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  • 特許-細胞培養装置及び細胞培養方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】細胞培養装置及び細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20241101BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20241101BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20241101BHJP
【FI】
C12M1/00 D
C12M3/00 A
C12N5/071
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019010399
(22)【出願日】2019-01-24
(65)【公開番号】P2020115787
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-09-08
【審判番号】
【審判請求日】2023-02-03
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度よりの、独立行政法人科学技術振興機構の研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム COI拠点「フロンティア有機システムイノベーション拠点」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】江村 遥
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】田中 耕一郎
【審判官】中村 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-059901(JP,A)
【文献】特表2011-510655(JP,A)
【文献】国際公開第2018/116904(WO,A1)
【文献】特表2014-533957(JP,A)
【文献】特表2012-510271(JP,A)
【文献】特表平08-510322(JP,A)
【文献】特許第6895662(JP,B2)
【文献】特許第6886667(JP,B2)
【文献】特開2018-50548(JP,A)
【文献】特許第7199065(JP,B2)
【文献】特開2019-5(JP,A)
【文献】RSC Advances, 2016, vol. 6, pp. 89103-89112 (suppl. pp. 1-2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 1/00-7/08
CAPLUS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS (STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞を含む試料をフィブロネクチンが吸着している親水性ポリマー層に接触させて前記がん細胞を捕捉した後、前記親水性ポリマー層に液体培地を添加し、34~40℃で1~10週間保持することで、がん細胞を培養するがん細胞培養方法であって、
前記親水性ポリマー層は、下記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されており、
〔a〕下記式(I)で表されるポリマー
【化1】
(式中、Rは水素原子又はメチル基、Rはアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
〔b〕ポリ(メタ)アクリロイルモルホリン
〔c〕下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体
【化2】
(式中、R、R、mは前記と同様。)
前記試料は、下記(1)及び(2)からなる群より選択される少なくとも1種であり、
(1)血液又は体液から血液中又は体液中のがん細胞を分離及び/又は濃縮した試料
(2)血液又は体液から血液中又は体液中のがん細胞を分離及び/又は濃縮し、更に懸濁させた試料
前記分離及び/又は濃縮時に前記試料中の血球細胞同士を、抗原抗体反応を利用して凝集させるがん細胞培養方法。
【請求項2】
前記分離及び/又は濃縮は、細胞の大きさによる分離及び/又は遠心分離により行われる請求項記載のがん細胞培養方法。
【請求項3】
分離液を用いた前記遠心分離により前記がん細胞を分離及び/又は濃縮する請求項記載のがん細胞培養方法。
【請求項4】
前記分離及び/又は濃縮時に前記試料に溶血剤を混合する請求項のいずれかに記載のがん細胞培養方法。
【請求項5】
4日に1回以上培地交換をする請求項1~のいずれかに記載のがん細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液及び体液中の特定の細胞(血液・体液中に存在するがん細胞等)を捕捉、培養できる細胞培養装置及び細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん細胞等の特定の細胞を捕捉・培養できれば、病気等のメカニズム解明、それに基づく新薬の開発、治療方法の検討に役立てることが期待される。特に、がん細胞が発生するとやがて、血液・体液中に出て来ることが知られており、血液中に出て来たがん細胞は、血中循環腫瘍細胞(CTC)と呼ばれている。そして、この血中循環腫瘍細胞を調べることによるがんの治療効果の確認、予後寿命、投与前の抗がん剤の効果予測、がん細胞の遺伝子解析を用いた治療方法の検討、等が期待されている。
【0003】
しかしながら、血中循環腫瘍細胞は非常に数が少なく(数個~数百個/血液1mL)、がん細胞を捕捉することが難しいという問題がある。また、捕捉した細胞を培養して増やすことも難しいという問題がある。
【0004】
例えば、血中循環腫瘍細胞の捕捉技術として、Cell Searchシステムと呼ばれるものが知られているが、これは、抗原抗体反応(EpCAM抗体で捕捉)を用いる技術であるため、EpCAMを発現しているがん細胞しか捕捉できず、捕捉可能ながん細胞の種類に制限があり、また、捕捉したがん細胞を培養することにも制限がある(特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2005-523981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記課題を解決し、EpCAMを発現していないがん細胞も含め、多くのがん細胞を捕捉、培養できる細胞培養装置及び細胞培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、装置表面の少なくとも一部に親水性ポリマー層が形成され、かつ前記親水性ポリマー層にフィブロネクチンが吸着されている細胞培養装置であって、前記親水性ポリマー層は、下記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている細胞培養装置に関する。
〔a〕下記式(I)で表されるポリマー
【化1】
(式中、Rは水素原子又はメチル基、Rはアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
〔b〕ポリ(メタ)アクリロイルモルホリン
〔c〕下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体
【化2】
(式中、R、R、mは前記と同様。)
【0008】
前記細胞培養装置において、前記親水性ポリマー層の厚みが10~800nmであることが好ましい。
前記細胞培養装置は、血液又は体液に含まれる細胞を培養する装置であることが好ましい。
【0009】
本発明はまた、細胞を含む試料をフィブロネクチンが吸着している親水性ポリマー層に接触させて前記細胞を捕捉し、培養する細胞培養方法であって、前記親水性ポリマー層は、下記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている細胞培養方法に関する。
〔a〕下記式(I)で表されるポリマー
【化3】
(式中、Rは水素原子又はメチル基、Rはアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
〔b〕ポリ(メタ)アクリロイルモルホリン
〔c〕下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体
【化4】
(式中、R、R、mは前記と同様。)
【0010】
前記細胞培養方法において、前記試料を前記親水性ポリマー層に接触させて特定細胞を接着及び/又は吸着させた後、前記特定細胞を培養することが好ましい。
【0011】
前記細胞培養方法において、前記試料は、下記(1)、(2)及び(3)からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
(1)血液又は体液
(2)血液又は体液から血液中又は体液中の特定細胞を分離及び/又は濃縮した試料
(3)血液又は体液から血液中又は体液中の特定細胞を分離及び/又は濃縮し、更に懸濁させた試料
【0012】
前記分離及び/又は濃縮は、細胞の大きさによる分離及び/又は遠心分離により行われることが好ましい。
分離液を用いた前記遠心分離により前記特定細胞を分離及び/又は濃縮することが好ましい。
【0013】
前記分離及び/又は濃縮時に前記試料に溶血剤を混合することが好ましい。
前記分離及び/又は濃縮時に前記試料中の血球細胞同士を凝集させることが好ましい。
【0014】
前記細胞培養方法において、培養に液体培地を用い、4日に1回以上培地交換をすることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、装置表面の少なくとも一部に親水性ポリマー層が形成され、かつ前記親水性ポリマー層にフィブロネクチンが吸着されている細胞培養装置であって、前記親水性ポリマー層は、前記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている細胞培養装置であるので、EpCAMを発現していないがん細胞も含め、多くのがん細胞を捕捉、培養できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】内面にフィブロネクチン吸着親水性ポリマー層が形成された細胞培養装置の模式図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、装置表面の少なくとも一部に親水性ポリマー層が形成され、かつ前記親水性ポリマー層にフィブロネクチンが吸着されている細胞培養装置であって、前記親水性ポリマー層は、前記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている細胞培養装置である。
【0018】
細胞培養装置の表面の少なくとも一部に親水性ポリマー層を形成するだけでなく、更にその親水性ポリマー層にフィブロネクチンも吸着させているので、親水性ポリマーの細胞(がん細胞等の特定細胞等)の接着(吸着)能力を顕著に向上できる。従って、がん細胞等の特定細胞の捕捉性が大きく向上すると共に、血小板等の捕捉性が低下し、たんぱく質が多い状態では到底発揮し得ない特定細胞の選択的な捕捉効果を奏する。また、細胞培養装置の表面の少なくとも一部に親水性ポリマー層を形成するだけでなく、更にその親水性ポリマー層にフィブロネクチンも吸着させているので、捕捉した細胞(特定細胞等)を好適に培養できる。
【0019】
具体的に説明すると、血中循環腫瘍細胞(数個~数百個/血液1mL)等の体液中に出てきた腫瘍細胞(がん細胞等)は、非常に数が少なく、検査に供するには、採取した体液中に存在する腫瘍細胞をできる限り多く捕捉することが重要である。本発明では、親水性ポリマー層に加え、腫瘍細胞の接着(吸着)を促進するフィブロネクチンを該親水性ポリマー層の表面に更に吸着させているため、これに血液等の体液を接触させることで、体液中の腫瘍細胞等が親水性ポリマー層に、より多く吸着・接着される。また、吸着・接着した腫瘍細胞は、フィブロネクチンの存在により、分化が促進され、培養が進む。そして、その培養した細胞で抗がん剤等の効き目を確認することで、抗がん剤等の投与前に、体の外で、抗がん剤等の効き目を確認できると同時に、抗がん剤等の選定にも役立つ。更には、その培養した細胞で、がん細胞の増殖のメカニズム解明や、新薬(抗がん剤、分子標的薬等)の開発に使用することが出来る。
【0020】
以下、本発明の好ましい実施形態の一例を、図を用いて説明する。
図1の細胞培養装置1は、細胞を捕捉・培養する目的で使用される装置である。細胞としては、がん細胞(EpCAMを発現していないがん細胞を含む任意のがん細胞)等の特定細胞等が挙げられる。がん細胞としては、血中循環腫瘍細胞(CTC)等が挙げられる。
【0021】
ウェル状の凹部に細胞の入った溶液を注入して、細胞の捕捉を行い、その後、細胞の培養を行うための形状を有している。ウェル11はシングルウェルでも、マトリクス状にウェルが配置されたマルチウェル(プレート)でもよい。また、ウェル部の形状は特に限定されず、円形、楕円形、四角形等の多角形等の形状の凹み(凹部)等が挙げられる。更にウェル部の横壁が、底部と外れる構造になっていてもよい。ウェルは、細胞(特定細胞等)の有無の確認(観察)、細胞数(特定細胞数等)の計測、細胞(特定細胞等)の培養、薬の効き目の確認・選定等を実施できる。また、ウェル部の横壁が外れる方が、観察、計測、確認・選定等がしやすい場合があり、更には培養した細胞等を取り出しやすくなる。
【0022】
ウェル11の構成材料としては、細胞の観察では透明性が高いものがよく、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸等のアクリル樹脂(ポリアクリル樹脂)、シクロオレフィン樹脂(ポリシクロオレフィン)、カーボネート樹脂(ポリカーボネート)、スチレン樹脂(ポリスチレン)、ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステル樹脂、ポリジメチルシロキサン及びガラス(ホウけい酸ガラス、ソーダ石灰ガラス等)等が挙げられる。親水性ポリマーのコーティングには、構成材料が親水性が高い方が好ましく、ポリアクリル樹脂やソーダ石灰ガラスが好ましい。
【0023】
ウェル11は非貫通孔であり、上部は開口されている。ウェル11には、開口から、細胞の入った溶液(試料(特定細胞を含む血液、体液等))が注入される。また、がん細胞等の特定細胞の存在を確認した場合、特定細胞を培養するための培養液を注入することも可能である。
【0024】
ウェル11の開口の長さL(開口が矩形状の場合の各辺等)、直径R(開口が円形状の場合の直径等)、深さDは、特に限定されない。溶液(試料)を入れるという観点からは、深さD(高さ)は3~25mmが好ましい。図1では、ウェル11の表面及び裏面に対して、ウェル11の内側面が略垂直であるが、ウェル11は、内側面が傾斜し、開口から底面にかけて窄まる形状でも良い。また、内側面が傾斜し、開口から底面にかけて拡がる形状でも良い。また、底部は平面でもよいし、凹凸があってもよい。凹型のへこみでは細胞が集まりやすく、培養に有利になる。それは、細胞が1個でいるより、複数の塊でいる方が何らかのシグナルを出しあい培養が促進されるからである。
【0025】
マルチウェルの場合、複数のウェルが分離可能なものでもよい。複数のウェルを有する場合、細胞数(特定細胞数等)計測用ウェルと、細胞(特定細胞等)培養用ウェルとに分離使用でき、例えば、計測用ウェルでがん細胞の存在の有無を確認した上で、存在が確認された場合に培養用ウェルでがん細胞を培養し、その細胞で薬の効き目を確認できる。
【0026】
細胞培養装置1において、装置の表面(ウェル11の表面)は、少なくとも一部に親水性ポリマー層21が形成され、かつ、該親水性ポリマー層21にフィブロネクチン31が吸着されている。装置の表面は、ウェル11の場合、その内表面であることが好ましい。図1は、ウェル11の底面及び側面の一部に親水性ポリマー層21が形成され、更に該親水性ポリマー層21にフィブロネクチン31を吸着させている例を示している。
【0027】
ウェル11内に、血液や体液を導入すると、これらに含まれるがん細胞等の特定細胞は、フィブロネクチン31を吸着させた親水性ポリマー層21に吸着・接着されると共に、血小板等の血球細胞の吸着が抑制される。そのため、血液や体液の導入後に所定時間保持し、次いで、洗浄することで、特定細胞を親水性ポリマー層21に吸着・接着できる。そして、吸着・接着された特定細胞の数を測定することで、血液や体液中のがん細胞数が判る。更に特定細胞は、親水性ポリマー層にフィブロネクチンも吸着させた層に吸着・接着しているので、特定細胞を効率的に培養できる。従って、培養した特定細胞を用いることで、がん治療効果の確認等が期待される。
【0028】
親水性ポリマー層21(親水性ポリマーにより形成される層)の膜厚は、好ましくは10~800nm、より好ましくは30~550nmである。上記範囲内に調整することで、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的吸着性・接着性が得られる。また、がん細胞を効率的に培養できる。
【0029】
親水性ポリマー層21を形成する親水性ポリマーは、下記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種のである。
〔a〕下記式(I)で表されるポリマー
【化5】
(式中、Rは水素原子又はメチル基、Rはアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
〔b〕ポリ(メタ)アクリロイルモルホリン
〔c〕下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体
【化6】
(式中、R、R、mは前記と同様。)
【0030】
式(I)、(I-1)において、Rのアルキル基の炭素数は、1~10が好ましく、1~5がより好ましい。なかでも、Rは、メチル基又はエチル基が特に好ましい。mは、1~3が好ましい。n(繰り返し単位数)は、15~1000が好ましく、30~500がより好ましい。
【0031】
〔c〕の共重合体において、他のモノマーは、親水性ポリマーの作用効果を阻害しない範囲内で適宜選択すれば良い。例えば、スチレン等の芳香族モノマー、酢酸ビニル、温度応答性を付与できるN-イソプロピルアクリルアミドなどが挙げられる。
【0032】
親水性ポリマーの数平均分子量(Mn)は、がん細胞に対する選択的吸着性・接着性、がん細胞の培養性の観点から、好ましくは8000~150000、より好ましくは10000~60000、更に好ましくは12000~50000である。なお、本明細書において、Mnは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)(東ソー(株)製GPC-8000シリーズ、検出器:示差屈折計、カラム:東ソー(株)製のTSKGEL SUPERMALTPORE HZ-M)による測定値を基に標準ポリスチレン換算により求めることができる。
【0033】
親水性ポリマー層21上にフィブロネクチン31を吸着させるという点から、フィブロネクチン濃度を、好ましくは0.5~500μg/ml、より好ましくは1~250μg/mlに調整した溶液、分散液等を用いることが好適である。上記範囲内の濃度に調整することで、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的吸着性・接着性、がん細胞の培養性が得られる。
【0034】
細胞培養装置1は、例えば、図1の内面にフィブロネクチン31を吸着させた親水性ポリマー層21が形成されているウェル11、複数のウェル11を備えたマルチウェルプレート、更に必要に応じて他の部材(部品)を付加することにより、製造できる。
【0035】
具体的には、親水性ポリマー層21が形成されたウェル11を有する装置の場合、(1)親水性ポリマーを各種溶剤に溶解・分散した親水性ポリマー溶液・分散液を、ウェル11の内部に注入し、所定時間保持する方法、(2)該親水性ポリマー溶液・分散液をウェル11の内面に塗工(噴霧)する方法、等、公知の手法により、ウェル11の内面の全部又は一部に親水性ポリマー溶液・分散液をコーティングすることで、親水性ポリマーにより形成されるポリマー層が形成されたウェル11を製造できる。
【0036】
溶剤、注入方法、塗工(噴霧)方法などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。
(1)、(2)の保持時間は、ウェル11の大きさ、導入する液種、等により適宜設定すれば良いが、5分~10時間が好ましく、10分~5時間がより好ましく、15分~2時間が更に好ましい。保持後、適宜、余分な親水性ポリマー溶液・分散液を排出し、または排出せずに、乾燥してもよい。
【0037】
次いで、形成された親水性ポリマー層21にフィブロネクチン31を吸着させる方法は特に限定されず、公知の方法を適用できる。例えば、親水性ポリマー層21にフィブロネクチン31の緩衝溶液(リン酸緩衝生理食塩水PBS等)を公知の方法で接触させ、所定温度で所定時間放置し、必要に応じて洗浄する方法、等で吸着させることができる。温度、時間は適宜設定すればよく、例えば、10~50℃、0.1~24時間程度で実施できる。
【0038】
そして、作製されたフィブロネクチン31が吸着された親水性ポリマー層21をウェル11の内面の一部に形成したものに、必要に応じて他の部品を追加することで、細胞培養装置を製造できる。
【0039】
本発明の細胞培養方法は、細胞を含む試料(特定細胞を含む血液又は体液等)を親水性ポリマー層に接触させて前記細胞を捕捉し、培養する細胞培養方法で、該親水性ポリマー層が前記〔a〕、〔b〕及び〔c〕からなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている方法である。
【0040】
前記のとおり、前記細胞培養装置は、がん細胞等の捕捉性が向上すると共に、血小板等の血球細胞の捕捉性が低下し、がん細胞等の選択的な捕捉効果が得られ、更にがん細胞等を効率的に培養できる。そのため、例えば、該装置を用いて、血液又は体液(細胞を含む試料)をフィブロネクチンを吸着させた親水性ポリマー層に接触させてがん細胞等の特定細胞を接着及び/又は吸着させた後、該特定細胞を培養し、培養した特定細胞を調べることで、前述のがん治療効果の確認、体の外での抗がん剤等の効き目の確認、抗がん剤等の選定、新薬の開発、病気にメカニズム解明等が期待できる。
【0041】
細胞を含む試料としては、(1)血液又は体液(血液自体又は体液自体)、(2)血液又は体液から血液中又は体液中の特定細胞を分離及び/又は濃縮した試料、(3)血液又は体液から血液中又は体液中の特定細胞を分離及び/又は濃縮し、更に懸濁させた試料、等を好適に使用できる。
【0042】
前記(2)、(3)において、がん細胞等の特定細胞の分離及び/又は濃縮は、細胞の大きさによる分離・濃縮、遠心分離による分離・濃縮、等により実施可能である。細胞の大きさによる分離、濃縮としては、例えば、フィルター等を用いる方法等が挙げられる。
【0043】
遠心分離は、公知の方法を採用でき、例えば、公知の遠心分離装置で実施できる。遠心分離における遠心力、遠心分離の時間、温度は、血球細胞、がん細胞等の分離性等の観点から、適宜設定すれば良い。採取した血液又は体液に遠心分離を施し、中間の単核球層を分離することで、血小板、赤血球や多核の白血球が分離、除去され、がん細胞等の特定細胞の濃度を高めた試料を作製できる。
【0044】
なお、遠心分離を行う前に、血液又は体液中のたんぱく質濃度を減少させる他の処理を施してもよい。血液又は体液中のたんぱく質濃度を減少させる他の処理方法としては、例えば、採取した血液又は体液を希釈する方法が挙げられる。ここで、希釈方法としては、ヒト血液のpH(約7.4)リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の緩衝溶液や、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)等の液体培地、を用いる方法があり、具体的には、採取した血液又は体液に緩衝溶液を加えて希釈することや、液体培地に採取した血液又は体液を加えて希釈することで、採取した血液又は体液に比べて、たんぱく質濃度を減少させることが可能である。
【0045】
遠心分離においては、分離液を用いた遠心分離により特定細胞を分離及び/又は濃縮することが好ましい。これにより、特定細胞(がん細胞等)等を含む単核球層、赤血球等を含む層、等に好適に分離できる。そして、単核球層を分離し、層中の特定細胞をフィブロネクチンを吸着させた親水性ポリマー層に捕捉し、次いで培養することにより、特定細胞を好適に培養できる。
【0046】
密度勾配遠心法に用いられる分離液は、血液中の細胞の分画に適した比重を有し、また細胞を破壊することのない浸透圧及びpHを有するよう調製したものであればよい。媒体としては、密度勾配遠心分離法に使用可能な媒体を使用できる。分離液は、20℃での比重が1.076~1.078g/mlであることが好ましい。また、分離液のpHは、4.5~7.5が好ましい。
【0047】
代表的な媒体(分離液)としては、スクロース、フィコール(スクロースとエピクロロヒドリンの共重合物)、パーコール(ポリビニルピロリドンの被膜を有するコロイド状シリカ製品)が挙げられる。フィコールは、Ficoll-Paque PLUS(ファルマシアバイオテク(株))、Histopaque-1077(シグマ アルドリッチ ジャパン(株))、リンフォプレップ(Lymphoprep)(ニコメッド、オスロ(ノルウェー))等;パーコールは、Percoll(シグマ アルドリッチ ジャパン(株))等;の製品が市販されている。
【0048】
前記(3)において、懸濁処理は、液体培地を用いる方法等を採用できる。
【0049】
前記(2)、(3)において、試料中の赤血球の少なくとも一部を除去できる点から、特定細胞の分離及び/又は濃縮時に試料に溶血剤を混合(添加)することが好ましい。溶血剤は、物理的又は化学的に赤血球に作用し、赤血球を溶解する試薬である。溶血剤としては、従来使用されているものを使用でき、例えば、塩化アンモニウム、合成界面活性剤及びアルコールが挙げられる。
【0050】
前記(2)、(3)において、特定細胞の分離及び/又は濃縮時に試料に血球細胞同士を凝集させることが好ましい。血球細胞同士を凝集させる方法は、このような凝集が可能な方法であれば、特に限定されないが、なかでも、抗原抗体反応を利用する方法を好適に使用できる。具体的には、血球凝集反応等の凝集反応法を好適に利用できる。
【0051】
このような凝集工程で、血液又は体液に血球凝集反応を利用して細胞同士を凝集させると、その後、作製された凝集物を含むサンプルに遠心分離処理を施した際に、血球細胞を含む凝集物が除去される。従って、親水性ポリマー層に対し、サンプル中に高濃度で残存する特定細胞(がん細胞等)を効果的に捕捉できる。
【0052】
血球細胞同士の凝集には、例えば、血球細胞同士を凝集させる化合物を混合(添加)する方法を採用できる。具体的には、赤血球及び白血球凝集抗体試薬(赤血球及び白血球凝集抗体組成物)が使用可能である。遠心分離処理時に、比重ががん細胞等の特定細胞に近い一部の白血球の分離が悪くなるが、上記抗体組成物を用いて抗原抗体反応を利用し、赤血球と白血球を結合・凝集させると、特定細胞と比重の異なる赤血球、血小板等だけでなく、白血球と特定細胞の分離も良好になり、特定細胞の接着・捕捉性が向上する。
【0053】
前記細胞培養方法において、細胞を含む試料をフィブロネクチンが吸着している親水性ポリマー層に接触させて前記細胞を捕捉する方法は、該試料と該親水性ポリマー層が接触可能な任意の方法を適用できる。例えば、親水性ポリマー層が形成されたウェルを有する装置を用いる場合、試料をウェルの内部に注入する方法等が挙げられる。接触後(注入後)、所定条件で保持することで、細胞を該親水性ポリマー層に捕捉(吸着、接着)させることができる。該所定条件は適宜設定すれば良く、例えば、34~40℃で10分~15時間保持すれば良い。
【0054】
前記細胞培養方法において、捕捉した細胞を培養する方法としては細胞を培養する方法を適宜採用すれば良い。例えば、特定細胞等の細胞が捕捉されているフィブロネクチン吸着親水性ポリマー層に、液体培地を添加し、所定条件で保持することで、細胞を好適に培養できる。該所定条件は適宜設定すれば良く、例えば、34~40℃で1~10週間保持すれば良い。
【0055】
前記細胞培養方法は、培養に液体培地を用い、4日に1回以上培地交換をすることが好ましい。これにより、特定細胞等の細胞の培養を好適に実施できる。
【実施例
【0056】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0057】
(実施例1)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて、2-メトキシエチルアクリレートを80℃で6時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した(分子量Mn:約15000、Mw:約50000)。そして、得られたポリ2-メトキシエチルアクリレートの2.5W/V%メタノール溶液を作製した。
市販PMMA製プレート(深さD(高さ)17.5mm)内に、作製したポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液(2.5W/V%)を注入し、30分室温放置した後、液をピペットで吸出し、乾燥することで、親水性ポリマー層を作製した。
更に、ポリ2-メトキシエチルアクリレートがコーティングされた部分(親水性ポリマー層)にフィブロネクチンを吸着させた。具体的にはフィブロネクチンのPBS溶液(リン酸緩衝生理食塩水)100μg/mlを作製し、40℃1時間放置した後、PBS溶液で洗浄することで、図1のようなフィブロネクチン吸着親水性ポリマー層が形成されたマルチウェルプレートを有する細胞培養装置を作製した。
【0058】
(実施例2)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート(分子量Mn:約30000、Mw:約95000)に変更した以外は、実施例1と同様に細胞培養装置を作製した。
【0059】
(実施例3)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて、2-メトキシエチルアクリレートを80℃で6時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した(分子量Mn:約15000、Mw:約50000)。そして、得られたポリ2-メトキシエチルアクリレートの0.25W/V%メタノール溶液を作製した。
市販チャンバースライド(2チャンバータイプ、ウェル部側面のチャンバーが外せるタイプで底面がガラス基材(ソーダ石灰ガラス)、深さD(高さ)12mm)内に、作製したポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液(0.25W/V%)を注入し、5分室温放置した後、40℃で真空乾燥することで、親水性ポリマー層を作製した。
更に、ポリ2-メトキシエチルアクリレートがコーティングされた部分(親水性ポリマー層)にフィブロネクチンを吸着させた。具体的にはフィブロネクチンのPBS溶液(リン酸緩衝生理食塩水)200μg/mlを作製し、40℃1時間放置した後、PBS溶液で洗浄することで、図1のようなフィブロネクチン吸着親水性ポリマー層が形成された細胞培養装置を作製した。
【0060】
(実施例4)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート(分子量Mn:約30000、Mw:約95000)に変更した以外は、実施例3と同様に細胞培養装置を作製した。
【0061】
(比較例1)
市販チャンバースライド(2チャンバータイプ、ウェル部側面のチャンバーが外せるタイプで底面がガラス基材(ソーダ石灰ガラス))を用いた。
【0062】
(比較例2)
市販チャンバースライド(2チャンバータイプ、ウェル部側面のチャンバーが外せるタイプで底面がガラス基材(ソーダ石灰ガラス))にフィブロネクチンを吸着させた。具体的にはフィブロネクチンのPBS溶液(リン酸緩衝生理食塩水)200μg/mlを作製し、40℃1時間放置した後、PBS溶液で洗浄することで、フィブロネクチン吸着層が形成された細胞培養装置を作製した。
【0063】
実施例、比較例で作製した細胞培養装置を以下の方法で評価した。
【0064】
〔親水性ポリマー層(コーティング層)の膜厚〕
ウェル内面の親水性ポリマー層の膜厚は、TEMを使用し、加速電圧15kV、1000倍で測定(撮影)した。
【0065】
〔全血にがん細胞を添加したスパイク血試験:接着細胞数の計測〕
染色をしたヒト結腸癌由来上皮細胞(HT-29)を全血に100個/血液1mLになる様に懸濁させた(スパイク血)。これに等量の液体培地を入れて希釈した(希釈スパイク血)。次に15mLの遠心分離管に、分離液(LymphoPrep:密度1.077±0.001g/mL)を入れて、その上に上記希釈スパイク血を入れて、800g20分の条件で遠心分離を行った。そして単核球層を分離した。分離した単核球層にリン酸バッファー(PBS)溶液を添加して、遠心分離を再度行い、濃縮を行った。遠心分離後の最下層にできた塊をFBS(ウシ胎児血清)10%添加液体培地(最初の全血量と同じ液量)で懸濁させた。この懸濁液を用いて、ウェルに1mlずつ注入し、37℃で1時間接着させた。その後、PBS溶液で未接着の細胞を洗浄した。次いで、蛍光顕微鏡で接着したがん細胞数をカウントトした。
なお、比較例1のがん細胞接着数を1.00として、相対値で比較した。
【0066】
〔全血にがん細胞を添加したスパイク血試験:培養した細胞数の計測〕
ヒト結腸癌由来上皮細胞(HT-29)(未染色)を全血に100個/血液1mLになる様に懸濁させた(スパイク血)。これに等量の液体培地を入れて希釈した(希釈スパイク血)。次に15mLの遠心分離管に、分離液(LymphoPrep:密度1.077±0.001g/mL)を入れて、その上に上記希釈スパイク血を入れて、800g20分の条件で遠心分離を行った。そして単核球層を分離した。分離した単核球層にリン酸バッファー(PBS)溶液を添加して、遠心分離を再度行い、濃縮を行った。遠心分離後の最下層にできた塊をFBS(ウシ胎児血清)10%添加液体培地(最初の全血量と同じ液量)で懸濁させた。この懸濁液を用いて、ウェルに1mlずつ注入し、37℃で1時間接着させた。その後、PBS溶液で未接着の細胞を洗浄した。次いで、液体培地を添加して、37℃で3週間培養した。また培養中2日に1度液体培地を交換した。培養終了後、トリプシンで細胞を剥がし、血球計算盤で細胞をカウントした。
なお、比較例1の培養がん細胞増加数を1.00として、相対値で比較した。
【0067】
【表1】
【0068】
フィブロネクチンを吸着させた親水性ポリマー層を形成した実施例1~4は、比較例1に比べ、がん細胞の接着量が大幅に向上した。これは、ポリ2-メトキシエチルアクリレート層上に、がん細胞の接着に関連するたんぱく質のフィブロネクチンを吸着させていたため、がん細胞が優先的に接着したものと推察された。
【0069】
フィブロネクチンを吸着させた親水性ポリマー層を形成した実施例1~4は、比較例1に比べ、がん細胞の培養で増えた細胞数が大幅に向上した。これは、ポリ2-メトキシエチルアクリレート層上に、がん細胞の接着・培養促進に関連するたんぱく質のフィブロネクチンを吸着させていたため、がん細胞が培養が促進されたものと推察された。
【符号の説明】
【0070】
1 細胞培養装置
11 ウェル
21 親水性ポリマー層
31 フィブロネクチン
図1