(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-28
(45)【発行日】2024-11-06
(54)【発明の名称】集電体用表面処理鋼箔及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 7/06 20060101AFI20241029BHJP
C25D 5/12 20060101ALI20241029BHJP
C25D 5/14 20060101ALI20241029BHJP
C25D 5/16 20060101ALI20241029BHJP
C25D 5/50 20060101ALI20241029BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20241029BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20241029BHJP
H01M 4/66 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
C25D7/06 Z
C25D5/12
C25D5/14
C25D5/16
C25D5/50
C25D7/00 G
C25D5/26 E
H01M4/66 A
(21)【出願番号】P 2023517638
(86)(22)【出願日】2022-04-28
(86)【国際出願番号】 JP2022019466
(87)【国際公開番号】W WO2022231009
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2024-04-17
(31)【優先権主張番号】P 2021076893
(32)【優先日】2021-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000419
【氏名又は名称】弁理士法人太田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桂 啓志
(72)【発明者】
【氏名】上野 美里
(72)【発明者】
【氏名】堀江 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】堤 悦郎
(72)【発明者】
【氏名】原田 聡子
(72)【発明者】
【氏名】小▲柳▼ 利文
(72)【発明者】
【氏名】小幡 駿季
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 興
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-163639(JP,A)
【文献】特開2017-047466(JP,A)
【文献】特開2007-005092(JP,A)
【文献】国際公開第2013/157600(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00-7/12
H01M 4/64-4/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素吸蔵合金が配置される第1の面および、前記第1の面と反対側に位置する第2の面を有した集電体用表面処理鋼箔であって、
鋼箔からなる金属基材の、前記第1の面側、及び前記第1の面側とは反対側の前記第2の面側、の少なくとも一方の面側に積層されて、前記集電体用表面処理鋼箔内の水素の透過又は拡散を抑制する鉄ニッケル合金層を有し、
前記鉄ニッケル合金層は、前記集電体用表面処理鋼箔の断面におけるエネルギー分散型X線分光法での分析にて、前記第1の面又は前記第2の面の表層側から厚さ方向におけるニッケルおよび鉄の定量分析を行った場合に、ニッケルと鉄それぞれのX線強度の最大値の2/10となる間の範囲であり、
前記鉄ニッケル合金層のうち、少なくとも一つの層の厚みが0.5μm以上であることを特徴とする、集電体用表面処理鋼箔。
【請求項2】
前記集電体用表面処理鋼箔の前記第1の面および前記第2の面の両方の面側に鉄ニッケル合金層が形成されると共に、前記両方の面側の前記鉄ニッケル合金層の厚みの合計が0.7μm以上である、請求項1に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【請求項3】
前記金属基材が、低炭素鋼又は極低炭素鋼である、請求項1又は2に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【請求項4】
前記鉄ニッケル合金層におけるニッケルの付着量が0.80g/m
2~53.4g/m
2である、請求項1~3のいずれか一項に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【請求項5】
前記鉄ニッケル合金層上に形成される金属層をさらに有し、前記金属層がニッケル層である、請求項1~4のいずれか一項に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【請求項6】
前記鉄ニッケル合金層及び前記ニッケル層におけるニッケル付着量の合計が2.0g/m
2~53.4g/m
2である、請求項5に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【請求項7】
電気化学的に測定される水素透過電流密度が20μA/cm
2以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載の集電体用表面処理鋼箔。
ただし前記水素透過電流密度とは、65℃の電解液中にて、水素検出側の電位を+0.4Vとする条件下において、水素発生側に-1.5Vの電位を印加した際に水素検出側で測定される酸化電流の増加分である。ただし、水素検出側および水素発生側の電位の参照電極はAg/AgClである。
【請求項8】
前記第1の面の側、及び前記第2の面の側のいずれかの最表面に粗化ニッケル層が形成され、前記粗化ニッケル層の三次元表面性状パラメータSaが0.2μm~1.3μmである、請求項1~7のいずれか一項に記載の集電体用表面処理鋼箔。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池などの集電体に特に好適に使用される表面処理鋼箔及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車載用等に採用される二次電池としてニッケル水素電池やリチウムイオン電池が知られている。そしてこれらの二次電池の電極構造の種類としては、集電体の両面に共に正極層または負極層を形成したモノポーラ電極と、集電体の両面に正極層(正極活物質層)と負極層(負極活物質層)とを形成したバイポーラ電極とが知られている。
【0003】
バイポーラ電池は、上記したバイポーラ電極を電解質、セパレータなどを挟んで積層し、単一の電槽内に収容することにより構成される。この構成により、各電極を直列回路で積層配置することが可能となるため、電池の内部抵抗を小さくすることができ、作動電圧、出力を大きくし易いことが知られている。また、電池性能と併せて、モノポーラ電極を用いた従来の電池と比較して、電流を取り出すためのリードなどの部材点数を電池設計によって省略、削減することで、電池体積あるいは重量を低減できることから、電池の体積および重量エネルギー密度の向上を図ることができると考えられている。
例えば下記の特許文献1には、ニッケル箔等の金属箔をバイポーラ電池の集電体として用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは集電体に好適な金属材料として鋼箔等の金属箔を用いた開発を進めている中で、電池特性を向上させるために鋭意努力していた。その中で、集電体として使用される金属材料における水素透過を抑制することにより電池性能の劣化を低減することができることを見出した。
【0006】
すなわち例えばニッケル水素電池では、負極の活物質として水素を、一般的には水素吸蔵合金を使用する。従来のモノポーラ電極であれば電池種に応じた耐電解液性を表面に有すればよかったところ、上記のようなバイポーラ電極の場合は、負極側に存在する水素が金属材料中を移動し正極側に透過する現象が生じやすく、このような透過現象が発現した場合、電池性能が低下しやすくなることに想到した。
【0007】
本発明は、かような課題を解決することを鑑みてなされたものであり、バイポーラ電池に求められる水素バリア性(水素の透過を抑制する性能)、及び、二次電池に求められる耐電解液性等を兼ね備えた集電体用表面処理鋼箔を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記に例示した課題を解決するために、本発明の一実施形態における集電体用表面処理鋼箔は、(1)水素吸蔵合金が配置される第1の面および、前記第1の面と反対側に位置する第2の面を有した集電体用表面処理鋼箔であって、鋼箔からなる金属基材の、前記第1の面側、及び前記第1の面側とは反対側の第2の面側、の少なくとも一方の面側に積層されて、前記集電体用表面処理鋼箔内の水素の透過又は拡散を抑制する鉄ニッケル合金層を有し、前記鉄ニッケル合金層は、前記集電体用表面処理鋼箔の断面におけるエネルギー分散型X線分光法での分析にて、前記第1の面又は前記第2の面の表層側から厚さ方向におけるニッケルおよび鉄の定量分析を行った場合に、ニッケルと鉄それぞれのX線強度の最大値の2/10となる間の範囲であり、前記鉄ニッケル合金層のうち、少なくとも一つの層の厚みが0.5μm以上であることを特徴とする。
【0009】
上記した(1)に記載の集電体用表面処理鋼箔において、(2)前記集電体用表面処理鋼箔の前記第1の面および前記第2の面の両方の面側に鉄ニッケル合金層が形成されると共 に、前記両方の面側の前記鉄ニッケル合金層の厚みの合計が0.7μm以上であることが好ましい。
【0010】
また上記(1)又は(2)の集電体用表面処理鋼箔において、(3)前記金属基材が、低炭素鋼又は極低炭素鋼であることが好ましい。
【0011】
上記(1)~(3)のいずれかの集電体用表面処理鋼箔において、(4)前記鉄ニッケル合金層におけるニッケルの付着量が0.80g/m2~53.4g/m2であることが好ましい。
【0012】
上記(1)~(4)のいずれかの集電体用表面処理鋼箔において、(5)前記鉄ニッケル合金層上に形成される金属層をさらに有し、前記金属層がニッケル層であることが好ましい。
【0013】
上記(5)の集電体用表面処理鋼箔において、(6)前記金属層がニッケル層であり、前記鉄ニッケル合金層及び前記ニッケル層におけるニッケル付着量の合計が2.0g/m2~53.4g/m2であることが好ましい。
【0014】
上記(1)~(6)のいずれかの集電体用表面処理鋼箔において、(7)電気化学的に測定される水素透過電流密度が20μA/cm2以下であることが好ましい。ただし水素透過電流密度とは、65℃の電解液中にて、水素検出側の電位を+0.4Vとする条件下において、水素発生側に-1.5Vの電位を印加した際に水素検出側で測定される酸化電流の増加分とする。水素検出側および水素発生側の電位の参照電極はAg/AgClである。
【0015】
上記(1)~(7)のいずれかの集電体用表面処理鋼箔において、(8)前記第1の面の側、及び前記第2の面の側のいずれかの最表面に粗化ニッケル層が形成され、前記粗化ニッケル層の三次元表面性状パラメータSaが0.2μm~1.3μmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、バイポーラ電池に好適な水素バリア性、及び、二次電池に求められる耐電解液性等を兼ね備えた集電体用表面処理鋼箔を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1(a)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図1(b)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図1(c)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図2(a)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を測定する装置の模式図である。
【
図2(b)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を測定する装置の模式図である。
【
図2(c)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を測定する方法の説明図である。
【
図2(d)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を測定する方法の説明図である。
【
図2(e)】本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を測定する方法の説明図である。
【
図3】本実施形態において鉄ニッケル合金層の厚み算出方法を説明する図である。
【
図4】他の実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図5(a)】他の実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図5(b)】他の実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【
図6】他の実施形態の集電体用表面処理鋼箔を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
≪集電体用表面処理鋼箔10≫
以下、本発明の集電体用表面処理鋼箔を実施するための実施形態について説明する。
図1は、本発明の集電体用表面処理鋼箔10の一実施形態を模式的に示した図である。なお本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10は、バイポーラ電池の集電体に適用されるほか、モノポーラ電池の正極又は負極の集電体にも適用され得る。電池の種類としては二次電池であっても一次電池であってもよい。
【0021】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10は、金属基材20、及び鉄ニッケル合金層30を有する。集電体用表面処理鋼箔10は、第1の面10a、及び前記第1の面側とは反対側の第2の面10bを有する。前記第1の面10aの側には、電池として組み立てる際に負極材料としての水素吸蔵合金が配置される。一方で第2の面10bの側には、例えばバイポーラ電極構造のニッケル水素電池の場合、正極材料が配置される。
【0022】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10は、上述のように鉄ニッケル合金層30を有することを特徴とする。鉄ニッケル合金層30は、
図1(a)に示されるように、上記した第2の面10bの側に配置されてもよいし、
図1(b)に示されるように第1の面10a側のいずれかに配置されてもよい。また
図1(c)に示されるように第1の面10aの面側と第2の面10bの面側の両方に配置されてもよい。
また鉄ニッケル合金層30は、
図1(a)~(c)に示されるように集電体用表面処理鋼箔10の最表面に配置されていてもよいし、
図4に示されるように集電体用表面処理鋼箔10の内部(中間)に配置されていてもよい。
鉄ニッケル合金層30は、前記前集電体用表面処理鋼箔内の水素の透過又は拡散を抑制する機能を有する。
【0023】
<金属基材20について>
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に使用される金属基材20の鋼箔としては、Crおよび他の添加金属元素が1.0重量%未満である鉄を基とする金属基材が好ましい。具体的には、低炭素アルミキルド鋼に代表される低炭素鋼(炭素量0.01~0.15重量%)、炭素量が0.01重量%未満の極低炭素鋼、または極低炭素鋼にTiやNbなどを添加してなる非時効性極低炭素鋼が好適に用いられる。
【0024】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に使用される金属基材20の厚さとしては、0.01mm~0.5mmの範囲が好適である。体積および重量エネルギー密度の観点を重視した電池の集電体として用いる場合は、強度の観点、及び、望まれる電池容量の観点、等より、より好ましくは0.01mm~0.3mm、さらに好ましくは0.025mm~0.1mmである。金属基材20の厚さは、光学顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)の断面観察による厚み測定が好適に用いられる。また、表面処理前、つまり、ニッケルめっき前または鉄ニッケル合金めっき前の厚み測定としては、マイクロメーターでの厚み測定等が適用可能である。
なお金属基材20は通常、圧延鋼箔が用いられるが電解めっきで製造される電解鉄箔であってもよい。
【0025】
<鉄ニッケル合金層30について>
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に含まれる鉄ニッケル合金層30は鉄(Fe)とニッケル(Ni)が含まれる合金層であり、鉄とニッケルからなる合金(「鉄-ニッケル合金」、「Fe-Ni合金」とも称する)が含まれる金属層である。なおこの鉄とニッケルからなる合金状態としては、固溶体、共析・共晶、化合物(金属間化合物)のいずれであってもよいし、それらが共存していてもよい。
【0026】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に含まれる鉄ニッケル合金層30は、本発明の課題を解決し得る限り、他の金属元素や不可避の不純物を含んでいてもよい。例えば、鉄ニッケル合金層30中には、コバルト(Co)、モリブデン(Mo)等の金属元素やホウ素(B)等の添加元素が含まれていてもよい。なお、鉄ニッケル合金層30中の鉄(Fe)とニッケル(Ni)以外の金属元素の割合は10重量%以下が好ましく、より好ましくは5重量%以下が好ましく、さらに好ましくは1重量%以下が好ましい。鉄ニッケル合金層30は実質的に鉄とニッケルのみから構成される二元合金であってもよいため、不可避不純物を除く他の金属元素の含有割合の下限は0%である。
含有される他の金属元素の種類及び量は、蛍光X線(XRF)測定装置やGDS(グロー放電発光表面分析法)等の公知の手段により測定することが可能である。
【0027】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に含まれる鉄ニッケル合金層30の形成方法としては、めっきまたはめっきおよび熱処理による方法が好ましく、めっきとしては、例えば電解めっき、無電解めっき、溶融めっき、乾式めっき等の方法が挙げられる。このうち、コストや膜厚制御等の観点より特に電解めっきによる方法が好ましい。
【0028】
例えば、金属基材20の少なくとも片面に、電解めっき等の方法によりNiめっき層を形成し、その後熱拡散処理等により金属基材20中の鉄(Fe)及びニッケル(Ni)を拡散させて合金化する方法や、FeNi合金めっきにより合金層を形成する方法等が挙げられる。なお、これらの製造方法について詳細は後述する。
【0029】
次に、本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に含まれる鉄ニッケル合金層30における水素バリア性について説明する。
【0030】
本発明者らは電池性能を向上するために実験を繰り返す過程において、原因不明の電圧低下(自己放電)現象の発生、及びその現象を解消するために集電体用表面処理鋼箔10中における水素透過を抑制することが有効であることを見出した。
水素透過が発生している原因と、集電体用表面処理鋼箔10中における水素透過の抑制により上記した電圧低下(自己放電)現象の発生を抑制できる理由はいまだ明らかではないが、本発明者らは以下のように予測した。
【0031】
すなわち本実施形態において、集電体用表面処理鋼箔10がバイポーラ電池の電極に使用された場合には、負極材料として用いられる水素吸蔵合金が集電体用表面処理鋼箔10の少なくとも一方の面側に配置されると共に、その反対側には正極材料が配置されることとなる。この場合、集電体用表面処理鋼箔10を隔てて、水素が豊富な環境(負極)と水素が少ない環境(正極)とが存在し、水素濃度勾配が発生することとなる。そして何らかの契機により集電体用表面処理鋼箔10中を水素が透過・移動することにより、透過した水素が正極で反応し、上述のような電圧低下(自己放電)が発生するものと予想した。
このような水素の透過が原因による電圧低下は、電池使用環境下に置いて水素が透過しやすい状態が多いほど反応が加速し、電圧低下が発生するまでの時間が早くなる、つまり、電池性能の劣化が早くなると考えられる。水素が透過しやすくなる条件としては、上記水素濃度勾配が高くなるほど透過しやすくなると考えられる。また、水素濃度勾配に加え、表面処理鋼箔の両面に電圧がかかった状態はさらに水素透過が促進されやすいと考えられる。つまり、水素吸蔵合金を用いる電池やニッケル水素電池などの濃度勾配の高い電池、充放電の多い二次電池において、水素透過が、時間経過とともに電池性能が漸減する一因となっている可能性がある。一方で、電池性能の漸減はその他の要因も大きく、水素透過の現象は捉えにくいため、従来のモノポーラ電池の使用・開発の中で明らかになってはいなかったところ、本発明者らがバイポーラ電池の集電体用表面処理鋼箔の開発の中で実験を繰り返す中で、電池性能の劣化の抑制に鉄ニッケル合金層の水素バリア性向上が寄与することに想到したものである。よって、本実施形態の表面処理鋼箔は、水素吸蔵合金を用いた電池、特にバイポーラ電池の集電体に特に好適に用いられるが、その他の水素吸蔵合金が用いられない電池であっても、水素を含む、あるいは水素が発生する電池であれば、これまでは捉えられていなかった水素透過による緩やかな電池性能の劣化がある可能性があると考えられ、本実施形態の表面処理鋼箔を好適に用いることができる。
以下の説明において、水素侵入側は水素発生側とも記し、水素吸蔵合金を配置する側、すなわち集電体用表面処理鋼箔10の第1の面10aの側である。また、水素検出側は水素侵入側の反対面であり、バイポーラ電極構造の正極側、すなわち集電体用表面処理鋼箔10の第2の面10bの側である。
【0032】
次に、水素バリア性の評価について説明する。上述のように集電体用表面処理鋼箔10中を水素が透過・移動する場合、水素侵入側から水素検出側に到達した水素原子は酸化されて水素イオンとなる。このときの酸化電流の値は、水素検出面に到達した水素量に応じて増減するため、検出された電流値により集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を数値化・評価することが可能となる。(水流 徹,東京工業大学,材料と環境,63,3-9(2014),電気化学法による鉄鋼への水素侵入・透過の計測)
上記予想の結果、発明者らが測定・評価を行い、本実施形態において、上述したような電圧低下(自己放電)の発生を抑制するためには、本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10は、電気化学的に測定される酸化電流から得られる水素透過電流密度が20μA/cm2以下であることが好ましいという結論に帰結した。なお本実施形態における水素透過電流密度の測定条件は、65℃の電解液中にて、参照電極をAg/AgCl(銀塩化銀)とし、水素発生側の電位が-1.5V、及び水素検出側の電位が+0.4V、とする。なお、本実施形態における水素透過電流密度の測定方法に使用する電位の数値は全て参照電極をAg/AgCl(銀塩化銀)としたものである。
【0033】
本実施形態における水素透過電流密度の測定方法の具体例として、
図2(a)に示すような構成の測定装置を用いて電流値(電流密度)を検出することにより、集電体用表面処理鋼箔10の水素バリア性を数値化及び評価することが可能である。
図2(a)に示す測定装置について以下に説明する。
【0034】
水素発生用のセルXおよび透過水素の検出用セルYの2つのセルを準備し、この2つの測定セルの間に集電体用表面処理鋼箔10の試験片(サンプル)を設置する。各測定セルにはアルカリ電解液が収容され、参照電極(RE1及びRE2)および対極(CE1及びCE2)が浸漬している。参照電極には飽和KCl溶液のAg/AgCl電極、対極には白金(Pt)を使用する。また、アルカリ電解液の組成は、KOH、NaOH、LiOHからなり、液温は65℃とする。また、
図2(b)に示すように集電体用表面処理鋼箔10における測定径はφ20mm(測定面積3.14cm
2)とする。
【0035】
水素侵入側および水素検出側の電位制御および電流測定は、
図2(a)に示すようにポテンショスタットを用いる。ポテンショスタットとしては例えば、北斗電工株式会社製の「マルチ電気化学計測システムHZ-Pro」 を用いることができる。なお評価する集電体用表面処理鋼箔10のサンプルおよび各電極の接続は、
図2(a)に示すように行うことができる。
【0036】
水素発生側ではサンプルをカソード(卑な電位)に分極し、サンプル表面に水素を発生させ、水素を侵入させる。電位は-0.7V、-1.1V、-1.5Vと段階的にかけ、それぞれの電位で15分ずつ印加する。このように段階的に電位をかける理由としては、電位の変化時の影響を抑え、安定的なプロットを得るためである。なお、測定プロットは5秒毎とする。
【0037】
なお一般的に、正極に水酸化ニッケル化合物、負極に水素吸蔵合金を用いたニッケル水素電池において、電池の充放電反応における負極の作動電位は-1.1V前後である。本実施形態に適用可能な上述の測定方法においては、水素吸蔵合金を用いずに水素バリア性の効果を確認可能な手法として、より顕著に水素が発生する測定条件を検討した。そして、水素透過電流密度I(μA/cm2)の算出として、水素発生側の印加電位が-1.5V時の酸化電流の変化(以降、酸化電流変化とも記す)を用いることとした。
【0038】
水素検出側では、水素発生側から水素原子が透過してきた場合、透過してきた水素原子が水素検出側にて酸化されると、水素検出側のポテンショスタットにて測定される酸化電流が発生する。したがって、この酸化電流変化により、集電体用表面処理鋼箔10の水素透過性の数値化・評価が可能となる。なお、水素検出側では、水素原子の水素イオンへの酸化を促進させ、酸化電流のピークを明確化するために電位を印加して保持しておく。
【0039】
正極に水酸化ニッケル化合物、負極に水素吸蔵合金を用いたニッケル水素電池において、一般的に電池の充放電反応における正極作動電位は+0.4V前後である。そこで、本測定方法では検出側に+0.4Vの電位をかけ測定中保持した。なお、水素発生側の印加前に、水素検出側は電流値安定化のため前述の電位で60分間保持を実施している。また、水素発生印加終了後、つまり、15分間の-1.5Vの印加を終了し水素発生側の印加はゼロとした後、水素検出側はバックグラウンド算出のため、+0.4Vの印加を5分間保持している。測定プロットは5秒毎とする。
すなわち、上記測定による評価の前工程としては、まず水素検出側にて+0.4Vで印加することから開始し、次いで60分間の印加により電流値を安定化した後で、実際の評価として水素発生側の印加を開始する(各電位で15分ずつ、合計45分)。
【0040】
上記手法にて得られた水素検出側の酸化電流変化より、水素透過電流密度I(μA/cm
2)を算出することが可能となる。得られた酸化電流のプロットおよび水素透過電流密度I(μA/cm
2)の数値化イメージを
図2(c)~
図2(e)に示す。
【0041】
図2(c)は、評価のための前後工程を含めた全体の電流値測定を示す図である。また、
図2(d)は実際の評価のための電流値の変化を示す図であり、
図2(c)における5300秒付近から6500秒付近を拡大した図である。
図2(e)は、本発明の比較のために示す図であり、厚み50μmの鋼箔に1.0μmの厚みのニッケルめっき層を設け、熱処理をせずに、つまり、鉄ニッケル合金層を有しない状態の表面処理鋼箔を用いて
図2(c)と同様の電流値測定を行った場合の電流値の変化を示す図である。
図2(e)によれば、本発明の特徴である鉄ニッケル合金層を有しない表面処理鋼箔においては、15分間の-1.5Vの印加中の検出側電流値が
図2(c)に示される金属箔よりも明らかに高いことが確認できる。
【0042】
なお本実施形態において、水素透過電流密度I(μA/cm
2)は、
図2(d)に示されるような水素発生側の印加電位が-1.5V時の酸化電流変化に基づいて、以下の式で算出することができる。
水素透過電流密度I(μA/cm
2) = ((IbからIcまでの酸化電流の平均値)/S) ―((IaとIdの平均)/S)
ただし、Ia(μA)は-1.5V印加5秒前の酸化電流、Ib(μA)は-1.5V印加開始から155秒後の酸化電流、Ic(μA)は-1.5V印加終了時の酸化電流、Id(μA)は-1.5V印加終了後155秒時点の酸化電流、S(cm
2)を測定試験片の測定面積(評価面積)とする。
上記式より算出した水素透過電流密度I(μA/cm
2)が小さいと、水素の透過が抑制されている、すなわち水素バリア性が高く、水素透過電流密度I(μA/cm
2)が大きいと水素透過しやすいと判断できる。
【0043】
そして本実施形態においては、上記のように電気化学的に測定される水素透過電流密度が55μA/cm2以下である場合に、集電体用表面処理鋼箔10中の水素バリア性の観点からバイポーラ電極に好適であるとの結論に至った。電圧低下をより抑制するという観点から20μA/cm2以下であることがより好ましい。ただし水素透過電流密度とは、65℃の電解液中にて、水素検出側の電位を+0.4V(vs Ag/AgCl)とする条件下において、水素発生側(カソード側)に-1.5Vの電位を印加した際に水素検出側(アノード側)で測定される酸化電流の増加分である。
【0044】
なお、一般的に、金属材料はそれぞれの種類に応じて異なる水素の拡散係数を有していることが知られており、金属材料の用途に応じて、金属中の水素による欠陥や水素脆化現象を抑制するため、水素の侵入を抑制する金属材料が求められることがある。例えば高力ボルトの遅れ破壊の抑制のために高合金鋼を用いたり、圧力反応容器の割れ抑制のためにチタン溶接部材を用いたりする例などが挙げられる。
しかしながらこのような材料・用途は、水素吸蔵合金を表面に載せるような積極的に水素量が増えるような環境下での水素侵入は想定されていない。そして、これらの技術の課題は金属中に水素が留まることにより金属そのものの機械特性へ影響を及ぼすことであり、水素が金属材料を透過し反対面側へ影響する問題は生じていない。
また、電池部材における水素透過としては、たとえば燃料電池のセパレータにおいてガス不透過性として水素の不透過性が求められることが知られている。ただし、燃料電池においては、水素透過が問題になるのはカーボンセパレータの場合が主で、ステンレスやアルミのセパレータを用いた場合は水素透過はなく問題とはならないとされていた。また、燃料電池のセパレータは硫酸雰囲気下での耐食性が必須であり鋼板は適用が困難なため、鋼板を適用することを想定した課題は見出されていなかった。一方で、集電体の片面を負極活物質層、他方の面を正極活物質層とするバイポーラ電極構造における集電体では、燃料電池と比較して水素の透過現象が生じやすく、電池性能に影響をおよぼす場合があることが問題と判明した。これは、燃料電池とは、電池構造や、対象部位、内部環境等が異なるからこそ判明した課題であると考えられる。
【0045】
次に、鉄ニッケル合金層30の厚みについて説明する。
上述したような水素透過の抑制の観点からは、本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10に含まれる鉄ニッケル合金層30の厚みとしては、少なくとも一つの層における厚みが0.5μm以上が必要であり、0.6μm以上であることが好ましく、0.7μm以上であることがより好ましい。上限は特にないが、厚くなりすぎると集電体用表面処理鋼箔中に占める硬質な層の割合が多くなり集電体用表面処理鋼箔自体が割れやすくなる可能性があり、また、抵抗が高くなるので、片面あたり7.5μm以下が好ましく、より好ましくは6μm以下である。両面の合計の厚みとしては、15μm以下が好ましく、より好ましくは12μm以下、7μm以下がさらに好ましく、さらに好ましくは3.5μm以下である。特に、基材として連続鋼帯を用いる場合、つまり、連続鋼帯へ表面処理を施し本実施形態の鉄ニッケル合金層を有する集電体用表面処理鋼箔を得る場合は、めっき付着量制御や熱処理における不均一の回避の観点から、片面あたり好ましくは6μm以下、より好ましくは3.5μm以下である。
【0046】
なお上述したように、集電体用表面処理鋼箔10の全体が鉄ニッケル合金層30であってもよい。この場合は金属基材20を含まないため、集電体用表面処理鋼箔10を製造する際には例えば支持体上に電解めっきにより鉄ニッケル合金層30を形成させた後に剥離する方法により集電体用表面処理鋼箔10を製造することが可能である。またこの場合の集電体用表面処理鋼箔10の厚みは4μm~25μmが好ましい。
【0047】
なお鉄ニッケル合金層30は上述のように
図1(c)に示されるように第1の面10aの面側と第2の面10bの面側の両方に配置されてもよいが、その場合、水素バリア性の観点から、鉄ニッケル合金層30は少なくとも片面に0.5μmの厚みが必要である。より水素バリア性を高めるという観点から、好ましくは、両面の鉄ニッケル合金層の厚みの合計が0.7μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.8μm以上である。両面に鉄ニッケル合金層の厚みは同じ厚さでも良いし、異なる厚さでもよく、少なくとも一方の面に0.5μm以上形成されていればよい。
【0048】
なお本実施形態において鉄ニッケル合金層30の厚みの算出方法について説明する。本実施形態の鉄ニッケル合金層30の厚み算出方法としては、集電体用表面処理鋼箔の断面におけるSEM-EDX(エネルギー分散型X線分光法)での分析にて、表層側から厚さ方向へ少なくとも10μmまでの深さにおけるNiおよびFeの定量分析を行うことができる。拡散層厚みが10μmを超える場合には、必要な深さまでの定量分析を行う。
【0049】
SEM-EDXにより得られたグラフより鉄ニッケル合金層30の厚みを得る方法の一例を示す。
図3のグラフにおいて、横軸は表層側からの深さ方向の距離(μm)、縦軸はNiおよびFeのX線強度を示す。
図3のグラフでは厚さ方向に向かって浅い部分はニッケル含有量が多く鉄含有量が少ないことが示される。一方で厚さ方向に進むと共に鉄の含有量が増加していく。
ニッケルの曲線と鉄の曲線が交差する前後の部分において、本実施形態においてはニッケルと鉄それぞれの最大値の2/10の間の距離を鉄ニッケル合金層30としてグラフよりその厚みを読み取ることが可能である。
なお、鉄ニッケル合金層30上に後述の金属層40又は粗化ニッケル層50が形成されている場合においても、上記方法により鉄ニッケル合金層30の厚みを得ることが可能である。
【0050】
なお本実施形態においてニッケルと鉄それぞれの最大値の2/10の間の距離を鉄ニッケル合金層30の厚みとした理由は以下のとおりである。
すなわち本発明においては、鉄ニッケル合金層30の厚みを所定以上とすることが好ましいところ、SEM-EDXで鉄ニッケル合金層30の厚みを測定した場合、熱処理を施していないサンプル、つまり、ニッケル中に鉄の拡散がないサンプルにおいても、ニッケル強度がピークとなる位置における鉄強度が、ニッケル強度に対し10%~20%程度の数値で検出されることが判明した。また、ニッケル強度が減衰した後、つまり、金属基材20部分の測定において、ニッケル強度は最大ニッケル強度の3~8%程度の数値を検出し続けた。このときのニッケル強度は鉄強度に対しても2%程度であり、減衰してから2μm以上測定し続けても1%を切ることはなかった。つまり、SEM-EDXでの測定において、ニッケル強度および鉄強度は、微量範囲において互いの影響を受けることがわかった。そこで、本明細書においては、より確実に合金となっており、水素バリア性を担保できる合金層の厚みとして、各最大強度の2/10以上の強度が検出される範囲を規定することとした。
【0051】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10において、鉄ニッケル合金層30におけるニッケルの付着量は0.80g/m2~53.4g/m2であることが、バイポーラ電極に適した水素バリア性及び耐電解液性等の観点から好ましい。より好ましくは0.80g/m2~26.7g/m2である。なお、鉄ニッケル合金層30におけるニッケルの付着量は、蛍光X線分析(XRF)等により測定可能である。
【0052】
本実施形態の鉄ニッケル合金層30においては、水素バリア性の観点から鉄ニッケル合金の(200)面における結晶子径が3nm以上であることが好ましく、より好ましくは8nm以上である。上限は特にないが、通常50nm以下である。水素が鉄ニッケル合金層を透過する場合、水素がどのような経路で移動するのかは明確ではないが、粒界や方位差の大きい界面は通りやすい箇所であると考えられる。よって結晶子径が小さく、粒界が多くなりやすい構成の場合には、水素の通り道が多く、水素の透過量の総量が増えやすく、水素バリア性が悪くなりやすいと考えられる。一方で、結晶子径が大きい場合には、粒界や方位差の大きい界面が少なく、水素の透過が生じにくいと考えられる。特に、鉄ニッケル合金めっきで鉄ニッケル合金層を形成する場合には、微細粒となり、結晶子径も小さくなりやすいところ、合金めっき後に熱処理を施すことで、結晶子径を8nm以上とし、より効果的に水素バリア性を得ることができる。結晶子径が50nmを超える場合は、熱処理によって基材の鉄から最表面へのFe拡散が著しく進んだ状態となっていることが想定され、鉄ニッケル合金層30表面のFe組成が高くなり易く、Feの溶出を引き起こしやすいため好ましくない。
【0053】
本実施形態の鉄ニッケル合金層30において、鉄ニッケル合金の(200)面における結晶子径を上記のように規定することが好ましい理由としては、鉄ニッケル合金は面心立方構造を有しており、(200)面が強度が得やすく、鉄ニッケルの結晶子径をより正確に測定可能であり、制御に好適な面であるためである。
【0054】
本実施形態の鉄ニッケル合金層30において鉄ニッケル合金の(200)面の結晶子径は、以下の式を用いてX線回折によるピーク半値幅より求められる。X線回折の測定は、例えば公知のX線回折装置を用いて行われる。結晶子径の算出は2θ=51°付近に現れる鉄ニッケル合金の(200)面のピークを用いる。
D=K×λ/(β×cosθ)
D:結晶子径
K:Scherrer定数(K=0.94を使用)
λ:使用X線の波長
β:結晶子の回折X線の半値幅
θ:ブラッグ角
【0055】
次に、本実施形態における集電体用表面処理鋼箔10全体の厚みについて説明する。なお、本実施形態における「集電体用表面処理鋼箔10の厚み」とは、走査電子顕微鏡(SEM)の断面観察による厚み測定、またはマイクロメーターでの厚み測定も適用可能である。
本実施形態における集電体用表面処理鋼箔10の全体の厚みは、後述する粗化ニッケル層50を有しない場合には、0.01~0.5mmの範囲が好適である。また、強度の観点、及び、望まれる電池容量の観点、等より、より好ましくは0.01~0.3mm、さらに好ましくは0.025~0.1mmである。
一方で後述する粗化ニッケル層50を最表面に有する場合には、本実施形態における集電体用表面処理鋼箔10の全体の厚みは0.02~0.51mmの範囲が好適である。また、強度の観点、および望まれる電池容量の観点、等より、より好ましくは0.02~0.31mm、さらに好ましくは0.035~0.11mmである。
上記厚み範囲の上限を超えた場合、製造する電池の体積および重量エネルギー密度の観点から好ましくなく、特に電池の薄型化を狙う場合好ましくない。一方で上記厚み範囲の下限未満の厚みでは、電池の充放電に伴う影響に対して充分な強度を有することが困難となるばかりでなく、電池の製造時や取扱い時等に破れや千切れ・シワ等が発生する可能性が高くなってしまう。
【0056】
本実施形態における集電体用表面処理鋼箔10は、
図4に示すように、前記鉄ニッケル合金層30の上に形成される金属層40をさらに有していてもよい。前記金属層40を構成する金属材料としては、例えば、ニッケル、クロム、チタン、銅、コバルトまたはこれらを含む合金等が挙げられる。このうち、耐電解液性や強度に優れているという理由により特にニッケルまたはニッケル合金が好ましい。なお、電解ニッケルめっき後に熱処理を施して鉄ニッケル合金層30を形成する際に、表面まで鉄を拡散させないことにより、鉄ニッケル合金層上にニッケルの層を形成したものを金属層40に含んでいてもよい。また、さらにその上にニッケルめっきを施してもよい。
【0057】
すなわち、本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10において、前記鉄ニッケル合金層30上に形成される金属層40を形成する効果としては以下の点が挙げられる。すなわち、鉄ニッケル合金層30に加えてさらに金属層40を形成することにより、集電体用表面処理鋼箔10全体としての導電性、耐電解液性、強度等を調整することができ、所望の性質を有する集電体材としての集電体用表面処理鋼箔を製造することが可能となる。
【0058】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10において前記金属層40がニッケル層である場合、前記鉄ニッケル合金層30及び前記金属層40(ニッケル層)におけるニッケル付着量の合計は、2.0g/m2~53.4g/m2であることが、バイポーラ電極に適した水素バリア性及び耐電解液性等の観点から好ましい。より好ましくは2.0g/m2~26.7g/m2である。なお、鉄ニッケル合金層30及び前記金属層40におけるニッケルの付着量は、蛍光X線分析(XRF)等により測定可能である。
【0059】
なお、金属層40の厚みについて、0.1μm~4.0μmであることが好ましい。より好ましくは0.1μm~3.5μm、さらに好ましくは0.1~3.0μm、特に好ましくは0.2~2.5μmである。また、集電体用表面処理鋼箔10中における鉄ニッケル合金層30と金属層40の厚み比については、特に金属層40がニッケルからなる層である場合、より水素バリア性を向上させつつ、耐電解液性を向上させる観点から鉄ニッケル合金層30:金属層40=3:10~60:1であることが好ましく、より好ましくは鉄ニッケル合金層30:金属層40=3:4~35:1である。
金属層40の厚みの測定方法についても、鉄ニッケル合金層30と同じく、集電体用表面処理鋼箔の断面におけるSEM-EDX(エネルギー分散型X線分光法)での分析にて厚み測定が適用可能である。
【0060】
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10においては、
図5に示すように最表面に粗化ニッケル層50が形成されていてもよい。なお、
図6に示すように上述の金属層40上に粗化ニッケル層が形成されていてもよい。
【0061】
粗化ニッケル層50は
図5(a)に示すように集電体用表面処理鋼箔10の第2の面10bの側に形成されていてもよいし、
図5(b)に示すように前記第1の面10aの側に形成されていてもよいし、その両方に形成されていてもよい。なお、粗化ニッケル層については例えば本出願人らの出願(WO2021/020338号公報等)に記載されているため詳細は省略するが、前記粗化ニッケル層の三次元表面性状パラメータSaが0.2μm~1.3μmであることが、活物質との密着性を向上させる観点からは好ましい。より好ましくは0.36~1.2μmである。
【0062】
なお、粗化ニッケル層50を形成するに際して、粗化ニッケル層50とその下層との密着性の観点から、粗化ニッケルめっきを施す前に下地ニッケル層を形成し、さらに粗化ニッケルめっきを施した後に被覆ニッケルめっきを施して粗化ニッケル層を形成してもよい。すなわち、鉄ニッケル合金層の上に金属層40として施したニッケルめっきを下地ニッケル層とし、その上に粗化ニッケル層50を形成してもよい。また、鉄ニッケル合金層を形成する際の熱処理において鉄ニッケル合金層の上に鉄が殆ど拡散していないニッケル層を残した上に、さらにニッケルめっきを施し形成した金属層40を下地ニッケル層とし、その上に粗化ニッケル層50を形成してもよい。また、上述の金属層40本明細書における「粗化ニッケル層50」の記載は、被覆ニッケル層を含む場合がある。なお下地ニッケル層、粗化ニッケル層及び被覆ニッケル層の詳細については後述する。
【0063】
粗化ニッケル層50が形成されている場合において、鉄ニッケル合金層30及び前記粗化ニッケル層50におけるニッケル付着量の合計は、7.7g/m2~106g/m2であることが好ましく、より好ましくは9g/m2~70g/m2であり、さらに好ましくは15g/m2~60g/m2である。
粗化ニッケル層50が形成されている場合であって且つニッケルからなる金属層40上に粗化ニッケル層50が形成されている場合には、鉄ニッケル合金層30、金属層40および粗化ニッケル層50におけるニッケル付着量の合計が、7.7g/m2~106g/m2であることが好ましく、より好ましくは9g/m2~70g/m2であり、さらに好ましくは15g/m2~60g/m2である。
なお、粗化ニッケル層50のニッケル付着量測定方法としては、例えばWO2020/017655号国際公開公報や、WO2021/020338号国際公開公報に記載の方法等を適宜採用することができる。すなわち、集電体用表面処理鋼箔10について蛍光X線分析(XRF)等を用いて総ニッケル量を測定することで求めることができる。
【0064】
≪集電体用表面処理鋼箔の製造方法≫
本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の製造方法について以下に説明する。本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の製造方法は、水素吸蔵合金が配置される第1の面10aの側、及び、前記第1の面10aとは反対側の第2の面10bの側、の少なくとも一方の面側に、前記集電体用表面処理鋼箔内の水素の透過又は拡散を抑制する鉄ニッケル合金層30を形成する工程を有する。
【0065】
本実施形態においては、金属基材20としての鋼箔の少なくとも片面に電解めっきによりニッケルめっき層を形成した後に、熱処理を施して熱拡散による鉄ニッケル合金層30を形成することができる。
また、金属基材20としての鋼箔の少なくとも片面に、鉄イオン及びニッケルイオンを含むめっき浴を用いて電解めっきを施すことにより鉄ニッケル合金層30を形成してもよい。
すなわち、鉄ニッケル合金層30を形成する工程としては、(i-1)鋼箔の少なくとも片面にニッケルめっき層を形成する工程及び(i-2)形成した鋼箔上のニッケルめっき層に対する熱処理により熱拡散による鉄ニッケル合金層30を形成する工程、が挙げられる。
あるいは、(ii)鋼箔の少なくとも片面に鉄イオン及びニッケルイオンを含むめっき浴を用いて鉄ニッケル合金層30を形成する工程、をも挙げることができる。
【0066】
本実施形態の製造方法において、電解めっきによるニッケルめっき層形成や鉄ニッケル合金めっき層形成の際のめっき条件等は、公知の条件を適用することができる。以下に、めっき条件の例を示す。
【0067】
[ニッケルめっき浴(ワット浴)及びめっき条件の一例]
・浴組成:
硫酸ニッケル六水和物:200~300g/L
塩化ニッケル六水和物:20~60g/L
ほう酸:10~50g/L
浴温:40~70℃
pH:3.0~5.0
撹拌:空気撹拌又は噴流撹拌
電流密度:5~30A/dm2
なお、浴組成については、上記のワット浴の他、公知のスルファミン酸ニッケル浴やクエン酸浴を用いてもよい。さらに公知の光沢剤などの添加物をめっき浴に添加して、光沢ニッケルめっき又は半光沢ニッケルめっきとしてもよい。
【0068】
[鉄ニッケル合金めっき浴及びめっき条件の一例]
・浴組成
硫酸ニッケル六水和物:150~250g/L
硫酸鉄七水和物:5~100g/L
塩化ニッケル六水和物:20~50g/L
ホウ酸:20~50g/L
クエン酸ナトリウム(またはクエン酸三ナトリウム)1~15g/L
サッカリンナトリウム:1~10g/L
・温度:25~70℃
・pH:2~4
・撹拌:空気撹拌もしくは噴流撹拌
・電流密度:5~40A/dm2
【0069】
なお、上記の浴の温度に関して、25℃未満の場合には電析効率が落ちる、または析出しづらいために目的とする合金層の形成が難しいため好ましくない。また、層の析出ができない可能性があるため好ましくない。一方で70℃を超えた場合においても、めっき皮膜が硬質になり、割れなどの欠陥が発生する確率が高くなるため好ましくない。また、鉄(Fe)とニッケル(Ni)の組成制御が難しくなるため好ましくない。
【0070】
pHが2未満の場合は、ニッケル(Ni)が析出しづらくなり、目的の鉄(Fe)とニッケル(Ni)の組成制御が出来なくなるため好ましくない。また、めっきの析出効率が下がるため好ましくない。一方でpHが4を超えると鉄(Fe)が析出しづらくなり、目的の鉄(Fe)とニッケル(Ni)の組成制御が出来なくなるため好ましくない。また、得られる鉄ニッケル合金層にスラッジを巻き込む可能性があるため好ましくない。
【0071】
電流密度に関しては、5A/dm2未満の場合には、皮膜の応力が高くなりすぎるため、めっき皮膜に割れなどの欠陥が生じやすくなり好ましくない。また、生産効率が低下するおそれがあり好ましくない。40A/dm2を超えた場合には、めっきやけが生じるおそれがあるため好ましくない。
また、ピット防止剤を適量添加してもよい。
【0072】
本実施形態の製造方法において、鋼箔上に形成させるニッケルめっき層又は鉄ニッケル合金めっき層におけるニッケルの付着量は、片面あたり0.80g/m2~53.4g/m2であることが好ましい。付着量が53.4g/m2を超える場合には、電解めっきの操業性が低下するためコストが大幅に増大する。一方で付着量が0.80g/m2未満である場合には、充分な耐電解液性が得られない可能性があるため好ましくない。コスト、耐電解液性の観点で、より好ましくは、合金めっき後または後述の熱処理後の鋼箔上のニッケル付着量として片面あたり0.80g/m2~26.7g/m2であり、両面の合計付着量としては1.6g/m2~53.5g/m2であることがさらに好ましい。
【0073】
次に、上述した(i-2)の工程における熱処理の条件について説明する。本実施形態における熱処理工程の条件としては、以下のような条件を挙げることができる。なお本実施形態の熱処理は、連続焼鈍でもよいしバッチ焼鈍(箱型焼鈍)であってもよい。また、ニッケルめっき後でなく、鉄ニッケル合金めっき後に施す熱処理も同様の条件でよく、鉄ニッケル合金めっき後に熱処理を施すことで結晶子径をより好ましい範囲とすることが可能である。
【0074】
連続焼鈍処理の場合の温度と時間の例は650℃~950℃で均熱時間15秒~150秒の範囲内で行うことが好ましい。これより低温又は短時間の場合、充分な鉄ニッケル合金層30を得られない可能性があり好ましくない。一方で、上記熱処理範囲より高温又は長時間の場合、基材となる鋼箔などの機械的性質の変化が大きく、著しく強度が低下してしまうこと、あるいはコスト的な観点から、好ましくない。
【0075】
バッチ焼鈍(箱型焼鈍)処理の場合の温度と時間の例は、450℃~690℃で均熱時間が1.5時間~20時間、昇温、均熱および冷却時間を合わせた合計時間が4時間~80時間の範囲内で行うことが好ましい。これより低温又は短時間の場合、充分な鉄ニッケル合金層30を得られない可能性があり好ましくない。一方で、上記熱処理範囲より高温又は長時間の場合、基材となる鋼箔などの機械的性質の変化が大きく、著しく強度が低下してしまう可能性があること、あるいはコスト的な観点から、好ましくない。
【0076】
なお本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の製造方法において、鉄ニッケル合金層30上にさらに金属層としてのニッケル層を形成する場合には、上述したワット浴、スルファミン酸ニッケル浴、クエン酸浴等の公知のニッケル浴により形成することが可能である。この場合、ニッケル層を形成する直前に公知のストライクニッケルめっき処理を施すのが好ましい。
なお、このニッケルめっきを用いた金属層の形成後は、熱処理を施さないことが、後述する粗化ニッケル層との密着性の観点からは好ましい。
【0077】
また本実施形態の集電体用表面処理鋼箔10の製造方法において、最表面に粗化ニッケル層50を形成することが可能である。なお、粗化ニッケル層を形成するためのめっき浴としては、塩化物イオン濃度が、好ましくは3~90g/L、より好ましくは3~75g/L、さらに好ましくは3~50g/Lであり、ニッケルイオンとアンモニウムイオンとの比が、「ニッケルイオン/アンモニウムイオン」の重量比で、好ましくは0.05~0.75、より好ましくは0.05~0.60、さらに好ましくは0.05~0.50、さらにより好ましくは0.05~0.30であり、また、50℃における浴電導度が、好ましくは5.00~30.00S/m、より好ましくは5.00~20.00S/m、さらに好ましくは7.00~20.00S/mである。なお、塩化物イオン濃度が10g/L以上である場合には、粗化ニッケルめっきにおける付着量が少な目であっても良好な粗化めっき状態としやすい。めっき浴の塩化物イオン濃度、ニッケルイオンとアンモニウムイオンとの比、および浴電導度を上記範囲に調整する方法としては、特に限定されないが、たとえば、めっき浴を、硫酸ニッケル六水和物、塩化ニッケル六水和物、および硫酸アンモニウムを含むものとし、これらの配合量を適宜調整する方法が挙げられる。
めっき条件の一例は以下のとおりである。
【0078】
≪粗化ニッケルめっき条件の一例≫
浴組成
硫酸ニッケル六水和物 10~100g/L、塩化ニッケル六水和物 1~90g/L、硫酸アンモニウム 10~130g/L
pH 4.0~8.0
浴温 25~70℃
電流密度 4~40A/dm2
めっき時間 10秒~150秒間
撹拌の有無:空気撹拌または噴流撹拌
なお、ニッケルめっき浴へのアンモニアの添加は、硫酸アンモニウムに代えて、アンモニア水や塩化アンモニウムなどを用いて行ってもよい。めっき浴中のアンモニア濃度は、好ましくは6~35g/L、より好ましくは10~35g/L、さらに好ましくは16~35g/L、さらにより好ましくは20~35g/Lである。また、塩素イオン濃度を制御するために、塩基性の炭酸ニッケル化合物、塩酸、塩化ナトリウムまたは塩化カリウムなどを用いてもよい。
【0079】
なお、WO2020/017655号国際公開公報に開示されるように、粗化ニッケルめっきの後段階として、被覆ニッケルめっきを施して粗化ニッケル層を形成してもよい。なお、被覆ニッケルめっき条件はWO2020/017655号国際公開公報に開示の内容を適用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0080】
上記粗化ニッケル層50の三次元表面性状パラメータSaは、上述のように0.2μm~1.3μmであることが好ましい。粗化ニッケル層50の三次元表面性状パラメータSaの数値をこの範囲内とするためには、例えば、金属基材20の表面粗度の制御、粗化ニッケルめっき条件や厚みの調整のほか、下地ニッケルめっき条件や厚みの調整、被覆ニッケルめっき条件や厚みの調整、等によっても行うことができる。
【0081】
≪実施例≫
以下に、実施例を挙げて本発明について、より具体的に説明する。まず、実施例における測定方法について記載する。
【0082】
[熱処理後の鉄ニッケル合金層の厚み測定方法]
鉄ニッケル合金層の厚みの算出はSEM-EDX(エネルギー分散型X線分光法)(装置名 日立ハイテクノロジーズ製SU8020およびAMETEK製EDAX)での分析にて、表層から厚さ方向へ15μmまでの深さにおけるNiおよびFeの元素分析を線分析で行った。なお、測定条件としては加速電圧:15kV、観察倍率:5000倍、測定ステップ:0.1μm、とした。
図3に示すように、横軸を表層からの深さ方向の距離(μm)、縦軸をNiおよびFeのX線強度とし、ニッケルの曲線と鉄の曲線が交差する前後の部分において、ニッケルと鉄それぞれの最大値の2/10の間の距離を鉄ニッケル合金層30としてグラフよりその厚みを読み取った。
【0083】
[水素透過電流密度測定方法]
図2に記載の装置を用いて、評価サンプルを作用電極として、参照電極をAg/AgClとし、水素発生側(カソード側)の電位が-1.5V、水素検出側(アノード側)の電位が+0.4V、の条件下で測定した。なお、詳細な測定方法としては、上記に記載のとおり
図2(a)に示す装置を用いて行った。電解液として、65℃のKOHを主成分として6mol/L含み、KOH、NaOH、LiOHの合計濃度が7mol/LであるKOH、NaOH、LiOHからなるアルカリ水溶液を用いた。ポテンショスタットとしては、北斗電工株式会社製の「マルチ電気化学計測システムHZ-Pro」 を用いた。まず水素検出側に+0.4Vの電位をかけ、電流値安定化のため60分間保持した。なお、水素検出側は引き続き同電位で保持した。次いで水素侵入側の電位を-0.7V、-1.1V、-1.5Vと段階的にかけ、それぞれの電位で15分ずつ印加した。なお水素侵入側の電位が-1.5Vの間の酸化電流変化を水素透過電流密度として本実施例及び比較例の評価対象とする。測定径はφ20mm、測定面積を3.14cm
2とした。
以下の式(1)により得られる水素透過電流密度I(μA/cm
2)を表1に示した。
水素透過電流密度I(μA/cm
2) = ((IbからIcまでの酸化電流の平均値)/S) ―((IaとIdの平均)/S)・・・(1)
ただし、Ia(μA)は-1.5V印加5秒前の酸化電流、Ib(μA)は-1.5V印加開始から155秒後の酸化電流、Ic(μA)は-1.5V印加終了時の酸化電流、Id(μA)は-1.5V印加終了後155秒時点の酸化電流、S(cm
2)を測定面積(評価面積)とする。
【0084】
[結晶子径の測定]
結晶子径の測定のため、X線回折装置(株式会社リガク製、全自動多目的水平型X線回折装置SmartLab)を用いてX線回折を行った。
<装置構成>
・X線源:CuKα
・ゴニオメータ半径:300nm
・光学系:集中法
(入射側スリット系)
・ソーラースリット:5°
・長手制限スリット:5mm
・発散スリット:2/3°
(受光側スリット系)
・散乱スリット:2/3°
・ソーラースリット:5°
・受光スリット:0.3mm
・単色化法:カウンターモノクロメーター法
・検出器:シンチレーションカウンタ
<測定パラメータ>
・管電圧-管電流:45kV 200mA
・走査軸:2θ/θ(集中法)
・走査モード:連続
・測定範囲:2θ 40~100°
・走査速度:10°/min
・ステップ:0.02°
【0085】
サンプルを測定用試料台に載せ、鉄ニッケル合金層において、X線回折角2θ=40~100°の範囲を反射法にてX線回折測定した。その後、得られた測定値に対し、株式会社リガク製 統合粉末X線解析ソフトウェア PDXLを用いて、結晶子径を下記式に基づき算出した。
具体的には、得られた測定チャートにおいて鉄ニッケル合金の(200)面由来の51.05°ピークにおける半値幅を算出し鉄ニッケル合金の(200)面の結晶子径を得た。なおニッケル(200)面由来の51.85°付近にピークがある場合はピーク分離を行うことが可能である。また上記X線解析ソフトウェアを用いてデータ処理を行う場合には、X線回折角2θ=48~54°の範囲において、ピークの最適化処理を2θ(FeNi(200))=51.05°、2θ(Ni(200))=51.85°にて角度のみ固定し、その他の設定は自動の設定でピークの最適化処理を行うことで、各成分のピーク分離と結晶子径の算出が可能である。なお最適化処理の条件は、ピーク形状を分割型擬Voigt関数とすることができる。
D=K×λ/(β×cosθ)
D:結晶子径
K:Scherrer定数(K=0.94を使用)
λ:使用X線の波長
β:結晶子の回折X線の半値幅
θ:ブラッグ角
【0086】
<実施例1>
まず金属基材20として下記に示す化学組成を有する低炭素アルミキルド鋼の冷間圧延箔(厚さ50μm)を準備した。
C:0.04重量%、Mn:0.32重量%、Si:0.01重量%、P:0.012重量%、S:0.014重量%、残部:Feおよび不可避的不純物
【0087】
次に、準備した金属基材に対して電解脱脂、硫酸浸漬の酸洗を行った後、下記条件にて鋼箔の両面にニッケルめっきを行って、狙い厚み0.5μmでニッケル付着量4.45g/m2のニッケルめっき層を形成した。なお、ニッケルめっきの条件は以下の通りとした。
(Niめっきの条件)
浴組成:
硫酸ニッケル六水和物:250g/L
塩化ニッケル六水和物:45g/L
ほう酸:30g/L
浴温:60℃
pH:4.0~5.0
撹拌:空気撹拌又は噴流撹拌
電流密度:10A/dm2
【0088】
なおニッケル付着量は蛍光X線装置(装置名 リガク社製ZSX100e)を用いて測定し、得られた数値を表1に示した。なお具体的な測定方法については、WO2020/017655号国際公開公報に記載される方法と同様であるため、ここでは詳細は説明を省略する。
【0089】
次いで、上記で形成したニッケルめっき層を有する鋼箔に対して、箱形焼鈍により、熱処理温度640℃、均熱時間2時間(昇温時間、均熱時間、冷却時間の合計:6時間)、還元雰囲気の条件で熱処理を行った。この熱処理により、片面の鉄ニッケル合金層の厚さ1.4μm(両面の鉄ニッケル合金層の合計厚さ:2.8μm)の鉄ニッケル合金層を両面に有する表面処理鋼箔を得た。
得られた表面処理鋼箔に対して、測定用ニッケル皮膜を両面に形成した。その後、水素透過電流密度を測定した。なおこの「測定用ニッケル皮膜」は、各実施例及び比較例間で表面状態の相違が測定条件および測定値(酸化電流)に与える影響を回避することを目的として設けた皮膜であり、以下のめっき条件により形成した。
得られた結果を表1に示す。
【0090】
<測定用ニッケルめっき条件>
浴組成:硫酸ニッケル六水和物 250g/L、塩化ニッケル六水和物 45g/L、ホウ酸30g/L
pH 4.0~5.0
浴温 60℃
電流密度 10A/dm2
測定用ニッケル層の狙い厚みは、各面各々1.0μmとした。
【0091】
<実施例2>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを1.5μmとした以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0092】
<実施例3>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを3.0μmとした以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0093】
<実施例4>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを1.0μmとした以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
また、測定用ニッケル皮膜の形成前後において、鉄ニッケル合金層の(200)面の結晶子径を得たところ、測定用ニッケル皮膜の形成前においては12nm、測定用ニッケル皮膜の形成後においては10.9nmであった。
【0094】
<実施例5>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを1.5μmとし、箱形焼鈍による熱処理条件を、熱処理温度560℃、均熱時間6時間(昇温時間、均熱時間、冷却時間の合計:10時間)とした。それ以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0095】
<実施例6>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを2.0μmとした以外は、実施例5と同様に行った。結果を表1に示す。
【0096】
<実施例7>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを0.5μmとした以外は、実施例5と同様に行った。結果を表1に示す。
【0097】
<実施例8>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを1.0μmとした以外は、実施例5と同様に行った。結果を表1に示す。
【0098】
<実施例9>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを3.0μmとした以外は実施例5と同様に行った。結果を表1に示す。
【0099】
<実施例10>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを3.0μmとし、熱処理を連続焼鈍により、到達温度900℃、均熱時間120秒とした以外は、実施例1と同様に行った。
【0100】
<実施例11>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを0.7μmとし、熱処理を連続焼鈍により、到達温度900℃、均熱時間120秒とした以外は、実施例1と同様に行った。
【0101】
<実施例12>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを0.7μmとし、熱処理を連続焼鈍により、到達温度900℃、均熱時間30秒とした以外は、実施例1と同様に行った。
【0102】
<実施例13>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを1.0μmとした点、熱処理を連続焼鈍により、到達温度900℃、均熱時間20秒とした点、以外は実施例1と同様に行った。
【0103】
<実施例14>
金属基材に対して下記条件で鉄ニッケル合金めっきを行うことにより、狙い厚み5.0μmの鉄ニッケル合金層を両面に有する表面処理鋼箔を得た。
(鉄ニッケル合金めっき条件)
・浴組成
硫酸ニッケル六水和物:200g/L
硫酸鉄七水和物:50g/L
塩化ニッケル六水和物:45g/L
ホウ酸:30g/L
クエン酸三ナトリウム:10g/L
サッカリンナトリウム:5g/L
ピット防止剤:1ml/L
・温度:60℃
・pH:2.5~3.0
・撹拌:空気撹拌
・電流密度:15A/dm2
めっき後の熱処理は行わなかった。それ以外は実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
また、測定用ニッケル皮膜の形成後において、鉄ニッケル合金層の(200)面の結晶子径を得たところ、5.3nmであった。
【0104】
<実施例15>
金属基材に対して実施例14と同じ条件で鉄ニッケル合金めっきを行うことにより、狙い厚み1.0μmの鉄ニッケル合金層を両面に有する表面処理鋼箔を得た。めっき後の熱処理は行わなかった。それ以外は実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
また、測定用ニッケル皮膜の形成前後において、鉄ニッケル合金層の(200)面の結晶子径を得たところ、測定用ニッケル皮膜の形成前においては5.0nm、測定用ニッケル皮膜の形成後においては5.3nmであった。
【0105】
<実施例16>
金属基材に対して実施例14と同じ条件で鉄ニッケル合金めっきを行うことにより、狙い厚み1.0μmの鉄ニッケル合金層を両面に有する表面処理鋼箔を得た。めっき後の熱処理は連続焼鈍により、到達温度900℃、均熱時間120秒とした。それ以外は実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
また、測定用ニッケル皮膜の形成前において、鉄ニッケル合金層の(200)面の結晶子径を得たところ、11.7nmであった。
【0106】
<実施例17>
鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを、片面が0.25μm、他方の面が0.1μmとした以外は、実施例5と同様に行った。ニッケルめっき層の狙い厚みを0.1μmとした面を検出面として水素透過電流密度を測定した。結果を表2に示す。
【0107】
<実施例18>
実施例14において連続焼鈍による熱処理を行った後、測定用ニッケル皮膜を形成せずに、以下の条件で片面側の鉄ニッケル合金層上に「下地ニッケル層、粗化ニッケル層」を形成し、反対面側の鉄ニッケル合金層の上には下地ニッケル層のみ形成した。なお、粗化ニッケル層は粗化ニッケルめっきおよび被覆ニッケルめっきを施して形成した。
【0108】
<下地ニッケルめっき条件>
浴組成:硫酸ニッケル六水和物 250g/L、塩化ニッケル六水和物 45g/L、ホウ酸30g/L
pH 4.0~5.0
浴温 60℃
電流密度 10A/dm2
下地ニッケル層の狙い厚みは表3に示す通りとした。
【0109】
<粗化ニッケルめっき条件>
めっき浴中の硫酸ニッケル六水和物濃度:10g/L
めっき浴中の塩化ニッケル六水和物濃度:10g/L
めっき浴の塩化物イオン濃度:3g/L
めっき浴中のニッケルイオンとアンモニウムイオンとの比:ニッケルイオン/アンモニウムイオン(重量比)=0.17
pH:6
浴温:50℃
電流密度:12A/dm2
めっき時間:80秒間
【0110】
<被覆ニッケルめっき条件>
浴組成:硫酸ニッケル六水和物250g/L、塩化ニッケル六水和物45g/L、ホウ酸30g/L
pH:4.0~5.0
浴温:60℃
電流密度:5A/dm2
めっき時間:36秒間
【0111】
得られた表面処理鋼箔の、鉄ニッケル合金層、下地ニッケル層および粗化ニッケル層におけるニッケル付着量の合計は、38.1g/m2であった。水素透過電流密度の測定は、粗化ニッケル層を検出面として行った。
なお、試験片に粗化層が形成されている場合、粗化の隙間からの電解液浸出により、水素透過電流密度の測定が正常に出来ない場合がある。そのため、粗化の隙間からの電解液浸出の影響を抑制するために、測定セルの間の設置に先立って、粗化層が形成されている面に、測定径Φ20mmを切りぬいたポリプロピレン樹脂を測定位置に合わせて接着した後、測定セルの間に試験片を配置した。ポリプロピレン樹脂は厚み70μmの厚さのフィルムを用い、170℃、0.1~0.4MPaの条件で3秒加圧する熱圧着の方法で接着した。
また、表面処理鋼箔の粗化ニッケル層を形成した最表面における三次元表面性状パラメータSaを測定したところ、0.6μmであった。結果を表3に示す。三次元表面性状パラメータSaはレーザー顕微鏡(オリンパス社製、3D測定レーザー顕微鏡 LEXT OLS5000)を用いて、OLS5000の対物レンズ100倍の条件にて測定した。
【0112】
<実施例19>
実施例1において熱処理を行った後、測定用ニッケル皮膜を形成せずに、実施例18と同様の条件で片面側の鉄ニッケル合金層上に「下地ニッケル層、粗化ニッケル層」を形成し、反対面側の鉄ニッケル合金層の上には下地ニッケル層のみ形成した。なお、粗化ニッケル層は粗化ニッケルめっきおよび被覆ニッケルめっきを施して形成した。また実施例18と同様にしてニッケル付着量の合計値を得ると共に、水素透過電流密度の測定と三次元表面性状パラメータSaの測定を行った。結果を表3に示す。
【0113】
<実施例20>
金属基材20として冷間圧延箔の厚さを60μmとした点、鋼箔上に形成するニッケルめっき層の狙い厚みを変え、鉄ニッケル合金層を形成する際の熱処理条件を熱処理温度560℃、均熱時間8時間(昇温時間、均熱時間、冷却時間の合計:80時間)とし、熱処理後に17.7%の圧下率で冷間圧延を行った以外は、実施例1と同様に行った。なお,蛍光X線装置によるニッケル付着量の測定は、前記冷間圧延後に行った。結果を表1に示す。
【0114】
<比較例1>
ニッケルめっき層を有する鋼箔に対して熱処理を行わなかった以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。なお、比較例1は熱処理を施していないため実際には鉄ニッケル合金層は形成されていないが、SEM-EDXでの測定上、鉄2/10強度からニッケル2/10強度となるまでの距離は0.3μmとなった。
【0115】
<比較例2>
ニッケルめっき層の厚みを表1に示すように変更した以外は比較例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0116】
<比較例3>
ニッケルめっき層の厚みを表1に示すように変更した以外は比較例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【0117】
<参考例1>
実施例1と同様のNiめっき条件で、チタン基板上に狙い厚み26.0μm、ニッケル付着量231.4g/m2のニッケル層を形成し剥離することにより電解ニッケル箔を作製した。熱処理は行わなかった。それ以外は実施例1と同様にして水素透過電流密度を測定した。結果を表1に示す。
【0118】
<参考例2>
参考例1と同様に狙い厚み50.0μm、ニッケル付着量445.0g/m2のニッケルめっきを施し、電解ニッケル箔を作製した。それ以外は参考例1と同様にして水素透過電流密度を測定した。結果を表1に示す。
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
各実施例は、好ましい水素バリア性を備えていることが確認された。一方で鋼箔にニッケル層のみ形成した比較例1においては、水素バリア性の観点において目的を達成することができなかったことが確認された。
また、比較例2および比較例3において、ニッケル層の厚みを増やした場合、水素透過電流密度は小さくなる傾向にあるものの、十分な低減とはならず、水素バリア性の観点において目的を達成できないことが確認された。
つまり、各実施例において、合金層厚みの効果の確認として、表面状態を統一するために1μmの厚みの測定用ニッケル皮膜を設けているが、水素バリア性の効果はニッケル皮膜の効果ではなく、合金層による効果であることが分かった。よって、水素バリア性の観点からは、実際の形態として表面のめっきままのニッケル皮膜は必須ではないが、その他の目的で合金層の上層として好ましい厚みのニッケルめっき層を形成させても水素バリア性を阻害しないことも併せて見出したものである。
同様に、実施例18および実施例19において、粗化ニッケル層を形成した場合においても水素バリア性を阻害することがないことを見出したものである。
さらに実施例20において、鉄ニッケル合金層形成後に25%以下の圧延を施した場合においても水素バリア性を阻害することがないことを見出したものである。
【0123】
また、鉄ニッケル合金層において鉄ニッケル合金の(200)面における結晶子径の効果の確認として、結晶子径が3nm以上、好ましくは8nm以上の場合、より良好な水素バリア性を得られることを見出した。特に、合金めっきでFeNi合金層を形成した実施例15および実施例16において、合金めっきの後に熱処理を施すことで、結晶子径を粗大化し、より効果的に水素バリア性を向上させ得ることが確認できた。
【0124】
また、本実施形態は水素透過電流密度測定における強アルカリ環境下、かつ、水素検出側に+0.4Vの電位をかけた状態において、溶解を示すピークが現れず、バックグラウンドとなる酸化電流が安定していることから、本実施形態は耐電解液性も兼ね備えているといえる。なお、測定用ニッケル皮膜がない状態においてもバックグラウンドとなる酸化電流の傾向は同様であった。
【0125】
以上の結果より、本実施形態の表面処理鋼箔は良好な水素バリア性を有している。すなわち、水素透過に起因する電圧低下の抑制、つまり電池性能の劣化を抑制することができると考えられる。
本実施形態の表面処理鋼箔は、水素透過の抑制により良好な電池性能を長期間維持し、経時後の電池性能の向上が可能であり、バイポーラ構造の二次電池用集電体に好適に用いることが可能である。
【0126】
なお上記した実施形態と各実施例は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能である。
また、上記した実施形態と実施例における集電体用表面処理鋼箔は主としてバイポーラ構造の二次電池用集電体に用いられるものとして説明したが、本発明の集電体用表面処理鋼箔はバイポーラ構造の二次電池用集電体に限らず、水素吸蔵合金を用いる電池の集電体に適用可能であり、車載電池などの苛酷環境下においても有効な水素バリア性を有するため好適に用いることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0127】
以上説明したように、本発明の集電体用表面処理鋼箔は、水素バリア性が要求される種々の種類の電池の集電体に対して適用が可能であり、また、本発明の集電体用表面処理鋼箔を車載用電池等に用いた場合、特に低燃費化に貢献することができる。
【符号の説明】
【0128】
10 集電体用表面処理鋼箔
10a 第1の面
10b 第2の面
20 金属基材
30 鉄ニッケル合金層
40 金属層
50 粗化ニッケル層
Ch1 ポテンショスタット
Ch2 ポテンショスタット