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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】細胞膜透過性ベシクル
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/88 20060101AFI20241030BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20241030BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241030BHJP
   B01J 13/02 20060101ALI20241030BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20241030BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
C12N15/88 Z ZNA
A01H5/00 A
C12N5/10
B01J13/02
C12N15/09 110
A01H1/00 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021542991
(86)(22)【出願日】2020-08-27
(86)【国際出願番号】 JP2020032306
(87)【国際公開番号】W WO2021039884
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-08-15
(31)【優先権主張番号】62/892,775
(32)【優先日】2019-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年7月30日にオンライン開催された第30回バイオ・高分子シンポジウムで発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)戦略的創造研究推進事業(ERATO)「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沼田 圭司
(72)【発明者】
【氏名】土屋 康佑
(72)【発明者】
【氏名】藤田 聖矢
(72)【発明者】
【氏名】河▲崎▼ 陸
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 健太
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/133652(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/145745(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0312134(US,A1)
【文献】国際公開第2005/032593(WO,A1)
【文献】特表2019-520852(JP,A)
【文献】国際公開第2005/017152(WO,A1)
【文献】特開2012-110270(JP,A)
【文献】特開2007-300915(JP,A)
【文献】Kogre Kentaro,Development of a Novel Artificial Gene Delivery System Multifunctional Envelope-type Nano Device for Gene Therapy,YAKUGAKU ZASSHI,日本,2007年05月31日,127(10),1685-1691
【文献】PMCID:PMC2902597,Author Manuscript; available in PMC 2011 Aug 1,[online], Gaurav Sahay et al.,Endocytosis of Nanomedicines, 2010, 145(3), 182-195, [2024年7月17日検索],Internet, <URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2902597/>
【文献】土屋康佑ほか,ポリペプチドイオンコンプレックスをキャリアとして利用した植物への遺伝子導入方法の開発,2017年度生命科学系学会合同年次大会要旨,日本,2017年11月15日,3P-1378(4AT26-07)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/87-15/90
C07K 17/00-17/14
A01H 1/00-17/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)リジン残基を3個以上30個以下で連結してなるカチオン性セグメントを含み、ポリエチレングリコールを含まない、ポリマー、及び
(b)カルボキシル化リジンを3個以上30個以下で連結してなるアニオン性セグメントと、ポリエチレングリコールを含む非荷電親水性セグメントとを含む、ブロック共重合体
を含む、ポリイオンコンプレックスベシクル、及び
前記ポリイオンコンプレックスベシクルの表面に提示され、BP100ペプチド、BP100(KH)9ペプチド、BP100CH7ペプチド、及びKAibAペプチドからなる群から選択される、細胞膜透過性ペプチド
を含む、細胞膜透過性ベシクル。
【請求項2】
一以上の機能性分子を内包する、請求項1記載の細胞膜透過性ベシクル。
【請求項3】
前記機能性分子が機能性ペプチド機能性核酸、並びにCas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子からなる群から選択される、請求項に記載の細胞膜透過性ベシクル。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の細胞膜透過性ベシクルを含む植物、植物組織、又は植物細胞。
【請求項5】
(a)リジン残基を3個以上30個以下で連結してなるカチオン性セグメントを含み、ポリエチレングリコールを含まない、ポリマー、及び
(b)カルボキシル化リジンを3個以上30個以下で連結してなるアニオン性セグメントと、ポリエチレングリコールを含む非荷電親水性セグメントとを含む、ブロック共重合体
を含み、
前記ポリマー及び/又は前記ブロック共重合体の末端にアルキンを有する、ポリイオンコンプレックスベシクル。
【請求項6】
機能性分子をヒトから単離された細胞又はヒト以外の細胞の細胞内に導入する方法であって、
前記細胞と請求項2又は3に記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、及び
前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記細胞に物理的刺激を付与する工程
を含む、前記方法。
【請求項7】
ヒトから単離された細胞又はヒト以外の細胞において標的遺伝子に変異を導入する方法であって、
前記細胞と、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子を内包する請求項1に記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、及び
前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記細胞に物理的刺激を付与する工程
を含む、前記方法。
【請求項8】
前記細胞が植物細胞である、請求項又はに記載の方法。
【請求項9】
前記植物細胞が、カルス又は本葉の植物細胞である、請求項に記載の方法。
【請求項10】
変異体植物を作製する方法であって、
植物細胞と、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子を内包する請求項に記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、
前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記植物細胞に物理的刺激を付与することによって、前記細胞膜透過性ベシクルを前記植物細胞内に導入し、標的遺伝子に変異を導入する工程、及び
前記工程で変異が導入された植物細胞から植物個体を得る工程
を含む、前記方法。
【請求項11】
一以上の機能性分子を内包する細胞膜透過性ベシクルの調製方法であって、
(a)カチオン性成分としてリジン残基を3個以上30個以下で連結してなるカチオン性セグメントを含み、ポリエチレングリコールを含まない、ポリマー及び
(b)アニオン性成分としてカルボキシル化リジンを3個以上30個以下で連結してなるアニオン性セグメントと、ポリエチレングリコールとを含む、ブロック共重合体
を機能性分子の存在下で混合することによって、前記機能性分子を内包するポリイオンコンプレックスベシクルを構築する工程、並びに
BP100ペプチド、BP100(KH)9ペプチド、BP100CH7ペプチド、及びKAibAペプチドからなる群から選択される細胞膜透過性ペプチドを前記ポリイオンコンプレックスベシクルの表面上に提示する工程
を含記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞膜透過性ベシクル、機能性分子を細胞内に導入する方法、及び変異体植物を作製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品やバイオプラスチックなどの有用物質の生産を目的として、植物へ新規形質を付与する技術が注目されている。
【0003】
植物へ新規形質を付与する従来技術として、遺伝子組換えなどの遺伝子改変技術が使用されてきた。しかし、環境に対する影響の懸念などから遺伝子組換え植物の利用には依然として大きな制約がある。それ故、遺伝子組換え技術を使用せずに、植物の形質を改変する技術が求められている。
【0004】
遺伝子組換えなどの遺伝子改変によらず植物の形質を改変するために、タンパク質などの機能性分子を植物細胞に直接送達する方法がある。例えば、目的のタンパク質を植物細胞内へ送達するキャリアペプチドが考案されており、細胞膜透過性配列とポリカチオン配列とを組み合わせた融合ペプチドなどが提案されている(特許文献1)。
【0005】
本発明者は、細胞膜透過性ペプチド(CPP)と酵素とをイオン性相互作用により複合化させることで、植物細胞への酵素の導入に成功している(非特許文献1、2)。しかし、酵素が細胞内のプロテアーゼにより分解されるため、長期間にわたる機能発現は困難であった。このような背景のもと、植物に形質を付与し、かつ長期的な機能発現を可能にする技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/126604号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Ng K.K., et al. PLoS One, 2016, 11(4), e0154081.
【文献】Numata K., et al. Plant Biotechnol (Tokyo), 2016, 33(5), 403-407.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、植物細胞への機能性分子の導入に有用な新規なベシクルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
医療用の薬物送達などを目的として開発されているポリイオンコンプレックスベシクル(PICsome)は、ブロック共重合体やポリマーなどの自己集合によって形成されるカプセル状集合体であり、その内部に機能性分子を封入することができる(Anraku Y., et al., J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 1631-1636.)。PICsomeは半透性を有し、基質などの小分子に対しては透過性が高い一方で、タンパク質のような分子量の比較的大きな分子に対しては透過性が低いという性質を有する。したがって、酵素分子をPICsome内部に保持した状態で生体内に導入すれば、プロテアーゼなどによる酵素の分解を抑制しながら酵素機能を発現することができるという利点がある(Anraku Y., et al., J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 1631-1636.)。それ故、PICsomeは、ミセル状の複合体などと比較して、タンパク質を長期的に機能発現させるための輸送キャリアとして優れた性質を有することが知られている。その一方で、PICsomeを細胞内に移行させる技術や、細胞内で機能させる技術は確立されていない。
【0010】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、細胞膜透過性ペプチドをPICsome表面上に提示させた細胞膜透過性ベシクルを作製し、当該ベシクル中にタンパク質を内包させることによって、当該タンパク質が植物組織及び植物細胞に送達され、植物ゲノムにまで到達すること、当該タンパク質が実際にそこで機能し、ゲノム編集が可能であること、及び当該タンパク質に基づく新規形質付与が達成されることを見出した。本発明は上記新たな知見に基づくもので、以下の(1)~(15)及び[1]~[7]を提供する。
【0011】
(1)ポリイオンコンプレックスベシクル、及びその表面に提示される細胞膜透過性ペプチドを含む、細胞膜透過性ベシクル。
(2)前記ポリイオンコンプレックスベシクルが以下の(a)及び(b)を含む、(1)に記載の細胞膜透過性ベシクル。
(a)カチオン性セグメントを含むポリマー、及び
(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体
(3)前記ポリイオンコンプレックスベシクルが以下の(c)及び(d)から構成される、(1)に記載の細胞膜透過性ベシクル。
(c)アニオン性セグメントを含むポリマー、及び
(d)カチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体
(4)前記カチオン性セグメントが、カチオン性アミノ酸残基を3個以上30個以下で連結してなり、及び/又は前記アニオン性セグメントが、アニオン性アミノ酸残基を3個以上30個以下で連結してなる、(2)又は(3)に記載の細胞膜透過性ベシクル。
(5)前記細胞膜透過性ペプチドが、前記ブロック共重合体に連結されている、(2)~(4)のいずれかに記載の細胞膜透過性ベシクル。
(6)一以上の機能性分子を内包する、(1)~(5)のいずれかに記載の細胞膜透過性ベシクル。
(7)前記機能性分子が機能性ペプチド及び/又は機能性核酸である、(6)に記載の細胞膜透過性ベシクル。
(8)前記機能性分子が、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子である、(6)に記載の細胞膜透過性ベシクル。
(9)(6)~(8)のいずれかに記載の細胞膜透過性ベシクルを含む植物、植物組織、又は植物細胞。
(10)機能性分子を細胞内に導入する方法であって、前記細胞と(6)~(8)のいずれかに記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、及び前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記細胞に物理的刺激を付与する工程を含む、前記方法。
(11)細胞において標的遺伝子に変異を導入する方法であって、前記細胞と(8)に記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、及び前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記細胞に物理的刺激を付与する工程を含む、前記方法。
(12)前記細胞が植物細胞である、(10)又は(11)に記載の方法。
(13)前記植物細胞が、カルス又は本葉の植物細胞である、(12)に記載の方法。
(14)変異体植物を作製する方法であって、植物細胞と(8)に記載の細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程、前記細胞膜透過性ベシクルと接触した前記植物細胞に物理的刺激を付与することによって、前記細胞膜透過性ベシクルを前記植物細胞内に導入し、標的遺伝子に変異を導入する工程、及び前記工程で変異が導入された植物細胞から植物個体を得る工程を含む、前記方法。
(15)一以上の機能性分子を内包する細胞膜透過性ベシクルの調製方法であって、ポリマー及びブロック共重合体を機能性分子の存在下で混合することによって、前記機能性分子を内包するポリイオンコンプレックスベシクルを構築する工程、並びに細胞膜透過性ペプチドを前記ポリイオンコンプレックスベシクル表面上に提示する工程を含み、前記ポリマー及び前記ブロック共重合体は、(a)カチオン性セグメントを含むポリマー、及び(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体、又は(c)アニオン性セグメントを含むポリマー、及び(d)のカチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体の組合せからなる、前記方法。
【0012】
[1]正イオンに荷電した荷電性セグメントを有するポリマーと、非イオン性の非荷電親水性セグメントと負イオンに荷電した荷電性セグメントとを有するブロック共重合体とにより形成されるベシクルであって、細胞膜透過性配列を含むぺプチドをその膜上に有するベシクル。
[2]負イオンに荷電した荷電性セグメントを有するポリマーと、非イオン性の非荷電親水性セグメントと正イオンに荷電した荷電性セグメントとを有するブロック共重合体とにより形成されるベシクルであって、細胞膜透過性配列を含むぺプチドをその膜上に有するベシクル。
[3]少なくとも1種のタンパク質を内包する[1]又は[2]に記載のベシクル。
[4]タンパク質を内包するとともに、表面の少なくとも一部に細胞膜透過性配列を含むペプチドを有するベシクル(好ましくはポリイオンコンプレックスベシクル)を含む組成物。
[5]タンパク質を内包するとともに、表面の少なくとも一部に反応性基を有するベシクル(好ましくはポリイオンコンプレックスベシクル)を含む組成物。
[6]前記ベシクルが、側鎖にカチオン性基(例えばアミノ基)を有するカチオン性アミノ酸(天然及び非天然のカチオン性アミノ酸のいずれも含まれる)の3以上(3以上30以下、3以上20以下、3以上15以下又は3以上10以下)のオリゴもしくはポリペプチド(以下、「カチオニックセグメント」という場合がある)の少なくとも1種を含むカチオン性成分と、側鎖にアニオン性基(例えばカルボキシル基、)を有するアニオン性アミノ酸(天然及び非天然のカチオン性アミノ酸のいずれも含まれる)の3以上(3以上30以下、3以上20以下、3以上15以下又は3以上10以下)のオリゴもしくはポリペプチドの少なくとも1種を含むアニオン性成分とのポリイオンコンプレックスベシクルである、[1]~[4]のいずれかのベシクル又は組成物。
[7]植物細胞と、[3]に記載のベシクル又は[4]に記載の組成物とを接触させることを含む、植物細胞へのタンパク質の導入方法。
【0013】
本明細書は本願の優先権の基礎となる米国特許出願第62/892,775号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、植物細胞への機能性分子の導入に有用な新規なベシクルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】表面に細胞膜透過性を提示させたPICsomeの導入による、植物への新規形質付与を示す模式図である。図中、「PolyLys」については、ユニットとなるリジン(Lys)の構造を示す。
図2】カチオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe及びアニオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体の粒径が、時間とともに増大した結果を示す図である。
図3】カチオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe及びアニオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体を電界放出形走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察した結果を示す図である。集合体は球状の形態を示したが(左側)、電子線照射を行ったところ、球状集合体の表面が破壊され、内部の空洞が確認された(右側)。
図4】カチオン性ポリマーPolyLys及びアニオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体の粒径が安定して維持された結果を示す図である。
図5】(A)細胞膜透過性ベシクルに内包されていないローダミン標識NPT IIをシロイヌナズナの根毛に導入し、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)で観察した結果を示す図である。(B)細胞膜透過性ベシクルに内包されたローダミン標識NPT IIをシロイヌナズナの根毛に導入し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す図である。矢印はローダミンに由来する赤色蛍光を示す。パネル上側と右側に示す画像(a及びb)は、矢頭で示す位置における根毛の断面を示す。
図6】Cas9-ガイドRNA複合体をシロイヌナズナの胚軸由来カルスに導入することによって、標的切断部位に生じた変異の例(a)~(c)を示す図である。図中、「PAM」はプロトスペーサー隣接モチーフを示し、「標的配列」はガイドRNAによって認識される配列の位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.細胞膜透過性ベシクル
1-1.概要
本発明の第1の態様は、細胞膜透過性ベシクルである。本発明の細胞膜透過性ベシクルは、ポリイオンコンプレックスベシクル、及びその表面に提示される細胞膜透過性ペプチドを含み、一以上の機能性分子を内包することができる。本発明の細胞膜透過性ベシクルによれば、機能性分子を細胞内に導入し、機能させることができる。
【0017】
1-2.用語の定義
本明細書において頻用する用語について以下で定義する。
本明細書において「ポリイオンコンプレックスベシクル(PICsome)」とは、荷電したブロック共重合体やポリマーなどの自己集合によって形成される集合体である。ポリイオンコンプレックスベシクルは、カプセル状集合体として、その内部に機能性分子を封入することができる。
【0018】
本明細書において「細胞膜透過性ペプチド(Cell Permeating Peptide; CPP)」とは、細胞膜を透過する性質を有するペプチドをいう。細胞透過性ペプチドとしては、例えば、BP100(Appl Environ Microbiol 72 (5), 3302, 2006)、HIV Tat (Journal Biological Chemistry, 272, pp.16010-16017, 1997)、Tat2(Biochim Biophys Acta 1768 (3), 419, 2007)、Penetratin、pVEC、pAntp(Journal Biological Chemistry, 269, pp.10444-10450, 1994)、HSV-1 VP22(Cell, 88, pp.223-233, 1997)、MAP(Model amphiphilic peptide)(Biochimica Biophysica Acta, 1414, pp.127-139, 1998)、Transportan(FEBS Journal, 12, pp.67-77, 1998)、R7(Nature Medicine, 6, pp.1253-1257, 2000)、MPG(Nucleic Acid Research 25, pp.2730-2736, 1997)、及びPep-1(Nature Biotechnology, 19, pp.1173-1176, 2001)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
細胞透過性配列の具体例としては、例えば以下の配列:KKLFKKILKYL(配列番号1)、RKKRRQRRRRKKRRQRRR(配列番号2)、RKKRRQRRR(配列番号3)、PLSSIFSRIGDP(配列番号4)、PISSIFSRTGDP(配列番号5)、AISSILSKTGDP(配列番号6)、PILSIFSKIGDL(配列番号7)、PLSSIFSKIGDP(配列番号8)、PLSSIFSHIGDP(配列番号9)、PLSSIFSSIGDP(配列番号10)、RQIKIWFQNRRMKWKK(配列番号11)、DAATATRGRSAASRPTERPRAPARSASRPRRPVD(配列番号12)、AAVALLPAVLLALLAP(配列番号13)、AAVLLPVLLAAP(配列番号14)、VTVLALGALAGVGVG(配列番号15)、GALFLGWLGAAGSTMGA(配列番号16)、MGLGLHLLVLAAALQGA(配列番号17)、LGTYTQDFNKFHTFPQTAIGVGAP(配列番号18)、GWTLNSAGYLLKINLKALAALAKKIL(配列番号19)、KLALKLALKALKAALKLA(配列番号20)、及び(Lys-Aib-Ala)3(Aibは2-アミノイソ酪酸を示す)(配列番号78)を挙げることができる。これらのペプチド配列に含まれる1個から数個のアミノ酸残基が置換、挿入、及び/又は欠失し、かつ細胞透過性を有するペプチド配列を好適に使用できる場合もある。本明細書において、「数個」とは、例えば10個以下、9個以下、8個以下、7個以下、6個以下、好ましくは5個以下又は4個以下、さらに好ましくは3個以下又2個以下を意味する。
【0020】
上記の配列に加えて、使用可能な細胞透過性配列の例を以下の表1に示す。
【表1】
【0021】
表1に記載の参考文献の詳細は以下の通りである。
【0022】
一実施形態において、細胞透過性配列は、配列番号1~72で示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるアミノ酸配列、又はこれらのアミノ酸配列に含まれる1個から数個のアミノ酸残基が置換、挿入、及び/又は欠失し、かつ細胞透過性を有する配列を含む。
【0023】
一実施形態において、細胞透過性配列は、Tatのアミノ酸配列(配列番号33)、又は該アミノ酸配列に含まれる1個から数個のアミノ酸残基が置換、挿入、及び/又は欠失し、かつ細胞透過性を有する配列を含む。
【0024】
細胞透過性ペプチドとして、2種以上の細胞透過性ペプチドを組み合わせて用いてもよい。目的の特定の細胞に対して特異的な細胞透過性ペプチドを選択することもできる。
【0025】
本明細書において「細胞膜透過性ベシクル」とは、細胞膜を透過し得る性質を有するベシクルをいう。例えば、ベシクルの表面に細胞膜透過性ペプチドが提示されたベシクルなどが挙げられる。
【0026】
本明細書において「ブロック共重合体」とは、2種類以上の異なるポリマーが共有結合で連結された鎖を含むポリマーを意味する。
【0027】
本明細書において「カチオン性セグメント」又は「カチオニックセグメント」とは、正に荷電したセグメントをいう。
【0028】
本明細書において「アニオン性セグメント」又は「アニオニックセグメント」とは、負に荷電したセグメントをいう。
【0029】
本明細書において「非荷電親水性セグメント」とは、荷電していない、親水性のセグメントをいう。
【0030】
本明細書において「カチオン性アミノ酸」とは、正に荷電した側鎖(カチオン性側鎖)、例えばアミノ基やグアニジノ基を有する側鎖を有するアミノ酸をいう。カチオン性アミノ酸は、塩基性アミノ酸であってもよい。また、カチオン性アミノ酸は、天然型及び非天然型のカチオン性アミノ酸のいずれであってもよい。カチオン性アミノ酸の具体例としては、リジン(Lys/K)、アルギニン(Arg/R)、スクシニルリジン、マロニルリジン、グルタリルリジン、及びオルニチンなどが挙げられる。
【0031】
本明細書において「アニオン性アミノ酸残基」とは、負に荷電した側鎖(アニオン性側鎖)、例えばカルボキシル基を有する側鎖を有するアミノ酸をいう。アニオン性アミノ酸は、酸性アミノ酸であってもよい。また、アニオン性アミノ酸は、天然型及び非天然型のアニオン性アミノ酸のいずれであってもよい。アニオン性アミノ酸の具体例としては、アスパラギン酸(Asp/D)、グルタミン酸(Glu/E)、システイン酸、ホスホセリン、及びカルボキシル化リジンなどが挙げられる。
【0032】
本明細書において「ペプチド」とは、1つ以上のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーをいう。「ペプチド」は、ペプチドに含まれるアミノ酸残基の数によって限定されない。したがって、「ペプチド」には、ジペプチドやトリペプチドなどの2個以上~数個のアミノ酸残基を含むオリゴペプチドから、多数のアミノ酸残基を含むポリペプチドまでが包含される。したがって、いわゆるタンパク質のみならず、断片化されたものや、ペプチド結合によって他のペプチドが連結されたものも包含される。
【0033】
本明細書において「ゲノム編集タンパク質」とは、ゲノム編集に使用されるタンパク質をいう。特に、ゲノム編集に使用される部位特異的ヌクレアーゼをいう。例えば、制限酵素、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEヌクレアーゼ(TALEN)、CRISPR/Cas9、及びCRISPR/Cpf1(Cas12a)などが挙げられる。Cas9タンパク質としては、限定しないが、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来のspCas9タンパク質や黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)由来のsaCas9タンパク質などを使用することができる。
【0034】
本明細書において「ガイドRNA(guideRNA;gRNA)」とは、CRISPRを用いたゲノム編集において、Cas9タンパク質やCpf1タンパク質タンパク質などをゲノム上の標的DNA配列に導くRNAをいう。具体的には、Cas9のgRNAは約20塩基の標的DNA配列を認識するcrRNA(CRISPR RNA)からなる場合(Cpf1タンパク質の場合には、crRNAのみでgRNAとして機能する)、crRNAとCas9への結合の足場となるtracrRNA(trans-activating crRNA)との2種のRNA分子からなる場合、これらを結合して1つにしたsgRNA(single guide RNA)が例示される。
【0035】
1-3.構成
以下、本発明の細胞膜透過性ベシクルについて具体的に説明をする。
本発明の細胞膜透過性ベシクルは、必須構成成分としてポリイオンコンプレックスベシクル(PICsome)、及びその表面に提示される細胞膜透過性ペプチドを含み、選択的成分として一以上の機能性分子を内包することができる。
【0036】
(1)ポリイオンコンプレックスベシクル(PICsome)
本発明の細胞膜透過性ベシクルに含まれるPICsomeの種類は限定しない。
一実施形態において、本発明の細胞膜透過性ベシクルに含まれるPICsomeは、
(a)カチオン性セグメントを含むポリマー、並びに
(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体
を含んでもよい。
【0037】
別の実施形態では、本発明の細胞膜透過性ベシクルに含まれるPICsomeは
(c)アニオン性セグメントを含むポリマー、並びに
(d)カチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体
を含んでもよい。
【0038】
さらなる実施形態では、本発明の細胞膜透過性ベシクルに含まれるPICsomeは
(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体、並びに
(d)カチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体
を含んでもよい。
【0039】
(1-1)カチオン性セグメント
カチオン性セグメントは、限定しない。例えば、カチオン性アミノ酸残基を3個以上、3個以上30個以下、3個以上20個以下、3個以上15個以下、又は3個以上10個以下、例えば、3個、4個、5個、6個、7個、又は8個で連結してなるものであってもよい。
【0040】
(1-2)アニオン性セグメント
アニオン性セグメントは、限定しない。例えば、アニオン性アミノ酸残基を3個以上、3個以上30個以下、3個以上20個以下、3個以上15個以下、又は3個以上10個以下、例えば、3個、4個、5個、6個、7個、又は8個で連結してなるものであってもよい。
【0041】
カチオン性セグメントにおけるカチオン性アミノ酸残基の個数、及びアニオン性セグメントにおけるアニオン性アミノ酸残基の個数の組合せは、上記の範囲のいずれの組合せであってもよい。例えば、カチオン性セグメントがカチオン性アミノ酸残基を3個以上30個以下で連結してなり、及び/又はアニオン性セグメントがアニオン性アミノ酸残基を3個以上30個以下で連結してなるものであってもよい。
【0042】
上記の(a)、(b)、(c)、及び(d)の一例として、以下に限定されないが、(a)ポリリジン(PolyLys又はP(Lys))、(b) Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMe、(c) P(Lys(COOH))、(d) Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMeなどが挙げられる。
【0043】
(1-3)非荷電親水性セグメント
非荷電親水性セグメントは、限定しない。例えば、非荷電性親水性セグメントには、エチレングリコールの残基が含まれていてもよい。非荷電性親水性セグメントに含まれるポリエチレングリコールの残基数は、好ましくは2以上、2以上10以下、又は2以上6以下である。ベシクルの安定性の観点から、非荷電性親水性セグメントの分子量は1,000以下であるのが好ましい。一実施形態において、ポリエチレングリコールは、テトラエチレングリコール(TEG)である。
【0044】
(2)細胞膜透過性ペプチド
また、本発明の細胞膜透過性ベシクルに含まれる細胞膜透過性ペプチドの種類は限定せず、任意の細胞膜透過性ペプチドを使用することができる。例えば、BP100ペプチド、BP100(KH)9ペプチド、BP100CH7ペプチド、KAibAペプチドなどを使用してもよい。
【0045】
本発明において、細胞膜透過性ペプチドのPICsome表面への提示様式は限定しない。例えば、細胞膜透過性ペプチドはPICsomeを構成する任意の成分に結合していてもよい。ここでいう「結合」は、限定せず、例えば共有結合や超分子相互作用によるものであってもよい。共有結合は限定せず、例えばペプチド結合、ジスルフィド結合の他、クリック反応によって形成されるトリアゾール環を介した結合、及びチオールとマレイミドの反応で形成されるスクシンイミドを介した結合などが含まれる。また、「超分子相互作用」とは、分子間の非共有結合性の相互作用であれば限定せず、例えば水素結合、疎水性相互作用若しくは疎水結合、静電相互作用若しくはイオン結合、塩橋、配位結合などが例示される。
【0046】
また、細胞膜透過性ペプチドが結合するPICsomeの構成成分は、細胞膜透過性ペプチドがPICsome表面に提示され得る限り、限定しない。例えば、細胞膜透過性ペプチドは、カチオン性セグメントを含むポリマー、アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体、アニオン性セグメントを含むポリマー、及び/又はカチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体のいずれに結合していてもよい。これらの分子において細胞膜透過性ペプチドが結合する位置は限定しないが、当該分子の末端、例えば一方の末端又は両端に結合してもよい。細胞膜透過性ペプチドが結合する個数は限定しないが、例えば1分子当たり1個の細胞膜透過性ペプチドを結合してもよい。
【0047】
(3)機能性分子
細胞膜透過性ベシクルに内包される機能性分子は、限定しない。例えばペプチド、多糖、核酸、化合物、又はそれらの混合物であってよい。一実施形態では、機能性分子は、機能性ペプチド及び/又は機能性核酸である。
【0048】
本発明において「機能性ペプチド」とは、生体内若しくは生体外、又は細胞内若しくは細胞外において、特定の生物学的機能を有するペプチドをいう。本明細書において「特定の生物学的機能」とは、タンパク質や核酸などの生体分子、細胞、組織又は個体に任意の影響を与え得る機能であれば限定しない。特定の生物学的機能は天然又は非天然を問わず、例えば細胞接着機能、シグナル伝達機能、結合機能、連結機能、標識機能、代謝機能などが例示される。連結機能は、例えば特定の生物学的機能を有する他のペプチドや核酸などの生体分子、低分子化合物、又は金属イオンを連結させる機能が該当する。抗原抗体結合又は受容体リガンド相互作用を媒介する機能、RNA及び/又はDNAなどの生体分子を結合する機能、ニッケルイオン、銅イオンなどを結合する機能などが例示される。標識機能は、タンパク質や核酸などの生体分子、細胞、組織及び個体を標識する機能が該当する。例えば、蛍光標識やエピトープ標識などが挙げられる。代謝機能には、ヌクレアーゼ活性などのゲノム編集機能などが挙げられる。機能性ペプチドは、使用目的に応じて適宜選択することができる。
【0049】
本発明において「機能性ペプチド」の具体例としては、酵素、結合タンパク質、マーカータンパク質、及び人工ペプチド、並びにそれらのペプチド断片などが挙げられる。「酵素」は、限定しないが、ゲノム編集タンパク質、例えばCas9タンパク質などのヌクアーゼであってもよい。「結合タンパク質」とは、特定の分子と特異的に結合するタンパク質である。限定はしないが、例えば、抗原抗体結合を媒介する抗体若しくは抗体断片又は抗原、(ストレプト)アビジン、マルトース結合タンパク質(MBP)、受容体リガンド相互作用を媒介する受容体又はリガンド、DNA結合タンパク質、RNA結合タンパク質などが挙げられる。「マーカータンパク質」とは、細胞やタンパク質などを検出する際に標識となりうるタンパク質である。通常は、その活性に基づいて目的とするタンパク質の発現や存在の有無を判別できるポリペプチドが該当する。限定はしないが、例えば、GFPなどの蛍光タンパク質、ルシフェリン、又はイクオリンなどの発光タンパク質、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、又はアルカリホスファターゼ(AP)などの酵素が挙げられる。「人工ペプチド」とは、タグペプチドとも呼ばれ、人工的に合成された数~十数アミノ酸からなるオリゴペプチドである。
【0050】
「機能性核酸」は、ガイドRNA分子、アンチセンス核酸(ASO)、siRNA、miRNA、アプタマーのいずれであってもよい。機能性核酸を構成する核酸は、天然型、非天然型のいずれであってもよい。
【0051】
一実施形態では、機能性分子は、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子であってもよい。
【0052】
カチオン性セグメント及びアニオン性セグメントの混合比については特に制限はなく、PICsomeを形成可能な割合で混合することができる。例えば、正負の電荷が相殺される割合での混合であってもよい。例えば、前記カチオン性セグメント及びアニオン性セグメントがそれぞれ、側鎖に1価のカチオン基及びアニオン基を有する天然若しくは非天然のアミノ酸残基を含む、又はそれからなるペプチドであって、それぞれの平均重合度が1:1のモル比となるように混合してもよい。
【0053】
一実施形態では、PICsomeを形成しているアニオン性セグメント間、カチオン性セグメント間、及び/又はアニオン性セグメントとカチオン性セグメント間に架橋が形成されていてもよい。架橋は、例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)などのカルボジイミド類を架橋剤として用いる側鎖の架橋反応により形成されていてもよい。
【0054】
1-4.効果
本発明の細胞膜透過性ベシクルによれば、植物細胞などの細胞内にタンパク質などの機能性分子を送達し、植物などの個体に対して新規形質を付与することができる。例えば、ゲノム編集タンパク質を細胞に送達し、核内で機能させることによって、変異を導入することが可能である。
【0055】
本発明の細胞膜透過性ベシクルに内包される機能性分子は、細胞膜透過性ベシクルが細胞内に移行した後、細胞膜透過性ベシクルに内包されたまま、プロテアーゼなどから保護された状態で、長期間にわたって安定して機能することができる。
【0056】
或いは、本発明の細胞膜透過性ベシクルに内包される機能性分子は、細胞膜透過性ベシクルが細胞内に移行した後、その一部又は全部が細胞膜透過性ベシクルから遊離した状態で機能することもできる。例えば、機能性分子がゲノム編集タンパク質である場合には、ゲノム編集タンパク質は、細胞膜透過性ベシクルから遊離し、ゲノム上の標的遺伝子配列を認識することができる。また、機能性分子がsiRNAやmiRNAなどの機能性核酸である場合には、機能性核酸は、細胞膜透過性ベシクルから遊離し、RNAi(RNA干渉)により標的mRNAの分解や翻訳抑制を誘導する。
【0057】
カチオン性セグメント及びアニオン性セグメントの一方のみの末端に非荷電性親水性セグメントが配置されている場合、PICsomeの安定性が向上する。
【0058】
本発明の細胞膜透過性ベシクルによれば、本発明の細胞膜透過性ベシクルを含む組成物もまた提供される。
【0059】
2.細胞膜透過性ベシクルを含む植物、植物組織、又は植物細胞
2-1.概要
本発明の第2の態様は、本発明の細胞膜透過性ベシクルを含む植物、植物組織、又は植物細胞である。本態様の植物、植物組織、又は植物細胞は、細胞膜透過性ベシクルに内包される機能性分子に基づく新規形質を有する。
【0060】
2-2.構成
(1)細胞膜透過性ベシクル
本態様の植物、植物組織、又は植物細胞が含む細胞膜透過性ベシクルは、一以上の機能性分子を内包する。細胞膜透過性ベシクル、及び機能性分子の構成については、第1態様で既に詳述していることから、ここではその具体的な説明を省略する。
【0061】
(2)植物、植物組織、又は植物細胞
本態様における植物、植物組織、及び植物細胞の種類は限定しない。
植物は、特に制限はされず、被子植物又は裸子植物のいずれであってもよい。また、被子植物には、双子葉類又は単子葉類植物のいずれも包含される。代表的なものとしては、農業上、特に種苗産業及び花卉園芸産業上、重要な植物、例えば、穀類、花、野菜、果物などの作物植物が挙げられる。具体的には、双子葉類植物であればアブラナ科に属する種(例えば、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、アブラナ)、マメ科に属する種(例えば、ダイズ、ピーナッツ、エンドウ、インゲンマメ、アズキ、ソラマメ、スイートピー)、ナス科に属する種(例えば、トマト、ナス、ジャガイモ、タバコ、ピーマン、トウガラシ、ペチュニア)、バラ科に属する種(例えば、イチゴ、バラ、リンゴ、ナシ、モモ、ビワ、アーモンド、スモモ、ウメ、サクラ)、ラン科に属する種(例えば、シンビジウム、ファレノプシス、カトレア、デンドロビウム)、ユリ科に属する種(例えば、ユリ、チューリップ、ヒアシンス、ムスカリ、ネギ、タマネギ、ニンニク)、ミカン科(例えば、ミカン、オレンジ、グレープフルーツ、レモン、ユズ)、ブドウ科に属する種(例えば、ブドウ)、キク科に属する種(例えば、レタス、キク、ダリア、マーガレット、ヒマワリ)、ナデシコ科に属する種(例えば、カーネーション、カスミソウ)、ツバキ科に属する種(例えば、サザンカ、チャノキ)が該当する。また、単子葉類植物であればイネ科に属する種(例えば、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム、コウリャン)が該当する。
【0062】
植物組織は、特に制限はされず、具体的には任意の器官(例えば、根部、根毛、茎部、葉部、花部、表皮、若しくはそれらの組み合わせ、又は花粉、芽生え、卵細胞若しくは種子などを含む)、形態的及び/又は機能的に分化した細胞群からなる組織若しくはその一部であってもよい。
植物細胞は、上記の植物組織に含まれる任意の細胞種を使用することができる。
【0063】
3.機能性分子を細胞内に導入する方法
3-1.概要
本発明の第3の態様は、機能性分子を細胞内に導入する方法である。
本態様の方法は、細胞と細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程(接触工程)、及び細胞膜透過性ベシクルと接触した細胞に物理的刺激を付与する工程(物理的刺激工程)を含む。
【0064】
本態様の方法において、接触工程により細胞と接触した細胞膜透過性ベシクルは、物理的刺激工程によって細胞膜の透過及び細胞内への移行が促進され、ペプチドなどの機能性分子を細胞内に送達することができる。
【0065】
3-2.方法
本態様の方法は、細胞と細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程(接触工程)、及び細胞膜透過性ベシクルと接触した細胞に物理的刺激を付与する工程(物理的刺激工程)を含む。
【0066】
本発明の細胞膜透過性ベシクルによって機能性分子を導入する対象となる細胞は、特に限定しない。真核生物、細菌、又は古細菌の任意の細胞が対象となる。真核生物は、単細胞生物か多細胞生物かは問わず、また、動物細胞や植物細胞のいずれであってもよい。好ましくは、動物細胞又は植物細胞が対象となる。植物細胞は、第2態様に記載の植物種のいずれの細胞であってもよく、第2態様に記載の植物組織のいずれの細胞であってもよい。例えば、植物細胞は、カルス又は本葉の植物細胞であってもよい。動物細胞としては、ヒト以外の細胞、又はヒトに由来しヒト体外にある細胞(例えば、ヒトから単離された細胞)などが挙げられる。
【0067】
本態様において細胞に導入される細胞膜透過性ベシクルは、一以上の機能性分子を内包する。細胞膜透過性ベシクル、及び機能性分子の構成については、第1態様で既に詳述していることから、ここではその具体的な説明を省略する。
【0068】
3-2-1.工程
(1)接触工程
接触工程は、細胞と細胞膜透過性ベシクルとを接触させ得る工程であれば、特に限定しない。例えば、細胞膜透過性ベシクルを含む水溶液に、細胞、細胞を含む組織、若しくは細胞を含む個体を混合、懸濁、若しくは浸漬する工程、又は細胞膜透過性ベシクルを含む水溶液を細胞、細胞を含む組織、若しくは細胞を含む個体に噴霧、塗布、若しくは投与する工程などであってもよい。
【0069】
(2)物理的刺激工程
物理的刺激工程は、接触工程により細胞と接触した細胞膜透過性ベシクルの細胞膜の透過及び細胞内への移行を促進し得るものであれば、限定しない。物理的刺激は、好ましくは細胞膜の透過性を上昇し得る刺激である。例えば、加圧及び/若しくは減圧の圧力変化、昇温及び/若しくは降温の温度変化、凍結及び/若しくは融解、熱ショックなどの温度刺激、乾燥、切断、UV照射やX線照射、超音波照射、マイクロ波照射、又は浸透圧変化などを使用することができる。
【0070】
4.細胞において標的遺伝子に変異を導入する方法
本発明の第4の態様は、細胞において標的遺伝子に変異を導入する方法である。
本態様の方法は、細胞と細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程(接触工程)、及び細胞膜透過性ベシクルと接触した前記細胞に物理的刺激を付与する工程(物理的刺激工程)を含む。
【0071】
本態様において使用する細胞膜透過性ベシクルは、機能性分子として、機能性ペプチド及び/又は機能性核酸を含む。より具体的には、本態様において、機能性分子はゲノム編集タンパク質などのゲノム編集ツールである。例えば、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子である。その他の細胞膜透過性ベシクルの構成については、第1態様に準じる。
【0072】
また、対象となる細胞、接触工程、物理的刺激工程の構成については第3態様の記載に準じる。
【0073】
本態様の方法によれば、接触工程により細胞と接触した細胞膜透過性ベシクルが、物理的刺激工程によって細胞膜の透過及び細胞内への移行が促進され、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子などのゲノム編集ツールが細胞内に送達され、変異を生じることができる。
【0074】
5.変異体植物を作製する方法
本発明の第5の態様は、変異体植物を作製する方法である。
本態様の方法は、細胞と細胞膜透過性ベシクルとを接触させる工程(接触工程)、細胞膜透過性ベシクルと接触した植物細胞に物理的刺激を付与することによって、細胞膜透過性ベシクルを植物細胞内に導入し、標的遺伝子に変異を導入する工程(変異導入工程)、及び変異が導入された植物細胞から植物個体を得る工程を含む。
【0075】
本態様において使用する細胞膜透過性ベシクルの構成、対象となる細胞、接触工程は、第4態様に準じる。また、本態様の変異導入工程は、第4態様の物理的刺激工程を含む。本態様で細胞に導入される細胞膜透過性ベシクルに内包される好ましい機能性分子は、ゲノム編集タンパク質や、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子などである。
【0076】
植物個体を得る工程は、特に限定しない。一実施形態では、変異導入工程で変異が導入された細胞を含む個体から種子を取得して、植物体を再生させることができる。別の実施形態では、変異導入工程で変異が導入された細胞、細胞を含む組織、又は細胞を含む個体から、その一部又は全部に対して、必要に応じて脱分化誘導(例えば、カルス誘導)を行うことで脱分化細胞(例えばカルス細胞)を得て、さらに、脱分化細胞又はカルスに対して再分化を誘導することによって、植物体を再生させることができる。この場合、脱分化誘導処理の方法には、当該分野において公知の任意の方法を用いることができる。限定しないが、植物ホルモン、熱ショックなどの温度刺激、切断処理などの傷害、ウイルスや細菌の感染などを用いることができる。また、再分化を誘導する方法は、限定せず、例えば植物ホルモンを用いる方法が挙げられる。
【0077】
本態様の方法によれば、接触工程により細胞と接触した細胞膜透過性ベシクルが、変異導入工程によって細胞膜の透過及び細胞内への移行が促進され、Cas9タンパク質及び標的遺伝子に対するガイドRNA分子などのゲノム編集ツールが細胞内に送達され、ゲノム上の標的遺伝子に変異を生じ、変異体植物を作製することができる。
【0078】
6.細胞膜透過性ベシクルの調製方法
6-1.概要
本発明の第6の態様は、細胞膜透過性ベシクルの調製方法である。本態様の方法によれば、一以上の機能性分子を内包し、かつその表面に細胞膜透過性ペプチドを提示させたベシクルを調製することができる。
【0079】
6-2.方法
本態様の方法は、一以上の機能性分子を内包する細胞膜透過性ベシクルの調製方法である。本態様の方法は、必須工程として、ポリマー及び/又はブロック共重合体を機能性分子の存在下で混合することによって、機能性分子を内包するポリイオンコンプレックスベシクルを構築する工程(PICsome構築工程)、並びに細胞膜透過性ペプチドをポリイオンコンプレックスベシクル表面上に提示する工程(細胞膜透過性ペプチド提示工程)を含み、選択的工程として、PICsomeを架橋する工程(架橋工程)を含む。本態様における機能性分子及び細胞膜透過性ペプチドの構成は第1態様に準じる。
【0080】
6-2-1.工程
(1)PICsome構築工程
PICsome構築工程において機能性分子の存在下で混合されるポリマー及び/又はブロック共重合体の組合せは、以下の(1)~(3):
(1)(a)カチオン性セグメントを含むポリマー、並びに(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体の組合せ、
(2)(c)アニオン性セグメントを含むポリマー、並びに(d)のカチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体の組合せ、又は
(3)(b)アニオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体、並びに(d)カチオン性セグメント及び非荷電親水性セグメントを含むブロック共重合体の組合せ
のいずれかから選択される。
【0081】
カチオン性セグメント、アニオン性セグメント、及び非荷電親水性セグメントの構成は、第1態様に準じる。これらのセグメントは、例えば、パパインを用いた酵素重合法により合成することができる。
【0082】
カチオン性セグメント及びアニオン性セグメントの混合比については特に制限はなく、PICsomeを形成可能な割合で混合することができる。例えば、正負の電荷が相殺される割合での混合であってもよい。例えば、前記カチオン性セグメント及びアニオン性セグメントがそれぞれ、側鎖に1価のカチオン基及びアニオン基を有する天然若しくは非天然のアミノ酸残基を含む、又はそれからなるペプチドであって、それぞれの平均重合度が1:1のモル比となるように混合してもよい。
【0083】
本工程において混合されるポリマー及び/又はブロック共重合体は、細胞膜透過性ペプチド提示工程において提示される細胞膜透過性ペプチドを結合し得る修飾基を有することが好ましい。
【0084】
一実施形態において、ポリマー及び/又はブロック共重合体は、クリックケミストリーによって細胞膜透過性ペプチドを結合し得るアルキン又はアジドを修飾基として含むことができる。
【0085】
(2)細胞膜透過性ペプチド提示工程
本態様における、細胞膜透過性ペプチドのPICsome表面への提示様式は限定しない。
【0086】
本工程において提示される細胞膜透過性ペプチドは、PICsome構築工程で構築されたPICsomeに結合し得る修飾基、例えば、PICsomeに含まれるポリマー及び/又はブロック共重合体に結合し得る修飾基を有することが好ましい。
【0087】
一実施形態において、修飾基は、クリックケミストリーによってポリマー及び/又はブロック共重合体に結合し得るアルキン又はアジドであってもよい。例えば、細胞膜透過性ペプチドはアジド基を有し、PICsomeに含まれるポリマー及び/又はブロック共重合体はアルキニル基を有してもよい。或いは細胞膜透過性ペプチドはアルキニル基を有し、PICsomeに含まれるポリマー及び/又はブロック共重合体はアジド基を有してもよい。この場合、クリック反応を用いてアルキンとアジドがトリアゾール環を形成させることによって、ポリマー及び/又はブロック共重合体に細胞膜透過性ペプチドを結合させることができる。
【0088】
ポリマー及び/又はブロック共重合体に細胞膜透過性ペプチドを結合させるクリック反応の条件は、任意の公知の条件を用いることができる。
【0089】
(3)架橋工程
PICsomeを架橋する架橋工程は、PICsomeに含まれる一部又は全部の構成成分の間を架橋する工程である。本工程は選択工程であり、PICsome構築工程と細胞膜透過性ペプチド提示工程の間、細胞膜透過性ペプチド提示工程の後、及び/又は細胞膜透過性ペプチド提示工程と同時に行うことができる。
【0090】
PICsomeを架橋する方法は、PICsomeを構成する成分を架橋し得る方法であれば限定しない。例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)などのカルボジイミド類を架橋剤として使用して、ポリマー側鎖の縮合反応を行うことができる。
【0091】
本工程における架橋は、PICsomeに含まれるポリマーの間、ブロック共重合体の間、及び/又はポリマーとブロック共重合体との間で行うことができる。例えば、アニオン性セグメント間、カチオン性セグメント間、及び/又はアニオン性セグメントとカチオン性セグメント間に形成することができる。
【0092】
本工程によって、本態様の方法で得られる細胞膜透過性ベシクルの安定性を向上させることができる。
【0093】
本発明の一実施形態を図1に示す。アルキンを有するブロック共重合体であるAlkyne-TEG-b-P(Lys-(COOH))-OMe、及びAlkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe又はTEGを有しないPolyLysを混合して、アルキンを表面に有するPICsomeを構築するとともに、PICsomeが構築される際に又は構築後に、タンパク質を混合する。混合には水系溶媒を用いることができる。これによりタンパク質を内包するPICsomeを得ることができる。次に、アジド基を有する細胞膜透過性ペプチド(N3-BP-100)を準備し、クリックケミストリーにより、ベシクル表面のアルキニル基と反応させて、表面に細胞膜透過性配列BP-100を有する細胞膜透過性ベシクルが得られる。このようにして得られた細胞膜透過性ベシクルを、細胞に導入することができる(図1)。
【実施例
【0094】
<実施例1:Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体の調製>
(目的)
Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体を調製する。
【0095】
(方法)
(1)カチオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe、カチオン性ポリマーPolyLys、及びアニオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeの合成
パパインを用いた酵素重合法により、側鎖がBoc基により保護されたポリリジンP(Lys-(Boc))-OMeを合成した。ポリリジンにおけるリジン残基の反復回数は概ね5~7回である。これとアルキンを有するテトラエチレングリコール(TEG)とを無水コハク酸を用いて連結させることによって、Alkyne-TEG-b-P(Lys-(Boc))-OMeを合成した。このブロック共重合体の側鎖のBoc基をTFAにより脱保護した後、TEAを添加し透析することによって、カチオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe及びカチオン性ポリマーPolyLysを得た。また、得られたカチオン性ブロック共重合体の側鎖に無水コハク酸を反応させ、アニオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeを合成した。
合成したポリマーはNMR、MALDI-TOF MSにより同定した。
【0096】
(2)PICsomeの調製
得られたポリマーをそれぞれMilliQ水に溶解させた。それらの溶液を1:1で混合し、10秒間Vortexミキサーにて撹拌することによって、PICsomeを調製した。
【0097】
(3)PICsomeの粒径評価と形態観察
得られたPICsomeの粒径は、動的光散乱(DLS)測定を用いて評価した。
また、PICsome溶液をシリコンウェハ上に滴下し、減圧乾燥により乾燥後、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて集合形態を観察した。
【0098】
(結果)
0.1 mM Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe水溶液と0.1 mM Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMe水溶液とを混合し、10分間静置させた後、動的光散乱(DLS)測定を行なった。その結果、粒径200 nm程度の集合体の形成が確認された(図2、約0時間)。
【0099】
次に、電界放出形走査電子顕微鏡を用いて集合体の形態を評価した。その結果、集合体は球状の形態を有することが判明した(図3、左側の写真)。さらに、電子顕微鏡観察時の電子線照射により、球状集合体の表面が破壊された結果、内部が空洞となっていることが確認された(図3、右側の写真)。
【0100】
この結果から、Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMeとAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeとの混合溶液中で、内部空洞を有するカプセル状粒子のPICsomeが形成されることが示された。
【0101】
次に、集合体の形態について経時的な観察を行った。その結果、Alkyne-TEG-b-P(Lys)-OMe水溶液とAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMe水溶液とを混合した後、形成した200 nm程度の集合体(図2、約0時間)は、時間とともにその粒径が増大し、12時間後には約1500 nmの粒径に達した(図2、12時間)。これは、集合体形成に使用した2種類のブロック共重合体がTEGを有するため、TEG同士の立体反発により集合体が不安定化し、時間とともにPICsome同士が合一してより大きな集合体が形成された結果であると考えられた。
【0102】
<実施例2:PolyLys及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体の調製と架橋>
(目的)
PICsomeを調製する際に用いるカチオン性ポリマーとしてTEG鎖を有しないPolyLysを使用し、PolyLys及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成される集合体を調製する。
【0103】
(方法)
PolyLys及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeの合成は、実施例1の(1)及び(2)の方法に準じた。
PICsomeの粒子としての安定性を向上させるために、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を用いたポリマー側鎖の縮合反応によりPICsomeの架橋を行なった。アニオン性ブロック共重合体の側鎖のカルボキシル基に対して1s量のEDCを添加し12時間反応させた。架橋反応の進行は、MALDI-TOF MSによって確認した。NMRスペクトルより、反応後の架橋率は28%であった。反応後、透析によりEDCを除去した。その後、動的光散乱測定によって架橋後のPICsomeの粒径を評価した。
【0104】
(結果)
0.1 mM PolyLys水溶液と0.1 mM Alkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMe水溶液とを混合し、10分間静置させた後、動的光散乱測定を行なった。その結果、粒径150 nm程度の集合体の形成が観察された(図4)。
【0105】
この重合体は、調製から3時間程度までは粒径がわずかに増大したが、それ以降は増大せず、12時間後においても200 nm程度の粒径を維持した(図4)。これは、カチオン性ポリマーからTEG鎖を除いたことにより、立体障害が軽減され、粒子としての安定性の高いPICsomeが形成した結果であると考えられた。
【0106】
次に、PICsomeの粒子としての安定性を向上させるために、EDCを用いたポリマー側鎖の縮合反応によってPICsomeの架橋を行った後、動的光散乱(DLS)測定及び電界放出形走査電子顕微鏡観察を行った。その結果、架橋前と同様の粒径及び球状形態の集合体が形成したことが確認された。これらの結果から、粒径と球状形態を保持したPICsomeの架橋に成功したと考えられた。
【0107】
<実施例3:PICsomeの内部への機能性分子の封入>
(目的)
PICsomeの内部にゲスト分子を封入する。本実施例では、ゲスト分子として、ローダミンで修飾されたネオマイシンリン酸転移酵素II(Neomycin phospho-transferaseII、NPTII)(以下、「RhB-NPTII」と表記する)を用いる。NPTIIは、抗生物質カナマイシンにATPのリン酸基を転移させる活性を有する酵素であり、当該活性によって、カナマイシンを不活性化させる。
【0108】
(方法)
RhB-NPTII存在下でPICsomeの構築を行うことによって、PICsomeにRhB-NPTIIを内包させた。PICsomeとしては、PolyLys及びAlkyne-TEG-b-P(Lys(COOH))-OMeから構成されるPICsomeを使用し、PICsomeの調製と架橋は実施例2の方法に準じて行った。PICsomeに内包されなかったRhB-NPTIIは、透析によって除去した。
【0109】
次に、蛍光相関分光(FCS)法及び銀染色を行うことによって、RhB-NPTIIのPICsomeへの内包を検証した。
【0110】
(結果)
PICsomeに内包されていないRhB-NPTIIについて、蛍光相関分光法を用いて拡散時間を測定した。その結果、PICsomeに内包されていないRhB-NPTIIの拡散時間は0.243 msであった。
【0111】
次に、PICsomeに内包されたRhB-NPTIIについて、蛍光相関分光法を用いて拡散時間を測定した。その結果、PICsomeに内包されたRhB-NPTIIの拡散時間は4.86 msであり、PICsomeに内包されていないRhB-NPTIIに対して拡散時間が増大した。この結果から、RhB-NPTIIがPICsomeに内包されていることが示された。
【0112】
さらに、PICsomeに内包されたRhB-NPTIIを電気泳動した後、銀染色を行い、タンパク質の定量を行なった。その結果、8%程度のRhB-NPTIIがPICsomeに取り込まれていることが確認された。
以上の結果から、RhB-NPTIIのPICsomeへの内包に成功したと考えられた。
【0113】
<実施例4:細胞膜透過性ベシクルの植物組織への導入>
(目的)
RhB-NPTIIを内包する細胞膜透過性ベシクルをシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の芽生えの根毛に導入する。
【0114】
(方法)
RhB-NPTIIを内包するPICsomeの調製は実施例3の方法に準じて行った。
RhB-NPTIIを内包するPICsomeの表面に提示されているアルキンに対して、アジドを有する細胞膜透過性ペプチド(CPP)であるN3-(Lys-Aib-Ala)3(Aibは2-アミノイソ酪酸を示す;配列番号78)をクリック反応により修飾し、RhB-NPTIIを内包し、かつCPPを表面に提示するPICsome(以下、「細胞膜透過性ベシクル」と表記する)を得た。
【0115】
この細胞膜透過性ベシクルを含む水溶液中に、シロイヌナズナの芽生えを浸漬した後、減圧及び加圧を行った。その後、ローダミンに由来する赤色蛍光に対して共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)による観察を行い、細胞膜透過性ベシクルが根毛に導入されたか否かを検証した。対照として、PICsomeに内包されていないRhB-NPTIIを用いた。
【0116】
(結果)
シロイヌナズナの芽生えにPICsomeに内包されていないRhB-NPTIIを導入した後、共焦点レーザー顕微鏡観察を行った。その結果、芽生えの根毛内からRhBに由来する赤色蛍光が観察されなかった(図5、左側)。したがって、PICsomeに内包されていないRhB-NPTIIは、シロイヌナズナの根毛に導入されなかった。
【0117】
次に、RhB-NPTIIを内包する細胞膜透過性ベシクルをシロイヌナズナの芽生えに導入した。その結果、芽生えの根毛の内部からRhB由来の赤色蛍光が観察された(図5、右側の矢印)。
【0118】
この結果から、細胞膜透過性ベシクルを用いることで、RhB-NPTIIの根毛への導入に成功したことが示された。
【0119】
<実施例5:細胞膜透過性ベシクルを用いたゲノム編集>
(目的)
Cas9-ガイドRNA複合体を細胞膜透過性ベシクルに内包させて、シロイヌナズナの胚軸由来カルスに導入し、ゲノム編集を行う。
【0120】
(方法)
側鎖がBoc基により保護されたポリリジンP(Lys-(Boc))-OMeをエチレンジアミン四酢酸二無水物を用いて連結させることによって、側鎖がBoc基により保護された二本鎖ポリリジン(P(Lys-(Boc))-OMe)2を合成した。これとアルキンを有するテトラエチレングリコール(TEG)を連結させることによって、Alkyne-TEG-b-(P(Lys-(Boc))-OMe)2を合成した。このブロック共重合体の側鎖のBoc基をTFAにより脱保護し、その後、TEAを添加し透析することでカチオン性ブロック共重合体Alkyne-TEG-b-(P(Lys)-OMe)2を得た。また、カチオン性ポリマーPolyLysの側鎖に無水コハク酸を反応させ、アニオン性ポリマーP(Lys(COOH))-OMeを合成した。
【0121】
次に、Cas9タンパク質とガイドRNAの複合体であるリボヌクレオタンパク質(Ribonucleoprotein、RNP)をPICsome内部に封入した。ガイドRNAの塩基配列(配列番号77)はフィトエン不飽和化酵素(phytoene desaturase、PDS)遺伝子の塩基配列を特異的に認識し標的とするように設計した。配列番号77で示す塩基配列の1~20番目の塩基が標的配列(図6、「標的配列」)に対する認識配列に相当する。Cas9タンパク質(Alt-R(登録商標) S.p. Cas9 Nuclease V3; Integrated DNA Technologies、製品番号1081059)とガイドRNAを混合した後、室温で10分静置することによって、Cas9-ガイドRNA複合体であるRNPを得た。このRNP存在下にて、ポリマーの水溶液を1:2で混合し、10秒間Vortexミキサーにて撹拌することによって、RNPを内包するPICsomeを構築し、RNPを内包するPICsomeを得た。
【0122】
さらに、PICsomeの粒子としての安定性を向上させるために、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を用いたポリマー側鎖の縮合反応によりPICsomeの架橋を行った。このPICsomeの表面に提示されているアルキンに対して、アジドを有する細胞膜透過性ペプチド(CPP)であるN3-(Lys-Aib-Ala)3(配列番号78)をクリック反応により修飾し、RNPを内包し、かつCPPを表面に提示するPICsome(以下、「細胞膜透過性ベシクル」と称する)を得た。
【0123】
この細胞膜透過性ベシクルをシロイヌナズナの胚軸由来カルス又は本葉に導入して、ゲノム編集を行った。具体的には、カルスを用いた場合、細胞膜透過性ベシクルを含む水溶液(細胞膜透過性ベシクルの各構成成分の濃度:カチオン性ブロック共重合体250 μM、及びアニオン性ポリマー500 μM)中にカルスを浸漬して、真空ポンプ(ulvac GLD-051)と真空デシケーター(新光化成 V-1)を用いて-0.08 MPaでの減圧、及びコンパクトエアーポンプ(asone 1-361-02)とステンレス製加圧容器(ステンレスタンク)(ユニコントロールズTZA-11-C0671)を用いて+0.08 MPaでの加圧を1分ずつ行った。本葉を用いた場合は、細胞膜透過性ベシクルを含む水溶液を針無シリンジに充填し、本葉の裏側から押し当てながら排出して溶液を湿潤させた。二日間静置した後、カルス又は本葉からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAからPDS遺伝子上の標的配列部分をPCRによって増幅した後、次世代シーケンサーを用いて増幅産物に対するディープシーケンスを行った。
【0124】
(結果)
カルスへの細胞膜透過性ベシクルの導入は、独立な3回の実験で行った。その結果、1回のサンプルにおいて、1塩基の欠失(図6(a)、「-1」)、及び14塩基の欠失と4塩基の挿入(図6(c)、「-14/+4」)が検出された。変異リード数/総リード数は6/81,677リードであり、変異率は約0.007%であった。
【0125】
次に、本葉への細胞膜透過性ベシクルの導入は、独立な3回の実験で行った。その結果、2回のサンプルにおいて、それぞれ1塩基の欠失(図6(a)、「-1」及び図6(b)、「-1」)が検出された。各試行における変異リード数/総リード数は、2/117,648リード及び4/93,374リードであり、変異率は約0.002%及び約0.004%であった。
【0126】
一方、細胞膜透過性ベシクルで処理されていない未処理カルスを用いた、3回の試行における変異リード数/総リード数は、それぞれ0/102,764リード、0/97,757リード、及び0/84,929リードであり、変異は全く検出されなかった。
【0127】
カルス及び本葉においてゲノム編集による変異が確認された結果から、細胞膜透過性ベシクルによるRNPの植物組織への導入、及びそのゲノム編集に成功したことが示された。
【0128】
植物における従来のゲノム編集方法では、Cas9タンパク質をコードする外来遺伝子をアグロバクテリウム法やパーティクルガン法を用いてゲノムDNAに挿入することによって、Cas9タンパク質を発現させていた。この方法では、ゲノムDNAに導入された外来遺伝子がゲノム編集後に不要となる。それ故、後代からヌルセグリガントを得る必要があるため、手順が煩雑となり、一連の手順の完了には長い時間を要する。
【0129】
これに対して、本発明の細胞膜透過性ベシクルを用いたゲノム編集ツールの導入では、ゲノム編集タンパク質をコードする外来遺伝子をゲノムDNAに導入することなく、ゲノム編集タンパク質を直接送達することが可能である。そのため、簡便かつ短期間でゲノム編集を行うことができる。
【0130】
本実施例の結果によって、本発明の細胞膜透過性ベシクルが実際に細胞膜を透過して細胞内に移行し、核内のゲノムまで到達したこと、及び送達された機能性分子が細胞内や核内で実際に機能することが実証された。この結果から、ゲノム編集ツールのみならず、酵素などの機能性ペプチドを含む機能性分子が、本発明の細胞膜透過性ベシクルによって細胞内に送達され、細胞内や核内において機能し得ることが示された。
【0131】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
0007578991000001.app