IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人九州大学の特許一覧

特許7582639動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法
<>
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図1
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図2
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図3
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図4
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図5
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図6
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図7
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図8
  • 特許-動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】動的核偏極の偏極源、組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/00 20060101AFI20241106BHJP
   A61B 5/055 20060101ALI20241106BHJP
   G01N 24/12 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
G01N24/00 100B
A61B5/055 383
G01N24/12 510L
【請求項の数】 35
(21)【出願番号】P 2020033874
(22)【出願日】2020-02-28
(65)【公開番号】P2020144123
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2019036869
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「超核編極ナノ空間の創出に基づく高感度生体分子観測」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】楊井 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】君塚 信夫
(72)【発明者】
【氏名】河野 宏徳
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 優介
(72)【発明者】
【氏名】藤原 才也
(72)【発明者】
【氏名】折橋 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】西村 亘生
(72)【発明者】
【氏名】立石 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】上坂 友洋
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-015443(JP,A)
【文献】特開2011-093827(JP,A)
【文献】特開2002-124384(JP,A)
【文献】WU, Judy I.,4n π Electrons but Stable: N,N-Dihydrodiazapentacenes, J. Org. Chem.,2009年,Vol.74,pp.4343-4349
【文献】FUJIWARA, Saiya,Dynamic Nuclear Polarization of Metal-Organic Frameworks Using Photoexcited Triplet Electrons,J. Am. Chem. Soc.,Saiya,2018年11月07日,Vol.140,pp.15606-15610
【文献】ナノ多孔性材料を室温で高核偏極化することに世界で初めて成功~生体分子の高感度MRI観測へ新たな道~,九州大学プレスリリース [オンライン],2018年11月08日,http://kyushu-u.ac.jp/f/34490/18_11_08_1.pdf,[検索日:2024年2月26日]
【文献】TANG, Qin,A Meaningful Analogue of Pentacene: Charge Transport, and Electrocnic Structures of Dihydrodiazapentacene,Chem. Mater.,Qin,2009年,Vol.21,pp.1400-1405
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
A61B 5/055
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される分子からなる動的核偏極の偏極源。
一般式(1)
【化1】
[一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの1~6個はNを表し、その他は各々独立にC-R(Rは水素原子または置換基を表す)を表す。nは1~4の整数を表す。nが2以上であるとき、複数のZは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のZ10は同一であっても異なっていてもよい。]
【請求項2】
一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの2~2n個(nが1であるときは2個)がNを表し、その他が各々独立にC-R(Rは水素原子または置換基を表す)を表す、請求項1に記載の偏極源。
【請求項3】
nが2または3である、請求項1または2に記載の偏極源。
【請求項4】
以下の3つの条件の少なくとも1つを満たす、請求項1~3のいずれか1項に記載の偏極源。
<1> ZとZがともにNである。
<2> ZとZがともにNである。
<3> ZとZ10がともにNである。
【請求項5】
一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つが、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子、およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基である、請求項1~4のいずれか1項に記載の偏極源。
【請求項6】
、Z、Z、Z、Zのうちの少なくとも1つがC-R11であり、Z、Z、Z、Z、Z10のうちの少なくとも1つがC-R12であり、R11およびR12が各々独立にハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基である、請求項5に記載の偏極源。
【請求項7】
一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つが、ハロゲン原子、シアノ基、カルボニル基、エステル基、カルボキシル基、スルホ基、ホスホノ基、ホスホノキシ基、ホウ素原子、リン原子、ケイ素原子、ヒドロキシ基、チオール基、ベンゼン環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環およびアミノ基からなる群より選択される1つ以上を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の偏極源。
【請求項8】
一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つがオリゴアルキレンオキシ構造を含む基である、請求項1~7のいずれか1項に記載の偏極源。
【請求項9】
前記分子が下記一般式(2)で表される、請求項1~8のいずれか1項に記載の偏極源。
一般式(2)
【化2】
[一般式(2)において、R~Rは各々独立に水素原子または置換基を表す。n1およびn2は各々独立に0~4の整数を表し、n1+n2は2~5の整数である。n1が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。n2が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。]
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の偏極源を含む組成物。
【請求項11】
多孔性材料と前記偏極源とを含む、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記多孔性材料が金属有機構造体または共有結合性有機骨格構造体である、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有しており、前記置換基の水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されている、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子がイミダゾール骨格を有する、請求項12に記載の組成物。
【請求項15】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、2~4価の金属イオンを含む、請求項12~14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、亜鉛イオンZn2+を含む、請求項12~15のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項17】
金属有機構造体を含み、前記偏極源を構成する分子が前記金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有する、請求項12~16のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項18】
前記官能基が酸性基である、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
前記官能基がカルボキシ基またはカルボキシラートアニオン基である、請求項17に記載の組成物。
【請求項20】
前記偏極源を構成する分子が前記多孔性材料の孔内に存在する、請求項11~19のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項21】
前記偏極源の含有量が、前記金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して0.01mol%以上である、請求項12~19のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項22】
前記組成物のスピン-格子緩和時間Tが2.5秒以上である、請求項11~21のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項23】
さらに、前記偏極源および前記多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質を含有する、請求項11~22のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項24】
請求項10~23のいずれか1項に記載の組成物からなる動的核偏極用組成物。
【請求項25】
請求項10~23のいずれか1項に記載の組成物を高偏極化したものである、高偏極化組成物。
【請求項26】
請求項25に記載の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、請求項9~21のいずれか1項に記載の組成物に物質を接触させた後、前記組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む、物質の高偏極化方法。
【請求項27】
前記物質が液体または溶液である、請求項26に記載の高偏極化方法。
【請求項28】
前記物質がガスである、請求項26に記載の高偏極化方法。
【請求項29】
前記高偏極化組成物または前記組成物への前記物質の接触を、前記高偏極化組成物または前記組成物を構成する多孔性材料中に、前記物質を浸透させることにより行う、請求項27または28に記載の高偏極化方法。
【請求項30】
前記物質が、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有する、請求項26~29のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
【請求項31】
前記物質が、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体を含有し、前記置換基の少なくとも1つが、スピン量子数Iが0以外である原子を含む、請求項30に記載の高偏極化方法。
【請求項32】
前記置換基がフッ素原子である、請求項30または31に記載の高偏極化方法。
【請求項33】
さらに、前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を含む、請求項26~32のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
【請求項34】
前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を、互いに接触させた前記高偏極化組成物と前記物質にマイクロ波を照射することにより行う、請求項33に記載の高偏極化方法。
【請求項35】
請求項10~23のいずれか1項に記載の組成物を用いて物質のNMRを測定する工程を含む、NMR測定法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン偏極を電子から核へ移行させる動的核偏極に用いられる偏極源、その偏極源を含む組成物、その組成物を用いる高偏極化方法、その高偏極化方法により高偏極化した物質、および、そのような物質のNMR測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気モーメントを有する原子核(核スピン)を静磁場中に置くと歳差運動を行うようになり、この状態で、その歳差運動と同じ周波数の電磁波を照射すると、核スピンが共鳴して電磁場のエネルギーを吸収する核磁気共鳴(NMR)現象が現れる。このNMR現象における共鳴周波数は核種や原子核の置かれた化学的または磁気的環境に応じて差がでることから、有機化学や生化学の分野では、その共鳴によるエネルギー吸収量を電気信号に変換したNMR信号の周波数スペクトル(化学シフト値)を観測して、化合物の分子構造や物性を解析するNMR分光法が多く行われている。また、医療の分野においては、そのNMR信号に位置情報を与えて画像化する磁気共鳴撮像法(MRI)が、脳などの生体器官の非侵襲的検査に応用されている。
ここで、上記のような核スピンの集合体に、静磁場を印加すると、例えばプロトンの場合では、その磁場に対してスピンが平行に向いたエネルギー状態と、磁場に対してスピンが反平行に向いたエネルギー状態に分裂する。ここで、それぞれのエネルギー状態をもつスピンの数(占有数)の差をスピン総数で割った値は偏極率と称されており、NMR信号の強度は、この偏極率に比例するとされている。しかし、核スピンの偏極率は、通常、室温では数万分の1以下と非常に低い値であり、このことがNMR分光法やMRIの感度を制限する原因になっている。
【0003】
そこで、核スピンを高偏極化する方法として、電子のスピン偏極を、電磁波照射にて誘起される固体効果や積分型固体効果等により、周囲の核に移行させて核スピンを高偏極化する動的核偏極法が提案されている。ここで、電子スピンの供給源(偏極源)には、ラジカルや光励起三重項分子が用いられ、このうち光励起三重項分子は、温度に関わりなく、電子スピンの占有数が特定のエネルギー状態に大きく偏った状態をとるため、室温においても、核スピンを効果的に高偏極化することができるという利点がある。
例えば特許文献1には、こうした偏極源となる光励起三重項分子として、特定の炭化水素基を有するペンタンセン誘導体を用いることが提案されている。同文献では、試料管内において、そのペンタセン誘導体を偏極源に用いて動的核偏極を行ったところ、動的核偏極を行わなかったサンプルに比べて、高いHスピン信号が得られたことが確認されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-15443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、特許文献1には、ペンタセン誘導体を動的核偏極の偏極源として用いることが提案されている。しかし、本発明者らがペンタセン誘導体の偏極源としての実用性を評価したところ、ペンタセン誘導体は非常に酸化されやすく、空気と光の存在下において容易に酸化されて分解するため、通常の環境下での取り扱いが困難であることが判明した。そのため、医療現場や研究施設において、動的核偏極を実際的に行うには、酸素耐性が高い偏極源を新たに開発することが必要である。
【0006】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、酸素耐性が高く、大気下においても、その電子のスピン偏極を安定に核へ移行できる偏極源を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、アセン構造を構成するベンゼン環に窒素原子を導入してアザアセン化合物とすることにより、その酸素耐性が顕著に向上することを見出した。また、そのアザアセン化合物は、ペンタセンと同様に、光励起により三重項電子を生成する光励起三重項分子であり、その三重項電子のスピン偏極を核へ供給する偏極源として機能することも見出した。本発明は、こうした知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0008】
[1] 下記一般式(1)で表される分子からなる動的核偏極の偏極源。
【化1】
[一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの1~6個はNを表し、その他は各々独立にC-R(Rは水素原子または置換基を表す)を表す。nは1~4の整数を表す。nが2以上であるとき、複数のZは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のZ10は同一であっても異なっていてもよい。]
[2] 一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの2~2n個(nが1であるときは2個)がNを表し、その他が各々独立にC-R(Rは水素原子または置換基を表す)を表す、[1]に記載の偏極源。
[3] nが2または3である、[1]または[2]に記載の偏極源。
[4] 以下の3つの条件の少なくとも1つを満たす、[1]~[3]のいずれか1項に記載の偏極源。
<1> ZとZがともにNである。
<2> ZとZがともにNである。
<3> ZとZ10がともにNである。
[5] 一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つが、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子、およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の偏極源。
[6] Z、Z、Z、Z、Zのうちの少なくとも1つがC-R11であり、Z、Z、Z、Z、Z10のうちの少なくとも1つがC-R12であり、R11およびR12が各々独立にハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基である、[5]に記載の偏極源。
[7] 一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つが、ハロゲン原子、シアノ基、カルボニル基、エステル基、カルボキシル基、スルホ基、ホスホノ基、ホスホノキシ基、ホウ素原子、リン原子、ケイ素原子、ヒドロキシ基、チオール基、ベンゼン環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環およびアミノ基からなる群より選択される1つ以上を含む、[1]~[6]のいずれか1項に記載の偏極源。
[8] 一般式(1)中の複数のRのうち少なくとも1つがオリゴアルキレンオキシ構造を含む基である、[1]~[7]のいずれか1項に記載の偏極源。
[9] 前記分子が下記一般式(2)で表される、[1]~[8]のいずれか1項に記載の偏極源。
【化2】
[一般式(2)において、R~Rは各々独立に水素原子または置換基を表す。n1およびn2は各々独立に0~4の整数を表し、n1+n2は2~5の整数である。n1が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。n2が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。]
[10] [1]~[9]のいずれか1項に記載の偏極源を含む組成物。
[11] 多孔性材料と前記偏極源とを含む、請求項10に記載の組成物。
[12] 前記多孔性材料が金属有機構造体または共有結合性有機骨格構造体である、[11]に記載の組成物。
[13] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有しており、前記置換基の水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されている、[12]に記載の組成物。
[14] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子がイミダゾール骨格を有する、[12]に記載の組成物。
[15] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、2~4価の金属イオンを含む、[12]~[14]のいずれか1項に記載の組成物。
[16] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、亜鉛イオンZn2+を含む、[12]~[15]のいずれか1項に記載の組成物。
[17] 金属有機構造体を含み、前記偏極源を構成する分子が前記金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有する、[12]~[16]のいずれか1項に記載の組成物。
[18] 前記官能基が酸性基である、[17]に記載の組成物。
[19] 前記官能基がカルボキシ基またはカルボキシラートアニオン基である、[17]に記載の組成物。
[20] 前記偏極源を構成する分子が前記多孔性材料の孔内に存在する、[11]~[19]のいずれか1項に記載の組成物。
[21] 前記偏極源の含有量が、前記金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して0.01mol%以上である、[11]~[20]のいずれか1項に記載の組成物。
[22] 前記組成物のスピン-格子緩和時間Tが2.5秒以上である、[11]~[21]のいずれか1項に記載の組成物。
[23] さらに、前記偏極源および前記多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質を含有する、[10]~[22]のいずれか1項に記載の組成物。
[24] [10]~[23]のいずれか1項に記載の組成物からなる動的核偏極用組成物。
[25] [10]~[23]のいずれか1項に記載の組成物を高偏極化したものである、高偏極化組成物。
[26] [25]に記載の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、[10]~[21]のいずれか1項に記載の組成物に物質を接触させた後、前記組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む、物質の高偏極化方法。
[27] 前記物質が液体または溶液である、[26]に記載の高偏極化方法。
[28] 前記物質がガスである、[26]に記載の高偏極化方法。
[29] 前記高偏極化組成物または前記組成物への前記物質の接触を、前記高偏極化組成物または前記組成物を構成する多孔性材料中に、前記物質を浸透させることにより行う、[27]または[28]に記載の高偏極化方法。
[30] 前記物質が、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有する、[26]~[29]のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
[31] 前記物質が、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体を含有し、前記置換基の少なくとも1つが、スピン量子数Iが0以外である原子を含む、[30]に記載の高偏極化方法。
[32] 前記置換基がフッ素原子である、[30]または[31]に記載の高偏極化方法。
[33] さらに、前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を含む、[26]~[32]のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
[34] 前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を、互いに接触させた前記高偏極化組成物と前記物質にマイクロ波を照射することにより行う、[33]に記載の高偏極化方法。
[35] [26]~[34]のいずれか1項に記載の方法により高偏極化した物質。
[36] [10]~[23]のいずれか1項に記載の組成物を用いて物質のNMRを測定する工程を含む、NMR測定法。
【発明の効果】
【0009】
本発明で偏極源に用いる分子は、光励起により三重項電子を生成しうる光励起三重項分子であり、また、高い酸素耐性を示す。そのため、本発明の偏極源は、大気下においても構造が安定に保持され、動的核偏極の操作により、その三重項電子のスピン偏極を安定に核へ移行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の偏極源による動的核偏極メカニズムを説明するための模式図である。
図2】化合物1およびペンタセンの各懸濁液の光学濃度(O.D.)の時間依存性を示すグラフである。
図3】化合物2およびテトラセンの各溶液の光学濃度(O.D.)の時間依存性を示すグラフである。
図4】化合物1、化合物2またはペンタセンがドープされた各p-テルフェニル結晶の時間分解ESRスペクトルである。
図5】化合物1、化合物2またはペンタセンがドープされた各p-テルフェニル結晶のESRピークの経時変化である。
図6】化合物1、化合物2またはペンタセンがドープされた各p-テルフェニル結晶のHスピン偏極のビルドアップ曲線である。
図7】結晶性氷中の化合物3の時間分解ESRスペクトルである。
図8】結晶性氷中の化合物3のESRピークの経時変化である。
図9】化合物3を含む結晶性氷のHスピン偏極のビルドアップ曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様や具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。また、本発明に用いられる化合物の分子内に存在する水素原子の同位体種は特に限定されず、例えば分子内の水素原子がすべてHであってもよいし、一部または全部がH(デューテリウムD)であってもよい。また、本明細書における「励起光」とは、対象物に励起を引き起こして発光を生じさせる光であり、その対象物の吸収波長に一致する波長の光を用いることができる。
【0012】
<動的核偏極の偏極源>
本発明の動的核偏極の偏極源は、下記一般式(1)で表される分子からなるものである。
本発明における「動的核偏極の偏極源」とは、スピン偏極を電子から核へ移行させて核スピンを高偏極化する動的核偏極において、スピン偏極した電子を生成するスピン偏極の供給源となるものである。ここで、「偏極」または「スピン偏極」とは、スピンの集合体に静磁場を印加してゼーマン分裂を起こさせた際、分裂したエネルギー準位同士で、そのエネルギー準位にあるスピンの占有数が異なっていることをいう。また、分裂したエネルギー準位のうち、いずれか2つからなる組み合わせを見たとき、一方のエネルギー準位におけるスピンの占有数Nと他方のエネルギー準位におけるスピンの占有数Nの差の総スピン数に対する比、すなわち、(N-N)/(N+N)を偏極率という。ここで、ゼーマン分裂したエネルギー準位の全ての組み合わせで、偏極率が0であるものはスピン偏極しておらず、少なくとも1つの組み合わせで、偏極率の絶対値が0超であるもの(正または負であるもの)はスピン偏極したものと言うことができる。この偏極率が大きいもの程、いずれか一方のエネルギー準位にスピンが過剰に存在しており、スピン偏極が大きいことを意味する。
【0013】
本発明では、一般式(1)で表される分子を「動的核偏極の偏極源」として使用する。偏極源として用いる一般式(1)で表される分子は、1種類であってもよいし、2種類以上の組み合わせであってもよい。
一般式(1)で表される分子は、光励起によりスピン偏極した三重項電子を生成しうる、光励起三重項分子であり、その三重項電子のスピン偏極を核へ供給する偏極源として用いることができる。また、一般式(1)で表される分子は、アセン構造を構成する1つのベンゼン環に2つの窒素原子を導入したアザアセン骨格を有することにより、酸素耐性が高いという特徴を有する。そのため、医療現場や研究施設など、空気と光が存在する環境下においても酸化されにくく、偏極源としての機能を確実に発現させることができる。このように一般式(1)で表される分子が高い酸素耐性を示すのは、アセン構造に電子求引性が高い窒素原子が導入されていることにより、LUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエネルギー準位が低くなり、当該分子から酸素分子への電子伝達が抑制されるためであると推測される。
【0014】
[一般式(1)で表される分子]
以下において、一般式(1)で表される分子の化学構造について説明する。なお、以下の説明では、一般式(1)における多環縮合構造からなる骨格を「アザアセン骨格」と言うことがある。
【0015】
【化3】
【0016】
一般式(1)において、nは1~4の整数を表す。nは2~4であることが好ましく、2または3であることがより好ましい。
一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの1~6個はNを表し、その他はC-Rを表す。nが1であるときは、Z~Z10のうちの1~6個がNを表し、その他の4~9個がC-Rを表す。nが2であるときは、Z~Z10のうちの1~6個がNを表し、その他の6~11個がC-Rを表す。nが3であるときは、Z~Z10のうちの1~6個がNを表し、その他の8~13個がC-Rを表す。nが4であるときは、Z~Z10のうちの1~6個がNを表し、その他の10~15個がC-Rを表す。ここでNは窒素原子を表し、Cは炭素原子を表し、Rは水素原子または置換基を表す。nが2以上であるとき、複数のZは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のZ10は同一であっても異なっていてもよい。
一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちの2個以上がNであるとき、例えば、以下の3つの条件の少なくとも1つを満たすものを好ましい群の一例として挙げることができる。
<1> ZとZがともにNである。
<2> ZとZがともにNである。
<3> ZとZ10がともにNである。
一般式(1)中に存在するZ~Z10のうちNであるものの個数は、2~2n個であることが好ましい。すなわち、nが1であるときは、Nであるものの個数は2個であることが好ましく、nが2であるときはNであるものの個数は2~4個であることが好ましく、nが3であるときはNであるものの個数は2~6個であることが好ましく、nが4であるときはNであるものの個数は2~8個であることが好ましい。
【0017】
一般式(1)中に存在する複数のRは、互いに同じであっても異なっていてもよい。このため、複数のRのすべてが水素原子であってもよいし、一部が水素原子で一部が置換基であってもよい。置換基としては、水素原子、炭素原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子、ケイ素原子、およびハロゲン原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基であることが好ましく、これらの原子からなる群より選択される1つ以上の原子からなる置換基であることがより好ましい。置換基を構成する原子の数は、1~50であることが好ましく、1~35であることがより好ましく、1~20であることがさらに好ましい。例えば、ハロゲン原子、シアノ基、カルボニル基、エステル基、カルボキシル基、スルホ基、ホウ素原子、ケイ素原子、リン原子、ヒドロキシ基、チオール基、ベンゼン環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環およびアミノ基を含む置換基を挙げることができる。ハロゲン原子、シアノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基、チオール基、ベンゼン環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環およびアミノ基については、これらの基のみからなる置換基であってもよい。
水素原子はHであってもH(重水素)であってもよい。ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子を挙げることができ、アミノ基は置換されていてもいなくてもよい。カルボキシル基などの酸性基は、その酸性基のプロトンが電離してアニオン基が形成されていてもよいし、そのアニオン基と金属陽イオン(例えばナトリウムイオン、カリウムイオン)の塩が形成されていてもよい。エステル基としては、アルキルオキシカルボニル基やアリールオキシカルボニル基を例示することができる。置換アミノ基としては、ジアルキルアミノ基、ジアリールアミノ基、モノアルキルアミノ基、モノアリールアミノ基を例示することができる。ここでいうアルキル基は炭素数1~20であるものが好ましく、1~10であるものがより好ましい。アリール基は炭素数6~20であるものが好ましく、6~10であるものがより好ましい。アルキル基とアリール基は、置換されていてもよく、置換基としては例えばRの置換基として例示したものを参照することができる。
【0018】
一般式(1)の複数のRのうちの少なくとも1つは、オリゴアルキレンオキシ構造を含む基であることが好ましい。オリゴアルキレンオキシ構造を含むことにより、一般式(1)で表される分子の水系媒体に対する分散性が極めて良好になる。水分散性が高い偏極源は、その三重項電子スピンの偏極を水分子のプロトンスピンに効率よく移行させることができるため、生体や生体物質のNMR分析のための偏極源として効果的に用いることができる。オリゴアルキレンオキシ構造を含む基は、好ましくはオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する基であり、より好ましくは一般式(1)のC-RのC(環骨格を構成する炭素原子)に連結するアニオン基と、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対を有する基である。言い換えれば、一般式(1)で表される分子は、一般式(1)におけるアザアセン骨格を有するアニオンと、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対であることが好ましい。
【0019】
Rにおいて、イオン対を構成するオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンは、好ましくはR11-(O-R12)n-基を有するアンモニウムイオンである。ここで、R11は置換もしくは無置換のアルキル基、R12は置換もしくは無置換のアルキレン基を表し、nは2~20の整数である。n個のR12は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、イオン対を構成するオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンは、より好ましくは[R11-(O-R12)n]-NHで表されるアンモニウムイオンある。[R11-(O-R12)n]-NHで表されるアンモニウムイオンは、その嵩高さにより、一般式(1)で表される分子の水系媒体に対する分散性を一層改善することができる。ここで、3個のR11は互いに同一であっても異なっていてもよい。3n個のR12は互いに同一であっても異なっていてもよい。3個のnは互いに同一であっても異なっていてもよい。イオン対を構成するアンモニウムイオンとして特に好ましいのは、[R11-(O-R12)n]-NHで表され、3個の[R11-(O-R12)n]が同一であるアンモニウムイオンである。
各式において、R11におけるアルキル基は直鎖状、分枝状、環状のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は1~8であることが好ましく、1~4であることがより好ましく、1または2であることがさらに好ましい。例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基などを例示することができ、メチル基であることが最も好ましい。
12におけるアルキレン基は直鎖状、分枝状、環状のいずれであってもよい。アルキレン基の炭素数は1~8であることが好ましく、1~4であることがより好ましく、1または2であることがさらに好ましい。例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基などを例示することができ、エチレン基であることが最も好ましい。アルキル基およびアルキレン基に導入しうる置換基としては、例えばRの置換基として例示したものを参照することができる。
nは、1~8の整数であることが好ましく、1~4の整数であることがより好ましい。例えば、1または2にしてもよいし、2~4の範囲内で選択してもよい。
また、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンは、R11-(O-R12)n-基を有する複数のアンモニウムイオン、または、R11-(O-R12)n-基を有するアンモニウムイオンと他のアンモニウムイオンが、R11同士、または、R11と他のアンモニウムイオンの置換基の末端とが互いに結合した構造を有する、多量体としてのアンモニウムイオンであってもよい。
【0020】
イオン対を構成するオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンは、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアミンと、アンモニウムイオンと塩を形成する前の、一般式(1)で表される分子の前駆体(イオン対に対応する位置にプロトン供与基を有する分子)との酸塩基反応により得ることができる。以下において、このアンモニウムイオンの生成に用いうるオリゴアルキレンオキシ構造を有するアミンの具体例を例示する。ただし、本発明で用いることができるオリゴアルキレンオキシ構造を有するアミンはこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。下記式において、aは1~4の整数を表し、m、m1~m3は1~4の整数を表す。m1~m3は互いに同一であっても異なっていてもよい。例えば、a、m、m1~m3がすべて1である場合を例示することができる。他の例として、a、m、m1~m3がすべて2である場合も例示することができる。
【0021】
【化4】
【0022】
以上で説明したアンモニウムイオンの中で最も好ましいものは、トリス[2-(2-メトキシエトキシ)エチル]アミン(MEEA)のプロトン化により生成する、下記式で表されるアンモニウムイオンである。
【0023】
【化5】
【0024】
一方、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとイオン対を構成するアニオン基、すなわちC-RのC(環骨格を構成する炭素原子)に連結するアニオン基は、1~4価のアニオン基であることが好ましく、1価のアニオン基であることがより好ましい。アニオン基の例として、カルボキシ基(-COOH)、ホスホノ基(-PO)、ホスホノキシ基(-OPO)、スルホ基(-SOH)、スルホオキシ基(-OSOH)等の酸性基からプロトンが電離したアニオン基、ヒドロキシ基(-OH)からプロトンが電離したアニオン基を挙げることができ、中でも-COO基、-SO 基、-PO基、-O基であることが好ましく、-COO基であることがより好ましい。
これらのアニオン基は、Z~Z10のうちのいずれに導入されていてもよい。すなわち、C-Rであって、Cにアニオン基が連結しているものは、Z~Z10のいずれであってもよい。
【0025】
また、アニオン基はC-RのCに単結合で結合していてもよいし、連結基を介して結合していてもよい。連結基として、例えば置換もしくは無置換のアルキレン基、置換もしくは無置換のアリーレン基を挙げることができる。アルキレン基の説明と具体例については、上記のR12におけるアルキレン基についての記載を参照することができる。アリーレン基を構成する芳香環は、単環であっても、2以上の芳香環が縮合した縮合環であっても、2以上の芳香環が連結した連結環であってもよい。2以上の芳香環が連結している場合は、直鎖状に連結したものであってもよいし、分枝状に連結したものであってもよい。芳香環の炭素数は、6~22であることが好ましく、6~18であることがより好ましく、6~14であることがさらに好ましく、6~10であることがさらにより好ましい。アリーレン基の具体例として、フェニレン基、ナフタレニレン基、ビフェニレン基を挙げることができる。アルキレン基およびアリーレン基に導入しうる置換基として、例えばRの置換基として例示したものを参照することができる。
連結基に結合するアニオン基の数は、1個であっても2個以上であってもよい。連結基に2個以上のアニオン基が結合するとき、複数のアニオン基は互いに同一であっても異なっていてもよい。例えば連結基がフェニレン基であるとき、該フェニレン基に結合するアニオン基は1~5個であり、2~4個であることがより好ましい。フェニレン基におけるアニオン基の結合位置は特に限定されないが、アニオン基の少なくとも1つは、アザアセン骨格への結合位置に対するメタ位またはパラ位に結合していることが好ましく、メタ位に結合していることがより好ましい。また、フェニレン基に2個以上のアニオン基が結合するとき、その少なくとも2つは互いにメタ位となる位置に結合していることが好ましい。
【0026】
一般式(1)で表される分子において、その分子内に存在するアニオン基とアンモニウムイオンとのイオン対の個数は、好ましくは1以上、より好ましくは2以上、さらに好ましくは3以上、さらにより好ましくは4以上である。
【0027】
また、Rにおけるオリゴアルキレンオキシ構造を含む基は、オリゴアルキレンオキシ構造を含む原子団が、C-RのC(環骨格を構成する炭素原子)に共有結合で結合した基(置換基)であってもよい。ここで、「オリゴアルキレンオキシ構造を含む原子団」とは、オリゴアルキレンオキシ構造を含む基であって、原子同士の結合が全て共有結合である基(イオン対を含まない基)であるものを意味する。オリゴアルキレンオキシ構造を含む原子団は、好ましくはR11-(O-R12)n-基を有する原子団である。R11およびR12は、上記のR11-(O-R12)n-基を有するアンモニウムイオンのR11およびR12と同義であり、その好ましい範囲と具体例については、上記のR11およびR12についての記載を参照することができる。R11-(O-R12)n-基は、C-RのCに単結合で結合していてもよいし、C-RのCに共有結合で結合した連結基に単結合で結合していてもよい。
【0028】
以下において、Rがとりうる、原子団としてのオリゴアルキレンオキシ構造を含む基の具体例を例示する。ただし、本発明において用いることができるオリゴアルキレンオキシ構造を含む基はこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。下記式において、aは1~4の整数を表し、m、m1~m3は1~4の整数を表す。m1~m3は互いに同一であっても異なっていてもよい。例えば、a、m、m1~m3がすべて1である場合を例示することができる。他の例として、a、m、m1~m3がすべて2である場合も例示することができる。*はC-RのCへの結合位置を表す。
【0029】
【化6】
【0030】
一般式(1)で表される分子において、その分子内に存在するオリゴアルキレンオキシ構造の個数は好ましくは1以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは6以上、さらにより好ましくは9以上、特に好ましくは12以上である。
【0031】
また、オリゴアルキレンオキシ構造を含む基、並びに、アニオン基と、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対は、Z~Z10のいずれに導入されていてもよい。すなわち、C-Rであって、Rがオリゴアルキレンオキシ構造を含む基であるもの、好ましくはC-Rであって、Rが、アニオン基と、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対を有する基であるものは、Z~Z10のいずれであってもよい。
【0032】
また、一般式(1)の複数のRのうちの少なくとも1つは、アニオン基と、オリゴアルキレンオキシ構造を有しないアンモニウムイオンとのイオン対を有する基であることも好ましく、オリゴアルキレンオキシ構造を有しない原子団(置換基)であることも好ましい。上記のように、オリゴアルキレンオキシ構造を有する基をRに含むことにより、一般式(1)で表される分子の水分散性を改善できるが、このオリゴアルキレンオキシ構造を有する基の代わりに他の基を導入した分子も、水系媒体に対して優れた分散性を示す場合がある。そのような他の基として、アニオン基と、官能基で置換されたアルキル基を有するアンモニウムイオンとのイオン対を有する基や、官能基で置換されたアルキル基を含む置換アミノ基を有する基を挙げることができる。ここで、アルキル基の説明と具体例については、上記のR11におけるアルキル基についての記載を参照することができる。官能基としては、例えばカルボキシ基やヒドロキシ基、カルボニル基などを挙げることができる。また、アニオン基の説明と好ましい範囲、具体例については、上記のRにおけるアニオン基についての記載を参照することができる。
【0033】
以下において、オリゴアルキレンオキシ構造を有しないアンモニウムイオンの生成に用いうるアミンの具体例、および、Rに導入しうる、原子団としての置換アミノ基を有する基の具体例を例示する。ただし、本発明で用いることができるアミンはこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。下記式において、*はC-RのCへの結合位置を表す。
【0034】
【化7】
【0035】
後述するように、本発明の偏極源を多孔性材料と組み合わせて組成物を構成する場合、一般式(1)におけるアザアセン骨格には、多孔性材料を構成する原子や原子団、さらには、多孔性材料がイオンを含む場合には、そのイオンの少なくともいずれかと相互作用する基で置換されていることが好ましい。これにより、偏極源の分子同士が凝集して凝集体を形成することが抑えられ、その分子を多孔性材料の細孔内へより容易に導入できるようになる。例えば、多孔性材料が金属有機構造体である場合には、偏極源となる分子は、金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有することが好ましい。
本発明の偏極源を多孔性材料と組み合わせて組成物を構成する際には、一般式(1)の置換基(R)が、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子、およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子を含む置換基であることが好ましい。例えば、ハロゲン原子、シアノ基、カルボニル基、エステル基、カルボキシル基、スルホ基、ホスホノ基、ホスホノキシ基、ホウ素原子、リン原子、ケイ素原子、ヒドロキシ基、チオール基、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環およびアミノ基からなる群より選択される1つ以上を含む置換基を例示することができる。カルボキシ基(-COOH)、スルホ基(-SOH)、ホスホノ基(-P(O)(OH))、ホスホノキシ基(-OP(O)(OH))等の酸性基は、プロトンが電離したアニオン基であってもよく、例えばカルボキシラートアニオン基を挙げることができる。これらの基は、アザアセン骨格に直接結合していてもよいし、連結基を介して連結していてもよい。好ましい態様の一例として、一般式(1)のZ、Z、Z、Z、Zのうちの少なくとも1つがC-R11であり、Z、Z、Z、Z、Z10のうちの少なくとも1つがC-R12であり、R11およびR12が各々独立にハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ホウ素原子、リン原子、およびケイ素原子からなる群より選択される1つ以上の原子であるものを挙げることができる。
【0036】
一般式(1)で表される化合物に含まれる化合物群として、下記の一般式(2)で表される化合物群を例示することができる。
【化8】
【0037】
一般式(2)において、R~Rは各々独立に水素原子または置換基を表す。n1およびn2は各々独立に0~4の整数を表し、n1+n2は2~5の整数である。n1が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。n2が2以上であるとき、複数のRは同一であっても異なっていてもよく、また、複数のRは同一であっても異なっていてもよい。
一般式(2)における置換基については、一般式(1)におけるRが表す置換基の説明を参照することができる。
【0038】
一般式(1)や一般式(2)で表される分子は、その少なくとも一部の水素原子が重水素原子で置換されていてもよく、重水素原子で置換されている場合は分子に存在する水素原子の30~70%が重水素原子で置換されていることがより好ましい。これにより、偏極源のスピン-格子緩和時間を長くして、核スピンを効果的に高偏極化することができる。ここで、分子の重水素原子で置換される箇所は、比較的動きやすい箇所であることが好ましい。例えば、アザアセン骨格に、単結合で結合した原子団(置換基)が存在する場合には、その置換基が有する水素原子の少なくとも一部が重水素原子で置換されていることが好ましく、その全部の水素原子が重水素原子で置換されていることが好ましい。重水素原子で置換するのに好ましい置換基の例として、炭素数1~20のアルキル基を挙げることができる。
【0039】
以下において、一般式(1)で表される分子の具体例を例示する。ただし、本発明において偏極源に用いることができる一般式(1)で表される分子はこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。なお、以下の構造において「Me」はメチル基を表し、「R」は置換基を表し、具体的には、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、チオール基、フェニル基、4-ピリジル基、4-メトキシカルボニルフェニル基、4-カルボキシルフェニル基、3,5-ジメトキシカルボニルフェニル基、3,5-ジカルボキシルフェニル基、ホルミル基、アミノ基、ジヒドロキシ基、-B(OH)または
【化9】
を表す。「Z」は下記式で表されるアンモニウムイオンを表す。
【化10】
【化11】
【0040】
[動的核偏極のメカニズム]
以下において、本発明の偏極源による動的核偏極メカニズムを、図1を参照しながら説明する。ただし、本発明の偏極源による動的核偏極メカニズムは、以下で説明するものによって限定的に解釈されるべきものではない。
【0041】
[1]偏極源の励起工程
この工程では、一般式(1)で表される分子からなる偏極源に励起光を照射して、分子を励起三重項状態へ遷移させる。
偏極源に励起光を照射すると、図1に示すように、一般式(1)で表される分子が基底一重項状態Sから励起一重項状態Sへと遷移し、さらに、励起一重項状態Sからの項間交差が起こって励起三重項状態Tになる。続いて、励起三重項状態Tが、それよりも低次の励起三重項状態へと段階的に内部転換し、終には最低エネルギー準位の励起三重項状態Tになる。この励起三重項状態Tでの電子スピン(三重項電子スピン)のゼーマン準位の数は、磁気量子数m=-1、0、+1のそれぞれに相当する3つであり、これらのうち、m=0のゼーマン準位に電子スピンが大きく偏って分布した電子スピン高偏極状態になっている。一方、核のゼーマン準位の数は、例えばプロトンでは、磁気量子数m=+1/2、-1/2のそれぞれに相当する2つである。これらのうちm=+1/2のゼーマン準位の方が、僅かに核スピンの占有数が多いものの、偏極率は10-6程度であり、極めて低い核スピン偏極状態にある。
【0042】
[2]高偏極化工程
この工程では、偏極源で生成した三重項電子スピンの偏極を核スピンに移行して、核スピンを高偏極化する。
具体的には、三重項電子スピンが生じた偏極源に、例えば電子スピンが共鳴する電磁波を照射して磁場掃引を行う。すると、積分型固体効果により、電子のスピン偏極が核に移行して核スピンが高偏極化される。こうして核スピンが高偏極化された物質(偏極対象物)からは、強度が高いNMR信号を得ることができ、NMR分光法やMRIにおいて高い測定感度を実現することができる。また、本発明で偏極源に用いる一般式(1)で表される分子は耐酸素性が高いため、工程[1]および[2]を、大気下で行うことができ、その場合にも、核のスピン偏極を確実に向上させることができる。
ここで、高偏極化の条件は特に制限されないが、例えば外部磁場の強度は、0.1~1T、電磁波の周波数は2~20GHz、電磁場の強度は0.1~100Wの各範囲から適宜選択することができる。
なお、上記の工程[1]、[2]は、工程[1]を行った後に、工程[2]を行うようにしてもよいし、工程[1]と工程[2]を同時に行ってもよい。後者の場合には、組成物に外部磁場を印加しつつ、励起光と電子スピンが共鳴する電磁波を同時に照射する。
【0043】
また、本発明の偏極源は、マトリックス材中に導入して用いることが好ましい。これにより、分子の凝集に起因する三重項電子のスピン偏極緩和を抑えることができる。マトリックス材としては、p-テルフェニル等の有機化合物からなる結晶や多孔性材料を挙げることができ、特に偏極源や偏極対象物の導入が容易であることから多孔性材料を用いることが好ましい。以下において、多孔性材料と本発明の偏極源を用いた組成物(本発明の組成物)について説明する。
【0044】
<組成物>
本発明の組成物は、多孔性材料と本発明の偏極源とを含むものである。
本発明における「多孔性材料」とは、20℃、1気圧で固体状態をなし、その固体状態において複数の細孔を有する材料である。多孔性材料が有する細孔は貫通孔であっても、非貫通の穴であってもよい。
本発明の組成物は、上記のような多孔性材料と偏極源とを含み、偏極源や偏極対象物を多孔性材料の細孔内に包接することができる。こうした態様により、偏極源や偏極対象物を多孔性材料の内部に容易に導入することができ、これらを空間的に分散させた状態で保持することができる。また、このように多孔性材料では、偏極源や偏極対象物を細孔内に包接して導入することができるため、これらの導入を考慮して、アモルファスのような柔軟な素材を採用する必要がなく、スピン-格子緩和時間を重視した素材を選択することができる。そのため、本発明の組成物によれば、スピン-格子緩和時間が長く、偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を実現することができる。
以下において、本発明の組成物が含む各成分と組成物の物性について説明する。本発明の偏極源の説明と好ましい範囲、具体例については、<動的核偏極の偏極源>の欄の記載を参照することができる。
【0045】
[多孔性材料]
本発明で用いる多孔性材料は、その細孔内に偏極源を包接して、該偏極源を空間的に分散させた状態で保持する基材として機能する。偏極源を分散させて保持することにより、偏極源の分子同士が凝集して三重項電子スピンの偏極が緩和することを抑制することができる。また、本発明における多孔性材料は、その核スピンで、励起三重項状態になった偏極源の電子のスピン偏極を受け取って蓄積し、拡散させる作用を奏する。これにより、多孔性材料に偏極対象物が導入されている場合には、多孔性材料内をスピン偏極が拡散している過程で、その偏極対象物にもスピン偏極が受け渡され、その核スピンが高偏極化される。
多孔性材料として、金属有機構造体(MOF)、共有結合性有機骨格構造体(COF)等の結晶性多孔高分子、無機多孔質材料、有機多孔質材料等を挙げることができ、金属有機構造体、共有結合性有機骨格構造体であることが好ましく、金属有機構造体であることがより好ましい。また、金属有機構造体、共有結合性有機骨格構造体では、その有機構造に存在する水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されていることが好ましく、その有機構造に存在する水素原子の30~70%が重水素で置換されていることがより好ましい。これにより、組成物のスピン-格子緩和時間を長くすることができる。
【0046】
ここで、金属有機構造体は、金属イオンと架橋性の有機配位子が連続的に配位結合して形成された、内部に細孔を有する結晶性の高分子構造体である。金属有機構造体は、硬い結晶性の骨格を有するため、スピン-格子緩和時間が長く、核のスピン偏極を効果的に蓄積して、高偏極化することができる。また、金属有機構造体は、細孔径がナノレベルと小さいため、偏極源や偏極対象物を分子毎あるいは少数の分子毎に細孔内に包接して、分子同士の凝集を抑えることができる。さらに、金属有機構造体は、金属と有機配位子の物性を併せもつため、物性を多様に変化させることができる。これにより、例えば、その金属有機構造体と偏極源や偏極対象物との相互作用を制御して、その導入量や高偏極化の状態を最適化することが可能である。
金属有機構造体を構成する金属イオンとしては、特に限定されないが、遷移金属、2、13及び14族の典型金属の金属イオンであることが好ましく、銅、亜鉛、カドミウム、銀、コバルト、ニッケル、鉄、ルテニウム、アルミニウム、クロム、モリブデン、マンガン、パラジウム、ロジウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、ジルコニウム、ランタンの各イオンであることがより好ましく、亜鉛、アルミニウム、ジルコニウム、ランタンの各イオンであることがさらに好ましく、亜鉛イオン、ジルコニウムイオンであることが特に好ましい。これらの金属イオンは、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
金属イオンの価数は、特に制限されないが、2~6価であることが好ましく、2~5価であることがより好ましく、2~4価であることがさらに好ましい。
架橋性の有機配位子は、少なくとも2つの配位性基を有する配位性化合物である。有機配位子が有する複数の配位性基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、有機配位子が有する配位性基の数は、2~8であることが好ましく、2~6であることがより好ましく、2~4であることがさらに好ましい。配位性基の具体例として、窒素原子含有複素環が環員として含む配位性窒素原子やカルボキシ基が挙げられる。このうちカルボキシ基は、プロトンが電離したカルボキシラートアニオン基のかたちで配位性基として機能する。
配位性窒素原子を含む複素環は、脂肪族複素環であっても芳香族複素環であってもよい。配位性窒素原子を含む複素環として、イミダゾール環、トリアジン環、ピリジン環、ピリミジン環を挙げることができ、イミダゾール環であることが好ましい。これらの複素環は、置換基で置換されていてもよい。この置換基の好ましい範囲と具体例については、下記のR~Rがとりうる置換基の好ましい範囲と具体例を参照することができる。
配位性基となるカルボキシ基で置換される有機構造は、特に限定されないが、芳香族炭化水素環、アルケン、上記の配位性窒素原子を含む複素環、アルカン、アルキン、非芳香族炭化水素環を挙げることができる。これらの有機構造は、置換基で置換されていてもよい。この置換基の好ましい範囲と具体例については、下記のR~Rがとりうる置換基の好ましい範囲と具体例を参照することができる。
また、金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有する場合、その置換基が含む水素原子の少なくとも1つは重水素で置換されていることが好ましく、その置換基の全ての水素原子が重水素で置換されていることが好ましい。
架橋性の有機配位子のより好ましい例として、下記一般式(B)で表されるイミダゾール配位子を挙げることができる。
【0047】
【化12】
【0048】
一般式(B)において、R~Rは、各々独立に水素原子または置換基を表す。R~Rのうちの2つ以上が置換基であるとき、それらの置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、R~Rにおける置換基は、該置換基が含む水素原子の少なくとも一部が重水素で置換されていることが好ましく、該置換基が含む水素原子の全てが重水素で置換されていることが好ましい。これにより、組成物のスピン-格子緩和時間を長くすることができる。R~Rのうちの置換基の数は特に限定されないが、少なくともRが置換基であることが好ましい。Rが表す置換基は、置換もしくは無置換のアルキル基であることが好ましく、水素原子の少なくとも一部が重水素で置換されたアルキル基であることがより好ましく、水素原子の全部が重水素で置換されたアルキル基であることがさらに好ましい。このアルキル基の炭素数は、1~20であることが好ましく、1~4であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0049】
~Rがとりうる置換基として、例えばヒドロキシ基、ハロゲン原子、炭素数1~20のアルキル基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数1~20のアルキルチオ基、炭素数1~20のアルキル置換アミノ基、炭素数1~20のアリール置換アミノ基、炭素数6~40のアリール基、炭素数3~40のヘテロアリール基、炭素数2~10のアルケニル基、炭素数2~10のアルキニル基、炭素数2~20のアルキルアミド基、炭素数7~21のアリールアミド基、炭素数3~20のトリアルキルシリル基、炭素数2~20のオリゴエチレングリコール基等が挙げられる。これらの具体例のうち、さらに置換基により置換可能なものは置換されていてもよい。
【0050】
また、架橋性の有機配位子の具体例として、下記式で表されるものを挙げることができる。また、下記の有機配位子のうち、環構造がメチル基で置換されたものにおいて、そのメチル基の水素原子が重水素で置換されたものも具体例として挙げることができる。ただし、本発明の多孔性材料として用いうる金属有機構造体の有機配位子はこれらの具体例によって、限定的に解釈されるものではない。
【0051】
【化13】
【0052】
【化14】
【0053】
以上の有機配位子は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
金属有機構造体における有機配位子の含有量は、金属イオンのモル数に対して1~6であることが好ましく、1~3であることがより好ましく、1または2であることがさらに好ましい。
また、金属有機構造体は、金属イオンおよび架橋性の有機配位子以外の成分を含んでいてもよい。そうした成分として、例えば結晶径調整剤、カウンターイオン、タンパク質、ペプチド、DNA等を挙げることができる。
【0054】
また、本発明では、上記の金属有機構造体の他に、共有結合性有機骨格構造体、無機多孔質材料、有機多孔質材料も多孔性材料として用いることができる。共有結合性有機骨格構造体は、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、酸素原子などの軽原子を共有結合により連結して網目状の周期構造を形成した結晶性またはアモルファス状の多孔性高分子構造体である。この共有結合性有機骨格構造体も、硬い結晶性の骨格を有するとともに、細孔径がナノレベルと小さいため、スピン-格子緩和時間が長く、また、偏極源や偏極対象物を細孔内に容易に導入して、これらを分散した状態で保持することができる。また、無機多孔質材料としては、シリカ、オルガノシリカ、アルミナ、カーボン、金属酸化物等を用いることができ、有機多孔質材料としては、繊維状のポリマーを絡めた繊維集合体等が用いることができる。
【0055】
(多孔性材料の細孔の条件)
本発明で用いる多孔性材料の細孔の孔径は、0.2~1000nmであることが好ましく、0.2~100nmであることがより好ましく、0.2~2nmであることがさらに好ましい。
多孔性材料の細孔の孔径は、ガス吸着により測定することができる。
多孔性材料の空孔率は、1%~90%であることが好ましく、20%~90%であることがより好ましく、40%~90%であることがさらに好ましい。
多孔性材料の空孔率は、ガス吸着により測定することができる。
多孔性材料の細孔の孔径、空孔率が上記の範囲であることにより、偏極源や偏極対象物の分子を、多孔性材料の細孔内に容易かつ十分な量で導入して、分散性よく保持させることができる。
【0056】
[その他の成分]
本発明の組成物は、多孔性材料と偏極源のみから構成されていてもよいし、その他の成分を含んでいてもよい。例えば、偏極源を構成する分子が酸性基を有する場合には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性物質を組成物に添加することが好ましい。これにより、偏極源の酸性基からプロトンが電離して共役塩基が形成され、金属有機構造体の金属イオンと相互作用するようになる。これにより、金属有機構造体への偏極源の導入量を顕著に上げることができる。
また、本発明の組成物は、タンパク質、ペプチド、DNA等の偏極対象物や、溶媒分子、テンプレート分子等をその他の成分として含んでいてもよい。ここで、偏極対象物は、偏極源および多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質である。偏極対象物の説明と好ましい範囲、具体例については、<高偏極化方法>の欄の対応する記載を参照することができる。
【0057】
[偏極源の導入量]
本発明の組成物において、多孔性材料における偏極源の導入量は、金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して、0.001mol%~1mol%であることが好ましく、0.001mol%~0.1mol%であることがより好ましく、0.01mol%~0.05mol%であることがさらに好ましい。
多孔性材料における偏極源の導入量は、組成物を塩酸等で分解して偏極源を取り出し、その光吸収スペクトルのピーク強度を測定することにより求めることができる。
【0058】
[スピン-格子緩和時間T
本発明の組成物のスピン-格子緩和時間Tは、1秒以上であることが好ましく、2.5秒以上であることがより好ましく、10秒以上であることがさらに好ましく、60秒以上であることがさらにより好ましい。これにより、核のスピン偏極がより蓄積し易くなり、その組成物の核スピンや偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。
スピン-格子緩和時間Tは、飽和回復法により求めることができる。
【0059】
<動的核偏極用組成物>
次に、本発明の動的核偏極用組成物について説明する。
本発明の動的核偏極用組成物は、本発明の組成物からなることを特徴とする。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の<組成物>の項の記載を参照することができる。
上記のように、本発明で偏極源に用いる一般式(1)で表される分子は酸素耐性が高いため、大気下においても構造が安定に保持され、偏極源としての機能を確実に発現させることができる。また、本発明の組成物は、多孔性材料を含むことにより、スピン-格子緩和時間が長く、偏極源や偏極対象物を容易に導入できるため、その核スピンや組成物に導入した偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。そのため、本発明の組成物は、動的核偏極用組成物として効果的に用いることができる。
【0060】
<高偏極化組成物>
次に、本発明の高偏極化組成物について説明する。
本発明の高偏極化組成物は、本発明の組成物を高偏極化したものである。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例、高偏極化の方法とメカニズムについては、上記の<組成物>の項の記載を参照することができる。
上記のように、本発明の組成物は、スピン-格子緩和時間Tが長いため、動的核偏極を行うことにより、その核スピンを全体的に高偏極化することができる。したがって、本発明の高偏極化組成物は、その全体に亘って核スピンが高い偏極率を有する。そのため、この高偏極化組成物に偏極対象物を接触させると、その核のスピン偏極が偏極対象物へ移行して、該偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。
本発明の「高偏極化組成物」であることは、そのNMRスペクトルにおいて、熱平衡状態にある組成物のNMRスペクトルよりも、強度が大きいピーク(増感したピーク)が観測されることをもって確認することができる。高偏極化組成物の増感したピークの強度は、熱平衡状態にある組成物の対応するピーク強度に対して、10倍以上であることが好ましく、100倍以上であることがより好ましく、1000倍以上であることがさらに好ましい。
【0061】
<高偏極化方法>
次に、本発明の高偏極化方法について説明する。
本発明の高偏極化方法は、本発明の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、本発明の組成物に物質を接触させた後、その組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む。
なお、本明細書中では、上記の動的核偏極用組成物を用いて、その核スピンを偏極化する物質(偏極化の対象)、および本発明の高偏極化組成物または本発明の組成物に接触または含有させて核スピンを偏極化する物質(偏極化の対象)を「偏極対象物」という。
組成物の説明については、上記の<組成物>の項の記載を参照することができ、高偏極化組成物の説明については、上記の<高偏極化組成物>の項の記載を参照することができる。
【0062】
また、本発明の高偏極化方法は、さらに、高偏極化組成物の核スピン偏極を、偏極対象物に移行させる工程を含んでいてもよい。
高偏極化組成物の核スピン偏極は、別段の工程を行わなくても、高偏極化組成物に偏極対象物を接触させることにより該偏極対象物に移行、拡散するが、その際、核スピン偏極の移行を誘起するための工程を行ってもよい。そのような手法として、交差分極法(CP法)、交差分極とマジック角回転と広帯域デカップリングを併用したCP/MAS法、断熱通過交差分極(Adiabatic passage cross polarization)等が挙げられる。
核スピン偏極の移行は、高偏極化組成物のHから偏極対象物のHへの移行のように、同じ核種同士の間の移行であってもよいし、高偏極化組成物のHから偏極対象物の13Cと異なる核種への移行のように、異なる核種同士の間の移行であってもよいし、その両方であってもよい。核スピン偏極を移行させる偏極対象物の核種は、スピン量子数Iが0以外のものであれば特に制限なく用いることができる。核種の具体例として、H、H、He、11B、13C、14N、15N、17O、19F、29Si、31P、129Xe等を挙げることができ、天然存在比が高いことからH、14N、19F、31Pであることが好ましく、NMR信号強度が高いことからH、19Fであることがより好ましい。
【0063】
動的核偏極用組成物に接触させる偏極対象物は、ガス、液体または溶液であることが好ましい。これらの偏極対象物を、本発明の高偏極化組成物に接触させると、その偏極対象物が多孔性材料の細孔内へ容易に浸入して包接される。これにより、高偏極化組成物の核のスピン偏極が偏極対象物に移行し、該偏極対象物の核スピンが高偏極化される。
ガス、液体または溶液の動的核偏極用組成物への接触方法は特に限定されず、例えばこれらのものを組成物へ注入してもよいし、容器内にこれらのものを充填し、その中に容器を配置して浸透させてもよい。
また、偏極対象物を液体中に溶解または分散させた状態で動的核偏極用組成物と混合してもよい。このとき、動的核偏極用組成物が偏極対象物を直接偏極してもよいし、液体を介して偏極してもよい。
ここで、偏極対象物は、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有することが好ましい。
炭化水素は、非環系化合物(脂肪族化合物)であっても環系化合物であってもよく、飽和炭化水素であっても不飽和炭化水素であってもよく、低分子化合物であっても高分子化合物であってもよい。環系化合物は、脂環系および芳香族系のいずれであってもよい。炭化水素の炭素数は特に制限されず、通常は1~10の範囲である。また、炭化水素は、分子内の一部の炭素原子がヘテロ原子で置換されたものであってもよい。ヘテロ原子は特に限定されないが、N,P、O、S等を挙げることができる。
炭化水素の誘導体において、置換基は特に限定されないが、置換基の少なくとも1つは、スピン量子数Iが0以外である原子を含む置換基であることが好ましく、13C、15N、19F、29Si、31P等を含む置換基であることがより好ましく、13Cを含む基やフッ素原子であることがさらに好ましい。
以下において、偏極対象物の具体例を例示する。ただし、本発明の高偏極化方法に用いうる偏極対象物は、この具体例によって、限定的に解釈されるものではない。
【0064】
【化15】
【0065】
偏極対象物として特に好ましいものは生体関連物質である。ここでいう「生体関連物質」とは、生体を構成する物質および生体を構成する物質の誘導体を意味する。生体を構成する物質として、例えば生体高分子(核酸、タンパク質、多糖)や、これらの構成要素であるヌクレオチド、ヌクレオシド、ペプチド、アミノ酸および糖、並びに、脂質、ビタミン、ホルモン等が挙げられる。偏極対象物とする生体関連物質の具体例として、本明細書の一部としてここに引用するChem.Soc.Rev.,2014,43,1627-1659のFig.2(A)の赤丸部分を13Cラベルした分子を例示することができる。このような分子をプローブとして生体内に導入して本発明を利用してMRI観測を行うことができる。
【0066】
本発明の高偏極化方法において、高偏極化組成物における偏極対象物の導入量は、多孔性材料が金属有機構造体である場合、その金属イオンのモル数に対して、0.1mol%~500mol%であることが好ましく、1mol%~200mol%であることがより好ましく、10mol%~100mol%であることがさらに好ましい。
高偏極化組成物における偏極対象物の導入量は、熱重量分析(TGA)および金属有機構造体を酸で溶解させた後のNMR測定により求めることができる。
【0067】
<高偏極化した物質>
次に、本発明の高偏極化した物質について説明する。
本発明の高偏極化した物質は、本発明の高偏極化方法により高偏極化した物質である。本発明の高偏極化方法の説明については、上記の<高偏極化方法>の項の記載を参照することができる。高偏極化する対象物質については、上記の<高偏極化方法>の項に記載した偏極対象物の説明と好ましい範囲、具体例を参照することができる。
本発明の高偏極化した物質の偏極率は、10-4以上であることが好ましく、10-2以上であることがより好ましく、10-1以上であることがさらに好ましい。
物質の偏極率は、高偏極化を実施した場合のNMR信号強度と実施しなかった場合の信号強度を比較することにより測定することができる。
【0068】
<NMR測定法>
次に、本発明のNMR測定法について説明する。本発明のNMR測定法は、本発明の組成物を用いて物質のNMR(核磁気共鳴)を測定する工程を含むものである。また、本発明のNMR測定法は、MRI法も含む概念である。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の<組成物>の項を参照することができる。
本発明のNMR測定法は、本発明の組成物に動的核偏極を行って得た高偏極化組成物にNMRの測定対象物を接触させて、該測定対象物の核スピンを高偏極化した後、公知のNMR信号の検出方法を用いて測定対象物のNMRを観測することにより行うことができる。あるいは、NMRの測定対象物を本発明の組成物に導入した後、動的核偏極を行って該測定対象物の核スピンを高偏極化した後、公知のNMR信号の検出方法を用いて測定対象物のNMRを観測することにより行うことができる。なお、NMRで観測したい核種が13Cや19Fである場合は、高偏極化したHから13Cや19Fへ更に偏極を移してからNMRを観測する。
NMRの測定対象物を本発明の組成物に導入する方法および高偏極化の各工程については、上記の<高偏極化方法>および<組成物>の項の記載を参照することができる。
NMR信号の検出は、連続波法、パルスフーリエ変換法等の公知の方法を用いて行うことができ、例えばパルスフーリエ変換法によるNMR信号の検出には、RFコイル(プローブ)、増幅器等を備えた装置を用いることができる。
本発明では、本発明の組成物を用いて、測定対象物の核スピンを高偏極化するため、測定対象物からのNMR信号を高い強度で検出することができる。そのため、このNMR測定法を応用することにより、NMR分光法による化合物の構造や物性の解析、MRIによる生体器官の検査を感度よく行うことができる。
【0069】
<動的核偏極の偏極源の他の態様>
動的核偏極の偏極源の他の態様として、オリゴアルキレンオキシ構造を有する分子からなる動的核偏極の偏極源を挙げることができる。
また、動的核偏極の偏極源のさらに他の態様として、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する分子からなる動的核偏極源を挙げることができる。
オリゴアルキレンオキシ構造を有する分子は、水系媒体に対する分散性が極めて高く、水系媒体中で励起されることにより、その三重項電子スピンの偏極を水分子のプロトンスピンに効率よく移行させることができる。そのため、これらの分子は、生体や生体物質のNMR分析のための動的核偏極の偏極源として効果的に用いることができる。
オリゴアルキレンオキシ構造、および、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンの説明と、好ましい範囲と具体例については、上記の[一般式(1)で表される分子]のRにおける「オリゴアルキレンオキシ構造」、「オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオン」についての記載を参照することができる。オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとイオン対を形成するアニオン基の好ましい範囲と具体例については、上記の[一般式(1)で表される分子]のRにおける「アニオン基」についての記載を参照することができる。中でも、カルボキシ基(-COOH)、ホスホノ基(-PO)、スルホ基(-SOH)およびヒドロキシ基(-OH)からプロトンが電離したアニオン基が好ましい。
また、偏極源となる分子は、より好ましくは-COO基を有するアニオンと、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対を有する分子である。オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する分子において、その分子内に存在する該イオン対の個数は1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上である。
また、オリゴアルキレンオキシ構造を有する分子、および、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する分子において、その分子内に存在するオリゴアルキレンオキシ構造の個数は1以上、好ましくは3以上、より好ましくは6以上、さらに好ましくは9以上、特に好ましくは12以上である。
【0070】
<偏極源の水系媒体中における分散性を高める方法>
次に、偏極源の水系媒体中における分散性を高める方法について説明する。
この偏極源の水系媒体中における分散性を高める方法は、偏極源の分子に、オリゴアルキレンオキシ構造を有する基を置換する工程を含む。
また、偏極源の水系媒体中における分散性を高める方法は、上記の工程の代わりに、偏極源の分子に、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する基を置換する工程を含む方法であってもよい。
偏極源の分子にオリゴアルキレンオキシ構造を含む基やオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する基を導入すると、偏極源分子の水系媒体に対する分散性が顕著に改善される。こうして水分散性が改善された偏極源の分子は、水系媒体中で励起されたとき、その三重項電子スピンの偏極を水分子のプロトンスピンに効率よく移行させることができる。偏極源の分子に導入するオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンを含むイオン対を有する基は、好ましくは-COO基とオリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとのイオン対を有する基である。
上記の工程で分子内に導入するイオン対およびオリゴアルキレンオキシ構造の数については、上記の<動的核偏極の偏極源の他の態様>の項の対応する記載を参照することができ、オリゴアルキレンオキシ構造、および、オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンの説明と好ましい範囲、具体例については、上記の[一般式(1)で表される分子]のRにおける「オリゴアルキレンオキシ構造」、「オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオン」についての記載を参照することができる。オリゴアルキレンオキシ構造を有するアンモニウムイオンとイオン対を形成するアニオン基は-COO基以外のものであってもよい。そのアニオン基の好ましい範囲と具体例については、上記の[一般式(1)で表される分子]の項のRにおける「アニオン基」についての記載を参照することができる。
【0071】
<偏極源分子の水系媒体中における分散性向上剤>
次に、偏極源分子の水系媒体中における分散性向上剤について説明する。この分散性向上剤は、オリゴアルキレンオキシ基を有する3級アミンを含む。偏極源分子と、オリゴアルキレンオキシ基を有する3級アミンを水系媒体中に共存させると、偏極源分子の水系媒体に対する分散性が改善され、その偏極源分子の三重項電子スピンの偏極を水分子のプロトンスピンに移行させ易くなる。分散性向上剤に用いる3級アミンとして、例えばNR21 (R21は置換基を表し、R21の少なくとも1つはオリゴアルキレンオキシ基を有する基を表す。3つのR21は互いに同一であっても異なっていてもよい。)で表される化合物を挙げることができる。3つのR21の中でオリゴアルキレンオキシ基を有する基であるものは、1~3つのいずれであってもよいが、R21の全てがオリゴアルキレンオキシ基を有する基であることが好ましい。オリゴアルキレンオキシ基の説明と、好ましい範囲、具体例については、上記の[一般式(1)で表される分子]の項の「オリゴアルキレンオキシ基」についての記載を参照することができる。R21のうちの1つまたは2つがオリゴアルキレンオキシ基であるとき、残りのR21はオリゴアルキレンオキシ基以外の置換基である。その置換基の好ましい範囲と具体例については、例えば一般式(1)のRの置換基として例示したものを参照することができる。
オリゴアルキレンオキシ基を有する3級アミンの具体例としては、上記のアンモニウムイオンの生成に用いうるオリゴアルキレンオキシ構造を有するアミンの具体例のうち、3級アミンであるものを例示する。
この分散性向上剤を適用する偏極源分子として、酸性基やヒドロキシ基を有する偏極源分子を挙げることができる。偏極源における酸性基として、例えばカルボキシ基(-COOH)、ホスホノ基(-PO)、スルホ基(-SOH)を挙げることができ、中でもカルボキシ基が好ましい。これらの偏極源分子は、オリゴアルキレンオキシ基を有する3級アミンと酸塩基反応を起こして、アニオンとオリゴアルキレンオキシ基を有するアンモニウムのイオン対を形成し、そのオリゴアルキレンオキシ基が偏極源分子の水系媒体に対する分散性を改善するように作用する。
【実施例
【0072】
以下に実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下に示す材料、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、光吸収スペクトルの測定は、分光光度計(日本分光社製:V-670、V-770)を用いて行い、NMR信号の測定は、NMR装置(日本電子社製:JNM-ECA400)を用いて行った。時間分解ESRスペクトルの測定および動的核偏極は、532nmのパルスレーザー、電磁石、マイクロ波発生器(アナログデバイセズ社製:HMC-T2220)、ESR検出器を組み合わせて行った。
【0073】
(合成例1) 化合物3の前駆体の合成
下記の反応スキームに従って化合物3の前駆体を合成した。ここで、「化合物3の前駆体」とは、アンモニウムイオンとイオン対を形成する前の化合物のことをいう。下記式において、Meはメチル基を表し、Bpinは4,4,5,5-テトラメチル-1,3,2-ジオキサボロラン-2-イル基を表す。
【化16】
【0074】
ベンゾ[b]フェナジン(1.0g,4.3mmol)を300mLのフラスコに入れ、クロロホルム(175mL)に溶解した後、氷浴中で冷却した。この溶液に臭素(0.5mL)を徐々に加え、得られた暗色溶液を室温になるまで撹拌した。この反応溶液を亜硫酸ナトリウム水溶液で洗浄し、未反応の臭素を除去した。この有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させて濾過した後、濾液を減圧濃縮した。この粗生成物を、ジクロロメタン:ヘキサン=1:3の混合溶媒を溶離液に用い、カラムクロマトグラフィーにて精製することにより、6,11-ジブロモベンゾ[b]フェナジン(中間体1)の暗紫色固体を50%の収率で得た。
1H-NMR (400 MHz, CDCl3): σ (ppm) = 8.70-8.73 (m, 2H), 8.36-8.39 (m, 2H), 7.88-7.90 (m, 2H), 7.67-7.70 (m, 2H).
【0075】
中間体1(388mg,1.0mmol)、ジメチル5-(4,4,5,5-テトラメチル-1,3,2-ジオキサボロラン-2-イル)イソフタレート(1.25g,4.0mmol)、PEPPSI-IPr(シグマアルドリッチ社製)(13.6mg,0.02mmol)および炭酸セシウム(1.3g,4.0mmol)を、窒素雰囲気下、トルエン(50mL)とエタノール(10mL)と水(20mL)の混合溶媒中に分散させ8時間還流した。この反応液に、ジクロロメタンとブラインの混合溶媒で抽出を行い、その有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、減圧濃縮した。得られた粗生成物を、クロロホルム:メタノール=100:1の混合溶媒を溶離液に用いてカラムクロマトグラフィーにて精製することにより、テトラメチル5,5'-(ベンゾ[b]フェナジン-6,11-ジイル)ジイソフタレート(中間体2)の赤色固体を得た。
【0076】
中間体2(400mg,0.65mmol)を、テトラヒドロフラン(50mL)とメタノール(50mL)と4N水酸化ナトリウム水溶液(25mL)の混合溶媒中に懸濁させ、一晩撹拌した。この反応液に4N塩酸を加えて酸性に調整した後、遠心分離で沈殿物を回収し、メタノールで数回洗浄した。得られた濾液にテトラヒドロフランを加えて再結晶化させ、濾別することにより、化合物3の前駆体(5,5'-(ベンゾ[b]フェナジン-6,11-ジイル)ジイソフタレート)の赤色固体を総収率15%で得た。
1H-NMR (400 MHz, DMSO-d6): σ (ppm) = 13.4 (br, 4H), 8.72-8.73 (t, 2H), 8.35 (m, 4H), 7.98-8.01 (dd, 2H), 7.82-7.87 (m, 4H), 7.60-7.62 (dd, 2H).
Elemental analysis for C32H18N2O8: calculated (%) H 3.25, C 68.82, N 5.02; found (%) H 3.44, C 68.67, N 4.95.
【0077】
[1-1]偏極源の酸素耐性の評価
化合物1、化合物2、ペンタセンおよびテトラセンを、それぞれ1mMの濃度でテトラヒドロフラン(極性溶媒)と混合し、液状サンプルを調製した。ここで、化合物1およびペンタセンは、テトラヒドロフランに対する溶解性が低いため懸濁液として液状サンプルを調製し、化合物2およびテトラセンは溶液として液状サンプルを調製した。
調製した各液状サンプルを環境光が入る大気下に置いて一定時間毎に吸収スペクトルを測定し、最も長波長側の吸収ピークの光学濃度を、時間を横軸にしてプロットし、その時間依存性を調べた。ここで、最も長波長側の吸収ピーク位置は、化合物1の懸濁液で640nm、化合物2の溶液で500nm、ペンタセンの懸濁液で575nm、テトラセンの溶液で473.5nmであった。化合物1およびペンタセンの各懸濁液の光学濃度の時間依存性を図2に示し、化合物2およびテトラセンの各溶液の光学濃度の時間依存性を図3に示す。
図2、3に示すように、化合物1、化合物2は、ペンタセン、テトラセンと比較して、明らかに光学濃度の減少が小さく、経時的な分解が抑えられていた。
このことから、アセン構造への窒素原子の導入により、酸素に対する安定性が顕著に向上することが確認された。
【0078】
[1-2]偏極源がドープされたp-テルフェニル結晶の作製
ここでは、偏極源となる化合物をp-テルフェニル結晶にドープして、評価用サンプルを作製した。
【0079】
(実施例1)化合物1がドープされたp-テルフェニル結晶の作製
化合物1をジクロロメタン中に分散させて乳鉢中に流し込んだ後、ジクロロメタンを蒸発させ、p-テルフェニルを加えてすり潰した。得られた粉体をアンプルに入れて真空下で密封し、220℃(p-テルフェニルの融点)超の油浴中で加熱して溶融させた。その後、アンプルを液体窒素に漬けて融液を急速に冷却することで、0.05mol%の化合物1がドープされたp-テルフェニル結晶を作製し、アンプルから乳鉢に取り出した。
【0080】
(実施例2)化合物2がドープされたp-テルフェニル結晶の作製
化合物1の代わりに化合物2を用いること以外は実施例1と同様にして、0.05mol%の化合物2がドープされたp-テルフェニル結晶を得た。
【化17】
【0081】
(比較例1)ペンタセンがドープされたp-テルフェニル結晶の作製
化合物1の代わりにペンタセンを用いること以外は実施例1と同様にして、0.05mol%のペンタセンがドープされたp-テルフェニル結晶を得た。
【0082】
[1-3]スピン偏極した三重項電子の生成と動的核偏極による核スピン偏極向上効果の評価
各化合物がドープされたp-テルフェニル結晶に、室温下で励起光を照射することにより各化合物の分子を励起させ、その直後に、時間分解ESR(電子スピン共鳴)測定を行った。その結果を図4に示す。ここで、励起光には、532nmパルスレーザーを使用した。図4中、縦軸の「abs」はマイクロ波吸収を表し、「em」はマイクロ波の放出を表す。また、図4には、Easyspin toolbox(MATLAB)の計算により求めたESRスペクトルのシミュレーション曲線simを併せて示す。
図4において、発光ピーク(em方向に突き出るピーク)はT,→T,-1遷移(T状態でのm=0からm=-1への遷移)に相当し、吸収ピーク(abs方向に突き出るピーク)はT→T+1遷移(T状態でのm=0からm=+1への遷移)に相当する(図1参照)。化合物1、2またはペンタセンがドープされたp-テルフェニル結晶のESRスペクトルには、いずれも、こうした発光ピークと吸収ピークが認められ、これらの化合物が三重項電子スピン偏極を生じるものであることが確認された。また、そのフィッティングパラメータから、化合物1および化合物2の三重項電子のスピン偏極は、いずれもペンタセンと同等であり、三重項電子のスピン偏極にアザ置換による影響がないことも確認された。
【0083】
また、各化合物がドープされたp-テルフェニル結晶のESRピークの経時変化を図5に示す。図5中、縦軸の「pos→」は正偏極を表し、「neg→」は負偏極を表す。また、図5の曲線の近似式を下記式(I)に示し、式(I)の各パラメータの数値を表1に示す。
【数1】
【0084】
【表1】
【0085】
図5におけるESRピークの負偏極は、経時変化によりT,+1成分の占有率がT,成分より多くなったためである。表1に示すように、化合物1および2のESRピークのτ(T→Sの遷移時間)は、ペンタセンよりも短時間であった。
【0086】
次に、各化合物の動的核偏極による核スピン偏極向上効果をH NMR信号を測定することで評価した。具体的には、化合物1、2またはペンタセンがドープされたp-テルフェニル結晶に、それぞれ532nmパルスレーザーを照射して各化合物の分子を励起三重項状態へ遷移させた後、マイクロ波を照射しながら外部磁場を0.676T付近で掃引するという動的核偏極プロセスを繰り返し行い、この間に、一定時間毎にH NMR信号を測定した。測定されたH NMR信号(信号電圧)を下記式(II)のEDNPに代入してエンハンスメントファクターεを求め、処理時間を横軸にしてプロットした結果(Hスピン偏極のビルドアップ曲線)を図6に示す。ここで、参照データには、300K、0.676Tの磁場中で熱平衡状態にあるエタノールのH NMR信号を使用した。
【数2】
【0087】
また、エンハンスメントファクターεから、下記式(III)を用いてHスピン偏極率Pを求めた。
【数3】
【0088】
図4と式(III)による計算結果から、化合物2の最終的なHスピン偏極率は0.19%、エンハンスメントファクターは840であり、ペンタセンのHスピン偏極率(0.21%)およびエンハンスメントファクター(930)に匹敵するものであった。さらに、化合物1では、最終的なHスピン偏極率が0.22%、エンハンスメントファクターが970であり、ペンタンセンを凌駕するものであった。このように、化合物1で高い核スピン偏極向上効果が得られたのは、化合物1の三重項寿命が3.3μsで、ペンタセンの三重項寿命89μsよりも短いことにより、常磁性の三重項電子の存在によるスピン-格子緩和時間の短縮が抑えられたためであると考えられる。
以上の結果から、アセン構造に窒素原子を導入したアザアセン骨格を有する分子(一般式(1)で表される分子)は、酸素耐性に優れるとともに、ペンタセンと同等以上の核スピン偏極向上効果を示すものであり、動的核偏極の偏極源として極めて有用であることが確認された。
【0089】
[2-1]化合物3の評価
(実施例3)化合物3の水溶液の調製
化合物3の前駆体(1mM)とトリス[2-(2-メトキシエトキシ)エチル]アミン(MEEA)(4mM)を水に溶解して反応させることにより、化合物3の水溶液を得た。
【0090】
【化18】
【0091】
化合物3の水溶液を液体窒素で凍結させたもの(化合物3を含む結晶性氷)と、化合物3が分子分散したジメチルスルホキシド溶液を液体窒素で凍結させたものについて、140Kで532nm励起光による発光スペクトルを測定したところ、化合物3を含む結晶性氷で、ジメチルスルホキシド溶液の凍結体の発光ピーク(560nm、609nm)よりも僅かに青色側にシフトした発光ピーク(557nm、596nm)が観測された。分子が凝集すると、発光ピークが赤色側にシフトすることが知られていることから、ここでの青色シフトは、化合物3の分子が結晶性氷中で高度に分子分散していることを示す。また、下記化合物の水溶液についても、化合物3の水溶液と同様にして凍結させ、発光スペクトルの測定にて分散性を評価したところ、下記化合物よりも化合物3の方が分散性に優れていた。
【0092】
【化19】
【0093】
次に、化合物3の水溶液を液体窒素で凍結させた後、140Kで532nmのパルスレーザー励起光を照射し、その直後に、時間分解ESR測定を行った結果を図7に示す。また、354mTで観測されたESRピークの経時変化を図8に示す。図7中の「Em.」、「Abs.」、「sim」は、図4における「abs」、「em」、「sim」とそれぞれ同義であり、図8中の「Pos.→」、「←Neg.」は、図5における「pos→」、「←neg」とそれぞれ同義である。図7に示すように、化合物3のESRスペクトルには、いずれも、T,→T,-1遷移に由来する発光ピークとT→T+1遷移に由来する吸収ピークが認められ、これらの化合物が三重項電子スピン偏極を生じるものであることが確認された。また、そのESRスペクトルは、無置換のベンゾ[b]フェナジンで見られる典型的なスペクトル形状を示しており、三重項電子のスピン偏極に親水性修飾による影響がないことも確認された。また、そのESRピークの寿命(三重項寿命)は37μsであり、三重項電子スピンの偏極を核スピンへ移動させるのに十分な長さであった。
【0094】
次に、各化合物の動的核偏極による核スピン偏極向上効果をH NMR信号を測定することで評価した。具体的には、化合物3の水溶液を液体窒素で凍結させた後、140Kで、532nmパルスレーザー(400Hz)を照射して化合物3の分子を励起三重項状態へ遷移させ、その後、マイクロ波(17.7GHz)を照射しながら外部磁場を664±30mTで掃引するという動的核偏極プロセスを繰り返し行い、この間に、一定時間毎にH NMR信号を測定した。測定されたH NMR信号(信号電圧)を式(II)のEDNPに代入してエンハンスメントファクターεを求め、処理時間を横軸にしてプロットした結果(Hスピン偏極のビルドアップ曲線)を図9に示す。ここで、εを求めるための参照データには、140Kで熱平衡状態にあるメタノールのH NMR信号を使用した。また、図9中の破線は、下記式(IV)により求めたフィッティング曲線を示す。
A[1-exp(-t/TB)] (IV)
式(IV)において、tは処理時間を表し、Tはスピン格子緩和時間を表す。
図9に示すように、化合物3を含有する結晶性氷のビルドアップ曲線は、フィッティング曲線に良く適合しており、スピン格子緩和時間Tが11.6分、エンハンスメントファクターεが23であった。この結果から、化合物3の三重項電子スピンの偏極を結晶性氷に移行させて水分子のHの核スピン偏極を向上できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の偏極源は、高い酸素耐性を有し、動的核偏極により、生成した三重項電子のスピン偏極を核に安定に移行させることができる。そのため、本発明の偏極源によれば、大気下においても、動的核偏極を効果的に行うことが可能になる。このため、本発明は産業上の利用可能性が高い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9