(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】基板上の複数のショット領域の配列を求める方法、露光装置、物品の製造方法、プログラム及び情報処理装置
(51)【国際特許分類】
G03F 9/00 20060101AFI20241101BHJP
G03F 7/20 20060101ALI20241101BHJP
【FI】
G03F9/00 H
G03F7/20 521
(21)【出願番号】P 2021026641
(22)【出願日】2021-02-22
【審査請求日】2024-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】繁延 篤
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-200632(JP,A)
【文献】特開平6-252027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03F 9/00
G03F 7/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上の複数の領域の配列を求める方法であって、
第1基板上の複数の領域のうちの第1数のサンプル領域に割り当てられたマークの第1位置計測データから、前記配列を推定するための回帰モデルのパラメータの確率分布を示す
第1事前分布を用いて、前記パラメータの確率分布を示す第1事後分布を得る第1工程と、
前記第1基板よりも後に処理される第2基板上の複数の領域のうちの前記第1数よりも小さい第2数のサンプル領域に割り当てられたマークの第2位置計測データから、前記第1事後分布を前記パラメータの確率分布を示す
第2事前分布として用いて、前記パラメータの確率分布を示す第2事後分布を得る第2工程と、
前記第2事後分布に基づいて前記パラメータを決定して前記回帰モデルを更新し、更新した前記回帰モデルを用いて前記第2位置計測データから前記第2基板上の複数の領域の配列を求める第3工程と、
を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記回帰モデルは、前記基板の位置を説明変数として含む多項式モデルを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1工程では、前記
第1事前分布である無情報事前分布と前記第1位置計測データ及び前記回帰モデルから得られる第1尤度データとを用いて、ベイズの定理から前記第1事後分布を得ることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記無情報事前分布は、一様分布、正規分布又はジェフリースの事前分布を含むことを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記第2工程では、前記第1事後分布と前記第2位置計測データ及び前記回帰モデルから得られる第2尤度データとを用いて、ベイズの定理から前記第2事後分布を得ることを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記
第1事前分布
及び前記第2事前分布は、多変量正規分布を含むことを特徴とする請求項1乃至5のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記
第1事前分布
及び前記第2事前分布は、分散共分散行列が異なる複数の多変量正規分布を含むことを特徴とする請求項1乃至5のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記第2工程では、マルコフ連鎖モンテカルロ法から前記第2事後分布を得ることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記パラメータの確率分布を示す事前分布を平均ベクトルがμ
0、分散共分散行列がΣ
0の多変量正規分布、前記第2位置計測データをy、前記第2位置計測データの誤差分散をσ、計画行列をGとすると、前記第2事後分布の平均ベクトルμ及び分散共分散行列Σは、
から求められることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記第3工程では、前記第2事後分布の最頻値、平均値又は中央値に基づいて前記パラメータを推定することによって前記パラメータを決定して前記回帰モデルを更新することを特徴とする請求項1乃至9のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
原版を介して基板上の複数の領域を露光する露光装置であって、
前記基板上の前記複数の領域の配列を求める処理部と、
前記処理部で求められた前記配列に基づいて、前記基板を位置決めするステージと、を有し、
前記処理部は、
第1基板上の複数の領域のうちの第1数のサンプル領域に割り当てられたマークの第1位置計測データから、前記配列を推定するための回帰モデルのパラメータの確率分布を示す
第1事前分布を用いて、前記パラメータの確率分布を示す第1事後分布を求め、
前記第1基板よりも後に処理される第2基板上の複数の領域のうちの前記第1数よりも小さい第2数のサンプル領域に割り当てられたマークの第2位置計測データから、前記第1事後分布を前記パラメータの確率分布を示す
第2事前分布として用いて、前記パラメータの確率分布を示す第2事後分布を求め、
前記第2事後分布に基づいて前記パラメータを決定して前記回帰モデルを更新し、更新した前記回帰モデルを用いて前記第2位置計測データから前記第2基板上の複数の領域の配列を求めることを特徴とする露光装置。
【請求項12】
請求項1に記載の方法を用いて基板上の複数の領域の配列を求める工程と、
前記配列に基づいて、前記基板を位置決めする工程と、
位置決めされた前記基板を露光する工程と、
露光した前記基板を現像する工程と、
現像された前記基板から物品を製造する工程と、
を有することを特徴とする物品の製造方法。
【請求項13】
基板上の複数の領域の配列を求める方法をコンピュータに実行させるプログラムであって、
前記コンピュータに、
第1基板上の複数の領域のうちの第1数のサンプル領域に割り当てられたマークの第1位置計測データから、前記配列を推定するための回帰モデルのパラメータの確率分布を示す
第1事前分布を用いて、前記パラメータの確率分布を示す第1事後分布を得る第1工程と、
前記第1基板よりも後に処理される第2基板上の複数の領域のうちの前記第1数よりも小さい第2数のサンプル領域に割り当てられたマークの第2位置計測データから、前記第1事後分布を前記パラメータの確率分布を示す
第2事前分布として用いて、前記パラメータの確率分布を示す第2事後分布を得る第2工程と、
前記第2事後分布に基づいて前記パラメータを決定して前記回帰モデルを更新し、更新した前記回帰モデルを用いて前記第2位置計測データから前記第2基板上の複数の領域の配列を求める第3工程と、
を実行させることを特徴とするプログラム。
【請求項14】
請求項1乃至10のうちいずれか1項に記載の方法を実行することを特徴とする情報処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上の複数のショット領域の配列を求める方法、露光装置、物品の製造方法、プログラム及び情報処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
露光装置は、基板上に10層以上のパターン(回路パターン)を重ね合わせて転写するが、各層間でのパターンの重ね合わせ精度が良好でない場合には、回路特性に不都合が生じることがある。このような場合、チップが所期の特性を満たさず、チップが不良品となり、歩留まりを低下させてしまう。従って、基板上において露光すべき複数の領域のそれぞれと原版のパターンとを精密に位置合わせ(アライメント)する必要がある。
【0003】
露光装置では、基板上の各領域に配置されたアライメントマークを検出し、かかるアライメントマークの位置情報と原版のパターンの位置情報とに基づいて、基板上の各領域を原版のパターンに対してアライメントしている。理想的には、基板上の全ての領域に対してアライメントマークの検出を行うことで、最も高精度なアライメントが可能となるが、生産性の観点から現実的ではない。そこで、基板と原版とのアライメント方式としては、現在、グローバルアライメント方式が主流となっている(特許文献1及び2参照)。
【0004】
グローバルアライメント方式では、基板上の各領域の相対位置が領域の位置座標の関数モデルで表現できると想定し、基板上の複数(4~16個)のサンプル領域のみに配置されたアライメントマークの位置を計測する。次いで、想定した関数モデル及びアライメントマークの位置の計測結果から回帰分析的な統計演算処理を用いて、関数モデルのパラメータを推定する。そして、パラメータ及び関数モデルを用いて、ステージ座標系における各領域の位置座標(基板上の領域の配列)を算出してアライメントを行う。グローバルアライメント方式では、一般的に、ステージ座標を変数とする多項式モデルが用いられ、ステージ座標の1次の多項式であるスケーリング、回転、一律オフセットなどが主に用いられている(特許文献3参照)。また、基板上の領域の配列の高次成分もパラメータとして考慮した回帰モデルを用いた技術も提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭61-44429号公報
【文献】特開昭62-84516号公報
【文献】特開平6-349705号公報
【文献】特許第3230271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
デバイスの微細化や高集積化に伴い、アライメント精度の改善が要求されているため、関数モデルの多項式次数もより高次成分を用いることで関数モデルの自由度を高める必要がある。しかしながら、関数モデルの自由度に対して基板内のアライメントマークの位置を計測すべき計測点が少ない場合、過学習(Overfitting)が起こるため、未計測領域の補正誤差が増大する。一方、過学習を抑制するために、アライメントマークの位置を計測すべき計測点を増やすと、計測時間が増加して生産性が低下する。これらは、トレードオフの関係にあるため、少ない計測点、且つ、高い自由度の関数モデルを用いて、高次成分を含む基板上の領域の配列を高精度に予測することができる技術が求められている。
【0007】
本発明は、このような従来技術の課題に鑑みてなされ、基板上の領域の配列を高精度に求めるのに有利な技術を提供することを例示的目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の一側面としての方法は、基板上の複数の領域の配列を求める方法であって、第1基板上の複数の領域のうちの第1数のサンプル領域に割り当てられたマークの第1位置計測データから、前記配列を推定するための回帰モデルのパラメータの確率分布を示す第1事前分布を用いて、前記パラメータの確率分布を示す第1事後分布を得る第1工程と、前記第1基板よりも後に処理される第2基板上の複数の領域のうちの前記第1数よりも小さい第2数のサンプル領域に割り当てられたマークの第2位置計測データから、前記第1事後分布を前記パラメータの確率分布を示す第2事前分布として用いて、前記パラメータの確率分布を示す第2事後分布を得る第2工程と、前記第2事後分布に基づいて前記パラメータを決定して前記回帰モデルを更新し、更新した前記回帰モデルを用いて前記第2位置計測データから前記第2基板上の複数の領域の配列を求める第3工程と、を有することを特徴とする。
【0009】
本発明の更なる目的又はその他の側面は、以下、添付図面を参照して説明される実施形態によって明らかにされるであろう。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、例えば、基板上の領域の配列を高精度に求めるのに有利な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一側面としての露光装置の構成を示す概略図である。
【
図2】
図1に示す露光装置のアライメント光学系の構成を示す概略図である。
【
図3】
図1に示す露光装置における露光処理を説明するためのフローチャートである。
【
図4】基板上のショット領域の配列を示す図である。
【
図5】ショット配列を推定するモデルのパラメータの最適化を説明するための図である。
【
図6】ショット配列を推定するモデルのパラメータの最適化を説明するための図である。
【
図7】
図5に示すシーケンスを実際のプロセスに適用した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。なお、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。実施形態には複数の特徴が記載されているが、これらの複数の特徴の全てが発明に必須のものとは限らず、また、複数の特徴は任意に組み合わせられてもよい。更に、添付図面においては、同一もしくは同様の構成に同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0013】
図1は、本発明の一側面としての露光装置1の構成を示す概略図である。露光装置1は、半導体素子などのデバイスの製造工程に用いられるリソグラフィ装置である。露光装置1は、本実施形態では、原版2(レチクル又はマスク)のパターンを投影光学系3を介して基板4に投影して基板4を露光する。
【0014】
露光装置1は、
図1に示すように、原版2に形成されたパターンを投影(縮小投影)する投影光学系3と、前工程で下地パターンやアライメントマークが形成された基板4を保持するチャック5とを有する。また、露光装置1は、チャック5を保持して基板4を所定の位置に位置決めする基板ステージ6と、基板4に設けられたアライメントマークの位置を計測するアライメント光学系7と、制御部CNと、記憶部SUとを有する。
【0015】
制御部CNは、例えば、CPUやメモリなどを含むコンピュータ(情報処理装置)で構成され、記憶部SUなどに記憶されたプログラムに従って露光装置1の各部を統括的に制御する。制御部CNは、本実施形態では、原版2を介して基板4を露光する露光処理を制御することに加えて、基板上の複数のショット領域(基板上の複数の領域)の配列(ショット配列、領域の配列)を求める処理部として機能する。
【0016】
記憶部SUは、露光装置1の各部を制御して基板4を露光する露光処理を実施するために必要なプログラムや各種情報(データ)などを記憶する。また、記憶部SUは、制御部CNがショット配列を求めるために必要なプログラムや各種情報(データ)なども記憶する。
【0017】
図2は、アライメント光学系7の構成を示す概略図である。アライメント光学系7は、基板4の各ショット領域に割り当てられたマークを光学的に検出して位置計測データを取得する機能を有し、本実施形態では、光源8と、ビームスプリッタ9と、レンズ10及び13と、センサ14とを含む。
【0018】
光源8からの光は、ビームスプリッタ9で反射され、レンズ10を介して、基板4に設けられたアライメントマーク11又は12を照明する。アライメントマーク11又は12で回折された光は、レンズ10、ビームスプリッタ9及びレンズ13を介して、センサ14で受光される。
【0019】
図3を参照して、露光装置1における露光処理について説明する。ここでは、基板4をアライメントして露光するまでの工程の概略を説明する。S101では、露光装置1に基板4を搬入する。S102では、プリアライメントを実施する。具体的には、基板4に設けられたプリアライメント用のアライメントマーク11をアライメント光学系7で検出して、基板4の位置をラフに求める。この際、アライメントマーク11の検出は、基板4の複数のショット領域に対して行い、基板4の全体のシフト及び1次線形成分(倍率や回転)を求める。
【0020】
S103では、ファインアライメントを実施する。具体的には、まず、プリアライメントの結果に基づいて、ファインアライメント用のアライメントマーク12をアライメント光学系7で検出可能な位置に基板ステージ6を駆動する。そして、基板4の複数のショット領域のそれぞれに設けられたアライメントマーク12をアライメント光学系7で検出し、基板4の全体のシフト及び1次線形成分(倍率や回転)を精密に求める。この際、多数のショット領域の位置を求めることで、基板4の高次変形成分を精密に求めることもできる。これにより、基板4の各ショット領域の精密な位置、即ち、ショット配列を求めることができる。
【0021】
S104では、基板4を露光する。具体的には、ファインアライメントを実施した後、原版2のパターンを、投影光学系3を介して、基板4の各ショット領域に転写する。S105では、露光装置1から基板4を搬出する。
【0022】
本実施形態では、基板4に歪みが発生している場合には、S103のファインアライメントにおいて、高次の変形成分を補正する。ここでは、ショット配列を推定する回帰モデルとして、3次多項式モデルを例に説明するが、これに限定されるものではない。例えば、回帰モデルとして、任意の次数モデルを用いてもよいし、多項式以外の他のモデル(三角関数モデルや対数モデル)を用いてもよい。
【0023】
基板4の変形を3次多項式モデルで表す場合、各ショット領域の位置ずれ(ShiftX,ShiftY)は、以下の式(1)で表される。なお、各ショット領域の位置ずれは、かかる位置ずれを補正するための補正値ともいえる。
【0024】
【0025】
式(1)において、x、yは、基板4のショット領域の位置(説明変数)を示している。基板4の各ショット領域の実際の位置計測データから、式(1)におけるk1からk20までの係数を決定する。そして、係数を決定した式(1)に基づいて、各ショット領域の位置ずれを求める。
【0026】
位置計測データを得るために、アライメント光学系7は、例えば、
図4に示すように、複数のショット領域のうちの一部のショット領域、所謂、サンプルショット領域(サンプル領域)に割り当てられたアライメントマークを検出する。
図4では、サンプルショット領域の数を14としている。基板4の高次の変形成分を補正するためには、多くのショット領域をサンプルショット領域とする必要がある。但し、サンプルショット領域の数の増加は、計測時間(アライメント時間)とトレードオフの関係にあるため、実際には、デバイスの生産性も考慮して、サンプルショット領域の数が決定される。
【0027】
以下、
図5を参照して、本実施形態において、ショット配列を推定するモデルのパラメータの最適化(モデルの更新)について説明する。
【0028】
まず、ロット内の1枚目の基板4A(第1基板)に対して、サンプルショット領域の数をモデルの自由度に対して過学習しない程度、且つ、モデルの自由度に対して十分な数(第1数)に設定する。そして、基板4Aの各サンプルショット領域に割り当てられたアライメントマークをアライメント光学系7で検出して第1位置計測データを取得する。
【0029】
次に、第1位置計測データ(D)、モデル、モデルのパラメータθから、データ尤度(第1尤度データ)P(D|θ)を算出する。パラメータθは、式(1)の係数k1~k20を意味している。
【0030】
次いで、パラメータθの事前分布P(θ)を規定する。事前分布は、データに対する事前情報がない場合には、事前分布P(θ)として、無情報事前分布を規定する。無情報事前分布としては、代表的には、一様分布、分散を大きく設定した正規分布、ジェフリース(Jeffreys)の事前分布などが用いられる。
【0031】
次に、事前分布P(θ)と、データ尤度P(D|θ)とを用いて、ベイズの定理を用いたベイズ推定から、パラメータθの事後分布(第1事後分布)p(θ|D)を算出する。なお、ベイズの定理は、以下の式(2)で表される。
【0032】
【0033】
式(2)において、θは、モデルのパラメータを示し、Dは、位置計測データを示し、p(θ|D)は、新たな位置計測データが得られた際のパラメータθの事後分布を示している。また、p(D|θ)は、パラメータθからデータが発生する確率を表すデータ尤度(尤度関数)を示し、p(θ)は、パラメータθの事前分布を示し、p(D)は、位置計測データDの周辺尤度を示している。
【0034】
なお、事後分布p(θ|D)の算出において、周辺尤度p(D)が解析的に算出できない場合には、近似推論を用いてもよい。近似推論は、例えば、サンプリング手法であるマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC:Markov chain Monte Carlo)や近似確率分布を用いて解析的に計算する変分推論などを含む。事後分布p(θ|D)は、設計者が設定したモデルによって決まる確率分布(モデルのパラメータの確率分布)であり、分布の分散が各パラメータの値の「確信度」と解釈するのがベイズ推定の特徴である。なお、モデルは、本実施形態では、基板座標(基板の位置)を変数とする多項式モデルであり、パラメータは、ShiftXとShiftYとで、それぞれ10個である。
【0035】
次いで、ロット内の2枚目以降の基板4B(第1基板よりも後に処理される第2基板)に対して、サンプルショット領域の数を、基板4Aに対して設定したサンプルショットの数よりも小さい数(第2数)に設定する。そして、基板4Bの各サンプルショット領域に割り当てられたアライメントマークをアライメント光学系7で検出して第1位置計測データを取得する。
【0036】
ここで、例えば、3次多項式モデルにおいて、基板4Aのサンプルショット領域の数を16に設定したとすると、基板4Bのサンプルショット領域の数を4~8に設定する。3次多項式モデルに対するサンプルショット領域の数が4~8であると、モデルの自由度に対する計測点数が少ないため、過学習が発生する可能性が極めて高くなる。このような過学習を抑制するために、本実施形態では、以下の処理を実施する。
【0037】
第2位置計測データ(D)、モデル、モデルのパラメータθから、データ尤度(第2尤度データ)P(D|θ)を算出する。そして、基板4Aで求めた事後分布P(θ|D)を事前分布P(θ)とし(置き換えて)、第2位置計測データから算出されたデータ尤度P(D|θ)を用いて、ベイズの定理を用いたベイズ推定から、事後分布(第2事後分布)p(θ|D)を算出する。かかる事後分布p(θ|D)は、
図6に示すように、第1位置計測データ(多点データ)から求めた分布(事前分布)と、第2位置計測データ(少数点データ)から求めた分布(データ尤度)とが混合された分布(事後分布)となる。このようにして得られた分布は、ロット内の基板の歪みの形状が近似している場合、第2位置計測データのみで得られる分布よりも、実際の基板の歪み量に近くなっていることが期待される。実際の各ショット領域の位置ずれ(ShiftX,ShiftY)は、パラメータθの事後分布の最頻値、平均値又は中央値などの統計値に基づいて、規定したモデルからの統計的推定によって算出する。
【0038】
このようにして算出された事後分布に基づいてモデルのパラメータを決定してモデルを更新し、更新したモデルを用いて第2位置計測データから基板4Bの各ショット領域の位置ずれ(ショット配列)を求めることで、高次の変形成分を補正することができる。
【0039】
本実施形態によれば、1枚目の基板では、モデルの自由度に対して十分なサンプルショット領域の数を設定する必要があるが、2枚目以降の基板では、過学習を抑制しながら、サンプルショット領域の数を低減することが可能となる。また、ロット内の基板の歪みのばらつきが大きい場合には、複数の基板について、モデルの自由度に対して十分なサンプルショット領域の数を設定して得られた事後分布を、それ以降の基板での事前分布としてもよい。
【0040】
モデルを多項式の線形回帰モデルとし、事前分布を多変量正規分布とすると、事後分布は、解析的に解くことができる。例えば、基板の変形成分であるShiftXが式(1)に示すような多項式でモデル化されているとする。多項式モデル、及び、計測された基板の位置(x,y)とから多変量回帰分析で用いられる計画行列G(計測データ数x、パラメータ数の行列)を作成し、位置計測データをy(計測データ数のベクトル)、位置計測データの誤差分散をσとする。この場合、位置計測データのセットD、モデルのパラメータθに対するデータ尤度P(D|θ)は、統計回帰分析の理論から以下の式(3)で表される。
【0041】
【0042】
また、事前分布P(θ)は、以下の式(4)に示すように、多変量正規分布に従うものと仮定する。
【0043】
【0044】
式(4)において、μ0は、平均ベクトルを示し、Σ0は、分散共分散行列を示している。従って、事後分布p(θ|D)は、以下の式(5)で表される。
【0045】
【0046】
式(5)を整理すると、以下の式(6)に示すように、多変量正規分布に従うことが導かれる。
【0047】
【0048】
式(6)は、式(5)から導かれた多変量正規分布のパラメータであり、μは、事後分布の平均ベクトル(平均ベクトルμ)であり、Σは、事後分布の分散共分散行列(分散共分散行列Σ)である。
【0049】
図5に示すシーケンスに従って、式(3)、式(4)、式(5)及び式(6)を順次計算すると、モデルの最適なパラメータを算出することが可能となる。但し、1枚目の基板については、無情報事前分布として、μ
0をゼロベクトル、分散共分散行列を、対角成分を大きな値とし、他の成分をゼロとした対称行列を設定することが必要である。
【0050】
図7(a)、
図7(b)及び
図7(c)を参照して、
図5に示すシーケンスを実際のプロセスに適用した結果について説明する。ここでは、評価用として、12枚のプロセス基板を用いた。まず、1枚目の基板に対して、サンプルショット領域の数を36に設定し、5次の多項式モデルでパラメータの事後分布p(θ|D)を算出する。2枚目以降の基板に対しては、サンプルショット領域の数を8に減らし、1枚目の基板で算出された事後分布を事前分布とし、各基板で算出されたデータ尤度p(D|θ)から基板ごとに事後分布を算出して、それに基づいてアライメントを行った。
図7(a)及び
図7(b)のそれぞれには、各基板でのアライメント誤差のX成分(ShiftX)及びY成分(ShiftY)を示している。
図7(a)及び
図7(b)には、本実施形態に対する比較例(従来技術)として、サンプルショット領域の数を8に設定し、1次の多項式モデルでアライメントを行った結果も示している。
図7(c)は、本実施形態におけるアライメント誤差の平均と、比較例におけるアライメント誤差の平均とを示している。
図7(c)を参照するに、本実施形態では、比較例である従来技術と比較して、アライメント精度が向上していることがわかる。
【0051】
本発明の実施形態における物品の製造方法は、例えば、液晶表示素子、半導体素子、フラットパネルディスプレイ、MEMSなどの物品を製造するのに好適である。かかる製造方法は、上述した露光装置1を用いて感光剤が塗布された基板を露光する工程と、露光された感光剤を現像する工程とを含む。また、現像された感光剤のパターンをマスクとして基板に対してエッチング工程やイオン注入工程などを行い、基板上に回路パターンが形成される。これらの露光、現像、エッチングなどの工程を繰り返して、基板上に複数の層からなる回路パターンを形成する。後工程で、回路パターンが形成された基板に対してダイシング(加工)を行い、チップのマウンティング、ボンディング、検査工程を行う。また、かかる製造方法は、他の周知の工程(酸化、成膜、蒸着、ドーピング、平坦化、レジスト剥離など)を含みうる。本実施形態における物品の製造方法は、従来に比べて、物品の性能、品質、生産性及び生産コストの少なくとも1つにおいて有利である。
【0052】
本発明は、上述の実施形態の1つ以上の機能を実現するプログラムを、ネットワーク又は記憶媒体を介してシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサーがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。また、1つ以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC)によっても実現可能である。
【0053】
発明は上記実施形態に制限されるものではなく、発明の精神及び範囲から離脱することなく、様々な変更及び変形が可能である。従って、発明の範囲を公にするために請求項を添付する。
【符号の説明】
【0054】
1:露光装置 2:原版 3:投影光学系 4:基板 5:基板チャック 6:基板ステージ 7:検出光学系 CN:制御部 SU:記憶部