(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】巻鉄心および巻鉄心変圧器
(51)【国際特許分類】
H01F 27/32 20060101AFI20241106BHJP
H01F 27/245 20060101ALI20241106BHJP
H01F 37/00 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
H01F27/32 120
H01F27/245 155
H01F37/00 S
(21)【出願番号】P 2024539828
(86)(22)【出願日】2024-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2024012497
【審査請求日】2024-07-01
(31)【優先権主張番号】P 2023120549
(32)【優先日】2023-07-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
(72)【発明者】
【氏名】市原 義悠
(72)【発明者】
【氏名】中村 公二
【審査官】右田 勝則
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-054927(JP,A)
【文献】国際公開第2020/246388(WO,A1)
【文献】特開2002-224916(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110136933(CN,A)
【文献】中国実用新案第204155717(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 27/32
H01F 27/245
H01F 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数枚の方向性電磁鋼板が板厚方向に巻き重ねられた巻回形状であり、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、
前記平面部の少なくとも一部に、各方向性電磁鋼板の巻回方向における端面同士を突き合わせた接合部を有し、前記接合部のギャップ長が0.10mm以上、かつ、前記端面の平均高さRcが50μm以下である、巻鉄心。
【請求項2】
前記コーナー部に屈曲部を有する、請求項1に記載の巻鉄心。
【請求項3】
請求項1または2に記載の巻鉄心と絶縁油を備える、巻鉄心変圧器。
【請求項4】
前記絶縁油の40℃における動粘度が50mm
2/sec以下である、請求項3に記載の巻鉄心変圧器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻鉄心および巻鉄心変圧器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄の磁化容易軸である<001>方位が鋼板の圧延方向に高度に集積した結晶組織を有する方向性電磁鋼板は、変圧器の鉄心に使用される。変圧器は、その鉄心構造から、積鉄心変圧器と巻鉄心変圧器に大別される。積鉄心変圧器は、所定の形状に切断した鋼板を積み重ねた鉄心を有する。一方、巻鉄心変圧器は、鋼板を巻き重ねた鉄心を有する。変圧器鉄心として要求される特性は種々あるが、特に鉄損の小さいことが重要である。
【0003】
鉄心の素材である方向性電磁鋼板に要求される特性としても、鉄損の小さいことが重要である。また、変圧器における励磁電流を低減して銅損を低減するためには、素材である方向性電磁鋼板の磁束密度の高いことも必要である。一般に、Goss方位への方位集積度が高いほど、方向性電磁鋼板の磁束密度は高くなる。磁束密度の高い方向性電磁鋼板は、ヒステリシス損が小さく、鉄損特性にも優れる。方向性電磁鋼板の鉄損を低減するためには、Goss方位への方位集積度を高めるほか、鋼中の不純物を低減することも効果的である。
【0004】
しかしながら、結晶方位の制御や不純物の低減には限界がある。そのため、方向性電磁鋼板の表面に物理的な手法で不均一性を導入し、磁区を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。例えば、特許文献1や特許文献2には、鋼板表面に所定の深さの線状溝を設ける耐熱型の磁区細分化手法が記載されている。特許文献1には、歯車型ロールによる溝の形成手法が記載されている。また、特許文献2には、エッチング処理による溝の形成手法が記載されている。これらの手法は、熱処理を行っても磁区細分化効果が消失しない利点を有しており、鉄心作製時に歪取り焼鈍を施す場合にも適用が可能である。
【0005】
接合部を有する巻鉄心において、上述した物理的な手法で鉄損を低減した方向性電磁鋼板を使用することによって、接合部以外の部分については鉄損を大きく低減することが可能である。一方、接合部については、巻鉄心の構造上、素材である方向性電磁鋼板の特性に拠らず鉄損が非常に大きくなることが知られている。これは、接合部に形成される間隙(ギャップ)の磁気抵抗が非常に大きいため、磁束がギャップを通過せずに、隣接する面外方向の鋼板に渡ってしまい、面内渦電流損が生じるためである。接合部における大きい鉄損は、熱エネルギーに変換されて接合部周辺の温度上昇を招く。接合部周辺の温度上昇は、素材である方向性電磁鋼板の表面に塗布されている絶縁コーティングの絶縁性の低下、ひいては絶縁破壊の原因となる。絶縁破壊が生じると、変圧器鉄心の焼損を招くため、この温度上昇による絶縁性の低下は確実に防止しなければならない。
【0006】
接合部周辺の温度上昇を抑制する手法の1つとして、鉄心の冷却能を向上させることが挙げられる。特許文献3には、巻き重ねられた電磁鋼板の内の1枚以上を、その長手方向の全長に渡って、他の層を形成する電磁鋼板に対して、長手方向と直交する幅方向でずらすように巻き付けて、冷却媒体である油または空気との接触面積を大きくする手法が提案されている。また、接合部の温度上昇を抑制する別の手法として、接合部の鉄損増加を抑制することが挙げられる。特許文献4には、接合部(切断部)の位置を巻回方向に分散させて、接合部周辺の磁束密度を低減させ、鉄損増加を抑制する手法が提案されている。これらの手法を用いれば、接合部周辺の温度上昇をある程度抑制できるが、磁束密度や鉄心形状等の設計自由度を高めるためには、さらなる温度上昇の抑制が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公昭62-53579号公報
【文献】特許第2895670号公報
【文献】国際公開第2022/092101号
【文献】国際公開第2016/006314号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、接合部周辺の温度上昇の抑制効果に優れる巻鉄心を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
巻鉄心の接合部周辺における温度上昇の原因は、接合部に形成されるギャップの磁気抵抗が非常に大きいため、磁束がギャップを通過せずに、隣接する面外方向の鋼板に渡ってしまい、面内渦電流損が生じることである。この面内渦電流損の発生を抑制するためには、接合部のギャップを無くすことが非常に効果的である。しかしながら、鉄心作製時の加工精度や繰り返し巻き重ねを行う精度には誤差が生じるため、生産性を考慮すると実際には接合部のギャップを無くすことは困難である。
【0010】
そこで、冷却媒体でもある絶縁油を、接合部のギャップに積極的に通過させることによって、鉄心の冷却能を向上させることを検討した。
【0011】
AEM社製ユニコア製造機を使用し、各コーナー部に45度の屈曲部を2か所有する、縦:250mm×横:250mm×幅:100mm、総重量約20kgの巻鉄心を作製した。素材としては、磁束密度B8=1.91T、鉄損W17/50=0.88W/kgの特性を有する板厚0.23mmの方向性電磁鋼板を使用した。ここで、B8は磁化力800A/mにおける磁束密度であり、W17/50は周波数50Hz、最大磁束密度1.7Tにおける鉄損である。前記巻鉄心における接合方式はステップラップとし、接合部のギャップ長のみを0.01~20mmの範囲で変化させた。積層枚数は200枚、1次および2次コイルの巻数は40ターンとした。励磁条件は、周波数50Hz、磁束密度1.7Tとした。
【0012】
ここで、本発明で対象とする巻鉄心の構成について、
図9を用いて説明する。
図9に示されるように、巻鉄心1は、複数枚の方向性電磁鋼板Mが板厚方向に巻き重ねられて形成される。巻鉄心1を側面視した場合、巻鉄心1は、巻回形状を有している。なお、ここで、側面視とは、巻鉄心1を、巻鉄心1を構成する方向性電磁鋼板Mの幅方向に視ることをいう。巻鉄心1は、方向性電磁鋼板Mの巻回方向(方向性電磁鋼板Mの長さ方向)における端面E同士を突き合わせた接合部Cを有している。接合部Cには、ギャップ(隙間)Gが形成される。本発明において、接合部Cに形成されるギャップGの長さ(間隔)Lを、接合部のギャップ長という。
【0013】
次いで、
図1に示すような、絶縁油循環システムのタンク中に、上記で作製した巻鉄心を設置し、上記励磁条件で励磁したときの、タンクに流入する絶縁油の温度とタンクから排出される絶縁油の温度を計測した。絶縁油として、40℃における動粘度が40mm
2/secの絶縁油を使用した。
図1に示す絶縁油循環システムは、巻鉄心1と、絶縁油2を含む。前記絶縁油循環システムは、巻鉄心1と絶縁油2を備える巻鉄心変圧器を模擬したものである。
【0014】
図2に、巻鉄心における接合部のギャップ長と、タンクに流入する絶縁油とタンクから排出される絶縁油の温度差(以下、流入/排出油温度差という)の関係を示す。接合部のギャップ長が大きくなるほど、流入/排出油温度差が増加する傾向が認められた。
図3に、接合部のギャップ長と、上記励磁条件で励磁したときの巻鉄心変圧器の鉄損の関係を示す。接合部のギャップ長が大きくなるほど、鉄損が増加する傾向が認められた。特に接合部のギャップ長が10mm以上では鉄損の増加が顕著であった。
【0015】
鉄損が増加していることから、流入/排出油温度差が増加した原因としては、以下の2つが考えられる。(1)接合部のギャップ長が大きくなるほど、接合部の鉄損が増加し、その熱エネルギーが絶縁油に伝播した。(2)接合部のギャップ長が大きくなるほど、絶縁油が接合部のギャップを通過しやすくなり、接合部周辺の熱エネルギーが絶縁油に伝播しやすくなった(冷却能が向上した)。ここでは、原因(2)を考慮して、絶縁油を接合部のギャップに効率的に通過させる方法を探索することとした。
【0016】
配管などに空気や液体を通過させやすくするためには、エネルギー損失(圧損)をできる限り低減することが重要であることから、接合部のギャップの壁面となる方向性電磁鋼板の端面(以下、単に、鋼板端面ともいう)の凹凸が影響を及ぼすと考えられた。そこで、鋼板端面を平坦にして、流入/排出油温度差の変化を調査した。ここでは、鋼板端面を平坦にするために、ワイヤーカットによる加工を実施した。一般に、ワイヤーカットによる加工では、従来のシャーカットによる加工よりも平坦な面が得られやすい。前述した方向性電磁鋼板を素材として、ワイヤーカットとシャーカットのそれぞれで端面を加工した後、前述した方法で巻鉄心を作製した。そして、前述した絶縁油循環システムのタンク中に作製した巻鉄心を設置し、前述した励磁条件で励磁したときの、接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を調査した。
【0017】
図4に、各加工方法における接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を示す。ワイヤーカットによる加工を施した方向性電磁鋼板を素材として作製した巻鉄心では、従来のシャーカットによる加工を施した方向性電磁鋼板を素材として作製した巻鉄心に比べて、特に接合部のギャップ長が0.10mm以上で流入/排出油温度差が増加した。
【0018】
流入/排出油温度差が増加した原因としては、ワイヤーカットによる加工により鋼板端面の凹凸が低減したことによって圧損が低減し、絶縁油が接合部のギャップを通過しやすくなったことによって、巻鉄心の冷却能が向上したことが考えられる。
【0019】
したがって、巻鉄心の冷却能を向上させるためには、接合部のギャップの壁面となる鋼板端面の凹凸を低減したうえで、接合部のギャップ長を0.10mm以上にすればよいと言える。さらに、巻鉄心の鉄損特性と冷却能の両立を考慮すると、接合部のギャップ長は0.10~10mmとすることがより好ましいと考えられる。
【0020】
次に、鋼板端面の粗度と、流入/排出油温度差の関係を明確にするため、鋼板端面の粗度を変化させた。ここでは、鋼板端面の粗度を、鋼板端面を研磨する際のエメリー研磨紙の粗さや研磨時の荷重、時間を調整して変化させた。前述した方向性電磁鋼板を素材として、エメリー研磨紙による研磨によって鋼板端面の粗度を変化させた後、前述した方法で巻鉄心を作製した。そして、前述した絶縁油循環システムのタンク中に作製した巻鉄心を設置し、前述した励磁条件で励磁したときの、鋼板端面の粗度と、流入/排出油温度差の関係を調査した。ここで、巻鉄心の接合部のギャップ長は0.10mmとした。なお、鋼板端面の粗度は、3Dレーザ粗度計を用いて板厚×全幅の領域で測定し、平均高さRcと算術平均粗さRaをそれぞれ求めた。なお、本発明において、平均高さRc、算術平均粗さRaは、JIS B 0601:2013に準拠して測定される値である。
【0021】
図5に、鋼板端面の平均高さRcと、流入/排出油温度差の関係を示す。鋼板端面の平均高さRcが50μm以下では、流入/排出油温度差が大きく増加し、冷却能が向上した。
図6に、鋼板端面の算術平均粗さRaと、流入/排出油温度差の関係を示す。鋼板端面の算術平均粗さRaと流入/排出油温度差には相関が認められなかった。以上の結果から、鋼板端面の平均高さRcを制御することが非常に重要であることが明らかになった。鋼板端面の平均高さRcが、巻鉄心の冷却能と相関する傾向が認められ、鋼板端面の算術平均粗さRaが、巻鉄心の冷却能と相関する傾向が認められかった原因は明らかではないが、以下のように推定している。すなわち、算術平均粗さRaは各凹部と凸部の基準面からの高さの絶対値の平均値であり、測定面の疵や鉄心作製時に付着した外部からの付着物の影響を受けにくい。一方で、平均高さRcは隣接する凹部と凸部を1組として、各組の高さの平均値を利用するため、それらの影響も敏感に反映させることが可能である。圧損は、このような疵や外部からの付着物の影響も受けることから、鋼板端面の平均高さRcでのみ、巻鉄心の冷却能との相関が認められたものと考えている。
【0022】
圧損の低減には、絶縁油の動粘度も影響を及ぼすと考えられた。前述した方向性電磁鋼板を素材として、前述した方法で巻鉄心を作製した。そして、前述した油循環システムのタンク中に作製した巻鉄心を設置し、前述した励磁条件で励磁した。ここで、絶縁油の40℃における動粘度を1~100mm2/secの範囲で変化させ、絶縁油の動粘度と、流入/排出油温度差の関係を調査した。なお、接合部のギャップ長および鋼板端面の平均高さRcは、これまで効果が確認された条件の中で最も圧損の大きくなる、接合部のギャップ長:0.10mm、鋼板端面の平均高さRc:50μmの条件とした。
【0023】
図7に、絶縁油の動粘度と、流入/排出油温度差の関係を示す。40℃における絶縁油の動粘度が50mm
2/sec以下で、流入/排出油温度差がより大きくなった。したがって、40℃における動粘度が50mm
2/sec以下の絶縁油を用いた巻鉄心変圧器において、より高い冷却能が得られると言える。絶縁油の動粘度は、より好ましくは流入/排出油温度差が飽和する10mm
2/sec以下である。
【0024】
巻鉄心の作製方法には、鋼板を巻き重ねた後に、コーナー部を所定の曲率になるようにプレスし矩形状に形成する方法と、コーナー部となる部分をあらかじめ屈曲加工した鋼板を重ねることにより形成する方法がある。前者の方法で作製されたものはトランココア、後者の方法で作製されたものはユニコアあるいはデュオコアと称される。
図10に、ユニコアとトランココアの模式図を示す。ここでは、ユニコアとトランココアを用いた巻鉄心変圧器における鉄心冷却能の比較を行った。
【0025】
ユニコアについては、AEM社製ユニコア製造機を使用し、各コーナー部に45度の屈曲部を2か所有する、縦:500mm×横:500mm×幅:100mm、総重量約100kgのユニコアを2つ作製した。そのうち、1つは825℃×3Hr、DXガス雰囲気の条件で歪取り焼鈍を実施し、もう1つは歪取り焼鈍を実施しなかった。トランココアについては、縦:500mm×横:500mm×幅:100mm、総重量約100kgになるように心金に巻き付けた後、プレスし、歪取り焼鈍を実施したユニコアと同じ条件で歪取り焼鈍を実施した。素材としては、B8=1.93T、W17/50=0.75W/kgの特性を有する、板厚0.23mmの耐熱型磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板を使用した。前記巻鉄心における接合方式はステップラップとし、接合部のギャップ長を0.01~15mmの範囲で変化させ、鋼板端面の平均高さRcが30μmになるように加工条件を調整した。積層枚数は500枚、一次および二次コイルの巻数は40ターンとした。励磁条件は、周波数60Hz、磁束密度1.7Tとした。
図1に示すような、40℃における動粘度が5mm
2/secの絶縁油を使用した油循環システムのタンク中に作製した巻鉄心を設置し、上記励磁条件で励磁したときの、タンクに流入する油温度とタンクから排出される油温度を計測した。
【0026】
図8に、各巻鉄心における接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を示す。ユニコアの方が、トランココアに比べて流入/排出油温度差が大きく、ユニコアの中でも歪取り焼鈍を実施しない条件の方が、歪取り焼鈍を実施した条件に比べて流入/排出油温度差がより大きくなっていた。この理由は以下のように考えている。ユニコアでは局所的に大きな歪を導入するため、歪取り焼鈍を実施しても、変形双晶などが残存し、巻回方向に対する透磁率がトランココアよりも低い。そのため、接合部周辺では、隣接する面外方向の鋼板に渡る磁束量が増加し、その結果、接合部周辺の鉄損が増加したためと考えられる。歪取り焼鈍を実施しない場合は、より巻回方向の透磁率が低いので、隣接する面外方向の鋼板に渡る磁束量は3条件の中で最も多いと考えられ、その結果、流入/排出油温度差が最も大きくなったと考えられる。以上の結果から、コーナー部に屈曲部を有するユニコアあるいはデュオコアを用いた巻鉄心変圧器において、より高い冷却能が得られると言える。
【0027】
本発明は上記の知見に立脚するものであり、本発明の構成要旨は以下のとおりである。
[1]複数枚の方向性電磁鋼板が板厚方向に巻き重ねられた巻回形状であり、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、
前記平面部の少なくとも一部に、各方向性電磁鋼板の巻回方向における端面同士を突き合わせた接合部を有し、前記接合部のギャップ長が0.10mm以上、かつ、前記端面の平均高さRcが50μm以下である、巻鉄心。
[2]前記コーナー部に屈曲部を有する、[1]に記載の巻鉄心。
[3]前記[1]または[2]に記載の巻鉄心と絶縁油を備える、巻鉄心変圧器。
[4]前記絶縁油の40℃における動粘度が50mm2/sec以下である、[3]に記載の巻鉄心変圧器。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、接合部周辺の温度上昇の抑制効果に優れる巻鉄心を提供することができる。
【0029】
本発明によれば、巻鉄心の接合部近傍の温度上昇を効果的に抑制することが可能となり、温度上昇による絶縁コーティングの絶縁性の低下を防止できるため、変圧器の設計磁束密度を高めたり、小型化を図ったりなどの設計自由度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、実験に用いた絶縁油循環システムの模式図である。
【
図2】
図2は、接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を示す図である。
【
図3】
図3は、接合部のギャップ長と、変圧器鉄損W17/50の関係を示す図である。
【
図4】
図4は、ワイヤーカットとシャーカットで加工した方向性電磁鋼板を素材として作製した各巻鉄心における、接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を示す図である。
【
図5】
図5は、鋼板端面の平均高さRcと、流入/排出油温度差の関係を示す図である。
【
図6】
図6は、鋼板端面の算術平均粗さRaと、流入/排出油温度差の関係を示す図である。
【
図7】
図7は、40℃における絶縁油の動粘度と、流入/排出油温度差の関係を示した図である。
【
図8】
図8は、ユニコアとトランココアを用いた際の、接合部のギャップ長と、流入/排出油温度差の関係を示した図である。
【
図9】
図9は、巻鉄心の構成を説明する模式図である。
【
図10】
図10は、ユニコアとトランココアを示す模式図(側面図)である。
【
図11】
図11は、実施例において熱電対を取り付けた位置(温度の測定位置)を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
上述の通り、鉄心接合部周辺の温度上昇を効果的に抑制するためには、以下の要件を満たす必要がある。
【0032】
<巻鉄心>
[A]複数枚の方向性電磁鋼板が板厚方向に巻き重ねられた巻回形状であり、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有すること。
[B]前記平面部の少なくとも一部に前記各方向性電磁鋼板の巻回方向における端面同士を突き合わせた接合部を有し、前記接合部のギャップ長が0.10mm以上であること。より好ましくは0.10~10mmであること。
[C]前記端面の平均高さRcが50μm以下であること。より好ましくは10μm以下であること。
【0033】
巻鉄心の製造方法は、特に限定されず、例えば公知の方法を採用できる。より具体的には、コーナー部に屈曲部を有するユニコア、デュオコアは、AEM社製のユニコア製造機を使用して作製することができる。この場合、設計図を製造機に読み込ませると、設計図通りのサイズに鋼板がせん断、屈曲加工された加工済みの鋼板が1枚ずつ作製されるので、この加工済みの鋼板(素材)を板厚方向に巻き重ねることによって、上記巻鉄心を作製することができる。巻鉄心の作製後に、歪取り焼鈍を実施してもよいし、実施しなくてもよい。
【0034】
一方、コーナー部に湾曲部を有するトランココアは、コイル状の方向性電磁鋼板を払い出し、1巻き分ごとに切断しながら、円形の巻き取り型に巻き取り、板厚方向に巻き重ねていく。その後、巻き重ねられた鉄心材の内側と外側に形成型を当ててプレスし、所望の巻回形状とした後に歪取り焼鈍を実施することで作製される。
【0035】
どちらの製法においても、接合部のギャップ長の制御方法は特に限定されない。例えば、素材となる方向性電磁鋼板を1巻きごとにせん断する際に、設計上の1巻き長さに対して巻回方向の長さを少し短く設定することで、接合部のギャップ長を本発明の範囲内に制御できる。また、巻き重ねられた方向性電磁鋼板を一体的に固定する結束バンドや締め付け治具の結束力や締め付け力を調整する方法等によっても、接合部のギャップ長を本発明の範囲内に制御することができる。なお、上述したように、本発明では、接合部のギャップ長は0.10mm以上とする。接合部のギャップ長は0.50mm以上が好ましい。また、接合部のギャップ長は、20mm以下が好ましく、15mm以下がより好ましく、10mm以下がさらに好ましく、5mm以下がさらにより好ましい。
【0036】
鋼板端面の平均高さRcの制御方法も特に限定されない。例えば、一般的な加工方法であるシャー加工の場合、クリアランスの調整や、せん断刃の表面粗さの調整、せん断後のブラシ研削などの方法によって、鋼板端面の平均高さRcを本発明の範囲内に制御することができる。また、レーザビームなどを用いた加工の場合でも、レーザ出力や走査速度を変化させて鋼板に導入する熱エネルギーを調整する方法によって、鋼板端面の平均高さRcを本発明の範囲内に制御することができる。巻鉄心の作製工程の中に、鋼板端面の平均高さRcを測定する工程を組み入れるとより好ましい。なお、上述したように、本発明では、鋼板端面の平均高さRcは50μm以下とする。鋼板端面の平均高さRcは、25μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましく、5μm以下がさらにより好ましい。一方、鋼板端面の平均高さRcの下限は特に限定されないが、一例として、鋼板端面の平均高さRcは0.5μm以上である。
【0037】
なお、本発明においては、巻鉄心を作製する際、接合部のギャップ長および鋼板端面の平均高さRcを本発明の範囲内に制御すれば、それ以外の、鉄心サイズや接合方式等の鉄心構造は特に限定されない。また、巻鉄心がコーナー部に屈曲部を有する場合、コーナー部における屈曲部の屈曲角度、屈曲部数などの鉄心構造も特に限定されない。
【0038】
一例として、本発明の巻鉄心の製造方法は、方向性電磁鋼板の端面の平均高さRcを測定する工程と、前記端面の平均高さRcが本発明の範囲内である複数枚の方向性電磁鋼板を素材として準備する工程と、前記工程で素材として準備した各方向性電磁鋼板を巻き重ねて巻鉄心を形成する工程を有することができる。前記巻鉄心を形成する工程では、例えば上記のようにして、接合部のギャップ長を本発明の範囲内に制御する。
【0039】
<方向性電磁鋼板>
本発明において、巻鉄心の素材として使用される方向性電磁鋼板は特に限定されない。方向性電磁鋼板の板厚は用途に応じて適宜選択すればよい。前記板厚は、例えば0.15mm以上とすることができ、0.18mm以上としてもよい。また、前記板厚は、例えば0.35mm以下とすることができ、0.27mm以下としてもよい。前記板厚は、一例として0.15~0.35mmの範囲とすることができ、0.18~0.27mmの範囲としてもよい。
【0040】
また、方向性電磁鋼板の製造方法についても特に限定されない。例えば、公知の化学組成を有するスラブに1150~1450℃で加熱を施し、熱間圧延を施した後、必要に応じて900~1150℃で熱延板焼鈍を施す。その後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、700~900℃、湿水素雰囲気で脱炭焼鈍を施し、必要に応じてさらに窒化処理を施す。その後、焼鈍分離剤を塗布し、1000~1200℃で仕上げ焼鈍を施し、900℃程度で絶縁被膜を形成する。一例として、以上の方法により方向性電磁鋼板を製造できる。また、方向性電磁鋼板に、歪や溝などを用いた磁区細分化処理を公知の方法で施すことも可能である。巻鉄心作製時に歪取り焼鈍を施す場合は、溝型の磁区細分化処理を施すことが好ましい。
【0041】
<巻鉄心変圧器>
本発明の巻鉄心変圧器は、上記巻鉄心と絶縁油を備える。上述の通り、前記絶縁油は、40℃における動粘度が50mm2/sec以下であることが好ましい。前記絶縁油は、より好ましくは40℃における動粘度が10mm2/sec以下である。前記動粘度の下限は特に限定されないが、一例として、前記動粘度は1mm2/sec以上である。
【実施例】
【0042】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。本発明の実施形態は、本発明の趣旨に適合する範囲で適宜変更することが可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に包含される。
【0043】
[実施例1]
B8=1.88T、W17/50=0.68W/kgの磁気特性を有する鋼板表面に溝が形成された板厚0.23mmの方向性電磁鋼板(耐熱型磁区細分化材)を素材として、重量:約40kg、容量:30kVAとなる巻鉄心を作製した。巻鉄心は以下のように作製した。コイル状の方向性電磁鋼板を払い出し、1巻き分ごとに切断しながら、円形の巻取り型に巻き取った。ここで、切断時に設計周回長さに対して0.03~13.00mm短く鋼板を切断し、接合部のギャップ長を変化させた。また、切断はレーザを用いて行い、レーザ加工条件は、シングルモードファイバーレーザを使用し、偏向速度10m/secとし、レーザ出力を0.5~10.0kWに変更することによって鋼板端面の平均高さRcを変化させた。その後、鋼板を巻き取り、板厚方向に巻き重ねた鉄心材の内側と外側に形成型を当てながらプレスして最終の巻回形状とし、800℃×3Hr、N
2ガス雰囲気の条件で歪取り焼鈍を施し、巻鉄心とした。設計周回長さと実際の切断長さの差とそれぞれの巻鉄心の接合部のギャップ長、およびレーザ出力とそれぞれの巻鉄心の前記接合部を形成する鋼板端面の平均高さRcを表1に示す。その後、一旦、巻鉄心をほぐしてコイルを組み込むと同時に、接合部周辺に熱電対を取り付け、接合部周辺の温度を計測した。なお、前記熱電対は、巻鉄心の中巻接合部(巻鉄心の厚み中央の接合部)の幅方向中心に、当該接合部を形成する鋼板端面から5mmの位置に取り付けた(
図11を参照)。コイルの組み込み後、タンクの中に巻鉄心をセットし、絶縁油を注入することで巻鉄心変圧器とした。このとき、異なる絶縁油を用いることで絶縁油の動粘度を変化させた。絶縁油の動粘度および変圧器損失、接合部周辺の温度についても表1に示す。変圧器は、50Hz、1.7Tで励磁を行った。変圧器損失および接合部周辺の温度は、絶縁油の温度をモニタリングし、該温度が一定になった後(熱平衡後)に測定した。
【0044】
No.1~12は、接合部のギャップ長が短く、本発明の範囲外であるため、接合部周辺の温度が全ての条件で高温になっている。レーザ出力によって鋼板端面の平均高さRcが変化したのは、出力が増加すると、レーザ加工面である鋼板端面の溶融量が増加するほか、溶融物が飛散し、これが再度加工面に付着したためであると考えられる。No.13~24およびNo.25~36については、鋼板端面の平均高さRcが本発明の範囲内では、本発明の範囲外のものと比べて接合部周辺の温度上昇が抑制されていることが分かる。また、鋼板端面の平均高さRc、および絶縁油の動粘度の低い方が、接合部周辺の温度が低くなっており、冷却能がより高いことが分かる。さらには、接合部のギャップ長の増加による変圧器損失の増加も最小限に抑えられており、変圧器特性と冷却能の両立が実現できていることが分かる。No.37~48については、接合部のギャップ長が大きいため、No.13~36に比べて変圧器損失は劣る。しかしながら、鋼板端面の平均高さRcが本発明の範囲内では十分に接合部周辺の温度上昇は抑制されており、本発明の目的は達成できていることが分かる。
【0045】
【0046】
[実施例2]
B8=1.93T、W17/50=1.05W/kgの磁気特性を有する板厚0.30mmの方向性電磁鋼板を素材として、重量:約500kg、容量:500kVAとなる巻鉄心を作製した。巻鉄心は以下のように作製した。AEM社製ユニコア製造機を使用し、シャー加工によって設計周回長さ通りに鋼板をせん断し、コーナー部となる部分をあらかじめ屈曲加工し、これを板厚方向に巻き重ねることにより巻回形状の巻鉄心を作製した。ここで、前記巻鉄心の各コーナー部に45度の屈曲部を2か所有する形状とした。また、シャー加工時のクリアランスを変更することによって、鋼板端面の平均高さRcを変化させた。その後、一旦、鉄心をほぐしてコイルを組み込んだ後に、巻き重ねられた方向性電磁鋼板を一体的に固定するために結束バンドを設置した。この時、結束バンドの締め付け圧を0.01~1.00kg/mm2範囲で変更し、接合部のギャップ長を変化させた。また、鉄心をほぐしてコイルを組み込むと同時に、実施例1と同様にして、接合部周辺に熱電対を取り付け、接合部周辺の温度を計測した。コイル組み込み後、タンクの中に作製した巻鉄心をセットし、絶縁油を注入することで巻鉄心変圧器とした。このとき、異なる絶縁油を用いることで動粘度を変化させた。結束バンドの締め付け圧と接合部のギャップ長、およびシャー加工時のクリアランスと鋼板端面の平均高さRc、絶縁油の動粘度、変圧器損失、接合部周辺の温度を表2に示す。ここでは、実施例1と同様にして、変圧器の励磁を行い、変圧器損失および接合部周辺の温度を測定した。
【0047】
No.37~48は接合部のギャップ長が短く本発明の範囲外であるため、接合部周辺の温度が全ての条件で高温になっている。No.13~24およびNo.25~36については、鋼板端面の平均高さRcが本発明の範囲内では、本発明の範囲外のものと比べて接合部周辺の温度上昇が抑制されていることが分かる。また、鋼板端面の平均高さRc、および絶縁油の動粘度の低い方が、接合部周辺の温度が低くなっており、冷却能がより高いことが分かる。さらには、接合部のギャップ長の増加による変圧器損失の増加も最小限に抑えられており、変圧器特性と冷却能の両立が実現できていることが分かる。No.1~12については、接合部のギャップ長が大きいため、No.13~36に比べて変圧器損失は劣る。しかしながら、鋼板端面の平均高さRcが本発明の範囲内では十分に接合部周辺の温度上昇は抑制されており、本発明の目的は達成できていることが分かる。
【0048】
【要約】
接合部周辺の温度上昇の抑制効果に優れる巻鉄心を提供する。
複数枚の方向性電磁鋼板が板厚方向に巻き重ねられた巻回形状であり、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部の少なくとも一部に、各方向性電磁鋼板の巻回方向における端面同士を突き合わせた接合部を有し、前記接合部のギャップ長が0.10mm以上、かつ、前記端面の平均高さRcが50μm以下である、巻鉄心。