(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-30
(45)【発行日】2024-11-08
(54)【発明の名称】固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材、酸化皮膜の形成方法、固体酸化物形燃料電池用部材及び固体酸化物形燃料電池
(51)【国際特許分類】
C23C 8/18 20060101AFI20241031BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241031BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20241031BHJP
H01M 8/021 20160101ALI20241031BHJP
H01M 8/0215 20160101ALI20241031BHJP
H01M 8/0228 20160101ALI20241031BHJP
H01M 8/12 20160101ALI20241031BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20241031BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
C23C8/18
C22C38/00 302Z
C21D1/76 F
H01M8/021
H01M8/0215
H01M8/0228
H01M8/12 101
C22C38/50
C22C38/54
C21D1/76 G
(21)【出願番号】P 2021036741
(22)【出願日】2021-03-08
【審査請求日】2023-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松本 三月
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】景岡 一幸
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2015/064739(JP,A1)
【文献】特開2016-183375(JP,A)
【文献】再公表特許第2018/147087(JP,A1)
【文献】特開平07-268669(JP,A)
【文献】特開平05-033117(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/18
C22C 38/00
C21D 1/76
H01M 8/021
H01M 8/0215
H01M 8/0228
H01M 8/12
C22C 38/50
C22C 38/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、C:
0%超0.050%以下、Si:
0%超1.50%以下、Mn:
0%超1.00%以下、P:
0%超0.050%以下、S:
0%超0.0300%以下、Cr:10.5%以上22.0%未満、Mo:
0%超3.00%以下、N:
0%超0.030%以下、Al:
0%超0.30%以下、Nb:
0%超1.00%以下、Ti:
0%超1.00%以下、Ni:
0%超1.00%以下、Cu:
0%超1.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる母材と、前記母材の表面に形成された酸化皮膜とを有する固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材であって、
前記酸化皮膜は、
スピネル型酸化物を含む最表層を有するとともに、グロー放電発光分光分析による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、
O濃度が10%となる表面からの深さまでを前記酸化皮膜とし、O、C及びNを除くカチオン元素の全量を100質量%としたときに、Crの最大ピーク濃度が30.0質量%以上であり、且つAl及びSiの最大ピーク濃度の合計が1.5質量%超過10.0質量%未満である固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記母材は、下記式(1)を満たす、請求項1に記載の固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材。
15質量%≦55+32Mn-Cr-84Al<50質量% ・・・ (1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量を表す。
【請求項3】
前記母材は、質量基準で、B:
0%超0.0100%以下、V:
0%超1.00%以下、Sn:
0%超0.50%以下、W:
0%超2.0%以下、Ca:
0%超0.010%以下、Mg:
0%超0.010%以下、Zr:
0%超1.00%以下、Co:
0%超2.0%以下、Ga:
0%超0.01%以下、Hf:
0%超0.10%以下、REM:
0%超0.10%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項1又は2に記載の固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記スピネル型酸化物が、(Fe,Cr,Mn)
3O
4型酸化物である、請求項
1~3のいずれか一項に記載の固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材の製造において、母材の表面に酸化皮膜を形成する方法であって、
質量基準で、C:
0%超0.050%以下、Si:
0%超1.50%以下、Mn:
0%超1.00%以下、P:
0%超0.050%以下、S:
0%超0.0300%以下、Cr:10.5%以上22.0%未満、Mo:
0%超3.00%以下、N:
0%超0.030%以下、Al:
0%超0.30%以下、Nb:
0%超1.00%以下、Ti:
0%超1.00%以下、Ni:
0%超1.00%以下、Cu:
0%超1.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる冷延材
を前記母材として用い、前記冷延材に対して、露点が-30℃以下であり、且つO
2と、CO、CO
2、Ar、N
2及びH
2から選択される少なくとも1種とを含むガス中にて、300~1000℃で1000時間以下の酸化熱処理を行
う方法。
【請求項6】
前記冷延材は、下記式(1)を満たす、請求項
5に記載
の方法。
15質量%≦55+32Mn-Cr-84Al<50質量% ・・・ (1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量を表す。
【請求項7】
前記冷延材は、質量基準で、B:
0%超0.0100%以下、V:
0%超1.00%以下、Sn:
0%超0.50%以下、W:
0%超2.0%以下、Ca:
0%超0.010%以下、Mg:
0%超0.010%以下、Zr:
0%超1.00%以下、Co:
0%超2.0%以下、Ga:
0%超0.01%以下、Hf:
0%超0.10%以下、REM:
0%超0.10%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項
5又は
6に記載
の方法。
【請求項8】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材を備える固体酸化物形燃料電池用部材。
【請求項9】
前記固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材の表面に設けられた導電コーティング層を更に備える、請求項
8に記載の固体酸化物形燃料電池用部材。
【請求項10】
請求項
8又は
9に記載の固体酸化物形燃料電池用部材を備える固体酸化物形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材、酸化皮膜の形成方法、固体酸化物形燃料電池用部材及び固体酸化物形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、作動温度が600℃を超える高温作動型であった。しかし、近年、600℃以下の温度帯域で作動する低温作動型の固体酸化物形燃料電池が提案されている(例えば、特許文献1及び2)。このような固体酸化物形燃料電池の構成部材には、コストや耐食性などの観点から、ステンレス鋼材が一般的に用いられる。
【0003】
また、固体酸化物形燃料電池は、主に定置型電源として開発が進められていた。しかし、近年、業務・産業用車両や、自動車、飛行機などの様々な移動体への用途拡大が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-53388号公報
【文献】特許第6696992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
固体酸化物形燃料電池を構成する部材(例えば、セパレータ、インターコネクタ、集電体など)には、導電性が要求される。しかし、この部材の導電性は、作動温度が低くなるにつれて低下するため、従来の高温作動型の固体酸化物形燃料電池に用いられていた部材では導電性が十分でないことがある。
また、当該部材は、導電性を確保するために、ステンレス鋼材から形成される基部の表面に導電コーティング層が形成される。しかしながら、Cr量が少ない(例えば、Cr量が22質量%未満の)ステンレス鋼材は、Cr量が多い(例えば、Cr量が22質量%以上の)ステンレス鋼材に比べて酸化皮膜の成長が早く、導電コーティング層の密着性が低下し易い。また、ステンレス鋼材の表面に形成された酸化皮膜(Cr2O3を含む層)は、導電コーティング層に対する熱膨張係数差が大きいため、導電コーティング層が剥がれ易い。
【0006】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、600℃以下の温度における導電性、及び導電コーティング層に対する密着性に優れる固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材及び酸化皮膜の形成方法を提供することを目的とする。また、本発明は、このような特徴を有する固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材を備える固体酸化物形燃料電池用部材及び固体酸化物形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ステンレス鋼材について鋭意研究を行った結果、母材及びその表面の酸化皮膜を特定の組成に制御することにより、上記の問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、質量基準で、C:0%超0.050%以下、Si:0%超1.50%以下、Mn:0%超1.00%以下、P:0%超0.050%以下、S:0%超0.0300%以下、Cr:10.5%以上22.0%未満、Mo:0%超3.00%以下、N:0%超0.030%以下、Al:0%超0.30%以下、Nb:0%超1.00%以下、Ti:0%超1.00%以下、Ni:0%超1.00%以下、Cu:0%超1.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる母材と、前記母材の表面に形成された酸化皮膜とを有する固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材であって、
前記酸化皮膜は、スピネル型酸化物を含む最表層を有するとともに、グロー放電発光分光分析による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、O濃度が10%となる表面からの深さまでを前記酸化皮膜とし、O、C及びNを除くカチオン元素の全量を100質量%としたときに、Crの最大ピーク濃度が30.0質量%以上であり、且つAl及びSiの最大ピーク濃度の合計が1.5質量%超過10.0質量%未満である固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材である。
【0008】
また、本発明は、前記固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材の製造において、母材の表面に酸化皮膜を形成する方法であって、質量基準で、C:0%超0.050%以下、Si:0%超1.50%以下、Mn:0%超1.00%以下、P:0%超0.050%以下、S:0%超0.0300%以下、Cr:10.5%以上22.0%未満、Mo:0%超3.00%以下、N:0%超0.030%以下、Al:0%超0.30%以下、Nb:0%超1.00%以下、Ti:0%超1.00%以下、Ni:0%超1.00%以下、Cu:0%超1.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる冷延材を前記母材として用い、前記冷延材に対して、露点が-30℃以下であり、且つO2と、CO、CO2、Ar、N2及びH2から選択される少なくとも1種とを含むガス中にて、300~1000℃で1000時間以下の酸化熱処理を行う方法である。
【0009】
また、本発明は、前記固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材を備える固体酸化物形燃料電池用部材である。
さらに、本発明は、前記固体酸化物形燃料電池用部材を備える固体酸化物形燃料電池である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、600℃以下の温度における導電性、及び導電コーティング層に対する密着性に優れる固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材及び酸化皮膜の形成方法を提供することができる。また、本発明によれば、このような特徴を有する固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材を備える固体酸化物形燃料電池用部材及び固体酸化物形燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例の試験No.10におけるグロー放電発光分光分析の結果(深さ方向の元素濃度プロファイル)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0013】
本発明の実施形態に係る固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材(以下、「ステンレス鋼材」と略す)は、母材と、母材の表面に形成された酸化皮膜とを有する。
母材は、C:0.050%以下、Si:1.50%以下、Mn:1.00%以下、P:0.050%以下、S:0.0300%以下、Cr:10.5%以上22.0%未満、Mo:3.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.30%以下、Nb:1.00%以下、Ti:1.00%以下、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
ここで、「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分(例えば、不可避不純物)であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。また、「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼帯、ステンレス鋼板、ステンレス鋼箔などの各種形状を含む概念である。
【0014】
また、母材は、必要に応じて、B:0.0100%以下、V:1.00%以下、Sn:0.50%以下、W:2.0%以下、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、Zr:1.00%以下、Co:2.0%以下、Ga:0.01%以下、Hf:0.10%以下、REM:0.10%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。
【0015】
<C:0.050%以下>
Cは、ステンレス鋼材の600℃以下の温度における導電性に影響を与える元素である。C含有量が多すぎると、当該導電性が低下する。そのため、C含有量は、0.050%以下、好ましくは0.030%以下、より好ましくは0.020%以下とする。一方、C含有量の下限は、特に限定されないが、C含有量を低減するほど精錬工程に時間を要することとなり、製造コストが上昇する恐れがある。そのため、C含有量は、好ましくは0.0002%以上、より好ましくは0.0005%以上である。
【0016】
<Si:1.50%以下>
Siは、酸化皮膜(特に、スピネル型酸化皮膜)中のFe濃化を抑制して、導電性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Si含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の界面にSiO2の連続酸化物が生成して導電性が低下するとともに、硬質化によって靭性が低下する恐れがある。そのため、Si含有量は、1.50%以下、好ましくは1.30%以下、より好ましくは1.00%以下、更に好ましくは0.80%以下とする。一方、Si含有量の下限は、特に限定されない。Siによる上記の効果を得る観点から、Si含有量は、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.08%以上である。
【0017】
<Mn:1.00%以下>
Mnは、酸化皮膜の最表層にスピネル型酸化物(例えば、(Fe,Cr,Mn)3O4型酸化物)を含む第1層を生成することによって、酸化皮膜の600℃以下の温度における導電性及び導電コーティング層に対する密着性を向上させるのに有効な元素である。また、Mnは、ステンレス鋼材の靭性を向上させる元素でもある。ただし、Mn含有量が多すぎると、耐熱性が低下する恐れがある。そのため、Mn含有量は、1.00%以下、好ましくは0.80%以下とする。一方、Mn含有量の下限は、特に限定されない。Mnによる上記の効果を得る観点から、Mn含有量は、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.08%以上である。
【0018】
<P:0.050%以下>
Pは、ステンレス鋼材の靭性を低下させる恐れがある元素である。そのため、P含有量は、0.050%以下、好ましくは0.040%以下とする。一方、P含有量の下限は、特に限定されないが、P含有量を低減するほど精錬工程に時間を要することとなり、製造コストが上昇する恐れがある。そのため、P含有量は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.010%以上である。
【0019】
<S:0.0300%以下>
Sは、硫化物系介在物を生成し、電極への蒸散・被毒によってSOFCの発電効率を低下させる恐れがある元素である。そのため、S含有量は、0.0300%以下、好ましくは0.0100%以下、さらに好ましくは0.0050%以下とする。一方、S含有量の下限は、特に限定されないが、S含有量を低減するほど精錬工程に時間を要することとなり、製造コストが上昇する恐れがある。そのため、S含有量は、好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.0002%以上である。
【0020】
<Cr:10.5%以上22.0%未満>
Crは、ステンレス鋼材の表面に不動態皮膜(酸化皮膜)を形成するための主要な元素であり、酸化皮膜によって耐食性、耐熱性などの特性を向上させることができる。600℃以下の温度における導電性に優れる酸化皮膜を形成する観点から、Cr含有量は、10.5%以上、好ましくは13.0%以上とする。一方、Cr含有量が多すぎると、熱膨張係数が導電コーティング層よりも小さいCr2O3が最表層に生成して導電コーティング層との密着性が低下するため、Cr含有量は、22.0%未満、好ましくは21.0%以下とする。
【0021】
<Mo:3.00%以下>
Moは、ステンレス鋼材の酸化皮膜を強化するための主要な元素であり、酸化皮膜によって耐食性、耐熱性などの特性を向上させることができる。また、Moは、ステンレス鋼材の酸化皮膜の生成を促進して導電性を向上させる元素でもある。通常、酸化皮膜を構成するCr酸化物はFeを含むことから、導電性が低いものの、MoをCr酸化物中に存在させることによって導電性を向上させることができる。ただし、Mo含有量が多すぎると、硬質化によって靭性などの特性が損なわれる恐れがある。そのため、Mo含有量は、3.00%以下、好ましくは2.50%以下、より好ましくは1.50%以下とする。一方、Mo含有量の下限は、特に限定されない。Moによる上記の効果を得る観点から、Mo含有量は、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.30%以上である。
【0022】
<N:0.030%以下>
Nは、Alと結合して異常酸化の起点となるAlNを生成し、ステンレス鋼材の靭性を低下させる恐れがある元素である。そのため、N含有量は、0.030%以下、好ましくは0.025%以下とする。一方、N含有量の下限は、特に限定されないが、N含有量を低減するほど精錬工程に時間を要することとなり、製造コストが上昇する恐れがある。そのため、N含有量は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.010%以上である。
【0023】
<Al:0.30%以下>
Alは、酸化皮膜(特に、スピネル型酸化皮膜を含む第1層)中のFe濃化を抑制して、導電性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Al含有量が多すぎると、Al2O3の連続酸化層が生成して導電性が低下する。また、異常酸化の起点となるAlNを生成し易くなるとともに、ステンレス鋼材の靭性が損なわれる恐れがある。そのため、Al含有量は、0.30%以下、好ましくは0.25%以下とする。一方、Al含有量の下限は、特に限定されない。Alによる上記の効果を得る観点から、Al含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上である。
【0024】
<Nb:1.00%以下>
Nbは、Tiと同様に、C及びNと優先的に結合してNb炭窒化物を生成するため、ステンレス鋼材の高純度化に有効な元素である。そのため、Nbは、酸化皮膜の生成を促進して導電性の向上に寄与する。また、Nbは、Cr炭窒化物の生成による耐食性の低下を抑制する元素でもある。ただし、Nb含有量が多すぎると、Nb炭窒化物の生成に消費されなかった固溶Nbの量が増える。その結果、硬質化によって靭性が損なわれる恐れがある。そのため、Nb含有量は、1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。一方、Nb含有量の下限は、特に限定されない。Nbによる上記の効果を得る観点から、Nb含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0025】
<Ti:1.00%以下>
Tiは、Nbと同様に、C及びNと優先的に結合してTi炭窒化物を生成するため、ステンレス鋼材の高純度化に有効な元素である。そのため、Tiは、酸化皮膜の生成を促進して導電性の向上に寄与する。また、Tiは、Cr炭窒化物の生成による耐食性の低下を抑制する元素でもある。ただし、Ti含有量が多すぎると、Ti炭窒化物が粗大化してしまい、それが起点となって靭性が低下してしまう。そのため、Ti含有量は、1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。一方、Ti含有量の下限は、特に限定されない。Tiによる上記の効果を得る観点から、Ti含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0026】
<Ni:1.00%以下>
Niは、ステンレス鋼材の耐食性の向上及び靭性の低下を抑制する元素である。ただし、Niはオーステナイト相安定化元素であるため、Ni含有量が多すぎると、熱膨張係数が上昇して酸化皮膜と導電コーティング層との密着性が低下する。そのため、Ni含有量は、1.00%以下、好ましくは0.80%以下とする。一方、Ni含有量の下限は、特に限定されない。Niによる上記の効果を得る観点から、Ni含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0027】
<Cu:1.00%以下>
Cuは、ステンレス鋼材の耐食性や導電性を向上させる元素である。ただし、Cuはオーステナイト相安定化元素であるため、Cu含有量が多すぎると、熱膨張係数が上昇して酸化皮膜と導電コーティング層との密着性が低下する。そのため、Cu含有量は1.00%以下、好ましくは0.80%以下とする。一方、Cu含有量の下限は、特に限定されない。Cuによる上記の効果を得る観点から、Cu含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上とする。
【0028】
<B:0.0100%以下>
Bは、粒界に優先的に濃化することで粒界強度を高めて二次加工性を向上させるのに有効な元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、B含有量が過剰になると粒界のボライド(Cr2B)が粗大化することによって酸化皮膜と導電コーティング層との密着性を低下させる。そのため、B含有量は、0.0100%以下、好ましくは0.0030%以下とする。一方、B含有量の下限は、特に限定されない。Bによる効果を得る観点から、B含有量は、好ましくは0.0002%以上、より好ましくは0.0005%以上である。
【0029】
<V:1.00%以下>
Vは、ステンレス鋼材の靭性を損なわずに強度を向上させる元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、V含有量が多すぎると、低融点の複合酸化物を形成して耐酸化性を著しく低下させるともに、コストが上昇する。そのため、V含有量は、1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。一方、V含有量の下限は、特に限定されない。Vによる効果を得る観点から、V含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0030】
<Sn:0.50%以下>
Snは、耐食性及び導電性の向上に効果的な元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Sn含有量が多すぎると、熱間加工性及び靭性が低下する。そのため、Sn含有量は、0.50%以下、好ましくは0.30%以下とする。一方、Sn含有量の下限は、特に限定されない。Snによる効果を得る観点から、Sn含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0031】
<W:2.0%以下>
Wは、ステンレス鋼材の靭性を損なわずに強度を向上させる元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、W含有量が多すぎると、加工性及び靭性が低下する恐れがあるとともに、コストが上昇する。そのため、W含有量は、2.0%以下、好ましくは0.5%以下とする。一方、W含有量の下限は、特に限定されない。Wによる効果を得る観点から、W含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0032】
<Ca:0.010%以下>
Caは、Sを固定して耐酸化性を高め、酸化皮膜の生成を促進する元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Ca含有量が多すぎると、介在物の生成量が増加して導電性を低下させてしまう。そのため、Ca含有量は、0.010%以下、好ましくは0.005%以下とする。一方、Ca含有量の下限は、特に限定されない。Caによる効果を得る観点から、Ca含有量は、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.001%以上である。
【0033】
<Mg:0.010%以下>
Mgは、ステンレス鋼材の精錬に有効な元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Mg含有量が多すぎると、介在物の生成量が増加して導電性を低下させてしまう。そのため、Mg含有量は、0.010%以下、好ましくは0.005%以下とする。一方、Mg含有量の下限は、特に限定されない。Mgによる効果を得る観点から、Mg含有量は、好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.0005%以上である。
【0034】
<Zr:1.00%以下>
Zrは、Cを固定してステンレス鋼材の高純度化に有効な元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Zr含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Zr含有量は、1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。一方、Zr含有量の下限は、特に限定されない。Zrによる効果を得る観点から、Zr含有量は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.005%以上である。
【0035】
<Co:2.0%以下>
Coは、ステンレス鋼材の靭性を損なわずに強度を向上させる元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Co含有量が多すぎると、加工性及び靭性が低下する恐れがあるとともに、コストが上昇する。そのため、Co含有量は、2.0%以下、好ましくは0.5%以下とする。一方、Co含有量の下限は、特に限定されない。Coによる効果を得る観点から、Co含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。
【0036】
<Ga:0.01%以下>
Gaは、ステンレス鋼材の熱間加工性を向上させる元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Ga含有量が多すぎると、製造性を低下させてしまう。そのため、Ga含有量は、0.01%以下、好ましくは0.005%以下とする。一方、Ga含有量の下限は、特に限定されない。Gaによる効果を得る観点から、Ga含有量は、好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.0005%以上である。
【0037】
<Hf:0.10%以下>
Hfは、Cを固定してステンレス鋼材の高純度化に有効な元素であり、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、Hf含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Hf含有量は、0.10%以下、好ましくは0.08%以下とする。一方、Hf含有量の下限は、特に限定されない。Hfによる効果を得る観点から、Hf含有量は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.005%以上である。
【0038】
<REM:0.10%以下>
REM(希土類元素)は、S及びPに対して優先的に結合して化合物を生成するため、S及びPによる導電性の低下を抑制することができる。REMは、必要に応じてステンレス鋼材に含まれる。ただし、REM含有量が多すぎると、ステンレス鋼材が硬質化し、靭性や加工性が低下する恐れがある。そのため、REM含有量は、0.10%以下、好ましくは0.08%以下とする。一方、REM含有量の下限は、特に限定されない。REMによる効果を得る観点から、REM含有量は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.005%以上である。
なお、REMは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらは単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。また、REMの中でも、La及びYが好ましい。
【0039】
母材は、下記式(1)を満たすことが好ましい。
15%≦55+32Mn-Cr-84Al<50% ・・・ (1)
式中、各元素記号は、各元素の含有量を表す。
式(1)を満たす母材とすることにより、酸化皮膜の最表層にスピネル型酸化物(例えば、(Fe,Cr,Mn)3O4型酸化物)を含む第1層を形成するとともに、スピネル型酸化物中のFe濃度が小さく、600℃以下の温度において酸化皮膜の全厚の放物線速度定数(log Kp)が-16.0未満の良好な耐酸化性を発現させることができる。式(1)の下限が15%未満であると、スピネル型酸化物の生成が抑制され、酸化皮膜と導電コーティング層との密着性が低下し易くなる。一方、式(1)の上限が50%以上であると、酸化皮膜の成長が速いために酸化皮膜が厚膜化して導電性が低下し易くなる。
式(1)の上限値は、好ましくは45%、より好ましくは40%である。また、式(1)の下限値は、好ましくは18%、より好ましくは20%である。
【0040】
酸化皮膜は、グロー放電発光分光分析(以下、「GDS」という)による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、O、C及びNを除くカチオン元素の全量を100%としたときに、Crの最大ピーク濃度が30.0%以上であり、且つAl及びSiの最大ピーク濃度の合計が1.5%超過10.0%未満である。
Crの最大ピーク濃度を30.0%以上とすることにより、Crが高濃度で存在する箇所が生じるため、600℃以下の温度における導電性を高めることができる。このような効果を安定して確保する観点から、Crの最大ピーク濃度は40.0%~90.0%であることが好ましい。
また、Al及びSiの最大ピーク濃度の合計を1.5質量%超過10.0質量%未満とすることにより、酸化皮膜の第1層へのFe濃化を抑制し、600℃以下の温度における導電性を高めることができる。このような効果を安定して確保する観点から、Al及びSiの最大ピーク濃度の合計は2.0%~9.0%であることが好ましい。
【0041】
酸化皮膜は、スピネル型酸化物(例えば、(Fe,Cr,Mn)3O4型酸化物)を含む第1層を最表層に有することができる。最表層にスピネル型酸化物を含む第1層を形成することにより、導電コーティング層に対する熱膨張係数差が小さくなるため、導電コーティング層に対する密着性を向上させることができる。また、スピネル型酸化物とCr2O3は同程度の導電性を有するため、600℃以下の温度における導電性を向上させることができる。なお、第1層がCr2O3を含む場合、導電コーティング層に対する熱膨張係数差が大きいため、導電コーティング層が剥がれ易くなる。
酸化皮膜の最表層(第1層)の厚さは、特に限定されないが、導電コーティング層との密着性を安定して確保する観点から、好ましくは5nm以上、より好ましくは20~200nmである。
【0042】
また、酸化皮膜は、第1層の下層に第2層を更に有していてもよい。第2層は、特に限定されないが、(Fe,Cr)2O3又はCr2O3を含むことが好ましく、Cr2O3を含むことがより好ましい。
酸化皮膜の第2層の厚さは、特に限定されないが、好ましくは15~100nmである。
【0043】
酸化皮膜の構造は、酸化皮膜の組成をGDSによって分析することによって特定することができる。
ここで、酸化皮膜は、GDSによる深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、O濃度が10%となる表面からの深さまでと定義することができ、当該深さを酸化皮膜の厚さとみなすことができる。また、酸化皮膜の第1層は、GDSによる深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、Fe又はMnの濃度プロファイルが酸化皮膜中で極大値を有する場合、極大値から極小値の間の中間地点までの表面からの深さと定義することができ、当該深さを第1層の厚さとみなすことができる。なお、Fe及びMnのいずれも極大値を有する場合は、表面からの深さが大きい方を酸化皮膜の第1層とし、当該深さを第1層の厚さとする。さらに、酸化皮膜の第2層は、酸化皮膜のうち第1層を除いた部分と定義することができ、酸化皮膜の厚さから酸化皮膜の第1層の厚さを引いた値を第2層の厚さとみなすことができる。
【0044】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の形状は、特に限定されないが、板状又は箔状であることが好ましい。ステンレス鋼材が板状又は箔状である場合、その厚さは、例えば、0.1~5.0mm、好ましくは0.1~3.0mm、より好ましくは0.1~1.0mm、更に好ましくは0.1~0.5mmである。
【0045】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、上記のような組成を有するスラブを用いること以外は、公知の方法に準じて製造することができる。
ここで、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の典型的な製造方法の一例について説明する。なお、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、下記の製造方法に限定されるものではない。
【0046】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、上記の組成を有するスラブを熱間圧延した後、冷間圧延して得られる冷延材に対して、酸化熱処理を行うことによって製造することができる。熱間圧延及び冷間圧延の条件は特に限定されず、組成に応じで適宜調整すれば良い。冷延材には、焼鈍や酸洗などが施されていてもよい。
【0047】
酸化熱処理は、冷延材に対して、露点が-30℃以下であり、且つO2と、CO、CO2、Ar、N2及びH2から選択される少なくとも1種とを含むガス(例えば、空気)中にて、300~1000℃で1000時間以下の条件で行われる。このような条件で酸化熱処理を行うことにより、上記の特性を有する酸化皮膜、特に、スピネル型酸化物を含む第1層を安定して形成することができる。
【0048】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、酸化皮膜が特定の組成を有しているため、600℃以下の温度における導電性及び導電コーティング層に対する密着性に優れる。したがって、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、固体酸化物形燃料電池、特に600℃以下(例えば、500~600℃)の温度帯域で作動する低温作動型の固体酸化物形燃料電池に用いるのに適している。
【0049】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材が固体酸化物形燃料電池に用いられる場合、セパレータ、集電体(例えば、空気極集電体及び燃料極集電体)、インターコネクタ、バスバー、端部プレート、燃料極フレームなどの部材にステンレス鋼材を用いることができる。これらの中でも、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、セパレータ、インターコネクタ及び集電体から選択される1種以上の部材に用いることが好ましい。
【0050】
本発明の実施形態に係る固体酸化物形燃料電池用部材は、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材を備える。また、本発明の実施形態に係る固体酸化物形燃料電池は、本発明の実施形態に係る固体酸化物形燃料電池用部材を備える。
固体酸化物形燃料電池用部材としては、特に限定されず、上記した各種部材が挙げられる。
ステンレス鋼材は、各種部材の形状に合わせて適宜形状加工することができる。また、ステンレス鋼材の表面には、導電コーティング層が形成されていてもよい。導電コーティング層としては、特に限定されず、当該技術分野において公知の材料から形成することができる。例えば、導電コーティング層は、Ag、Coなどの導電性に優れる金属を用いて形成することができる。また、導電コーティング層は、単一金属の層であっても合金の層であってもよく、また、単層構造であっても積層構造であってもよい。合金としては、MnCo2O4、TiNなどが挙げられる。
なお、ステンレス鋼材は、導電コーティング層との密着性を高める観点から、酸化皮膜の改質(粗面化)を行ってもよい。例えば、酸化皮膜の改質(粗面化)は、ステンレス鋼材を弗硝酸溶液に浸漬するなどの公知の方法によって行うことができる。
【実施例】
【0051】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0052】
表1に示す組成のスラブを溶製し、熱間圧延して厚さ3.5mmの熱延ステンレス鋼板とした後、焼鈍及び酸洗を行った。次に、熱延板を冷間圧延して厚さ0.3mmの冷延ステンレス鋼板とした後、焼鈍及び酸洗を行った。次に、冷延ステンレス鋼板に対して、露点が-40℃の乾燥空気中で酸化熱処理を行うことにより、表面に酸化皮膜を有するステンレス鋼材を得た。酸化熱処理の詳細は表2に示す。
【表1】
【0053】
次に、得られたステンレス鋼材について、グロー放電発光分光分析(GDS)を行った。この分析によって得られた深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、O、C及びNを除くカチオン元素の全量を100質量%としたときの、Crの最大ピーク濃度(表2では「Cr」と表す)、並びにAl及びSiの最大ピーク濃度の合計(表2では「Al+Si」と表す)を求めた。
GDS分析は、Arガス圧600Pa、電力35W、周波数100Hz、デューティーサイクル0.25の条件で行った。
なお、一例として、試験No.10における深さ方向の元素濃度プロファイルを
図1に示す。
図1に示す深さ方向の元素濃度プロファイルでは、信号強度をカチオン分率換算して表した。また、元素は、Fe、Si、Mn、Cr及びAlのみを選択し、Si及びAlのカチオン分率はいずれも10倍して表示した。
【0054】
また、X線回折測定を用い、酸化皮膜の第1層及び第2層の同定を行った。その結果、第1層はスピネル型酸化物である(Fe,Cr,Mn)3O4型酸化物を含む層、第2層はCr2O3を含む層であることを確認した。
【0055】
さらに、得られたステンレス鋼材について、導電性、及び導電コーティング層に対する密着性についての評価を行った。評価方法は以下の通りである。
(1)導電性
ステンレス鋼材に、コーティング処理を行って導電コーティング層を形成した。コーティング処理では、Coめっきが2~5μmの厚みで形成されるように調整した。
導電コーティング層を形成したステンレス鋼材(以下、「導電コーティング層付きステンレス鋼材」という)2枚を露点20℃の加湿空気(H
2O濃度:約2.3%)に調整した雰囲気下にて600℃で1000時間熱暴露させた後、この2枚の導電コーティング層付きステンレス鋼材2枚を用いて
図2に示すような測定用試験片を作製し、ポテンショスタットを用いた四端子法による測定を行った。具体的には以下のようにして行った。
まず、2枚の導電コーティング層付きステンレス鋼材10の中央部に導電ペースト(Agペースト)を正方形状(一辺が10mm、厚さ10μm)に塗布して乾燥させ、導電部20を形成した。次に、2枚の導電コーティング層付きステンレス鋼材10の導電部20を重ねて十字型に配置した後、アルミナ板で挟み、重り(200g)を載せて電気炉で導電部20の焼付けを行った(600℃×30分)。次に、ミニターを用いて金属母材が露出するまで表面を削り、
図2に示す配線取付部30を形成した。次に、銀線40(φ0.3mm)を配線取付部30に巻き付け、導電ペーストを塗布して150℃で30分間乾燥させることにより、測定用試験片を得た。次に、この測定用試験片を高温電気化学測定装置に配置し、ポテンショスタットを用いた四端子法により、電圧-電流曲線を求めた。この測定では、測定温度は600℃とし、電圧を10mVまで掃引した。また、電圧-電流曲線の傾きから抵抗値を算出した。この評価において、抵抗値が20mΩ・cm
2以下であった場合をA(高温導電性が特に優れる)、20mΩ・cm
2超過50mΩ・cm
2以下であった場合をB(高温導電性が優れる)、抵抗値が50mΩ・cm
2超過であった場合をC(高温導電性が不十分である)と判断した。
【0056】
(2)導電コーティング層に対する密着性(表2では「密着性」と略す)
ステンレス鋼板にコーティング処理を行って導電コーティング層を形成した。コーティング処理では、表面改質を行ったステンレス鋼材の表面にCoめっきが2~5μmの厚みで形成されるように調整した。
導電コーティング層に対する密着性は、上記の導電コーティング層付きステンレス鋼材を加熱・冷却のサイクルを繰り返すことによって、コーティング密着性を評価した。具体的には、上記の導電コーティング層付きステンレス鋼材を切断加工して10mm×25mm試験片を準備した。次に、試験片を800℃に加熱した移動式マッフル炉に収容し、大気中で25分(マッフル炉内)保持し、大気解放・5分冷却(マッフル炉移動)を1サイクルとし、100サイクルの断続加熱試験を行った。断続加熱試験により、導電コーティング層が剥離しなかった場合をA(コーティング密着性が高い)、導電コーティング層が剥離しないものの、亀裂が発生した場合をB(コーティング密着性が不十分)、導電コーティング層が完全に剥離した場合をC(コーティング密着性が低い)と判断した。
上記の各評価結果を表2に示す。
【0057】
【0058】
表2に示されるように、試験No.1~11(本発明例)のステンレス鋼材は、所定の組成を有する母材及び酸化皮膜から構成されているため、導電性、及び導電コーティング層に対する密着性に優れていた。ただし、No.1及び7は、式(1)の好ましい範囲から外れる組成の鋼種を用いたため、導電性、又は導電コーティング層に対する密着性が低下した。
これに対して試験No.12~15(比較例)のステンレス鋼材は、母材及び酸化皮膜の組成の範囲外であったため、導電性、及び導電コーティング層に対する密着性の一方又は両方が不十分であった。
【0059】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、600℃以下の温度における導電性、及び導電コーティング層に対する密着性に優れる固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材及び酸化皮膜の形成方法を提供することができる。また、本発明によれば、このような特徴を有する固体酸化物形燃料電池用ステンレス鋼材を備える固体酸化物形燃料電池用部材及び固体酸化物形燃料電池を提供することができる。
【符号の説明】
【0060】
10 導電コーティング層付きステンレス鋼材
20 導電部
30 配線取付部
40 銀線