pの含有量に対するMgの含有量の質量比(Mg/P)は2.0であった。
【0041】
2.評価
上記1.で製造した球状黒鉛鋳鉄につき、引張強さ(MPa)、破断伸び(%)、0.2%耐力(MPa)、硬さ(HV20)及びパーライト率(%)を測定した。評価結果を表2に示す。この実施例1の球状黒鉛鋳鉄は、パーライト率が1%であり、フェライト基地であった。
【0042】
3.溶接性の評価
上記1.で製造した球状黒鉛鋳鉄と、鋼(SCM420)とを用いて、
図2に示す評価用試験片50を作製した。評価用試験片50は、鋼(SCM420)により形成された円環状のギヤ材51の上に、球状黒鉛鋳鉄により形成されたFCD板52が積層されて形成されている。なお、FCD板52は、ギヤ材51の上面形状に対応する円形板状である。この評価用試験片50につき、ギヤ材51とFCD板52との当接部53に側面からレーザを照射し、レーザ溶接によりギヤ材51とFCD板52とを一体化した。レーザ溶接については、Ni含有の溶接ワイヤーを用いながら、レーザ出力:3.8kW、溶接速度:1.5m/分の条件にて行った。評価用試験片50の溶接部の断面を光学顕微鏡(オリンパス社製)により倍率100倍で撮影し、溶接性を評価した。溶接部の断面の組織写真を
図3に示す。なお、
図3中、「FCD」は、評価用試験片50のFCD板52に対応し、「SCM」はギヤ材51に対応する。「ビード」は溶接ビードを表す(
図4についても同じ)。
【0043】
[実施例2~12]
使用する球状黒鉛鋳鉄を、表1に示す化学成分を有する球状黒鉛鋳鉄に変更したこと以外は実施例1と同様にして、引張強さ、破断伸び、0.2%耐力、硬さ及びパーライト率を測定するとともに、溶接性評価を行った。評価結果を表2、
図3及び
図4に示す。実施例2~12の球状黒鉛鋳鉄のMg/Pはそれぞれ、2.0、1.7、1.2、1.2、1.1、1.1、1.7、1.4、0.95、1.9、1.1であった。
【0044】
[比較例1]
使用する球状黒鉛鋳鉄を、表1に示す化学成分を有するFCD450相当の球状黒鉛鋳鉄に変更したこと以外は実施例1と同様にして、引張強さ、破断伸び、0.2%耐力、硬さ及びパーライト率を測定するとともに、溶接性評価を行った。評価結果を表2及び
図4に示す。比較例1の球状黒鉛鋳鉄は、Mg/P=2.3であった。
[比較例2]
使用する球状黒鉛鋳鉄を、表1に示す化学成分を有するFCD600相当の球状黒鉛鋳鉄に変更したこと以外は実施例1と同様にして、引張強さ、破断伸び、0.2%耐力、硬さ及びパーライト率を測定するとともに、溶接性評価を行った。評価結果を表2及び
図4に示す。比較例2の球状黒鉛鋳鉄は、Mg/P=2.0であった。
【0045】
【0046】
【0047】
球状黒鉛鋳鉄の機械的性質について、実施例1~12と比較例1、2とを対比すると、表2に示すように、実施例1~12のFCDは、比較例1(FCD450)よりもパーライト率が低いか又は同程度であるにもかかわらず、引張強さについては比較例1よりも110MPa以上大きく、比較例2(FCD600)の強度並みの大きい値を示した。また、0.2%耐力及び伸びについても、実施例1~12のFCDは、比較例2(FCD600)と同等か又は比較例2よりも大きい値を示した。硬さについても、実施例1~12のFCDは、比較例2(FCD600)と同等であった。
【0048】
溶接性については、
図3及び
図4に示すように、実施例1~12及び比較例1(FCD450)では、ギヤ材51とFCD板52との溶接部に割れは確認されなかった。これに対し、比較例2(FCD600)では、ギヤ材51とFCD板52との溶接部全体に割れが発生した。
以上の結果から、本発明の球状黒鉛鋳鉄によれば、FCD600と同等の高い機械的強度を有しながら、溶接性に優れることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0049】
10…差動装置、20…デフケース、21…収容室、22…フランジ部、30…リングギヤ、41…サイドギヤ、42…ピニオンギヤ、50…評価用試験片、W…溶接部。