IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヨネックス株式会社の特許一覧 ▶ 地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターの特許一覧

特許7582614バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法
<>
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図1
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図2
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図3
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図4
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図5
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図6
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図7
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図8
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図9
  • 特許-バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】バドミントンラケットの打音評価装置及び打音評価方法
(51)【国際特許分類】
   A63B 60/42 20150101AFI20241106BHJP
   A63B 51/02 20150101ALI20241106BHJP
   G01H 11/08 20060101ALI20241106BHJP
   A63B 102/04 20150101ALN20241106BHJP
【FI】
A63B60/42
A63B51/02
G01H11/08 Z
A63B102:04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021004210
(22)【出願日】2021-01-14
(65)【公開番号】P2022108959
(43)【公開日】2022-07-27
【審査請求日】2023-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】390010917
【氏名又は名称】ヨネックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110004185
【氏名又は名称】インフォート弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100121083
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 宏義
(74)【代理人】
【識別番号】100138391
【弁理士】
【氏名又は名称】天田 昌行
(74)【代理人】
【識別番号】100120444
【弁理士】
【氏名又は名称】北川 雅章
(72)【発明者】
【氏名】宮入 徹
(72)【発明者】
【氏名】服部 遊
(72)【発明者】
【氏名】村越 弘章
(72)【発明者】
【氏名】小澤 佳佑
【審査官】渡辺 慶人
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-000339(JP,A)
【文献】実開平04-114364(JP,U)
【文献】実開昭54-033768(JP,U)
【文献】特開2018-126489(JP,A)
【文献】特開2017-144106(JP,A)
【文献】特開2001-336975(JP,A)
【文献】特開2007-192620(JP,A)
【文献】特開2009-258292(JP,A)
【文献】特開2014-223279(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 49/00 - 51/16
55/00 - 60/64
G01H 1/00 - 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バドミントンラケットによるシャトルの打音に関する音情報を取得する取得部と、
前記取得部で取得された前記音情報の所定の特性を解析し、打音による心地よさ度を数値化する解析部と、
前記解析部で数値化された前記心地よさ度を出力する出力部とを備え、
前記解析部は、
前記音情報を解析して周波数に基づき打音に関する美的因子を数値化する美的因子演算部と、
前記音情報を解析して音圧レベルに基づき打音に関する迫力因子を数値化する迫力因子演算部と、
前記音情報を解析してラウドネス量に基づき打音に関する空間因子を数値化する空間因子演算部と、
数値化した前記美的因子、前記迫力因子及び前記空間因子に基づき前記心地よさ度を演算する心地よさ度演算部を備え
前記美的因子演算部は、前記美的因子について前記音情報の1次ピーク周波数に美的因子用係数を乗算した値に対し美的因子用定数を加算して演算し、
前記迫力因子演算部は、前記迫力因子について前記音情報の2次ピーク周波数での音圧レベルに第1迫力因子用係数を乗算した値と該2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値に第2迫力因子用係数を乗算した値との和に対し、迫力因子用定数を加算して演算し、
前記空間因子演算部は、前記空間因子について前記音情報のラウドネス量におけるピーク直後の平均値に空間因子用係数を乗算した値に対し空間因子用定数を加算して演算することを特徴とするバドミントンラケットの打音評価装置。
【請求項2】
前記心地よさ度演算部は、前記美的因子、前記迫力因子及び前記空間因子それぞれに異なる寄与係数を乗算した値の合算値に基づき前記心地よさ度を演算することを特徴とする請求項に記載のバドミントンラケットの打音評価装置。
【請求項3】
前記出力部は、数値化された前記美的因子、前記迫力因子及び前記空間因子の少なくとも1つを出力することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のバドミントンラケットの打音評価装置。
【請求項4】
前記請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のバドミントンラケットの打音評価装置を用いたバドミントンラケットの打音評価方法であって、
バドミントンラケットによるシャトルの打音に関する音情報を前記取得部で取得する打音取得ステップと、
前記打音取得ステップで取得した音情報の所定の特性を前記解析部で解析して美的因子、迫力因子及び空間因子を数値化し、これらに基づき打音による心地よさ度を前記心地よさ度演算部で数値化する演算ステップと、
前記演算ステップで数値化された前記心地よさ度を前記出力部で出力する出力ステップとを実施することを特徴とするバドミントンラケットの打音評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バドミントンラケットによってシャトルを打撃したときの打音を評価するラケットの打音評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されるように、ラケット用ストリングには耐久性等の種々の性能が求められる。特にバドミントンストリングにあっては、ラケットに張設された状態でシャトルを打撃したときの打音が重要な性能の一つとして求められている。かかる打音に関しては、従来は音の高さのみで評価していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5593005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、本発明者は、バドミントンストリングの性能で打音を音の高さのみで評価すると、ユーザの感覚との間にずれが生じることを知見した。更に、本発明者は、種々の検査を繰り返して鋭意検討を行うことで、音の高さの他にも打音評価に重要な因子があることを知見した。そして、本発明者は、それら因子に基づき打音の心地よさ度を数値化できる技術を発明したものである。
【0005】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、バドミントンラケットでの打音の心地よさ度を数値化することができるラケットの測定装置及びラケットの測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明における一態様のバドミントンラケットの打音評価装置は、バドミントンラケットによるシャトルの打音に関する音情報を取得する取得部と、前記取得部で取得された前記音情報の所定の特性を解析し、打音による心地よさ度を数値化する解析部と、前記解析部で数値化された前記心地よさ度を出力する出力部とを備え、前記解析部は、前記音情報を解析して周波数に基づき打音に関する美的因子を数値化する美的因子演算部と、前記音情報を解析して音圧レベルに基づき打音に関する迫力因子を数値化する迫力因子演算部と、前記音情報を解析してラウドネス量に基づき打音に関する空間因子を数値化する空間因子演算部と、数値化した前記美的因子、前記迫力因子及び前記空間因子に基づき前記心地よさ度を演算する心地よさ度演算部を備え、前記美的因子演算部は、前記美的因子について前記音情報の1次ピーク周波数に美的因子用係数を乗算した値に対し美的因子用定数を加算して演算し、前記迫力因子演算部は、前記迫力因子について前記音情報の2次ピーク周波数での音圧レベルに第1迫力因子用係数を乗算した値と該2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値に第2迫力因子用係数を乗算した値との和に対し、迫力因子用定数を加算して演算し、前記空間因子演算部は、前記空間因子について前記音情報のラウドネス量におけるピーク直後の平均値に空間因子用係数を乗算した値に対し空間因子用定数を加算して演算することを特徴とする。
【0007】
本発明における一態様のバドミントンラケットの打音評価方法は、上記バドミントンラケットの打音評価装置を用いたバドミントンラケットの打音評価方法であって、バドミントンラケットによるシャトルの打音に関する音情報を前記取得部で取得する打音取得ステップと、前記打音取得ステップで取得した音情報の所定の特性を前記解析部で解析して美的因子、迫力因子及び空間因子を数値化し、これらに基づき打音による心地よさ度を前記心地よさ度演算部で数値化する演算ステップと、前記演算ステップで数値化された前記心地よさ度を前記出力部で出力する出力ステップとを実施することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、打音に関する因子として美的因子、迫力因子及び空間因子を解析して数値化し、これらに基づき打音による心地よさ度を数値化することができる。これにより、バドミントンラケットに張設されたストリングの打音についての性能をユーザの感覚に近付けつつ、数値化した心地よさ度を把握可能として該性能を客観的、相対的に評価し易くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施の形態に係る評価装置の構成を示すブロック図である。
図2】上記評価装置における解析部の機能ブロック図である。
図3】打音の音情報を解析した一例を示すグラフである。
図4】打音の音情報を解析した一例を示すグラフである。
図5】官能検査試験の結果の一例を示す図である。
図6】心地よさ度の推定値と実測値とを示す散布図である。
図7】美的因子の推定値と実測値とを示す散布図である。
図8】迫力因子の推定値と実測値とを示す散布図である。
図9】空間因子の推定値と実測値とを示す散布図である。
図10】心地よさ度の推定値と実測値とを示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の実施の形態について、添付図面を参照して詳細に説明する。なお、本発明は、下記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲内で適宜変形して実施できるものである。以下の図においては、説明の便宜上、一部の構成を省略することがある。
【0011】
図1は、実施の形態に係る評価装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、評価装置(打音評価装置)10は、解析部20を有する制御部30、取得部31、出力部32、記憶部33を備えている。
【0012】
制御部30は、中央処理装置(CPU)等からなり、評価装置10全体を制御する。制御部30は、解析部20にて記憶部33に記憶されているプログラムに従い、取得部31等から入力される情報に対する各種の演算処理を行う。また、制御部30は、各種の制御処理(出力部32の出力制御等)を行う。
【0013】
取得部31は、バドミントンラケットによるシャトルの打音に関する音情報を取得し、制御部30に出力する。取得部31は、マイク等の集音装置により構成することが例示できる。また、取得部31は、通信インターフェースとしてパソコン等の外部装置から有線又は無線通信によって音情報のデータを取得するようにしたり、音情報のデータを内蔵するメモリーカード等の記憶媒体を接続可能なスロット等のインターフェースとしたりしてもよい。
【0014】
出力部32は、解析部20の演算結果を数値やグラフ、その他の画像として表示(出力)するディスプレイや、解析部20の演算結果を音声で出力するスピーカを含む。
【0015】
記憶部33は、RAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)、不揮発性メモリ等を備えている。ROMでは、解析部20が各種の演算、制御を行うためのプログラムや、アプリケーションとして機能するためのプログラム、データ等が記憶される。RAMは、制御部30の作業領域として用いられる他、取得部31の音情報等が制御部30を介して記憶される。RAMでは、ROMから読み出されたプログラムやデータ、解析部20が各種プログラムに従って実行した演算結果等が一時的に記憶される。不揮発性メモリでは、長期的な保存が必要なデータが記憶される。
【0016】
図2は、上記評価装置における解析部の機能ブロック図である。図2に示すように、本実施の形態に係る解析部20は、物理特性演算部21、心地よさ度演算部22、美的因子演算部23、迫力因子演算部24、空間因子演算部25として機能する。これらの機能ブロックは、記憶部33に記憶されたプログラムが解析部20によって実行されることによって実現される。なお、図2に示す解析部20の機能ブロックは、本発明に関連する構成のみを示しており、それ以外の構成については省略している。
【0017】
物理特性演算部21は、取得部31から出力された音情報を解析し、美的因子演算部23、迫力因子演算部24、空間因子演算部25で用いるデータを演算する。物理特性演算部21は、例えば、音情報のデータをFFT(Fast Fourier Transform)解析することで、図3に示すように各周波数成分における音圧レベルを検出する。図3は、打音の音情報を解析した一例を示すグラフであり、横軸を周波数[Hz]、縦軸を音圧レベル[dB]としている。物理特性演算部21は、図3の検出結果から、音情報に関し、1次ピーク周波数A1、2次ピーク周波数での音圧レベルA2aと、該2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値A2bを求める。
【0018】
また、物理特性演算部21は、音情報のデータをFFT解析することで、図4に示すように所定の時間毎のラウドネス量を検出することができる。図4は、打音の音情報を解析した一例を示すグラフであり、横軸を時間[s]、縦軸をラウドネス量[sone]としている。物理特性演算部21は、図4の検出結果から、音情報に関し、ラウドネス量におけるピーク直後の平均値A3を求める。
【0019】
解析部20の心地よさ度演算部22は、バドミントンラケットによるシャトルの打音の心地よさ度を演算する。打音の心地よさ度は、聴取者による好き嫌いの評価を数値化するものであり、本実施の形態では、音の高さと対応する美的因子に加え、音の大きさと対応する迫力因子及び音の響きと対応する空間因子を用いて心地よさ度演算部22にて演算される。心地よさ度演算部22の具体的な演算例については後述する。
【0020】
美的因子演算部23は、取得部31が取得した音情報の周波数に基づき美的因子を数値化する。具体的には、美的因子演算部23は、音情報の1次ピーク周波数A1(図3参照)に美的因子用係数C1を乗算した値に対し美的因子用定数B1を加算して美的因子F1を演算する。よって、美的因子F1の演算式は、以下の(式1)とされる。なお、美的因子用定数B1は正負両方の場合があり得る。
F1=C1・A1+B1 ・・・(式1)
F1:美的因子
C1:美的因子用係数
A1:1次ピーク周波数(基音周波数)[Hz]
B1:美的因子用定数
【0021】
迫力因子演算部24は、取得部31が取得した音情報の音圧レベルに基づき迫力因子を数値化する。具体的には、迫力因子演算部24は、音情報の2次ピーク周波数での音圧レベルA2a(図3参照)に第1迫力因子用係数C2aを乗算した値と、該2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値A2b(図3参照)に第2迫力因子用係数C2bを乗算した値との和を求める。更に、迫力因子演算部24は、この和の値に対し、迫力因子用定数B2を加算して迫力因子F2を演算する。よって、迫力因子F2の演算式は、以下の(式2)とされる。なお、迫力因子用定数B2は正負両方の場合があり得る。
F2=C2a・A2a+C2b・A2b+B2 ・・・(式2)
F2 :迫力因子
C2a:第1迫力因子用係数
A2a:2次ピーク周波数での音圧レベル[dB]
C2b:第2迫力因子用係数
A2b:2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値[dB]
B2 :迫力因子用定数
【0022】
空間因子演算部25は、取得部31が取得した音情報のラウドネス量に基づき空間因子を数値化する。具体的には、空間因子演算部25は、音情報のラウドネス量におけるピーク直後の平均値A3(図4参照)に空間因子用係数C3を乗算した値に対し、空間因子用定数B3を加算して空間因子F3を演算する。よって、空間因子F3の演算式は、以下の(式3)とされる。なお、空間因子用定数B3は正負両方の場合があり得る。
F3=C3・A3+B3 ・・・(式3)
F3:空間因子
C3:空間因子用係数
A3:ラウドネス量におけるピーク直後の平均値[sone]
B3:空間因子用定数
【0023】
心地よさ度演算部22は、美的因子F1、迫力因子F2及び空間因子F3それぞれに異なる寄与係数D1~D3を乗算した値の合算値に基づき心地よさ度Fを演算する。具体的には、心地よさ度演算部22は、美的因子F1に第1寄与係数D1を乗算した値と、迫力因子F2に第2寄与係数D2を乗算した値と、空間因子F3に第3寄与係数D3を乗算した値とを合算する。そして、心地よさ度演算部22は、かかる合算した値に対し、補正値Eを加算して心地よさ度Fを演算する。よって、心地よさ度Fの演算式は、以下の(式4)とされる。なお、補正値Eは正負両方の場合があり得る。
F=D1・F1+D2・F2+D3・F3+E ・・・(式4)
F :心地よさ度
D1:第1寄与係数
D2:第2寄与係数
D3:第3寄与係数
E :補正値
【0024】
ここで、各係数C1、C2a、C2b、C3、各定数B1~B3、各寄与係数D1~D3、補正値Eは、以下に述べる(1)打音収録、(2)官能検査試験、(3)収録音源の解析、(4)心地よさ度の推定を実施することによって設定した。
【0025】
(1)打音収録
まず、(2)官能検査試験、(3)収録音源の解析、(4)心地よさ度の推定に用いるバドミントンラケットにてシャトルを打撃する打音を収録し、収録音源を得た。
【0026】
打音の収録は、試技者をバドミントン競技者1名、収録場所を体育館、収録機器をバイノーラルマイクロホン(B&K社製 Type 4965-J)の条件にて行った。また、打音の収録に用いたバドミントンラケットにおいては、ヨネックス社製6種のストリングを張設した。以下において、かかる6種のストリングをサンプルa~fと称する。サンプルa~fは、市場のストリングを網羅すべく一般的な0.6~0.7mmのゲージのストリングを選定した。打音の収録のための試技は、シャトルの羽根の音やラケットの風切り音が含まれにくくするため、床面と平行にまっすぐシャトルを飛ばす打法となるドライブを採用した。
【0027】
(2)官能検査試験
続いて(1)打音収録にて収録した打音に対し、被験者にて評価する官能検査試験を行った。官能検査試験は、SD法(セマンティック・ディファレンシャル法)により、10の形容語(形容詞対)を用いて、サンプルa~fのストリングそれぞれの打音を7段階で評価を行った。結果を図5に示す。図5は、官能検査試験の結果の一例を示す図である。図5においては、それぞれのサンプルについて、全ての被験者の平均値をプロットした。具体的には、サンプルa:○、サンプルb:△、サンプルc:◇、サンプルd:◎、サンプルe:□、サンプルf:▽、にてプロットした(図6~10の散布図においても同じマークでプロットする)。なお、形容語の選定は、オンラインショッピングサイトにおけるレビュー情報の収集や、競技中の打音の印象に対してコメント出しを行う予備実験によって行った。
【0028】
官能検査試験は、被験者をバドミントン競技中上級者22名(男性21名女性1名、平均年齢30.0歳(SD=10.2)、平均競技歴17.9年(SD=8.9))とした。また、再生機器はヘッドホン(ゼンハイザーHD650)を用い、場所は収録音源音量と比較して十分静穏な場所となる会議室とした。
【0029】
官能検査試験にあっては、打音評価に重要な因子の把握を目的に図5に示した結果を用いて因子分析(多くの形容詞を少数の因子に要約する分析)にて解析を行った。因子分析は、最尤法・バリマックス回転による因子分析とした。因子分析にて、打音は、第1因子となる美的因子、第2因子となる迫力因子、第3因子となる空間因子にて評価した。結果を下記表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
更に、官能検査試験にあっては、表1の結果に対し重回帰分析を行って打音の心地よさ度を評価する演算式(モデル式)を求めた。該演算式は、以下の(式5)とされる。
F=1.216×F1+0.810×F2+0.730×F3+0.178
・・・(式5)
F :心地よさ度
F1:美的因子
F2:迫力因子
F3:空間因子
【0032】
重回帰分析では、目的変数を形容語「嫌い-好き」の評点、説明変数を美的因子、迫力因子、空間因子の因子得点とした。言い換えると、心地よさ度を打音の聴取者の好き嫌いに関する評価とし、該心地よさ度は、美的因子、迫力因子、空間因子が寄与して評価するものとした。重回帰分析にて、説明変数の標準偏回帰係数は、美的因子:0.66、迫力因子:0.40、空間因子:0.35(優位水準0.1%)との解析結果になり、かかる解析結果から美的因子>迫力因子>空間因子の順で影響を与えることを確認した。また、美的因子、迫力因子、空間因子の分散拡大係数(VIF)の値はそれぞれ1.0となり、かかる値から多重共線性が無いことを確認した。
【0033】
図6は、心地よさ度の推定値と実測値とを示す散布図である。図6では、形容語「嫌い-好き」の評点の実測値(平均値)を縦軸とし、上記式5の演算式に、サンプルa~fの美的因子、迫力因子、空間因子の因子得点を入れて演算した推測値を横軸とした。
そして、図6における実測値と推定値との相関係数=0.99とした。
【0034】
(3)収録音源の解析
続いて、打音の収録音源の解析を行った。かかる解析は、美的因子、迫力因子、空間因子それぞれについて行った。
【0035】
打音の収録音源における美的因子の解析にて、美的因子の推定値の演算式を求めた。該演算式は、以下の(式6)となった。
F1=0.0116×A1-12.7534 ・・・(式6)
F1:美的因子(推定値)
A1:1次ピーク周波数(基音周波数)[Hz]
【0036】
打音の収録音源における美的因子の解析にて、目的変数を美的因子の因子得点、説明変数を打音における1次ピーク周波数A1(図3参照)とした。言い換えると、美的因子は、物理量となる1次ピーク周波数が寄与して評価するものとした。1次ピーク周波数は、打音の周波数分析を行い、音圧レベルが最大値となる周波数を算出した。
【0037】
図7は、美的因子の推定値と実測値とを示す散布図である。図7では、美的因子の因子得点の実測値を縦軸とし、上記式6の演算式に、サンプルa~fの1次ピーク周波数を入れて演算した推測値を横軸とした。そして、図7における実測値と推定値との相関係数は0.97となった。
【0038】
打音の収録音源における迫力因子の解析にて、迫力因子の推定値の演算式を求めた。該演算式は、以下の(式7)となった。
F2=0.0668×A2a+0.1403×A2b-13.7045・・・(式7)
F2:迫力因子(推定値)
A2a:2次ピーク周波数での音圧レベル[dB]
A2b:2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値[dB]
【0039】
打音の収録音源における迫力因子の解析にて、目的変数を迫力因子の因子得点とした。また、説明変数を物理量となる2次ピーク周波数での音圧レベルA2a及び物理量となる2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値A2b(図3参照、2次の範囲は除く)とした。言い換えると、迫力因子は、2次ピーク周波数での音圧レベル及び2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値が寄与して評価するものとした。2次ピーク周波数は、打音の周波数分析を行って算出した。
【0040】
図8は、迫力因子の推定値と実測値とを示す散布図である。図8では、迫力因子の因子得点の実測値を縦軸とし、上記式7の演算式に、サンプルa~fの2次ピーク周波数での音圧レベル及び2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値を入れて演算した推測値を横軸とした。そして、図8における実測値と推定値との相関係数は0.97となった。
【0041】
打音の収録音源における空間因子の解析にて、空間因子の推定値の演算式を求めた。該演算式は、以下の(式8)となった。
F3=0.1042×A3-1.1535 ・・・(式8)
F3:空間因子(推定値)
A3:ラウドネス量におけるピーク直後の平均値[sone]
【0042】
打音の収録音源における空間因子の解析にて、目的変数を空間因子の因子得点、説明変数を物理量となるラウドネス量の平均値A3とした。言い換えると、空間因子は、ラウドネス量が寄与して評価するものとした。
【0043】
図9は、空間因子の推定値と実測値とを示す散布図である。図9では、空間因子の因子得点の実測値を縦軸とし、上記式8の演算式に、サンプルa~fのラウドネス量におけるピーク直後の平均値を入れて演算した推測値を横軸とした。そして、図9における実測値と推定値との相関係数は0.63となった。
【0044】
(4)心地よさ度の推定
続いて、打音の心地よさ度の推定値を演算して評価した。図10は、心地よさ度の推定値と実測値とを示す散布図である。図10の散布図の縦軸は、形容語「嫌い-好き」の評点の実測値(平均値)とした。図10の散布図の横軸は、心地よさ度の推定値とした。該推定値は、上記式5の演算式に、サンプルa~fの上記式6で演算した美的因子、上記式7で演算した迫力因子、上記式8で演算した空間因子の各推定値を入れて演算した。図10における実測値と推定値との相関係数は0.98となった。
【0045】
上記のように各相関係数を求めることができるので、各係数C1、C2a、C2b、C3、各定数B1~B3、各寄与係数D1~D3、補正値Eを具体的に設定することが可能となる。詳述すると、式1と式6とから、美的因子用係数C1を0.0116、美的因子用定数B1を-12.7534に設定することができる。式2と式7とから、第1迫力因子用係数C2aを0.0668、第2迫力因子用係数C2bを0.1403、迫力因子用定数B2を-13.7045に設定することができる。式3と式8とから、空間因子用係数C3を0.1042、空間因子用定数B3を-1.1535に設定することができる。そして、式4と式5とから、第1寄与係数D1を1.216、第2寄与係数D2を0.810、第3寄与係数D3を0.730、補正値Eを0.178に設定することができる。
【0046】
式5~式8を用いた演算を行うことで、従来、音の高さだけでなされていた打音の評価について、美的因子、迫力因子及び空間因子の3つの因子が寄与する心地よさ度を数値化して評価することが可能となる。
【0047】
次に、本実施の形態における打音の評価方法の一例について説明する。かかる評価方法は、打音取得ステップ、演算ステップ、出力ステップの順に実施する。
【0048】
打音取得ステップでは、バドミントンラケットによってシャトルを打撃し、該打撃の際の打音をマイク等の集音装置によって取得部31(図1参照)にて取得する。取得部31は、取得した音情報を解析部20(図1参照)に出力する。打音は、データとして記憶媒体に記憶することで打音の収録音源とし、解析部20に無線や有線によって送信することで解析部20に出力するようにしてもよい。
【0049】
打音取得ステップの実施後、演算ステップを実施する。演算ステップでは、解析部20の物理特性演算部21(図2参照)にて、取得部31から出力された音情報を解析する(物理特性演算ステップ)。本実施の形態では、物理特性演算部21は、音情報に関し、1次ピーク周波数(図3のA1)、2次ピーク周波数での音圧レベル(図3のA2a)、2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値(図3のA2b)を求める。また、物理特性演算部21は、音情報に関し、ラウドネス量におけるピーク直後の平均値(図4のA3)を求める。
【0050】
演算ステップでは、美的因子演算部23にて、解析した音情報の1次ピーク周波数の値を上記式6に入れ、美的因子の推定値を演算することで数値化する(美的因子演算ステップ)。また、演算ステップでは、迫力因子演算部24にて、解析した音情報の2次ピーク周波数での音圧レベル、2次ピーク周波数以降の音圧レベルの合算値の各値を上記式7に入れ、迫力因子の推定値を演算することで数値化する(迫力因子演算ステップ)。更に、演算ステップでは、空間因子演算部25にて、解析した音情報のラウドネス量におけるピーク直後の平均値を上記式8に入れ、空間因子の推定値を演算することで数値化する(空間因子演算ステップ)。
【0051】
そして、演算ステップでは、心地よさ度演算部22にて、上記のように演算した美的因子、迫力因子及び空間因子の値を上記式5に入れ、心地よさ度を演算して数値化する(心地よさ度演算ステップ)。
【0052】
演算ステップの実施後、出力ステップを実施する。出力ステップでは、解析部20の心地よさ度演算部22にて数値化された心地よさ度をディスプレイ等の出力部32にて出力する。また、出力ステップでは、各演算部23~25にて数値化された美的因子、迫力因子及び空間因子においても、出力部32にて出力する。なお、出力ステップでは、心地よさ度が出力可能であればよく、美的因子、迫力因子及び空間因子においては、少なくとも1つとして出力する因子を任意としたり、何れも出力しないようにしたりしてもよい。
【0053】
上記評価方法によれば、打音の美的因子、迫力因子、空間因子だけでなく打音の心地よさ度を簡単に数値化することが可能となる。また、バドミントンストリングの打音についての性能を心地よさ度としてユーザの感覚に近付けつつ数値化して把握でき、バドミントンストリングにて重要性能となる打音について客観的、相対的に評価し易くすることができる。
【0054】
なお、本発明は上記実施の形態に限定されず、種々変更して実施することが可能である。上記実施の形態において、添付図面に図示されている大きさや形状、方向などについては、これに限定されず、本発明の効果を発揮する範囲内で適宜変更することが可能である。その他、本発明の目的の範囲を逸脱しない限りにおいて適宜変更して実施することが可能である。
【0055】
例えば、式6にて美的因子用定数B1を-12.7534に設定しているが、官能検査の尺度間隔に対応しつつ最適推定値±1.0の-11.7534~-13.7534の範囲にて美的因子用定数B1を設定可能となる。このとき、迫力因子用定数B2の範囲は-14.7045~-12.7045、空間因子用定数B3の範囲は-2.1535~-0.1535、補正値Eの範囲は-0.822~1.178に設定可能となる。
【0056】
また、各係数C1、C2a、C2b、C3、各定数B1~B3、各寄与係数D1~D3、補正値Eは、官能検査にて+3.0~-3.0の範囲で採点した尺度を採用した場合の数値であり、任意に変更することができる。例えば、美的因子用定数B1を1とした場合、美的因子用係数C1を0.0008~0.0010の範囲で変更できる。また、迫力因子用定数B2を1とした場合、第1迫力因子用係数C2aを0.0045~0.0053、第2迫力因子用係数C2bを0.0095~0.0110の範囲で変更できる。更に、空間因子用係数C3を1とした場合、空間因子用定数B3を0.0484~0.6788の範囲で変更できる。そして、補正値Eを1とした場合、第1寄与係数D1を1.0323以上、第2寄与係数D2を0.6876以上、第3寄与係数D3を0.6197以上の範囲で変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、バドミントンラケットによるシャトルの打音を心地よさ度として数値化して評価することができるバドミントンラケットの打音評価装置及び評価方法に関する。
【符号の説明】
【0058】
10 評価装置(打音評価装置)
20 解析部
23 美的因子演算部
24 迫力因子演算部
25 空間因子演算部
31 取得部
32 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10