(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/00 20060101AFI20241030BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20241030BHJP
F16J 9/00 20060101ALI20241030BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20241030BHJP
C25D 11/16 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
F02F3/00 G
F02F3/00 N
F02F3/10 B
F16J9/00 A
C25D11/04 101F
C25D11/04 308
C25D11/16 301
(21)【出願番号】P 2021044604
(22)【出願日】2021-03-18
【審査請求日】2024-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
(72)【発明者】
【氏名】村松 仁
【審査官】吉村 俊厚
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-100198(JP,A)
【文献】特開平06-081711(JP,A)
【文献】特開2018-035688(JP,A)
【文献】特開2019-218587(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/00
F02F 3/10
F16J 9/00
C25D 11/04
C25D 11/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有するアルミニウム合金を母材として形成された内燃機関用ピストン本体について
、トップリング溝の内面を露出させるように、マスキングを施すマスキング工程と、
前記マスキングしたピストン本体を混酸の水溶液中に浸漬させて、前記露出させたトップリング溝の内面において、その表面から、形成を予定する陽極酸化皮膜の膜厚の1/2超に相当する深さ
であって、20μm以下の深さまでの領域のCuを溶出させる混酸浸漬処理工程と、
前記混酸の水溶液から取り出したピストン本体のトップリング溝の内面に、前記予定する膜厚で、陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程と
を含む、内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有するアルミニウム合金を母材として形成された内燃機関用ピストン本体について、トップリング溝の内面を露出させるように、マスキングを施すマスキング工程と、
前記マスキングしたピストン本体を混酸の水溶液中に浸漬させて、前記露出させたトップリング溝の内面において、その表面から、形成を予定する陽極酸化皮膜の膜厚の1/2超に相当する深さまでの領域のCuを溶出させる混酸浸漬処理工程と、
前記混酸の水溶液から取り出したピストン本体のトップリング溝の内面に、前記予定する膜厚で、陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程と
を含む、内燃機関用ピストンの製造方法であって、
前記混酸浸漬処理工程では、前記領域において、針状シリコンを溶出させ、アルミニウム合金のα相からCuを溶出させるとともに、初晶シリコンの一部を残す
、内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記混酸浸漬処理工程で、Cuを溶出させたトップリング溝の表面粗さRaが、0.4~3.2μmである、請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記陽極酸化処理工程では、交直重畳電解法により陽極酸化皮膜を形成する、請求項1~3のいずれか1項に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
トップリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、
5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有するアルミニウム合金を母材として備えるとともに、
前記トップリング溝の内面に位置する、前記母材よりもCuの含有量が少ないアルミニウム合金組成の断熱層
であって、1.0μm以上20μm以下の厚さを有する断熱層と、
前記断熱層の表面に位置する陽極酸化皮膜と
を備える、内燃機関用ピストン。
【請求項6】
前記陽極酸化皮膜は、そのセルが、前記トップリング溝の内面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルが、ランダムな方向に枝分かれした状態で前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している、請求項
5に記載の内燃機関用ピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、トップリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境規制対応に伴い、自動車用エンジン等の内燃機関の高効率化や高圧縮比化の要望や、過給エンジンの要望が高まってきており、内燃機関の最高燃焼圧力が上昇している。このような背景に伴って、内燃機関用ピストンのピストンリング溝(特に、トップリング溝)やランド部(特に、第1ランド、第2ランド)の温度が、従来の同排気量の内燃機関のものよりも高くなってきている。ピストンのトップリング溝には、耐摩耗性を付与するために陽極酸化皮膜が成膜される場合がある。これは、陽極酸化皮膜が、ピストンの母材であるアルミニウム合金に対して2倍以上の硬さを有しており、耐摩耗性に優れた特性を有するためである。
【0003】
このような陽極酸化皮膜としては、例えば、特許文献1に、耐食性に優れ、不純物及び/又は添加物(ケイ素(Si)等)の析出が多いアルミニウム合金を母材とするピストンにおいて、膜厚が均一で緻密な皮膜を有し、耐衝撃性の高い陽極酸化皮膜を提供するために、陽極酸化皮膜のセルがアルミニウム合金の表面に対してランダムな方向に成長し、配向性を持たず、且つ前記セルが、前記不純物及び/又は添加物の周囲を包囲して、球もしくは楕円形状を形作り、そのセルが寄り集まってぶどうの房状に形成した構造の陽極酸化皮膜が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年採用が増加している高強度材料と呼ばれる、高温域までの機械的特性(疲労強度、引っ張り強さなど)を向上させたアルミニウム合金においては、従来のJIS(日本工業規格)-AC8A(Al-Si-Cu-Ni-Mg系)合金を代表するアルミニウム合金よりも、銅(Cu)やニッケル(Ni)等の添加元素が多く含まれている場合がある。特に銅は、熱伝導率がアルミニウム(Al)の1.5倍以上高いため、このような銅の添加量が多い高強度材料のアルミニウム合金を母材としてピストンを形成するとなると、断熱性を低下させてしまうおそれがある。
【0006】
内燃機関における燃焼室で生じる熱は、ピストンとシリンダボアとの隙間を伝わって、更にピストンリングからシリンダボア側の母材及びトップリング溝側の母材へと伝わる。トップリング溝側の母材が高温になると、母材が軟化して、トップリング溝の平滑度が損われるおそれがある。平滑度が損なわれると、ピストンリングとトップリング溝とのシール性が低下し、内燃機関の潤滑等に用いられるオイルが燃焼室側へ流入する現象(オイル上り)が発生して、燃焼室内でオイルが燃焼し、PM(Particulate Matter)といった欧州環境規制対象物質の発生要因や、PN(Particle Number)といったこの物質の数を増大させる要因となるおそれがある。
【0007】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、Cuが従来よりも多く含まれるアルミニウム合金を母材としても、トップリング溝における断熱性を向上することができ、トップリング溝の内面の平滑度を維持してピストンリングとの良好なシール性を維持することができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有するアルミニウム合金を母材として形成された内燃機関用ピストン本体について、少なくともトップリング溝の内面を露出させるように、マスキングを施すマスキング工程と、前記マスキングしたピストン本体を混酸の水溶液中に浸漬させて、前記露出させたトップリング溝の内面において、その表面から、形成を予定する陽極酸化皮膜の膜厚の1/2超に相当する深さまでの領域のCuを溶出させる混酸浸漬処理工程と、前記混酸の水溶液から取り出したピストン本体のトップリング溝の内面に、前記予定する膜厚で、陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程とを含む。
【0009】
また、本発明は、別の態様として、トップリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有するアルミニウム合金を母材として備えるとともに、前記トップリング溝の内面に位置する、前記母材よりもCuの含有量が少ないアルミニウム合金組成の断熱層と、前記断熱層の表面に位置する陽極酸化皮膜とを備える。
【発明の効果】
【0010】
このように本発明によれば、Cuが従来よりも多く含まれるアルミニウム合金を母材としても、トップリング溝には、母材よりもCu含有量が少ないアルミニウム合金組成の断熱層を介して、陽極酸化皮膜が形成されているので、トップリング溝における母材への断熱性を向上できる。よって、トップリング溝における母材の軟化を防ぎ、平滑性を維持し、ピストンリングとの良好なシール性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明に係る内燃機関用ピストンの一実施の形態であって、トップリング溝の周辺を模式的に示す断面図である。
【
図2】本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について、トップリング溝の内面付近を模式的に示す拡大断面図である。
【
図3】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態に示すフロー図である。
【
図4】
図3に示す内燃機関用ピストンの製造方法における混酸浸漬処理工程を更に詳しく示すフロー図である。
【
図5】実施例1及び比較例1の混酸浸漬時間とトップリング溝の表面粗さとの関係を示すグラフである。
【
図6】実施例1の混酸浸漬前後のトップリング溝の表面を示す写真である。
【
図7】比較例1の混酸浸漬前後のトップリング溝の表面を示す断面写真である。
【
図8】実施例2の陽極酸化皮膜の表面を示す写真である。
【
図9】比較例2の陽極酸化皮膜の表面を示す写真である。
【
図10】実施例2の陽極酸化皮膜を形成したトップリング溝の断面写真である。
【
図11】比較例2の陽極酸化皮膜を形成したトップリング溝の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0013】
図1に示すように、本実施の形態に係る内燃機関用ピストン1は、5.0~20.0質量%のSi及び1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCuを含有する機械的特性が向上されたアルミニウム合金を母材10として形成されており、そのトップリング溝13の母材表面において、断熱層(図示省略)を介して陽極酸化皮膜20が形成されている。
【0014】
母材10のアルミニウム合金において、Siは、初晶シリコンや共晶シリコンとして晶出し、耐熱性及び耐摩耗性を改善する成分である。また、Siは熱膨張率を低下させる。Si含有量が5.0質量%以上であれば、熱膨張率が低く、耐摩耗性や高温域での強度を向上することができ、20.0質量%以下であれば、初晶シリコンが小さくなり、合金の伸びを良好にすることができる。Si含有量は、10.0~13.0質量%がより好ましい。
【0015】
Cuは、室温及び高温域における機械的強度及び耐摩耗性を改善する成分である。Cu含有量が1.3質量%超であれば、強度や耐摩耗性を改善する効果を発現することができ、5.0質量%以下であれば、合金の著しい伸び低下はなく、合金の比重が小さい。一方、5.0質量%を超えると、伸びが著しく低下し、合金の比重が大きくなる。Cu含有量は、2.5~5.0質量%がより好ましい。
【0016】
なお、ピストン1の外周面12には、ピストン冠面11側から順に、ピストンリング溝として、トップリング溝(第1リング溝)13、第2リング溝(図示省略)、オイルリング溝(図示省略)の3つのリング溝が形成されている。トップリング溝13にはトップリング(第1リング)30が嵌め込まれ、第2リング溝には第2リング(図示省略)が嵌め込まれ、オイルリング溝にはオイルリング(図示省略)が嵌め込まれる。また、ピストン1の外周面12に沿って、ピストン冠面11とトップリング溝13との間を第1ランド12aと呼び、トップリング溝13と第2リング溝(図示省略)との間を第2ランド12bと呼び、第2リング溝とオイルリング溝(図示省略)との間を第3ランド(図示省略)と呼ぶ。
【0017】
トップリング30等のリングは、例えば、高炭素鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼等により形成されている。トップリング30等のリングは、その周方向の一箇所が開口した略C字形を有しており、弾性的に拡径された状態でトップリング溝13等のリング溝内に入れた後、その弾性復元力により縮径して、リング溝の内部に嵌め込まれる。トップリング30の外周面33は、ピストン1の外周面12よりも外方に突出しており、図示しない他のリングの外周面も、外周面12よりも外方に突出している。このため、各リングを装着したピストン1をシリンダ40内に挿入する際には、各リングを弾性的に縮径させた状態でシリンダ40内に挿入する。ピストン1をシリンダ40内に挿入した状態では、各リングはその弾性力によってシリンダ40の内壁面41に押し付けられた状態となり、トップリング30及び第2リングは燃焼室の気密性を保持する機能を果たし、オイルリングはシリンダ40の内壁面41に残存するオイルを掻き落とす機能を果たす。
【0018】
トップリング溝13の内面のうち、ピストン冠面11側の内面を上面13aと呼び、第2リング溝(図示省略)側の内面を下面13cと呼び、その間の溝の底の側の内面を側面13bと呼ぶ。トップリング溝13の上面13a、側面13b及び下面13cに、陽極酸化皮膜20が形成されている。トップリング溝13の下面13cには、ピストン1の圧縮工程及び膨張工程によりピストン冠面11側の燃焼室内が高圧となるため、トップリング30の下面32が強く密着する。一方、図示しないが、トップリング溝13の上面13aには、吸入工程によりトップリング30の上面31が密着する。これら工程を繰り返す度にトップリング溝13の上面13aと下面13cとの間をトップリング30が移動するため、トップリング溝13の内面とトップリング30との間では摩耗が発生し易い。したがって、ピストン1のトップリング溝13の上面13aと下面13cを含む内面に陽極酸化皮膜20を形成する。なお、陽極酸化皮膜20は、トップリング溝13の内面の他、ピストン冠面11にも形成してもよいし、その場合、その間の第1ランド12aにも形成してよい。さらには、陽極酸化皮膜20は、第2リング溝(図示省略)にも形成してよい。その場合、第2ランド12bに形成してよい。
【0019】
上記のような母材表面に断熱層を介して陽極酸化皮膜を形成したトップリング溝の構成について、
図2を参照して、より詳細に説明する。
【0020】
図2(a)に示すように、内燃機関用ピストンは、母材10として、上述したように、従来よりもCuを多く含有するアルミニウム合金から形成されており、母材10は、α相14中に、初晶シリコン15と、針状シリコン16が晶出している。α相14は、アルミニウム(Al)にCu等の他の元素が固溶した相である。初晶シリコン15は、ピストン本体の製造過程でSiが晶出した比較的大きい塊である。初晶シリコン15の粒径は、例えば30~40μm程度である。針状シリコン16は、同様にピストン本体の製造過程でSiが晶出したものであるが、銅成分も含有するものである。
【0021】
次に、
図2(b)に示すように、トップリング溝の内面13sが、詳しくは後述する混酸浸漬処理されることにより、母材10の表面部分において、Cuを含有する針状シリコン16が溶出され、且つα相14からもCu成分が溶出する。これにより、母材よりもCuの濃度が低減されたアルミニウム合金組成の断熱層27aが形成される。なお、断熱層27aでは、初晶シリコン15も溶出されるが、一部の初晶シリコン15は溶出されずに残存する。
【0022】
そして、
図2(c)に示すように、断熱層27aが陽極酸化処理されることにより、詳しくは後述するが、断熱層27bの表面に陽極酸化皮膜20が形成される。陽極酸化皮膜20は、断熱層27b中のアルミニウムを酸化して形成される皮膜であり、非晶質の酸化アルミニウム(Al
2O
3)を主成分とし、優れた耐摩耗性を有する。陽極酸化皮膜20のセルの状態は、電解条件により異なる様々な構造を有することができるが、セルがランダムな方向に枝分かれた状態で、皮膜内の初晶シリコンの周囲を包囲している構造が好ましい。このような構造は、詳しくは後述する交直重畳電解法により形成された皮膜(交直重畳電解皮膜)の構造である。これによって、例えば直流電解法で形成するよりも、表面平滑性が向上した皮膜が得られる。陽極酸化皮膜20の良好な表面平滑性は、ピストンリングとのシール性を向上させる。また、陽極酸化皮膜20は、上記の断熱層27の表面に形成することで、その表面に多数の微細孔を有するものとなる。この微細孔中の空気により、陽極酸化皮膜20は、トップリング溝における断熱性をより向上させることができる。
【0023】
陽極酸化皮膜20の厚さは、エンジン運転時のピストンリング30との摩耗によって減少するため、5.0μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましい。陽極酸化皮膜20の厚さの上限は、特に限定されないが、40μm以下が好ましく、30μm以下がより好ましい。
【0024】
断熱層27は、トップリング溝において母材10よりもCuの量が少ない層である。例えば、断熱層27では、α相14においてCu成分を実質的に含まれず、且つ針状シリコン16も実質的に存在しないことが好ましい。なお、初晶シリコン15は母材よりも少ない量で存在することが好ましい。
【0025】
Cuは、表1に示すように、内燃機関用ピストンの構成材料の中でも高い熱伝導率、例えばAlの1.5倍以上の熱伝導率を有する。このため、断熱層27及び母材10のCu含有量は、トップリング溝における断熱性能に大きな影響を与える。断熱層27は、母材10よりもCu含有量が少ないことから熱伝導率が低く、これによって優れた断熱性を有する。陽極酸化処理後の断熱層27bの厚さは、母材10に対して十分な断熱性を発揮するために、例えば、1.0μm以上が好ましく、5.0μm以上がより好ましく、10μm以上が更に好ましい。断熱層27bの厚さの上限は、特に限定されないが、断熱層を形成する混酸浸漬処理の浸漬時間が長くなると、トップリング溝の表面平滑性への影響が大きくなることから、30μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましい。
【0026】
【0027】
トップリング溝において断熱性が向上することにより、母材10の軟化を抑制することができるので、トップリング溝の表面の平滑性を維持でき、トップリングに対するシール性を維持することができる。よって、トップリング溝とトップリングの間を介してオイルが燃焼室側に流入するオイル上がりが発生し、燃焼室内でオイルが燃焼することを防ぐことができるので、PMやPNの欧州環境規制対象物質の発生、これらの物質の数の増大を抑制することができる。
【0028】
続いて、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態について、
図3及び
図4を参照して説明する。本発明に係る製造方法は、
図3に示すように、アルミニウム合金を母材としてピストン本体を鋳造する工程31と、鋳造したピストン本体を熱処理する工程32と、熱処理したピストンを更に加工し、トップリング溝を含むピストンリング溝などを形成する工程33と、このピストン本体のトップリング溝を混酸浸漬処理する工程34と、トップリング溝に陽極酸化処理する工程35とを少なくとも含む。
【0029】
上記の鋳造、熱処理、加工の各工程31、32、33は、一般的な内燃機関用ピストンを製造する際に用いられる工程と同様であるので、ここでの詳しい説明は省略する。
【0030】
混酸浸漬処理する工程34は、更に、
図4に示すように、ピストン本体にマスキングをする工程41と、マスキングで露出した箇所を脱脂する工程42と、同箇所を水洗する工程43と、同箇所を乾燥する工程44と、同箇所を混酸浸漬処理する工程45と、混酸処理後のピストンを水洗する工程46と、マスキングを外す工程47とを含む。
【0031】
マスキング工程41では、断熱層を形成したい部分以外に断熱層が形成されないように、対象箇所の周囲をマスキング部材で覆う。例えば、
図1において、トップリング溝13の内面のみに断熱層を形成する場合、ピストン1の第1ランド12aと第2ランド12bの位置をマスキング部材で覆うことにより、トップリング溝13の内面を露出する。マスキング部材の材料は、天然ゴム、ブタジエンゴム、スチレンゴム、アクリルゴム、ウレタンゴム、ニトリルゴム、シリコーンゴム等の混酸等に耐薬品性のあるゴム材料を使用でき、ニトリルゴム又はシリコーンゴムがより好ましい。ニトリルゴム又はシリコーンゴムは、陽極酸化処理工程35で用いる処理液である硫酸等の薬品にも十分な耐性を有するため、マスキング部材を付けたまま陽極酸化処理工程35を行うことができる。
【0032】
マスキング工程41後は、脱脂工程42、水洗工程43、乾燥工程44を順に行う。これらは、処理対象箇所における不純物などを除去するために一般的に行われている処理と同様であるため、ここでの詳細な説明は省略する。
【0033】
混酸浸漬処理工程45では、マスキング部材から露出したトップリング溝を混酸処理液に浸漬することにより、トップリング溝の加工面から所定の処理深さまでの領域のCu成分を溶出させる。混酸処理液は、アルミニウム合金からCu成分を溶出できる液であればよく、例えば、硝酸、フッ酸、硫酸等のうちの少なくとも2種類の酸が混合された混酸の水溶液を使用でき、特に、銅やシリコン成分の溶出性が良好な、硝酸とフッ酸の混酸の水溶液が好ましい。混酸処理液中の硝酸の濃度は、40~60質量%が好ましく、フッ酸の濃度は、5~15質量%が好ましい。また、硝酸とフッ酸の混合比は、質量で、硝酸:フッ酸=3:1から10:1が好ましい。
【0034】
混酸浸漬処理工程45では、混酸処理液に浸漬することにより、
図2(b)に示した通り、所定の処理深さにおいて、α相14中のCu成分が溶出するとともに、針状シリコン16も溶出する。なお、初晶シリコン15も溶出するが、全てではなく、一部の初晶シリコン15はトップリング溝の表面13sに残存する。このように初晶シリコン15と針状シリコン16の溶出によって、断熱層27aは、凹凸部を有する表面17が形成される。断熱層27aに初晶シリコン15が一部残存することにより、初晶シリコン15は大きな塊状であることから、大きな凹部の発生を低減でき、断熱層27aの表面粗さの大幅な増大を防止することができる。一方で、トップリング溝表面の初晶シリコンや針状シリコンの存在は、表面が平滑な陽極酸化皮膜の形成を妨げることから、断熱層27a表面における初晶シリコンや針状シリコンの減少は、陽極酸化皮膜の表面の平滑性を向上させることができる。
【0035】
このような陽極酸化皮膜の表面の平滑性の向上は、上述したPMやPNの欧州環境規制対象物質の発生、これらの物質の数の増大の抑制に大きく寄与することができる。更に、この陽極酸化皮膜の表面の平滑性の向上は、トップリング溝におけるシール性を更に向上させるため、ブローバイガス量の低減による燃費向上にも寄与することができる。
【0036】
このような初晶シリコン15の一部を残すことができる混酸浸漬処理は、詳しくは後述する混酸浸漬処理による母材の処理深さを、30μm以下にすることが好ましい。これは、本発明者らの知見によれば、混酸浸漬処理による母材の処理深さは、混酸浸漬処理により形成される断熱層27a表面の初晶シリコン15の量に比例するからである。混酸浸漬処理による母材の処理深さは、20μm以下にすることがより好ましく、15μm以下にすることが更に好ましい。
【0037】
混酸浸漬処理工程45での母材の処理深さは、陽極酸化処理工程35で予定する陽極酸化皮膜の膜厚の1/2の値を超えた深さである。これは、陽極酸化皮膜は、アルミニウムの酸化皮膜であり、
図2(b)及び(c)に示すように、陽極酸化処理前の断熱層27aに対して、表面処理後の陽極酸化皮膜20の表面は、陽極酸化皮膜20の膜厚の1/2程度の寸法が上昇するからである。すなわち、表面処理後の断熱層27bの表面(陽極酸化皮膜20との界面)は、陽極酸化皮膜20の膜厚の1/2程度、下降する。よって、陽極酸化処理後に断熱層27を残すためには、母材の処理深さを、予定する陽極酸化皮膜20の膜厚の1/2の値を超えた深さにする。具体的には、母材の処理深さは、2.5μm超が好ましく、5.0μm超がより好ましく、7.5μm超が更に好ましい。なお、母材の処理深さは、予定する陽極酸化皮膜の膜厚の1/2の値と、陽極酸化処理後に残す予定の断熱層27bの厚さの値の合計の深さにすることがより好ましい。この場合、母材の処理深さの上限は、具体的には、30μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましく、15μm以下が更に好ましい。
【0038】
混酸浸漬処理による母材の処理深さは、混酸処理液への浸漬時間により制御することができる。混酸処理液の濃度や母材のアルミニウム合金の組成に左右されるものの、浸漬時間を10秒以上にすることで、母材の処理深さを2.5μm超にすることができ、浸漬時間を30秒以上にすることで、母材の処理深さを7.5μm超にすることができる。また、浸漬時間を120秒以内にすることで、母材の処理深さを30μm以下にすることができ、浸漬時間を80秒以内にすることで、母材の処理深さを20μm以下にすることができ、浸漬時間を60秒以内にすることで、母材の処理深さを15μm以下にすることができる。
【0039】
混酸浸漬処理工程45の混酸処理の度合いは、混酸浸漬処理後の断熱層27aの表面17の表面粗さ(特に、表面粗さRa)で表すことができる。表面粗さRaは、JIS B0601で規格されているように、輪郭曲線の算術平均粗さを表すものである。混酸処理での母材の処理深さが深くなる程、混酸浸漬処理後の断熱層の表面粗さRaの値が大きくなる傾向がある。表面粗さRaの下限は、例えば、0.3μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましく、0.8μm以上が更に好ましい。また、表面深さRaの上限は、例えば、3.2μm以下が好ましく、2.4μm以下がより好ましく、1.6μm以下が更に好ましい。
【0040】
混酸浸漬処理工程45の後、水洗工程46を行った後、マスキング部材を外す工程47を行う。そして、
図3に示すように、陽極酸化処理工程35を行う。なお、上述したように、所定のマスキング部材を用いた場合は、マスキングしたまま陽極酸化処理工程35にて陽極酸化皮膜を形成し、その後にマスキング部材を外す。
【0041】
陽極酸化処理工程35では、図示しないが、電解槽内の硫酸やシュウ酸などの電解液に、陰極としてチタンやカーボンなどの電極板と、陽極として内燃機関用ピストンを浸漬し、電源から電気を流すことで、電解処理が行われ、内燃機関用ピストンのトップリング溝内面が酸化される。電解処理後、
図2(c)に示すように、断熱層27bの表面に陽極酸化皮膜20が形成される。陽極酸化処理後の断熱層27bの厚さは、陽極酸化処理前の断熱層27aの厚さから、陽極酸化皮膜20の厚さの1/2分が減った厚さとなる。
【0042】
陽極酸化処理工程45は、トップリング溝の内面に陽極酸化皮膜を形成する従来の電解処理を広く採用できる。電解処理液としては、硫酸(H2SO4)、シュウ酸(H2C2O4)、リン酸(H3PO4)、クロム酸(H2CrO4)等の酸性の処理液、水酸化ナトリウム(NaOH)、リン酸ナトリウム(Na3PO4)、フッ化ナトリウム(NaF)等の塩基性の処理液を使用でき、実用的な観点より硫酸が好ましい。陰極板は、チタン板、カーボン板、アルミニウム板、ステンレス板等を使用できる。電解法としては、直流電解法、直流電流に交流電流を重畳させた交直重畳電解法等を採用でき、交直重畳電解法が好ましい。交直重畳電解法であれば、皮膜を成膜する正電圧印加と、皮膜に蓄積した電荷を除去する負電圧印加とを交互に繰り返すことで、電気が特定の箇所に集中して流れることを抑制でき、結果として、膜厚が均一で表面粗さの小さい皮膜が得られる。陽極酸化皮膜の表面の良好な平滑性は、ピストンリング溝とピストンリング間のシール性を向上させる。
【0043】
また、本実施の形態では、母材としてのアルミニウム合金は、上記したSi及びCuに加えて、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、リン(P)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)からなる群より選択される少なくとも一以上の元素を含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる合金とすることができる。好ましくは、アルミニウム合金の母材は、上記したSi及びCuの各含有量の範囲に加えて、1.5~3.5質量%のNi、0.05~0.15質量%のCr、0.05~0.20質量%のTi、0.05~0.30質量%のZr、0.10~0.31質量%のFe、0.05質量%以下のMn及び0.5~1.1質量%のMgを含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる。Si及びCuについては既に説明したので、その他の各成分とその含有量等について説明する。
【0044】
Niは、主に高温域での強度及び耐摩耗性を向上させ、熱膨張率を低下させる成分であり、Ni含有量が1.5質量%以上であれば、その効果が好適に発現し、3.5質量%以下であれば、良好な伸びが得られる。
【0045】
Crは、主に合金中に晶出した金属間化合物、初晶シリコン、針状シリコン等の結晶粒の間にある結晶粒界を強化させ、高温域での強度を向上させる成分であり、Cr含有量が0.05質量%以上であれば、結晶粒界を好適に強化させて高温域での強度を向上させ、0.15質量%以下であれば、良好な靱性及び切削性が得られる。
【0046】
Tiは、主に結晶粒を微細化させて、耐熱性、鋳造性、強度を向上させる成分であり、Ti含有量が0.05~0.20質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Ti含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0047】
Zrは、主に合金中の結晶粒を微細化する効果を有し、耐熱性、鋳造性及び強度の向上に寄与する成分であり、Zr含有量が0.05~0.30質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Zr含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0048】
Feは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Fe含有量が0.10~0.31質量%の範囲であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。
【0049】
Mnは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Mn含有量が0.05質量%以下であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。Mn含有量の下限値は、全く含有しなくてもよく、又は不純物程度に極少量で含有していてもよく、例えば0.001質量%である。
【0050】
Mgは、主に強度及び靱性を向上させる成分であり、Mg含有量が0.5質量%以上であれば、強度を向上させる効果が発現し、1.1質量%以下であれば、良好な靱性が得られる。
【0051】
なお、本実施の形態では、第1ランドと第2ランドの位置でマスキングして、トップリング溝の内面に断熱層と陽極酸化皮膜を形成する例を示したが、本発明は、これに限定されない。例えば、断熱層と陽極酸化皮膜は、マスキング工程にて、第2ランドの位置でマスキングしてトップリング溝の内面とピストン冠面に形成してもよく、第1ランドと第3ランドの位置でマスキングしてトップリング溝と第2リング溝の各内面に形成してもよく、第3ランドの位置でマスキングしてトップリング溝と第2リング溝の各内面とピストン冠面に形成してもよい。いずれの場合も、優れた断熱効果が得られるため、ピストンの冷却損失を低減できる。
【0052】
また、本実施の形態では、内燃機関用ピストンとして、ポート噴射方式の火花点火燃焼エンジン用ピストンを想定して説明したが、本発明は、これに限定されず、本発明に係る内燃機関用ピストンは、直噴方式の火花点火燃焼エンジンピストン、ディーゼルエンジン用ピストン、予混合圧縮着火燃焼エンジン用ピストン、CNG(Compressed Natural Gas)エンジン用ピストン、汎用エンジン用ピストン等にも好適に適用できる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明に係る実施例及び比較例について説明する。なお、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法は、以下の実施例及び比較例によって限定されない。
【0054】
[実施例1]
表2に示す組成を有するAl-Si系のアルミニウム合金の鋳造材を用いた。そして、この鋳造材に、ピストン用のアルミニウム合金に広く用いられるT6処理と呼ばれる熱処理を行い、その後、加工により内燃機関用ピストンを模擬したテストピースを作製した(以下、高強度材料ともいう)。トップリング溝の内面は、切削加工により仕上げ、表面粗さRaは0.07μmと非常に平滑な性状であった。
【0055】
【0056】
[比較例1]
従来のAC8Aのアルミニウム合金を用いて、実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを模擬したテストピースを作製した(以下、通常材料ともいう)。
【0057】
(混酸浸漬時間に対する表面粗さの測定)
実施例1及び比較例1の各テストピースを、室温で、混酸処理液に浸漬しながら所定の時間毎に表面粗さを測定し、混酸浸漬時間に対する表面粗さの変化を評価した。表面粗さについては、テストピース表面の算術平均粗さ(表面粗さRa)を、JIS B 0601-2001に準拠した方法により、4mmの測定長さ、0.8mmのカットオフで測定した。混酸処理液は、硝酸とフッ酸と水を所定の比(質量%で、50:6:44)で混合した液を用いた。その結果を、
図5に示す。
【0058】
図5に示すように、高強度材料(実施例1)の混酸浸漬時間に対する表面粗さRaは、通常材料(比較例1)に比べて、より増大する傾向にあることが確認された。これは、高強度材料中の銅等の溶出しやすい金属の含有量が、通常材料よりも多いからと推測できる。また、実施例1も比較例1も、浸漬時間に比例して表面粗さRaが増大することが確認された。これは、浸漬時間が長い程、処理表面の針状シリコン(Cuも含まれている)が多く溶出するとともに、針状シリコンよりも溶出しにくい初晶シリコンも多く溶出するからと推測できる。なお、浸漬時間が10秒以上であると、表面粗さRaは0.4μm以上であり、浸漬時間が30秒以上であると表面粗さRaは0.8μm以上であり、浸漬時間が60秒の際の表面粗さRaは1.6μmであった。また、浸漬時間が10秒の際の処理深さは2.5μmであり、浸漬時間が30秒の際の処理深さは7.5μmであり、浸漬時間が60秒の際の処理深さは15μmであった。
【0059】
(混酸浸漬処理前後のトップリング溝の加工面の観察)
実施例1のテストピースについて、上記混酸処理液を用いて、混酸浸漬処理前のトップリング溝の加工面と、浸漬時間が30秒の混酸浸漬処理後のトップリング溝の加工面と、これら加工面の断面を観察し、混酸浸漬処理前後によるトップリング溝の加工面の変化を評価した。表面観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて行い、トップリング溝の加工面の断面観察は、テストピースを切断して行った。表面粗さRaは、前述した表面粗さの測定と同様に測定した。
図6(a)に混酸浸漬処理前の加工面の表面写真を示し、
図6(b)に混酸浸漬処理後の加工面の表面写真を示す。また、
図7(a)に混酸浸漬処理前の加工面の断面写真を示し、
図7(b)に混酸浸漬処理後の加工面の断面写真を示す。
【0060】
図6(a)に示すように、混酸浸漬処理前のトップリング溝の加工面は、非常に平滑である一方、
図6(b)に示すように、混酸浸漬処理後のトップリング溝の加工面には、凹凸部が確認された。これは、α相中のCuが溶出したと推測される部分14aが多く観察されたとともに、Cu成分を含む針状シリコンが溶出したと推測される部分16aも多く観察されたことに基づく。なお、残存した初晶シリコン15が確認された。また、
図7(a)に示すように、混酸浸漬処理前のトップリング溝の加工面の断面は、非常に平滑であり、表面粗さRaは0.07μmであった。一方、
図7(b)に示すように、混酸浸漬処理後のトップリング溝の加工面の断面には、混酸浸漬処理により、α相中のCuの溶出や針状シリコン(Cuも含まれる)の溶出、及び一部の初晶シリコンの溶出に起因する凹部が多く観察された。表面粗さRaは0.85であった。
【0061】
[実施例2]
実施例1のテストピースについて、上記混酸処理液を用いて、トップリング溝の加工面に、室温で30秒間、混酸浸漬処理を施した。次いで、混酸浸漬処理後のトップリング溝に陽極酸化処理を施した。陽極酸化処理は、電解液として5℃の硫酸を用い、耐薬品性を向上させるために表面処理したチタンを陰極板とし、テストピースを陽極板に取り付け、トップリング溝のみに電解液が流れる治具を用いて行った。電解法として交直重畳電解法を用い、プラス電圧を65Vとし、マイナス電圧を-2Vとし、周波数を12kHzに設定した定電圧電解で、40秒間、陽極酸化処理を行った。
【0062】
[比較例2]
混酸浸漬処理を行わなかった点を除いて、実施例2と同様にして、実施例1のテストピースに陽極酸化処理を施した。
【0063】
(陽極酸化皮膜が形成されたトップリング溝の評価)
実施例2及び比較例2について、陽極酸化皮膜が形成されたトップリング溝の表面を観察するとともに、陽極酸化皮膜の膜厚及び表面粗さを測定し、混酸浸漬処理の有無による陽極酸化皮膜の差異を評価した。表面観察及び表面粗さの測定は、前述と同様に行った。また、陽極酸化皮膜の膜厚は、テストピースを切断し、光学顕微鏡を用いて、陽極酸化皮膜の断面を等間隔に10点測定し、得られた値の平均により算出した。
図8に実施例2の陽極酸化皮膜の表面写真を示し、
図9に比較例2の陽極酸化皮膜の表面写真を示す。また、
図10に実施例2の陽極酸化皮膜を形成したトップリング溝の断面写真を示し、
図11に比較例2の陽極酸化皮膜を形成したトップリング溝の断面写真を示す。
【0064】
図8に示すように、実施例2の陽極酸化皮膜の表面は、多数の微細孔が確認された。一方、
図9に示すように、比較例2の陽極酸化皮膜の表面には、微細孔が確認されたものの、実施例2よりも少なかった。これらの結果より、混酸浸漬処理により、陽極酸化皮膜の表面に断熱性を向上させる微細孔が多数形成されることを確認した。
【0065】
また、
図10に示すように、実施例2のトップリング溝の断面には、陽極酸化皮膜20と母材10との間に、初晶シリコンや針状シリコンが確認されない厚さ数μmの断熱層27が確認された。一方、
図11に示すように、比較例2のトップリング溝の断面には、陽極酸化皮膜20の下に、初晶シリコン15や針状シリコン16が観察され、実施例2のような母材10と異なる層は確認されなかった。実施例2の陽極酸化皮膜の表面粗さRaは0.77μmであり、膜厚は12.0μmであった。比較例2の陽極酸化皮膜の表面粗さRaは1.75μmであり、膜厚は14.1μmであった。これらの結果より、混酸浸漬処理の有無により、膜厚に大きな差異がない一方で、表面粗さは半分近く低下している。このことから、混酸浸漬処理は、陽極酸化皮膜の表面平滑性に大きく寄与すると推測できる。これは、混酸浸漬処理によって、陽極酸化皮膜の凹凸発生の要因となる初晶シリコンや針状シリコン(Cuも含まれる)が溶出されたことに由来すると推測できる。
【符号の説明】
【0066】
1 内燃機関用ピストン
10 ピストン母材
11 ピストン冠面
12 ピストンの外周面
12a 第1ランド
12b 第2ランド
13 トップリング溝
13a トップリング溝の上面
13b トップリング溝の側面
13c トップリング溝の下面
14 α相
15 初晶シリコン
16 針状シリコン
17 混酸浸漬処理後の断熱層の表面
20 陽極酸化皮膜
27 断熱層
30 トップリング
40 シリンダ