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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】ナゲット径の推定方法および判定方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/24 20060101AFI20241106BHJP
   B23K 11/25 20060101ALI20241106BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20241106BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
B23K11/24 394
B23K11/25 513
B23K11/25 512
B23K31/00 Z
B23K11/11 540
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022109710
(22)【出願日】2022-07-07
(65)【公開番号】P2024008123
(43)【公開日】2024-01-19
【審査請求日】2024-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小倉 修平
(72)【発明者】
【氏名】関口 智彦
(72)【発明者】
【氏名】泉野 亨輔
(72)【発明者】
【氏名】松木 優樹
(72)【発明者】
【氏名】江島 翔太
(72)【発明者】
【氏名】沖田 泰明
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 瑞希
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-171942(JP,A)
【文献】特開平4-22584(JP,A)
【文献】特開平11-58028(JP,A)
【文献】特開2000-79482(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/24
B23K 11/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抵抗スポット溶接により形成されたナゲットのナゲット径の推定方法であって、
前記抵抗スポット溶接は、
重ね合わされた2以上の金属板を一対の電極チップで挟んで、加圧して通電を行う第1工程と、
前記第1工程における前記通電を停止して、前記2以上の金属板を前記一対の電極チップによって加圧する第2工程と、を有し、
前記推定方法は、
前記第1工程における前記2以上の金属板の厚さ方向の膨張量と、前記第1工程における前記一対の電極チップ間の電気抵抗値と、を用いてナゲット厚さを推定する厚さ推定工程と、
前記2以上の金属板のそれぞれの厚さと、推定した前記ナゲット厚さとを用いて、前記ナゲットが隣り合う2の前記金属板の界面に到達していると推定される場合に、前記膨張量と、前記電気抵抗値とを用いて前記ナゲット径を推定する径推定工程と、を有する、推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の推定方法であって、
前記厚さ推定工程において、
前記膨張量と、前記電気抵抗値とに加え、前記第2工程における前記2以上の金属板の前記厚さ方向の収縮量を用いて前記ナゲット厚さを推定し、
前記径推定工程において、
前記膨張量と、前記電気抵抗値とに加え、前記収縮量を用いて前記ナゲット径を推定する、推定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の推定方法であって、
前記収縮量は、
前記第2工程の開始時の前記2以上の金属板の厚さから、前記第2工程の終了時の前記厚さを減じた値である、推定方法。
【請求項4】
請求項2に記載の推定方法であって、
前記電気抵抗値は、
前記第1工程の終了時点から予め定められた取得時間遡った時点から、前記終了時点までの前記電気抵抗値の平均であり、
前記取得時間は、前記第1工程の工程時間の半分の時間以下である、推定方法。
【請求項5】
請求項1に記載の推定方法であって、
推定した前記ナゲット厚さの半分の長さが、前記2以上の金属板の前記厚さ方向における中央位置と、前記中央位置から最も離れた前記界面との距離より長い場合、前記ナゲットが前記界面に到達していると推定する、推定方法。
【請求項6】
請求項2に記載の推定方法であって、
前記ナゲット厚さをNT[mm]、前記ナゲット径をND[mm]、前記膨張量をE[mm]、前記収縮量をS[mm]、前記電気抵抗値をR[Ω]、予め定めた定数をC1~C8とした場合、
以下の式(1)を用いて前記ナゲット厚さを求め、式(2)を用いて前記ナゲット径を求める、推定方法。
NT=C1×E+C2×S+C3×R+C4・・(1)
ND=C5×E+C6×S+C7×R+C8・・(2)
【請求項7】
請求項1から6の何れか一項に記載の推定方法を用いた判定方法であって、
前記2以上の金属板のそれぞれの厚さと、推定した前記ナゲット厚さとを用いて、前記ナゲットが前記界面に到達していないと推定される場合に、溶接不良と判定する判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ナゲット径の推定方法および判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、重ね合わされた複数の金属板を溶接する方法にスポット溶接がある(例えば、特許文献1)。スポット溶接では、通電による発熱により金属板の被接合面付近が溶融された後、凝固されて溶接される。溶融金属が凝固して形成されたナゲットのナゲット径は、接合強度などの溶接品質を評価する指標として用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開WO2017/212916号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ナゲット径の実測に代えて、溶接過程で変化する物理量を測定し、測定した物理量を用いてのナゲット径の推定が試みられている。そして、ナゲット径の推定精度の向上が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本開示の一形態によれば、抵抗スポット溶接により形成されたナゲットのナゲット径の推定方法が提供される。この推定方法に係る前記抵抗スポット溶接は、重ね合わされた2以上の金属板を一対の電極チップで挟んで、加圧して通電を行う第1工程と、前記第1工程における前記通電を停止して、前記2以上の金属板を前記一対の電極チップによって加圧する第2工程と、を有する。この推定方法は、前記第1工程における前記2以上の金属板の厚さ方向の膨張量と、前記第1工程における前記一対の電極チップ間の電気抵抗値と、を用いてナゲット厚さを推定する厚さ推定工程と、前記2以上の金属板のそれぞれの厚さと、推定した前記ナゲット厚さとを用いて、前記ナゲットが隣り合う2の前記金属板の界面に到達していると推定される場合に、前記膨張量と、前記電気抵抗値とを用いて前記ナゲット径を推定する径推定工程と、を有する。この形態によれば、ナゲットが界面に到達していない場合に算出される低い精度の推定のナゲット径を除外することができる。よって、推定したナゲット径の推定精度を向上させることができる。
(2)上記形態の推定方法であって、前記厚さ推定工程において、前記膨張量と、前記電気抵抗値とに加え、前記第2工程における前記2以上の金属板の前記厚さ方向の収縮量を用いて前記ナゲット厚さを推定し、前記径推定工程において、前記膨張量と、前記電気抵抗値とに加え、前記収縮量を用いて前記ナゲット径を推定してもよい。第2工程では、通電が停止されることにより金属板の膨張が止まり、電極チップによる加圧により溶融部は厚さ方向に収縮すると共に、界面方向に広がる。よって、この形態によれば、収縮量を用いてナゲット径を推定することにより、第2工程における界面方向における溶融部であるナゲットの膨張量を反映することができるため、推定精度をさらに向上させることができる。
(3)上記形態の推定方法であって、前記収縮量は、前記第2工程の開始時の前記2以上の金属板の厚さから、前記第2工程の終了時の前記厚さを減じた値であってもよい。この形態によれば、収縮量として、第2工程の開始時の2以上の金属板の厚さから、第2工程の終了時の厚さを減じた値を用いることができ、収縮量を求める算出負荷を軽減することができる。
(4)上記形態の推定方法であって、前記電気抵抗値は、前記第1工程の終了時点から予め定められた取得時間遡った時点から、前記終了時点までの前記電気抵抗値の平均であり、前記取得時間は、前記第1工程の工程時間の半分の時間以下であってもよい。第2工程の開始時点から予め定められた取得時間遡った時点から、第2工程の開始時までの前記電気抵抗値の平均と、ナゲット厚さとナゲット径とのそれぞれは、良い相関関係がある。よって、この形態によれば、ナゲット厚さとナゲット径とのそれぞれの推定精度をさらに向上させることができる。
(5)上記形態の推定方法であって、推定した前記ナゲット厚さの半分の長さが、前記2以上の金属板の前記厚さ方向における中央位置と、前記中央位置から最も離れた前記界面との距離より長い場合、前記ナゲットが前記界面に到達していると推定してもよい。この形態によれば、推定したナゲット厚さの半分の長さが、2以上の金属板の厚さ方向における中央位置と、中央位置から最も離れた界面との距離より長い場合、ナゲットが前記界面に到達していると推定することができる。
(6)上記形態の推定方法であって、前記ナゲット厚さをNT[mm]、前記ナゲット径をND[mm]、前記膨張量をE[mm]、前記収縮量をS[mm]、前記電気抵抗値をR[Ω]、予め定めた定数をC1~C8とした場合、以下の式(1)を用いて前記ナゲット厚さを求め、式(2)を用いて前記ナゲット径を求めてもよい。
NT=C1×E+C2×S+C3×R+C4・・(1)
ND=C5×E+C6×S+C7×R+C8・・(2)
ナゲット厚さと、ナゲット径とは、それぞれ、膨張量と、収縮量と、電気抵抗値とのそれぞれと比例関係にある。このため、この形態によれば、式(1)および式(2)を用いて、ナゲット厚さと、ナゲット径とを推定することができる。
(7)上記形態の推定方法を用いた判定方法であって、前記2以上の金属板のそれぞれの厚さと、推定した前記ナゲット厚さとを用いて、前記ナゲットが前記界面に到達していないと推定される場合に、溶接不良と判定してもよい。この形態によれば、溶接品質を適切に判定することができる。
本開示は、推定方法以外の種々の形態で実現することも可能である。例えば、推定装置、推定装置の制御方法、その制御方法を実現するコンピュータプログラム、そのコンピュータプログラムを記録した一時的でない記録媒体等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態に係る抵抗スポット溶接装置の概略構成を示す模式図。
図2】溶接工程における時間と変位量との関係を示す図。
図3】溶接の各工程における被溶接部材の断面の様子を示す模式図。
図4】推定式の精度が十分でない場合を説明する図。
図5】実測のナゲット径と膨張量との関係を示す図。
図6】実測のナゲット径と収縮量との関係を示す図。
図7】実測のナゲット径と電気抵抗値との関係を示す図。
図8】ナゲット径推定処理のフローチャート。
図9】ナゲット厚さの半分の長さの推定結果。
図10】実施例1に係るナゲット径の推定結果。
図11】実施例2に係るナゲット径の推定結果。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.実施形態:
A1.抵抗スポット溶接装置の構成
図1は、抵抗スポット溶接装置100の概略構成を示す模式図である。以下の説明において、図1に示す上下の方向を用いる。上下方向は、可動電極である後述する電極チップ21が昇降する昇降方向と平行である。
【0009】
抵抗スポット溶接装置100は、2以上の金属板が重ね合わされた被溶接部材Wを溶接する。図1では、被溶接部材Wとして、2以上の金属板である第1金属板W1と、第2金属板W2とが重ね合わされ場合を例示している。抵抗スポット溶接装置100は、溶接ガン10と、電源装置30と、制御装置80とを備えている。
【0010】
溶接ガン10は、図示しないロボットアームの先端に取り付けられている。ガン本体11は、ロボットアームにより被溶接部材Wの目的の溶接点まで移動される。溶接ガン10は、ガン本体11と、移動機構20と、一対の電極チップ21,22と、加圧装置40とを有する。ガン本体11は、U字形状を有し、一対の電極チップ21,22が取り付けられている。一対の電極チップ21,22の一方の電極チップ21は、可動電極であり、ガン本体11の上部に取り付けられている。一対の電極チップ21,22の他方の電極チップ22は、固定電極であり、ガン本体11の下部の電極チップ21と対向する位置に取り付けられている。
【0011】
移動機構20は、電極チップ21を昇降させる。移動機構20は、図示しないサーボモータを有し、サーボモータの回転力を昇降方向の直線移動力に変換し、変換した直線移動力を電極チップ21に伝達することにより、電極チップ21を昇降させる。電源装置30は、目標の電流値の溶接電流を一対の電極チップ21,22間に供給する。加圧装置40は、図示しないシリンダーを備え、電極チップ21を被溶接部材Wに押し付けて加圧する。
【0012】
抵抗スポット溶接装置100は、さらに、エンコーダ51と、歪みゲージ52と、電流センサ53と、電圧センサ54とを備えている。エンコーダ51は、予め定められた時間毎に移動機構20のサーボモータの回転量を検出し、検出した回転量を示す信号を制御装置80に送信する。歪みゲージ52は、電極チップ22の近くに取り付けられており、予め定められた時間毎に外力による変位量を検出し、変位量を示す信号を制御装置80に送信する。エンコーダ51と、歪みゲージ52とは、後述するように、一対の電極チップ21,22間の距離の変化量を検出するために用いられる。
【0013】
電流センサ53は、予め定められた時間毎に、電源装置30から供給される溶接電流の電流値を検出し、電流値を示す信号を制御装置80に送信する。電流センサ43は、例えば、トロイダルコイルを用いて実現される。電圧センサ54は、予め定められた時間毎に、電極チップ21と電極チップ22との間の電圧値を検出し、電圧値を示す信号を制御装置80に送信する。
【0014】
制御装置80は、図示しないプロセッサと、図示しない記憶装置と、各センサとプロセッサとの間で信号やり取りを行う図示しないインターフェース回路などを備えるコンピュータとして構成されている。制御装置80は、機能部として、溶接制御部81と、推定部82とを有する。溶接制御部81および推定部82は、制御装置80のプロセッサが記憶装置に記憶されたプログラムを実行することにより、実現される。溶接制御部81は、スポット溶接の後述する各工程において、電源装置30などの各部を制御する。推定部82は、スポット溶接の終了後、溶接において形成された、後述するナゲットNのナゲット径NDを推定する。
【0015】
A2.溶接工程
図2は、溶接工程における時間と一対の電極チップ21,22間の距離の変化量である変位量との関係を示す図である。図2の横軸は、予圧工程P10の開始時点を基点とする経過時間[ms]である。図2の縦軸は、変位量[mm]である。図2の変位量のデータは、後述する実施例2の各サンプルのデータである。図3は、溶接の各工程における被溶接部材Wの断面の様子を示す模式図である。
【0016】
溶接が開始されると、準備工程において、図1に示すように、溶接ガン10は、一対の電極チップ21,22が被溶接部材Wを挟み、電極チップ22が第2金属板W2の下面と接触する位置に配置される。その後、移動機構20により、電極チップ21が第1金属板W1の上面と接触する位置まで下降される。
【0017】
次に、図2に示す予圧工程P10において、加圧装置40により、電極チップ21は被溶接部材Wに押し付けられる。これにより、被溶接部材Wは、目標の圧力にて加圧される。この加圧は、通電に先立つ加圧であるため、予圧とも呼ばれる。圧力値は、数千N程度である。これにより、加圧を安定させることができる。
【0018】
通電工程P20において、重ね合わされた2以上の金属板は、一対の電極チップ21,22で挟まれた状態で、加圧され通電される。具体的には、一対の電極チップ21,22により被溶接部材Wが加圧された状態で、一対の電極チップ21,22間に溶接電流が供給され、通電が行われる。これにより、一対の電極チップ21,22間の電気抵抗値に応じたジュール熱が生じて、被溶接部材Wの厚さ方向の中央位置付近から金属の溶融が始まる。通電時間が長くなるにつれ、図3の通電工程P20にて示すように、溶融金属部分であるナゲットNは成長する。図3では、ナゲットNを斜線ハッチングにて示している。
【0019】
図2に示す、保持工程P30では、通電工程P20における通電が停止され、2以上の金属板が、一対の電極チップ21,22によって加圧される。具体的には、通電工程P20にてナゲットNが十分成長した後、保持工程P30において、加圧は維持された状態で、一対の電極チップ21,22間の通電が停止される。これにより、ナゲットNは冷却され、溶融金属が凝固し、第1金属板W1と第2金属板W2とが溶接される。保持工程P30の終了後、電極チップ21は上昇され、被溶接部材Wを挟持していた一対の電極チップ21,22は解放される。
【0020】
以下の説明において、予圧工程P10の開始時点を溶接開始時と呼び、予圧工程P10から保持工程P30までを溶接工程と呼ぶ。また、予圧工程P10を第1工程とも呼び、通電工程P20を第2工程とも呼ぶ。
【0021】
図2の縦軸の変位量は、エンコーダ51と、歪みゲージ52により検出された一対の電極チップ21,22間の距離の変化量である。変位量は、溶接開始時の一対の電極チップ21,22間の距離をゼロした場合の変化量である。
【0022】
図3の通電工程P20に示すように、通電工程P20では、金属の熱膨張により、加圧している一対の電極チップ21,22には、図3中、白抜きの矢印にて示すように、一対の電極チップ21,22間を広げる方向、つまり加圧方向と逆方向の力がかかる。よって、図2に示すように通電工程P20では、ナゲットNの成長に伴い、次第に変位量が増加する。
【0023】
ここで、通電工程P20を例示して、変位量の検出方法について補足する。上記のように、通電工程P20では、一対の電極チップ21,22には、加圧方向と逆方向の力がかかる。この力により、移動機構20が有するサーボモータの回転軸は、電極チップ21が上昇する方向と対応する方向に回転する。よって、エンコーダ51が検出する回転量により、電極チップ21の変位量を求めることができる。また、被溶接部材Wの膨張により、溶接ガン10の位置は、溶接開始時のから変化する。歪みゲージ52は、この位置の変化量を検出する。したがって、エンコーダ51の検出値と、歪みゲージ52の検出値により、一対の電極チップ21,22間の距離の変化量、すなわち変位量を検出することができる。
【0024】
図2に示すように、保持工程P30の期間では、変位量は減少する。これは、図3の保持工程P30に示すように、通電の停止により熱膨張が収まり、熱膨張による一対の電極チップ21,22間を広げる力よりも、加圧装置40が付与している加圧力が上回るからである。
【0025】
溶接により形成されたナゲットNの第1金属板W1と第2金属板W2との界面における断面形状は概ね円形である。ナゲットNの界面における断面形状の直径であるナゲット径ND(図4)は溶接強度と相関する。このため、ナゲット径NDは、溶接品質を管理するためなどに用いられる。ナゲット径NDの実測に代えて、溶接工程において検出される物理量を用いた推定式を用いてのナゲット径NDの推定が試みられている。ここで、発明者らは、推定式の精度が十分でない場合があることを見出した。
【0026】
図4は、推定式の精度が十分でない場合を説明する図である。発明者らは、ナゲットNの中心であるナゲット中心NCが被溶接部材Wの隣り合う2の金属板の界面に一致しない場合であって、ナゲットNが最も遠い界面に到達していない場合に、推定式の精度が不十分であることを見出した。なお、本実施形態では、被溶接部材Wの厚さ方向の中央位置をナゲットNの中心位置であるとみなす。
【0027】
図4の「(A)一致する場合」に示すように、被溶接部材Wである第1金属板W1と第2金属板W2とが同じ厚さの金属板である場合には、ナゲット中心NCと被溶接部材Wの界面とは一致する。
【0028】
対して、図4の「(B)一致しない場合」の(B1)に示すように、被溶接部材Wである第1金属板W1と第2金属板W2とが異なる厚さの金属板である場合には、ナゲット中心NCと被溶接部材Wの界面とは一致しない。また、(B2)に示すように、被溶接部材Wが、互いに同じ厚さを有する第1金属板W1と第2金属板W2と第3金属板W3との3組の金属板である場合には、ナゲット中心NCと被溶接部材Wの界面とは一致しない。また、(B3)に示すように、被溶接部材Wが、第1金属板W1と第2金属板W2と第3金属板W3との3組の金属板であり、両側の第1金属板W1と第3金属板W3と厚さが互いに異なる場合には、ナゲット中心NCと被溶接部材Wの界面とは一致しない。
【0029】
そこで、次に詳述するナゲット径推定工程では、ナゲットNが最も遠い界面に到達していると推定される場合に、ナゲット径NDが推定される。これにより、ナゲットNが界面に到達していない場合に算出される低い精度の推定のナゲット径NDを除外することができる。よって、推定したナゲット径NDの推定精度を向上させることができる。
【0030】
さらに、発明者らは、ナゲット径NDの推定式に、図2に示す保持工程P30の期間における変位量をパラメータとして加えることで、ナゲット径NDの推定精度を向上させることを見出した。図3の保持工程P30にて示すように一対の電極チップ21,22による加圧によりナゲットNは押しつぶされ、界面方向に広がるように、つまりナゲット径NDが長くなるように変形する。よって、この変位量をナゲット径NDの推定式に加えることでナゲット径NDの推定精度を向上させることができる。
【0031】
ナゲット径NDの推定式では、保持工程P30の期間における変位量に加えて、通電工程P20の期間における変位量と、通電工程P20における電気抵抗値とを用いる。なお、電気抵抗値とは、一対の電極チップ21,22間の電圧を溶接電流で除して算出される値である。具体的に、電気抵抗値とは、電圧センサ54で検出される電圧値を電流センサ53で検出された電流値で除して算出される値である。本実施形態では、通電工程P20における電気抵抗値として、通電工程P20の終了時点から予め定められた取得時間GT(図2)遡った時点から、通電工程P20の終了時点までの電気抵抗値の平均値を用いる。なお、通電工程P20の終了時点と保持工程P30の開始時点とは同じ時点である。取得時間GTは、通電工程P20の工程時間の半分の時間以下である。本実施形態において、通電工程P20の工程時間は260ms程度であり、取得時間GTは、30ms程度である。通電工程P20の期間における変位量と、通電工程P20の取得時間GTにおける電気抵抗値とを用いるのは、いずれの物理量も、ナゲット径NDと良好な比例関係にあるからである。ここで、通電工程P20の期間における変位量を膨張量、保持工程P30の期間における変位量を収縮量と呼ぶ。このように、本開示では、通電工程P20における被溶接部材Wの厚さ方向の膨張量として、一対の電極チップ21,22間の距離の増加量を用いる。また、保持工程P30における被溶接部材Wの厚さ方向の収縮量として、一対の電極チップ21,22間の距離の減少量を用いる。このように、被溶接部材Wの厚さとして、一対の電極チップ21,22間の距離を用いることにより、被溶接部材Wの厚さを精度良く検出することができる。
【0032】
なお、発明者らは、ナゲット径NDの実測値と、膨張量、収縮量、および電気抵抗値とのそれぞれとが良好な比例関係にあることを確認している。図5は、実測のナゲット径ND[mm]と、膨張量[mm]との関係を示す図である。膨張量として、図2に例示される、変位の検出点を結んだ特性線を、時間と変位量との関係を示す関数とみなした場合の、通電工程P20の期間における積分値を用いている。図5に示すように、実測のナゲット径ND[mm]と、膨張量[mm]とは良好な正の比例関係にある。
【0033】
図6は、実測のナゲット径NDと、収縮量との関係を示す図である。収縮量として、保持工程P30(図2)の開始時の変位量から、保持工程P30の終了時の変位量を減じた値を用いている。図6に示すように、実測のナゲット径NDと、収縮量とは良好な正の比例関係にある。
【0034】
図7は、実測のナゲット径ND[mm]と、電気抵抗値[Ω]との関係を示す図である。電気抵抗値は、上記のように、通電工程P20の終了時点から取得時間GT(図2)遡った時点から、通電工程P20の終了時までの電気抵抗値の平均値である。図7に示すように、実測のナゲット径ND[mm]と、電気抵抗値[Ω]とは良好な負の比例関係にある。
【0035】
後述のナゲット径推定処理では、ナゲット厚さNTについても、ナゲット径NDと同様の推定式を用いて推定する。すなわち、膨張量、収縮量、および電気抵抗値をパラメータとする推定式が用いられる。ナゲット径NDと同様に、膨張量、収縮量、および電気抵抗値のそれぞれと、ナゲット厚さNTとは、良好な比例関係にあるあらである。
【0036】
後述のナゲット径推定処理では、推定式を用いて、ナゲット厚さNTと、ナゲット径NDとを推定する。推定式は、推定式を求めるために予め行われた実験結果を用いて、重回帰法を用いて求められた式である。ナゲット厚さ推定式(1)は、ナゲット厚さNT[mm]を推定する式である。ナゲット径推定式(2)は、ナゲット径ND[mm]を推定する式である。ナゲット厚さ推定式(1)およびナゲット径推定式(2)は、制御装置80が備える記憶装置に記憶されている。
NT=C1×E+C2×S+C3×R+C4・・(1)
ND=C5×E+C6×S+C7×R+C8・・(2)
パラメータは次の通りである。
E[mm]:膨張量
S[mm]:収縮量
R[Ω]:電気抵抗値
C1~C8:定数
【0037】
A3.ナゲット径の推定
図8は、ナゲット径NDの推定方法を実現するナゲット径推定処理のフローチャートである。推定部82は、溶接工程において、各センサから送信される検出値を溶接開始時からの経過時間と対応付けて、制御装置80が備える記憶装置に記憶する。溶接工程が終了すると、推定部82は、記憶した検出値を用いて、上記と同様に、膨張量、収縮量、および電気抵抗値を算出し、制御装置80が備える記憶装置に記憶する。そして、推定部82は、算出した膨張量、収縮量、および電気抵抗値を用いて、ナゲット径NDを推定する。なお、膨張量、収縮量、および電気抵抗値の算出は、次のステップS10の実行時に行ってもよい。
【0038】
厚さ推定工程としてのステップS10において、推定部82は、予め算出した膨張量、収縮量、および電気抵抗値と、上記のナゲット厚さ推定式(1)とを用いて、ナゲット厚さNTを推定する。ステップS20において、推定部82は、ナゲットNが界面に到達したか否かを判断する。具体的には、推定部82は、ナゲット厚さNTの半分の長さが、被溶接部材Wの厚さ方向における中央位置WC(図4)と、中央位置WCから最も離れた界面との距離ID(図4)より長い場合、ナゲットNが界面に到達していると推定する。
【0039】
ナゲットNが界面に到達したと判断すると(ステップS20:YES)、径推定工程としてのステップS30において、推定部82は、予め算出した膨張量、収縮量、および電気抵抗値と、上記のナゲット径推定式(2)とを用いて、ナゲット径NDを推定する。そして、推定部82は、推定したナゲット径NDを制御装置80が備える記憶装置に記憶し、本処理ルーチンを終了する。
【0040】
一方、ナゲットNが界面に到達していないと判断すると(ステップS20:NO)、推定部82は、ナゲット径NDを推定せずに、本処理ルーチンを終了する。この方法によれば、推定されたナゲット径NDは、ナゲットNが界面に到達していない場合の精度の悪い推定のナゲット径NDは除かれるため、ナゲット径NDの推定精度を向上させることができる。
【0041】
A4.実施例1
厚さ0.7mmの溶融亜鉛メッキ鋼板を3枚重ね合わせ、スポット溶接した後、上記の推定方法に従って、ナゲット径NDを推定した。なお、実施例1および実施例2では、ナゲット径NDの定義が上記と異なり、ナゲット径NDとして、界面におけるナゲットNの長さを用いている。ここでの界面におけるナゲットNの長さとは、ナゲット中心NCを通り、被溶接部材Wの厚さ方向と平行な面を切断面とする断面に現れるナゲットNにおいて、ナゲットNと1つの金属板の界面との2つの交点の一方の交点から他方の交点までの距離である。ナゲット径NDと、界面におけるナゲットNの長さとは相関があるため、界面におけるナゲットNの長さをナゲット径NDとみなして、上記推定方法を適用することが可能である。つまり、界面におけるナゲットNの長さとは、ナゲット径NDの一態様である。
【0042】
サンプル数は20である。溶接条件のうち、加圧条件は変更せず、溶接電流の条件を種々設定して溶接を行った。具体的には、溶接電流の電流値を変更した電流パターンを4つ準備して、溶接した。
【0043】
図9は、推定のナゲット径NDの半分の長さの結果である。便宜上、データは、ナゲット径NDの長さ順に並べている。厚さ0.7mmの金属板が用いられているため、距離IDは、0.35mmとなる。実施例1では、20のサンプルのうち、6のサンプルが、0.35mm以下である。よって、0.35mm以下のサンプルを除外して、ナゲット径NDを推定した。
【0044】
図10は、実施例1に係る推定のナゲット径NDの結果である。図10の横軸は、推定のナゲット径[mm]である。図11の縦軸は、実測のナゲット径[mm]である。後述する図11についても同様である。
【0045】
図10に示すように、実施例1では、ナゲットNが界面に到達していないと推定される場合を除外しない推定方法よりも精度が向上し、-10%以上9%以下の精度で、ナゲット径NDを推定することができた。
【0046】
A5.実施例2
厚さ1.8mmの溶融亜鉛メッキ鋼板と、厚さ0.9mmの溶融亜鉛メッキ鋼板とを重ね合わせ、スポット溶接した後、上記の推定方法に従って、ナゲット径NDを推定した。実施例2についても、実施例1と同様に、溶接条件のうち、加圧条件は変更せず、溶接電流の条件を種々設定して溶接を行った。
【0047】
図11は、実施例2に係る推定のナゲット径NDの結果である。実施例2では、推定式のパラメータに収縮量を加えない推定方法よりも精度が向上し、-9%以上7%以下の精度で、ナゲット径NDを推定することができた。
【0048】
以上説明した実施形態によれば、ステップS10にて、ナゲット厚さNTが推定され、推定したナゲット厚さNTを用いて、ナゲットNが界面に到達していると推定される場合に、ステップS20にてナゲット径NDが推定される。よって、ナゲットNが界面に到達していない場合に算出される低い精度の推定のナゲット径NDを除外することができるため、推定したナゲット径NDの推定精度を向上させることができる。
【0049】
また、ステップS10では、膨張量と、電気抵抗値とに加え、収縮量を用いてナゲット厚さが推定され、ステップS30では、膨張量と、電気抵抗値とに加え、収縮量を用いてナゲット径NDが推定される。よって、ナゲット厚さNTとナゲット径NDとのそれぞれと、良好な比例関係にある収縮量を用いてナゲット厚さNTおよびナゲット径NDを推定することにより、推定精度をさらに向上させることができる。
【0050】
また、収縮量として、保持工程P30の開始時の被溶接部材Wの厚さから、保持工程P30の終了時の被溶接部材Wの厚さを減じた値が用いられる。これにより、収縮量の算出負荷を軽減することができる。また、推定式に用いられる電気抵抗値は、通電工程P20の終了時点から取得時間GT遡った時点から、通電工程P20の終了時点までの電気抵抗値の平均であり、取得時間GTは、通電工程P20の工程時間の半分の時間以下である。この期間の電気抵抗値の平均と、ナゲット厚さNTとナゲット径NDとのそれぞれは、良い相関関係があるため、推定精度をさらに向上させることができる。
【0051】
また、ステップS20では、推定したナゲット厚さNTの半分の長さが、被溶接部材Wの中央位置WCと、中央位置WCから最も離れた界面との距離IDより長い場合、ナゲットNが界面に到達していると推定する。よって、被溶接部材Wの厚さにより定まる距離IDを用いて、ナゲットNが界面に到達しているか否かを推定することができる。
【0052】
また、ステップS10では、ナゲット厚さ推定式(1)が用いられ、ステップS30では、ナゲット径推定式(2)が用いられる。これにより、ナゲット厚さNTおよびナゲット径NDのそれぞれと、膨張量、収縮量、および電気抵抗値との比例関係を反映した推定式を用いて、精度良く、ナゲット厚さNTおよびナゲット径NDを推定することができる。
【0053】
B.他の実施形態:
(B1)上記推定方法を用いて、溶接不良の判定方法を実施することができる。ナゲット径推定処理において、ナゲットNが界面に到達していないと判断すると(ステップS20:NO)、推定部82は、溶接不良であると判定し、溶接不良との判定値を制御装置80が備える記憶装置に記憶してもよい。これにより、溶接品質を適切に判定することができる。
【0054】
(B2)上記実施形態では、ナゲット厚さ推定式(1)およびナゲット径推定式(2)のそれぞれに、収縮量がパラメータとして用いられているが、収縮量を用いなくてもよい。ナゲット厚さ推定式(1)およびナゲット径推定式(2)のそれぞれを推定する場合に、少なくとも、膨張量と電気抵抗値とを用いることにより、ナゲット厚さNTおよびナゲット径NDのそれぞれを推定することができる。
【0055】
(B3)上記実施形態では、収縮量として、保持工程P30の開始時の被溶接部材Wの厚さを示す変位量から、保持工程P30の終了時の変位量を減じた値を用いている。収縮量はこれに限られず、例えば、膨張量と同様に算出した積分値を用いてもよい。
【0056】
(B4)上記実施形態では、各推定式に用いる電気抵抗値として、通電工程P20の終了時点から取得時間GT遡った時点から、通電工程P20の終了時点までの電気抵抗値の平均を用いているが、これに限られない。例えば、通電工程P20の全期間の電気抵抗値の平均でもよく、平均ではなく、予め定められた時点の電気抵抗値でもよい。
【0057】
本開示は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0058】
10…溶接ガン、11…ガン本体、20…移動機構、21,22…電極チップ、30…電源装置、40…加圧装置、51…エンコーダ、52…ゲージ、53…電流センサ、54…電圧センサ、80…制御装置、81…溶接制御部、82…推定部、100…抵抗スポット溶接装置、GT…取得時間、NC…ナゲット中心、P10…予圧工程、P20…通電工程、P30…保持工程、N…ナゲット、ND…ナゲット径、NT…ナゲット厚さ、ID…距離、W…被溶接部材、W1…第1金属板、W2…第2金属板、W3…第3金属板、WC…中央位置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11