(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】薄膜炭素材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20241106BHJP
C01B 32/05 20170101ALI20241106BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C01B32/05
(21)【出願番号】P 2020120427
(22)【出願日】2020-07-14
【審査請求日】2023-05-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000155470
【氏名又は名称】株式会社野村鍍金
(74)【代理人】
【識別番号】100085615
【氏名又は名称】倉田 政彦
(72)【発明者】
【氏名】吉川 亮太
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-169816(JP,A)
【文献】特開2016-196689(JP,A)
【文献】特開2008-297171(JP,A)
【文献】特開2005-022073(JP,A)
【文献】特開2001-192807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
C01B 32/00-32/991
B32B 9/00
C04B 41/89
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルゴンガスクラスターイオン援用照射により形成された蒸着表面を有し、密度と押し込み式硬度計による硬度が、A(密度2.90g/cm
3 、硬度45GPa)、B(密度2.90g/cm
3 、硬度35GPa)、C(密度3.20g/cm
3 、硬度55GPa)、D(密度3.20g/cm
3 、硬度45GPa)の4点で囲まれる範囲の密度と硬度である膜厚50nm~1μmの
含有水素量が1at%以下の炭素からなる薄膜炭素材料。
【請求項2】
ケイ素、クロム、タングステン、チタン及びおよびその炭化物のうち1種類または2種類以上からなる中間層膜を基材表面に形成し、中間層膜の表面に請求項1の炭素膜を形成したことを特徴とする薄膜炭素材料。
【請求項3】
アルゴンガスクラスターイオン援用照射により炭素膜を形成する際に、炭素原子数とアルゴン原子数の比を1:500~30000とし、且つ、アルゴンが原子1個当たり7~20eVに加速された条件下で形成することを特徴とする請求項1または2の薄膜炭素材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械部品などの摺動部材や工具などの耐摩耗部材に使用され、耐剥離性にも優れる薄膜炭素材料及びその製造方法に関するものであり、ダイヤモンドに近い特性が期待される生体用部材にも使用できる。
【背景技術】
【0002】
摺動部材や耐摩耗部材に使用される炭素系薄膜には、ダイヤモンドあるいは一般的にDLC(Diamond-like-carbon)と総称される材料が使用されている。最も高硬度な材料であるダイヤモンド薄膜は、結晶が強固で面粗度が粗くその鏡面化が困難であることなどから、摺動部材として使用が限定される。
【0003】
一方、DLCはISO20523により、ta-C、a-C、ta-C:H、a-C:Hの4種類に分類されている。4種類の内ta-C:H、a-C:Hは、一般的にその組成中に水素を多量(10~40at%)に含有する炭素材料であり、硬度も30GPa以下と低く、部材の寿命も劣る。また、ta-C、a-Cは基本的には水素を含有しない炭素材料であり、そのC-C結合はダイヤモンドのSP3 混成軌道結合とグラファイトのSP2 混成軌道結合の比率により分類され、ta-Cではダイヤモンド結合が優勢で高硬度かつ高密度の材料として知られている。しかし、ta-Cには70GPa以上の高硬度を示すものもあるが、グラファイト結合よりダイヤモンド結合を優勢にするために、ta-Cの作製法では、炭素イオンを高エネルギーで基板に衝突させることから炭素膜中の残留応力が大きい。このため、付着強度が低く、また、脆いことから短寿命に至る課題があった。
【0004】
炭素材料であるDLC膜の作製法には、CVD法(化学蒸着法)とPVD法(物理蒸着法)がある。ともに、安定なグラファイトのSP2 混成軌道結合を持つカーボンターゲットやメタンガスなどの炭素源となる原料中の炭素をイオン化し、あるいは炭素および炭素イオンとともに雰囲気ガス中のアルゴンなどをイオン化し、高エネルギーで基板に衝撃させ、炭素間結合のダイヤモンドのSP3 混成軌道結合への転化量を増やした炭素膜を形成することで高硬度なDLCを作製する。この高エネルギーのイオン衝撃を膜形成と同時に行うことで、高硬度化と同時に高密度化が可能になる。
【0005】
非特許文献1では、現在DLC膜の成膜で用いられている各種成膜方法(アーク式イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD法)にて作製した多種類のDLC膜の膜密度と膜硬度、およびラマンスペクトルによるC-C結合(SP
2 混成軌道結合とSP
3 混成軌道結合の比率)の関連性を評価した。その結果、異なる成膜方法、成膜条件で作製したDLC膜であるにも関わらず、特に
図1に示すようにDLC膜の膜密度と膜硬度の関係は、低硬度から高硬度(15GPa~80GPa)の広い範囲で直線的な関係があることを示している。
【0006】
特許文献1では、ガスクラスターイオンビーム援用照射下で、基板表面に金属やセラミック中間層を形成し、ついでガスクラスターイオンビーム援用照射下で炭素膜を形成する成形用部材の製造方法が示されている。この製法で得られた炭素膜は、高硬度、平坦性、耐熱性等にすぐれ、精密成形用金型などの保護膜として適用でき、さらに炭素膜が基材との低温~高温での密着性に優れていることも示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】神奈川県産業技術センター研究報告(2011年12月17号9-12ページ)表題「異なる成膜方法,成膜条件で作製されたDLC膜の膜密度と膜硬度,ラマンスペクトルの関係」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、摺動部材や工具などの耐摩耗部材に使用される薄膜炭素材料に関するもので、耐摩耗性に優れかつ耐剥離性にも優れる長寿命のDLC(Diamond-like-carbon)薄膜材料である。耐摩耗部材の長寿命は、ただ単に高硬度であるために相手材との摩擦摩耗量が少ないという特性だけではなく、微小な欠落や剥離などの大きな破壊が生じにくいなどの特性などが総合して達成できるものである。特に、DLC薄膜材料は、炭素ターゲットや炭化水素系ガス中炭素成分のC-C結合をダイヤモンド型結合に変換させる必要があることから、炭素をイオン化し、電圧で加速し、高エネルギーで基板に衝撃させることにより、ダイヤモンドライクな炭素膜が作製される。高エネルギー衝撃により、薄膜炭素材の高硬度化、高密度化が達成できるが、同時に薄膜に強い圧縮残留応力が残り、微小な欠落や膜剥離が生じやすくなる課題があった。
【0010】
DLC膜を含め機械部品や工具などに使用される薄膜の産業応用では、耐摩耗性を含めた高硬度特性が重要である。DLC膜を含め薄膜の硬度測定には、押し込み式硬度計が用いられている。押し込み式硬度計による硬さは、負荷荷重に対する押し込み深さ(くぼみの表面積)の関係で求められているため、従来のビッカース硬度(塑性変形を測定)などと異なり、塑性変形と弾性変形の和であり、変形抵抗を測定している。
【0011】
膜に残留応力が存在すれば、降伏強度は変化することから、硬さは残留応力により変化することが当然考えられる。残留応力は、前述のように高エネルギーで加速されたイオンの衝撃により生じる。一般的な窒化チタンなどのセラミック薄膜では、チタンなどの金属イオンは真空中50~100Vで加速され基板に衝突するが、DLC膜の場合には、100V~数kVで高速に基板に衝突させることで、膜の緻密化とダイヤモンド化も同時に進める。この高速衝撃による強い残留応力により、硬度測定時の変形抵抗が大きくなり、高硬度を示すと考えられる。
【0012】
一方、密度の観点からは、グラファイトの2.2g/cm3 に対し、ダイヤモンドは約3.5g/cm3 である。炭素材料のダイヤモンド化の指針として、硬度だけではなく膜密度がどれだけダイヤモンドに近いかもきわめて重要であり、膜の微小欠落や剥離の原因になる残留応力の影響を受けやすい膜硬度より、膜密度がより重要な因子と考えられる。しかし、現状では、膜の緻密化だけでなく、ダイヤモンド化を進めるために高エネルギーのイオン衝撃が必要とされており、DLC膜の長寿命化をさらに進めることができない状況である。
【0013】
本発明は、このような点に鑑みてなされたものであり、DLC膜のさらなる長寿命化を可能とするべく、耐摩耗性、耐剥離性に優れる薄膜炭素材料及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1の発明は、アルゴンガスクラスターイオン援用照射により形成された蒸着表面を有し、密度と押し込み式硬度計による硬度が、A(密度2.90g/cm3 、硬度45GPa)、B(密度2.90g/cm3 、硬度35GPa)、C(密度3.20g/cm3 、硬度55GPa)、D(密度3.20g/cm3 、硬度45GPa)の4点で囲まれる範囲の密度と硬度である膜厚50nm~1μmの含有水素量が1at%以下の炭素からなる薄膜炭素材料である。
【0015】
請求項2の発明は、ケイ素、クロム、タングステン、チタン及びおよびその炭化物のうち1種類または2種類以上からなる中間層膜を基材表面に形成し、中間層膜の表面に請求項1の炭素膜を形成したことを特徴とする薄膜炭素材料である。
【0016】
請求項3の発明は、請求項1または2の薄膜炭素材料の製造方法であって、アルゴンガスクラスターイオン援用照射により炭素膜を形成する際に、炭素原子数とアルゴン原子数の比を1:500~30000とし、且つ、アルゴンが原子1個当たり7~20eVに加速された条件下で形成することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
請求項1の薄膜炭素材料は、膜密度が高い割りに硬度は低いので、膜中の残留応力が低く、膜が壊れにくいので、耐剥離性に優れている。また、極めて平坦な表面を有しているので、摺動抵抗が低く、高密度による耐摩耗性と相俟って、摺動部材、耐摩耗部材としての寿命を長くすることができる効果がある。
【0018】
請求項2の発明によれば、中間層膜により炭素膜の接合強度を高めることができるから、耐剥離性をさらに高めることができる効果がある。また、中間層膜の形成もガスクラスターイオンビーム援用照射下で行えば、中間層膜の表面を基材の表面よりもさらに平坦化することも可能であり、これにより炭素膜の表面をさらに平坦化できるから、摺動抵抗がさらに低減されて、耐剥離性、耐摩耗性が改善され、より長寿命の薄膜炭素材料が得られるという効果がある。
【0019】
請求項3の発明によれば、製膜時のイオンエネルギーを低く抑えることにより、膜密度が高い割りに、膜中の残留応力を低く抑えることができる効果があり、長寿命の薄膜炭素材料を製造できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の薄膜炭素材料と従来の薄膜炭素材料の硬度と密度の関係を示す図である。
【
図2】耐久性評価のための摺動掻爬試験装置の全体構成を示す概略図である。
【
図3】耐久性評価のための摺動掻爬試験装置に用いた部品の外観を示す図である。
【
図4】掻爬試験結果として表面観察画像を示す図である。
【
図5】掻爬試験結果として接触針式表面粗さ計での断面曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の薄膜炭素材料は、
図1のA、B、C、Dの範囲に示すように、密度はダイヤモンドに最も近い最密度にもかかわらず、硬度は35GPa~55GPaと最高レベルの70GPaより20%以上低い値を持つ薄膜炭素材料である。これはアルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下で、炭素原子数とアルゴン原子数の比を1:500~30000とし、且つ、アルゴンが原子1個当たり7~20eVに加速された条件下で生成されるものであり、他の成膜方法(アーク式イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD法)にて作製したDLC膜の膜密度と膜硬度に比べると、高密度である割りには、低硬度となっている。
【0022】
機械部品や工具など耐摩耗性が求められる物質では、その硬度が注目される。膜厚が1μm前後の薄膜硬度の測定には、一般的に押し込み式硬度計(ナノインデンテーション方式)が用いられている。最も高硬度物質として知られるダイヤモンドの押し込み式硬度は90~100GPaである。一方、ダイヤモンドと同じ炭素材料では10GPa以下の硬度を示すグラファイトやアモルファスカーボン(ガラス状炭素・グラッシーカーボン)がある。DLC(Diamond-like-carbon)は、ダイヤモンドのC-C結合(SP3 混成軌道結合)とグラファイトなどのC-C結合(SP2 混成軌道結合)を合わせ持つ炭素材料で、大まかには両者のC-C結合量の比率に応して、10~80GPaの膜硬度を示す。一般的には、部品などの耐摩耗性と硬度が1対1に対応すると考えられることが多いが、特にDLC薄膜においては、硬度は変形抵抗を測定した物理数であり、耐摩耗性と一致すると考えることに無理がある。
【0023】
一方、炭素材料の密度は、アモルファスカーボンでは1.5g/cm3 、2次元的に密なC-C結合構造を持つグラファイトでは2.2g/cm3 であるのに対し、3次元的に密なC-C結合構造を持つダイヤモンドは3.5g/cm3 である。DLC(Diamond-like-carbon)薄膜の密度は、C-C結合比率に応じ2.0~3.2g/cm3 の範囲の値を示す。CVD法(化学蒸着法)やPVD法(物理蒸着法)により高品質な薄膜DLCを作製することは、高密度で高硬度な炭素材料、すなわち常温常圧では安定なグラファイトC-C結合を高エネルギーのダイヤモンドC-C結合に励起したDLCを作製することを意味する。
【0024】
通常のDLC膜作製法では、カーボンターゲットやメタンガスなどの炭素源中のC-C結合をダイヤモンド型に励起するために、炭素をイオン化あるいは雰囲気ガス中のアルゴンなど不活性ガスをイオン化し、かつ電気的に加速し、高エネルギーで基板に衝撃させる。このイオンエネルギーの大きさや量により密度や硬度が異なるDLCを作製することができる。しかし、通常のCVD法やPVD法によるイオンは、単原子であり、単原子から基板表面への衝突により膜を形成するためには、膨大な数のイオン衝撃が必要であり、到着した炭素原子が近接する炭素原子と結合して、ダイヤモンド型C-C結合を形成する必要がある。さらにより広い表面でダイヤモンド型C-C結合を集合させ、緻密なダイヤモンド型DLCを作製するために、さらに大きなエネルギーが必要である。このことから、通常のDLC膜作製法におけるイオンの衝撃エネルギーが、50~1000keVとダイヤモンドのC-C結合エネルギー7.2eVをはるかに超える高エネルギーであると考えられる。高エネルギー衝撃により、DLC膜の高硬度化、高密度化が達成できるが、同時に薄膜に強い圧縮残留応力が残る。強い圧縮応力は、押し込み式硬度測定が変形抵抗に基づく測定値であることから、硬度に強く影響を与え、測定値が高くなる。膜の圧縮応力の発生をできるだけ抑え、ダイヤモンド型C-C結合への励起を進めることが重要である。
【0025】
図1は、表面処理メーカー11社がそれぞれの製法で作製した18種類の試料について、DLC膜の膜密度と膜硬度を測定した結果を示している。膜密度はX線全反射法(X-ray Reflectometer)、膜硬度は押し込み式硬度計(ナノインデンター)にて測定されている。□印はCVD法、△印はArc法(アーク式イオンプレーティング法)、○印はSP法(スパッタリング法)の各種製法で作製された試料の測定結果である。低膜密度から高膜密度の試料まで、最小二乗法で近似した直線で示されるように、硬度と密度にかなり直線的な関係性があることが分かっている。しかし、これらの試料は過剰なイオン衝撃で作製されたために、膜に強い残留応力が形成され、膜密度に比較し硬度が高くなっていると考えられる。さらに強い圧縮残留応力の為、膜の破壊や剥離が生じやすくなり、機械部品や工具にこのようなDLC薄膜を適用すると、寿命はかえって短くなり、硬度と寿命が対応しない結果も生じる。
【0026】
DLC膜の残留応力を抑制し、緻密な高密度薄膜を形成するためには、炭素のみからなる炭素質材料の蒸着をアルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下で行い、かつアルゴンクラスターの加速エネルギーをダイヤモンド型C-C結合を安定的に形成できるエネルギー、具体的にはアルゴン原子1個当たり7~20eVと低レベルに制御することが必要である。さらに緻密な膜を形成するために、蒸着させる炭素材料の原子数と援用照射するアルゴン原子数の比を1:500~30000とするのが良い。この条件で成膜することにより、密度と押し込み式硬度計による硬度が、A(密度2.90g/cm3 、硬度45GPa)、B(密度2.90g/cm3 、硬度35GPa)、C(密度3.20g/cm3 、硬度55GPa)、D(密度3.20g/cm3 、硬度45GPa)で囲まれる範囲のDLC薄膜を作製することができる。この条件でのアルゴンクラスターサイズは、100~5000個が良く、500~2000個がより好ましい。
【0027】
本願発明のDLC膜厚は50nm~1μmが好ましい。1μmより膜厚が厚くなると膜に強い応力がかかる機械部品などの用途では、膜剥離などが生じやすくなる。本願発明のDLC膜は、残留応力が小さく、ダイヤモンドに近い密度を有し、またガスクラスターイオンビーム援用照射により、表面平坦性にも優れることから摩擦係数も小さい。このことから、100nm以下の薄い膜厚でも、優れた耐摩耗性と長寿命を発揮する。
【0028】
アルゴンガスクラスターイオン援用照射により形成された蒸着表面は、表面粗さ(Ra)が0.1μm以下の良好な平坦性を得られることが分かっており、例えば、特許文献1(段落0077~0079)によると、表面粗さ(Ra)が10nm以下とすることができ、より好ましくは、表面粗さ(Ra)が5nm以下とすることもできる。
【0029】
本願発明のDLC膜には、水素を含有しないことが望ましい。水素は炭素と容易に結合しC-H結合を形成しやすい。このC-H結合は、ダイヤモンドのC-C結合をクラスターイオンビーム援用照射により高めようとする目的に反するものである。このため、DLCの成膜は、高真空下で行い、水素を含有しない原料を使って作製することが好ましい。しかしながら、水素は真空炉内の壁に付着する水分子が分解して発生する。発生する水素が微量でも炭素は水素と容易に結合するので、DLC内部に取り込まれやすい。DLC中のC-H結合は、DLC密度を低下させる原因にもなる。DLC含有水素量は、1at%以下がよく、0.5at%以下がより好ましい。
【0030】
本願発明では、DLC薄膜と基板との接合強度を上げるために、ケイ素、クロム、タングステン、チタン及びおよびその炭化物のうち1種類または2種類以上からなる中間層膜を設けることができる。これら金属は、炭素と反応し炭化物を作りやすい。DLC薄膜と中間層との界面に炭素が拡散して極薄い拡散層を形成することも両者の接合強度を高める意味からも好ましい。中間層の膜厚は、特に限定しないが、DLC薄膜の膜厚以下が好ましい。
【0031】
以下、本発明の試験結果に基づき、本発明の実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん本発明は、以下の実施例に限定されるものでなく、様々な実施の形態をさらに具体的にとりうることは言うまでもない。
【実施例1】
【0032】
炭素質材料の蒸着をアルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下で行い、膜厚200nmのDLC薄膜をSi基板表面に作製した。表1に示すように、成膜条件は、アルゴン原子1個当たりの加速エネルギー、および炭素原子数とアルゴン原子数の比を変数として、本発明試料1~4と比較試料1~3を作製した。また、各試料について、押し込み式硬度計(ナノインデンター)により硬度を、膜密度はX線全反射法(X-ray Reflectometer)にて測定した。
【0033】
【0034】
本発明試料1~4はすべて、本発明範囲の硬度と密度を示した。比較試料1では、アルゴン原子数に対して炭素原子数が多いものの加速電圧がダイヤモンドのC-C結合エネルギー7.2eVよりも過剰に大きいために、膜内に大きな応力が残留して高硬度な被膜となったが、ダイヤモンドのC-C結合を破壊しながら膜成長したために密度が低下した。比較試料2では、ダイヤモンドのC-C結合エネルギー7.2eVよりも若干高めの加速電圧を加えたが、被膜形成に供給される炭素原子数に対してアルゴン原子数が少ないために、ダイヤモンドのC-C結合を形成するエネルギーが足りずにグラファイトC-C結合の状態となり、被膜を緻密化できずにポーラスな被膜として形成された。比較試料3では、アルゴン原子数に対して炭素原子数が少なく被膜形成されなかった。
【実施例2】
【0035】
チタン基板表面に、本発明2の条件でアルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下において600nm厚のDLC薄膜を作製し、本発明試料5とした。また、加速電圧100eVのアーク式イオンプレーティング法で300nm厚みのDLCと加速電圧1keVのCVD法で700nm厚みのDLCを用意し、それぞれ比較試料4および5とした。比較試料4は硬度72GPaで密度3.1g/cm
3 程度、比較試料5は硬度20GPaで密度2.1g/cm
3 程度の条件で作製された。各試料をステンレス製のスケーラーを使い3.9Nの力で掻爬試験を行った。
図2に掻爬試験装置を、
図3に掻爬試験方法を示す。
【0036】
(摺動掻爬評価試験)
試料表面の傷つき易さを評価するために、
図2に示す摺動掻爬試験装置により、本発明試料5と比較試料4、5の表面に歯科用スケーラーをF=3.9N(約400g重)の荷重で押し当て、20000回の繰り返し掻爬試験を行った。
図2において、1は試験装置、2はスケーラー、3はスケーラーを支持するための治具、4はスケーラー2を治具3に対して位置決め固定するための六角穴付きボルト、5は荷重負荷部品、6は治具3と荷重負荷部品5を結合するためのネジ、7は試験片である。スケーラー2の先端は荷重負荷部品5により所定の荷重Fで試験片7の表面に押し付けられている。この状態で、試験片7はスケーラー2に対して相対的に移動し、摺動掻爬試験が実施される。
【0037】
図3はスケーラー2の先端付近を示す説明図であり、
図2の荷重Fの方向から見た図である。先端の切れ刃稜の部分に荷重(3.9N)をかけて、図示された摺動掻爬方向に往復させることにより、試験片7の表面を引っ掻くものである。スケーラー2は、YDM株式会社製のグレイシースケーラー(Gキュレット ポイント式 #G7)、材質はSUS440C(HV≒640)を用いた。
【0038】
掻爬試験結果として
図4に表面観察画像、
図5に接触針式表面粗さ計での断面曲線を示す。
図4、
図5において、(a)は本発明試料5、(b)は比較試料4、(c)は比較試料5の試験結果を示している。アルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下で作製した本発明試料5では、20000回の繰り返し掻爬試験の後、浅い掻爬痕が観察できるが、断面曲線から被膜が損耗しているような形跡はない。掻爬痕は、使用したチタン基板の硬度がHV140と軟らかく基板が塑性変形したことによるものと考えられるため、本発明のDLCは膜破壊に対して十分な強度を示した。一方、アーク式イオンプレーティング法で作製した比較試料4は、20~50回の掻爬試験でDLC膜が大きく破壊したので、50回で試験を打ち切った。掻爬痕の断面曲線からも破壊は明らかであり、膜内の残留応力が大きいために、基板の塑性変形により膜破壊が起こり、早々にチタン表面が露出したと考えられる。また、プラズマCVD法で作製した比較試料5は、20000回の繰り返し掻爬試験に耐えることができたが、本発明品に比較し大きな摩耗痕を示した。掻爬痕の断面曲線が凹んでいることから被膜が損耗していることが伺え、スケーラーの切れ刃に微小なチタンの摩耗片が付着していることから微小な膜破壊が起こっていることは確実である。
【0039】
本発明によるアルゴンガスクラスターイオンビーム援用照射下で作製され多量のダイヤモンドC-C結合を含む高密度DLCは、残留圧縮応力が大きくなく、膜の剥離や破壊が生じにくく、低摩擦、高耐摩耗、長寿命が望まれる機械部品や工具部材などに活用できる。