(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】ホスフィン検知体
(51)【国際特許分類】
G01N 31/00 20060101AFI20241029BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
G01N31/00 N
G01N31/22 121A
G01N31/22 122
(21)【出願番号】P 2022126202
(22)【出願日】2022-08-08
【審査請求日】2023-12-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000006895
【氏名又は名称】矢崎総業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】加納 正挙
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 亜矢子
(72)【発明者】
【氏名】秋山 三帆
(72)【発明者】
【氏名】井本 貴之
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-110675(JP,A)
【文献】特表2012-522991(JP,A)
【文献】特開2021-117992(JP,A)
【文献】特開昭61-296268(JP,A)
【文献】特開2015-219084(JP,A)
【文献】特開平03-152462(JP,A)
【文献】特公平06-064045(JP,B2)
【文献】特開昭62-047552(JP,A)
【文献】特表2021-500549(JP,A)
【文献】米国特許第06217827(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00
G01N 31/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体と、
前記支持体の表面で支持され、複数の塩基性炭酸銅粒子と複数のセルロース繊維とが混合されたホスフィン検知部と、
を備え、
前記複数のセルロース繊維の平均長さは
0.9mm以上2mm以下であり、
前記複数のセルロース繊維の平均繊維径は15μm以上50μm以下であり、
前記ホスフィン検知部は実質的にバインダを含まない、ホスフィン検知体。
【請求項2】
前記支持体は連通気孔及び貫通気孔の少なくともいずれか一方を有する多孔質体である、請求項1に記載のホスフィン検知体。
【請求項3】
前記支持体は濾紙である、請求項1又は2に記載のホスフィン検知体。
【請求項4】
通気性を有する包装材をさらに備え、
前記支持体に支持された前記ホスフィン検知部は、前記包装材で包装されている、請求項1又は2に記載のホスフィン検知体。
【請求項5】
前記複数のセルロース繊維の含有量は、前記ホスフィン検知部に対し、40質量%以上93質量%以下である、請求項1又は2に記載のホスフィン検知体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスフィン検知体に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスフィンPH3を用いた燻蒸作業は、害虫を駆除するため、倉庫、船上及び機器内等において広く実施されている。例えば、貨物船での燻蒸作業は、通常、貨物倉を締め切った状態で貨物を数日以上所定量のホスフィンに曝露させる。
【0003】
しかし、ホスフィンは、人間に有害であるため、環境中のホスフィンの検知が必要である。従来、環境中のホスフィンの検知は、電力で駆動するセンサ等のガス検出機構を備えたガス測定装置、及びガス検知管等を用いて実施されてきた。なお、ガス検知管を用いる場合、環境中から人力で又は電動で断続的に吸引したガス試料を用いて検知する。
【0004】
特許文献1には、ホスフィン等の複数種類の被測定ガスに反応して光学濃度が変化する反応痕を生じる試薬を担持した検知紙を用いるガス測定装置が開示されている。このガス測定装置によれば、複数種類の被測定ガスの種類とその濃度を測定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年、燻蒸作業が行われた個々の物品について、過去におけるホスフィンの曝露濃度の高さを知ることが望まれるようになっている。この過去におけるホスフィンの曝露濃度の高さを検知するためには、個々の物品のホスフィンの曝露濃度を常時検知できることが好ましい。また、貨物船等に積み込まれる多くの物品についてホスフィンの曝露濃度の常時検知をするためには、人が介在しない検知器である必要がある。
【0007】
しかしながら、特許文献1のガス測定装置は、電力が必要である。このため、特許文献1のガス測定装置では、小さな個々の物品のホスフィンの曝露濃度を常時検知することは困難であり、また常時検知のコストが高いという問題があった。また、ガス検知管では、ガス試料を断続的に吸引して検知するため、ホスフィンの曝露濃度を常時検知することはできないという問題があった。
【0008】
本発明は、このような従来技術が有する課題に鑑みてなされたものである。本発明の目的は、無電力で、ホスフィンの常時検知が可能であり、応答性の高いホスフィン検知体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様に係るホスフィン検知体は、支持体と、支持体の表面で支持され、複数の塩基性炭酸銅粒子と複数のセルロース繊維とが混合されたホスフィン検知部とを備え、複数のセルロース繊維の平均長さは0.8mm以上2mm以下であり、ホスフィン検知部は実質的にバインダを含まない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、無電力で、ホスフィンの常時検知が可能であり、応答性の高いホスフィン検知体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本実施形態に係るホスフィン検知体の一例を示す概略的な平面図である。
【
図2】本実施形態に係るホスフィン検知体の
図1のII-II線に沿って切断した概略的な断面図である。
【
図3】支持体とホスフィン検知部とが包装材に包装されている状態の一例を示す概略的な断面図である。
【
図4】ホスフィン検知部のセルロース繊維種の違いによるホスフィン曝露に対する応答性を評価した結果である。
【
図5】ホスフィン検知部のセルロース含有量の違いによるホスフィン曝露に対する応答性を評価した結果である。
【
図6】実施例2~実施例6に係るホスフィン検知体の曝露前と24時間曝露後との比較結果である。
【
図7】ホスフィン検知部のバインダの有無の違いによるホスフィン曝露に対する応答性を評価した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を用いて本実施形態に係るホスフィン検知体について詳細に説明する。なお、図面の寸法比率は説明の都合上誇張されており、実際の比率と異なる場合がある。
【0013】
[ホスフィン検知体]
図1は、本実施形態に係るホスフィン検知体1の平面図である。
図2は、本実施形態に係るホスフィン検知体1の
図1のII-II線に沿った断面図である。
図1及び
図2に示すように、ホスフィン検知体1は、支持体10と、支持体10の表面で支持されたホスフィン検知部20とを備えている。
【0014】
(支持体)
支持体10は、ホスフィン検知部20を支持している。支持体10の材質は、特に限定されないが、例えば、紙、プラスチック、金属、セラミックス及び木材からなる群より選択される少なくとも一種を含んでいてもよい。なお、支持体10は、少なくとも支持体10の表面にホスフィン検知部20を担持可能であればよい。このため、支持体10の内部に後述の検知インクが含浸することにより支持体10の表面に加えて支持体10の内部にホスフィン検知部20が形成されていてもよい。
【0015】
支持体10は、連通気孔及び貫通気孔の少なくともいずれか一方を有する多孔質体であってもよい。連通気孔は、隣接する気孔同士が互いに連結している気孔であり、支持体10の外側と連通している。貫通気孔は、一方の面から他方の面まで繋がる気孔である。支持体10が例えば板状構造を有する場合には、支持体10は、板状構造の表面から裏面まで連通する複数の気孔を有していてもよい。また、支持体10が例えば直方体のような六面体である場合には、支持体10は、一の面から、一の面に対向する面まで連通する複数の気孔を有していてもよい。多孔質体が連通気孔又は貫通気孔を有しているため、ホスフィン検知体1がホスフィンで曝露された場合に、ホスフィン検知部20のホスフィンに対する接触面積が増える。したがって、ホスフィン検知部20の反応性を向上させることができる。
【0016】
支持体10は、例えば紙であってもよい。紙は、カーボンニュートラルの観点から大気中への二酸化炭素の排出量を低減することができる。また、紙は安価であり、可燃性であるため、他の構成材料と一緒に容易に廃棄することができる。
【0017】
支持体10は、濾紙であってもよい。支持体10として濾紙を用いることにより、後述するように、ホスフィン検知部20を容易に形成することができる。
【0018】
支持体10の形状としては、ホスフィン検知部20を担持可能であればよく、特に限定されない。支持体10の形状としては、例えば、平板、湾曲板、立方体及び直方体などの多角柱などが挙げられる。
【0019】
支持体10が平板である場合、支持体10の厚さは、0.1mm以上5mm以下であってもよい。支持体10の厚さが上記のような範囲である場合、ホスフィン検知体1として扱いやすい。支持体10の厚さは、0.2mm以上であってもよい。また、支持体10の厚さは2mm以下であってもよく、1mm以下であってもよく、0.5mm以下であってもよい。
【0020】
(ホスフィン検知部)
ホスフィン検知部20は、複数の塩基性炭酸銅粒子と、複数のセルロース繊維とを含んでいる。そして、塩基性炭酸銅粒子とセルロース繊維とが混合されている。ホスフィン検知部20では、複数のセルロース繊維の各々によってセルロース繊維間に空隙が形成されていてもよい。また、複数の塩基性炭酸銅粒子の各々は、複数のセルロース繊維の各々の間に配置されていてもよい。
【0021】
<塩基性炭酸銅粒子>
塩基性炭酸銅は、ホスフィンに対して反応性を有し、ホスフィン以外の曝露において化学的に安定である。具体的には、塩基性炭酸銅は、酢酸銅と比較し、温湿度で変色しにくい。また、塩基性炭酸銅は、酢酸銀と比較し、反応性が過剰に高すぎない。より具体的には、酢酸銀は、1ppmのような低濃度のホスフィンを検出することが可能であるが、温湿度及び光で変色しやすく、例えば100ppmのような濃度で曝露されているのか判別がつきにくい。一方、塩基性炭酸銅は、ホスフィンの曝露濃度及び曝露時間により、反応性に差異がある。このため、塩基性炭酸銅を用いることにより、ホスフィンの曝露濃度及び曝露時間に対する反応性を制御したホスフィン検知部20を形成することができる。
【0022】
塩基性炭酸銅は、マラカイトとも称されるCu(OH)2・CuCO3を含んでいてもよい。Cu(OH)2・CuCO3は、ホスフィンの曝露前が緑色であり、ホスフィンの曝露で還元されると黒色に変色する性質を有する。Cu(OH)2・CuCO3の色が黒色に変化するのは、以下の反応式(1)に示すように、Cu(OH)2・CuCO3とホスフィンとの反応生成物であるCuに由来すると推測される。なお、下記反応式(1)の副生成物は、例えば、リン酸由来の固体などを含んでいる。
【0023】
2Cu(OH)2・CuCO3+PH3→Cu+副生成物 (1)
【0024】
さらに、2Cu(OH)2・CuCO3とホスフィンとの反応に起因して生成されるリン酸銅及び酸化銅(Cu2O)もホスフィンと反応し、黒色の反応生成物が生じる。
【0025】
ホスフィン検知部20に含まれる複数の塩基性炭酸銅粒子間には、空隙が存在していてもよい。塩基性炭酸銅粒子の平均粒子径は、特に限定されないが、セルロース繊維の平均繊維径よりも小さくてもよい。このような場合、セルロース繊維によって適度な空隙を形成することができるため、ホスフィン検知部20の反応性を良好に保つことができる。
【0026】
塩基性炭酸銅粒子の平均粒子径は、具体的には、0.01μm以上20μm以下であってもよい。平均粒子径が0.01μm以上である場合、塩基性炭酸銅粒子が繊維間の空隙を埋め、内部の塩基性炭酸銅粒子がホスフィンに曝露されにくくなるのを抑制することができる。また、平均粒子径が20μm以下である場合、塩基性炭酸銅粒子の比表面積が大きくなるため、反応性が高くなる。また、セルロース繊維によって適度な空隙を形成することができるため、ホスフィン検知部20の反応性を良好に保つことができる。塩基性炭酸銅粒子の平均粒子径は0.05μm以上であってもよく、0.1μm以上であってもよい。また、塩基性炭酸銅粒子の平均粒子径は、10μm以下であってもよく、5μm以下であってもよく、2μm以下であってもよい。なお、本明細書において、「平均粒子径」の値としては、特に言及のない限り、走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数~数十視野中に観察される粒子の粒子径の平均値として算出される値を採用する。
【0027】
塩基性炭酸銅粒子の含有量は、ホスフィン検知部20に対し、7質量%以上60質量%以下であってもよい。塩基性炭酸銅粒子の含有量を7質量%以上とすることにより、ホスフィン検知部20の応答性がより高くなる。また、塩基性炭酸銅粒子の含有量を60質量%以下とすることにより、ホスフィン検知部20が崩壊するのを抑制することができる。塩基性炭酸銅粒子の含有量は15質量%以上であってもよく、30質量%以上であってもよく、40質量%以上であってもよく、45質量%以上であってもよい。また、塩基性炭酸銅粒子の含有量は55質量%以下であってもよく、50質量%以下であってもよい。
【0028】
塩基性炭酸銅粒子の形状は、特に限定されず、針状、角状、樹枝状、繊維状、片状、不規則形状、涙滴状、及び球状からなる群より選択される少なくとも一種の形状であってもよい。
【0029】
複数の塩基性炭酸銅粒子の比表面積は、特に限定されない。比表面積が大きい程、反応応答性が高くなる傾向にある。
【0030】
<セルロース繊維>
複数のセルロース繊維は絡み合って、各セルロース繊維間に空隙を形成する。この空隙により、通気性が良好になるため、ホスフィン検知部20がホスフィンで曝露された場合に、塩基性炭酸銅粒子にホスフィンが接触しやすい。また、セルロース繊維は、塩基性炭酸銅粒子を担持することができる。
【0031】
セルロース繊維は、カーボンニュートラルの観点から大気中への二酸化炭素の排出量を低減することができる。また、セルロース繊維は、種々のサイズが工業生産されているため安価に入手することができ、空隙による反応性の制御など、目的に合わせて選択できるため、成膜及び成形がしやすい。また、セルロース繊維は、カーボンナノファイバやセラミックファイバよりも安全性が高く、呼吸器への影響を心配しなくてよく、製造時及び使用時に安全に扱うことができる。また、セルロース繊維は、可燃性で廃棄しやすく、塩基性炭酸銅も220℃で酸化銅(II)と二酸化炭素と水に分解されるため、一緒に廃棄しやすい。さらに、セルロース繊維は、反応性に悪影響を及ぼしにくい。
【0032】
複数のセルロース繊維の平均長さは、0.8mm以上2mm以下である。セルロース繊維の平均長さが0.8mm以上であることにより、セルロース繊維同士が絡んでホスフィン検知部20が自立しやすい。そのため、ホスフィン検知部20は、バインダを含んでいなくても、崩れにくくなる。また、セルロース繊維の平均長さが2mm以下であることにより、検知インクを調製する際に、ほぐれやすいため、ホスフィン検知部20を容易に形成することができる。セルロース繊維の平均長さは0.9mm以上であってもよく、1mm以上であってもよい。また、セルロース繊維の平均長さは1.5mm以下であってもよく、1.2mm以下であってもよい。
【0033】
複数のセルロース繊維の平均繊維径は、塩基性炭酸銅粒子の平均粒子径よりも大きくてもよい。この構成により、ホスフィン検知部20内に適度な空隙が形成され、ホスフィン検知体1がホスフィンで曝露された場合に、塩基性炭酸銅粒子がホスフィンと反応しやすくなる。
【0034】
複数のセルロース繊維の平均繊維径は、15μm以上50μm以下であってもよい。セルロース繊維の平均繊維径が15μm以上であることにより、適度な空隙が形成され、ホスフィン検知部20の反応性がより高くなる。また、セルロース繊維の平均繊維径が50μm以下であることにより、塩基性炭酸銅粒子同士の距離が近くなり、ホスフィン検知部20における変色の視認性が高くなる可能性がある。セルロース繊維の平均繊維径は18μm以上であってもよく、20μm以上であってもよい。また、セルロース繊維の平均繊維径は40μm以下であってもよく、30μm以下であってもよく、25μm以下であってもよい。
【0035】
セルロース繊維の平均繊維径に対する平均長さ(アスペクト比)は、15以上100以下であってもよい。アスペクト比が15以上であることにより、セルロース繊維同士が絡んでホスフィン検知部20が自立する。そのため、ホスフィン検知部20は、バインダを含んでいなくても、崩れにくくなる。また、アスペクト比が100以下であることにより、検知インクを調製する際に、ほぐれやすいため、ホスフィン検知部20を容易に形成することができる。アスペクト比は、20以上であってもよく、30以上であってもよく、40以上であってもよい。また、アスペクト比は、90以下であってもよく、80以下であってもよく、70以下であってもよく、60以下であってもよい。
【0036】
なお、複数のセルロース繊維の平均長さ及び平均繊維径の値としては、特に言及のない限り、走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数~数十視野中に観察されるセルロース繊維の長さ又は径の平均値として算出される値を採用する。
【0037】
セルロース繊維の含有量は、ホスフィン検知部20に対し、40質量%以上93質量%以下であってもよい。セルロース繊維の含有量を40質量%以上とすることにより、ホスフィン検知部20が崩壊するのを抑制することができる。また、セルロース繊維の含有量を93質量%以下とすることにより、ホスフィン検知部20の応答性がより高くなる。セルロース繊維の含有量は、45質量%以上であってもよく、50質量%以上であってもよい。また、セルロース繊維の含有量は85質量%以下であってもよく、70質量%以下であってもよく、60質量%以下であってもよく、55質量%以下であってもよい。
【0038】
ホスフィン検知部20は実質的にバインダを含んでいない。本実施形態に係るホスフィン検知部20は、セルロース繊維の平均長さが長いため、セルロース繊維同士が絡んでホスフィン検知部20が自立する。そのため、ホスフィン検知部20は、バインダを含んでいなくても、崩れにくい。そして、ホスフィン検知部20が実質的にバインダを含んでいない場合、塩基性炭酸銅粒子がホスフィンに曝露されやすくなることから、ホスフィン検知部20の反応性が向上する。ホスフィン検知部20が実質的にバインダを含んでいないとは、ホスフィン検知部20に対し、バインダの含有量が1質量%以下であることを意味する。バインダの含有量は、0.5質量%以下であってもよく、0質量%であってもよい。
【0039】
なお、ここでいうバインダは、塩基性炭酸銅粒子とセルロース繊維とを結合するバインダを意味する。バインダの材料は、特に限定されないが、有機バインダを用いてもよい。バインダは、例えば、樹脂及びセルロースナノファイバーの少なくともいずれか一方を含んでいてもよい。バインダに用いられる樹脂は、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ビニル樹脂及びセルロース樹脂からなる群より選択される少なくとも一種を含んでいてもよい。セルロース樹脂としては、例えばヒドロキシエチルセルロースなどが挙げられる。
【0040】
図1及び
図2に示すように、ホスフィン検知体1のホスフィン検知部20は、断面形状が台形になっている。しかし、本実施形態のホスフィン検知部20は断面形状が台形以外の形状、例えば、矩形状であってもよい。なお、ホスフィン検知部20の形状は、バーコード状、QRコード(登録商標)状にすることも可能である。
【0041】
ホスフィン検知部20の厚さは、20μm以上200μm以下であってもよい。ホスフィン検知部20の厚さが20μm以上である場合、ホスフィン検知部20の呈色を明確に確認することができる。また、ホスフィン検知部20の厚さが200μm以下である場合、ホスフィン検知部20の表面に亀裂が生じにくくなり、ホスフィン検知部20の反応にムラが生じるのを抑制することができる。ホスフィン検知部20の厚さは、50μm以上であってもよく、80μm以上であってもよい。また、ホスフィン検知部20の厚さは、160μm以下であってもよく、120μm以下であってもよい。
【0042】
図3に示すように、ホスフィン検知体1は、通気性を有する包装材30をさらに備えていてもよい。そして、支持体10に支持されたホスフィン検知部20は、包装材30で包装されていてもよい。本実施形態に係るホスフィン検知体1は、ホスフィン検知部20が実質的にバインダを含んでいなくても崩れにくいが、ホスフィン検知部20の塩基性炭酸銅粒子及びセルロース繊維の一部が飛散する可能性も想定される。そのため、通気性を有する包装材30で支持体10に支持されたホスフィン検知部20を包装することにより、これらの飛散を抑制することができる。通気性を有する包装材30としては、例えば、滅菌バッグなどが挙げられる。
【0043】
滅菌バッグは、例えば樹脂フィルム31と滅菌紙32とを備えていてもよい。樹脂フィルム31と滅菌紙32との間にホスフィン検知体1が配置された状態で、樹脂フィルム31と滅菌紙32の周囲を貼り合わせることにより、支持体10に支持されたホスフィン検知部20を滅菌バッグ内に収容することができる。樹脂フィルム31は、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン及びポリエチレンからなる群より選択される少なくとも一種の熱可塑性樹脂を含んでいてもよい。滅菌紙32は、例えば、ホスフィンは透過するが、細菌は透過しない紙である。
【0044】
ホスフィン検知体1は、ホスフィンの曝露の測定対象となる測定対象物品の表面又は物品中に配置する。ホスフィン検知体1を測定対象物品の表面又は物品中に配置する場合、単に載置してもよいし、粘着剤、粘着テープ等を用いて貼付してもよい。
【0045】
次に、ホスフィン検知体1の作用について説明する。ホスフィン検知体1のホスフィン検知部20は、所定量のホスフィンに曝露される前後で色が変化する。例えば、ホスフィン検知部20に含まれる塩基性炭酸銅Cu(OH)2・CuCO3は、ホスフィンの曝露前が緑色であり、ホスフィンの曝露で還元されると黒色に変色する性質を有する。
【0046】
上記ホスフィン検知部20の変色作用は、一旦変色すると、変色後の色を維持する。このため、ホスフィン検知体1によれば、過去におけるホスフィンの曝露濃度の高さを検知することができる。上記ホスフィン検知部20の変色作用は、目視で、又は機械を用いて、変色度合いを検知することができる。また、上記変色作用は、ホスフィンによる塩基性炭酸銅の還元に基づくため、無電力で発現する。さらに、上記作用は、無電力で発現するため、ホスフィンの曝露について常時検知可能である。また、上記変色作用は、ホスフィン検知体1のみで発現するため、変色作用の検知が可能な範囲内でホスフィン検知体1を小型化することができる。
【0047】
以上説明した通り、本実施形態に係るホスフィン検知体1は、支持体10と、支持体10の表面で支持され、複数の塩基性炭酸銅粒子と複数のセルロース繊維とが混合されたホスフィン検知部20とを備えている。複数のセルロース繊維の平均長さは0.8mm以上2mm以下である。ホスフィン検知部20は実質的にバインダを含まない。
【0048】
ホスフィン検知体1によれば、所定量のホスフィンの曝露前後で、ホスフィン検知部20の色が変わる。このため、ホスフィン検知体1は、小型であり、無電力で、ホスフィンの常時検知ができる。
【0049】
また、複数のセルロース繊維の平均長さは0.8mm以上2mm以下であり、ホスフィン検知部20は実質的にバインダを含んでいない。そのため、セルロース繊維同士が絡んでホスフィン検知部20が自立する。したがって、ホスフィン検知部20は、バインダを含んでいなくても、崩れにくい。そして、ホスフィン検知部20が実質的にバインダを含んでいない場合、塩基性炭酸銅粒子がホスフィンに曝露されやすくなることから、ホスフィン検知部20の反応性が向上する。
【0050】
なお、塩基性炭酸銅は絶縁体であり、ホスフィンとの反応によって塩基性炭酸銅から導体である銅が生成される。そのため、銅を電気的に検出できる可能性がある。例えば、ホスフィン検知体1をRFID(radio frequency identifier)に組み込むことで遠隔検出できる可能性がある。
【0051】
[ホスフィン検知体の製造方法]
次に、本実施形態に係るホスフィン検知体1の製造方法について説明する。ホスフィン検知体1は、支持体10の表面にホスフィン検知部20を形成することにより得ることができる。具体的には、本実施形態に係るホスフィン検知体1は、検知インクを調製する工程と、検知インクを支持体10に塗布する工程と、分散液を除去する工程とを含んでいてもよい。
【0052】
検知インクを調製する工程では、塩基性炭酸銅粒子と、セルロース繊維と、分散液とを含む検知インクを調製する。検知インクは、塩基性炭酸銅粒子と、セルロース繊維と、分散液とを撹拌などによって混合することにより得ることができる。塩基性炭酸銅粒子及びセルロース繊維は、上述したものを用いることができる。分散液としては、例えば、水等の無機溶媒、アルコール等の有機溶媒が用いられる。これらの中でも、環境配慮の観点から、分散液として水を用いることが好ましい。
【0053】
検知インクを支持体10に塗布する工程では、検知インクを調製する工程で調製したインクを、支持体10に塗布する。検知インクを支持体10に塗布する方法は特に限定されず、例えば、滴下、塗工、噴霧及び印刷並びにこれらの組み合わせなどによって塗布することができる。滴下としては、スポイト又はピペットによる支持体10への滴下が挙げられる。塗工としては、バーコーターによる塗工が挙げられる。印刷としては、スクリーン印刷、トナー印刷、インクジェット印刷、凸版印刷及び凹版印刷並びにこれらの組み合わせなどが挙げられる。
【0054】
分散液を除去する工程では、支持体10に塗布された検知インクから分散液を除去する。検知インクから分散液が除去されることにより、複数の塩基性炭酸銅粒子と、複数のセルロース繊維とを含むホスフィン検知部20が形成される。分散液を除去する方法としては、吸引濾過などのような濾過、室温での自然乾燥、加熱による乾燥及びこれらの組み合わせなどが挙げられる。これらの中でも、濾過は、複数の塩基性炭酸銅粒子の原料に含まれる水溶性の異物を検知インクから除去することができるため好ましい。
【0055】
以上説明した方法によれば、上述した支持体10とホスフィン検知部20とを備えるホスフィン検知体1を製造することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本実施形態を実施例及び比較例によりさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0057】
実施例及び比較例の検知インクの原料として、以下の材料を準備した。
(1)塩基性炭酸銅粒子
Cu(OH)2・CuCO3(関東化学株式会社、炭酸銅(II)(塩基性)、2N5)、平均粒子径1μm
(2)セルロース繊維
(2-1)パルプP
MZパルプPF-00-004(Arts&Crafts社)、繊維径20μm、繊維長1mm
(2-2)パルプPP06
NPファイバーW-06MG(日本製紙株式会社)、繊維径6μm、繊維長6μm
(2-3)パルプPP24
KCフロック(登録商標)W-400G(日本製紙株式会社)、繊維径24μm、繊維長40μm
(2-4)パルプVP50
VP-1 50μ(株式会社ティーディーアイ)、繊維径10μm~20μm、繊維長50μm
(2-5)パルプVP100
VP-1 100μ(株式会社ティーディーアイ)、繊維径10μm~20μm、繊維長100μm
(2-6)パルプST02
セオラス(登録商標)ST-02(旭化成株式会社)、繊維径40μm、繊維長100μm
(2-7)パルプST100
セオラス(登録商標)ST-100(旭化成株式会社)、繊維径20μm、繊維長200μm
(3)水
イオン交換水(電気伝導率0.1μS/cm)
【0058】
[実施例1]
まず、塩基性炭酸銅粒子が1質量%、セルロース繊維が1質量%、水が98質量%となるように混合した後、1時間撹拌して検知インクを調製した。セルロース繊維としては、パルプPを用いた。
【0059】
次に、定量採取した検知インクを、吸引濾過器にセットした濾紙(Advantec社、定量濾紙 No.3 Φ55mm)(支持体)に滴下した。この検知インクを吸引濾過し、50質量%の塩基性炭酸銅粒子と50質量%のセルロース繊維とを含み、膜厚が約100μmのホスフィン検知部を濾紙上に形成した。これをカットし、通気性の滅菌バッグ(Medicom社、滅菌ロールバッグ、幅50mm、ASKJR75010)に封入してホスフィン検知体を作製した。
【0060】
[比較例1]
セルロース繊維としてパルプP06を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0061】
[比較例2]
セルロース繊維としてパルプPP24を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0062】
[比較例3]
セルロース繊維としてパルプVP50を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0063】
[比較例4]
セルロース繊維としてパルプVP100を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0064】
[比較例5]
セルロース繊維としてパルプST02を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0065】
[比較例6]
セルロース繊維としてパルプST100を用いた以外には実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0066】
[評価]
(燻蒸試験)
まず、約25℃に設定した実験室内に、100Lアクリルチャンバを準備した。次に、上記のようにして得られたホスフィン検知体を、100Lアクリルチャンバ内に設置した。次に、ガス検知管で濃度を確認ながら、アクリルチャンバ内のホスフィン濃度が100ppmになるように、ホスフィン標準ガスをアクリルチャンバ内に注入し続けた。そして、所定時間ごとにホスフィン検知体の写真を撮影した。この結果を
図4に示す。
【0067】
図4に示すように、いずれのホスフィン検知体も緑色から黒色に変色し、短時間でホスフィンを検知することができた。ただし、平均長さが100μm以下であるセルロース繊維を用いた比較例1~比較例6のホスフィン検知体では、ホスフィン検知部が軽い衝撃で崩壊してしまった。一方、平均長さが1mmのセルロース繊維を用いた実施例1のホスフィン検知体では、ホスフィン検知部は軽い衝撃で崩壊しなかった。
【0068】
次に、塩基性炭酸銅粒子の含有量依存性を評価するため、以下の実施例を作製した。
【0069】
[実施例2]
まず、塩基性炭酸銅粒子が1質量%、セルロース繊維が1質量%、水が98質量%となるように混合した後、1時間撹拌して検知インクを調製した。セルロース繊維としては、パルプPP06を用いた。
【0070】
次に、定量採取した検知インクを、吸引濾過器にセットした濾紙(Advantec社、定量濾紙 No.3 Φ55mm)(支持体)に滴下した。この検知インクを吸引濾過し、50質量%の塩基性炭酸銅粒子と50質量%のセルロース繊維とを含み、膜厚が約100μmのホスフィン検知部を濾紙上に形成した。これをカットし、通気性の滅菌バッグ(Medicom社、滅菌ロールバッグ、幅50mm、ASKJR75010)に封入してホスフィン検知体を作製した。
【0071】
[実施例3]
ホスフィン検知部の塩基性炭酸銅粒子を20質量%、セルロース繊維を80質量%となるようにした以外は、実施例2と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0072】
[実施例4]
ホスフィン検知部の塩基性炭酸銅粒子を10質量%、セルロース繊維を90質量%となるようにした以外は、実施例2と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0073】
[実施例5]
ホスフィン検知部の塩基性炭酸銅粒子を5質量%、セルロース繊維を95質量%となるようにした以外は、実施例2と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0074】
[実施例6]
ホスフィン検知部の塩基性炭酸銅粒子を2質量%、セルロース繊維を98質量%となるようにした以外は、実施例2と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0075】
[評価]
(燻蒸試験)
まず、約25℃に設定した実験室内に、100Lアクリルチャンバを準備した。次に、上記のようにして得られたホスフィン検知体を、100Lアクリルチャンバ内に設置した。次に、ガス検知管で濃度を確認ながら、アクリルチャンバ内のホスフィン濃度が100ppmになるように、ホスフィン標準ガスをアクリルチャンバ内に注入し続けた。そして、所定時間ごとにホスフィン検知体の写真を撮影した。この結果を
図5に示す。また、実施例2~実施例6に係るホスフィン検知体の曝露前と24時間曝露後との比較結果を
図6に示す。
【0076】
図5及び
図6に示すように、塩基性炭酸銅粒子濃度が高くなる程、黒色への変色の視認性が良好になり、ホスフィン検知部における塩基性炭酸銅粒子の含有量が10質量%以上の場合において、黒色への変色の視認性が特に優れていた。
【0077】
次に、ホスフィン検知部におけるバインダの有無による評価をするため、以下の実施例及び比較例に係るホスフィン検知体を作製した。
【0078】
[実施例7]
実施例1と同様にしてホスフィン検知体を作製した。
【0079】
[比較例7]
ホスフィン検知部の組成を塩基性炭酸銅粒子45.45質量%、セルロース繊維45.45質量%、バインダの固形分9.1質量%とした以外は、実施例1と同様にホスフィン検知体を作製した。バインダとしては、バインダN(日本製紙株式会社製のセレンピア(登録商標)TEMPO酸化CNF(1%標準品))を用いた。
【0080】
[評価]
(燻蒸試験)
上記と同様に燻蒸試験を実施し、所定時間ごとにホスフィン検知体の写真を撮影した。この結果を
図7に示す。
【0081】
図7に示すように、バインダを含んでいない実施例7のホスフィン検知体は、バインダを含んでいる比較例7のホスフィン検知体よりも、黒色への変色の視認性が優れていた。
【0082】
以上の結果から、無電力で、ホスフィンの常時検知が可能であり、応答性の高いホスフィン検知体を提供できることが確認できた。
【0083】
以上、本実施形態を説明したが、本実施形態はこれらに限定されるものではなく、本実施形態の要旨の範囲内で種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0084】
1 ホスフィン検知体
10 支持体
20 ホスフィン検知部
30 包装材