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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】ねじ締付装置及びねじ締付方法
(51)【国際特許分類】
   B25B 23/14 20060101AFI20241101BHJP
【FI】
B25B23/14 610E
B25B23/14 610C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020072303
(22)【出願日】2020-04-14
(65)【公開番号】P2021169128
(43)【公開日】2021-10-28
【審査請求日】2023-03-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】宮郷 正澄
【審査官】山内 康明
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-074577(JP,A)
【文献】特開2004-074307(JP,A)
【文献】特開平01-171775(JP,A)
【文献】特開平03-161286(JP,A)
【文献】特開昭62-099084(JP,A)
【文献】米国特許第05105519(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25B 23/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から回転角度目標値まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付装置において、
前記トルク増大率は、前記ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクに到達したら回転角度増大初期値だけ前記ねじ部材を回転し、その時点の検出トルク値と前記スナッグトルクの差分値を前記回転角度増大初期値で除して求められ、
前記仮想着座点は、前記トルク増大率に基づいて算出される着座点であって、前記座面の着座後の締付対象部材に対する前記ねじ部材の回転角度が零となる点であり、該仮想着座点は、前記ねじ部材の締付トルクが着座点からの回転角度に対して直線的に増加することに基づいて前記トルク増大率から算出され、
予め設定された回転角度間隔である回転角度規定値毎に、検出されたトルクから前記トルク増大率を求めて前記ねじ部材の前記仮想着座点を算出する仮想着座点算出手段と、
前記仮想着座点算出手段で算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似する正規分布近似手段と、
前記正規分布近似手段で近似された仮想着座点の正規分布の最頻値に相当する仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定する仮想着座点設定手段と、
前記仮想着座点設定手段で設定された仮想着座点に基づいて前記ねじ部材の締付けを制御する制御手段と、を備えたことを特徴とするねじ締付装置。
【請求項2】
前記仮想着座点設定手段は、前記仮想着座点の正規分布の最頻値に代えて、該最頻値の直近で該最頻値よりも値の大きい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線と該最頻値の直近で該最頻値よりも値の小さい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線との交点に相当する仮想着座点を前記最も確からしい仮想着座点に設定することを特徴とする請求項1に記載のねじ締付装置。
【請求項3】
前記制御手段は、予め設定された前記ねじ部材の回転角度に対する前記トルクの増大率が予め設定されたトルク増大率規定値未満である場合に、前記トルクが予め設定されたトルク規定値になってから予め設定された所定回転角度だけ前記ねじ部材を回転するねじ部材締付制御に切換えることを特徴とする請求項1又は2に記載のねじ締付装置。
【請求項4】
ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から回転角度目標値まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付方法において、
前記トルク増大率は、前記ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクに到達したら回転角度増大初期値だけ前記ねじ部材を回転し、その時点の検出トルク値と前記スナッグトルクの差分値を前記回転角度増大初期値で除して求められ、
前記仮想着座点は、前記トルク増大率に基づいて算出される着座点であって、前記座面の着座後の締付対象部材に対する前記ねじ部材の回転角度が零となる点であり、該仮想着座点は、前記ねじ部材の締付トルクが着座点からの回転角度に対して直線的に増加することに基づいて前記トルク増大率から算出され、
コンピュータシステムを搭載する制御装置が、予め設定された回転角度間隔である回転角度規定値毎に、検出されたトルクから前記トルク増大率を求めて前記ねじ部材の前記仮想着座点を算出する仮想着座点算出ステップと、
前記制御装置が、前記仮想着座点算出ステップで算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似する正規分布近似ステップと、
前記制御装置が、前記正規分布近似ステップで近似された仮想着座点の正規分布の最頻値に相当する仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定する仮想着座点設定ステップと、
前記制御装置が、前記仮想着座点設定ステップで設定された仮想着座点に基づいて前記ねじ部材の締付けを制御する制御ステップと、を備えたことを特徴とするねじ締付方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ねじ締付装置及びねじ締付方法、特に、軸力精度を高めることが可能なねじ締付装置及びねじ締付方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車製造業では、例えば車両に要求されるダウンサイジングに伴い、車両の種々の部材の剛性が低下する傾向にある。こうした車両用部材をボルト部材やナット部材といったねじ部材で締結する場合、ねじ締付の重要な管理項目は、締付トルクよりも、ボルト部材に生じる軸力である。すなわち、ねじ部材の軸力を管理することで、例えば締結対象部材の変形に係る応力を管理することが可能となる。
【0003】
この軸力は、ボルト部材などの軸部材に生じる引張力であり、例えば、ナットやボルト頭部などのねじ部材の座面が締付対象となる部材(以下、締付対象部材と記す)に当接してからのねじ部材の締付回転角度に比例する。
【0004】
従来、ねじ部材締付の多くは、トルク角度法と呼ばれる締付方法に則って行われる。このトルク角度法によるねじ締付は、ねじ部材の座面が締付対象部材に当接(以下、着座ともいう)し、所定のトルク(スナッグトルクともいう)が生じてから所定回転角度だけねじ部材を回転して締付けるものである。しかしながら、このトルク角度法では、ねじ部材着座からスナッグトルクが生じるまでのねじ部材の回転角度が不明である。
【0005】
これは、ねじ部材の締付トルクだけを監視しても、ねじ部材の着座を正確に検出することが困難であることに加え、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度は、ねじ部材の座面と締付対象部材との間の摩擦係数によって変化するからである。従って、トルク角度法では、ねじ部材着座からのねじ部材の締付回転角度を正確に管理することができない。前述のように、ねじ締付の軸力は、ねじ部材着座からのねじ部材の締付回転角度に比例することから、トルク角度法では、ねじ部材の軸力精度を高めることが困難である。
【0006】
これに対し、下記特許文献1に記載されるねじ締付方法では、ねじ部材の着座を求めることが可能であることから、ねじ部材の締付回転角度を所定回転角度に管理することが可能となり、結果としてねじ部材の軸力精度を高めることが可能である。このねじ締付方法は、トルクテンション法とも呼ばれ、具体的には、スナッグトルクが生じてからねじ部材を規定された締付回転角度だけ締付け、その時点のトルクとスナッグトルクとの差及びその所定締付回転角度からねじ部材回転角度に対するトルク増大率を求め、このトルク増大率と例えばスナッグトルクからねじ部材の着座点(仮想着座点と規定する)を求める。これにより、仮想着座点からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を求めることが可能となるので、仮想着座点からのねじ部材締付回転角度を回転角度目標値にすることができ、結果として、ねじ部材の軸力精度を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭62-102978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、トルクトランスデューサなどのトルク検出器で検出されるトルク値はノイズを伴い、そのノイズは、例えば、ねじ部材の座面と締付対象部材の接触状態に応じて大小さまざまである。上記特許文献1では、スナッグトルクが生じてからねじ部材を規定された締付回転角度だけ締付けたとき、すなわち特定の時点におけるトルク増大量と回転角度増大量からトルク増大率を求めて仮想着座点を求めることとしているから、検出されるトルク値にノイズが乗っていると、仮想着座点を正確に求めることができず、結果としてねじ部材の軸力精度を高めることができない。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ねじ部材の軸力精度を可及的に高めることのできるねじ締付装置及びねじ締付方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため本発明のねじ締付装置は、ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から回転角度目標値まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付装置において、前記トルク増大率は、前記ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクに到達したら回転角度増大初期値だけ前記ねじ部材を回転し、その時点の検出トルク値と前記スナッグトルクの差分値を前記回転角度増大初期値で除して求められ、前記仮想着座点は、前記トルク増大率に基づいて算出される着座点であって、前記座面の着座後の締付対象部材に対する前記ねじ部材の回転角度が零となる点であり、該仮想着座点は、前記ねじ部材の締付トルクが着座点からの回転角度に対して直線的に増加することに基づいて前記トルク増大率から算出され、予め設定された回転角度間隔である回転角度規定値毎に、検出されたトルクから前記トルク増大率を求めて前記ねじ部材の前記仮想着座点を算出する仮想着座点算出手段と、前記仮想着座点算出手段で算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似する正規分布近似手段と、前記正規分布近似手段で近似された仮想着座点の正規分布の最頻値に相当する仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定する仮想着座点設定手段と、前記仮想着座点設定手段で設定された仮想着座点に基づいて前記ねじ部材の締付けを制御する制御手段と、を備えたことを特徴とする。
なお、正規分布における最頻値は、中央値であり、また平均値でもある。
【0011】
この構成によれば、ねじ部材の締付制御中、予め設定された回転角度規定値毎にトルクと回転角度から仮想着座点を算出し、その仮想着座点の近似正規分布の最頻値から最も確からしい仮想着座点を設定して、その仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで、トルクテンション法に則ったねじ部材締付制御がなされる。このとき、検出されるトルク値に乗っているノイズは、本来、検出されるべきトルク値の近傍で増減しているものであるから、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点も度数(データ数)が増えればノイズの影響が低減される。したがって、ねじ部材締付制御の進行に伴って、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点は最も確からしい仮想着座点として精度が向上し、この精度の高い仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで高精度のトルクテンション法が達成され、これによりねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【0012】
また、本発明の他の構成は、前記仮想着座点設定手段は、前記仮想着座点の正規分布の最頻値に代えて、該最頻値の直近で該最頻値よりも値の大きい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線と該最頻値の直近で該最頻値よりも値の小さい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線との交点に相当する仮想着座点を前記最も確からしい仮想着座点に設定することを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似できなくても、それらの仮想着座点を、例えばヒストグラムにすることはできるので、このヒストグラムの最頻値の直近で値の大きい側と小さい側のそれぞれの複数の仮想着座点を結ぶ直線の交点を仮想着座点とすることで、上記と同様に、ねじ締付制御の進行に伴い、近似正規分布の最頻値に近い仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定することができる。したがって、ねじ締付装置の演算処理能力がさほど高くなくとも、トルクテンション法に則ったねじ締付制御を達成することができ、これによりねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【0014】
本発明の更なる構成は、前記制御手段は、予め設定された前記ねじ部材の回転角度に対する前記トルクの増大率が予め設定されたトルク増大率規定値未満である場合に、前記トルクが予め設定されたトルク規定値になってから予め設定された所定回転角度だけ前記ねじ部材を回転するねじ部材締付制御に切換えることを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、ねじ部材締付制御の切換え後には、トルク規定値、例えばスナッグトルクになってから予め設定された所定回転角度だけねじ部材を回転する、上記トルク角度法に則ったねじ部材締付制御がなされる。上記仮想着座点は、ねじ部材の回転角度に対するトルク増大率から求めるが、ねじ部材の座面と締付対象部材との間の摩擦係数が小さいほどトルク増大率も小さい。このトルク増大率が著しく小さい場合には、着座後の締付対象部材に対するねじ部材の回転角度を0とする仮想着座点の算出精度が低下し、その結果、上記トルクテンション法に則ったねじ締付制御によるねじ部材の軸力精度が低下する。したがって、ねじ部材の回転角度に対するトルク増大率がトルク増大率規定値未満である場合にトルク角度法に則ったねじ締付制御とすることで、ねじ部材の軸力精度を確保することができる。
【0016】
また、本発明の他の構成は、ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から回転角度目標値まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付方法において、前記トルク増大率は、前記ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクに到達したら回転角度増大初期値だけ前記ねじ部材を回転し、その時点の検出トルク値と前記スナッグトルクの差分値を前記回転角度増大初期値で除して求められ、前記仮想着座点は、前記トルク増大率に基づいて算出される着座点であって、前記座面の着座後の締付対象部材に対する前記ねじ部材の回転角度が零となる点であり、該仮想着座点は、前記ねじ部材の締付トルクが着座点からの回転角度に対して直線的に増加することに基づいて前記トルク増大率から算出され、コンピュータシステムを搭載する制御装置が、予め設定された回転角度間隔である回転角度規定値毎に、検出されたトルクから前記トルク増大率を求めて前記ねじ部材の前記仮想着座点を算出する仮想着座点算出ステップと、前記制御装置が、前記仮想着座点算出ステップで算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似する正規分布近似ステップと、前記制御装置が、前記正規分布近似ステップで近似された仮想着座点の正規分布の最頻値に相当する仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定する仮想着座点設定ステップと、前記制御装置が、前記仮想着座点設定ステップで設定された仮想着座点に基づいて前記ねじ部材の締付けを制御する制御ステップと、を備えたことを特徴とする。
【0017】
この構成によれば、ねじ部材の締付制御中、予め設定された回転角度規定値毎にトルクと回転角度から仮想着座点を算出し、その仮想着座点の近似正規分布の最頻値から最も確からしい仮想着座点を設定して、その仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで、トルクテンション法に則ったねじ部材締付制御がなされる。このとき、検出されるトルク値に乗っているノイズは、本来、検出されるべきトルク値の近傍で増減しているものであるから、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点も度数(サンプリング数)が増えればノイズの影響が低減される。したがって、ねじ部材締付制御の進行に伴って、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点は最も確からしい仮想着座点として精度が向上し、この精度の高い仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで高精度のトルクテンション法が達成され、これによりねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、検出トルク値のノイズの影響をねじ部材締付制御の進行と共に低減して、最も確からしい仮想着座点を高精度に設定し、高精度のトルクテンション法に則ってねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。そして、その結果、車両のダウンサイジングを支障なく推進することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明のねじ締付装置及びねじ締付方法が適用されたねじ締付装置の一実施の形態を示す概略構成図である。
図2図1のねじ締付装置で行われるねじ締付方法の説明図である。
図3図1のトルク検出器で検出されるトルク値の説明図である。
図4図2のねじ締付方法でねじ部材のスリップが発生したときの説明図である。
図5図1の制御装置で行われる演算処理のフローチャートである。
図6図4の演算処理の作用の説明図である。
図7図4の演算処理で最も確からしい仮想着座点を設定する他の例の説明図である。
図8】従来のねじ締付方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明のねじ締付装置及びねじ締付方法の一実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。図1は、この実施の形態のねじ締付装置の概略構成図であり、例えば車両のエンジンの組立に用いられる。このねじ締付装置の部材構成は、従来既存のねじ締付装置と同等又はほぼ同等である。このねじ締付装置は、例えばボルト部材の頭部やナット部材に被嵌されて、それらねじ部材を回転するソケット10と、このソケット10を回転する電動モータ12と、電動モータ12によるねじ部材の締付トルクを検出する、トルクトランスデューサなどのトルク検出器14と、ねじ部材の回転角度を検出する回転角度センサ16を備えて構成され、電動モータ12の駆動は制御装置18によって行われる。また、トルク検出器14で検出された締付トルクや、回転角度センサ16で検出された回転角度は制御装置18に読込まれる。
【0021】
制御装置18は、マイクロプロセッサなどの図示しないコンピュータシステムを搭載して構成される。このコンピュータシステムは、周知のコンピュータシステムと同様に、高度な演算処理機能を有する演算処理装置に加え、例えばプログラムを記憶する記憶装置や、センサ信号を読込んだり、他の制御装置と相互通信を行ったりするための入出力装置を備えて構成される。自動車製造業で用いられるコンピュータシステムには、例えばプログラマブルロジックコントローラがある。
【0022】
この実施の形態のねじ締付装置で行うねじ締付方法を説明する前に、上記従来のトルク角度法によるねじ締付方法について、図8を用いて説明する。トルク角度法では、ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付の検出トルク値が予め設定されたトルク規定値、例えば上記スナッグトルクSTに到達してから所定締付回転角度φだけねじ部材を回転して締付を完了する。検出トルク値は、ねじ部材が締付対象部材に着座した時点から発生するものとする。例えば、図に実線で示す直線が、平均(中間値)的な締付トルク-回転角度特性であるとして、この特性は、例えばねじ部材の座面と締付対象部材との間(以下、座面間とも記す)の摩擦係数に応じて変化する(当然、ねじ山の摩擦係数も影響する)。
【0023】
例えば、図8に一点鎖線で示すように座面間の摩擦係数が大きい(図では高μ)場合には、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度が小さい。一方、図に二点鎖線で示すように座面間の摩擦係数が小さい(図では低μ)場合には、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度が大きい。後述するように、実際の検出トルク値は、図のように簡易な直線(曲線)ではなく、細かいノイズを伴う上に、ねじ部材着座の際には、波形の乱れることが多く、どの時点をもってねじ部材着座と判定するかが困難である。例えば摩擦係数の大きい場合と小さい場合で、スナッグトルク発生時までのねじ部材回転角度に角度差Δφがあると、上記所定締付回転角度φだけねじ部材を回転させてねじ締付けを完了したとき、実際のねじ部材の着座からの回転角度はこの角度差Δφだけ異なる。ねじ部材の軸力は、ねじ部材着座からの締付回転角度に依存するから、締付完了時の締付回転角度が角度差Δφだけ異なると、両者の軸力もその分だけ異なる。従って、トルク角度法によるねじ締付では、ねじ部材の軸力精度を高めることが困難である。
【0024】
図2は、この実施の形態のねじ締付装置で行うねじ締付方法の原理の説明図であり、具体的には上記トルクテンション法によるねじ締付方法である。このトルクテンション法によるねじ締付方法では、ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクSTに到達したら回転角度増大初期値φだけねじ部材を回転する。そして、その時点の検出トルク値とスナッグトルクの差分値を上記回転角度増大初期値φで除して単位回転当たりのトルク増大率を求める。図から明らかなように、スナッグトルク到達から回転角度増大初期値φだけねじ部材を回転したときの到達トルク値は、座面間の摩擦係数が大きい場合(高μ)と小さい場合(低μ)とで異なるが、その時点の検出トルク値とスナッグトルクの差分値を回転角度増大初期値φで除したトルク増大率は、夫々の座面間摩擦係数を反映したものとなり、摩擦係数が大きければ大きく、小さければ小さくなる。
【0025】
従って、このトルク増大率で各締付トルク-回転角度曲線(直線)をさかのぼれば、検出トルク値が0となる、すなわち着座後の締付対象部材に対するねじ部材の回転角度を0とする、曲線(直線)の切片を求めることができ、これが仮想着座点となる。従って、図解的には、この仮想着座点と例えばスナッグトルクから、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を求めることができる。また、スナッグトルクをトルク増大率で除すことで、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を直接的に求めることもできる。ねじ部材の軸力はねじ部材着座からの回転角度目標値φで規定することができるから、この回転角度目標値φからスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度と上記回転角度増大初期値φを減じた回転角度が、残りの回転すべきねじ部材の締付回転角度になる。
【0026】
しかしながら、上記トルク検出器14で検出されるトルク値は、高い周波数のノイズが乗っている。図3は、ねじ締付制御中に検出されるトルク値の説明図であり、同図から明らかなように、検出トルク値は細かいノイズを伴って変動する。上記トルクテンション法によるねじ締付制御は、スナッグトルク発生から上記回転角度増大初期値φだけねじ部材を回転させたとき、すなわち特定の時点のトルク増大率に基づいているので、その時点の検出トルク値がノイズを含んでいれば、算出されるトルク増大率も仮想着座点もノイズの影響によって不確かなものとなる。しかしながら、図3からも推察されるように、検出されるトルク値に乗っているノイズは、本来検出されるべきトルク値の真値の近傍で増減するだけのものであり、ノイズが均されれば検出トルク値も確からしいものとなる。すなわち、例えば、仮想着座点を多数算出し、その分布の度数が大きくなればなるほど、確からしい仮想着座点を設定することができる。
【0027】
図4は、例えば図2の締付トルク-回転角度曲線の実際の波形を一部模式的に示したものである。図の細かい波形が、上記検出トルク値に乗っているノイズを示す。このトルク曲線では、摩擦係数が大きい(図の高μ)締付トルク-回転角度曲線に表れる一時的な大きな変動が上記ねじ部材のスリップを表す。もし、このスリップ発生中にトルク増大率を算出すると、そのトルク増大率で求めた締付トルク-回転角度曲線は図に一点鎖線で示すようなものになってしまう。これは、例えば図に二点鎖線で示す摩擦係数の小さい(低μ)の締付トルク-回転角度曲線のものと同等になってしまうことから、そのトルク増大率を用いて求めた仮想着座点は実際の仮想着座点と異なる。しかしながら、上記ねじ部材のスリップ発生率は極めて小さいので、仮にスリップ発生によって実際の仮想着座点と異なる仮想着座点が算出されたとしても、上記算出仮想着座点の正規分布では極めて度数が小さく、実質的に確からしい仮想着座点としては計数されない。
【0028】
一方で、上記図2からも推察されるように、トルク増大率に基づいてトルク増大曲線(直線)をさかのぼり、着座後の締付対象部材に対するねじ部材の回転角度を0とする仮想着座点は、トルク増大率が小さいほど、つまり座面間摩擦係数が小さいほど、ばらつきが大きく、算出精度が低下する。また、座面間摩擦係数が小さいほど、スナッグトルク発生から回転角度目標値φまでに残されたねじ部材の回転角度も小さいので、その間に算出される仮想着座点の数も小さく、仮想着座点の正規分布の最頻値の度数も小さいことから、その最頻値から設定される仮想着座点の確からしさも低下する。そこで、この実施の形態では、スナッグトルク発生時のトルク増大率を求め、このトルク増大率が予め設定されたトルク増大率規定値未満である場合には、トルクテンション法をやめてトルク角度法でねじ部材を締付ける。ねじ部材の仮想着座点があいまいなまま行われるトルクテンション法よりも、トルク角度法の方が、ねじ部材の軸力精度は高い。したがって、上記トルク増大率規定値には、仮想着座点を正確に求めることが困難なほど座面間摩擦係数が小さい場合のトルク増大率が該当される。
【0029】
図5は、ねじ部材のねじ締付制御を行うために上記制御装置18で行われる演算処理のフローチャートである。この演算処理は、上記制御装置18内で、例えば1deg.といったねじ部材の回転角度毎に実行される。なお、上記エンコーダなどの回転角度センサ16で検出されるねじ部材の回転角度、及び、トランスジューサなどのトルク検出器14で検出されるトルクは非常に短いサンプリング周期で制御装置18に読込まれ、上記記憶装置内に記憶される。また、このフローチャートでは、算出されたデータを分布図にプロットしたり、そのプロットデータを正規分布で近似したりしているが、これらの処理は、実際には演算処理装置及び記憶装置の内部だけで行われるようにしてもよい。
【0030】
この演算処理は、例えばねじ部材の締付開始で開始され、まずステップS1で、ねじ部材の回転角度及びトルクの検出値を読込む。以下では、ねじ部材の回転角度を単に回転角度と称する。
【0031】
次にステップS2に移行して、制御フラグFが0のリセット状態であるか否かを判定し、制御フラグFが0のリセット状態である場合にはステップS3に移行し、そうでない場合にはステップS6に移行する。
【0032】
上記ステップS3では、検出されたトルク値にスナッグトルクSTが検出されたか否かを判定し、スナッグトルクSTが検出された場合にはステップS4に移行し、そうでない場合には復帰する。
【0033】
上記ステップS4では、上記スナッグトルクSTが検出されたときの回転角度を回転角度基準値に設定してからステップS5に移行する。
【0034】
上記ステップS5では、上記記憶装置に記憶されている回転角度とトルクからスナッグトルク検出までの回転角度に対するトルク増大率を算出してからステップS6に移行する。
【0035】
上記ステップS6では、ステップS5で算出されたトルク増大率が予め設定されたトルク増大率規定値以上であるか否かを判定し、トルク増大率がトルク増大率以上である場合にはステップS7に移行し、そうでない場合、すなわちトルク増大率がトルク増大率規定値未満である場合にはステップS19に移行する。トルク増大率規定値は、仮想着座点を正確に求めることが困難なほど座面間摩擦係数が小さい場合のトルク増大率とする。
【0036】
上記ステップS7では、上記制御フラグFを1のセット状態としてから上記ステップS8に移行する。
【0037】
上記ステップS8では、上記回転角度基準値から予め設定された上記回転角度増大初期値(φ)以上、回転角度が増大したか否かを判定し、回転角度増大初期値以上、回転角度が増大した場合にはステップS9に移行し、そうでない場合には復帰する。
【0038】
上記ステップS9では、回転角度今回値と回転角度前回値、並びにトルク今回値とトルク前回値を設定する。具体的には、現在、検出されているトルク値をトルク今回値とする。また、上記回転角度基準値を0として、そこから現在、検出されている回転角度までの回転角度を回転角度今回値とする。また、現在の回転角度(回転角度今回値)よりも上記回転角度増大初期値だけ以前のねじ部材の回転角度を回転角度前回値に設定すると共に、その回転角度前回値の回転角度で検出されたトルク値をトルク前回値に設定する。
【0039】
次にステップS10に移行して、現在の回転角度前回値を含み、その回転角度前回値から上記回転角度基準値までの間で過去に回転角度前回値に設定された全ての回転角度(=回転角度前回値)と回転角度今回値の回転角度差分値を求めてからステップS11に移行する。
【0040】
上記ステップS11では、現在のトルク前回値を含み、そのトルク前回値から上記スナッグトルクまでの間で過去にトルク前回値に設定された全てのトルク値(=トルク前回値)とトルク今回値とのトルク差分値を求めてからステップS12に移行する。
【0041】
上記ステップS12では、上記ステップS10及びステップS11で算出された、対応する全ての回転角度差分値とトルク差分値から仮想着座点を算出してからステップS13に移行する。具体的には、全ての回転角度差分値を対応するトルク差分値で除して回転角度に対するトルク増大率(傾き)の逆比を求め、そのトルク増大率の逆比にトルク今回値を乗じた値を回転角度今回値から減じて仮想着座点を求める。なお、制御装置18の演算能力によっては、演算処理毎に求める仮想着座点の数に制限を設けてもよい(但し、後述する分布図にプロットするデータの数は制限しない)。
【0042】
上記ステップS13では、上記ステップS12で求めた仮想着座点を分布図にプロットしてからステップS14に移行する。
【0043】
上記ステップS14では、上記ステップS13で分布図にプロットされた仮想着座点のデータを正規分布で近似してからステップS15に移行する。この仮想着座点データの積分布近似は、周知のアプリケーションを用いて、上記コンピュータシステムで実行することができる。
【0044】
上記ステップS15では、図示しない個別の演算処理に従って、上記近似正規分布における最も確からしい仮想着座点を算出・設定してからステップS16に移行する。この例では、多数の算出仮想着座点を正規分布で近似できることが前提となっているので、この正規分布の最頻値に相当する仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定する。なお、周知のように、正規分布では、最頻値は、中央値であり、また平均値である。
【0045】
上記ステップS16では、上記ステップS15で設定された仮想着座点と回転角度今回値の回転角度増大量が上記回転角度目標値(φ)に達したか否かを判定し、回転角度増大量が回転角度目標値に達した場合にはステップS17に移行し、そうでない場合には復帰する。
【0046】
上記ステップS17では、上記トルクテンション法に則ったねじ部材締付制御を終了してからステップS18に移行する。
【0047】
上記ステップS18では、上記制御フラグFを0にリセットしてから復帰する。
【0048】
一方、上記ステップS19では、図示しない演算処理に従って、トルク角度法によるねじ締付制御を行ってからステップS20に移行する。
【0049】
上記ステップS20では、上記回転角度基準値(スナッグトルク発生回転角度)から所定回転角度だけねじ部材を締付けたか否かを判定し、回転角度基準値から所定回転角度だけねじ部材を締付けた場合には復帰し、そうでない場合には上記ステップS19に移行する。
【0050】
この演算処理によれば、スナッグトルク発生から上記回転角度増大量初期値だけ回転角度が増大したら、例えば1deg.に設定された上記回転角度規定値毎に、過去に回転角度前回値に設定された全ての回転角度と回転角度今回値との差分値、並びに過去にトルク前回値に設定された全てのトルク値とトルク今回値との差分値の全てに基づいて、仮想着座点を算出する。この算出された多数の仮想着座点は分布図にプロットされ、更に正規分布で近似される。この正規分布で近似される仮想着座点のデータは、例えば図6に示すように、ねじ締付制御の進行に伴って次第に増加すると共に、上記トルク値に乗っているノイズの影響でばらつく仮想着座点の値の変動も、データ数(度数)の累積に伴って、ノイズの影響が低減されて収束していく。したがって、算出される仮想着座点のデータ数が増加するほど、正規分布の最頻値から設定される仮想着座点の確からしさも増大する。その結果、上記演算処理では、回転角度目標値が達成されたときの仮想着座点が最も確からしい仮想着座点であり、この最も確からしい仮想着座点から回転角度目標値だけ回転されたねじ部材の軸力精度が最も高い。
【0051】
上記説明では、制御装置の演算処理能力が高く、算出された多数の仮想着座点データを正規分布で近似することが前提となっているが、制御装置の演算処理能力がさほど高くない場合には、それら多数の仮想着座点データを正規分布で近似することが困難な場合もあり得る。そうした場合には、例えば、上記多数の仮想着座点データをヒストグラムに表し、図7に示すように、そのヒストグラムの最頻値の直近で、その最頻値よりも値の大きい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線と、その最頻値よりも値の小さい側の複数の仮想着座点データを結ぶ直線との交点を最も確からしい仮想着座点に設定するようにしてもよい。この仮想着座点データを結ぶ直線の設定には、例えば周知の最小二乗法などを用いることができる。
【0052】
また、上記演算処理では、前述のように、スナッグトルク発生時(検出)のトルク増大率を算出し、そのトルク増大率が予め設定されたトルク増大率規定値未満である場合には、上記トルクテンション法からトルク角度法に切換えてねじ締付制御を行う。仮想着座点があいまいなままトルクテンション法でねじ部材を締付けるよりも、トルク角度法でねじ部材を締付けた方が、ねじ部材の軸力精度は高い。
【0053】
このように、この実施の形態のねじ締付装置によれば、ねじ部材の締付制御中、予め設定された回転角度規定値毎にトルクと回転角度から仮想着座点を算出し、その仮想着座点の近似正規分布の最頻値から最も確からしい仮想着座点を設定して、その仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで、トルクテンション法に則ったねじ部材締付制御がなされる。このとき、検出されるトルク値に乗っているノイズは、本来、検出されるべきトルク値の近傍で増減しているものであるから、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点も度数(データ数)が増えればノイズの影響が低減される。したがって、ねじ部材締付制御の進行に伴って、近似正規分布の最頻値から設定される仮想着座点は最も確からしい仮想着座点として精度が向上し、この精度の高い仮想着座点に基づいて回転角度目標値までねじ部材の締付制御を行うことで高精度のトルクテンション法が達成され、これによりねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【0054】
また、算出された仮想着座点の分布を正規分布で近似できなくても、それらの仮想着座点を、例えばヒストグラムにすることはできるので、このヒストグラムの最頻値の直近で値の大きい側と小さい側のそれぞれの複数の仮想着座点を結ぶ直線の交点を仮想着座点とすることで、上記と同様に、ねじ締付制御の進行に伴い、近似正規分布の最頻値に近い仮想着座点を最も確からしい仮想着座点に設定することができる。したがって、ねじ締付装置の演算処理能力がさほど高くなくとも、トルクテンション法に則ったねじ締付制御を達成することができ、これによりねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【0055】
また、ねじ部材の回転角度に対するトルク増大率がトルク増大率規定値未満である場合に、ねじ部材締付制御を切換え、ねじ部材締付制御の切換え後には、トルク規定値、例えばスナッグトルクになってから予め設定された所定回転角度だけねじ部材を回転する、上記トルク角度法に則ったねじ部材締付制御がなされる。これにより、本来のトルクテンション法ほど高くなくとも、ねじ部材の軸力精度を可及的に高めることができる。
【0056】
以上、実施の形態に係るねじ締付装置及びねじ締付方法について説明したが、本件発明は、上記実施の形態で述べた構成に限定されるものではなく、本件発明の要旨の範囲内で種々変更が可能である。例えば、仮想着座点を算出するために用いられる回転角度やトルク値は上記のタイミングのものに限定されない。
【符号の説明】
【0057】
10 ソケット
12 電動モータ
14 トルク検出器
16 回転角度センサ
18 制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8