(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】ゴム複合体及びゴム複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
D07B 1/06 20060101AFI20241030BHJP
C25D 5/10 20060101ALI20241030BHJP
C25D 7/06 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
D07B1/06 A
C25D5/10
C25D7/06 U
(21)【出願番号】P 2023548493
(86)(22)【出願日】2022-09-14
(86)【国際出願番号】 JP2022034467
(87)【国際公開番号】W WO2023042867
(87)【国際公開日】2023-03-23
【審査請求日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2021149713
(32)【優先日】2021-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】児玉 順一
(72)【発明者】
【氏名】真木 純
(72)【発明者】
【氏名】黒崎 将夫
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-287932(JP,A)
【文献】特開2008-200729(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113005494(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B 11/16
B29B 15/08 - 15/14
B60C 1/00 - 19/12
C08J 5/04 - 5/10
C08J 5/24
C25D 5/00 - 7/12
D07B 1/00 - 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼線の表面にめっき層が形成されためっき鋼線と、前記めっき鋼線を被覆する加硫ゴムとを含むゴム複合体であって、
前記ゴム複合体の長さ方向に垂直な断面を電解放出型走査電子顕微鏡による反射電子像で観察した場合に、前記加硫ゴムと前記鋼線との間に、前記鋼線に接する皮膜層と、前記加硫ゴムと前記皮膜層との間に介在する接着層とを含み、
前記接着層は、前記接着層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Cuの質量比が15~75であり、かつSの質量比に対するCuの質量比(Cu質量比/S質量比)が1.0~4.0であり、
前記皮膜層は、前記皮膜層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Znの質量比が65超~90である、
ゴム複合体。
【請求項2】
前記接着層の厚さが50~500nmであり、
前記皮膜層の厚さが100~500nmである、
請求項1に記載のゴム複合体。
【請求項3】
下記A法又は下記B法により2層めっき鋼線を製造するめっき鋼線製造工程と、
前記2層めっき鋼線の表面にゴム組成物を被覆するゴム組成物被覆工程と、
前記2層めっき鋼線の表面に被覆した前記ゴム組成物を加硫処理して加硫ゴムと前記2層めっき鋼線を接着する加硫工程と、
を含み、
前記A法は、伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材の表面にCuめっき層を形成して2層めっき伸線材とするCuめっき工程と、前記2層めっき伸線材を加熱することなく湿式伸線して前記2層めっき鋼線とする伸線工程と、を含む方法であり、
前記B法は、伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材を湿式伸線してZnめっき鋼線とする伸線工程と、前記Znめっき鋼線の表面にCuめっき層を形成して前記2層めっき鋼線とするCuめっき工程と、を含む方法である、ゴム複合体の製造方法。
【請求項4】
前記めっき鋼線製造工程において、前記A法により前記2層めっき鋼線を製造する請求項3に記載のゴム複合体の製造方法。
【請求項5】
前記めっき鋼線製造工程において、前記B法により前記2層めっき鋼線を製造する請求項3に記載のゴム複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ゴム複合体及びゴム複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤやホースワイヤ等のゴム製品は、補強材による強化が行われ、補強材はゴムと接着することで、補強効果を発揮する。このため鋼線等の補強材の表面には、通常、ゴムとの接着性を有するブラスめっき(Cu-Zn合金)が施されている。
めっき鋼線表面のブラスめっきは、未加硫ゴムの被覆と加硫処理によって加硫ゴムと接着するとともに伸線加工工程での潤滑性能も有している。
【0003】
一方、補強材とゴムとの接着強度は使用時の環境影響により低下することが知られている。このため、ゴム補強材として使用されるめっき鋼線には接着劣化を抑制することも要求される。
また、ゴム製品が損傷(ゴム部分がカット)し、水分が浸透すると、補強材である鋼が腐食し、ゴムとの接着が失われ、鋼とゴムとのセパレーションが発生する。このためゴム補強材にはゴムと強固に接着し、その接着強度劣化が小さいこととともに、ゴム内での補強材が腐食することによるゴムとの接着が失われるセパレーションを抑制することも要求される。
【0004】
ゴムとブラスめっきとの接着は、加硫処理と同時にブラスめっき中のCuとゴム中のSが反応し、緻密な接着層を形成することにより成立する。一方、温度と湿度の影響による接着劣化はブラスめっき中のCuがゴム中のSと過剰に反応が進行することが原因と考えられている。
【0005】
ゴムとめっき鋼線との接着劣化を抑制するため、ゴムとめっき層との間の接着層の制御に関する技術が開示されている。
特許文献1には、ブラスとゴムの接着界面に、針状のCu-S系反応物を形成させる技術が開示されている。
特許文献2には、初期接着性、耐熱接着性、耐久性に優れた金属コード-ゴム複合体を得るために、金属コードの表面のN原子を2~60原子%となるようにトリアゾール処理することで接着層における(S原子%)/(ゴム配合中のイオウ含有量)の比が6以上である金属コードゴム複合体が開示されている。
【0006】
また、接着劣化を抑制するためのブラスめっきの組成についても種々の提案がある。
例えば特許文献3には、接着劣化を抑制するためにブラスめっき中のCuを低下しためっき組成としてブラスめっき中のCuを35~55重量%のγ相単体としたブラスめっきを有するスチールワイヤが開示されている。
特許文献4には、ゴムとの耐久接着性を改善するために、スチールワイヤ表層のブラスめっきの銅の比率が35~50mass%のブラスめっきで、ブラスめっき表層5nmの領域における銅の比率が15~30原子%のスチールワイヤが開示されている。
さらに、特許文献5には、Cu比50~60%のブラスめっき表層に0.005μm以上かつ0.02μm未満の厚さのCuめっきを施し、伸線加工性を改善する方法が開示されている。
また、特許文献6~8にも、めっき鋼線をゴムで被覆したゴム複合体などが開示されている。
【0007】
特許文献1:特開2004-263336号公報
特許文献2:特開2017-14338号公報
特許文献3:特開2013-227629号公報
特許文献4:特開2003-313788号公報
特許文献5:特開2003-96594号公報
特許文献6:特開2005-314808号公報
特許文献7:国際公開第2019/159531号
特許文献8:特開2012-167381号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示されている技術では、針状結晶を生成するために、加硫前に予熱処理を行う必要があり、製造コストが増加する課題があるとともに、めっき鋼線の耐食性の改善は期待できず、腐食によるゴムとの剥離は改善されないと考えられる。
特許文献2に開示されている技術では、金属コードをトリアゾール化合物で処理しても金属コードの耐食性は改善されないため、腐食によるゴムとの剥離は改善されないと考えられる。
特許文献3又は特許文献4に開示されている低Cuブラスめっきは、めっき層が硬くなり、伸線性が低下する課題があるとともに、めっき鋼線の耐食性は改善しないため、腐食環境でのめっき鋼線とゴムとの剥離は抑制できないと考えられる。
特許文献5に開示されているブラスめっき表層のみの組成を加工性の良好なめっき組成とした場合では、伸線性は改善されるものの、ゴム内に水分が侵入した場合の鋼の腐食によるめっき鋼線とゴムとの剥離、つまりセパレーションを抑制することはできないと考えられる。
【0009】
本開示の目的は、鋼線と加硫ゴムとが強固に接着し、かつ水分による腐食環境でも鋼線と加硫ゴムとの接着力の低下が抑制されるゴム複合体、及び該ゴム複合体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 鋼線の表面にめっき層が形成されためっき鋼線と、前記めっき鋼線を被覆する加硫ゴムとを含むゴム複合体であって、
前記ゴム複合体の長さ方向に垂直な断面を電解放出型走査電子顕微鏡による反射電子像で観察した場合に、前記加硫ゴムと前記鋼線との間に、前記鋼線に接する皮膜層と、前記加硫ゴムと前記皮膜層との間に介在する接着層とを含み、
前記接着層は、前記接着層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Cuの質量比が15~75であり、かつSの質量比に対するCuの質量比(Cu質量比/S質量比)が1.0~4.0であり、
前記皮膜層は、前記皮膜層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Znの質量比が65超~90である、
ゴム複合体。
<2> 前記接着層の厚さが50~500nmであり、
前記皮膜層の厚さが100~500nmである、
<1>に記載のゴム複合体。
<3> 下記A法又は下記B法により2層めっき鋼線を製造するめっき鋼線製造工程と、
前記2層めっき鋼線の表面にゴム組成物を被覆するゴム組成物被覆工程と、
前記2層めっき鋼線の表面に被覆した前記ゴム組成物を加硫処理して加硫ゴムと前記2層めっき鋼線を接着する加硫工程と、
を含み、
前記A法は、伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材の表面にCuめっき層を形成して2層めっき伸線材とするCuめっき工程と、前記2層めっき伸線材を加熱することなく湿式伸線して前記2層めっき鋼線とする伸線工程と、を含む方法であり、
前記B法は、伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材を湿式伸線してZnめっき鋼線とする伸線工程と、前記Znめっき鋼線の表面にCuめっき層を形成して前記2層めっき鋼線とするCuめっき工程と、を含む方法である、ゴム複合体の製造方法。
<4> 前記めっき鋼線製造工程において、前記A法により前記2層めっき鋼線を製造する<3>に記載のゴム複合体の製造方法。
<5> 前記めっき鋼線製造工程において、前記B法により前記2層めっき鋼線を製造する<3>に記載のゴム複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、鋼線と加硫ゴムとが強固に接着し、かつ水分による腐食環境でも鋼線と加硫ゴムとの接着力の低下が抑制されるゴム複合体、及び該ゴム複合体の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本開示のゴム複合体の製造方法の一例を示す概略図である。
【
図2】本開示のゴム複合体の製造方法の他の例を示す概略図である。
【
図3】実施例におけるめっき鋼線の製造工程を示す概略図である。
【
図4】実施例における接着試験サンプルを示す模式図である。
【
図5】ゴム複合体の断面における表層付近の反射電子像の一例を示す図である。
【
図6】EDS(エネルギー分散型X線分光)による接着層及び皮膜層の組成分析位置を示す模式図である。
【
図7】EDSによりゴムから鋼までの間をライン分析した結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本開示におけるめっき鋼線と加硫ゴムとからなるゴム複合体、そのゴム複合体の製造に好適に用いることができるめっき鋼線、及びそのゴム複合体の製造方法の実施形態について、詳細に説明する。
本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。但し、下限値に「超」又は上限値に「未満」が付されている場合は、その数値は含まれない。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は実施例に示されている値に、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値又は実施例に示されている値に置き換えてもよい。
元素の含有量を示す「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本明細書において、「鋼線」とは、めっき鋼線において母材としての鋼材を意味し、「めっき鋼線」とは、鋼線及び鋼線に施されためっき層を含む鋼材を意味し、「伸線材」とは、めっき鋼線を製造するために最終的に伸線される前の材料であって、めっき前又はめっき後の鋼材を意味する。
また、本明細書において「Cuめっき層」とは、Cuを含むめっき層を意味し、Cu以外の元素も含み得る。「Znめっき層」についても同様である。
【0014】
本開示の実施形態は、本開示を限定するものではない。本開示の実施形態の構成要素には、当業者が置換可能かつ容易なもの、或いは実質的に同一のものが含まれる。さらに、本開示の実施形態に含まれる各種形態は、当業者が自明の範囲で任意に組み合わせることができる。
【0015】
本開示の発明者らは、ゴム複合体における加硫ゴム(本開示において「被覆ゴム」又は単に「ゴム」と称する場合がある。)と補強材としてのめっき鋼線との接着及び腐食挙動について鋭意検討した。その結果、めっき鋼線の母材である鋼線とゴムとの界面において、ゴムとめっき層とに由来し、ゴムと接してCuとSを含む接着層を形成するとともに、めっき鋼線の鋼(鋼線)に接して鋼線の腐食を防止するZnを含む皮膜層を形成することで、鋼線とゴムとが強固に接着し、腐食環境での接着劣化が抑制されることを知見した。そして、ゴムと鋼線との間に生成する接着層の組成と皮膜層の組成をそれぞれ適正に調整すれば、ゴムと鋼線の接着劣化が抑制されるとともに、ゴム内に水分が侵入し、鋼線が腐食しやすい環境でも、ゴムとの接着剥離(セパレーション)が抑制され、ゴム複合体の耐久性を改善できることを見出した。
【0016】
また、本開示の発明者らは、このゴム複合体に含まれるめっき鋼線のめっき層全体のCu比率が低下しても、伸線加工性が低下しないように、めっき後に加熱拡散させないで伸線加工を行うことで、低Cu(高Zn)めっきでも伸線加工性が低下せず、めっき組成と、めっき付着量を適正にすることで、ゴムと高い接着強度と高い耐腐食性能が得られることを見出し、本開示に係る発明の完成に至った。
【0017】
[ゴム複合体]
本開示に係るゴム複合体は、鋼線の表面にめっき層が形成されためっき鋼線と、めっき鋼線を被覆する加硫ゴムとを含むゴム複合体であって、ゴム複合体の長さ方向に垂直な断面を電解放出型走査電子顕微鏡による反射電子像で観察した場合に、加硫ゴムと鋼線との間に、鋼線に接する皮膜層と、加硫ゴムと皮膜層との間に介在する接着層と、を含む。
接着層は、接着層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Cuの質量比が15~75であり、かつSの質量比に対するCuの質量比(Cu質量比/S質量比)が1.0~4.0である。
皮膜層は、皮膜層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Znの質量比が65超~90である。
本開示において、「接着層」又は「皮膜層」におけるCu、Zn、又はSの各元素の「質量比」は、各層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときの各元素の質量比を意味する。
以下、鋼線、加硫ゴム(被覆ゴム)、接着層、皮膜層について具体的に説明する。
【0018】
<鋼線>
本開示のゴム複合体における鋼線の鋼材成分(鋼線の化学組成)は特に限定されないが、軽量化と補強効果を高めるためには線径が細く、強度が高いことが好ましい。このために鋼線のC含有量は0.80%以上であることが好ましく、より高強度の鋼線でゴム製品(ゴム複合体)を補強するためにはC含有量は0.92%以上であることが好ましい。さらに高強度化するためにはCを1.02%以上含む鋼材成分が好ましい。
鋼線はFe及びC以外に、Si、Mnなどの成分を含んでもよく、例えば高強度化のために、必要に応じてCrを0.2%程度含んでもよい。
鋼線の線径、組織などは、ゴム複合体の用途などによるが、例えば、線径は0.1mm~0.4mmが挙げられ、組織はパーライトを主体とした組織が好ましい。
【0019】
<加硫ゴム>
本開示のゴム複合体における加硫ゴム(被覆ゴム)は、めっき鋼線を被覆したゴム組成物を加硫することで形成される。ゴム組成物は、ゴム成分のほか、硫黄(加硫剤)、コバルト又はゴバルト含有化合物(接着促進剤)などを含むものが挙げられる。
【0020】
被覆ゴムに用いるゴム組成物のゴム成分としては、特に限定されないが、例えば、天然ゴム及び/又は合成ポリイソプレンゴム(IR)が好ましく、天然ゴムがより好ましい。
他の合成ゴムとしては、ポリブタジエンゴム(BR)、スチレン-ブタジエン共重合体
(SBR)、スチレン-イソプレン共重合体(SIR)、アクリロニトリル-ブタジエン
共重合体ゴム、エチレン-プロピレン共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエンゴム、ブチルゴム、ハロゲン化ブチルゴム、アルキル化クロロスルホン化ポリエチレンゴム、イソブチレン-イソプレン共重合体ゴム、ポリクロロプレンゴム等のジエン系ゴムなどが挙げられる。これらのゴム成分は、一種を単独で用いても良いし、二種以上組み合わせて用いても良い。
【0021】
加硫剤である硫黄は、ゴム成分100質量部に対して、8.0質量部以下配合することが好ましい。特に、3.0~8.0質量部の範囲、更に好ましくは4.0~6.0質量部の範囲である。硫黄を8.0質量部以下配合すれば、被覆ゴム組成物の耐老化性の低下を好適に防ぐことができる。また、硫黄を3.0質量部以上配合すれば、初期接着性が向上するのでより好ましい。
【0022】
コバルト又はコバルト含有化合物は、ゴム成分100質量部に対して、コバルト量として、0.1~0.4質量部配合することが好ましい。
コバルト又はコバルト含有化合物をコバルト量として0.4質量部以下配合すると、被覆ゴム組成物の耐老化性の低下を好適に防ぐことができる。また、コバルト又はコバルト含有化合物をコバルト量として0.1質量部以上配合すれば、初期接着性が向上するのでより好ましい。
用いることができるコバルト又はゴバルト含有化合物としては、コバルト(単体)、有機酸のコバルト塩、無機酸のコバルト塩などが挙げられ、例えば、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト、酢酸コバルト、クエン酸コバルト、グルコン酸コバルト、ナフテン酸コバルト、ネオデカン酸コバルト、ステアリン酸コバルト、ロジン酸コバルト、バーサチック酸コバルト、トール油酸コバルト、ホウ酸ネオデカン酸コバルト、アセチルアセトナートコバルト等を例示することができる。
また、有機酸の一部をホウ酸等で置き換えた複合塩であってもよい。
【0023】
本開示のゴム複合体における被覆ゴム組成物は、上述した配合剤の他に、他の配合剤、例えば、酸化亜鉛、有機酸(ステアリン酸等)などの加硫活性剤、加硫促進剤、カーボンブラック、シリカなどの無機充填剤、老化防止剤、オゾン劣化防止剤、軟化剤などを添加することができる。
【0024】
ゴム100質量部に対し、例えば、接着促進剤として有機酸コバルト(1~5質量部)、加硫剤として硫黄(3~8質量部)、補強剤としてカーボンブラック(50~65質量部)、その他、有機、無機系添加剤等を含むことができる。
【0025】
<鋼線と加硫ゴムとの界面構造>
本開示のゴム複合体は、鋼線と加硫ゴムとの界面において、ゴム中のSとめっき中のCuが反応して生成したCu硫化物を含み、ゴムに接する接着層(Cu硫化物層)と、鋼線に接するZnリッチな皮膜層とを含むものである。
【0026】
(接着層)
接着層は、Sを含み、ゴムに接してゴムとの接着に寄与する。接着層は、本開示のゴム複合体を製造する際、Cuめっき層上に被覆されたゴム組成物を加硫する工程において主にゴム層のSとCuめっき層のCuに由来して新たに形成された層である、
接着層は、接着層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Cuの質量比が15~75であるCuを含んでいる。
接着層中のCuの質量比が15以上であることで、鋼線と加硫後のゴムとの接着強度(初期接着)を高くすることができる。
一方、接着層におけるCuの質量比が75を超えると高温、高湿環境での接着劣化が大きくなるため、接着層のCuの質量比は75を上限とする。好ましくは接着層におけるCuの質量比は20~70である。
【0027】
また、接着層のSの質量比に対するCuの質量比(Cu質量比/S質量比、以下、「Cu/S」と記す場合がある。)が1.0~4.0である。接着層におけるCu/Sが1.0以上であることで、緻密な接着層が形成され、より高い接着強度が得られる。
一方、Cu/Sが4.0を超えるとCuが過剰に反応して粗い接着層となるために接着強度が低下する。かかる観点から、接着層におけるCu/Sは、好ましくは1.5~3.0である。
【0028】
接着層の厚さは特に限定されないが、接着層の厚みが薄過ぎるとゴムとの接着強度が不足するおそれがあり、厚すぎると接着層から剥離するおそれがある。そのため、接着層の厚さは30~600nmであることが好ましく、50~500nmであることがより好ましく、60~250nmであることがさらに好ましい。
接着層には、Cu、Zn、S以外の他の元素が含まれていてもよく、例えば、Fe、Co、Ni、P、Biが挙げられる。ただし、接着層における他の元素の含有量は0.5%以下であることが好ましい。
【0029】
(皮膜層)
皮膜層は、本開示のゴム複合体を製造する際、めっき鋼線のめっき層に由来する層である。皮膜層は接着層の内側(鋼線側)にあり、鋼線に接して鋼線の腐食を防止する機能を有する。
皮膜層は、皮膜層におけるCu、Zn、及びSの合計質量を100としたときに、Znの質量比が65超~90である。
皮膜層におけるZnの質量比が65超であることで鋼の防食作用を発揮することができる。
一方、皮膜層におけるZnの質量比が90を超えると、皮膜の腐食によりZnの酸化層が生成し、接着強度が著しく低下する。
そのため、皮膜層におけるZnの質量比は65超~90とし、好ましくは80~90である。
【0030】
皮膜層の厚さは特に限定されないが、皮膜層の厚さが薄過ぎると鋼線を防食する機能が不足するおそれがあり、厚過ぎると接着劣化が大きくなるおそれがある。かかる観点から、皮膜層の厚さは100~500nmであることが好ましく、150~200nmであることがより好ましい。
皮膜層には、Cu、Zn、S以外の他の元素が含まれていてもよく、例えば、Fe、Co、Ni、P、Biが挙げられる。ただし、皮膜層における他の元素の含有量は0.5%以下であることが好ましい。
【0031】
(ゴム/鋼線の界面観察)
ゴム複合体における鋼線と加硫ゴムとの界面は、以下のようにして観察し、S、Cu、Znの各含有量を測定することができる。
ゴム複合体におけるゴムから引き抜いた鋼線のサンプルを、CP(クロスセクションポリッシャ:登録商標、日本電子株式会社製)で長さ方向に垂直に切断したC断面(長さ方向に垂直な断面)をFE―SEM(電解放出型走査電子顕微鏡)で観察し、反射電子像で、ゴム層、硫化物層(接着層)、皮膜層、地鉄(鋼線)を識別する。そして、それぞれの層の組成をEDS(エネルギー分散型X線分光)で分析する。
SEMの加速電圧は15kVとして、倍率は30000倍でスポット分析を行う。
各層の厚さを測定する場合は、SEM画像の測長機能を有するソフトウェア(例えば日本電子株式会社製 Smile View(登録商標))を用いて測定可能である。
各層の分析、および厚さの測定は、1断面3か所で、3断面測定してその平均値とする。
【0032】
本開示のゴム複合体の各層の識別方法、組成の分析方法についてさらに具体的に説明する。
本開示のゴム複合体は、長手方向に垂直な断面(C断面)をFE-SEMで観察した場合の反射電子像のコントラストにより、ゴム層、接着層、皮膜層、地鉄(鋼線)をそれぞれ識別及び特定することができる。ゴムが被覆されためっき鋼線とゴムとの一体物(ゴム複合体)のC断面をCPで加工し、ショットキー形電解放出電子銃のFE-SEMで、15kVの加速電圧、30000倍の条件で、COMPO(反射電子組成像)を観察する。
図5は、ゴム複合体の断面における表層付近の反射電子像の一例を示している。接着層はゴム部とめっき層(皮膜層)の間で、銅と硫黄を含む化合物層であり、ゴムに接して、ゴム層より明るく、めっき層より暗いコントラストで観察される層である。
皮膜層は鋼線表面のめっき層であり、接着層より鋼線側に存在し、COMPO像で、接着層より明るいコントラストの領域である。皮膜層は、Znの犠牲防食作用による鋼の腐食を抑制する効果を発揮するために、鋼線に接して存在する層である。
【0033】
次に、EDS(エネルギー分散型X線分光)による接着層、皮膜層の組成分析について説明する。
図6は、COMPO像により識別される各層について、EDSによる組成分析の位置を模式的に示している。鋼線2とゴム部8との間に、鋼線2側から第一層として皮膜層4及び第二層として接着層6が積層して存在している。
図6における破線は、接着層6、皮膜層4の各厚さの1/2位置を示し、ライン上の+は分析点を示している。接着層6、皮膜層4それぞれ3点で分析する。
図6に模式的に示すように、EDS分析は、COMPO像における接着層6、皮膜層4の各厚さ方向の中央部を点分析し、CuKα、ZnKα、及びSKα線を選択し、ZAF定量補正で、簡易定量値として求める。この場合、X線が分析対象の内部に侵入し、C、Feや他の元素を検出したとしてもCu、Zn、Sの合計を100としてこれら3種の各元素の濃度を求める。
図7は、
図5に示すCOMPO像において、矢印Lの位置で界面をゴムから鋼までの間をライン分析(矢印)した結果の一例であり、各元素(Cu、Zn、S、Fe、C)について互いに異なる線種でトレースして示している。組成変化で各層を説明するとすれば、接着層はゴムと鋼線の間で、ゴム側から鋼線表面方向にS強度が増加し、急激に低下するまでの間で、かつCuの強度が最大強度の50%以上の領域である。皮膜層は、接着層と鋼線の間で、接着層から鋼線表面方向にS強度が急激に低下しFe強度が増加し、ほぼ一定となるまでの間で、かつZnの強度が最大強度の50%以上の領域である。
【0034】
[ゴム複合体の製造方法]
次に、本開示に係るゴム複合体の製造方法について説明する。
本開示に係るゴム複合体の製造方法は特に限定されないが、所定の組成を有するめっき層を有するめっき鋼線をゴム組成物で被覆した後、被覆ゴムを加硫することによって好適に製造することができる。
本開示に係るゴム複合体の好ましい製造方法は、2層めっき鋼線を製造するめっき鋼線製造工程と、
前記2層めっき鋼線の表面にゴム組成物を被覆するゴム組成物被覆工程と、
前記2層めっき鋼線の表面に被覆した前記ゴム組成物を加硫処理して加硫ゴムと前記2層めっき鋼線を接着する加硫工程と、を含む。
ここで、2層めっき鋼線を製造する方法は、以下のA法又はB法が挙げられる。
(A法)
伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材の表面にCuめっき層を形成して2層めっき伸線材とするCuめっき工程と、前記2層めっき伸線材を加熱することなく湿式伸線して前記2層めっき鋼線とする伸線工程と、を含む方法。
(B法)
伸線材の表面にZnめっき層を形成してZnめっき伸線材とするZnめっき工程と、前記Znめっき伸線材を湿式伸線してZnめっき鋼線とする伸線工程と、前記Znめっき鋼線の表面にCuめっき層を形成して2層めっき鋼線とするCuめっき工程と、を含む方法。
すなわち、A法、B法のいずれにおいても、伸線材又は鋼線の表面にZnめっき層とCuめっき層を形成した後の加熱による合金化を行わずに2層めっき鋼線を製造し、ゴム組成物による被覆、加硫を行うことで加硫ゴムと2層めっき鋼線が接着する。加硫により、加硫ゴムと鋼線との間に、ゴムとCuめっきに由来する接着層と、Znめっきに由来する皮膜層が形成され、本開示に係るゴム複合体を製造することができる。
図1及び
図2は、それぞれ本開示に係るゴム複合体の製造方法の一例を概略的に示している。
【0035】
<めっき鋼線>
本開示に係るゴム複合体の製造に好適に用いることができるめっき鋼線について説明する。
本開示におけるめっき鋼線は、鋼線の表面にZnを含むZnめっき層とCuを含むCuめっき層とをそれぞれ形成したもの(本開示において「2層めっき鋼線」、「Zn-Cuめっき鋼線」、又は単に「めっき鋼線」と称する場合がある。)である。
めっき鋼線の母材である鋼線の鋼材成分は前述したとおりであり、ここでの説明は省略する。
【0036】
(めっき層)
本開示におけるめっき鋼線のめっき層は、好ましくは、めっき層全体におけるZn含有量が65超~95質量%である。
めっき層全体におけるZn含有量が65%超であれば、ゴムと加硫接着した時、皮膜層の中のZn比が低下し過ぎず、鋼線の腐食抑制効果が低下し難く、ゴム中に水分が侵入した時にめっき鋼線が腐食し難く、ゴムとの接着剥離が発生し難い。
一方、めっき層全体におけるZn含有量が95%以下であると、ゴムとの初期接着性が低下し難く、さらに劣化後の接着強度が著しく低下することが抑制されるとともにZnの腐食が進行し難く、厚く脆いZnの腐食生成物を形成し難く、ゴムとの接着剥離が進行し難い。
かかる観点から、めっき層全体におけるZn含有量は好ましくは65超~95質量%であり、より好ましくは80~90質量%である。
めっき層として例えば鋼線の表面にZnめっき層とCuめっき層が積層されている場合、めっき層全体におけるZn含有量は、Znめっき層とCuめっき層を含むめっき層全体における平均組成としてのZn含有量である。
めっき層には、Cu、Zn以外の他の元素が含まれていてもよく、例えば、Fe、Co、Ni、P、Biが挙げられる。ただし、めっき層における他の元素の含有量は0.5質量%以下であることが好ましい。
【0037】
めっき層の表面から深さ50nmまでの表層におけるCu及びZnの合計含有量を100原子%としたときに、好ましくは、Cu含有量が20~80原子%である。
めっき層の表層におけるCu含有量が20原子%未満であると、接着劣化が大きくなり、ゴムとの剥離によるセパレーションが発生し易くなることがある。
一方、めっき層の表層におけるCu含有量が80原子%を超えると、初期接着、劣化後の接着強度とも低下し、セパレーションが発生しやすくなることがある。
かかる観点から、めっき層の表層におけるCu含有量は好ましくは20~80原子%とし、より好ましくは30~60原子%であり、さらに好ましくは30~50原子%である。
めっき層として例えば鋼線の表面にZnめっき層とCuめっき層が積層されている場合、めっき層の表層におけるCu含有量(Cu原子%)は、表層50nmの領域における平均組成としてのCu原子%である。
めっき層の厚みは、ゴム組成物で被覆した後の加硫処理によって接着層及び皮膜層を形成する観点から、例えば、めっき層全体で150~500nmであることが好ましい。
【0038】
(めっき付着量)
めっき層が厚くなると、疲労強度が低下することがあるので、めっき付着量は鋼1kg当たり、9.5g以下であることが好ましい。
一方、めっき付着量が少な過ぎると、局部的に、めっき厚さが薄くなり、ゴムとの接着層形成不良が発生するとともに、伸線加工性が低下する可能性がある。そのため、めっき付着量は鋼1kg当たり、2.0g以上とすることが好ましい。
かかる観点から、めっき付着量は鋼1kg当たり、より好ましくは3.0g/kg~8.0g/kgである。
【0039】
(めっき層の分析)
めっき層の平均組成は、以下のようにして分析することができる。
めっき鋼線を約10g採集し、めっき鋼線を70%濃度のアンモニア水溶液100mlに浸漬し、めっき層を溶解させ、質量変化から鋼材1kg当たりのめっき付着量を求めることができる
めっき層を溶解したアンモニア水溶液をICP(誘導結合プラズマ:Inductively Coupled Plasma)でZn量をg/lで定量し、分析溶液100mlに換算した後、溶解しためっき層全質量に対するZn濃度に換算してめっき層中の平均Zn質量%を求めることができる。
同様にCu量を定量して、めっき組成(ZnとCu比率でめっきの平均密度として)及びめっき付着量から平均めっき厚さを換算して求めることができる。
【0040】
めっき鋼線表層の組成は、めっき鋼線表面からXPS(X線光電子分光:X-ray photoelectron spectroscopy)でデプスプロファイルをSiO2換算で5nm刻みでCu、Znの各原子%を求めて、表層50nm、10点の平均値として求める。
【0041】
めっき鋼線のめっき付着量、平均組成、表層組成は同様に長手方向に3回測定してその平均値(各測定位置における10点平均の3箇所の平均)とする。
【0042】
<めっき鋼線の製造方法>
本開示におけるめっき鋼線の製造方法の一例について
図1及び
図2を参照しながら具体的に説明する。本開示におけるめっき鋼線を製造する方法は、次に説明する方法に限られないことはもちろんである。
例えば、熱間圧延線材を1次伸線で、1.0mm~2.0mm程度の線径の1次伸線材とした後、熱処理により恒温変態させて、パーライト組織とする。
次いで、伸線材に電気Znめっきと電気Cuめっきを順次施し(
図1(A))、地鉄(鋼線)表面にZnめっき層とCuめっき層を形成し、2層めっき伸線材とする。めっき後のめっき付着量は、例えば、Znを2.0~8.9g/kg、Cuを0.5~1.0g/kg、Zn+Cuを2.5~9.4g/kgとする。
次いで、2層めっき伸線材を加熱することなしに、湿式伸線を行い、0.1mm~0.4mmの範囲の線径まで伸線する(
図1(B))。
この製造工程では、Znめっき層の厚さとその上層のCuめっき層の厚さをそれぞれ制御することで、めっき層の付着量とめっき層全体の組成及び表層のめっき組成を制御することができ、本開示におけるめっき鋼線を製造可能である。
【0043】
本開示におけるめっき鋼線は、ZnめっきとCuめっきをそれぞれ形成した後、加熱して合金としないために、めっき層の平均組成を低Cu域から高Cu域まで自由に設定でき、加工性にも影響しない。そのため、めっき鋼線を得る伸線加工での生産性が良好であり、通常のブラスめっき(60~70%Cuブラス)と同等の生産性で製造可能である。めっき鋼線を得る伸線加工での生産性が良好であるとは、伸線時の断線発生や、伸線速度低下等による生産性阻害が小さいことをいい、通常のブラスめっき鋼線と同等であることを意味する。
【0044】
本開示におけるめっき鋼線の別の製造方法として、例えば、線径1.0~2.0mmの1次伸線材に対し、上記と同様に熱処理後に、めっき付着量2.0~8.9g/kgのZnめっきを施したZnめっき伸線材を湿式伸線し(
図2(A)及び(B))、0.1~0.4mmの線径まで伸線してZnめっき鋼線とした後にCuめっき浴を通して、Znめっき鋼線の表層にCuめっき付着量が、例えば、0.5~1.0g/kgで、Zn+Cuの合計の付着量が2.5~9.4g/kgのめっき層を形成してもよい(
図2(C))。この時、Cuめっきは通電する電解めっきも可能だが、厚みが薄いCu皮膜でよいため、より簡便に行うためにはピロリン酸銅浴を短時間通過させることでCu置換めっきを行うことが好ましい。めっき液のCu濃度や処理時間を調整することで、目標のめっき組成、めっき付着量に制御可能である。
Znめっき鋼線に形成する表層のCuめっきは、単線のみではなく、撚り線とした後に行うことも可能である。
【0045】
Znめっき単層のZnめっき伸線材をさらに伸線した場合にも、伸線時のめっき剥離や、断線、伸線速度の低下もなく伸線加工が可能であるために、伸線後のZnめっき鋼線の表面にCuめっき層を形成すれば本開示におけるめっき鋼線を得ることができる。
【0046】
<加硫ゴムの形成>
本開示のゴム複合体は、上記のように製造しためっき鋼線(2層めっき鋼線)にゴム組成物を被覆して加硫処理して加硫ゴムとすることによって製造することができる。例えば、前述したゴム組成物の各成分を常法により混練りして製造したゴム組成物によってめっき鋼線を被覆し、所望の形状に成形した後、加硫処理を行い、
図1(C)又は
図2(D)のゴム複合体を得ることができる。
加硫条件としては、特に限定されないが、圧力は、2MPa~25MPaが好ましく、温度は、120~200℃が好ましい。加硫時間は、特に限定されないが、10分~60分が好ましい。
【0047】
加硫により、めっき層と加硫ゴムとの界面で反応して硫化物層(接着層)が生成する。硫化物層は、めっき層のCuがゴム側に拡散し、反応して形成されるものであり、反応速度、めっき層の組成により、大幅に厚い接着層が生成される場合がある。そのため、2層のめっき厚さよりも接着層+皮膜層が大幅に厚くなることがある。例えば、鋼線と加硫ゴムとの界面にCu濃度が高いめっき層が形成されている場合、加硫により、密度が低く、厚い接着層が生成する場合がある。
一方、加硫時の反応速度、めっき層の組成、円周方向、長手方向の局部的なばらつきなどによっては、硫化物層の厚さ+皮膜層の厚さがめっき層の厚さより薄くなる場合もある。
【0048】
本開示のゴム複合体は、めっき鋼線を撚り線とした後、撚り線をゴム組成物で被覆し、加硫処理を行うことで製造することもできる。この場合、撚り線と加硫ゴムとの間(界面)に前述した接着層及び皮膜層が形成されていればよい。
【0049】
本開示におけるめっき鋼線を用いることで、初期接着強度が高く、劣化処理後も接着強度の低下及びゴムとの剥離が抑制されるゴム複合体を製造することができる。
本開示におけるめっき鋼線及びゴム複合体の接着特性は、例えば、以下の接着試験方法によって評価することができる。
【0050】
(接着試験方法)
図4に示すようにめっき鋼線をASTM D1871A法に従いゴム組成物20に埋設し、加硫処理後1週間以内に、ゴム20から露出しためっき鋼線10をチャッキングし、ゴム20からの引き抜き力を測定し、初期接着強度を求める。
図4の接着試験片Sのゴム部を80℃の蒸留水に7日間浸漬後に、同様に引き抜き力を測定し、接着劣化後の接着強度を求める。
劣化処理時に、ゴム20に埋設された部分(破線で示すめっき鋼線部分)は、高温、高湿環境により接着劣化する。その劣化処理時に浸漬部のゴム端部11から、蒸留水がゴム内部に浸透するために、浸漬部のゴム端部11から腐食が進行し、めっき鋼線10とゴム20との剥離(セパレーション)が起こる。この結果、劣化後の引き抜いためっき鋼線の外観から、腐食によるゴムとの剥離長さを測定することでセパレーション発生状況を評価することができる。
本開示に係るゴム複合体の用途は限定されず、例えばタイヤ、コンベアベルトなどスチールコードで補強されたゴム製品が挙げられる。
【実施例】
【0051】
以下、本開示のゴム複合体及びゴム複合体用めっき鋼線について実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本開示のゴム複合体及びゴム複合体用めっき鋼線を制限するものではない。
実施例(発明例及び比較例)における各工程を
図3に示す。(A)は従来例(比較例)の工程であり、(B)及び(C)はそれぞれ本開示の発明例の工程である。
【0052】
表1に示す鋼材成分を有し、線径5.5mmの熱間圧延線材を原材料とし、酸洗、石灰皮膜処理して乾式伸線で線径1.39mmまで伸線した伸線材とし、975℃で35秒加熱後、580~610℃の範囲で6秒恒温変態させる熱処理を施した。
【0053】
【0054】
その後、電解めっきで鋼材(伸線材)の表面にZnめっき、Cuめっきを順次施して(電解2層めっき)、めっき後に加熱処理を行わず湿式伸線で線径0.2mmまで線速500m/minで伸線した。めっき時のZnめっき厚さとCuめっき厚さを変えて、めっき組成、めっき付着量の異なるめっき鋼線(2層めっき鋼線)を製造した(
図3(A))。
また、上記熱処理後、電解めっきで鋼材表面にZnめっきして得たZnめっき伸線材を湿式伸線した後にピロリン酸Cu浴を通して、Znめっきの上に置換Cuめっき(後Cuめっき)しためっき鋼線も製造した(
図3(B))。
【0055】
比較材は、上記熱処理に続いて、Cuが64質量%となるようにCuめっきの上にZnめっきして450℃×9sの加熱を行い、ブラス合金化した後、伸線した(
図3(C))。
【0056】
めっき性状は、70%濃度のアンモニア溶液にめっき鋼線を浸漬して、浸漬前後の質量変化から、鋼材1kg当たりのめっき付着量を求めた。
めっき中Zn質量%は、めっき溶解液をICP(誘導結合プラズマ:Inductively Coupled Plasma)でZn濃度を定量し、めっき全質量に対するZn質量を求めて算出した。
XPSでめっき鋼線表面~50nm深さ(SiO2換算)のCu、Znの各原子%を5nm毎に測定し、10点の平均を求めた。
同様にめっき溶解液中のCu濃度を定量し、めっき組成を求め、めっき組成(Cu,Zn)から平均密度を算出し、めっき付着量から、平均めっき厚さを換算して求めた。
この測定を1本のめっき鋼線につき、長手方向の3か所で行い、その平均値(各測定位置における10点平均の3箇所の平均)から決定した。
【0057】
めっき鋼線とゴムとの接着性は、伸線しためっき鋼線を1+6構造(中心の1本の鋼線の周りに6本のめっき鋼線が配置された構造)の撚り線として、ASTM D1871A法に従って、表2に示す配合量(ゴム100質量部に対する質量比率(phr:parts per hundred rubber)のゴム組成物に埋設し、150℃、30min、プレス圧25MPaで加硫処理し、
図4に示すような接着試験(引き抜き試験)サンプルS(ゴム複合体)を作製した。10はめっき鋼線、20は加硫ゴムである。
【0058】
【0059】
ノクラック810NA:大内新興化学工業株式会社製、老化防止剤
ノクセラーCZ:大内新興化学工業株式会社製、加硫促進剤
【0060】
<引き抜き試験>
引き抜き試験は、試験サンプルSにおいてめっき鋼線10の加硫ゴム20から出ている部分をチャッキングして、ゴム20に埋設されている部分(破線で示す部分)の引き抜き荷重を測定し、引き抜き荷重の最大と最小の平均値を引き抜き力とした。
【0061】
(初期接着強度)
加硫後1週間以内で、常温に放置した状態の試験サンプルにおける引き抜き力を初期接着強度とした。
【0062】
(劣化後接着強度)
劣化処理後の接着強度は、試験サンプルを80℃の蒸留水に7日間浸漬した後、取り出して1日以内に引き抜き試験を実施した。
【0063】
(腐食後剥離長さ)
劣化試験後の引き抜いためっき鋼線の、腐食端部11からのゴムが被覆していない部分の長さを測定し、めっき鋼線の腐食によるゴムとの剥離長さ(腐食後剥離長さ、セパレーヨン長さ)を求めた。
【0064】
初期接着強度及び劣化後の接着強度は64%Cu濃度の拡散ブラスめっき鋼線を用いた試験サンプル(No.15)の初期接着強度の値を100とした指数で評価し、劣化後のゴムとの剥離長さは、64%Cu濃度の拡散ブラスめっき鋼線を用いた試験サンプル(No.15)の値を100とした指数で評価した。
初期接着強度指数が90未満は「劣」、90~110は「同等」、110超は「良好」と判断した。
劣化後の接着強度指数は50未満であれば接着劣化が大きいと判断した。
ゴムとの剥離長さは、No.15を基準として剥離長さが70未満は「良好」、70~130は「同等」、130超は「劣」と判断した。
【0065】
<ゴム/鋼線の界面観察>
ゴム複合体におけるゴムと鋼線との界面の状態について以下のように観察を行った。
試験サンプルのゴムから引き抜いためっき鋼線をCPでC断面を加工し、SEMにより30000倍で観察した。反射電子像で、ゴムと接する硫化物層(接着層)、地鉄(鋼線)と接する皮膜層を特定した。
図5に反射電子像の一例を示す。
それぞれの層をEDSでスポット分析し、Cu、Zn、Sを定量した。
【0066】
鋼材、皮膜層、接着層、めっき層、及び評価結果を表3に示す。
【0067】
【0068】
<本発明例>
本開示におけるめっき鋼線を用いたゴム複合体の接着特性はいずれも、No.15の比較材のブラスめっき鋼線を用いたゴム複合体と同等の初期接着強度及び劣化後の接着強度が得られ、腐食後のゴムとの剥離長さはほぼ半減し、ゴムとのセパレーションが抑制される効果が得られた。
No.5は皮膜層のZn量が高いために、基準のNo.15と同等の接着劣化強度であるが、腐食後の剥離長さは改善された。
No.9、10は接着層が厚いために劣化処理後の接着強度は基準のNo.15と同等であるが、腐食後の剥離長さは改善された。
【0069】
<比較例>
No.15は拡散ブラスめっき鋼線を用いたゴム複合体であり、初期接着強度の基準で、100とした。また、腐食後の剥離長さも基準として100としたが、腐食後の接着強度は50まで低下した。
No.16~19、22、24、25はいずれもめっき層のZn、Cu組成が異なるが、いずれも拡散ブラスめっきで、ゴム複合体での皮膜層のZnが低く、腐食後のゴムとの剥離長が大きくなった例である。
No.17は皮膜層のZn比が低く、腐食後の剥離長さが長くなった例である。
No.18はさらに皮膜層のZn比が低く、劣化後の接着強度が低く、腐食後の剥離が大きくなった例である。
No.19はCu量が低い拡散ブラスめっきで、伸線加工でめっき層が剥離し、ゴムとの接着強度、腐食後の剥離が大きかった例である。
No.20はCuめっき材であり、初期接着、劣化後の接着強度が低下した例である。
No.21はZnめっき材であり、Zn層の腐食により劣化後の接着強度が著しく低下し、腐食後のゴムとの剥離が著しく大きくなった例である。
No.22は拡散ブラスめっきではあるが、めっき中のCuが高く、接着劣化後の強度低下、腐食後のゴムとの剥離が大きくなった例である。
No.23はZn比率が高い厚い拡散めっきであり、接着層のCuが低く、接着強度が低下し、さらに劣化処理及び腐食により、Znの酸化が進行し、劣化後の接着強度と、腐食によるゴムとの剥離が大きくなった例である。
No.24はブラスめっき表層にCuめっきしたもので、表層Cuが過剰反応して、初期接着、劣化後の接着強度が低下するとともに、腐食後のゴムとの剥離も大きくなった例である。換言すると、接着層のCu/Sが高く、Cuの反応が進行し、皮膜層が薄いために腐食後のゴムとの剥離が大きくなった例である。
No.25はめっき厚さが薄く、皮膜が薄くなり、皮膜の耐食性が低いために腐食後のゴムとの剥離が大きくなった例である。
【0070】
2021年9月14日に出願された日本特許出願2021-149713の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【符号の説明】
【0071】
2 鋼線
4 皮膜層
6 接着層
8 ゴム部
10 めっき鋼線
11 めっき鋼線が埋設したゴム端部
20 加硫ゴム
S 試験サンプル(ゴム複合体)