(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241030BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241030BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20241030BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/60
C21D9/00 101A
C21D9/00 101W
C21D9/46 G
C21D9/46 J
(21)【出願番号】P 2023508801
(86)(22)【出願日】2022-02-18
(86)【国際出願番号】 JP2022006739
(87)【国際公開番号】W WO2022202023
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2021051257
(32)【優先日】2021-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕也
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-534941(JP,A)
【文献】特表2017-524818(JP,A)
【文献】国際公開第2016/129548(WO,A1)
【文献】特開2007-70661(JP,A)
【文献】特開昭55-128533(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.20%以上、0.45%以下、
Si:0.50%以上、2.50%以下、
Mn:1.50%以上、3.50%以下、
Al:0.005%以上、1.500%以下、
P:0%以上、0.040%以下、
S:0%以上、0.010%以下、
N:0%以上、0.0100%以下、
O:0%以上、0.0060%以下、
Cr:0%以上、0.50%以下、
Ni:0%以上、1.00%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
Mo:0%以上、0.50%以下、
Ti:0%以上、0.200%以下、
Nb:0%以上、0.200%以下、
V:0%以上、0.500%以下、
B:0%以上、0.0100%以下、
W:0%以上、0.1000%以下、
Ta:0%以上、0.1000%以下、
Sn:0%以上、0.0500%以下、
Co:0%以上、0.5000%以下、
Sb:0%以上、0.0500%以下、
As:0%以上、0.0500%以下、
Mg:0%以上、0.0500%以下、
Ca:0%以上、0.0400%以下、
Y:0%以上、0.0500%以下、
La:0%以上、0.0500%以下、
Ce:0%以上、0.0500%以下、
Zr:0%以上、0.0500%以下、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなる化学組成を有し、
板厚をtとしたとき、板厚方向断面の、表面からt/4の位置であるt/4位置における金属組織が、体積率で、
マルテンサイト:70%以上、
残留オーステナイト:10%以上、を含み、
前記残留オーステナイトの最大粒径が5.0μm未満であり、
前記板厚方向断面の、前記t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域において、1μm間隔で複数の測定点においてMn濃度を測定したとき、全ての前記複数の測定点のMn濃度の平均値に対して、Mn濃度が1.1倍以上である測定点の割合が10.0%未満であり、
引張強さが1470MPa以上である
鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.01%以上、0.50%以下、
Ni:0.01%以上、1.00%以下、
Cu:0.01%以上、1.00%以下、
Mo:0.01%以上、0.50%以下、
Ti:0.001%以上、0.200%以下、
Nb:0.001%以上、0.200%以下、
V:0.001%以上、0.500%以下、
B:0.0001%以上、0.0100%以下、
W:0.0005%以上、0.1000%以下、
Ta:0.0005%以上、0.1000%以下、
Sn:0.0010%以上、0.0500%以下、
Co:0.0010%以上、0.5000%以下、
Sb:0.0010%以上、0.0500%以下、
As:0.0010%以上、0.0500%以下、
Mg:0.0001%以上、0.0500%以下、
Ca:0.0001%以上、0.0400%以下、
Y:0.0001%以上、0.0500%以下、
La:0.0001%以上、0.0500%以下、
Ce:0.0001%以上、0.0500%以下、及び
Zr:0.0001%以上、0.0500%以下、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記表面に、溶融亜鉛めっき層を有する、
請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層である、
請求項3に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋼板に関する。
本願は、2021年03月25日に、日本に出願された特願2021-051257号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策に伴う温室効果ガス排出量規制の観点から自動車の燃費向上が求められており、車体の軽量化と衝突安全性確保のために、高強度鋼板の適用がますます拡大しつつある。
【0003】
自動車部品に供する高強度鋼板には、強度だけでなく、プレス成形性等の部品成形のために必要な特性が、要求される。強度とプレス成形性とは一般にトレードオフの関係にあるが、強度とプレス成形性との両方に優れる鋼板として、残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼板(TRansformation Induced Plasticity)が知られている。
【0004】
例えば、特許文献1および2には、組織の体積分率を所定の範囲に制御して、伸びと穴広げ率とを改善した高強度TRIP鋼板に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2013/051238号
【文献】日本国特許第4445365号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車分野では、高強度鋼板の適用に際し、特に最近では、成形性に優れた引張強さが1470MPa以上の高強度鋼板のニーズが高まりつつある。しかしながら、引張強さが1470MPa以上のTRIP鋼は、溶接した際の溶接継手の強度が低くなる場合があることが課題となっている。
このような課題に関し、特許文献1及び2は、高強度TRIP鋼板に関するものの、1470MPa以上の引張強さが得られることを示しておらず、引張強さが1470MPa以上のTRIP鋼板における継手強度については何ら考慮されてない。
このように、従来、引張強さが1470MPa以上のTRIP鋼の溶接継手の強度の改善について提案された技術はなかった。
【0007】
本発明は、成形性に優れる引張強さが1470MPa以上の鋼板であって、十分な溶接継手強度が得られる鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、引張強さが1470MPa以上のTRIP鋼板において、十分な溶接継手強度が得られない理由について検討を行った。
その結果、溶接熱影響部に粗大な残留オーステナイトまたはフレッシュマルテンサイトが存在すると、これらを起点にして容易に割れが発生するためであることが分かった。本発明者らが、さらに検討を行った結果、こうした割れを抑制するためには、残留オーステナイトの微細化が有効であり、そのためにはMn偏析の抑制が有効であることを知見した。
【0009】
本発明は上記の課題に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る鋼板は、C:0.20%以上、0.45%以下、Si:0.50%以上、2.50%以下、Mn:1.50%以上、3.50%以下、Al:0.005%以上、1.500%以下、P:0%以上、0.040%以下、S:0%以上、0.010%以下、N:0%以上、0.0100%以下、O:0%以上、0.0060%以下、Cr:0%以上、0.50%以下、Ni:0%以上、1.00%以下、Cu:0%以上、1.00%以下、Mo:0%以上、0.50%以下、Ti:0%以上、0.200%以下、Nb:0%以上、0.200%以下、V:0%以上、0.500%以下、B:0%以上、0.0100%以下、W:0%以上、0.1000%以下、Ta:0%以上、0.1000%以下、Sn:0%以上、0.0500%以下、Co:0%以上、0.5000%以下、Sb:0%以上、0.0500%以下、As:0%以上、0.0500%以下、Mg:0%以上、0.0500%以下、Ca:0%以上、0.0400%以下、Y:0%以上、0.0500%以下、La:0%以上、0.0500%以下、Ce:0%以上、0.0500%以下、Zr:0%以上、0.0500%以下、及び残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有し、板厚をtとしたとき、板厚方向断面の、表面からt/4の位置であるt/4位置における金属組織が、体積率で、マルテンサイト:70%以上、残留オーステナイト:10%以上、を含み、前記残留オーステナイトの最大粒径が5.0μm未満であり、前記板厚方向断面の、前記t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域において、1μm間隔で複数の測定点においてMn濃度を測定したとき、全ての前記複数の測定点のMn濃度の平均値に対して、Mn濃度が1.1倍以上である測定点の割合が10.0%未満であり、引張強さが1470MPa以上である。
[2]上記[1]に記載の鋼板は、前記化学組成が、質量%で、Cr:0.01%以上、0.50%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下、Ti:0.001%以上、0.200%以下、Nb:0.001%以上、0.200%以下、V:0.001%以上、0.500%以下、B:0.0001%以上、0.0100%以下、W:0.0005%以上、0.1000%以下、Ta:0.0005%以上、0.1000%以下、Sn:0.0010%以上、0.0500%以下、Co:0.0010%以上、0.5000%以下、Sb:0.0010%以上、0.0500%以下、As:0.0010%以上、0.0500%以下、Mg:0.0001%以上、0.0500%以下、Ca:0.0001%以上、0.0400%以下、Y:0.0001%以上、0.0500%以下、La:0.0001%以上、0.0500%以下、Ce:0.0001%以上、0.0500%以下、及びZr:0.0001%以上、0.0500%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の鋼板は、前記表面に、溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[4]上記[3]に記載の鋼板は、前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、成形性に優れる引張強さが1470MPa以上の鋼板であって、十分な溶接継手強度が得られる鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】板厚方向断面の、組織の観察領域及びMn濃度の測定領域を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る鋼板(本実施形態に係る鋼板)は、(a)所定の化学組成を有し、(b)板厚をtとしたとき、板厚方向断面の、表面からt/4の位置であるt/4位置における金属組織が、体積率で、マルテンサイト:70%以上、残留オーステナイト:10%以上、を含み、(c)前記残留オーステナイトの最大粒径が5.0μm未満であり、(d)前記板厚方向断面の、前記t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域において、1μm間隔で複数の測定点においてMn濃度を測定したとき、全ての前記複数の測定点のMn濃度の平均値に対して、Mn濃度が1.1倍以上である測定点の割合が10.0%未満であり、(e)引張強さが1470MPa以上である。
以下、それぞれについて説明する。
【0013】
<化学組成>
本実施形態に係る鋼板の化学組成について説明する。各元素の含有量の%は、断りがない限りいずれも質量%を示す。
【0014】
C:0.20%以上、0.45%以下
C(炭素)は、鋼板の強度確保のために必須の元素である。C含有量を0.20%以上とすることで所望の高強度を得ることができる。C含有量は、0.21%以上または0.22%以上であってもよい。
一方、加工性や溶接性を確保するために、C含有量は0.45%以下とする。C含有量は、0.42%以下、0.40%以下または0.38%以下であってもよい。
【0015】
Si:0.50%以上、2.50%以下
Si(珪素)は、工業的にTRIP鋼板を製造するために有用な元素である。Siを含有させることで、C濃度の上昇したオーステナイト中での鉄炭化物の生成が抑制され、室温でも安定な残留オーステナイトを得られるようになる。この効果を得るため、Si含有量は0.50%以上とする。
一方、鋼板の溶接性を確保するために、Si含有量は2.50%以下とする。Si含有量は、2.40%以下、2.20%以下もしくは2.00%以下であってもよい。
【0016】
Mn:1.50%以上、3.50%以下
Mn(マンガン)は強力なオーステナイト安定化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。これらの効果を得るために、Mn含有量は1.50%以上とする。Mn含有量は1.60%以上もしくは1.70%以上であってもよい。また、溶接性や低温靭性を確保するために、Mn含有量は3.50%以下とする。Mn含有量は、3.40%以下、3.20%以下もしくは3.00%以下であってもよい。
【0017】
Al:0.005%以上、1.500%以下
Al(アルミニウム)は、鋼の脱酸のために用いられる元素であり、Siと同様に鉄炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトを残すために有効な元素である。そのため、Al含有量は0.005%以上とする。
一方、Alを過剰に含有させても効果が飽和し徒にコスト上昇を招くばかりか、鋼の変態温度が上昇して熱間圧延時の負荷が増大する。そのため、Al含有量は1.500%以下とする。Al含有量は、好ましくは1.200%以下、1.000%以下または0.800%以下である。
【0018】
P:0%以上、0.040%以下
P(リン)は固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素であるが、過度の含有は溶接性および靱性を劣化させる。従って、P含有量は、0.040%以下とする。P含有量は、好ましくは0.035%以下、0.030%以下または0.020%以下である。P含有量は0%でもよいが、P含有量を極度に低減させるには、脱Pコストが高くなる。そのため、経済性の観点からP含有量を0.001%以上としてもよい。
【0019】
S:0%以上、0.010%以下
S(硫黄)は不純物として含有される元素であり、鋼中でMnSを形成して靱性や穴広げ性を劣化させる元素である。したがって、靱性や穴広げ性の劣化が顕著でない範囲として、S含有量を0.010%以下とする。S含有量は、好ましくは0.005%以下、0.004%以下または0.003%以下である。S含有量は0%でもよいが、S含有量を極度に低減させるには、脱硫コストが高くなる。そのため、経済性の観点からS含有量を0.0001%以上または0.001%以上としてもよい。
【0020】
N:0%以上、0.0100%以下
N(窒素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な窒化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させる元素である。したがって、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0080%以下、0.0060%以下または0.0050%以下である。N含有量は0%でもよいが、N含有量を極度に低減させるには、脱Nコストが高くなる。そのため、経済性の観点からN含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0021】
O:0%以上、0.0060%以下
O(酸素)は不純物として含有される元素であり、その含有量が0.0060%を超えると鋼中に粗大な酸化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させる元素である。従って、O含有量は0.0060%以下とする。O含有量は、好ましくは0.0050%以下または0.0040%以下である。O含有量は0%でもよいが、製造コストの観点から、O含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0022】
本実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記の元素(基本元素)を含み、残部がFe及び不純物からなる。ここで「不純物」とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
しかしながら、当該鋼板は、必要に応じてFeの一部に代えて以下の元素(任意元素)を含有してもよい。これらの元素は必ずしも含有されなくてもよいので、下限は0%である。また、以下の元素は、原料のスクラップ等から混入する場合もあるが、後述する上限値以下の含有量であれば、不純物として含有されていてもよい。
【0023】
Cr:0%以上、0.50%以下
Ni:0%以上、1.00%以下
Cu:0%以上、1.00%以下
Cr(クロム)、Ni(ニッケル)およびCu(銅)は、いずれも、強度の向上に寄与する元素である。そのため、これらの元素から選択される1種以上を必要に応じて含有させてもよい。上記の効果を得たい場合には、Cr、NiおよびCuから選択される1種以上の含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。
一方、含有量が0.50%超のCr、1.00%超のNi、又は1.00%超のCuは、酸洗性、溶接性および熱間加工性を低下させるおそれがある。したがって、Cr含有量は0.50%以下とし、Ni含有量は1.00%以下とし、Cu含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は0.40%以下、0.30%以下、又は0.10%以下であってもよい。Ni含有量は0.80%以下、0.60%以下、又は0.20%以下であってもよい。Cu含有量は0.80%以下、0.60%以下、又は0.20%以下であってもよい。
【0024】
Mo:0%以上、0.50%以下
Mo(モリブデン)は、Mnと同様に、鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Moを必要に応じて含有させてもよい。上記の効果を得たい場合には、Mo含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。
一方、Mo含有量が0.50%を超えると、熱間加工性が低下し、生産性が低下するおそれがある。したがって、Mo含有量は0.50%以下とする。Mo含有量は0.40%以下、0.30%以下、又は0.10%以下であるのが好ましい。
【0025】
Ti:0%以上、0.200%以下
Nb:0%以上、0.200%以下
V:0%以上、0.500%以下
Ti(チタン)、Nb(ニオブ)およびV(バナジウム)は、いずれも、析出強化、結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化により、鋼板強度の向上に寄与する元素である。そのため、これらの元素から選択される1種以上を必要に応じて含有させてもよい。上記の効果を得たい場合には、0.001%以上のTi、0.0001%以上のNb、及び0.001%以上のVから選択される1種以上を鋼板に含有させるのが好ましい。
一方、含有量が0.200%超のTi、0.200%超のNb、又は0.500%超のVは、粗大な炭窒化物を析出させて、成形性を低下させるおそれがある。したがって、Ti含有量を0.200%以下とし、Nb含有量を0.200%以下とし、V含有量を0.500%以下とする。Ti含有量を0.180%以下、0.150%以下、又は0.100%以下としてもよい。Nb含有量を0.180%以下、0.150%以下、又は0.100%以下としてもよい。V含有量を0.400%以下、0.300%以下、又は0.100%以下としてもよい。
【0026】
B:0%以上、0.0100%以下
B(ホウ素)は、溶接時に、オーステナイト粒界に偏析して、結晶粒界を強化し、耐溶融金属脆化割れ性の向上に寄与する元素である。そのため、Bを必要に応じて含有させてもよい。上記の効果を得たい場合には、B含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0005%以上又は0.0008%以上であるのがより好ましい。
一方、B含有量が0.0100%を超えると、炭化物および窒化物が生成し、上記の効果が飽和するとともに、熱間加工性が低下する。したがって、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は0.0080%以下、0.0050%以下、又は0.0030%以下であるのが好ましい。
【0027】
W:0%以上、0.1000%以下
Ta:0%以上、0.1000%以下
Sn:0%以上、0.0500%以下
Co:0%以上、0.5000%以下
As:0%以上、0.0500%以下
W(タングステン)、Ta(タンタル)、Sn(スズ)、Co(コバルト)、及びAs(ヒ素)は、析出強化や結晶粒の粗大化の抑制によって、鋼板強度の向上に寄与する元素である。そのため、これらの元素を含有してもよい。効果を得る場合、W含有量を0.0005%以上、0.0010%以上、0.0050%以上、又は0.0100%以上としてもよい。Ta含有量を0.0005%以上、0.0010%以上、0.0050%以上、又は0.0100%以上としてもよい。Sn含有量を0.0010%以上、0.0020%以上、又は0.0050%以上としてもよい。Co含有量を0.0010%以上、0.0100%以上、又は0.0300%以上としてもよい。As含有量を0.0010%以上、0.0020%以上、又は0.0050%以上としてもよい。
一方、これらの元素が多量であると、鋼板の諸特性が損なわれる恐れがある。そのため、W含有量を0.1000%以下とし、Ta含有量を0.1000%以下とし、Sn含有量を0.0500%以下とし、Co含有量を0.5000%以下とし、As含有量を0.0500%以下とする。W含有量を0.0800%以下、0.0500%以下、又は0.0300%以下としてもよい。Ta含有量を0.0800%以下、0.0500%以下、又は0.0300%以下としてもよい。Sn含有量を0.0400%以下、0.0300%以下、又は0.0100%以下としてもよい。Co含有量を0.4000%以下、0.3000%以下、又は0.1000%以下としてもよい。As含有量を0.0400%以下、0.0300%以下、又は0.0100%以下としてもよい。
【0028】
Mg:0%以上、0.0500%以下
Ca:0%以上、0.0400%以下
Y:0%以上、0.0500%以下
La:0%以上、0.0500%以下
Ce:0%以上、0.0500%以下
Zr:0%以上、0.0500%以下
Sb:0%以上、0.0500%以下
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、Y(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、及びZr(ジルコニウム)、Sb(アンチモン)は、いずれも、成形性の向上に寄与する元素である。そのため、これらの元素から選択される1種以上を必要に応じて含有させてもよい。上記の効果を得たい場合には、Mg、Ca、Y、La、Ce、Zr、Sbから選択される1種以上の含有量は0.0001%以上、又は0.0010%以上であるのが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは、0.0020%以上、又は0.0050%以上である。
一方、0.0500%を超える含有量のMg、Y、La、Ce、Zr、Sb又は0.0400%を超える含有量のCaは、酸洗性、溶接性および熱間加工性を低下させるおそれがある。したがって、Mg、Y、La、Ce、Zr、及びSbの含有量はいずれも0.0500%以下とし、Ca含有量は0.0400%以下とする。Mg、Ca、Y、La、Ce、Zr、Sbのそれぞれの含有量は0.0350%以下、0.0300%以下、又は0.0100%以下であるのが好ましい。
【0029】
上述の通り、本実施形態に係る鋼板の化学組成は、基本元素を含み、残部がFe及び不純物からなる、または、基本元素を含み、さらに、任意元素の1種以上を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0030】
<板厚をtとしたとき、板厚方向断面の、表面からt/4の位置であるt/4位置における金属組織>
[マルテンサイト:70体積%以上]
本実施形態に係る鋼板では、1470MPa以上の引張強さを確保するため、マルテンサイトの体積率を70%以上とする。マルテンサイトの体積率が70%未満では、十分な引張強さが確保できない。マルテンサイトの体積率が90%超では、十分な残留オーステナイトの体積率を確保できないので、マルテンサイトの体積率は90%以下である。
本実施形態に係る鋼板において、マルテンサイトとは、いわゆるフレッシュマルテンサイト及び焼戻しマルテンサイトを含む。
【0031】
[残留オーステナイト:10体積%以上]
残留オーステナイトは、鋼板の変形中に加工誘起変態によりマルテンサイトへと変態するTRIP効果により鋼板の伸びを改善する組織である。そのため、残留オーステナイトの体積率を10%以上とする。
残留オーステナイトは、その体積率が多いほど鋼板の伸びが上昇するが、多量の残留オーステナイトを得るにはC等の合金元素を多量に含有させる必要がある。そのため、残留オーステナイトは体積率で30%以下とする。
【0032】
[残部:フェライト、パーライト、及びベイナイトから選択される1種以上]
マルテンサイト及び残留オーステナイト以外の残部として、フェライト、パーライト、及びベイナイトから選択される1種以上を含んでもよい。残部の体積率は、例えば10%以下、または5%以下である。残部の体積率は0%であってもよい。
【0033】
t/4位置におけるマルテンサイトの体積率は、以下の手順で求める。
試料の観察面をレペラ液でエッチングし、
図1のAに示されるような板厚方向断面の表面から板厚の1/4の位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内で、100μm×100μmの領域を、FE-SEMを用いて3000倍の倍率で観察する。レペラ腐食では、マルテンサイトおよび残留オーステナイトは腐食されないため、腐食されていない領域の面積率は、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率である。また、本実施形態では、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率は、これらの合計体積率であるとみなす。この腐食されていない領域の面積率(即ち体積率)から、後述する方法で測定した残留オーステナイトの体積率を引算して、マルテンサイトの体積率を算出する。
【0034】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折装置を用いた測定によって算出することができる。X線回折装置を用いた測定では、まず試料の板面(圧延面)から板厚の1/4の深さの面までの領域を機械研磨および化学研磨により除去する。次に、板厚tの1/4の深さの面において、特性X線としてMoKα線を用いて、bcc相の(200)、(211)およびfcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比を求め、これら積分強度比に基づいて残留オーステナイトの体積率を算出する。
【0035】
t/4位置におけるフェライト、ベイナイト、パーライトの体積率は、以下の手順で求める。試料の観察面をレペラ液でエッチングし、
図1のAに示されるような板厚方向断面の表面から板厚の1/4の位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内で、100μm×100μmの領域を、FE-SEMを用いて、3000倍の倍率で観察する。
結晶中にセメンタイトを含まない領域をフェライト、結晶中にセメンタイトを含み、かつセメンタイトがラメラ状に配列する領域をパーライト、結晶中にセメンタイトを含み、かつセメンタイトが複数のバリアントを有する領域をベイナイトと判断し、ポイントカウンティング法(ASTM E562準拠)により面積率を求める。面積率と体積率は同等であるとして、各組織の得られた面積率を体積率とする。
【0036】
[t/4位置の金属組織における残留オーステナイトの最大粒径:5.0μm未満]
溶接熱影響部に粗大な残留オーステナイトまたはフレッシュマルテンサイトが存在すると、これらを起点にして容易に割れが発生する。溶接継手の高強度化に向けて熱影響部での残留オーステナイト(γ)またはフレッシュマルテンサイトを起点にした割れを抑制するためには、最終製品(鋼板)のt/4位置において残留γの最大粒径が5.0μm未満であれば良い。
最大粒径の下限は限定されないが、0.1μm未満とすることは容易ではないので、実質的な下限は0.1μmである。
【0037】
残留オーステナイトの最大粒径は以下の方法で求める。組織の観察には走査型電子顕微鏡(SEM)および後方散乱電子による結晶方位解析(SEM-EBSD)を用いる。
初めに、試料の観察面をエメリー紙により湿式研磨し、さらに平均径が1μmのダイヤモンド砥粒を用いたバフ研磨を施して鏡面に仕上げる。続いて、前述の機械研磨によって研磨面に導入された歪を除去するために、アルコールを溶剤とする懸濁液を用いてコロイダルシリカ研磨を施す。コロイダルシリカ研磨では、研磨時に荷重の負荷が高まると、歪がさらに導入されることもあるため、研磨時には荷重を抑えることが重要である。このため、コロイダルシリカによる研磨では、BUEHLER社製のバイブロメット2を用いて、出力40%の設定にて1時間の自動研磨を施してもよい。
上記の手順で調整したサンプルのt/4位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内を、SEM-EBSDにより観察する。観察の倍率は1000~9000倍のうち、ミクロ組織中の残留オーステナイトの結晶粒数が10個以上含まれる倍率を選択し、例えば3000倍とする。SEM-EBSDによりF.C.C.-鉄の結晶方位データを測定する。測定の間隔(STEP)は0.01~0.10μmとし、0.05μmを選択してもよい。この測定条件で得られたF.C.C.-鉄の結晶方位MAPデータにおいて、結晶方位差が15度以上である境界を結晶粒界とし、残留オーステナイトの最大粒径を求める。
【0038】
<板厚方向断面の、t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域において、1μm間隔で、複数の測定点においてMn濃度を測定したとき、複数の測定点(全測定点)のMn濃度の平均値に対して、Mn濃度が1.1倍以上である測定点の割合:10.0%未満>
上述の通り、溶接継手の熱影響部に粗大な残留オーステナイトまたはフレッシュマルテンサイトが存在すると、これらが割れの起点となって容易に割れが発生する。
こうした割れを抑制するためには、溶接前の鋼板での残留オーステナイトの微細化が有効である。粗大な残留オーステナイトはMn偏析部で生成されるため、残留オーステナイトの微細化には、Mn偏析の抑制が有効である。
具体的には、
図1のBで示すような、板厚方向断面の、t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域において、1μm間隔で、複数の測定点においてMn濃度をEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定したとき、複数の測定点(全測定点)のMn濃度の平均値に対して、Mn濃度が1.1倍以上(平均値を1.0としたとき1.1以上)である測定点の割合(個数割合)が10.0%未満である必要がある。すなわち、“各測定点濃度/測定領域中の全測定点平均濃度”を偏析度と定義したとき、この偏析度が1.1以上となる割合が10.0%未満であることが必要になる。
【0039】
<機械的特性>
[引張強さ:1470MPa以上]
本実施形態に係る鋼板は、自動車車体の軽量化への寄与を考慮し、引張強さを1470MPa以上とする。
また、本実施形態に係る鋼板では、引張強さ×全伸び(TS×tEl)は、18000MPa・%以上であることが好ましい。
引張強さ(TS)および全伸び(tEl)は、鋼板から、圧延方向に垂直方向にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことにより求める。
【0040】
[めっき層]
上述してきた本実施形態に係る鋼板は、表面に溶融亜鉛めっき層を有していてもよい。表面に溶融亜鉛めっき層が存在することで、耐食性が向上する。
例えば、鋼板を腐食する環境下で使用する場合、穴あき等の懸念があることから、高強度化してもある一定板厚以下に薄手化できない場合がある。鋼板の高強度化の目的の一つは、薄手化による軽量化であることから、高強度鋼板を開発しても、耐食性が低いと適用部位が限られる。そのため、耐食性の高い溶融亜鉛めっき等のめっきを鋼板に施すことが考えられる。めっき層は例えば、溶融亜鉛めっき層または電気亜鉛めっき層のような亜鉛めっき層である。また、亜鉛めっき層は、Znに加えてSi、Al及び/またはMgを含むめっきであってもよい。
また、溶融亜鉛めっき層は、合金化された合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。合金化された溶融亜鉛めっき層では、合金化処理によって溶融亜鉛めっき層中にFeが取り込まれているため、優れた溶接性および塗装性が得られる。
また、亜鉛めっき層上に、塗装性および溶接性を改善する目的で、上層めっきを施してもよい。また、本実施形態に係る冷延鋼板では、溶融亜鉛めっき層上に、各種の処理、例えば、クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等を施してもよい。
【0041】
[継手強度]
本実施形態に係る鋼板は、自動車車体の組み立てにおける溶接性を考慮し、継手にしたときの継手強度が6.0kN超であることが好ましい。
継手強度は、鋼板から、圧延方向に対して垂直方向に、JIS Z 3137(1999)に記載の試験片を採取し、サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて溶接を施し、その後、JIS Z 3137(1999)に従って十字引張力試験を行うことにより求める。
【0042】
<製造方法>
本実施形態に係る鋼板は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)連続鋳造等によって得られたスラブを、1300℃以上で5.0時間以上保持し、200℃以下まで20℃/時以上80℃/時以下の平均冷却速度で冷却する第一Mn偏析低減工程と;
(II)前記スラブを、加熱し、1200℃以上で1.0時間以上保持する第二Mn偏析低減工程と;
(III)前記第二Mn偏析低減工程後の前記スラブを、熱間圧延を施して熱延鋼板とする熱間圧延工程と;
(IV)前記熱延鋼板を巻き取る巻き取り工程と;
(V)前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に冷間圧延を施して冷延鋼板とする冷間圧延工程と;
(VI)前記冷延鋼板に対して焼鈍を施す焼鈍工程。
以下、各工程について説明する。
【0043】
[第一Mn偏析低減工程]
第一Mn偏析低減工程では、連続鋳造等によって得られたスラブを、熱間圧延工程前に、1300℃以上で5.0時間以上保持し、200℃以下まで20℃/時以上80℃/時以下の平均冷却速度で冷却する。
スラブを、1300℃以上の高温で5.0時間以上保持することでMnの拡散速度を高め、Mnの偏析を低減する。しかしながら、この保持だけでは、Mn偏析の低減は十分ではない。さらに、200℃以下まで20℃/時以上の平均冷却速度で冷却する必要がある。20℃/時以上の平均冷却速度で200℃以下まで冷却することで、熱収縮差による転位が導入される。この転位は、次工程の第二Mn偏析工程での加熱の際に、Mnの高速拡散経路となるので、効率的にMnを拡散させることができ、Mn偏析度が低減される。
平均冷却速度が速いほど転位は導入されるが、冷却速度が速すぎると熱収縮差が過剰になりスラブ割れのリスクが高まるので、平均冷却速度は80℃/時以下とする。
加熱温度を過度に高めると製造コストが増加し、加熱時間を長時間化すると生産性が悪化する。これらの観点から、スラブの加熱温度は1400℃以下とし、1300℃以上での保持時間は50.0時間以下としてもよい。
【0044】
[第二Mn偏析低減工程]
第二Mn偏析低減工程では、第一Mn偏析低減工程後のスラブを加熱炉にて1200℃以上に加熱し、その温度域で1.0時間以上保持する。
第一Mn偏析工程を行った上で、1200℃以上で1.0時間以上保持を行うことで、スラブに導入された転位を高速拡散経路として利用してMnを拡散させることができる。これにより、Mn偏析がさらに低減される。
加熱温度を過度に高めると製造コストが増加し、加熱時間を長時間化すると生産性が悪化する。これらの観点から、スラブの加熱温度は1300℃以下とし、1200℃以上での保持時間は5.0時間以下としてもよい。
この第二Mn偏析低減工程は、熱間圧延のための加熱として熱延加熱炉にて行ってもよい。
【0045】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、第二Mn偏析低減工程で加熱炉にて1200℃以上に加熱し、その温度域で1.0時間以上保持されたスラブに対し、熱間圧延を行い、熱延鋼板を得る。
熱間圧延条件は特に限定されない。例えば、仕上げ圧延を800℃以上、980℃以下で終了し、その後600℃以上750℃以下の温度まで平均冷却速度2.5℃/秒以上で、600℃以下の巻き取り温度まで冷却しても良い。
【0046】
[巻き取り工程]
[冷間圧延工程]
熱間圧延工程後の熱延鋼板は、公知の条件で巻き取って熱延コイルとされた後、公知の条件で冷間圧延されて冷延鋼板となる。例えば、圧下率の合計を20%以上85%以下としても良い。
【0047】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、冷延鋼板を、焼鈍工程後にマルテンサイトを70体積%以上含み、残留オーステナイトを10体積%以上含む組織を有するよう、Ac3℃以上900℃未満の均熱温度まで加熱し、この均熱温度で5秒以上保持し、次いで(Ms点-100)℃以上Bs点以下の温度範囲まで平均冷却速度10℃/秒以上50℃/秒以下で冷却し、さらに(Ms点-100)℃以上Bs点以下の温度範囲で10秒以上600秒以下保持する。
【0048】
十分にオーステナイト化を進行させるため、鋼板を少なくともAc3点(℃)以上に加熱し、当該温度(最高加熱温度)で均熱処理を行う。但し、過剰に加熱温度を上げると、オーステナイト粒径の粗大化による靭性の劣化を招くばかりか、焼鈍設備の損傷にも繋がる。そのため最高加熱温度は950℃以下、好ましくは900℃以下とする。
均熱時間が短いとオーステナイト化が十分進行しない。そのため、均熱時間は5秒以上とする。好ましくは30秒以上または60秒以上である。一方、均熱時間が長すぎると生産性を阻害する。そのため、均熱時間は好ましくは600秒以下、より好ましくは500秒以下とする。均熱中は鋼板を必ずしも一定温度に保持する必要はなく、上記条件を満足する範囲で温度は変動しても構わない。
Ac3点は、以下の方法で求める。
Ac3(℃)=910-203×√[C]+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]-20×[Cu]-15.2×[Ni]-11×[Cr]+31.5×[Mo]+400×[Ti]+104×[V]+120×[Al]
ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[Ti]、[V]および[Al]はスラブに含まれる各元素の含有量(質量%)である。
【0049】
次いで、鋼板を、(Ms点-100)℃以上Bs点(℃)以下の温度範囲まで、平均冷却速度10~50℃/秒で冷却し、さらに、この温度範囲で鋼板の温度を保持する。(Ms点-100)℃以上Bs点以下の温度範囲での鋼板の保持時間は10~600秒とする。
Ms点とは、焼き入れ後の冷却中にマルテンサイトが生成し始める温度である。本実施形態に係る製造方法では、以下の数式によって算出される値を、Ms点(℃)とみなす。
Ms(℃)=541-474×[C]/(1-Sα/100)-15×[Si]-35×[Mn]-17×[Cr]-17×[Ni]+19×[Al]
Bs点とは、焼き入れ後の冷却中にベイナイト変態が開始する温度(℃)である。本実施形態に係る製造方法では、以下の数式によって算出される値を、Bs点とみなす。
Bs(℃)=820-290×[C]/(1-Sα/100)-37×[Si]-90×[Mn]-65×[Cr]-50×[Ni]+70×[Al]
ここで、Ms算出式及びBs算出式に含まれる[元素記号]は、鋼板に含まれる各元素の含有量(質量%)を示す。式に含まれる記号Sαは、焼き入れのための加熱が終了した時点での鋼板のフェライト分率(体積%)である。
製造中の鋼板のフェライトの面積率を求めることは困難である。このため、実際の鋼板の製造過程と同様の温度履歴を経た鋼板を事前に用意して当該鋼板の鋼板中心部のフェライトの面積率を求め、そのフェライトの面積率をMs及びBsの算出に用いる。鋼板のフェライト分率は、焼き入れのための加熱温度におおむね依存する。そのため、冷却条件を検討する際には、冷却以前の工程の製造条件をまず確定し、その製造条件で鋼板を製造して、これのフェライト分率を測定することにより、Sαを特定することができる。また、焼入れの冷却速度が速い(フェライト変態が起こらない冷却速度である)場合には、焼入れ後のフェライト分率が、焼入れのための加熱が終了した時点でのフェライト分率とみなすこともできる。
平均冷却速度とは、冷却を開始する時点での鋼板の表面温度と、冷却を終了する時点での鋼板の表面温度(即ち、冷却停止温度)との差を、冷却時間によって割った値である。例えば、焼鈍及び後述する温度保持が炉を用いて行われる場合、冷却を開始する時点とは、鋼板が焼鈍用の炉から取り出された時点であり、冷却を終了する時点とは、鋼板が温度保持用の炉に装入された時点である。
(Ms点-100)℃以上Bs点(℃)以下の温度範囲での保持時間とは、鋼板の表面温度がこの温度範囲内にある時間のことを意味する。この温度範囲内で、鋼板の温度が変動してもよい。
【0050】
(Ms点-100)℃以上Bs点(℃)以下への鋼板の平均冷却速度を10~50℃/秒とすることにより、鋼板に十分な量のマルテンサイト及び/又はベイナイトを生成することができる。鋼板の冷却停止温度を(Ms点-100)℃以上Bs点(℃)以下の温度範囲内とすることにより、続く温度保持において十分な量の残留オーステナイトを生成させることができる。また、(Ms点-100)℃以上Bs点(℃)以下の温度範囲での鋼板の保持時間を10~600秒とすることにより、十分な量の残留オーステナイトを生成させ、且つ、鋼板の引張強さの低下を防ぐことができる。
【0051】
[溶融亜鉛めっき工程]
[合金化工程]
焼鈍後の冷延鋼板は、溶融亜鉛めっき浴に浸漬して表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板としてもよい。また、溶融亜鉛めっき鋼板に合金化処理をして、合金化溶融亜鉛めっき鋼板としてもよい。この場合、溶融亜鉛めっき及び合金化の際に鋼板に加えられる熱を利用して、上述した鋼板の温度保持を行うことができる。いずれも条件は公知の条件を適用できる。
【実施例】
【0052】
連続鋳造によって表1-1、表1-2に示す化学組成(単位は質量%、残部はFe及び不純物)を有するスラブ(鋼No.A~Z)を製造した。
これらのスラブに対し、表2-1、表2-2に示すように、加熱し、保持し、200℃以下まで冷却した。
その後、さらにこのスラブを表2-1、表2-2に示すように、再度加熱し、保持したあと、仕上げ圧延が、800~980℃で終了するように熱間圧延を行い、その後600℃以上750℃以下の温度までの平均冷却速度2.5℃/秒以上となるように、600℃以下の巻き取り温度まで冷却し、600℃以下で巻き取ることで、2.0~4.0mmの熱延鋼板を得た。
また、これらの熱延鋼板に20~85%の圧下率の冷間圧延を行うことで、0.8~2.0mmの冷延鋼板を得た。
これらの冷延鋼板に対し、表3-1、表3-2に示す条件で、焼鈍を行った(ただし、スラブが割れた例については熱間圧延以降の工程を行っていない)。
また、表3-1、表3-2に示すように、一部の冷延鋼板には、溶融亜鉛めっきを行い、さらに一部の冷延鋼板には合金化処理を行った。
【0053】
得られた冷延鋼板(めっき鋼板を含む)から上述の要領でサンプルを採取し、ミクロ組織の観察を行い、マルテンサイト、残留オーステナイト、その他の体積率、残留オーステナイトの最大粒径を求めた。
また、上述の要領でEPMAを用いて、Mn濃度を測定し、測定点濃度/測定領域中の全測定点平均濃度(偏析度)が1.1以上となる測定点の割合を求めた。
結果を表4-1、表4-2に示す。
【0054】
また、焼鈍後の冷延鋼板から、圧延方向に垂直方向にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行って、引張強さ及び全伸びを求めた。
引張強さ(TS)が1470MPa以上で、かつ、引張強さ×全伸び(TS×tEl)が18000MPa・%以上であれば、高強度かつ成形性に優れると判断した。
結果を表5-1、表5-2に示す。
【0055】
また、得られた冷延鋼板から、圧延方向に対して垂直方向に、JIS Z 3137(1999)に記載の試験片を採取し、サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて電極の直径を6mm、溶接時の加圧力を4kN、溶接電流を6.0kA~9.0kA、通電時間を0.4秒、保持時間を0.1秒に設定し、ナゲット径が5√t(t:板厚)となるように溶接を施し、その後、JIS Z 3137(1999)に従って十字引張力試験を行うことによって、継手強度を求めた。
継手強度が6.0kN超であれば、溶接継手強度に優れると判断した。
結果を表5-1、表5-2に示す。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
表1-1~表5-2から分かるように、本発明例は、いずれも成形性に優れる引張強さが1470MPa以上の鋼板であって、十分な溶接継手強度が得られている。
一方、化学組成、ミクロ組織の各相の体積率、残留オーステナイトの最大粒径、偏析度が1.1以上となる測定点の割合の少なくとも1つが本発明範囲を満足しない比較例については、引張強さ、成形性、溶接継手強度の1つ以上が目標値を満足していない。
【符号の説明】
【0067】
A 組織の観察領域(t/4位置を中心にしてt/8~3t/8の範囲で100μm×100μmの領域)
B Mn濃度の測定領域(t/4位置を中心にして一辺の長さがt/4である正方形の領域
t 板厚
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によれば、成形性に優れる引張強さが1470MPa以上の鋼板であって、十分な溶接継手強度が得られる鋼板を提供することができる。そのため、産業上の利用可能性が高い。