(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-31
(45)【発行日】2024-11-11
(54)【発明の名称】ワイヤ放電加工装置、ワイヤ放電加工方法、およびウエハの製造方法
(51)【国際特許分類】
B23H 7/02 20060101AFI20241101BHJP
【FI】
B23H7/02 H
(21)【出願番号】P 2024550320
(86)(22)【出願日】2024-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2024019540
【審査請求日】2024-08-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118762
【氏名又は名称】高村 順
(72)【発明者】
【氏名】三宅 英孝
(72)【発明者】
【氏名】湯澤 隆
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-140927(JP,A)
【文献】特開2011-56634(JP,A)
【文献】国際公開第2016/046922(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/145390(WO,A1)
【文献】特開昭63-306828(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 7/00 - 11/00
B28D 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工液に浸漬された被加工物から放電加工によって複数枚の板状部材を切り出すワイヤ電極と、
前記ワイヤ電極の繰り出しおよび巻き取りの方向であるワイヤ走行方向に前記被加工物を往復移動させる揺動ステージと、
前記被加工物と前記ワイヤ電極との間の極間に印加される電流のパルス電流値に基づいて前記極間の放電状態を判定する極間監視部と、
前記極間監視部による判定の判定結果に基づいて前記被加工物の往復移動を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記揺動ステージを制御することで、ガイドローラ間に張架された前記ワイヤ電極の1次振動モードにおけるたわみ形状の位置に対し、前記被加工物の前記ワイヤ走行方向における位置を制御する、
ことを特徴とするワイヤ放電加工装置。
【請求項2】
前記被加工物を格納して前記加工液に浸漬させる薄板加工部と、
前記ワイヤ電極が通されるとともに前記薄板加工部に対して前記ワイヤ走行方向に垂直に密接して前記薄板加工部の外部から前記薄板加工部の内部に前記加工液を噴出することで、前記被加工物の加工位置に前記加工液を噴出するノズルと、
をさらに備え、
前記揺動ステージは、前記薄板加工部を前記ワイヤ走行方向に往復移動させることで、前記被加工物を前記ワイヤ走行方向に往復移動させ、
前記ノズルは、前記薄板加工部の移動とともに前記ワイヤ走行方向に伸縮することで前記薄板加工部との密接状態を維持しながら前記加工液を噴出する可変ノズルを有している、
ことを特徴とする請求項1に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項3】
前記ワイヤ走行方向および前記可変ノズルの伸縮方向は、水平方向であり、
前記可変ノズルは、
前記薄板加工部が前記ノズルに接近する際には、前記薄板加工部に押されながら短縮し、
前記薄板加工部が前記ノズルから離反する際には、前記可変ノズルを押し出すことで前記可変ノズルを前記薄板加工部に押し当てながら伸長する、
ことを特徴とする請求項2に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項4】
前記薄板加工部は、
前記被加工物が上面に固定載置されるとともに、前記揺動ステージによって前記ワイヤ走行方向に往復移動させられることで前記被加工物を往復移動させる被加工物固定板と、
おもて面および裏面が前記ワイヤ走行方向に垂直な方向に延設されて前記被加工物を挟む1対の第1の板状部材と、
おもて面および裏面が前記被加工物固定板および前記第1の板状部材に垂直な方向に延設されて前記被加工物を挟む1対の第2の板状部材と、
を有し、
前記第1の板状部材は、前記ワイヤ走行方向に前記ワイヤ電極が通されて前記被加工物固定板とともに前記ワイヤ走行方向に往復移動し、
前記第2の板状部材は、前記被加工物固定板とともに前記ワイヤ走行方向に往復移動するとともに、前記被加工物固定板が上下方向に移動すると前記被加工物固定板とともに上下方向に移動する、
ことを特徴とする請求項2または3に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記ワイヤ電極による前記被加工物の前記ワイヤ走行方向の切断長に応じて、前記揺動ステージの前記ワイヤ走行方向への移動距離を調整する、
ことを特徴とする請求項
1に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項6】
前記制御部は、加工方向への前記ワイヤ電極の送り速度に応じて、前記被加工物を往復移動させる移動速度を調整する、
ことを特徴とする請求項
1に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項7】
前記制御部は、前記判定結果が前記極間の短絡状態である場合、前記移動速度を前記送り速度よりも遅くする、
ことを特徴とする請求項6に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項8】
前記被加工物は、円柱状であり、
前記ワイヤ電極は、前記被加工物から円板状の部材を切り出し、
前記制御部は、前記ワイヤ電極による前記被加工物の加工位置が前記被加工物の直径に対応する位置である場合には、前記ワイヤ電極の送りを一時停止または減速して、前記被加工物の往復移動を制御する、
ことを特徴とする請求項6に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項9】
前記制御部は、前記被加工物の直径と同じ距離内で前記揺動ステージを往復移動させる、
ことを特徴とする請求項8に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項10】
前記制御部は、前記放電加工におけるパルス発振周波数に対する前記送り速度の比を算出し、算出した前記比が特定値よりも低くなると、前記揺動ステージを往復移動させる、
ことを特徴とする請求項6に記載のワイヤ放電加工装置。
【請求項11】
加工液に浸漬された被加工物からワイヤ電極を用いた放電加工によって複数枚の板状部材を切り出すワイヤ放電加工装置が、前記被加工物と前記ワイヤ電極との間の極間に印加される電流のパルス電流値に基づいて前記極間の放電状態を判定する放電状態判定ステップと、
前記ワイヤ放電加工装置が、前記ワイヤ電極の繰り出しおよび巻き取りの方向であるワイヤ走行方向に前記被加工物を往復移動させる揺動ステージを、前記判定の判定結果に基づいて制御することで、前記ワイヤ走行方向に前記被加工物を往復移動させる制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップでは、前記ワイヤ放電加工装置が、前記揺動ステージを制御することで、ガイドローラ間に張架された前記ワイヤ電極の1次振動モードにおけるたわみ形状の位置に対し、前記被加工物の前記ワイヤ走行方向における位置を制御する、
ことを特徴とするワイヤ放電加工方法。
【請求項12】
前記制御ステップでは、前記ワイヤ放電加工装置が、加工方向への前記ワイヤ電極の送り速度に応じて、前記被加工物を往復移動させる移動速度を調整する、
ことを特徴とする請求項11に記載のワイヤ放電加工方法。
【請求項13】
請求項11または12に記載のワイヤ放電加工方法によって、前記被加工物から複数のウエハを同時に切り出す、
ことを特徴とするウエハの製造方法。
【請求項14】
前記被加工物は、半導体インゴットであり、
前記ウエハは、半導体ウエハである、
ことを特徴とする請求項13に記載のウエハの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ワイヤ電極を用いて被加工物から複数のウエハを一括して切り出すワイヤ放電加工装置、ワイヤ放電加工方法、およびウエハの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マルチワイヤ放電加工装置では、複数本のワイヤ電極と被加工物との間に放電を発生させ、被加工物から複数の板状部材(ウエハ)を一括して切り出す。マルチワイヤ放電加工装置は、例えば、半導体製造工程において、半導体素材のインゴットから複数のウエハを切り出すスライス加工に用いられる。
【0003】
スライス加工されたウエハの形状精度(平坦性)が悪い場合、スライス加工後の研削加工における形状修正処理の負荷が増大する。このため、マルチワイヤ放電加工では、板厚が均一なウエハの切り出しが望まれる。
【0004】
特許文献1に記載の放電加工装置は、薄板電極を有した工具電極部と、薄板状電極に対して張力を付与する張力付与機構と、薄板電極とワークとを相対移動させる駆動機構とを備えており、張力が付与された薄板状電極によってウエハを切り出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、薄板電極が放電加工によって消耗するので、薄板電極のうち放電加工に使われた部分の幅が局所的に減少し、加工開始時の張力を薄板電極に与え続けることが困難になる。このため、薄板電極面内に作用する張力が次第に不均一になり、加工の進行とともにウエハの板厚が不均一になるという問題があった。
【0007】
本開示は、上記に鑑みてなされたものであって、加工が進行しても均一な板厚のウエハを切り出すことができるワイヤ放電加工装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本開示のワイヤ放電加工装置は、加工液に浸漬された被加工物から放電加工によって複数枚の板状部材を切り出すワイヤ電極と、ワイヤ電極の繰り出しおよび巻き取りの方向であるワイヤ走行方向に被加工物を往復移動させる揺動ステージとを備える。また、本開示のワイヤ放電加工装置は、被加工物とワイヤ電極との間の極間に印加される電流のパルス電流値に基づいて極間の放電状態を判定する極間監視部と、極間監視部による判定の判定結果に基づいて被加工物の往復移動を制御する制御部とを備える。制御部は、揺動ステージを制御することで、ガイドローラ間に張架されたワイヤ電極の1次振動モードにおけるたわみ形状の位置に対し、被加工物のワイヤ走行方向における位置を制御する。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかるワイヤ放電加工装置は、加工が進行しても均一な板厚のウエハを切り出すことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置の構成例を示す図
【
図2】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える薄板加工部および可変ノズルの構成例を示す模式図
【
図3】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える薄板加工部の構成部品を示す模式図
【
図4】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える切断ワイヤ部の構成例を示す模式図
【
図5】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が実行する加工の加工方向を説明するための図
【
図6】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が揺動ステージを揺動させた際の可変ノズルの形状を説明するための図
【
図7】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える制御部の構成を示すブロック図
【
図8】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が実行するワイヤ放電加工の加工処理手順を示すフローチャート
【
図9】揺動ステージを備えていないワイヤ放電加工装置が放電切断加工する場合の被加工物の形状を説明するための図
【
図10】実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が放電切断加工する場合の被加工物の形状を説明するための図
【
図11】実施の形態1~3にかかる制御部が備える処理回路をプロセッサおよびメモリで実現する場合の処理回路の構成例を示す図
【
図12】実施の形態1~3にかかる制御部が備える処理回路を専用のハードウェアで構成する場合の処理回路の例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本開示の実施の形態にかかるワイヤ放電加工装置、ワイヤ放電加工方法、およびウエハの製造方法を図面に基づいて詳細に説明する。
【0012】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置の構成例を示す図である。
図2は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える薄板加工部および可変ノズルの構成例を示す模式図である。
図3は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える薄板加工部の構成部品を示す模式図である。
図4は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える切断ワイヤ部の構成例を示す模式図である。
【0013】
ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1のうちの切断ワイヤ部1bを用いて放電切断加工を行うマルチワイヤ放電加工装置である。以下、ワイヤ放電加工装置1000による放電切断加工を放電加工または加工という場合がある。
【0014】
図1に示すように、ワイヤ放電加工装置1000は、薄板加工部70を備えている。薄板加工部70には、被加工物Wが配置されており、薄板加工部70内では、切断ワイヤ部1bによって被加工物Wが加工される。
図2では、
図1に示すワイヤ放電加工装置1000のうちの給電子ユニット6aと給電子ユニット6bとの間に配置される部品の構成を示している。
【0015】
図3では、ワイヤ放電加工装置1000が備える薄板加工部70の構成部品の形状を模式的に示しており、
図2などに示す構成部品とは形状、大きさなどが異なる箇所がある。ワイヤ放電加工装置1000では、
図3に示す構成部品が組み立てられることによって薄板加工部70が形成される。
図4に示すように、切断ワイヤ部1bでは、互いに並列に離間して被加工物Wに対向する位置に複数のワイヤ電極1が配置されている。
【0016】
図1~
図4では、3軸直交座標系のx軸、y軸、およびz軸が示されている。y軸方向は、被加工物W上でのワイヤ電極1の走行方向、すなわちワイヤ放電加工装置1000に配置された被加工物Wに対するワイヤ電極1の走行方向に対応する。このように、ワイヤ放電加工装置1000では、切断ワイヤ部1bのワイヤ電極1がy軸方向に延設されている。
【0017】
z軸方向は、ワイヤ放電加工装置1000の高さ方向に対応する。ワイヤ放電加工装置1000の高さ方向は、上下方向、すなわち鉛直方向である。被加工物Wに対して切断ワイヤ部1bを相対移動させる方向がz軸方向である。
【0018】
x軸方向は、被加工物W上でワイヤ電極1が並列される方向、すなわちワイヤ放電加工装置1000に配置された被加工物Wに対してワイヤ電極1が並列される方向に対応する。x軸方向は、ワイヤ放電加工装置1000に配置された被加工物Wの長手方向に平行な方向である。このように、薄板加工部70には、x軸方向に平行な軸を有した被加工物Wが配置されている。
【0019】
薄板加工部70の上面と平行な面内の2つの軸であって互いに直交する2つの軸がx軸およびy軸であり、x軸およびy軸に直交する軸がz軸である。切断ワイヤ部1bのワイヤ電極1が並べられている平面に平行な面がxy平面である。xy平面は、水平面に平行な面である。
【0020】
ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物(例えば、円柱形状の半導体インゴット)Wから複数の薄板を一括して切り出すスライス加工、すなわち、複数の薄板の一括した放電切断加工に用いられる。以下、薄板をウエハという場合がある。ウエハの一例は、半導体ウエハである。ワイヤ放電加工装置1000は、例えば、半導体製造工程において、被加工物Wから半導体ウエハを切り出す。
【0021】
ワイヤ放電加工装置1000において、一括して放電切断加工される薄板は、複数のワイヤ電極1が平行に配置された切断ワイヤ部1bとの間に発生させた放電によって放電切断加工される。このため、ワイヤ放電加工装置1000では、切断ワイヤ部1bにおけるワイヤ電極1の互いの離間距離が、切り出される薄板の板厚に大きく影響する。
【0022】
そこで、ワイヤ放電加工装置1000には、
図2に示すように、切断ワイヤ部1bが有するワイヤ電極1の互いの離間距離が加工開始から加工終了まで変化しないように、切断ワイヤ部1bの位置ずれを防ぐための一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bが設けられている。円柱状のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの軸方向がx軸方向である。
【0023】
ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、y軸方向において、被加工物Wを挟むようにして、被加工物Wの両側に設けられている。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、薄板加工部70の外側でガイドローラホルダ55a,55b内に配置されている。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51b、薄板加工部70、およびガイドローラホルダ55a,55bの詳細については後述する。
【0024】
ワイヤ放電加工装置1000において、並列に巻回配置されたワイヤ電極1が並列ワイヤ部1aである。並列ワイヤ部1aのうち、ワイヤ並列ガイドローラ51a上からワイヤ並列ガイドローラ51b上までの部分(ワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間の部分)が切断ワイヤ部1bである。
【0025】
ワイヤ放電加工装置1000は、切断ワイヤ部1bと被加工物Wとを相対移動させることで、切断ワイヤ部1bによって被加工物Wから薄板を切り出す。以下では、ワイヤ放電加工装置1000が、切断ワイヤ部1bのz軸方向の位置を固定し、被加工物Wをz軸方向に移動させることで被加工物Wから複数枚の薄板を切り出す場合について説明する。ワイヤ放電加工装置1000は、切断ワイヤ部1bに対して被加工物Wをz軸方向に移動させることで薄板を切り出すので、薄板のおもて面および裏面はyz平面に平行な面となる。
【0026】
ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの側面には、各々のワイヤ電極1の離間距離を規定する複数本のV溝状のワイヤ案内溝(後述するワイヤ案内溝56a,56b)が形成されている。そして、ワイヤ案内溝56a,56bの各々に対して1本ずつ配設されたワイヤ電極1が、一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間で張架され、切断ワイヤ部1bが構成される。
【0027】
ワイヤ案内溝56a,56bは、一括して放電切断加工される薄板を所望の板厚で切り出すために設計された間隔でワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの側面に形成されている。一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、放電切断加工中においては、複数のワイヤ電極1の互いの間隔が保たれるように複数のワイヤ電極1を拘束しながら切断ワイヤ部1bの各ワイヤ電極1を並列走行させる。
【0028】
ワイヤ放電加工装置1000による放電切断加工では、ノズル7A,7Bが、切断ワイヤ部1bのワイヤ電極1の張架方向(y軸方向)に設けられた加工溝に向かってから脱イオン水などの加工液23を噴出する。被加工物Wが円柱状のインゴットである場合、切断厚さ(切断位置)に応じて加工液23の流量が調整される。
【0029】
ところが、加工液23の流量の調整は、ワイヤ電極1への加振の要因およびワイヤ電極1の張力変動の要因となる。また、放電加工を高速化するために、放電エネルギーが増大されると、放電による反発力が大きくなる。この放電による反発力の増大は、ワイヤ電極1への加振の要因およびワイヤ電極1の張力変動の要因となる。
【0030】
ワイヤ電極1は、放電の衝撃力によって被加工物Wのうちyz平面に平行な面に垂直な方向に撓む。ワイヤ電極1は、被加工物Wに加工溝を掘り進めていくことで薄板を切り出すので、加工の際には、一方の薄板のおもて面と他方の薄板の裏面とに挟まれている。このため、ワイヤ電極1は、放電の衝撃力によって、一方の薄板のおもて面側から他方の薄板の裏面側に押し出されるとともに、他方の薄板の裏面側から一方の薄板のおもて面側に押し出される。切断ワイヤ部1bは、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bでx軸方向の位置が固定されており、放電の衝撃力によって、薄板間で押し出されるので、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの中間近傍で大きく撓むこととなる。
【0031】
ワイヤ放電加工装置1000では、一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間に張架されたワイヤ電極1が、放電切断加工中の各種の外乱(放電反発力など)によって、ワイヤ案内溝56a,56bに接触する部分を「節」とする弦振動をしながら放電切断加工が進行する。すなわち、ワイヤ電極1は、両側のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bを「節」とし、両側のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bに張架されたワイヤ電極1の中央部を1次振動の「腹」として振動する。ワイヤ電極1の中央部は、被加工物Wのy軸方向の中心部である。ワイヤ電極1の振動の「腹」は、1次振動の最大振幅部である。
【0032】
ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1と加工面との距離が20~50μm程度の間隙を維持しながら、継続的に発生させたパルス放電によって、被加工物Wを溶融除去する。前述した外乱による撓みや、振動によるワイヤ電極1の挙動変化は、加工面の形状にも影響する。放電切断加工中の加工液23は、被加工物Wの加工溝内を走行するワイヤ電極1の入口側および出口側から加工溝内部へ流入し、被加工物Wの中央部で互いに衝突して既に加工された加工溝を通過して被加工物Wの外部へ抜けていく。
【0033】
このように、ワイヤ放電加工装置1000では、加工液23の液流、放電反発力などによってワイヤ電極1が加振される。また、ワイヤ電極1の走行方向(ワイヤ走行方向)に対して直角方向(薄板の面内方向)のワイヤ電極1の振動の「腹」近傍では、加工屑が滞留しやすく、加工屑への二次放電によってワイヤ電極1の振幅挙動に加えて放電間隙が拡大する。
【0034】
また、放電によって発生した加工屑の排出と、放電エネルギーによって加熱されたワイヤ電極1の冷却とを向上させるために形成途中の薄板の間隙に加工液23が供給される。このため、ワイヤ電極1は、加工液23の液流の圧力を受けることによって、また、放電エネルギーに比例した放電反発力によって揺さぶられ、弦振動挙動が、薄板となる被加工面に転写される。また、加工溝内部の加工屑への二次放電によって薄板の被加工面にはさらに振幅が増大された形状が転写される。
【0035】
被加工物Wが、例えば、炭化珪素(SiC:Silicon Carbide)の結晶からなるインゴットまたは窒化ガリウム(GaN:Gallium Nitride)の結晶からなるインゴットである場合、大きな直径のインゴットから大きな直径の薄板が切り出されることが多い。切り出される薄板の口径寸法が大きくなるほど、一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの設置間距離が拡大するので、ワイヤ電極1は撓みやすくなり、被加工物Wの中央部では加工屑の濃度が高くなりやすい。このため、薄板の口径寸法が大きくなるほど、薄板の被加工面にはさらに振幅が増大された形状が転写されることとなる。この結果、切り出された薄板の板厚は、中央部が薄く、外周部ほど厚くなる場合がある。
【0036】
実施の形態1のワイヤ放電加工装置1000は、切断ワイヤ部1bのy軸方向に伸びるワイヤ電極1に対して被加工物Wのy軸方向の位置を変動させる。これにより、被加工物Wの中央部および外周部の両方がワイヤ電極1の振動の「腹」近傍で加工されることとなる。
【0037】
半導体ウエハは、多くの半導体製造プロセス工程を経て加工が行われる。この半導体ウエハは、面内での板厚が不均一であると、各半導体製造プロセス工程での加工処理が不均一になる。このため、インゴット結晶から薄板状に切り出される際の厚さは薄板の面内で均一化されることが望まれる。薄板の厚さを半導体ウエハ面内で均一化するためには、研削加工および研磨加工が施される。この場合において、インゴットから加工された薄板の面内において板厚に大きなばらつきがあると、研削加工および研磨加工において、特定の板厚に仕上げるまでの加工負荷が増大し、半導体製造における薄板の品質およびコストが著しく損なわれる要因となる。
【0038】
ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1を用いて被加工物Wから複数の板状部材である薄板を一括して切断するマルチワイヤ放電加工において薄板の厚さをウエハ面内で均一化することで、薄板に対する研削加工および研磨加工の加工負荷を低減する。
【0039】
図2では、薄板加工部70などをyz平面に平行な面で切断した場合の断面図を示している。
図2では、被加工物Wと、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bと、ガイドローラホルダ55a,55bと、ノズル7A,7Bと、制振ガイドローラ4a,4bと、給電子ユニット6a,6bとの位置関係を示している。
【0040】
被加工物Wは、薄板加工部70内に配置され、底部が、被加工物Wを固定するための不図示の治具によって被加工物固定板25上で固定されている。被加工物固定板25は、導電性を有している。ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物固定板25をプラスz方向に移動させることによって、被加工物Wをz軸方向に移動させる。これにより、被加工物Wが、上部側から切断ワイヤ部1bによって溝加工されていく。
図2では、切断ワイヤ部1bによる放電加工によって、円柱状の被加工物Wに対するワイヤ放電加工が被加工物Wの上側から半分程度の位置まで進行した状態を示している。すなわち、
図2では、切断ワイヤ部1bが、被加工物Wの上側から半分程度の位置まで溝を形成した状態を示している。ワイヤ放電加工装置1000は、この
図2の状態からさらに被加工物Wをプラスz方向に移動させることで、被加工物Wから薄板であるウエハを切り出す。
【0041】
図1に示すように、ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1によって被加工物Wを放電加工する加工機構部100と、給電を実行する給電部200と、ワイヤ放電加工装置1000を制御する制御部300とを備えている。なお、ワイヤ放電加工装置1000は、極間を監視する極間監視部400を備えているが、
図1では図示を省略している。極間監視部400については後述する。
【0042】
被加工物Wの材料の例としては、タングステン、モリブデン、シリコンカーバイド、単結晶シリコン、単結晶シリコンカーバイド、ガリウムナイトライド、多結晶シリコン等の材料を挙げることができる。シリコンカーバイドは、炭化珪素とも呼ばれる。
【0043】
加工機構部100は、複数のガイドローラ2(
図1では符号の「2」を図示せず)と、ボビン3a,3bと、制振ガイドローラ4a,4bと、ノズル7A,7Bと、ボビン回転制御装置8a,8bと、トラバース制御装置9a,9bと、切断送りステージ10とを備えている。
図1では、複数のガイドローラ2が、ガイドローラ2a、ガイドローラ2b、ガイドローラ2c、およびガイドローラ2dである場合を示している。ガイドローラ2a~2dは、ワイヤ電極1の走行をガイドする。ガイドローラ2a~2dの各々は、各々の回転軸のまわりに回転可能に設置されている。
【0044】
ガイドローラ2a~2dは、互いに離間して配置されており、互いの回転軸が平行となるように配置されている。ガイドローラ2a~2dの各々の回転軸が互いに平行であることにより、加工機構部100は、ワイヤ電極1を高精度に走行させることができる。ガイドローラ2a~2dの各々の回転軸の軸方向は、x軸に平行な方向である。
【0045】
1本のワイヤ電極1が、ガイドローラ2a~2dのまわりに、ガイドローラ2a~2dの各々の回転軸の方向に間隔をあけて複数回巻回されている。これらの巻回されたワイヤ電極1が、並列ワイヤ部1aである。また、並列ワイヤ部1aのうち、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの間のワイヤ部が切断ワイヤ部1bである。切断ワイヤ部1bの一部は、被加工物Wに対向する位置に配置されている。切断ワイヤ部1bは、並列配置された複数のワイヤ電極1で構成されている。
【0046】
ガイドローラ2a~2dのおもて面には、複数のワイヤ案内溝2eが等間隔に形成されている。各ワイヤ案内溝2eは、ガイドローラ2a~2dの側面上で円周を描くように形成されている。
【0047】
複数のワイヤ案内溝2eに沿ってワイヤ電極1がガイドローラ2a~2dのおもて面に巻き掛けられることによって、ガイドローラ2a~2dは、ワイヤ電極1の間隔、すなわち並列ワイヤ部1aのワイヤ電極1の間隔を一定に保持する。なお、複数のガイドローラ2は、必ずしも4個である必要はなく、3個以下とされてもよく、5個以上とされてもよい。
【0048】
ボビン3a,3bは、ワイヤ電極1の繰り出し動作と、ワイヤ電極1の巻き取り動作とによってワイヤ電極1を走行させる。ボビン3aは、ワイヤ電極1の繰り出し動作を行う。ボビン3bは、ワイヤ電極1の巻き取り動作を行う。ボビン3a,3bの軸方向は、x軸方向である。ボビン回転制御装置8aおよびトラバース制御装置9aは、ボビン3aを制御する。ボビン回転制御装置8bおよびトラバース制御装置9bは、ボビン3bを制御する。
【0049】
ボビン回転制御装置8aは、ボビン3aの回転を制御し、ワイヤ電極1の走行を制御する。ボビン回転制御装置8aは、例えば、ワイヤ電極1の走行方向および走行速度を制御する。
【0050】
ボビン回転制御装置8bは、ボビン3bの回転を制御し、ワイヤ電極1の走行を制御する。ボビン回転制御装置8bは、例えば、ワイヤ電極1の走行方向および走行速度を制御する。
【0051】
トラバース制御装置9aは、ワイヤ電極1の繰り出し位置を制御するために、ボビン3aのx軸方向の位置を制御する。トラバース制御装置9bは、ワイヤ電極1の巻き取り位置を制御するために、ボビン3bのx軸方向の位置を制御する。トラバース制御装置9a,9bによるボビン3a,3bの位置制御をトラバース制御と称する。トラバース制御によって、ボビン3a,3bは、安定的にかつ高精度にワイヤ電極1を走行させることができる。
【0052】
ボビン3aから繰り出されたワイヤ電極1は、ガイドローラ2b、ガイドローラ2a、ガイドローラ2d、およびガイドローラ2cの順に巻き掛けられて、再びガイドローラ2bからの巻き掛けが継続される。このようにして、ワイヤ電極1は、ガイドローラ2a~2dの間において複数回周回してから、ボビン3bへ巻き取られる。
【0053】
図2に示すように、被加工物Wは、揺動ステージ20に絶縁部26を介して固定された被加工物固定板25に固定載置される。また、揺動ステージ20は、切断送りステージ10に固定載置される。このように、被加工物固定板25と揺動ステージ20とが、絶縁部26を介して固定されることで、被加工物固定板25は、揺動ステージ20および切断送りステージ10に対して絶縁されている。絶縁部26は、例えば、樹脂板などの絶縁性素材で構成されている。絶縁部26の例は、絶縁板、絶縁シート、絶縁被膜などである。
【0054】
なお、絶縁部26は、被加工物固定板25と切断送りステージ10との間に配置されればよい。絶縁部26は、例えば、被加工物固定板25が接触する揺動ステージ20のステージ面に配置されてもよいし、揺動ステージ20と切断送りステージ10との境界に配置されてもよい。例えば、絶縁部26を絶縁性シートとし、揺動ステージ20のステージ面に絶縁性シートが貼付けられてもよい。また、切断送りステージ10に硬質アルマイトなどの絶縁性被膜処理を施すことによって、被加工物固定板25と2種の駆動ステージ(揺動ステージ20および切断送りステージ10)とが電気的に絶縁されてもよい。被加工物Wが固定載置された被加工物固定板25は、y軸方向において、ワイヤ並列ガイドローラ51aと、ワイヤ並列ガイドローラ51bとの間に配置される。
【0055】
ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、y軸方向において、被加工物Wを挟むようにして、被加工物Wの両側に配置される。また、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、y軸方向において、制振ガイドローラ4aと制振ガイドローラ4bとの間に設置される。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、ワイヤ電極1のx軸方向の動きを制限する。具体的には、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、切断ワイヤ部1bのx軸方向の動きを制限する。
【0056】
ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの各々は、ガイドローラ2a~2dと同様に回転軸を有し、各々の回転軸のまわりに回転可能に設置されている。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、y軸方向において互いに離間して配置されており、互いの回転軸が平行となるように配置されている。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの各々の回転軸が互いに平行であることにより、ワイヤ電極1を高精度に走行させることができる。前述したように、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの各々の回転軸の軸方向は、x軸に平行な方向である。
【0057】
また、前述したように、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの側面には、複数のワイヤ案内溝56a,56bが等間隔に形成されており、ワイヤ案内溝56a,56bによって、切断ワイヤ部1bの配列間隔を高精度に保持する。ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、複数のワイヤ案内溝56a,56bに沿ってワイヤ電極1を走行させることによって、ワイヤ電極1の間隔、すなわち切断ワイヤ部1bのワイヤ電極1の間隔を一定に保持する。ワイヤ放電加工装置1000は、切断ワイヤ部1bが互いに平行かつ等間隔に配置されることにより、被加工物Wから切り出される複数の薄板の板厚を等しくし、また複数の薄板の断面を平行に近付けることができる。
【0058】
このように、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、ガイドローラ2a~2dの各々の回転軸の軸方向において等間隔に複数回巻回されて互いに離間して走行するワイヤ電極1(切断ワイヤ部1b)の走行をガイドする。これにより、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、被加工物Wの切断厚さ方向の切断ワイヤ部1bの振動を抑制する。
【0059】
図2に示すように、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、一対のガイドローラホルダ55a,55bによって支持される。一対のガイドローラホルダ55a,55bは、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bが各々の回転軸のまわりに回転可能となるようにワイヤ並列ガイドローラ51a,51bを支持する軸受け(図示せず)を備えている。
【0060】
一対のガイドローラホルダ55a,55bは、y軸方向において、被加工物Wを挟むようにして、被加工物Wの両側に配置される。一対のガイドローラホルダ55a,55bは、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの各々の回転軸がx軸方向に平行に配置されるように、被加工物Wの両側に固定される。
【0061】
ガイドローラホルダ55aは、ワイヤ並列ガイドローラ51aの上端部分がガイドローラホルダ55aの上面から上方に突出した状態で、ワイヤ並列ガイドローラ51aの回転軸を支持することで、ワイヤ並列ガイドローラ51aを支持する。
【0062】
同様に、ガイドローラホルダ55bは、ワイヤ並列ガイドローラ51bの上端部分がガイドローラホルダ55bの上面から上方に突出した状態で、ワイヤ並列ガイドローラ51bの回転軸を支持することで、ワイヤ並列ガイドローラ51bを支持する。
【0063】
制振ガイドローラ4aは、y軸方向においてワイヤ並列ガイドローラ51aと給電子ユニット6aとの間に配置されている。制振ガイドローラ4bは、y軸方向においてワイヤ並列ガイドローラ51bと給電子ユニット6bとの間に配置されている。制振ガイドローラ4a,4bは、回転軸の軸方向がx軸方向である。制振ガイドローラ4a,4bは、ワイヤ電極1のz軸方向の動きを制限する。
【0064】
ノズル7Aは、y軸方向において制振ガイドローラ4aと被加工物Wとの間に配置されている。ノズル7Aは、ノズル本体7aと可変ノズル21aとを有している。ノズル7Bは、y軸方向において制振ガイドローラ4bと被加工物Wとの間に配置されている。ノズル7Bは、ノズル本体7bと可変ノズル21bとを有している。
【0065】
ノズル本体7aは、ワイヤ並列ガイドローラ51aとの間に切断ワイヤ部1bを挟んだ状態で、且つz軸方向において切断ワイヤ部1bと離間した状態で、切断ワイヤ部1bの上方の位置に配置されている。
【0066】
同様に、ノズル本体7bは、ワイヤ並列ガイドローラ51bとの間に切断ワイヤ部1bを挟んだ状態で、且つz軸方向において切断ワイヤ部1bと離間した状態で、切断ワイヤ部1bの上方の位置に配置されている。
【0067】
ノズル7A,7Bの内部には、加工液供給管62から供給される加工液23が充填されている。可変ノズル21a,21bは、内部に充填された加工液23を薄板加工部70内の被加工物Wに向けて噴出する加工液噴出孔7cを有する。切断ワイヤ部1bは、可変ノズル21a,21bが有する加工液噴出孔7cに通されている。可変ノズル21a,21bの詳細については後述する。
【0068】
加工液23は、加工液タンク(図示せず)に貯められており、加工液供給用のポンプ(図示せず)によって組み上げられ、配管経路に沿ってノズル7A,7Bに送られる。薄板加工部70内には、加工液23が溜められており、被加工物Wが加工液23に浸漬された状態で放電加工が実行される。なお、被加工物Wが固定された薄板加工部70を加工液23が溜められた加工槽の内側に設置することで、被加工物Wを加工液23に浸漬した状態にして放電加工が実行されてもよい。
【0069】
ワイヤ放電加工装置1000においては、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bがワイヤ電極1のx軸方向の動きを制限し、さらに、制振ガイドローラ4a,4bがワイヤ電極1のz軸方向の動きを制限することによって、切断ワイヤ部1bにおけるワイヤ電極1の振動が抑制される。なお、ワイヤ放電加工装置1000においては、制振ガイドローラ4aおよび制振ガイドローラ4bを省くことも可能である。
【0070】
切断送りステージ10は、被加工物Wと、切断ワイヤ部1bとの間の相対位置を変化させる。具体的には、切断送りステージ10は、被加工物Wが固定され揺動ステージ20に固定載置された被加工物固定板25と、切断ワイヤ部1bとの間の加工方向(z軸方向)の相対位置を変化させる。前述したように、実施の形態1では、切断ワイヤ部1bのz軸方向の位置が固定されており、揺動ステージ20、切断送りステージ10、および被加工物固定板25がz軸方向に移動可能であるものとする。
【0071】
切断送りステージ10は、被加工物Wを上下方向(z軸方向)に移動させる。ワイヤ放電加工装置1000は、切断送りステージ10の上下方向への移動によって、被加工物Wを切断ワイヤ部1bに対して相対的に接近あるいは離反させる。切断送りステージ10は、放電加工の際には被加工物Wを上方向に移動させ、短絡が発生した場合には下方向に移動させる。これにより、被加工物Wには、切断ワイヤ部1bに沿った加工溝が形成され、被加工物Wが切断される。なお、切断送りステージ10は、x軸方向およびy軸方向に移動可能とされてもよい。
【0072】
揺動ステージ20は、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間に張架されたワイヤ電極1のたわみ形状(最大振幅部)と、被加工物Wとの相対位置を変化させる。すなわち、揺動ステージ20は、被加工物Wが固定された被加工物固定板25と、切断ワイヤ部1bとの間のワイヤ走行方向(y軸方向)の相対位置を変化させる。実施の形態1では、切断ワイヤ部1bのy軸方向の張架位置が固定されており、揺動ステージ20がy軸方向に移動可能であるものとする。
【0073】
揺動ステージ20は、薄板加工部70を左右方向(y軸方向に平行な方向)に移動させることで、薄板加工部70内の被加工物Wをワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの方向に移動させる。実施の形態1では、揺動ステージ20がy軸方向に平行な方向に移動(往復運動)することを揺動という。
【0074】
ワイヤ放電加工装置1000は、揺動ステージ20の左右方向への移動によって、被加工物Wのy軸方向の中心位置を切断ワイヤ部1bの最大振幅部に対して相対的に接近あるいは離反させて、被加工物Wの板厚が厚い部分を集中的に放電加工して平坦化する。
【0075】
被加工物Wへの放電加工では、切断ワイヤ部1bのたわみ形状に沿って被加工物Wに加工溝が形成される。この場合において、実施の形態1では、揺動ステージ20がワイヤ電極1の最大振幅部と、被加工物Wとの相対位置を変化させているので、被加工物Wから切り出される薄板は平坦になる。なお、揺動ステージ20は、x軸方向およびz軸方向に移動可能とされてもよい。
【0076】
なお、加工機構部100は、ワイヤ電極1の振動を抑制するガイド用プーリ、ワイヤ電極1の張力を測定するロードセル、ワイヤ電極1の張力を制御するダンサローラ等の構成部を備えてもよい。加工機構部100では、例えば、ダンサローラが、ワイヤ電極1の繰り出し速度および巻き取り速度を変化させることによって、ワイヤ電極1の張力を制御してもよい。
【0077】
給電部200は、加工用電源5と、給電子ユニット6a,6bとを備えている。加工用電源5は、給電子ユニット6a,6bに接続されている。加工用電源5は、ワイヤ電極1に接続する給電子ユニット6a,6bを介してワイヤ電極1に対して給電を行う。また、加工用電源5は、薄板加工部70が備える液整流板(被加工物治具)71aを介して被加工物Wに対して給電を行う。液整流板71aの詳細については後述する。
【0078】
薄板加工部70は、制振ガイドローラ4aと制振ガイドローラ4bとの間、且つノズル7Aが備える可変ノズル21aとノズル7Bが備える可変ノズル21bとの間に配置されている。薄板加工部70は、一対の液整流板71(
図1~
図3では符号の「71」を図示せず)である液整流板71aおよび液整流板71bと、被加工物押さえ部72と、液逃げ防止板22a,22bと、被加工物固定板25とを備えている。
【0079】
図3に示すように、液整流板71a,71bおよび液逃げ防止板22a,22bは薄板加工部70の側面に対応し、被加工物押さえ部72は薄板加工部70の上面に対応し、被加工物固定板25は薄板加工部70の下面に対応している。
【0080】
液整流板71a,71bは、被加工物固定板25の側面に固定されている。液整流板71a,71bは、導電性を有しており、切断ワイヤ部1bの走行方向と平行に配置され、加工液23の流れを整流する。なお、液逃げ防止板22a,22b、ノズル7A,7B、およびワイヤ並列ガイドローラ51a,51bは、導電性を有していてもよいし、絶縁性を有していてもよい。
【0081】
液整流板71a,71bは、おもて面および裏面が、被加工物固定板25の上面および液逃げ防止板22a,22bの裏面に垂直な方向に延設されている。液整流板71a,71bは、x軸方向において、被加工物Wを挟む位置に配置されている。すなわち、液整流板71a,71bは、x軸方向において、被加工物Wを挟んで対向する位置に配置されている。液整流板71a,71bは、y軸方向において、液逃げ防止板22a,22bの間に配置されている。液整流板71aと液整流板71bとは、板状(直方体形状)を有し、互いに対向する面(yz平面に平行な面)が平行になるように配置されている。
【0082】
被加工物Wは、液整流板71aの裏面と液整流板71bの裏面とに挟まれて、液整流板71a,71Bに固定されている。すなわち、柱状の被加工物Wの一方の端面(上面)が、液整流板71aの裏面に接触し、他方の端面(下面)が、液整流板71bの裏面に接触している。柱状の被加工物Wの上面および下面はyz平面に平行な面であり、yz平面に平行な液整流板71a,71bの裏面によって挟まれている。液整流板71aの裏面および液整流板71bの裏面は、薄板加工部70の内側の面(内壁面)である。
【0083】
液整流板71aは、一対の液整流板71のうち一方の液整流板であり、加工用電源5に接続されている。これにより、被加工物Wへの放電加工用電源の給電は、被加工物Wの端面に接触する液整流板71aから行われる。
【0084】
液整流板71bは、一対の液整流板71のうち他方の液整流板であり、液整流板71aに固定された被加工物Wを液整流板71aとの間に挟んだ状態で、液整流板71aと平行に配置される。また、液整流板71bは、被加工物Wに密接し、ノズル7A,7Bから供給される加工液23を被加工物Wへ誘導する流路を、液整流板71aとともに形成する。液整流板71a,71bは、x軸方向の位置は変化せず、互いのx軸方向の距離を維持しつつy軸方向およびz軸方向に移動する。
【0085】
液逃げ防止板22a,22bは、おもて面および裏面が、ワイヤ走行方向に垂直な方向に延設されている。液逃げ防止板22a,22bは、y軸方向において、被加工物Wを挟む位置に配置されている。すなわち、液逃げ防止板22a,22bは、y軸方向において、被加工物Wを挟んで対向する位置に配置されている。液逃げ防止板22aと液逃げ防止板22bとは、板状(直方体形状)を有し、互いに対向する面(xz平面に平行な面)が平行になるように配置されている。液逃げ防止板22a,22bが1対の第1の板状部材であり、液整流板71a,71bが、1対の第2の板状部材である。
【0086】
被加工物Wは、液逃げ防止板22aの裏面と液逃げ防止板22bの裏面とに挟まれている。液逃げ防止板22aの裏面および液逃げ防止板22bの裏面は、薄板加工部70の内側の面(内壁面)である。
【0087】
液逃げ防止板22a,22bは、x軸方向の位置およびz軸方向の位置は変化せず、互いのy軸方向の距離を維持しつつy軸方向に移動する。液逃げ防止板22aがワイヤ並列ガイドローラ51aに近付く場合は、液逃げ防止板22bがワイヤ並列ガイドローラ51bから遠ざかる。液逃げ防止板22bがワイヤ並列ガイドローラ51bに近付く場合は、液逃げ防止板22aがワイヤ並列ガイドローラ51aから遠ざかる。
【0088】
液逃げ防止板22a,22bのy軸方向の中間位置が被加工物Wの中心軸の位置である。被加工物Wの中心軸の位置が、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bの中間位置である場合、被加工物Wの中心軸のy軸方向の位置と、ワイヤ電極1の振動の「腹」の位置とが重なる。
【0089】
液逃げ防止板22aがワイヤ並列ガイドローラ51aに近付く場合、被加工物Wの中心軸は、ワイヤ並列ガイドローラ51aに近付き、ワイヤ電極1の振動の「腹」から遠ざかる。また、液逃げ防止板22bがワイヤ並列ガイドローラ51bに近付く場合、被加工物Wの中心軸は、ワイヤ並列ガイドローラ51bに近付き、ワイヤ電極1の振動の「腹」から遠ざかる。
【0090】
ノズル7A,7Bは、それぞれ、サイズが異なる筒状(例えば、円筒状、角筒状など)のノズルユニットが複数個組み合わされた可変ノズル21a,21bを備えている。可変ノズル21aが有する各ノズルユニットは、径が異なり、軸方向が同じである。同様に、可変ノズル21bが有する各ノズルユニットは、径が異なり、軸方向が同じである。
【0091】
可変ノズル21aでは、液逃げ防止板22aに近いノズルユニットほど径が小さく且つ内側に配置されている。同様に、可変ノズル21bでは、液逃げ防止板22bに近いノズルユニットほど径が小さく且つ内側に配置されている。
【0092】
可変ノズル21a,21bは、これらのノズルユニットのそれぞれが軸方向に沿って摺動することによって可変ノズル21a,21bの流体噴出方向(y軸方向)の長さが伸縮する可変式の多段構造である。実施の形態1では、可変ノズル21a,21bの伸縮方向およびワイヤ走行方向は水平方向である。
【0093】
可変ノズル21aのうちの最もワイヤ並列ガイドローラ51a側のノズルユニットは、ガイドローラホルダ55aおよびノズル本体7aに固定されている。また、可変ノズル21aのうちの最も液逃げ防止板22a側のノズルユニットは、液逃げ防止板22aのおもて面に垂直に密接して固定されている。
【0094】
同様に、可変ノズル21bのうちの最もワイヤ並列ガイドローラ51b側のノズルユニットは、ガイドローラホルダ55bおよびノズル本体7bに固定されている。また、可変ノズル21bのうちの最も液逃げ防止板22b側のノズルユニットは、液逃げ防止板22bのおもて面に垂直に密接して固定されている。
【0095】
可変ノズル21a,21bは、各段のノズルユニット間に設置された、例えば、ばねなどの反発機構、あるいは、ノズル本体7a,7bから噴出される加工液23の液流の圧力によって、各ノズルユニットが加工液23の液噴出方向へ押し出され伸長する。ばねなどの反発機構は、ばねなどの弾性体の復元力を用いて各ノズルユニットを加工液23の液噴出方向へ押し出す。
【0096】
可変ノズル21aが伸びる際には、加工液噴出孔7cに最も近い先端部のノズルユニットが液逃げ防止板22aのおもて面を押すことで、薄板加工部70がワイヤ並列ガイドローラ51b側に押される。
【0097】
同様に、可変ノズル21bが伸びる際には、加工液噴出孔7cに最も近い先端部のノズルユニットが液逃げ防止板22bのおもて面を押すことで、薄板加工部70がワイヤ並列ガイドローラ51a側に押される。
【0098】
ワイヤ放電加工装置1000では、揺動ステージ20がプラスy方向に揺動すると、可変ノズル21aがプラスy方向に伸びるとともに、可変ノズル21bがプラスy方向に縮む。
【0099】
同様に、ワイヤ放電加工装置1000では、揺動ステージ20がマイナスy方向に揺動すると、可変ノズル21bがマイナスy方向に伸びるとともに、可変ノズル21aがマイナスy方向に縮む。
【0100】
このように、ワイヤ放電加工装置1000は、揺動時には、可変ノズル21a,21bと液逃げ防止板22a,22bとの間に押圧を発生させる機構(押圧発生機構)を有している。この押圧発生機構は、可変ノズル21a,21bが伸びる方向に可変ノズル21a,21bを押し出す機構である。ワイヤ放電加工装置1000は、押圧発生機構によって可変ノズル21a,21bを押し出すことで、可変ノズル21a,21bを液逃げ防止板22a,22bに押し当てる。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、可変ノズル21a,21bを液逃げ防止板22a,22bに押し付けられながら伸長する。
【0101】
また、可変ノズル21aは、加工液噴出孔7cに最も近い先端部のノズルユニットが、液逃げ防止板22aのおもて面に押されることでy軸方向に平行な方向に縮む。同様に、可変ノズル21bは、加工液噴出孔7cに最も近い先端部のノズルユニットが、液逃げ防止板22bのおもて面に押されることでy軸方向に平行な方向に縮む。このように、可変ノズル21a,21bは、液逃げ防止板22a,22bに押されながら短縮する。
【0102】
例えば、ノズルユニットの摺動方向と平行に移動する揺動ステージ20が、ワイヤ並列ガイドローラ51a側に移動すると、可変ノズル21aのノズルユニットがワイヤ並列ガイドローラ51a側に押し戻される。これにより、液逃げ防止板22a側のノズルユニットが、隣接するワイヤ並列ガイドローラ51a側のノズルユニットに収納され、可変ノズル21aが縮む。
【0103】
同様に、揺動ステージ20が、ワイヤ並列ガイドローラ51b側に移動すると、可変ノズル21bのノズルユニットがワイヤ並列ガイドローラ51b側に押し戻される。これにより、液逃げ防止板22b側のノズルユニットが、隣接するワイヤ並列ガイドローラ51b側のノズルユニットに収納され、可変ノズル21bが縮む。
【0104】
可変ノズル21a,21bは、液逃げ防止板22a,22b、ノズル本体7a,7b、およびワイヤ並列ガイドローラ51a,51bに固定された状態で伸長動作および収縮動作を行う。可変ノズル21a,21bでは、複数のノズルユニットのうちの最も内側に組みこまれたノズルユニットの先端部が液逃げ防止板22a,22bに固定された状態で、揺動ステージ20の揺動動作によって伸縮する。
【0105】
このように、可変ノズル21a,21bは、放電切断加工中は、伸縮機構によって被加工物Wの両側に配設された一対の可変ノズル21a,21bのそれぞれの最も内側に組み込まれたノズルユニットの先端が液逃げ防止板22a,22bに押し付けられる。そして、放電切断加工中は、ノズル本体7a,7bに対して薄板加工部70が接近と離反とを繰り返す揺動中であっても可変ノズル21a,21bが液逃げ防止板22a,22bに固定された状態を維持しながら、加工液23が液整流板71a,71b間に供給される。
【0106】
また、液逃げ防止板22a,22bには、可変ノズル21a,21bの最も内側に配置されるノズルユニットの加工液噴出孔7cと、液逃げ防止板22a,22bに設けられた開口部とが同軸線上になるように、可変ノズル21a,21bが密接した状態で設置される。可変ノズル21a,21bが設置された液逃げ防止板22a,22bは、液整流板71a,71bのy軸方向の側面に対して隙間がないように液整流板71a,71bに押し当てられる。
【0107】
放電切断加工中は、切断送りステージ10によって被加工物Wが上下移動する状態でも、液整流板71a,71bは、液逃げ防止板22a,22bの裏面に密接した状態で被加工物固定板25とともに摺動する。これにより、放電切断加工中は、ガイドローラホルダ55aおよびノズル本体7aと、可変ノズル21aとの密接状態が維持されるとともに、液逃げ防止板22aのおもて面と可変ノズル21aとの密接状態が維持される。同様に、放電切断加工中は、ガイドローラホルダ55bおよびノズル本体7bと、可変ノズル21bとの密接状態が維持されるとともに、液逃げ防止板22bのおもて面と可変ノズル21bとの密接状態が維持される。
【0108】
放電切断加工中は、ノズル7A,7Bから液逃げ防止板22a,22bの開口部を通して、液整流板71aと液整流板71bとの間の間隙に、被加工物Wに向けて加工液23が供給される。これにより、加工液23が、加工溝が形成されている途中の薄板の厚さ方向(x軸方向)に拡散することが抑制される。
【0109】
このように、薄板加工部70では、一対の液整流板71a,71bと、被加工物押さえ部72と、被加工物固定板25と、一対の液逃げ防止板22a,22bとがそれぞれ密接して配置されることでチャンバが構成されている。そして、このチャンバ内に被加工物Wが設置され、チャンバ内で被加工物Wが放電切断加工される。
【0110】
ノズル7A,7Bから供給される加工液23は、チャンバ内に注水され、チャンバ内部が加工液23で充満された後も、加工液供給用のポンプなどによって加工液23がチャンバ内部に圧入される。チャンバ内部に充満した加工液23の外部への流出口は被加工物押さえ部72の上面に設けられた切り欠き部のみである。この切り欠き部へ到達するための加工液23の流路は、被加工物Wに形成された加工溝を通過するしかない。したがって、チャンバ内部の加工液23は静圧状態に等しく、幅が狭い加工溝であってもその内部まで加工液23が供給される。
【0111】
ワイヤ放電加工装置1000では、ノズル7A,7Bから供給される加工液23が加工溝で整流されるので、加工液23の拡散が抑制され、形成途中の薄板が加工液23によって揺さぶられて割れる可能性が低減され、複数の加工溝へも均一に加工液23が供給される。
【0112】
被加工物Wが半導体ウエハ用の素材である場合には、放電切断加工された薄板が円形の薄板となるように、被加工物Wの形状が、あらかじめ円柱形状に成形されていることが多い。この場合も、被加工物Wは、円柱形状の被加工物Wの外周側面(曲面)が切断ワイヤ部1bに対向するように、薄板加工部70の内部で被加工物固定板25の上面に固定載置される。被加工物Wが切断ワイヤ部1bによって輪切りされることによって、被加工物Wから薄板であるウエハが加工される。
【0113】
切断ワイヤ部1bと被加工物Wとの間の隙間である極間に特定値の電圧が印加され、極間距離が特定範囲の値になると、極間に放電が発生して切断ワイヤ部1bが発熱し、被加工物Wが溶融し、この結果、複数の板状部材が一括して切り出される。
【0114】
放電切断加工中に、加工液23が、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間隙に供給されると、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間に発生する加工屑が間隙の外へ排出される。この加工屑は、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間に短絡を発生させる原因となる。ワイヤ放電加工装置1000は、加工液23を間隙に供給することによって加工屑を排出し、これにより、短絡の発生頻度を低減することができる。
【0115】
被加工物押さえ部72は、形成途中の複数枚の薄板を薄板加工部70の上部側から一括して固定する。被加工物押さえ部72は、加工開始時は被加工物Wに接しておらず、被加工物Wの上側に配置されている。被加工物Wへの切断がZ軸方向に対して特定距離まで進むと、被加工物押さえ部72は、被加工物Wの上部に下りてきて被加工物Wに接触し、複数枚の薄板を押さえる。これにより、被加工物押さえ部72は、複数の薄板の切断面が受ける加工液23の液流の液圧によって発生する被加工物Wの振動による薄板の揺れを抑制する。
【0116】
加工の進行とともに切断送りステージ10によって被加工物W、液整流板71a,71b、被加工物固定板25、および被加工物押さえ部72は上側(z軸方向)に移動する。この場合において、液逃げ防止板22a,22bは、可変ノズル21a,21bによってz軸方向に固定されているので、液整流板71a,71bは、液逃げ防止板22a,22bの裏面に対して密接した状態で相対的に摺動する。
【0117】
液逃げ防止板22a,22bおよび液整流板71a,71bの摺動状態は、加工の開始前から加工終了まで維持される。そのため、液逃げ防止板22a,22bの加工方向(z軸方向)の長さが摺動距離(被加工物Wのz軸方向の移動距離)より短いと、加工途中で、液整流板71a,71bで挟まれた領域が液逃げ防止板22a,22b上で開放され、加工液23が漏れ出す。この状態を防止するために、液逃げ防止板22a,22bは、液整流板71a,71bの側面のz軸方向の長さより十分長く形成されている。具体的には、液逃げ防止板22a,22bのz軸方向の長さは、被加工物Wの加工方向(z軸方向)の長さの2倍以上である。すなわち、液逃げ防止板22a,22bのz軸方向の長さは、被加工物Wの移動距離の2倍以上である。
【0118】
図5は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が実行する加工の加工方向を説明するための図である。
図5では、被加工物Wをxz平面で切断した場合の断面図を模式的に示している。
【0119】
ワイヤ放電加工装置1000では、薄板加工部70がプラスz方向に移動することによって、被加工物Wが切断ワイヤ部1bによって加工される。被加工物Wに対する切断ワイヤ部1bの相対的な進行方向が、加工進行方向(
図5ではマイナスz方向)である。
【0120】
切断ワイヤ部1bは、円柱状のワイヤ電極1を有しており、この円柱状のワイヤ電極1で被加工物Wを加工する。このため、切断ワイヤ部1bは、ワイヤ電極1の太さ方向にも被加工物Wを加工しながら被加工物Wの加工を進めていく。
図5に示すワイヤ電極1の下半分(半球部分)に対向する被加工物Wの面が加工面である。すなわち、被加工物Wの加工面は、ワイヤ電極1が被加工物Wに形成する加工溝Grの底面SBと、この底面SBに隣接する側面とを含んでいる。
【0121】
ワイヤ電極1は、放電の衝撃力によって被加工物Wの加工面とは反対の方向に押し出されて撓む。ワイヤ電極1が放電の衝撃力によって押し出される方向は、被加工物Wの加工面の方向とは反対の方向(反加工進行方向)である。すなわち、ワイヤ電極1は、放電の衝撃力によって反加工進行方向に押し出されて撓む。反加工進行方向にワイヤ電極1を押し出す放電の衝撃力が放電反発力である。
【0122】
ワイヤ電極1の撓みのうち、x軸方向の撓みは、被加工物Wの加工溝Grの形状に大きな影響を及ぼす。実施の形態1では、ワイヤ放電加工装置1000が被加工物Wをy軸方向に往復移動させることで、ワイヤ電極1のうち撓みの大きな箇所での加工を被加工物Wのy軸方向の種々の位置で実行する。
【0123】
図6は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が揺動ステージを揺動させた際の可変ノズルの形状を説明するための図である。
図6では、薄板加工部70などをyz平面に平行な面で切断した場合の断面図を示している。なお、
図6では、薄板加工部70のうち、液整流板71a,71b、被加工物押さえ部72、および切断送りステージ10の図示を省略している。
【0124】
図6では、揺動ステージ20がプラスy方向に移動している場合の液逃げ防止板22a,22bを液逃げ防止板22A2,22B2として図示している。また、
図6では、揺動ステージ20がマイナスy方向に移動している場合の液逃げ防止板22a,22bを液逃げ防止板22A1,22B1として図示している。
【0125】
例えば、揺動ステージ20が揺動動作によってマイナスy方向に移動すると、すなわち、揺動ステージ20が、ワイヤ並列ガイドローラ51a側に移動すると、可変ノズル21aのノズルユニットがワイヤ並列ガイドローラ51a側に押し戻される。これにより、液逃げ防止板22A1側のノズルユニットが、隣接するワイヤ並列ガイドローラ51a側のノズルユニットに収納され、可変ノズル21aが縮む。
【0126】
例えば、可変ノズル21aのノズルユニットに、液逃げ防止板22aのおもて面に固定された第1のノズルユニットと、第1のノズルユニットのワイヤ並列ガイドローラ51a側で第1のノズルユニットに接続された第2のノズルユニットと、第2のノズルユニットのワイヤ並列ガイドローラ51a側で第2のノズルユニットに接続された第3のノズルユニットとが含まれている場合について説明する。この場合、揺動ステージ20が、ワイヤ並列ガイドローラ51a側に移動すると、第1のノズルユニットが液逃げ防止板22aによってワイヤ並列ガイドローラ51a側に押し戻される。また、第2のノズルユニットが第1のノズルユニットによってワイヤ並列ガイドローラ51a側に押し戻され、第3のノズルユニットが第2のノズルユニットによってワイヤ並列ガイドローラ51a側に押し戻される。これにより、可変ノズル21aは、液逃げ防止板22aに固定された状態でワイヤ並列ガイドローラ51a側に縮められる。
【0127】
同様に、揺動ステージ20が揺動動作によってプラスy方向に移動すると、すなわち、揺動ステージ20が、ワイヤ並列ガイドローラ51b側に移動すると、可変ノズル21bのノズルユニットがワイヤ並列ガイドローラ51b側に押し戻される。これにより、液逃げ防止板22B2側のノズルユニットが、隣接するワイヤ並列ガイドローラ51b側のノズルユニットに収納され、ワイヤ並列ガイドローラ51b側に縮められる。
【0128】
図7は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が備える制御部の構成を示すブロック図である。ワイヤ放電加工装置1000が備える制御部300は、極間監視部400および加工用電源5に接続されている。また、制御部300は、ボビン回転制御装置8a,8b、トラバース制御装置9a,9b、切断送りステージ10、および揺動ステージ20に接続されている。
【0129】
極間監視部400は、加工用電源5が切断ワイヤ部1bと被加工物Wとの間の隙間である極間に印加するパルス電流を監視して放電状態(放電加工状況)を判定する。極間監視部400は、パルス電流検出装置41と、放電状態判定装置42とを備えている。
【0130】
パルス電流検出装置41は、加工用電源5が切断ワイヤ部1bと被加工物Wとの間の隙間である極間に印加するパルス電流のパルス電流値を検出する。パルス電流検出装置41は、検出結果であるパルス電流値を放電状態判定装置42に送る。
【0131】
放電状態判定装置42は、パルス電流検出装置41が検出したパルス電流値に基づいて、極間の放電状態を判定する。放電状態判定装置42は、例えば、単位時間当たりのパルス電流値の大きさに基づいて、極間の放電状態を判定する。
【0132】
放電状態判定装置42は、放電状態の判定結果を示す状態監視情報を極間状態情報(加工状態情報)psとして制御部300に送信する。極間状態情報psには、切断ワイヤ部1bに含まれる各ワイヤ電極1での放電状態の判定結果が含まれている。放電状態は、適切放電状態(適切な放電状態)、開放状態(開放傾向)、および短絡状態(短絡傾向)の何れかである。
【0133】
制御部300は、極間監視部400の放電状態判定装置42から送信された極間状態情報psに基づいて、ワイヤ放電加工装置1000の全体を制御する。制御部300は、加工制御装置31と、放電波形制御装置32と、切断ステージ制御装置34と、揺動ステージ制御装置33と、ワイヤ走行制御装置35とを備えている。
【0134】
加工制御装置31は、放電状態判定装置42から送られてくる極間状態情報psを受信する。加工制御装置31は、極間状態情報psに基づいて、放電波形制御装置32、切断ステージ制御装置34、揺動ステージ制御装置33、およびワイヤ走行制御装置35を制御する。
【0135】
加工制御装置31は、極間状態情報psに基づいて、放電の波形を制御するための指令である放電波形指令(パルス発振指令)wcを生成する。加工制御装置31は、生成した放電波形指令wcを放電波形制御装置32に送信する。
【0136】
また、加工制御装置31は、極間状態情報psに基づいて、ワイヤ電極1の走行を制御するための指令であるワイヤ電極走行指令rcを生成する。加工制御装置31は、生成したワイヤ電極走行指令rcをワイヤ走行制御装置35に送信する。
【0137】
また、加工制御装置31は、極間状態情報psに基づいて、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間のz軸方向の相対位置を制御するための指令である切断ステージ指令scCを生成する。加工制御装置31は、例えば、極間状態情報psに基づいて、切断送りステージ10のz軸方向の位置を制御するための指令である切断ステージ指令scCを生成する。加工制御装置31は、生成した切断ステージ指令scCを切断ステージ制御装置34に送信する。
【0138】
また、加工制御装置31は、極間状態情報psに基づいて、揺動ステージ20のy軸方向の位置を制御するための指令である揺動ステージ指令scSを生成する。加工制御装置31は、生成した揺動ステージ指令scSを揺動ステージ制御装置33に送信する。
【0139】
放電波形制御装置32は、加工制御装置31から放電波形指令wcを受信する。放電波形制御装置32は、放電波形指令wcに基づいて加工用電源5を制御することで、極間に印加される電圧波形または極間に流れる電流波形を制御する。
【0140】
ワイヤ走行制御装置35は、加工制御装置31からワイヤ電極走行指令rcを受信する。ワイヤ走行制御装置35は、ワイヤ電極走行指令rcに基づいてボビン回転制御装置8a,8bを駆動制御することで、ワイヤ電極1の走行を制御する。また、ワイヤ走行制御装置35は、ワイヤ電極走行指令rcに基づいてトラバース制御装置9a,9bを駆動制御することでボビン3a,3bの位置制御であるトラバース制御を実行する。
【0141】
ボビン回転制御装置8a,8bは、ワイヤ走行制御装置35からの指示に従って、ボビン3a,3bの回転位置を制御する。トラバース制御装置9a,9bは、ワイヤ走行制御装置35からの指示に従って、ボビン3a,3bのx軸方向の位置を制御する。
【0142】
切断ステージ制御装置34は、加工制御装置31から切断ステージ指令scCを受信する。切断ステージ制御装置34は、切断ステージ指令scCに基づいて切断送りステージ10を駆動し、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間のz軸方向の相対位置を制御する。
【0143】
揺動ステージ制御装置33は、加工制御装置31から揺動ステージ指令scSを受信する。揺動ステージ制御装置33は、揺動ステージ指令scSに基づいて揺動ステージ20を駆動し、被加工物Wと切断ワイヤ部1bとの間のy軸方向の相対位置を制御する。
【0144】
ワイヤ放電加工装置1000が放電切断加工を開始すると、放電波形制御装置32は、放電波形指令wcに基づいて、加工用電源5を制御する。これにより、加工用電源5は、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の極間に電圧を印加し、極間に給電される電流がパルス電流検出装置41によって検出される。
【0145】
放電状態判定装置42は、単位時間当たりのパルス電流値が特定値(第1の電流値)以下の場合に、極間の放電状態が開放状態であると判断する。開放状態は、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が長く放電回数が少ない状態である。極間の放電状態が開放状態である場合、放電状態判定装置42は、極間の放電状態が開放状態であることを示す極間状態情報psを加工制御装置31に送信する。
【0146】
加工制御装置31は、極間の放電状態が開放状態であることを示す極間状態情報psを受信すると、パルス発振周波数の設定を現状より増大させる指令と、加工送り速度を現状より速い値に設定させる指令と、揺動速度(y軸方向への往復移動の移動速度)を現状より速い値に設定させる指令とを出力する。例えば、加工制御装置31は、放電波形制御装置32に対して、パルス発振周波数の設定を現状より増大させる指令を送信する。また、加工制御装置31は、切断ステージ制御装置34に対して、極間を詰めて放電の発生を促進すべく、加工送り速度を現状より速い値に設定させる指令を送信する。また、加工制御装置31は、揺動ステージ制御装置33に対して、揺動速度を現状より速い値に設定させる指令を送信する。
【0147】
一方、放電状態判定装置42は、単位時間当たりのパルス電流値が特定値(第2の電流値)以上である場合に、極間の放電状態が短絡状態であると判断する。短絡状態は、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が短い状態またはワイヤ電極1と被加工物Wとの間に加工屑が溜まっている状態である。極間の放電状態が短絡状態である場合、放電状態判定装置42は、極間の放電状態が短絡状態であることを示す極間状態情報psを加工制御装置31に送信する。
【0148】
加工制御装置31は、極間の放電状態が短絡状態であることを示す極間状態情報psを受信すると、パルス発振周波数の設定を現状より減少させる指令と、加工送り速度を現状より遅い値に設定させる指令と、揺動速度を現状より遅い値に設定させると指令を出力する。例えば、加工制御装置31は、放電波形制御装置32に対して、パルス発振周波数の設定を現状より減少させる指令を送信する。また、加工制御装置31は、切断ステージ制御装置34に対して、極間が接近しすぎているとして、極間を広げさせるべく、加工送り速度を現状より遅い値に設定させる指令を送信する。また、加工制御装置31は、揺動ステージ制御装置33に対して、揺動速度を現状より遅い値に設定させる指令を送信する。
【0149】
なお、加工制御装置31は、揺動ステージ制御装置33に対しては、上述した放電状態に応じて、揺動幅(y軸方向の移動距離)を変更させる指令を送信する。例えば、ワイヤ電極1による加工溝の幅方向(x軸方向)の形成が十分に進むと、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が大きくなって放電状態が開放状態となる。この場合には、加工制御装置31は、ワイヤ電極1の振動の「腹」の位置が、被加工物Wの外周領域になるよう、揺動幅を拡大させる指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。すなわち、加工制御装置31は、放電状態が開放状態である場合には、揺動幅を拡大させる指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。
【0150】
揺動幅は、往復移動における移動距離の半分の幅である。したがって、実施の形態1の揺動ステージ20による往復移動の範囲は、プラスy方向の揺動幅と、マイナスy方向の揺動幅とを合わせた範囲である。
【0151】
また、ワイヤ電極1による加工溝の幅方向の形成が不十分な場合、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が小さく放電状態が短絡状態となる。この場合には、加工制御装置31は、ワイヤ電極1の振動の「腹」の位置が、被加工物Wの中央領域になるよう、揺動幅を縮小させる指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。すなわち、加工制御装置31は、放電状態が短絡状態である場合には、揺動幅を縮小させる指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。
【0152】
また、放電状態判定装置42は、単位時間当たりのパルス電流値が第1の電流値よりも大きく第2の電流値よりも小さい場合に、極間の放電状態が適切放電状態であると判断する。適切放電状態は、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が適切であり、且つワイヤ電極1と被加工物Wとの間に加工屑が溜まっていない状態である。極間の放電状態が適切放電状態である場合、放電状態判定装置42は、極間の放電状態が適切放電状態であることを示す極間状態情報psを加工制御装置31に送信する。
【0153】
加工制御装置31は、極間の放電状態が適切放電状態であることを示す極間状態情報psを受信した場合、放電波形制御装置32、切断ステージ制御装置34、および揺動ステージ制御装置33の何れにも指令を出力しない。
【0154】
なお、制御部300は、加工液供給用のポンプの回転数をインバータによって制御する場合、ポンプ周波数を制御することで、加工液23の流量を制御してもよい。制御部300は、例えば、極間の放電状態に基づいて加工液23の流量を制御する。制御部300は、放電状態が開放状態である場合には、加工液23の流量が少なくなるようにインバータを制御し、放電状態が短絡状態である場合には、加工液23の流量が多くなるようにインバータを制御する。
【0155】
図8は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が実行するワイヤ放電加工の加工処理手順を示すフローチャートである。
【0156】
ワイヤ放電加工装置1000が放電加工を開始すると、極間監視部400が、被加工物Wとワイヤ電極1との間の極間に印加される電流のパルス電流値に基づいて極間の放電状態を判定する(ステップS10)。
【0157】
ワイヤ放電加工装置1000の制御部300が、極間監視部400による判定の判定結果に基づいて揺動ステージ20を制御することで、ワイヤ走行方向に被加工物Wを往復移動させる(ステップS20)。これにより、制御部300は、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間に張架されたワイヤ電極1の1次振動のモード(1次振動モード)におけるたわみ形状の位置に対し、被加工物Wのワイヤ走行方向における位置を制御する。
【0158】
ワイヤ放電加工装置1000は、上述したステップS10,S20の処理を実行することで被加工物Wからウエハを製造する。
【0159】
図9は、揺動ステージを備えていないワイヤ放電加工装置が放電切断加工する場合の被加工物の形状を説明するための図である。
図9の上段には、被加工物Wをz軸方向から見た場合の被加工物Wの加工溝の形状(放電切断加工による被加工物Wの切断状況)およびワイヤ電極1の振動範囲を模式的に示している。また、
図9の下段には、x軸方向から見た場合の被加工物Wを示している。
【0160】
揺動ステージを備えていないワイヤ放電加工装置でのワイヤ電極の挙動は、ワイヤ放電加工装置1000が揺動ステージ20を動作させない場合のワイヤ電極1の挙動と同様であるので、ここでは、ワイヤ放電加工装置1000が揺動ステージ20を動作させない場合のワイヤ電極1の挙動について説明する。
【0161】
一対のワイヤ並列ガイドローラ51a,51b間に並走する複数本のワイヤ電極1が張架された切断ワイヤ部1bは、ワイヤ並列ガイドローラ51a,51bに設けられたワイヤ案内溝56a,56bのz軸方向の最上段の位置を「節」として振動する。
図9では、ワイヤ電極1のxy平面内における振動の「節」の位置を節N1として図示している。
【0162】
被加工物Wでは、被加工物Wのy軸方向の両端側に設置されたノズル7A,7B(
図9では図示せず)から供給される加工液23が、ワイヤ電極1の振動の「腹」の近傍で衝突する。
図9では、ワイヤ電極1のxy平面内における振動の「腹」の位置を腹B1として図示している。このように、腹B1の近傍領域では、加工液23が衝突するので、ワイヤ電極1が加工液23の影響を受けやすくなる。ワイヤ電極1の振動の腹B1は、被加工物Wのy軸方向の中央部である。ワイヤ電極1における振動の腹B1では、節N1よりもワイヤ電極1がx軸方向に大きく振れる。
【0163】
図9では、腹B1でのワイヤ電極1のx軸方向の変位がL2である場合を示している。また、
図9では、薄板Waのy軸方向の端部Le,Reにおけるワイヤ電極1のx軸方向の変位がL1(<L2)である場合を示している。これらの変位の違いによって、薄板Waでは、中央領域と外周領域とで板厚に差が生じる。
【0164】
また、ワイヤ電極1の振動の腹B1の近傍領域では、加工屑を含んだ加工液23の流入量が多くなるので、加工屑の濃度が高くなりがちであり、加工屑への二次放電が発生しやすい。この二次放電によって、被加工物Wは、節N1の近傍よりも腹B1の方がx軸方向にさらに多く加工される。
【0165】
これにより、被加工物Wに対する加工溝の幅は、被加工物Wのy軸方向の位置が中心軸に近いほど拡大する。換言すると、被加工物Wに対する加工溝の幅は、被加工物Wの中心軸からプラスy方向に遠くなるほど縮小し、マイナスy方向に遠くなるほど縮小する。すなわち、被加工物Wに対する加工溝の幅は、被加工物Wのy軸方向の外側からy軸方向の中心部に近付くほど拡大する。したがって、加工で形成される薄板Waの板厚(x軸方向の幅)は、被加工物W(薄板Wa)のy軸方向の中央部付近で薄くなり、y軸方向の端部で厚くなる。例えば、被加工物Wのうち中心軸を通る加工位置では、中心軸での厚さが最も薄くなり、外周に向かうほど厚くなる。
【0166】
このように、ワイヤ放電加工装置1000が揺動ステージ20を動作させない場合、ワイヤ放電加工装置1000によって形成される薄板Waは、平坦性が悪くなる。
【0167】
図10は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置が放電切断加工する場合の被加工物の形状を説明するための図である。
図10では、揺動していない被加工物を被加工物Wで示し、揺動によってy軸方向に移動した被加工物を被加工物WXで示している。なお、
図10では、ワイヤ放電加工装置1000が、被加工物Wをマイナスy方向に移動させた場合の被加工物Wを被加工物WXとして図示しているが、揺動の際には、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wをプラスy方向にも移動させる。
【0168】
図10の上段には、被加工物WXをz軸方向から見た場合の被加工物W,WXの加工溝の形状(放電切断加工による被加工物WXの切断状況)およびワイヤ電極1の振動範囲を模式的に示している。また、
図10の下段には、x軸方向から見た場合の被加工物W,WXを示している。なお、
図10の各構成要素のうち
図9に示す構成要素と同一機能を達成する構成要素については同一符号を付しており、重複する説明は省略する。
【0169】
実施の形態1のワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wをワイヤ走行方向(y軸方向)に対して水平方向に往復移動させる揺動ステージ20(揺動機構)を備えている。ワイヤ放電加工装置1000は、揺動ステージ20によって被加工物Wを左右方向(プラスy方向およびマイナスy方向)に移動させる。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1に対向する被加工物Wの位置を変動させ、被加工物Wを、例えば被加工物WXで示す位置まで移動させる。
【0170】
このような被加工物Wの移動によって、ワイヤ電極1と被加工物WXの加工面との間隙が変動するので、放電頻度が加工位置によって種々の異なる状態となる。すなわち、揺動によって腹B1に対する被加工物Wのy軸方向の位置が種々変化し、これにより、被加工物Wの種々の位置が腹B1で加工されることとなる。
【0171】
図10では、薄板Waが
図9の位置からマイナスy方向に移動したことで、薄板Waのy軸方向の右側の端部Reが腹B1の位置になり、薄板Waのy軸方向の中央部が、
図9に示した薄板Waのy軸方向の左側の端部Leの位置になった場合を示している。
【0172】
図10の場合でも、
図9の場合と同様に、ワイヤ電極1のx軸方向の変位は腹B1で最大である。すなわち、被加工物WXの右側の端部Reに近いほどワイヤ電極1のx軸方向の変位が大きく、左側の端部Leに近いほどワイヤ電極1のx軸方向の変位が小さい。この結果、
図10の場合には、薄板Waのy軸方向の右側の端部Reが、薄板Waのy軸方向の中央部よりも多く加工される。これにより、
図9で加工されなかった薄板Waのy軸方向の右側の端部Re近傍の端部領域Rwが加工されることとなる。
【0173】
同様に、薄板Waが
図9の位置からプラスy方向に移動すると、
図9で加工されなかった薄板Waのy軸方向の左側の端部Le近傍の端部領域が加工されることとなる。
【0174】
このように、ワイヤ放電加工装置1000が被加工物Wをy軸方向に揺動させながら放電切断加工を行うことで、
図9に示したような被加工物Wの中央付近でのみ加工溝が拡大する状況が緩和され、加工された薄板Waの板厚のばらつきが改善される。すなわち、ワイヤ放電加工装置1000が被加工物Wをy軸方向に揺動させることで、薄板Waのy軸方向の種々の位置がワイヤ電極1の腹B1で加工されることとなり、薄板Waの平坦性が良くなる。
【0175】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、放電パルスが発生する極間に対し、脱イオン水などの加工液23を連続して供給している。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、放電によって生成される加工屑を、加工液23によって極間から排出し、放電加工を安定させることができる。また、ワイヤ放電加工装置1000は、放電によって加熱されたワイヤ電極1を加工液23によって冷却でき、ワイヤ電極1の溶断を防止することができる。
【0176】
ワイヤ放電加工装置1000は、特に、切断長(y軸方向の加工長さ)が長い厚板を加工する場合、可変ノズル21a,21bを被加工物Wに近接させることにより、加工液23を加工溝内部の極間へ効率良く供給でき、安定かつ高速にワイヤ放電加工できる。
【0177】
ここで、比較例のワイヤ放電加工装置(以下、比較例装置という)について説明する。比較例装置は、上下方向に張架されたワイヤ電極によって被加工物を切断する。比較例装置は、被加工物の上側に配置された上側ノズルおよび下側に配置された下側ノズルが、ワイヤ電極による被加工物への加工位置に加工液を噴出させる。また、上側ノズルの外側には、加工液のうち被加工物の上面側から漏れ出る加工液を防止するための筒状の上側漏れ防止部材が配置され、下側ノズルの外側には、加工液のうち被加工物の下面側から漏れ出る加工液を防止するための筒状の下側漏れ防止部材が配置される。
【0178】
上側漏れ防止部材は、自重などの重さによって被加工物の上面に接触し、上側漏れ防止部材と被加工物の上面との間の隙間を埋める。また、下側漏れ防止部材は、押しばねの力によって被加工物の下面を押接し、下側漏れ防止部材と被加工物の下面との間の隙間を埋める。これにより、比較例装置は、被加工物が上下しても、上側ノズルおよび下側ノズルを上下動自在に移動させて常時被加工物に接触させる。この構成により、比較例装置は、液漏れを防止できるが、ワイヤ電極の振動により、均一な板厚のウエハを切り出すことはできない。
【0179】
特許文献1に記載の放電加工装置(以下、薄板電極加工装置という)は、加工方向に幅のある薄板電極を用いて放電加工を行っている。薄板電極加工装置は、高電圧を印加しても溶断しにくい薄板電極を用いることで印加電圧を高くし、高速な加工を実現している。
【0180】
薄板電極加工装置は、薄板電極を加工方向(下方向)に移動させながら放電加工することで、被加工物を板状に切断する。薄板電極加工装置では、薄板電極の短手方向が加工方向である。薄板電極加工装置は、発生した加工屑を排出するために薄板電極を薄板電極の長手方向に往復運動させながら、短手方向への加工を実行している。
【0181】
薄板電極加工装置は、薄板電極を往復動させる際のストロークおよび周期が、加工条件に応じて設定されている。すなわち、薄板電極加工装置は、実施の形態1のワイヤ放電加工装置1000のように放電状態に応じて被加工物に対する電極の位置を移動させているわけではない。
【0182】
この薄板電極加工装置は、ワイヤ電極の代わりに薄板電極を移動させるが、ワイヤ放電加工装置1000のようにワイヤ電極1を走行させることはできず、新しい薄板電極を供給し続けることはできないので、薄板電極は放電加工によって消耗していく。このため、薄板電極のうち放電加工に使われた部分は局所的に短手方向の幅が減少し、薄板電極に張力を付加するための薄板電極を把持する部分が初期状態のままでは、加工開始時の張力を薄板電極に与え続けることは困難である。
【0183】
このため、加工の進行に伴って薄板電極の面内に作用する張力が、次第に不均一になり、薄板電極に反りが発生するか、または幅が減少する部分に亀裂などが発生する。このため、薄板電極加工装置は、特に、直径が大きな柱状のインゴットの切断加工が困難である。
【0184】
薄板電極加工装置は、直径が大きく切断距離が長い大口径のウエハを切り出すためには、加工方向の幅が広い薄板電極を使用する必要がある。薄板電極加工装置は、このような加工方向の幅が広い薄板電極に対して加工方向に対する真直性を維持するためには、薄板電極に高張力を付加する必要があるが、薄板電極に高張力を付加し続けながら放電加工を実行することは困難である。このため、薄板電極加工装置では、加工溝幅が広がり、ウエハの加工精度が悪化する。
【0185】
また、薄板電極加工装置は、薄板電極の上方に設置されたノズルから加工位置に対して加工液を供給する。このため、薄板電極加工装置は、直径が大きな柱状のインゴットの切断加工に対しては、加工の進行に伴ってノズルから加工位置までの距離が次第に長くなり、加工開始位置から離れた加工位置へは加工液を供給することが困難になる。
【0186】
このような構成の薄板電極加工装置が、切断加工中の被加工物の加工溝の内部まで加工液を供給するためには、加工液圧または加工液流量を増大させる必要があるが、こうした加工液圧または加工液流量の増大が外力となって薄板電極を撓ませることとなる。これにより、薄板電極加工装置では、ウエハ面に対し薄板電極が接触して短絡が発生しやすい状況となるので、放電加工の高速化は困難になるとともに加工精度が悪化する。したがって、薄板電極加工装置は、複数枚のウエハ、特に、口径の大きいウエハを同時に切断加工することは困難である。
【0187】
ここで、薄板電極加工装置における加工液の供給を改善するために、薄板電極加工装置に比較例装置の上側漏れ防止部材を組み合わせた構成について説明する。比較例装置は、上側ノズルから被加工物の加工位置に対して噴出した加工液が外部に流出することを防止するために、上側漏れ防止部材が被加工物に対して密接しながら加工液を供給する。また、薄板電極加工装置は、薄板電極に引っ張り力を付与できるように構成されたフレーム構造体を用いて被加工物を加工する。
【0188】
この場合において、上側漏れ防止部材が薄板電極加工装置のフレーム構造体を押接しても、フレーム構造体には、薄板電極が加工進行とともに通過するためのスリットが形成されているので、上側ノズルおよび下側ノズルから噴出される加工液が周囲に漏れ出てしまい、加工溝での加工液の圧力損失を防止できない。このように、薄板電極加工装置の加工液供給機構に比較例装置の加工液供給機構を適用しても、供給された加工液はフレーム構造体に設けられたスリットから漏れ出してしまい、フレーム構造体の内部に供給された加工液の液圧が上昇しない。
【0189】
このため、薄板電極加工装置と比較例装置とを組み合わせた組み合わせ装置は、フレーム構造体内の加工位置に対して供給された加工液を、被加工物に形成された加工溝内に圧入させることはできない。なお、比較例装置が備えている上側漏れ防止部材および下側漏れ防止部材では、高液圧状態の加工液の漏れを防止することは強度的に困難である。
【0190】
このように、組み合わせ装置は、円柱状の被加工物の放電切断加工において、被加工物の切断長が短い状況の場合、上側ノズルおよび下側ノズルの先端が被加工物から離れた状態となるので、加工液を加工溝内に効率良く供給することが困難である。このため、組み合わせ装置は、被加工物の切断長が短い領域を加工する際には、液圧が不足するので、被加工物の内部まで加工液を流入させることが困難である。被加工物の切断長が短い領域は、円柱から円板状の部材を切り出す際の加工開始位置付近(円柱の上部)および加工終了位置付近(円柱の下部)である。
【0191】
例えば、被加工物Wが円柱状インゴットであり、この円柱状インゴットからウエハが切り出される場合、薄板電極による切断長が長い領域と短い領域とが混在する。このため、加工開始からの加工位置によって切断長が連続的に変動する。このように、円柱状インゴットからウエハが切り出される場合、組み合わせ装置では、加工屑の排出と放電エネルギーによって加熱された薄板電極の冷却とが困難であり、ウエハを平坦に仕上げることは困難である。したがって、組み合わせ装置は、被加工物から加工される薄板の板厚、反りなどの形状ばらつきを低減できない。
【0192】
また、比較例装置の一対の上側ノズルおよび下側ノズルは上下方向に対向設置されており、上側ノズルは自重を利用して被加工物に押し当てられる構造であるので、実施の形態1のワイヤ放電加工装置1000のように、水平方向に並列走行するワイヤ電極1の走行方向と平行な位置に設置しても被加工物を押接することはできない。
【0193】
また、比較例装置のように、ノズル内に1個の可動ノズルを備える機構では、被加工物の揺動幅が小さい場合には対応できるが、ノズルホルダに収納可能なノズル長さの制約から揺動幅が大きい場合には可動ノズルの伸縮範囲が不足し、被加工物を押接することができない。また、比較例装置の場合、ノズルの伸縮範囲を拡大するためには、ノズルホルダおよび可動ノズルをともに長尺にする必要があるのでノズル本体が大型化し、比較例装置への組み込みが困難となる。
【0194】
このように実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置1000は、並列ワイヤ部1aに供給される放電電流の変化に基づいて極間の放電状態を判断し、放電パルスの発振制御と、加工方向の送り速度制御と、被加工物Wの揺動制御とを実行する。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wとワイヤ電極1との位置関係を変更して被加工物Wから加工される薄板の板厚および反りなどの形状のばらつきを低減できる。
【0195】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、可変ノズル21a,21bを備えているので、ワイヤ電極1が挿通された被加工物Wの加工溝内を通過する加工液23の流れが被加工物Wの揺動位置によらず安定し、加工屑を加工溝内から効率良く排出できる。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、加工屑に対する二次放電を低減させてワイヤ放電加工を安定化させ、被加工物Wから一括して放電切断加工される薄板の板厚を均一にすることができる。
【0196】
実施の形態2.
つぎに、実施の形態2について説明する。実施の形態2では、ワイヤ放電加工装置1000が、極間の放電状態に応じた種々の揺動制御を実行する。
【0197】
実施の形態2では、加工制御装置31は、極間監視部400から受信した極間状態情報psに基づいて、設定値を調整させるための指令である設定調整指令を生成する。設定調整指令は、揺動ステージ制御装置33に対して設定値を調整させるための指令である。加工制御装置31は、生成した設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、極間の放電状態を、揺動ステージ20の駆動制御によって制御する。
【0198】
なお、設定調整指令には、切断ステージ制御装置34に対して設定値を調整させるための指令が含まれていてもよい。この場合、加工制御装置31は、生成した設定調整指令を切断ステージ制御装置34および揺動ステージ制御装置33に送信する。この場合のワイヤ放電加工装置1000による駆動制御には、切断ステージ制御装置34による加工方向(z軸方向)の送り制御と、揺動ステージ制御装置33によるワイヤ走行方向(y軸方向)の送り制御(往復移動制御)とが含まれている。
【0199】
また、設定調整指令には、放電波形制御装置32に対して設定値を調整させるための指令が含まれていてもよい。この場合、加工制御装置31は、生成した設定調整指令を放電波形制御装置32および揺動ステージ制御装置33に送信する。
【0200】
極間監視部400が、極間の放電状態は短絡状態であると判断した場合、加工制御装置31は、加工方向に対する短絡であるか、または揺動方向に対する短絡であるかを判断する。加工制御装置31は、揺動の調整を行ってみて短絡が解消した場合には、揺動方向に対する短絡であると判断し、揺動の調整を行っても短絡が解消しない場合には、加工方向に対する短絡であると判断する。
【0201】
具体的には、加工制御装置31は、極間の放電状態が短絡状態であることを示す極間状態情報psを受信すると、揺動方向に対する短絡であるか否かを判断するために、設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。この場合に揺動ステージ制御装置33に送信される設定調整指令には、揺動速度を加工送り速度よりも十分遅い速度にさせる指令、または揺動幅を減少させる指令が含まれている。すなわち、設定調整指令では、加工送り速度に応じて調整される揺動速度または揺動幅が規定されている。
【0202】
加工制御装置31は、揺動速度または揺動幅を、極間監視部400からの極間状態情報psに基づいて調整する。すなわち、加工制御装置31は、揺動速度または揺動幅を小さくしても極間の放電状態が短絡状態であることを示す極間状態情報psを受信し続ける場合、揺動速度または揺動幅をさらに小さくさせる設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。加工制御装置31は、短絡状態が解消されるまで、揺動速度または揺動幅を小さくさせる設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信し続ける。
【0203】
揺動ステージ制御装置33は、設定調整指令を受信すると、短絡状態を解消するため、揺動速度または揺動幅を小さい値に変更する。揺動ステージ制御装置33は、設定調整指令を受信している間、揺動速度または揺動幅をさらに小さくする処理を繰り返す。揺動ステージ制御装置33は、例えば、揺動ステージ20による被加工物Wの往復送り動作を一時停止して極間の短絡回復を待つか、または、揺動幅を数10μm~ワイヤ電極1の直径の1/2程度に設定したうえで揺動速度を可能な限り速くする。これにより、揺動ステージ制御装置33は、加工溝内の加工液23を揺さぶり、極間の加工屑の滞留を解消し、加工溝外への加工屑の排出を促進する。このように、制御部300は、加工方向へのワイヤ電極1の送り速度に応じて、被加工物Wを往復移動させる移動速度または移動幅を調整する。
【0204】
揺動ステージ制御装置33による揺動速度または揺動幅の調整によっても短絡状態が解消しない場合、加工制御装置31は、加工方向に対する短絡であると判断する。この場合、加工制御装置31は、加工方向への加工送りを一時停止させる設定調整指令を切断ステージ制御装置34に送信する。また、加工制御装置31は、揺動幅を大きくさせる設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。
【0205】
この場合、切断ステージ制御装置34は、設定調整指令を受信すると、加工送りを一時停止させる。また、揺動ステージ制御装置33は、設定調整指令を受信すると、揺動ステージ20を被加工物Wの切断長(切断中のy軸方向の加工長さ)の幅で往復移動させることで被加工物Wを往復移動させて、極間から加工屑を排出する。なお、加工制御装置31は、被加工物Wのz軸方向の位置および被加工物Wのz軸方向の寸法に基づいて、被加工物Wの切断長を算出することができる。
【0206】
なお、揺動ステージ制御装置33は、揺動ステージ20を被加工物Wの切断長よりも短い幅、または切断長よりも長い幅で往復移動させることで被加工物Wを往復移動させてもよい。
【0207】
このように、ワイヤ放電加工装置1000は、極間の放電状態が短絡状態である場合には、加工屑を極間から排出するプロセスを挿入する。加工屑を極間から排出するプロセスは、以下の処理P1~P4の何れかである。
(P1)揺動速度を下げる
(P2)揺動を停止する
(P3)揺動幅を下げて揺動速度を上げる
(P4)加工送りを一時停止して揺動幅を上げる
【0208】
なお、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wの切断長が直径と同程度の長さである領域では、短絡の有無にかかわらず、加工送りを停止または減速し、揺動制御のみ実行してもよい。すなわち、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wのz軸方向の中央部(例えば、被加工物Wの直径に対応する位置)を加工する際には、加工送りをしながらの揺動制御と、加工送りを停止または減速した状態での揺動制御とを周期的に繰り返してもよい。
【0209】
被加工物Wの切断長が直径と同程度の長さである領域は、直径に対する切断長の比率が特定値よりも高い領域であってもよいし、直径と切断長との差が特定値よりも小さな領域であってもよい。
【0210】
また、短絡状態の解消が芳しくない場合には、ワイヤ放電加工装置1000は、放電パルスの発振を停止、または発振周波数を特定値よりも低く設定することによって、ワイヤ電極1の断線を防止する。具体的には、加工制御装置31は、短絡状態を示す極間状態情報psを特定期間に渡って受信し続けると放電動作を変更させる設定調整指令を放電波形制御装置32に送信する。放電波形制御装置32は、設定調整指令を受信すると、放電パルスの発振を停止させるか、または発振周波数を特定値よりも低く設定する。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1の断線を防止する。
【0211】
一方、極間監視部400が、極間の放電状態は開放状態であると判断した場合、加工制御装置31は、揺動速度を上昇させる指令である設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。この場合において、加工制御装置31は、揺動動作によるワイヤ走行方向の短絡の発生を防止するために、揺動速度を加工送り速度の1/2以下に制限しつつ揺動速度を上昇させる設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信してもよい。
【0212】
また、加工制御装置31は、極間監視部400から受信した極間状態情報psを監視しながら、監視結果に基づいて揺動幅を設定させる設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信してもよい。この場合の設定調整指令は、例えば、被加工物Wの最大切断長の1/2を最大揺動幅とした指令である。加工制御装置31は、被加工物Wの直径と同じ距離内で揺動ステージ20を往復移動させる。
【0213】
例えば、被加工物Wを揺動させることなくワイヤ電極1による被加工物Wの加工が継続すると、加工溝が形成され、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の距離が大きくなる。この場合、極間は開放状態となり、加工制御装置31は、開放状態を示す極間状態情報psを特定期間に渡って受信し続けることとなる。このような場合に、加工制御装置31は、例えば、被加工物Wの最大切断長の1/2を最大揺動幅に設定した設定調整指令を揺動ステージ制御装置33に送信する。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wを揺動させながら放電切断加工することができる。
【0214】
なお、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wを何れの位置に移動させても極間の放電状態が開放状態である場合には、加工送りの速度を上昇させてもよい。
【0215】
このように、実施の形態2にかかるワイヤ放電加工装置1000は、並列ワイヤ部1aに供給される放電電流の変化(極間状態情報ps)に基づいて極間の放電状態を判断し、放電状態に基づいて、ワイヤ電極1の走行方向の揺動制御を実行するので、薄板の板厚のばらつきを修正しながら放電切断加工を実行できる。
【0216】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、放電状態が短絡状態の場合に、加工送りを一時停止させるので、短時間で加工屑を極間から排出することができる。
【0217】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、特定時間に渡って短絡状態が解消しない場合、放電パルスの発振を停止させるか、または発振周波数を特定値よりも低くするので、ワイヤ電極1の断線を防止することができる。
【0218】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、極間の放電状態に応じた揺動制御によって、短絡時には極間からの加工屑の排出を促進して二次放電を抑制している。また、ワイヤ放電加工装置1000は、極間の放電状態に応じた揺動制御によって、被加工物Wと制振ガイドローラ4a,4bとの相対位置を変更することで、被加工物Wとワイヤ電極1の撓み位置との位置関係を変更している。これにより、ワイヤ放電加工装置1000は、切り出される薄板の板厚や反りなどの形状のばらつきを低減できる。
【0219】
実施の形態3.
つぎに、実施の形態3について説明する。実施の形態3では、被加工物Wの切断長に応じて、揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を制御する。
【0220】
被加工物Wが円柱状の場合、被加工物Wの外周端面(z軸方向の端部)を加工開始位置とすると、加工開始位置からの加工方向の距離(z軸方向の位置)に応じて、ワイヤ電極1による被加工物Wの切断長(y軸方向の長さ)が変化していく。
【0221】
放電切断加工によって加工された円板形状の薄板のy軸方向の長さ(切断長)は、加工開始位置および加工終了位置で最小になり直径部分で最大となる。すなわち、薄板は、被加工物Wの中心軸を通る加工位置で加工された場合にy軸方向の切断長が最大となり中心軸から離れるほどy軸方向の切断長が小さくなる。このため、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wの切断長が直径と同程度の長さである領域(被加工物Wのz軸方向の中央部)での加工と、被加工物Wの加工開始位置または加工終了位置に近い領域(被加工物Wのz軸方向の端部)での加工とで、揺動条件を変更することによって加工効率を向上させることができる。
【0222】
ワイヤ放電加工装置1000は、例えば、被加工物Wの切断長が被加工物Wの直径に近い領域では、揺動幅を加工開始時よりも大きく設定する。ワイヤ放電加工装置1000は、例えば、最大揺動幅を被加工物Wの切断長の1/2とする。すなわち、ワイヤ放電加工装置1000は、被加工物Wの切断長が被加工物Wの直径に近い領域では、マイナスy方向の揺動幅を被加工物Wの切断長の1/2とし、プラスy方向の揺動幅を被加工物Wの切断長の1/2とする。
【0223】
なお、揺動速度が速すぎる場合、または揺動幅が大きすぎる場合には短絡状態になるので、ワイヤ放電加工装置1000は、ワイヤ電極1と被加工物Wとの間の極間で短絡しないことを監視しながら揺動速度を調整するとよい。例えば、揺動速度が速すぎる場合、または揺動幅が大きすぎる場合、被加工物Wの切断長が直径と同程度の長さである領域では、被加工物Wの外周部で短絡が発生しやすい。このため、ワイヤ放電加工装置1000は、短絡が発生している場合には、揺動速度を遅くしていくか、または揺動幅を小さくしていく。
【0224】
また、加工開始位置に近い領域および加工終了位置に近い領域では、被加工物Wの切断長が小さくなる。このため、ワイヤ放電加工装置1000は、加工開始位置に近い領域および加工終了位置に近いに領域対しては、他の加工位置(例えば、切断長が直径と同程度の長さである領域)よりも揺動幅を小さくしてもよいし、揺動させなくてもよい。
【0225】
加工制御装置31は、加工開始位置からの加工位置(z軸方向の位置)と被加工物Wの直径の情報とから切断長を幾何学的に計算できる。このため、加工制御装置31は、例えば、切断長に応じて、揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を調整する揺動制御を行う。
【0226】
また、加工制御装置31は、切断長が特定値(第1の基準値)以上になると、揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を調整する揺動制御を実行してもよい。また、加工制御装置31は、切断長が特定値(第2の基準値)以下になると、揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を停止する揺動制御を実行してもよい。
【0227】
また、加工制御装置31は、パルス発振周波数(放電周波数)および加工速度(z軸方向の加工送り速度)に応じて揺動速度を制御してもよい。加工制御装置31は、開放状態ではワイヤ電極1のxy平面に平行な方向に流れる電流が少なくなるので、xy平面に平行な方向への加工は十分であると判断して加工速度を上げる。一方、加工制御装置31は、短絡状態ではワイヤ電極1のxy平面に平行な方向に流れる電流が多くなるので、加工溝に多くの加工屑がたまっていると判断して加工速度を下げる。
【0228】
加工制御装置31は、揺動ステージ指令scSを生成するために、極間状態情報psに基づいて加工速度を算出する。加工制御装置31は、パルス発振周波数に対する加工速度の比を算出し、この比が特定値よりも低くなると、ワイヤ電極1の撓み、または加工屑の濃度上昇によって、加工方向に対して放電が有効に発生していない短絡状態であると判断する。この場合、加工制御装置31は、極間の加工屑を排出するために、またはワイヤ電極1の撓みによる加工面の形状を修正するために揺動制御を行う。ここでのパルス発振周波数は、放電波形指令wcに対応し、加工速度は、揺動ステージ指令scSに対応している。
【0229】
ワイヤ放電加工装置1000では、切断長が長いほど加工に長時間を要するので、加工速度が遅くなる。このため、加工制御装置31は、パルス発振周波数に対する加工速度の比と、切断長とに基づいて、短絡状態であるか否かを判断してもよい。加工制御装置31は、パルス発振周波数に対する加工速度の比が、切断長毎に設定された特定値よりも低くなると、短絡状態であると判断する。なお、加工制御装置31は、放電周波数を加工速度に応じて調整してもよい。
【0230】
このように、実施の形態3にかかるワイヤ放電加工装置1000は、加工の進行とともに被加工物Wの切断長が変化する放電切断加工において、切断位置から算出される被加工物Wの切断長に応じて、揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を制御するので、薄板の板厚のばらつきを修正しながら加工できる。
【0231】
また、ワイヤ放電加工装置1000は、極間状態情報psに基づいて揺動幅および揺動速度の少なくとも一方を制御するので、薄板の板厚のばらつきを修正しながら加工できる。
【0232】
つぎに、制御部300のハードウェア構成について説明する。制御部300は、処理回路により実現される。処理回路は、メモリに格納されるプログラムを実行するプロセッサおよびメモリであってもよいし、専用のハードウェアであってもよい。
【0233】
図11は、実施の形態1~3にかかる制御部が備える処理回路をプロセッサおよびメモリで実現する場合の処理回路の構成例を示す図である。
図11に示す処理回路90は、プロセッサ91およびメモリ92を備える。処理回路90がプロセッサ91およびメモリ92で構成される場合、処理回路90の各機能は、ソフトウェア、ファームウェア、またはソフトウェアとファームウェアとの組み合わせにより実現される。ソフトウェアまたはファームウェアは制御プログラムとして記述され、メモリ92に格納される。処理回路90では、メモリ92に記憶された制御プログラムをプロセッサ91が読み出して実行することにより、各機能を実現する。すなわち、処理回路90は、制御部300の処理が結果的に実行されることになる制御プログラムを格納するためのメモリ92を備える。この制御プログラムは、処理回路90により実現される各機能を制御部300に実行させるためのプログラムであるともいえる。この制御プログラムは、制御プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体により提供されてもよいし、通信媒体など他の手段により提供されてもよい。
【0234】
上記制御プログラムは、
図8のステップS20の処理を制御部300に実行させるプログラムであるとも言える。ここで、プロセッサ91は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、またはDSP(Digital Signal Processor)などである。また、メモリ92は、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、EPROM(Erasable Programmable ROM)、EEPROM(登録商標)(Electrically EPROM)などの、不揮発性または揮発性の半導体メモリ、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、コンパクトディスク、ミニディスク、またはDVD(Digital Versatile Disc)などが該当する。
【0235】
図12は、実施の形態1~3にかかる制御部が備える処理回路を専用のハードウェアで構成する場合の処理回路の例を示す図である。
図12に示す処理回路93は、例えば、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)、またはこれらを組み合わせたものが該当する。処理回路93については、一部を専用のハードウェアで実現し、一部をソフトウェアまたはファームウェアで実現するようにしてもよい。このように、処理回路93は、専用のハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、またはこれらの組み合わせによって、上述の各機能を実現することができる。
【0236】
以上の実施の形態に示した構成は、一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、実施の形態同士を組み合わせることも可能であるし、要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。
【符号の説明】
【0237】
1 ワイヤ電極、1a 並列ワイヤ部、1b 切断ワイヤ部、2,2a~2d ガイドローラ、2e ワイヤ案内溝、3a,3b ボビン、4a,4b 制振ガイドローラ、5 加工用電源、6a,6b 給電子ユニット、7A,7B ノズル、7a,7b ノズル本体、7c 加工液噴出孔、8a,8b ボビン回転制御装置、9a,9b トラバース制御装置、10 切断送りステージ、20 揺動ステージ、21a,21b 可変ノズル、22a,22b,22A1,22A2,22B1,22B2 液逃げ防止板、23 加工液、25 被加工物固定板、26 絶縁部、31 加工制御装置、32 放電波形制御装置、33 揺動ステージ制御装置、34 切断ステージ制御装置、35 ワイヤ走行制御装置、41 パルス電流検出装置、42 放電状態判定装置、51a,51b ワイヤ並列ガイドローラ、55a,55b ガイドローラホルダ、56a,56b ワイヤ案内溝、62 加工液供給管、70 薄板加工部、71,71a,71b 液整流板、72 被加工物押さえ部、90,93 処理回路、91 プロセッサ、92 メモリ、100 加工機構部、200 給電部、300 制御部、400 極間監視部、1000 ワイヤ放電加工装置、B1 腹、Gr 加工溝、Le,Re 端部、N1 節、ps 極間状態情報、rc ワイヤ電極走行指令、Rw 端部領域、SB 底面、scC 切断ステージ指令、scS 揺動ステージ指令、W,WX 被加工物、Wa 薄板、wc 放電波形指令。
【要約】
ワイヤ放電加工装置が、加工液(23)に浸漬された被加工物(W)から放電加工によって複数枚の板状部材を切り出すワイヤ電極と、ワイヤ電極の繰り出しおよび巻き取りの方向であるワイヤ走行方向に被加工物を往復移動させる揺動ステージ(20)と、被加工物とワイヤ電極との間の極間に印加される電流のパルス電流値に基づいて極間の放電状態を判定する極間監視部と、極間監視部による判定の判定結果に基づいて被加工物の往復移動を制御する制御部(300)と、を備え、制御部は、揺動ステージを制御することで、ワイヤ並列ガイドローラ(51a,51b)間に張架されたワイヤ電極の1次振動モードにおけるたわみ形状の位置に対し、被加工物のワイヤ走行方向における位置を制御する。