(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】酸化モリブデン含有層を製造するためのスパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20241101BHJP
【FI】
C23C14/34 A
(21)【出願番号】P 2021557474
(86)(22)【出願日】2020-03-13
(86)【国際出願番号】 EP2020056897
(87)【国際公開番号】W WO2020200702
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-12-20
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】390040486
【氏名又は名称】プランゼー エスエー
(74)【代理人】
【識別番号】110003317
【氏名又は名称】弁理士法人山口・竹本知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075166
【氏名又は名称】山口 巖
(74)【代理人】
【識別番号】100133167
【氏名又は名称】山本 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100169627
【氏名又は名称】竹本 美奈
(72)【発明者】
【氏名】オーサリバン,ミヒャエル
(72)【発明者】
【氏名】リンケ,クリスティアン
(72)【発明者】
【氏名】フランツケ,エンリコ
(72)【発明者】
【氏名】ケステンバウアー,ハーラルト
(72)【発明者】
【氏名】ヴィンクラー,イェルク
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0102450(US,A1)
【文献】国際公開第97/008359(WO,A1)
【文献】特表2007-500661(JP,A)
【文献】特表2016-502592(JP,A)
【文献】Surface & Coatings Technology,2017年,Volume 332,Pages 80-85,DOI:10.1016/j.surfcoat.2017.07.083
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンベースの導電性酸化物ターゲット材料を含むスパッタリングターゲットであって、
前記ターゲット材料が、
ラマン顕微鏡で測定された前記ターゲット材料の研削断面に基づいて22~42体積%のMoO
2相と、少なくとも1つの金属がモリブデンである少なくとも1つの準化学量論的金属酸化物相と
、ラマン顕微鏡で測定された前記ターゲット材料の研削断面に基づいて0~2体積%のMoO
3
とを含み、
ここで、前記ターゲット材料中のモリブデンに対する酸素の原子比が2.1~2.5の範囲にあるが、ただし、前記ターゲット材料の総酸素含有量が71原子%未満であ
り、キャリアガス熱抽出により測定して25.9~29.5重量%であること、並びに、
前記ターゲット材料が、ドーピング元素Meを含有し、該ドーピング元素Meは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr及びWから成る群から選ばれ、その総含有量のMo及びドーピング元素Meの合計含有量に対する比率は、0.02~0.15原子%の範囲であり、更に、ターゲット材料が、ラマン顕微鏡で測定された前記ターゲット材料の研削断面に基づいて、50~78体積%の相割合で混合酸化物相(Mo
1-x
Me
x
)
5
O
14
を含有する
ことを特徴とする、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記ドーピング元素がタンタル(Ta)、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)及びチタン(Ti)からなる群からのドーピング元素である請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記ドーピング元素がタンタル(Ta)である請求項2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記ターゲット材料が、≧95
%の相対密度を有することを特徴とする、請求項1~
3のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
前記ターゲット材料が、25℃で≧100S/mの導電率を有することを特徴とする、請求項1~
4のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項6】
前記ターゲット材料が、25℃で≧2mm
2s
-1の温度伝導率を有することを特徴とする、請求項1~
5のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項7】
前記ターゲット材料が、25℃で≧3.5W/mKの熱伝導率を有することを特徴とする、請求項1~
6のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項8】
請求項1~
7のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲットを用い、酸素なしの希ガス雰囲気中、または反応性ガスとして20体積%以下の酸素を供給する希ガス雰囲気中で、DCスパッタリング法およびパルスDCスパッタリング法のいずれか一方のスパッタリング法によって酸化モリブデン含有層を形成する、酸化モリブデン含有層の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化モリブデン含有層を製造するためのスパッタリングターゲット、酸化モリブデン含有層を蒸着させるためのそのようなスパッタリングターゲットの使用に関する。
【0002】
酸化モリブデン(MoOx)からのターゲット材料は、酸化モリブデン含有層を真空プロセスで気相から堆積させるために、PVDコーティング設備(PVD:物理蒸着)のようなカソード霧化設備内で使用される。このコーティングプロセス(スパッタリングプロセス)では、(スパッタリング)ターゲットからの層形成粒子が気相になり、これらの粒子の凝縮によって、(必要に応じて反応性ガスとしての酸素の供給下(「反応性スパッタリング」)で)対応する酸化モリブデン含有層が、コーティングすべき基板上に形成される。
【背景技術】
【0003】
(特に酸化モリブデンをベースとする)酸化モリブデン含有層は、興味深い光学特性を有することから、特に、例えば電子ディスプレイのような光学または光電子用途の層構造において用いられる。これらは、多くの場合、例えば電気伝導路として機能する、例えばアルミニウム(Al)、銅(Cu)、チタン(Ti)または(金属)モリブデン(Mo)からの金属層と組み合わせて、またはこれらに直接隣接して用いられる。酸化モリブデン層の使用例は、日本国特許第2013020347号にあり、この使用例では、静電容量式タッチセンサのディスプレイ(タッチスクリーン)内の金属伝導路が、金属伝導路の不所望な反射を抑制するために、MoOxからの光吸収層で覆われている。
【0004】
光吸収率、光反射率、光透過率、エッチング速度(湿式化学エッチングプロセスに関連するフォトリソグラフィーによって堆積層を続いて構造化する際に重要)、熱安定性、および製造プロセスで使用されるさらなる化学物質に対する安定性(例えば、フォトレジスト現像剤またはフォトレジスト除去剤に対する安定性)のような重要な特性は、堆積されるMoOx層の正確な化学量論組成xまたは追加されるドーピング元素に依存する。例えば、上記の静電容量式タッチセンサのような多くの用途では、酸化モリブデンが準化学量論組成で存在する、すなわち、酸化物が非占有酸素原子価を有し、かつ堆積されたMoOx層に酸素空孔が存在する、MoOx層が必要である。特に、MoO2.5~MoO2.98のx範囲の準化学量論的MoOx層は、これまで、その電気光学特性を理由に、そのような用途で特に興味深いものであった。これらは、可視波長範囲の光を吸収し、同時にまた、十分に導電性(<20kΩ/スクエアまたは<20kΩ/スクエアのシート抵抗)であり、通常、半導体である。
【0005】
そのような準化学量論的MoOx層を製造するための最も単純な手法は、適切に調整されたアルゴンガス雰囲気および酸素ガス雰囲気中で反応性スパッタリングされる金属モリブデンターゲットに基づいているため、モリブデンに加えて、酸素原子も堆積層に包有される。層厚および化学量論、特に酸素含有量の観点で特に、均一な特性を有する層を達成するためには、反応性スパッタリングにおいて、基板の周囲に、精密で、時間的かつ空間的に均等な酸素濃度を有する雰囲気を提供すべきである。これは、非常に煩雑かつ費用のかかるプロセス技術によってしか実現できないため、それに相応して高いコストが伴う。さらに、反応性スパッタリング時に、(例えば、設備の起動時に)酸素分圧が変化すると、プロセス安定性にとって不都合なヒステリシス効果が生じる。
【0006】
金属ターゲットに加えて、MoO2ターゲット(米国特許出願公開第2006/0165572号明細書)のような酸化物セラミックターゲット材料、または準化学量論組成を有するターゲット材料(独国特許出願公開第102012112739号明細書および欧州特許出願公開第0852266号明細書)が公知である。米国特許出願公開第2006/0165572号明細書には、少なくとも99重量%のMoO2を有するターゲット材料が開示されている。しかしながら、このターゲット材料は、酸素が少な過ぎるため、追加の反応ガスとしての酸素なしでは、x>2のMoOx層を堆積させることができない。
【0007】
独国特許出願公開第102012112739号明細書には、準化学量論組成を有するMoOxターゲット材料が開示されており、ターゲット材料の組成は、堆積させるべき層における化学量論に近似している。しかしながら、層の化学量論を微調整するためには、金属ターゲットまたはMoO2ターゲットとの比較であったとしても、比較的少ない酸素の供給がさらに必要であり、それによって、すでに先に言及したように、堆積層の品質に悪影響が与えられ得る。使用したMoOxターゲット材料の微細構造に関するより詳細なデータは存在しない。さらに、ターゲット材料の達成可能な相対密度も非常に不利である。準化学量論的酸化物Nb-Mo-Oxの実施例の場合、相対密度は85%である。しかしながら、コーティング設備のオペレータからは、堆積層に不所望な粒子形成をもたらし得る閃光放電(アーク)のリスクをコーティングプロセス時に低減するために、できるだけ高い、特に>95%の相対密度を有するターゲット材料が求められている。
【0008】
すでに言及したように、(特に酸化モリブデンをベースとする)酸化モリブデン含有層は、工業的には、カソード霧化(「スパッタリング」)によるコーティングプロセスにおいて製造される。基本的には、金属ターゲット材料に反応性スパッタリングを行うことによってそのような酸化モリブデン含有層を製造することが可能であり、この金属ターゲット材料には、例えば適切に調整されたアルゴンプロセスガス雰囲気および酸素プロセスガス雰囲気中で反応性スパッタリングが行われる。ここで、ターゲット材料の金属原子は、コーティングプロセス中に初めてプロセスガスからの酸素と大部分が反応するため、プロセス制御は、ヒステリシス効果(酸素分圧の変化による層堆積速度、放電電流および/またはターゲット電圧の不連続的な変化)およびターゲット表面の被毒(ターゲット被毒)によって困難になる。それとは対照的に、酸化物ターゲット材料を有するスパッタリングターゲットの堆積は、コーティングプロセスを、純粋な希ガスプロセスガス(通常はアルゴン)を用いて、または例えば酸素のような少量の他のガスが添加された主構成要素としての希ガス(通常はアルゴン)を用いて実施することができることから、工業的条件下で有利である。特に、酸化物ターゲット材料を使用する場合、プロセス制御が簡素化されると同時に、より高いコーティング速度およびより高いプロセス安定性が可能になる。さらに、すでに導入されている多くのコーティング設備は、金属スパッタリングターゲットの金属層を堆積させるためにのみ設計されていることから、酸素をスパッタリングガスに供給することができない。そのようなスパッタリング設備の汎用性を酸化物ターゲット材料の使用によって高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】日本国特許第2013020347号
【文献】米国特許出願公開第2006/0165572号明細書
【文献】独国特許出願公開第102012112739号明細書
【文献】欧州特許出願公開第0852266号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって、本発明の課題は、高品質な層を製造するための安定したスパッタリングプロセスが設定可能な、酸化モリブデン含有スパッタリングターゲットであって、スパッタリングターゲットが、工業規模で安価かつプロセス信頼性となるように製造可能であるべきであり、より高い曲げ破壊強度、熱伝導率および温度伝導率を有し、そのため、より高い出力でスパッタリング可能であり、したがって、より高い堆積速度を可能にし、それによって、より安価なプロセスを可能にし、またターゲットの使用時に堆積される層が、エッチング特性の観点で改善された特性を示し、同時に反射率および導電率の許容可能な値を示す、スパッタリングターゲットを提供することである。
【0011】
この課題は、請求項1に記載のスパッタリングターゲットによって、請求項14に記載のスパッタリングターゲットの使用によって、および請求項15に記載の製造された層の使用によって解決される。本発明の有利な発展形態は、従属請求項に記載されており、これらは、互いに自由に組み合わせることができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によると、モリブデンベースの導電性酸化物ターゲット材料を有するスパッタリングターゲットが提供される。ここで、ターゲット材料は、MoO2相と、少なくとも1つの金属がモリブデンである少なくとも1つの準化学量論的金属酸化物相とを含有し、ターゲット材料中で、モリブデンに対する酸素の原子比は2.1~2.5の範囲にあるが、ただし、ターゲット材料の総酸素含有量は71原子%未満である。
【0013】
驚くべきことに、ターゲット材料中でのモリブデンに対するOの原子比が2.1~2.5の範囲にある場合、これまで焦点が当てられていた2.5超~2.9のより高い値に比べて、ターゲットを使用してスパッタリングされた層の反射率の値が比較的低くなり、同時に、層の導電率が増加することが達成されると見出された。さらに、ターゲット材料は、より高い酸素含有量を有する同等のターゲット材料と比較して、著しくより良好な熱伝導率および著しくより良好な曲げ強度を有する。
【0014】
「スパッタリング」とは、カソード霧化とも呼ばれ、高エネルギーイオン(例えば、プロセスガスの希ガスイオン)の衝突によって固体(ターゲット材料)から原子または分子が放出されて気相になる物理的プロセスである。より薄い層を製造するために、霧化されたターゲット材料が、基板上に堆積され、そこで固体層を形成する。スパッタリング堆積と呼ばれることもあるこのコーティングプロセスは、PVD法(PVD:物理蒸着)の1つであり、以下では「スパッタリング」とも呼ばれる。ターゲット材料は、(必要に応じて、プロセスガスからのおよび/またはさらなるスパッタリングターゲットのさらなる材料と一緒に)スパッタリングプロセス中に霧化することおよび層形成することが意図されている、固体材料として存在するスパッタリングターゲット材料である。スパッタリングターゲットは、ターゲット材料によってのみ形成されていても、すなわち、ターゲット材料からなっていても、またはさらに、ターゲット材料と直接的または間接的に(すなわち、少なくとも1つのさらなる構成要素を介して)接続されたさらなる構成要素、例えば、バックプレート(複数可)、支持管(複数可)、コネクタ(複数可)、インサート(複数可)などを有していてもよい。ここで、スパッタリングターゲット(および対応してターゲット材料)は、様々な形状で、特に、例えば正方形、長方形、円形などの様々な基本形状を有する平面状のスパッタリングターゲットとして、または管状のスパッタリングターゲットとしても提供され得る。特に、ターゲット材料は、少なくとも0.03m(メートル)の少なくとも1つの空間方向に沿って伸びる巨視的固体を形成する。
【0015】
「酸化物」ターゲット材料においては、ターゲット材料に含有される金属が、実質的に完全に酸化物として存在すると理解される。特に、金属相の割合は、ターゲット材料中で、その研削断面(Schliffbild)に関して、<1体積%である。特に、ターゲット材料中の金属相の割合は、ここで用いられて以下でさらにより詳細に説明されるラマン測定による検出限界を下回る。ターゲット材料は、4点測定法で抵抗測定スタンド(Ulvac ZEM3)によって測定して少なくとも80S/mの導電率を有する場合、「導電性」と呼ばれる。ターゲット材料の「相」とは、その空間領域であると理解され、その内部には、均一な化学組成および均一な結晶構造があり、相中の個々の結晶粒の配向は様々であり得る。「混合酸化物」とは、結晶格子が酸素イオンおよび複数の元素(ここでは、特にMoおよび必要に応じてドーピング元素Me)のカチオンから構成される結晶構造を有する酸化物であると理解される。
【0016】
異なる相およびその体積比、ならびにターゲット材料の密度も、試料の代表的な断面に基づいて決定され、その際、等方性組織が想定され得るため、体積データは、切断面において測定された面積比から導出される(すなわち、体積比は、測定された面積比に相応する)。そのために、試料の金属組織研削片が乾式調製によって製造され、その際、異なる金属酸化物相の空間分解能を決定するために、ラマン顕微鏡を用いたラマン分光法が適用される。以下でさらに詳細に記載するように、ラマン分光法では、分析すべきターゲット材料の試料表面が、レーザービームで点状に走査され、各測定点に対して完全なラマンスペクトルが作成される(「ラマンマッピング」)。各測定点について得られたラマンスペクトルを該当する異なる金属酸化物の参照スペクトルと比較することによって、対応する相が各測定点に割り当てられ、それによって、試料の相組成の2次元表示が作成され、この2次元表示から、異なる相の面積比(または体積比)が算出される。異なる金属酸化物相の体積データ(またはこれと同一の面積データ)は、標準化されており、ターゲット材料の材料粒子(粒)が占める総体積(または総面積)に関する相対的データである。ターゲット材料の細孔が占める体積(またはこれと同一の面積)は、この総体積(またはこの総面積)から除外されている。したがって、個々の金属酸化物相の体積データ(またはこれと同一の面積データ)は、細孔体積を含まずに合計100%になる。
【0017】
好ましい実施形態では、ターゲット材料中で、Moに対するOの原子比は、2.1~2.48、さらに好ましくは2.1~2.45、さらに好ましくは2.1~2.42、さらに好ましくは2.2~2.4の範囲にある。特に好ましくは、ターゲット材料中で、Moに対するOの原子比は2.375である。
【0018】
本発明によると、ターゲット材料の総酸素含有量は71原子%未満である。好ましくは、総酸素含有量は、67.7原子%~71原子%の範囲にある。
【0019】
モリブデンは、異なる酸化状態、特に、MoO2、MoO3の形態、ならびに複数の準化学量論的酸化物MoOy、例えば、Mo4O11(y=2.75)、Mo17O47(y=2.76)、Mo5O14(y=2.8)、Mo8O23(y=2.875)、Mo9O26((y=2.89)高温変態)およびMo18O52((y=2.89)低温変態)などの形態で存在し得る。
【0020】
以下で表に示すように、MoO2ターゲットから堆積された層系(ガラス基板/MoOx(50nm)/アルミニウム(200nm))は、550nmの波長で13.9%の反射率を有し、ここで焦点を当てている用途(例えば、テレビ、携帯電話、タッチスクリーン用の電子ディスプレイ)には反射率の値が高過ぎる。そのようなMoOx単層の層抵抗は、2200μΩ・cmである。それとは対照的に、MoO2.75スパッタリングターゲットのMoOx層を有する同等の層系は、550nmの波長で5.5%の反射率を示すが、単層の層抵抗は、43600μΩ・cmである。驚くべきことに、(本発明による)MoO
2.375
スパッタリングターゲットから堆積されたMoOx層を有する層系は、550nmで5.5%の非常に低い反射率を有し、同時に、個々の層は、22500μΩ・cmの低い電気抵抗を有する。
【0021】
【0022】
本発明によると、ターゲット材料は、MoO2相および少なくとも1つの準化学量論的MoOx相を有する。MoO2相は、ターゲット材料中で、それぞれその研削断面に関して、(ラマン顕微鏡を用いて測定して)好ましくは4~85体積%の割合、さらに好ましくは22~42体積%の割合で含有される。
【0023】
好ましい実施形態によると、MoO3の割合は、ターゲット材料中で、その研削断面に関して、(ラマン顕微鏡を用いて測定して)0~2体積%の範囲にあり、すなわち、この割合は≦2体積%である。MoO3は電気絶縁性(導電率1×10-5S/m未満)であり、それによって、コーティングプロセス中に粒子が形成され得るため、MoO3の割合は、できるだけ低く保つ必要がある。さらに、MoO3は水溶性であり、このことは、ターゲットの機械による加工および保管の点で不利である。好ましくは、ターゲット材料中のMoO3は、ラマン分光法ではまったく検出できない(すなわち、割合が0体積%)か、または完全には回避できない場合は、0.1~1.0体積%の範囲の割合に保たれる。
【0024】
本発明は、スパッタリングプロセスのプロセス安定性に関して、ターゲット材料の酸素含有量が製造すべき層の酸素含有量と同一または実質的に同一であると有利であるという認識に基づく。好ましくは、ターゲット材料の酸素含有量(重量%)および製造すべき層の酸素含有量(重量%)は、最大±2重量%互いに異なる。したがって、プロセスガスを介した酸素の供給は、必要ではないか、またはごく僅かしか必要ではなく、それによって、ヒステリシス効果が抑制され、プロセス制御が簡素化される。
【0025】
純粋な酸化モリブデン層は、魅力的な電気光学特性を有する。しかしながら、純粋な酸化モリブデン層は、アルカリ性媒体に対して、例えば、強塩基のテトラメチルアンモニウムヒドロキシド(TMAH)に対して耐久性が低くなる。しかしながら、驚くべきことに、本発明によるターゲット材料から堆積された層は、>2.5~2.98のx範囲を有する準化学量論的MoOx組成物を有するターゲット材料から堆積された層よりも、TMAHに対して、より低い、すなわち、より有利なエッチング速度を有することが見出された。
【0026】
したがって、好ましい実施形態では、ドーピング元素は含有されない。この実施形態では、Mo4O11の相割合は、ターゲット材料中で、その研削断面に関して、(ラマン顕微鏡を用いて測定して)22~77体積%の範囲にあり、MoO2の相割合は、ターゲット材料中で、その研削断面に関して、(ラマン顕微鏡を用いて測定して)23~78体積%の範囲にあり、総酸素含有量は≦71.4原子%である。
【0027】
また、本発明では、準化学量論的酸化モリブデン含有層(および対応してスパッタリングターゲットのターゲット材料)にドーピング元素を添加することによって、電気光学特性を著しく変えることなく、一般的なウェットエッチング媒体(例えば、アルミニウム金属化物を構造化するためのリン酸、硝酸および酢酸に基づくPANエッチング、Cuを構造化するためのH2O2に基づくエッチング)におけるエッチング速度をさらに下げることができる。
【0028】
したがって、好ましい実施形態では、ターゲット材料は、周期表の第IVa、VaおよびVIa族からなる群からのドーピング元素Meを含有し、特に、ここでは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびWが好ましい。
【0029】
さらなる好ましい実施形態では、ターゲット材料は、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)およびチタン(Ti)からなる群からのドーピング元素Meを含有する。ここで、TaおよびNbからなる群が特に好ましく、Taがさらに好ましい。
【0030】
さらなる実施形態では、ターゲット材料中で、原子%でのMoおよびドーピング元素Meを合計した総含有量に対する原子%でのドーピング元素Meの割合は、0.02~0.15の範囲、好ましくは0.05~0.12の範囲にある。
【0031】
この実施形態では、MoO2相に加えて、好ましくは、混合酸化物相(Mo1-xMex)5O14が、ターゲット材料中で、その研削断面に関して、(ラマン顕微鏡を用いて測定して)50~78体積%の範囲の相割合で存在する。この実施形態では、Taが、好ましいドーピング元素である。
【0032】
本発明によるスパッタリングターゲットが、さらに以下で詳細に記載するように、短いプロセス時間(例えば、典型的には12時間未満の保持時間)内に、高い相対密度および高い相純度を有する稠密な構成要素(例えば、ターゲットセグメント当たり少なくとも1kgの稠密なターゲット材料)として工業規模で製造可能であることがさらに有利である。
【0033】
ターゲット材料には、製造関連の「不純物」(金属および非金属の両方)、例えば、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、アンチモン(Sb)、鉄(Fe)、炭素(C)、ホウ素(B)および窒素(N)などが含有され得る。そのような不純物の総含有量は、典型的には、<1000μg/gである。
【0034】
一発展形態によると、ターゲット材料中で、重量%での酸素含有量は、25.9~29.5重量%の範囲にある。堆積層中の酸素含有量は光反射に影響を与えるため、好ましくは、ターゲット材料中で、典型的には上記の範囲にあるほぼ対応する酸素含有量が調整される。さらに、この範囲内で十分な導電性が達成されるため、DC(直流)スパッタリングプロセスが可能になる(その一方で、電気絶縁性ターゲットは、RF(RF:無線周波、すなわち、高周波)スパッタリングプロセス(すなわち、交流)でスパッタリングされる必要があり、このことが、(特にスパッタリング設備の設計に関して)コストの増大に関連している)。ここで、酸素含有量は、以下でさらにより詳細に説明するように、対応する酸化物含有粉末を秤量することによって製造過程で調整することができ、それによって、(秤量された金属比に対する)秤量された酸素比は、ターゲット材料の所望の酸素含有量に対応する。金属酸化物相における様々な格子サイトの正確な占有率も必要に応じて温度依存で変化させることができるため、ターゲット材料中の総酸素含有量のみを考慮することが合理的である。ここでは、ターゲット材料中の総酸素含有量は、キャリアガス熱抽出(例えばLECO RO300またはLECO 836のデバイスを用いた赤外線測定セルによるCOまたはCO2としての酸素の検出)によって特定される。
【0035】
ターゲット材料自体について、含有される金属の割合および比Me/(Mo+Me)を、化学分析、特にICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法;誘導結合プラズマを用いた質量分析法)によって、またはICP-OES(誘導結合プラズマ発光分析法;誘導結合プラズマを用いた発光分析法)によって決定することができる。
【0036】
一発展形態によると、ターゲット材料は、95%以上(すなわち、95~99.9%の範囲)、特に≧97%(すなわち、97~99.9%の範囲)、好ましくは≧98%(すなわち、98~99.9%の範囲)の相対密度を有する。密度は、以下でより正確に説明する、ターゲット材料の試料の乾式調製によって特定される。密度の低いターゲット材料はスパッタリング時に閃光放電(「アーク」)および粒子形成を引き起こし得るため、高い相対密度を有する稠密なターゲット材料が堆積層の品質にとって重要である。相対密度は、ターゲット材料の金属組織研削片の光学顕微鏡画像に基づくデジタル画像分析によって決定され、この金属組織研削片において、細孔の相対面積比「FA」(FA:検査すべき総面積に対する細孔の面積比)が評価される。相対密度はこの値(1-FA)に相応し、その際、相対密度は、3つのそのような多孔度測定の算術平均として計算される。この手順を以下で詳細に説明する。
【0037】
一発展形態によると、ターゲット材料は、25℃で≧100S/mの導電率を有する。これによって、DCスパッタリングが可能になり、製造される層においても十分な導電率が得られる。ここで、導電率は、4点測定法で抵抗測定スタンド(例えば、Ulvac ZEM3)によって測定される。
【0038】
ターゲット材料が、25℃で≧2mm2s-1の温度伝導率を有することを特徴とする、前述の請求項のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。温度伝導率は、レーザーフラッシュ分析(LFA)で決定することができる。
【0039】
ターゲット材料が、25℃で≧3.5W/mKの熱伝導率を有することを特徴とする、前述の請求項のいずれか1項に記載のスパッタリングターゲット。
【0040】
一発展形態によると、ターゲット材料は、粉末冶金によって製造された(巨視的)固体として存在する。粉末冶金による製造ルートによって、短いプロセス時間(例えば、典型的には12時間未満の保持時間)内に、高い相対密度および高い相純度を有する稠密な構成要素(例えば、ターゲットセグメント当たり少なくとも1kgの稠密なターゲット材料)として工業規模でターゲット材料を安価に製造することが可能になる。ここで、粉末冶金製造とは、対応する出発粉末(複数の粉末の場合、予め適切に混合される)が圧力および/または温度の適用によって圧縮されることと理解される。ここで、粉末冶金製造によって、ターゲット材料の特徴的な微細構造、特に多相かつ微粒の組織がもたらされる。粉末冶金製造は、当業者であれば、光学顕微鏡で、走査型電子顕微鏡(SEM)で、またはラマン顕微鏡によって、研削断面に基づいて、ターゲット材料から容易に認識可能である。
【0041】
出発粉末としては、MoO
2
、MoO
3
、必要に応じて僅かな割合の、特にMo
4
O
11
などの、準化学量論的酸化モリブデン並びにドーピング元素Meの1つ以上の酸化物との粉末混合物が形成されることが好ましい。異なる粉末の画分を秤量して、元素Mo、MeおよびOの所望の量比を調整する。MoO2およびMoO3は、容易に入手可能で、安価で、周囲条件下で熱力学的に安定した、取り扱いが容易な原材料である。準化学量論的酸化物は、H2のような適切な雰囲気中でMoO3粉末を還元することによって製造することができる。
【0042】
粉末の混合は、好ましくは、インテンシブミキサ内で、またはすき刃ミキサ(Pflugscharmischer)を用いて実施され、その際、粉末を非常に良好に混合することに留意されたい。
【0043】
圧縮は、特に、熱間プレス、熱間静水圧プレス、スパークプラズマ焼結(SPS)またはプレス焼結によって行われ得る。ここで、圧縮は、特に600~800℃の温度および15~110MPaのプレス圧力で行われる。好ましくは、圧縮は、特に高温に設定される場合、真空または保護ガス雰囲気(例えば、アルゴン)で行われる。SPSの場合、圧縮は、圧力および温度を適用することによって行われ、その際、熱は、粉末混合物を通過する電流によって内部に生成される。熱間プレスの場合、圧縮は、同様に圧力および温度を適用することによって行われ、その際、熱は、加熱された型を介して外部から供給される。熱間静水圧プレスの場合、出発粉末は、密閉カプセル内にあり、圧縮は、カプセルに圧力および温度を適用して行われる。プレス焼結による圧縮の場合、出発粉末は、プレスされてグリーン体になり、続いて、このグリーン体は、溶融温度未満の熱処理によって焼結される。
【0044】
圧縮プロセス中に、出発粉末は、固相反応で、または化学組成およびプロセス条件に応じて液相反応もしくは多相反応(例えば、固体-液体)でも、ターゲット材料に変換される。圧縮後に、機械による後加工を、例えば切削工具によって、所望の最終形状にするために、または表面後処理(所望の表面粗さの調整)のために行ってもよい。本発明によるターゲット材料は、曲げ破壊強度の増加およびより高い熱伝導率を理由に、例えば、機械加工時(材料のチッピングが少ない)および接合時(亀裂形成の傾向がより低い)における改善された加工性を示す。必要に応じて、例えば、バックプレート(複数可)、支持管(複数可)、コネクタ(複数可)、インサート(複数可)のようなさらなる構成要素をさらに取り付けて、スパッタリングターゲットを完成させる必要がある。
【0045】
さらに、本発明は、酸化モリブデン含有層を蒸着させるための、さらに上記の発展形態および変形形態のうちの1つ以上によって形成することが可能な本発明によるスパッタリングターゲットの使用であって、スパッタリング法が、DCスパッタリング法またはパルスDCスパッタリング法として、酸素なしで、または代替的には最大20体積%の酸素を反応性ガスとして供給して、希ガス雰囲気中で行われる、使用に関する。直流スパッタリングまたはDCスパッタリングでは、カソードとして接続されているスパッタリングターゲットとアノード(通常、コーティング設備のハウジングおよび/または真空チャンバ内の遮蔽鋼板)との間に直流電圧が印加される。ここで、DCスパッタリング法またはパルスDCスパッタリング法は、希ガス雰囲気、特にアルゴンガス雰囲気中で、好ましくは酸素の追加供給なく非反応性で行われる。ここで堆積された層は、コーティングプロセス時の僅かな酸素欠乏(吸い込まれるプロセスガスによる形成された酸素の除去)を理由に、使用されるターゲット材料よりも僅かに低い酸素含有量を有する場合があるが、これは、コーティング設備および稼働方式に応じて僅かに変化し得る。ターゲット材料の酸素含有量よりも高い酸素含有量を有する酸化モリブデン含有層を製造するために、ターゲット材料に、(反応性ガスの組成に対して)最大20体積%、好ましくは10体積%未満、さらにより好ましくは5体積%未満の酸素の供給下で反応性スパッタリングを行うこともでき、その際、供給される酸素の量は、酸化物ターゲット材料を使用することによって比較的低く維持することができる。したがって、反応性スパッタリングの欠点(ヒステリシス効果、堆積層の潜在的な不均一性)は、それほど強く影響しない。
【0046】
さらに、本発明は、上記の使用によって堆積される酸化モリブデン含有層に関する。低い反射率、低い層抵抗のような、これらの層の利点については、先の表に基づいてすでに論じた。
【0047】
本発明のさらなる利点および有用性は、添付の図を参照する実施例の以下の説明に基づいて明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明による2つのモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例2、実施例3)ならび3つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0、3および6Mol%のTa
2O
5)についての曲げ破壊強度(4点曲げ試験で特定およびMPa(メガパスカル)で記載)がプロットされている図である。
【
図2】本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明による2つのモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例2、実施例3)ならび3つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0、3および6Mol%のTa
2O
5)についての熱伝導率(W/m・K(ワット毎メートル毎ケルビン)で記載)がプロットされている図である。
【
図3】スパッタリング試験において本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明によるモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例3)ならびに2つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0および6Mol%のTa
2O
5)を用いて堆積させた層系についての、波長(nm)(ナノメートル)に対する(%)での反射率がプロットされている図である。
【
図4】スパッタリング試験において本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明によるモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例3)ならびに2つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0および6Mol%のTa
2O
5)を用いて堆積させた層系についての、550nmの波長(@550nm;ナノメートル)の場合の(%)での最低反射率がプロットされている図である。
【
図5】スパッタリング試験において本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明による2つのモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例2、実施例3)ならびに3つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0、3および6Mol%のTa
2O
5)を用いて堆積させた層についての比電気抵抗(4点測定で特定およびμΩ・cm(マイクロオーム毎センチメートル)で記載)がプロットされている図である。
【
図6】スパッタリング試験において本発明によるモリブデン酸化物(実施例1)および本発明によるモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(実施例2)ならびに2つの比較例(MoO
x、O部分のx=2.75;0および3Mol%のTa
2O
5)を用いて堆積させた層についてのエッチング速度(2.36%のTMAH水溶液(テトラメチルアンモニウムヒドロキシド)中で特定およびnm/分(ナノメートル毎分)で記載)がプロットされている図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
製造例:
実施例1:MoO2.375
MoO2粉末(Plansee SE)をメッシュサイズ63μmのふるいでふるい分けする。そのようにして得られた62Mol%のMoO2粉末を、インテンシブミキサ(Eirich)内で20分にわたって、38Mol%のMoO3粉末(Molymet)と混合し、粉末成分間に均一な分布が生じるようにする。得られた粉末混合物を、φ250mmおよび高さ50mmの寸法を有するグラファイト型に入れ、真空下、プレス圧力25MPa、温度800℃および保持時間120分で、熱間プレスにおいて圧縮する。稠密化された構成要素の相対密度は98.1%である。得られたターゲット材料の大部分は、95.2体積%の割合のMo4O11相からなる。さらに、ターゲット材料は、4.8体積%の割合のMoO2相を有する。
【0050】
実施例2:MoO2.375+3Mol%のTa2O5
MoO2粉末(Plansee SE)をメッシュサイズ63μmのふるいでふるい分けする。そのようにして得られた76Mol%のMoO2粉末を、インテンシブミキサ(Eirich)内で20分にわたって、21Mol%のMoO3粉末(Molymet)および3Mol%の五酸化タンタル粉末(H.C. Starck、Ta2O5)と混合し、粉末成分間に均一な分布が生じるようにする。得られた粉末混合物を、φ250mmおよび高さ50mmの寸法を有するグラファイト型に入れ、真空下、プレス圧力25MPa、温度800℃および保持時間120分で、熱間プレスにおいて圧縮する。稠密化された構成要素の相対密度は98.1%である。得られたターゲット材料の大部分は、69体積%の割合の(Mo0.93Ta0.07)5O14相からなる。さらに、ターゲット材料は、29体積%の割合のMoO2相および2体積%の割合のMo4O11相を有する。
【0051】
実施例3:MoO2.375+6Mol%のTa2O5
MoO2粉末(Plansee SE)をメッシュサイズ63μmのふるいでふるい分けする。そのようにして得られた88Mol%のMoO2粉末を、インテンシブミキサ(Eirich)内で20分にわたって、8Mol%のMoO3粉末(Molymet)および6Mol%の五酸化タンタル粉末(H.C. Starck、Ta2O5)と混合し、粉末成分間に均一な分布が生じるようにする。得られた粉末混合物を、φ250mmおよび高さ50mmの寸法を有するグラファイト型に入れ、真空下、プレス圧力25MPa、温度800℃および保持時間120分で、熱間プレスにおいて圧縮する。稠密化された構成要素の相対密度は99.7%である。得られたターゲット材料の大部分は、57体積%の割合の(Mo0.93Ta0.07)5O14相からなる。さらに、ターゲット材料は、41体積%の割合のMoO2相および2体積%の割合のTa2O5相を有する。
【0052】
物理的および機械的特性:
一連の試験の過程で、本発明によるものではないモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(MoOx、O部分のx=2.75)と比較して、実施例1~実施例3によって製造されたモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(MoOx、O部分のx=2.375)について調べた。ここで、スパッタリングターゲットを製造するために使用された粉末混合物中のTa2O5含有量は、相違しており、0、3または6Mol%であった。
【0053】
図1には、異なるモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲットの曲げ破壊強度(4点曲げ試験で特定)が示されている。実施例1~3によって製造されたスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.375)は、本発明によるものではないスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.75)と比較して、調べたすべての組成物について、より高い曲げ破壊強度をそれぞれ有する。
【0054】
図2には、異なるモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲットの熱伝導率(レーザーフラッシュ分析で特定)が示されている。実施例1~3によって製造されたスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.375)は、本発明によるものではないスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.75)と比較して、調べたすべての組成物について、より高い熱伝導率をそれぞれ有する。
【0055】
スパッタリング試験:
一連の試験の過程で、層の特性を特定するために、本発明によるものではないモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲット(MoOx、O部分のx=2.75)と比較して、実施例1~実施例3によって製造されたモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物ターゲット材料(MoOx、O部分のx=2.375)に、所定のプロセス条件下で非反応性スパッタリングを行った。ここでは、200Wのスパッタリング出力と、5.0×10-3mbar(22sccm;sccm:1分当たりの標準立方センチメートル)のアルゴンのプロセス圧力とを使用した。
【0056】
作製した層の反射率を評価の基準として使用した。反射率を決定するために、ガラス基板(Corning Eagle XG、50×50×0.7mm
3)を、モリブデン酸化物またはモリブデン-タンタル酸化物と200nmのAl(アルミニウム)のカバー層とでコーティングした。反射は、Perkin Elmer Lambda 950分光光度計を使用して、指定した波長範囲にわたってガラス基板を通して測定した。できるだけ低い反射率を得るために、モリブデン酸化物またはモリブデン-タンタル酸化物の層厚を40~60nmの範囲で変化させた。この一連の試験からの結果は、
図3および
図4に示されている。
図3には、(nm;ナノメートル)での波長に対する(%)での反射率がそれぞれプロットされている。ここで、実施例1および実施例3からの反射率曲線は、黒色で描かれた曲線として、実施例1については破線で、実施例3については一点鎖線で描かれており、本発明によるものではない参照層系(実線または点線として灰色で描かれた曲線で記載)の反射率曲線と同等(ほぼ一致)の範囲にある。測定された反射率曲線の最小値は、実施例1および実施例3からの層の場合、本発明によるものではない参照(MoO
x、O部分のx=2.75)の反射率曲線の最小値とほぼ同じ値である。
【0057】
図4には、それぞれ使用されるモリブデン酸化物またはモリブデン-タンタル酸化物スパッタリングターゲットに応じて、550nmの波長の場合の(%)での測定された最低反射率の絶対値がそれぞれプロットされている。ここでは、40~60nmの層厚を有するスパッタリングされたモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物層に関して決定したすべての反射率曲線を評価した。
図4の比較から分かるように、実施例1および3による本発明によるスパッタリングターゲットの場合、本発明によるものではないスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.75;0および6Mol%のTa
2O
5)における最小反射率と同等の最小反射率が達成される。
【0058】
さらに、実施例1~3からのスパッタリングターゲット(MoO
x、x=2.375)を用いて堆積された厚さ50nmのスパッタリングされたモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物層について、比電気抵抗(4点測定、Keithley 2400 Source Meter)を決定し、本発明によるものではないスパッタリングターゲット(MoO
x、x=2.75)を用いてスパッタリングされた層と比較した。
図5の比較から分かるように、実施例1~3による本発明によるスパッタリングターゲットを用いると、本発明によるものではないスパッタリングターゲットを用いた場合よりも、層のより低い比電気抵抗が達成される。
【0059】
さらに、実施例1および2からのスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.375)を用いて堆積された厚さ100nmのスパッタリングされたモリブデン酸化物およびモリブデン-タンタル酸化物層について、ウェットエッチング速度を2.36%のTMAH(テトラメチルアンモニウムヒドロキシド)水溶液において決定し、本発明によるものではないスパッタリングターゲット(MoO
x、O部分のx=2.75)を用いてスパッタリングした層のエッチング速度と比較した。
図6の比較から分かるように、実施例1および2による本発明によるスパッタリングターゲットを用いると、本発明によるものではないスパッタリングターゲットを用いた場合よりも、より低いエッチング速度が達成される。
【0060】
さらに、本発明によるスパッタリングターゲットは、先に説明したさらなる利点を有する。特に、本発明によるスパッタリングターゲットは、それらの熱伝導率の増加および曲げ破壊強度の増加を理由に、低減された亀裂傾向を接合時に示すか、または本発明によるターゲット材料のスパッタリング時により都合の良いスパッタリング挙動(弧光(アーク)を回避しながらの均等なスパッタリング速度および少ない粒子形成)を示し、それによって、層品質に有利な影響が与えられる(均一な層組成;均等な層厚;少ない層欠陥)。本発明によるスパッタリングターゲットを用いて堆積されたスパッタリング層は、低い比電気抵抗および低いウェットエッチング速度を有し、これは、アルミニウムまたは銅の層との組み合わせにおいて有利である。
【0061】
試料の調製:
ターゲット材料に含有される相の体積比およびターゲット材料の密度を決定するために、約10~15×10~15mm2の面積を有する試料を乾式切断法(ダイヤモンドワイヤーソー、バンドソーなど)において裁断し、圧縮空気で洗浄し、続いて、温かくかつ伝導性で(Cドープして)フェノール樹脂に埋め込み、研削し、研磨することで、乾式調製によって、代表的な試料部品からの金属組織研削片を製造した。必要に応じて存在するMoO3相画分は水溶性であるため、乾式調製が重要である。続いて、そのようにして得られた研削片を光学顕微鏡法によって分析した。
【0062】
ラマン分光法による相割合の決定:
ターゲット材料に含有される相の空間分解能を決定するために、共焦点光学顕微鏡(Olympus BX41)をラマン分光計と組み合わせたラマン顕微鏡(Horiba LabRAM HR800)を使用した。ここで、分析すべき表面は、集束レーザービーム(He-Neレーザー、波長λ=632.81nm、総出力15mW)を用いて、1×1mm
2の面積で、5μmのステップ幅でポイントごとに走査した(検査すべき試料表面をモータ駆動式XYZテーブルに固定し、このテーブルを移動させた)。201×201の測定点のそれぞれの個々の測定点について、完全なラマンスペクトルを作成した(「ラマンマッピング」)。ラマンスペクトルは、光学格子(300ライン/mm、スペクトル分解能:2.6cm
-1)を介して波長分散的に分割され、CCD検出器(1024×256ピクセルマルチチャネルCCD、スペクトル範囲:200~1050nm)を用いて記録された後方散乱放射線から得られる。ラマン分光計からのレーザービームの焦点を合わせる役割を果たす、倍率100倍および開口数NA0.9の顕微鏡対物レンズでは、0.7μm
2の理論上の測定点サイズが達成された。励起エネルギー密度(5mW/μm
2)は、試料における相変態を回避するために十分に低くなるように選択される。励起放射線の侵入深度は、酸化モリブデンの場合、数マイクロメートルに制限されている(純粋なMoO
3の場合は、例えば、約4μmである)。測定点ごとに、ラマン信号を1秒の取得時間にわたって時間的に平均化し、その際、十分に良好な信号対雑音比が得られた。これらのラマンスペクトルの自動評価(評価ソフトウェアHoriba LabSpec 6)によって、試料の表面組成の2次元表示が作成され、この2次元表示から、様々な相の領域サイズ、面積比などが定量的に特定される。酸化モリブデン相を正確に同定するために、事前に合成された参照試料の参照スペクトルまたは比較的大きい均一な試料領域の参照スペクトルを記録し、その際、参照スペクトルが正確に1つの金属酸化物相に対応することに留意されたい。
図1~6には、(Mo
0.93Ta
0.07)
5O
14(
図1)、Ta
2O
5(
図2)、Mo
18O
52(
図3)、MoO
2(
図4)、MoO
3(
図5)、Mo
4O
11(
図6)の使用される参照スペクトルが示されている(個々のスペクトルにおいて、ラマンシフト(cm
-1)に対する散乱光の強度(数)がプロットされている)。ここで、ラマンスペクトルの分析および帰属は、CLS法(古典最小二乗法)を用いる上記の評価ソフトウェアの「多変量解析モジュール」によって行う。そのために、試料スペクトルSは、個々の正規化された参照スペクトルR
iの線形結合として示され、c
iはそれぞれの重み係数であり、Δはオフセット値であり、S=Σc
iR
i+Δである。続いて、金属酸化物相に対応する色が各測定点に割り当てられ、その際、色の割り当てには、最大の重み係数c
iを有する相のみがそれぞれ使用される。重み係数c
iの大きさ(量)によって、測定点の明るさが決定される。このアプローチが正当であるのは、1つの測定点のスペクトルが、通常、単一の金属酸化物相に明確に割り当てられるからである。
【0063】
使用した対物レンズでは、細孔で測定した場合であっても、201×201のすべての測定点から試料スペクトルが得られた。この場合、信号は、細孔の下のより深い領域から生じた。例えば細孔を理由に個々の測定点についてラマンスペクトルが得られない場合、このラマンスペクトルを面積比の決定から除外してもよく、すなわち、ターゲット材料の細孔が占める体積は、総体積から除外されている。したがって、個々の酸化モリブデン相の体積データは、細孔体積を含まずに合計100%になる。
【0064】
ここで説明した分析方法は、ここで該当する相の相対相割合を決定するのに非常に良好に適している。
【0065】
相対密度の決定:
ターゲット材料の相対密度は、金属組織研削片の光学顕微鏡画像のデジタル画像分析によって決定され、この金属組織研削片において、細孔の相対面積比「FA」が特定される。そのために、試料の調製後に、それぞれ1×1mmのサイズの3つの明視野画像を100倍の倍率で撮影し、その際、明らかなチッピングのゾーンまたは乾式調製を理由とする引っかき傷のような他の損傷パターンのゾーンをできる限り回避した。得られた画像を、IMAGIC画像データベースに実装されているデジタル画像処理ソフトウェアを用いて評価した。そのために、画像上にグレースケールの関数として細孔部分(暗部)をヒストグラムに基づいてマークした。間隔の下限は、0(=黒)に設定した。それとは対照的に、上限は、グレースケール強度ヒストグラムに基づいて主観的に評価する必要がある(255=白)。測定すべき画像領域は、スケールバーを除外するように設定した(ROI)。結果として、(パーセントでの)細孔の相対面積比「FA」および選択したグレースケール間隔に対応して色付けされた画像が得られる(色付けとは、このピクセルが測定に含まれていたため、細孔としてカウントされたことを意味する)。相対密度に関する値(1-FA)は、3つのそのような多孔度測定の算術平均として決定した。