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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】タンパク質固体材料の製造
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20241030BHJP
   C07K 1/30 20060101ALI20241030BHJP
   C07K 14/325 20060101ALI20241030BHJP
   C07K 14/14 20060101ALI20241030BHJP
   C07K 14/01 20060101ALI20241030BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/32 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/34 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/46 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/57 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/39 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 9/50 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C12P21/02 C
C07K1/30 ZNA
C07K14/325
C07K14/14
C07K14/01
C07K19/00
C12N15/32
C12N15/34
C12N15/31
C12N15/62 Z
C12N15/46
C12N15/53
C12N15/57
C12N15/12
C12N15/39
C12N9/02
C12N9/50
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021537385
(86)(22)【出願日】2020-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2020030226
(87)【国際公開番号】W WO2021025126
(87)【国際公開日】2021-02-11
【審査請求日】2023-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2019145456
(32)【優先日】2019-08-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503094117
【氏名又は名称】株式会社セルフリーサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】上野 隆史
(72)【発明者】
【氏名】安部 聡
(72)【発明者】
【氏名】小島 摩利子
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-319778(JP,A)
【文献】IJIRI, H., et al.,"Structure-based targeting of bioactive proteins into cypovirus polyhedra and application to immobil,BIOMATERIALS,2009年05月28日,Vol.30, No.26,pp.4297-4308,doi: 10.1016/j.biomaterials.2009.04.046
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00 - 41/00
C07K 1/00 - 19/00
C12N 15/00 - 15/90
C12N 9/02
C12N 9/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性タンパク質をコードする核酸を、タンパク質合成系に添加する工程(a)と、
添加した前記核酸にコードされた前記結晶性タンパク質が発現し、発現した前記結晶性タンパク質が結晶の形成を完了するまでの所定時間、前記タンパク質合成系をインキュベートする工程(b)と、
前記結晶を分離する工程(c)と、を含み、
前記タンパク質合成系が無細胞タンパク質合成系であり、
工程(b)における前記所定時間が64時間以下であり、
工程(b)における前記タンパク質合成系の温度が10℃以上であ
前記結晶性タンパク質が下記(i)~(viii)からなる群より選択される一種である、タンパク質結晶の製造方法。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1~50個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号19に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号19に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(v)配列番号22に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号22に記載のアミノ酸配列において、1~50個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(vi)配列番号24に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号24に記載のアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(vii)前記(i)~(vi)から選択されるタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質であって、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(viii)配列番号1に記載のアミノ酸配列において、第70番目~第77番目のアミノ酸配列が標的ペプチドに置換され、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、
前記融合タンパク質において1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
【請求項2】
前記結晶性タンパク質が前記(i)又は前記(viii)であり、
前記工程(a)において、
配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号4に記載のアミノ酸配列において1個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合し、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質をコードする核酸を、前記タンパク質合成系に更に添加する、請求項に記載のタンパク質結晶の製造方法。
【請求項3】
前記無細胞タンパク質合成系が、分子量が10~100000の標的分子を含むものである、請求項1又は2に記載のタンパク質結晶の製造方法。
【請求項4】
配列番号1に記載のアミノ酸配列において、第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、
前記融合タンパク質において1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質。
【請求項5】
請求項に記載の融合タンパク質が結晶化した多角体。
【請求項6】
請求項に記載の結晶化した多角体の結晶構造に標的分子が封入された、多角体-標的分子複合体。
【請求項7】
請求項に記載の融合タンパク質をコードする核酸。
【請求項8】
結晶性タンパク質をコードする核酸と、無細胞タンパク質合成系の試薬と、を含む、無細胞系結晶製造用キットであって、
前記無細胞系結晶製造用キットは、タンパク質結晶の製造方法によって、前記タンパク質結晶を製造するために用いられるものであり、
前記製造方法は、下記工程(a)、下記工程(b)及び下記工程(c)を含むものであり、
工程(a):結晶性タンパク質をコードする核酸を、タンパク質合成系に添加する工程
工程(b):添加した前記核酸にコードされた前記結晶性タンパク質が発現し、発現した前記結晶性タンパク質が結晶の形成を完了するまでの所定時間、前記タンパク質合成系をインキュベートする工程
工程(c):前記結晶を分離する工程
工程(b)における前記所定時間は64時間以下であり、
工程(b)における前記タンパク質合成系の温度は10℃以上であ
前記結晶性タンパク質が下記(i)~(viii)からなる群より選択される一種である、無細胞系結晶製造用キット。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1~50個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号19に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号19に記載のアミノ酸配列において、1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(v)配列番号22に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号22に記載のアミノ酸配列において、1~50個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(vi)配列番号24に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号24に記載のアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(vii)前記(i)~(vi)から選択されるタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質であって、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(viii)配列番号1に記載のアミノ酸配列において、第70番目~第77番目のアミノ酸配列が標的ペプチドに置換され、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、
前記融合タンパク質において1~20個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
【請求項9】
前記結晶性タンパク質が前記(i)又は前記(viii)であり、
更に、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号4に記載のアミノ酸配列において1個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合し、且つ結晶形成能を有する融合タンパク質をコードする核酸を含む、請求項に記載の無細胞系結晶製造用キット。
【請求項10】
タンパク質結晶の立体構造を解析する方法であって、
請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法によってタンパク質結晶を得る工程と、
前記タンパク質結晶の立体構造を解析する工程を含む、方法。
【請求項11】
前記タンパク質結晶の立体構造を解析する工程を、X線結晶構造解析により行う、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質固体材料の製造に関する。本願は、2019年8月7日に日本に出願された特願2019-145456号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
カイコ等の昆虫に多角体病を引き起こす病原体には、核多角体病の病原ウイルスである核多角体病ウイルス(Nucleopolyhedrovirus、NPV)と細胞質多角体病の病原ウイルスである細胞質多角体病ウイルス(Cypovirus、CPV)がある。前者はDNAウイルスであるのに対して、後者はRNAウイルスである。NPVはバキュロウイルスベクターとして多くの研究者に広く利用されている。
【0003】
多角体病ウイルスは、感染後期には感染細胞内に多角体と呼ばれる封入体を全細胞タンパクの約半分に達するほど大量に作り、その中に多数のウイルス粒子を封入する。多角体に封入されたウイルスは、紫外線や熱等の外界からの不活化作用から保護され、長期間感染性を保持することができる。
【0004】
多角体は、多くの溶媒や界面活性剤によっても溶解せず安定であるが、pH約10以上のアルカリ条件で溶解する。多角体に封入されたウイルス粒子が昆虫に食べられると、腸の高いpHにより多角体が溶解され、ウイルス粒子が放出され、感染が起こる。
【0005】
上述した多角体は、多角体タンパク質であるポリヘドリンが、細胞内で自発的に結晶化したものである。細胞内で自発的に結晶化するタンパク質として、ポリヘドリンの他に、例えば、Bacillus thuringiensisの殺虫性タンパク質等が知られている。
本明細書において、自発的に結晶を形成するタンパク質を結晶性タンパク質といい、その結果、形成された結晶をタンパク質結晶という。
【0006】
ところで、近年、多角体を活用する研究がおこなわれている。例えば、特許文献1には、標的分子を多角体に封入した多角体-標的分子複合体の製造方法が記載されている。また、非特許文献1には、多角体タンパク質であるポリヘドリンタンパク質のN末端に存在するH1α-へリックスとの融合タンパク質をコードする遺伝子を、ポリヘドリンタンパク質をコードする遺伝子と共に細胞内で共発現させることにより、細胞質多角体病ウイルスの多角体の結晶に融合タンパク質が封入された多角体を調製できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018-033404号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Ijiri H., et al., Structure-based targeting of bioactive proteins into cypovirus polyhedra and application to immobilized cytokines for mammalian cell culture., Biomaterials, 30 (26), 4297-4308, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1及び非特許文献1に記載の方法では、多角体タンパク質の結晶を得るために、多大な時間と労力を要する。そこで、本発明は、短時間、且つ、少ない労力でタンパク質結晶を得る技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]結晶性タンパク質をコードする核酸を、タンパク質合成系に添加する工程(a)と、添加した前記核酸にコードされた前記結晶性タンパク質が発現し、発現した前記結晶性タンパク質が結晶の形成を完了するまでの所定時間、前記タンパク質合成系をインキュベートする工程(b)と、を含み、前記タンパク質合成系が無細胞タンパク質合成系である、タンパク質結晶の製造方法。
[2]前記結晶性タンパク質が、下記(A)~(C)のいずれかに記載のタンパク質である、[1]に記載のタンパク質結晶の製造方法。
(A)細胞質多角体タンパク質、核多角体タンパク質、殺虫性タンパク質、カテプシンB、殺虫性タンパク質、reovirus nonstructural protein(μNS)、Crystalline Inclusion Protein A(CipA)、又は、フソリンタンパク質(Fusolin)
(B)前記(A)のタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(C)前記(A)又は(B)のタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質
[3]前記結晶性タンパク質が下記(i)、(ii)、(iii)及び(iv)からなる群より選択される一種である、[1]に記載のタンパク質結晶の製造方法。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、 前記融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
[4]前記結晶性タンパク質が前記(i)又は前記(iv)であり、前記工程(a)において、配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸を、前記タンパク質合成系に更に添加する、[3]に記載のタンパク質結晶の製造方法。
[5]前記無細胞タンパク質合成系が、分子量が10~100000の標的分子を含むものである、[1]~[4]のいずれか一項に記載のタンパク質結晶の製造方法。
[6]配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、前記融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質。
[7][6]に記載の融合タンパク質が結晶化した多角体。
[8][7]に記載の結晶化した多角体の結晶構造に標的分子が封入された、多角体-標的分子複合体。
[9][6]に記載の融合タンパク質をコードする核酸。
[10]結晶性タンパク質をコードする核酸と、無細胞タンパク質合成系の試薬と、を含む、無細胞系結晶製造用キット。
[11]前記結晶性タンパク質が、下記(A)~(C)のいずれかに記載のタンパク質である、[10]に記載の無細胞系結晶製造用キット。
(A)細胞質多角体タンパク質、核多角体タンパク質、殺虫性タンパク質、カテプシンB、殺虫性タンパク質、ルシフェラーゼ、reovirus nonstructural protein(μNS)、Crystalline Inclusion Protein A(CipA)、又は、フソリンタンパク質(Fusolin)
(B)前記(A)のタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(C)前記(A)又は(B)のタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質
[12]前記結晶性タンパク質が下記(i)、(ii)、(iii)及び(iv)からなる群より選択される一種である、[10]に記載の無細胞系結晶製造用キット。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、 前記融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
[13]前記結晶性タンパク質が前記(i)又は前記(iv)であり、
更に、配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸を含む、[12]に記載の無細胞系結晶製造用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、短時間、且つ、少ない労力でタンパク質結晶を得る技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】無細胞タンパク質合成系により得られた、多角体の結晶の光学顕微鏡像である。
図2】15℃における無細胞タンパク質合成系により得られた多角体の結晶の、SEM像である。
図3】20℃における無細胞タンパク質合成系により得られた多角体の結晶の、SEM像である。
図4】無細胞タンパク質合成系により得られた多角体の結晶を、X線構造解析により立体構造を解析した結果である。
図5A】溶液220μL及び溶液55μLから得られた結晶のSEM像である。
図5B】溶液22μLから得られた結晶の光学顕微鏡像である。
図5C】溶液22μLから得られた結晶のSEM像である。
図6A】GFPを内包する多角体の結晶に励起光を照射して撮影したGFPの蛍光像である。
図6B】結晶の明視野像と蛍光像を重ね合わせた結果である。
図7】フルオレセインを内包する多角体の結晶に励起光を照射して撮影した蛍光像である。
図8A】ポリヘドリンタンパク質の、置換したペプチド付近の立体構造の模式図である。
図8B】ポリヘドリンタンパク質の、置換したペプチド付近の立体構造の模式図である。
図8C】ポリヘドリンタンパク質の、置換したペプチド付近の立体構造の模式図である。
図8D】ポリヘドリンタンパク質の、置換したペプチド付近の立体構造の模式図である。
図9】変異型ポリヘドリンタンパク質から形成された結晶の光学顕微鏡による撮影像、SEMによる撮影像である。
図10】変異型ポリヘドリンタンパク質から形成された結晶のサイズのヒストグラムである。
図11A】用いたキャピラリーの写真である。
図11B】キャピラリー内で形成させた変異型ポリヘドリンタンパク質の結晶である。
図12】変異型ポリヘドリンタンパク質から形成された結晶の質量分析による結果である。
図13】変異型ポリヘドリンタンパク質から形成された結晶を可溶化し、SDS-PAGEにより解析した結果である。
図14A】20℃で作製したCry3Aタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図14B】4℃で作製したCry3Aタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図14C】20℃で作製したCry3Aタンパク質結晶のSEM像である。
図14D】4℃で作製したCry3Aタンパク質結晶のSEM像である。
図15A】20℃で作製したμNSタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図15B】4℃で作製したμNSタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図15C】20℃で作製したμNSタンパク質結晶のSEM像である。
図15D】4℃で作製したμNSタンパク質結晶のSEM像である。
図16A】20℃で作製したカテプシンBタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図16B】4℃で作製したカテプシンBタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図16C】20℃で作製したカテプシンBタンパク質結晶のSEM像である。
図16D】4℃で作製したカテプシンBタンパク質結晶のSEM像である。
図17A】20℃で作製した核多角体タンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図17B】4℃で作製した核多角体タンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
図17C】20℃で作製した核多角体タンパク質結晶のSEM像である。
図17D】4℃で作製した核多角体タンパク質結晶のSEM像である。
図18】20℃で作製したCipAタンパク質結晶の光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[製造方法]
1実施形態において、本発明は、結晶性タンパク質をコードする核酸を、タンパク質合成系に添加する工程(a)と、添加した核酸にコードされた結晶性タンパク質が発現し、発現した結晶性タンパク質が結晶の形成を完了するまでの所定時間、タンパク質合成系をインキュベートする工程(b)と、を含み、タンパク質合成系が無細胞タンパク質合成系である、タンパク質結晶の製造方法を提供する。
【0014】
本明細書において、結晶性タンパク質とは、細胞質内等の生理的条件において、自発的に自己集積して結晶を形成することができるタンパク質を意味する。また、本明細書において、タンパク質結晶とは、上述した結晶性タンパク質が結晶化した結晶のことを意味する。
【0015】
結晶性タンパク質としては、無細胞タンパク質合成系で結晶を形成するタンパク質であれば特に限定されない。本来結晶を形成しない非結晶性タンパク質であっても、タンパク質の化学修飾や変異体作成、融合タンパク質などの手法により、無細胞タンパク質合成系で結晶を形成可能となった場合、当該タンパク質も本明細書における結晶性タンパク質に含まれる。
【0016】
より限定的な結晶性タンパク質としては、下記(A)~(C)のいずれかに記載のタンパク質が挙げられる。
(A)細胞質多角体タンパク質、核多角体タンパク質、殺虫性タンパク質、カテプシンB、ルシフェラーゼ、reovirus nonstructural protein(μNS)、Crystalline Inclusion Protein A(CipA)、又は、フソリンタンパク質(Fusolin)
(B)前記(A)のタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(C)前記(A)又は(B)のタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質
【0017】
細胞質多角体タンパク質とは、細胞質多角体病の病原ウイルスである細胞質多角体病ウイルス(Cypovirus、CPV)由来のポリヘドリンタンパク質である。例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、カイコガに感染する細胞質多角体病ウイルスが発現する、野生型ポリヘドリンタンパク質である。
また、核多角体タンパク質とは、核多角体病の病原ウイルスである核多角体病ウイルス(Nucleopolyhedrovirus、NPV)由来のポリヘドリンタンパク質である。例えば、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、Autographa californicaに感染する核多角体病ウイルスが発現する、野生型ポリヘドリンタンパク質である。
【0018】
殺虫性タンパク質とは、Bacillus thuringiensisが産生する殺虫性タンパク質である。配列番号18にBacillus thuringiensisが産生するCry3Aタンパク質のアミノ酸配列を示す。
【0019】
カテプシンBは、エンドペプチダーゼ活性とエキソペプチダーゼ活性を有するプロテアーゼである。カテプシンBは、昆虫培養細胞内で結晶を形成するタンパク質である。配列番号19にブルーストリパノソーマ由来カテプシンBのアミノ酸配列を示す。
【0020】
ルシフェラーゼは発光バクテリアやホタルなどの生物発光において、発光物質が光を放つ化学反応を触媒する作用を持つ酵素の総称である。ルシフェラーゼは、昆虫細胞内で結晶を形成するタンパク質である。配列番号20にホタル由来ルシフェラーゼのアミノ酸配列を示し、配列番号21にウミシイタケ由来ルシフェラーゼのアミノ酸配列を示す。
【0021】
μNSは、結晶性を有するレオウイルスの非構造タンパク質である。配列番号22にレオウイルス由来μNSのアミノ酸配列を示す。
【0022】
Fusolinは、昆虫ポックスウイルスが宿主細胞内に形成する、結晶性タンパク質封入体の構成タンパク質である。配列番号23に昆虫ポックスウイルス由来Fusolinのアミノ酸配列を示す。
【0023】
Crystalline inclusion protein A(CipA)は、Photorhabdus属の結晶性タンパク質封入体の構成タンパク質である。配列番号24にPhotorhabdus laumondii由来のCipAのアミノ酸配列を示す。
【0024】
本明細書において、1又は複数個とは、例えば1~50個、例えば1~35個、例えば1~20個、例えば1~15個、例えば1~10個、例えば1~5個を意味する。
【0025】
結晶性タンパク質は、結晶形成能を有する限り、上述した、細胞質多角体タンパク質、核多角体タンパク質、殺虫性タンパク質、カテプシンB、ルシフェラーゼ、μNS、CipA、Fusolin等に対して変異を有する変異体であってもよい。より具体的には、結晶性タンパク質は、例えば、上述した配列番号1~2、18~24に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよい。
【0026】
ここで、標的ペプチドとは、例えば、立体構造を解析する対象であるペプチドであってもよい。後述するように、上述した結晶性タンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質である結晶性タンパク質を、無細胞タンパク質合成系で発現させて結晶を形成し、前記結晶性タンパク質の結晶をX線結晶構造解析することにより、標的ペプチドの立体構造を簡便に解析することができる。
【0027】
この場合、標的ペプチドは、立体構造を解析する需要のある任意のペプチドであってよい。標的ペプチドのアミノ酸の長さは、結晶性タンパク質が、結晶形成能を維持することができる観点から、例えば5~50アミノ酸程度であることが好ましい。
【0028】
タンパク質を結晶化させる方法としては、細胞からタンパク質を精製した後、結晶化を行う方法が一般的である。このような方法によれば、結晶を得るために2週間以上の時間を要し、必要な労力も多大であった。
【0029】
例えば、多角体の結晶を作製するために、バキュロウイルスを細胞に感染させて、細胞内で多角体の結晶を作製する方法が採られる場合があった。この場合、バキュロウイルスを調製するために約2週間の時間を要していた。
【0030】
一方、本実施形態の、無細胞タンパク質合成系を用いた結晶の製造方法の場合、結晶性タンパク質を発現させて結晶化させるために要する時間は、約1日である。また、本実施形態のタンパク質結晶の製造方法によれば、操作は非常に簡便で必要な労力は少ない。
【0031】
また、無細胞タンパク質合成系は、合成系の量を自由に設定することができる。実施例において後述するように、例えば、無細胞タンパク質合成系の反応溶液の量が約22μLの場合であっても、タンパク質結晶を得ることができる。
無細胞タンパク質合成系の反応溶液量の下限値は、15μL以上であることが好ましく、18μL以上であることがより好ましく、20μL以上であることが更に好ましく、22μL以上であることが特に好ましい。反応溶液量が上記下限値以上であることにより、タンパク質結晶の形状をより整ったものとすることができる。
無細胞タンパク質合成系の反応溶液量の上限値は特に制限されず、タンパク質結晶を形成することができる液量とすることができる。反応溶液量は、例えば、5mL以下、1mL以下、500μL以下、200μL以下、100μL以下、50μL以下、30μL以下であってもよい。
【0032】
細胞内で結晶性タンパク質を合成する場合、その細胞の増殖、生育に適した温度、環境において結晶性タンパク質を合成する必要がある。一方、無細胞タンパク質合成系において結晶性タンパク質を合成する場合、温度、環境等を適宜設定することがでる。例えば、無細胞タンパク質合成系を用いて、細胞の一般的な培養温度よりも低温で結晶性タンパク質を合成することにより、得られる結晶の質を向上させることができる。
【0033】
また、実施例において後述するように、キャピラリー内に無細胞タンパク質合成系の反応溶液を注入することにより、反応溶液の量が20μL以下であっても、タンパク質結晶を得ることができる。キャピラリーを用いてタンパク質結晶を得る場合、キャピラリー内に注入する反応溶液量は、5μL以上であることが好ましく、12μL以上であることがより好ましく、15μL以上であることが更に好ましく、18μL以上であることが特に好ましい。反応溶液量が上記下限値以上であることにより、タンパク質結晶の形状をより整ったものとすることができる。
キャピラリーに注入する無細胞タンパク質合成系の反応溶液量の上限値は特に制限されず、タンパク質結晶を形成することができ、キャピラリーが保持し得る液量とすることができる。反応溶液量は、例えば、100μL以下、50μL以下、20μL以下であってもよい。
【0034】
本実施形態の製造方法では、工程(a)において、結晶性タンパク質をコードする核酸を、タンパク質合成系に添加する。
【0035】
(核酸)
本実施形態において、結晶性タンパク質をコードする核酸は、DNAであってもよいし、RNAであってもよい。後述する無細胞タンパク質合成系において結晶性タンパク質の発現が最適となるように、タンパク質をコードする核酸の塩基配列は同義置換されたものであってもよい。
【0036】
本実施形態において、同一の無細胞タンパク質合成系において発現する結晶性タンパク質は、一種類であってもよいし、二種類以上であってもよい。本実施形態において、無細胞タンパク質合成系に添加する核酸は、一種類であってもよいし、二種類以上であってもよい。
【0037】
DNAの配列は、結晶性タンパク質をコードする配列の上流に、RNAポリメラーゼが結合するためのプロモーターを有してもよい。プロモーターとしては、タンパク質合成系において活性を有するものであってもよいし、薬剤等により活性を誘導可能な発現誘導型プロモーターであってもよい。プロモーターとしては、特に限定されず、例えば、T3、T7、SP6プロモーター、サイトメガロウイルス・プロモーター(CMVプロモーター)やCMV early enhancer/chicken beta actin(CAGプロモーター)等が挙げられる。発現誘導型プロモーターとしては、人為的にプロモーター活性を制御することのできる、ドキシサイクリン誘導型プロモーター(TetOプロモーター)等が挙げられる。
【0038】
上述したRNAは、結晶性タンパク質をコードする配列の上流に、リボソーム結合部位を有していてもよい。リボソーム結合部位としては、例えば、シャイン・ダルガノ配列、コザック配列、internal ribosome entry site(IRES)等を挙げることができるが、これに限定されず、当業者に公知の配列を用いることができる。
【0039】
本実施形態の工程(b)において、添加した核酸にコードされた結晶性タンパク質が発現し、発現したタンパク質が結晶の形成を完了するまでの所定時間、タンパク質合成系をインキュベートする。ここで、所定時間は、10分以上、30分以上、1時間以上、3時間以上、6時間以上、12時間以上、24時間以上、32時間以上、48時間以上であってもよい。また、所定時間は、64時間以下、48時間以下、32時間以下、24時間以下、12時間以下、6時間以下、3時間以下、1時間以下、30分以下であってもよい。所定時間の上限値及び下限値は、任意に選択することができる。
【0040】
本実施形態の工程(b)において、タンパク質合成系の温度は、例えば、3℃以上、4℃以上、10℃以上、15℃以上、20℃以上であってもよい。また、温度は、例えば、35℃以下、30℃以下、25℃以下、20℃以下、15℃以下、10℃以下、5℃以下であってもよい。温度の上限値及び下限値は、任意に選択することができる。
【0041】
無細胞タンパク質合成系の反応液を、所定時間インキュベートすると、反応液を収容している容器の底にタンパク質結晶が形成される。形成された結晶は、遠心分離等の操作により、容易に回収することができる。
【0042】
(無細胞タンパク質合成系)
本実施形態において、タンパク質合成系は無細胞タンパク質合成系である。無細胞タンパク質合成系とは、細胞内でタンパク質を合成するのではなく、生細胞由来、人工的に合成された、リボソームや転写・翻訳因子等を用いて、鋳型である核酸からタンパク質をin vitroで合成することをいう。
【0043】
本実施形態の無細胞タンパク質合成系は、翻訳の過程に加えて、転写の過程を含む合成系であってもよい。本実施形態の結晶形成能を有するタンパク質をコードする核酸がDNAである場合、DNAを転写することによって、結晶形成能を有するタンパク質をコードするRNAを合成する必要がある。
【0044】
DNAを転写する工程は、本実施形態の工程(b)に含まれていてもよい。すなわち、本実施形態の無細胞タンパク質合成系は、転写を可能にする因子を含んでいてもよい。転写を可能にする因子としては、例えば、RNAポリメラーゼ、ヌクレオチド等が挙げられるが、これに限定されず、当業者に公知の因子を用いることができる。
【0045】
また、上述のDNAからRNAを転写する過程は、本実施形態の工程に含まれなくてもよい。すなわち、予め、結晶性タンパク質をコードするDNAを鋳型として、RNAを合成し、そのRNAを、本実施形態の無細胞タンパク質合成系に添加してもよい。また、結晶性タンパク質をコードするDNAを用いずに、人工的に化学合成された、結晶性タンパク質をコードするRNAを用いてもよい。
【0046】
無細胞タンパク質合成系としては、特に限定されず、例えば、コムギ胚芽、酵母、昆虫細胞、哺乳類培養細胞、ウサギ網状赤血球、大腸菌等から得られた細胞抽出液を利用した合成系;翻訳に必要な因子を再構成した合成系等が挙げられる。本実施形態で用いられる無細胞タンパク質合成系としては、上述の方法に限定されず、公知の方法を用いることができる(例えば、特開2019-083825号公報を参照。)
【0047】
無細胞タンパク質合成系において用いられる細胞抽出液は、翻訳に関わる因子として、例えば、tRNA、アミノアシル化tRNA合成酵素、翻訳開始因子、翻訳伸長因子、翻訳終結因子等を含んでもよい。
【0048】
細胞抽出液に、例えば、アミノ酸、エネルギー分子(ATP、GTP)を連続的に加えることにより、タンパク質合成の効率を高めてもよい。また、細胞抽出液に、例えば、エネルギー再生系、塩類、クレアチンリン酸、酵素等を必要に応じて添加してもよい。
【0049】
翻訳に必要な因子を再構成した合成系としては、特に限定されず、例えば、公知の方法を用いることができる。(例えば、Shimizu, Y. et al., Cell-free translation reconstituted with purified components, Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。再構成型の合成系は、例えば、翻訳開始因子、翻訳伸長因子、終結因子、アミノアシルtRNA合成酵素、メチオニルtRNAホルミル転移酵素等を含むものであってもよい。
【0050】
無細胞タンパク質合成系を用いて、例えば、次のような操作を行ってもよい。上述したように、無細胞タンパク質合成系に、必要に応じて、翻訳を調節する因子等を添加してもよい。また、合成系のpH、塩濃度等を必要に応じて変更することもできる。
【0051】
また、後述するように、無細胞タンパク質合成系に標的物質を添加することにより、標的物質を多角体に内包させることもできる。
【0052】
また、無細胞タンパク質合成系に、例えば、非天然型アミノ酸、放射性標識アミノ酸等を添加することにより、多角体のポリヘドリンタンパク質に、非天然型アミノ酸、放射性標識アミノ酸を取り込ませることができる。
【0053】
また、無細胞タンパク質合成系には、細胞に有害、有毒な化合物を添加することもできる。
【0054】
また、無細胞タンパク質合成系を用いると、結晶性タンパク質を大量に合成することができる。上述したように、例えば、無細胞タンパク質合成系にタンパク質合成の効率を高める因子を添加することにより、結晶性タンパク質を大量に合成することができる。
【0055】
上述した結晶性タンパク質は下記(i)、(ii)、(iii)及び(iv)からなる群より選択される一種であってもよい。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、 融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
これらについて、詳細に説明する。
【0056】
本明細書において、1又は複数個とは、例えば1~50個、例えば1~35個、例えば1~20個、例えば1~15個、例えば1~10個、例えば1~5個を意味する。
【0057】
(第1実施形態)
結晶性タンパク質は、下記(i)であってもよい。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
【0058】
配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、カイコガに感染する細胞質多角体病ウイルス(Cytoplasmic Polyhedrosis Virus、CPV)が発現する、野生型ポリヘドリンタンパク質である。野生型のポリヘドリンタンパク質は、自発的に自己集積することにより多角体を形成する多角体形成能を有している。
【0059】
実施例において後述するように、上記(i)の結晶性タンパク質を上述した無細胞タンパク質合成系において発現させ、無細胞タンパク質合成系をインキュベートすることにより、多角体のタンパク質結晶を製造することができる。
【0060】
(第2実施形態)
結晶性タンパク質は、下記(ii)であってもよい。
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
【0061】
配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、蛾の一種であるAutographa californicaに感染する核多角体病ウイルス(Nucleopolyhedrovirus、NPV)が発現する、野生型ポリヘドリンタンパク質である。この野生型ポリヘドリンタンパク質は、自発的に自己集積することによりタンパク質結晶を形成する結晶形成能を有している。
【0062】
上記(ii)の結晶性タンパク質を上述した無細胞タンパク質合成系において発現させ、無細胞タンパク質合成系をインキュベートすることにより、多角体のタンパク質結晶を製造することができる。
【0063】
(第3実施形態)
結晶性タンパク質は、下記(iii)であってもよい。
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
【0064】
配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、Bacillus thuringiensisが産生するCry3Aタンパク質である。野生型のCry3Aタンパク質は、自発的に自己集積することによりタンパク質結晶を形成する結晶形成能を有している。
【0065】
実施例において後述するように、上記(iii)の結晶性タンパク質を上述した無細胞タンパク質合成系において発現させ、無細胞タンパク質合成系をインキュベートすることにより、結晶性タンパク質の結晶を製造することができる。
【0066】
(第4実施形態)
結晶性タンパク質は、下記(iv)であってもよい。
(iv)配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、 融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
【0067】
本実施形態の融合タンパク質を結晶化させて得られた多角体の結晶構造を解析することにより、標的ペプチドの結晶構造解析を容易に行うことができる。
【0068】
また、標的ペプチドのアミノ酸配列を適切に設計することにより、多角体の結晶の大きさを制御することができる。
【0069】
標的ペプチドのアミノ酸配列のアミノ酸の個数は、例えば、5~25残基であってもよいし、7~23残基であってもよいし、9~18残基であってもよい。
【0070】
本実施形態の融合タンパク質としては、実施例において後述するように、例えば、配列番号8~10、配列番号12、配列番号15に表されるアミノ酸配列からなる融合タンパク質を挙げることができる。これらの融合タンパク質のアミノ酸配列について詳述する。
【0071】
配列番号8の融合タンパク質は、配列番号1に表されるアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、配列番号7に表されるアミノ酸配列からなる標的ペプチドに置換された融合タンパク質である。
【0072】
配列番号9の融合タンパク質は、配列番号8の融合タンパク質において、標的ペプチドのN末端側に2残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に1残基のアミノ酸が挿入された融合タンパク質である。
【0073】
配列番号10の融合タンパク質は、配列番号8の融合タンパク質において、標的ペプチドのN末端側に3残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に3残基のアミノ酸が挿入された融合タンパク質である。
【0074】
配列番号12の融合タンパク質は、配列番号8の融合タンパク質において、標的ペプチドのN末端側に4残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に4残基のアミノ酸が挿入された融合タンパク質である。
【0075】
配列番号15の融合タンパク質は、配列番号8の融合タンパク質において、標的ペプチドのN末端側に4残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に4残基のアミノ酸が挿入された融合タンパク質である。
【0076】
実施例において後述するように、配列番号12のタンパク質から形成された多角体の結晶は、そのサイズが約400nmであり、野生型のポリヘドリンタンパク質から形成された結晶のサイズと比較して小さい。
【0077】
(第5実施形態)
1実施形態において、本発明は、結晶性タンパク質が前記(i)又は前記(iv)であり、工程(a)において、配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は配列番号に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸を、無細胞タンパク質合成系に更に添加する、タンパク質結晶の製造方法を提供する。
【0078】
配列番号4に記載されるアミノ酸配列は、野生型の細胞質多角体タンパク質のH1α-ヘリックス領域である。
本実施形態において、無細胞タンパク質合成系により、融合タンパク質と、多角体形成能を有するタンパク質とを発現させると、これらのタンパク質は多角体を形成し、融合タンパク質は多角体の一部を形成することができる。
【0079】
融合タンパク質のC末端に結合した標的ペプチドが結合し、且つ多角体形成能を有するタンパク質が多角体を形成すると、標的ペプチドは多角体に内包される。実施例において後述するように、標的ペプチドをGFPとした場合、多角体はGFPを内包することができる。
【0080】
標的ペプチドの配列は特に限定されない。標的ペプチドのアミノ酸配列の残基数としては、3~500残基が好ましく、3~400残基がより好ましく、3~300残基が更に好ましい。
【0081】
(第6実施形態)
結晶性タンパク質は、下記(v)又は(vi)のタンパク質において、少なくとも一部のアミノ酸配列を欠失し、且つ多角体形成能を有する、改変ポリヘドリンタンパク質であってもよい。
(v)野生型ポリへドリンタンパク質
(vi)野生型ポリヘドリンタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
野生型ポリヘドリンタンパク質は、CPVが発現する野生型ポリヘドリンタンパク質であってもよいし、NPVが発現する野生型ポリヘドリンタンパク質であってもよい。
より具体的には、野生型ポリヘドリンタンパク質は、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよいし、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよい。
【0082】
本実施形態の改変ポリヘドリンタンパク質が結晶化した多角体は、内部に空間を有している。このため、従来封入することが困難であった、より大きな分子を封入することが容易である。本明細書において、ペプチドは、タンパク質を包含するものとする。
【0083】
本実施形態において、改変ポリヘドリンタンパク質は、野生型ポリヘドリンタンパク質において、少なくとも一部のアミノ酸配列を欠失したものであってもよい。
【0084】
また、本実施形態において、改変ポリヘドリンタンパク質は、野生型ポリヘドリンタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質において、少なくとも一部のアミノ酸配列を欠失したものであってもよい。
【0085】
欠失した少なくとも一部のアミノ酸配列の長さの合計は、30アミノ酸以上であってもよく、35アミノ酸以上であってもよく、40アミノ酸以上であってもよい。多角体形成能を維持したまま、より多くのアミノ酸を欠失させることができれば、多角体内部の空間をより大きくすることができる。
【0086】
欠失した少なくとも一部のアミノ酸配列の長さの合計の上限は、改変ポリヘドリンタンパク質が多角体形成能を維持できる程度であればよく、例えば100アミノ酸であってもよく、例えば80アミノ酸であってもよく、例えば、50アミノ酸であってもよい。
【0087】
また、欠失したアミノ酸配列は、多角体形成能を維持している限り、1ヶ所であってもよく、2ヶ所以上であってもよい。すなわち、改変ポリヘドリンタンパク質のもとになる野生型ポリヘドリンタンパク質のアミノ酸配列において、連続する1ヶ所のアミノ酸配列領域であってもよく、2ヶ所以上に離れて存在するアミノ酸配列領域であってもよい。
【0088】
本実施形態の改変ポリヘドリンタンパク質のもとになる野生型ポリヘドリンタンパク質としては、多角体を形成するポリヘドリンタンパク質であれば特に制限されず、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよい。
【0089】
本実施形態の改変ポリヘドリンタンパク質のより具体的な例としては、例えば、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号3に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質が挙げられる。
配列番号3に記載のアミノ酸配列は、配列番号1に示されるアミノ酸配列において、67番目のアラニン残基から104番目のアラニン残基までの38残基が欠失した配列である。
【0090】
(第7実施形態)
上述した結晶性タンパク質は、配列番号3に記載のアミノ酸配列の第66番目及び第67番目のアミノ酸の間に、標的ペプチドが挿入され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、その融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であってもよい。
【0091】
本実施形態の融合タンパク質は、上述した改変ポリヘドリンタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質である。また、本実施形態の融合タンパク質においては、改変ポリヘドリンタンパク質のもととなった野生型のポリヘドリンタンパク質から一部のアミノ酸を欠失させた領域に、標的ペプチドが挿入されている。
【0092】
本実施形態の融合タンパク質を結晶化させて得られた多角体の内部には、標的ペプチドが規則正しく配置される。このため、本実施形態の融合タンパク質を用いて標的ペプチドの結晶構造解析を容易に行うことができる。
【0093】
(第8実施形態)
上述した結晶性タンパク質は、金属原子に配位性を有するアミノ酸を含む部位を有し、且つ多角体形成能を有するタンパク質であり、標的分子は金属原子を含有する物質であってもよい。金属原子に配位性を有するアミノ酸を含む部位は、上述したタンパク質のC末端に位置していてもよい。
【0094】
金属原子に配位性を有するアミノ酸としては、ヒスチジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、システイン、セリン等が挙げられる。金属原子に配位性を有するアミノ酸を含む部位としては、上述したアミノ酸から選択される1種以上のアミノ酸を含む部位が挙げられ、例えば、ヒスチジンが約6個連続した部位、多角体の結晶内部の空間に金属原子への配位性を有するアミノ酸が露出した部位、多角体の結晶表面に金属原子に配位性を有するアミノ酸が露出した部位等が挙げられる。
【0095】
(第9実施形態)
無細胞タンパク質合成系は、分子量が10~100000の標的分子を含むものであってもよい。
【0096】
標的分子を含む無細胞タンパク質合成系において、上述した結晶性タンパク質を発現させることにより、上述した結晶性タンパク質の結晶は標的分子を内包することができる。
【0097】
上述したように、多角体形成能を有するタンパク質のアミノ酸配列を改変することにより、標的分子は多角体の表面に結合させることもできる。
【0098】
(標的分子)
標的分子の分子量は、10~100000であることが好ましく、10~60000であることがより好ましく、10~30000であることが更に好ましい。標的分子の分子量が上述の範囲内であると、標的分子は多角体に内包されやすい。
【0099】
標的分子としては、特に限定されず、例えば、無機物質、有機物質、金属原子を含有する物質等が挙げられる。有機物質としては、例えば、ペプチド、タンパク質、フルオレセイン等であってもよい。
【0100】
金属原子を含有する物質としては、例えば、金属錯体、金属原子含有タンパク質、金属原子含有有機化合物等が挙げられる。
【0101】
金属錯体としては、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、マンガン、鉄、ルテニウム、レニウム等から選択される1種以上の金属原子を含有する物質が挙げられ、例えば、Mn(CO)Br、Mn(CO)Cl、Ru(CO)Cl、Fe(CO)12、Re(CO)Cl等が挙げられる。
【0102】
金属原子含有タンパク質としては、サイトクロムP450、ヘモグロビンを代表とするヘムタンパク質、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、アルコール脱水素酵素を代表とする非へムタンパク質が挙げられる。
【0103】
金属原子含有有機化合物としては、プロトポルフィリン、クロロフィル等が挙げられる。
【0104】
[融合タンパク質]
1実施形態において、本発明は、配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、その融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質を提供する。
【0105】
本実施形態の融合タンパク質は、結晶の製造方法の第3実施形態において上述した融合タンパク質と同一のものである。
【0106】
本実施形態の融合タンパク質を結晶化させて得られた多角体の結晶構造を解析することにより、標的ペプチドの結晶構造解析を容易に行うことができる。
【0107】
また、標的ペプチドのアミノ酸配列を適切に設計することにより、多角体の結晶の大きさを制御することができる。
【0108】
[多角体]
1実施形態において、本発明は、[融合タンパク質]において上述した融合タンパク質が結晶化した多角体を提供する。本実施形態の融合タンパク質を、上述したような無細胞タンパク質合成系、又は、細胞において発現させると、融合タンパク質は多角体の結晶を形成する。
【0109】
[多角体-標的分子複合体]
1実施形態において、本発明は、[多角体]において上述した多角体の結晶構造に標的分子が封入された、多角体-標的分子複合体を提供する。上述の融合タンパク質から多角体が形成される際に、融合タンパク質に標的分子を接触させることにより、多角体の結晶構造に標的分子が封入された、多角体-標的分子複合体を得ることができる。
【0110】
[核酸]
1実施形態において、本発明は、[融合タンパク質]において上述した融合タンパク質をコードする核酸を提供する。本実施形態において、核酸は、RNAであってもよく、DNAであってもよい。
【0111】
[無細胞系結晶製造用キット]
1実施形態において、本発明は、結晶性タンパク質をコードする核酸と、無細胞タンパク質合成系の試薬と、を含む、無細胞系結晶製造用キットを提供する。
【0112】
本実施形態のキットに付属する試薬を用いることによって、簡便に無細胞タンパク質合成系を準備することができる。無細胞タンパク質合成系としては、[製造方法]において上述したものが挙げられる。無細胞タンパク質合成系としては、細胞抽出液を利用した合成系であってもよく、翻訳に必要な因子を再構成した合成系であってもよい。
【0113】
無細胞タンパク質合成系が細胞抽出液を利用した合成系である場合、キットに付属する無細胞タンパク質合成系の試薬としては、細胞抽出液を含んでもよい。細胞抽出液が由来する細胞の生物種は特に限定されず、[製造方法]において上述したものが挙げられる。
【0114】
無細胞タンパク質合成系が翻訳に必要な因子を再構成した合成系である場合、キットは、翻訳に必要な因子を含んでもよい。翻訳に必要な因子が由来する生物種は特に限定されない。
【0115】
本実施形態のキットは、アミノ酸、エネルギー分子等のタンパク質合成の効率を高める因子を含んでもよい。タンパク質合成の効率を高める因子としては、例えば、[製造方法]において上述したものを挙げることができる。
【0116】
本実施形態のキットに含まれる核酸は、RNAであってもよく、DNAであってもよい。上述したタンパク質をコードする核酸の配列は、無細胞タンパク質合成系においてタンパク質の発現が最適となるように、同義置換されたものであってもよい。
【0117】
核酸がDNAである場合、DNAは、直鎖状であってもよいし、環状であってもよい。環状のDNAとしては、例えば、プラスミド等の発現ベクターであってもよい。プラスミドは、上述のタンパク質をコードするDNA配列の上流に、プロモーターを有していてもよいし、リボソーム結合部位を有していてもよい。
【0118】
本実施形態のキットは、転写に必要な因子を含むものであってもよい。転写に必要な因子としては、[製造方法]において上述した因子を挙げることができる。タンパク質をコードする核酸がDNAである場合、本実施形態のキットに付属した転写に必要な因子を用いて、転写によりRNAを合成することができる。
【0119】
(第1実施形態)
本実施形態のキットにおいて、結晶性タンパク質は下記(A)~(C)のいずれかに記載のタンパク質であってもよい。
(A)細胞質多角体タンパク質、核多角体タンパク質、殺虫性タンパク質、カテプシンB、ルシフェラーゼ、reovirus nonstructural protein(μNS)、CipA、又は、フソリンタンパク質(Fusolin)
(B)前記(A)のタンパク質のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(C)前記(A)又は(B)のタンパク質と標的ペプチドとの融合タンパク質
【0120】
例えば、本実施形態のキットに付属した、上述した結晶性タンパク質をコードする核酸を、本実施形態のキットに付属した無細胞タンパク質合成系に添加することにより、結晶性タンパク質を合成してタンパク質結晶を容易に製造することができる。
【0121】
(第2実施形態)
本実施形態のキットにおいて、結晶性タンパク質は下記(i)、(ii)、(iii)及び(iv)からなる群より選択される一種であってもよい。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(ii)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
(iii)配列番号18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列番号18に記載のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ結晶形成能を有するタンパク質
(iv)配列番号1に記載のアミノ酸配列の第70番目~第77番目のアミノ酸配列が、標的ペプチドに置換され、且つ多角体形成能を有する融合タンパク質であるか、又は、 前記融合タンパク質において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ多角体形成能を有するタンパク質
【0122】
例えば、本実施形態のキットに付属した、上述した結晶性タンパク質をコードする核酸を、本実施形態のキットに付属した無細胞タンパク質合成系に添加することにより、結晶性タンパク質を合成してタンパク質結晶を容易に製造することができる。
【0123】
(第3実施形態)
本実施形態のキットが、上述の(i)又は(iv)をコードする核酸を含む場合、本実施形態のキットは、更に、配列番号4に記載のアミノ酸配列、又は配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列のC末端に標的ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸を含んでもよい。
【0124】
本実施形態に付属した核酸を、本実施形態のキットに付属した無細胞タンパク質合成系に添加することにより、多角体形成能を有するタンパク質と、融合タンパク質が発現し、これらは多角体を形成し、融合タンパク質は多角体の一部を形成することができる。
【0125】
上述の製造方法により製造された多角体の結晶は、翻訳反応の反応液を、例えば、遠心分離することによって回収することができる。
【0126】
多角体の結晶は、蒸留水、緩衝生理食塩水、抗生物質を含む蒸留水等の溶液中で保存することができる。
【0127】
多角体に内包された標的分子は、多角体により保護されるため、標的分子を多角体-標的分子複合体に封入することにより、紫外線、熱、乾燥、尿素溶液への浸漬、酸への浸漬、界面活性剤を含む溶液への浸漬等に対する安定性を向上させることができる。
【0128】
また、多角体-標的分子複合体は、細胞親和性がある(生体毒性が低い)ことから、金属含有薬物の貯蔵及び制御放出や、生体内での小分子の反応制御への応用が可能となる。
【0129】
小分子の反応制御とは、小分子の捕捉、小分子の放出、小分子の合成、小分子の分解等である。
【0130】
また、例えば、多角体を含む溶液のpHを例えば10以上に変化させることにより、標的分子を制御放出することができる。pHの変化以外にも、光照射、温度変化、活性分子の添加により作用物質を放出する標的分子を複合体に封入することにより、光照射、温度変化、活性分子の添加による作用物質の制御放出が可能となる。光照射により物質を放出する標的分子としては、例えばMn(CO)Brが挙げられる。Mn(CO)Brは光照射によりCOを放出する。
【0131】
ところで、脳梗塞、アルツハイマー病、発癌、肝臓疾患には、CO、NO、O等のガス分子が大きく関与していることが知られている。これらのガス分子は細胞内に浸透し、神経伝達、転写因子活性等に影響している。
【0132】
従来、ポリマー、ゲル、多孔性材料にCO放出材料を担持させて、常温常圧でのCOの放出や、水中でのCOの放出を行ったことが報告されているが、材料に生体毒性があることや、合成過程が煩雑である等の課題がある。これに対し、多角体-標的分子複合体は、細胞親和性があり、製造も容易である。
【0133】
例えば、CO、NO、O等のガス分子放出材料を標的分子として封入した多角体により、細胞親和性があり、ガス分子を制御放出可能な新たな材料を提供することができる。このような材料を、例えば、iPS細胞やES細胞により構築された評価システムに組み込むことにより、脳梗塞、アルツハイマー病、発癌、肝臓疾患等の医薬品開発に利用することができる。
【0134】
本発明によれば、上述したように、約50μLという極めて微量な反応液中で、ポリヘドリンタンパク質を発現させて多角体を結晶化することができる。このため、24ウェル、96ウェル、384ウェルのウェル内で、ポリヘドリンタンパク質の発現から結晶化までの操作を行うことができる。
【0135】
上述のような小スケール且つ多数のサンプルを同時に扱えるため、結晶化した多角体を用いて、薬剤の効果をハイスループットで検証することが可能となる。例えば、対象物質を多角体に内包させ、適切な条件下で、薬剤候補のライブラリを多角体に内包された対象物質に作用させて、活性のある薬剤を効率的にスクリーニングすることが可能となる。
【実施例
【0136】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0137】
[実験例1]
(無細胞タンパク質合成系による野生型ポリヘドリンの結晶化)
コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、CPVの野生型ポリヘドリンを発現させ、多角体の結晶を形成させた。
【0138】
コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系は、セルフリーサイエンス社のSUB-AMIX SGC、WEPRO 9240及びpEU-E01-MCSベクターを用いた。
【0139】
まず、配列番号1に表される野生型ポリヘドリンタンパク質をコードするcDNAを、pEU-E01-MCSベクターに挿入し、発現ベクターを得た。得られた発現ベクターを2μg調製し、これをTranscription Premix LMチューブに加えた後、37℃で6時間インキュベートして、mRNAを合成し、転写反応液を得た。
【0140】
転写反応液を、SUB-AMIX SGCが入ったウェルの底に入れて、ウェル内で重層を形成させた。続いて、15℃で20時間、保温して、翻訳反応を行い、野生型ポリヘドリンを合成した。
【0141】
翻訳反応の開始から1日後、ウェルの底に形成された結晶を観察した。結果を図1に示す。図1は、無細胞タンパク質合成系により得られた野生型ポリヘドリンの結晶を撮影した写真である。その結果、無細胞タンパク質合成系により、上述したような簡便な操作により、わずか1日で結晶が得られることが明らかになった。
【0142】
続いて、得られた結晶を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。結果を図2に示す。また、翻訳反応時の温度を20℃に変更して同様に結晶を作製し、得られた結晶をSEMにより観察した。結果を図3に示す。
【0143】
その結果、15℃及び20℃で翻訳反応を行って得られた結晶のサイズは、0.5μm~1.5μmであった。また、15℃で翻訳反応を行った場合と、20℃で翻訳反応を行った場合とで、結晶のサイズ、形状に顕著な差は確認されなかった。
【0144】
タンパク質を結晶化させる方法としては、細胞からタンパク質を精製した後、結晶化を行う方法が一般的である。このような方法によれば、結晶を得るために2週間以上の時間を要し、必要な労力も多大であった。
【0145】
また、多角体の結晶を作製するために、バキュロウイルスを細胞に感染させて、細胞内で多角体の結晶を作製する方法が採られる場合があった。この場合、バキュロウイルスを調製するために約2週間の時間を要していた。
【0146】
一方、本発明の結晶の製造方法によれば、実験例1に例示されるように、非常に簡便な方法により、約1日という短時間で結晶化できることが明らかになった。
【0147】
[実験例2]
(無細胞タンパク質合成系により得られた結晶のX線構造解析)
実験例1において得られた、CPVの野生型ポリヘドリンの結晶について、X線構造解析により、立体構造を解析した。分解能は2.5Åに設定した。結果を図4に示す。
【0148】
その結果、無細胞タンパク質合成系により得られた野生型ポリヘドリンの結晶の立体構造は、従来の方法、すなわち、細胞内で合成した野生型ポリヘドリンの結晶の立体構造と、顕著な差は確認されなかった。また、分解能を1.70Åに設定した場合においても、立体構造を解析することができた。
【0149】
[実験例3]
(無細胞タンパク質合成系により得られた結晶の結晶化条件)
実験例1において得られた翻訳反応後の溶液の量を調整して、形態が整ったCPVの野生型ポリヘドリンの結晶を得られる溶液量を検討した。
【0150】
具体的には、実験例1において得られた翻訳反応後の溶液(220μL、55μL、22μL)から得られたそれぞれの結晶の形態を光学顕微鏡又はSEMにより観察した。結果を図5A図5Cに示す。図5Aは溶液220μL及び溶液55μLから得られた結晶のSEM像である。図5Bは溶液22μLから得られた結晶の光学顕微鏡像であり、図5Cは溶液22μLから得られた結晶のSEM像である。
【0151】
その結果、翻訳反応後の溶液220μLからは、整った立方体の形状を有する結晶が得られた。また、翻訳反応後の溶液55μL及び溶液22μLからも、立方体の形状を有する結晶が得られた。
【0152】
[実験例4]
(ポリヘドリン断片-GFP融合タンパク質の結晶化)
CPVのポリヘドリンタンパク質の断片と-GFPを融合した融合タンパク質と、CPVの野生型ポリヘドリンタンパク質とを、無細胞タンパク質合成系により共発現させて、GFPを内包する多角体の結晶を作製した。
【0153】
配列番号5に表されるGFP融合タンパク質をコードするcDNAと、配列番号1に表される野生型ポリヘドリンタンパク質をコードするcDNAとを、実験例1と同様に、それぞれ、pEU-E01-MCSベクターに挿入して発現ベクターを作製した。
【0154】
実験例1と同様に無細胞タンパク質合成系により発現させて、結晶を作製した。配列番号5に表される融合タンパク質は、野生型ポリヘドリンタンパク質のN末端に位置するH1 α-ヘリックスのC末端側に、GFPタンパク質が融合したタンパク質である。
【0155】
翻訳反応後の溶液に生成した結晶を観察した。結果を図6に示す。図6Aは、結晶に励起光を照射して撮影したGFPの蛍光像である。図6Bは、結晶の明視野像と蛍光像を重ね合わせた結果である。
【0156】
その結果、GFPを内包した多角体の結晶が得られたことが明らかになった。
【0157】
[実験例5]
(フルオレセインを内包した多角体の結晶化)
CPVの野生型ポリヘドリンタンパク質を、フルオレセインを含む無細胞タンパク質合成系により発現させて、フルオレセインを内包する多角体の結晶を作製した。
【0158】
実験例1において得られた、野生型ポリヘドリンタンパク質を発現する発現ベクターと、フルオレセインとを、無細胞タンパク質合成系に添加して、野生型ポリヘドリンタンパク質を発現させた。得られた結晶を観察した。結果を図7に示す。
【0159】
図7は、フルオレセインを内包する多角体の結晶に励起光を照射して撮影した蛍光像である。その結果、フルオレセインを内包した多角体の結晶が得られたことが明らかになった。
【0160】
[実験例6]
(変異型ポリヘドリンタンパク質の結晶化)
CPVの野生型ポリヘドリンタンパク質のL1又はL1の一部のアミノ酸配列が、次に示すようなペプチドで置換された4種類の変異型ポリヘドリンタンパク質を、無細胞タンパク質合成系により発現させて結晶を作製した。また、より少ない量の変異型ポリヘドリンタンパク質溶液を用いてキャピラリー内で結晶を作製した。
【0161】
配列番号1に表されるアミノ酸配列からなる野生型ポリヘドリンタンパク質の、70~77残基目は、L1(ループ領域)と呼ばれ、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる。L1近傍のアミノ酸配列を、次に示すようなペプチド等により次のように置換した。
【0162】
配列番号1で表される野生型ポリヘドリンタンパク質の70~77残基目のアミノ酸配列を、配列番号7で表されるCLN025ペプチドで置換し、配列番号8で表される変異型ポリヘドリンタンパク質(ΔL1-CLN-1)をデザインした。この変異型ポリヘドリンタンパク質のCLN025ペプチド付近の立体構造の模式図を図8Aに示す。
【0163】
配列番号8で表される変異型ポリヘドリンタンパク質において、標的ペプチドのN末端側に2残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に1残基のアミノ酸が挿入された、配列番号9で表される変異型ポリヘドリンタンパク質(ΔL1-CLN-2)をデザインした。
ΔL1-CLN-2のアミノ酸配列は、配列番号1で表される野生型ポリヘドリンタンパク質の72~76残基目のアミノ酸配列を、配列番号7で表されるCLN025ペプチドで置換したものである、ということもできる。
この変異型ポリヘドリンタンパク質のCLN025ペプチド付近の立体構造の模式図を図8Bに示す。
【0164】
配列番号8で表される変異型ポリヘドリンタンパク質において、標的ペプチドのN末端側に3残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に3残基のアミノ酸が挿入された、配列番号10で表される変異型ポリヘドリンタンパク質(ΔL1-CLN-3)をデザインした。
ΔL1-CLN-3のアミノ酸配列は、配列番号1で表される野生型ポリヘドリンタンパク質の73~74残基目のアミノ酸配列を、配列番号7で表されるCLN025ペプチドで置換したものである、ということもできる。
この変異型ポリヘドリンタンパク質のCLN025ペプチド付近の立体構造の模式図を図8Cに示す。
【0165】
配列番号8で表される変異型ポリヘドリンタンパク質において、標的ペプチドのN末端側に4残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に4残基のアミノ酸が挿入された、配列番号12で表される変異型ポリヘドリンタンパク質(ΔL1-CLN-f)をデザインした。CLN025ペプチドのN末端及びC末端には、配列番号13で表される4残基のペプチドが連結している。配列番号13で表される4残基のペプチドは、立体構造の自由度が高い。
ΔL1-CLN-fのアミノ酸配列は、配列番号1で表される野生型ポリヘドリンタンパク質の70~77残基目のアミノ酸配列を、配列番号11で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで置換したものである、ということもできる。
この変異型ポリヘドリンタンパク質のCLN025ペプチド付近の立体構造の模式図を図8Dに示す。
【0166】
配列番号8で表される変異型ポリヘドリンタンパク質において、標的ペプチドのN末端側に4残基のアミノ酸が挿入され、標的ペプチドのC末端側に4残基のアミノ酸が挿入された、配列番号15で表される変異型ポリヘドリンタンパク質(ΔL1-CLN-r)をデザインした。CLN025ペプチドのN末端及びC末端には、配列番号16で表される4残基のペプチドが連結している。配列番号16で表される4残基のペプチドは、立体構造の自由度が低い。
ΔL1-CLN-rのアミノ酸配列は、配列番号1で表される野生型ポリヘドリンタンパク質の70~77残基目のアミノ酸配列を、配列番号14で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで置換したものである、ということもできる。
この変異型ポリヘドリンタンパク質のCLN025ペプチド付近の立体構造の模式図を図8Dに示す。
【0167】
ΔL1-CLN-1、ΔL1-CLN-2、ΔL1-CLN-3、ΔL1-CLN-f、ΔL1-CLN-rのそれぞれを、実験例1と同様に、無細胞タンパク質合成系により発現させて、結晶を作製し、得られた結晶を観察した。結果を図9及び図10に示す。
【0168】
図9は、得られた結晶の光学顕微鏡による撮影像、SEMによる撮影像である。その結果、いずれの変異型ポリヘドリンタンパク質においても、立方体の形状を示す結晶が得られた。
【0169】
図10は、得られた立方体状の結晶の一辺の長さを計測し、ヒストグラムとして表したグラフである。結晶の一片の長さの平均値は、いずれも500nm以下であった。
【0170】
また、配列番号17で表される、3残基のアミノ酸(G192、S193、A194)が欠損した変異型ポリヘドリンタンパク質であるΔ3を無細胞タンパク質合成系で発現させた。18μLの無細胞タンパク質合成系の溶液をキャピラリーに注入したところ、結晶が得られた。得られた結晶を、顕微鏡を用いて観察した。
【0171】
図11Aは用いたキャピラリーの写真であり、図11Bは得られた結晶の明視野の撮影像である。キャピラリーを用いて結晶を作製する場合、より少量の反応液から結晶を作製することができ、また、キャピラリー内の結晶を効率的に利用することができる。
【0172】
[実験例7]
(変異型ポリヘドリンタンパク質の同定)
実験例6において得られた結晶を、質量分析及びSDS-PAGEにより解析し、得られた結晶が変異型ポリヘドリンタンパク質であるか否かを確認した。また、Sf9細胞に野生型ポリヘドリンタンパク質(WT-PhC)を発現させて得られた多角体の結晶についても、対照として解析を行った。
【0173】
質量分析では、得られた結晶をMALDI-TOF-MSにより解析した。質量分析の結果を図12に示す。図12中、Calc.は、アミノ酸配列から計算される分子量を表し、Obs.は質量分析の結果から推測される質量を示す。その結果、得られた結晶は、それぞれ、実験例6に示された変異型ポリヘドリンタンパク質であることが明らかになった。
【0174】
SDS-PAGEでは、得られた結晶を可溶化して電気泳動を行った。SDS-PAGEの結果を図13に示す。その結果、得られた結晶は、それぞれ、実験例6に示された変異型ポリヘドリンタンパク質であることが明らかになった。
【0175】
[実験例8]
(変異型ポリヘドリンタンパク質のX線回折)
実験例6において得られた結晶にX線を照射して、X線回折を解析した。
【0176】
実験例6における、多角体の結晶を含む翻訳反応後の溶液を遠心し、沈殿した結晶を、50% PBS/エチレングリコール溶液に入れた。結晶を含む溶液をメッシュに置いて、メッシュ上の多数の結晶にX線を照射し、X線の回折を観測した。
【0177】
その結果、ΔL1-CLN-3、ΔL1-CLN-fの結晶にX線を照射した場合、X線回折が検出される頻度が高く、ΔL1-CLN-1、ΔL1-CLN-rの結晶についてはX線回折が検出されなかった。ΔL1-CLN-fの結晶については、特にX線回折が高頻度で検出された。この結果から、ΔL1-CLN-fの結晶は、配向度が高いことが明らかになった。また、ΔL1-CLN-fの結晶は、X線構造解析以外の構造解析手法を適用できることが示唆された。
【0178】
[実験例9]
(Cry3Aタンパク質の結晶化)
実験例1と同様にして、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、配列番号18に表されるCry3Aタンパク質を発現させ、得られたタンパク質溶液を4℃又は20℃に保持して結晶を形成させた。得られた結晶を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡により観察した。
【0179】
図14Aは20℃で作製した結晶の光学顕微鏡像であり、図14Bは4℃で作製した結晶の光学顕微鏡像である。図14Cは20℃で作製した結晶のSEM像であり、図14Dは、4℃で作製した結晶のSEM像である。実験例1において上述したポリヘドリンタンパク質と同様に、Cry3Aの結晶が得られたことが明らかになった。
【0180】
[実験例10]
(μNSタンパク質の結晶化)
実験例1と同様にして、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、配列番号22に表されるμNSタンパク質を発現させ、得られたタンパク質溶液を4℃又は20℃に保持して結晶を形成させた。得られた結晶を光学顕微鏡又は電子顕微鏡により観察した。
【0181】
図15Aは20℃で作製した結晶の光学顕微鏡像であり、図15Bは4℃で作製した結晶の光学顕微鏡像である。図15Cは20℃で作製した結晶のSEM像であり、図15Dは、4℃で作製した結晶のSEM像である。実験例1において上述したポリヘドリンタンパク質と同様に、μNSタンパク質の結晶が得られたことが明らかになった。
【0182】
[実験例11]
(カテプシンBタンパク質の結晶化)
実験例1と同様にして、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、配列番号19に表されるカテプシンBタンパク質を発現させ、得られたタンパク質溶液を4℃又は20℃に保持して結晶を形成させた。得られた結晶を光学顕微鏡又は電子顕微鏡により観察した。
【0183】
図16Aは20℃で作製した結晶の光学顕微鏡像であり、図16Bは4℃で作製した結晶の光学顕微鏡像である。図16Cは20℃で作製した結晶のSEM像であり、図16Dは、4℃で作製した結晶のSEM像である。実験例1において上述したポリヘドリンタンパク質と同様に、カテプシンBタンパク質の結晶が得られたことが明らかになった。
【0184】
[実験例12]
(核多角体タンパク質の結晶化)
実験例1と同様にして、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、配列番号2に表される核多角体タンパク質を発現させ、得られたタンパク質溶液を4℃又は20℃に保持して結晶を形成させた。得られた結晶を光学顕微鏡又は電子顕微鏡により観察した。
【0185】
図17Aは20℃で作製した結晶の光学顕微鏡像であり、図17Bは4℃で作製した結晶の光学顕微鏡像である。図17Cは20℃で作製した結晶のSEM像であり、図17Dは、4℃で作製した結晶のSEM像である。実験例1において上述したポリヘドリンタンパク質と同様に、核多角体タンパク質の結晶が得られたことが明らかになった。
【0186】
[実験例13]
(CipAの結晶化)
実験例1と同様にして、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて、配列番号24に表されるCipAを発現させ、得られたタンパク質溶液を20℃に保持して結晶を形成させた。得られた結晶を光学顕微鏡により観察した。
【0187】
図18は20℃で作製した結晶の光学顕微鏡像である。実験例1において上述したポリヘドリンタンパク質と同様に、CipAの結晶が得られたことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0188】
本発明によれば、短時間、且つ、少ない労力でタンパク質結晶を得る技術を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図9
図10
図11A
図11B
図12
図13
図14A
図14B
図14C
図14D
図15A
図15B
図15C
図15D
図16A
図16B
図16C
図16D
図17A
図17B
図17C
図17D
図18
【配列表】
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