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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】多軸ステッチ基材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 5/26 20060101AFI20241030BHJP
   D04H 3/04 20120101ALI20241030BHJP
【FI】
B32B5/26
D04H3/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020114055
(22)【出願日】2020-07-01
(65)【公開番号】P2022012299
(43)【公開日】2022-01-17
【審査請求日】2023-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】591168932
【氏名又は名称】株式会社SHINDO
(74)【代理人】
【識別番号】110002804
【氏名又は名称】弁理士法人フェニックス特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】笠川 英寿
(72)【発明者】
【氏名】土屋 芳信
(72)【発明者】
【氏名】羽川 充
(72)【発明者】
【氏名】権内 恒輝
【審査官】須藤 英輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-132775(JP,A)
【文献】特開2002-113802(JP,A)
【文献】特開平07-300739(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
D04H 1/00-18/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
強化繊維糸条を互いに並行に配列してなる強化繊維シートが、それぞれ異なった配向方向で積層され、これらのシートを貫通するステッチ糸により一体化されたステッチ基材であって、
フィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸である強化繊維がステッチ基材の長さ方向に対して、少なくとも0°と90°でない角度+θ°と―θ°で配向した二つのバイアス配向シートを含み、
かつ、前記バイアス配向シート1層の目付が75~400g/m であり、
ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係が以下の関係式を満足し、
0°方向に列を成した針孔列の特定一つの針孔と、隣の針孔列の同じコースからnコース離れた針孔との間を結ぶ傾き線が、強化繊維のバイアス配向の傾きと一致し、ステッチ糸の編み込み部の針孔によるギャップ同士が強化繊維に沿って繋ぎ合わさって基材表面に面方向への樹脂流路となる複数の凹状溝部が形成されていることを特徴とする多軸ステッチ基材。
C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
【請求項2】
前記ステッチ間隔が4~7mmであることを特徴とする請求項1記載の多軸ステッチ基材。
【請求項3】
強化繊維の配向角度が、±30~±60°の積層構成であることを特徴とする請求項1または2記載の多軸ステッチ基材。
【請求項4】
前記ステッチ糸の曲げ剛性EI(繊維の引っ張り弾性率×(単糸直径)×フィラメント数×4.9×10-2)(Pa・m)をステッチ基材の目付M(g/m)で除した指数が15×10-10~60×10-10であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項記載の多軸ステッチ基材。
【請求項5】
前記ステッチ基材におけるステッチ糸の編み込み部の針孔の密度が35000~80000個/mであることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項記載の多軸ステッチ基材。
【請求項6】
多軸ステッチ基材の製造において、
(A)強化繊維として、フィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸を用いて、複数本の強化繊維糸を互いに並行に配列して、バイアス配向シート1層の目付が75~400g/mの複数枚の強化繊維シートを作製し、
(B)それらの強化繊維シートを、配向角度が0°と90°でないシートを少なくとも2枚含めて複数枚積層し、
(C)ステッチ基材のステッチ長s、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度±θ°の関係が、以下の関係式を満足し、
C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
(D)かつ、ステッチ糸の編み込み部の針孔の密度が35000~80000個/mの範囲で、繊度が30~110Dtexのステッチ糸によりステッチし、一体化することによって、基材表面に面方向への樹脂流路となる複数の凹状溝部を形成することを特徴とする多軸ステッチ基材の製造方法。
【請求項7】
前記ステッチ間隔が4~7mmであることを特徴とする請求項記載の多軸ステッチ基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維からなるステッチ基材に関し、さらに詳しくは、マトリックス樹脂の優れた含浸性を有し、成形品の生産効率を向上させる多軸ステッチ基材、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維やガラス繊維などの強化繊維を補強材とした繊維強化プラスチックは補強された繊維方向には高い強度、弾性率を発揮するが、繊維方向に対して離れる角度に対しては急激に低下する。そのために、機械的特性が擬似等方性となるように繊維軸方向が0°/90°や±45°、あるいは0°/+45°/-45°/90°など繊維軸が多軸となるよう積層して成形される。
【0003】
しかしながら、成形時に繊維軸を正確に合わせながら積層するには手間が掛かり、生産能率が非常に低くなることから、特許文献1<再公表01-063033号公報>で提案されているように、予め所定の繊維配向角度に配列されたシートの積層体をステッチ糸で一体化された多軸ステッチ基材が多用されるようになってきている。
【0004】
多軸ステッチ基材はステッチ糸で一体化されているから、成形作業などにおいて強化繊維の配向角が乱れるようなことなく取り扱い性の優れた基材であると同時に、成形品において強化繊維が所定の繊維配向が維持されるので、設計通りの機械的特性を発揮させることができ、信頼性の高い成形品を得ることが出来る。
【0005】
また、多軸ステッチ基材の強化繊維の配向角は、0°/90°や±45°の2軸配向、あるいは0°/±45°/90°の4軸配向など成形品の形状や要求される機械的特性などにより適宜選択されるものであるが、なかでも±45°の2軸配向のステッチ基材は賦形性が優れ、曲面を有した成形品に適していることからResin Transfer M olding process(以下、RTM法と記す。)やVacuum assisted Resin Transfer Molding process、(以下、VaRTM法と記す。)の基材として多用されている。
【0006】
樹脂注入型の成形法において、±45°配向ステッチ基材はステッチ糸を編み込んだ針孔周りには基材の厚み方向へ貫通するギャップが形成されているので、基材の厚み方向へはマトリックス樹脂が流れ易いが、面方向においてはギャップが続いていないので樹脂の流れが悪く、含浸に長時間を要して高い生産性が得られないし、未含浸部を生じさせるという問題点があった。
【0007】
±45°2軸配向ステッチ基材の樹脂含浸性を改善させる方法として、例えば特許文献2<特開2016-078258号公報>においては、強化繊維層に編み込まれるときに生じる針孔の密度が8万個/m以上18万個/m以下として、針孔を通じてマトリックス樹脂が繊維層内に含浸し易くする提案がなされている。
【0008】
同提案によれば、高密度に針孔を設けることにより積層基材の厚み方向への流路が増えるので含浸性は向上するが、ニードルによる突き刺し時の強化繊維の損傷、あるは針孔による強化繊維間のギャップによる強化繊維の屈曲が増え、成形品での機械的特性の低下が懸念される問題がある。また、針孔密度を高密度にするには、ステッチ長を短くして基材長手方向の単位長さ当たりの針孔密度を高くする方法と、ステッチ間隔を短くして基材幅方向の単位長さあたりの針孔密度を高くする方法がある。ステッチ長を短くする方法では製造時にニードルが上昇・下降を1回行う1回転あたりの基材製造長さが短くなるため生産性が低下する。他方のステッチ間隔を短くする方法では基材の単位幅あたりに使用するステッチ糸の本数が多くなることで基材に含まれるステッチ糸の体積割合が増加するため、マトリクス樹脂を含浸・硬化させて得られる成形品の強度は低下するといった問題もある。
【0009】
また、特許文献3<国際公開2019-161926号公報>においては、+45°層と-45°層の間にモノフィラメント糸、あるは撚り糸を基材の長さ方向と幅方向に複数本挿入し、挿入糸の周りに出来る隙間を樹脂の流路とする方法が提案されており、同提案技術は確実な樹脂の流路が確保されるので樹脂の含浸速度が向上し、成形時間の短縮に繋がる効果がある。
【0010】
しかしながら、特許文献3の提案技術では、樹脂の流路が確保される反面、強化繊維が成形圧力で硬直な挿入糸に押し付けられ、局部的な屈曲を受けた状態で成形されるので、成形品に応力が生じると、その屈曲箇所に応力が集中するために破壊の起点となり、強化繊維の有する高い強度、弾性率が十分に発揮されない問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】再公表01-063033号公報
【文献】特開2016-078258号公報
【文献】国際公開2019-161926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来のFRP成形用のステッチ基材に上記のような問題があったことに鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、樹脂含浸性に優れ、成形時間の短縮による高い生産性と優れたコンポジット特性を有するFRPが得られる多軸ステッチ基材、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者が上記技術的課題を解決するために採用した手段を、添付図面を参照して説明すれば、次のとおりである。
【0014】
即ち、本発明は、強化繊維糸条を互いに並行に配列してなる強化繊維シートが、それぞれ異なった配向方向で積層され、これらのシートを貫通するステッチ糸により一体化されたステッチ基材であって、
フィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸である強化繊維がステッチ基材の長さ方向に対して、少なくとも0°と90°でない角度+θ°と-θ°で配向した二つのバイアス配向シートを含み、
かつ、前記バイアス配向シート1層の目付が75~400g/m であり、
ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係が以下の関係式を満足し、
0°方向に列を成した針孔列の特定一つの針孔と、隣の針孔列の同じコースからnコース離れた針孔との間を結ぶ傾き線が、強化繊維のバイアス配向の傾きと一致し、ステッチ糸の編み込み部の針孔によるギャップ同士が強化繊維に沿って繋ぎ合わさって基材表面に面方向への樹脂流路となる複数の凹状溝部が形成されていることで完成させた。
C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
【0015】
また、前記ステッチ間隔を4~7mmとする技術的手段を採用することができる。
【0016】
更にまた、強化繊維の配向角度が、±30~±60°の積層構成とする技術的手段を採用することができる。
【0017】
更にまた、前記バイアス配向シートの強化繊維が炭素繊維とする技術的手段を採用することができる。
【0019】
更にまた、前記ステッチ糸の曲げ剛性EI(繊維の引っ張り弾性率×(単糸直径)×フィラメント数×4.9×10-2)(Pa・m)をステッチ基材の目付M(g/m)で除した指数が15×10-10~60×10-10である技術的手段を採用することができる。
【0020】
更にまた、前記ステッチ基材におけるステッチ糸の編み込み部の針孔の密度が35000~80000個/mである技術的手段を採用することができる。
【0021】
更にまた、本発明のステッチ基材の製造方法は、強化繊維として、フィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸を用いて、複数本の強化繊維糸を互いに並行に配列して、バイアス配向シート1層の目付が75~400g/mの二枚の強化繊維シートを作成し、それらの強化繊維シートを角度±30~±60°の範囲に交差積層して、ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係が、以下の関係式を満足し、かつ、ステッチ糸の編み込み部の針孔の密度が35000~80000個/mの範囲で、繊度が30~110DTexのステッチ糸によりステッチし、一体化することによって、基材表面に面方向への樹脂流路となる複数の凹状溝部を形成する方法である。
C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
【0022】
また、前記ステッチ間隔を4~7mmの範囲とすることが出来る。
【発明の効果】
【0024】
本発明の多軸ステッチ基材は、ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係が規定されたステッチ基材であることで、ステッチ糸の編み込み部の針孔による強化繊維間のギャップが隣の針孔列のギャップと繋がり、基材の表面に樹脂流路となる複数の凹状溝部が形成されているので、その溝部がマトリクス樹脂の面方向への流路となり樹脂含浸時間を大幅に短縮することが出来ると同時に、未含浸部が減少して信頼性の高い成形品を得ることが出来る。
【0025】
ステッチ糸として、前記ステッチ糸の曲げ剛性EI(繊維の引っ張り弾性率×(単糸直径)×フィラメント数×4.9×10-2)(Pa・m)をステッチ基材の目付M(g/m)で除した指数を15×10-10~60×10-10とすることによりステッチ基材の目付が高目付化しても、ステッチ糸の曲げ剛性により締め付けが強化されるので、成形工程において積層状態で圧力が加わっても形成された凹状溝部が確実に維持され、樹脂含浸速度を低下させることがない。
【0026】
本発明の製造方法にあっては、強化繊維が多軸ステッチ基材の長さ方向に対して、それぞれ異なる配向方向に積層してステッチする製造工程において、ステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係式を満足する条件設定により、0°方向に列を成した針孔列のある一つの針孔と、隣の針孔列においてnコース分違えた針孔とを結ぶ斜めの線が、バイアス配向シートの強化繊維の傾きを一致させることで、ニードルの突き刺しによりバイアス配向の強化繊維に沿って生じる細長いギャップの先端が次コースで突き刺す隣の針孔位置にまで及ぶので、ニードルの突き刺しは常に低い突き刺し抵抗で繰り返されるため、強化繊維の損傷を抑えることが出来る。
【0027】
また、従来のステッチ基材における針孔のギャップは単独に存在し、強化繊維を部分的に屈曲させるが、本発明の製造方法によって生じる細長いギャップは、強化繊維に沿って隣のギャップと連続的に繋がり、強化繊維が直線化するために強化繊維の屈曲を最小限に抑えられ、強化繊維の有する高強度、高弾性率を最大限発揮させることが出来る。
【0028】
また、本発明のステッチ基材のステッチ間隔を4~7mmの範囲に設定することで、強化繊維に沿って隣接するギャップ同士が繋がり合える距離が確保され、樹脂パスとなる凹状溝部が確実に得られる。
【0029】
また、針孔の密度が35000~80000個/mと少なくすることでニードルの突き刺しによる強化繊維の損傷を一層減少させることが出来、厚み方向への樹脂流路となる針孔密度を少なくしても、基材の面方向への樹脂流路となる凹状溝部が形成されているので速い樹脂含浸速度が保たれる。
【0030】
強化繊維としてフィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸を用いることにより、製造コストが安価な繊維本数の多い繊維束であっても、交絡度が低いので開繊し易く、繊維密度の均一な低目付の強化繊維シートが得られ、さらに高い開繊性によりニードルの突き刺し時の繊維移動が容易いであるために繊維損傷が少なく、また、ギャップの繋がりによる凹状溝部の形成も容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の実施形態のステッチ基材の正面図である。
図2】本発明のステッチ基材の断面概略図である。
図3】従来のステッチ基材の正面図である。
図4】本発明のステッチ基材の樹脂含浸性を示すグラフである。
図5】本発明のステッチ基材の実施例の写真である。
図6】本発明のステッチ基材の比較例の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明を実施するための形態を、具体的に図示した図面に基づいて、更に詳細に説明すると、次のとおりである。
【0033】
本発明の実施形態を図1から図6に基づいて説明する。本発明のステッチ基材は、強化繊維が互いに並列に配列されてなる強化繊維シートがステッチ基材の長さ方向に対して、強化繊維の配向が少なくとも0°と90°でない角度+θ°と、-θ°の2枚を含んで積層され、ステッチ糸により一体化されている。
【0034】
図1は強化繊維が±θ°に配向した本発明の一実施例であるステッチ基材1の正面図で、符号2はステッチ基材1の長さ方向に対して+θ°の角度で配向した強化繊維2で、符号11は-θ°の角度で配向した強化繊維11であり、それらの強化繊維2・11は互いに並行でシート状をなしてステッチ糸4によってステッチ長s、ステッチ間隔wで一体化されている。
【0035】
ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、および強化繊維の配向角度θの関係が、以下の関係式を満足することで、ステッチ糸4の編み込み部の針孔5による強化繊維間のギャップが、0°方向に列を成した針孔列のある一つの針孔5と、隣の針孔列においてnコース分違えた針孔5とを結ぶ斜めの線が、バイアス配向シートの強化繊維と平行となり、例えば、図1のステッチ基材1において、ステッチ間隔wを5mm、強化繊維の配向角度を±45°、n=1としたとき、ステッチ長sは、関係式から4.9~5.1mmとなり、針孔5aと隣の0°方向に並ぶ針孔列の針孔5bを結ぶ線は強化繊維の配向角である+45°とほぼ一致し、裏面においても同様に一致する。
関係式 : C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
【0036】
前記臨界ステッチ長Cの範囲には、以下の技術的意義がある。
(1)編機の精度について
ステッチ長を決定する設備的な要因は、ニードルの昇降・下降が1サイクル行われる間に設備上に積層されたシートが進む距離であり、これらの動作に関連する各部品の小さなひずみや部品同士間の隙間等が影響し、ステッチ長は狙い値からの誤差が生じるため、この誤差の許容範囲とした。
(2)凹状溝部の連続性について
ステッチ長sは臨界ステッチ長Cと同一となることで、強化繊維の配向方向とギャップの方向が完全に一致し、繊維配向方向に隣り合うギャップが一直線上に配列するためギャップ同士がつながることで凹状溝部が形成されるため、s=Cが理想である。しかしながら、ステッチ長sが臨界ステッチ長Cより若干ずれてもギャップ同士がわずかにつながることで凹状溝部が形成され、従来技術の基材に比べて高い含浸性が得られる。
実験の結果、臨界ステッチ長Cが0.1/n(mm)ずれると大きく含浸性が失われ、0.09/n(mm)ずれた場合は、かろうじて含浸性が高いことが確認された。即ち、凹状溝部の連続性は外観上大きく失われるものの、3次元的(厚み方向の一部)には連続性が残っているか、連続性はなくても凹状溝部が途切れている箇所はごくわずかであり、隣のギャップに樹脂が移動すればギャップ内では含浸が進むためと考えられる。
【0037】
針孔5においては、ニードルによるシート状の強化繊維への突き刺し作用と、ニードルにステッチ糸が給糸されてループ形成による強化繊維2・11への締め付け作用によって強化繊維2・11に沿い、後述する図3の従来のステッチ基材7で示す細長いギャップ6が生じる。
【0038】
図1において、針孔5aで生じた細長いギャップ先端は次コースの針孔5b、あるいはその近傍にまで及んだ状態で、次コースの針孔5bでも同様に細長いギャップが形成されるので、隣り合わせた二つの細長いギャップ同士は繋ぎ合わされて、強化繊維に沿った凹状溝部3が形成されることになる。
【0039】
強化繊維2・11に沿って形成される細長いギャップ同士が繋ぎ合わさるためにはステッチ間隔wが影響し、ステッチ間隔wが小さい方が繋がり易いが、ステッチ間隔wが4mmよりも小さいとステッチ基材1への針孔密度が増すために強化繊維への損傷が増大する問題や、基材の単位幅あたりに使用するステッチ糸の本数が多くなることで基材に含まれるステッチ糸の体積割合が増加するため、マトリクス樹脂を含浸・硬化させて得られる成形品の強度は低下するといった問題がある。逆にステッチ間隔wが7mmよりも大きいとギャップ同士が繋がらず、樹脂パスとなる凹状溝部3が形成できない問題がある。このためステッチ間隔wは4~7mmであることが最も好ましい。
【0040】
本発明のステッチ基材1の表面に複数本の凹状溝部3が強化繊維2・11に沿って形成されることで、樹脂注入型成形を行う際の樹脂流路となり、特に、これまでのバイアス配向基材は厚み方向へは針孔からの樹脂の流れが速かったが、面方向へは樹脂流路がなかったために樹脂含浸に時間を要していたのが、凹状溝部3の形成により面方向への樹脂流路が確保され短時間で樹脂含浸させることが出来、高い生産性を得ることが出来るようになった。
【0041】
凹状溝部3の形態は、ループ側面(図1では裏面側)とシンカーループ側面(図1では表面側)で大きさが異なり、図2の基材の断面概略図で分かるように強化繊維2・11の集合は、シンカーループ23とニードルループ22により拘束されているが、ニードルループ22同士が繋がり合って長手方向に緊張状態であるためにシンカーループ23の方が屈曲状態で強化繊維2を拘束することになり、シンカーループ23側に凹状溝部3が形成される。
【0042】
ステッチ基材1が低目付の場合は、強化繊維2・11の繊維量が少ないのでシンカーループ23で強固に締め付けなくとも、凹状溝部3は加圧されても維持可能であるが、高目付化になるに従い、折角凹状溝部3を設けても繊維量が多く分厚くなっているので積層状態での圧力が加わると強化繊維2・11が凹状溝部3側に流れ、凹状溝部3が簡単に潰される問題がある。
【0043】
そこで、本発明において用いるステッチ糸4は、ステッチ糸の曲げ剛性EI(繊維の引っ張り弾性率×(単糸直径)×フィラメント数×4.9×10-2)(Pa・m)をステッチ基材1の目付M(g/m)で除した指数が15×10-10~60×10-10の範囲とすることによって、ステッチ基材1が高目付になるに従って曲げ剛性の高いステッチ糸4を用い、特にシンカーループ23により凹状溝部3の側壁上部の強化繊維2・11への押し付けを強め、圧力が加わっても凹状溝部3が潰されず維持することが出来る。
【0044】
一方、ステッチ基材1が低目付の場合は、強化繊維2・11の繊維量が少ないために圧力が加わっても凹状溝部3側への移動が殆ど無いので、シンカーループ23による凹状溝部3の側壁上部での強化繊維2・11への押し付け力は小さくてよい。
【0045】
なお、前記指数が60×10-10より大きくなるとシンカーループ23への押し付けは強固となり、凹状溝部3は維持されるが、押し付けが強固過ぎて強化繊維の屈曲による強度低下や、凹状溝部3の過大による樹脂リッチ部が形成される問題点があることから、指数は60×10-10以下であることが好ましい。
【0046】
一方、前記指数が15×10-10より小さくなると、シンカーループ23による凹状溝部3の側壁への押し付けが弱く、ステッチ基材1を積層して圧力が加わると強化繊維2・11が凹状溝部3側に移動し易く、折角設けた凹状溝部3の維持が難しくなるために、指数は15×10-10以上であることが好ましい。
【0047】
また、ステッチ4の曲げ剛性EIは単糸直径の4乗で効くから、単糸直径の大きいフィラメント糸を採用することで、ステッチ糸4自体の繊度を細くすることが出来るし、さらに糸種においてもポリエステル糸は引っ張り弾性率が高いのでステッチ糸4の細繊度化が出来、ステッチ糸4による基材表面凹凸の減少や、コストダウンにも繋がる点で好ましいが、本発明においては、前記指数の範囲内でステッチ加工性や基材表面状態などから適宜判断することが出来る。
【0048】
シンカーループ23側(+45°シート側)に形成された凹状溝部3は、下層(-45°シート側)のニードルループ22側のバイアス配向シート面まで抜けているので、シンカーループ23側の凹状溝部3の樹脂の流れを通して下層のバイアス配向シートへも同速度で樹脂含浸が行われる。
【0049】
図1で示すステッチ基材1は、上述の関係式において、n=1のケースであるが、ステッチ間隔wの大きさや、樹脂含浸速度の制御などによりn数を2、あるいは3と適宜選択することが出来、また、本発明においては基材の長さ方向に対して強化繊維が0°と90°でない角度が含まれ、通常、疑似等方性が要求される場合は先に説明した±45°方向に配列された基材が最も安定的で好ましいが、±30~±60°の範囲の配列角にしても同様の作用効果を得ることが出来る。
【0050】
<従来の多軸ステッチ基材>
図3は強化繊維を±45°配向した従来のステッチ基材7を示し、ニードルの突き刺しにより針孔5は、強化繊維2に沿って細長いギャップ6は本発明の実施形態と同様に形成されるが、図3における針孔5aによるギャップと針孔5bによるギャップは、強化繊維2に沿ったそれぞれの延長では距離a離れているために連続することなくそれぞれ単独で存在し、樹脂流路となる溝は形成されないし、各針孔5におけるニードルの突き刺しは、強化繊維2が分離されていない真新しい状態の箇所を常に突き刺すため、強化繊維が損傷を受け易く、毛羽を発生する懸念がある。また、ギャップ6周辺の強化繊維はギャップ形状に沿って屈曲しているために成形品での機械的特性に悪影響を及ぼす問題点がある。
【0051】
本実施形態の強化繊維2・11としては、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維などの高強度・高弾性率繊維を採用することができ、なかでも、引張強度が2.5GPa以上、引張弾性率が200GPa以上のポリアクリルニトリル系またはピッチ系の炭素繊維であれば僅かな繊維量で大きな補強効果を得ることから好ましい。
【0052】
また、炭素繊維において、単糸径が5μ以上、引張弾性率が200GPa以上であると単糸の状態で高い曲げ剛性を発揮するので、ニードルの突き刺しによる針孔の細長いギャップがより長くなって、次のニードルの突き刺し抵抗が低くなることから、強化繊維への損傷をより抑制する効果がある。
【0053】
また、本実施形態では、強化繊維2・11に用いる炭素繊維糸条の繊度を、400~1650texにして、バイアス配向シート1層の目付を75~400g/mにするのが好ましく、特に高目付品は樹脂含浸し難いことから、シート面に凹状溝部3を形成する本発明の技術は高い効果を発揮することが出来る。
【0054】
炭素繊維糸条の繊度や基材の目付は、目的とする成形品の性能やコストなどの要求特性により適宜決めるべきであるが、航空機部材などのように信頼性が要求される場合は外観だけでは判別が難しい樹脂の含浸性など高品質の基材が安定的に供給されねばならないことも加味する必要があり、本発明のステッチ基材に樹脂流路を設けているので確実な樹脂含浸が行え、信頼性の高い成形品を供給することが出来る。
【0055】
図1に示す本発明の±45°積層ステッチ基材1の樹脂注入成形法における樹脂含浸のメカニズムは、樹脂注入された樹脂は凹状溝部3に沿って流れながら凹状溝部3の横方向の強化繊維2と、凹状溝部3の下の-45°層の強化繊維11に含浸を拡げながら、全体に樹脂含浸が進行するものである。
【0056】
したがって、本発明の±45°積層ステッチ基材1は、凹状溝部3の樹脂の流れにより同時に上下のシートへ含浸するために針孔による厚み方向への流路が少なくても含浸速度への影響がないので、基材として形態安定が保たれる最少の針孔密度で良く、好ましい針孔密度としては35000~80000個/mである。針孔密度が80000個/mより大きくなると、基材がステッチ糸により厚み方向に強く締め付けられて固くなり、樹脂流路が潰されて樹脂含浸性が低下する問題があること、またニードルによる突き刺さし数が増えることから強化繊維の損傷を増える問題があり、より好ましくは35000~45000個/mである。
【0057】
本発明の製造方法は、複数本の強化繊維糸を互いに並行で等間隔に配列して、糸条間に隙間がない程度に拡げて、目付が75~400g/mの二枚の薄い強化繊維シートを作成し、次いで、それらの強化繊維シートを、配向角度が0°と90°でない±θ°のシートを少なくとも2枚含めて複数枚積層し、ステッチ基材のステッチ長sと、ステッチ間隔w、およびバイアス配向シートの強化繊維の配向角度θの関係が、以下の関係式を満足し、かつ、ステッチ糸の編み込み部の針孔の密度が35000~80000個/mの範囲で、繊度が30~110DTexのステッチ糸によりステッチし、一体化するものである。
C=w/(n・|tanθ|)
C-0.1/n<s<C+0.1/n
但し、C:臨界ステッチ長(mm)s:ステッチ長(mm)、w:ステッチ間隔(mm)、n:1,2,3いずれかである。
【0058】
上記関係式を満足するステッチ長s、およびステッチ間隔wでステッチ加工することにより、0°方向に列を成した針孔列のある一つの針孔と、隣の針孔列においてnコース分違えた針孔とを結ぶ斜めの線が、バイアス配向シートの強化繊維と平行となり、ニードルの突き刺しによりバイアス配向の強化繊維に沿って生じる細長いギャップの先端が次コースで突き刺す隣の針孔位置に及び、低い突き刺し抵抗でニードルの突き刺しが繰り返されるために、強化繊維の損傷を抑えることが出来る。
【0059】
また、強化繊維に沿ったギャップ同士が繋がり合うために、基材表面に複数の凹状溝部が形成され、その凹状溝部が樹脂注入成形法における樹脂流路となり、これまでバイアスステッチ基材で問題であった低い樹脂含浸速度が大幅に改善される。
【0060】
また、針孔密度を35000~80000個/mと少なくすることでニードルの突き刺しによる強化繊維の損傷を一層減少させることが出来、厚み方向への樹脂流路となる針孔密度を少なくしても、基材の面方向への樹脂流路となる溝部が形成されているので速い樹脂含浸速度が保たれる。
【0061】
また、本発明のステッチ基材の製造における強化繊維として、フィラメント数が6000~24000本、交絡度が45以下の炭素繊維糸を用いることが好ましく、非常に多いフィラメント数の炭素繊維糸条で、目付を75~400g/mの薄くて繊維密度の均一なシートを得るため糸束の拡幅作用が必須であり、同作用により開繊性が向上するのでニードルによる突き刺し抵抗が低下すると同時にニードルによる突き刺しによるギャップも長くなり易いので、ギャップの繋がりによる基材表面の凹状溝部の形成も容易となる。
【0062】
また、炭素繊維糸の交絡度が45以下の炭素繊維糸を用いることにより、炭素繊維糸自身に十分な開繊性を有することから上述と同様に繊維密度の均一なシートが得られ、ニードルによる突き刺しによるギャップも長くなり易いので、ギャップの繋がりによる基材表面の凹状溝部の形成も容易となる。
【0063】
一方、交絡度が45より大きい炭素繊維糸では、開繊性が悪くてフィラメント数の多い炭素繊維で目付を75~400g/mの薄いシートを作製する際に糸束間に隙間が出来、繊維密度の均一なシートが得られないばかりか、ニードルの突き刺し抵抗が高まり、またギャップ間の繋がりが難しいことから交絡度は45以下であることが好ましい。
【0064】
なお、交絡度はJIS L 1013(2010)「化学繊維フィラメント糸試験方法」の交絡度測定方法に準じて測定した。強化繊維束の一端を垂下装置の上部つかみ部に取り付け、つかみ部より1m下方の繊維束の位置に荷重(100g)を吊り下げ、該試料を垂直に垂らす。該試料の上部つかみ部より1cm下部の点に該繊維束を2分割するように錘のついた直径1mmのフックを挿入し、約2cm/秒の速度でフックを降下させる。フックが糸の絡みにより停止した点までのフックの降下距離L[mm]を測定し、次式により交絡度を求めた。なお、上述の操作を50回(1回/m×50)繰り返し、その平均値で表す。
交絡度=1000/L L:フックの降下距離[mm]。
【0065】
以上、図1に示す±θ°の角度を±45°の積層として説明してきたが、本発明においては同積層に限定されず、例えば0°/+45°/90°/-45°や、0°/+45/―45°/90°、0°/+45/―45°の3層積層など、配向角度が0°と90°以外であるバイアス配向の+θ°と-θ°の少なくとも2枚のシートを含んで積層されたステッチ基材1を含むものである。
【実施例
【0066】
ステッチ基材としては、引張強度が4900MPa、引張弾性率が235GPa、繊度が800tex(フィラメント数が12000本)、交絡度が14の炭素繊維糸条を強化繊維として用い、1層あたりの目付が150g/mとなるよう互いに並行に配列したシートを、ステッチ糸の編み込み進行方向に対して±45°に積層した。
【0067】
そして、多軸編機でポリエステル繊維33dtex、フィラメント数が36本(曲げ剛性/目付の指数17×10-10)を用い、鎖編組織でステッチ間隔w=5.08mm、n=1、θ=45°として本発明の関係式から求めたステッチ長sが5.08mmとなる製造条件でステッチを行った。針孔密度は38750個/mであった。
【0068】
得られたステッチ基材は、図5の写真で示すように、曲げ剛性/目付の指数が17×10-10と比較的低い値であってもシンカーループ面においてステッチ糸の編み込み部の針孔によるギャップが強化繊維に沿って連続的に繋がり、凹状溝部が複数本形成されていることが確認出来た。また、炭素繊維の損傷による毛羽のない外観であった。
【0069】
樹脂含浸性を調査するために、得られた本発明のステッチ基材を幅290mm×長さ350mmのサイズにカットし、基材1枚を成形型上に置いてさらにその上から厚み0.1mm×幅280mm×長さ340mmの透明なカウルプレートを被せ、これらの周囲をバッグフィルムで覆いシーラントテープでシールしたバッグ内部を真空吸引してVaRTM法により樹脂含浸を行った。樹脂粘度が190mPa・sのエポキシ樹脂を用いて本発明のステッチ基材の端部から樹脂注入を行い、基材の長手方向に樹脂を含浸させ、含浸を開始してからの時間と含浸距離(樹脂注入口から樹脂流動の先端部までの距離)を測定した。これらの結果を縦軸に含浸距離、横軸に時間をとってプロットしたグラフを図4に示す。含浸開始から46分後に350mm到達し基材全体に樹脂が含浸したことを確認した。
【0070】
<比較例1>
比較例として、実施例1の条件で、ステッチ長のみを本発明の関係式に当てはまらない2.80mmにしてステッチした基材は図6の写真に示す通りで、ステッチ糸の編み込み部の針孔によるギャップは単独で存在し、その周りの強化繊維は屈曲していた。得られたステッチ基材を実施例と同一条件で樹脂含浸した結果、図4に示すように350mm到達までの含浸時間は164分かかり、実施例に比べ約3.7倍の時間を要する結果であった。
【0071】
上述の実施例と比較例から分かるように、本発明の提案技術では従来技術に比べて樹脂含浸速度が明らかに速く、成形時間の短縮により、高い生産性が得られ、大幅な製造コストダウンが見込める技術であり、これまで炭素繊維複合材料の展開において製造コストがネックとなっていた用途への展開が期待できる。
【符号の説明】
【0072】
1:ステッチ基材
2:強化繊維
3:凹状溝部
4:ステッチ糸
5、5a、5b:針孔
6:ギャップ
7:従来の多軸ステッチ基材
11:強化繊維
12:凹状溝部
22:ニードルループ
23:シンカーループ
図1
図2
図3
図4
図5
図6