(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】組織再生能が高い軟骨細胞培養物
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20241030BHJP
A61K 35/32 20150101ALI20241030BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20241030BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20241030BHJP
C12N 5/074 20100101ALN20241030BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20241030BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20241030BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C12N5/077 ZNA
A61K35/32
A61L27/38 112
A61L27/38 300
A61P19/02
C12N5/074
C12N5/0775
C12N15/11 Z
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2021513690
(86)(22)【出願日】2020-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2020015896
(87)【国際公開番号】W WO2020209316
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2023-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2019073783
(32)【優先日】2019-04-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】512083551
【氏名又は名称】有限会社ジーエヌコーポレーション
(73)【特許権者】
【識別番号】518332181
【氏名又は名称】株式会社JBM
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 正二郎
(72)【発明者】
【氏名】アブラハム サミュエル ジェイケー
(72)【発明者】
【氏名】窪田 倭
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-508596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/077
A61K 35/32
A61L 27/38
A61P 19/02
C12N 5/074
C12N 5/0775
C12N 15/11
C12N 15/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SOX9、COL2A1、miR140およびmiR21-5pから選択される1以上の遺伝子の発現能が高められた軟骨細胞培養物を製造する方法であって、
軟骨組織から分離された細胞集団を、熱可逆性ポリマー
を含む培地で培養するステップを含み、
熱可逆性ポリマーが、曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合してなるものであり、
曇点を有するブロックが、ポリプロピレンオキサイド、プロピレンオキサイドと他のアルキレンオキサイドとの共重合体、ポリN-置換アクリルアミド誘導体、ポリN-置換メタアクリルアミド誘導体、N-置換アクリルアミド誘導体とN-置換メタアクリルアミド誘導体との共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコ一ル部分酢化物からなる群より選ばれ、
親水性のブロックが、メチルセルロース、デキストラン、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリN-ビニルピロリドン、ポリビニルピリジン、ポリアクリルアミド、ポリメタアクリルアミド、ポリN-メチルアクリルアミド、ポリヒドロキシメチルアクリレー卜、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸およびそれらの塩、ポリN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレー卜、ポリN,N-ジエチルアミノエチルメタクリレート、ポリN,N-ジメチルアミノプロピルアクリルアミドおよびそれらの塩からなる群から選択され、
熱可逆性ポリマーの分子量は、3万以上3,000万以下であり、
培地における熱可逆性ポリマーの濃度が、10%~20%であり、
製造された軟骨細胞培養物が、前記熱可逆性ポリマー
を含む培地で培養するステップを含まない方法により培養された軟骨細胞培養物と比べて、SOX9、COL2A1、miR140およびmiR21-5pから選択される1以上の遺伝子の発現能が高められている、
前記方法。
【請求項2】
製造された軟骨細胞培養物が、熱可逆性ポリマー
を含む培地で培養するステップを含まない方法により培養された軟骨細胞培養物と比べて、miRNAが軟骨細胞培養物中に保持されている、
製造された軟骨細胞培養物が、熱可逆性ポリマー
を含む培地で培養するステップを含まない方法により培養された軟骨細胞培養物と比べて、軟骨細胞培養物中の幹細胞の含有量が維持または増殖されている、および/または
製造された軟骨細胞培養物が、熱可逆性ポリマー
を含む培地で培養するステップを含まない方法により培養された軟骨細胞培養物と比べて、軟骨細胞培養物中のヒアルロン酸の分泌能が増大されている、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
miRNAが、miR140である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
幹細胞が、
(i)多能性幹細胞、または
(ii)分化誘導状態に置かれた場合に、別種の細胞に変化することができる能力を有する軟骨前駆細胞または間葉系幹細胞
である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
幹細胞の含有量が、軟骨細胞培養物中の1-2フコースまたはα2-6シアル酸の含有量を測定することにより定量される、請求項2~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
軟骨組織が、50歳以上の変形性関節症の対象に由来する、請求項1~5に記載の方法。
【請求項7】
熱可逆性ポリマー
を含む培地が、血清以外の成長因子が添加されていな
い、請求項1~6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7に記載の方法によって製造された、SOX9、COL2A1、miR140およびmiR21-5pから選択される1以上の遺伝子の発現能が高められた軟骨細胞培養物。
【請求項9】
請求項8に記載の軟骨細胞培養物を含む、医薬組成物。
【請求項10】
変形性関節症の治療に用いられるための、請求項9に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨細胞培養物を製造する方法、当該方法によって製造された軟骨細胞培養物、軟骨細胞培養物を使用した治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
変形性関節症は、関節組織の進行性の軟骨損傷を特徴とし、加齢、関節損傷、肥満を含む様々な因子により引き起こされ、特に高齢者における関節能力の喪失や硬化の原因となる。
【0003】
関節軟骨組織は、骨端の関節面に存在する薄い硝子軟骨からなる。硝子軟骨は、ヒアルロン酸-アグリカンネットワークおよびII型コラーゲン線維等との相互作用により高次構造を形成した軟骨細胞外マトリックス(ECM)により軟骨細胞の細胞間隙が充填された組織構造を持つ。OAにおける軟骨組織の損傷過程には、かかるECMの分解が大きく関与する。
【0004】
軟骨組織が損傷するとECM中のII型コラーゲン線維が破壊され、これによりヒアルロン酸やアグリカンの遊出を引き起こす。遊出したヒアルロン酸やアグリカンは、軟骨細胞のアポトーシスや、炎症性サイトカインであるインターロイキン-1の産生を引き起こし、これによりMMP、ADAMTSおよびHYBIDといったECM分解酵素の産生および分泌が促され、さらに軟骨組織中のECMの分解が加速する。
【0005】
このようにECMが分解された軟骨組織の弾性は、著しく低下し脆くなるため軽い負荷でも容易に損傷するという悪循環をきたす。また関節組織は、通常の組織と異なり、血液供給がなく拡散によって軟骨組織内外と物質交換をしており、細胞の流入もないことから、変形性関節症のように組織の恒常性が一旦破壊されると、その変性状態が維持されるため修復困難となる(非特許文献1、2)。
【0006】
このような変形性関節症の治療として、関節軟骨の非荷重部から採取された健全な軟骨組織に由来する軟骨細胞を利用した自家培養軟骨細胞移植(Autologous Chondrocyte Implantation;ACI)や、マトリックス誘導性自家培養軟骨細胞移植(Matrix-Induced Autologous Chondrocyte Implantation;MACI)が行なわれてきた。かかる移植は、外傷性膝軟骨損傷のように移植部位の周囲に健全な軟骨組織が存在していれば有効であるが、変形性関節症のように軟骨組織の恒常性が破壊された変性部位に施しても、一時的な改善は見られるものの、すぐに移植片中の軟骨細胞がアポトーシスによって死滅したり、繊維軟骨が形成され、十分な治療効果は得られていない(非特許文献3)。
このように変形性関節症の治療において、軟骨組織の変性状態を正常化し、長期間修復、維持可能な治療が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Chen et al.,Bone Res. 2017 Jan 17;5:16044. doi: 10.1038/boneres.2016.44. eCollection 2017.
【文献】Zhang et al., Bone Research volume4, Article number: 15040,2016
【文献】Niemeyera.et al. The Knee, Volume 23, Issue 3, June 2016, Pages 426-435
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
組織再生能が高い軟骨細胞培養物を製造する方法、当該方法によって製造された軟骨細胞培養物、軟骨細胞培養物を使用した治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明に下記に掲げるものに関する:
[1] 組織再生能が高い軟骨細胞培養物を製造する方法であって、軟骨組織から分離された細胞集団を熱可逆性ポリマーで培養するステップを含む、前記方法。
[2] 組織再生能が、軟骨細胞培養物のSOX9、COL2A1、miR140およびmiR21から選択される1以上の遺伝子の発現能、miRNAの保持能力、幹細胞の含有量、またはヒアルロン酸の分泌能である、[1]に記載の方法。
[3] miRNAが、miR140である、[2]に記載の方法。
[4] 幹細胞が、多能性幹細胞または分化ポテンシャルが高い体性幹細胞である、[2]または[3]に記載の方法。
[5] 幹細胞の含有量が、軟骨細胞培養物中の1-2フコースまたはα2-6シアル酸の含有量である、[2]~[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6] 軟骨組織が、50歳以上の変形性関節症の対象に由来する、[1]~[5]に記載の方法。
[7] 熱可逆性ポリマーが、血清以外の成長因子が添加されていない熱可逆性ポリマーである、[1]~[6]に記載の方法。
[8] [1]~[7]に記載の方法によって製造された軟骨細胞培養物。
[9] [8]に記載の軟骨細胞培養物の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、対象における疾患を治療する方法。
[10] 疾患が、変形性関節症である[9]に記載の治療方法。
【0010】
[1] 損傷した軟骨組織を修復するためのTGP含有組成物。
[2] 損傷した軟骨組織が、変形性関節症により損傷した軟骨組織である、[1]に記載の組成物。
[3] 修復が、損傷した軟骨組織の変性状態の正常化である、[1]または[2]に記載の組成物。
[4] 修復が、軟骨細胞の増殖、ヒアルロン産の分泌促進または保持、miR140の分泌促進、CD44陽性細胞の増加、および、間葉系幹細胞(MSCs)の増殖からなる群から選択される1以上の指標により表わされる、[1]~[3]のいずれか一項に記載の組成物。
[5] 修復が、in vitroまたはin vivoで行なわれる、[1]~[4]のいずれか一項に記載の組成物。
[6] 軟骨細胞、軟骨前駆細胞またはMSCs、軟骨細胞培養物および軟骨組織からなる群から選択される1以上の組織または細胞を含む、[1]~[5]のいずれか一項に記載の組成物。
[7] 軟骨細胞または軟骨組織が、自家細胞または自家組織である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の組成物。
[8] 高齢者の軟骨組織に由来する細胞をTGP含有組成物中で培養するステップを含む、軟骨細胞培養物および培養分泌物の製造方法。
[9]
軟骨組織が、変形性膝軟骨関節症により損傷した軟骨組織である、[8]に記載の方法。
[10] さらに軟骨細胞培養物と培養分泌物とを分離するステップを含む、[8]または[9]に記載の方法。
【0011】
[11] 未分化細胞を増殖または維持させる方法であって、
軟骨組織から得られた細胞を含む細胞をTGP含有組成物で培養するステップを含む、前記方法。
[12] 未分化細胞が、軟骨細胞培養物中で増殖または維持される、[11]に記載の方法。
[13] さらに未分化細胞を添加するステップを含む、[11]または[12]に記載の方法。
[14] 未分化細胞がMSCである、[11]~[13]のいずれか一項に記載の方法。
[15] 軟骨組織が、変形性関節症により損傷した軟骨組織である、[11]~[14]のいずれか一項に記載の方法。
【0012】
[16] [11]~[15]のいずれか一項に記載の方法により製造された未分化細胞。
[17] 細胞から分泌された高分子成分の分解を防ぐためのTGP含有組成物。
[18] 細胞から分泌された高分子成分の製造方法であって、細胞をTGP含有組成物中で培養するステップを含む、前記方法。
[19] 細胞から分泌された高分子成分がヒアルロン酸である、[17]または[18]に記載の組成物または方法。
[20] 細胞が、ヒト細胞であり、ヒト細胞が、ヒト平滑筋細胞、ヒト軟骨細胞、ヒト繊維芽細胞、ヒト脂肪細胞、ヒト滑膜細胞からなる群から選択される1以上の細胞である、[17]~[19]のいずれか一項に記載の組成物または方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、ECMに富むため生着性が高く、健全な軟骨の機能および組織構造を有するだけでなく、炎症、ECMの分解等を特徴とする軟骨組織の変性状態を正常化することが出来る。さらに、軟骨細胞培養物には軟骨再生に寄与する幹細胞が多く含まれている。したがって、変形性関節症のような変性状態の軟骨組織を長期わたって修復、維持する効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、平面培養(比較例1)およびTGP培養(実施例1)により得られたサンプルの組織像を示す。
【
図2】
図2は、平面培養(比較例1)およびTGP培養(実施例1)により得られたサンプルのCD44の免疫染色像を示す。
【
図3】
図3は、TGP培養サンプルの細胞膜上に存在するSNAに反応するα2-6シアル酸量の変化を示す。
【
図4】
図4は、TGP培養サンプルの細胞膜上に存在するSSAに反応するα2-6シアル酸量の変化を示す。
【
図5】
図5は、TGP培養サンプルの細胞膜上に存在するTJA-1に反応するα2-6シアル酸量の変化を示す。
【
図6】
図6は、TGP培養サンプルの細胞膜上に存在するUEA-1に反応するα1-3フコース量の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする
【0016】
本発明は、組織再生能が高い軟骨細胞培養物を製造する方法であって、軟骨組織から分離された細胞集団を熱可逆性ポリマーで培養するステップを含む。本開示における「軟骨組織」は、軟骨由来の組織を指す。軟骨は、限定されずに関節軟骨、骨端板、肋軟骨、気管軟骨、喉頭軟骨、仙腸関節、顎関節、胸鎖関節、椎間円板、恥骨結合、関節半月、関節円板、外耳道、耳管、耳介軟骨及び喉頭蓋軟骨等を含む。軟骨組織は、任意の生物に由来し得る。ヒトの損傷した軟骨へ骨組織培養物を移植した際に拒絶反応が少ないことからヒトの軟骨組織が好ましい。自家組織であっても他家組織であってもよいが、対象に適用した際に拒絶反応が少ないことから自家組織が好ましい。
【0017】
本発明に使用する軟骨組織は、軟骨組織が由来する対象の状態に関わらず、健全な軟骨組織と同様の組織構造を持つ軟骨細胞培養物を形成できる。したがって、いかなる状態の対象に由来する軟骨組織であってもよく、例えば、変形性関節症を有する対象から採取した関節軟骨であってもよい。かかる関節軟骨の採取部位は、体重の荷重部または非荷重部であってもよく、変形性関節症によって損傷した荷重部から採取した軟骨組織であってもよい。
【0018】
本発明によって製造される軟骨細胞培養物は、長期培養しても石灰化などの異常が生じないため、例えばグレード1の対象から採取し、グレード3以降に進行するまでの間培養し、製造された軟骨細胞培養物を対象へ移植することも可能である。したがって、採取する対象のOAグレードは、1~4のいずれでもよい。
【0019】
軟骨組織を採取する対象の年齢は、特に限定されない。本発明によって製造される軟骨細胞培養物は再生能が高いため、例えば0~39歳、40歳以上であっても、50歳以上、60歳以上、70歳以上、80歳以上、90歳以上の対象に由来する軟骨組織であってもよい。
軟骨組織の採取方法は、当該技術分野において生体組織を採取する際に用いられる通常の方法であってよく、限定されずに、メス、ピンセット、バイオプシーパンチなどを用いて軟骨から採取することができる。
【0020】
本発明の方法における「軟骨組織から分離された細胞集団」は、軟骨組織の分離処理(例えば酵素処理、細切処理)によって得られた同一または異なる種類の細胞から構成される細胞集団を意味する。当該細胞集団は、軟骨組織に含まれている細胞集団であれば限定されずに、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、間葉系幹細胞(MSCs)および多能性幹細胞などを含む。
【0021】
軟骨組織の分離処理としては、当該技術分野で生体組織の分離処理として通常に用いられている方法、例えば酵素的方法または物理的方法を用いることができる。酵素的方法としては、これに限定されないが、1種または2種以上の酵素を使用して軟骨組織を構成する細胞が生存可能な温度(例えば37℃)でインキュベートすることである。酵素的な方法による分離処理は、軟骨組織から細胞を分離する際に当該技術分野において通常に用いられる酵素をそれに応じた温度、濃度および時間の処理条件で使用できる。
【0022】
酵素としては、軟骨組織が分離できれば限定されずに、ディスパーゼIまたはII、コラゲナーゼIまたはII、メタロプロテアーゼ、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、ペプシン、アミノペプチダーゼ、リパーゼ、アミラーゼなどを用いることができる。軟骨組織を短時間に、かつ低侵襲で分解し得る観点から、好ましくは、酵素として、ディスパーゼIまたはII、コラゲナーゼ、メタロプロテアーゼ、アクターゼまたはトリプシンのいずれかを単独で使用しても、2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0023】
トリプシンを使用する場合、限定されずに、トリプシン-EDTAの形態で0.05%~2.5%、0.1%~1%、0.15%~0.3%であってよく、低侵襲で分離できる観点から0.2~0.25%が好ましい。トリプシン-EDTAによる分離処理時間は、限定されず、1分~2時間、3分~1時間、10分~40分であってよく、幹細胞を損傷しない観点から、好ましくは30分である。
コラゲナーゼIIを使用する場合、限定されずに、0.1~30mg/ml、0.5~10mg/ml、0.75~5mg/mlが好ましく、低侵襲で分離できる観点から0.8~2mg/mlが特に好ましい。分離処理時間は、生細胞が死滅しない限りは限定されず、例えば1~24時間、3~20時間、7~18時間、10~16時間であってよく、幹細胞を低侵襲で分離する観点から12~16時間が好ましい。
【0024】
トリプシンとコラゲナーゼIIを組み合わせて使用する場合、限定されず、各濃度および処理時間を任意に組み合わせることができる。軟骨細胞の形質を維持しながら、幹細胞を低侵襲で分離する観点からトリプシン-EDTA(0.25%溶液)で37℃、30分間の処理およびコラゲナーゼII液(1mg/ml)にて37C°で12~16時間の組み合わせが好ましい。
【0025】
物理的方法としては、これに限定されないが、メス、超音波、ホモジナイザーあるいは濾し器等を使用して軟骨組織を細切または破砕する方法が挙げられる。物理的方法は上で詳述した酵素的方法と任意に組み合わせることができる。
分離された細胞は、フィルター、セルストレーナなど公知の任意の方法を使って、分離処理によって分離された細胞と、分離しきらない組織片またはマトリクス等とを分別してもよい。分別することにより、サイズまたは機能が統一された細胞集団が得られる。
【0026】
本発明の方法における、熱可逆性ポリマーは、(Thermoreversible Gelation Polymer:本明細書において「TGP」ともいう)とは、架橋構造ないし網目構造を熱可逆的に生成し、該構造に基づき、その内部に水等の分離液体を保持するハイドロゲルを熱可逆的に形成可能な性質を有する高分子をいう。またハイドロゲルとは高分子からなる架橋ないし網目構造と該構造中に支持ないし保持された水を含むゲルをいう。本発明において、熱可逆性ポリマーは、熱可逆性ポリマー特有の架橋構造ないし網目構造によって、生体中の軟骨組織と類似した環境が形成されるため、熱可逆性ポリマーであればいかなるポリマーであっても、本発明の方法に用いることができる。
【0027】
(ゾル-ゲル転移温度)
本発明において「ゾル状態」、「ゲル状態」および「ゾル-ゲル転移温度の定義および測定は、文献(H. Yoshioka ら、Journal of Macromolecular Science, A31(1), 113 (19 94))に記載された定義および方法に基づく。即ち、観測周波数1Hzにおける試料の動的弾性率を低温側から高温側へ徐々に温度を変化(1℃/1分)させて測定し、該試料の貯蔵弾性率(G’、弾性項)が損失弾性率(G”、粘性項)を上回る点の温度をゾル-ゲル転移温度とする。一般に、G”>G’の状態がゾルであり、G”<G’の状態がゲルであると定義される。このゾル-ゲル転移温度の測定に際しては、下記の測定条件が好適に使用可能である。
【0028】
<動的・損失弾性率の測定条件>
測定機器(商品名):ストレス制御式レオメーター AR500、TAインスツルメント社製
試料溶液(ないし分離液)の濃度(ただし「ゾル-ゲル転移温度を有するハイドロゲル形成性高分子」の濃度として):10(重量)%
試料溶液の量:約0.8g
測定用セルの形状・寸法:アクリル製平行円盤(直径4.0cm)、ギャップ600μm
測定周波数:1Hz
適用ストレス:線形領域内
【0029】
本発明においては、上記ゾル-ゲル転移温度は0℃より高く、37℃以下であることが好ましく、更には、5℃より高く35℃以下(特に10℃以上33℃以下である)ことが好ましい。このような好適なゾル-ゲル転移温度を有するTGPは、後述するような具体的な化合物の中から、上記したスクリーニング方法(ゾル-ゲル転移温度測定法)に従って容易に選択することができる。
【0030】
上述したような熱可逆的なゾル-ゲル転移を示す(すなわち、ゾル-ゲル転移温度を有する)限り、本発明のTGPは特に制限されない。その水溶液がゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度より低い温度で可逆的にゾル状態を示す高分子の具体例としては、例えば、ポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体;メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のエーテル化セルロース;キトサン誘導体(K.R.Holme.et al. Macromolecules,24,3828(1991))等が知られている。
【0031】
(好適なハイドロゲル形成性高分子)
本発明のTGPとして好適に使用可能な、架橋形成に疎水結合を利用したハイドロゲル形成性高分子は、TGPと媒体が分離せずに細胞集団の周囲を安定的に維持できる観点から、曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合してなることが好ましい。
該親水性のブロックは、ゾル-ゲル転移温度より低い温度で該ハイドロゲルが水溶性になるために存在することが好ましく、また曇点を有する複数のブロックは、ハイドロゲルがゾル-ゲル転移温度より高い温度でゲル状態に変化するために存在することが好ましい。
【0032】
換言すれば、曇点を有するブロックは該曇点より低い温度では水に溶解し、該曇点より高い温度では水に不溶性に変化するために、曇点より高い温度で、該ブロックはゲルを形成するための疎水結合からなる架橋点としての役割を果たす。すなわち、疎水性結合に由来する曇点が、上記ハイドロゲルのゾル-ゲル転移温度に対応する。
ただし、該曇点とゾル-ゲル転移温度とは必ずしも一致しなくてもよい。これは、上記した「曇点を有するブロック」の曇点は、一般に、該ブロックと親水性ブロックとの結合によって影響を受けるためである。
【0033】
本発明に用いるハイドロゲルは、疎水性結合が温度の上昇と共に強くなるのみならず、その変化が温度に対して可逆的であるという性質を利用したものである。1分子内に複数個の架橋点が形成され、安定性に優れたゲルが形成され、可逆的な温度変化に対して軟骨細胞培養物が安定に増殖し得る点からは、TGPが「曇点を有するブロック」を複数個有することが好ましい。
一方、上記TGP中の親水性ブロックは、前述したように、該TGPがゾル-ゲル転移温度よりも低い温度で水溶性に変化させる機能を有し、上記転移温度より高い温度で疎水性結合力が増大しすぎて上記ハイドロゲルが凝集沈澱してしまうことを防止しつつ、含水ゲルの状態を形成させる機能を有する。
【0034】
さらに本発明に用いるTGPは、本発明の軟骨細胞培養物を細胞治療で使用する観点から生体内で分解、吸収されるものであることが望ましい。すなわち、本発明のTGPが生体内で加水分解反応や酵素反応により分解されて、生体に無害な低分子量体となって吸収、排泄されることが好ましい。
本発明のTGPが曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合してなるものである場合には、曇点を有するブロックと親水性のブロックの少なくともいずれか、好ましくは両方が生体内で分解、吸収されるものであることが好ましい。
【0035】
(曇点を有する複数のブロック)
曇点を有するブロックとしては、水に対する溶解度-温度係数が負を示す高分子のブロックであることが好ましく、より具体的には、ポリプロピレンオキサイド、プロピレンオキサイドと他のアルキレンオキサイドとの共重合体、ポリN-置換アクリルアミド誘導体、ポリN-置換メタアクリルアミド誘導体、N-置換アクリルアミド誘導体とN-置換メタアクリルアミド誘導体との共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物からなる群より選ばれる高分子が好ましく使用可能である。本発明の細胞集団または軟骨細胞培養物を安定して培養できる観点から、ポリN-置換アクリルアミド誘導体が好ましい。
【0036】
曇点を有するブロックを生体内で分解、吸収されるものとするには、曇点を有するブロックを疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸から成るポリペプチドとすることが有効である。あるいはポリ乳酸やポリグリコール酸などのポリエステル型生分解性ポリマーを生体内で分解、吸収される曇点を有するブロックとして利用することもできる。
【0037】
上記の高分子(曇点を有するブロック)の曇点が4℃より高く40℃以下であることが、本発明に用いる高分子(曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合した化合物)のゾル-ゲル転移温度を0℃より高く37℃以下とする点から好ましい。
ここで曇点の測定は、例えば、上記の高分子(曇点を有するブロック)の約1質量%の水溶液を冷却して透明な均一溶液とした後、除々に昇温(昇温速度約1℃/min)して、該溶液がはじめて白濁する点を曇点とすることによって行うことが可能である。
【0038】
本発明に使用可能なポリN-置換アクリルアミド誘導体、ポリN-置換メタアクリルアミド誘導体の具体的な例を以下に列挙する。ポリ-N-アクロイルピペリジン;ポリ-N-n-プロピルメタアクリルアミド;ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド;ポリ-N,N-ジエチルアクリルアミド;ポリ-N-イソプロピルメタアクリルアミド;ポリ-N-シクロプロピルアクリルアミド;ポリ-N-アクリロイルピロリジン;ポリ-N,N-エチルメチルアクリルアミド;ポリ-N-シクロプロピルメタアクリルアミド;ポリ-N-エチルアクリルアミド。本発明の細胞集団または軟骨細胞培養物を安定的に培養できる観点からポリ-N-イソプロピルアクリルアミドが好ましい。
【0039】
上記の高分子は単独重合体(ホモポリマー)であっても、上記重合体を構成する単量体と他の単量体との共重合体であってもよい。このような共重合体を構成する他の単量体としては、親水性単量体、疎水性単量体のいずれも用いることができる。一般的には、親水性単量体と共重合すると生成物の曇点は上昇し、疎水性単量体と共重合すると生成物の曇点は下降する。したがって、これらの共重合すべき単量体を選択することによっても、所望の曇点(例えば4℃より高く40℃以下の曇点)を有する高分子を得ることができる。
【0040】
(親水性単量体)
上記親水性単量体としては、N-ビニルピロリドン、ビニルピリジン、アクリルアミド、メタアクリルアミド、N-メチルアクリルアミド、ヒドロキシエチルメタアクリレート、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシメチルメタアクリレート、ヒドロキシメチルアクリレート、酸性基を有するアクリル酸、メタアクリル酸およびそれらの塩、ビニルスルホン酸、スチレンスルホン酸等、並びに塩基性基を有するN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジエチルアミノエチルメタクリート、N,N-ジメチルアミノプロピルアクリルアミドおよびそれらの塩等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0041】
(疎水性単量体)
一方、上記疎水性単量体としては、エチルアクリレート、メチルメタクリレート、グリシジルメタクリレート等のアクリレート誘導体およびメタクリレート誘導体、N-n-ブチルメタアクリルアミド等のN-置換アルキルメタアクリルアミド誘導体、塩化ビニル、アクリロニトリル、スチレン、酢酸ビニル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
(親水性のブロック)
一方、上記した曇点を有するブロックと結合すべき親水性のブロックとしては、具体的には、メチルセルロース、デキストラン、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリN-ビニルピロリドン、ポリビニルピリジン、ポリアクリルアミド、ポリメタアクリルアミド、ポリN-メチルアクリルアミド、ポリヒドロキシメチルアクリレート、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸およびそれらの塩;ポリN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート、ポリN,N-ジエチルアミノエチルメタクリレート、ポリN,N-ジメチルアミノプロピルアクリルアミドおよびそれらの塩等が挙げられる。本発明の一態様において、熱可逆性ゲルの曇点を有する複数のブロックとしてポリ-N-イソプロピルアクリルアミドを用いる場合、軟骨組織の生体内環境と類似の環境が形成されることで細胞集団の増殖能が高くなることから、該アクリルアミドに結合する親水性のブロックとしてポリエチレンオキサイドが好ましい。
【0043】
また親水性のブロックは生体内で分解、代謝、排泄されることが望ましく、アルブミン、ゼラチンなどのたんぱく質、ヒアルロン酸、ヘパリン、キチン、キトサンなどの多糖類などの親水性生体高分子が好ましく用いられる。
【0044】
曇点を有するブロックと上記の親水性のブロックとを結合する方法は特に制限されないが、例えば、上記いずれかのブロック中に重合性官能基(例えばアクリロイル基)を導入し、他方のブロックを与える単量体を共重合させることによって行うことができる。また、曇点を有するブロックと上記の親水性のブロックとの結合物は、曇点を有するブロックを与える単量体と、親水性のブロックを与える単量体とのブロック共重合によって得ることも可能である。また、曇点を有するブロックと親水性のブロックとの結合は、予め両者に反応活性な官能基(例えば水酸基、アミノ基、カルボキシル基、イソシアネート基等)を導入し、両者を化学反応により結合させることによって行うこともできる。
【0045】
この際、親水性のブロック中には通常、反応活性な官能基を複数導入する。また、曇点を有するポリプロピレンオキサイドと親水性のブロックとの結合は、例えば、アニオン重合またはカチオン重合で、プロピレンオキサイドと「他の親水性ブロック」を構成するモノマー(例えばエチレンオキサイド)とを繰り返し逐次重合させることで、ポリプロピレンオキサイドと「親水性ブロック」(例えばポリエチレンオキサイド)が結合したブロック共重合体を得ることができる。
【0046】
このようなブロック共重合体は、ポリプロピレンオキサイドの末端に重合性基(例えばアクリロイル基)を導入後、親水性のブロックを構成するモノマーを共重合させることによっても得ることができる。更には、親水性のブロック中に、ポリプロピレンオキサイド末端の官能基(例えば水酸基)と結合反応し得る官能基を導入し、両者を反応させることによっても、本発明に用いる高分子を得ることができる。また、ポリプロピレングリコールの両端にポリエチレングリコールが結合した、プルロニック(登録商標)F-127(商品名、旭電化工業(株)製)等の材料を連結させることによっても、本発明に用いるTGPを得ることができる。
【0047】
この曇点を有するブロックを含む態様における本発明の高分子は、曇点より低い温度においては、分子内に存在する上記「曇点を有するブロック」が親水性のブロックとともに水溶性であるので、完全に水に溶解し、ゾル状態を示す。しかし、この高分子の水溶液の温度を上記曇点より高い温度に加温すると、分子内に存在する「曇点を有するブロック」が疎水性となり、疎水的相互作用によって、別個の分子間で会合する。
【0048】
一方、親水性のブロックは、この時(曇点より高い温度に加温された際)でも水溶性であるので、本発明の高分子は水中において、曇点を有するブロック間の疎水性会合部を架橋点とした三次元網目構造を持つハイドロゲルを生成する。このハイドロゲルの温度を再び、分子内に存在する「曇点を有するブロック」の曇点より低い温度に冷却すると、該曇点を有するブロックが水溶性となり、疎水性会合による架橋点が解放され、ハイドロゲル構造が消失して、本発明のTGPは、再び完全な水溶液となる。
【0049】
このように、好適な態様における本発明の高分子のゾル-ゲル転移は、分子内に存在する曇点を有するブロックの該曇点における可逆的な親水性、疎水性の変化に基づくものであるので、温度変化に対応して、完全な可逆性を有する。本発明者らの検討によれば、上記したTGPの水中における微妙な親水性-疎水性のバランスが、細胞を水中で低温保存する際の細胞の安定性に寄与しているものと考えられる。
【0050】
(ゲルの溶解性)
上述したように水溶液中でゾル-ゲル転移温度を有する高分子を少なくとも含む本発明のハイドロゲル形成性の高分子は、該ゾル-ゲル転移温度より高い温度(d℃)で実質的に水不溶性を示し、ゾル-ゲル転移温度より低い温度(e℃)で可逆的に水可溶性を示す。
【0051】
上記した高い温度(d℃)は、ゾル-ゲル転移温度より1℃以上高い温度であることが好ましく、2℃以上(特に5℃以上)高い温度であることが更に好ましい。また、上記「実質的に水不溶性」とは、上記温度(d℃)において、水100ml(リットル)に溶解する上記高分子の量が、5.0g以下(更には0.5g以下、特に0.1g以下)であることが好ましい。
【0052】
一方、上記した低い温度(e℃)は、ゾル-ゲル転移温度より(絶対値で)1℃以上低い温度であることが好ましく、2℃以上(特に5℃以上)低い温度であることが更に好ましい。また、上記「水可溶性」とは、上記温度(e℃)において、水100ml(リットル)に溶解する上記高分子の量が、0.5g以上(更には1.0g以上)であることが好ましい。更に「可逆的に水可溶性を示す」とは、上記TGPの水溶液が、一旦(ゾル-ゲル転移温度より高い温度において)ゲル化された後においても、ゾル-ゲル転移温度より低い温度においては、上記した水可溶性を示すことをいう。
【0053】
上記高分子は、その10%水溶液が5℃で、10~3,000センチポイズ(更には50~1,000センチポイズ)の粘度を示すことが好ましい。このような粘度は、例えば以下のような測定条件下で測定することが好ましい。
粘度計:ストレス制御式レオメーター(機種名:AR500、TAインスツルメンツ社製)
ローター直径:60mm
ローター形状:平行平板
【0054】
本発明のTGPの水溶液は、上記ゾル-ゲル転移温度より高い温度でゲル化させた後、多量の水中に浸漬しても、該ゲルは実質的に溶解しない。上記TGPが形成するハイドロゲルの上記特性は、例えば、以下のようにして確認することが可能である。
すなわち、TGP0.15gを、上記ゾル-ゲル転移温度より低い温度(例えば氷冷下)で、蒸留水1.35gに溶解して10wt%の水溶液を作製し、該水溶液を径が35mmのプラスチックシャーレ中に注入し、37℃に加温することによって、厚さ約1.5mmのゲルを該シャーレ中に形成させた後、該ゲルを含むシャーレ全体の重量(fグラム)を測定する。次いで、該ゲルを含むシャーレ全体を250ml(リットル)中の水中に37℃で10時間静置した後、該ゲルを含むシャーレ全体の重量(gグラム)を測定して、ゲル表面からの該ゲルの溶解の有無を評価する。この際、本発明のハイドロゲル形成性の高分子においては、上記ゲルの重量減少率、すなわち(f-g)/fが、5.0%以下であることが好ましく、更には1.0%以下(特に0.1%以下)であることが好ましい。
【0055】
本発明のTGPの水溶液は、上記ゾル-ゲル転移温度より高い温度でゲル化させた後、多量(体積比で、ゲルの0.1~100倍程度)の水中に浸漬しても、長期間に亘って該ゲルは溶解することがない。このような本発明に用いる高分子の性質は、例えば、該高分子内に曇点を有するブロックが2個以上(複数個)存在することによって達成される。
これに対して、ポリプロピレンオキサイドの両端にポリエチレンオキサイドが結合してなる前述のプルロニック(登録商標)F-127を用いて同様のゲルを作成した場合には、数時間の静置で該ゲルは完全に水に溶解することを、本発明者らは見出している。
【0056】
非ゲル化時の細胞毒性をできる限り低いレベルに抑える点からは、水に対する濃度、すなわち{(高分子)/(高分子+水)x100(%)で、20%以下(更には15%以下、特に10%以下)の濃度でゲル化が可能なTGPを用いることが好ましい。
本発明に用いられるTGPの分子量は3万以上3,000万以下が好ましく、より好ましくは10万以上1,000万以下、さらに好ましくは50万以上500万以下である。
【0057】
本発明の方法における、熱可逆性ポリマー(TGP)で細胞集団を培養するステップは、軟骨組織から分離された細胞集団を既知の方法で、熱可逆性ポリマーに混合し培養すればよい。典型的には、軟骨組織から分離された細胞集団をゾル-ゲル転移温度より低い低温でTGP溶液に分散し、ゾル-ゲル転移温度より高い温度でTGPをゲル化させた後、培養液などの媒体を添加して培養する方法を用いることができる。ゲル化したTGPに媒体を添加することで、かかる媒体だけを定期的に交換することで、ゲル中の細胞集団に安定した栄養供給をすることができる。
【0058】
本発明における培養は、当該技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃、5%CO2での培養が挙げられる。また、培養は通常の気圧(大気圧)で行うことができる。本発明の方法は、細胞集団を長期培養しても石灰化等の異常な軟骨細胞培養物が生じることがないため、培養期間は、特に限定されない。例えば、4日以上、8日以上、16日以上、21日以上、32日以上、48日以上、64日以上、72日以上、90日以上、102日以上、114日以上、126日以上、140日以上、160日以上、180日以上、250日以上であってよく、十分なECMが形成される観点から21日以上が好ましく、より好ましくは32日以上、さらに好ましくは72日以上である。
【0059】
培養は、任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。TGPを溶解する媒体およびゲル化したTGPに添加する媒体(本明細書で「液体培地」と言うこともある)は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明において、TGPを溶解する媒体およびゲル化したTGPに添加する媒体は、共通のものであっても異なるものであってもよい。
【0060】
本発明の一態様において、TGPを溶解する媒体およびゲル化したTGPに添加する媒体は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、CnT-PRなどが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。
【0061】
媒体は、上記のほか、血清、成長因子(例えばFGF-2、TGF-b1など)、ステロイド剤成分、セレン成分などの1種または2種以上の添加物を含んでもよい。血清としては、異種血清でも同種血清でもよい。同種血清が好ましく、同種血清のなかでも自己血清がさらに好ましい。また、媒体は、自己血清に含まれる成長因子以外の成長因子を媒体中に含まない。このような媒体によって溶解されたTGPを使用して培養する場合、自己血清以外の成長因子が添加されていないTGPで細胞集団を培養することになる。血清の濃度は特に限定されず、TGPに添加する媒体中に3%、5%、10%、20%含んでよい。好ましくは10%である。本発明の一態様において、TGPを溶解する媒体とゲル化したTGPに添加する媒体は共通の成分からなってもよい。
【0062】
本発明の方法により製造される「軟骨細胞培養物」とは、軟骨組織から分離された細胞集団を培養することにより得られた軟骨細胞を含む細胞集団を指す。
一態様において、本発明の方法により製造される軟骨細胞培養物は、ECMにより細胞集団の細胞間隙が充填された軟骨組織様の組織構造を持っていてよい。
【0063】
本発明の方法により得られる軟骨細胞培養物は、熱可逆性ポリマーで細胞集団を培養するステップを含まない方法により培養された軟骨細胞培養物(本明細書において「対照培養物」という)よりも組織再生能が高い。
組織再生能は、細胞集団が適用された軟骨組織の組織再生能を意味する。
一態様において、組織再生能は、軟骨細胞培養物を対象の軟骨組織に適用(移植)し、所定時間経過後に、適用部位(移植先)の組織の状態、例えば、組織のサイズ、組織の微細構造、損傷組織と正常組織との割合、組織の機能などを観察し、これらをスコア化することなどにより定量化できる。
【0064】
一態様において組織再生能は、SOX9、COL2A1、miR140およびmiR21から選択される1以上の遺伝子の発現能であってよい。本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、対照培養物よりもSOX9、COL2A1、miR140およびmiR21から選択される1以上の遺伝子の発現が高い。したがって、本発明は、軟骨組織から分離された細胞集団のSOX9、COL2A1、miR140およびmiR21から選択される1以上の遺伝子の発現能を高めるための方法であってもよい。
【0065】
SOX9またはCOL2A1は、正常な軟骨の組織形成時に発現する遺伝子として知られている。また、miR140またはmiR21に由来する、miR140-3pもしくは-5p、または、miR21―5pは、変形性関節症で発生する軟骨組織中の炎症、ECMの分解等を特徴とする軟骨組織の変性状態の正常化に有効である(Karlsen et al., Mol Ther Nucleic Acids. 2016 Oct 11;5(10)、Miyaki et al., Arthritis Rheum. 2009 Sep;60(9):2723-30、Si et al., Osteoarthritis Cartilage. 2017 Oct;25(10):1698-1707、Miyaki et al., Genes Dev. 2010 Jun 1;24(11):1173-85、Hai et al,. J Orthop Surg Res. 2019; 14: 118など参照)。
【0066】
具体的には、軟骨組織においてmiR140が高発現すると、miR140-3pまたは5pが軟骨組織中で増加する結果、限定されずに、MMP-13およびADAMTS-5などのECM分解酵素の発現または分泌の低下、IL1B、IL6およびIL8などの炎症メディエーターの発現または分泌の低下、SOX9、ACANおよびコンドロイチン硫酸N-アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼ1(CSGALNACT1)などECM合成に関与するタンパク等の発現の増加を介して軟骨組織の変性状態を正常化する。したがって、本発明の軟骨細胞培養物を対象、特に変形性関節症を有する対象の軟骨組織に適用すると、適用箇所に正常な軟骨組織を補完し得るだけでなく、適用箇所の周囲の軟骨組織の変性状態を正常化することができるため、長期にわたって、治療効果を維持することが出来る。
【0067】
また、軟骨組織においてmiR21が高発現すると、mi21-5pが軟骨組織中で増加する結果、限定されずに、MMP-13およびADAMTS-5などのECM分解酵素の発現または分泌の低下、COL2A1などECM合成に関与するタンパク等の発現の増加を介して軟骨組織の変性状態を正常化する。したがって、miR140と同じく長期にわたって、治療効果を維持することが出来る。
【0068】
ここで遺伝子の発現が高いとは、対照培養物を基準として、限定されずに、101%以上、105%以上、110%以上、130%以上、140%以上、150%以上、160%以上、170%以上、180%以上、190%以上または200%以上、所定の遺伝子の発現量が高いことを意味する。
【0069】
遺伝子の発現量を測定する手法は、当該技術分野において周知であり、タンパク質の発現レベルを測定する手法としては、限定されずに、例えば、上で詳述したモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免疫組織化 学法、免疫細胞化学法、フローサイトメータ、質量分析法などが、遺伝子の発現レベルを 測定する手法としては、限定されずに、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロ ッティング法、DNAマイクロアレイ解析、RNaseプロテクションアッセイ、RTPCR、リアルタイムPCR(qPCR)等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法などが、それぞれ挙げられる。
【0070】
本開示においてSOX9(CMD1、CMPD1、SRA1、SRXX2、SRXY10とも称する)は、SRY-box transcription factor 9をコーする遺伝子であり、ヒトSOX9の遺伝子配列は、accession番号NM_000346等として登録されており、その配列は配列番号1に示すとおりである。
本開示においてCOL2A1(ANFH、AOM、COL11A3、SEDC、STL1とも称する)は、collagen type II alpha 1 chainをコーする遺伝子であり、ヒトCOL2A1の遺伝子配列は、accession番号NM_001844.5、等として登録されており、その配列は配列番号2に示すとおりである。
【0071】
本明細書において「マイクロRNA(miRNA)」は、ヘアピン様構造のRNA前駆体として転写され、RNaseIII切断活性を有するdsRNA切断酵素により切断され、RISCと称するタンパク質複合体に取り込まれ、mRNAの翻訳抑制に関与する10~25塩基のRNAを意図して用いられる。また「miRNA」は、「miRNA」および「miRNA」の前駆体(pre-miRNA、pri-miRNA)を含み、これらによってコードされるmiRNAと生物学的機能が同等であるmiRNA、例えば同族体(すなわち、ホモログ)、遺伝子多型などの変異体、及び誘導体をコードする「miRNA」も含む。かかる前駆体、同族体、変異体又は誘導体をコードする「miRNA」としては、miRBase(http://www.mirbase.org/)により同定することができ、ストリンジェントな条件下で、特定塩基配列の相補配列とハイブリダイズする塩基配列を有する「miRNA」が挙げられる。
【0072】
本開示において、ヒトmir-140は、miRbase ID: Stem-loop sequence hsa-mir-140、miRbase accession番号.MI0000456として登録されており、配列番号3に示すとおりである。
本開示において、ヒトmiR140-3pは、miRbase ID: Mature sequence hsa-miR-140-3p、miRbase accession番号.MIMAT0004597として登録されており、配列番号4に示されるRNA配列「uaccacaggguagaaccacgg」に示すとおりである。
本開示においてヒトmiR140-5pは、miRbase ID: Mature sequence hsa-miR-140-5p、miRbase accession番号.MIMAT0000431として登録されており、配列番号5に示されるRNA配「cagugguuuuacccuaugguag」に示すとおりである。
【0073】
本開示において、ヒトmir-21は、miRbase ID:Stem-loop sequence hsa-mir-21、miRbase accession番号.MI0000077として登録されており、配列番号6に示すとおりである。
本開示において、ヒトmiR21-3pは、miRbase ID: Mature sequence hsa-miR-21-3p、miRbase accession番号.MIMAT0004494として登録されており、配列番号7に示されるRNA配列「caacaccagucgaugggcugu」に示すとおりである。
本開示においてヒトmiR21-5pは、miRbase ID: Mature sequence hsa-miR-21-5p、miRbase accession番号.MIMAT0000076として登録されており、配列番号8に示されるRNA配列「uagcuuaucagacugauguuga」に示すとおりである。
【0074】
一態様において組織再生能は、軟骨細胞培養物のmiRNAの保持能力である。保持能力とは、軟骨細胞培養物がmiRNAを軟骨細胞培養物中に保持する能力である。miRNAを軟骨細胞培養物中に保持する能力とは、miRNAを培養時に分泌せずに、軟骨細胞培養物中に保持する能力であってよい。miRNAが培養時に軟骨細胞培養物中に保持されることで、当該軟骨細胞培養物を対象に適用した場合、適用箇所および適用箇所周囲にmiRNAを高濃度で分泌し得る軟骨細胞培養物を得ることができる。
【0075】
miRNAとしては、限定されずに、miR140、miR21、miR-125b、Has-miR-15a、miR-30a、miR-199a、miR-210、miR-221-3p、miR-92a-3p、miR-142-3p、miR-27a、miR-27b、miR26a-5p、miR-26a、miR-26b、miR-373、miR-127-5p、miR-320、miR-9、miR-634、miR-221-3p、miR-370miR-145、miR-130A、miR-145、miR-562-5pなど軟骨組織の変性状態を正常化し得るmiRNAを含み(Zhang.et al.J Arthritis. 2017 Apr;6(2). pii: 239. doi: 10.4172/2167-7921.1000239参照)、好ましくはmiR140(miR140-3pおよび-5pを含む)、miR21(miR21-3pおよび-5pを含む)、特に好ましくはmiR140(miR140-3pおよび-5pを含む)である。
【0076】
miRNAの保持能力が高いとは、培養時の対照培養物を基準として、限定されずに、101%以上、105%以上、110%以上、130%以上、140%以上、150%以上、160%以上、170%以上、180%以上、190%以上または200%以上高い濃度で培養時の軟骨細胞培養物中にmiRNAが存在することを言う。一態様において、miRNAの保持能力が高いとは、培養時の対照培養物の媒体(液体培地)を基準として、限定されずに、99%以下、95%以下、97%%以下、95%以下、90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、10%以下低い濃度で培養時の軟骨細胞培養物の液体培地中にmiRNAが存在することを言う。一態様において、miRNAの保持能力が高いとは、培養時の対照培養物を基準として、培養時の軟骨細胞培養物中に高い濃度でmiRNAが存在し、および、対照培養物の液体培地を基準として、培養時の軟骨細胞培養物の媒体中に低い濃度でmiRNAが存在することを言う。
【0077】
一態様において組織再生能は、軟骨細胞培養物中の幹細胞の含有量であってよい。本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、対照培養物よりも幹細胞の含有量が高い。したがって、本発明は、軟骨組織から分離された細胞集団中の幹細胞を維持また増殖するための方法であってもよい。一態様において、幹細胞の含有量とは限定されずに、細胞培養物に占める幹細胞の量または割合であってよい。幹細胞は、軟骨細胞に分化し得る能力を有する細胞あれば限定されずに、軟骨前駆細胞、間葉系幹細胞などの体性幹細胞、またはES細胞、iPS細胞、ntES細胞などの多能性幹細胞などが含まれる。
【0078】
幹細胞の含有量は、当該技術分野で既知の幹細胞の測定方法により測定することができ、限定されずに、軟骨細胞培養物に含まれる細胞の細胞膜に存在するUEA-1などのレクチンに反応するα1-2フコース、もしくはSNA、SSA、TJA-Iなどのレクチンに反応するα2-6シアル酸の量を測定すること、または、前記α1-2フコース酸もしくは前記α2-6シアル酸の量の変化と相関する他の細胞表面マーカーまたは遺伝子発現などを測定することで定量できる。軟骨細胞培養物に含まれる細胞の細胞膜に存在する前記α1-2フコースのレベルが高ければ、多能性幹細胞が多く存在し、前記α2-6シアル酸レベルが高ければ、分化ポテンシャルが高い体性幹細胞が多く存在することを意味する。(Wang et al, Cell Res. 2011 Nov;21(11):1551-63、Tateno et al, Glycobiology. 2016 Dec;26(12):1328-1337,WO2016006712A1を参照)。
【0079】
「分化ポテンシャル」とは、ある細胞が適切な分化誘導状態に置かれた場合に、前駆細胞、体細胞などの別種の細胞に変化することができる能力を有していることをいう。一般的に、体性幹細胞を長期培養すると、増殖能と共に分化ポテンシャルが低下する傾向がある。分化ポテンシャルが低下した体性幹細胞は体性幹細胞マーカーを細胞表面に持ちながらも前駆細胞、体細胞などの別種の細胞に変化することができないため、このような体性幹細胞は、組織再生能を持たない。
【0080】
本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、分化ポテンシャルが高い体性幹細胞の含有量が高い。分化ポテンシャルが高い体性幹細胞の含有量とは、限定されずに、単位量当たり細胞培養物に占める分化ポテンシャルが高い体性幹細胞の量または割合であってよい。ある態様において、本発明は、軟骨組織から分離された細胞集団中の体性幹細胞の分化ポテンシャルを維持または増加させる方法であってもよい。別の態様において、本発明は、軟骨組織から分離された細胞集団中の分化ポテンシャルが高い体性幹細胞を維持または増殖する方法であってもよい。体性幹細胞は、軟骨細胞に分化し得る体性幹細胞であれば限定されずに、軟骨前駆細胞、間葉系幹細胞などであってよい。
【0081】
このような幹細胞または分化ポテンシャルが高い体性幹細胞が多く含まれる軟骨細胞培養物を対象の軟骨組織に適用すると、適用箇所に分化ポテンシャルが高い細胞から分化した軟骨細胞が恒常的に供給し得るため、長期にわたり正常な軟骨組織を修復し、維持することができる。また、幹細胞または分化ポテンシャルが高い体性幹細胞が、間葉系幹細胞であれば、軟骨細胞のアポトーシス保護用、軟骨組織の抗炎症用、抗繊維化用など、損傷した軟骨組織を正常化する能力、損傷に対する回復能力などが高いため、長期にわたって、治療効果を維持することができる。
【0082】
軟骨細胞培養物に含まれる細胞の細胞膜に存在するUEA-1などのレクチンに反応するα1-2フコース、もしくはSNA、SSA、TJA-Iなどのレクチンに反応するα2-6シアル酸の量は、限定されずに、前記レクチンまたは前記レクチンが反応するα1-2フコースもしくはα2-6シアル酸に特異的に反応する抗体を使用したフローサイトメトリー、ウエスタンブロット、免疫染色、または抗体オーバーレイ・レクチンマイクロアレイ等を用いて測定することができる。前記α1-2フコース酸またはα2-6シアル酸の量の変化と相関する他の細胞表面マーカーまたは遺伝子発現などを測定する方法は、当該技術分野において細胞表面マーカーまたは遺伝子発現を測定する常法を用いることができる。
【0083】
本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、対照培養物よりも幹細胞、または分化ポテンシャルが高い体性幹細胞を多く含む。幹細胞または分化ポテンシャルが高い体性幹細胞を多く含むとは、対照培養物を基準として、限定されずに、101%以上、105%以上、110%以上、130%以上、140%以上、150%以上、160%以上、170%以上、180%以上、190%以上または200%以上、α1-2フコース酸もしくはα2-6シアル酸を有する細胞の含有量、またはこれらと相関する細胞表面マーカーまたは遺伝子発現が高いことを意味する。
【0084】
一態様において組織再生能は、軟骨細胞培養物のヒアルロン酸の分泌能であってよい。本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物は、対照培養物よりもヒアルロン酸の分泌能が高い。したがって、本発明は、軟骨組織から分離された細胞集団中の分泌能を高める方法であってよい。ヒアルロン酸は、ECM分解系酵素の発現に対して抑制的に作用し、軟骨から遊出したマトリクスや抗炎症因子の緩和、炎症関連因子の発現を制御することが知られている(Ohtsuki.et al.J Orthop Res. 2018 Aug 17. doi: 10.1002/jor.24126)。
【0085】
したがって、本発明の方法によって製造された軟骨細胞培養物を対象の軟骨組織に適用すると、適用箇所に正常な軟骨組織を補完し得るだけでなく、適用箇所周囲のECM分解または炎症が抑制されるため、適用箇所の周囲の軟骨組織の変性状態を正常化することができ、長期にわたって、正常な軟骨組織を修復し維持することができる。
【0086】
ヒアルロン酸の分泌能の測定方法は、媒体(液体培地)またはTGP中のヒアルロン酸を経時的に定量すればよい。ヒアルロン酸は、限定されずに、質量分析、液体クロマトグラフィー、MALDI-TOFなどの他、市販のキットによって定量し得る。
ヒアルロン酸の分泌能が高いとは、対照培養物を基準として、限定されずに、101%以上、105%以上、110%以上、130%以上、140%以上、150%以上、160%以上、170%以上、180%以上、190%以上または200%以上ヒアルロン酸の分泌能が高いことを意味する。
【0087】
さらに本発明の方法により製造された軟骨細胞培養物は、ECMに富むため損傷部位に生着し易い。したがって、本発明の方法により製造された軟骨細胞培養物は移植用に用いることができる。また、miR140およびmiR21の発現量が高く、幹細胞を多く含み、ヒアルロン酸の分泌量が高いためグレード2以上または高齢者の変形性関節症の治療用に好ましく用いられる。
【0088】
本発明は、さらに本発明の方法により製造された軟骨細胞培養物を含む。本発明の軟骨細胞培養物は上述した通りである。
本発明は、本発明の軟骨細胞培養物の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、対象における疾患を治療する方法を含む。疾患は、軟骨に関連する疾患であれば限定されずに、変形性関節症、関節リウマチ、骨肉腫、大腿骨頭壊死症、臼蓋形成不全、半月板損傷、外傷性関節炎、スポーツや事故等による物理的な軟骨の欠損または損傷を含む。
対象への適用(投与)方法は、軟骨細胞培養物の移植であってよい。軟骨細胞培養物の移植は、限定されずに、軟骨組織への注射、または関節鏡視下手術および切開等により、患部に軟骨細胞培養物を送達し、フィブリンゲル等の任意の組織接着剤を使用するか、または吻合することにより患部に固定し得る。
本発明の治療方法において、種々の追加成分、例えば、薬学的に許容し得る担体、生着性などを高める成分、さらなる有効成分などを含有させて適用することができる。かかる追加成分としては、既知の任意のものを使用することができ、当業者はこれらの追加成分について精通している。
以下に本発明の具体的な態様を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。
【実施例】
【0089】
[製造例1]
N-イソプロピルアクリルアミド42.0gおよびn-ブチルメタクリレート4.0g をエタノール592gに溶解した。これにポリエチレングリコールジメタクリレート(PD E6000、日本油脂(株)製)11.5gを水65.1gに溶解した水溶液を加え、窒素気 流下70℃に加温した。窒素気流下70℃を保ちながら、N,N,N’,N’-テトラメ チルエチレンジアミン(TEMED)0.4mLと10%過硫酸アンモニウム(APS) 水溶液4mLを加え30分間攪拌反応させた。さらにTEMED0.4mLと10%AP S水溶液4mLを30分間隔で4回加えて重合反応を完結させた。反応液を5℃以下に冷 却後、5℃の冷却蒸留水5Lを加えて希釈し、分画分子量10万の限外ろ過膜を用いて5℃で2Lまで濃縮した。
【0090】
該濃縮液に冷却蒸留水4Lを加えて希釈し、上記限外ろ過濃縮操作を再度行った。上記 の希釈、限外ろ過濃縮操作を更に5回繰り返し、分子量10万以下のものを除去した。こ の限外ろ過によりろ過されなかったもの(限外ろ過膜内に残留したもの)を回収して凍結 乾燥し、分子量10万以上の本発明のTGP40gを得た。上記により得た本発明のTGP1gを、9gの蒸留水に氷冷下で溶解し10wt% の水溶液を得た。この水溶液の貯蔵弾性率をストレス制御式レオメーター(AR500、TAイ ンスツルメント社製)を用い、適用周波数1Hzで測定したところ、10℃で43Pa、 25℃で680Pa、37℃で1310Paであった。この温度依存性貯蔵弾性率変化は 、可逆的に繰り返し観測された。
【0091】
1.軟骨組織から分離された細胞集団の培養
<サンプルの回収>
変形性関節症グレードIIIまたはIVの患者6名から人工関節置換術により切除したOA患者6名の膝関節の損傷部における軟骨組織(約10×5mm、厚さ3mm)を一部採取し、抗生物質(gentamicin(50μg/ml), amphotericin(0.25μg/ml), penicillin(100 Units/ml)/streptomycin(100 μg/ml)含有PBSに30分間浸漬した。各患者の年齢および性別を以下に記す。
【表1】
【0092】
<軟骨組織の分離>
各組織片をメスにて1mm2以下に細切した。この細切片をTripsin-EDTA液(0.25%)にて37C°、30分間処理し、次いでコラゲナーゼII液(1mg/ml)にて37C°で12~16時間酵素処理した。DMEM液にて洗浄した後フィルター(100μm)にてろ過し、遠心分離(1800rpm、10分間)した。このようにして得られた細胞集団を細胞算定盤で計数した。細胞数は、1×104~4×104cells/mlであった。
【0093】
[比較例1]
10%自己血清含有DMEM液に抗生物質(gentamicin(50μg/ml), amphotericin(0.25μg/ml), penicillin(100 Units/ml)/streptomycin(100 μg/ml)を含有した培地に各サンプルの軟骨組織由来の細胞を分注し、37℃、5%炭酸ガスインキュベータにて培養した。培養液は1週間ごとに交換して4~7週間培養した。
【0094】
[実施例1]
<TGPゲルでの培養>
製造例1で作製したTGP1gを4℃でDMEM9mLに溶解して10%TGP溶液を作成し、次、次いで軟骨組織由来の細胞を分散し、6wellプレートに分注した。室温に放置してゲル状にした後、10%自己血清含有DMEM液に抗生物質(gentamicin(50μg/ml)、amphotericin(0.25μg/ml), penicillin(100 Units/ml)/streptomycin(100μg/ml)及びL-Ascorbic acid(5mg/ml)含有した培地7~8mlを加えて5%炭酸ガス培養器(ESPEC BNA-111)にて培養した。培養液は1週間ごとに交換して20週間培養した。
【0095】
<培養された軟骨組織の観察>
(1)位相差顕微鏡観察
比較例1では、培養を開始した当初は球形の正常な軟骨細胞が確認されたが、培養経過に伴って徐々に細長い線維芽細胞様の細胞が出現し始め、12日目頃から20日目頃までに徐々に変性または死滅を開始し、培養開始から約4週間で完全に変性または死滅した。例えば、サンプル1059は28日目に、1066は23日目、1068は18日目に死滅した。
【0096】
実施例1では、培養開始から3~5日目には大きさ200~300μmの軟骨細胞培養物が確認され、21日後には直径0.5~1.0mmの大きさにまで成長し、全てのサンプルで20週間の培養期間、成長が維持された。実施例1では、線維芽細胞様の細胞の増殖は認められなかった。
【0097】
(2)HE染色
比較例1のサンプル(1059)の一部を培養開始から25日目に、および、実施例1のTGPゲル培養のサンプルの一部(1059)を培養開始から49日目に採取し、ホルマリンで固定し、パラフィンで固めて組織のブロックを作製した後10μmに切断して、組織切片を作成した。光学顕微鏡(×200)で観察したこれらの像を
図1に示す。
比較例1のサンプルにおいてECMは確認されなかった。一方、実施例1のサンプルでは一般的な健常な軟骨組織と同様、軟骨細胞がECMに取り囲まれてお健常な硝子軟骨の組織と同様の組織構造を持つことが分かった。
【0098】
(3)CD44免疫染色
健常な軟骨組織、比較例1のサンプル、および、実施例1のサンプルから得られた組織切片を、ホルマリンで固定し、パラフィンで固めて組織のブロックを作製した後5μmで切断して、組織切片を作成した。脱パラフィンン後、一次抗体ウサギモノクローナル抗CD44抗体SP37(Ventana Medical Systems Inc. USA)を室温で32分間反応させた。次いでiView DAB detection kit(Ventana Medical Systems Inc. USA)で発色させた。結果を
図2に示す。
軟骨細胞培養物では、CD44陽性である軟骨細胞とECMが散在していた。比較例1の平面培養サンプルでは、ECMが存在せず、CD44陽性細胞のみが存在していた。
【0099】
(4)各サンプルにおける遺伝子発現の測定
比較例1のサンプル1059、1066および1068の一部を培養開始から14、17および26日目に回収した。また、実施例1のサンプル1059、1066および1068の一部を培養開始から42日目に回収した。なお、比較例1と実施例1のサンプルでは回収日に違いがあるが、これは比較例1のいずれのサンプルも42日目には軟骨細胞が完全に死滅しており、これらのサンプル中で軟骨細胞が生存していた期間に回収できた最後のタイミングのものを使用した。
【0100】
回収したサンプルをRNAlater(登録商標) Stabilization Solution(Invitrogen、CatNo.AM7020)-20℃で保存した。これらのサンプルの一部をNucleoSpin(登録商標)miRNAキット(TaKaRa、U0971)を用いてスモールRNA(200塩基以下のRNA)を精製し、配列番号9~12のプライマーとmRQ 3'Primer、U6 Forward PrimerとU6 Reverse Primer(Mir-X(商標)miRNA qRT-PCR TB Green Kit (TaKaRa、Z8314N)を使用しThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System Lite (TP700、TaKaRa)によりU6、miR-21-3p、miR-21-5p、miR-140-3pおよびmiR-140-5pのqPCRを行った。U6の発現量を1として、各miRNAの定量値をノーマライズした。
【0101】
同じようにmiRNAeasy Mini Kit ( QIAGEN、217004)を使用してtotal RNAを精製した。Superscript III reverse transcriptase (Invitrogen、18080044)を用いて逆転写によりcDNAを合成し、配列番号13~16のプライマーとTB Green Premix Ex Taq II(Takara,Cat No. RR820S/A/B)を用いて、Thermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System LiteによりGAPDH、SOX9およびCOL2A1のqPCRを行った。GAPDHの発現量を1として、各遺伝子の定量値をノーマライズした。使用したプライマーを表2に、結果を表3~5に示す。
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
【0106】
1059、1066および1068のいずれのサンプルでも、TGPゲル中で培養した実施例1が、比較例1のサンプルと比較してmiR―21およびmiR-140の発現量が増加して、miR21-5p、miR-140-3pおよびmiR-140-5pが大幅に増加することが分かった。
また、SOX9の発現量を測定した1059および1068のいずれのサンプルでも、実施例1のサンプルで、比較例1のサンプルと比較して、SOX9の発現量が大幅に増加することが分かった。またCOL2A1を測定した1068でも実施例1で、比較例1のサンプルと比較して発現量が増加することが分かった。miR21、miR-140、SOX9およびCOL2A1は、いずれも健全な軟骨組織の形成時に発現が上昇することが知られていることから、実施例1で製造された軟骨細胞培養物は健全な機能を有する軟骨組織であることが分かった。なかでもmiR-140およびmiR21は、変形性関節症の微小環境を改善することが知られているため、実施例1で製造された軟骨細胞培養物は移植した部分の軟骨組織の再生を促すだけでなく、移植された周囲の変性状態を改善し得る。
【0107】
(5)液体培地中のmiR140の定量
比較例1および実施例1で培養したサンプル1067および1068の液体培地を培養開始から7または8日目に2.0mずつ採取し、RNAlater(商標)Stabilization Solution(Invitrogen、CatNo.AM7020)中で-20℃で保存した。これらのサンプルの一部をNucleoSpin(登録商標)miRNAキット(TaKaRa、U0971)を用いてスモールRNA(200塩基以下のRNA)を精製し、配列番号3のプライマーとmRQ 3’Primer(Mir-X(商標)miRNA qRT-PCR TB Green(登録商標)Kit(TaKaRa、Z8314N))を使用しThermal Cycler Dice(登録商標)Real Time System Lite(TP700、TaKaRa)によりmiR-140-3pのqPCRを行った。結果を表6に示す。平均Ct値は、予め定めたThresholdに達するまでのサイクル数であり、平均Ct値が低いほどmiR-140-3pが液体培地中に多く存在することを示すものである。表中の「SNP」は、採取した後、遠心分離およびフィルタレーションした後に保存したものであり、「SNF」は、かかる処理せずに保存したものである。
【0108】
【0109】
表6より、いずれのサンプルでも実施例1と比較して、比較例1の液体培地中にmiR-140-3pが多く存在していることが分かった。(4)の遺伝子発現において、比較例1と比較して、実施例1の軟骨細胞培養物でmiR-140-3pを高く発現していたことに照らすと、実施例1の軟骨細胞培養物で発現したmiR-140-3pの殆どが液体培地中に分泌されず、軟骨細胞培養物中に保持されることが分かった。したがって、TGPゲル中で組織培養するとmiRNAの含有量が高い組織培養物が得られることが明らかとなった。
【0110】
(6)ヒアルロン酸の測定
実施例1のTGPゲル培養において培養開始から0日、32日および113日に液体培地を2.0mlずつ採取し、これらをそれぞれ-20℃で凍結した。各サンプルに存在するヒアルロン酸をヒアルロン酸測定キット(PGリサーチHA-Kit. Lot. 18H484)により測定した。結果を表7に示す。
培養当初は存在しなかったヒアルロン酸が、32日目には822.8ng/ml、113日後には670.1ng/ml存在した。このことから軟骨細胞培養物からヒアルロン酸が安定的に分泌されていることが分かった。したがって、TGPゲルで培養された軟骨細胞培養物は、健全な状態を示す軟骨組織であることが確認された。
【表7】
【0111】
(7)培養された軟骨細胞培養物を構成する細胞の細胞表面のグリカン解析
実施例1において培養した軟骨細胞培養物を、培養開始から14~126日の間に採取し、それぞれのTGPゲルを4°Cに冷却して水溶液状にして回収した。当該サンプルをTripsin-EDTA(0.25%)液にて細胞に分散し、細胞を回収した。次いでDMEMにて4℃で3回遠心洗浄し(1800rpm、15分)、それぞれのサンプルを凍結保存した。当該サンプルをGlycoTechnica LtdによるGlycan Profiling Analysis Serviceによって委託解析した。具体的には、融解したサンプルから細胞膜タンパク質を抽出し、タンパク質をBCA法(TaKaRa BCA Protein Assay Kit)により、当該膜タンパク質濃度を測定した。測定したタンパク質濃度をもとにPBSTxを加えてタンパク質濃度が10μg/mLになるように希釈した。100μgのCy3 Mono-reactive Dye Pack(GE healthcare、カタログ番号:PA23011)を含むチューブに100μLのサンプル(10μg/mLの濃度)を加え、ピペットで混和しスピンダウンした。チューブを遮光袋に入れて、室温(25℃)で1時間インキュベートした。
次いで、Desalt Spin Columns(商標)0.5ml(25カラム)(Thermo、カタログ番号:89882)スピンカラムを2mLチューブに入れ、1500×g、4℃で1分間遠心し、遊離のCy3を除去した。300μLのTBSをカラムに添加し、1500×g、4℃で1分間遠心し、このプロセスを3回繰り返した。カラムを新しい1.5mLチューブに入れ、ラベル付きサンプル(100μL)をカラムに加え1500×g、4℃で2分間遠心した。
【0112】
サンプルを回収し、2μg/mLの濃度で500μLのサンプル量を得るために405μLのProbing Solution(Glyco Technica)を加えた。すべてのサンプルは、Probing Solutionを使用して2μg/mLから15.625ng/mLの範囲の濃度に希釈した。その後、LecChip Ver.1.0(商標、Glyco technica)をProbing Solutionで3回洗浄した後、サンプルをLecChip に60μL/wellで添加した。LecChip上のサンプルを20℃で約13時間反応させた。GlycoLite2200((商標)、Glyco technica)によりLecChip
TMの蛍光パターンを累積4回、露光時間、1996、2995、3993、4992、6988、9984(ミリ秒)、カメラゲインを固定値で測定した。得られた45レクチンのシグナルをGlycoStaion(登録商標) ToolsPro Suite 1.5(GlycoStaion(商標)ToolsPro Suite 1.5.)によって計測し、A. Kuno et al., J. of Proteomics & Bioinformatics, Vol.1, May 2008, p.68.に基づいて45レクチンの平均強度で除した値に、100を乗じて平均正規化した。以上の方法で得られた軟骨細胞培養物中を構成する細胞の細胞表面のSNA、SSAおよびTJA-I、UEA-1に対するシグナル強度の結果を表8および
図3~
図6に示す。表中の最上段に記載の14~126の数字は、回収したサンプルの培養日数を示す。
【0113】
【0114】
表8および
図3~
図6から、実施例1において、SNA、SSAおよびTJA-Iなどのα2-6シアル酸結合レクチン、およびUEA-1などのα1-2フコース結合レクチンのシグナルが、培養日数に応じて増強することが分かる。SNA、SSAおよびTJA-Iに反応するα2-6シアル酸は、分化ポテンシャルが高い間葉系幹細胞(MSCs)または軟骨前駆細胞などの体性幹細胞のマーカーであり(WO2016/006712A1)、UEA-1などのα1-2フコース結合レクチンは、多能性幹細胞のマーカーであることが知られている(Wang et al., Cell Res. 2011 Nov;21(11):1551-63. doi: 10.1038/cr.2011.148. Epub 2011 Sep 6.)。実施例1で作製された軟骨細胞培養物では、培養日数に伴ってSNA、SSA、TJA-IおよびUEA-1に反応するα2-6シアル酸およびα1-2フコースの増加が確認されたことから、当該組織培養物は、分化ポテンシャルが高い体性幹細胞および多能性幹細胞を多く含むことが分かった。したがって、実施例1の軟骨細胞培養物は高い組織再生力を有する組織培養物であることが明らかとなった。
【0115】
2.TGPゲルのヒアルロン酸の保持試験
[実施例2]
ヒアルロン酸(帝人ファーマ(株)5mgをDMEMに抗生物質(gentamicin(50μg/ml), amphotericin(0.25μg/ml), penicillin(100 Units/ml)/streptomycin(100 μg/ml)及びL-Ascorbic acid(5mg/ml)含有した溶液2.5mlに溶解し、これを液体組成1および2とした。
製造例1で作製したTGP1gを℃でDMEM9mlに溶解して10%TGP溶液を作成し、ここに液体組成1および2と同じヒアルロン酸濃度になるようにヒアルロン酸を添加し、TGP溶液中のヒアルロン酸が均一になるように振盪した。TGP溶液を37℃でゲル化し、次いで、液体培地(DMEM)1.0ml添加し、これをTGP組成1およびTGP組成2とした。
【0116】
作成したヒアルロン酸含有の液体組成およびTGP組成を、37℃、5%炭酸ガスインキュベータに入れ、各液体培地部分に含まれるヒアルロン酸濃度を上述の<ヒアルロン酸の測定>と同じ方法にて計測した。結果を表9に示す。
【表9】
【0117】
液体組成1および2では、7日目にヒアルロン酸が、約13000ng/ml存在していたが、21日目には5.6ng/mlにまで減少した。これに対して、TGP組成1および2では、7日目の時点で6.1および11.4ng/mlであり、これは液体組成1および2に対して約1/1000の低い濃度に当たることから、TGPゲル内部にヒアルロン酸の殆どが保持されていたことが認められる。さらに21目においても10.3および11.5ng/mlであり、その濃度が殆ど変化しなかったことから、TGPゲルはヒアルロン酸が分解されずに長期安定して保持する能力を有することが明らかとなった。
【配列表】