(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】ガラス複合体
(51)【国際特許分類】
C03C 17/09 20060101AFI20241101BHJP
C03C 17/36 20060101ALI20241101BHJP
C03C 27/12 20060101ALI20241101BHJP
B32B 15/04 20060101ALI20241101BHJP
【FI】
C03C17/09
C03C17/36
C03C27/12 L
C03C27/12 N
B32B15/04 B
(21)【出願番号】P 2024048429
(22)【出願日】2024-03-25
【審査請求日】2024-03-26
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】大杉 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】末光 真大
【審査官】安積 高靖
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-034486(JP,A)
【文献】特開2002-020142(JP,A)
【文献】特開2006-206398(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 15/00-23/00
C03C 27/00-29/00
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射面である第1放射面から赤外光を放射する赤外放射ガラス層と、当該赤外放射ガラス層における前記第1放射面の存在側とは反対側に位置する光反射層とを記載の順に積層して備えるガラス複合体であり、
前記光反射層が、積層方向における厚肉部位と、前記積層方向における厚みが前記厚肉部位の厚みの2/3以下である薄肉部位とを有し、
前記薄肉部位は、前記第1放射面に直交する平面視において連続して一体に設けられ且つ前記平面視での面積が5cm
2以上の面積を有する第1金属薄肉部位と、前記平面視において連続して一体に設けられ且つ前記平面視での面積が前記第1金属薄肉部位の面積未満である第2金属薄肉部位とを有し、
前記第2金属薄肉部位は、前記平面視で分散して分布する形態で複数設けられ、
全体での、面平均日射反射率が40%以上であり、且つ面平均の8μm以上13μm以下の赤外光の輻射率の波長平均である平均輻射率が80%以上であるガラス複合体。
【請求項2】
前記積層方向において、前記第1金属薄肉部位及び前記第2金属薄肉部位のそれぞれの厚みは、0nm以上50nm以下である請求項1に記載のガラス複合体。
【請求項3】
前記積層方向において、前記第1金属薄肉部位及び前記第2金属薄肉部位のそれぞれの厚みは、0nm以上10nm以下である請求項1に記載のガラス複合体。
【請求項4】
前記平面視において、前記第2金属薄肉部位の面積は、0.03cm
2以上である請求項1又は2に記載のガラス複合体。
【請求項5】
前記光反射層の前記赤外放射ガラス層の存在側とは反対側に、前記光反射層を保護する保護層を備え、
前記保護層は、前記光反射層の存在側とは反対側の放射面である第2放射面から赤外光を放射する補助赤外放射層である請求項1又は2に記載のガラス複合体。
【請求項6】
前記補助赤外放射層の前記光反射層の存在側とは反対側に裏面ガラス層を備え、
前記裏面ガラス層は、前記補助赤外放射層の存在側とは反対側の放射面である第3放射面から赤外光を放射する赤外放射裏面ガラス層であり、
前記補助赤外放射層と前記赤外放射裏面ガラス層との間を接着する中間樹脂が、ポリビニルブチラール、ポリエチレンビニルアセテート、ポリウレタンの何れか一つ以上から成る請求項5に記載のガラス複合体。
【請求項7】
前記赤外放射ガラス層が、
無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルカリボロシリケートガラス及びアクリル樹脂ガラスの少なくとも1つ以上から成る請求項1に記載のガラス複合体。
【請求項8】
前記赤外放射ガラス層及び前記赤外放射裏面ガラス層が、
無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルカリボロシリケートガラス及びアクリル樹脂ガラスの少なくとも1つ以上からなる請求項6に記載のガラス複合体。
【請求項9】
前記平面視において、
前記光反射層の全体の面積に対する前記薄肉部位の面積の比率は、1%以上50%以下である請求項1又は2に記載のガラス複合体。
【請求項10】
前記光反射層は、前記赤外放射ガラス層の前記第1放射面の存在側とは反対側に金属が蒸着された金属蒸着層であり、
前記金属は、銀、銀合金、アルミ、アルミ合金及び銅合金のうち少なくとも一つ以上である請求項1又は2に記載のガラス複合体。
【請求項11】
前記補助赤外放射層の前記光反射層の存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層を有する請求項5に記載のガラス複合体。
【請求項12】
前記赤外放射裏面ガラス層の前記補助赤外放射層の存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層を有する請求項6に記載のガラス複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外放射ガラス層を備えて放射冷却機能を発揮するガラス複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
冷却対象物を冷却する機能として、放射冷却が知られている。放射冷却とは、物質が周囲に赤外線などの電磁波を放射することでその温度が下がる現象のことを言う。この現象を利用すれば、たとえば、電気などのエネルギーを消費せずに冷却対象を冷やす複合冷却装置を実現できる。
【0003】
特許文献1には、放射面から赤外光を放射する高放射率コーティング層と、光を反射する低放射率コーティング層とが、ガラス基板に積層されたガラス複合体が開示されている。ここで、低放射率コーティング層には、赤外線や紫外線を遮蔽する遮蔽層が含まれ、当該遮蔽層は銀等の金属材料から構成される点が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に示されるガラス複合体のように、銀等の金属材料から構成される遮蔽層を有する場合、例えば、ガラス複合体にて外部領域と内部領域とを区画される窓部を有する車両等の構造体においては、外部領域と内部領域との間での通信用の電磁波が遮られたり、外部領域から内部領域への採光性が悪くなったりすると共に、夜間にガラス複合体を介して内部領域から外部領域を見る際の映り込みが大きくなるといった課題があった。
しかしながら、上記特許文献1に開示の技術では、このような課題について認識されておらず、改善の余地があった。
【0006】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、電磁波透過性及び採光性を向上できると共に、夜間等での映り込みを低減できるガラス複合体を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するためのガラス複合体の特徴構成は、
放射面である第1放射面から赤外光を放射する赤外放射ガラス層と、当該赤外放射ガラス層における前記第1放射面の存在側とは反対側に位置する光反射層とを記載の順に積層して備えるガラス複合体であり、
前記光反射層が、積層方向における厚肉部位と、前記積層方向における厚みが前記厚肉部位の厚みの2/3以下である薄肉部位とを有し、
前記薄肉部位は、前記第1放射面に直交する平面視において連続して一体に設けられ且つ前記平面視での面積が5cm2以上の面積を有する第1金属薄肉部位と、前記平面視において連続して一体に設けられ且つ前記平面視での面積が前記第1金属薄肉部位の面積未満である第2金属薄肉部位とを有し、
前記第2金属薄肉部位は、前記平面視で分散して分布する形態で複数設けられ、
全体での、面平均日射反射率が40%以上であり、且つ面平均の8μm以上13μm以下の赤外光の輻射率の波長平均である平均輻射率が80%以上である点にある。
【0008】
上記特徴構成によれば、光反射層が、積層方向における厚みの厚い厚肉部位と、積層方向における厚みが厚肉部位の厚みの2/3以下である薄肉部位とを有し、当該薄肉部位が、第1放射面に直交する平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が5cm2以上の面積を有する第1金属薄肉部位を有するから、当該第1金属薄肉部位の厚みを、例えば通信用の電磁波が透過する適切な厚みに設定することで、当該ガラス複合体を介して電磁波による通信を行うことが可能となる。
更に、光反射層の薄肉部位として、平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が第1金属薄肉部位の面積未満である第2金属薄肉部位を、平面視で分散して分布する形態で複数設けるから、放射面に沿う面方向に分散する形で、ガラス複合体を介して所定の採光を得ることができる。
しかも、平面視で分散して複数設けられる当該第2金属薄肉部位は、第1金属薄肉部位よりも平面視での面積が小さいため、光反射層としては一定程度の反射率を確保することができる。
以上の構成により、全体での、面平均日射反射率が40%以上であり、且つ面平均の8μm以上13μm以下の赤外光の輻射率の波長平均である平均輻射率が80%以上とすることで、電磁波透過性及び採光性を向上できると共に、夜間等での映り込みを低減できるガラス複合体を実現できる。
【0009】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記積層方向において、前記第1金属薄肉部位及び前記第2金属薄肉部位のそれぞれの厚みは、0nm以上50nm以下であり、より好ましくは、0nm以上10nm以下である点にある。
【0010】
発明者らは、第1金属薄肉部位の積方向での厚みを50nm以下とし、且つ、上述したように、平面視での面積を5cm2以上とすることで、通信用の電磁波を良好に透過させて通信できることを確認している。
また、一定面積割合の厚肉部位を有しつつ、第2金属薄肉部位の積方向での厚みを50nm以下とすることで、ガラス積層体の全体での、面平均日射反射率が40%以上を確保しつつも、適切な採光性が得られることを確認している。
【0011】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記平面視において、前記第2金属薄肉部位の面積は、0.03cm2以上である点にある。
【0012】
発明者は、第2金属薄肉部位の面積が0.03cm2未満である場合、例えば光反射層を金属薄膜として維持できる程度に第2金属薄肉部位の数を増加させた場合であっても、ガラス積層体全体として十分な採光が得られ難いことを確認している。
【0013】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記光反射層の前記赤外放射ガラス層の存在側とは反対側に、前記光反射層を保護する保護層を備え、
前記保護層は、前記光反射層の存在側とは反対側の放射面である第2放射面から赤外光を放射する補助赤外放射層である点にある。
【0014】
上記特徴構成によれば、光反射層の赤外放射ガラス層の存在側とは反対側に、光反射層を保護する保護層を備えるから、例えば、光反射層を外力に弱い金属蒸着膜等から構成する場合であっても、当該光反射層が外力に晒されることを、保護層が防止するから、光反射層が外力により剥離等することを良好に防止できる。
更には、上述の保護層を形成する樹脂材料を適切に選択することで、保護層を、赤外光を放射可能な補助赤外放射層として働かせるから、第1放射面とは反対側の第2放射面からも赤外光を放射できるガラス複合体を実現できる。
【0015】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記補助赤外放射層の前記光反射層の存在側とは反対側に裏面ガラス層を備え、
前記裏面ガラス層は、前記補助赤外放射層の存在側とは反対側の放射面である第3放射面から赤外光を放射する赤外放射裏面ガラス層であり、
前記補助赤外放射層と前記赤外放射裏面ガラス層との間を接着する中間樹脂が、ポリビニルブチラール、ポリエチレンビニルアセテート、ポリウレタンの何れか一つ以上から成る点にある。
【0016】
これまで説明してきたガラス複合体において、補助赤外放射層の光反射層の存在側とは反対側に裏面ガラス層を備え、当該裏面ガラス層を、補助赤外放射層の存在側とは反対側の放射面である第3放射面から赤外光を放射する赤外放射裏面ガラス層とすることで、合わせガラスを有するガラス複合体とすることができる。
ここで、補助赤外放射層と赤外放射裏面ガラス層との間を接着する中間樹脂を、ポリビニルブチラール、ポリエチレンビニルアセテート、ポリウレタンの何れか一つ以上とすることで、放射冷却機能を適切に維持しつつも、補助赤外放射層と赤外放射裏面ガラス層との間を、良好に接着することができる。
【0017】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、前記赤外放射ガラス層が、
無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルカリボロシリケートガラス及びアクリル樹脂ガラスの少なくとも1つ以上から成る点にある。
【0018】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記赤外放射ガラス層及び前記赤外放射裏面ガラス層が、
無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルカリボロシリケートガラス及びアクリル樹脂ガラスの少なくとも1つ以上からなる点にある。
【0019】
このように材料を選択することにより、赤外放射ガラス層又は赤外放射裏面ガラス層を、赤外を放射する赤外放射層として良好に働かせることができる。また、上述した中間樹脂にて接続する場合には、赤外放射ガラス層又は赤外放射裏面ガラス層が有する水酸基と、中間樹脂が有する水酸基とを結合させて、良好に接着することができる。
【0020】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記平面視において、
前記光反射層の全体の面積に対する前記薄肉部位の面積の比率は、1%以上50%以下である点にある。
【0021】
上記特徴構成によれば、全体での、面平均日射反射率が40%以上のガラス複合体を良好に実現できる。
【0022】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記光反射層は、前記赤外放射ガラス層の前記第1放射面の存在側とは反対側に金属が蒸着された金属蒸着層であり、
前記金属は、銀、銀合金、アルミ、アルミ合金及び銅合金のうち少なくとも一つ以上である点にある。
【0023】
上述の如く、光反射層を、赤外放射ガラス層の第1放射面の存在側とは反対側に蒸着される銀、銀合金、アルミ、アルミ合金及び銅合金のうち少なくとも一つ以上とすることで、当該光反射層と赤外放射ガラス層との間を、樹脂材料等で接着する必要なくなるため、比較的簡易な製造工程により、ガラス積層体を実現できる。
【0024】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記補助赤外放射層の前記光反射層の存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層を有する点にある。
【0025】
ガラス複合体の更なる特徴構成は、
前記赤外放射裏面ガラス層の前記補助赤外放射層の存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層を有する点にある。
【0026】
これまで説明してきたように、本発明のガラス複合体は、光反射層に薄肉部位を設けることで、全体での、面平均日射反射率が40%以上としているから、場合によっては、当該ガス複合体を透過する光量が多すぎる状況となることが想定される。
上記特徴構成の如く、調光機能を有する調光層を有することで、例えば、ガラス複合体を透過する光量が多すぎる場合等に、調光層による光の減衰量を増加させる形態で、採光性の調整を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】ガラス複合体の断面の概略構成図、及び当該ガラス複合体を備えた構造体としての車両を示す図である。
【
図2】赤外放射ガラスに光反射層の材料、及び赤外放射層の材料を、順次スパッタリングすることを説明するための図である。
【
図3】ガラス複合体(又は光反射層)の平面図の一例である。
【
図4】ガラス複合体の他の実施形態の断面の概略構成図を示す図である。
【
図5】ガラス複合体の他の実施形態の断面の概略構成図を示す図である。
【
図6】ガラス複合体の他の実施形態の断面の概略構成図を示す図である。
【
図7】ガラス複合体の他の実施形態の断面の概略構成図を示す図である。
【
図8】比較例に係るガラス複合体の断面の概略構成図を示す図である。
【
図9】樹脂材料の吸収係数と波長帯域との関係を示す図である。
【
図10】樹脂材料の光吸収率と波長との関係を示す図である。
【
図11】シリコーンゴムの輻射率スペクトルを示す図である。
【
図12】PFAの輻射率スペクトルを示す図である。
【
図13】塩化ビニル樹脂の輻射率スペクトルを示す図である。
【
図14】エチレンテレフタラート樹脂の輻射率スペクトルを示す図である。
【
図15】オレフィン変成材料の輻射率スペクトルを示す図である。
【
図16】放射面の温度と光反射層の温度との関係を示す図である。
【
図17】シリコーンゴム及びペルフルオロアルコキシフッ素樹脂の光吸収率スペクトルを示す図である。
【
図18】エチレンテレフタラート樹脂の光吸収率スペクトルを示す図である。
【
図19】銀をベースにした光反射層の光反射率スペクトルを示す図である。
【
図20】フルオロエチレンビニルエーテルの輻射率スペクトルを示す図である。
【
図21】塩化ビニリデン樹脂の輻射率スペクトルを示す図である。
【
図23】樹脂材料の光吸収率と波長との関係を示す図である。
【
図24】ポリエチレンの光透過率と波長との関係を示す図である。
【
図26】保護層がポリエチレンの場合の試験結果を示す図である。
【
図27】保護層が紫外線吸収アクリルの場合の試験結果を示す図である。
【
図28】ポリエチレンの輻射率スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施形態に係るガラス複合体Wは、電磁波透過性及び採光性を向上できると共に、夜間等での映り込みを低減できるものである。
以下、図面に基づいて当該ガラス複合体Wの実施形態について説明する。
【0029】
図1に示すように、当該ガラス複合体Wは、例えば、内部に内部領域ISと外部環境OSとの間を区画する構造体としての車両CのフレームC1に嵌められるウインドウのガラスとして良好に備えられるものである。ウインドウとは、車両Cのフロントウインドウ、リアウインドウ、サイドウインドウ、サンルーフ等である。ここで、構造体の他の例としては、商業ビル、住宅用のビル等を挙げることができ、ガラス複合体Wは、これらの窓ガラスとして好適に利用可能である。尚、当該実施形態において、赤外線が放射される大気の側は、積層方向Zの矢示先端側であるとする。
【0030】
当該ガラス複合体Wは、
図1に示すように、放射面Hである第1放射面H1から赤外光を放射する赤外放射ガラス層G1と、当該赤外放射ガラス層G1における第1放射面H1の存在側とは反対側に位置する光反射層Bとを記載の順に積層して備える。
光反射層Bは、積層方向Zにおける厚肉部位B3と、積層方向Zにおける厚みL1が厚肉部位B3の厚みL2の2/3以下である薄肉部位B2とを有する。薄肉部位B2においては、厚肉部位B3に比して、第1放射面H1の側からの入射光Lのうち、透過光Ltの割合が相対的に高くなり、反射光Lrの割が相対的に低くなる。
【0031】
光反射層Bの薄肉部位について、説明を加えると、
図3の光反射層B(又はガラス複合体W)の平面視に示すように、薄肉部位は、第1放射面H1に直交する平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が5cm
2以上の面積を有する第1金属薄肉部位B1と、平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が第1金属薄肉部位B1の面積未満である第2金属薄肉部位B2とを有する。
ここで、第2金属薄肉部位B2は、平面視で分散して分布する形態で複数設けられており、一の第2金属薄肉部位B2の面積は、0.03cm
2以上である。
【0032】
光反射層Bは、好適には、赤外放射ガラス層G1の第1放射面H1の存在側とは反対側に金属が蒸着された金属蒸着層であり、蒸着する金属は、銀、銀合金、アルミ、アルミ合金及び銅合金のうち少なくとも一つ以上であることが好ましい。
【0033】
更に、当該光反射層Bに関し、積層方向Zにおいて、第1金属薄肉部位B1及び第2金属薄肉部位B2のそれぞれの厚みは、0nm以上50nm以下であることが好ましく、より好ましくは、0nm以上10nm以下である。ちなみに、厚肉部位B3の厚みは、50nm以上500nm以下であることが好ましく、より好ましくは、70nm以上200nm以下である。以上の構成により、第1金属薄肉部位B1は、通信用の電磁波(例えば、300MHz以上300GHz以下程度の周波数の電磁波)を良好に透過させることができると共に、第2金属薄肉部位B2は、採光用の可視光を良好に透過させる。また、夜間等において映り込みの低減を図ることができる。
【0034】
尚、平面視において、光反射層Bの全体の面積に対する薄肉部位の面積の比率は、1%以上50%以下であることが好ましい。また、採光性の観点から、光反射層Bの全体の面積に対する第2金属薄肉部位B2の面積の比率は、1%以上であることが好ましい。
図3の平面視において、第1金属薄肉部位B1は矩形状、第2金属薄肉部位B2は円形状としているが、これに限らず、楕円形状や多角形状等の種々の形状とすることができる。
【0035】
更に、当該実施形態に係るガラス複合体Wは、
図1に示すように、光反射層Bの赤外放射ガラス層G1の存在側とは反対側に、光反射層Bを保護する保護層を備え、当該保護層は、光反射層Bの存在側とは反対側の放射面Hである第2放射面H2から赤外光を放射する補助赤外放射層J(以下、赤外放射層Jと呼ぶことがある)である。光反射層B及び補助赤外放射層Jの詳細については、後述する。
【0036】
尚、光反射層B及び赤外放射層Jは、
図2に示すように、赤外放射ガラス層G1の第1放射面H1とは反対側の面に、パンチングメタルPMを介して、光反射層Bとしての金属材料をスパッタリング(物理蒸着法(Physical Vapor Deposition:PVD)による蒸着)すると共に、赤外放射層Jとしての樹脂材料をスパッタリングする形態で成膜される。
ちなみに、パンチングメタルPMとしては、
図2に示すように、平面視で、第1金属薄肉部位B1(
図3に図示)に重畳する形状の第1平板部位PM1と、第2金属薄肉部位B2(
図3に図示)に重畳する形状の第2平板部位PM2とが、金属枠体PM4と一体的に接続される形態のものが好適に用いられる。尚、第2平板部位PM2は、平面視で、複数が分散して存在するが、複数の第2平板部位PM2は、例えば、平面視で十分に細い接続ラインPM3にて金属枠体PM4に接続する構成がとられる。
【0037】
光反射層Bの成膜方法は、特に限定されず、化学気相成膜(CVD)法、プラズマ強化化学気相成膜(PECVD)法、マグネトロンスパッタリング、イオンビーム支援成膜法などを用いても良い。
赤外放射層Jの成膜方法は、光反射層Bと同じであっても、異なってもよく、スプレー塗布、浸漬塗布等を用いても良く、プラズマ強化化学気相成膜プロセス(PECVD)法を用いても良い。
【0038】
ガラス複合体Wは、
図4に示すように、
図1に示すガラス複合体Wを積層方向Zで反転した構造体、即ち、保護層としての補助赤外放射層J、光反射層B、赤外放射ガラス層G1を、大気の側から順に積層したものとしても構わない。
【0039】
また、ガラス複合体Wは、
図5に示すように、赤外放射ガラス層G1と裏面ガラス層G2とにより、光反射層B及び補助赤外放射層Jと挟持した合わせガラス構造としても構わない。換言すると、
図1に示したガラス複合体Wの補助赤外放射層Jの光反射層Bの存在側とは反対側(第2放射面H2の存在側)に裏面ガラス層G2を備える構成としても構わない。裏面ガラス層G2は、補助赤外放射層Jの存在側とは反対側の放射面Hである第3放射面H3から赤外光を放射する赤外放射裏面ガラス層とすることができる。
ここで、補助赤外放射層Jと裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)との間は、中間樹脂Tuにより接着される。当該中間樹脂Tuは、ポリビニルブチラール、ポリエチレンビニルアセテート、ポリウレタンの何れか一つ以上から成る。
当該構成により、赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)は、衝撃を受け破損した際に、ガラス片を維持することができる。
【0040】
赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)は、好ましくは車両用ガラスであり、より好ましくは、無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルカリボロシリケートガラス及びアクリル樹脂ガラスの少なくとも1つ以上から成る。赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)は、互いに同一の材料であっても異なる材料であっても構わない。
赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)は、強化ガラスとして構成しても良く、熱処理または化学処理により処理された単一層ガラスを好適に用いることができ、通常のガラス(すなわち、ソーダライムシリカガラスまたはアニールガラスのような未強化ガラス)に比べて、その強度を高くすることができる。
更に、赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)は、充填剤および/または繊維で強化されても良い。
赤外放射ガラス層G1及び裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)、及び中間樹脂Tuは、可視光に対して透明であることが好ましい。
【0041】
図5に示すようなガラス複合体Wの製造方法の一例としては、
図1に示すように赤外放射ガラス層G1、光反射層B、補助赤外放射層Jが積層された積層体と裏面ガラス層G2とを、両者の間に中間樹脂Tuを介在させた状態で、積層する。
次に、積層されたガラス複合体Wを70~100℃程度の熱をかけ温めたのちにローラーで挟み込み、空気を抜きながら仮圧着するニッパーロール法、ガラス複合体Wの平面視での端部(4辺)をゴムチューブで縛り空気を抜いて仮圧着するラバーチャンネル法、ゴム状袋体にガラス複合体Wを入れゴム状袋体内を真空引きして仮圧着するラバーバッグ法等の方法により、ガラス複合体Wを仮圧着する。
最後に、例えば、100~130℃程度で1~2時間程度、圧力をかけて空気を抜ききると共に圧着させるオートクレーブ法により、本圧着する。
尚、中間樹脂Tuは、圧着の過程で加熱されることにより、光反射層Bの薄肉部位B2の存在する部分に流れ込み、当該薄肉部位B2の厚みが0μmである場合、赤外放射ガラス層G1と裏面ガラス層G2とを直接接続することになる。
【0042】
他の例として、ガラス複合体Wは、
図6に示すように、
図5に示すガラス複合体Wを積層方向Zで反転した構造体、即ち、裏面ガラス層G2、中間樹脂Tu、保護層としての補助赤外放射層J、光反射層B、赤外放射ガラス層G1を、大気の側から順に積層したものとしても構わない。
【0043】
また、他の例として、ガラス複合体Wは、
図7に示すように、
図5に示すガラス複合体Wにおいて、補助赤外放射層Jを省略した構造としても良い。
【0044】
尚、上述した赤外放射性能を発揮する観点から、
図1に示すガラス複合体Wにおいて、赤外放射ガラス層G1の厚みは、200μm以上10000μm以下であることが好ましく、
図5に示すガラス複合体Wにおいて、赤外放射ガラス層G1の厚みは、200μm以上10000μm以下であることが好ましく、
図1に示すガラス複合体Wにおいて、赤外放射ガラス層G1の厚みは、200μm以上10000μm以下であることが好ましく、
図6に示すガラス複合体Wにおいて、裏面ガラス層G2(赤外放射裏面ガラス層)の厚みは、200μm以上10000μm以下であることが好ましく、
図7に示すガラス複合体Wにおいて、赤外放射ガラス層G1の厚みは、200μm以上10000μm以下であることが好ましい。
【0045】
ちなみに、これまで説明してきた
図1~6に係るガラス複合体Wの補助赤外放射層Jは、平面視において光反射層Bの薄肉部位B1、B2に相当する部分には、存在しないよう図示している。しかしながら、電磁波透過性及び採光性を向上すると共に、夜間等での映り込みを低減する観点からは、必ずしもこのような構成である必要はない。具体的には、補助赤外放射層Jは、平面視において光反射層Bの薄肉部位B1、B2に相当する部分において、厚みを有していても構わない。
【0046】
これまで説明してきたガラス複合体Wは、全体での、面平均日射反射率が40%以上であり、且つ面平均の8μm以上13μm以下の赤外光の輻射率の波長平均である平均輻射率が80%以上である。
より好ましくは、全体での、面平均日射反射率が60%以上であり、且つ面平均の8μm以上13μm以下の赤外光の輻射率の波長平均である平均輻射率が85%以上であることが好ましい。
【0047】
〔赤外放射層を構成する樹脂材料の詳細〕
尚、以下の説明における赤外放射層Jの膜厚に関する記載は、平面視において、赤外放射層Jがほぼ均一の厚みに設けられている構成、且つ赤外放射層Jが大気の側に向けられている場合についてのものであるとする。
樹脂材料には、炭素-フッ素結合(C-F)、シロキサン結合(Si-O-Si)、炭素-塩素結合(C-Cl)、炭素-酸素結合(C-O)、エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C結合)、ベンゼン環を含む無色の樹脂材料を用いることができる。
それぞれの樹脂材料(炭素-酸素結合を除く)について、大気の窓の波長帯域における吸収係数を持つ波長域を
図9に示す。
【0048】
キルヒホッフの法則により、輻射率(ε)と光吸収率(A)は等しい。光吸収率は吸収係数(α)からA=1-exp(-αt)の関係式(以下、光吸収率関係式と呼ぶ)で求めることができる。尚、tは膜厚である。
つまり、赤外放射層Jの膜厚を調整すると、吸収係数の大きな波長帯域で大きな熱輻射が得られる。屋外で放射冷却する場合、大気の窓の波長帯域である波長8μmから14μmにおいて吸収係数の大きな材料を用いるとよい。
また、太陽光の吸収を抑制するために波長0.3μmから4μm、特に0.4μmから2.5μmの範囲で吸収係数を持たない、或いは小さな材料を用いるとよい。吸収係数と吸収率の関係式からわかるように、光吸収率(輻射率)は樹脂材料の膜厚によって変化する。
【0049】
日射環境下での放射冷却によって周囲の大気より温度を下げるためには、大気の窓の波長帯域において大きな吸収係数をもち、太陽光の波長帯域では吸収係数を殆ど持たない材料を選ぶと、膜厚の調整によって太陽光は殆ど吸収しないが、大気の窓の熱輻射を多く出す、つまりは太陽光の入力よりも放射冷却による出力の方が大きな状態を作り出すことができる。
【0050】
炭素-フッ素結合(C-F)に関しては、CHFおよびCF2に起因する吸収係数が大気の窓である波長8μmから14μmにかけた広帯域に大きく広がっており、特に8.6μmで吸収係数が大きい。併せて、太陽光の波長帯域に関しては、エネルギー強度が大きな0.3μmから2.5μmの波長で目立った吸収係数がない。
【0051】
炭素-フッ素結合(C-F)を有する樹脂材料としては、
完全フッ素化樹脂であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、
部分フッ素化樹脂であるポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)およびポリフッ化ビニリデン(PVDF)およびポリフッ化ビニル(PVF)、
フッ素化樹脂共重合体であるペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)、
四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、
エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)、
エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)が挙げられる。
【0052】
シロキサン結合(Si-O-Si)をもつ樹脂材料としては、シリコーンゴムおよびシリコーン樹脂が挙げられる。
当該樹脂は、C-Siの結合の伸縮に起因する大きな吸収係数が波長13.3μを中心にブロードに表れ、CSiH2の対象面外変角(縦揺れ)に起因する吸収係数が波長10μmを中心にブロードに表れ、CSiH2の対象面内変角(はさみ)に起因する吸収係数が波長8μm付近に小さく表れる。
【0053】
炭素-塩素結合(C-Cl)に関しては、C-Cl伸縮振動による吸収係数が波長12μmを中心に半値幅1μm以上の広帯域に現れる。
また、樹脂材料としては塩化ビニル樹脂(PVC)、塩化ビニリデン樹脂(PVDC)が挙げられるが、塩化ビニル樹脂の場合、塩素の電子吸引の影響で、主鎖に含まれるアルケンのC-Hの変角振動に由来する吸収係数が波長10μmあたりに現れる。
【0054】
エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C結合)に関しては、波長7.8μmから9.9μmにかけて吸収係数を持つ。また、エステル結合、エーテル結合に含まれる炭素-酸素結合に関しては、波長8μmから10μmの波長帯域にかけて強い吸収係数が現れる。
ベンゼン環を炭化水素樹脂の側鎖に導入すると、ベンゼン環自身の振動や、ベンゼン環の影響による周りの元素の振動によって、波長8.1μmから18μmにかけて広く吸収が現れるようになる。
【0055】
これらの結合をもつ樹脂としては、メタクリル酸メチル樹脂、エチレンテレフタラート樹脂、トリメチレンテレフタレート樹脂、ブチレンテレフタレート樹脂、エチレンナフタレート樹脂、ブチレンナフタレート樹脂がある。
【0056】
〔光吸収の考察〕
上記した結合および官能基を持つ樹脂材料の紫外-可視領域における光吸収、つまり、太陽光吸収について考察する。紫外線から可視光の吸収の起源は結合に寄与する電子の遷移である。この波長域の吸収は、結合エネルギーを計算するとわかる。
先ずは、炭素-フッ素結合(C-F)をもった樹脂材料の紫外から可視域に吸収係数が生じる波長について考える。ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を代表としての基本構造部のC-C結合、C-H結合、C-F結合の結合エネルギーを求めると、4.50eV、4.46eV、5.05eVとなる。それぞれ、波長0.275μm、波長0.278μm、波長0.246μmに対応し、これら波長の光を吸収する。
【0057】
太陽光スペクトルは波長0.300μmより長波しか存在しないため、フッ素樹脂を用いた場合、太陽光の紫外線、可視光線、近赤外線をほとんど吸収しない。なお、紫外線の定義は波長0.400μmよりも短波長側、可視光線の定義は波長0.400μmから0.800μm、近赤外線は波長0.800μmから3μmの範囲とし、中赤外線は3μmから8μmの範囲とし、遠赤外線は波長8μmよりも長波とする。
【0058】
厚さ50μmのPFA(ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂)の紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示すが、殆ど吸収率を持っていないことがわかる。なお、0.4μmよりも短波長側で若干の吸収率スペクトルの増加がみられるが、この増加は測定に用いたサンプルの散乱の影響が表れているだけであり、実際には吸収率は増大していない。
【0059】
シロキサン結合(Si-O-Si)の紫外領域に関しては、主鎖のSi-O-Siの結合エネルギーが4.60eVであり、波長269nmに対応する。太陽光スペクトルは波長0.300μmより長波しか存在しないため、シロキサン結合が大多数の場合、太陽光の紫外線、可視光線、近赤外線をほとんど吸収しない。
【0060】
厚さ100μmのシリコーンゴムの紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示すが、殆ど吸収率を持っていないことがわかる。なお、波長0.4μmよりも短波長側で若干の吸収率スペクトルの増加がみられるが、この増加は測定に用いたサンプルの散乱の影響が表れているだけであり、実際には吸収率は増大していない。
【0061】
炭素-塩素結合(C-Cl)に関して、アルケンの炭素と塩素の結合エネルギーは3.28eVであり、その波長は0.378μmであるので、太陽光の内紫外線を多く吸収するが、可視域については吸収をほとんど持たない。
厚さ100μmの塩化ビニル樹脂の紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示すが、波長0.38μmよりも短波長側で光吸収が大きくなる。
厚さ100μmの塩化ビニリデン樹脂の紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示すが、波長0.4μmよりも短波長側で若干の吸収率スペクトルの増加がみられる。
【0062】
エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C結合)、ベンゼン環をもつ樹脂としては、メタクリル酸メチル樹脂、エチレンテレフタラート樹脂、トリメチレンテレフタレート樹脂、ブチレンテレフタレート樹脂、エチレンナフタレート樹脂、ブチレンナフタレート樹脂がある。例えばアクリルのC-C結合の結合エネルギーは3.93eVであり、波長0.315μmより短波長の太陽光を吸収するが、可視域については吸収をほとんど持たない。
【0063】
これら結合および官能基を持つ樹脂材の一例として、厚さ5mmのメタクリル酸メチル樹脂の紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示す。尚、例示するメタクリル酸メチル樹脂は、一般的に市販されているものであって、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤が混入している。
5mmと厚板であるために、吸収係数の小さな波長も大きくなり、波長0.315よりも長波の0.38μmよりも短波側で光吸収が大きくなる。
【0064】
これら結合および官能基を持つ樹脂材の一例として厚さ40μmのエチレンテレフタラート樹脂の紫外から可視域の吸収率スペクトルを
図10に示す。
図示のように、波長0.315μmに近づくほどに吸収率が大きくなり、波長0.315μmで急激に吸収率が大きくなる。なお、エチレンテレフタラート樹脂も、厚みを増していくと、波長0.315μmより少し長波側において、C-C結合由来の吸収端による吸収率が大きくなり、市販されているメタクリル酸メチル樹脂と同様に紫外線における吸収率が増大する。
【0065】
赤外放射層Jは、前述の輻射率(光放射率)、光吸収率の特性を有する樹脂材料を用いるものであれば、一種類の樹脂材料の単層膜、複数種類の樹脂材料の多層膜、複数種類の樹脂材料がブレンドされた樹脂材料の単層膜、複数種類の樹脂材料がブレンドされた樹脂材料の多層膜でも構わない。
なお、ブレンドには、交互共重合体、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体といった共重合体や側鎖を置換した変性品も含まれる。
【0066】
〔シリコーンゴムの輻射率〕
図11に、シロキサン結合をもつシリコーンゴムの大気の窓における輻射率スペクトルを示す。
シリコーンゴムからは、C-Siの結合の伸縮に起因する大きな吸収係数が波長13.3μを中心にブロードに表れ、CSiH
2の対象面外変角(縦揺れ)に起因する吸収係数が波長10μmを中心にブロードに表れ、CSiH
2の対象面内変角(はさみ)に起因する吸収係数が波長8μm付近に小さく表れる。
この影響で、厚さ1μmの輻射率の波長平均は、波長8μmから14μmにおいて80%であり、波長平均40%以上という規定の中に入る。図示の通り、膜厚が厚くなると大気の窓領域における輻射率は増大する。
【0067】
ちなみに、
図11には、無機材料である厚み1μmの石英が銀上に存在するときの放射スペクトルを併せて示す。石英は厚み1μmのとき、波長8μmから14μmの間で狭帯域な輻射ピークしか持たない。
この熱輻射を波長8μmから14μmの波長域で波長平均をすると、波長8μmから14μmの輻射率は32%となり、放射冷却性能を示すことが難しい。
【0068】
〔PFAの輻射率〕
図12に、炭素-フッ素結合を持つ樹脂の代表例として、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)の大気の窓における輻射率を示す。CHFおよびCF
2に起因する吸収係数が大気の窓である波長8μmから14μmにかけた広帯域に大きく広がっており、特に8.6μmで吸収係数が大きい。
この影響で、厚さ10μmの輻射率の波長平均は、波長8μmから14μmにおいて45%であり、波長平均40%以上という規定の中に入る。図示の通り、膜厚が厚くなると大気の窓領域における輻射率は増大する。
【0069】
〔塩化ビニル樹脂及び塩化ビニリデン樹脂の輻射率〕
図13に、炭素-塩素結合をもつ樹脂の代表例として、塩化ビニル樹脂(PVC)の大気の窓における輻射率を示す。また、
図21に、塩化ビニリデン樹脂(PVDC)の大気の窓における輻射率を示す。
炭素-塩素結合に関しては、C-Cl伸縮振動による吸収係数が波長12μmを中心に半値幅1μm以上の広帯域に現れる。
また、塩化ビニル樹脂の場合、塩素の電子吸引の影響で、主鎖に含まれるアルケンのC-Hの変角振動に由来する吸収係数が波長10μmあたりに現れる。塩化ビニリデン樹脂についても同様である。
これらの影響で、厚さ10μmの輻射率の波長平均は、波長8μmから14μmにおいて43%であり、波長平均40%以上という規定の中に入る。図示の通り、膜厚が厚くなると大気の窓領域における輻射率は増大する。
【0070】
〔エチレンテレフタラート樹脂〕
図14に、エステル結合やベンゼン環を持つ樹脂の代表例として、エチレンテレフタラート樹脂の大気の窓における輻射率を示す。
エステル結合に関しては、波長7.8μmから9.9μmにかけて吸収係数を持つ。また、エステル結合に含まれる炭素-酸素結合に関しては、波長8μmから10μmの波長帯域にかけて強い吸収係数が現れる。ベンゼン環を炭化水素樹脂の側鎖に導入すると、ベンゼン環自身の振動や、ベンゼン環の影響による周りの元素の振動によって、波長8.1μmから18μmにかけて広く吸収が現れる。
これらの影響で、厚さ10μmの輻射率の波長平均は、波長8μmから14μmにおいて71%であり、波長平均40%以上という規定の中に入る。図示の通り、膜厚が厚くなると大気の窓領域における輻射率は増大する。
【0071】
〔オレフィン変成材料の輻射率〕
図15には、炭素-フッ素結合(C-F)、炭素-塩素結合(C-Cl)、エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C結合)、ベンゼン環を含まない、主成分がオレフィンである、オレフィン変性材料の輻射率スペクトルを示す。サンプルは、蒸着した銀上にオレフィン樹脂をバーコーターで塗布し乾燥させることによって作製した。
図示の通り、大気の窓領域での輻射率は小さく、この影響で、厚さ10μmの輻射率の波長平均は、波長8μmから14μmにおいて27%であり、波長平均40%以上という規定の中に入らない。
【0072】
図示の輻射率はバーコーターとして塗布するために変性されたオレフィン樹脂のものであり、純粋なオレフィン樹脂の場合には、更に、大気の窓領域における輻射率は小さい。
このように、炭素-フッ素結合(C-F)、炭素-塩素結合(C-Cl)、エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C結合)、ベンゼン環を含まないと放射冷却できない。
【0073】
〔光反射層および樹脂材料層の表面の温度〕
赤外放射層Jの大気の窓の熱輻射は樹脂材料の表面近傍で発生する。
図11より、シリコーンゴムの場合は10μmより厚いと大気の窓領域における熱輻射は増大しない。つまり、シリコーンゴムの場合、大気の窓における熱輻射の大部分は表面から深さ約10μm以内の部分で生じており、より深い部分の輻射は外に出てこない。
【0074】
図12より、フッ素樹脂の場合は100μmより厚くなっても大気の窓領域における熱輻射の増大は殆どなくなる。つまり、フッ素樹脂場合、大気の窓における熱輻射は表面から深さ約100μm以内の部分で生じており、より深い部分の輻射は外に出てこない。
図13より、塩化ビニル樹脂の場合は100μmより厚くなっても大気の窓領域における熱輻射の増大は殆どなくなる。つまり、塩化ビニル樹脂場合、大気の窓における熱輻射は表面から深さ約100μm以内の部分で生じており、より深い部分の輻射は外に出てこない。
図21より、塩化ビニリデン樹脂は、塩化ビニル樹脂と同様であることが分かる。
【0075】
図14より、エチレンテレフタラート樹脂の場合は125μmより厚くなっても大気の窓領域における熱輻射の増大は殆どなくなる。つまり、エチレンテレフタラート樹脂場合、大気の窓における熱輻射は表面から深さ約100μmの部分で生じており、より深い部分の輻射は外に出てこない。
【0076】
以上のように、樹脂材料表面から発生する大気の窓領域の熱輻射は、表面からの深さが概ね100μm以内の部分で生じており、それ以上に樹脂の厚みが増していくと、熱輻射に寄与しない樹脂材料によって、ガラス複合体Wの放射冷却した冷熱が断熱される。
理想的に太陽光を全く吸収しない赤外放射層Jを光反射層Bの上に作製することを考える。この場合、太陽光はガラス複合体Wの光反射層Bでのみ吸収される。
樹脂材料の熱伝導率はおしなべて0.2W/m/K程度であり、この熱伝導性を考慮して計算すると、赤外放射層Jの厚みが20mmを超えると、冷却面(光反射層Bにおける赤外放射層Jの存在側とは反対側の面)の温度が上昇する。
【0077】
太陽光をまったく吸収しない理想的な樹脂材料が存在したとしても、樹脂材料の熱伝導率はおしなべて0.2W/m/K程度であるので、
図16のように20mmを超えると光反射層Bが日射を受けて加熱されてしまい、光反射層側に設置された冷却対象物(図示せず)は加熱される。つまり、ガラス複合体Wの補助赤外放射層Jとしての樹脂材料の厚みは20mm以下にする必要がある。
【0078】
なお、
図16は、真夏の西日本の良く晴れた日の南中を想定して計算したガラス複合体Wの放射面Hの表面温度と光反射層Bの温度のプロットである。太陽光はAM1.5とし、1000W/m
2のエネルギー密度としている。外気温は30℃であり、放射エネルギーは温度によって変わるが30℃において100Wである。樹脂材料層で太陽光の吸収はないものとしての計算である。無風状態を仮定し、対流熱伝達率は5W/m
2/Kとしている。
【0079】
〔シリコーンゴム等の光吸収率について〕
図17に、側鎖がCH
3であるシリコーンゴムの厚さが100μmのときの太陽光スペクトルに対する光吸収率、及び、厚さ100μmのペルフルオロアルコキシフッ素樹脂の太陽光スペクトルに対する光吸収率スペクトルを示す。先に述べた通り、両樹脂ともに紫外域においては光吸収率を殆ど持たないことがわかる。
【0080】
シリコーンゴムに関して、近赤外域においては、光吸収率が波長2.35μmより長波側の域で増加する。但し、この波長域における太陽光スペクトルの強度は弱いため、波長2.35μmより長波側の光吸収率が100%となっても吸収される太陽光エネルギーは20W/m2である。
【0081】
ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂に関しては、波長0.3μmから2.5μmの波長範囲では光吸収率を殆ど持たず、波長2.5μmより長波長側で光吸収を持つ。但し、当該樹脂の膜厚を厚くし、波長2.5μmより長波長側の光吸収率が100%になったとしても、吸収される太陽光エネルギーは7W程度である。
【0082】
尚、赤外放射層Jの厚さ(膜厚)を厚くしていくと、大気の窓領域の輻射率はほぼ1となる。つまり、厚膜の場合、低地で利用する際の大気の窓域で宇宙に放射する熱輻射は、30℃において160W/m2から125W/m2程度となる。光反射層Bにおける光吸収は、上述の規定の如く、50W/m2程度であり、光反射層Bの光吸収とシリコーンゴム又はペルフルオロアルコキシフッ素樹脂を厚膜にした際の太陽光吸収を足しても宇宙に放射する熱輻射より小さい。
以上より、シリコーンゴム及びペルフルオロアルコキシフッ素樹脂の最大の膜厚は、熱伝導性の観点から20mmとなる。
【0083】
〔炭化水素系樹脂の光吸収について〕
赤外放射層Jを形成する樹脂材料が、炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合、ベンゼン環を1つ以上有する炭化水素を主鎖とする樹脂であった場合、或いは、シリコーン樹脂であり側鎖の炭化水素の炭素数が2個以上の場合、先述の共有結合電子による紫外線吸収以外に、近赤外域に結合の変角や伸縮などの振動に基づく吸収が観測される。
【0084】
具体的には、CH3、CH2、CHの第一励起状態への遷移の基準音による吸収がそれぞれ波長1.6μmから1.7μm、波長1.65μmから1.75μm、波長1.7μmに現れる。さらに、CH3、CH2、CHの結合音の基準音による吸収がそれぞれ波長1.35μm、波長1.38μm、波長1.43μmに現れる。さらに、CH2、CHの第二励起状態への遷移の倍音がそれぞれ波長1.24μmあたりに現れる。C-H結合の変角や伸縮の基準音は波長2μmから2.5μmにかけて広帯域に分布している。
【0085】
また、エステル結合(R-COO-R)、エーテル結合(C-O-C)を有する場合、波長1.9μmあたりに大きな光吸収が存在する。
これらに起因する光吸収率は、上述の光吸収率関係式より、樹脂材料の膜厚が薄いと小さくなり目立たなくなるが、膜厚が厚いと大きくなる。
【0086】
図18には、エステル結合とベンゼン環を持つエチレンテレフタラート樹脂の膜厚を変化させた場合における光吸収率と太陽光のスペクトルとの関係を記す。
図示の如く、膜厚が25μm、125μm、500μmと大きくなるごとに、それぞれの振動に起因する波長1.5μmよりも長波域の光吸収が増加する。
また、長波長側だけでなく、紫外線領域から可視領域にかけての光吸収も増加する。これは、化学結合に起因する光の吸収端に広がりがあることに起因している。
【0087】
膜厚が薄い時は最も大きな吸収係数を持つ波長で光吸収率が大きくなるが、膜厚が厚くなると、上述の光吸収率関係式より、広がりを持った吸収端の弱い吸収係数が吸収率となり出現する。このことにより、膜厚が厚くなると紫外線領域から可視領域にかけての光吸収が増加する。
厚さが25μmのときの太陽光スペクトルの吸収は15W/m2、厚さが125μmのとき太陽光スペクトルの吸収は41W/m2、厚さが500μmの時の太陽光スペクトルの吸収は88W/m2である。
【0088】
光反射層Bの光吸収は、上述の規定により50W/m2であるから、膜厚が500μmである場合、エチレンテレフタラート樹脂の太陽光吸収と光反射層Bの太陽光吸収の和が138W/m2となる。日本の低地の夏場における、大気の窓の波長帯域の赤外放射の最大値は先述の通り30℃において大気の状態の良い日で160W程度、通常は125W程度である。
以上より、エチレンテレフタラート樹脂の膜厚が500μm以上では、放射冷却性能を発揮しなくなる。
【0089】
1.5μmから4μmの波長帯域の吸収スペクトルの起源は、官能基でなく主鎖の炭化水素の振動であり、炭化水素系樹脂であればエチレンテレフタラート樹脂と同様の挙動を示す。また、炭化水素系樹脂は紫外域に化学結合に起因する光吸収を有しており、紫外から可視についてもエチレンテレフタラート樹脂と同様の挙動を示す。
つまり、炭化水素樹脂であれば波長0.3μmから4μmまでエチレンテレフタラート樹脂と同様の挙動をとる。以上から、炭化水素系の樹脂の膜厚は500μmよりも薄い必要がある。
【0090】
〔ブレンド樹脂の光吸収について〕
樹脂材料が、炭素-フッ素結合或いはシロキサン結合を主鎖とする樹脂と、炭化水素を主鎖とする樹脂とをブレンドした樹脂材料である場合には、ブレンドされた炭化水素を主鎖とする樹脂の割合に応じてCH、CH2、CH3などに起因する近赤外域の光吸収が現れる。
炭素-フッ素結合或いはシロキサン結合が主成分の場合、炭化水素に起因する近赤外域の光吸収は小さくなるので、熱伝導性の観点での上限の20mmまで厚くすることができる。しかし、ブレンドされる炭化水素樹脂が主成分となる場合は厚さを500μm以下にする必要がある。
【0091】
フッ素樹脂或いはシリコーンゴムと炭化水素とのブレンドには、フッ素樹脂或いはシリコーンゴムの側鎖を炭化水素に置換したものや、フッ素モノマーおよびシリコーンモノマーと炭化水素モノマーの交互共重合体、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体も含まれる。なお、フッ素モノマーと炭化水素モノマーの交互共重合体としては、フルオロエチレン・ビニルエステル(FEVE)、フルオロオレフィン-アクリル酸エステル共重合体、エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)が挙げられる。
【0092】
置換する炭化水素側鎖の分子量および割合に応じてCH、CH2、CH3などに起因する近赤外域の光吸収が現れる。側鎖や共重合として導入されるモノマーが低分子であるとき、あるいは、導入されるモノマーの密度が小さいときには、炭化水素に起因する近赤外域の光吸収は小さくなるので、熱伝導性の観点での限界の20mmまで厚くすることができる。
フッ素樹脂或いはシリコーンゴムの側鎖や共重合されるモノマーとして高分子の炭化水素を導入する場合、樹脂の厚みを500μm以下にする必要がある。
【0093】
〔樹脂材料層の厚みについて〕
ガラス複合体Wの実用の観点では、赤外放射層Jの厚みは薄い方がよい。樹脂材料の熱伝導率は、金属やガラスなどよりも一般に低い。冷却対象物(図示せず)を効果的に冷却するには、赤外放射層Jの膜厚は必要最低限であるのがよい。赤外放射層Jの膜厚を厚くするほどに大気の窓の熱輻射は大きくなり、ある膜厚を超えると大気の窓における熱輻射エネルギーは飽和する。
【0094】
飽和する膜厚は樹脂材料にもよるが、フッ素樹脂の場合は概ね300μmもあれば十分に飽和する。したがって、熱伝導度の観点で500μmよりも300μm以下に膜厚を抑えるのが望ましい。さらに、熱輻射は飽和していないが、厚みが100μm程度であっても大気の窓領域において十分な熱輻射を得ることができる。厚さが薄い方が、熱貫流率が高まり冷却対象物の温度をより効果的に下げられるので、フッ素樹脂の場合、100μm程度以下の厚さにするのがよい。
【0095】
C-F結合に起因する吸収係数よりも炭素-ケイ素結合、炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合に由来する吸収係数の方が大きい。当然、熱伝導度の観点で500μmよりも300μm以下に膜厚を抑えるのが望ましいが、更に膜厚を薄くして熱伝導性を上げるとさらに大きな放射冷却効果が期待できる。
炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合、ベンゼン環を含む樹脂の場合、厚みが100μmであっても飽和しており、厚さ50μmでも大気の窓領域において十分な熱輻射が得られる。樹脂材料の厚さが薄い方が、熱貫流率が高まり冷却対象物の温度をより効果的に下げられるので、炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合、ベンゼン環を含む樹脂の場合、50μm以下の厚さにすると断熱性が小さくなり冷却対象物を効果的に冷却することができる。炭素-塩素結合の場合には、100μm以下の厚さであれば、冷却対象物を効果的に冷却することができる。
【0096】
薄くする効用は断熱性を下げて冷熱を伝えやすくすること以外にもある。それは、炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合を含む樹脂が呈する、近赤外域でのCH、CH2、CH3由来の近赤外域の光吸収の抑制である。薄くすると、これらによる太陽光吸収を小さくすることができるので、ガラス複合体Wの冷却能力が高まることになる。
以上の観点から、炭素-塩素結合、炭素-酸素結合、エステル結合、エーテル結合、ベンゼン環を含む樹脂の場合、50μm以下の厚さにするとより効果的に日照下において放射冷却効果を出すことができる。
【0097】
炭素-ケイ素結合の場合、厚さ50μmでも大気の窓領域において熱輻射が飽和しきっており、厚さ10μmでも大気の窓領域において十分な熱輻射が得られる。赤外放射層Jの厚さが薄い方が、熱貫流率が高まり冷却対象物の温度をより効果的に下げられるので、炭素-ケイ素結合を含む樹脂の場合、10μm以下の厚さにすると断熱性が小さくなり冷却対象物を効果的に冷却することができる。薄くすると、太陽光吸収を小さくすることができるので、ガラス複合体Wの冷却能力が高まる。
以上の観点から、炭素-ケイ素結合を含む樹脂の場合、10μm以下の厚さにするとより効果的に日照下において放射冷却効果を出すことができる。
【0098】
〔光反射層の詳細〕
光反射層Bは、
図19に示す通り、銀をベースとして光反射層Bを構成すれば、光反射層Bに求められる反射率を良好に得られる。
【0099】
ちなみに、「銀合金」としては、銀に、銅、パラジウム、金、亜鉛、スズ、マグネシウム、ニッケル、チタンのいずれかを、例えば、0.4質量%から4.5質量%程度添加した合金を用いることができる。具体例としては、銀に銅とパラジウムを添加して作成した銀合金である「APC-TR(フルヤ金属製)」を用いることができる。
【0100】
光反射層Bに適切な反射率特性を持たせるためには、保護層に隣接して位置する銀または銀合金と保護層から離れる側に位置するアルミまたはアルミ合金とを積層させた構造にしてもよい。尚、この場合においても、放射面Hの存在側(赤外放射層Jの存在側)の反射材料は銀または銀合金である必要がある。
銀(銀合金)とアルミ(アルミ合金)の2層で構成する場合、銀の厚みは10nm以上必要であり、アルミの厚みは30nm以上必要である。
【0101】
ちなみに、「アルミ合金」としては、アルミに、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、機械構造用炭素鋼、イットリウム、ランタン、ガドリニウム、テルビウムを添加した合金を用いることができる。
【0102】
銀および銀合金は雨や湿度に弱くそれらから保護をする必要があり、また、その変色を抑制する必要がある。そのために、銀や銀合金に隣接させる形態で、銀を保護する保護層を設けることが好ましい。
【0103】
〔実験結果について〕
ガラス基板上に銀を300nmの厚さで形成し、その上に、シロキサン結合を有するシリコーンゴム、炭素-フッ素結合を有するフルオロエチレンビニルエーテル、オレフィン変性体(オレフィン変成材料)、塩化ビニル樹脂をバーコーターで膜厚制御しつつ塗布し、放射冷却性能を測定した。
放射冷却性能の評価は外気温35℃の6月下旬の屋外の南中後3時間で実施し、基板を断熱性高く保持したうえで、基板裏面の温度(℃)を測定した。但し、塩化ビニル樹脂については、外気温が29℃のときに実施した。冶具に設置後5分後の温度が外気温より低いか、或いは高いかで放射冷却効果があるか否かを評価した。
放射冷却試験の結果を、
図22に示す。
【0104】
ちなみに、フルオロエチレンビニルエーテルの大気の窓領域の輻射率は、
図20に示す通りである。尚、シリコーンゴムの輻射率は、
図11に示す通りであり、オレフィン変性体(オレフィン変成材料)の輻射率は、
図15に示す通りであり、塩化ビニル樹脂の輻射率は、
図13に示す通りである。
【0105】
シロキサン結合を有するシリコーンゴムの場合、理論から予想された通り1μm以上の厚みで放射冷却能力を発揮することがわかった。
炭素-フッ素結合を有するフルオロエチレンビニルエーテルは、理論で予測される10μmよりも薄い5μmの膜厚で放射冷却能力を発揮することがわかった。この原因は、炭素-フッ素結合による大気の窓の光吸収のみならず、ビニルエーテルのエーテル結合による光吸収が加わり、それぞれ単独のときよりも大気の窓の光吸収率が増えたためである。
オレフィン変性体(オレフィン変成材料)は、大気の窓領域の熱輻射が殆どでないため放射冷却能力を持たない。
【0106】
〔保護層の詳細〕
保護層(補助赤外放射層J)は、厚さが300nm以上で、40μm以下のポリオレフィン系樹脂、又は、厚さが17μm以上で、40μm以下のポリエチレンテレフタラートを用いることが好ましい。
ポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン及びポリプロピレンがある。
【0107】
図23に、ポリエチレン、塩化ビニリデン樹脂、エチレンテレフタラート樹脂、塩化ビニル樹脂の紫外線の吸収率を示す。
また、
図24に、保護層を形成する合成樹脂として好適なポリエチレンの光透過率を示す。
【0108】
ガラス複合体Wは、夜間のみならず、日射環境下にても放射冷却作用を発揮するものであるから、光反射層Bが光反射機能を発揮する状態を維持するには、保護層にて光反射層Bを保護することにより、日射環境下で光反射層Bの銀が変色しないようにする必要がある。
【0109】
保護層が、ポリオレフィン系樹脂にて厚さが300nm以上で、40μm以下の形態に形成される場合には、ポリオレフィン系樹脂は、波長0.3μmから0.4μmの紫外線の波長域の全域において紫外線の光吸収率が10%以下である合成樹脂であるから、保護層が紫外線の吸収により劣化し難いものとなる。
【0110】
そして、保護層を形成するポリオレフィン系樹脂の厚さが、300nm以上であるから、赤外放射層Jにて発生したラジカルが光反射層Bを形成する銀又は銀合金に到達することを遮断し、また、赤外放射層Jを透過する水分が光反射層Bを形成する銀又は銀合金に到達することを遮断する等の遮断機能を良好に発揮することになり、光反射層Bを形成する銀又は銀合金の変色を抑制できることになる。
【0111】
ちなみに、ポリオレフィン系樹脂にて形成される保護層は、紫外線の吸収により、光反射層Bから離れる表面側にラジカルを形成しながら劣化することになるが、厚さが300nm以上であるから、形成したラジカルが光反射層Bに到達することはなく、また、ラジカルを形成しながら劣化するにしても、紫外線の吸収が低いことにより劣化の進み具合は遅いものであるから、上述の遮断機能を長期に亘って発揮することになる。
【0112】
保護層が、エチレンテレフタラート樹脂にて厚さが17μm以上で、40μm以下の形態に形成される場合には、エチレンテレフタラート樹脂は、ポリオレフィン系樹脂よりも、波長0.3μmから0.4μmの紫外線の波長域において紫外線の光吸収率が高い樹脂材料であるが、厚さが17μm以上であるから、赤外放射層Jにて発生したラジカルが光反射層Bを形成する銀又は銀合金に到達することを遮断し、また、赤外放射層Jを透過する水分が光反射層Bを形成する銀又は銀合金に到達することを遮断する等の遮断機能を長期に亘って良好に発揮することになり、光反射層Bを形成する銀又は銀合金の変色を抑制できることになる。
【0113】
つまり、エチレンテレフタラート樹脂にて形成される保護層は、紫外線の吸収により、光反射層Bから離れる表面側にラジカルを形成しながら劣化することになるが、厚さが17μm以上であるから、形成したラジカルが光反射層Bに到達することはなく、また、ラジカルを形成しながら劣化するにしても、厚さが17μm以上であるから、上述の遮断機能を長期に亘って発揮することになる。
【0114】
説明を加えると、エチレンテレフタラート樹脂(PET)の劣化は紫外線によってエチレングリコールとテレフタル酸のエステル結合が開裂しラジカルが形成されることに起因する。この劣化は、エチレンテレフタラート樹脂(PET)における紫外線が照射される面の表面から順に進行する。
【0115】
例えば、大阪における強さの紫外線がエチレンテレフタラート樹脂(PET)に照射されると、1日あたり、照射される面より順に約9nmのエチレンテレフタラート樹脂(PET)のエステル結合が開裂していく。エチレンテレフタラート樹脂(PET)は十分に重合しているので、開裂した表面のエチレンテレフタラート樹脂(PET)が光反射層Bの銀(銀合金)を攻撃することはないが、エチレンテレフタラート樹脂(PET)の開裂端が光反射層B銀(銀合金)まで到達すると、銀(銀合金)が変色する。
【0116】
従って、屋外で使用するうえで、保護層を1年以上耐久させるためには、9nm/日と365日とを積算して、約3μmの厚さが必要となる。保護層のエチレンテレフタラート樹脂(PET)を3年以上耐久させるためには、厚さが10μm以上必要である。5年以上耐久させるためには、厚さが17μm以上必要である。
【0117】
尚、ポリオレフィン系樹脂及びエチレンテレフタラート樹脂にて保護層を形成する場合において、その厚さの上限を定める理由は、保護層が放射冷却に寄与しない断熱性を奏することを回避するためである。つまり、保護層は、厚さが厚くなるほど放射冷却に寄与しない断熱性を奏することになるから、光反射層Bを保護する機能を発揮させながらも、放射冷却に寄与しない断熱性を奏することを回避するために、厚さの上限が定められることになる。
【0118】
つまり、保護層が厚くなると、光反射層Bの銀(銀合金)の着色を防ぐうえでのデメリットは生じないが、放射冷却するうえでの問題が発生する。つまり、厚くすると放射冷却材料の断熱性を上げることになる。
例えば、保護層を形成する合成樹脂として優れている主成分がポリエチレンの樹脂は、
図28に示すように、大気の窓における輻射率が小さいため、厚く形成しても放射冷却に寄与しない。それどころか、厚くすると放射冷却材料の断熱性を上げることになる。次に、厚くなると主鎖の振動に由来する近赤外域の吸収が増加し、太陽光吸収が増える効果が増加する。
これら要因により、保護層が厚いことは、放射冷却にとって不利である。このような観点から、ポリオレフィン系樹脂にて形成される保護層の厚さは、5μm以下であることが好ましく、さらには、1μmであることが一層好ましい。
【0119】
〔保護層の考察〕
保護層による銀の着色のされ方の違いを検討するために、
図25に示すような、赤外放射層Jを備えない保護層を露出させたサンプルを作製し、模擬太陽光が照射された後の銀の着色を調べた。
つまり、保護層として、紫外線を吸収する一般的なアクリル系樹脂(例えば、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤が混入するメタクリル酸メチル樹脂)とポリエチレンとの二種類を、バーコーターで、光反射層Bとして銀を備えるフィルム層F(基材に相当)上に塗布したサンプルを形成し、保護層としての機能を検討した。塗布した保護層の厚みは、それぞれ10μmと1μmである。
尚、フィルム層F(基材に相当)は、PET(エチレンテレフタラート樹脂)等にてフィルム状に形成されたものである。
【0120】
図27に示すように、保護層が紫外線を良く吸収するアクリル系樹脂の場合、保護層が紫外線で分解されラジカルを形成し、直ぐに銀が黄化して、ガラス複合体Wとして機能しなくなる(太陽光を吸収し、一般の材料のように日射が当たると温度上昇する)。
尚、図中の600hの線は、JIS規格5600-7-7の条件でキセノンウエザー試験(紫外光エネルギーは60W/m
2)を600h(時間)行った後の反射率スペクトルである。また、0hの線は、キセノンウエザー試験を行う前の反射率スペクトルである。
【0121】
図26に示すように、保護層が紫外線の光吸収率が低いポリエチレンの場合には、近赤外域から可視域での反射率の低下がみられないことがわかる。つまり、主成分がポリエチレンの樹脂(ポリオレフィン系樹脂)は、地上に届く太陽光が持つ紫外線を殆ど吸収しないため、太陽光が当たってもラジカルを形成し難いので、日射が当たっても、光反射層Bとしての銀の着色が発生しない。
尚、図中の600hの線は、JIS規格5600-7-7の条件でキセノンウエザー試験(紫外光エネルギーは60W/m
2)を600h(時間)行った後の反射率スペクトルである。また、0hの線は、キセノンウエザー試験を行う前の反射率スペクトルである。
【0122】
なお、この波長帯域の反射率スペクトルが波打つ理由は、ポリエチレン層のファブリペロー共振である。キセノンウエザー試験の熱などによってポリエチレン層の厚みが変化したことによる原因で、この共振位置が0hの線と600hの線とで多少変わっていることがわかるが、銀の黄化に由来する紫外-可視域における大きな反射率の低下は観測されない。
【0123】
尚、フッ素樹脂系も紫外線吸収の観点からは保護層を形成する材料に適用できるが、実際に保護層として形成すると、形成段階で着色し、劣化するため、保護層を形成する材料としては用いることができない。
また、シリコーンも紫外線吸収の観点からは保護層を形成する材料に適用できるが、銀(銀合金)との密着性が極めて悪く、保護層を形成する材料としては用いることができない。
【0124】
〔試験結果〕
これまで説明してきたガラス複合体Wに関し、
図1に示す構造のものを実施例1、5、6とし、
図4に示す構造のものを実施例2とし、
図5に示す構造のものを実施例3、7とし、
図6に示す構造のものを実施例4とした。また、
図8に示すように、大気の側から、赤外放射ガラス層G、光反射層B、赤外放射層Jを記載の順に積層した構造のものを比較例1とし、赤外放射ガラス層単体を比較例2とした。
【0125】
実施例及び比較例について、試験を行ったガラス複合体Wの条件は、以下の〔表2〕に示す通りである。また、試験結果を〔表1〕に示す。
【0126】
【0127】
【0128】
以上の試験結果から、実施例1~7に係るガラス複合体Wでは、輻射率、可視光反射率、電波透過性、採光性、映り込み性に関し、良好な結果が得られていることがわかる。
一方、比較例1に係るガラス複合体Wにおいては、光反射層Bに薄肉部位を設けない構成であるため、電波透過性、採光性、映り込み性の試験条件を満足できていないことが推察される。
また、比較例2に係るガラス複合体Wにおいては、光反射層Bを設けない構成であるため、可視光反射率の試験条件を満足できていないことが推察される。
【0129】
〔別実施形態〕
(1)これまで説明してきたガラス複合体Wは、補助赤外放射層Jの光反射層Bの存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層(図示せず)を有する構成としても構わない。
又は、赤外放射裏面ガラス層G2の補助赤外放射層Jの存在側とは反対側に、調光機能を有する調光層(図示せず)を有する構成としても構わない。
【0130】
(2)これまで説明してきたガラス複合体Wは、放射面Hに沿う形で、紫外線を反射する紫外線反射層を設ける構成を採用しても構わない。
ガラス複合体Wの場合、当該紫外線反射層は、アルミ合金等の材料を好適に用いることができる。
【0131】
尚、上記実施形態(別実施形態を含む、以下同じ)で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することが可能であり、また、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明のガラス複合体は、電磁波透過性及び採光性を向上できると共に、夜間等での映り込みを低減できるガラス複合体として、有効に利用可能である。
【符号の説明】
【0133】
A :赤外放射層
B :光反射層
B1 :第1金属薄肉部位
B2 :第2金属薄肉部位
B3 :厚肉部位
G1 :赤外放射ガラス層
G2 :裏面ガラス層
H :放射面
H1 :第1放射面
H2 :第2放射面
H3 :第3放射面
J :補助赤外放射層
L1 :薄肉部位の厚み
L2 :厚肉部位の厚み
Tu :中間樹脂
W :ガラス複合体
Z :積層方向
【要約】
【課題】電磁波透過性及び採光性を向上できると共に、夜間等での映り込みを低減できる。
【解決手段】放射面Hである第1放射面H1から赤外光を放射する赤外放射ガラス層G1と、当該赤外放射ガラス層G1における第1放射面H1の存在側とは反対側に位置する光反射層Bとを記載の順に積層して備えるガラス複合体Wであり、光反射層Bが、積層方向Zにおける厚肉部位B3と、積層方向における厚みが厚肉部位B3の厚みの2/3以下である薄肉部位B2とを有し、薄肉部位B2は、第1放射面H1に直交する平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が5cm
2以上の面積を有する第1金属薄肉部位と、平面視において連続して一体に設けられ且つ平面視での面積が第1金属薄肉部位の面積未満である第2金属薄肉部位B2とを有する。
【選択図】
図1