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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】片押式ナット
(51)【国際特許分類】
   F16B 37/00 20060101AFI20241101BHJP
   F16B 37/08 20060101ALI20241101BHJP
【FI】
F16B37/00 B
F16B37/00 H
F16B37/08 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021023277
(22)【出願日】2021-02-17
(65)【公開番号】P2022125600
(43)【公開日】2022-08-29
【審査請求日】2023-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(73)【特許権者】
【識別番号】505356491
【氏名又は名称】株式会社マシノ
(74)【代理人】
【識別番号】110001335
【氏名又は名称】弁理士法人 武政国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】副島 幸也
(72)【発明者】
【氏名】日向 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】土永 直毅
(72)【発明者】
【氏名】西原 直哉
【審査官】鵜飼 博人
(56)【参考文献】
【文献】実開平02-040113(JP,U)
【文献】特開2019-128025(JP,A)
【文献】米国特許第06712574(US,B1)
【文献】実開昭56-149119(JP,U)
【文献】特開平08-135636(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0198197(US,A1)
【文献】米国特許第04363164(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16B 37/00
F16B 37/08
F16B 37/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボルトに螺合するナットであって、
入口から出口まで貫通する貫通孔と、
前記貫通孔内に配置される複数の分割ネジと、
前記貫通孔内であって前記分割ネジよりも出口側に配置される反力体と、
前記分割ネジを出口側に移動させ得る押下体と、を備え、
前記貫通孔の内周壁面の一部には、出口側に向かって広がるテーパー部が形成され、
前記分割ネジは、内周側に前記ボルトと螺合するネジが設けられるとともに、外周側に前記テーパー部に応じた分割ネジ傾斜部が形成され、
また複数の前記分割ネジは、前記貫通孔内で周方向に分散配置されるとともに、それぞれ前記分割ネジ傾斜部が前記テーパー部に当接した状態で前記貫通孔の軸方向にスライド可能であり、
前記反力体は、弾性体であって、前記分割ネジに対して入口方向の弾性力を付与し、
前記押下体は、複数の分割押下体によって構成され、
前記分割押下体は、外周側に前記テーパー部に応じた押下体傾斜部が形成されるとともに、該押下体傾斜部が前記テーパー部に当接した状態で前記貫通孔の軸方向にスライド可能であり、
また前記分割押下体は、前記分割ネジが前記ボルトに螺合した状態で、入口から前記貫通孔内に挿入可能であり、
前記ボルトと前記貫通孔の入口との間には隙間が設けられ、前記貫通孔内に挿入された前記押下体の一部が該隙間から表出し、
前記貫通孔の入口から挿入した前記ボルトを出口側に押し込むと、前記分割ネジが前記テーパー部に沿って出口側にスライドするとともに、それぞれの該分割ネジは外周側に移動し、
前記反力体による入口方向の弾性力によって前記分割ネジが前記テーパー部に沿って入口側にスライドすると、それぞれの該分割ネジが該ボルトに螺合し、
前記分割ネジが前記ボルトに螺合した状態で、前記押下体によって該分割ネジを出口側に移動させると、それぞれの該分割ネジが該ボルトから外れることによって、回転することなく該ボルトの抜き取りが可能となる、
ことを特徴とする片押式ナット。
【請求項2】
前記貫通孔の前記内周壁面に設けられ、環状の前記分割押下体の外周側の一部を係止し得るガイド条を、さらに備え、
前記分割押下体は、前記ガイド条に係止された状態で、該ガイド条に沿ってスライドする、
ことを特徴とする請求項1記載の片押式ナット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ボルトに螺合するナットに関するものであり、より具体的には、ナットやボルトを回転させることなく、ボルトにナットを取り付けることができ、しかも取り外すことができる片押式ナットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
H形鋼や山形鋼、あるいは角鋼管といった鋼材によって構築される鉄骨造では、ボルト接合や溶接接合によって鋼材どうしが連結される。特に、鋼橋や高層ビルなど重要な鉄骨造においては高力ボルトによって接合されることが多い。ボルト接合は、ボルトの首下部分に設けられる螺旋状の溝であるボルトネジ(雄ネジともいわれる)に、ナットの内周壁面に設けられる螺旋状の溝であるナットネジ(雌ネジともいわれる)を螺合するとともに、ボルトを締め付けることによってトルクを導入するものである。これにより連結しようとする鋼材と鋼材には、摩擦力や支圧力が生じることとなり、すなわち摩擦接合や支圧接合が可能となるわけである。
【0003】
ボルトには、六角ボルトやアイボルト、Uボルトなど種々の種類があり、同様にナットには、六角ナットやアイナット、Uナットなど種々の種類がある。そしてボルトを締め付けるにあたっては、モンキーレンチやスパナレンチ、メガネレンチといった工具が用いられる。例えば、六角ボルトと六角ナットを利用する場合、六角ボルトの頭部をモンキーレンチで挟み込むとともに、六角ナットもモンキーレンチで挟み込み、いずれか一方のモンキーレンチを回転することによって、六角ボルトを六角ナットに締め付ける。
【0004】
このようにボルトを締め付ける作業は、作業者によって行われる「手作業」である。したがって接合箇所には必ず作業者が置かれることとなり、労働災害が予測されるような危険な場所であっても作業者による手作業は避けられない。例えば、相当な重量の鋼材をクレーンで吊った状態でボルト接合を行うケースや、施工中の山岳トンネルの切羽天端付近において鋼製支保工の継手板のボルト接合を行うケースなど、ボルトの締め付けという手作業を危険な状況の下で行うケースは少なくない。当然ながら、危険な場所からは一刻も早く離れることが望ましいが、モンキーレンチ等で六角ボルトや六角ナットを回転する作業にはある程度の作業時間が必要である。
【0005】
また、狭隘な空間でボルト接合を求められる場合、その作業は著しく困難となることがある。上記したとおり、ボルトを締め付けるにあたってはモンキーレンチといった工具を使用することになるが、このような工具を使用するスペースがなければそもそもボルト接合を行うことができず、仮にモンキーレンチをナットに装着できたとしてもそれを把持して回転することが極めて難しいこともある。あるいは、狭隘な空間のためモンキーレンチを回転させる領域が制限される結果、短いレンジで何度も繰り返しモンキーレンチを回転させることとなり、相当な作業時間と作業労力が強いられる。
【0006】
そのため、モンキーレンチなどの工具を用いることなく、しかも短時間で締め付けることができるボルトやナットが求められていた。そこで特許文献1では、ボルトとナットを回転させることなくボルトをナットに挿入するだけで、ボルトに螺合するナットについて提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020ー143426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示される技術によれば、ボルトをナットに挿入するだけでナットがボルトに螺合するため、容易かつ短時間でボルト接合を行うことができる。すなわち、危険な場所での作業であってもいち早く離れることができ、また工具を使用するスペースがないような箇所でもボルト接合が可能となる。
【0009】
しかしながら特許文献1に示される技術は、ボルトにナットを螺合するときは工具を必要としないが、ボルトからナットを取り外すときは従来どおりモンキーレンチ等で六角ボルトや六角ナットを回転する必要があった。
【0010】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわち、工具を用いてナットやボルトを回転させることなく、ボルトにナットを取り付けることができ、しかも取り外すことができる片押式ナットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明は、ナット内をスライドする分割ネジを備えることとし、ボルトネジに螺合した分割ネジを押下体によって出口側に移動させることで、回転することなくボルトからナットを抜き取る、という点に着目してなされたものであり、これまでにない発想に基づいて行われた発明である。
【0012】
本願発明の片押式ナットは、ボルトに螺合するナットであって、入口から出口まで貫通する貫通孔と、貫通孔内に配置される複数の分割ネジ、貫通孔内のうち分割ネジよりも出口側に配置される反力体、そして分割ネジを出口側に移動させ得る押下体を備えたものである。貫通孔の内周壁面の一部には、出口側に向かって広がるテーパー部が形成される。分割ネジは、内周側にボルトと螺合するネジが設けられるとともに、外周側にはテーパー部に応じた分割ネジ傾斜部が形成される。また複数の分割ネジは、貫通孔内で周方向に分散配置され、それぞれ分割ネジ傾斜部がテーパー部に当接した状態で貫通孔の軸方向にスライド可能である。弾性体である反力体は、分割ネジに対して入口方向の弾性力を付与するものである。そして、貫通孔の入口から挿入したボルトを出口側に押し込むと、分割ネジがテーパー部に沿って出口側にスライドするとともに、それぞれの分割ネジは外周側に移動する。また、反力体による入口方向の弾性力によって分割ネジがテーパー部に沿って入口側にスライドすると、それぞれの分割ネジがボルトに螺合する。分割ネジがボルトに螺合した状態で、押下体によって分割ネジを出口側に移動させると、それぞれの分割ネジがボルトから外れることによって、回転することなくナットの抜き取りが可能となる。
【0013】
本願発明の片押式ナットは、押下体が複数の分割押下体によって構成されたものとすることもできる。この分割押下体は、外周側にテーパー部に応じた押下体傾斜部が形成されるものであり、押下体傾斜部がテーパー部に当接した状態で貫通孔の軸方向にスライド可能である。また分割押下体は、分割ネジがボルトに螺合した状態で、入口から貫通孔内に挿入可能である。なお、ボルトと貫通孔の入口との間には隙間が設けられ、貫通孔内に挿入された押下体の一部がこの隙間から表出する。
【0014】
本願発明の片押式ナットは、ガイド条をさらに備えたものとすることもできる。このガイド条は、貫通孔の内周壁面に設けられ、環状の分割押下体の外周側の一部を係止し得るものである。この場合の分割押下体は、ガイド条に係止された状態で、ガイド条に沿ってスライドする。
【0015】
本願発明の片押式ナットは、外周壁面から貫通孔の内周壁面まで貫通するガイド溝をさらに備えたものとすることもできる。この場合の押下体は、ガイド溝に沿ってスライド可能である。また複数の分割ネジは、それぞれガイド溝内に挿通された押下体の一部に連結される。そして、押下体をガイド溝に沿って出口側にスライドすることによって、分割ネジが出口側に移動する。
【0016】
本願発明の片押式ナットは、係止手段を有する押下体がガイド溝内に収められたものとすることもできる。この場合、係止手段に係止した係止具によって、押下体をガイド溝に沿ってスライドさせることができる。
【発明の効果】
【0017】
本願発明の片押式ナットには、次のような効果がある。
(1)ボルトをナットに挿入するだけでナットがボルトに螺合し、しかも押下体によって分割ネジを出口側に移動させるだけでボルトからナットを抜き取ることができる。
(2)速やかにボルトにナットを螺合させることができ、速やかにボルトからナットを抜き取ることができる結果、作業者は危険な場所からいち早く離れることができ、工事中における労働災害を抑制することができる。
(3)工具等を用いることなく、ボルトにナットを螺合させることができ、ボルトからナットを抜き取ることができる結果、工具を使用するスペースがないような箇所でもボルト接合が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本願発明の片押式ナットを模式的に示す断面図。
図2】本願発明の片押式ナットのうち壁体と貫通孔を模式的に示す断面図。
図3】(a)分割ネジを模式的に示す断面図、(b)は貫通孔の入口側から軸方向に見た分割ネジを示す平面図。
図4】(a)は分割ネジが貫通孔の入口側にある片押式ナットを模式的に示す断面図、(b)は分割ネジが拡径領域の出口側にある片押式ナットを模式的に示す断面図。
図5】貫通孔内に配置された反力体を模式的に示す断面図。
図6】(a)分割押下体を模式的に示す断面図、(b)は貫通孔の入口側から軸方向に見た分割押下体を示す平面図、(c)は貫通孔をスライドする分割押下体を模式的に示す断面図。
図7】(a)は内周壁面に設けられたガイド条を模式的に示す断面図、(b)はガイド条が取り付けられた内周壁面を部分的に見た正面図、(c)は貫通孔の入口側から軸方向に見た部分平面図。
図8】本願発明の片押式ナットにボルトを挿通することによって、ボルトのボルトネジに片押式ナットを螺合させる手順を示すステップ図。
図9】本願発明の片押式ナットがボルトに螺合した状態で、片押式ナットからボルトを抜き取る手順を示すステップ図。
図10】(a)は断面が円形のパイプ状の押し具を示す斜視図、(b)は断面が円形のパイプ状の押し具を示す断面図、(c)は断面が半円形のパイプ状の押し具を示す斜視図、(d)は断面が半円形のパイプ状の押し具を示す断面図。
図11】(a)は、ガイド溝が形成された外周壁面を模式的に示す側面図、(b)はガイド溝が形成された本願発明の片押式ナットを貫通孔の入口側から軸方向に見た平面図、(c)は側方から分割ネジを移動させる本願発明の片押式ナットを模式的に示す断面図。
図12】(a)はガイド溝内に押下体が収容された本願発明の片押式ナットを模式的に示す断面図、(b)は係止具を利用してガイド溝内の押下体を上下移動させる状況を模式的に示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本願発明の片押式ナットの実施の例を図に基づいて説明する。
【0020】
図1は、本願発明の片押式ナット100を模式的に示す断面図である。この図に示すように本願発明の片押式ナット100は、従来のナットと同様、筒状の壁体600と、この壁体600内に形成される貫通孔200を備えている。なお便宜上ここでは、片押式ナット100の貫通孔200の2つの開口部のうち、ボルトを挿入する側の開口部を「入口」と、他方の開口部のことを「出口」ということとする。また片押式ナット100は、図1に示すように分割ネジ300と反力体400、押下体500を含んで構成され、さらに可動板401と固定板402を含んで構成することもできる。
【0021】
図2は、本願発明の片押式ナット100のうち壁体600と貫通孔200を模式的に示す断面図である。この図に示すように、壁体600の外周側の面(以下、「外周壁面620」という。)は貫通孔200の中心軸方向(以下、単に「軸方向」という。)と略平行(平行を含む)な一連の直壁とされるが、壁体600の内周側の面(以下、「内周壁面610」という。)は一連の直壁とはされない。より詳しくは、内周壁面610のうち入口側(図では上部)には貫通孔200の内径が出口側に向かって徐々に大きくなるような(図では左右に向かって傾斜するような)傾斜面(以下、「テーパー部611」という。)が形成され、貫通孔200の出口側(図では下部)には軸方向と略平行(平行を含む)な直面(以下、「直壁部612」という。)が形成されている。これにより貫通孔200は、テーパー部611によって徐々に拡径していく領域(以下、「拡径領域」という。)と、直壁部612によって同径の柱状となる領域(以下、「同径領域」という。)に分けられる。
【0022】
図3は、片押式ナット100の分割ネジ300を模式的に示す図であり、(a)は断面図、(b)は貫通孔200の入口側から軸方向に見た平面図である。図3(a)に示すように分割ネジ300は、その内周側にボルトの雄ネジ(以下、「ボルトネジ」という。)と螺合する雌ネジ(以下、「内周ネジ301」という。)が設けられるとともに、その外周側には分割ネジ傾斜部302が形成されている。分割ネジ300のうち内周ネジ301が設けられる内周側の面は、軸方向と略平行(平行を含む)とされる。一方、分割ネジ傾斜部302は、出口側に向かって外周側に広がる傾斜形状とされ、その傾斜勾配はテーパー部611の勾配と略一致(一致を含む)し、換言すればテーパー部611と分割ネジ傾斜部302は軸方向となす角度が略同一(同一を含む)である。
【0023】
図3(b)に示すように、貫通孔200内には複数(図では3つ)の分割ネジ300が収容されており、これら複数の分割ネジ300は貫通孔200(特に、拡径領域)の周方向に分散配置されている。このように複数の分割ネジ300を周方向に分散配置することによって、不連続ではあるものの環状の雌ネジを形成することができ、従来のナットと同様、ボルトネジに適切に螺合することができるわけである。例えば、図に示すように3つの分割ネジ300を収容する場合、それぞれ中心角が120°となる間隔で分散配置するとよい。
【0024】
図4に示すようにそれぞれの分割ネジ300は、分割ネジ傾斜部302が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で、貫通孔200(特に、拡径領域)内を軸方向にスライド(摺動)可能とされる。そのため、分割ネジ300が出口側に向かってスライドするときは同時に外周側に移動していき、反対に分割ネジ300が入口側に向かってスライドするときは同時に内周側に移動していく。例えば図4(a)では分割ネジ300が貫通孔200の入口側(図では上方)にあり、一方、図4(b)では分割ネジ300が拡径領域の出口側(図では下方)にあるため、図4(a)の分割ネジ300よりも図4(b)の分割ネジ300の方が外周側に位置していることが分かる。
【0025】
図5は、貫通孔200内に配置された反力体400を模式的に示す断面図である。この図に示すように反力体400は、バネや合成樹脂(ゴムなど)といった弾性体であり、貫通孔200内であって分割ネジ300よりも出口側に配置される。なお図5では内周壁面610に沿って渦巻くコイルスプリングの例を示している。貫通孔200のうち出口付近の内周壁面610には、溶接や接着、カシメ等によって固定板402が取り付けられている。そして反力体400の出口側端(図では下端)はこの固定板402に固定され、また反力体400の入口側端(図では上端)には可動板401が取り付けられている。固定板402は貫通孔200内を移動することができないため、反力体400の出口側端もやはり貫通孔200内を移動することができない。一方の可動板401は、反力体400の入口側端にのみ取り付けられており、反力体400の伸縮とともに貫通孔200内を移動することができる。すなわちこの反力体400は、入口側が可動端、出口側が固定端とされる。
【0026】
反力体400の入口側端に取り付けられた可動板401は、分割ネジ300の出口側面(図では下面)に当接している。これにより、入口側から押し込まれることによって分割ネジ300が出口側(図では下方)に移動すると、反力体400は圧縮状態(つまり自然長より縮んだ状態)となり、すなわち分割ネジ300には反力体400から入口方向への弾性力(以下、便宜上「復元力」という。)が付与される。
【0027】
片押式ナット100の押下体500は、分割ネジ300を出口側に移動させ得るものであり、そのため貫通孔200(特に、拡径領域)内であって分割ネジ300よりも入口側に配置して利用される。この押下体500は、貫通孔200内に出し入れ可能とすることもできるし、常に貫通孔200内に配置され出し入れ不可とすることもできる。また押下体500は、一体として形成される(つまり分離できない)環状(あるいは筒状)のものとすることもできるし、複数の分割体(以下、「分割押下体510」という。)によって構成することもできる。
【0028】
図6は、分割押下体510を模式的に示す図であり、(a)は断面図、(b)は貫通孔200の入口側から軸方向に見た平面図、(c)は貫通孔200をスライドする状況を示す断面図である。図6(a)に示すように、分割押下体510の内周側の面は軸方向と略平行(平行を含む)とされ、分割押下体510の外周側の面(以下、「押下体傾斜部511」という。)には出口側に向かって外周側に広がる傾斜形状が形成される。この押下体傾斜部511の傾斜勾配はテーパー部611の勾配と略一致(一致を含む)し、換言すればテーパー部611と押下体傾斜部511は軸方向となす角度が略同一(同一を含む)である。
【0029】
上記したとおり、複数の分割押下体510によって1の押下体500が形成される。例えば図6では、3つの分割押下体510によって、1の押下体500が形成されている。押下体500を構成する分割押下体510の数は、分割ネジ300と同数とすることもできるし、異なる数とすることもできる。分割押下体510の数を分割ネジ300と同数する場合、それぞれの分割押下体510によってそれぞれの分割ネジ300を移動させることができる。一方、分割押下体510の数が分割ネジ300より少ない場合は、1の分割押下体510によって2以上の分割ネジ300を移動させ、分割押下体510の数が分割ネジ300より多い場合は、2以上の分割押下体510によって1の分割ネジ300を移動させることができる。
【0030】
図6(c)に示すようにそれぞれの分割押下体510は、押下体傾斜部511が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で、貫通孔200(特に、拡径領域)内を軸方向にスライド可能とされる。そのため、分割押下体510が出口側に向かってスライドするときは同時に外周側に移動していき、反対に分割押下体510が入口側に向かってスライドするときは同時に内周側に移動していく。
【0031】
貫通孔200内をスライドする分割押下体510を適切なルートで移動するように案内するため、内周壁面610(特に、テーパー部611)にはガイド条を設けることもできる。図7は、内周壁面610に設けられたガイド条700を模式的に示す図であり、(a)は断面図、(b)は内周壁面610を部分的に見た正面図、(c)は貫通孔200の入口側から軸方向に見た部分的な平面図である。
【0032】
図7(a)に示すようにガイド条700は、内周壁面610のうちテーパー部611に設置され、したがってテーパー部611の勾配と略同一(同一を含む)角度で傾斜している。壁体600の寸法等によっては、テーパー部611に加えて(連続して)直壁部612にガイド条700を設置してもよい。またガイド条700は、図7(b)に示すように2条で1組となるように設置するとよい。これら2条のガイド条700によって、分割押下体510を両脇から挟み込んだ状態で案内するわけである。さらに、貫通孔200内をスライドする間、常に押下体傾斜部511がテーパー部611に当接した状態を維持するように(つまり、押下体傾斜部511がテーパー部611から離れないように)、分割押下体510の一部がガイド条700に係止される構造とすることもできる。例えば、図7(c)に示すようにガイド条700をL字形状とし、また分割押下体510には突起部を設け、内周壁面610とガイド条700によって分割押下体510の突起部を挟み込んだ状態で、分割押下体510を案内することができる。
【0033】
なお、図7(b)に示すガイド条700は、軸方向に対して略平行(平行を含む)に配置されているが、これに限らず螺旋状とするなど任意の線形でガイド条700を配置することができる。またガイド条700は、分割押下体510と同様に、分割ネジ300を案内するために利用することできる。つまりガイド条700が、分割押下体510を適切なルートで移動するように案内するとともに、分割ネジ300を適切なルートで移動するように案内するわけである。ただしこの場合、分割押下体510と分割ネジ300の幅寸法(図7(b)に示すガイド条700の間隔)は、同等となるように設計するとよい。
【0034】
図8は、本願発明の片押式ナット100にボルトBTを挿通することによって、ボルトBTのボルトネジに片押式ナット100を螺合させる手順を示すステップ図である。ボルトネジに片押式ナット100を螺合させるにあたっては、まず図8(a)に示すように貫通孔200の入口からボルトBTを挿入していく。そして、ボルトBTの先端が分割ネジ300に接触し、さらにボルトBTを貫通孔200の孔奥(出口側)に押し込んでいく。このとき、反力体400の復元力以上の力で挿入ボルトBTを出口側に押し込んでいくが、ボルトBTを軸周りに回す(ねじ込む)必要はない。復元力以上の力で挿入ボルトBTを押し込んでいくと、図8(b)に示すようにそれぞれの分割ネジ300は、分割ネジ傾斜部302が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で貫通孔200内を軸方向にスライドし、すなわち分割ネジ300は出口側に向かって移動するとともに外周側にも移動していく。その結果、ボルトBTのボルトネジと分割ネジ300の内周ネジ301とは噛み合うことなく(螺合することなく)、ボルトBTは貫通孔200内を出口側に移動してく。このように、ボルトネジが内周ネジ301をいわば乗り越えていくことから、ボルトBTを軸周りに回すことなく、単に押し込むだけで貫通孔200内を通過させることができるわけである。
【0035】
ボルトBTを所定長さだけ押し込むと、復元力以上の力による押し込み操作を停止する。これに伴い、それぞれの分割ネジ300は、反力体400の復元力によって入口側にスライドしていく。より詳しくは、図8(c)に示すように分割ネジ傾斜部302が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で貫通孔200内を軸方向にスライドし、すなわち分割ネジ300は入口側に向かって移動するとともに内周側にも移動していく。その結果、ボルトBTのボルトネジと分割ネジ300の内周ネジ301とが噛み合い、すなわち片押式ナット100がボルトBTに螺合する。そしてこの状態になると、入口方向に向けて片押式ナット100から挿入ボルトBTを引き抜くことができなくなる。
【0036】
図9は、本願発明の片押式ナット100がボルトBTに螺合した状態で、片押式ナット100からボルトBTを抜き取る手順を示すステップ図である。片押式ナット100からボルトBTを抜き取るにあたっては、貫通孔200内であって分割ネジ300より入口側に押下体500を配置する。そのため図9(a)に示すように、貫通孔200の入口の内径はボルトBTの外径よりもやや大きい寸法とされる。これにより、貫通孔200の入口とボルトBTとの間には隙間(以下、「挿入隙間」という。)が設けられ、片押式ナット100がボルトBTに螺合した状態であっても、この挿入隙間を利用して押下体500を設置することができるわけである。既述したとおり押下体500は、貫通孔200内に出し入れ可能とすることもできるし、常に貫通孔200内に配置され出し入れ不可とすることもできる。したがって、貫通孔200内に出し入れ可能な場合は、片押式ナット100がボルトBTに螺合した後、挿入隙間から押下体500を挿入して設置するとよい。一方、貫通孔200内に常設される場合は、挿入隙間からの押下体500の設置手順を省略することができる。
【0037】
ところで、ボルトBTの頭部に接近した状態で片押式ナット100が螺合していることもある。すなわち、ボルトBTの頭部と片押式ナット100との間に十分なスペースが設けられず、挿入隙間から押下体500を挿入することができないこととなる。このような場合は、従来手法と同様、モンキーレンチ等を利用して片押式ナット100を回転するとよい。ただし、ボルトBTを抜き取るまで片押式ナット100を回転する必要はなく、ボルトBTの頭部と片押式ナット100との間に適当なスペースが設けられる程度に片押式ナット100を回転する(つまりボルトBT上を移動させる)とよい。このスペースを利用することで、挿入隙間から押下体500を挿入することができるわけである。
【0038】
図9(b)は、分割押下体510が分割ネジ300より入口側に配置された例を示している。このように分割押下体510が所定位置に配置されると、分割押下体510を貫通孔200の出口側に押し込んでいく。このとき、反力体400の復元力以上の力で分割押下体510を出口側に押し込んでいく。挿入隙間から分割押下体510の一部が表出している(つまり、外部から目視できる状態)ことから、指を使ってこの表出した部分を押し込むことができる。挿入隙間が狭隘で指を使うことができないときは、図9(c)に示すように押し具STを利用して分割押下体510を押し込むこともできる。この押し具STとしては、断面寸法に比して軸寸法が卓越した柱状のものを利用するとよい。例えば、図4(a)の斜視図と図4(b)の断面図に示すように断面が円形のパイプ状(いわばストロー状)としたり、図4(c)の斜視図と図4(d)の断面図に示すように断面が半円形のパイプ状としたりすることができる。もちろん、断面は多角形とするなど種々の断面で設計することができ、また中空のパイプ状に限らず中実の棒状とすることもできる。
【0039】
復元力以上の力で分割押下体510を押し込んでいくと、これに伴って分割ネジ300も出口方向に移動していく。より詳しくは、図9(c)に示すようにそれぞれの分割ネジ傾斜部302が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で貫通孔200内を軸方向にスライドし、すなわち分割ネジ300は出口側に向かって移動するとともに外周側にも移動していく。その結果、ボルトBTのボルトネジと分割ネジ300の内周ネジ301との噛み合いが外れ(螺合が解消され)、ボルトBTは貫通孔200内を入口側にも出口側にも自由に移動することができるようになり、例えばボルトBTを引き抜くことによって片押式ナット100からボルトBTを抜き取ることができる。このように、ボルトネジが内周ネジ301をいわば乗り越えていくことから、ボルトBTを軸周りに回すことなく、単に引き抜くだけで貫通孔200内を通過させることができるわけである。
【0040】
ここまで、貫通孔200の入口から押下体500を押し込むことによって、分割ネジ300を出口側に移動させる構造について説明したが、これに限らず本願発明の片押式ナット100は、側方(外周壁面620側)から分割ネジ300を移動させる構造とすることもできる。図11は、側方から分割ネジ300を移動させる片押式ナット100(以下、「側方移動式片押式ナット100」という。)を示す図であり、(a)は側面図、(b)は貫通孔200の入口側から軸方向に見た平面図、(c)は断面図である。
【0041】
側方移動式片押式ナット100は、図11(a)に示すように壁体600内にガイド溝800が設けられる。このガイド溝800は、軸方向の寸法(図では上下方向の寸法)が大きく、周方向の寸法(図では左右方向の寸法)が小さい、いわゆる細幅のスリット状とされる。またガイド溝800は、図11(b)に示すように外周壁面620から内周壁面610まで貫通する溝であり、分割ネジ300に対応する位置(分割ネジ300の外周側)であって、分割ネジ300と同数だけ形成される。
【0042】
図11(c)に示すように、ガイド溝800内には押下体500(以下、側方移動式片押式ナット100の押下体500のことを特に「側方式押下体520」という。)が配置される。この側方式押下体520は、ガイド溝800を軸方向(図では上下)にスライド可能であり、またその一部が分割ネジ300に連結されている。したがって、側方式押下体520をガイド溝800に沿って下方にスライドすると分割ネジ300も出口側にスライドし、側方式押下体520をガイド溝800に沿って上方にスライドすると分割ネジ300も入口側にスライドする。このときも分割ネジ300は、分割ネジ傾斜部302が内周壁面610のテーパー部611に当接した状態で貫通孔200内をスライドする。
【0043】
図11(c)では、側方式押下体520の一部が外周壁面620から外側に突出しており、この部分を利用することで側方式押下体520のスライド操作を行うことができる。しかしながら、側方式押下体520の一部が外周壁面620から外側に突出しているため、モンキーレンチ等を利用したいケースではやや不都合が生じる。そこで、モンキーレンチ等の利用が想定されるときは、図12(a)に示すように外周壁面620から突出することなく側方式押下体520をガイド溝800内に収容する構造にするとよい。この場合、ガイド溝800内に収容された側方式押下体520に直接触れることができないため、図12(b)に示すように係止具LVを利用して側方式押下体520を上下に移動させるとよい。例えば、側方式押下体520の外周側に小孔などの係止手段を設け、L字状の係止具LVの先端を係止手段(小孔など)に嵌合したうえでこの係止具LVを上下移動することができる。係止具LVの一部が係止手段に嵌合していることから、係止具LVを上下移動すると側方式押下体520もガイド溝800内をスライドし、これに伴って分割ネジ300も貫通孔200内をスライドするわけである。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本願発明の片押式ナットは、鋼材によって構築される鉄骨造をはじめ、ボルト接合が行われる様々な場面で利用することができる。本願発明によれば、危険な場所でのボルト接合に係る作業時間を短縮することができ、その結果、労働災害の防止につながることを考えれば、産業上利用できるばかりでなく社会的にも大きな貢献を期待し得る発明である。
【符号の説明】
【0045】
100 本願発明の片押式ナット
200 (片押式ナットの)貫通孔
300 (片押式ナットの)分割ネジ
301 (分割ネジの)内周ネジ
302 (分割ネジの)分割ネジ傾斜部
400 (片押式ナットの)反力体
401 (片押式ナットの)可動板
402 (片押式ナットの)固定板
500 (片押式ナットの)押下体
510 (片押式ナットの)分割押下体
511 (分割押下体の)押下体傾斜部
520 (片押式ナットの)側方式押下体
600 (片押式ナットの)壁体
610 (壁体の)内周壁面
611 (内周壁面の)テーパー部
612 (内周壁面の)直壁部
620 (壁体の)外周壁面
700 (片押式ナットの)ガイド条
800 (片押式ナットの)ガイド溝
BT ボルト
LV 係止具
ST 押し具
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12