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特許7582183回折素子の製造方法及び撮像装置の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】回折素子の製造方法及び撮像装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/18 20060101AFI20241106BHJP
   G01J 3/18 20060101ALI20241106BHJP
   G01J 3/36 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
G02B5/18
G01J3/18
G01J3/36
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021522227
(86)(22)【出願日】2020-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2020019576
(87)【国際公開番号】W WO2020241334
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2019103137
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002185
【氏名又は名称】ソニーグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】庄 沱
(72)【発明者】
【氏名】トロール グンター
(72)【発明者】
【氏名】ガトー アレクサンダー
【審査官】小西 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-326860(JP,A)
【文献】国際公開第2013/046257(WO,A1)
【文献】特開2011-224916(JP,A)
【文献】特開2004-077957(JP,A)
【文献】特開2016-090576(JP,A)
【文献】特開2006-304036(JP,A)
【文献】特開2015-215970(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0293018(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/18
G02B 5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の格子パターンを備える回折素子の製造方法であって、
前記回折素子は、当該回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に対応する波長ごと回折光の結像位置の重複を低減又は回避するための回折素子であり、
前記第1の格子パターンは、前記回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に応じた格子パターンを当該位置に持ち、
デカルト座標系で設計された第2の格子パターンを、極座標系に変換し、当該極座標系上で所定の角度分回転させて、再度デカルト座標系に変換することで、前記第1の格子パターンを生成することを含む、
回折素子の製造方法。
【請求項2】
前記第1の格子パターンは、格子間隔および格子角度から構成される、請求項1に記載の回折素子の製造方法
【請求項3】
前記第1の格子パターンは、複数の凸部と複数の凹部とが配列する凹凸パターン又は複数の開口が配列する開口パターンである、請求項2に記載の回折素子の製造方法
【請求項4】
前記格子間隔は、隣り合う前記凸部又は前記凹部の間の間隔、又は、前記開口の幅若しくは径である、請求項3に記載の回折素子の製造方法
【請求項5】
前記格子角度は、前記凸部及び前記凹部の配列方向、又は、前記開口の配列方向である、請求項3又は4に記載の回折素子の製造方法
【請求項6】
前記第1の格子パターンは、螺旋形状を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の回折素子の製造方法
【請求項7】
前記第1の格子パターンは、凸部及び凹部又は開口が一方向に配列する前記第2の格子パターンから生成される、請求項1~6のいずれか1項に記載の回折素子の製造方法
【請求項8】
前記第1の格子パターンは、凸部が格子状に配列する前記第2の格子パターンから生成される、請求項1~6のいずれか1項に記載の回折素子の製造方法
【請求項9】
前記第2の格子パターンの前記凸部の先端は、丸みを帯びている請求項8に記載の回折素子の製造方法
【請求項10】
第1の格子パターンを備える回折素子と、
前記回折素子が受光面側に配置された固体撮像装置と、
を備える撮像装置の製造方法であって、
前記回折素子は、当該回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に対応する波長ごと回折光の結像位置の重複を低減又は回避するための回折素子であり、
前記第1の格子パターンは、前記回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に応じた格子パターンを当該位置に持ち、
デカルト座標系で設計された第2の格子パターンを、極座標系に変換し、当該極座標系上で所定の角度分回転させて、再度デカルト座標系に変換することで、前記第1の格子パターンを生成することを含む、
撮像装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、回折素子及び撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、物体の組成解析手法として分光計測手法が知られている。分光計測手法とは、物体からの放射光あるいは反射光あるいは透過光を解析することで、その物体の組成(元素、分子構造など)を解析する手法である。
【0003】
物体からの放射光や反射光あるいは透過光の光波長成分は、物体の組成により異なる。そこで、この波長成分を解析することで、物体の組成を解析することができる。一般に、波長ごとの分量を示すデータを波長スペクトルと呼び、波長スペクトルを計測する処理を分光計測処理と呼ぶ。
【0004】
物体の表面の各点の組成を解析するためには、物体の空間情報と波長情報との対応データを取得することが必要となる。物体の空間情報と波長情報との対応データを1回の処理、すなわち分光計測装置による1回の撮影処理のみで、物体の空間情報と波長情報との対応データを取得する方式としてスナップショット方式が知られている。スナップショット方式を適用した分光計測装置は、複数のレンズやスリット(視野絞り)、分光素子等からなる光学系とセンサの組み合わせによって構成される。分光計測装置の空間分解能や波長分解能は、これらの光学系やセンサの構成によって決定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-90576号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Habel, R., Kudenov, M., Wimmer, M.: Practical spectral photography. Computer Graphics Forum (Proceedings EUROGRAPHICS 2012) 31(2), 449-458 (2012)
【文献】Tebow, Christopher P.; Dereniak, Eustace L.; Garrood, Dennis; Dorschner, Terry A.; Volin, Curtis E.: Tunable snapshot imaging spectrometer. Proceedings of the SPIE, Volume 5159, p. 64-72 (2004)
【文献】Dwight JG, Tkaczyk TS.: Lenslet array tunable snapshot imaging spectrometer (LATIS) for hyperspectral fluorescence microscopy. Biomed Opt Express. 2017;8:1950-64
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、分光計測装置に一般的に使用されるプリズムや回折格子などの分光素子は、入射した光をその波長に従って1軸又は2軸方向に分散する。一方で、分光像を撮像するためのイメージセンサの撮像領域は、通常、矩形の領域である。これは、イメージセンサには分光像が入射されない撮像領域が多く存在していることを意味している。
【0008】
このように、従来の一般的な分光素子では、分光計測装置などに用いられるイメージセンサの撮像領域を効率的に使用することが困難であった。
【0009】
そこで本開示では、イメージセンサの撮像領域をより効率的に使用することを可能にする回折素子及び撮像装置を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本開示に係る一形態の回折素子は、格子パターンを備える回折素子であって、前記回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に応じて、前記位置の格子パターンの形状を調節することにより、波長ごとの前記位置に対応する回折光の結像位置を調節する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】光の種類と波長の関係について説明する図である。
図2】発光物体の分光計測例について説明する図である。
図3】ある食品の出力光の分光解析結果であるスペクトル強度解析結果の一例を示す図である。
図4】分光素子であるプリズムについて説明する図である。
図5】分光素子である解説格子について説明する図である。
図6】計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータであるデータキューブの例について説明する図である。
図7】点計測方式(スペクトロメータ)の分光計測装置の概略構成例を示す図である。
図8】点計測方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
図9】波長スキャン方式の分光計測装置の概略構成例を示す図である。
図10】波長スキャン方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
図11】空間スキャン方式の分光計測装置の概略構成例を示す図である。
図12】空間スキャン方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
図13】スナップショット方式の分光計測装置の概略構成例を示す図である。
図14】スナップショット方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
図15】スナップショット方式の分光計測装置の変形例を示す図である。
図16】スナップショット方式におけるデータキューブ復元方法を説明するための図である。
図17】スリット型の回折格子による分光の原理を説明するための図である。
図18】格子型の回折格子で分光された光の像の一例を示す図である。
図19】入射光の波長と回折角度との関係を示す図である。
図20】スナップショット方式の課題を説明するための図である(その1)。
図21】スナップショット方式の課題を説明するための図である(その2)。
図22】格子間隔を制御することで波長分解能と空間分解能とを調節する方法における第1の課題を説明するための図である。
図23】格子間隔を制御することで波長分解能と空間分解能とを調節する方法における第2の課題を説明するための図である。
図24】基本的な回折格子と第1の実施形態に係る回折格子との一例を示す上視図である。
図25図24の左図に示す回折格子を用いて撮影された画像データと、図24の右図に示す第1の実施形態に係る回折格子を用いて撮影された画像データとの一例を示す図である。
図26図24の左図に示す回折格子の設計方法を説明するための図である。
図27】第1の実施形態に係る回折格子の設計方法を説明するための図である。
図28】第1の実施形態に係る回折格子の設計手順を示すフローチャートである。
図29図28のステップS101に示す手順の具体例を説明するための図である。
図30図28のステップS102に示す手順の具体例を説明するための図である。
図31図28のステップS103に示す手順の具体例を説明するための図である。
図32図28のステップS104に示す手順の具体例を説明するための図である。
図33図24の左図に示す回折格子と回折像との関係を示す図である。
図34】第1の実施形態に係る回折格子と回折像との関係を示す図である。
図35】シミュレーションにおいて入射光として使用する光のデータキューブを示す図である。
図36図24の左図に示す回折格子を用いた場合の波長スペクトル復元結果を示す図である。
図37】第1の実施形態に係る回折格子を用いた場合の波長スペクトル復元結果を示す図である。
図38】第2の実施形態においてベースとする回折格子の一例(CHECKERパターン例)を示す平面図である。
図39図38に示す回折格子をベースとして生成される第2の実施形態の第1のバリエーション例に係る回折格子を示す平面図である。
図40】第2の実施形態においてベースとする回折格子の他の一例(COSINEパターン例)を示す平面図である。
図41図40に示す回折格子をベースとして生成される第2の実施形態の第2のバリエーション例に係る回折格子を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本開示の一実施形態について図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の実施形態において、同一の部位には同一の符号を付することにより重複する説明を省略する。
【0013】
また、以下に示す項目順序に従って本開示を説明する。
1.分光計測装置(システム)の概要について
2.スナップショット方式の課題について
3.第1の実施形態
3.1 回折格子の概要
3.2 回折格子の設計
3.3 より具体的な設計手順
3.4 回折格子と回折像との関係
3.5 シミュレーション結果
3.6 作用・効果
4.第2の実施形態
4.1 第1のバリエーション
4.2 第2のバリエーション
【0014】
1.分光計測装置(システム)の概要について
まず、分光計測装置(システム)の概要について説明する。光は、例えば、赤外光(infrared radiation)、可視光(visible light)、紫外線(Ultraviolet)などが知られているが、これらの光は電磁波の一種であり、図1に示すように光の種類によって異なる波長(振動周期)を持っている。
【0015】
可視光(visible light)の波長は約400nm~700nmの範囲であり、赤外光(infrared radiation)は、可視光(visible light)より波長が長く、一方、紫外線(Ultraviolet)は可視光(visible light)より波長が短いという特性を持つ。
【0016】
前述したように、物体からの放射光や反射光あるいは透過光は、物体の組成(元素、分子構造など)により光波長成分が異なり、この波長成分を解析することで物体の組成を解析することが可能となる。一般に、波長ごとの分量を示すデータを波長スペクトルと呼び、波長スペクトルを計測する処理を分光計測処理と呼ぶ。
【0017】
図2は、発光物体の分光計測例を示す図である。図2には、太陽、電灯、ネオン、水素、水銀、ナトリウムから出力される光が、可視光の波長範囲(約400nm~700nm)のどの波長の光であるかを示している。出力のある領域が白っぽく表示され、出力の無い領域が黒く示されている。図2は、太陽光、電灯や熱せられた各種物質からの出力光を分光計測した結果である。
【0018】
図2に示すように、太陽、電灯、ネオン、水素、水銀、ナトリウム、これらの各物体は、それぞれの物体固有の波長光を出力する。すなわち、物体が不明であっても、その物体からの光に含まれる波長成分を解析することで、その物体の組成を解析することが可能となる。
【0019】
例えば、ある加工食品の組成が不明である場合、その食品の出力光(放射光や反射光あるいは透過光)を解析することで、その食品を構成している物質を解析することが可能となる。図3は、ある食品の出力光の分光解析結果であるスペクトル強度解析結果の一例を示す図である。この食品からは2種類の異なるスペクトル解析結果が得られている。
【0020】
このスペクトル強度解析結果と、予め様々な物質について解析済みのスペクトル強度解析結果データとを比較することで、物質Aと物質Bが何であるかを判定することが可能となり、食品の組成を解析することができる。
【0021】
上述のように、分光計測ができれば、計測対象物に関する様々な情報を取得することが可能となる。しかし、集光レンズとセンサを有する一般的なカメラでは、センサの各画素にすべての波長が入り混じった光が入射してしまうため、各波長単位の強度を解析することが困難となる。
【0022】
そこで、分光計測の観測系には、カメラに飛び込んでくる光から各波長の光を分離するための分光素子(分光デバイス)が設けられる。
【0023】
最も一般的に知られている分光素子としては、図4に示すプリズム901がある。プリズム901に対して入射する光、すなわち入射光に含まれる様々な波長の光は、入射光の波長と、入射角度と、プリズム901の形状に対応した出射角でプリズム901から出射される。分光計測の観測系にはこのプリズム901のような分光素子が設けられ、波長単位の光をセンサで個別に受光可能とした構成を持つ。
【0024】
なお、屈折率nのプリズムによる分光において、プリズムによる光の進行方向の変化を示す式は、以下の式(1)で示すことができる。
【数1】
【0025】
なお、上記式(1)の各パラメータは、以下の通りである。
α:プリズムの頂角
θ:プリズム入射面に対する入射角
θ:プリズム出射面に対する出射角
φ:プリズム入射面の屈折角
φ:プリズム出射面の屈折角
δ:偏角(入射光と出射光との角度)
【0026】
ここで、スネルの法則(sinθ=nsinΦ)に従うと、上記式(1)は下記の式(2)のように書き換えることができる。
【数2】
【0027】
なお、上記式(2)において、nはプリズムの屈折率であり、屈折率nは波長に依存する。また、φはプリズム入射面の屈折角であり、プリズムの屈折率nとプリズム入射面に対する入射角θとに依存する。よって、偏角(入射光と出射光との角度)δは、入射角θと波長に依存する。
【0028】
また、図5に示すように、光の波としての性質を利用した回折格子902による分光も可能である。回折格子902による光線の出射角(回折角度)βは以下の式(3)で示すことができる。
【数3】
なお、上記式(3)において、dは格子間隔、αは入射角、βは出射角、mは回折次数である。
【0029】
しかし、物体のある一点からの光の波長情報を解析したとしても、その一点の組成を解析することしかできない。すなわち、物体の表面の各点の組成を一回の観測により解析するためには、表面の各点からの光を全て解析することが必要となる。
【0030】
計測対象物の表面の各点の組成を解析するためには、計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータを一回の観測で取得することが必要となる。図6は、計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータ、すなわちデータキューブの例を示している。
【0031】
図6に示すように、データキューブは、計測対象物の空間方向(XY)と、波長方向(λ)の3次元からなるデータであり、計測対象物の表面の各点の座標がXY座標で示され、各座標位置(x,y)の各波長光の強度(λ)が記録されたデータである。図6に例示するデータキューブは、8×8×8の立方体データから構成されており、1つの立方体Dが、特定の位置(x,y)の特定波長(λ)の光強度を示すデータである。
【0032】
なお、図6に示す立方体の数8×8×8は一例であり、分光計測装置の空間分解能や、波長分解能に応じてこの数は変動することになる。
【0033】
つづいて、図6に示すようなデータキューブ、すなわち、計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)との3次元からなるデータを取得する既存の分光計測装置の例について説明する。
【0034】
計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元データを取得する既存の分光計測装置は、下記の4種類に分類される。
(a)点計測方式(スペクトロメータ)
(b)波長スキャン方式
(c)空間スキャン方式
(d)スナップショット方式
以下、これらの各方式の概要について説明する。
【0035】
(a)点計測方式(スペクトロメータ)
図7は、点計測方式(スペクトロメータ)の分光計測装置の概略構成例を示す図であり、図8は、点計測方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
【0036】
図7に示すように、点計測方式の分光計測装置は、光源911と、スリット912と、プリズム913と、リニアセンサ914とを備え、計測対象900の1点から出た光を、分光素子であるプリズム913で分光し、その分散光を1方向にのみ素子が配置されているリニアセンサ914に投影する構成を備える。このような構成により、異なる波長光がリニアセンサ914上の異なる素子(画素)に記録される。
【0037】
点計測方式では、リニアセンサ914の各素子(画素)の値を読み取れることで、波長スペクトルが取得される。この点計測方式の特徴は、波長分解能がリニアセンサ914の素子サイズ(画素数)に依存することであり、素子の数(画素数)を増やせば増やすほど細かい波長情報を取得可能となることである。
【0038】
しかし、点計測方式では、1回の撮影処理で、計測対象900の1点から出た光を受光して解析する。したがって、図8に示すように、1回の撮影処理では、計測対象900の空間方向(XY)のある一点のみの波長情報(λ)しか得ることができない。そのため、計測対象900の空間方向(XY)の様々な点の波長情報(λ)を得るためには、計測位置をずらしながら多数回の撮影と解析とを行う必要がある。
【0039】
(b)波長スキャン方式
図9は、波長スキャン方式の分光計測装置の概略構成例を示す図であり、図10は、波長スキャン方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
【0040】
図9に示すように、波長スキャン方式の分光計測装置は、波長フィルタアレイ921とエリアセンサ(2次元イメージセンサ)923とを備え、エリアセンサ923の前に配置された異なる波長通過特性を持つ複数の光学フィルタ922を時間ごとに切り替えて撮影する。
【0041】
このような手順によれば、図10に示すように、1回の撮影で複数の空間位置に対応する1つの波長の強度情報を取得することが可能である。そして、光学フィルタ922を切り替えて撮影することで、複数の異なる波長の強度情報を取得することが可能である。
【0042】
ただし、高い波長分解能を実現するには、大量の異なる光学フィルタ922を用意し、それらを切り替えて撮影する必要があるので、計測時間が長くなるという問題がある。また、光学フィルタ922の特性により、取得できない波長帯域が存在するという課題も存在する。
【0043】
(c)空間スキャン方式
図11は、空間スキャン方式の分光計測装置の概略構成例を示す図であり、図12は、空間スキャン方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
【0044】
図11に示すように、空間スキャン方式の分光計測装置は、対物レンズ931と、スリット932と、コリメートレンズ933と、分光素子934と、結像レンズ935と、エリアセンサ936とを備え、分光素子(プリズム、回折格子など)934によって分光された計測対象900からの光に対して、空間の1方向をエリアセンサのX方向に、波長方向をエリアセンサのY方向に記録する。さらに、図12に示すように、分光計測装置を計測対象900に対して残りの1方向に走査(スキャン)する。この処理により、先に図6を参照して説明したデータキューブ、すなわち、計測対象900の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータキューブを取得することができる。
【0045】
この空間スキャン方式では高い空間分解能と波長分解能を実現できるが、スキャンするのに大型な装置が必要なうえ、スキャン処理時間が必要で計測時間が長くなるという課題が存在する。
【0046】
(d)スナップショット方式
図13は、スナップショット方式の分光計測装置の概略構成例を示す図であり、図14は、スナップショット方式の分光計測装置を用いて1回の撮影処理で取得されるデータの一例を示す図である。
【0047】
図13に示すように、スナップショット方式は、対物レンズ941と、スリット942と、コリメートレンズ943と、回折格子型分光素子(以下、単に回折格子という)944と、結像レンズ945と、エリアセンサ946とを備え、計測対象900からの光を対物レンズ941で集光し、さらにコリメートレンズ943で平行光に変換し、回折格子944を透過させてエリアセンサ946の受光面上に投影する構成である。なお、受光面とは、イメージセンサ(固体撮像装置ともいう)におけるフォトダイオードなどの光電変換部が配列された面であってよい。
【0048】
このような構成により、計測対象900上の異なる点からの異なる波長成分の光がエリアセンサ946の受光面における異なる素子(画素)に記録される。
【0049】
このスナップショット方式は、1回の撮影で、図6を参照して説明したデータキューブ、すなわち、図14に示すような計測対象900の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータキューブを取得することができる。
【0050】
ただし、エリアセンサ946の受光面積は有限であり、また波長方向の情報が受光面上で重なり合って記録されるため、撮影後は信号処理によってデータキューブを復元する処理が必要となる。
【0051】
また、信号処理に用いられる各種係数は光学系の性能と連動しているため、光学系を固定、すなわち、センサと光学系との位置関係を固定して使用する必要があり、応用目的に合わせて波長と空間分解能とを調整することが困難であるという課題が存在する。
【0052】
なお、図13に示すスナップショット方式の応用例として、図15に例示するような、エリアセンサ946の受光面上に異なる透過帯域を持つ光学フィルタ947を空間的に配置することでデータキューブを取得する構成も提案されている。しかし、受光面積は有限であって、光学フィルタ947をエリアセンサ946の受光面上に装着することが必要となるため、光学フィルタ947の装着によりエリアセンサ946の空間分解能が低下するという問題がある。
【0053】
図7図14を参照して、計測対象物の空間方向(XY)と波長方向(λ)の3次元からなるデータを取得する既存の分光計測装置の例、すなわち、(a)点計測方式(スペクトロメータ)、(b)波長スキャン方式、(c)空間スキャン方式、(d)スナップショット方式、これら4種類の方式について説明した。
【0054】
これら4方式の中でも特に図13及び図14を参照して説明した(d)スナップショット方式は1回の撮影でデータキューブを取得できるため、利用価値が高い。
【0055】
さらに、波長分解能の調整が困難という課題を解決するには、センサとフィルタとが一体化されているセンサ構成よりも、既存の光学系に後から組み込むことのできる回折格子を用いた構成の方が好適である。
【0056】
そこで本開示では、回折格子を用いたスナップショット方式の分光計測装置であって、例えば、計算トモグラフィ撮像分光計(CTIS:Computed Tomography Imaging Spectrometer)を利用した分光計測装置について、以下に幾つか例を挙げて説明する。
【0057】
2.スナップショット方式の課題について
ここで、スナップショット方式におけるデータキューブの復元方法について、図16を用いて説明する。図16では、格子状の回折格子944(図13参照)を備えるスナップショット方式の分光計測装置940で計測対象900を撮像した場合を例示する。
【0058】
図16に示すように、回折格子944を備える分光計測装置940で計測対象900を撮像(S901)した場合、その撮像画像951では、中央に位置する0次光の回折像を中心として、その上下左右方向と斜め方向との計8方向に、±1次以上の回折像が映し出されている。
【0059】
このような撮像画像951に対し、予め準備しておいた変調行列Hを用いるバイナリ行列演算処理を施すことで、データキューブgを復元することが可能である。具体的には、取得された撮像画像951を以下の式(4)に代入することで、データキューブgを復元することができる。なお、式(4)において、x、y及びλは撮像画像951(若しくは分光計測装置940の画素アレイ部)における画素のx座標、y座標及び波長λを示し、f(x,y,λ)は撮像画像951における画素(x,y,λ)の画素値を示している。
【数4】
【0060】
式(4)の解は、例えば、以下の式(5)を用いたEM(expectation-maximization)アルゴリズムによる最適化を利用することで求めることができる(S902)。それにより、水平面をXY座標系とし、縦方向を波長軸としたデータキューブ(g)952を得ることができる。なお、グラフ953は、データキューブ952における(x,y)画素の波長スペクトルを示している。
【数5】
【0061】
このようなスナップショット方式を適用した分光計測装置では、回折像を取得するイメージセンサのサイズ上の制約から、空間分解能と波長分解能との間でトレードオフの関係が発生してしまう。例えば、波長分解能を上げるために分散角を大きくして分散光の広がりを大きくした場合には、回折像の広がりも大きくなるため、広範囲の撮影ができず、空間分解能が低下してしまう。一方で、空間分解能を上げるために分散角を小さくした場合には、異なる波長の回折像の重なりが大きくなるため、波長分解能が低下してしまう。さらに、回折像が小さくなることによってイメージセンサの1つの画素に入射する分散光の波長範囲が大きくなることも、波長分解能を低下させる要因となる。
【0062】
これを、より具体的に説明する。図17は、スリット型の回折格子による分光の原理を説明するための図である。図18は、格子型の回折格子で分光された光の像の一例を示す図である。図19は、入射光の波長と回折角度との関係を示す図である。
【0063】
図17に示すように、回折格子に入射した光(平面波とする)は、2つのスリットを通過して、球面波としてスクリーンに到達する。その際、一方のスリットを通過した光と他方のスリットを通過した光とには、光路長の差が生じる。そのため、スクリーンに転写された入射光の像には、光路長の差と入射光の波長λとスリットの間隔(格子間隔P)とに依存したパターンの光の濃淡(光強度の強弱)が発生する。
【0064】
これを、格子状の回折格子に応用すると、図18の左図に示すように、回折格子に入射した入射光は、その波長λと、回折格子の格子間隔Pとに依存して、上述した式(3)で求まる異なる回折角度βで回折をする。なお、式(3)において、mは次数である。その結果、図18の右図に示すように、回折格子を通過した光の像(回折像)は、0次光を中心として、その周囲に、±1次光、±2次光、…が配列した像となる。
【0065】
これは、格子間隔Pを固定した場合、波長λと回折角度βとの関係が、図19のような線形の関係になることを意味している。なお、図19において、直線P1、P2及びP3は、格子間隔P1、P2及びP3に対応し、格子間隔P1、P2及びP3は、P1<P2<P3の関係にある。
【0066】
このような関係から、格子間隔Pを小さくすると、回折角度βが大きくなる。それにより、図20に例示するように、撮像画像960中の回折像961の広がりが大きくなるため、波長分解能を高めることが可能となる。一方で、格子間隔Pを大きくすると、回折角度βが小さくなる。それにより、図21に例示するように、撮像画像960中の回折像962の広がりが小さくなるため、より広い範囲の撮像が可能となり、空間分解能を高めることが可能となる。
【0067】
しかしながら、単に格子間隔を制御することで波長分解能と空間分解能とを調節する方法では、以下のような課題が発生する。
【0068】
図22は、第1の課題を説明するための図である。図22に示すように、格子間隔Pを小さくすると、回折角度βが観測されるすべての波長において大きくなる。そのため、回折像971の範囲が広がるものの、エリアセンサのセンササイズなどの設定によっては、回折像971がエリアセンサの観測可能範囲970から突出てしまい、正確な測定ができないという事象が発生し易くなる。これは、つまり計測したい波長範囲と波長分解能とは、お互いトレードオフの関係にあることを意味する。
【0069】
また、図23は、第2の課題を説明するための図である。図23に示すように、格子間隔Pを大きくすると、回折像全体の広がりが小さくなるため、空間分解能を高めることが可能となるが、その一方で、各波長の回折像981~985の重畳部分が増加するため、波長分解能が低下してしまう。これは、空間分解能と波長分解能とは、お互いトレードオフの関係にあることを意味する。なお、図23では、理解のため、回折像981~985を横方向に微小にずらしているが、実際には縦方向に揃っていてよい。
【0070】
このように、従来の回折格子を用いたスナップショット方式の分光計測装置では、空間分解能と波長分解能とがトレードオフの関係にあるため、空間分解能を維持しつつ、高い波長分解能を実現することが困難であった。
【0071】
そこで以下の実施形態では、新たな回折素子を提案することにより、これまでの回折素子では測定に用いられていなかったセンサ上の素子を有効活用し、以て、観測可能波長範囲や空間分解能との間のトレードオフ関係を軽減することを可能にする。
【0072】
3.第1の実施形態
つづいて、第1の実施形態に係る回折素子及び撮像装置について、図面を参照して詳細に説明する。なお、第1の実施形態では、上述において図13図14及び図16を用いて説明した回折格子を用いたスナップショット方式の分光計測装置をベースとしている。ただし、これに限定されず、回折格子を分光素子として使用する種々の光学装置に対して、本実施形態を適用することが可能である。
【0073】
3.1 回折格子の概要
図24は、基本的な回折格子と第1の実施形態に係る回折格子との一例を示す上視図である。図25は、図24の左図に示す回折格子を用いて撮影された画像データと、図24の右図に示す第1の実施形態に係る回折格子を用いて撮影された画像データとの一例を示す図である。なお、本説明では、従来の回折格子944として、格子パターンが1軸方向(図面中、上下方向)に配列した回折格子を例に挙げる。格子パターンとは、回折格子における凸部と凹部とのパターン、又は、開口パターンであってよい。
【0074】
第1の実施形態では、例えば、図24に示すように、従来、スナップショット方式の分光計測装置における回折格子型分光素子(図13参照)として使用されていた回折格子944が、回折格子944の格子パターンを極座標系に変換することで生成された格子パターンを備える回折格子100に置き換えられる。
【0075】
図24の左図に示すような従来の回折格子944では、図25の左図に示すように、±1次光の回折像9R(+1)、9B(+1)、9R(-1)、9B(-1)が0次光の回折像9RB0と同様に矩形の像となっている。そのため、各次数において異なる波長の回折像が互いに重畳してしまい、波長分解能が低下してしまう。
【0076】
それに対し、本実施形態のように、回折格子100の格子パターンを極座標系の格子パターンとすることで、格子パターンの格子間隔及び配列方向(格子角度ともいう)のうちの少なくとも1つを、この格子パターンが設けられた面上の位置に応じて変化させることが可能となる。
【0077】
格子パターンとは、例えば、複数の凸部と複数の凹部とが配列する凹凸パターン、又は、複数の開口が配列する開口パターンであってよい。また、格子間隔とは、隣り合う凸部又は凹部の間の間隔、又は、開口の幅若しくは径であってよい。さらに、配列方向とは、凸部及び凹部の配列方向、又は、開口の配列方向であってよい。
【0078】
このような構成とすることで、図25の左図に示すように、従来の回折格子944では、格子パターンの配列方向(図面中、上下方向)に応じた方向に配列するように出現していた回折像9RB0、9R(+1)、9B(+1)、9R(-1)、9B(-1)を、図25の右図に示すように、回折格子100の中心に相当する画像の中心を軸として螺旋状に渦を巻くような細長い回折像1RB0、1R(+1)、1B(+1)、1R(-1)、1B(-1)に変換することができる。
【0079】
なお、図25の説明においては、入射光として、赤色の成分(R)と青色の成分(B)とを含む光を用いたとする。また、図25において、回折像9RB0及び1RB0は、R及びBの0次光の回折像を示し、回折像9R(+1)及び1R(+1)は、Rの+1次光の回折像を示し、回折像9B(+1)及び1B(+1)は、Bの+1次光の回折像を示し、回折像9R(-1)及び1R(-1)は、Rの-1次光の回折像を示し、回折像9B(-1)及び1B(-1)は、Bの-1次光の回折像を示している。
【0080】
このように、±1次光以上の次数の回折像1R(+1)、1B(+1)、1R(-1)、1B(-1)を渦を巻くような回折像とすることで、エリアセンサ946の受光面における、例えば図24の左図に示すような従来の回折格子944では使用されていなかった領域に、回折像1R(+1)、1B(+1)、1R(-1)、1B(-1)を入射させることが可能となる。
【0081】
それにより、異なる波長の回折像の重畳を低減又は解消することが可能となるため、波長分解能を高めることが可能となる。
【0082】
また、格子間隔を小さくしたとしても、回折像が1軸方向ではなく回転方向へ広がり、回折像の受光面からのはみ出しが低減されるため、より空間分解能を高めるように、格子間隔を小さくすることが可能となる。
【0083】
このように、本実施形態では、回折格子100の格子パターンを極座標系の格子パターンとすることで、イメージセンサの撮像領域をより効率的に使用して、波長分解能と空間分解能との両方を同時に向上することが可能となる。
【0084】
3.2 回折格子の設計
つづいて、本実施形態に係る回折格子100の設計方法について、以下に説明する。なお、以下の説明では、図24の左図に例示した回折格子944から同図の右図に例示した回折格子100の設計について具体例を上げるが、これに限定されず、種々の回折格子をベースに本実施形態に係る極座標系の回折工事を設計することが可能である。
【0085】
図26は、図24の左図に示す回折格子の設計方法を説明するための図である。図27は、第1の実施形態に係る回折格子の設計方法を説明するための図である。なお、以下の説明では、凸部の凹部底面からの高さをzとする。
【0086】
図24の左図に示すような、凹部と凸部とがY方向に交互に配列された回折格子944の設計では、図26に示すように、例えば、回折格子944の左上を原点Oとした直交座標系(XY座標系又はデカルト座標系ともいう)を採用し、この座標系の中で1つまたは複数の方向に対して以下の式(6)に示す計算を実施することで、回折格子944が設計される。
【数6】
【0087】
なお、式(6)において、pは格子間隔であり、tは凸部(格子ともいう)の高さである。
【0088】
これに対し、第1の実施形態では、図27に示すように、回折格子100の中心を原点Oとし、原点Oからの距離をr、水平方向からの回転角度をφとするような極座標系を利用する。そして、この極座標系の中で以下の式(7)に示す計算を実施することで、回折格子100が設計される。
【数7】
【0089】
なお、式(7)において、μは格子パターンの回転角度を制御するパラメータである。
【0090】
このような設計によって、図24の左図に示すデカルト座標系の回折格子944を、同図の右図に示す極座標系の回折格子100に変換することが可能となる。それにより、図26の右図に示すような回折像の画像データ9(図25の左図に対応)を、図27の右図に示すような回折像の画像データ1(図25の右図に対応)に変換することが可能となる。
【0091】
3.3 より具体的な設計手順
本実施形態に係る回折格子のより具体的な設計手順について、以下に説明する。図28は、第1の実施形態に係る回折格子の設計手順を示すフローチャートである。図29図32は、図28に示す各手順の具体例を説明するための図である。
【0092】
図28に示すように、回折格子100の設計では、まず、デカルト座標系で回折格子101(例えば、回折格子944に相当)を設計する(ステップS101)。より具体的には、図29に示すように、図26を用いて説明した設計方法と同様の方法により、デカルト座標系を用いて、回折格子101を設計する。ただし、本説明では、回折格子の中心を原点Oとしている。また、本説明では、各デカルト座標(x,y)の位置における格子パターンの高さI(x,y)(高さz(x,y)に相当)は、以下の式(8)で表されるものとする。なお、式(8)において、a及びbは定数である。
【数8】
【0093】
次に、図29で設計した回折格子101に対して極座標系を当てはめることで、デカルト座標系を極座標系に変換する(ステップS102)。具体的には、図30に示すように、図29で設計した回折格子101に対して極座標系を当てはめ、各極座標(r,φ)での格子パターンの高さI(r,φ)(=I(x,y))を求める。なお、デカルト座標(x,y)に相当する極座標は、以下の式(9)で求めることができる。
【数9】
【0094】
次に、極座標系で回折格子101を回転させることで、第1の実施形態に係る回折格子101を設計する(ステップS103)。具体的には、図31に示すように、極座標系において、図29で設計した回折格子101を所定角度μ・r回転させることで、第1の実施形態に係る回折格子100を設計する。なお、μは、定数であってよい。回転後の極座標は、以下の式(10)で表される。
【数10】
【0095】
また、回転後の各極座標での格子パターンの高さは、以下の式(11)で表される。
【数11】
【0096】
最後に、回転後の回折格子100にデカルト座標系を当てはめることで、極座標系をデカルト座標系に変換する(ステップS104)。具体的には、図32に示すように、回転後の回折格子100にデカルト座標系を当てはめ、各デカルト座標(x’,y’)での格子パターンの高さI(x’,y’)(=I(r’,φ’)を求める。なお、極座標(r’,φ’)に相当するデカルト座標(x’,y’)は、以下の式(12)で求めることができる。
【数12】
【0097】
3.4 回折格子と回折像との関係
次に、回折格子と回折像との関係について説明する。図33は、図24の左図に示す回折格子と回折像との関係を示す図である。図34は、第1の実施形態に係る回折格子と回折像との関係を示す図である。なお、図33及び図34では、ビーム断面が正方形であって単色光の光を入射光L1として用いた場合を例示する。
【0098】
図33に示すように、図24の左図に示す回折格子944では、入射光L1の回折格子944に対する入射位置に対して、格子間隔p及び格子パターンの配列方向(ギャップ長方向)は一定である。そのため、回折格子944に対して一定の距離にあるスクリーンSCRに写された回折像9a~9cは、入射光L1のビーム断面をそのまま反映した矩形の領域となる。
【0099】
これに対し、図34に示すように、第1の実施形態に係る回折格子100は、格子間隔p1~p4及び格子パターンの配列方向(ギャップ長方向)は、入射光L1の回折格子944に対する入射位置に依存して変化する。そのため、回折格子100に対して一定の距離にあるスクリーンSCRに写された回折像1a~1cは、回折格子100の格子間隔p及び格子パターンの配列方向に依存して、その形状が歪んだ領域となる。
【0100】
3.5 シミュレーション結果
次に、本実施形態に係る回折格子を用いたスナップショット方式の分光計測装置に対してシミュレーションを実行することで得られた波長スペクトルの復元結果について説明する。
【0101】
図35は、シミュレーションにおいて入射光として使用する光のデータキューブ(以下、入力データキューブという)を示す図である。図36は、図24の左図に示す回折格子を用いた場合の波長スペクトル復元結果を示す図である。図37は、第1の実施形態に係る回折格子を用いた場合の波長スペクトル復元結果を示す図である。
【0102】
図35に示すように、本シミュレーションでは、簡単のため、XY方向に空間的な広がりを持つ単一の波長の光を入射光として用いた。また、図36及び図37において、スペクトルS0は、入射光のスペクトル、すなわち入力データキューブの真値を示している。
【0103】
図36に示すように、図24の左図に示す回折格子944を用いた場合では、復元された波長スペクトルは、真値のスペクトルS0から大きくズレている。なお、本シミュレーションでは、図36に例示する結果におけるRMSE(Root Mean Squared Error)は2.9であり、MAE(Mean Absolute Error)は1.9であった。
【0104】
これに対し、図37に示すように、第1の実施形態に係る回折格子100を用いた場合では、復元された波長スペクトルは、真値のスペクトルS0と略一致している。なお、本シミュレーションでは、図37に例示する結果におけるRMSE(Root Mean Squared Error)は0.55であり、MAE(Mean Absolute Error)は0.4であった。
【0105】
このように、第1の実施形態に係る回折格子を用いることで、波長スペクトル復元性能を大幅に改善することが可能となる。これは、第1の実施形態に係る回折格子を用いることで、波長分解能を大幅に向上することができることを示している。
【0106】
3.6 作用・効果
以上のように、本実施形態によれば、回折像を螺旋状に渦を巻くような細長い回折像とすることが可能となるため、異なる波長の回折像の重畳を低減又は解消して、波長分解能を高めることが可能となる。また、格子間隔を小さくしたとしても、回折像が1軸方向ではなく回転方向へ広がり、回折像の受光面からのはみ出しが低減されるため、より空間分解能を高めるように、格子間隔を小さくすることが可能となる。それにより、イメージセンサの撮像領域をより効率的に使用して、波長分解能と空間分解能との両方を同時に向上することが可能となる。
【0107】
4.第2の実施形態
上述した第1の実施形態では、回折格子100の生成のベースとする回折格子を、図24の左図に例示したような、格子パターンが1軸方向に配列した回折格子944とした場合を例示した。ただし、上述したように、ベースとする回折格子は、回折格子944に限定されない。そこで第2の実施形態では、第1の実施形態で例示した回折格子100のバリエーションについて、幾つか例を挙げて説明する。
【0108】
4.1 第1のバリエーション
図38は、ベースとする回折格子の一例(CHECKERパターン例)を示す平面図である。図39は、図38に示す回折格子をベースとして生成される第2の実施形態の第1のバリエーション例に係る回折格子を示す平面図である。
【0109】
図38に示すように、第1の実施形態において図28のステップS101を用いて説明した手順において生成される回折格子は、凸部が格子状に配列した、いわゆるCHECKERパターンの回折格子201であってもよい。その場合、図29を用いた説明において、各デカルト座標(x,y)の位置における格子パターンの高さI(x,y)は、以下の式(13)で表されることとなる。なお、式(13)において、a及びbは定数である。
【数13】
【0110】
このように生成されたCHECKERパターンの回折格子201に対して図28のステップS102~S104の手順を実行した場合、図39に示すような、凸部が全体の中心を軸としてXY平面方向に回転した回折格子202を設計することができる。
【0111】
4.2 第2のバリエーション
図40は、ベースとする回折格子の他の一例(COSINEパターン例)を示す平面図である。図41は、図40に示す回折格子をベースとして生成される第2の実施形態の第2のバリエーション例に係る回折格子を示す平面図である。
【0112】
図40に示すように、第1の実施形態において図28のステップS101を用いて説明した手順において生成される回折格子は、先端が丸みを帯びた凸部が格子状に配列した、いわゆるCOSINEパターンの回折格子211であってもよい。その場合、図29を用いた説明において、各デカルト座標(x,y)の位置における格子パターンの高さI(x,y)は、以下の式(14)で表されることとなる。なお、式(14)において、a及びbは定数である。
【数14】
【0113】
このように生成されたCOSINEパターンの回折格子211に対して図28のステップS102~S104の手順を実行した場合、図41に示すような、先端が丸い凸部が全体の中心を軸としてXY平面方向に回転した回折格子212を設計することができる。
【0114】
以上のように、ベースとする回折格子は種々変形することが可能であり、また、ベースとする回折格子を変形することで、目的に応じた種々の回折格子を作成することが可能である。
【0115】
その他の構成、動作及び効果は、上述嫉視形態と同様であってよいため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0116】
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示の技術的範囲は、上述の各実施形態そのままに限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。また、異なる実施形態及び変形例にわたる構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【0117】
また、本明細書に記載された各実施形態における効果はあくまで例示であって限定されるものでは無く、他の効果があってもよい。
【0118】
さらに、上述した各実施形態は、それぞれ単独で使用されてもよいし、他の実施形態と組み合わせて使用されてもよい。
【0119】
なお、本技術は以下のような構成も取ることができる。
(1)
格子パターンを備える回折素子であって、
前記回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に応じて、前記位置の格子パターンの形状を調節することにより、波長ごとの前記位置に対応する回折光の結像位置を調節する
回折素子。
(2)
前記格子パターンは、格子間隔および格子角度から構成される、前記(1)に記載の回折素子。
(3)
前記格子パターンは、複数の凸部と複数の凹部とが配列する凹凸パターン又は複数の開口が配列する開口パターンである前記(2)に記載の回折素子。
(4)
前記格子間隔は、隣り合う前記凸部又は前記凹部の間の間隔、又は、前記開口の幅若しくは径である前記(3)に記載の回折素子。
(5)
前記格子角度は、前記凸部及び前記凹部の配列方向、又は、前記開口の配列方向である前記(3)又は(4)に記載の回折素子。
(6)
前記格子パターンは、螺旋形状を含む前記(1)~(5)の何れか1項に記載の回折素子。
(7)
前記格子パターンは、デカルト座標系で設計された格子パターンを極座標系上で回転させることで設計された格子パターンである前記(1)~(6)の何れか1項に記載の回折素子。
(8)
前記格子パターンは、凸部及び凹部又は開口が一方向に配列する格子パターンを前記極座標系上で回転させることで生成された格子パターンである前記(7)に記載の回折素子。
(9)
前記格子パターンは、凸部が格子状に配列する格子パターンを前記極座標系上で回転させることで生成された格子パターンである前記(7)に記載の回折素子。
(10)
前記凸部の先端は、丸みを帯びている前記(9)に記載の回折素子。
(11)
格子パターンを備える回折素子と、
前記回折素子が受光面側に配置された固体撮像装置と、
を備え、
前記回折素子は、前記回折素子に入力される光の前記回折素子上の中心からの位置に応じて、前記位置の格子パターンの形状を調節することにより、波長ごとの前記位置に対応する回折光の結像位置を調節する
撮像装置。
【符号の説明】
【0120】
100、101、201、202、211、212、902 回折格子
900 計測対象
901、913 プリズム
911 光源
912、932、942 スリット
914 リニアセンサ
921 波長フィルタアレイ
922、947 光学フィルタ
923、936、946 エリアセンサ
931、941 対物レンズ
933、943 コリメートレンズ
934 分光素子
944 回折格子型分光素子(回折格子)
935、945 結像レンズ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40
図41