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特許7582073マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置及び方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20241106BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20241106BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
G01N27/62 B
G01N21/64 F
H01J49/04 180
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021089812
(22)【出願日】2021-05-28
(65)【公開番号】P2022182314
(43)【公開日】2022-12-08
【審査請求日】2023-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小寺 慶
(72)【発明者】
【氏名】石田 宏樹
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-106293(JP,A)
【文献】特開2020-149853(JP,A)
【文献】特開2004-212206(JP,A)
【文献】特開2009-080106(JP,A)
【文献】特開2007-127653(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
G01N 27/60 - G01N 27/70
H01J 49/00 - H01J 49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の第1照明波長を含む光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で分析対象物を蛍光染色する蛍光染色工程と、
所定の第2照明波長を含む光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスを準備するマトリックス準備工程と、
記蛍光染色工程で蛍光染色された分析対象物と前記マトリックスを混合した試料をサンプルプレート上に作製する試料作製工程と、
前記試料に前記第1照明波長及び前記第2照明波長を含む照明光を照射する照明光照射工程と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定工程と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定工程と、
前記照射対象位置に前記レーザビームを照射するイオン化工程と
を有するマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析方法。
【請求項2】
所定の第1照明波長を含む光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2照明波長を含む光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製した試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1照明波長及び前記第2照明波長を含む照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備えるマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【請求項3】
さらに、前記蛍光強度分布測定部で測定された前記第1蛍光及び前記第2蛍光のいずれか一方又は両方の強度分布を画像表示する画像表示部を備える、請求項2に記載のマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【請求項4】
所定の第1照明波長を含む光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2照明波長を含む光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製した試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1照明波長及び前記第2照明波長を含む照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記蛍光強度分布測定部で測定された前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布を画像表示する画像表示部と、
前記画像表示部に表示された画像中において前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置をユーザに指定させるレーザビーム照射対象位置指定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備えるマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【請求項5】
前記画像表示部が、前記第1蛍光が第1基準強度以上であって且つ第2蛍光が第2基準強度以上である領域のみを表示する機能を有する、請求項3又は4に記載のマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【請求項6】
前記画像表示部が、前記第1蛍光が第1基準強度以上である領域、又は前記第2蛍光が第2基準強度以上である領域のみを表示する機能を有する、請求項3~5のいずれか1項に記載のマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【請求項7】
前記蛍光強度分布測定部が、
測定した領域内の各点における蛍光が有する赤色成分、緑色成分及び青色成分の成分毎の強度を求め、
前記各点毎の前記強度の測定値、並びに前記第1蛍光及び前記第2蛍光の各々における赤色成分、緑色成分及び青色成分の強度比に基づいて、該各点毎の該第1蛍光の強度及び該第2蛍光の強度を求める
ものである、請求項2~6のいずれか1項に記載のマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)質量分析装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MALDI法では、レーザ光を吸収し難い分析対象物やレーザ光で損傷を受け易い分析対象物(例えばタンパク質から成る物)を分析するために、分析対象物よりもレーザ光を吸収し易く且つイオン化し易いマトリックスと該分析対象物を混合した試料を作製し、この試料にレーザ光を照射することにより、試料中の分析対象物、マトリックス、及びレーザ光の相互作用によって該分析対象物をイオン化する。MALDI法は、分子量の大きな高分子化合物をあまり解離させることなく分析することができ、しかも感度が高く微量分析にも好適であることから、近年、生命科学などの分野で広く利用されている。
【0003】
MALDI法における試料は一般的に、マトリックスを含有する溶液と分析対象物を混合し、この混合液をサンプルプレートに付着させ、混合液を乾燥(混合液中の溶媒を気化)させることにより作製する。このように作製された試料において、分析対象物はサンプルプレート上に均一に存在するとは限らず、特定の位置に偏在している可能性がある。また、通常はマトリックスの量に対する試料の量が十分に少ないため、マトリックスと分析対象物が均一に近い状態で混合されていたとしても、混合物中に分析対象物が存在しない位置が有り得る。微生物等の生体そのものにマトリックスを塗布し、生体中に存在する分析対象物を測定する場合には、分析対象物の分布が生体組織によって定まるため、分析対象物が偏在することとなる。このように分析対象物が特定の位置に偏在している場合に感度或いは精度の高い分析を行うためには分析対象物が多く存在する位置(偏在位置)にレーザビームを照射する必要があるが、生体由来の分析対象物やそれをイオン化するのに適したマトリックスの多くは無色透明に近いため、そのような位置は特定し難い。
【0004】
そこで特許文献1に記載の発明では、特定の波長・波長域(吸収波長域)の光(例えば紫外光)を吸収してその光とは異なる波長の光(例えば可視光)を放射する物質(すなわち、蛍光物質)をマトリックスとして用い、乾燥後の試料全体を覆うような範囲に、当該吸収波長域を含む波長範囲(照明波長域)の光を照射する。そして、マトリックスから放射される光をカメラ等で検出することにより、マトリックス(ひいては分析対象物)の偏在位置を検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-036100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の発明では、マトリックスと分析対象物が同様に偏在することを前提としている。しかし、実際には必ずしもそうではなく、例えば前記混合液を乾燥させる際に分析対象物とマトリックスが分離することにより、それらが別々に偏在することがある。そのような場合、特許文献1に記載の発明では分析対象物に対する高感度・高精度の測定を行うことができない。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、分析対象物とマトリックスを混合した試料において分析対象物の分析を高感度・高精度に行うことができるMALDI質量分析装置及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析方法は、
所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で分析対象物を蛍光染色する蛍光染色工程と、
所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスを準備するマトリックス準備工程と、
記蛍光染色工程で蛍光染色された分析対象物と前記マトリックスを混合した試料をサンプルプレート上に作製する試料作製工程と、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照明光照射工程と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定工程と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定工程と、
前記照射対象位置に前記レーザビームを照射するイオン化工程と
を有する。
【0009】
本発明に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製した試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備える。
【0010】
本発明に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置の他の態様のものは、所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製した試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記蛍光強度分布測定部で測定された前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布を画像表示する画像表示部と、
前記画像表示部に表示された画像中において前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置をユーザに指定させるレーザビーム照射対象位置指定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、第1蛍光を発する蛍光材料(蛍光塗料、蛍光染料等)で蛍光染色した分析対象物と第2蛍光を発するマトリックスを混合することにより得られた試料に照明光を照射することにより、試料中の分析対象物及びマトリックスから互いに波長が異なる第1蛍光及び第2蛍光が発せられる。これら第1蛍光及び第2蛍光の強度分布はそれぞれ分析対象物の濃度及びマトリックスの濃度に対応しているため、これらの強度分布に基づいて照射対象位置を定めることにより、高感度・高精度の測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係るMALDI質量分析装置の一実施形態であるMALDI-TOFMSの概略構成図。
図2】本発明に係るMALDI質量分析方法の一実施形態を示すフローチャート。
図3】本実施形態のMALDI-TOFMSにおいて表示部に表示される画像の一例を示す図。
図4】本実施形態のMALDI-TOFMSにおいて表示部に重複領域のみを表示した例を示す図。
図5】本実施形態のMALDI-TOFMSにおいて表示部に表示される画像の別の例を示す図。
図6A】本実施形態のMALDI-TOFMSにおいて表示部に分析対象物対応領域のみを表示した例を示す図。
図6B】本実施形態のMALDI-TOFMSにおいて表示部にマトリックス対応領域のみを表示した例を示す図。
図7】変形例のMALDI-TOFMSにおける照射光源及びその周囲の構成を示す概略図。
図8】他の変形例のMALDI-TOFMSにおける制御部及びそれに接続される構成要素の一部を示す概略構成図。
図9】変形例のMALDI-TOFMSにおいて表示部に表示される画像の一例を示す図。
図10】さらに他の変形例のMALDI-TOFMSにおける制御部及びそれに接続される構成要素の一部を示す概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1図10を用いて、本発明に係るMALDI質量分析方法及び装置の実施形態を説明する。
【0014】
(1) 本実施形態のMALDI質量分析装置の構成
図1に、本発明に係るMALDI質量分析装置の一実施形態であるMALDI飛行時間型質量分析装置(MALDI-TOFMS)1を示す。
【0015】
MALDI-TOFMS1は、内部が真空ポンプ101により真空排気されるチャンバ10を備え、このチャンバ10内に、試料ステージ(前記試料ホルダに相当)11と、ステージ駆動部12と、引出電極131と、加速電極132と、フライトチューブ17と、イオン検出器18とを備える。ステージ駆動部12と後述のステージ駆動制御部23と合わせたものが前記照射位置移動部に相当する。試料は平面視で円形のウェルが多数設けられたサンプルプレート51の各ウェル上に作製される。このサンプルプレート51を試料ステージ11に載置(保持)する。
【0016】
試料ステージ11はステージ駆動部12により、図1に示すX軸及びY軸の2軸方向にそれぞれ移動可能である。引出電極131は、後述のように生成されるイオンをZ軸方向の正方向に引き出し、加速電極132は引出電極131によって引き出されたイオンをZ軸方向の正方向に加速させるものである。フライトチューブ17は内部にZ軸方向の飛行空間を有し、イオンがこの飛行空間内を飛行する間に該イオンをイオン質量電荷比に応じて分離するものである。イオン検出器18はフライトチューブ17を通過したイオンが到達する位置に設けられており、質量電荷比の相違によって時間的にずれて到達したイオンを検出する。なお、図1ではリニア型のフライトチューブ17を示したが、リフレクトロン型のフライトチューブを用いてもよい。さらには、飛行時間型以外の質量分析器を用いてもよい。
【0017】
MALDI-TOFMS1はさらに、チャンバ10外に、レーザ光源14と、紫外光LED(前記照射光源に相当)15と、カメラ(前記蛍光強度分布測定部に相当)16とを備える。また、チャンバ10の壁には第1窓141及び第2窓161が設けられている。レーザ光源14はそれが発するレーザビームが第1窓141を通過する位置に、カメラ16は第2窓161を通過した可視光(第1蛍光及び第2蛍光)が入射する位置に、それぞれ配置されている。
【0018】
レーザ光源14と第1窓141の間には、レーザ光源14が発するレーザビームの光路上に進入及び該光路上から退出可能な可動鏡151が設けられている。可動鏡151は、レーザビームの光路上に配置されているときに、背面(光を反射しない面)がレーザ光源14を向き、該背面の反対側に設けられた反射面がレーザビームの光路に対して傾斜した方向を向いている。従って、レーザ光源14が発するレーザビームは、可動鏡151がレーザビームの光路上から退出しているときに第1窓141に入射し、可動鏡151が該光路上に配置されているときには第1窓141には入射しない。
【0019】
紫外光LED15は、可動鏡151が前記レーザビームの光路上に配置されているときに、該紫外光LED15が発する照明光(紫外光)が該可動鏡151に反射して第1窓141に入射する位置に配置されている。可動鏡151が該光路上から退出しているときには該照明光は第1窓141に入射しない。この照明光は、第1吸収波長域の少なくとも一部及び第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する光である。第1吸収波長域及び第2吸収波長域については、試料(分析対象物とマトリックスを混合したもの)の説明と共に後述する。
【0020】
さらに、チャンバ10内には、第1窓141を通過したレーザビーム又は照明光を反射して試料ステージ11上の試料に照射する第1固定鏡142と、試料ステージ11上の試料が発する可視光(前記第1蛍光及び前記第2蛍光に相当)を反射して第2窓161に入射させる第2固定鏡162が配置されている。
【0021】
紫外光LED15と可動鏡151の間には、紫外光LED15が発する照明光のうち照明波長域を含む所定の波長帯域の光のみを通過させるバンドバスフィルタ153が設けられている。また、第2窓161とカメラ16の間には、紫外光(前記照明光を含む)を遮断して可視光(第1蛍光及び第2蛍光を含む)を通過させるUVカットフィルタ163が設けられている。
【0022】
MALDI-TOFMS1はさらに制御部20を有する。制御部20は、画像データ受信部21と、レーザビーム照射対象位置特定部22と、ステージ駆動制御部23と、表示制御部24と、分析制御部25とを備える。制御部20は、CPUやメモリ等のハードウエア、及び各種制御を実行するソフトウエアにより具現化されている。
【0023】
レーザビーム照射対象位置特定部22及び表示制御部24には蛍光データ記憶部26が接続されている。表示制御部24には表示部(ディスプレイ)27が接続されている。また、制御部20には、入力部28が接続されている。入力部28には、キーボード、マウス、表示部27を構成するタッチパネル等を用いることができる。
【0024】
画像データ受信部21は、カメラ16で撮影された画像の画像データ、具体的には画素毎にカメラ16が受光した光の赤色(R)成分、緑色(G)成分、及び青色(B)成分の強度のデータを受信するものである。レーザビーム照射対象位置特定部22は、これら画像データに基づいて後述の方法により、試料ステージ11上の試料のうちレーザビームを照射する照射対象位置を特定するものである。ステージ駆動制御部23は、試料ステージ11上の、レーザ光源14が発するレーザビームが照射される位置に試料の照射対象位置が配置されるように試料ステージ11を移動させるべく、ステージ駆動部12を制御するものである。表示制御部24は、画像データ受信部21が受信した画像データに基づいて、後述のように画像を表示部27に表示する制御を行うものである。分析制御部25は、MALDI質量分析を実行するために、レーザ光源14、紫外光LED15、可動鏡151、ステージ駆動制御部23、イオン検出器18等を制御するものである。蛍光データ記憶部26には、各種蛍光材料の発光波長(又は周波数、波数)が記憶されている。
【0025】
(2) 本実施形態のMALDI質量分析装置の動作、及び本実施形態のMALDI質量分析方法
以下、本実施形態のMALDI-TOFMS1の動作を説明しつつ、本発明に係るMALDI質量分析方法の一実施形態を説明する。
【0026】
まず、以下の方法により、分析対象物とマトリックスを混合した試料を作製する。
【0027】
分析対象物は、マトリックスと混合する前に、蛍光材料を用いて蛍光染色する(ステップ1:蛍光染色工程)。ここで分析対象物としては、タンパク質、ペプチド、糖鎖、核酸等の生体高分子が挙げられる。微生物に含まれる生体高分子を分析対象物とする場合には、微生物自体を蛍光染色してもよい。そのような蛍光材料は、所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより、第1発光波長を有する第1蛍光を発する材料(以下、分析対象物を蛍光染色する蛍光材料を「第1蛍光材料」とする)であって、分析対象物に応じて公知のものを選択することができる。例えば、微生物に含まれる生体高分子を分析対象物とする場合には、第1蛍光材料にはアクリジンオレンジ(第1吸収波長域:260nmを含む波長域、第1発光波長:青色~赤色の間の可視光域の波長(染色体小の分析対象物によって異なる))用いることができる。また、核酸を分析対象物とする場合には、第1蛍光材料にはSMOBIO社製 FluoroStain DNA蛍光染色色素(第1吸収波長域:220~550nm、第1発光波長:480~640nmの範囲内の波長)等を用いることができる。
【0028】
また、所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより、第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスを準備する(ステップ2:マトリックス準備工程)。第2蛍光を発するマトリックスには、マトリックスを構成する物質そのものに第2蛍光を発する蛍光材料を用いてもよいし、第2蛍光を発する蛍光材料ではないマトリックスを、第2蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色したものを用いてもよい(以下、第2蛍光を発する蛍光材料を「第2蛍光材料」とする)。第2蛍光材料には、CHCA(alpha-Cyano-4-hydroxycinnamic Acid、第2吸収波長域:300~400nm、第2発光波長:400~490nm)、DHB(2,5-Dihydroxybenzoic Acid、第2吸収波長域:300~400nm、第2発光波長:400~435nm)等を用いることができる。
【0029】
なお、蛍光染色工程とマトリックス準備工程は、いずれを先に行ってもよいし、両者を同時並行で行ってもよい。
【0030】
次に、蛍光染色工程で蛍光染色した分析対象物とマトリックス準備工程で準備したマトリックスを溶媒中で混合する。そしてこの混合物をサンプルプレート51に設けられたウェルのうちの1つに滴下したうえで、溶媒を蒸発させる(混合物を乾燥させる)、いわゆる液滴乾燥(dried-droplet)法により、分析対象物とマトリックスを混合した試料を作製する(ステップ3、試料作製工程)。なお、前述のように、サンプルプレート51には多数のウェルが設けられているため、多数の分析対象物についてそれぞれ、上記と同様の方法で混合物を作製したうえで、分析対象物毎に異なるウェルに混合物を滴下して試料を作製することができる。また、液滴乾燥法の代わりに、薄膜法やサンドウィッチ法等の方法を用いて試料を作製してもよい。
【0031】
このようにウェル内に試料を作製したサンプルプレート51を試料ステージ11に保持させ、真空ポンプ101でチャンバ10内を真空排気する。そのうえで、サンプルプレート51中のウェルのうちの1つが後記照明範囲内に配置されるように、ステージ駆動制御部23が試料ステージ11を移動させる。続いて、可動鏡151をレーザビームの光路上に配置し、紫外光LED15から第1吸収波長域の少なくとも一部及び第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を発する。これにより、照明光は、バンドバスフィルタ153を通過し、可動鏡151で反射し、第1窓141を通過し、第1固定鏡142で反射し、試料ステージ11上のサンプルプレート51の一部の範囲(前記照明範囲)に到達する。これにより、照明範囲内に配置されたウェル内の試料に照明光が照射される(ステップ4、照明光照射工程)。
【0032】
このように照明光が照射された試料は、分析対象物を蛍光染色した蛍光材料による第1蛍光と、マトリックス(又はマトリックスを蛍光染色した蛍光材料)による第2蛍光を発する。これら第1蛍光及び第2蛍光は、第2固定鏡162で反射し、第2窓161及びUVカットフィルタ163を通過し、カメラ16に入射する。これにより、カメラ16は、画素毎の第1蛍光及び第2蛍光の検出強度(強度分布)のデータを取得する(ステップ5、蛍光強度分布測定工程)。
【0033】
ここで、照明光の一部は試料で反射してUVカットフィルタ163まで到達するが、UVカットフィルタ163で遮断されるため、カメラ16には到達しない。また、紫外光LED15が発する光には紫外光の他に、第1発光波長や第2発光波長に近い可視光が混合されている場合があるが、紫外光LED15と試料ステージ11の間にバンドバスフィルタ153を設けることにより、そのような可視光が試料で反射(さらにUVカットフィルタ163を通過)してカメラ16に到達することもない。これらのフィルタの作用により、不要な光がカメラ16に入射することが抑えられるため、第1蛍光及び第2蛍光の強度を高精度に得ることができる。なお、バンドバスフィルタ153とUVカットフィルタ163は、いずれか一方のみ設けた場合や、両者を省略した場合も本発明に含まれる。
【0034】
カメラ16で得られたデータは、画像データ受信部21に送信され、さらに画像データ受信部21からレーザビーム照射対象位置特定部22及び表示制御部24に送信される。
【0035】
レーザビーム照射対象位置特定部22は、得られた画像データ、すなわち第1蛍光及び第2蛍光のサンプルプレート51上における強度分布から、所定の基準に基づいて、分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を自動的に特定する(ステップ6、レーザビーム照射対象位置特定工程)。ここで第1蛍光及び第2蛍光の強度分布は、レーザビーム照射対象位置特定部22が、蛍光データ記憶部26から第1発光波長及び第2発光波長を取得し、画像データからそれらの波長の光の強度を抽出することにより行う。蛍光データ記憶部26に記憶された各種蛍光材料と第1蛍光材料及び第2蛍光材料との対応は、操作者が入力部28を用いて入力することによって設定してもよいし、レーザビーム照射対象位置特定部22が蛍光データ記憶部26に記憶された蛍光材料のデータから、画像データが示す色に最も近い色を呈する波長を有するものを抽出することによって設定してもよい。
【0036】
照射対象位置の基準は、例えば、第1蛍光の強度が所定の第1基準強度以上であって、且つ、第2蛍光の強度が所定の第2基準強度以上である位置とすることができる。この場合には、それらの値を適宜定めることにより、当該位置には分析対象物とマトリックスの双方が所定の量以上存在することとなるため、レーザビームの照射によって分析対象物を十分にイオン化することができる。あるは、第1蛍光の強度が所定の第1強度以上であって、且つ第1蛍光の強度と第2蛍光の強度の比が所定の範囲内である位置としてもよい。この場合には、それらの値を適宜定めることにより、当該位置には分析対象物が所定の量以上存在すると共に、分析対象物の量に対するマトリックスが適切な範囲内の量で存在することとなるため、レーザビームの照射によって分析対象物を十分にイオン化することができる。
【0037】
次に、表示制御部24は、第1蛍光及び第2蛍光の強度分布を示す画像30を表示部27に表示させる(ステップ7、画像表示工程)。図3に、表示部27に表示される画像30の一例を示す。この画像30では、平面形状が円形であるウェルに対応する円31を表示すると共に、円31内に、第1蛍光が第1基準強度以上である領域(分析対象物対応領域321)を第1の色(例えば赤色)で、第2蛍光が第2基準強度以上である領域(マトリックス対応領域322)を第2の色(例えば青色)で、それぞれ表示する。第1蛍光が第1基準強度以上であって且つ第2蛍光が第2基準強度以上である領域(重複領域33)は、第1の色と第2の色を混合した色(例えば紫色)で表してもよいし、それ以外の第1の色及び第2の色とは異なる色で表してもよい。また、重複領域33を分析対象物対応領域321及びマトリックス対応領域322の重複領域33の部分よりも強い光の強度で表示してもよい。画像表示に関するその他の例は後述する。
【0038】
表示制御部24はさらに、レーザビーム照射対象位置特定部22で特定した照射対象位置を画像30中で示す印34を表示する。
【0039】
レーザビーム照射対象位置特定工程(ステップ6)と画像表示工程(ステップ7)の順番は入れ替えてもよい。また、本実施形態の装置において表示制御部24及び表示部27を省略すると共に、本実施形態の方法において画像表示工程(ステップ7)を省略してもよい。
【0040】
レーザビーム照射対象位置特定工程(及び画像表示工程)の終了後、ステージ駆動制御部23は、レーザ光源14から照射されるレーザビームが照射される位置に照射対象位置が配置されるように、試料ステージ11を移動させる(ステップ8、レーザビーム照射対象位置特定工程)。
【0041】
その後、可動鏡151をレーザビームの光路上から退出させ、レーザ光源14からレーザビームを照射対象位置に照射することにより、分析対象物、マトリックス、及びレーザ光の相互作用によって該分析対象物をイオン化する(ステップ9、イオン化工程)。そして、分析対象物のイオンに対して質量分析を行う(ステップ10、質量分析工程)。質量分析の方法は従来のMALDIにおけるものと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0042】
以上の操作により、1つのウェル上の試料中の分析対象物に対する分析が終了する。複数のウェルにそれぞれ試料を作製した場合には、ステージ駆動制御部によって次に分析を行う試料が収容されたウェルが照明範囲内に配置されるようにステージ駆動制御部23が試料ステージ11を移動させ、ステップ4~10を行う、という操作を繰り返し、全ての試料に対する操作が終了したときに一連の分析が完了する。
【0043】
(3) 画像表示工程における画像表示の例
以下、画像表示工程に関して、(2)で述べた点以外の表示部27に画像を表示する際の動作の例、及び画像の例を説明する。
【0044】
上記の例では、第1蛍光が第1基準強度以上である領域と、第2蛍光が第1基準強度以上である領域をそれぞれ異なる色で表示したが、そのためには、カメラ16で得られた強度のデータから、第1蛍光の強度と第2蛍光の強度を区別して抽出しなければならない。その際に、第1蛍光と第2蛍光の色相が十分に異なる(例えば赤色と青色)場合には比較的容易に区別することができるが、両者の色調が近い場合には、以下の方法で両者を区別することができる。
【0045】
まず、第1蛍光に含まれる赤色成分、緑色成分、及び青色成分の強度比R1:G1:B1、並びに、第2蛍光に含まれる赤色成分、緑色成分、及び青色成分の強度比R2:G2:B2、を予備実験等により求めておく。カメラ16で得られた画像中の各点では、第1蛍光及び第2蛍光がそれぞれ、分析対象物及びマトリックスの濃度に依存した強度I1及びI2で発光していると考えられる。そのため、それら各点における光の赤色成分の強度Rp、緑色成分Gp、及び青色成分Bp
【数1】
で表される。この数式は、強度I1及びI2を変数とする3つの式から成る連立方程式であるため、これら3つの式のうちの2つを用いて強度I1及びI2を求めることができる。あるいは、これら3つの式から最小二乗法を用いて強度I1及びI2を求めてもよい。
【0046】
以上のように、画像中の各点における第1蛍光の強度I1及び第2蛍光の強度I2が得られ、これらの強度に基づいて図3に示した画像を表示することができる。
【0047】
表示部27に表示する画像は、図3に示すものには限られない。例えば、図4に示すように、円31内に重複領域33のみを表示するように表示制御部24が制御を行ってもよい。また、図5に示すように、第1蛍光及び第2蛍光の強度を複数の段階に階調化して表示してもよい。このような階調表示を行う場合において、分析対象物対応領域321とマトリックス対応領域322が重複した領域のうち、第1蛍光及び第2蛍光の強度がそれぞれ所定の階調以上である領域331を強調して表示してもよい。あるいは、第1蛍光及び第2蛍光の強度を示す段階の数を十分に多くし、それらの強度に応じて色を連続的に変化させて表示してもよい。
【0048】
また、ユーザが分析対象物の分布、又はマトリックスの分布を容易に理解できるように、分析対象物対応領域321のみ(図6A)、又はマトリックス対応領域322のみ(図6B)を表示するように表示制御部24が制御を行ってもよい。
【0049】
なお、図3の例では表示部27に表示する画像中に、レーザビームの照射対象位置を示す印34を示したが、この印34は省略してもよい。
【0050】
これら様々なバリエーションの図からユーザに入力部28を用いて適宜選択させ、選択した図を表示部27に表示するようにしてもよい。
【0051】
(4) 変形例
本発明は上記実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。
【0052】
例えば、上記実施形態のMALDI-TOFMS1で用いた紫外光LED15のように第1吸収波長域の少なくとも一部と第2吸収波長域の少なくとも一部の双方を含む光を発する照射光源を用いる代わりに、図7に示すように、第1吸収波長域の少なくとも一部を含む光を発する第1照射光源1501と第2吸収波長域の少なくとも一部を含む光を発する第2照射光源1502を組み合わせた照射光源150を用いてもよい。その場合、第1照射光源1501と第2照射光源1502を同時に点灯してもよいし、時間差をもって点灯(一方を点灯した後に当該一方を消灯したうえで他方を点灯)してもよい。特に、第1発光波長と第2発光波長が近く、両者を区別し難い場合には、第1照射光源1501と第2照射光源1502を時間差をもって点灯することが好ましい。前者の場合には、第1照射光源1501からの光路上にハーフミラー154を設け、該ハーフミラー154に、第2照射光源1502からの光を反射させることにより、それら2つの光を合わせて第1窓141に入射させることができる(ここで第1照射光源1501と第2照射光源1502を入れ替えてもよい)。後者の場合には、ハーフミラー154の代わりに可動鏡151と同様の可動鏡を用いることができる。
【0053】
上記実施形態ではステージ駆動部12で試料ステージ11を移動させることによってレーザビームの照射位置を移動させたが、その代わりに、レーザ光源14の位置や角度、あるいは第1固定鏡142の位置や角度を変更することによってレーザビームの照射位置を移動させてもよい。
【0054】
また、図8に示す変形例のMALDI-TOFMSでは、上記実施形態のMALDI-TOFMS1における制御部20の代わりに、以下に述べる制御部201を備える。制御部201は、上記制御部20が有するレーザビーム照射対象位置特定部22の代わりに、レーザビーム照射対象位置指定部221を有する。蛍光データ記憶部26は表示制御部24にのみ接続される。入力部28は上記実施形態のMALDI-TOFMS1と同様に制御部20に接続されているが、特に、後述のようにレーザビーム照射対象位置指定部221に照射対象位置を指定させる際に用いられる。これら制御部20の構成、並びに制御部20への蛍光データ記憶部26及び入力部28の接続を除いて、この変形例のMALDI-TOFMSの構成は上記実施形態のMALDI-TOFMS1の構成と同様であるため、図8では制御部201、蛍光データ記憶部26及び入力部28のみを示す。
【0055】
この変形例のMALDI-TOFMSでは、上記実施形態のMALDI-TOFMS1の動作のうちレーザビーム照射対象位置特定工程は、画像表示工程の後に実行される。このレーザビーム照射対象位置特定工程では、表示制御部24が、図3に示した画像30中にさらに、ポインタ35を表示し(図9)、ユーザが入力部28(例えばマウス)を操作することにより画像30内でポインタ35を移動させたうえで所定の操作(例えばマウスのボタンをクリック)することで試料上の位置を指定することにより、レーザビーム照射対象位置特定部22が当該位置を照射対象位置に指定する。MALDI-TOFMS1のように照射対象位置を自動的に特定する(ステップ6)ことは、この変形例では行わない。
【0056】
図10に示す、変形例のMALDI-TOFMSが備える制御部202は、上記実施形態のMALDI-TOFMS1における制御部20の各構成要素に加えて、基準波長データ取得部29を有する。制御部202以外の当該変形例のMALDI-TOFMSの構成は、上記実施形態のMALDI-TOFMS1と同様である(そのため、図10には制御部202のみを示す)。この変形例では、分析対象の試料を分析する前に、分析対象物を第1蛍光材料で染色した試料のみ、又は照射光の照射によって第2蛍光を発するマトリックスのみに対して紫外光LED15から照射光を照射し、試料が発する第1蛍光又は第2蛍光をカメラ16で撮影する。そして、基準波長データ取得部29は、それら試料が発する第1蛍光又は第2蛍光の波長を測定し、得られた波長を第1発光波長又は第2発光波長として蛍光データ記憶部26に記憶する。このように得られた第1発光波長や第2発光波長を用いて、実際の分析対象物とマトリックスを混合した試料に対する分析を行う。
【0057】
さらには、ここまでに述べた各実施形態及び変形例の構成要素を適宜組み合わせて用いてもよい。例えば、上記実施形態のMALDI-TOFMS1にレーザビーム照射対象位置指定部221を付加し(レーザビーム照射対象位置特定部22とレーザビーム照射対象位置指定部221の双方を設け)、レーザビーム照射対象位置特定部22によって照射対象位置を自動的に特定するか、レーザビーム照射対象位置指定部221によってユーザが照射対象位置を指定するかを選択できるようにしてもよい。
【0058】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0059】
(第1項)
第1項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析方法は、
所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で分析対象物を蛍光染色する蛍光染色工程と、
所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスを準備するマトリックス準備工程と、
記蛍光染色工程で蛍光染色された分析対象物と前記マトリックスを混合した試料をサンプルプレート上に作製する試料作製工程と、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照明光照射工程と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定工程と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定工程と、
前記照射対象位置に前記レーザビームを照射するイオン化工程と
を有する。
【0060】
(第2項)
第2項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製した試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布に基づいて、前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を特定するレーザビーム照射対象位置特定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備える。
【0061】
(第4項)
第4項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、所定の第1吸収波長域に含まれる光を照射することにより第1発光波長を有する第1蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色した分析対象物と、所定の第2吸収波長域に含まれる光を照射することにより前記第1発光波長とは異なる第2発光波長を有する第2蛍光を発するマトリックスとを混合することによってサンプルプレート上に作製試料を用いて該分析対象物の分析を行う装置であって、
前記サンプルプレートを保持する試料ホルダと、
前記試料に前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照射光源と、
前記照明光が照射された試料が発する前記第1蛍光及び前記第2蛍光の前記サンプルプレート上における強度分布を測定する蛍光強度分布測定部と、
前記蛍光強度分布測定部で測定された前記第1蛍光及び前記第2蛍光の強度分布を画像表示する画像表示部と、
前記画像表示部に表示された画像中において前記分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置をユーザに指定させるレーザビーム照射対象位置指定部と、
前記レーザビームを発するレーザ光源と、
前記レーザ光源が発する前記レーザビームの照射位置を前記照射対象位置に移動させる照射位置移動部と
を備える。
【0062】
第1項に係る方法並びに第2項及び第4項に係る装置によれば、第1蛍光を発する蛍光材料(蛍光塗料、蛍光染料等)で蛍光染色した分析対象物と第2蛍光を発するマトリックスを混合することにより得られた試料に照明光を照射することにより、試料中の分析対象物及びマトリックスから互いに波長が異なる第1蛍光及び第2蛍光が発せられる。これら第1蛍光及び第2蛍光の強度分布はそれぞれ分析対象物の濃度及びマトリックスの濃度に対応しているため、これらの強度分布に基づいて照射対象位置を定めることにより、高感度・高精度の測定を行うことができる。
【0063】
なお、「前記第1吸収波長域の少なくとも一部及び前記第2吸収波長域の少なくとも一部を含む照明波長域を有する照明光を照射する照射光源」は、第1吸収波長域の少なくとも一部と第2吸収波長域の少なくとも一部の双方を含む光を発する1つの光源を用いてもよいし、第1吸収波長域の少なくとも一部を有する光を発する第1の光源と第2吸収波長域の少なくとも一部を有する光を発する第2の光源を組み合わせて用いてもよい。後者の場合、第1の光源と第2の光源は同時に発光させてもよいし、時間をずらして発光させてもよい。
【0064】
「第2蛍光を発するマトリックス」には、マトリックスを構成する物質そのものに第2蛍光を発する蛍光材料を用いてもよいし、第2蛍光を発する蛍光材料ではないマトリックスを、第2蛍光を発する蛍光材料で蛍光染色したものを用いてもよい。
【0065】
第1蛍光及び/又は第2蛍光の強度分布は、連続的な数値で求めてもよいし、複数のステップ(離散的な数値)で求めてもよい。あるいは、第1蛍光及び/又は第2蛍光を検出した/検出しないという2値でそれら蛍光の強度を求めてもよい。
【0066】
第1項に係る方法において、蛍光染色工程とマトリックス準備工程は、いずれを先に行ってもよいし、両者を同時並行で行ってもよい。
【0067】
第2項及び第4項に係る装置における照射位置移動部は、試料ホルダを移動させるものであってもよいし、レーザ光源の位置やレーザ光源から発するレーザビームの角度を変更するものであってもよく、さらにはそれらを組み合わせたものであってもよい。
【0068】
第2項に係る装置では、レーザビーム照射対象位置特定部が、第1蛍光及び第2蛍光の強度分布に基づいて、分析対象物をイオン化させるレーザビームを照射する照射対象位置を自動的に特定する。それに対して第4項に係る装置では、第1蛍光及び第2蛍光の強度分布の画像を画像表示部に表示させたうえで、該画像に基づいて、レーザビーム照射対象位置指定部を用いてレーザビームの照射対象位置をユーザに指定させる。いずれにせよ、第1蛍光及び第2蛍光の強度分布に基づいて照射対象位置を定めることができる。
【0069】
(第3項)
第3項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、第2項に係る装置においてさらに、前記蛍光強度分布測定部で測定された前記第1蛍光及び前記第2蛍光のいずれか一方又は両方の強度分布を画像表示する画像表示部を備える。
【0070】
第3項に係る装置によれば、第1蛍光及び第2蛍光のいずれか一方又は両方の強度分布を画像表示することにより、ユーザが試料中の分析対象物及びマトリックスのいずれか一方又は両方の濃度分布を容易に知ることができる。
【0071】
第3項又は第4項に係る装置において、第1蛍光及び/又は第2蛍光の強度分布は、画像表示部に表示させる色の色相、彩度及び明度のいずれか1つ又は複数の相違により示すことができる。あるいは、等高線を用いて当該強度分布を示してもよい。また、当該強度分布は連続的な値の変化で示してもよいし、強度値を複数のステップ(前記等高線による表示が該当)で示してもよい。さらには、強度値が所定値未満のところを「0」、所定値以上のところを「1」とする2値で表してもよい。
【0072】
(第5項)
第5項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、第3項又は第4項に係る装置において、前記画像表示部が、前記第1蛍光が第1基準強度以上であって且つ第2蛍光が第2基準強度以上である領域のみを表示する機能を有する。
【0073】
第5項に係る装置によれば、第1蛍光を発する分析対象物と第2蛍光を発するマトリックスが共に所定量以上存在する領域のみが表示されるため、レーザビームを照射するのに適した領域をユーザが容易に把握することができる。
【0074】
(第6項)
第6項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、第3項~第5項のいずれか1項に係る装置において、前記画像表示部が、前記第1蛍光が第1基準強度以上である領域、又は前記第2蛍光が第2基準強度以上である領域のみを表示する機能を有する。
【0075】
第6項に係る装置によれば、第1蛍光を発する分析対象物が所定量以上存在する存在する領域、又は第2蛍光を発するマトリックスが共に所定量以上存在する領域をユーザが容易に把握することができる。
【0076】
(第7項)
第7項に係るマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置は、第2項~第6項のいずれか1項に係る装置において、
前記蛍光強度分布測定部が、
測定した領域内の各点における蛍光が有する赤色成分、緑色成分及び青色成分の成分毎の強度を求め、
前記各点毎の前記強度の測定値、並びに前記第1蛍光及び前記第2蛍光の各々における赤色成分、緑色成分及び青色成分の強度比に基づいて、該各点毎の該第1蛍光の強度及び該第2蛍光の強度を求める
ものである。
【0077】
第7項に係る装置によれば、測定した領域内の各点毎に、強度の測定値から求められる赤色成分、緑色成分及び青色成分の成分毎の強度と、前記第1蛍光及び前記第2蛍光の各々における赤色成分、緑色成分及び青色成分の強度比に基づいて、各点毎の蛍光の強度を第1蛍光による強度と第2蛍光による強度に分けて求めることができるため、分析対象物及びマトリックスの分布を確実に得ることができる。
【0078】
前記第1蛍光及び前記第2蛍光の各々における赤色成分、緑色成分及び青色成分の強度比の値は、別途予備実験等で取得したうえで記憶部に記憶させておいてもよいし、本発明に係る装置を用いて第1蛍光を発する物質のみ又は第2蛍光を発する物質のみを測定することによって取得してもよい。
【符号の説明】
【0079】
1…TOFMS
10…チャンバ
101…真空ポンプ
11…試料ステージ
12…ステージ駆動部
131…引出電極
132…加速電極
14…レーザ光源
141…第1窓
142…第1固定鏡
15…紫外光LED(照射光源)
150…照射光源
1501…第1照射光源
1502…第2照射光源
151…可動鏡
153…バンドバスフィルタ
154…ハーフミラー
16…カメラ
161…第2窓
162…第2固定鏡
163…UVカットフィルタ
17…フライトチューブ
18…イオン検出器
20、201、202…制御部
21…画像データ受信部
22…レーザビーム照射対象位置特定部
221…レーザビーム照射対象位置指定部
23…ステージ駆動制御部
24…表示制御部
25…分析制御部
26…蛍光データ記憶部
27…表示部
28…入力部
29…基準波長データ取得部
30…画像
31…円
321…分析対象物対応領域
322…マトリックス対応領域
33…重複領域
331…第1蛍光及び第2蛍光の強度がそれぞれ所定の階調以上である領域
34…照射対象位置を示す印
35…ポインタ
51…サンプルプレート
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10