(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-29
(45)【発行日】2024-11-07
(54)【発明の名称】物理状態計測装置
(51)【国際特許分類】
G01R 33/26 20060101AFI20241030BHJP
G01N 24/10 20060101ALI20241030BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
G01R33/26
G01N24/10 510L
G01N24/10 520A
G01N21/64 Z
(21)【出願番号】P 2022511836
(86)(22)【出願日】2021-03-17
(86)【国際出願番号】 JP2021010756
(87)【国際公開番号】W WO2021200144
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2024-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2020064574
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、量子計測・センシング技術研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124257
【氏名又は名称】生井 和平
(72)【発明者】
【氏名】波多野 雄治
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 孝之
(72)【発明者】
【氏名】波多野 睦子
【審査官】永井 皓喜
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/047006(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0136291(US,A1)
【文献】国際公開第2018/155504(WO,A1)
【文献】特開2017-162910(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/02
G01N 24/10
G01N 21/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気共鳴を用いる物理状態計測装置であって、該物理状態計測装置は、
励起光を照射する光源部と、
計測対象の近傍に配置され、前記光源部からの励起光により励起される電子を有する主固体材料と、
前記主固体材料の電子状態を制御するために主固体材料にマイクロ波を印加するマイクロ波印加部と、
前記主固体材料における励起光による励起に基づき電子の励起状態を
検出する検出部と、
フィードバック用固体材料と制御部とを有するフィードバック部であって、フィードバック用固体材料は、主固体材料と対向して配置され、主固体材料と同材料であり主固体材料に合わせた結晶面方位を有し、光源部からの励起光に基づき励起される電子を有し、制御部は、前記マイクロ波印加部によるマイクロ波により生ずるフィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの少なくとも一方の動作点の変化を検出し変化がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御する、フィードバック部と、
電子スピン共鳴スペクトルに少なくとも2つの共鳴周波数を有するように主固体材料及びフィードバック用固体材料に静磁場を印加する静磁場印加部と、
を具備することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項2】
請求項1に記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、
前記フィードバック用固体材料が、光源部からの励起光が主固体材料を介して漏洩する励起光により励起される電子を有する、
ことを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項3】
請求項2に記載の物理状態計測装置であって、さらに、
前記主固体材料を介してフィードバック用固体材料へ漏洩する励起光を通過し、且つフィードバック用固体材料から主固体材料への、フィードバック用固体材料において励起光により励起され発生する蛍光を遮蔽する、フィルタ部を具備する、
ことを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項4】
請求項1に記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、
前記光源部からの励起光を分割する分割部を有し、
前記フィードバック用固体材料は、分割部からの励起光により励起される電子を有する、
ことを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項5】
請求項4に記載の物理状態計測装置であって、さらに、
前記主固体材料から計測対象へ漏洩する励起光を遮蔽する第1フィルタ部と、
前記フィードバック用固体材料から計測対象へ漏洩する励起光を遮蔽する第2フィルタ部と、
を具備することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点の振幅の差分を検出し差分がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項7】
請求項1乃至請求項5の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの一方の動作点と所定の基準との差分を検出し差分がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、検出される少なくとも一方の動作点の変化が所定の範囲内の場合には
電子の励起状態検出後に
検出結果に対して補正処理を行い、所定以上の場合にはフィードバック制御を行うことを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記検出部は、主固体材料において励起され発生する蛍光を用いて電子の励起状態を検出することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項10】
請求項9に記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する蛍光の蛍光強度の電子スピン共鳴スペクトルを検出することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項11】
請求項1乃至請求項10の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記検出部は、フォトダイオード又はイメージセンサを有することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項12】
請求項1乃至請求項11の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フォトダイオードを用いて電子スピン共鳴スペクトルを検出することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項13】
請求項1乃至請求項8の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記検出部は、主固体材料において励起され発生する光電流を用いて電子の励起状態を検出することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項14】
請求項13に記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する光電流の電子スピン共鳴スペクトルを検出することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項15】
請求項1乃至請求項14の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、フィードバック用固体材料における電子スピン共鳴スペクトルの少なくとも2つの共鳴周波数のうちの1つの共鳴周波数を用いることを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項16】
請求項1乃至請求項15の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記フィードバック部は、さらに、静磁場印加部もフィードバック制御することを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項17】
請求項1乃至請求項16の何れかに記載の物理状態計測装置において、前記主固体材料及びフィードバック用固体材料は、不純物原子-空孔中心を有し、
前記フィードバック用固体材料は、単位体積あたりの不純物原子-空孔中心密度が主固体材料と同程度かより高いものであり、不純物原子-空孔中心の含まれる層の厚さが主固体材料のそれよりも厚く、不純物原子-空孔中心の総量が主固体材料よりも多いことを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項18】
請求項17に記載の物理状態計測装置において、前記主固体材料及びフィードバック用固体材料は、不純物原子-空孔軸の存在し得るすべての不純物原子-空孔軸の方位が同一となるように、結晶面方位が平行に配置されることを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項19】
請求項1乃至請求項18の何れかに記載の物理状態計測装置において、
前記主固体材料及びフィードバック用固体材料は、ダイヤモンド、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素の何れか1つからなり、
前記
主固体材料及びフィードバック用固体材料は、結晶面方位が同一であることを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項20】
請求項1乃至請求項17の何れかに記載の物理状態計測装置において、
前記主固体材料は、ダイヤモンド、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素の何れか1つからなる超微粒固体材料であり、
前記フィードバック用固体材料は、結晶面方位が4方位であることを特徴とする物理状態計測装置。
【請求項21】
磁気共鳴を用いる物理状態計測装置であって、該物理状態計測装置は、
励起光を照射する光源部と、
計測対象の近傍に配置され、前記光源部からの励起光により励起される電子を有する主固体材料と、
前記主固体材料の電子状態を制御するために主固体材料にマイクロ波を印加するマイクロ波印加部と、
前記主固体材料における励起光による励起に基づき電子の励起状態を
検出する検出部と、
フィードバック用固体材料と制御部とを有するフィードバック部であって、フィードバック用固体材料は、主固体材料と対向して配置され、主固体材料と同材料であり主固体材料に合わせた結晶面方位を有し、光源部からの励起光に基づき励起される電子を有し、制御部は、前記マイクロ波印加部によるマイクロ波により生ずるフィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの少なくとも一方の動作点の変化を検出し
電子の励起状態検出後に
検出結果に対して補正処理を行う、フィードバック部と、
電子スピン共鳴スペクトルに少なくとも2つの共鳴周波数を有するように主固体材料及びフィードバック用固体材料に静磁場を印加する静磁場印加部と、
を具備することを特徴とする物理状態計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気共鳴を用いる物理状態計測装置に関し、特に、外乱ノイズによる共鳴周波数の変動の影響を除去可能な物理状態計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドの結晶中の窒素-空孔中心(NVセンタ)を用いたダイヤモンドセンサが知られている。NVセンタは、そのスピン状態の検出が室温で可能であり、磁気センサや物理状態計測への応用が期待されている。NVセンタは、緑色レーザ光による励起で赤色の強い蛍光を示す。この蛍光強度がスピン状態を反映しているため、NVセンタの蛍光強度を正確に検出することで物理状態を計測することができる。
【0003】
ダイヤモンドセンサのNVセンタの光検出磁気共鳴特性(ODMR)の電子スピン共鳴スペクトル上の2つの共鳴周波数を用いて、細胞等の生体試料の磁気を計測する装置も知られている。具体的には、NVセンタの励起光により励起され発生する蛍光のスペクトルは、静磁場印加によりゼーマン分裂した2つの共鳴周波数のピーク(低下部)を有するように構成されている。この2つのピークは、磁場によりその間隔が増減することが知られている。したがって、2つのピークの位置の変化を計測することで、磁気計測が可能となる。
【0004】
上述のような磁気共鳴を用いる磁気計測装置において、ゼーマン分裂した2つの共鳴周波数の低下部は、磁場により間隔が増減するだけでなく、温度により平行に移動することも知られている。この温度による平行移動の影響を除いた磁気画像を計測可能とするものとして、本願発明者及び出願人が含まれる特許出願中の磁気計測装置がある(特許文献1)。これは、ダイヤモンドセンサの視野においてNVセンタにおける蛍光の蛍光強度が、例えばCMOSエリアセンサの2次元配列された画素毎に検出され、画像として撮像されるものである。撮像タイミングは、2つの共鳴周波数のそれぞれの低下部の低周波数側と高周波数側の2つの最大傾斜点の周波数、即ち、4つの最大傾斜点の周波数で4枚の蛍光画像が撮像される。その際、イメージセンサの視野内の蛍光強度が初期状態から一定に保たれるようにフィードバック制御する。これにより、2つの共鳴周波数の位置の変動に追従可能となると共に、励起光強度の変動の影響を除くことが可能となる。また、4つの最大傾斜点の周波数における蛍光画像露光を反復して繰り返すことにより、繰り返し周波数よりも低周波の外部磁気雑音や温度雑音も除去可能なものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来技術の磁気計測装置では、画像の解像度を上げるためには、ダイヤモンドセンサのNVセンタ領域を解像度レベルの厚さにする必要がある。しかしながら、NVセンタ領域が薄いと蛍光強度が下がるため、撮像に必要な光量を得るためには露光時間を長くする必要があった。特許文献1の装置では、例えば、環境磁場の変動により4つの動作点の共鳴周波数が変動するため、露光時間が長くなると4つの動作点における露光時間内の外乱ノイズがそのまま検出されてしまうという問題があった。さらに、動きがある動画観測も難しかった。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、外乱ノイズの影響を除き安定的に物理状態の計測が可能な物理状態計測装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した本発明の目的を達成するために、本発明による物理状態計測装置は、励起光を照射する光源部と、計測対象の近傍に配置され、光源部からの励起光により励起される電子を有する主固体材料と、主固体材料の電子状態を制御するために主固体材料にマイクロ波を印加するマイクロ波印加部と、主固体材料における励起光による励起に基づき電子の励起状態を検出し、計測対象の物理状態を検出する検出部と、フィードバック用固体材料と制御部とを有するフィードバック部であって、フィードバック用固体材料は、主固体材料と対向して配置され、主固体材料と同材料であり主固体材料に合わせた結晶面方位を有し、光源部からの励起光に基づき励起される電子を有し、制御部は、マイクロ波印加部によるマイクロ波により生ずるフィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの少なくとも一方の動作点の変化を検出し変化がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御する、フィードバック部と、電子スピン共鳴スペクトルに少なくとも2つの共鳴周波数を有するように主固体材料及びフィードバック用固体材料に静磁場を印加する静磁場印加部と、を具備するものである。
【0009】
ここで、フィードバック部は、フィードバック用固体材料が、光源部からの励起光が主固体材料を介して漏洩する励起光により励起される電子を有するものであれば良い。
【0010】
さらに、主固体材料を介してフィードバック用固体材料へ漏洩する励起光を通過し、且つフィードバック用固体材料から主固体材料への、フィードバック用固体材料において励起光により励起され発生する蛍光を遮蔽する、フィルタ部を具備するものであれば良い。
【0011】
また、フィードバック部は、光源部からの励起光を分割する分割部を有し、フィードバック用固体材料は、分割部からの励起光により励起される電子を有するものであっても良い。
【0012】
さらに、主固体材料から計測対象へ漏洩する励起光を遮蔽する第1フィルタ部と、フィードバック用固体材料から計測対象へ漏洩する励起光を遮蔽する第2フィルタ部と、を具備するものであれば良い。
【0013】
また、フィードバック部は、フィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点の振幅の差分を検出し差分がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御するものであれば良い。
【0014】
また、フィードバック部は、フィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの一方の動作点と所定の基準との差分を検出し差分がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御するものであっても良い。
【0015】
また、フィードバック部は、検出される少なくとも一方の動作点の変化が所定の範囲内の場合には物理状態計測後に計測結果に対して補正処理を行い、所定以上の場合にはフィードバック制御を行うものであっても良い。
【0016】
ここで、検出部は、主固体材料において励起され発生する蛍光を用いて電子の励起状態を検出するものであれば良い。
【0017】
また、フィードバック部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する蛍光の蛍光強度の電子スピン共鳴スペクトルを検出するものであれば良い。
【0018】
また、検出部は、フォトダイオード又はイメージセンサを有するものであれば良い。
【0019】
また、フィードバック部は、フォトダイオードを用いて電子スピン共鳴スペクトルを検出するものであれば良い。
【0020】
また、検出部は、主固体材料において励起され発生する光電流を用いて電子の励起状態を検出するものであっても良い。
【0021】
また、フィードバック部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する光電流の電子スピン共鳴スペクトルを検出するものであっても良い。
【0022】
また、フィードバック部は、フィードバック用固体材料における電子スピン共鳴スペクトルの少なくとも2つの共鳴周波数のうちの1つの共鳴周波数を用いるものであっても良い。
【0023】
また、フィードバック部は、さらに、静磁場印加部もフィードバック制御するものであっても良い。
【0024】
また、主固体材料及びフィードバック用固体材料は、不純物原子-空孔中心を有し、フィードバック用固体材料は、単位体積あたりの不純物原子-空孔中心密度が主固体材料と同程度かより高いものであり、不純物原子-空孔中心の含まれる層の厚さが主固体材料のそれよりも厚く、不純物原子-空孔中心の総量が主固体材料よりも多いものであれば良い。
【0025】
ここで、主固体材料及びフィードバック用固体材料は、不純物原子-空孔軸の存在し得るすべての不純物原子-空孔軸の方位が同一となるように、結晶面方位が平行に配置されるものであれば良い。
【0026】
また、主固体材料及びフィードバック用固体材料は、ダイヤモンド、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素の何れか1つからなり、固体材料及びフィードバック用固体材料は、結晶面方位が同一であるものであれば良い。
【0027】
また、主固体材料は、ダイヤモンド、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素の何れか1つからなる超微粒固体材料であり、フィードバック用固体材料は、結晶面方位が4方位であるものであっても良い。
【発明の効果】
【0028】
本発明の物理状態計測装置には、外乱ノイズの影響を除き安定的に物理状態の計測が可能であるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】
図1は、本発明の物理状態計測装置を説明するための概略ブロック図である。
【
図2】
図2は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の他の例を説明するための概略ブロック図である。
【
図3】
図3は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部のフィードバック用固体材料により得られる電子スピン共鳴スペクトルの概念図である。
【
図4】
図4は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の具体例を説明するための概略ブロック図である。
【
図5】
図5は、本発明の物理状態計測装置の
図4に示されるフィードバック部の差分検出積算部の具体例を説明するための概略ブロック図である。
【
図6】
図6は、本発明の物理状態計測装置の
図4に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。
【
図7】
図7は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の他の具体例を説明するための概略ブロック図である。
【
図8】
図8は、本発明の物理状態計測装置の
図7に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。
【
図9】
図9は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部のさらに他の具体例を説明するための概略ブロック図である。
【
図10】
図10は、本発明の物理状態計測装置の
図9に示されるフィードバック部の差分検出積算部の具体例を説明するための概略ブロック図である。
【
図11】
図11は、本発明の物理状態計測装置の
図9に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。
【
図12】
図12は、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた例を説明するための概略ブロック図である。
【
図13】
図13は、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた場合にフィードバック部のフィードバック用固体材料により得られる電子スピン共鳴スペクトルの一例である。
【
図14】
図14は、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた他の例を説明するための概略ブロック図である。
【
図15】
図15は、本発明の物理状態計測装置により計測される磁性粒子の磁気画像のシミュレーション結果である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための形態を図示例と共に説明する。本発明の物理状態計測装置は、磁気共鳴を用いて計測対象の物理状態を検出するものである。ここで、物理状態とは、例えば磁場、電場、温度等である。磁場や電場、温度等の変化が磁気共鳴に影響を及ぼすため、これを検出することで物理状態を検出可能なものであれば良い。
図1は、本発明の物理状態計測装置を説明するための概略ブロック図である。図示の通り、本発明の物理状態計測装置は、光源部10と、主固体材料20と、マイクロ波印加部30と、検出部40と、フィードバック部50と、静磁場印加部70とから主に構成されている。
【0031】
光源部10は、励起光を照射するものである。光源部10は、例えばレーザ光源やLED光源であれば良い。光源部10は、後述の主固体材料20を励起させる波長の光を照射可能なものであれば良い。例えば、主固体材料20がダイヤモンドからなるものであれば、光源部10は、533nmの波長の緑色光を照射可能なものであれば良い。また、図示のように、適宜ダイクロイックミラー11や対物レンズ12等を用いて光源部10からの励起光を主固体材料20へ照射すれば良い。
【0032】
主固体材料20は、光源部10からの励起光により励起される電子を有するものである。主固体材料20は、例えばダイヤモンドからなるものである。これは、板状のダイヤモンド結晶であれば良い。より具体的には、主固体材料20は、例えばダイヤモンド基板の表面又は表面近傍にNV中心を備える所謂ダイヤモンドセンサである。NV中心とは、炭素原子を置換した窒素(N)と、該窒素に隣接する空孔(V)の複合体である。主固体材料20は、このNV中心に捕獲される電子が励起光により励起されるものである。主固体材料20は、計測対象1の近傍に配置され、計測対象1の物理状態を計測するために用いられるものである。主固体材料20は、励起光により励起されると、蛍光が発生する。具体的には、光源部10から緑色光が照射されると、赤色の蛍光が発生する。後述の検出部40は、この電子の励起による蛍光の電子スピン共鳴スペクトルを用いて電子の励起状態を検出すれば良い。主固体材料20のNV軸の方位は、例えば(111)面に面直な方向に揃えられる。
【0033】
なお、本明細書中では、主固体材料20としてダイヤモンドからなるものを中心に説明するが、本発明はこれに限定されず、主固体材料は、例えば炭化ケイ素や窒化ガリウム、窒化ホウ素等であっても良い。本発明の物理状態計測装置では、不純物原子-空孔中心を有するものであり、励起光により励起される電子を有するものであれば、主固体材料として適用可能である。
【0034】
マイクロ波印加部30は、主固体材料20の電子状態を制御するために主固体材料20にマイクロ波を印加するものである。より具体的には、例えばマイクロ波印加部30は、マイクロ波発振器31とコイル基板32とからなるものである。マイクロ波発振器31は、例えば電圧制御発振器であり、後述のフィードバック部50からの入力に応じて周波数変調が可能なものであれば良い。また、後述のようにリスト周波数掃引機能を有するものが好ましい。コイル基板32は、例えば同軸に配置される2つのコイルを有するものであり、図示のように主固体材料20を2つのコイルの間に配置し、主固体材料20の表面に平行な方向にマイクロ波磁場を生成可能なものである。主固体材料20のNV軸に対してマイクロ波磁場が直交させられると、磁場変化の検出効率を最大化することが可能である。
【0035】
検出部40は、計測対象1の物理状態を検出するものである。計測対象1は、例えば主固体材料20の近傍に配置されれば良い。物理状態とは、上述のように例えば磁場、電場、温度等、電子スピン共鳴スペクトルに影響を及ぼすものであれば良い。物理状態は、主固体材料20における励起光による励起に基づき電子の励起状態を検出することで行われる。即ち、主固体材料20が励起され発生する蛍光を用いて電子の励起状態を検出すれば良い。検出部40は、例えばフォトダイオードやイメージセンサからなるものである。フォトダイオードの場合には視野全体の蛍光が受光され、イメージセンサの場合には画像として撮像される。具体的には、検出部40は例えばCMOSエリアイメージセンサであり、主固体材料20において励起され発生する蛍光の蛍光強度を2次元配列された画素毎に検出する。主固体材料20が励起光により励起され発生する蛍光は、適宜対物レンズ12やダイクロイックミラー11等を用いて検出部40に導かれれば良い。検出部40は、主固体材料20において励起され発生する蛍光を用いて電子の励起状態を検出可能なものであれば、フォトダイオードやイメージセンサに限定されるものではない。
【0036】
また、本発明の物理状態計測装置では、検出部40は、主固体材料20において励起され発生する蛍光を受光するものには限定されない。例えば、検出部40は、主固体材料20において励起され発生する光電流を用いて電子の励起状態を検出するものであっても良い。
【0037】
上述の光源部10や主固体材料20、マイクロ波印加部30、検出部40は、何れも特定の構成のものに限定されるものではなく、従来の又は今後開発されるべきあらゆるものが適用可能である。
【0038】
次に、本発明の物理状態計測装置において最も特徴的であるフィードバック部50について説明する。フィードバック部50は、フィードバック用固体材料51と制御部53とを有するものである。フィードバック用固体材料50は、光源部10からの励起光に基づき励起される電子を有するものである。フィードバック部50は、光源部10からの励起光に基づき励起される電子を有するフィードバック用固体材料51を用いてマイクロ波印加部30をフィードバック制御するものである。
図1は、フィードバック用固体材料51が、光源部10からの励起光が主固体材料20を介して漏洩する励起光により励起される例を示した。具体的には、フィードバック部50は、フィードバック用固体材料51と、フィードバック用検出部52と、制御部53とからなる。
【0039】
フィードバック用固体材料51は、計測対象1を挟んで主固体材料20と対向して配置されるものである。フィードバック用固体材料51は、主固体材料20と同材料である。また、フィードバック用固体材料51は、主固体材料に合わせた結晶面方位を有するものであれば良い。この例では、フィードバック用固体材料51は、主固体材料20と結晶面方位が同一なものである。図示例のフィードバック用固体材料51は、光源部10からの励起光が主固体材料20を介して漏洩する励起光により励起される電子を有するものである。即ち、主固体材料20に照射された励起光は、図面上、主固体材料20を介して上方に漏洩する。この漏洩光により励起される電子をフィードバック用固体材料51が有していれば良い。例えば、主固体材料20がNV中心を備えるダイヤモンドセンサの場合、フィードバック用固体材料51も、NV中心を備えるダイヤモンドからなるものであれば良い。フィードバック用固体材料51は、励起光により励起されると蛍光が発生する。具体的には、フィードバック用固体材料51がダイヤモンドからなるものの場合、赤色の蛍光が発生する。
【0040】
なお、必要により、フィードバック用固体材料51の蛍光が主固体材料20へ戻らないように、フィルタ部60を設けても良い。フィルタ部60は、例えば図示例のように主固体材料20とフィードバック用固体材料51の間に設けられれば良い。フィルタ部60は、主固体材料20を介してフィードバック用固体材料51へ漏洩する励起光を通過し、且つフィードバック用固体材料51から主固体材料20への、フィードバック用固体材料51において励起光により励起され発生する蛍光を遮蔽するものであれば良い。例えば、フィルタ部60は、赤色の蛍光を遮蔽することが可能なハイパスフィルタ(バンドパスフィルタ)であれば良い。
【0041】
フィードバック用固体材料51は、主固体材料20と同材料であり結晶面方位が同一なものであれば良いが、励起光により励起される蛍光の蛍光強度がより強くなり高感度化が可能となるように、以下のように構成されることが好ましい。即ち、フィードバック用固体材料51は、単位体積あたりの不純物原子-空孔中心密度が主固体材料20と同程度かより高いものであり、不純物原子-空孔中心の含まれる層の厚さが主固体材料20のそれよりも厚く、不純物原子-空孔中心の総量が主固体材料20よりも多いものであれば良い。また、主固体材料20及びフィードバック用固体材料51は、不純物原子-空孔軸の存在し得るすべての不純物原子-空孔軸の方位が同一となるように、結晶面方位が平行に配置されれば良い。このように構成されたフィードバック用固体材料51により得られる蛍光強度は、解像度重視の主固体材料20に比べて非常に強くなる。
【0042】
フィードバック用検出部52は、フィードバック用固体材料51における励起光により励起され発生する蛍光の蛍光強度(電子スピン共鳴スペクトル)を検出するものである。例えば、光電変換素子であるフォトダイオードであれば良い。フォトダイオードの場合には、視野全体の蛍光を受光することが可能となる。
【0043】
そして、制御部53は、フィードバック用検出部52により検出された電子スピン共鳴スペクトルを用いて、マイクロ波印加部30を適宜制御可能なものであれば良い。即ち、例えばマイクロ波印加部30を電圧制御可能なものである。制御部53の詳細については後述する。
【0044】
上述の図示例のフィードバック部50は、主固体材料20を介して漏洩する励起光により励起されるフィードバック用固体材料51を用いるものについて説明したが、本発明はこれに限定されない。以下に、光源部10からの励起光を分割して用いるフィードバック部の例について説明する。
【0045】
図2は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の他の例を説明するための概略ブロック図である。図中、
図1と同一の符号を付した部分は同一物を表している。図示の通り、この例のフィードバック部50'は、分割部54と、フィードバック用固体材料51'と、フィードバック用検出部52と、制御部53とからなる。なお、フィードバック用検出部52と制御部53については、
図1に示すものと同様のため、詳説を省略する。
【0046】
分割部54は、光源部10からの励起光を分割するものである。分割部54は、例えばハーフミラー等であり、主固体材料20への励起光と、フィードバック用固体材料51'への励起光とに分けるものであれば良い。
【0047】
フィードバック用固体材料51'は、主固体材料20と同材料であり主固体材料に合わせた結晶面方位を有するものである。基本的には
図1に示されるフィードバック用固体材料51と同様のものであれば良い。即ち、フィードバック用固体材料51'は、主固体材料20と結晶面方位が同一なものである。図示例では、フィードバック用固体材料51'は、分割部54からの励起光により励起される電子を有するものである。例えば、主固体材料20がNV中心を備えるダイヤモンドセンサの場合、フィードバック用固体材料51'も、NV中心を備えるダイヤモンドからなるものであれば良い。フィードバック用固体材料51'は、分割部54からの励起光により蛍光するものであれば良い。フィードバック用固体材料51'は、計測対象1を挟んで主固体材料20と対向して配置される。
【0048】
なお、必要により、主固体材料20から計測対象1へ漏洩する励起光を遮蔽する第1フィルタ部61と、フィードバック用固体材料51'から計測対象1へ漏洩する励起光を遮蔽する第2フィルタ部62とを有するものであっても良い。例えば、第1フィルタ部61は、計測対象1へ励起光が照射されることで計測対象1が破壊されること等を防止するために、計測対象1と主固体材料20の間に配置されれば良い。第1フィルタ部61は、例えば金属薄膜による全反射膜で構成可能である。なお、励起光のみを遮蔽可能な誘電体フィルタ等で第1フィルタ部61を構成すると、計測対象1と主固体材料20の間に配置される第1フィルタ部61の厚さが厚くなってしまう。この場合、主固体材料20から計測対象1の距離が離れてしまうため解像度が劣化してしまう。したがって、第1フィルタ部61は、全反射金属薄膜で構成することが好ましい。また、第2フィルタ部62は、主固体材料20とフィードバック用固体材料51'との間に介在し、フィードバック用固体材料51'から計測対象へ漏洩する励起光を遮蔽するノッチフィルタであれば良い。なお、フィードバック用固体材料51'による蛍光(赤色光)の輝度は、フィードバック用固体材料51'に照射されている励起光に比べて桁違いに微弱なものである。しかしながら、このように微弱な蛍光であっても、第1フィルタ部61の直上に配置されている計測対象1に及ぼす損傷が問題となり得る場合には、第2フィルタ部62に、ノッチフィルタ機能に加えて蛍光を減光させる機能も併せ持たせることにより防止できる。
【0049】
そして、フィードバック用検出部52は、フィードバック用固体材料51'における分割部54からの励起光により励起され発生する蛍光の蛍光強度(電子スピン共鳴スペクトル)を検出するものである。
【0050】
図2に示される例のように、分割部54を用いて励起光をフィードバック用固体材料51'に照射すると、
図1に示される例に比べてフィードバック用固体材料への励起光を強くすることが可能となる。したがって、このように強い励起光により励起され発生する蛍光の蛍光強度もより強くなるため、より安定的なフィードバック制御が可能となる。
【0051】
さらに、フィードバック用固体材料51'による蛍光をハーフミラー等で分割し、フィードバック用検出部とは別の、明視野観察用のイメージセンサ等で受光することで、計測対象1の明視野像をリアルタイムにモニタすることも可能である。
図1に示される例では、計測対象1の明視野像は、主固体材料20を介して検出部40によりモニタ可能である。しかしながら、
図2に示される例のように、計測対象1が破壊されることを防止するために、第1フィルタ部61として例えば全反射金属薄膜を用いた場合には、計測対象1の明視野像は検出部40ではモニタできなくなる。したがって、フィードバック用固体材料51'による蛍光を用いて第2フィルタ部62を介して明視野像を得ることで、計測対象1の明視野像をリアルタイムにモニタすれば良い。
【0052】
以下に、フィードバック部における電子スピン共鳴スペクトルを用いたフィードバック制御について説明する。
図1や
図2に示されるように構成されたフィードバック部は、マイクロ波印加部30によるマイクロ波により生ずるフィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルを用いてマイクロ波印加部30をフィードバック制御するものである。ここで、フィードバック制御は、フィードバック用固体材料における励起光による電子の励起に基づく電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点のうちの少なくとも一方の動作点の変化を検出し変化がゼロとなるようにマイクロ波印加部をフィードバック制御することで行われる。例えば、電子スピン共鳴スペクトルの共鳴周波数を中心とするスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点の振幅の差分を検出し差分がゼロとなるように帰還制御されれば良い。ここで、低下部とは、電子スピン共鳴スペクトルの磁気共鳴が起こる共鳴周波数において、蛍光強度が低下することが知られているが、この低下したピーク(谷)のことである。例えば、フィードバック用固体材料51(51')がダイヤモンドからなるものの場合、静磁場(外部磁場)が無い場合には、共鳴周波数である2870MHz付近にスペクトル振幅の低下部が現れる。
【0053】
静磁場印加部70は、電子スピン共鳴スペクトルに少なくとも2つの共鳴周波数を有するように主固体材料20及びフィードバック用固体材料51(51')に静磁場を印加するものである。静磁場印加部70を用いて静磁場を主固体材料20及びフィードバック用固体材料51(51')に印加すると、電子スピン共鳴スペクトルはゼーマン分裂し2つの共鳴周波数を有するようになる。例えば、フィードバック用固体材料51(51')がダイヤモンドからなるものの場合、2870MHz付近を対称の中心とした2つのスペクトル振幅の低下部が現れる。この2つの共鳴周波数は、磁場によりその間隔が増減し、温度により平行に移動することが知られている。これを利用して、検出部40では計測対象1の磁気画像を測定できる。
【0054】
ここで、
図3を用いて電子スピン共鳴スペクトルの詳細について説明する。
図3は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部のフィードバック用固体材料により得られる電子スピン共鳴スペクトルの概念図である。横軸はマイクロ波印加部30により印加されるマイクロ波の周波数であり、縦軸はフィードバック用固体材料51(51')において励起される蛍光の相対蛍光強度である。
図3に示される電子スピン共鳴スペクトルは、静磁場を印加することにより2つの共鳴周波数を有するようにしたものを示した。しかしながら、本発明はこれに限定されず、共鳴周波数が4つの場合等であっても適用可能である。
【0055】
図3に示される通り、静磁場印加部70により主固体材料及びフィードバック用固体材料に静磁場を印加すると、ゼーマン分裂した2つの共鳴周波数R1,R2が得られる。例えばフィードバック用固体材料51がダイヤモンドからなるものの場合、2870MHz付近を対称の中心とした2つのスペクトル振幅の低下部が現れる。この2つの共鳴周波数R1,R2のそれぞれの低下部の低周波数側と高周波数側の動作点を、それぞれ動作点f1,f2、動作点f3,f4とする。動作点は、例えばスペクトル振幅の最大傾斜点を求めることで決定すれば良い。具体的には、共鳴周波数R1の動作点f1は、負の最大傾斜点における周波数であり、動作点f2は、正の最大傾斜点における周波数である。なお、一般的には、低下部の深さの60%-75%に最も急峻となる最大傾斜点が位置することが知られている。したがって、動作点は正負の最大傾斜点には限定されず、例えば低下部の深さの特定の割合の蛍光強度が得られる正負の位置の周波数を動作点としても良い。
【0056】
初期状態を設定するには、まずマイクロ波印加部により、共鳴周波数R1と共鳴周波数R2を含む周波数範囲で掃印する。そして、2つの低下部の周波数を特定する。マイクロ波発振器の位相を調整する等して、低下部の振幅を揃える。その後、それぞれの低下部の低周波数側と高周波数側の動作点を決定する。この際の動作点の周波数における振幅(高さ)が等しい状態を初期状態として記憶すれば良い。
【0057】
ここで、共鳴周波数は、温度変化や外的磁場の変化等の外乱ノイズによりドリフト(スペクトル振幅の1つの低下部全体が平行移動)することが知られている。例えば、図中、点線で表したように、外乱ノイズにより電子スピン共鳴スペクトルが低周波数側にドリフトしたとする。このように共鳴周波数がドリフトすると、動作点f1,f2の周波数における振幅が変わることになる。図示例では、具体的には、動作点f1の振幅が下がり、動作点f2の振幅が上がる。この高さの差が、外乱ノイズに対応するものとなる。したがって、初期状態からの振幅の差分の変化を検出すれば良い。これにより、ドリフトした量を振幅の差分として検出することが可能となる。そして、この動作点f1,f2の振幅の差分を検出し差分がゼロとなるようにマイクロ波印加部30をフィードバック制御すれば、常に共鳴周波数を外乱ノイズに追従させることが可能となるため、外乱ノイズによるドリフトの影響を除去することが可能となる。
【0058】
なお、磁場の外乱ノイズの大きさが、マイクロ周波数に換算して電子スピン共鳴スペクトルの低下部の傾斜部、より正確には、傾斜部の線形領域を外れない程度の大きさの場合には、フィードバック制御を行わず、物理状態の計測後に温度等の計測結果に対して補正処理により外乱ノイズを除去することも可能である。即ち、外乱ノイズの大きさにより、フィードバック制御を行うか、物理状態計測後補正処理を行うか、選択制御可能に構成しても良い。例えば、動作点f1,f2の振幅の差分を検出し、所定の範囲内の差分の場合には物理状態計測後補正処理を行い、所定以上の差分を検出した場合にフィードバック制御を行うようにしても良い。
【0059】
本発明の物理状態計測装置では、少なくとも2つの共鳴周波数のうちの1つの共鳴周波数、例えば共鳴周波数R1のほうを用いれば良い。また、共鳴周波数R1と共鳴周波数R2を交互に用いても良いし、必要により適宜共鳴周波数R2を所定のタイミングで用いても良い。
【0060】
また、本発明の物理状態計測装置では、フィードバック部は、さらに、動作点の振幅の差分に基づき静磁場印加部70もフィードバック制御することも可能である。即ち、例えば温度等の変化により電子スピン共鳴スペクトルがドリフトした分を、静磁場印加部70による静磁場により、動作点の振幅の差分がゼロとなるようにフィードバック制御すれば良い。
【0061】
本発明の物理状態計測装置では、このように主固体材料とは別に、同一材料のフィードバック用固体材料を用いることで、フィードバック用固体材料により得られる蛍光を用いてフィードバック制御を行うことが可能である。このため、不純物原子-空孔中心の含まれる層の厚さを解像度レベルの厚さにする必要がある主固体材料には依存せず、例えば不純物原子-空孔中心の含まれる層の厚さを厚くすることにより蛍光強度を高めることも可能である。この場合、フィードバック用固体材料51'の厚さ全体が、高濃度の不純物原子-空孔中心を含む層であっても良い。したがって、解像度には依存せず、安定的にフィードバック制御が可能となる。なお、不純物原子-空砲中心密度が、フィードバック用固体材料の基板全体で不均一な場合には、不純物原子-空孔中心密度が高いほうを主固体材料側に配置したほうが良い。これは、主固体材料中の不純物原子-空孔中心の大多数と、フィードバック用固体材料中の不純物原子-空孔中心の大多数に対して、極力等しいマイクロ波や静磁場が印加されるようにするためである。
【0062】
なお、本発明の物理状態計測装置では、フィードバック部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する蛍光を用いるものには限定されない。例えば、フィードバック用検出部は、フィードバック用固体材料において励起され発生する光電流の電子スピン共鳴スペクトルを検出するものであっても良い。
【0063】
次に、
図4に本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の具体例を説明するための概略ブロック図を示す。
【0064】
図示の通り、フィードバック用検出部52で検出された蛍光は、電圧に変換され蛍光信号として制御部53に送られる。制御部53では、蛍光信号が差分検出積算部55a,55bに入力される。差分検出積算部55aは、動作点f1,f2の周波数における振幅の差分を検出するものであり、差分検出積算部55bは、動作点f3、f4の周波数における振幅の差分を検出するものである。
【0065】
図5に、本発明の物理状態計測装置の
図4に示されるフィードバック部の差分検出積算部の具体例を説明するための概略ブロック図を示す。基本的には差分検出積算部55aも差分検出積算部55bも同様の構成のため、図示例では差分検出積算部55aについて示した。図示の通り、差分検出積算部55aは、サンプルホールド回路81,82と、差動アンプ83と、積分器84とから構成されている。サンプルホールド回路81,82は、所定のタイミング(S1,S2)で動作点f1の振幅と動作点f2の振幅とをそれぞれサンプルホールドする。差動アンプ83は、これを入力として差分を検出し、積分器84に出力する。積分器84は、出力G12を出力する。
【0066】
図4を再度参照すると、マイクロ波印加部30のマイクロ波発振器31は、差分検出積算部55a又は差分検出積算部55bから入力された差分に基づき、これがゼロとなるように制御され所定の周波数信号FOUTを出力するものであれば良い。即ち、マイクロ波発振器31は、差分検出積算部55aの出力G12がゼロとなるように制御される。また、同様に、差分検出積算部55bの出力G34がゼロとなるように制御される。例えば、マイクロ波発振器31は、リスト周波数掃引機能及び周波数変調機能を有するものであれば良い。リスト周波数掃引機能とは、予め解析部57から指定された周波数リストFLISTで設定される周波数の信号を、タイミング制御部58から指定される掃引開始信号TPと周波数更新信号TRとに同期して発振させるものである。また、周波数変調機能とは、その発振周波数を、周波数変調入力FMEX(蛍光信号の差分の積算値)に基づいて変調するものである。なお、スイッチ(SW12,SW34)56a,56bは、2つの共鳴周波数R1,R2に対して、それぞれどちらの共鳴周波数の動作点の蛍光信号の差分の積算値を周波数変調入力FMEXへ出力するかを選択するものである。上述の通り、本発明の物理状態計測装置では、共鳴周波数R1のみを用いても良いし、共鳴周波数R1と共鳴周波数R2を交互に用いても良い。
【0067】
ここで、検出部40を含めた動作の詳細について説明する。検出部40は、例えばイメージセンサであり、1回の露光・読出毎に個々の画素からの出力信号として、蛍光強度の2次元的な分布を蛍光画像信号SIGNALとして検出可能である。蛍光画像信号は、解析部57に入力される。解析部57では、4点の動作点基準周波数F10,F20,F30,F40における有効視野領域の全画素の蛍光強度平均値が、動作点f1-f4に対応した値に近付くように、4点の動作点基準周波数F10,F20,F30,F40を更新する。しかしながら、主固体材料20内において、不純物原子-空孔中心は、空間解像度を確保するために、表面(計測対象1が載せられる側の表面)にのみ集中して設けられるため、その総量は限られている。したがって、1回の露光で得られる蛍光強度は限られており、多数回の露光による蛍光画像信号の積算を重ねて初めて動作点の有効な調整が可能となる。例えば有効な更新頻度は、数秒に1回程度である。
【0068】
図6は、
図4に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。ここで、S1-S4は、差分検出積算部55a,55bのサンプルホールド回路81,82の動作タイミングである。また、W12,W34は、スイッチ56a,56bのオンオフタイミングである。即ち、この例では、共鳴周波数R1の動作点f1,f2と共鳴周波数R2の動作点f3,f4を交互に切り替えている例である。また、TPは掃引開始信号であり、TRは周波数更新信号である。そして、TEは、検出部40における露光タイミングである。即ち、TEに応じて、検出部40の露光1-4及び読出1-4が行われる。図示の通り、例えば動作点f1,f2と動作点f3、f4をすべて用いる場合には、S1-S2-S3-S4・・・という読み出しタイミングではなく、S1-S3-S2-S4・・・という読み出しタイミングが好ましい。これは、例えば差分検出積算部55aにおいて、S1がオンになってから次にS2がオンになるまでの時間と、S2がオンになってから次にS1がオンになるまでの時間が等しいほうが差動アンプ83への入力バランスが良く、積分器84の出力変動が小さくなるからである。
【0069】
図6において、掃引開始信号TPと周波数更新信号TRの組み合わせにより、マイクロ波発振器31の出力FOUTの周波数は、
タイミングT1では、F10+α・G12
タイミングT2では、F20+α・G12
タイミングT3では、F30+α・G34
タイミングT4では、F40+α・G34
となる。ここで、αは、比例定数である。サンプルホールド回路81のタイミングS1は、出力FOUTのタイミングT1の内側に設定されている。タイミングS1では、マイクロ波発振器31→コイル基板32→フィードバック用固体材料51→フィードバック用検出部52→差分検出積算部55a→スイッチ56a→マイクロ波発振器31というフィードバックパスが閉じており、動作点f1,f2の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55aが動作する。同様に、タイミングS2でも、動作点f1,f2の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55aが動作する。また、同様に、タイミングS3では、マイクロ波発振器31→コイル基板32→フィードバック用固体材料51→フィードバック用検出部52→差分検出積算部55b→スイッチ56b→マイクロ波発振器31というフィードバックパスが閉じており、動作点f3,f4の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55bが動作する。同様に、タイミングS4でも、動作点f3,f4の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55bが動作する。
【0070】
検出部40では、タイミングS1-S4のさらに内側のタイミングTEで露光が行われる。タイミングTEは、マイクロ波発振器31の出力FOUTの4点の動作点基準周波数の切り替え及び及びフィードバックパスの切り替え時の過渡応答を避けた安定した状態である。
【0071】
ここで、4点の動作点基準周波数F10,F20,F30,F40の切り替えは、デジタル的な発振周波数の切り替えであるため、マイクロ波発振器31のインタフェースによるデジタル情報の設定時間と発振周波数の安定化時間とにより、応答時間が少なくともミリ秒以上必要である一方、追従範囲は任意である。これに対し、差分検出積算部55aの出力G12や差分検出積算部55bの出力G34によるマイクロ波変調入力FMEXによる周波数変調制御は、アナログ入力であるため、マイクロ秒程度の高速応答が可能である一方、追従可能範囲はマイクロ波発振器31の仕様により、例えば±10MHz程度に制限される。このため、検出部40からの蛍光画像信号SIGNALを利用した4点の動作点基準周波数F10,F20,F30,F40のデジタル的な切り替えと、フィードバック用検出部52からのアナログ的なFMEX入力を併用することにより、常に最適な動作点で安定な画像信号を計測可能となる。
【0072】
本発明の物理状態計測装置では、このようにフィードバック部50を用いてマイクロ波発振器をフィードバック制御することで、例えば検出部の解像度を高め蛍光画像信号SIGNALが微弱になった場合であっても、露光中の外乱ノイズの影響を除くことが可能なため、安定的に物理状態の計測が可能となる。
【0073】
図4に示される例では、マイクロ波印加部30のマイクロ波発振器31が1つの場合を示したが、本発明はこれに限定されない。即ち、動作点毎にそれに応じた周波数のマイクロ波発振器をそれぞれ用いるものであっても良い。
図7に、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部の他の具体例を説明するための概略ブロック図を示す。図中、
図4と同一の符号を付した部分は同一物を表している。図示例では、マイクロ波印加部が、動作点f1、f2及び動作点f3,f4毎にそれぞれの周波数のマイクロ波発振器31(SG1-SG4)を有するものである。差分検出積算部55a、55bの出力をそれぞれ2つに分割し、マイクロ波発振器SG1、SG2及びマイクロ波発振器SG3,SG4の周波数変調入力にそれぞれ入力するように構成されている。マイクロ波発振器SG1の出力周波数f1は解析部57から動作点基準周波数F10で設定され、
f1=F10+α・G12
となる。ここで、αは比例定数である。同様に、マイクロ波発振器SG2,SG3,SG4の出力周波数f2,f3,f4は解析部57から動作点基準周波数F20,F30,F40で設定され、
f2=F20+α・G12
f3=F30+α・G34
f4=F40+α・G34
となる。
【0074】
図8は、本発明の物理状態計測装置の
図7に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。ここで、W1-W4は、スイッチSW1-SW4のオンオフタイミングである。タイミングS1では、マイクロ波発振器SG1→スイッチSW1→コイル基板32→フィードバック用固体材料51→フィードバック用検出部52→差分検出積算部55a→マイクロ波発振器SG1というフィードバックパスが閉じており、動作点f1,f2の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55aが動作する。同様に、タイミングS2でも、動作点f1,f2の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55aが動作する。また、同様に、タイミングS3では、マイクロ波発振器SG3→スイッチSW3→コイル基板32→フィードバック用固体材料51→フィードバック用検出部52→差分検出積算部55b→マイクロ波発振器SG3というフィードバックパスが閉じており、動作点f3,f4の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55bが動作する。同様に、タイミングS4でも、動作点f3,f4の蛍光強度の差分がゼロとなるように、差分検出積算部55bが動作する。
【0075】
1つのマイクロ波発振器を用いて動作点毎に発振周波数変調を行う場合には、マイクロ波周波数が安定するまでの過渡応答時間としてミリ秒程度が必要である。即ち、上述の通り、
図4に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである
図6に示されるように、マイクロ波周波数が安定するまでの余裕時間を取るため、出力FOUTのタイミングT1の内側、即ち、所定時間遅延させてタイミングTEで露光が行われるように構成していた。これに対して、
図7に示されるフィードバック部の構成では、この余裕時間を減らすことが可能である。したがって、その分、露光時間を長くしたり、検出部40が追従可能な範囲で、出力FOUTのタイミングT1-T4の繰り返し周波数を速め、一定時間内での露光時間をより多く確保したりすることが可能となるので、高感度化にも効果がある。
【0076】
なお、上述の図示例では、2つの共鳴周波数の場合に差分検出積算部を2つ用いた例を示したが、4つの動作点それぞれに対して4つの差分検出積算部を設けるように構成されても良い。
図9は、本発明の物理状態計測装置のフィードバック部のさらに他の具体例を説明するための概略ブロック図を示す。図中、
図7と同一の符号を付した部分は同一物を表している。図示例では、動作点f1、f2,f3,f4毎にそれぞれ差分検出積算部59a、59b、59c、59dを有するものを示した。差分検出積算部59aは、
図4や
図7に示されるフィードバック部と異なり、動作点f1と動作点f2における蛍光信号の差分を検出して積算するのではなく、一方の動作点と所定の基準との差分を検出するものである。例えば、動作点f1とマイクロ波がオフである状態との蛍光信号の差分を検出すれば良い。同様に、差分検出積算部59bは、動作点f2とマイクロ波がオフである状態との蛍光信号の差分を検出し、差分検出積算部59cは、動作点f3とマイクロ波がオフである状態との蛍光信号の差分を検出し、差分検出積算部59dは、動作点f4とマイクロ波がオフである状態との蛍光信号の差分を検出する。
【0077】
図10に、本発明の物理状態計測装置の
図9に示されるフィードバック部の差分検出積算部の具体例を説明するための概略ブロック図を示す。基本的には差分検出積算部59a-59dは同様の構成のため、図示例では差分検出積算部59aについて示した。図示の通り、差分検出積算部59aは、サンプルホールド回路81,82と、差動アンプ83と、積分器84とから構成されている。サンプルホールド回路81,82は、所定のタイミング(S1,S10)で動作点f1の振幅とマイクロ波がオフである状態の振幅とをそれぞれサンプルホールドする。差動アンプ83は、これを入力として差分を検出し、積分器84に出力する。サンプルホールド回路81の出力には、オフセット電圧VOFFが加算されている。即ち、マイクロ波がオフである状態で所定の基準電圧となるようにしている。そして、積分器84は、出力G1を出力する。
【0078】
図9を再度参照すると、マイクロ波発振器SG1による動作点f1の周波数は、差分検出積算部59aから入力される差分に基づき、差分検出積算部59aの出力G1がゼロとなるように制御される。同様に、マイクロ波発振器SG2、SG3,SG4による動作点f2,f3,f4の周波数は、差分検出積算部59b、59c、59dから入力される差分に基づき、差分検出積算部59b、59c、59dの出力G2,G3,G4がゼロとなるようにそれぞれ制御される。このように制御されることで、動作点f1,f2,f3,f4において同一の振幅が保持される。これにより、露光中の外乱ノイズの影響を除くことが可能なため、安定的に物理状態の計測が可能となる。
【0079】
図11は、
図9に示されるフィードバック部の動作タイミングチャートである。ここで、S10-S40は、差分検出積算部59a-59dのサンプルホールド回路81の動作タイミングであり、S1-S4は、差分検出積算部59a-59dのサンプルホールド回路82の動作タイミングである。また、W1-W4は、スイッチSW1-SW4のオンオフタイミングである。即ち、この例では、共鳴周波数R1の動作点f1,f2と共鳴周波数R2の動作点f3,f4を順番に切り替えている例である。サンプルホールド回路82のタイミングS1は、出力FOUTのタイミングT1の内側に設定されている。そして、タイミングS10は,出力FOUTがオフの状態のタイミング(T1とT2の間)の内側に設定されている。検出部40では、タイミングS1-S4のさらに内側のタイミングTEで露光が行われる。
【0080】
このように、複数の動作点の周波数毎にマイクロ波発振器をそれぞれ用いた場合には、1つのマイクロ波発振器を用いて動作点毎に周波数変調を行う場合に比べて、マイクロ波発振器の応答速度を速めることが可能となる。また、動作点毎にマイクロ波照射時間を任意に設定することも可能となる。したがって、例えば検出部40の露光時間制御を容易に行うことが可能となるため、磁気イメージングに適したものとすることが可能である。
【0081】
次に、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として、超微粒固体材料を用いた例について説明する。
図12は、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた例を説明するための概略ブロック図である。図中、
図1と同一の符号を付した部分は同一物を表している。
図12は、
図1に示される物理状態計測装置に対応するものである。
図1では、主固体材料20は例えばダイヤモンド基板からなるものであり、フィードバック用固体材料51との間に計測対象1を配置し、計測対象1の物理状態を検出していた。しかしながら、
図12に示される物理状態計測装置では、主固体材料として、超微粒固体材料91,92を用いている。超微粒固体材料91,92は、例えば粒子状のナノサイズのダイヤモンド(ナノダイヤモンド)である。そして、計測対象1は、例えば細胞であり、培地90に配置されている。培地90は、マイクロ波印加部30のコイル基板32に挟まれた空間に充填されている。超微粒固体材料91,92を計測対象1に付着させることで、計測対象1の近傍に超微粒固体材料91,92が配置されることになる。超微粒固体材料91,92からなる主固体材料も、上述の例と同様に、例えばダイヤモンド以外に、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素等からなるものであっても良い。
【0082】
このような超微粒固体材料を主固体材料として用いると、計測対象が例えば細胞であった場合に、細胞自体に超微粒固体材料を付着させることが可能となる。これにより、測定対象のより近傍に主固体材料を配置可能となることから、より厳密な細胞内の温度や磁場等の測定も可能となる。
【0083】
一般的にナノダイヤモンドが発生する電子スピン共鳴スペクトルは微弱であるため、蛍光がショットノイズに埋もれたものとなる。ショットノイズを低減するためには、蛍光を一定時間積算すれば良い。ここで、積算途中で一定以上の大きさの磁場の外乱ノイズが加わると、その積算が無効になる。しかしながら、本発明の物理状態計測装置によれば、これまで説明したようなフィードバック部を用いることで、露光中の外乱ノイズの影響を除くことが可能となり、ナノダイヤモンドが発生する微弱な電子スピン共鳴スペクトルであっても外乱ノイズの影響を受けずに計測できる。
【0084】
ここで、超微粒固体材料であるナノダイヤモンドのNV軸(結晶面方位)について説明する。
図1に示されるようなダイヤモンド基板であれば、例えばそのNV軸の方位は、(111)面に面直な方向に揃えられている。しかしながら、超微粒固体材料の場合には、一般的にはNV軸は単一方向に配向せず、4方位が存在する。超微細固体材料を用いた本発明の物理状態計測装置において、外乱ノイズを補正する際には、全方位に対するベクトル磁場を計測する必要がある。したがって、フィードバック用固体材料についても、主固体材料に合わせた結晶面方位を有するように、4方位存在する超微粒固体材料に合わせて4方位の結晶面方位を有するものを用いる。
【0085】
図13に、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた場合にフィードバック部のフィードバック用固体材料により得られる電子スピン共鳴スペクトルの一例を示す。この例では、超微粒固体材料としてナノダイヤモンドを用いた場合である。フィードバック用固体材料51はダイヤモンド基板からなり、4方位のNV軸を有する。この場合、スペクトル振幅の低下部は、2870MHz付近を対称の中心として低周波側、高周波側の低下部を1組として、一般には図示のように4組存在する。なお、印加される静磁場の方向によっては、縮退して3組又は2組若しくは1組になることもある。そして、ナノダイヤモンドからなる複数の超微粒固体材料91,92が存在する場合、一般には両者の結晶軸は異なる向きを向く。このため、印加される静磁場が同一であったとしても、両者から得られる電子スピン共鳴スペクトルは、図示のように異なるものとなる。そして、スペクトル振幅の1組の低下部の共鳴周波数や間隔は、上述のダイヤモンド基板を用いた場合と同様に、磁場や温度によって変化する。この変化を計測することで、計測対象1の磁場や温度を計測可能となる。なお、電子スピン共鳴スペクトルの低下部を用いて磁場や温度を計測する手法自体は、従来の又は今後開発されるべきあらゆる手法を用いることが可能となる。
【0086】
以下、
図13に示されるような電子スピン共鳴スペクトルを用いて磁場の変化を計測する手法を具体的に説明する。超微粒固体材料と比べて、フィードバック用固体材料51は高濃度の不純物原子-空孔中心を有しており、蛍光強度が強い。このため、短時間の積算でも電子スピン共鳴スペクトルを明確に計測可能である。
【0087】
上述のダイヤモンド基板を用いた場合と同様に、
図13のような電子スピン共鳴スペクトルに対しても、スペクトル振幅の各低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点をそれぞれ決定する。具体的には、8個の低下部に対して、動作点としてf1乃至f16の16個の周波数を決定する。そして、それぞれの周波数での蛍光強度を計測する。動作点は、例えばスペクトル振幅の最大傾斜点を求めたり、低下部の深さの特定の割合の蛍光強度が得られる正負の位置を求めたりすることで決定されれば良い。
【0088】
ここで、4組の低下部に対応したフィードバック用固体材料51の4個のNV軸を、外側の低下部に対応したものから順に第1のNV軸乃至第4のNV軸とする。第1のNV軸に対して、例えばf1における蛍光強度変化をΔF1、f2における蛍光強度変化をΔF2、f15における蛍光強度変化をΔF15、f16における蛍光強度変化をΔF16とする。このとき、第1のNV軸の方位の外乱ノイズによる磁場強度の変化をΔB1とすると、ΔB1は以下の式で表せる。
ΔB1=(ΔF16/slope16-ΔF15/slope15-ΔF2/slope2+ΔF1/slope1)/4/γ
ここで、slope1乃至slope16は、f1=16における電子スピン共鳴スペクトルの傾きであり、γは磁気回転比である。同様に、第2のNV軸乃至第4のNV軸に対しても、各磁場強度の変化ΔB2乃至ΔB4は、動作点f3乃至f14をそれぞれ用いて求められる。
【0089】
ナノダイヤモンドからなる微粒固体材料91の各動作点f1'乃至f16'の周波数については、上述のダイヤモンド基板を用いる場合の初期状態の設定と同様に行えば良い。即ち、まずマイクロ波印加部により、十分に広い周波数範囲で掃印し、電子スピン共鳴スペクトルを計測した上で低下部の振幅を揃え、各動作点f1'乃至f16'を決定し、これを初期状態として記憶すれば良い。この状態では、微粒固体材料91の4本のNV軸の方位も定まることになる。
【0090】
フィードバック用固体材料51は、結晶面方位が既知の結晶を有するダイヤモンド基板が測定系に固定されたものであるので、その4本のNV軸の方位は当然に判明している。そして、外乱ノイズによるフィードバック用固体材料51のNV軸の方位における磁場強度の変化ΔB1乃至ΔB4と、微粒固体材料91の4本のNV軸の方位も既に判明している。したがって、外乱ノイズによるNV軸の低下部への影響も、各動作点f1'乃至f16'の周波数への補正量として判明することになる。即ち、フィードバック部50では、上述の補正後の各動作点f1'乃至f16'に対してスペクトル振幅の低下部の低周波数側と高周波数側の2つの動作点の振幅の差分を補正量として用い、これがゼロとなるように帰還制御すれば良い。
【0091】
同様に、他の微粒固体材料92についても、外乱ノイズによるNV軸の低下部への影響も、各動作点f1"~f16"の周波数への補正量として判明する。
【0092】
このように、主固体材料としてナノダイヤモンドのような微粒固体材料において、スペクトル振幅の低下部の位置を外乱ノイズ磁場に対して補正する利点について、以下に具体的に説明する。
【0093】
ノイズについて、微粒固体材料及びフィードバック用固体材料から発生する蛍光から磁場を計測しようとする場合、
ノイズ1:蛍光を発生させるための励起光自体に内在するノイズ
ノイズ2:蛍光自身のショットノイズ
を被ることになる。さらに、微粒固体材料及びフィードバック用固体材料自体が、
ノイズ3:外乱ノイズ
を被ることになる。ここで、
図13に示される電子スピン共鳴スペクトルは、蛍光強度のマイクロ波周波数依存性を有するため、ノイズ1及びノイズ2により、縦方向(蛍光強度方向)に揺らぎ、ノイズ3により横方向(周波数軸方向)に揺らぐ。これらのうち、ノイズ1は独立した計測により、最終的な計測結果から差し引くことで除去可能である。しかしながら、ノイズ2及びノイズ3が問題となる。より正確には、ノイズ2とノイズ3の相互作用が問題となる。
【0094】
まず、微粒固体材料から発生する蛍光は微弱であるため、ノイズ2に埋もれてしまい得る。ノイズ2は、一般的にランダムなガウス雑音となるので、それ自身は長時間積算することにより一定値に収束する。しかしながら、これまで説明した通り、積算途中で一定以上のノイズ3が加わると、その積算が無効になってしまう。なお、ノイズ3があっても、動作点が電子スピン共鳴スペクトルの低下部の傾斜部を外れなければ、長時間積算することにより動作点を同定可能である。これは、一般的に十分に長い時間の中では、ノイズ3もドリフトがなければ平均値がゼロに近付くためである。但し、傾斜部、より正確には、傾斜部の線形領域を外れるくらいノイズ3が大きい場合、傾斜部から外れている間に蛍光強度に加わるノイズ2の分布が誤った中心値を有する状態で積算を受けることになる。
【0095】
しかしながら、本発明の物理状態計測装置では、傾斜部の線形領域を外れないように、フィードバック部によりフィードバック制御しているため、仮にノイズ3が大きい場合であっても、長時間積算しても安定して物理状態を計測可能になる。また、必要により、検出される動作点の変化が所定の範囲内の場合には物理状態計測後に計測結果に対して補正処理を行い、所定以上の場合にはフィードバック制御を行うようにしても良い。
【0096】
次に、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として、超微粒固体材料を用いた他の例について説明する。
図14は、本発明の物理状態計測装置の主固体材料として超微粒固体材料を用いた他の例を説明するための概略ブロック図である。図中、
図2と同一の符号を付した部分は同一物を表している。
図14は、
図2に示される物理状態計測装置に対応するものである。
図2では、主固体材料20は例えばダイヤモンド基板からなるものであり、フィードバック用固体材料51との間に計測対象1を配置し、計測対象1の物理状態を検出していた。しかしながら、
図14に示される物理状態計測装置では、
図12に示されるものと同様に、主固体材料として、超微粒固体材料91,92を用いている。超微粒固体材料91,92は、例えば粒子状のナノサイズのダイヤモンド(ナノダイヤモンド)である。
図12と同様に、計測対象1は、例えば細胞であり、培地90に配置されている。培地90は、マイクロ波印加部30のコイル基板32に挟まれた空間に充填されている。超微粒固体材料91,92を計測対象1に付着させることで、計測対象1の近傍に超微粒固体材料91,92が配置されることになる。超微粒固体材料91,92からなる主固体材料も、上述の例と同様に、例えばダイヤモンド以外に、炭化ケイ素、窒化ガリウム、窒化ホウ素等であっても良い。
【0097】
図14に示される例では、
図2に示される例と同様に、フィードバック部50'が分割部54を有するものである。分割部54は、光源部10からの励起光を分割するものである。分割部54は、例えばハーフミラー等であり、超微粒固体材料91,92への励起光と、フィードバック用固体材料51'への励起光とに分けるものであれば良い。これにより、フィードバック用固体材料51'への励起光を強くすることが可能となる。したがって、このように強い励起光により励起され発生する蛍光の蛍光強度もより強くなるため、より安定的なフィードバック制御が可能となる。
【0098】
フィードバック用固体材料51'から計測対象1へ漏洩する励起光が強いため、計測対象1が破壊される可能性があるため、この例では、図示の通り、第2フィルタ部62を有している。第2フィルタ部62は、フィードバック用固体材料51'から計測対象1へ漏洩する励起光を遮蔽するものである。第2フィルタ部62は、超微粒固体材料91,92とフィードバック用固体材料51'との間に介在し、フィードバック用固体材料51'から計測対象1へ漏洩する励起光(緑色光)及びフィードバック用固体材料51'による蛍光(赤色光)を遮蔽するショートパスフィルタであれば良い。これにより、フィードバック用固体材料51'の励起光や蛍光により計測対象1が破壊されることを防止できる。したがって、フィードバック用固体材料51'を十分に強力な励起光で照射することが可能となり、フィードバック用固体材料51'のショットノイズをさらに低減可能となる。また、フィードバック用固体材料51'における外乱ノイズ検出をさらに高感度化可能となる。
【0099】
この例でも、
図2に示される例と同様に、第2フィルタ部62のカットオフ波長よりも短波長である例えば青色光を用いて計測対象1を照明することにより、計測対象1の明視野像をリアルタイムにモニタ可能である。
【0100】
図15は、本発明の物理状態計測装置により計測される磁性粒子の磁気画像のシミュレーション結果である。
図15(a)がショットノイズも外乱ノイズもない場合の磁気画像であり、
図15(b)がショットノイズ及び外乱ノイズが存在する場合の磁気画像であり、
図15(c)が本発明により外乱ノイズが除去された場合の磁気画像である。同図は、
図1に示される装置において、主固体材料が厚さ1μmのNV層を有するダイヤモンド基板を用い、直径1μmの超常磁性粒子を観測した場合のシミュレーション画像である。合計露光時間は10秒とし、外乱ノイズは実験室での実測値とした。
【0101】
図示の通り、
図15(b)では磁性粒子が殆ど識別できないが、
図15(c)では外乱ノイズが除去され、磁性粒子が識別できていることが分かる。したがって、本発明の物理状態計測装置によれば、長時間積算しても外乱ノイズの影響を除き安定して物理状態を計測可能であることが分かる。
【0102】
なお、本発明の物理状態計測装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0103】
1 計測対象
10 光源部
11 ダイクロイックミラー
12 対物レンズ
20 主固体材料
30 マイクロ波印加部
31 マイクロ波発振器
32 コイル基板
40 検出部
50 フィードバック部
51 フィードバック用固体材料
52 フィードバック用検出部
53 制御部
54 分割部
55a,55b 差分検出積算部
56a,56b スイッチ
57 解析部
58 タイミング制御部
59a,59b,59c,59d 差分検出積算部
60 フィルタ部
61 第1フィルタ部
62 第2フィルタ部
70 静磁場印加部
81,82 サンプルホールド回路
83 差動アンプ
84 積分器
90 培地
91,92 超微粒固体材料