(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-01
(45)【発行日】2024-11-12
(54)【発明の名称】う蝕リスクを測定する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/92 20060101AFI20241105BHJP
G01N 21/78 20060101ALN20241105BHJP
C12Q 1/04 20060101ALN20241105BHJP
【FI】
G01N33/92
G01N21/78 Z
C12Q1/04
(21)【出願番号】P 2021077833
(22)【出願日】2021-04-30
【審査請求日】2024-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000106324
【氏名又は名称】サンスター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 雅晴
(72)【発明者】
【氏名】岡田 よし子
(72)【発明者】
【氏名】曽野 陽子
(72)【発明者】
【氏名】安田 多賀子
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-227618(JP,A)
【文献】国際公開第2018/079674(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0230462(US,A1)
【文献】小島 美樹,う蝕と動脈硬化-最近のエビデンス-,口腔衛生会誌,2016年01月30日,Vol.66, No.1,pp.2-8
【文献】Larsson Bengt et al.,Relationship between dental caries and risk factors for atherosclerosis in Swedish adolescents?,Community Dentistry and Oral Epidemiology,1995年,Vol.23,pp.205-210
【文献】Ingegerd JOHANSSON,Dental status, diet and cardiovascular risk in middle-aged people in northern Sweden,Community Dentistry and Oral Epidemiology,1994年,Vol.22,pp.431-436
【文献】Juan Pablo LOYOLA-RODRIGUEZ et al.,Association between Caries, Obesity and Insulin Resistance in Mexican Adolescents,The Journal of Clinical Pediatric Dentistry,2011年,Vol.36, No.1,pp.49-54
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68,33/92,
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII),
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することを含む、当該酸化HDL量の反映値を指標として当該血液試料を採取した対象のう蝕リスクを測定する方法。
【請求項2】
前記酸化HDL量の反映値の測定が、
(1)血液試料と、遷移金属化合物及び酸性緩衝液を含む溶液とを混合する工程を含む方法により行われる、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酸化HDL量の反映値の測定が、
さらに、
(2)前記工程(1)により産生されたフリーラジカルを測定する工程を含む方法により行われる、
請求項2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、う蝕リスクを測定する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌のかたまりであるプラークが歯面に付着している場合、う蝕のリスクが高いと考えられている。プラークの有無を確認するためには、現状、歯科医師等による口腔内診査を受診することが主流である。
【0003】
また、例えば、平常の歯磨きを怠っていながらも、口腔診査直前に丁寧な歯磨きを実施した場合、診査時にはプラーク清掃状況が良好となるため、適切にう蝕のリスクを評価できる方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、う蝕リスクを測定する方法を提供することを課題とする。また、歯科健診なしに、う蝕リスクを測定する方法を提供することも課題の1つである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、血液試料の酸化HDL量の反映値が高い場合には、低い場合と比較して、唾液中にう蝕の原因菌の1種であるStreptococcus mutansの存在比が高いことを見出し、さらに改良を重ねた。
【0007】
本開示は、例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することを含む、当該酸化HDL量の反映値を指標として当該血液試料を採取した対象のう蝕リスクを測定する方法。
項2.
前記酸化HDL量の反映値の測定が、
(1)血液試料と、遷移金属化合物及び酸性緩衝液を含む溶液とを混合する工程を含む方法により行われる、
項1に記載の方法。
項3.
前記酸化HDL量の反映値の測定が、
さらに、
(2)前記工程(1)により産生されたフリーラジカルを測定する工程を含む方法により行われる、
項2に記載の方法。
項4.
前記酸化HDL量の反映値が、単位時間あたりの吸光度変化である、項1~3のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
う蝕リスクを測定する方法が提供される。また、歯科健診なしに、う蝕リスクを測定する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】血液試料の酸化HDL量の反映値がlow、middle、及びHighの群における、Streptococcus mutansの存在比を示す。
【
図3】血液試料の酸化HDL量の反映値がlow、middle、及びHighの群における、Streptococcus oralisの存在比を示す。
【
図4】PlIあり及びなしの群において、血液試料の酸化HDL量の反映値がlow、middle、及びHighの群における、Streptococcus mutansの存在比を示す。
【
図5】PlIあり及びなしの群において、血液試料の酸化HDL量の反映値がlow、middle、及びHighの群における、Streptococcus oralisの存在比を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
本開示は、対象の口腔衛生状態を測定する方法を包含する。本明細書において、当該方法を、「本開示の測定方法」と表記することがある。
【0011】
本開示の測定方法は、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することを含む。
【0012】
対象としては、ヒトであってもよく、非ヒト哺乳動物であってもよい。
ヒトとしては、例えば、健常者であってもよく、歯周病に罹患したヒト(歯周病患者)であってもよく、歯周病の罹患が疑われるヒトであってもよい。また、対象としては、HbA1cが5.6%未満のヒト、空腹時血糖が110mg/dL未満のヒト、BMIが30未満のヒト、あるいはこれらの特徴を2種以上併せ持つヒトなどが挙げられる。また、対象としては、口腔内にプラークを有する対象であってもよく、口腔内にプラークを有しない対象であってもよい。
非ヒト哺乳動物としては特に限定されず、例えば、ペット、家畜、実験動物等として飼育される哺乳動物が例示される。例えば、イヌ、ネコ、サル、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、ラクダ、リャマ等が挙げられる。
【0013】
本明細書において、「プラーク」とは、歯の表面に付着している細菌のかたまりを意味する。プラークは、歯垢と称されることもある。
【0014】
プラークの付着の有無の確認方法は、特に限定されず、公知の方法を採用することができる。例えば、歯周プローブや歯科用探針等の先端で歯面を擦過してプラークの付着の有無を判定する方法、プラーク染色液を使用して染色歯面によりプラークの付着の有無を判定する方法、画像診断によりプラークの付着の有無を判定する方法、センサーによりプラークを検出する方法等が挙げられる。
【0015】
プラークの付着の有無を確認する対象となる歯としては、例えば、全歯であってもよく、対象歯であってもよい。対象歯としては、例えば、右上6、右上1、左上6、右下6、左下1、及び左下6の計6本であってもよい。当該番号は、
図1に示す番号に対応する。
【0016】
血液試料としては、対象から採取された血液由来の試料であれば特に限定されず、例えば、全血であってもよいし、あるいは血液の分離物(例えば血清、血漿等)であってもよい。なお、対象から採取した血液試料を保存する方法、条件等については特に限定されず、常法に従って行うことができる。
【0017】
対象から血液試料を採取する方法としては特に限定されず、常法に従って行えばよい。なお、血液試料として血清又は血漿を用いる場合には、取り扱い易さ、感染防止等の観点から、血清又は血漿分離剤を含む真空採血管などを用いることが好ましい。
また、採取した血液試料は、そのまま用いてもよく、凍結乾燥等して保存した後、当該凍結乾燥物を後述する適当な溶媒に溶解して用いてもよく、また、採取した血液試料を、そのまま冷凍保存した後、あるいは後述する適当な溶媒に溶解する等して冷凍保存した後、使用時に解凍して用いてもよい。
【0018】
酸化HDL量の反映値としては、血液試料に含まれる酸化HDL量を反映する値をいい、例えば酸化HDLの重量(質量)、濃度等が挙げられる。また、例えば、血液試料に含まれる酸化HDL量を反映する測定値であってもよく、例えば吸光度、蛍光強度、等を用いることができる。当該測定値は、測定補助試薬を用いて測定された値であってもよい。当該測定補助試薬としては、例えば蛍光色素、酸化HDL特異的認識分子(例えば抗体若しくはその断片)、あるいはそれらの2以上組み合わせ等が挙げられる。
【0019】
血液試料の酸化HDL量の反映値を測定する方法としては、特に限定的ではなく、常法に従って行うことができる。例えば、ELISA法を使用して酸化HDL(マロンジアルデヒド修飾HDL)を測定する方法や、質量分析機により、HDLを構成する蛋白質のApo-A1のニトロ化やクロロ化を測定する方法、特許第6779776号公報(特許文献1)に記載の、(1)血液試料と、遷移金属化合物及び酸性緩衝液を含む溶液とを混合する工程を含む方法などが挙げられる。中でも、(1)血液試料と、遷移金属化合物及び酸性緩衝液を含む溶液とを混合する工程を含む方法により測定することが好ましい。本明細書において、当該工程を「工程(1)」と記載する場合がある。さらに、(2)前記工程(1)により産生されたフリーラジカルを測定する工程を含む方法により測定することが、より好ましい。本明細書において、当該工程を「工程(2)」と記載する場合がある。
【0020】
血液試料の酸化HDL量の反映値を測定する方法としては、血液試料からHDLを分離する工程が含まれていてもよい。本明細書において、当該工程を「工程(0)」と記載する場合がある。工程(0)により分離されたHDLを工程(1)において血液試料として用いることができる。血液試料からHDLを分離する方法としては、特に限定的ではなく、常法に従って行うことができる。例えば、デキストラン硫酸とマグネシウムイオンを用いたデキストラン硫酸法などの方法が挙げられる。
【0021】
遷移金属化合物は、混合液中で電離して金属イオンになり得るものであり、かつヒドロキシペルオキシド(R-OOH)と反応してフリーラジカルを産生し得るものであれば特に限定的ではなく、例えば、銅(II)化合物、鉄(II)化合物、(2価の鉄化合物)、鉄(III)化合物(3価の鉄化合物)などが挙げられる。これらの中でも、鉄(II)化合物、鉄(III)化合物などの鉄化合物が好ましい。鉄化合物としては、例えば、硫酸アンモニウム鉄(II)六水和物、塩化鉄(III)六水和物などが挙げられる。工程(1)において遷移金属化合物を用いることにより、1)ヒドロキシペルオキシドと反応する遷移金属イオンが十分量存在することにより少量の血液サンプルで酸化HDLの測定が可能となる、2)血液に含まれる鉄分の量に影響されることなく酸化HDLの測定が可能となる、などの有利な効果が奏される。
【0022】
なお、酸化HDL量の反映値は、3価の鉄化合物にくらべ、2価の鉄化合物を含む溶液で大きくなる。換言すると、3価の鉄化合物よりも2価の鉄化合物を用いた測定法は、高い感度で酸化HDLを測定できる。従って、上記した鉄化合物の中でも、2価の鉄化合物が特に好ましい。
【0023】
混合液中における遷移金属化合物の濃度としては、特に限定的ではなく、例えば、0.1~150μM程度、好ましくは、1~100μMとすることができる。
【0024】
酸性緩衝液としては、pHが酸性であり、かつ緩衝作用を有するものであれば特に限定されず、公知の緩衝液を用いることができる。例えば、酢酸緩衝液などが挙げられる。
【0025】
酸性緩衝液のpHは、酸性であれば特に限定的ではなく、2~6.9程度であることが好ましく、3~6.5程度であることがより好ましく、4.5~6であることがさらに好ましい。なお、後述する工程(2)において、フリーラジカルを測定する方法として、発色法を採用する場合には、酸性緩衝液のpHは3~6.9程度であることが特に好ましい。
【0026】
酸性緩衝液の濃度としては、特に限定的ではなく、例えば、0.005~0.5M、好ましくは、0.01~0.2Mである。
【0027】
工程(1)における反応温度としては、特に限定的ではなく、例えば、20~40℃程度とすることができる。
【0028】
上記の通り、工程(1)では、血液試料に含まれる酸化HDLにおけるヒドロペルオキシド(R-OOH)と遷移金属イオンとが反応することによってペルオキシラジカル(R-OO・)やアルコキシラジカル(R-O・)等のフリーラジカルが産生される。工程(1)において産生されたフリーラジカルを測定することにより、酸化HDLを測定することができる。
【0029】
従って、酸化HDL量の反映値の測定方法としては、さらに(2)上記工程(1)により産生されたフリーラジカルを測定する工程を含むことが好ましい。
【0030】
フリーラジカルを測定する方法としては、特に限定的ではなく、公知の方法を採用することができる。例えば、発色法、化学発光法、電子スピン共鳴法(ESR法)などが挙げられる。
【0031】
発色法は、フリーラジカルと反応して発色する作用を有する物質(発色性物質)を用い、発色した物質の吸光度を分光光度計などを用いて測定する方法である。
【0032】
発色性物質としては、フリーラジカルやアルコキシラジカルと反応して呈色する作用を有する化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。例えば、下記一般式(1)で表される化合物又はその塩などが挙げられる。
【0033】
【0034】
上記一般式(1)中、各Rは同一又は異なって、水素原子、ハロゲン原子、メチル、又はエチルを示す。特に、各Rの少なくとも2つがメチル又はエチルであることが好ましく、同一の窒素原子に置換するRが共にメチル又はエチルであることがより好ましい。
【0035】
一般式(1)で表される化合物としては、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミン(DMPD)、N,N-ジエチル-p-フェニレンジアミン(DPD)が好ましい。
【0036】
一般式(1)で表される化合物の塩としては、例えば、硫酸塩、シュウ酸塩、二酢酸塩などが挙げられる。
【0037】
反応工程において用いる一般式(1)で表される化合物又はその塩は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
また、一般式(1)で表される化合物は、必要に応じて、溶媒に溶解して使用することもできる。溶媒としては、特に限定的ではなく、例えば、純水、緩衝液、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられる。溶液とする場合の濃度としては、特に限定的ではなく、例えば、0.1~50mM程度、好ましくは1~20mM程度とすることができる。
【0039】
発色した物質の吸光度を測定する方法としては、特に限定的ではなく、常法により行うことができる。例えば、フリーラジカルと発色性物質とが反応することによって赤紫色を呈するラジカル陽イオンが生成されることから、公知の機器を用いて吸光度を測定することによってラジカル陽イオンを測定することができる。吸光度を測定する際の波長としては、例えば、460~570nm、好ましくは、500~560nmとすることができる。
【0040】
また、吸光度の測定を行う際、定量的に測定するために、測定開始時間と測定終了時間との間の吸光度の時間経過を測定することが好ましい。例えば、フリーラジカルと発色性物質との反応開始時点から3分経過時点を始点とし、反応開始時点から6分経過時点を終点として、吸光度の上昇速度(単位時間あたりの吸光度変化)を測定してもよい。
【0041】
化学発光法は、フリーラジカルと反応して発光する作用を有する物質(発光性物質)を用い、励起した物質が基底状態に戻る際に放出する光を発光光度計などを用いて測定する方法である。
【0042】
発光物質としては、フリーラジカルと反応して発光する作用を有する化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。例えば、ルミノール、Dansyl-TEMPO、ルシゲニンル、2-methyl-6-p-methoxyphenylethynylimidazopyrazinone(MPEC)、Hydroxyphenyl Fluorescein(HPF)、Aminophenyl Fluorescein(APF)、ウミホタル・ルシフェリン誘導体(MCLA)などが挙げられる。
【0043】
発光した物質の光を測定する方法としては、特に限定的ではなく、用いる発光性物質の種類等に応じて適宜決定することができる。
【0044】
電子スピン共鳴法(ESR法)は、不対電子が磁場中に置かれた際に生じる準位間の遷移を観測する分光分析である。電子スピン共鳴法としては、特に限定的ではなく、公知の方法及び機器を用いて行うことができ、フリーラジカルを直接測定する直接法、スピントラップ剤とフリーラジカルとを反応させて行う間接法のいずれであってもよい。間接法を採用する場合、スピントラップ剤としては特に限定されず、公知のスピントラップ剤を用いることができる。スピントラップ剤としては、例えば、5,5-ジメチル-1-ピロリン-N―オキシド(DMPO)、2,5,5-トリエチル-1-ピロリン-N-オキシド(M3PO)、3,3,5,5-テトラメチル-1-ピロリン-N-オキシド(TMPO)、N-tert-α-フェニルニトロン(PBN)などのニトロン系スピントラップ剤;2-メチル-2-ニトロソプロパン(MNP)、ニトロソデュレン(ND)などのニトロソ系スピントラップ剤などが挙げられる。
【0045】
後述する実施例に示す通り、血液試料の酸化HDL量の反映値が高い場合には、唾液中において、プラーク形成や脱灰を引き起こす口腔細菌であり、う蝕の原因菌の1種であるStreptococcus mutansの存在比が高く、DMFTとの負の相関がある口腔細菌であるStreptococcus oralis(DMFTとは何らかの形でう蝕を経験した歯の総数を示し、「D」(decayed):未処置う蝕、「M」(missing):う蝕が原因で抜去した、「F」(filled):う蝕が原因で処置した歯(teeth)を意味する)の存在比が低いことから、う蝕のリスクが高いと考えられる。このため、本開示の測定方法によれば、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することによって、当該酸化HDL量の反映値を指標として、当該血液試料を採取した対象のう蝕リスクを測定することができる。
【0046】
後述する実施例に示す通り、血液試料の酸化HDL量の反映値が高い場合には、プラークの有無にかかわらず、唾液中において、プラーク形成や脱灰を引き起こす口腔細菌であり、う蝕の原因菌の1種であるStreptococcus mutansの存在比が高く、DMFTとの負の相関がある口腔細菌であるStreptococcus oralisの存在比が低い。このため、本開示の測定方法によれば、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することによって、プラークの付着の有無に関わらず、当該酸化HDL量の反映値を指標として、当該血液試料を採取した対象のう蝕リスクを測定することができる。
【0047】
本明細書において、う蝕リスクとは、う蝕の発生する可能性を意味する。
【0048】
う蝕リスクは、例えば、唾液中のStreptococcus mutansの存在比が増大することによって、増加すると考えられる。本開示によれば、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することによって、唾液中のStreptococcus mutansの存在比を測定(予測)することができる。
また、う蝕リスクは、例えば、唾液中のStreptococcus oralisの存在比が減少することによって、増加すると考えられる。本開示によれば、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することによって、唾液中のStreptococcus oralisの存在比を測定(予測)することができる。
【0049】
本開示の測定方法によれば、例えば、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値が基準値以上の場合、基準値未満の場合と比較して、う蝕リスクが高いと予測(判定)することができる。
本開示の測定方法によれば、例えば、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値が基準値以上の場合、基準値未満の場合と比較して、唾液中のStreptococcus mutansの存在比が高いと予測(判定)することができる。
【0050】
対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値と比較する基準値としては、例えば、血液試料の酸化HDL量の反映値が、フリーラジカルと発色性物質との反応開始時点から3分経過時点を始点とし、反応開始時点から6分経過時点を終点として、吸光度の上昇速度(単位時間あたりの吸光度変化)として、32.5mOD/min等とすることができる。当該基準値は、後述する実施例において、対象の75パーセンタイル値を示し、この値を境界としてStreptococcus mutansの存在比が高く、Streptococcus oralisの存在比が低くなることが確認されている。
【0051】
また、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値と比較する基準値としては、例えば、う蝕リスクの低い対象、より具体的には、唾液中にStreptococcus mutansが検出されない(例えば、検出下限値未満である)対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値とすることができる。当該値は、過去に得られたデータから標準化されたものであってもよい。
【0052】
また、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値と比較する基準値としては、例えば、複数の対象からなる集団における、血液試料の酸化HDL量の反映値の平均値、中央値、25パーセンタイル値、75パーセンタイル値、又は最頻値等を基準値とすることもできる。
【0053】
また、本開示の測定方法によれば、同一対象の経時的なう蝕リスクの変動を測定することもできる。例えば、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値が経時的に増加した場合には、う蝕リスクが増加した可能性があると予測(判定)することができる。例えば、対象から採取した血液試料の酸化HDL量の反映値が経時的に減少した場合には、う蝕リスクが減少した可能性があると予測(判定)することができる。
【0054】
本開示の測定方法によれば、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することによって、歯科専門家が不在の場合や歯科健診実施していない場合であっても、例えば、健康診断等における血液検査等の結果をもとに、う蝕リスクを測定することができる。
【0055】
本開示は、対象のう蝕リスクを判定することを補助する方法をも包含する。本明細書において、当該方法を、「本開示の補助方法」と表記することがある。
【0056】
本開示の補助方法は、血液試料の酸化HDL量の反映値を測定することを含む。
【0057】
血液試料の酸化HDL量の反映値等については、前述した「本開示の測定方法」についての記載を援用することができる。
【0058】
本開示の補助方法によれば、対象のう蝕リスクを判定することを補助することができる。
【0059】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせで全て包含する。
【0060】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例】
【0061】
本開示の内容を以下の試験例を用いて具体的に説明する。しかし、本開示はこれらに何ら限定されるものではない。下記において、特に言及する場合を除いて、実験は大気圧及び常温条件下で行っている。
【0062】
対象
HbA1cが5.6%以上、空腹時血糖が110mg/dL以上、又はBMIが30以上の対象を除外した男性159名を対象とした(年齢は、平均52.0歳、標準偏差6.4)。
【0063】
試験例1 血液試料の酸化HDL量の反映値(oxHDL)の算出
(1)血液試料の調製
真空採血管を用いて対象の静脈から血液を採取した後、1時間、室温に放置後、一般的な血清分離条件にて遠心分離を行い、上清(血清)を血液試料として得た後、-80℃で保存した。
【0064】
(2)酸化HDL(oxHDL)量の反映値の測定
0.1M酢酸緩衝液(pH4.8)と100μM硫酸アンモニウム鉄(II)六水和物との混合液をマイクロプレートの各wellに加え、37℃に保温した。次いで、各wellにN,N-ジエチル-p-フェニレンジアミン硫酸塩溶液(溶媒:DMSO)を加えた後、上記(1)で得られた血清を加えた。37℃に設定したマイクロプレートリーダー(バイオラッド社製)を用い、波長505nmの吸光度を測定した。なお、吸光度の測定は、Kineticsに設定し、10秒毎に計48回(合計8分間)測定し、測定開始3分後から6分後の各値から単位時間あたりの吸光度変化(単位:mOD/min)を算出することにより行った。
【0065】
対象のoxHDLは、平均30.6mOD/min、標準偏差4.7であった。
【0066】
試験例2 唾液細菌叢解析
対象の唾液からDNAを抽出し、細菌が保有する16S rRNA遺伝子をPCRで増幅した後、次世代シーケンサーMiSeq(イルミナ株式会社)を用いて細菌叢解析を行った。
Streptococcus mutans及びStreptococcus oralisの2種について、その存在比を解析した。
【0067】
試験例3 PlI(Plaque Index)の測定
1人当たり代表歯6本についてPlIを測定した(
図1)。代表歯は、右上6、右上1、左上6、右下6、左下1、及び左下6とした。ただし、6が喪失している場合は、7で測定した。
PlIは歯垢付着の程度を示した指標である。代表歯6本について以下の基準に従って、PlIを測定した。
<基準>
0:付着は認められない
1:歯面1/3未満の歯垢付着
2:歯面1/3以上2/3未満の歯垢付着
3:歯面2/3以上の歯垢付着
代表歯6本のPlIについて、PlIの最大値が0である場合には、「PlIなし」と、PlIの最大値が1以上である場合には、「PlIあり」とした。
【0068】
oxHDLが25パーセンタイル値以下の場合を「low」、oxHDLが75パーセンタイル値以上の場合を「High」、25パーセンタイル値より大きく75パーセンタイル値未満の場合を「middle」とした場合に、各群における細菌の存在をプロットした結果を
図2(S. mutans)及び
図3(S. oralis)に示す。尚、縦軸は細菌の存在比を有心対数比変換し、負の値をゼロにした値を示す。
図2及び3中、カラムから上方に伸びた髭の先端は最大値、あるいは四分位範囲に1.5を乗じ、75パーセンタイル値に加えた値を示し、カラムの上端は75パーセンタイル値を示し、カラム中の横線は50パーセンタイル値(中央値)を示し、カラムの下端は25パーセンタイル値を示し、カラムから下方に伸びた髭の先端は最小値、あるいは四分位範囲に1.5を乗じ、25パーセンタイル値から減じた値を示す。
【0069】
図2に示すように、oxHDLが高いほど、S. mutansの存在比が高くなることが確認された。また
図3に示すように、oxHDLが高いほど、S. oralisの存在比が低くなることが確認された。このことから、oxHDLが高い場合には、う蝕のリスクが高いことが分かった。つまり、oxHDLにより、う蝕のリスクを測定できることが示唆された。なお、当該データは、男性のみを対象として解析を行った結果であるが、対象に女性を含めて解析を行った場合にも、同様の結果が得られた。
【0070】
対象をPlIありの群又はなしの群に分類した上で、oxHDLが25パーセンタイル値以下の場合を「low」、oxHDLが75パーセンタイル値以上の場合を「High」、25パーセンタイル値より大きく75パーセンタイル値未満の場合を「middle」とした場合に、各群における細菌の存在比をプロットした結果を
図4(S. mutans)及び
図5(S. oralis)に示す。尚、縦軸は細菌の存在比を有心対数比変換し、負の値をゼロにした値を示す。
図4及び5中、カラムから上方に伸びた髭の先端は最大値、あるいは四分位範囲に1.5を乗じ、75パーセンタイル値に加えた値を示し、カラムの上端は75パーセンタイル値を示し、カラム中の横線は50パーセンタイル値(中央値)を示し、カラムの下端は25パーセンタイル値を示し、カラムから下方に伸びた髭の先端は最小値、あるいは四分位範囲に1.5を乗じ、25パーセンタイル値から減じた値を示す。
【0071】
図4に示すように、プラークの有無に依存せず、oxHDLが高いほど、S. mutansの存在比が高くなることが確認された。また
図5に示すように、プラークの有無に依存せず、oxHDLが高いほど、S. oralisの存在比が低くなることが確認された。このことから、oxHDLが高い場合には、プラークの有無に依存せず、う蝕のリスクが高いことが分かった。なお、当該データは、男性のみを対象として解析を行った結果であるが、対象に女性を含めて解析を行った場合にも、同様の結果が得られた。