(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20241106BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
(21)【出願番号】P 2023544958
(86)(22)【出願日】2021-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2021032582
(87)【国際公開番号】W WO2023032181
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2023-10-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 真一
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/229900(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/229902(WO,A1)
【文献】特開2012-247198(JP,A)
【文献】国際公開第2021/130840(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/019752(WO,A1)
【文献】米国特許第10877040(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-27/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られた、複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化ステップと、
狭幅化がなされたあとの複数のプロファイルスペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算ステップと、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付ステップと、
指示されたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成ステップと、
を有する質量分析データ解析方法。
【請求項2】
前記狭幅化ステップでは、プロファイルスペクトルにおいて検出されるピークに対しセントロイド化を行う、請求項1に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項3】
前記狭幅化ステップでは、セントロイド化によって得られたピークの幅を広げる処理を実施する、請求項2に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項4】
前記スペクトル演算ステップでは、平均化又は積算の対象である複数の微小領域の全てにおいて、セントロイド化によって得られたピークをその質量電荷比に応じてビン二ングし、ビン毎に割り当てられたピークの強度を集約することで得られる離散的なスペクトルから統合マススペクトルを求める、請求項2に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項5】
前記データは、飛行時間型質量分析又はフーリエ変換型質量分析により得られたデータである、請求項1に記載の質量分析データ解析方法。
【請求項6】
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られたデータに基く複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化処理部と、
前記狭幅化処理部による処理がなされたあとの複数のプロファイルスペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算部と、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付部と、
前記ピーク選択受付部により受け付けられたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成部と、
を備えるイメージング質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置、及びイメージング質量分析装置で収集されたデータの解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料上における化合物の分布を可視化することが可能な装置である。特許文献1に開示されているイメージング質量分析装置は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization)法によるイオン源を搭載しており、試料上の2次元的な測定領域を細かく区切った微小領域毎に、所定の質量電荷比(厳密には斜体字の「m/z」であるが、本明細書中では慣用的に「質量電荷比」又は単に「m/z」と記す)範囲に亘るマススペクトルデータを収集する。
【0003】
また、イメージング質量分析の別の方法として、レーザーマイクロダイセクションと呼ばれる試料採取法を利用することで、測定領域内の各微小領域からそれぞれ試料片を切り出し、各試料片から調製した液体試料を質量分析装置に供することで、微小領域毎のマススペクトルデータを取得する方法も知られている(特許文献2参照)。ここでは、こうした試料採取法を用いた装置もイメージング質量分析装置に含めるものとする。
【0004】
いずれにしても、イメージング質量分析装置では、試料上の各微小領域に対して得られたマススペクトルデータから、例えば特定の化合物に由来するイオンのm/z値における信号強度値を抽出し、試料上での各微小領域の2次元的な位置に応じてその信号強度値を配置した画像を作成することで、その特定の化合物の分布状況を示す画像を得ることができる。以下、この画像をMS(Mass Spectrometry)イメージング画像という。
一般のイメージング質量分析装置では、観察対象である化合物、つまりターゲット化合物が決まっている場合、ユーザーはその化合物に対応するm/z値を指定する。すると、そのm/z値におけるMSイメージング画像が作成され、画面上に表示される。
【0005】
一方、ターゲット化合物が特定されていない場合には、ユーザーは、取得されたマススペクトルを見ながら適当なピークを指示する。すると、イメージング質量分析装置では、その指示されたピークのm/z値に対応するMSイメージング画像が作成され、画面上に表示される。
【0006】
特許文献1にも記載されているように、こうした場合、ユーザーがピークを選択するためのマススペクトルとして、測定領域内の全ての微小領域において得られた複数のマススペクトルを平均化することで作成された平均マススペクトル、又はその複数のマススペクトルを単に積算した積算マススペクトルが利用されることが多い。何故なら、通常、平均マススペクトルや積算マススペクトルには、測定領域内に存在する全ての化合物についての情報が反映されていると考えられるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-191222号公報
【文献】国際公開第2015/053039号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のイメージング質量分析装置における解析手法では次のような問題がある。
【0009】
上記の平均マススペクトルは、測定領域内の各微小領域に対する質量分析によって得られた生データに基いて作成される、いわゆるプロファイルスペクトルを平均化処理したものである。プロファイルスペクトルにおいて観測されるピークの幅は、測定に使用された質量分析装置の質量分解能に依存する。
【0010】
イメージング質量分析装置において広く使用されている飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time-Of-Flight Mass Spectrometer)は一般に質量精度は高いものの、一般的なTOFMSの質量分解能では、質量がごく近接した異なる化合物由来のピーク同士を完全に分離することができない場合が多い。
フーリエ変換型質量分析装置は一般に、極めて高い質量分解能を有するものの、それでも質量がごく近接した化合物が多数、試料に含まれているような場合には、それら化合物のピークを互いに十分に分離するのは困難である。
【0011】
こうした分離性の良好でない複数のプロファイルスペクトルから平均マススペクトルを作成すると、m/z値が近接したピークが重なって実質的に1本のピークとなることがしばしばある。こうしたピークから求まるm/z値は、重なり合っている複数の化合物のうちのいずれの化合物に対応するm/z値とも異なる可能性がある。即ち、測定領域内の特定の部位ではプロファイルスペクトルにおいて異なるピークとして認識できていた化合物の情報(質量及び信号強度)が、マススペクトルの平均化や積算を行うことによって失われてしまう可能性がある。
【0012】
また一般に、質量分解能が或る程度高い場合であっても、プロファイルスペクトルに現れるピークの裾は広がっていることがある。そのため、或る微小領域に対するプロファイルスペクトルAにおいて観測されるピークと別の微小領域に対するプロファイルスペクトルBにおいて観測されるピークのm/z値の差が小さく、それらのピークの信号強度差が大きい場合、マススペクトルの平均化又は積算によって、信号強度の小さな方のピークが信号強度の大きな方のピークの裾に埋没してしまう可能性がある。
【0013】
上述した理由により、平均マススペクトルや積算マススペクトルにおいて観測されるピークのm/z値と、実際に試料に含まれている化合物に対応するm/z値とがずれていることはしばしばある。また、試料上で局所的に且つ微量に含まれている化合物由来のピークが平均マススペクトルや積算マススペクトルにおいて観測できない場合も少なくない。そのため、平均マススペクトルや積算マススペクトルにおいて観測されるピークを選択することで特定のm/z値におけるMSイメージング画像を表示させる場合、ユーザーが本来観測すべき化合物の分布が正確性を欠くものとなったり、或いは、測定領域内で局所的に存在している重要な化合物を見逃したりするおそれがある。
【0014】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的の一つは、測定領域内に存在している化合物に正確に対応するm/z値のMSイメージング画像を表示することができる質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置を提供することである。
【0015】
また本発明の別の目的は、測定領域内に局所的に存在している化合物についても見逃すことなく、その存在を把握してMSイメージング画像を表示することができる質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析データ解析方法の一態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られた、複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化ステップと、
狭幅化がなされたあとの複数のマススペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算ステップと、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付ステップと、
指示されたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成ステップと、
を有する。
【0017】
また、上記課題を解決するためになされた本発明に係るイメージング質量分析装置の一態様は、
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られたデータに基く複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化処理部と、
前記狭幅化処理部による処理がなされたあとの複数のマススペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算部と、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付部と、
前記ピーク選択受付部により受け付けられたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成部と、
を備える。
【発明の効果】
【0018】
ここでいうピーク幅の狭幅化とは、その処理後のピークの幅がその処理前よりも小さければよく、処理後のピークの幅が実質的にゼロであってもよい。
【0019】
本発明に係る上記態様の質量分析データ解析方法及びイメージング質量分析装置によれば、測定に使用する質量分析装置の質量精度を活かしながら、試料上の測定領域内に存在する複数の化合物の質量に高い精度で対応するm/z値のピークが観測されるマススペクトルを表示することができる。それによって、その複数の化合物にそれぞれ対応する、精度の高い分布画像を観察することができる。また、測定領域内の狭い範囲に局所的に僅かに存在する化合物についても、その存在を見落とすことなく、その化合物の分布画像を確認することができる。このようにして本発明によれば、従来に比べてより子細で精度の高い化合物の分布解析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態によるイメージング質量分析装置の概略構成図。
【
図2】本実施形態のイメージング質量分析装置におけるピーク幅狭幅化処理の一例の概念図。
【
図3】本実施形態のイメージング質量分析装置における平均マススペクトル作成処理と従来の平均マススペクトル作成処理との差異の説明図。
【
図4】実測プロファイルスペクトルの一例を示す図。
【
図5】
図4に示したプロファイルスペクトルに対してセントロイド化を実施して得られるセントロイドスペクトルの一例を示す図。
【
図6】セントロイドピークを平均化する際のビン二ング処理の一例を示す図。
【
図7】
図6に示したビン二ング処理結果に基く疑似的なプロファイルスペクトルの一例を示す図。
【
図8】本実施形態のイメージング質量分析装置におけるピーク幅狭幅化処理の変形例の概念図。
【
図9】プロファイルスペクトルから得られる平均マススペクトル上のピークとセントロイドピークを利用して得られる平均マススペクトル上のピークとの比較の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係るイメージング質量分析装置及び質量分析データ解析方法の一実施形態について、添付図面を参照して説明する。
【0022】
図1は、本実施形態のイメージング質量分析装置の概略構成図である。
本実施形態のイメージング質量分析装置は、イメージング質量分析部1と、データ処理部2と、入力部3と、表示部4と、を含む。
【0023】
イメージング質量分析部1は、例えば大気圧MALDIイオントラップ飛行時間型質量分析装置(APMALDI-IT-TOFMS)を利用した装置である。但し、イメージング質量分析部1は、特許文献2に開示されているような、レーザーマイクロダイセクション装置と、該装置によって試料から採取された微細な試料片から調製された試料を質量分析する質量分析装置とを組み合わせた装置であってもよい。また、イオン源は大気圧MALDIイオン源に限らない。質量分離器は飛行時間型質量分離器に限らないが、高い質量精度が得られることが望ましく、飛行時間型質量分離器以外に、フーリエ変換型質量分離器などを用いることができる。
【0024】
データ処理部2は、機能ブロックとして、データ格納部21、プロファイルスペクトル作成部22、ピーク検出部23、ピーク幅狭幅化部24、スペクトル平均化部25、ピーク選択指示受付部26、MSイメージング画像作成部27、表示処理部28、などを含む。
【0025】
本実施形態のイメージング質量分析装置において、データ処理部2は、通常、パーソナルコンピューター又はより高性能なワークステーションを中心に構成され、該コンピューターにインストールされた専用のデータ処理ソフトウェアを該コンピューター上で実行することによって、上記各機能ブロックが具現化されるものとすることができる。この場合、入力部3はコンピューターに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウスなど)であり、表示部4はディスプレイモニターである。
【0026】
本実施形態のイメージング質量分析装置におけるデータ解析処理の手順の一例を、
図2及び
図3を参照しつつ説明する。
図2は、ピーク幅狭幅化処理の一例の概念図である。
図3は、本実施形態のイメージング質量分析装置における平均マススペクトル作成処理と従来の平均マススペクトル作成処理との差異の説明図である。
【0027】
イメージング質量分析部1による測定対象は、例えば、実験動物の脳や内臓などの生体組織が薄くスライスされた切片試料である。該試料は試料プレート上に載せられ、その表面にMALDI用のマトリックスが塗布されてイメージング質量分析部1の所定位置にセットされる。
イメージング質量分析部1は、
図3(A)に示すように、試料100上の所定の測定領域101を格子状に細かく区切った微小領域102毎に、それぞれ質量分析を行い、所定のm/z範囲に亘るマススペクトルデータを取得する。
【0028】
具体的には、イオン源は一つの微小領域102にレーザー光を短時間照射し、その微小領域102に存在する化合物由来のイオンを発生させる。そのイオンをイオントラップに一旦導入したあと、飛行時間型質量分離器に送り込むことでイオンをm/z値に応じて分離して検出する。試料100上でレーザー光の照射位置が移動するように試料100又はイオン源を移動させながら分析動作を繰り返すことで、測定領域101内に設定された全ての微小領域102についてのマススペクトルデータを収集する。
なお、通常の質量分析ではなく、特定のm/z値を有する又はm/z範囲に含まれるイオンを、衝突誘起解離等により解離させて分析するMS/MS分析やnが3以上のMSn分析を行ってプロダクトイオンスペクトルデータを取得してもよい。
【0029】
上述したようにして収集された各微小領域におけるマススペクトルデータ、即ち、測定領域101全体についてのMSイメージングデータは、イメージング質量分析部1からデータ処理部2に転送され、データ格納部21に格納される。このときのデータは、質量分析により得られた生データであるが、ノイズ除去などの適宜の波形処理が行われたデータでもよい。
【0030】
上述したようにデータ格納部21に測定領域101全体のMSイメージングデータが格納されている状態で、ユーザーが入力部3から解析実行を指示すると、データ処理部2では以下のような処理が実施される。
【0031】
プロファイルスペクトル作成部22は、データ格納部21から各微小領域に対応するデータを順番に読み出してプロファイルスペクトルを作成する。
図3(B)に示すように、プロファイルスペクトルはm/z軸方向に連続的な波形であり、化合物に対応するピークは山状のピークとして観測される。従来のイメージング質量分析装置では、
図3(B)の右方に記載したように、測定領域101内の全ての微小領域102に対して得られた複数のプロファイルスペクトルを平均化することによって、測定領域101に対する平均マススペクトルが求められる。
【0032】
これに対し、本実施形態のイメージング質量分析装置では、ピーク検出部23が、各プロファイルスペクトルにおいて所定の基準に従ってピークを検出する。次に、ピーク幅狭幅化部24は、
図2に示すように、検出された各ピークの幅を狭くする処理、言い換えれば、ピークトップの信号強度を保持しつつピークを細くする先鋭化処理を実行する。ピークの狭幅化処理としては、ピークを先鋭化するための既知の様々な手法を利用することができる。具体的には、例えばウェーブレット変換処理、フーリエ変換処理、微分処理などを用いて、ピークを先鋭化することができる。
【0033】
一般にTOFMSでは、ピークの質量精度はピーク幅に比べて十分に(通常1桁以上)高い。このようにピークの質量精度が高ければ、ピークの幅を質量精度と同程度まで小さくしても実用的に問題はない。具体的には、ピークの幅を1/3以下、例えば1/10程度まで小さくすることができる。なお、イオントラップ型質量分析装置などの一部の質量分析装置では、質量精度が低く質量のずれがピークの幅以上に大きい場合がある。こうした場合には、ピーク幅を狭くすることは好ましくない。何故なら、ピーク幅を狭くすると、そのピークから得られるm/z値と真の(理論上の)m/z値との乖離が大きくなる可能性が高いからである。
【0034】
スペクトル平均化部25は、
図3(C)に示すように、ピーク幅の狭幅化処理が終了した全てのプロファイルスペクトルを平均化する処理を実行することにより、一つの平均マススペクトルを統合マススペクトルとして算出する。もちろん、ピーク幅の狭幅化処理とプロファイルスペクトルの平均化処理とは並行して行うことができる。即ち、ピーク幅の狭幅化処理を先行して実施し、それが終了したプロファイルスペクトルから順に積算を行って最終的に平均化すればよい。また、平均マススペクトルの代わりに、ピーク幅の狭幅化処理が終了した全てのプロファイルスペクトルを積算した積算マススペクトルを算出してもよい。
【0035】
上述したように、プロファイルスペクトルにおいて各ピークのピーク幅を小さくすることによって、プロファイルスペクトルを平均化(又は積算)したときにm/z値がごく近い複数のピークが合体して分離不能になる可能性を低くすることができる。また、仮にm/z値がごく近い複数のピークが合体した場合であっても、それによるピークトップのm/z値のずれを抑えることができる可能性が高い。また、ピーク幅を狭くするとピークの裾の広がりも小さくなるので、信号強度の小さいピークと信号強度の大きなピークとが近接している場合でも、信号強度の小さいピークが信号強度の大きなピークの裾部に埋もれてしまうことを避けることができる。
【0036】
ピーク選択指示受付部26は、上述のようにして作成された、ピークの分離性が良好である平均マススペクトルを表示部4の画面上に表示する。ユーザーは、この平均マススペクトルを確認し、例えば、該平均マススペクトル上で所望のピークを入力部3で指示することにより選択する。ピーク選択指示受付部26は、指示されたピークを認識し、そのピークに対応付けられているm/z値、通常はピークトップの位置のm/z値を確定する。
【0037】
MSイメージング画像作成部27は、各微小領域における、上記確定したm/z値に対応する信号強度値を取得し、MSイメージング画像を作成する。表示処理部28は、作成されたMSイメージング画像を表示部4の画面上に表示する。例えば、MSイメージング画像は平均マススペクトルと同じ画面内に表示され、ユーザーが平均マススペクトル上で指示するピークを変更すると、その指示の変更(指示されたm/z値の変更)に対応して、表示するMSイメージング画像が更新されるようにすることができる。
【0038】
以上のように、本実施形態のイメージング質量分析装置では、測定領域101内に全体的に又は局所的に存在する様々な化合物由来のイオンピークが、平均マススペクトルにおいて重ならずにそれぞれ分離された状態で観測される。それにより、その平均マススペクトル上で各化合物に対応するピークをユーザーが適切に選択し、その化合物の分布を高い精度で示すMSイメージング画像を確認することができる。
なお、平均マススペクトルにおいて観測されるピークをグラフィカルに指示する代わりに、平均マススペクトルにおいて観測されるピークのm/z値のリストを表示し、そのリスト中でユーザーが観察したいm/z値を選択することができるようにしてもよい。
【0039】
次に、上記実施形態のイメージング質量分析装置の一変形例について、
図4~
図7により説明する。
この変形例では、
図1に示したイメージング質量分析装置の構成において、ピーク幅狭幅化部24及びスペクトル平均化部25の処理が上記説明と相違する。この相違点について説明する。
【0040】
図4は、プロファイルスペクトル作成部22において作成される一つの微小領域に対応するプロファイルスペクトルの一例である。既に述べたように、プロファイルスペクトルには山状のピークが観測される。ピーク検出部23は、各微小領域にそれぞれ対応するプロファイルスペクトルにおいて所定の基準に従ってピークを検出する。
【0041】
次いで、ピーク幅狭幅化部24は、検出された各ピークについてセントロイド化を実行する。セントロイド化は、周知のように、山状のピークの重心位置(m/z値)を計算し、その重心位置に、幅が実質的にゼロ、高さがピーク面積値である棒状のピーク(セントロイドピーク)を、元の山状のピークに置き換えて配置する処理である。セントロイド表示のマススペクトル(つまりはセントロイドスペクトル)では、各セントロイドピークを所定幅の線で示すが、原理的には、セントロイドピークのピーク幅はゼロ(無限に小さい)であり、ピークの裾部は存在しない。
図5は、
図4に示した実測のプロファイルスペクトルにおいて検出された各ピークをセントロイド化して示すマススペクトル、つまりはセントロイドスペクトルである。
【0042】
続いて、スペクトル平均化部25は、測定領域101に含まれる全ての微小領域102に対応するセントロイドスペクトルを平均化して平均マススペクトルを算出する。但し、上述のようにセントロイドピークのピーク幅は実質的にゼロであるため、平均化時には以下のようなビン二ング処理を実行する。
【0043】
まず、十分な質量分解能のビン幅で以てm/z軸を分割してビンを作成する。ビン幅の目安としては、測定に使用した質量分析装置の質量精度と同程度とすることができる。そして、全てのセントロイドスペクトルにおけるピークを、そのm/z値に応じていずれか一つのビンに振り分ける。つまり、セントロイドピーク毎にいずれのm/z範囲のビンに属するのかを決定する。そして、ビン毎に、一つのビンに割り振られた全てのセントロイドピークの信号強度を積算したうえで平均化する。こうした処理によって、
図6に示すような、m/z軸がビン毎に区切られた柱状グラフが得られる。この例ではビン幅は0.002Daであるが、ビン幅はこれに限らない。
【0044】
スペクトル平均化部25は、こうして得られた柱状グラフから、
図7に示すようなm/z軸上において波形が連続する疑似的なプロファイルスペクトルを作成する。この疑似的なプロファイルスペクトルに対して再度ピーク検出処理を行ってピークを求め、さらに必要に応じてセントロイド化を行うことにより平均マススペクトルを作成する。こうして得られた平均マススペクトルを表示部4に表示することで、ユーザーによるピークの選択指示を受け付ければよい。
【0045】
図9は、ピークの狭幅化処理を行っていないプロファイルスペクトルから求まる平均マススペクトル上のピーク(つまりは従来法により得られるピーク)と、上述したセントロイドピークを利用して得られる平均マススペクトル上のピーク(つまりは本発明の一例を利用して得られるピーク)との比較の一例を示す図である。セントロイドピークを利用することにより、平均マススペクトル上のピークの幅はかなり狭くなっていることが確認できる。これにより、測定領域101内にm/z値の差が僅かである複数の化合物が存在している場合であっても、平均マススペクトル上で、それら化合物に対応するピークが合体してしまうことを避けることができ、各化合物に対応する個々のピークを選択指示することが可能となる。
【0046】
また、上述したようにセントロイドピークについてビン二ング処理を行う代わりに、次のような処理を実行してもよい。
ピーク幅狭幅化部24は、
図8に示すように、プロファイルスペクトルにおいて検出された各ピークについてセントロイド化を実行し、セントロイドピークを取得する。上述したように、セントロイドピークのピーク幅w2は実質的にゼロである。また、セントロイドピークの位置(m/z М1)は、元のプロファイルスペクトル上のピークの重心の位置である。
【0047】
次にピーク幅狭幅化部24は、各セントロイドピークに対し、セントロイド化の前のピーク(プロファイルスペクトル上のピーク)のピーク幅w1に所定の係数を乗じて求めたピーク幅を与え、適宜の形状、例えば二等辺三角形状や矩形状のピークを形成する。なお、ピーク幅w1に乗じる係数の値は質量分析装置の質量精度等を考慮して、適宜に決めることができ、例えば0.05~0.3程度の範囲、一例としては0.1とするとよい。これにより、各ピークは、適宜のピーク幅を有しながら、裾の広がりが小さな(又は実質的にない)ピークに変換される。こうして得られた、各微小領域に対応するプロファイルスペクトルを全て集め、平均化を行うことで平均マススペクトルを得ることができる。これは、上述したピーク幅狭幅化処理に似ているが、一旦、セントロイド化を実施するため、ピークの位置が移動する可能性がある。
【0048】
上記実施形態及びその変形例のイメージング質量分析装置において、イメージング質量分析部1は質量分離器として飛行時間型質量分離器を用いていたが、飛行時間型質量分離器に限らず、これと同等程度以上の質量分解能を有する質量分離器を用いたものとするとよい。具体的には、各種のTOFMS以外に、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分離器、オービトラップ型質量分離器などを用いたフーリエ変換型の質量分析装置などが有用である。
【0049】
また、イメージング質量分析部1は、試料100上の測定領域101内に設定された微小領域102を順番に走査しながら質量分析を行うものでなく、多数の微小領域に対する質量分析を同時並行的に実施する投影型(又は投射型)イメージング質量分析を行うものであってもよい。さらにまた、イメージング質量分析部1は、レーザーマイクロダイセクション等の手法により、測定領域101内の各微小領域102からそれぞれ微細な試料片を物理的に切り出し、各試料片から調製した液体試料をそれぞれ質量分析することでデータを取得するものであってもよい。即ち、その測定手法は、測定領域101内の各微小領域102における所定のm/z範囲のマススペクトルデータが得られるものであればよい。
【0050】
また、上記実施形態及び変形例はあくまでも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0051】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0052】
(第1項)本発明に係る質量分析データ解析方法の一態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことで得られたデータを解析する質量分析データ解析方法であって、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られた、複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化ステップと、
狭幅化がなされたあとの複数のマススペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算ステップと、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付ステップと、
指示されたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成ステップと、
を有する。
【0053】
(第6項)また本発明に係るイメージング質量分析装置の一態様は、
試料上の測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ質量分析を行うことでデータを取得する測定部と、
平均化又は積算の対象である複数の微小領域の各々で得られたデータに基く複数のプロファイルスペクトルにおいてそれぞれ検出された各ピークに対し、ピーク幅を狭める処理を行う狭幅化処理部と、
前記狭幅化処理部による処理がなされたあとの複数のマススペクトルを平均化又は積算して統合マススペクトルを得るスペクトル演算部と、
前記統合マススペクトルを表示するとともに、該マススペクトル上でユーザーによるピークの選択の指示を受け付けるピーク選択受付部と、
前記ピーク選択受付部により受け付けられたピークに対応する質量分析イメージング画像を作成する画像作成部と、
を備える。
【0054】
第1項に記載の質量分析データ解析方法、及び第6項に記載のイメージング質量分析装置によれば、測定に使用する質量分析装置の質量精度の高さを活かしながら、測定領域内に存在する複数の化合物の質量に正確に対応するm/z値のピークが観測されるマススペクトルを表示することができる。それによって、その複数の化合物にそれぞれ対応する精度の高い分布画像を観察することが可能である。また、測定領域内の狭い範囲に局所的に存在する化合物についてもその存在を見落とすことなく、その化合物の分布画像を確認することができる。このようにして、本発明によれば、従来に比べてより子細で精度の高い化合物の分布解析を行うことができる。
【0055】
(第2項)第1項に記載の質量分析データ解析方法において、前記狭幅化ステップでは、プロファイルスペクトルにおいて検出されるピークに対しセントロイド化を行うものとすることができる。
【0056】
セントロイド化は、山状のピークを線ピークに変換する処理であり、一種の狭幅化処理である。但し、セントロイド化されたあとのピークのピーク幅は実質的にゼロである。
【0057】
(第3項)第2項に記載の質量分析データ解析方法において、前記狭幅化ステップでは、セントロイド化によって得られたピークの幅を広げる処理を実施するものとすることができる。
【0058】
ここで、「ピークの幅を広げる処理」はセントロイド化する前のピークのピーク幅に応じてピーク幅を広げるものとするとよい。例えば、セントロイド化する前のピークのピーク幅に1未満の所定の係数を乗じて求めたピーク幅を、セントロイド化されたピークに与えるとよい。
【0059】
第3項に記載の質量分析データ解析方法によれば、比較的簡単なデータ処理によって、近接するピークの分離性が高い統合マススペクトルを作成することができる。
【0060】
(第4項)また第2項に記載の質量分析データ解析方法において、前記スペクトル演算ステップでは、平均化又は積算の対象である複数の微小領域の全てにおいて、セントロイド化によって得られたピークをその質量電荷比に応じてビン二ングし、ビン毎に割り当てられたピークの強度を集約することで得られる離散的なスペクトルから統合マススペクトルを求めるものとすることができる。
【0061】
第4項に記載の質量分析データ解析方法によれば、元のプロファイルスペクトル上のピークのピーク幅とはほぼ無関係に、つまりはピーク幅が比較的大きなピークが存在するような場合であっても、そのピーク幅の影響をあまり受けずに、近接するピークの分離性が高い統合マススペクトルを作成することができる。
【0062】
(第5項)第1項~第4項のいずれか1項に記載の質量分析データ解析方法において、前記データは、飛行時間型質量分析又はフーリエ変換型質量分析により得られたデータであるものとすることができる。
【0063】
上述したように、測定に使用する質量分析装置の質量精度が観測されるピークの幅以上に低い場合、ピーク形状に基いてピーク幅を狭くすると、そのピークから得られるm/z値と真の(理論上の)m/z値との乖離が大きくなり、マススペクトルの精度を低下させる可能性がある。それに対し、飛行時間型質量分析装置やフーリエ変換型質量分析装置では一般に、その質量精度はかなり高く、その質量誤差は観測されるピークの幅に比べて小さいので、上述したような本発明の効果を十分に発揮させることができる。
【符号の説明】
【0064】
1…イメージング質量分析部
2…データ処理部
21…データ格納部
22…プロファイルスペクトル作成部
23…ピーク検出部
24…ピーク幅狭幅化部
25…スペクトル平均化部
26…ピーク選択指示受付部
27…MSイメージング画像作成部
28…表示処理部
3…入力部
4…表示部
100…試料
101…測定領域
102…微小領域