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特許7580278工作機械の熱変位補正装置及び熱変位補正方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】工作機械の熱変位補正装置及び熱変位補正方法
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/18 20060101AFI20241101BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20241101BHJP
   G05B 19/4155 20060101ALI20241101BHJP
【FI】
B23Q15/18
G05B19/404 K
G05B19/4155 V
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021007346
(22)【出願日】2021-01-20
(65)【公開番号】P2022111725
(43)【公開日】2022-08-01
【審査請求日】2023-06-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】溝口 祐司
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-099982(JP,A)
【文献】特開2018-111145(JP,A)
【文献】特開2013-220514(JP,A)
【文献】特開2012-240137(JP,A)
【文献】特開2007-245342(JP,A)
【文献】特開2004-034187(JP,A)
【文献】特開2002-326141(JP,A)
【文献】特開平06-055410(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0196405(US,A1)
【文献】独国特許出願公開第102018005858(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/00-15/28
G05B 19/18-19/416
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の各部の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定手段と、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正手段と、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定手段と、
前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録手段と、
前記データ記録手段に記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習手段と、を備える工作機械の熱変位補正装置であって、
所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録手段に記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定手段から得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断手段を備えると共に、
前記変位測定タイミング診断手段は、過去の2回以上の変位測定時の前記温度情報と現在の前記温度情報とをそれぞれ比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定することを特徴とする工作機械の熱変位補正装置。
【請求項2】
工作機械の各部の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定手段と、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正手段と、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定手段と、
前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録手段と、
前記データ記録手段に記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習手段と、を備える工作機械の熱変位補正装置であって、
特定の動作の指令時または所定の時間間隔を所定の診断タイミングとして設定する診断タイミング設定手段と、
前記診断タイミング設定手段で設定された前記所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録手段に記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定手段から得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断手段と、を備え、
前記診断タイミング設定手段は、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときを前記所定の診断タイミングとして設定することを特徴とする工作機械の熱変位補正装置。
【請求項3】
前記温度情報は、前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度変化の速度を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の工作機械の熱変位補正装置。
【請求項4】
前記温度情報は、前記変位測定手段にて変位を測定したとき、複数個所で測定された温度の温度差を含むことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の工作機械の熱変位補正装置。
【請求項5】
工作機械の各部の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定ステップと、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正ステップと、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定ステップと、
前記変位測定ステップにて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録ステップと、
前記データ記録ステップで記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習ステップと、を実行する工作機械の熱変位補正方法であって、
前記変位測定ステップの前に、所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録ステップで記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定ステップで得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断ステップを実行すると共に、
前記変位測定タイミング診断ステップでは、過去の2回以上の変位測定時の前記温度情報と現在の前記温度情報とをそれぞれ比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定することを特徴とする工作機械の熱変位補正方法。
【請求項6】
工作機械の各部の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定ステップと、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正ステップと、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定ステップと、
前記変位測定ステップにて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録ステップと、
前記データ記録ステップで記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習ステップと、を実行する工作機械の熱変位補正方法であって、
前記変位測定ステップの前に、
特定の動作の指令時または所定の時間間隔を所定の診断タイミングとして設定する診断タイミング設定ステップと、
前記診断タイミング設定ステップで設定された前記所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録ステップで記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定ステップで得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断ステップと、を実行し、
前記診断タイミング設定ステップでは、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときを前記所定の診断タイミングとして設定することを特徴とする工作機械の熱変位補正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度情報を元に熱変位を推定する工作機械の熱変位補正において、温度と変位との関係を効果的に学習させることにより、熱変位補正の精度を向上させる装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械を用いて加工を行う場合、主軸や送り軸動作などの機械発熱、及び工作機械の設置環境の温度変化や、クーラントの温度変化などの影響により、工作機械各部が熱変形を起こす。こうした熱変位は、工具とワークとの相対位置を変化させることになるため、加工中に工作機械に熱変位が生じると、ワークの加工精度が悪化してしまう。
工作機械の熱変位を抑制する方法としては、工作機械の構造体各部に取り付けた温度センサにより測定した温度、あるいは主軸や送り軸などの運転条件から、予めプログラムされた熱変位推定式に基づいて変位量を推定し、それに応じて軸移動量を変化させる熱変位補正が有効であり広く用いられている。しかし、熱変位補正では、加工内容や使用環境が変わると補正がうまく行かず、パラメータの調整が必要となるケースがある。しかし、どのように調整したら良いかを作業者が判断するのは難しい。
【0003】
この問題への解決方法として、特許文献1では、工作機械各部の温度等を含む計測データ群と、プローブなどにより計測した熱変位量実測値とを取得し、それらのデータの組み合わせを教師データとして機械学習を行い、熱変位量予測計算式を求める方法が示されている。機械学習による方法は、実際の測定データから熱変位量予測計算式を求めるため、工作機械を使用する環境に合わせた熱変位補正を実現しやすいメリットがある。しかし、機械学習では一般的に、学習したデータに対しては高い精度が得られるが、未学習のデータについては誤差が大きくなる過学習の問題が起こりやすい。これを防ぐため、特許文献1では、正則化重回帰分析という計算方法を採用している。これは誤差を最小にするという通常の回帰分析に対し、導出される予測式の係数を小さくする制約条件を加えることで、大きな係数が算出されて未知の入力に対して誤差が大きくなる問題を防ぐことができる方法である。
特許文献2では、熱変位推定式について、あらかじめ設定される基本分熱変位推定式と、熱変位調整用データに基づいて設定される調整分熱変位推定式との和で表し、調整分熱変位推定式の係数について、正則化パラメータを用いることにより、熱変位推定誤差と、調整分熱変位推定式の係数の大きさとをそれぞれ小さくするように決定する方法が示されている。さらに、測定したときの温度変化の大きさと、実際の使用時に想定される温度変化の大きさとから正則化パラメータを決定し、測定したときの温度変化が小さいときは導出される調整分熱変位推定式の係数が小さくなるようにして、過学習を防ぐようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6564412号公報
【文献】特開2020-99982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1および特許文献2で用いられている正則化の方法は、導出される熱変位の予測式の係数を小さくするように作用する。そのため、未学習の温度環境において、過学習によって熱変位補正の誤差が極端に大きくなることを防げる一方、実際の熱変位に対して、熱変位補正量が小さくなってしまう場合がある。そのため、十分な補正の効果が得られず、依然として大きな熱変位補正誤差が残ってしまう場合がある。熱変位補正の学習では、適用する工作機械にとって未学習の温度環境をなるべく少なくしていくことが望ましい。
【0006】
そこで、本発明は、以上の問題を考慮して、温度情報を元に熱変位を推定する工作機械の熱変位補正において、温度と変位との関係を効果的に学習させることにより、熱変位補正の精度を向上させることができる工作機械の熱変位補正装置及び熱変位補正方法を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明のうち、第1の発明は、工作機械の各部の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定手段と、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正手段と、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定手段と、
前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録手段と、
前記データ記録手段に記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習手段と、を備える工作機械の熱変位補正装置であって、
所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録手段に記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定手段から得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断手段を備えると共に、
前記変位測定タイミング診断手段は、過去の2回以上の変位測定時の前記温度情報と現在の前記温度情報とをそれぞれ比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定することを特徴とする。
上記目的を達成するために、本発明のうち、第2の発明は、工作機械の各部の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定手段と、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正手段と、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定手段と、
前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録手段と、
前記データ記録手段に記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習手段と、を備える工作機械の熱変位補正装置であって、
特定の動作の指令時または所定の時間間隔を所定の診断タイミングとして設定する診断タイミング設定手段と、
前記診断タイミング設定手段で設定された前記所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録手段に記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定手段から得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定手段にて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断手段と、を備え、
前記診断タイミング設定手段は、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときを前記所定の診断タイミングとして設定することを特徴とする。
第1及び第2の発明の別の態様は、上記構成において、前記温度情報は、前記変位測定手段にて変位を測定したときの温度変化の速度を含むことを特徴とする。
第1及び第2の発明の別の態様は、上記構成において、前記温度情報は、前記変位測定手段にて変位を測定したとき、複数個所で測定された温度の温度差を含むことを特徴とする。
上記目的を達成するために、本発明のうち、第3の発明は、工作機械の各部の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定ステップと、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正ステップと、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定ステップと、
前記変位測定ステップにて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録ステップと、
前記データ記録ステップで記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習ステップと、を実行する工作機械の熱変位補正方法であって、
前記変位測定ステップの前に、所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録ステップで記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定ステップで得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断ステップを実行すると共に、
前記変位測定タイミング診断ステップでは、過去の2回以上の変位測定時の前記温度情報と現在の前記温度情報とをそれぞれ比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定することを特徴とする。
上記目的を達成するために、本発明のうち、第4の発明は、工作機械の各部の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度から予め設定した熱変位推定式に基づいて前記工作機械の熱変位を推定する熱変位推定ステップと、
推定された熱変位をもとに軸指令値を補正する熱変位補正ステップと、
前記軸指令値の補正後の前記工作機械の変位を測定する変位測定ステップと、
前記変位測定ステップにて変位を測定したときの温度情報と前記変位とを記録するデータ記録ステップと、
前記データ記録ステップで記録された前記温度情報と前記変位とに基づいて前記熱変位推定式を決定する熱変位補正学習ステップと、を実行する工作機械の熱変位補正方法であって、
前記変位測定ステップの前に、
特定の動作の指令時または所定の時間間隔を所定の診断タイミングとして設定する診断タイミング設定ステップと、
前記診断タイミング設定ステップで設定された前記所定の診断タイミングにおいて、前記データ記録ステップで記録されている過去の変位測定時の前記温度情報と、前記温度測定ステップで得られる現在の前記温度情報とを比較して、前記変位測定ステップにて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断ステップと、を実行し、
前記診断タイミング設定ステップでは、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときを前記所定の診断タイミングとして設定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、変位を測定したときの温度情報と変位とを記録できるようにしておき、所定の診断タイミングにおいて、記録されている過去の変位測定時の温度情報と現在の温度情報とを比較して、変位の測定を行うか否かを決定することで、現在の温度が未学習の場合に変位を測定することができる。これにより、温度と変位との関係を効果的に学習させ、熱変位補正の精度を高めることができる。
特に、過去の2回以上の変位測定時の温度情報と現在の温度情報とをそれぞれ比較することで、未学習の場合のみに変位を測定するようにして、変位を測定することによる時間のロスを最小化できる。
本発明の別の態様によれば、温度情報として温度変化の速度を利用することで、現在の温度状況が未学習かどうかをより的確に判断できるようになる。
本発明の別の態様によれば、温度情報として複数個所で測定された温度の温度差を利用することで、現在の温度状況が未学習かどうかをより的確に判断できるようになる。
本発明によれば、上記効果に加えて、特定の動作の指令時またはある時間間隔で温度を比較して判定することで、工作機械の本来の加工動作をできるだけ妨げないタイミングで変位の測定を行うことができる。
特に、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときに温度を比較して判定することで、工作機械の本来の加工動作をできるだけ妨げないタイミングで変位の測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明を適用する工作機械の熱変位補正装置の構成図である。
図2】熱変位補正方法のフローチャートである。
図3】変位測定タイミング診断を行う処理のフローチャートである。
図4】タイミング診断条件を設定する画面の例である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明を適用する工作機械の熱変位補正装置1の構成図である。
熱変位補正装置1では、工作機械の複数個所に取り付けられた温度センサ2の情報から、熱変位推定部3により、熱変位推定式4に基づいて熱変位を推定する。推定した熱変位をもとに熱変位補正量5を位置制御装置6に出力し、熱変位補正量5に応じた軸移動を行うことで補正を実行する。通常熱変位推定式は軸毎に設定され、3軸のマシニングセンタであれば、X軸Y軸Z軸それぞれの熱変位推定式が設定される。以上は熱変位補正を成立させる最低限の構成と言える。
【0011】
実際の構成においては、熱変位補正結果の見える化のため、熱変位補正結果シミュレーション部7で、熱変位補正により熱変位がどのように減少するかをシミュレーションし、表示装置8に出力する場合もある。さらに、変位測定装置9を設けて変位データ10を取得して熱変位補正学習データ記録部11に変位情報12として保存する。ここで、変位測定装置9は、例えば工作機械の主軸にタッチプローブなどの位置計測センサをつけて、テーブル上の決まった点を測定するようにしてもよい。あるいは、テーブル側に変位センサを取り付けて、主軸を変位センサに近づけて測定してもよい。変位情報12に加えて熱変位補正学習データ記録部11には、温度センサ2で測定した温度が温度情報13として保存される。熱変位補正学習データ記録部11に保存されているデータをもとに、熱変位補正学習部14では新たな熱変位推定式4を学習して決定する。
【0012】
以上のように、学習により熱変位推定式を最適化していくことで、さらに効果的な熱変位補正を実現する技術は、従来技術として存在している。しかし、従来技術では変位測定装置9で変位データ10を測定するタイミングについては特に考慮されていない。一般的な使用方法としては、一定の時間間隔で測定を行い、変位情報を蓄積していく方法が想定される。工作機械メーカーでは、機械の運転条件や、機械が置かれている環境の室温を様々に変化させて試験を行い、試験中はある一定の時間間隔で変位を測定して、機械が様々な温度変化をしたときの熱変位補正用の学習データを収集している。工作機械メーカーが熱変位補正用の学習データを収集するのであれば、従来技術で十分に質の高い学習データを得ることができる。
しかし、ユーザが機械を使用している中で熱変位補正用の学習データを収集しようとした場合、有効なデータが収集できない可能性がある。例えば、ユーザが毎日同じ時間帯に変位を測定する指令を実行した場合、同じような温度環境でのデータばかりが収集されてしまうと考えられる。そのような偏ったデータをもとに熱変位推定式を学習すると、過学習の問題などが生じて有効な熱変位補正を行うことが難しい。
【0013】
そこで、本発明は、効果的で安定性の高い熱変位推定式の学習を行うため、以下の構成を追加したことが特徴である。
入力装置15では、タイミング診断条件16を設定できるようになっている。タイミング診断条件16で設定した内容に一致するタイミングで、変位測定タイミング診断部17は、温度センサ2から得られた現在の温度と、温度情報13として記録されている過去の温度とを比較し、変位の測定を行うかどうかを診断する。測定を行う必要があると診断した場合は変位測定指令18を出力する。これにより、変位測定装置9はより適切なタイミングで変位データ10を取得できるようになる。
【0014】
本発明では、熱変位補正装置1による熱変位補正方法は、図2のフローチャートに基づいて実行される。
まず、S1で、温度センサ2によって工作機械の各部の温度を測定する(温度測定ステップ)。
次に、S2で、温度センサ2から得られる情報から、熱変位推定部3が、熱変位推定式4に基づいて熱変位を推定する(熱変位推定ステップ)。
次に、S3で、位置制御装置6が、熱変位推定部3から出力された熱変位補正量5に基づいて各軸の指令値を補正する(熱変位補正ステップ)。
そして、S4で、変位測定タイミング診断部17で、タイミング診断条件を満たすか否か(変位の測定を行うタイミングであるか否か)を判別する(変位測定タイミング診断ステップ)。
S4で、タイミング診断条件を満たすと判別されると、S5で、変位の測定を行う必要があるか否かを判別する。変位の測定の必要がなければS4に戻る。
S5で、変位の測定を行う必要があると判別されると、S6で、変位測定装置9によって変位の測定を行い、変位データ10を取得し、熱変位補正学習データ記録部11に変位情報12として記録する(変位測定ステップ)。併せて温度センサ2で得られる温度データを温度情報13として熱変位補正学習データ記録部11に記録する(データ記録ステップ)。
そして、S7で、熱変位補正学習部14が、熱変位補正学習データ記録部11に保存されている変位情報12と温度情報13とに基づいて新たな熱変位推定式4を学習して決定し、熱変位推定部3で熱変位推定式4を更新させる(熱変位補正学習ステップ)。
【0015】
次に、図2における変位測定タイミング診断から変位及び温度情報の記録までの処理(S4~S6までの処理)について、図3のフローチャートを用いて詳細に説明する。
まず、S101(図2のS4)で判別されるタイミング診断条件は、例えば図4のような画面で入力装置15により設定することができる。図4の例では、運転中は、「工具交換時」、「メインプログラム終了時」、「Z位置上端時」のように特定の動作の指令を条件として選ぶことができる。一方、待機中は、一定の時間間隔で設定できるようになっている。図4の例では15分ごとに設定されている。このようなタイミング診断条件を満たしたときに、変位測定するかどうかの診断処理を開始する。これにより、工作機械の本来の加工動作をできるだけ妨げないタイミングで変位の測定を行うことができる。
次に、S102では、現在の温度データθ=(θ1,n,θ2,n,・・,θk、n)を取得する。以下、k個の温度データをθ=(θ,・・θ)として表し、処理開始からn回目に取得した温度データを、θ=(θ1,n,θ2,n,・・,θk、n)として表すものとする。
次に、S103では、温度情報として、現在の温度指標Θ=(Θ1,n,Θ2,n,・・Θl,n)を算出する。温度指標とは、取得した温度データに計算処理を加えたものであり、元の温度データθ(小文字のシータ)に対し、温度指標はΘ(大文字のシータ)で表す。計算処理は、例えば複数の温度の平均を取ったり、2つの温度差を求めたりする。さらに、微分処理により変化速度を計算したり、フィルタにより遅れ処理を行ってもよい。また、温度指標は複数計算してもよい。例えばl個の温度指標がある場合は、Θ=(Θ1,n,Θ2,n,・・Θl,n)と表す。
【0016】
次に、S104では、過去の温度指標Θn-mをデータベース(図1の熱変位補正学習データ記録部11)から呼び出し、ついでS105で、ΘとΘn-mとの各成分を比較し、下記式1のようにそれぞれの差がしきい値A以上となる成分があるかどうかを判定する。Θn-mは現在がn回目の処理であるとしたとき、m回前の時点での温度指標であることを表している。m=1のとき、すなわち1回前のみについて処理を行ってもよいし、m=1,2,・・,n-1、すなわち過去のすべての温度指標について比較を行ってもよい。また、l個の温度指標すべてについて比較を行う。
【0017】
【数1】
【0018】
式1の条件を満たすということは、取得した現在の温度が記録されている過去の温度と異なっている、すなわち工作機械の熱変位補正装置1にとって未学習の温度であることを意味する。式1のうち1つでも差がしきい値Aよりも大きいものがあればS107に進み、変位の測定を行うと判断する。しきい値Aよりも大きいものが1つもなければ、S106に進み、変位の測定を行わないと判断する。S102~S107が図2のS5に該当する。
式1で判定に使用するしきい値Aは、図4に示すように、画面から設定できるようにしても良い。
式1は、現在の温度情報と過去の温度情報との比較の方法の一例であり、他の式に基づいて比較を行っても良い。例えば、温度指標の成分それぞれについて差を取って判定するのではなく、それぞれの差の大きさを合計して判定するようにしても良い。
S107で変位の測定を行うと判断した場合には、さらにS108に進み、変位を測定してデータベースに記録する。さらに、S109で現在の温度データθ=(θ1,n,θ2,n,・・,θk、n)をデータベースに記録し、S110で現在の温度指標Θ=(Θ1,n,Θ2,n,・・Θl,n)を記録する。S108~S110が図2のS6に該当する。
【0019】
上記形態の熱変位補正装置1及び熱変位補正方法は、工作機械の各部の温度を測定する温度センサ2(温度測定手段)と、温度から予め設定した熱変位推定式4に基づいて工作機械の熱変位補正量5(熱変位)を推定する熱変位推定部3(熱変位推定手段)と、推定された熱変位補正量5をもとに軸指令値を補正する位置制御装置6(熱変位補正手段)と、軸指令値の補正後の工作機械の変位を測定する変位測定装置9(変位測定手段)と、変位測定装置9にて変位を測定したときの温度情報13と変位情報12(変位)とを記録する熱変位補正学習データ記録部11(データ記録手段)と、熱変位補正学習データ記録部11に記録された温度情報13と変位情報12とに基づいて熱変位推定式4を決定する熱変位補正学習部14(熱変位補正学習手段)と、を備えてS1~S7の処理を実行する。
そして、S4で判別される所定の診断タイミングにおいて、熱変位補正学習データ記録部11に記録されている過去の変位測定時の温度情報13と、温度センサ2から得られる現在の温度情報13とを比較して、変位測定装置9にて変位の測定を行うか否かを決定する変位測定タイミング診断部17(変位測定タイミング診断手段)を備える。
【0020】
このように、本発明によれば、変位を測定したときの温度情報13と変位情報12とを記録できるようにしておき、所定の診断タイミングにおいて、記録されている過去の変位測定時の温度情報13と現在の温度情報13とを比較して、変位の測定を行うか否かを決定することで、現在の温度が未学習の場合に変位を測定することができる。これにより、温度と変位との関係を効果的に学習させ、熱変位補正の精度を高めることができる。
【0021】
特に、変位の測定を行うか否かの決定に当たり、1回前の変位測定時の温度情報と現在の温度情報とを比較すれば(S104)、単純な処理で測定を行うか否かを判定できる。
また、過去の2回以上の変位測定時の温度情報と現在の温度情報とをそれぞれ比較すれば(S104)、未学習の場合のみに変位を測定でき、変位を測定することによる時間のロスを最小化できる。
また、温度情報として温度変化の速度を利用すれば(S103)、現在の温度状況が未学習かどうかをより的確に判断できるようになる。
また、温度情報として複数個所で測定された温度の温度差を利用すれば(S103)、現在の温度状況が未学習かどうかをより的確に判断できるようになる。
【0022】
一方、特定の動作の指令時またはある時間間隔を所定の診断タイミングとして設定する入力装置15(診断タイミング設定手段)を備えることで、工作機械の本来の加工動作をできるだけ妨げないタイミングで変位の測定を行うことができる。特に、工具交換、プログラムの終了、Z位置の上端への移動の指令のうち少なくとも1つを実行したときに温度を比較して判定すれば(図4)、工作機械の本来の加工動作をできるだけ妨げないタイミングで変位の測定を行うことができる。
【符号の説明】
【0023】
1・・熱変位補正装置、2・・温度センサ、3・・熱変位推定部、4・・熱変位推定式、5・・熱変位補正量、6・・位置制御装置、7・・熱変位補正結果シミュレーション部、8・・表示装置、9・・変位測定装置、10・・変位データ、11・・熱変位補正学習データ記録部、12・・変位情報、13・・温度情報、14・・熱変位補正学習部、15・・入力装置、16・・タイミング診断条件、17・・変位測定タイミング診断部、18・・変位測定指令。
図1
図2
図3
図4