(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-01
(45)【発行日】2024-11-12
(54)【発明の名称】情報処理装置、情報処理装置の制御方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20241105BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20241105BHJP
H01J 49/44 20060101ALI20241105BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20241105BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G06N20/00 130
H01J49/44 600
H01J49/00 360
(21)【出願番号】P 2020127946
(22)【出願日】2020-07-29
【審査請求日】2023-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2019140176
(32)【優先日】2019-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100223941
【氏名又は名称】高橋 佳子
(74)【代理人】
【識別番号】100159695
【氏名又は名称】中辻 七朗
(74)【代理人】
【識別番号】100172476
【氏名又は名称】冨田 一史
(74)【代理人】
【識別番号】100126974
【氏名又は名称】大朋 靖尚
(72)【発明者】
【氏名】河村 英孝
(72)【発明者】
【氏名】田谷 彰大
(72)【発明者】
【氏名】吉正 泰
(72)【発明者】
【氏名】塚本 雅美
【審査官】橘 皇徳
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-037120(JP,A)
【文献】特開2002-184828(JP,A)
【文献】特開2004-037122(JP,A)
【文献】国際公開第2018/134952(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/058364(WO,A1)
【文献】特許第7362337(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 23/00 - G01N 23/2276
G01N 33/00 - G01N 33/98
G01N 1/00 - G01N 1/44
G06N 20/00 - G06N 20/20
H01J 49/00 - H01J 49/48
Scopus
JDreamIII
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
学習モデルを取得する学習モデル取得部と、
測定対象物質を含む目的試料のスペクトル情報が前記学習モデルに入力されることにより前記学習モデルから出力された、前記測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得部と、を有する情報処理装置であって、
前記学習モデルは、固体試料のスペクトル情報と、前記測定対象物質を含む固体試料のスペクトル情報であって、前記固体試料に対する前記測定対象物質の濃度が互いに異なる複数のスペクトル情報と、前記固体試料のスペクトル情報にノイズが付与されたスペクトル情報とに基づく教師データを用いて生成されたものであり、
前記スペクトル情報が、二次イオン質量分析法により取得されたものである、情報処理装置。
【請求項2】
前記二次イオン質量分析法が、飛行時間型二次イオン質量分析法である請求項1に記載の情報処理装置。
【請求項3】
前記定量的な情報が、前記目的試料中の前記測定対象物質の量、前記目的試料中の前記測定対象物質の濃度、前記目的試料中の前記測定対象物質の有無、前記測定対象物質の基準量に対す
る前記目的試料中の前記測定対象物質の
量の比
率からなる群より選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載の情報処理装置。
【請求項4】
前記固体試料が、樹脂、シリコン基板、及び銅箔からなる群より選択される少なくとも1種を含む請求項1乃至3のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項5】
前記固体試料が、樹脂を含む請求項4に記載の情報処理装置。
【請求項6】
前記樹脂が、不飽和カルボン酸エステル類に由来するユニットを有する請求項5に記載の情報処理装置。
【請求項7】
前記測定対象物質が、可塑剤、増粘剤、減粘剤、結晶核剤、結晶化促進剤、結晶化遅延剤、離型剤、難燃剤、難燃助剤、熱分解防止剤、補強剤、導電材、帯電防止剤、熱伝導剤、酸化防止剤、耐候防止剤、紫外線吸収剤、抗菌剤、着色剤、ガスバリア剤、防曇り剤、防反射剤、防汚剤、及び不純物からなる群より選択される少なくとも1種である請求項1乃至6のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項8】
前記測定対象物質が、可塑剤である請求項7に記載の情報処理装置。
【請求項9】
前記可塑剤が、界面活性剤である請求項8に記載の情報処理装置。
【請求項10】
前記取得された定量的な情報を表示部に表示させる表示制御手段を有する請求項1乃至9のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項11】
前記固体試料を構成する元素群と、前記測定対象物質とを構成する元素群とが同じである請求項1乃至
10のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項12】
前記固体試料を構成する元素群と、前記測定対象物質とを構成する元素群が、炭素原子、水素原子、酸素原子、及び窒素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む請求項1乃至
11のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項13】
前記学習モデルを生成する学習モデル生成部と、前記固体試料及び前記測定対象物質を含む試料のスペクトル情報のm/zの最小値、及び最大値の少なくともいずれか一方を設定する設定部とを有し、
前記学習モデル生成部は、前記設定部によって設定されたm/z(分子量mをイオン価数zで除算した値)の範囲における前記固体試
料のスペクトル情報、及び前記固体試料と前記測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を用いて前記学習モデルを生成する請求項1乃至
12のいずれか1項に記載の情報処理装置。
【請求項14】
前記m/zの最小値、最大値、及び範囲の少なくともいずれか1つを表示部に表示させる表示制御部を有する請求項
13に記載の情報処理装置。
【請求項15】
学習モデルを取得する学習モデル取得工程と、
測定対象物質を含む目的試料のスペクトル情報が前記学習モデルに入力されることにより前記学習モデルから出力された、前記測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得工程と、を有する情報処理装置であって、
前記学習モデルは、固体試料のスペクトル情報と、前記測定対象物質を含む固体試料のスペクトル情報であって、前記固体試料に対する前記測定対象物質の濃度が互いに異なる複数のスペクトル情報と、前記固体試料のスペクトル情報にノイズが付与されたスペクトル情報とに基づく教師データを用いて生成されたものであり、
前記スペクトル情報が、二次イオン質量分析法により取得されたものである、情報処理方法。
【請求項16】
請求項1乃至
14のいずれか1項に記載の情報処理装置の各手段としてコンピュータを機能させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報処理装置、情報処理装置の制御方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
所望の機械的、物理的、及び化学的性質を持った樹脂を調製するために、さまざまな添加剤が樹脂に添加されている。そのため、樹脂に添加された添加剤の濃度を知ることは、品質管理や材料設計において重要である。
【0003】
添加剤の分析方法としては、樹脂に添加された添加剤を抽出・分離し、紫外線検出器、赤外線検出器、質量分析装置などの分析装置を用いて分析する方法、添加剤が付着した樹脂そのものを直接分析する方法などが挙げられる。
【0004】
樹脂に添加された添加剤を抽出・分離する方法としては、溶剤を用いて添加剤を溶解・抽出し、液体クロマトグラフィーで添加剤を分離する方法、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)で添加剤を含む低分子量成分を分離する方法などが挙げられる。しかし、このような方法は、テトラヒドロフランやクロロホルムなどの有機溶剤を使用するため、環境負荷や作業者の安全衛生の面で好ましくない。
【0005】
添加剤が付着した樹脂そのものを直接分析する方法としては、ダイナミック二次イオン質量分析法(Dynamic SIMS法)、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS法)などの二次イオン質量分析法が挙げられる。Dynamic SIMS法は、固体試料にイオンビームを連続的に照射して不純物の深さ方向における分布を得る手法である。一方、TOF-SIMS法は、固体試料にDynamic SIMS法よりも少ない量のイオンビームを照射して固体試料の表面に存在する元素及び分子の情報を得る手法である(特許文献1及び2参照)。ここで、TOF-SIMS法の原理について、詳細に説明する。
【0006】
高真空中で固体試料にイオンビーム(一次イオン)を照射すると、固体試料表面の構成成分が真空中に放出される。この過程で発生する正又は負の電荷を帯びたイオン(二次イオン)を、電場によって一方向に収束し、一定距離だけ離れた位置で検出する。固体試料表面の組成に応じて、さまざまな質量を持った二次イオンが発生するが、一定の電界中では、質量の小さいイオンほど速く、質量の大きいイオンほど遅く飛行する。そのため、二次イオンが発生してから検出器に到達するまでの時間(飛行時間)を測定することで、発生した二次イオンの質量を分析することができる。
【0007】
TOF-SIMS法は、ppmオーダー、すなわち1011atoms/cm2の成分を検出できること、有機物・無機物のいずれにも適用可能であること、固体試料の表面から1nm以下の深さに存在する成分の測定が可能であることなどのメリットを有する。しかし、この方法では、固体試料そのものを直接分析するため、得られるスペクトルには夾雑物のピークが混ざりやすい。また、構成成分の二次イオンへのなりやすさ(イオン化効率)は、固体試料表面の形状や電荷のわずかな違いによる影響を受けやすく、固体試料の測定箇所に応じて二次イオン強度がばらつきやすい(非特許文献1及び2参照)。さらに、二次イオン強度は、固体試料の種類や組成の違いの影響を受けやすい。したがって、TOF-SIMS法により得られるスペクトルは煩雑になりやすく、二次イオン強度のみから固体試料の情報を得るのに時間を要する。そこで、固体試料(樹脂)の情報を得るために、機械学習を利用してTOF-SIMS法により得られるスペクトルを解析する方法が検討されている(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2011-68005号公報
【文献】特開2007-156093号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】「最近のToF-SIMS分析動向および事例」表面技術 59(12) p887-(2008)
【文献】Materials Analysis by Mass Spectrometry,2nd ed.;IM Publications:Chichester,UK,2013
【文献】“多変量解析を利用したTOF-SIMSイメージデータフュージョンとスパースモデリングおよび機械学習によるTOF-SIMSスペクトル解析”,Journal of Surface Analysis 25(2) 103-114 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の通り、固体試料(樹脂)の情報を得るために、機械学習を利用してTOF-SIMS法により得られるスペクトルを解析する方法が検討されている(非特許文献3参照)。しかし、固体試料(樹脂)に付着した付着物(以下「測定対象物質」として記載する場合がある)の定量的な情報を得るために、TOF-SIMS法により得られるスペクトルを簡便、かつ、高精度に解析する方法についてはこれまで検討されてこなかった。
【0011】
したがって、本発明の目的は、固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報から、目的試料中の測定対象物質の定量的な情報を簡便、かつ、高精度に解析できる情報処理装置を提供することにある。また、本発明の別の目的は、前記情報処理装置の制御方法、及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の情報処理装置は、固体試料のスペクトル情報、及び前記固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を学習モデルに入力することにより推定された、目的試料中の前記測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得手段を有する情報処理装置であって、前記スペクトル情報が、二次イオン質量分析法により取得されることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の情報処理装置の制御方法は、固体試料のスペクトル情報、及び前記固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を学習モデルに入力することにより推定された、目的試料中の前記測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得工程を有する情報処理装置の制御方法であって、前記スペクトル情報が、二次イオン質量分析法により取得されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報から、目的試料中の測定対象物質の定量的な情報を簡便、かつ、高精度に解析できる情報処理装置、前記情報処理装置の制御方法、及びプログラムを提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施形態に係る情報処理装置を含む情報処理システムの全体構成を示す図である。
【
図2】本実施形態に係る学習モデルの生成に関する処理手順のフローチャートの一例を示す図である。
【
図3】本実施形態に係る定量的な情報を表示する処理手順のフローチャートの一例を示す図である。
【
図4】固体試料、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報の一例を示す。
【
図5】試料中の測定対象物質の濃度に対して、測定対象物質由来と推定される特定のフラグメントのイオン強度の変化を表すグラフである。
【
図6】ノイズが付与された教師データの作成手順のフローチャートの一例である。
【
図7】情報処理装置における測定対象物質の定量的な情報の表示例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態(実施形態)について説明する。但し、本発明の範囲は以下で説明する各実施形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明において、固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報から、目的試料中の測定対象物質の定量的な情報を簡便、かつ、高精度に解析するためには、以下の情報処理装置を用いる。情報処理装置は、固体試料のスペクトル情報、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を学習モデルに入力することにより推定された、目的試料中の測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得手段を有する。また、これらのスペクトル情報は、二次イオン質量分析により取得される。
【0018】
これにより、試料中の測定対象物質の濃度や量と同じ濃度や量のスペクトル情報を準備して学習モデルに入力する必要がなく、目的試料中の測定対象物質の濃度や量が未知の場合であっても、測定対象物質の濃度や量を分析することが可能となる。
【0019】
(試料)
試料は、固体試料と測定対象物質とを含む。
【0020】
〔固体試料〕
固体試料としては、樹脂、シリコン基板、及び銅箔からなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、樹脂を含むことが好ましい。樹脂は、不飽和カルボン酸エステル類に由来するユニットを有することが好ましく、アルキル(メタ)アクリレート類に由来するユニットを有することがさらに好ましい。ここで、ユニットとは、1の単量体に由来する繰り返し単位のことを指すものとする。
【0021】
〔測定対象物質〕
測定対象物質は、固体試料に添加された添加剤や固体試料に付着する付着物であることが好ましい。測定対象物質としては、可塑剤、増粘剤、減粘剤、結晶核剤、結晶化促進剤、結晶化遅延剤、離型剤、難燃剤、難燃助剤、熱分解防止剤、補強剤、導電材、帯電防止剤、熱伝導剤、酸化防止剤、耐候防止剤、紫外線吸収剤、抗菌剤、着色剤、ガスバリア剤、防曇り剤、防反射剤、防汚剤、不純物などが挙げられる。なかでも、測定対象物質は、可塑剤であることが好ましい。可塑剤としては、界面活性剤などが挙げられる。
【0022】
固体試料を構成する元素群と、前記測定対象物質とを構成する元素群とは同じであることが好ましい。固体試料を構成する元素群と、測定対象物質とを構成する元素群は、炭素原子、水素原子、酸素原子、及び窒素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0023】
(定量的な情報)
本実施形態における定量的な情報としては、試料中の測定対象物質の量、試料中の測定対象物質の濃度、試料中の測定対象物質の有無などが挙げられる。また、その他の定量的な情報としては、測定対象物質の基準量に対する、試料中の測定対象物質の量又は濃度の比率、試料中の測定対象物質の量又は濃度の比率などが挙げられる。
【0024】
(スペクトル情報)
本実施形態におけるスペクトル情報としては、二次イオン質量分析法により取得されるものである。二次イオン質量分析法としては、Dynamic SIMS法、TOF-SIMS法などが挙げられる。なかでも、二次イオン質量分析法として、TOF-SIMS法を用いることが好ましい。
【0025】
(情報処理システム、情報処理装置)
次に、
図1を用いて、本実施形態における情報処理システムを説明する。
図1は、本実施形態に係る情報処理装置を含む情報処理システムの全体構成を示す図である。
【0026】
情報処理システムは、情報処理装置10とデータベース22と分析装置23とを含んでいる。情報処理装置10とデータベース22とは、通信手段を介して互いに通信可接続されている。本実施形態においては、通信手段はLAN(Local Area Network)21で構成される。また、情報処理装置10と分析装置23とは、USB(Universal Serial Bus)などの規格の通信手段で接続されている。なお、LANは、有線LANでも無線LANでもよいし、WAN(Wide Area Network)であってもよい。また、USBはLANであってもよい。
【0027】
データベース22は、分析装置23による分析によって取得されたスペクトル情報を管理する。また、データベース22は、後述する学習モデル生成部42により生成された学習モデル(学習済みモデル)を管理する。情報処理装置10は、データベース22で管理されたスペクトル情報や学習モデルを、LAN21を介して取得する。
【0028】
(学習モデル)
本実施形態における学習モデルとは、回帰学習モデルであり、深層学習などの機械学習によって生成されたものを用いることができる。機械学習アルゴリズムに教師データを用いて学習を行い、適切な予測が行えるように構築したものをここでは学習モデルと呼ぶ。学習モデルに用いる機械学習アルゴリズムには多様な種類がある。例えば、ニューラルネットワークを用いた深層学習を使用することができる。ニューラルネットワークは、入力層、出力層、及び複数の隠れ層から構成され、各層は、活性化関数と呼ばれる計算式で結合されている。ラベル(入力に対応する出力)付き教師データを用いる場合、入力と出力の関係が成り立つように活性化関数の係数を決定していく。複数の教師データを用いて係数を決定することで、高精度で入力に対する出力を予測できる学習モデルを生成することができる。
【0029】
(分析装置)
分析装置23は、試料や固体試料などを分析するための装置である。分析装置23は、分析手段の一例に相当する。なお、前述したように、本実施形態では、情報処理装置10と分析装置23とが通信可能に接続されている。しかし、情報処理装置10の内部に分析装置23を備える形態であってもよいし、分析装置23の内部に情報処理装置10を備える形態であってもよい。さらに、不揮発メモリなどの記録媒体を介して分析結果(スペクトル情報)を分析装置23から情報処理装置10へ受け渡す形態であってもよい。
【0030】
本実施形態における分析装置23は、二次イオン質量分析法によりスペクトル情報を取得できるものであれば利用できる。二次イオン質量分析法によりスペクトル情報を取得できる装置としては、飛行時間型二次イオン質量分析装置(TOF-SIMS)などが挙げられる。以下、TOF-SIMSについて詳細に説明する。
【0031】
TOF-SIMSは、試料にイオンビーム(一次イオン)を照射すると、試料表面から元素や分子が放出する。一次イオンとしては、Ga+、In+、Au+、Bi3+などが挙げられる。この一次イオンは、幅が0.7nsec以下、繰り返し周波数が数kHzから50kHzのパルスに成形されて、試料に照射される。そして、引き出し電場によって試料から引き出された二次イオンがグリットと検出器との間の無電場空間を一定速度で飛行した後、飛行時間型質量分析計で検出される。その際の飛行速度が2次イオンの質量により異なるため、飛行時間型質量分析計への到達時間の差により、質量分析を行う。なお、反射型飛行時間型質量分析計は、反射型のフライト(ドリフト)チューブを使用して、2mの距離を飛行する時間により、質量分析を行う。
【0032】
情報処理装置10は、その機能的な構成として、通信IF31、ROM32、RAM33、記憶部34、操作部35、表示部36、及び制御部37を具備する。
【0033】
通信IF(Interface)31は、例えば、LANカード及びUSBのインターフェースカードで実現される。通信IF31は、LAN21とUSBを介した外部装置(例えば、データベース22と分析装置23)と情報処理装置10との間の通信を司る。ROM(Read Only Memory)32は、不揮発性のメモリなどで実現され、各種プログラムなどを記憶する。RAM(Random Access Memory)33は、揮発性のメモリなどで実現され、各種情報を一時的に記憶する。記憶部34は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)などで実現され、各種情報を記憶する。操作部35は、例えば、キーボードやマウスなどで実現され、ユーザからの指示を装置内に入力する。表示部36は、例えば、ディスプレイなどで実現され、各種情報をユーザに向けて表示する。操作部35や表示部36は、制御部37からの制御により、GUI(Graphical User Interface)としての機能を提供する。
【0034】
(制御部)
制御部37は、例えば、少なくとも1つのCPU(Central Processing Unit)などで実現され、情報処理装置10における処理を統括制御する。制御部37は、その機能的な構成として、スペクトル情報取得部41、学習モデル生成部42、学習モデル取得部43、推定部44、情報取得部45、及び表示制御部46を具備する。
【0035】
(スペクトル情報取得部41)
スペクトル情報取得部41は、固体試料と測定対象物質とを含む目的試料の分析結果、具体的には目的試料のスペクトル情報を分析装置23から取得する。なお、あらかじめ分析結果が格納されたデータベース22から、目的試料のスペクトル情報を取得してもよい。また、同様に固体試料のスペクトル情報、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を取得する。この固体試料のスペクトル情報は、固体物質が単一で存在した場合のスペクトル情報である。固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報は、例えば、試料中の測定対象物質の含有量が0.2%、0.4%などと異なる量の測定対象物質を含む複数種の試料を用意し、各試料から得られるスペクトル情報のことである。
【0036】
そして、スペクトル情報取得部41は、取得した試料のスペクトル情報を推定部44に出力する。また、取得した試料のスペクトル情報、及び固体試料のスペクトル情報を学習モデル生成部42に出力する。
【0037】
(学習モデル生成部42)
学習モデル生成部42は、スペクトル情報取得部41が取得した固体試料、及び試料のスペクトル情報を用いて教師データを生成する。そして、学習モデル生成部42は、教師データを用いて深層学習を実行し、学習モデルを生成する。教師データの生成及び学習モデルの生成に関する詳細な説明は、後述する。そして、学習モデル生成部42は、生成した学習モデルを学習モデル取得部43へ出力する。なお、学習モデル生成部42は、生成した学習モデルをデータベース22へ出力してもよい。
【0038】
(学習モデル取得部43)
学習モデル取得部43は、学習モデル生成部42が生成した学習モデルを取得する。なお、学習モデルがデータベース22に格納されている場合には、学習モデル取得部43は、データベース22から学習モデルを取得する。そして、学習モデル取得部43は、取得した学習モデルを推定部44へ出力する。
【0039】
(推定部44)
推定部44は、学習モデル取得部43が取得した学習モデルに、スペクトル情報取得部41が取得した目的試料のスペクトル情報を入力することにより、目的試料に含まれる測定対象物質の定量的な情報を学習モデルに推定させる。そして、推定部44は、推定された定量的な情報を、情報取得部45へ出力する。推定部44は、目的試料のスペクトル情報を学習モデルに入力することにより、測定対象物質の定量的な情報を推定する推定手段の一例に相当する。
【0040】
(情報取得部45)
情報取得部45は、学習モデルが推定した定量的な情報を取得する。すなわち、情報取得部45は、目的試料のスペクトル情報を学習モデルに入力することにより推定された、測定対象物質の定量的な情報を取得する情報取得手段の一例に相当する。そして、情報取得部45は、取得した定量的な情報を表示制御部46へ出力する。
【0041】
(表示制御部46)
表示制御部46は、情報取得部45が取得した定量的な情報を表示部36に表示させる。表示制御部46は、表示制御手段の一例に相当する。
【0042】
なお、制御部37が具備する各部の少なくとも一部は、独立した装置として実現してもよい。また、それぞれが機能を実現するソフトウェアとして実現してもよい。この場合、機能を実現するソフトウェアは、クラウドをはじめとするネットワークを介したサーバ上で動作してもよい。本実施形態では各部はローカル環境におけるソフトウェアによりそれぞれ実現されているものとする。
【0043】
また、
図1に示す情報処理システムの構成はあくまで一例である。例えば、情報処理装置10の記憶部34がデータベース22の機能を具備し、記憶部34が各種情報を保持してもよい。
【0044】
次に、
図2を用いて、本実施形態における学習モデル生成の処理手順を説明する。
図2は、本実施形態に係る学習モデルの生成に関する処理手順のフローチャートの一例を示す図である。
【0045】
(S201:固体試料単体、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料を分析)
まず、分析装置23は、固体試料単体、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料を分析する(ステップS1)。分析条件は、感度や分析時間などの観点から適宜選択すればよい。固体試料と測定対象物質とを含む試料を分析する場合は、測定対象物質の濃度を何通りか変化させて分析する。どの程度の数が必要であるかは、物質の性質などによっても異なるが、一般的に3点以上変化させることが好ましい。測定対象物質が複数種ある場合は、それぞれ分析することが好ましいが、測定対象物質同士の信号が十分に分離できる場合は、同時に測定してもよい。
【0046】
そして、分析装置23は、取得したスペクトル情報を情報処理装置10に出力する。情報処理装置10は、分析装置23からスペクトル情報を受信し、RAM33又は記憶部34に保持する。スペクトル情報取得部41は、こうして保持されたスペクトル情報を取得する。
【0047】
なお、前述したように、分析結果であるスペクトル情報は、データベース22が保持してもよい。この場合、スペクトル情報取得部41は、データベース22からスペクトル情報を取得する。また、分析装置23が被検物質を分析するタイミングは、ステップS3におけるスペクトル情報の選択よりも前に実行されれば、どのようなタイミングであってもよい。
【0048】
(S202:教師データを生成)
学習モデル生成部42は、ステップS201で得られた固体試料単体、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報を用いて、教師データを生成する。その際、第1のスペクトル情報、及び第2のスペクトル情報に基づいて、教師データを生成する。以下、第1のスペクトル情報、及び第2のスペクトル情報を詳細に説明する。
【0049】
第1のスペクトル情報とは、固体試料単体のスペクトル情報、固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報、及びノイズスペクトルを用いて作成されたスペクトル情報のことである。
【0050】
第2のスペクトル情報とは、第1のスペクトル情報群から抽出された、測定対象物質の濃度が異なる試料のスペクトル情報から作成されるものである。具体的には、測定対象物質に関して、その濃度が、抽出された2つの第1のスペクトル情報の濃度の間に含まれるものである。以下、作成したスペクトルを人工スペクトル、このスペクトルの作成方法を濃度補間と記載する。
【0051】
次に、ノイズ付与を行った教師データ作成方法について述べる。スペクトル情報は、各フラグメントで測定されたイオン強度、又はm/zの所定の範囲内のフラグメントが持つイオン強度の合計で除算し正規化されたイオン強度からなるもので、その数値は、分子量mをイオン価数zで除算したm/zごとに測定されている。
【0052】
測定対象物質のスペクトル情報におけるイオン強度は、固体試料及び測定対象物質を含む試料のスペクトル情報のm/zが10.0以上のフラグメントイオン強度の合計に対して、7×105未満であることが好ましい。測定対象物質のスペクトル情報のイオン強度が7×105未満と小さい場合でも、本実施形態に係る情報処理装置を用いれば、簡便、かつ、高精度に測定対象物質の定量的な情報を得ることが可能となる。
【0053】
m/zが10.0未満のフラグメントは、水素原子や1から2個の他の原子から構成されるため、多量に存在し、イオン強度が過大になる。そのため、m/zが10.0以上のフラグメントの変化が軽視されてしまう。そのためm/zが10.0以上スペクトル情報のみを扱うことが望ましい。
【0054】
一方、取り扱うフラグメントのm/zの最大値は、測定対象物の分子量程度とすると精度が良い。しかしm/zの最大値が大きいと取り扱う教師データ量が増え、学習時間を長くしてしまうので、この最大値は期待する予測精度に合わせてユーザが自分で設定可能とされていることが好ましい。また、実施例で後述するように、m/zの最大値(m/zの範囲)が大きいほど、測定対象物質の濃度の予測精度が高く、m/zの最大値(m/zの範囲)が小さいほど、測定対象物質の濃度の予測精度が低い。一方、m/zの最大値(m/zの範囲)が大きいほど、予測するための計算時間が長く、m/zの最大値(m/zの範囲)が小さいほど、予測するための計算時間が短い。したがって、ユーザが求める予測精度と結果を得る際に要する計算時間を考慮して、ユーザがm/zの最大値(もしくはm/zの範囲)を設定するための設定部(不図示)を有していてもよい。または、ユーザが求める予測精度と結果を得る際に要する計算時間から、自動でm/zの最大値(もしくはm/zの範囲)を設定できる構成であってもよい。m/zの範囲を設定する場合、m/zの最小値、及び最大値の少なくともいずれか一方を設定できるようにしておくことができる。さらに、m/zの最小値、最大値、及び範囲の少なくともいずれか1つを表示部に表示させる表示制御部を有していてもよい。
【0055】
本実施形態においては、固体試料単体のスペクトル情報において、それぞれのイオン強度に0.1から5.0の間の任意の数値を乗算する。この任意の数値を乗算したスペクトルをノイズスペクトルとし、また、この乗算作業をノイズ付与と記載する。次に、固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報のうち、同じm/z値を持つイオン強度と乗算した値を平均した値、イオン強度と任意の数値を乗算した値との平均値、又は最も大きい値をもって新たに作成したイオン強度とする。この作業をすべてのm/zに対して行い、第1のスペクトル情報とする。
【0056】
教師データの生成において濃度補間とノイズ付与は、どちらを先に行ってもよい。
【0057】
(S203:学習モデルを生成)
生成した教師データを用いて、所定のアルゴリズムに従った機械学習を実施して学習モデルを構築する(ステップS203)。具体的な学習の手法としては、たとえば、一般的な機械学習手法であるニューラルネットワークやサポートベクターマシンなどを用いてもよい。また、隠れ層が多層になった深層学習手法として、DNN(ディープニューラルネットワーク)やCNN(コンボリューショナルニューラルネットワーク)などを用いてもよい。測定対象物質が複数種ある場合には、それぞれの物質に対して学習モデルを生成する。そして、学習モデル生成部42は、RAM33、記憶部34、又はデータベース22に、生成した学習モデルを格納する。
【0058】
以上のようにして、固体試料単体、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報に基づいて、目的試料に含まれる測定対象物質の定量的な情報を推定する学習モデルを生成する。
【0059】
次に、定量的な情報を表示する方法について、説明する。
図3は、本実施形態に係る定量的な情報を表示する処理手順のフローチャートの一例を示す図である。
【0060】
(S301:目的試料を分析)
分析装置23は、固体試料と測定対象物質とを含む目的試料を分析し、目的試料のスペクトル情報を取得する。分析条件は、前述したステップ201と同一の条件とする。そして、分析装置23は、取得したスペクトル情報を情報処理装置10に出力する。情報処理装置10は分析装置23からスペクトル情報を受信し、RAM33又は記憶部34に保持する。スペクトル情報取得部41は、こうして保持されたスペクトル情報を取得する。なお、前述したように、分析結果であるスペクトル情報は、データベース22が保持してもよい。この場合、スペクトル情報取得部41は、データベース22からスペクトル情報を取得する。また、分析装置23が試料を分析するタイミングは、ステップS302における定量的な情報の推定よりも前に実行されれば、どのようなタイミングであってもよい。
【0061】
(S302:定量的な情報を推定)
学習モデル取得部43は、RAM33、記憶部34、又はデータベース22に格納された学習モデルを取得する。そして、推定部44は、取得された学習モデルに、ステップS301で取得された目的試料のスペクトル情報を入力することにより、目的試料に含まれる測定対象物質の定量的な情報を推定させる。また、必要に応じて、推定部44は、推定された定量的な情報を、表示部36において表示する形式に換算する。表示部36において表示する形式としては、g/L、mol/Lなどの濃度でもよいし、基準量(標準量)に対する割合でもよい。学習モデルにより推定される値がこれらの表示形式であれば、換算する必要はない。そして、情報取得部45は、推定された定量的な情報を推定部44から取得し、RAM33又は記憶部34に格納する。
【0062】
(S303:定量的な情報を表示)
表示制御部46は、ステップ302で学習モデルにより推定された、目的試料に含まれる測定対象物質の定量的な情報を表示部36に表示させる。その際、グラフ形式や表形式に整理して表示してもよい。
図7に、表示部36に表示された画面(ウィンドウ)の一例を示す。さらに、“高い”、“低い”など推定濃度の数値に応じて、そのレベルを表示してもよい。
【0063】
本発明は、上述の実施形態の1以上の機能を実現するプログラムを、ネットワーク又は記憶媒体を介してシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサーがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC)によっても実現可能である。
【0064】
<実施例>
以下に、実施例および比較例を挙げて本発明をより詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
[固体試料の作製]
モノマーとしてのメチルメタクリレートと、架橋剤としてのトリメチロールプロパンメタクリレート(いずれも東京化成工業製)を49.5gずつ混合した。さらに、混合した溶液に、重合開始剤としてのOmnirad 819(IGM Resins B.V.製)を1g添加した。次に、得られた溶液から1gを分取し、ミキサー(あわとり練太郎 AR-100、シンキー製)を用いて、5分間撹拌した。そして、撹拌した溶液から0.3gを分取し、フッ素樹脂フィルム(ネオフロンPFAフィルム、ダイキン工業製)で挟み、水銀ランプ(UL750 HOYA製)をフッ素樹脂フィルムの30cm遠方から5分間照射した。これにより、光硬化樹脂が得られ、これを固体試料とした。
【0066】
[固体試料と測定対象物質とを含む試料の作製]
固体試料の作製において得られた撹拌した液体から1gを分取し、可塑剤としての界面活性剤(アセチレノールE100、川研ファインケミカル製)0.001gを添加した。これにより、測定対象物質である界面活性剤が0.1%含む試料を作製した。なお、界面活性剤を添加して得られた溶液から光硬化樹脂を得る方法は、固体試料の作製と同様の方法である。
【0067】
さらに、界面活性剤の添加量を変更することで、測定対象物質である界面活性剤がそれぞれ0.2%、0.4%、0.6%、0.8%、1.0%、10.0%含む試料を作製した。界面活性剤の添加量を変更したこと以外は、界面活性剤が0.1%含む試料の作製方法と同様の方法で試料を作製した。
【0068】
[TOF-SIMS法による測定]
作製した固体試料、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料をそれぞれ1cm角の正方形に切り出し、以下の条件でTOF-SIMS法による測定を行った。
測定機種:TOF-SIMS5(ION-TOF製)
一次イオン種:Bi3+
一次イオン電流:0.4pA(Pulse電流)
一次イオンエネルギー:25keV
測定モード:Bunching Mode(バンチングモード)
検出範囲:1~800amu
電子銃:帯電補正用電子銃使用
測定真空度:7×10-8Pa
測定領域:300μm×300μm
測定点数:測定領域内の128×128点
積算:16回測定モード ネガティブイオン
測定回数:各試料に対しそれぞれ6回
【0069】
以上の測定により
図4に記載のスペクトル群を得た。
図4は、固体試料、及び固体試料と測定対象物質とを含む試料のスペクトル情報の一例である。
【0070】
(比較例1)
前記固体試料単体のスペクトルと測定対象物質を10.0%含むスペクトルとを比較し、測定対象物質由来のフラグメントを推定した。このフラグメントのイオン強度とm/zが10~700までの全フラグメントのイオン強度の合計で正規化した値を表1に記載した。m/zが10未満のフラグメントを除外したのは、この範囲のフラグメント(例えば、H+)のイオン強度は、他のフラグメントのイオン強度に比べて大きすぎるため、その測定誤差が正規化後の値の精度に大きな影響を与えてしまうからである。
【0071】
【0072】
次に、
図5において、フラグメントについての固体試料中の測定対象物質の含有量を比較したが、各フラグメントのイオン強度は、濃度増加に伴い増加する傾向を示しておらず、検量線の作成は難しかった。その理由は、以下の通りである。
【0073】
固体試料から得られたフラグメントのイオン強度は、約7.0×10-5未満である。そして、固体試料と測定対象物質とを含む試料から得られたフラグメントのイオン強度も、約7.0×10-5未満である。そのため、測定対象物質から放出したフラグメント情報が固体試料から放出したフラグメント情報のバラつきのなかに埋もれてしまった。その結果、人の力による定量分析は難しいとの結果を得た。
【0074】
(実施例2)
教師データの作成方法については、
図6のフローチャートに基づいて説明する。
【0075】
[実施例2におけるノイズ付与による教師データの作成]
実施例1で測定されたスペクトル情報を用いて、下記の方法で作成した。
【0076】
固体試料単体のスペクトル(計6組)のイオン強度をm/z毎に比較し、最も高い値を持つイオン強度を抽出した。これら最高値を持つイオン強度をm/zが10から700まで組み合わせた上で、各m/z毎に0.1から5.0の間でランダムに選ばれた任意の数値を掛け合わせてノイズスペクトルを作成した。
【0077】
次にこのノイズスペクトルと固体試料単体のスペクトルのイオン強度をm/z毎に比較し、最も高い値を持つイオン強度を抽出した。これら最高値を持つイオン強度群をm/zが10から700まで組み合わせた人工スペクトルを作成した。
【0078】
以上の作業を6組ある固体試料単体のスペクトルそれぞれに対し10回行い、測定対象物質を含まない人工スペクトルからなる教師データを計60組作成した。なお、任意の数値は毎回新しい値に更新している(ステップ:S401)。
【0079】
さらに、ノイズスペクトルと、測定対象物質を0.2%含む試料のスペクトルに対し、イオン強度をm/z毎に比べ、最も高い値を持つイオン強度を抽出した。これら最高値を持つイオン強度群をm/zが10.0から700.0まで組み合わせた人工スペクトルを作成した。この作業を6組ある測定対象物質を0.2%含む試料のスペクトルそれぞれに対し10回行い、測定対象物質を0.2%含む試料の人工スペクトルからなる教師データを計60組作成した(ステップ:S402)。
【0080】
次に、測定対象物質をそれぞれ0.6%、1.0%含むスペクトルに関しても、測定対象物質を0.2%含む試料の人工スペクトルからなる教師データの作成と同様な作業を行い、それぞれ60組の教師データを作成した。
【0081】
以上より、第1のスペクトル群から、計240組の教師データを作成した(ステップ:S403とS404)。
【0082】
[濃度補間による教師データの作成]
固体試料単体のスペクトルからなる教師データ(計60組)と、測定対象物質を0.2%含む固体試料のスペクトルからなる教師データ(計60組)の中から、それぞれスペクトル1つずつ抽出した。さらに、各m/z毎に計算式(1)~(3)を用い、測定対象物質を0.05%、0.1%、0.15%を含む試料のスペクトル(人工スペクトル)を作成した。
【0083】
【0084】
ここで、I0は、固体試料単体のスペクトルからなる教師データのイオン強度であり、Inは、測定対象物質をn%含むスペクトルのイオン強度である。以上の作業を、固体試料単体のスペクトルからなる教師データを60組と測定対象物質を0.2%含む教師データを60組に対し総当たりで行い、60×60×3=10800個の教師データを得た(ステップ:S405)。
【0085】
同様の方法で測定対象物質を0.2%含む教師データ群と、測定対象物質を0.6%含む教師データ群から、測定対象物質を0.3%、0.4%、0.5%それぞれ含む計10800組の教師データを作成した。
【0086】
また、同様の方法で測定対象物質を0.6%含む教師データ群と、測定対象物質を1.0%含む教師データ群から、測定対象物質を0.7%、0.8%、0.9%それぞれ含む計10800組の教師データを作成した。以上より、第2のスペクトル群から、計32400組の教師データを作成した(ステップ:S406とS407)。
【0087】
これら計32640組を教師データとし、機械学習を行い、学習モデルを生成した。機械学習の手法として、全結合ニューラルネットワークを用い、活性化関数としてrelu関数、及びlinear関数を用いた。損失関数として平均二乗誤差を用い、最適化アルゴリズムにはAdamを用いた。十分な定量精度を得るには、1000エポック程度の繰り返し演算が必要であった。
【0088】
次に、測定対象物質を0.1%、0.4%、0.8%含む試料のスペクトルを各6組ずつ用意し、得られた学習モデルに適用し、試料に含まれる測定対象物質の濃度を予測した。表2に記載の通り、高精度で測定対象物質の濃度を予測できた。
【0089】
【0090】
(実施例3)
実施例2で説明したようなノイズ付与方法を採用しなかったこと以外は、実施例2と同様の方法で学習モデルを作成した。具体的には以下に示す通りある。
【0091】
固体試料単体のスペクトルと測定対象物質をそれぞれ0.2%、0.6%、1.0%含む試料のスペクトル各6組の計24組のスペクトルを第1のスペクトル情報とした。
【0092】
[濃度補間による教師データの作成]
固体試料単体のスペクトル6組と測定対象物質を0.2%含む試料のスペクトル6組のなかからそれぞれスペクトル1つずつ抽出した。さらに、各m/z毎に前記計算式(1)~(3)を用い、測定対象物質をそれぞれ0.05%、0.1%、0.15%含む試料のスペクトル(人工スペクトル)を作成した。
【0093】
この作業を固体試料単体のスペクトル6組と測定対象物質を0.2%含む試料のスペクトル6組に対し総当たりで行い、6×6×3=108個の教師データを得た。
【0094】
同様の方法で測定対象物質を0.2%含むスペクトル6組と、測定対象物質を0.6%含むスペクトル6組から、測定対象物質をそれぞれ0.3%、0.4%、0.5%含む計108組の教師データを作成した。
【0095】
また、同様の方法で測定対象物質を0.6%含むスペクトル6組と、測定対象物質を1.0%含むスペクトル6組から、測定対象物質をそれぞれ0.7%、0.8%、0.9%含む計108個の教師データを作成した。以上より、計324組の第2のスペクトル情報とした。
【0096】
以上、第1と第2のスペクトル計348組を教師データとし、機械学習を行い、学習モデルを生成した。機械学習の手法として、全結合ニューラルネットワークを用い、活性化関数としてrelu関数、及びlinear関数を用いた。損失関数として平均二乗誤差を用い、最適化アルゴリズムにはAdamを用いた。十分な定量精度を得るには、1000エポック程度の繰り返し演算が必要であった。
【0097】
次に、測定対象物質をそれぞれ0.1%、0.4%、0.8%含む試料のスペクトルを各6組ずつ用意し、得られた学習モデルに適用し、試料に含まれる測定対象物質の濃度を予測した。表3に記載の通り、高精度で測定対象物質の濃度を予測できた。
【0098】
【0099】
(実施例4)
ノイズ付与による教師データの作成方法以外については、実施例2と同様である。本実施例では計算精度と計算時間のバランスをとるためにm/zの最大値を300.0に設定した。
【0100】
[実施例4におけるノイズ付与による教師データの作成]
ノイズスペクトルと固体試料単体のスペクトルのイオン強度をm/z毎の比較において、最も高い値を持つイオン強度を抽出する際に、イオン強度群をm/zを10.0から300.0まで組み合わせた人工スペクトルを作成した以外は実施例2と同様である。
【0101】
次に、測定対象物質をそれぞれ0.1%、0.4%、0.8%含む試料のスペクトルを各6組ずつ用意し、得られた学習モデルに適用し、試料に含まれる測定対象物質の濃度を予測した。表4に記載の通り、高精度で測定対象物質の濃度を予測できた。
【0102】
【0103】
(実施例5)
ノイズ付与による教師データの作成方法以外については、実施例2および4と同様である。本実施例では計算時間を短縮するためにm/zの最大値を100.0に設定した。
【0104】
[実施例5におけるノイズ付与による教師データの作成]
イオン強度群をm/zを10.0から100.0まで組み合わせた人工スペクトルを作成した以外は実施例4と同様である。
【0105】
次に、測定対象物質をそれぞれ0.1%、0.4%、0.8%含む試料のスペクトルを各6組ずつ用意し、得られた学習モデルに適用し、試料に含まれる測定対象物質の濃度を予測した。表5に記載の通り、高精度で測定対象物質の濃度を予測できた。
【0106】
なお、実施例5は、実施例2、3、4に比べて測定対象物質の濃度の予測精度は低いものの、予測に要した時間は短い。したがって、予測精度を高くしたい場合は、z/mの範囲を大きくし(最大値を大きくし)、計算時間を短くしたい場合は、z/mの範囲を小さくする(最大値を小さくする)ことが好ましい。
【0107】
【0108】
(比較例2)
実施例3における濃度補間による教師データの作成を行わなかったこと以外は、実施例3と同様の方法で学習モデルを作成した。具体的には以下に示す通りある。
【0109】
固体試料単体のスペクトル6組と測定対象物質を0.2%含む試料のスペクトル6組と、測定対象物質を0.6%含むスペクトル6組と、測定対象物質を1.0%含むスペクトル6組を教師データとした。
【0110】
これら計24組を教師データとし、機械学習を行い、学習モデルを生成した。機械学習の手法として、全結合ニューラルネットワークを用い、活性化関数としてrelu関数、及びlinear関数を用いた。損失関数として平均二乗誤差を用い、最適化アルゴリズムにはAdamを用いた。十分な定量精度を得るには、200エポック程度の繰り返し演算が必要であった。
【0111】
次に、測定対象物質を0.1%、0.4%、0.8%含む試料のスペクトルを各6組ずつ用意し、得られた学習モデルに適用し、試料に含まれる測定対象物質の濃度を予測した。表6に記載の通り、精度よく測定対象物質の濃度を予測することはできなかった。
【0112】