IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人東京工業大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人 筑波大学の特許一覧

特許7578961二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法
<>
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図1
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図2
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図3
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図4
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図5A
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図5B
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図5C
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図6
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図7A
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図7B
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図8
  • 特許-二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 6/00 20060101AFI20241030BHJP
   C01B 3/00 20060101ALN20241030BHJP
【FI】
C01B6/00 Z
C01B3/00 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021556047
(86)(22)【出願日】2020-11-05
(86)【国際出願番号】 JP2020041288
(87)【国際公開番号】W WO2021095619
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2023-10-30
(31)【優先権主張番号】P 2019207081
(32)【優先日】2019-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】宮内 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】河村 玲哉
(72)【発明者】
【氏名】近藤 剛弘
(72)【発明者】
【氏名】石引 涼太
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/074518(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/155979(WO,A1)
【文献】Physical Chemistry Chemical Physics,2018年,Vol. 20, No. 32,pp. 21095-21104
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 6/00 - 6/34
C01B 3/00 - 3/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
極性有機溶媒中で、二ホウ化金属、前記二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂および酸とを混合する工程を有し、
前記二ホウ化金属はMB型構造であり、
前記MはAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種である、
(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートの製造方法。
【請求項2】
前記混合する工程後、前記酸を除去する工程を更に有することを特徴とする請求項1に記載の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法。
【請求項3】
極性有機溶媒中で、二ホウ化金属、前記二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂、および酸を混合する工程を有し、
前記二ホウ化金属はMB型構造であり、
前記MはAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記酸の少なくとも一部と、(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートと、を含む二次元ホウ化水素含有シート組成物の製造方法。
【請求項4】
(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートと、
酸とを、含む二次元ホウ化水素含有シート組成物。
【請求項5】
更に、前記二次元ホウ化水素含有シートの分散溶媒を含むことを特徴とする請求項4に記載の二次元ホウ化水素含有シート組成物。
【請求項6】
前記二次元ネットワークは、ホウ素原子が六角形のハニカム状に配列し、前記ホウ素原子のうち隣接する2つが同一の水素原子と結合する部位を有することを特徴とする請求項4又は5に記載の二次元ホウ化水素含有シート組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次元ホウ化水素含有シートの製造方法に関する。また、二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼又は反応により排出される物質が水であるため、クリーンエネルギーとして注目されている。例えば、水素を燃料電池の負極活物質として用い、自動車や電源設備の燃料とする技術開発が精力的にすすめられている。
【0003】
水素供給源として高圧水素を供給するシステム(特許文献1)や、水素吸蔵合金(特許文献2)が注目され、種々の提案がなされている。また、150~1200℃に加熱することにより水素を放出する二次元ホウ化水素含有シートが提案されている(非特許文献1、特許文献3)。この二次元ホウ化水素含有シートは、単位質量あたりの水素貯蔵能力が高く、150℃以上という比較的低温で水素を取り出せる点において優れている。更に、この二次元ホウ化水素含有シートにおいて、本発明者らは、光を照射することで水素を放出できることを報告した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-124730号公報
【文献】特開2005-063703号公報
【文献】国際公開2018/074518号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Nishino, H. et al. Formation and Characterization of Hydrogen Boride Sheets Derived from MgB2 by Cation Exchange. J. Am. Chem. Soc. 139, 13761-13769 (2017).
【文献】Kondo T., Miyauchi M. et al., Photoinduced hydrogen release from hydrogen boride sheets, Nature Communications, 10, 4880 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
二次元ホウ化水素含有シートは、水素供給源として高圧水素を供給するシステムや水素吸蔵合金に比べて、安全性および軽量化などの点で優れている。特に光によって常温で水素を発生する方法は、簡便性の観点においても優位性がある。このような二次元ホウ化水素含有シートの普及には、製造工程の簡便化が求められる。
【0007】
本発明は上記背景に鑑みてなされたものであり、製造時間を短縮できる二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、および二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋭意検討を重ねたところ、以下の態様において、本発明の課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
[1]: 極性有機溶媒中で、二ホウ化金属、前記二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂および酸を混合する工程を有し、
前記二ホウ化金属はMB型構造であり、前記MはAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種である、(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートの製造方法。
[2]: 前記混合する工程後、前記酸を除去する工程を更に有することを特徴とする[1]に記載の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法。
[3]: 極性有機溶媒中で、二ホウ化金属、前記二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂、および酸を混合する工程を有し、
前記二ホウ化金属はMB型構造であり、
前記MはAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種であり、前記酸の少なくとも一部と、(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートとを含む、二次元ホウ化水素含有シート組成物の製造方法。
[4]: (BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートと、酸とを、含む二次元ホウ化水素含有シート組成物。
[5]: 更に、前記二次元ホウ化水素含有シートの分散溶媒を含むことを特徴とする[4]に記載の二次元ホウ化水素含有シート組成物。
[6]: 前記二次元ネットワークは、ホウ素原子が六角形のハニカム状に配列し、前記ホウ素原子のうち隣接する2つが同一の水素原子と結合する部位を有することを特徴とする[4]又は[5]に記載の二次元ホウ化水素含有シート組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、製造時間を短縮できる二次元ホウ化水素含有シートの製造方法、および二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法を提供できるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態に係る二次元ホウ化水素含有シートの局所構造を示す模式図。
図2】本実施形態に係る二次元ホウ化水素含有シートの局所構造を示す模式図。
図3】本実施形態に係る二次元ホウ化水素含有シートの局所構造を示す模式図。
図4】実施例3に係る二次元ホウ化水素含有シートのSTEM像。
図5A】参考例1に係る二次元ホウ化水素含有シートのSTEM像。
図5B】実施例1に係る二次元ホウ化水素含有シートのSTEM像。
図5C】実施例2に係る二次元ホウ化水素含有シートのSTEM像。
図6】実施例1、実施例2および参考例1に係る電子線エネルギー損失分光の結果を示す図。
図7A】実施例1に係るB(ホウ素)の電子線エネルギー損失分光の結果を示す図。
図7B】実施例1に係るMg(マグネシウム)電子線エネルギー損失分光の結果を示す図。
図8】実施例1、実施例2および参考例1の生成物のFT-IRスペクトル。
図9】実施例4、実施例5および参考例2の生成物のFT-IRスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を適用した実施形態の一例について説明する。なお、本発明の趣旨に合致する限り、他の実施形態も本発明の範疇に含まれる。また、以降の図における各部材のサイズや比率は、説明の便宜上のものであり、これに限定されるものではない。
【0012】
本実施形態に係る二次元ホウ化水素含有シートの製造方法は、(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有するシートの製造方法であって、以下の工程を含む。即ち、二ホウ化金属と、この二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂と、酸とを極性有機溶媒中で混合する工程を有する。ここで、二ホウ化金属はMB型構造であり、前記MはAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種である。以下、二次元ホウ化水素含有シートおよびその製造方法についてより詳細に説明する。
【0013】
(二次元ホウ化水素含有シート)
二次元ホウ化水素含有シートは、ホウ素原子(B)と水素原子(H)がモル比で1:1の割合で形成される、(BH)(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するシート状物質である(非特許文献1参照)。二次元ホウ化水素含有シートは、末端が酸化物であってもなくてもよい。
【0014】
図1図3に、(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークの局所構造の模式図を示す。図1に示すように、二次元ネットワークは、ホウ素原子が六角形のハニカム状に配列し(前記ホウ素原子によって形成される六角形が連接してなる網目状をなし)、前記ホウ素原子のうち隣接する2つが同一の水素原子と結合する部位を有する。ホウ素原子が蜂の巣状(ハニカム状)のシート状の六角形格子構造を取り、シート状の上方および下方それぞれにおいて、図2図3に示すように、1つの水素原子が六角形格子構造のホウ素原子のうちの隣接する2つのホウ素原子に対してブリッジ状に結合している。また、シート状の六角形格子構造を介して、その上方および下方で2つの水素原子が互いに対向する配置を有している。なお、ホウ化水素素中の水素の配置は、長距離秩序性は有していなくてもよい。また、図2図3のZ方向に原子同士の結合が傾いていたり、シート自体が曲がったりしている構造を形成したりしていてもよい。また、全ての水素原子が必ずしもブリッジ状に結合していなくてもよい。
【0015】
二次元ホウ化水素含有シートは、薄膜状の物質であり、単層でも積層していてもよい。本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートにおいて、上記の網目状の面構造を形成するホウ素原子(B)と水素原子(H)の総数は1000個以上である。
【0016】
隣り合う2つのホウ素原子(B)間の結合距離d1(図1参照)は、例えば、0.155nm~0.190nmである。また、Z方向から視認した際に、1つの水素原子(H)を介して、隣り合う2つのホウ素原子(B)間の結合距離d2(図2参照)は、0.155nm~0.190nmである。また、隣り合うホウ素原子(B)と水素原子(H)間の結合距離d3(図2参照)は、0.12nm~0.15nmである。
【0017】
二次元ホウ化水素含有シートの厚さは、0.2nm~10nmである。二次元ホウ化水素含有シートの少なくとも一方向の長さ(例えば、図1においてX方向またはY方向の長さ)は、100nm以上であることが好ましい。少なくとも一方向の長さを100nm以上とすることにより、電子材料、触媒の担体材料、触媒材料、超伝導材料等としてより有効に本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートを利用できる。本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートの大きさ(面積)は、特に限定されず、後述する本実施形態の製造方法によって、任意の大きさに形成することができる。
【0018】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートは、結晶構造を有する物質である。また、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートによれば、六角形の環を形成するホウ素原子(B)間、および、ホウ素原子(B)と水素原子(H)の間の結合力が強い。このため、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートは、製造時に複数積層されてなる結晶(凝集体)を形成していたとしても、グラファイトと同様に、結晶面に沿って容易に劈開し、単層の二次元シートとして分離(回収)することが可能である。
【0019】
二次元ホウ化水素含有シートは、X線光電子分光分析において、負に帯電したホウ素のB1sに由来する188eV近傍にピークを示す。また、電子線エネルギー損失分光において、200eV以下に二つのピークを示すホウ素のsp構造に由来するスペクトルを有する。更に、昇温脱離ガス分析と昇温前後の質量測定により、ホウ素と水素のモル比が1:1である(HB)(n≧4)が算出される。以下、本実施形態に係る二次元ホウ化水素含有シートの製造方法をより詳細に説明する。
【0020】
(二次元ホウ化水素含有シートの製造方法)
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法は、MB型構造の二ホウ化金属と、その二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂と、酸とを極性有機溶媒中で混合する工程(以下、「第1の工程」と言う。)を有する。ここで、前記Mは、Al、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0021】
MB型構造の二ホウ化金属としては、六角形の環状の構造を有するものが用いられる。例えば、二ホウ化アルミニウム(AlB)、二ホウ化マグネシウム(MgB)、二ホウ化タンタル(TaB)、二ホウ化ジルコニウム(ZrB)、二ホウ化レニウム(ReB)、二ホウ化クロム(CrB)、二ホウ化チタン(TiB)、二ホウ化バナジウム(VB)が用いられる。
極性有機溶媒中にて、容易にイオン交換樹脂とのイオン交換を行うことができることから、二ホウ化マグネシウムを用いることが好ましい。
【0022】
二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂は特に限定されない。このようなイオン交換樹脂としては、例えば、二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位した官能基(以下、「官能基α」と言う。)を有するスチレンの重合体、官能基αを有するジビニルベンゼンの重合体、官能基αを有するスチレンと官能基αを有するジビニルベンゼンの共重合体が例示できる。
官能基αとしては、例えば、スルホ基、カルボキシル基が挙げられる。これらの中でも、極性有機溶媒中にて、容易に二ホウ化金属を構成する金属イオンとのイオン交換を行うことができることから、スルホ基が好適である。
【0023】
酸としては、例えば、酢酸、炭酸、酒石酸、リンゴ酸、マレイン酸、プロピオン酸、ギ酸、コハク酸、クエン酸、シュウ酸、乳酸、塩酸、硫酸、リン酸が例示できる。これらのうちでも、ギ酸、塩酸が好適である。酸を添加することにより、極性溶媒中にて、容易に二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換樹脂のイオン交換する時間を大幅に短縮化できる。その理由は、酸の水素イオンが、金属イオンとイオン交換樹脂のイオン交換を仲介することによるものと考えられる。即ち、酸の水素イオンが、金属イオンとイオン交換し、その後、金属イオンとイオン交換樹脂のイオン交換を行うことにより、製造時間の短縮化が達成できたものと考えられる。
【0024】
極性有機溶媒としては、特に限定されず、例えば、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、メタノールが例示できる。これらの中でも、酸素を含んでいない点および沸点が低く減圧乾燥に有利な点からアセトニトリルが好適である。
【0025】
第1の工程では、極性有機溶媒に二ホウ化金属、イオン交換樹脂および酸を投入し、極性有機溶媒、二ホウ化金属およびイオン交換樹脂を含む混合溶液を撹拌し、二ホウ化金属イオン交換樹脂および酸を充分に接触させる。撹拌は超音波処理により行ってもよい。混合撹拌工程により、二ホウ化金属を構成する金属イオンと、イオン交換樹脂の官能基αのイオンとが酸の水素イオンを媒介としてイオン交換して、ホウ素原子と、イオン交換樹脂の官能基αに由来する水素または酸の水素によって形成される二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートが生成する。酸の水素イオンを媒介させることにより、製造時間の大幅な短縮が可能となる。
【0026】
一例を挙げると、二ホウ化金属として二ホウ化マグネシウムを用い、イオン交換樹脂としてスルホ基を有するイオン交換樹脂、酸としてギ酸を用い、極性溶媒中で混合撹拌や超音波処理をすることにより、二ホウ化マグネシウムのマグネシウムイオン(Mg2+)と、ギ酸の水素イオン(H)とが置換し、その後、マグネシウムイオン(Mg2+)とイオン交換樹脂のスルホ基の水素イオン(H)とが置換して、上述のようなホウ素原子(B)と水素原子(H)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートが生成する。添加した酸が触媒として働き、速やかに反応する。この反応は、常温・常圧で進行する。
【0027】
第1の工程は、窒素(N)やアルゴン(Ar)等の不活性ガスからなる不活性雰囲気下で行う。混合溶液を撹拌する際、混合溶液の温度は、例えば0~80℃とすることができ、好適には15℃~35℃とすることができる。混合溶液を撹拌する時間は特に限定されないが、例えば、10分~240分程度とすることが可能となる。
【0028】
特許文献3の方法によれば、この撹拌時間として700分~7000分程度の時間を要していた。一方、本発明の製造方法によれば、撹拌時間を例えば10~240分程度とすることが可能となり、大幅に製造時間を短縮することができる。これは、酸の添加効果によるものである。
【0029】
次いで、酸を除去する(第2の工程)。酸の除去方法は特に限定されないが、加熱、減圧乾燥、沈殿回収法等が例示できる。これらの中でも減圧乾燥による除去が容易であり、例えば、室温~80℃の減圧下での乾燥により、粉末を得ることができる。
【0030】
その後、撹拌が終了した混合溶液を濾過する(第3の工程)。混合溶液の濾過方法は、特に限定されず、例えば、自然濾過、減圧濾過、加圧濾過、遠心濾過等の方法が用いられる。濾材は用いる溶剤に応じて適宜選定すればよい。濾材としては、セルロース、PTFE等を基材とする濾紙、メンブレンフィルター、グラスファイバー等を圧縮成型した濾過板等が例示できる。
【0031】
濾過により沈殿物と分離されて回収された生成物を含む溶液を、自然乾燥するか、減圧乾燥、加熱等により乾燥することにより、最終的に生成物である二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートを得る。
【0032】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法によって得られた、生成物の分析方法としては、例えば、X線光電子分光分析法(X-ray Photoelectron Spectroscopy、XPS)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)および透過型電子顕微鏡内で行うエネルギー分散型X線分析(Energy dispersive X-ray Spectroscopy、EDS)と電子エネルギー損失分光(Electron energy loss Spectroscopy、EELS)による観察等が挙げられる。
【0033】
X線光電子分光分析法(XPS)では、例えば、日本電子(JEOL)社製のX線光電子分光分析装置(商品名:JPS9010TR)を用いて、生成物の表面にX線を照射し、そのときに生じる光電子のエネルギーを測定することによって、生成物の構成元素とその電子状態を分析する。この分析において、原料の二ホウ化金属を構成する金属元素に起因する光電子のエネルギーがほとんど検出されず、ホウ素と水素の結合に由来する光電子のエネルギーのみが検出された場合、生成物はホウ素と水素に由来する元素のみから構成されているといえる。
【0034】
透過型電子顕微鏡(TEM)による観察では、例えば、日本電子(JEOL)社製の透過型電子顕微鏡(商品名:JEM-2100F TEM/STEM)を用いて、生成物を観察することにより、生成物の形状(外観)等を分析する。この分析において、膜状(シート状)の物質が観察されれば、生成物は二次元的なシート状の物質であるといえる。透過型電子顕微鏡内において、エネルギー分散型X線分析(EDS)を行うことにより、生成物のTEM観察した部位における金属元素の存在の有無を観察できる。この分析において、原料の二ホウ化金属を構成する金属元素に起因するX線のエネルギーがほとんど検出されず、金属元素(例えば、Mg)のピークが現われない場合、金属元素が存在しないといえる。また、透過型電子顕微鏡内において、電子エネルギー損失分光(EELS)を行うことにより、生成物のTEM観察した部位における構成元素を観察できる。この分析において、ホウ素に由来するX線エネルギーのみが検出された場合、生成物には炭素、窒素、酸素などの不純物がないといえる。
【0035】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法によれば、ホウ素原子と、イオン交換樹脂または酸の水素に由来する原子によって形成される二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートを容易に生成することができる。なお、原料のMB型構造の二ホウ化金属の大きな結晶を用いることにより、より大面積の二次元ホウ化水素含有シートを製造することができる。
【0036】
また、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートの製造方法によれば、酸を用いることにより、大幅に製造時間を短縮させることができる。
【0037】
(二次元ホウ化水素含有シート組成物およびその製造方法)
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物は、少なくとも(BH)(n≧4)からなる二次元ネットワークを有する二次元ホウ化水素含有シートと酸を有する。二次元ホウ化水素含有シートの説明は上記実施形態と同様であるのでここでは割愛する。酸は、上述した二次元ホウ化水素含有シートの製造方法により得られる製造工程由来の酸の少なくとも一部または/および製造工程に由来しない酸である。
【0038】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物に酸を含有させることにより、保存安定性を向上させることができる。これは、酸が二次元ホウ化水素含有シートへの水素供給源となることによりものと考えられる。
【0039】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物は、更に分散溶媒を含んでいてもよい。分散溶媒は特に限定されないが、例えば、アセトニトリル、アセトン、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロパノールのようなアルコール類、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドのようなアルデヒド類、酢酸エチルが例示できる。溶媒は1種単独または2種以上を併用して用いることができる。
【0040】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物は、極性有機溶媒中で、二ホウ化金属、前記二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂、および酸を混合する工程を経て得ることができる。但し、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物の製造方法は、前記方法に限定されるものではない。酸を用いずに二次元ホウ化水素含有シートを製造した後に、後添加で酸を添加してもよい。
【0041】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シート組成物は、更に、構造内、あるいは表面にドーパント等の添加剤を加えることができる。ドーパントとして、例えば、炭素、窒素、酸素、フッ素、リン、硫黄、塩素、ヒ素、セレン、臭素、アンチモン、テルル、ヨウ素などの元素や、チタン、バナジウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、カドミウム、インジウム、スズ、イットリウム、ニオブ、モリブデンタングステン、タンタル、鉛などの金属元素、また、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、金、イリジウム、白金などの貴金属元素からなる群より選択される少なくとも一つの元素からなるドーパントを用いることができる
【実施例
【0042】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
[参考例1]
アセトニトリル27mLに、二ホウ化マグネシウム(純度:99%、アルドリッチ社製)150mgを加えるとともに、スルホ基を有するイオン交換樹脂(アンバーライト(「アンバーライト」は登録商標(以下同じ))IR120B、オルガノ社製)を体積で10mL加えて、二ホウ化マグネシウムとイオン交換樹脂の混合溶液を調製した。この混合溶液を25℃にて1時間超音波処理した後に、1時間静置した。その後、この混合溶液を、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、濾液を回収した。その後、窒素雰囲気下、ホットプレートを用いて、80℃にて濾液を減圧乾燥させることにより、黄色に呈した生成物を得た。収率は34.2%であった。
【0044】
[実施例1]
混合溶液に更に、ギ酸(関東化学社製)(以下同様)を0.5mL加えた以外は参考例1と同様の方法により合成を行い、黄色に呈した生成物を得た。収率は45.2%であった。
【0045】
[実施例2]
混合溶液に更に、ギ酸を2.0mL加えた以外は参考例1と同様の方法により合成を行い、黄色に呈した生成物を得た。収率は51.5%であった。
【0046】
[実施例3]
混合溶液に更に、ギ酸を3.0mL加えた以外は参考例1と同様の方法により合成を行い、黄色に呈した生成物を得た。
【0047】
参考例1の生成物の収率と実施例1~3の収率に示すように、酸を添加することにより、酸を加えない場合に比べて収率が高くなることを確認した。また、酸の添加量が増えるにつれて、生成物の収率が高くなることを確認した。
【0048】
実施例3で得た生成物について、日本電子(JEOL)社製の走査型透過電子顕微鏡(商品名:JEM-2100F TEM/STEM)による観察を行った。観察結果を、図4に示す。図4の結果から、得られた生成物は二次元シートを形成していることを確認した。
図5A図5Cに、参考例1,実施例1,2のSTEM像を示す。いずれの例においても、薄いシート構造が確認できた。
【0049】
実施例1により得られた生成物について、電子線エネルギー損失分光の結果を図6に示す。図6に示すように、200eV以下にホウ素(B)のsp構造を示す電子線エネルギー損失分光のピークが観測されることを確認した。また、炭素(C)、窒素(N)および酸素(O)に起因するピークが観測されないことを確認し、シート状の物質は、sp構造を有するホウ素で構成されていることを確認した。また、XPS分析より、同図に示すように、二ホウ化マグネシウム中のホウ化物であることを示すB1sのピーク(188eV)が合成後も存在していることを確認した。また、正に帯電した酸化されたホウ素種は195eV付近に観測されるが、本発明の生成物ではほとんど見られなかった。一方で原料にて観測されたマグネシウムのMg2pのピークは、生成物から確認されないことを確認した。これらの結果は、イオン交換樹脂および酸によってマグネシウムイオンが水素イオンと交換されたことを示唆するものである(図7A図7B参照)。
【0050】
図8に、参考例1,実施例1,2の生成物について、フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)(分析装置:日本分光株式会社製)測定を行った結果を示す。実施例1,2の生成物は、参考例1の生成物と同様に、B-Hに由来するピーク、B-H-Bに由来するピークがあることを確認した。また、実施例1,2の製造工程において添加したギ酸が残っていないことを確認した。
【0051】
[参考例2]
アセトニトリル27mLに、二ホウ化マグネシウム(純度:99%、アルドリッチ社製)150mgを加えるとともに、スルホ基を有するイオン交換樹脂(アンバーライトIR120B、オルガノ社製)を体積で10mL加えて、二ホウ化マグネシウムとイオン交換樹脂の混合溶液を調製した。この混合溶液を25℃にて1時間超音波処理した後に、1.5時間静置した。その後、この混合溶液を、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、濾液を回収した。その後、窒素雰囲気下、ホットプレートを用いて、80℃にて濾液を減圧乾燥させることにより、黄色に呈した生成物を得た。収率は35.6%であった。
【0052】
[実施例4]
塩酸(WAKO社製)(以下、同様)を1.0mL加えた以外は、参考例2と同様の方法により合成を行い、黄色に呈した生成物を得た。収率は134%であった。
【0053】
[実施例5]
塩酸を2.0mL加えた以外は実施例4と同様の方法により合成を行い、黄色に呈した生成物を得た。収率は193%であった。
【0054】
実施例4,5において収率が100%を超えている理由は、本発明の二次元ホウ化水素含有シートの生成と共に、下記副反応が進行し、塩化マグネシウム(MgCl)、水酸化マグネシウム(MgOH)、ホウ酸の副生成物が生成していることによるものと考えられる(参考文献:M. Fan, Y. Wen, D. Ye, Z. Jin, P. Zhao, D. Chen, X. Lu, Q. He, Adv. Healthc. Mater. 2019, 8, 1900157.)。
MgB+H+HO→Mg++B(OH)+3H式(1)
【0055】
実施例4,5では、原料を混合した段階で分散液が直ちに黄色味を呈することを確認した。図9に、参考例2,実施例4,5のサンプルについて、FTIR測定を行った結果を示す。実施例4,5は、参考例2と同様に、B-Hに由来するピーク、B-H-Bに由来するピークが確認された。
【0056】
[実施例6]
アセトニトリル50mLに、二ホウ化チタニウム(ALDRICH社製)150mgを加えるとともに、スルホ基を有するイオン交換樹脂(アンバーライトIR120B、オルガノ社製)を体積で15mL、塩酸を3mL加え、混合溶液を調製した。この混合溶液を25℃にて2時間スターラーで攪拌した後、30分超音波処理した。その後、この混合溶液を、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、濾液を回収した。その後、濾液を真空引きすることで、溶媒を蒸発させたが全て取りきれず、室温の大気条件下にてホットプレートで溶媒を蒸発させ、薄い黄色に呈した生成物を得た。収率は193%であった。収率が100%を超えている理由は、塩化チタン、水酸化チタン、ホウ酸等の副生成物が生成していることによるものと考えられる。
【0057】
[実施例7]
アセトニトリル300mLに、二ホウ化チタニウム(純度:99%、高純度化学研究所社製)1.02gを加えるとともに、スルホ基を有するイオン交換樹脂(アンバーライトIR120B、オルガノ社製)を体積で60mL、ギ酸を0.3mL加えた混合溶液と混合させた。この混合溶液を25℃にて、72時間静置した。その後、この混合溶液を、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、濾液を回収した。その後、濾液を真空乾燥(室温~70℃に加温)の方法で乾燥させることにより、黄色に呈した生成物を得た。収率は2.6%であった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートおよび二次元ホウ化水素含有シート組成物は、電子材料、触媒の担体材料、超伝導材料等として利用することができる。本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートは、グラフェンと同程度の移動度を示すDirac Fermionと呼ばれる電子構造を示すことが予測されており、新しい電子デバイス材料としての利用が期待できる。また、ホウ素の二次元シートは、10K~20Kで超伝導体となることが予測されており、新しい超伝導体母材としての利用が期待できる。更に、ホウ素の二次元シートは、鉄の4倍の機械的強度を有することが予測されており、新規高強度材料母材としての利用が期待できる(特許文献3参照)。
【0059】
また、ホウ素の二次元シートの表面をリチウムで被覆することにより、水素吸蔵特性を12.3質量%とすることができると予測されているので、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートは、新しい水素吸蔵材料としての利用が期待できる。また、ホウ素の二次元シートは、リチウムイオン二次電池の電極に用いた場合に、その電極を備えたリチウムイオン二次電池の容量が、グラファイトからなる電極を備えたリチウムイオン二次電池の容量の4倍となることが予測されているので、本実施形態の二次元ホウ化水素含有シートは、新しいリチウムイオン二次電池用電極材料としての利用が期待できる。更に、非特許文献2に開示のように、光照射により水素を発生させる水素発生システム、燃料電池システムとして有効である。
【0060】
この出願は、2019年11月15日に出願された日本出願特願2019-207081を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7A
図7B
図8
図9