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7578988温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体および該結合体の薬物デリバリーへの応用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体および該結合体の薬物デリバリーへの応用
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/59 20170101AFI20241030BHJP
   A61K 9/107 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20241030BHJP
   B82Y 5/00 20110101ALI20241030BHJP
【FI】
A61K47/59
A61K9/107
A61K31/7088
A61K31/7105
A61K48/00 ZNA
B82Y5/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021535327
(86)(22)【出願日】2020-07-27
(86)【国際出願番号】 JP2020028698
(87)【国際公開番号】W WO2021020342
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2023-06-16
(31)【優先権主張番号】62/878,970
(32)【優先日】2019-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム、COI拠点「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【弁理士】
【氏名又は名称】籾井 孝文
(74)【代理人】
【識別番号】100150212
【弁理士】
【氏名又は名称】上野山 温子
(72)【発明者】
【氏名】宮田 完二郎
(72)【発明者】
【氏名】キム,ボブス
(72)【発明者】
【氏名】大澤 重仁
(72)【発明者】
【氏名】内藤 瑞
(72)【発明者】
【氏名】茶谷 洋行
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-038787(JP,A)
【文献】TANG Zhonglan et al.,Non-Cross-Linking Aggregation of DNA-Carrying Polymer Micelles Triggered by Duplex Formation,Langmuir,2018年12月31日,Vol.34, No.49,p.14899-14910
【文献】位高 啓史ほか,機能性と炎症制御を両立させたナノキャリアによる肺への遺伝子導入,第33回 日本バイオマテリアル学会大会 予稿集,2011年12月31日,p.215
【文献】中山 正道、岡野 光夫,インテリジェントバイオマテリアルとDDS,医学のあゆみ,2004年08月28日,Vol.210, No.9,p.721-725
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 9/00- 9/72
A61K 31/00-33/44
A61K 48/00
B82Y 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度応答性ポリマーセグメントと、該温度応答性ポリマーセグメントの端部に結合した薬物と、を含み、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体を含む凝集体であって、
該温度応答性ポリマーセグメントが、
(a)下記式(I)で表されるオキサゾリン系繰り返し単位(式(I)中、R は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基またはn-ブチル基である)、
(b)下記式(II)で表されるN-アルキルアクリルアミド系繰り返し単位(式(II)中、R は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基またはt-ブチル基である)、
(c)下記式(III)で表されるN-ビニルアルキルアミド系繰り返し単位(式(III)中、R は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基またはt-ブチル基である)、および
(d)下記式(IV)で表されるビニルアルキルエーテル系繰り返し単位(式(IV)中、R は、メチル基、エチル基、n-プロピル基またはイソプロピル基である)、
から選択される少なくとも1種の繰り返し単位を含み、
【化1】
該薬物-ポリマー結合体が、下限臨界溶解温度を有し、
該薬物が、核酸であり、
流体力学的直径が40nm~300nmであり、
温度応答性ポリマーセグメントが内側に配置され、薬物が外側に配置された、ミセル状凝集体。
【請求項2】
前記温度応答性ポリマーセグメントが、前記式(I)で表されるオキサゾリン系繰り返し単位および/または式(II)で表されるN-アルキルアクリルアミド系繰り返し単位を含む、請求項1に記載のミセル状凝集体。
【請求項3】
前記温度応答性ポリマーセグメントの分子量が、1.0×10 以上である、請求項1または2に記載のミセル状凝集体。
【請求項4】
前記下限臨界溶解温度が、0℃~35℃の範囲内である、請求項1から3のいずれかに記載のミセル状凝集体。
【請求項5】
前記薬物が、アンチセンスオリゴ核酸、siRNA、miRNA、ヘテロ核酸、CpGオリゴ、核酸アプタマーおよびデコイ核酸から選択される少なくとも1種の核酸である、請求項1から4のいずれかに記載のミセル状凝集体。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のミセル状凝集体を含む、医薬組成物。
【請求項7】
吸入剤である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
経鼻投与または気管内投与用である、請求項6または7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記薬物-ポリマー結合体を、前記下限臨界溶解温度以下の温度で水性媒体に溶解して、薬物-ポリマー結合体溶液を得ること、および、
該薬物-ポリマー結合体溶液を、前記下限臨界溶解温度を超える温度に加温して、該薬物-ポリマー結合体を凝集させること、を含む、請求項1から5のいずれかに記載のミセル状凝集体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体および該結合体の薬物デリバリーへの応用に関する。より具体的には、本発明は、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体ならびに該薬物-ポリマー結合体を含むミセル状凝集体およびその使用または製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスホロチオエート結合および架橋型核酸(LNAまたはBNA)を含む化学修飾アンチセンスオリゴ核酸(ASO)は、酵素分解に対する高い耐性および遺伝子ノックダウンを可能とする標的RNAへの高い親和性を有することから、がん等の様々な難治性疾患の有望な治療薬候補の1つである。
【0003】
また、気管内投与は、他の組織または器官に分散させることなく、薬物を肺に送達および濃縮する方法として有望である。
【0004】
しかしながら、単体の化学修飾アンチセンスオリゴ核酸(naked ASO)を、気管を介してマウスに吸入させても、肝臓および腎臓に集積してしまい、肺において有意な遺伝子ノックダウンを示すことができないことが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Molecular Therapy,vol.19,No.12,2163-2168,Dec.2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、肺に効率的に薬物を送達する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの局面によれば、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体であって、温度応答性ポリマーセグメントと、該温度応答性ポリマーセグメントの端部に結合した薬物と、を含み、下限臨界溶解温度を有する、薬物-ポリマー結合体が提供される。
1つの実施形態において、上記温度応答性ポリマーセグメントの分子量が、1.0×10以上である。
1つの実施形態において、上記下限臨界溶解温度が、0℃~35℃の範囲内である。
1つの実施形態において、上記薬物が、核酸およびペプチドから選択される少なくとも1種である。
1つの実施形態において、上記薬物が、アンチセンスオリゴ核酸、siRNA、miRNA、ヘテロ核酸、CpGオリゴ、核酸アプタマーおよびデコイ核酸から選択される少なくとも1種の核酸である。
本発明の別の局面によれば、上記薬物-ポリマー結合体の凝集体であって、上記温度応答性ポリマーセグメントが内側に配置され、上記薬物が外側に配置された、ミセル状凝集体が提供される。
1つの実施形態において、上記ミセル状凝集体の流体力学的直径が10nm~300nmである。
本発明のさらに別の局面によれば、上記薬物-ポリマー結合体または上記ミセル状凝集体を含む、医薬組成物が提供される。
1つの実施形態において、上記医薬組成物は、吸入剤である。
本発明のさらに別の局面によれば、上記医薬組成物を、処置を必要とする個体に経鼻投与または気管内投与することを含む、上記医薬組成物の肺への送達方法が提供される。
本発明のさらに別の局面によれば、上記薬物-ポリマー結合体を、上記下限臨界溶解温度以下の温度で水性媒体に溶解して、薬物-ポリマー結合体溶液を得ること、および、該薬物-ポリマー結合体溶液を、上記下限臨界溶解温度を超える温度に加温して、該薬物-ポリマー結合体を凝集させること、を含む、上記ミセル状凝集体の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明においては、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体を用いることにより、水性媒体中で温度依存的に当該結合体の凝集体を形成させることができる。当該凝集体は、経鼻投与または気管内投与によって経肺的に吸収され、肺組織に好適に滞留し得ることから、肺への効率的な薬物の送達が実現され得る。また、カチオン性脂質、カチオン性ポリマー等のカチオン性物質を用いた従来の薬物送達システムでは、細胞膜およびミトコンドリア膜との相互作用やタンパク質との非特異的な吸着等に起因する細胞毒性の可能性が懸念されるが、本発明の薬物-ポリマー結合体によれば、カチオン性材料を用いることなく、ミセル状凝集体を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1A】本発明の1つの実施形態の概要を説明する概略図である。
図1B】薬物-ポリマー結合体の変形例を説明する概略図である。
図2】ASOに対するPOXのモル比(POX/ASO)を種々に変化させて調製したPOX(30k)-ASOのアガロースゲル電気泳動のゲル写真である。POX/ASO=0、1、2、3、5または10におけるコンジュゲーション率はそれぞれ、0%、27.4%、66.8%、85.2%、93.5%または98.8%であった。
図3】(a)波長280nmで検出した精製前のnaked ASO(DBCO-ASO)とPOX-ASO(POX(30k)-ASO)のSECチャートである。(b)波長215nmで検出した精製前および精製後のPOX(30k)-ASO(POX/ASO=10)のSECチャートである。
図4】10μM ASO濃度で温度を変化させながら行った静的光散乱測定で決定した相対散乱光強度を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=3)。
図5】37℃および10μM ASO濃度のDLS測定で決定した、ASOボールのサイズ分布ヒストグラムである。
図6】(a)37℃および1μM ASO濃度で調製したPOX(30k)-ASOボールのTEM画像である。(b)4℃および1μM ASO濃度で調製したPOX(30k)-ASOのTEM画像である。図中、スケールバーは100nmを表す。
図7】FCS分析によって決定した、POX(30k)-ASOの流体力学的直径の濃度依存的変化を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(サンプリング時間:10秒および繰り返し回数:20)。
図8】A549-Luc細胞に関して、qRT-PCRアッセイから決定した、非コンジュゲートasTUG1またはasTUG1ボールを用いたトランスフェクション後48時間におけるTUG1 lncRNAの発現レベルを示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4;***p<0.001および****p<0.0001)。
図9】Panc1細胞に関して、qRT-PCRアッセイから決定した、非コンジュゲートasTUG1またはasTUG1ボールを用いたトランスフェクション後48時間におけるTUG1 lncRNAの発現レベルを示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4;*p<0.05)。
図10】A549-Luc細胞に関して、蛍光強度から決定した、非コンジュゲートASO-AF6またはASO-AF6ボールを用いたトランスフェクション後6時間における細胞取り込み効率を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4;**p<0.01および****p<0.0001)。
図11】A549-Luc細胞に関して、asCTRLボールを用いたトランスフェクション後48時間における細胞生存率を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4)。
図12】切除した器官および組織のIVISによるex vivo画像である。
図13】マイクロプレートリーダー測定によるホモジナイズした器官(肝臓、脾臓、腎臓、心臓および肺)および腫瘍の投与後24時間における蛍光強度を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4;**p<0.01および****p<0.0001)。
図14】qRT-PCRアッセイで求めた、投与後72時間の腫瘍におけるTUG1 lncRNAの発現レベルを示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=4;**p<0.01)。
図15】37℃および5μM ASO濃度のDLS測定で決定した、POX(30k)-ASOから調製されたASOボールおよびPOX(30k)-ASOへのPOX(30k)添加後に調製されたASOボールのサイズ分布ヒストグラムである。
図16】マイクロプレートリーダー測定によるホモジナイズした器官(肝臓、脾臓、腎臓、心臓および肺)の気管内投与後24時間における蛍光強度を示すグラフである。結果は平均値±標準偏差で表す(n=3;*p<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。また、各実施形態は、適宜組み合わせることができる。
【0011】
図1Aは、本発明の1つの実施形態の概要を説明する概略図である。図1Aに例示される温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体(薬物-ポリマーコンジュゲート)10は、温度応答性ポリマーセグメント12と温度応答性ポリマーセグメント12の一方の端部に結合した薬物14とを含み、下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution temperature、以下「LCST」)を有する。具体的には、温度応答性を有する薬物-ポリマー結合体10は、LCST以下の温度条件下では水和して水に可溶化する一方で、LCSTを超える温度条件下では脱水和して水に不溶化(難溶化)するという可逆的な相転移を示す。よって、薬物-ポリマー結合体10は、水性媒体中において、LCST以下の温度では水和して溶解した状態であるが、LCSTを超える温度では、脱水和して分子間および/または分子内の疎水性相互作用によって凝集し、温度応答性ポリマーセグメント12部分が内側に、薬物14部分が外側になるように配置されたミセル状凝集体20を形成することができる。ミセル状凝集体20は効率的に経肺吸収され得、また、薬物14を単体で投与した場合に比べて経肺吸収後の血中への移行が抑制されて、肺組織に良好に滞留し得ることから、肺への効率的な薬物の送達が実現され得る。
【0012】
A.薬物-ポリマー結合体
本発明の実施形態による薬物-ポリマー結合体(コンジュゲート)は、温度応答性ポリマーセグメントと、当該温度応答性ポリマーセグメントの端部に結合した薬物と、を含み、下限臨界溶解温度(LCST)を有する、温度応答性の薬物-ポリマー結合体である。
【0013】
図1Aに示される薬物-ポリマー結合体10は、温度応答性ポリマーセグメント12と、当該温度応答性ポリマーセグメント12の一方の端部に結合した薬物14と、を含む。本実施形態の薬物-ポリマー結合体10は、式:A-Bで表され得る(式中、Aは温度応答性ポリマーセグメントを表し、Bは薬物を表す)。上記の通り、本実施形態の薬物-ポリマー結合体10は、LCSTを超える温度の水性媒体中で、温度応答性ポリマーセグメント12を内側に向け、薬物14を外側に向けて凝集したミセル状凝集体20を形成し得る。
【0014】
本発明の実施形態による薬物-ポリマー結合体は、LCSTを有し、かつ、LCSTを超える温度の水性媒体中で、温度応答性ポリマーセグメント部分が内側に、薬物部分が外側になるように配置されたミセル状凝集体を形成し得る限りにおいて、図1Aに示される構成に限定されない。
【0015】
例えば、本発明の実施形態による薬物-ポリマー結合体の変形例を図1Bに示す。図1Bに示される薬物-ポリマー結合体10’は、温度応答性ポリマーセグメント12と、当該温度応答性ポリマーセグメントの一方の端部に結合した第1の薬物14aと、他方の端部に結合した第2の薬物14bとを含む。本実施形態の薬物-ポリマー結合体10’は、式:B-A-Bで表され得る(式中、Aは温度応答性ポリマーセグメントを表し、Bは第1の薬物を表し、Bは第2の薬物を表す)。第1の薬物と第2の薬物は、本発明の効果が得られる限りにおいて、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0016】
また、図1Bに示される薬物-ポリマー結合体10’’は、薬物14と、当該薬物14の一方の端部に結合した第1の温度応答性ポリマーセグメント12aと、他方の端部に結合した第2の温度応答性ポリマーセグメント12bとを含む。本実施形態の薬物-ポリマー結合体10’’は、式:A-B-Aで表され得る(式中、Aは第1の温度応答性ポリマーセグメントを表し、Aは第2の温度応答性ポリマーセグメントを表し、Bは薬物を表す)。第1の温度応答性ポリマーセグメントと第2の温度応答性ポリマーセグメントは、本発明の効果が得られる限りにおいて、同じ構成であってもよく、異なる構成であってもよい。
【0017】
本発明の実施形態による薬物-ポリマー結合体によれば、LCSTを超える温度の水性媒体中で、ポリマーセグメント部分が内側に、薬物部分が外側になるように配置されたミセル凝集体が自己集合的に形成され得る。したがって、LCST以下の温度で薬物-ポリマー結合体を水性媒体に溶解して薬物-ポリマー結合体溶液を調製および必要に応じて保存し、使用の際に、当該薬物-ポリマー結合体溶液をLCSTを超える温度に加温することによって、容易に、かつ、アルコール、エステル、ケトン等の有機溶媒を用いることなく完全に水系で、ミセル状凝集体を調製することができる。
【0018】
1つの実施形態において、薬物-ポリマー結合体は、例えば0℃~40℃、好ましくは0℃~35℃、より好ましくは0℃~30℃(例えば、0℃~25℃、0℃~20℃、0℃~15℃)の範囲内にLCSTを有する。本実施形態によれば、LCSTを超える温度でミセル状凝集体を調製し、得られたミセル状凝集体を個体に投与することができる。なお、LCSTは、一般に、凝集体形成に十分な濃度(例えば臨界会合濃度以上)で調製されたサンプル溶液の濁度あるいは散乱光強度測定によって求めることができる。すなわち、薬物-ポリマー結合体のLCSTを求める場合、低温で調製した薬物-ポリマー結合体溶液を昇温しながら濁度あるいは散乱光強度を測定することで、濁度あるいは散乱光強度が急激に上昇し始める温度をLCSTとして決定することができる。
【0019】
1つの実施形態において薬物-ポリマー結合体は、投与対象の個体の体温-5℃~投与対象の個体の体温の範囲内にLCSTを有する。本実施形態によれば、薬物-ポリマー結合体溶液を個体に投与し、個体の体内でミセル状凝集体を形成させることができる。
【0020】
1つの実施形態において、薬物-ポリマー結合体は、4℃以下または10℃以下の水中では水和状態であり、水に可溶である一方で、20℃以上、25℃以上または30℃以上の水中では脱水和状態であり、当該水温での臨界ミセル濃度(CMC)以上の濃度においてミセル状に凝集し得る。
【0021】
薬物-ポリマー結合体のLCSTは、温度応答性ポリマーセグメントを構成する温度応答性ポリマーのLCSTに対応し得ることから、当該温度応答性ポリマーのLCSTを調整することによって、所望のLCSTを有する薬物-ポリマー結合体が得られ得る。
【0022】
A-1.温度応答性ポリマーセグメント
温度応答性ポリマーセグメントを構成する温度応答性ポリマーとしては、薬物-ポリマー結合体に所望のLCSTを付与し得る限りにおいて、任意の適切な温度応答性ポリマーが用いられ得る。1つの実施形態において、当該温度応答性ポリマーは、例えば0℃~40℃、好ましくは0℃~35℃、より好ましくは0℃~30℃(例えば、0℃~25℃、0℃~20℃、0℃~15℃)の範囲内にLCSTを有する。このような範囲内にLCSTを有する温度応答性ポリマーを用いることにより、上記所望の範囲内にLCSTを有する薬物-ポリマー結合体が好適に得られ得る。
【0023】
温度応答性ポリマーの具体例としては、
(a)下記式(I)で表されるオキサゾリン系繰り返し単位(式(I)中、Rは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基またはn-ブチル基であり、好ましくはn-プロピル基、イソプロピル基またはn-ブチル基である)、
(b)下記式(II)で表されるN-アルキルアクリルアミド系繰り返し単位(式(II)中、Rは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基またはt-ブチル基であり、好ましくはn-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基またはt-ブチル基である)、
(c)下記式(III)で表されるN-ビニルアルキルアミド系繰り返し単位(式(III)中、Rは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基またはt-ブチル基であり、好ましくはn-プロピル基またはイソプロピル基である)、および
(d)下記式(IV)で表されるビニルアルキルエーテル系繰り返し単位(式(IV)中、Rは、メチル基、エチル基、n-プロピル基またはイソプロピル基であり、好ましくはメチル基またはエチル基である)、
から選択される少なくとも1種の繰り返し単位を含む温度応答性ポリマーが挙げられる。温度応答性ポリマーは、下記式(I)~(IV)で表される繰り返し単位を1種のみ含んでいてもよく、2種以上含んでいてもよい。また、本発明の効果が得られる範囲において、式(I)~(IV)で表される繰り返し単位以外の繰り返し単位を含んでいてもよい。
【化1】
【0024】
重合度を制御しやすく、また、単分散性の高いポリマーが得られ易いことから、オキサゾリン系繰り返し単位を含むポリ(オキサゾリン)系温度応答性ポリマーが好ましい。ポリ(オキサゾリン)系温度応答性ポリマーの具体例としては、ポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)、ポリ(2-イソプロピル-2-オキサゾリン)およびポリ(2-n-ブチル-2-オキサゾリン)が好ましく例示できる。
【0025】
温度応答性ポリマーのLCSTは、重合度が同じである場合、繰り返し単位中のR~Rの炭素鎖が長いほど低温側にシフトする傾向にある。また、温度応答性ポリマーのLCSTは、ポリマーに含まれる繰り返し単位の種類および比率が同じである場合、重合度が大きいほど、低温側にシフトする傾向にある。よって、繰り返し単位の種類、比率および重合度を調整することにより、所望のLCSTを有する温度応答性ポリマーを得ることができる。
【0026】
温度応答性ポリマーの分子量(換言すれば、質量(Da))は、好ましくは1.0×10以上、より好ましくは2.0×10以上、さらに好ましくは3.0×10以上である。温度応答性ポリマーの分子量の上限は、特に制限されるものではないが、例えば2.0×105、また例えば1.0×105であり得る。温度応答性ポリマーの分子量が当該範囲内であれば、不溶化した際に十分な疎水的相互作用が得られることから、ミセル状凝集体の形成に有利である。また、分子量が当該範囲内であれば、上記所望の範囲内にLCSTを有する温度応答性ポリマー(結果として、上記所望の範囲内にLCSTを有する薬物-ポリマー結合体)が得られ易い。
【0027】
必要に応じて、温度応答性ポリマーセグメントの薬物が結合していない方の末端には、疎水性基が導入されていてもよい。このような疎水性基としては、炭素数1~8のアルキル基またはアルコキシ基、炭素数6~12のアリール基、アラルキル基、アリールオキシ基またはアラルキルオキシ基等が挙げられる。
【0028】
A-2.薬物
上記薬物としては、水性媒体中で脱水和した温度応答性ポリマーセグメントよりも高い親水性を示す薬物が好ましく用いられる。このような薬物を用いることにより、LCSTを超える温度の水性媒体中で、温度応答性ポリマーセグメントが内側に配置されて疎水性コアを形成し、薬物が外側に配置されたミセル状凝集体が容易に得られ得る。また、薬物が中性あるいはアニオン性である場合には、ミセル状凝集体の表面が中性あるいは負に帯電することから、二次的な凝集が抑制されるとともに、正に帯電している場合における生体膜やタンパク質等との所望されない相互作用を防止することができる。
【0029】
上記薬物の分子量(換言すれば、質量(Da))は、好ましくは1.0×10以上、より好ましくは2.0×10以上、さらに好ましくは3.0×10以上である。薬物の分子量(換言すれば、質量(Da))の上限は、特に制限されるものではないが、例えば1.0×10、また例えば5.0×10であり得る。薬物として親水性高分子を用いることにより、親水性高分子で表面が被覆されたミセル状凝集体が得られることから、炎症性の低減および肺への良好な吸収が期待される。
【0030】
1つの実施形態において、上記薬物は、核酸である。核酸としては、プリンまたはピリミジン塩基、ペントース、リン酸からなるヌクレオチドを基本単位とするポリもしくはオリゴヌクレオチドを意味し、オリゴもしくはポリ二本鎖RNA、オリゴもしくはポリ二本鎖DNA、オリゴもしくはポリ一本鎖DNAおよびオリゴもしくはポリ一本鎖RNAを挙げることができる。また、同一の鎖にRNAとDNAが混在したオリゴもしくはポリ2本鎖核酸、オリゴもしくはポリ1本鎖核酸も含まれる。当該核酸に含有されるヌクレオチドは天然型であっても、化学修飾された非天然型のものであっても良く、またアミノ基、チオール基、蛍光化合物などの分子が付加されたものであっても良い。
【0031】
上記核酸の塩基長は、例えば5~150、好ましくは10~100、さらに好ましくは12~50であり得る。
【0032】
上記核酸としては、その機能または作用を考慮すると、アンチセンスオリゴ核酸、siRNA、miRNA、ヘテロ2本鎖核酸、CpGオリゴデオキシヌクレオチド、核酸アプタマーおよびデコイ核酸等が挙げられる。
【0033】
1つの実施形態において、上記薬物は、ペプチドである。ペプチドとしては、薬物としての生理活性を有する限りにおいて制限はなく、目的に応じて適切に選択され得る。ペプチドは、天然型アミノ酸のみを含むものであってもよく、非天然型アミノ酸を含むものであってもよい。
【0034】
上記ペプチドの分子量(換言すれば、質量(Da))は、例えば1.0×10~1.0×10、好ましくは1.0×10~5.0×10であり得る。
【0035】
A-3.製造方法
上記薬物-ポリマー結合体は、代表的には、温度応答性ポリマーの端部に薬物を結合させることによって得られる。例えば、上記式:A-Bで表される薬物-ポリマー結合体は、重合反応により温度応答性ポリマーを合成すること、温度応答性ポリマーの一方の端部に第1の官能基を導入して片末端官能基化温度応答性ポリマーを得ること、第1の官能基と反応し得る第2の官能基を有する薬物を準備すること、および、第1の官能基と第2の官能基とを反応させて、片末端官能基化温度応答性ポリマーと薬物とを結合させること、を含む方法によって得られ得る。
【0036】
上記第1の官能基と第2の官能基との組合せとしては、これらの官能基の反応によって形成される結合が生体内で開裂可能なものであってもよく、開裂が困難なものであってもよい。当該組み合わせの具体例としては、アジド基とアルキン、チオール基と(メタ)アクリロイル基、チオール基とマレイミド基、チオール基とチオール基、チオール基とカルボキシル基、(メタ)アクリロイル基とヒドロキシル基、(メタ)アクリロイル基とアミノ基、カルボキシル基とアミノ基、カルボキシル基とヒドロキシル基、アミノ基とヒドロキシル基等が挙げられる(言うまでもないが、これらの組合せ中、前者および後者のいずれが第1の官能基であってもよい)。なお、第2の官能基は、薬物に本来内在するものであってもよく、人工的に導入されたものであってもよい。
【0037】
B.ミセル状凝集体
本発明の実施形態によるミセル状凝集体は、A項に記載の薬物-ポリマー結合体を含む。当該ミセル状凝集体においては、上記温度応答性ポリマーセグメントが内側に配置され、薬物が外側に配置されている。
【0038】
ミセル状凝集体は、A項に記載の薬物-ポリマー結合体に加えて、温度応答性ポリマーをさらに含んでいてもよい。温度応答性ポリマーをさらに含むことにより、凝集体を形成する際の内側部分(コア部分)の体積が増加し、得られるミセル状凝集体の粒子径を増大することができる。このとき、温度応答性ポリマーとしては、粒子径の調整の容易さの観点から、薬物-ポリマー結合体を構成する温度応答性ポリマー(セグメント)と同じ構成を有する温度応答性ポリマーを用いることが好ましい。
【0039】
ミセル状凝集体の粒子径(流体力学的直径、D)は、目的に応じて適切に設定され得る。経肺吸収後に肺から体循環に移行することを抑制する観点から、当該粒子径(D)は、好ましくは10nm~300nm、より好ましくは20nm~250nm、さらに好ましくは30nm~200nm、さらにより好ましくは40nm~150nmである。このような粒子径を有する凝集体によれば、肺において良好な細胞取り込みが行われる一方で、その後の体循環への移行が抑制されることから、効率的かつ局所的に薬物を肺に送達することができる。
【0040】
ミセル状凝集体の多分散指数(PDI)は、例えば0.6以下、好ましくは0.4以下、より好ましくは0.2以下、さらに好ましくは0.15以下である。
【0041】
ミセル状凝集体のゼータ電位は、代表的には5mV以下であり、好ましくは3mV以下であり、より好ましくは0mV以下である。ゼータ電位がこのような範囲内であれば、安定性に優れたミセル状凝集体が得られると共に、生体膜やタンパク質等との所望されない相互作用を防止することができる。
【0042】
ミセル状凝集体は、例えば、LCST以下の温度、例えばLCSTよりも10℃以上低い温度で、A項に記載の薬物-ポリマー結合体(および任意成分としての温度応答性ポリマー)を水性媒体に溶解し、得られた薬物-ポリマー結合体溶液を、LCSTを超える温度、好ましくはLCSTよりも10℃以上高い温度に加温することによって自己集合的に形成される。水性媒体は、必要に応じて緩衝化されていてもよく、例えばHEPES緩衝液、PBS、Tris緩衝液等が用いられ得る。
【0043】
薬物-ポリマー結合体溶液中における薬物-ポリマー結合体の濃度は、ミセル状凝集体が形成される限りにおいて制限されず、通常、凝集体を形成させる際の水温における臨界ミセル濃度以上の濃度であればよい。当該薬物-ポリマー結合体濃度は、例えば10nM以上、好ましくは20nM以上、より好ましくは40nM以上であり得る。
【0044】
C.医薬組成物
本実施形態による医薬組成物は、A項に記載の薬物-ポリマー結合体またはB項に記載のミセル状凝集体を含む。当該医薬組成物は、好ましくはがん、胸膜腫瘍、肺炎、肺結核、胸膜炎、気管支喘息、嚢胞性肺線維症、慢性閉塞性肺疾患等の肺疾患および、上気道・下気道等を病巣とする微生物(細菌、ウイルス等)の感染症並びにそれに伴う呼吸器不全症候群等の合併症の治療または予防を目的とする。また、本実施形態による医薬組成物は、好ましくは経鼻投与または気管内投与を介して、上気道(鼻腔、咽頭、喉頭)、下気道(気管、気管支、肺)に送達(経肺吸収)される。なお、上記治療または予防の対象となるがんには、肺を原発巣とする肺がんのみならず、他の臓器から肺に転移したがんも含まれる。
【0045】
医薬組成物は、投与方法に応じて任意の適切な剤形に調製される。経鼻投与または気管内投与の観点からは、吸入剤であることが好ましく、具体例としては、吸入液剤、吸入エアゾール剤および吸入粉末剤が挙げられる。
【0046】
医薬組成物は、目的に応じて、薬物-ポリマー結合体中の薬物以外の薬物をさらに含んでいてもよい。また、所望の剤形に応じて、任意の適切な添加剤を用いることができる。添加剤は、薬学的に許容され得るものであればよく、例えば賦形剤、希釈剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤等を例示できる。
【0047】
医薬組成物の用量(具体的には、薬物換算の用量)および投与間隔は、肺疾患の種類や病期、処置対象の個体の状態等に応じて適切に設定され得る。
【0048】
D.送達方法
本発明の別の局面によれば、C項に記載の医薬組成物を、処置を必要とする個体に経鼻投与または気管内投与することを含む、当該医薬組成物(より具体的には、A項に記載の薬物-ポリマー結合体またはB項に記載のミセル状凝集体)の肺への送達方法が提供される。具体的には、上記医薬組成物は、処置が必要な個体に対して、ネブライザー、気管内チューブ、マイクロスプレー等の任意の適切な投与器具を用いて常法に従って経鼻的にまたは気管内に投与されることにより、当該個体の肺に送達され得る。
【0049】
上記処置が必要な個体は、代表的には、ヒト又は非ヒト哺乳類である。
【実施例
【0050】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0051】
[試薬・細胞・実験動物等]
(1)アンチセンスオリゴ核酸(ASO)として、ホスホロチオエート骨格を有するASOを用いた(Gene Design社から購入)。
ASOの配列は以下の通りである(大文字は架橋型核酸(LNA)(CはLNAメチルシトシン)を表し、小文字はDNAを表す)。
タウリンアップレギュレート遺伝子1 (TUG1)のlong non-coding RNA (lncRNA)を標的とするASO(asTUG1):5´-TGAAtttcaatcatttgaGAT-3´(配列番号:1)
GL3 luciferaseを標的とし、コントロールとして用いられるASO(asCTRL):5´-TCGAagtactcagcgtaaGTT-3´(配列番号:2)
なお、asCTRLの5’末端にAlexa Fluor(R)647色素を付加したものをASO-AF6と表記する。また、コンジュゲーションの為に、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)を、asTUG1、asCTRLまたはASO-AF6の3’末端に付加した。
(2)ルシフェラーゼ発現ヒト肺がん細胞株A549-Lucは、Caliper Lifesciences Corp.(Hopkinton,MA,USA)から購入し、10%ウシ胎児血清および1%ペニシリン/ストレプトマイシン添加RPMI-1640中で培養した。
(3)ヒトすい臓がん細胞株Panc1はAmerican Type Culture Collection(Manassas,VA,USA)から購入し、10%ウシ胎児血清および1%ペニシリン/ストレプトマイシン添加ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中で培養した。
(4)BALB/cヌードマウス(雌性、6週齢)はCharles River Japan (Kanagawa,Japan)から購入し、動物実験はすべて東京大学における実験動物の管理と使用に関するガイドラインに従って行った。
【0052】
[アジド末端ポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)の合成]
以下に示す反応スキームで、アジド末端ポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)を合成した。
【化2】
【0053】
具体的には、以下の通りである。
まず、4つの異なる分子量、すなわち、分子量がそれぞれ約5k、10k、20kまたは30kであるポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)(POX)を、2-n-プロピル-2-オキサゾリンのリビングカチオン開環重合によって合成した。
5kまたは10kのPOXの合成に関しては、開始剤としてp-トルエンスルホン酸メチル(61.6mg,0.332mmol)をそれぞれ、5mLまたは10mLのCHCNに溶解し、続いて、2-n-プロピル-2-オキサゾリン(1.83g,16.2mmolまたは3.66g,32.4mmol)を添加した。
20kまたは30kのPOXの合成に関しては、p-トルエンスルホン酸メチル(61.6mg,0.332mmol)を20mLまたは30mLのCHCNとクロロベンゼンとの1:1混合液(体積比)に溶解し、続いて、2-n-プロピル-2-オキサゾリン(7.32g,64.8mmolまたは11.0g,97.2mmol)を添加した。
得られた混合液をアルゴン雰囲気下42℃で、4、7、12、または16日間撹拌して、それぞれ約5k、10k、20kまたは30kの分子量を有するPOXを調製した。
NaN(432mg,6.64mmol)を混合液に添加し、70℃で3時間撹拌して反応を終了させた。次いで、混合液をメタノールに対して3回および脱イオン水に対して3回透析し、凍結乾燥によって生成物を白色粉末として回収した。
trans-2-[3-(4-tert-ブチルフェニル)-2-メチル-2-プロペニリデン]マロノニトリルをマトリクスとして用い、トリフルオロ酢酸カリウムをカチオン種として用いたMALDI-TOF-MS(ultrafleXtreme;Bruker Daltonics,Bremen,Germany)によって生成物の特徴づけを行った。得られたMwおよびMw/Mnを表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
[N-POXとDBCO-ASOとの結合体(POX-ASO)の調製およびゲル電気泳動]
凍結融解法を用いた銅フリーのクリックケミストリーを利用して、N-POXとDBCO-ASOとを反応させて結合体(コンジュゲート)を得た。反応スキームを以下に示す。
【化3】
【0056】
POX-ASOの調製の具体例として、POX(30k)-ASOの調製方法を以下に説明する。
-POX(30k)を20mg/mLの濃度で冷10 mM HEPES buffer(pH7.3;VWR international,Radnor,PA,USA)に溶解し、次いで、asTUG1溶液(1mg/mL in 10mM HEPES)と種々のモル比([ASOに含まれるDBCOのモル濃度]に対する[POXに含まれるNのモル濃度]:(POX/ASO))で混合した。混合液を-20℃で一晩冷凍し、4℃で2時間解凍した。これにより、N-POX(30k)とDBCO-ASOとの結合体(POX(30k)-ASO)を得た。
【0057】
[POX-ASOのゲル電気泳動]
4μg/mLエチジウムブロマイド含有TAEバッファー(pH7.4)にアガロース(1wt%)を溶解してアガロースゲルを調製した。非コンジュゲートASOおよびPOX(30k)-ASOサンプルをゲルにロードし、TAEバッファー中で電気泳動(100V,20min)を行った。電気泳動後のゲルをPharosFX molecular imager(Bio-Rad,Hercules,CA)で可視化した。結果を図2に示す。
【0058】
図2に示されるとおり、POX/ASOの増大に従って遊離のASOが減少し、結合体化したPOX(30k)-ASOが増加した。また、ImageJソフトウェアを用いてASO由来のバンドを定量化し、DBCO-ASOのコンジュゲーション率を求めたところ、コンジュゲートされたASO量(換言すれば、POX-ASO量)は、POX/ASOの増大に従って増大しており、POX/ASO=10においては、ほとんど全てのASOがPOX(30k)と結合していた(コンジュゲーション率:98.8%)。
【0059】
[POX-ASOの精製およびサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)]
POX/ASO=10で調製したPOX(30k)-ASOサンプルを凍結乾燥し、アセトン中に分散させて過剰なPOXを除去した後、遠心分離によって沈殿物としてPOX-ASOを得た。未反応のPOXを含む上清をデカントし、沈殿物を再度アセトン中に分散させ、同じ手順を4回繰り返した。次いで、沈殿物を脱イオン水に溶解し、凍結乾燥した。4℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer(pH7.3)を用いて、Superdex 75 10/300 GL columnを装着したAKTA explorer100 system(GE Healthcare Life Sciences,Pittsburgh,PA,USA)を用いたSECに最終生成物を供した。結合体化の前後において波長280nmのUVでASOを検出した結果を図3aに示す。また、精製の前後において波長215nmのUVでPOXを検出した。結果を図3bに示す。
【0060】
図3aに示されるとおり、POX/ASO=10で調製されたPOX(30k)-ASOサンプルは、波長280nmの吸収に関して、DBCO-ASOのピークからシフトした単峰性ピークを示した。また、図3bに示されるとおり、精製後のPOX(30k)-ASOサンプルは、波長215nmの吸収に関して、明確な単峰性ピークを示した。これらの結果から、N-POX(30k)とDBCO-ASOとのクリックコンジュゲーションおよびPOX(30k)-ASOの精製が目的通りに進行したことがわかる。
【0061】
[POX-ASOのミセル状凝集体(ASOボール)の調製]
精製したPOX-ASOコンジュゲートを4℃の150mM NaCl含有10mM HEPES bufferに溶解し、同バッファーで目的の濃度(in vitro研究に関しては10μM ASO、in vivo研究に関しては40μM ASO)まで希釈した。サンプル溶液を4℃で20分インキュベート後、37℃で20分さらにインキュベートして、ASOボールを調製した。
【0062】
[ASOボールの光散乱分析]
10μMのasTUG1を含む、種々のPOX-ASO溶液を低容量石英キュベット(Malvern Instruments,Worcestershire,UK)に添加し、Zetasizer Nano-ZS instrument(Malvern Instruments)を用いて昇温しながら静的光散乱測定によって散乱光強度を得た。温度は1℃/minで次の設定温度まで上昇させ、2分間平衡化した。散乱光強度を連続的に測定し、各サンプルの初期値(すなわち、4℃での散乱光強度)を基準に規格化した。結果を図4に示す。また、37℃で、ASOボールの流体力学直径(D)および多分散指数(PDI)を動的光散乱(DLS)測定によって求め、ゼータ電位を電気泳動光散乱(ELS)によって求めた。結果を表2に示す。また、DLSのヒストグラムを図5に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
図4に示されるとおり、すべてのPOX-ASOのサンプル溶液において、約20℃~40℃の温度範囲内で相対散乱光強度値の増大が見られた。このことから、これらのPOX-ASOはすべて約20℃~40℃の温度範囲内にLCSTを有し、当該LCSTにおけるPOXセグメントの親水性から疎水性への転移に起因して凝集体(ASOボール)が形成されたことがわかる(各POX-ASOのLSCT:5k=約30℃、10k=約30℃、20k=約22℃、30k=約20℃)。また、温度の上昇に伴う相対散乱光強度値の増大は、長鎖のPOXセグメントを有するPOX-ASOにおいて顕著であった。さらに相対散乱光強度値が徐々に増大し始める温度は、POXセグメントの分子量が増大するにつれて低下した。これらの結果から、POXセグメントの分子量がPOX-ASOの自己集合挙動に影響することが示唆され、これは、おそらく、各POXセグメントの疎水性凝集力が分子量に依存して異なることに起因するためと考えられる。
【0065】
また、表2に示されるとおり、比較的短いPOXセグメントを有するPOX(5k)-ASOおよびPOX(10k)-ASOから形成されたASOボールが0.3を超える多分散指数を示した一方で、POX(20k)-ASOおよびPOX(30k)-ASOから形成されたASOボールは、図5中の単峰性ピークに示されるとおり、0.2未満の低い多分散指数を示し、均一な凝集体が形成されたことがわかる。特に、POX(30k)-ASOから形成されたASOボールは、0.08という顕著に低い多分散指数を示した。また、ASOボールが負のゼータ電位を示すことは、疎水性POXセグメントによって形成されたコアと負に帯電したASO殻とを有するミセル状凝集体が形成されたことを示す。なお、100nmを超えるナノ粒子は肺胞マクロファージの食細胞クリアランスの対象となり得ることから、以下の実験は、POX(30k)-ASOから形成された約50nmサイズのASOボールを用いて行った。
【0066】
[透過電子顕微鏡(TEM)観察]
以下のようにして、POX(30k)-ASOから調製されたASOボールをTEM観察した。
37℃または4℃の脱イオン水に溶解した10μMのasTUG1濃度であるPOX(30k)-ASOサンプルの液滴を、炭素被覆コロジオンを備えた銅グリッドメッシュ上に配置し、2wt%酢酸ウラニル含有50%メタノールで染色した。JEM-1400(JEOL Ltd.,Tokyo,Japan)を用い、120kVでTEM画像(図6aおよび6b)を得た。
【0067】
図6aに示されるとおり、37℃でインキュベートされたPOX(30k)-ASOサンプル中においては、約50nmサイズの球状構造体が明確に確認できた。対照的に、4℃でインキュベートされたPOX(30k)-ASOサンプル中においては、構造体を認識することができなかった(図6b)。これらの観察結果は、光散乱解析から得られた結果と一致する。
【0068】
[蛍光相関分光法(FCS)分析]
FCS分析によって、ASOボールの臨界ミセル濃度(CMC)およびASOボール1個あたりのPOX-ASO会合数を求めた。
FCS分析は、ConfoCor3モジュールおよびC-Apochromat 40×水浸対物レンズを備えたZeiss LSM 880 (Carl Zeiss,Oberkochen,Germany)を用いて行った。
ASOボールのCMCに関して、150mM NaCl含有10mM HEPES bufferに40μM ASO濃度で溶解したPOX(30k)-ASO-AF6溶液を、37℃に静置することでASOボールサンプルを調製した。各濃度に連続的に希釈したサンプルを8-ウェル Lab-Tek chamber(Nalge Nunc International,Rochester,NY,USA)に移し、励起用の561nm DPSSレーザーと発光用の588-691nm帯域通過フィルタを用いて蛍光検出を行った。10秒のサンプリング時間および20回の繰り返し回数で、拡散時間を得た。Cy5マレイミド(GE Healthcare,UK)を基準として、得られた拡散時間から拡散係数(D)を算出した。Strokes-Einstein式:D=kT/3πηD (k:ボルツマン定数、T:絶対温度、η:動粘度)に基づいて、Dから流体力学的径(D)を算出した。結果を図7に示す。
【0069】
非コンジュゲートASO1分子あたりまたはASOボール1個あたりの蛍光強度(CPM)は、非コンジュゲートASO-AF6サンプルまたは90%POX(30k)-ASOと10%POX(30k)-ASO-AF6との混合物から調製したASOボールサンプルに対するFCS分析からそれぞれ決定した。ASOボール1個あたりのPOX-ASO会合数(ANPOX-ASO)は、得られたCPMを用いた式:ANPOX-ASO=CPMASOball/CPMASO×10から算出した。結果を表3に示す。
【0070】
【表3】
【0071】
図7に示されるとおり、ASOボールは、約10nM以上から少なくとも40μMのASO濃度(換言すると、約10nM(約0.8μg/mL)以上のPOX(30k)-ASO濃度)において30nm~60nmの流体力学的直径を維持していた。対照的に、10nM未満のASO濃度ではASOボールのサイズは大きく減少し、最終的に約1nMのASO濃度で約5nmのサイズに達した。なお、5nmのサイズは、遊離のPOX-ASOに対応し得る。一般に、気管内投与用の医薬組成物は、高容量化の観点からしばしば濃縮が行われ、当該濃縮プロセスによって二次凝集が誘導されやすいが、上記の結果から、ASOボールは40μMの濃度でも二次凝集することなく、安定性に優れることがわかる。なお、サイズ測定のためのFCS解析においては、高度に希釈した条件下では、DLSに比べてシグナル/ノイズ比が高かった。
【0072】
また、表3に示されるとおり、ASOボールサンプルから得られたCPMは、ASO濃度に関わらず、非コンジュゲートASO-AF6よりも約30倍高く、このことは、ASOボール1個に含まれるPOX-ASOの数が約300であることを示す。なお、POX(20k)-ASOから調製されたASOボールについて同様の分析を行ったところ、1.25μMおよび2.5μM ASO濃度におけるANPOX-ASOは約700であり、POX(30k)-ASOから調製されたASOボールよりも会合数が多かったが、この結果は、DLSヒストグラムにおける関係と見た目上一致する。
【0073】
[In vitro遺伝子ノックダウンアッセイ]
培養ヒト肺がん細胞であるA549-Luc細胞を用いてASOボールの遺伝子ノックダウン効率を調べた。ここで、ASOとしては、asTUG1を用いた。asTUG1が標的とするTUG1 lncRNAは、肺がんを含む様々なタイプのがんにおいて頻繁に過剰発現しており、A549細胞の増殖およびアポトーシスを制御していることが知られている。
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中10μMのasTUG1 (またはasCTRL)濃度でASOボールサンプルを調製した。100nMおよび200nMのASO濃度で非コンジュゲートASOまたはASOボールを用いてA549-Luc培養細胞にトランスフェクションした。48時間インキュベーション後、細胞をPBSでリンスし、RNeasy Mini Kit(Qiagen,Valencia,CA,USA)を用いてRNAを抽出した。ゲノムDNAを除去し、ReverTra Ace(Toyobo,Osaka,Japan)を用いてcDNAを合成し、FastStart Universal SYBR-Green Master(Roche,Basel,Switzerland)およびABI 7500 Fast Real-time PCR System(Applied Biosystems,Foster City,CA,USA)を用いてqRT-PCRを行った。内因性ハウスキーピング遺伝子としてGAPDHを適用して、TUG1 lncRNAの相対発現レベルを求めた。結果を図8に平均値および標準偏差として表す(n=4、***p<0.001および****p<0.0001)。
さらに、Panc1細胞に対するasTUG1ボールのノックダウン効率をqRT-PCRによって求めた。この細胞株へのASOトランスフェクション、mRNA精製および逆転写は、A549-Luc細胞に関して記載した通りに行った。結果を図9に平均値および標準偏差として表す(n=4、*p<0.05)。
【0074】
なお、qRT-PCRに用いたプライマー配列は以下の通りである。
<GAPDH用プライマー配列>
forward 5´-CCA CCC ATG GCA AAT TCC-3´(配列番号:3)
reverse 5´-CAG GAG GCA TTG CTG ATG AT-3´(配列番号:4)
<TUG1用プライマー配列>
forward 5´-AGG TAG AAC CTC TAT GCA TTT TGT G-3´(配列番号:5)
reverse 5´-ACT CTT GCT TCA CTA CTT CAT CCA G-3´(配列番号:6)
【0075】
図8に示されるとおり、非コンジュゲートTUG1標的ASO(asTUG1)は、濃度依存的に若干の遺伝子ノックダウンを誘導した。asTUG1の遺伝子ノックダウン能は、ヌクレアーゼに対する耐性および標的RNAへの結合親和性を増強するPS骨格および両末端LNAに起因すると考えられる。対照的に、asTUG1搭載ASOボール(asTUG1ボール)は、非コンジュゲートasTUG1と比較して有意に大きいTUG1 lncRNAのノックダウンを生じさせた。その一方で、asCTRL搭載ASOボール(asCTRLボール)で処理した細胞ではTUG1発現レベルの低減は観察されなかった。これらの結果は、ASOボールが配列特異的な遺伝子ノックダウン能を有することを示す。
【0076】
また、図9に示されるとおり、ASOボールの遺伝子ノックダウン能をTUG1 lncRNAを過剰発現するヒトすい臓がんPanc1に対して評価したところ、ASOボールは、培養Panc1細胞におけるTUG1 lncRNAの発現レベルの有意な低減を生じさせた。このことから、ASOボールの遺伝子ノックダウン能は特定の細胞株に限定されるものではないことがわかる。
【0077】
上記遺伝子ノックダウンアッセイに用いたPOX-ASOはPOXセグメントとASOとの間に特定の開裂可能なリンカーを含まないことを考慮すると、ASOボールの有意な遺伝子ノックダウン活性は、ASOボールおよび/または解離したPOX-ASOが標的lncRNAに効率的に結合することを示す。21merのASOおよび疎水性状態のPOX(30)のサイズはそれぞれ、約3.5nmおよび約2.5nmと推定される。ASOボールが標的細胞内で濃度の低下を介して解離した場合、ASOの3’末端にコンジュゲートした約2.5nmサイズのPOXは、ASOと標的lncRNAとのハイブリダイゼーションを実質的に阻害しないと考えられる。
【0078】
[細胞取り込み評価]
培養A549-Luc細胞において、ASO-AF6を用いた細胞取り込み評価を行った。
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中、10μMのASO-AF6からASOボールサンプルを調製した。100nMおよび200nMのASO濃度で非コンジュゲートASOまたはASOボールを用いてA549-Luc培養細胞にトランスフェクションした。6時間培養した後、細胞をPBSで2回リンスし、新鮮なPBSを加えた。マイクロプレートリーダー(Tecan Spark(R) Mannedorf Switzerland)を用いてASO-AF6の蛍光強度を測定し、得られた蛍光値から非処理コントロールウェルのパーセンテージとして相対蛍光強度を算出した。結果を図10に平均および標準偏差として表す(n=4、**p<0.01および****p<0.0001)。
【0079】
図10に示されるとおり、ASOボールは、非コンジュゲートASOに比べて顕著に高い細胞取り込み効率を示した。この結果は、ASOボールの非コンジュゲートASOよりも高い遺伝子ノックダウン活性と一致する。
【0080】
[細胞生存アッセイ]
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中、10μMのasCTRLからASOボールサンプルを調製した。100nM、200nM、400nM、800nMおよび1600nMのASO濃度で非コンジュゲートASOまたはASOボールを用いてA549-Luc培養細胞にトランスフェクションした。48時間培養した後、培地を交換し、Cell Counting Kit-8(Dojindo,Kumamoto,Japan)を用いて細胞生存率を評価した。450nmにおける吸収をTecan Spark(R)を用いて測定し、得られた吸収値から非処理コントロールウェルのパーセンテージとして相対吸光度を算出した。結果を図11に平均および標準偏差として表す(n=4)。
【0081】
図11に示される通り、ASOボールは1.6μM ASO濃度までほとんど細胞毒性を示さなかった。
【0082】
[同所性異種移植腫瘍モデルにおけるASOボールの生体内分布]
気管内投与を介したASOボールによるASO送達を調べるために、同所性肺がんモデルマウスにおける生体内分布を調べた。
1.同所性異種移植腫瘍モデルの作製
BALB/cヌードマウス(雌性、6週齢)をイソフルランで麻酔し、既報の研究に多少の改変を加えた方法で腫瘍移植を行った。すなわち、マウスの左肺を覆う背部皮膚を5mm切開し、次いで、30Gのニードル(326668;BD,Franklin Lakes,NJ,USA)を用いて、40μL PBS/マトリゲル(1:1,v/v)に懸濁した3×10 A549-Luc細胞を肺実質内に3mmの深さで直接接種した。創部を手術用クリップで閉じ、麻酔から覚めるまでマウスを温熱パッド上で寝かせた。肺がんの着床およびがんの増殖をIn Vivo Imaging System(IVIS;PerkinElmer,Waltham,MA,USA)によってモニターし、D-ルシフェリンの腹腔内注射から10分後に生物発光画像を得た。腫瘍の生物発光シグナル強度が腫瘍あたり10~10 photons/sに到達したときに、気管内投与を行った。
【0083】
2.気管内投与
イソフルランを用いた麻酔下で、A549-Luc腫瘍を担持させたマウスの気管を外科的に露出させ、気管を小さく切開した。MicroSprayer(R)Aerosolizer(MSA-250-M;Penn-Century,Inc.,Wyndmoor,PA,USA)を用いてサンプルを気管内に注入した。切開を縫合して閉じ、麻酔から覚めるまでマウスを温熱パッド上に寝かせた。なお、ASOボールが投与プロセス中にPOX-ASO単体へと解離することを防ぐために、サンプル溶液中のASO濃度を40μM(この濃度はASOボールのCMCよりも十分に高い濃度である)に調節した。また、ヒートプレートを用いてサンプル溶液またはMicroSprayer(R)Aerosolizerの温度を投与直前まで37℃に維持し、サンプル溶液を3分以内に素早く投与した。ASOボールは25℃で少なくとも15分は安定であることが確認されていることから、上記投与方法によれば、投与プロセスの間、ASOボールのミセル状構造が維持され得る。
【0084】
3.生体内分布評価
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中、40μMのASO-AF6からASOボールサンプルを調製した。同所性異種移植マウスへの非コンジュゲートASO-AF6およびASOボールの気管内投与(50μL、約17μg ASO/mouse、n=4)を上記の通りに行った。投与後24時間において、マウスを殺処分し、肝臓、脾臓、腎臓、心臓および肺を含む個々の器官を切除した。各マウスの肺から腫瘍を分離した。組織におけるASO-AF6の蛍光シグナルをIVISで観察した(図12)。次に、各組織を秤量およびホモジナイズし、Tecan Spark(R)を用いて蛍光強度を検出した。結果を図13に平均および標準偏差として表す(n=4、**p<0.01および****p<0.0001)。
【0085】
図13に示される通り、非コンジュゲートASOおよびASOボールは共に、肺および腫瘍においてかなり高い蛍光強度を示したが、ASOボールの蛍光強度(肺および腫瘍においてそれぞれ、44±7%および26±6%dose g-1 tissue)は、非コンジュゲートASOの蛍光発光(肺および腫瘍においてそれぞれ、22±6%および8±2%dose g-1 tissue)よりも有意に高かった。
【0086】
また、非コンジュゲートASOは、肝臓、脾臓および腎臓に集積(肝臓、脾臓および腎臓にそれぞれ、4.3±0.7%、1.2±0.3%および1.0±0.2%dose g-1 tissue)が見られたのに対し、ASOボールでは、これらの器官への集積がほとんど検出されなかった(<0.3%dose g-1 tissue)。これらの結果は、かなりの量の非コンジュゲートASOが肺から体循環に抜けだし、その後、他の器官に集積したことを示す。対照的に、ASOボールは、50nmという大きいサイズに起因して、体循環へのクリアランスが抑制され、結果として、肺および肺腫瘍におけるASO集積量が有意に増大したと推測される。
【0087】
[In vivo遺伝子ノックダウンアッセイ]
同所性肺腫瘍におけるASOボールのTUG1 lncRNAのin vivoノックダウンをqRT-PCRアッセイによって測定した。
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中、40μMのasTUG1またはasCTRLからASOボールサンプルを調製した。同所性異種移植マウスへの非コンジュゲートasTUG1およびASOボールの気管支内投与(50μL、約15μg ASO/mouse、n=4)を上記と同様に行った。投与後72時間において、マウスを殺処分し、肺を切除した。腫瘍を各マウスの肺から分離し、ホモジナイズした。RNeasy Mini kitを用いてRNAを抽出し、上記と同様にして、GAPDH mRNAに対するTUG1 lncRNAの相対発現量をqRT-PCRによって定量した。結果を図14に平均および標準偏差として表す(n=4、**p<0.01)。なお、本実験に用いたasTUG1はヒトTUG1 lncRNAを標的として設計されていることから、得られた結果は、ヒト由来がん細胞における遺伝子ノックダウン効果のみを反映するものであり、宿主マウス細胞における遺伝子ノックダウン効果を示すものではない。
【0088】
図14に示される通り、投与後72時間において、気管内投与されたasTUG1ボール(15μg ASO/マウス)が腫瘍におけるTUG1 lncRNAの発現レベルを約55%有意に低減させた一方で、asCTRLボール投与群では、TUG1 lncRNAの発現レベルの低減が見られなかった。これらの結果は、気管内投与されたASOボールが肺腫瘍において配列特異的遺伝子ノックダウン能を発揮することを示す。
【0089】
一方、非コンジュゲートasTUG1は、腫瘍において有意な遺伝子ノックダウン効果を生じさせなかった。このような遺伝子ノックダウン能の違いは、原因を特定するものではないが、ASOボールが非コンジュゲートASOよりも細胞取り込み効率に優れ、また、細胞内プロセスが促進されたことに起因する可能性がある。
【0090】
とりわけ、ASOボールが15μg ASO/マウスの用量で55%の遺伝子ノックダウンを示した一方で、既報では、ASO単体(naked ASO)を用いて50%または65%の遺伝子ノックダウンを行うためには、40μg ASO/マウスまたは100μg ASO/マウスの用量がそれぞれ必要であることが報告されている(Plos One,2017,12,e0187286)。よって、ASOボールを形成して気管内投与することにより、肺または肺腫瘍における遺伝子ノックダウンのためのASO用量の低減が期待できる。
【0091】
[POX添加によるASOボールのサイズ調整]
POX(30k)-ASOコンジュゲートを4℃の150mM NaCl含有10mM HEPES bufferに溶解し、同バッファーで10μM ASOまで希釈した。得られたPOX(30k)-ASO溶液を、同バッファーで10μMとなるように調製された同体積のPOX(30k)溶液と混和し、4℃で20分静置した。その後、37℃で20分さらに静置して、ASOボールを調製した。
【0092】
上記ASOボール溶液およびPOX(30k)溶液の代わりに150mM NaCl含有10mM HEPES bufferと混和したこと(結果として、POX(30k)を添加しなかったこと)以外は同様に調製したASOボール溶液を低容量石英キュベット(Malvern Instruments,Worcestershire,UK)に添加し、Zetasizer Nano-ZS instrument(Malvern Instruments)を用いて、37℃でDLS分析を行った。得られたDLSのヒストグラムを図15に示す。
【0093】
図15に示されるとおり、POX(30k)の添加により、単峰性ピークを維持した状態でASOボールのサイズが増加したことがわかる。また、POX(30k)を添加した場合としていない場合のASOボールのD/PDIは、それぞれ109nm/0.11および50nm/0.06であった。これらの結果より、ASOが結合していないPOXをPOX-ASOに添加することで、ASOボールのサイズ調整が可能であることが確認される。
【0094】
[サイズの異なるASOボールの気管投与後の生体内分布]
37℃の150mM NaCl含有10mM HEPES buffer中、20μMのPOX(30k)-ASO(うち10μMがPOX(30k)-ASO-AF6)サンプルから、あるいは20μMのPOX(30k)を追加で含むサンプルから、それぞれASOボールを調製した。BALB/cマウスへのASOボールの気管内投与(50μL、約8μg ASO/mouse、n=3)を上記の通りに行った。投与後24時間において、マウスを殺処分し、肝臓、脾臓、腎臓、心臓および肺を含む個々の器官を切除した。各組織を秤量およびホモジナイズし、Tecan Spark(R)を用いて蛍光強度を検出した。結果を図16に平均および標準偏差として表す(n=3、*p<0.05)。
【0095】
図16に示される通り、サイズの異なる2種類のASOボールは共に、他の臓器への集積量(<0.2%dose g-1 tissue)に比べ、肺において顕著に高い蛍光強度を示した。POX(30k)の添加ありとなしで調製されたASOボールの肺への集積量は、それぞれ79±23%および38±10%dose g-1 tissueであり、サイズの大きいASOボールの方が有意に高い肺集積性を示した。これは、ASOボールのサイズの増加に伴い、血流中への移行がより効果的に抑制されたためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の薬物-ポリマー結合体およびそのミセル状凝集体は、DDSの分野で好適に用いられ得る。
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
【配列表】
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