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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/18 20060101AFI20241030BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20241030BHJP
   F16J 1/00 20060101ALI20241030BHJP
   C25D 11/00 20060101ALI20241030BHJP
   C25D 11/04 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C25D11/18 301E
F02F3/10 B
F16J1/00
C25D11/00 303
C25D11/04 302
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020184383
(22)【出願日】2020-11-04
(65)【公開番号】P2022074388
(43)【公開日】2022-05-18
【審査請求日】2023-09-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【弁理士】
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】田中 洋臣
【審査官】関口 貴夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-017899(JP,A)
【文献】特開2012-246512(JP,A)
【文献】特開2017-160533(JP,A)
【文献】特開2014-136832(JP,A)
【文献】特開2010-077532(JP,A)
【文献】特開平09-159022(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0254294(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第103938250(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00-11/38
F02F 3/00
F16J 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を形成する工程と、
リチウムイオンを含む封孔処理液で前記陽極酸化皮膜を封孔処理し、封孔処理後の陽極酸化皮膜の表面のビッカース硬さHVが130~270の内燃機関用ピストンを製造する工程と
を含む内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記封孔処理液のリチウムイオン濃度が1~15g/Lの範囲であり、前記封孔処理液の温度が10~70℃の範囲である請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記封孔処理液のリチウムイオン濃度が1~12g/Lの範囲であり、前記封孔処理液の温度が10~70℃の範囲である請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記封孔処理の処理時間が0.5~4分の範囲である請求項1~3のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
前記封孔処理の処理時間が0.5~2分の範囲である請求項1~3のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項6】
外周面にピストンリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、
前記ピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備え、
前記陽極酸化皮膜の表面部分の孔が塞がれており、前記孔を塞いでいる封孔処理部には、リチウムとアルミニウムと酸素の化合物が存在し、前記陽極酸化皮膜の表面のビッカース硬さHVが、130~270である内燃機関用ピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、ピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の内燃機関は高出力化が進み、ピストンの熱負荷が増大する傾向にある。ピストンには、燃焼室の気密性を保持したりする等のために、ピストンリングが外周面に装着されている。ピストンリングは、ピストンの外周面に形成されたリング溝に嵌め込まれている。リング溝の内面は、ピストンリングに叩かれて、摩耗し、シール性が阻害され易い。よって、リング溝の内面の耐摩耗性を向上させるために、リング溝の内面に陽極酸化処理を施すことが行われている。
【0003】
しかしながら、ピストン素材として用いられるアルミニウム合金は、鋳造性や耐摩耗性を向上させるためシリコンを含有しており、それらシリコンが晶出した金属組織となっている。シリコンはリング溝の内面に部分的に露出しているため、陽極酸化処理でアルミニウムが酸化されて生成する陽極酸化皮膜も部分的に生成が阻害され、表面に凹凸のある不均一な皮膜となってしまう。このような陽極酸化皮膜では、ピストンリングとの間に隙間が生じてしまい、シール性の低下に伴いブローバイガスの流量の増大やオイル上がりが発生し、燃費の悪化や、PM(Particulate Matter:粒子状物質)といった欧州環境規制対象物質の発生の要因、PN(Particle Number:粒子数)といったその数の増加の要因となるという問題がある。
【0004】
一方で、特許文献1には、アルミニウム合金の表面に形成された陽極酸化皮膜の耐食性を向上させるとともに、短時間で可能な処理方法として、アルミニウム合金の表面に形成された陽極酸化皮膜の表面を、0.02~20g/Lのリチウムイオンを含み、pH値が10.5以上で、温度を65℃以下とする封孔処理液で封孔処理することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-77532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面に形成した陽極酸化皮膜の表面を、後処理で機械的に平滑化することは、ピストンリング溝の幅が数mmであることから困難である。
【0007】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、ピストンリング溝の内面に、耐摩耗性を向上することができるとともに、ピストンリングとの密着性も良好にすることができる陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、この方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を形成する工程と、リチウムイオンを含む封孔処理液で前記陽極酸化皮膜を封孔処理し、封孔処理後の陽極酸化皮膜の表面のビッカース硬さHVを320未満とする工程とを含む。
【0009】
また、本発明は、別の態様として、外周面にピストンリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、この内燃機関用ピストンは、前記ピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備え、前記陽極酸化皮膜の表面部分の孔は塞がれており、前記孔が塞がれている表面部分には、リチウムとアルミニウムと酸素の化合物が存在し、前記陽極酸化皮膜の表面のビッカース硬さHVは、320未満である。
【発明の効果】
【0010】
このように本発明によれば、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面に形成した陽極酸化皮膜を、リチウムイオンを含む封孔処理液で封孔処理して、封孔処理後の陽極酸化皮膜の表面のビッカース硬さHVを320未満とすることで、封孔処理後の陽極酸化皮膜の表面が凹凸で不均一であっても、エンジン始動時のピストンリングの上下方向の圧力によって凹凸が均され、ピストンリングとの密着性が良好となる。よって、内燃機関用ピストンのピストンリング溝のシール性が高まることで、ブローバイガスの流量の低減や、オイル上がりを抑制でき、よって、燃費の向上や、PMやPNの環境規制の対応に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る内燃機関用ピストンの一実施の形態であって、第1ピストンリング溝の周辺を模式的に示す断面図である。
図2図1に示す内燃機関用ピストンの第1ピストンリング溝の下面の周辺を模式的に示す断面図である。
図3】試験例1の陽極酸化皮膜の硬さの測定結果を示すグラフである。
図4】試験例2の陽極酸化皮膜の硬さの測定結果を示すグラフである。
図5】試験例3の陽極酸化皮膜の硬さの測定結果を示すグラフである。
図6】試験例4の陽極酸化皮膜の硬さの測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0013】
図1に示すように、本実施の形態の内燃機関用ピストン10は、その外周面12に第1ピストンリング溝13が形成されている。ピストンリング溝としては、ピストン冠面11側から順に、第1ピストンリング溝13、第2ピストンリング溝(図示省略)、オイルリング溝(図示省略)の3つのリング溝が形成されている。第1ピストンリング溝13には第1ピストンリング30が嵌め込まれ、第2ピストンリング溝には第2ピストンリング(図示省略)が嵌め込まれ、オイルリング溝にはオイルリング(図示省略)が嵌め込まれる。
【0014】
内燃機関用ピストン10は、アルミニウム合金で形成されている。アルミニウム合金は、耐摩耗性および耐アルミ凝着性に寄与する成分として、一般に、シリコン(Si)が含有されている。このようなアルミニウム合金としては、例えば、ピストンとしてAC4、AC8、AC8A、AC9等のAC材、ADC10~ADC14等のADC材、A4000等がある。一方、第1ピストンリング30等のリングは、例えば高炭素鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼等により形成されている。第1ピストンリング30等のリングは、周方向の一箇所が開口している略C字形を有しており、弾性的に拡径された状態でピストン10の第1ピストンリング溝13等のリング溝内に入れた後、弾性復元力によって縮径して、リング溝の内部に嵌め込まれる。
【0015】
第1ピストンリング30の外周面33は、内燃機関用ピストン10の外周面12よりも外周側に突出した状態になっている。ピストン10の外周面12は、ピストン冠面11と第1ピストンリング溝13との間を第1ランド12aと呼び、第1ピストンリング溝13と第2ピストンリング溝(図示省略)との間を第2ランド12bと呼び、第2ピストンリング溝とオイルリング溝(図示省略)との間を第3ランド(図示省略)と呼ぶ。第1ピストンリング30等の各リングの外周面は、内燃機関用ピストン10の外周面12よりも外方に突出した状態になっていることから、第1ピストンリング30等の各リングを装着した内燃機関用ピストン10を、シリンダ40内に挿入する際には、第1ピストンリング30等の各リングを弾性的に縮径させた状態でシリンダ40内に挿入することになる。よって、内燃機関用ピストン10をシリンダ40内に挿入した状態では、第1ピストンリング30等の各リングはその弾性力によってシリンダ40の内壁面41に押し付けられた状態となり、第1ピストンリング30及びセカンドリングは燃焼室の気密性を保持する機能を果たし、オイルリングはシリンダ40の内壁面41に残存するオイルを掻き落とす機能を果たす。
【0016】
内燃機関用ピストン10の外周面12に形成された第1ピストンリング溝13の内面のうち、ピストン冠面11側の内面を上面13aと呼び、セカンドリング溝(図示省略)側の内面を下面13cと呼び、その間の溝の底の側の内面を側面13bと呼ぶ。そして、本実施の形態では、第1ピストンリング溝13の上面13a、側面13bおよび下面13cに、本発明に係る封孔処理により硬さが低下した陽極酸化皮膜20(以下、「軟化陽極酸化皮膜」という)が形成されている。なお、第1ピストンリング溝13の内面のうち、下面13cにのみ軟化陽極酸化皮膜20を設けてもよい。
【0017】
このように第1ピストンリング溝13の下面13cに軟化陽極酸化皮膜20を形成するのは、図1に示すように、内燃機関用ピストン10は、圧縮工程および膨張工程ではピストン冠面11側の燃焼室内が高圧になるため、第1ピストンリング30の下面32が第1ピストンリング溝13の下面13cに強く密着する。一方、図示しないが、吸入工程では、内燃機関用ピストン10は、第1ピストンリング30の上面31が第1ピストンリング溝13の上面13aに密着し、これら工程を繰り返す度に内燃機関用ピストン10は第1ピストンリング溝13の上面13aと下面13cとの間を移動する。よって、第1ピストンリング溝13の下面13cは、第1ピストンリング30との間で摩耗が発生し易いことから、耐摩耗性およびシール性を向上させるために軟化陽極酸化皮膜20を形成する必要がある。
【0018】
もちろん、第1ピストンリング溝13の上面13aにも軟化陽極酸化皮膜20を形成してよい。また、第1ピストンリング30は、その張力によってシリンダ40にも密着しているので、第1ピストンリング溝13の側面13bに接することはなく、よって、第1ピストンリング溝13の側面13bに軟化陽極酸化皮膜20を形成することは必須ではないが、もちろん、第1ピストンリング溝13の側面13bに軟化陽極酸化皮膜20を形成してもよい。
【0019】
本実施の形態の軟化陽極酸化皮膜20は、図2に示すように、第1ピストンリング溝13の下面13cのアルミニウム合金15を陽極酸化処理することによって生成した陽極酸化皮膜の多孔質部21と、陽極酸化皮膜を、リチウムイオンを含む封孔処理液で封孔処理することによって陽極酸化皮膜の表面部分の孔が塞がれた封孔処理部22とを備える構造を有する。
【0020】
陽極酸化処理で形成される陽極酸化皮膜は、通常、陽極酸化処理の対象であるアルミニウム合金15の表面に対して垂直方向に成長することから、アルミニウム合金15の表層にシリコン16等が晶出している箇所では、陽極酸化皮膜の成長が阻害され、表面に多数の凹凸が発生してしまう。この陽極酸化皮膜の表面の凹凸は、封孔処理によって平滑化できるものではない。本発明は、リチウムイオンを含む封孔処理液で封孔処理することによって、陽極酸化皮膜の優れた耐摩耗性を維持しつつ、陽極酸化皮膜の表面硬さを軟化させることができるという新たな知見に基づくものである。
【0021】
封孔処理によって陽極酸化皮膜の表面部分の孔が塞がれた封孔処理部22は、陽極酸化皮膜よりも硬さが低く、ピストンリング30との初期馴染み性に優れている。すなわち、封孔処理後の軟化陽極酸化皮膜20の表面が凹凸で不均一であっても、エンジン始動時のピストンリング30の上下方向の圧力によって凹凸が均され、図2に示すように、平滑化する。よって、ピストンリング溝の下面13cとピストンリング30との密着性が良好となり、ブローバイガスの流量を低減し、燃費を向上することができる。また、シール性が向上して、オイル上がりも抑制でき、よって、PMやPNを要求値内に抑えることができる。
【0022】
封孔処理部22の硬さ、すなわち、軟化陽極酸化皮膜20の表面の硬さは、ビッカース硬さHVで、320未満であれば、エンジン始動時のピストンリング30の上下方向の圧力によって、ピストンリングとの密着性が良好となる程度に表面の凹凸を平滑化することができる。好ましい軟化陽極酸化皮膜20の表面の硬さは、ビッカース硬さHVで、好ましくは130以上320未満であり、より好ましくは150以上320未満である。軟化陽極酸化皮膜20の表面の硬さの下限は、ビッカース硬さHVで、アルミニウム合金の硬さである130以上が好ましい。130未満となってしまうと、陽極酸化皮膜を形成する目的である耐摩耗性に影響を与え得る。
【0023】
このような軟化陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストンを製造する方法としては、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面に陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程を行い、次に、リチウムイオンを含む封孔処理液で陽極酸化皮膜を封孔処理する封孔処理工程を行うことを含む。以下に各工程について説明する。
【0024】
陽極酸化処理工程では、アルミニウム合金の表面に陽極酸化皮膜を形成することができる従来の陽極酸化処理を広く採用することができる。例えば、硫酸、シュウ酸、リン酸、クロム酸等の酸性の処理浴や、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム等の塩基性の処理浴に、陰極としてチタンやカーボンなどの電極板と、陽極として内燃機関用ピストンを浸漬し、電気分解を行うことで、内燃機関用ピストンのピストンリング溝の内面のアルミニウム合金を酸化させて、陽極酸化皮膜を形成することができる。電解法としては、直流電解、交流電解、交直重畳電解などのうち、いずれを用いてもよい。本発明の封孔処理の対象となる陽極酸化皮膜は、特定の陽極酸化処理に限定されない。
【0025】
陽極酸化処理工程で形成する陽極酸化皮膜の膜厚は、特に限定されないが、例えば、5~20μmが好ましく、5~10μmがより好ましい。
【0026】
封孔処理工程では、陽極酸化皮膜を形成した内燃機関用ピストンに対し、リチウムイオンを含む封孔処理液を塗布またはスプレーしたり、封孔処理液に浸漬することで、陽極酸化皮膜の表面部分の孔が塞がれる。より詳しくは、封孔処理液によって陽極酸化皮膜の表面部分が溶けた後、再析出することで、孔が塞がれた封孔処理部が、陽極酸化皮膜の表面部分に形成される。この封孔処理部には、酸化アルミニウムの他に、リチウムとアルミニウムと酸素の化合物が存在する。この封孔処理部は、内燃機関用ピストンが暴露される高温環境下においても、分解して封孔状態が解除されるということはない。
【0027】
封孔処理液は、リチウムイオンを含む水溶液であり、リチウムイオン源となる化合物としては、硫酸リチウム、塩化リチウム、ケイ酸リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、リン酸リチウム、水酸化リチウムなどを使用することができる。これらのうち、水溶液が塩基性を示すものとして水酸化リチウム、炭酸リチウム、ケイ酸リチウムが好ましい。但し、ケイ酸リチウムは毒性が強く、水に溶けにくいため、実用的ではない。よって、炭酸リチウムと水酸化リチウムがより好ましい。
【0028】
封孔処理液のリチウムイオン濃度は、1~15g/Lが好ましく、1~12g/Lがより好ましい。1g/L以上の濃度のリチウムイオンで、封孔処理の反応が促進され、硬さが十分に低下した封孔処理部を得ることができる。リチウムイオン濃度の上限は、特に限定されないが、15g/L以下とすることが好ましい。リチウムイオン濃度が15g/Lを超えると、急速に反応が進み、好ましくない。
【0029】
封孔処理液の温度は、10~70℃が好ましく、10~60℃がより好ましい。10℃以上の高い温度で封孔処理を行うと、活性および反応性が高く、短時間でも、硬さが十分に低下した封孔処理部を得ることができる。一方、70℃を超える温度では、陽極酸化皮膜表面からの皮膜の溶解が急速に進み、好ましくない。
【0030】
封孔処理の処理時間は、0.5~4分が好ましく、0.5~2分がより好ましい。処理時間を0.5分以上とすることで、陽極酸化皮膜の表面が溶け、硬さが十分に低下した封孔処理部を再析出することができる。一方、4分を超える時間では、陽極酸化皮膜表面からの皮膜の溶解が急速に進み、好ましくない。
【0031】
封孔処理工程では、封孔処理液による封孔処理を行った後、水洗、乾燥することが好ましい。
【0032】
なお、第1ピストンリング溝13に軟化陽極酸化皮膜20を形成することについて説明してきたが、本発明は、第1ピストンリング溝13に限定されることなく、第2ピストンリング溝などの他のピストンリング溝に軟化陽極酸化皮膜20を形成してもよい。ピストンリングとの密着性が高まることで、ブローバイガスの流量やオイル上がりを低減し、燃費向上、環境規制対応に貢献できる。また、耐摩耗性が向上することで、ピストンリングとのシール性を良好に保つことができる。更に、ピストンリング溝のうち、第1ピストンリング溝13に軟化陽極酸化皮膜20を形成することで、第1ピストンリング溝13よりも下への熱逃げ抑制より、燃費が向上する。これは、冷却損失の低減ともいえる。
【実施例
【0033】
以下、本発明の実施例および比較例について説明する。
【0034】
[試験例1]
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンを模擬したアルミニウム材A1050のテストピースに、硫酸浴の陽極酸化処理(電気分解の条件:0.5A、10min)を施し、表面に約20μmの陽極酸化皮膜を形成した。このテストピースを、リチウムイオン濃度が10g/Lである封孔処理液に浸漬して、陽極酸化皮膜の封孔処理を行った。封孔処理液の温度は30℃で、処理時間は1分間とした。そして、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さを、島津製作所社製のダイナミック超微小硬度計DUH-211で測定した。測定条件は、荷重100mNとした。硬さの評価は、ビッカース硬さHVで行った。5つのテストピースの封孔処理後の陽極酸化皮膜について硬さを測定し、その平均値を図3に示す(実施例)。なお、比較例として、封孔処理前の陽極酸化皮膜についても上記と同様にして硬さを測定した。その結果を図3に示す。
【0035】
図3に示すように、封孔処理をしていない陽極酸化皮膜(比較例)の硬さは、ビッカース硬さHVで320であったものが、封孔処理後の陽極酸化皮膜(実施例)の硬さは、ビッカース硬さHVで270と大幅に低下した。このように陽極酸化皮膜の硬さをビッカース硬さHVで270と大幅に低い値にまで軟化させることで、陽極酸化皮膜の表面が凹凸で不均一なものであっても、エンジン始動時のピストンリングの上下方向の圧力によって凹凸を均して平滑化させることができる。
【0036】
[試験例2]
封孔処理液のリチウムイオン濃度を10g/Lから1、20、30g/Lに変えた点を除いて、試験例1と同様にしてテストピースに陽極酸化処理および封孔処理を施し、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さを測定した。その結果を図4に示す。
【0037】
図4に示すように、いずれのリチウムイオン濃度の封孔処理液によっても、封孔処理後の陽極酸化皮膜(実施例)の硬さは、封孔処理をしていない陽極酸化皮膜(比較例)の硬さよりも大幅に低下させることができた。特に、リチウムイオン濃度が1g/L及び10g/Lの場合では、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さは、ビッカース硬さHVで200程度までしか低下しなかったが、リチウムイオン濃度が20g/L及び30g/Lの場合では、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さが、ビッカース硬さHVで100以下にまで低下した。よって、ビッカース硬さHVの好ましい範囲の下限値である130はリチウムイオン濃度が10~20g/Lの間にあるため、好ましいリチウムイオン濃度の範囲は1~15g/Lであり、より好ましいリチウムイオン濃度の範囲は1~12g/Lであることがわかる。
【0038】
[試験例3]
封孔処理液の温度を30℃から10、50、70℃に変えた点を除いて、試験例1と同様にしてテストピースに陽極酸化処理および封孔処理を施し、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さを測定した。その結果を図5に示す。
【0039】
図5に示すように、いずれの温度の封孔処理液によっても、封孔処理後の陽極酸化皮膜(実施例)の硬さは、封孔処理をしていない陽極酸化皮膜(比較例)の硬さよりも大幅に低下させることができた。よって、処理温度は10~70℃が好ましく、10~60℃がより好ましいことがわかる。
【0040】
[試験例4]
封孔処理の処理時間を1分から0.5、5、10分に変えた点を除いて、試験例1と同様にしてテストピースに陽極酸化処理および封孔処理を施し、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さを測定した。その結果を図6に示す。
【0041】
図6に示すように、いずれの処理時間の封孔処理によっても、封孔処理後の陽極酸化皮膜(実施例)の硬さは、封孔処理をしていない陽極酸化皮膜(比較例)の硬さよりも大幅に低下させることができた。特に、処理時間が1分の場合では、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さは、ビッカース硬さHVで180程度までしか低下しなかったが、処理時間が4分以上の場合では、封孔処理後の陽極酸化皮膜の硬さが、ビッカース硬さHVで100以下にまで低下した。よって、封孔処理の処理時間は、0.5~4分が好ましく、0.5~2分がより好ましいことがわかる。
【符号の説明】
【0042】
10 内燃機関用ピストン
11 ピストン冠面
12a 第1ランド
12b 第2ランド
13 第1ピストンリング溝
13c 第1ピストンリング溝の下面
15 アルミニウム合金
16 シリコン
20 封孔処理後の陽極酸化皮膜(軟化陽極酸化皮膜)
21 多孔質部
22 封孔処理部
30 トップリング
40 シリンダ
図1
図2
図3
図4
図5
図6