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特許7582839導電性または半導電性表面上における有機電気グラフト化被膜の形成
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】導電性または半導電性表面上における有機電気グラフト化被膜の形成
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/10 20060101AFI20241106BHJP
   A61F 2/07 20130101ALI20241106BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20241106BHJP
   C08F 292/00 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
A61L31/10
A61F2/07
A61L31/02
C08F292/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020180291
(22)【出願日】2020-10-28
(62)【分割の表示】P 2019060993の分割
【原出願日】2007-02-28
(65)【公開番号】P2021041177
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2020-10-28
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-09
(31)【優先権主張番号】60/776,929
(32)【優先日】2006-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513233470
【氏名又は名称】アルシメディク
【氏名又は名称原語表記】ALCHIMEDICS
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ、ビュロー
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】池渕 立
【審判官】土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/074537(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D9/00-21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性または半導電性の表面を含む物体であって、前記表面またはその一部にグラフト化された有機被膜を有し、前記有機被膜が、連鎖重合可能な官能基を有し且つ前記有機被膜の前駆物質である、少なくとも1種のモノマーまたはマクロ物体に由来する化学構造、およびアリールジアゾニウム塩もしくはその電気的還元副産物に由来する化学構造を含み、
前記モノマーが、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ドデシルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、トリメチルシリルプロピルメタクリレート、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、シアノアクリレート、アクリル酸、メタクリル酸、イソプレン、エチレン、プロピレン、エチレンオキシドおよびラクチドから選択されたものであり、
前記有機被膜の厚さが10nm~10μmであり、
前記有機被膜は、前記表面またはその一部に共有結合によって形成されてなり、かつ、
前記有機被膜の組成は、前記表面の垂直方向に対して均一でない、ことを特徴とする、導電性または半導電性の表面を含む物体
【請求項2】
前記有機被膜は、前記表面の近傍においてジアゾニウムおよびその電気的還元副産物がよりリッチであり、一方、前記表面から離れたところではポリマーがよりリッチである、請求項1に記載の物体
【請求項3】
前期連鎖重合可能な官能基を有し且つ前記有機被膜の前駆物質である、前記少なくと
も1種のモノマーが、エチレンおよびプロピレンから選択されたものである、請求項1に記載の物体。
【請求項4】
前記表面が、ステンレス鋼、コバルトおよびその合金、チタンおよびその合金、鉄、銅、ニッケル、ニオブ、アルミニウム、銀、シリコン(ドーピングされた、またはされていない)、炭化ケイ素、窒化チタン、タングステン、タングステンの窒化物、タンタル、タンタルの窒化物または白金-イリジウムまたはイリジウム、白金、金から選択された貴金属の表面かである、請求項1~3のいずれか一項に記載の物体
【請求項5】
前記マクロ物体が、ナノメートルまたはマイクロメートルサイズの物体であり、マクロ物体表面が、電子吸引性基または環状基によって活性化されたビニル基によって官能化されてなる、請求項1~3いずれか一項に記載の物体
【請求項6】
前記有機被膜が架橋されていない、請求項1~5のいずれか一項に記載の物体
【請求項7】
前記アリールジアゾニウム塩がニトロフェニルジアゾニウムであり、前記モノマーがBUMAであり、前記有機被膜は、前記表面の垂直方向に対して均一でなく、前記表面の近傍においてニトロフェニルジアゾニウムおよびその電気的還元副産物がよりリッチであり、一方、前記表面から離れたところではポリBUMAがよりリッチである、請求項1~5のいずれか一項に記載の物体
【請求項8】
前記物体が生物適合性である、請求項1に記載の物体。
【請求項9】
前記導電性表面が、316Lステンレス鋼であり、前記316Lステンレス鋼上に電気的にグラフトされた重合体層が厚さ150nmのポリBUMA層であり前記ポリBUMA層の上に厚さ5マイクロメーターのPLA層がスプレー形成されている請求項1に記載の物体。
【請求項10】
前記物体が、ステントである、請求項8または9に記載の物体
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面上の有機被膜の形態にある有機表面被覆の分野に関する。より詳しくは、本発明は、電気化学的グラフト化または電気グラフト化により、導電性または半導電性の表面または表面の一部もしくは複数部分上に、有機被膜を簡単に再現性良く形成できるように適切に選択された溶液の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
基材上に薄い有機被膜を堆積させるための幾つかの先行技術があり、それぞれの技術は、特殊な群または区分の前駆物質分子に依拠している。遠心分離または「スピンコーティング」、浸漬(「浸し塗り」)、または蒸発(「スプレー塗り」)、による被覆の形成方法は、堆積する分子が問題とする基材と特別な親和力を有することを必要としない。実際、この方法自体は、表面上に被膜を形成するだけであり、被膜の凝集は、主として被膜の凝集エネルギーによるものであり、この被膜を後処理、例えば架橋により補強し、被膜の安定性を改良することができる。
【0003】
これらの製法における界面の安定性を、表面上で自己集合し得る特殊な分子を使用することにより、増加させることは可能である。先行技術において、これらの分子は、自己集合単層またはSAMを与える分子と呼ばれている(Ulman A., 「Year introduction to ultrathin organic films from Langmuir-Blodgett films to coil-assembly」、1991、Boston, Academic Press)。多かれ少なかれ最密充填配列にある隣接する分子間の横方向相互作用を実質的に説明する自己集合と、全体的に「最密充填された」層がその下にある表面に対する親和力を有することとの間に、通常、直接的な関係は無い。多くの例で、そのような最密充填された単層が、一端が表面に対して強い親和力を有する単または二官能性分子でも得られている、即ち、これらの分子の横方向相互作用が限られており、そのため、自己集合性であるとは考えられなくても、表面上にある高密度分子で単層ブラシが得られる。単層の形成を説明する基礎的なメカニズムがこれらの2つの場合で異なっていても、表面上の強い結合により、表面上の高密度結合で実際に形成される超薄層(場合により単層)をSAMと呼ぶ傾向があるようである。横方向相互作用だけを有する「真の」SAMは、界面における密着性をほとんど(あるにしても)改良しないが、浸漬またはスプレー処方物に加えられた単または二官能性分子は、固定点を経由して界面を強化することにより、確実な効果を有することができる。この強化には、該単または二官能性分子の結合が重要であるので、前駆物質-表面の結合を全体として考える必要があろう。一例として、硫黄含有分子が金、銀または銅に対して、トリハロゲノシランがシリカまたはアルミナのような酸化物に対して、ポリ芳香族分子がグラファイトまたはカーボンナノチューブ等に対して強い親和力を有することは公知である。全ての場合で、被膜の形成は、分子状前駆物質の一部(例えば、チオールの場合における硫黄原子)と、表面上の特定の「レセプタ」箇所との間の化学反応を起こす、特殊な物理化学的相互作用に依存している。好ましい場合には、スプレーまたは浸漬により、常温で、超薄層(<10 nm)を得ることができる。
【0004】
しかし、界面結合の形成は、前駆物質および表面の両方に非常に大きく関連しているので、好ましい結合は、実際には、ほとんど「理想的な」状況にのみ限られる。シランは、界面Si-O-Si界面結合を与え、これは化学反応の中で恐らく最も強力であるが、これらの結合は、水中、室温で容易に加水分解される。チオールは、金表面上でかなり強い結合を与えるが、60℃で、または良好な溶剤中では室温で、あるいはチオール基の酸化体を含む液体媒体と接触すると容易に脱着する。全体的に、自己集合および/または単もしくは二官能性分子を使用して金属および/または半導電性表面上に良好な密着性を得る可能性は、非常に限られている。これは、表面がある種の特殊な技術、例えばスパッタリングにより、または物理的または化学的蒸着により得られる場合には、得られた表面が、通常、非化学量論的であり、非標準的な組成物であるために、尚更である。
【0005】
それにも関わらず、好ましい場合を考慮できるなら、これらのスプレーおよび浸漬の技術は、非常に用途が広く、ほとんどの種類の表面に応用でき、極めて再現性が良い。しかし、これらの技術は、(単なる物理的吸収は別にして)被膜と基材との間の効果的な結合を促進せず、被膜の厚さは、特に超薄層(<20ナノメートル)を目標とする場合には、ほとんど制御できない。その上、スピンコーティングの技術は、被覆すべき表面が主として平面である場合にのみ、一様に堆積させることができる(仏国特許出願第FR2843757号参照)。スプレーコーティングにより得られる被膜の品質(均質性および順応性(conformality)に関する)は、液滴が表面上で癒着する場合にのみ、堆積物が実質的に被膜形成できる(filmogenic)ようになるので、スプレーされた液体による基材の濡れに関連する。従って、特定の重合体に対して、被覆の均質性および順応性の両方の制御に関して、満足できる結果を与えることができる有機溶剤は、一般的にほんの僅かしか無い。
【0006】
支持体の表面上に有機被覆を形成する他の技術、例えば、Konuma Mの記事「プラズマ技術による被膜堆積(Film deposition by plasma techniques)」、(1992) Springer Verlag, Berlinや、Biederman H.およびOsada Y.の記事「プラズマ重合方法(Plasma polymerization process)」、1992、Elsevier, Amsterdamに記載されているプラズマ堆積、または光化学活性化は同様の原理に基づいており、表面の近くで前駆物質分子の不安定な誘導体を発生させ、最終的に該表面上に被膜を形成する。プラズマ堆積は、通常、前駆物質が特別な化学的特性を有することを必要とせず、光活性化は感光性前駆物質の使用を必要とし、その構造が照射の下で変性される。
【0007】
これらの技術は、通常、処理された表面上に密着性の被膜を形成するが、この密着が、物体の周囲に構造的に閉じた被膜の架橋によるものか、被膜と表面との間の界面で実際の結合が形成されることによるものかを区別することは、できるとしても、一般的に困難である。
【0008】
重合体の電気グラフト化は、表面上に重合体層をその場で、即ち予め製造された重合体からではなく、前駆物質の浴から形成することに基づく別の技術である。被覆すべき表面は、電気的に分極され、重合開始剤として作用し、連鎖成長反応(propagation chain reaction)による表面重合を引き起こす(S. PalacinおよびAl、「分子対金属の結合、導電性表面上の電気グラフト化重合体(Molecule-to-metal bonds: electrografting polymers on conducting surfaces)」、ChemPhysChem, 2004, 10, 1468)。
【0009】
興味深いのは、分極した表面と第一モノマーの反応が、化学結合を造り出す一工程であり、次いで、これが重合伝搬により安定化することである。即ち、この製法の最後における被膜の存在は、被膜と表面との間に存在する化学結合の直接的な証拠または足跡である。この反応メカニズムによれば、電荷移動および第一モノマーとの結合形成が無ければ、表面上に重合体被膜は存在し得ない。
【0010】
電子が乏しい「ビニル系」分子、即ち、電子吸引性官能基を有する分子(例えば、アクリロニトリル、アクリレート、ビニルピリジン)は、この、陰イオン的伝搬メカニズムを経由して進行する製法に特に適している。
【0011】
電気グラフト化の反応メカニズムは、特にC. Bureauら、Macromolecules, 1997, 30, 333、C. BureauおよびJ. Delhalle、Journal of Surface Analysis, 1999, 6(2), 159、ならびにC. Bureauら Journal of Adhesion, 1996, 58, 101に記載されている。
【0012】
重合体層の成長は、陰極電気グラフト化における陰イオン的伝搬を経由して進行する。
この成長は、特にプロトンにより停止され、プロトンの含有量が溶液中重合体形成を制御する主要パラメータを構成することさえ示されており、この情報は、合成の途中で、特に合成の際に記録されるボルタンモグラムの形状および特徴で得られる(特にC. Bureauの記事、Journal of Electroanalytical Chemistry, 1999, 479, 43参照)。
【0013】
水の痕跡、より一般的には、プロトン性溶剤の敏感なプロトンが、溶液中および表面上の両方における重合体鎖の陰イオン的成長に有害なプロトンの供給源を構成する。しかし、特許第FR2860523号に記載されているように、電気グラフト化された被膜の厚さを最適化し、少なくとも50 ppmの水、理想的には約1000 ppmの水を含む浴、即ち、電解質支持体とほぼ同程度の多くの水を含む電解浴中でビニル系モノマーの電気グラフト化を行うのが好ましい。この予期せぬ結果は、電気グラフト化では2種類の重合、即ち、(i)表面上の開始剤から出発する鎖の成長、即ちグラフト化自体に関連する成長、(ii)脱着したラジカル陰イオンの二量体化から得られる鎖成長、が競合している(C. Bureau、Journal of Electroanalytical Chemistry, 1999, 479, 43)という事実から得られ、この成長は、溶液中で、表面とは無関係に行われ、溶液中で形成される重合体の局所的濃度が、表面の近くでの溶解度の局所的閾を超えると、被膜を形成することがある。この被膜は、一般的に、密着性ではなく、重合体の良好な溶剤で単純に洗浄することにより、表面から除去することができる(電気グラフト化が重合体の良好な溶剤中で行われる場合、溶剤は、最終的な表面には見ることさえできず、その表面は電気グラフト化された層を支持するだけである)。
これらの2種類の重合反応間の競合は、一般的に、速度論的には、不均質反応である表面反応と比較して、均質反応である溶液中反応に有利である。表面の近くでは、特にグラフト化による重合を「窒息させる」溶液重合のために、媒体中のモノマーが不足する。水を加えることにより反応媒体中に加えられたプロトンが、主要反応、即ち、溶液重合を「殺す」ことにより、この不均衡を制限することができ、表面近くのモノマーの局所的濃度を、全く水が存在しない状態よりも高く維持することにより、表面反応が有利になると考えられる。この、「水が多い程良い」とするメカニズムにより、陰イオンにより動かされる重合にはかなり反直感的ではあるが、これらの「非プロトン性」様式の電気グラフト化で得られる非常に奇妙なボルタンモグラムを包含する全ての観察を説明することができる。
【0014】
しかし、この方法は、水中数百または数千ppmを超えないプロトン濃度にのみ観察され、これより上では、表面から出発する成長自体が殺され、表面上には電気グラフト化された被膜が全く形成されない。実際には、例えば上記の溶液を、新しく調製した分子篩と接触して維持する場合のように、含水量を非常に低く維持するよりも、溶液を特定の含水量に維持する方が困難である。
【0015】
全般的に見て、有機溶液から出発して様々な前駆物質の電気グラフト化により導電性または半導体基材上に化学結合を行うことができるとしても、基礎にある反応メカニズム(陰イオン型重合)のために、任意の含水量を有する溶液で作業することが不可能であるため、容易に調製し、制御できる溶液から出発してそのように被膜を形成することには、これらの反応のために、困難さが残る。
【0016】
これまで、アリールジアゾニウムの塩のみが、この問題に対する解決策を与えている。
例えば、仏国特許出願第FR2804973号に記載されているように、正電荷を有するアリールジアゾニウム塩のような前駆物質の電気グラフト化を、陽イオン還元後の開裂反応により行い、表面上に化学的に吸収されたラジカルを与えている。まさに重合体の電気グラフト化の場合におけるように、アリールジアゾニウム塩の電気グラフト化反応は、電気的に開始され、界面の化学結合形成を引き起こしている。ビニル系モノマーの電気グラフト化と異なり、アリールジアゾニウム塩の電気グラフト化は、化学的に吸収された化学種が電気的に中性であるので、この化学種を安定化させるために、化学反応を電荷移動と連結させる必要がない。従って、アリールジアゾニウム塩の電気グラフト化により、安定した表面/アリール結合が直接形成される。特に仏国特許出願第FR2829046号では、アリールジアゾニウム塩が非常に薄い、導電性の、従って、それ自体で成長できる有機被膜を形成する。即ち、初期表面上で電気的開裂+化学吸着により、最初のアリール被膜のグラフト化が起これば、その被膜は、電気持続反応、即ち電極を通してより多くの電流が流れるにつれてより多くの重合体被膜が形成される反応により、成長することが示されている。その結果、そのような被膜は、特にそれらの厚さに関して、制御するのが、通常、より困難である。
【0017】
アリールジアゾニウム塩およびビニル系モノマーを含む溶液の電気還元により、表面上にモノマーの重合体状被膜が形成され得るが、この重合体は、電気合成に使用される溶剤に不溶であることが観察されている(X. ZhangおよびJ.P. Bell, Journal of Applied Polymer Science, 73, 2265, 1999参照)。アリールジアゾニウムおよびビニル系モノマーの混合物の利点の一つは、この文献で主張されているように、ビニルモノマーの電気還元を達成するのに必要な高い陰極電圧を印加する必要無しに、電気合成により重合体が得られる、即ちアリールジアゾニウム塩を還元するのに十分であり、次いでアリールジアゾニウム塩が、ラジカル型重合の開始剤として使用されることである。Zhangら(上記)は、実際、アリールジアゾニウム塩を約10-2モル/lの濃度で含む水溶液およびアクリルアミドの、一定電位(-0.8 V/SCE)における分極を行うことにより、鋼試片の表面上に被膜は全く形成されないが、溶液中に大量の重合体が形成されることを観察している。彼らは、このデータを、ポリアクリルアミドが水溶性であることを考察して解釈している。反対に、彼等は、アリールジアゾニウム塩を濃度約5.10-3モル/lで含む水溶液およびアクリロニトリルとメチルメタクリレートの、濃度がそれぞれ0.24および0.36モル/lである混合物の一定電位(-1.0 V/SCE)における分極を行うことにより、同様の鋼試片表面上に白色がかった、非常に厚い被膜の形成が観察されている。30分間の電解後、被膜の厚さは1マイクロメートルと推定され、これは、単なるビニル系モノマーの電気グラフト化により達成できる厚さよりもはるかに大きい。彼らは、この結果を、形成された共重合体(その構造は、可変角度反射吸収赤外分光法により確認される)が水に完全に不溶であり、表面上に析出していることを示すことにより、解釈している。
【0018】
これらの結果は、重合体状被膜を金属基材上に形成しようとする当業者の興味を引くものである。しかしながら、電気グラフト化反応の傑出した特徴の一つを構成するグラフト化または強力な結合形成の反応は、表面上への析出により被膜を形成するZhangらが選択した操作条件下では、消失する。
【発明の概要】
【0019】
本発明は、容易に調製および制御できる前駆物質溶液から出発し、特に、
(i)グラフト化の反応を強制する電極電位の印加手順、
(ii)形成された重合体の少なくとも良好な膨潤剤であるか、または重合体の良好な溶剤である電解媒体の使用、
により、重合体の実際の電気グラフト化を容易に行うことができる操作方法を提供する。
【0020】
本発明の目的は、全ての導電性または半導電性基材上、または複合材料表面の全てのそのような部分上に、ナノメートル~数ミクロン、好ましくは約10ナノメートル~1ミクロンの厚さを有する、有機被膜、とりわけ重合体状被膜を電気グラフト化することができる方法を提案することである。
【0021】
そのような有機被膜は、それら固有の特性のために、または、必要に応じて、浸し塗り、スプレーコーティングまたはスピンコーティングのような別の手段により、他の材料を固定するための下層または界面層として、有用である。
【0022】
仏国特許第FR2843757号に記載されているように、官能性の、例えば有機官能性層の密着性は、グラフト化された有機下層、とりわけ重合体状の下層により、その下層の厚さが少なくとも数十または数百ナノメートルである場合に、効果的に補強され、この長さは、公知の重合体の大部分の回転半径のオーダーにあるので、厚さが少なくともこの長さにある下層は、理論的に官能性層の重合体をグラフト化された下層の中に組み合わせる、即ち、グラフト化された下層の中に官能性層の重合体の少なくとも一個のループを形成するのに十分である。つまり、先行技術に記載されているような比較的厚い層と比べて、薄膜ないし超薄膜の下層が表面上にグラフト化されていれば、それらの下層により、より優れた密着性を得ることができると考えられる。
【0023】
仏国特許第FR2837842号に記載されているように、重合体ではないマクロ分子(デキストラン、タンパク質、ADN等)の、またはマクロ分子ではないマクロ物体(炭素のナノチューブ、フラーレン、無機凝集物等)の、ビニルではない電気グラフト化された重合体(ポリエチレングリコールPEG、ポリ(ジメチルシロキサン)PDMS等)を得ることも重要である。仏国特許第FR2837842号に記載されている前駆物質と同じビニル前駆物質を本発明で使用することができ、モノマーまたはビニルモノマーの条件に従う全ての前駆物質を、それ以上の厳密さを要求されることなく使用することになるが、上記のモノマーは、仏国特許第FR2837842号にすでに挙げられている前駆物質の全ての種類から選択することができることは言うまでもない。
【0024】
本発明は、時間に依存する電極電位手順を適用した時、この手順が、特定の閾値より高い電位における陰極偏位を含むのであれば、電極を、少なくとも一種のジアゾニウム塩および少なくとも一種の連鎖重合可能な基を含んでなる電解浴中に浸漬すれば、洗浄した後、その基を含む重合体状被膜を形成できる、という事実に基づいている。
【0025】
本発明の第一目的は、導電性または半導電性表面上に、溶液の電気還元により、有機被膜をグラフト化させる方法であって、
a)少なくとも一種のジアゾニウム塩および一種の、少なくとも一個の連鎖重合可能な官能基を有する、有機被膜の前駆物質であるモノマーを含む溶液を調製する工程、
b)前記溶液を、電解槽中で、被覆すべき導電性または半導電性表面を作用電極として、および少なくとも一個の対電極を使用して電気分解し、前記溶液中にある全てのジアゾニウム塩の還元またはピーク電位より陰極性である値の少なくともある範囲にわたる可変電位を印加することにより、表面を電気的に分極させることからなる、少なくとも一つの手順を適用することにより、有機被膜のグラフト化された被覆を表面上に形成する工程、
を含んでなる、方法である。
【0026】
少なくとも一つの手順は、サイクリックボルタンメトリー走査(CVS)モードで行うのが有利である。
【0027】
少なくとも一つの手順では、可変作用電流を表面に印加するのが有利である。
【0028】
本発明においては、モノマーは、少なくとも一個の連鎖重合可能な官能基を有する化合物である。重合可能な基は、様々な重合可能な部分、例えば二重結合、環(開環による重合)、または官能基を含むことができる。好ましい実施態様においては、モノマーは、ビニル系モノマーである。別の好ましい実施態様においては、モノマーは、重合可能な環状化合物、例えばラクトンである。
【0029】
本発明で問題とする閾値は、溶液中におけるアリールジアゾニウムの還元電位である。
【0030】
下記の例で詳細に説明するように、ポリ-ヒドロキシエチルメタクリレート(ポリ-HEMA)の密着性被膜は、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートを10-2モル/lで、およびHEMAを2モル/lで含む溶液(溶剤=DMF/水)中で、電位範囲-0.1 V/CES~-1.2 V/CESにわたり、走査速度100 mV/sで表面をボルタンメトリー走査(voltametric scanning)することにより、得ることができる。P-HEMAは、高水溶性の親水性が非常に高い重合体であるが、電気化学的インピーダンス分光法(EIS)データは、本発明の方法により得られるポリ-HEMA層が水に完全に膨潤したままであり、イオン性伝導できることを示している。このことは、この被膜には、あるにしても、架橋がほとんど無く、その表面上の密着性は、その下にある金属との結合形成の結果であるという一つの証拠である。この理由から、以下、連鎖伝搬反応を受けることができるモノマーと、好ましくは低濃度で存在するジアゾニウム塩の両方を含む溶液の電気的還元により得られるグラフト化を現在意味してはいるが、重合体の電気グラフト化の用語を使用する。
【0031】
同じ方法が、通常はほとんど陰イオン的成長だけを行うモノマー、例えば開環を受けることができるモノマー(例えば、ε-カプロラクトンのようなラクトン、またはラクチド、例えば乳酸またはグリコール酸)にも適用できることは、本発明の大きな成果である。
これらのモノマーは、ビニル系と同様に、連鎖伝搬反応を受け、従って、「連鎖重合可能な」モノマーとして記載することができるが、ビニル系とは異なり、それだけではないにしても、陰イオン的成長も受け易いことが分かっている。
【0032】
それにも関わらず、316Lステンレス鋼試片を、4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートを10-2モル/lおよびL-ジ-ラクチドを0.5モル/lで含む水溶液中、電位範囲-0.2 V/ECS~-2.8 V/ECSにわたり、走査速度100 mV/sでボルタンメトリー走査分極することにより、ポリ乳酸(PLA)の厚さが1.1μmに近い被膜がステンレス鋼試片の表面上に形成されることが観察された。この被膜は、水中での洗浄に、超音波処理の下でも耐え、グラフト化による強い密着性が得られたことを示している。PLAは生物分解性被膜であるので、この種の被膜は、生物医学(biomed)で非常に重要である。
【0033】
従って、本発明は、時間に依存する電極電位手順を適用すると、この手順が、特定の閾値より高い電位における陰極偏位を含むのであれば、電極を、少なくともジアゾニウム塩および少なくとも一種の単量体状化合物、即ち、少なくとも一個の連鎖重合可能な官能基を有する分子状化合物、を含んでなる電解浴中に浸漬すれば、洗浄した後、モノマーを基剤とする密着性重合体状被膜を形成できる、という事実に基づいていることが分かる。
【0034】
下記の例は、本発明の方法を使用することにより得られる主な利点を例示する。
(i)本発明の方法は、あらゆる導電性または半導電性表面、例えば316Lステンレス鋼、コバルトクロム合金、チタン表面、窒化チタン等、に適用できる。
(ii)本発明の方法により、必要とされる特性を備えた単独重合体層、即ちモノマーとしてHEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)を含む親水性層、モノマーとしてBUMA(ブチルメタクリレート)を含む疎水性層等の多種多様な製造が可能である。
(iii)本発明の方法により、必要とされる特性を備えた共重合体層、即ちモノマーとしてBUMAとMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)の様々な比の共重合体を含む親水性ないし疎水性の層等、の多種多様な製造が可能である。
(iv)本発明の方法により、非ビニル系重合体から製造された有機層、即ちPEGおよびPDMSのメタクリレートテレケリックモノマーから製造されたPEG(ポリエチレングリコール)またはPDMS(ポリ(ジメチルシロキサン)の多種多様な製造が可能である。
(v)本発明の方法により、環状モノマー、例えば乳酸、グリコール酸、ε-カプロラクトン等の開環型重合から得られる重合体の多種多様な製造が可能である。
(vi)本方法は、表面上に重合体層の実際のグラフト化を行うが、これは、本発明により得られるポリ-HEMA層は水により完全に膨潤し、従って、単に架橋されているのではなく、表面上で不溶であること、即ち電気化学的インピーダンス分光法(EIS)測定は、NaCl媒体中におけるTiN表面の電気化学的インピーダンスが、電気グラフト化により得られる100 nmポリ-HEMA層により、ほんの僅かしか変化しないこと、を示しており、これは、被膜を通るイオン的電流がなお活性であること、および重合体層が透過性であり、水に不溶のバリヤー層を構成しないこと、を示しているという事実により示される。
(vii)本発明の方法により、薄いグラフト化された重合体層を形成することができ、この層は、その上にスプレーされる遙かに厚い層のための密着性プライマーとして使用することができる。これは、316Lステンレス鋼試片上に電気グラフト化された150 nmポリ-BUMA層で立証され、この層は、この鋼試片を引き離した時に、その上にスプレーされた5μmPLA層を剥離させない。
(viii)本発明の方法により、目的とする重合体のみから実質的に構成されたグラフト化された層を形成することができる。予想に反して、ジアゾニウムの電気還元およびニトロフェニレン上の成長自体は、モノマーの重合反応開始を抑制しない。
【0035】
本発明の方法により、本発明に好適なモノマーは、それぞれ式(I)および(II)を有する、活性化されたビニルモノマーおよび求核性攻撃により開裂し得る環状分子から選択するのが好ましい。
【化1】
(式中、
A、B、RおよびRは、同一であるか、または異なっていてもよく、水素原子、C1~C4アルキル基、ニトリル基、ヒドロキシル、アミン、即ち-NH(x=1または2である)、アンモニウム、チオール、カルボン酸およびそれらの塩、エステル、アミド、即ちC(=O)NH(y=1または2である)、イミド、イミド-エステル、酸ハロゲン化物、即ちC(=O)X(Xは、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素から選択されたハロゲン原子を表す)、酸無水物、即ちC(=O)OC(=O)、アミノ酸、リン酸およびそれらの塩、リン酸およびそれらの塩、ホスホニルコリンおよびその誘導体、スルホン酸およびそれらの塩、硫酸およびそれらの塩、ニトリル、スクシンイミド、フタルイミド、イソシアネート、エポキシ、シロキサン、即ち-Si(OH)(zは1~3の整数である)、ベンゾキノン、カルボニル-ジイミダゾール、パラ-トルエンスルホニル、パラ-ニトロフェニルクロロホルミエート、エチレンおよびビニル、芳香族、とりわけ、トルエン、ベンゼン、ハロゲノ-ベンゼン、ピリジン、ピリミジン、スチレンまたはハロゲノ-スチレンおよびそれらの置換された等価物、の中から選択された有機官能基、陽イオン、特に金属(例えば銅、鉄およびニッケル)の還元性陽イオンと錯体形成できる官能基、これらの官能基から出発して置換された、および/または官能化された分子構造、熱的または光化学的に開裂し得る基(例えば、ジアゾニウム塩、過酸化物、ニトレン、アジド、ニトロソアニリド、アルコキシアミン、特に2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシ(TEMPO)、ベンゾフェノンおよびその誘導体、ジチオエステル、ジチオカルバメート、トリチオカーボネート)、電気活性基および特に導電性重合体前駆物質(例えば、アニリン、チオフェン、メチルチオフェン、ビスチオフェン、ピロール、エチレンジオキソチオフェン(EDOT)および類似体、および電気開裂し得る基(例えば、ジアゾニウム、スルホニウム、ホスホニウムおよびヨードニウム塩)、ならびに上記の基を含むモノマーの混合物を表し、
式(II)の直線は、C3-C10アルキル基を表し、
n、mおよびpは、同一であるか、または異なっていてもよく、0~20の整数を表すが、但し、n、mおよびpが同時に0とはならない。)
【0036】
求核性攻撃により開裂し得る他の環状分子も使用できる。例えば、モノマーは、アミンおよび/またはアミドを含む環状化合物、例えばラクタムでよい。
【0037】
上記の記号中、RおよびRは、無条件に、上には示していない指数iによって異なる基であり、iは、0~nである。これは、RおよびR基が、事実、式(II)の環状分子の構造中、他とは異なった(C(R)R)でよい、即ち、表記(C(R)R)が、同じ要素(C(R)R)の繰り返しではなく、RおよびRが上記のリスト中に含まれる(C(R)R)型基の連続であることを表す。
【0038】
上記式(I)の活性化されたビニルモノマーの、陽イオンと錯体形成できる官能基の中で、特にアミド、エーテル、カルボニル、カルボキシルおよびカルボキシレート、ホスフィン、ホスフィンオキシド、チオエーテル、ジスルフィド、尿素、エーテル-クラウン、アザ-クラウン、チオ-クラウン、クリプタンド、セプルクラット(sepulcrats)、ポダンド(podands)、ポルフィリン、カリキサレン(calixarenes)、ビピリジンおよびテルピリジン、キノリン、オルトフェナントロリン化合物、ナフトール、イソ-ナフトール、チオ尿素、シデロフォア(siderophores)、抗生物質、エチレングリコールおよびシクロデキストリンを挙げることができる。
【0039】
上記式(I)の活性化されたビニルモノマーの中で、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、メチル、エチル、プロピルおよびブチルメタクリレート、ヒドロキシエチルヒドロキシプロピルグリシジルメタクリレート、アクリルアミドおよび特にアミノ-エチル、プロピル、ブチル、ペンチルおよびヘキシルメタクリルアミド、シアノアクリレート、ジ-アクリレートまたはジ-メタクリレート、トリ-アクリレートまたはトリ-メタクリレート、テトラ-アクリレートまたはテトラ-メタクリレート(例えばペンタエリトリトールテトラメタクリレート)、アクリル酸およびメタクリル酸、スチレンおよびその誘導体、パラクロロスチレン、ペンタフルオロ-スチレン、N-ビニルピロリドン、2-ビニルピリジン、ビニルアクリロイル、メタクリロイルハライド、ジ-ビニルベンゼン(DVB)、およびより一般的にはビニルを網状にする、またはメタクリレートアクリレートを基剤とする試剤、およびそれらの誘導体を特に挙げることができる。
【0040】
上記式(II)の開裂し得る環状分子の中で、特にエポキシ、ラクトンおよび特にブチロラクトン、ε-カプロラクトンおよびその誘導体、乳酸、グリコール酸、オキシラン、ポリアスパルテート、それらの混合物およびそれらの誘導体を挙げることができる。
【0041】
本発明の別の目的は、有機被膜を導電性または半導電性表面上に、溶液の電気還元によりグラフト化させる方法であって、前記溶液が、少なくとも一種のジアゾニウム塩、および一種の求核性攻撃開裂により重合される、式(II)の環状モノマーを含んでなる、方法である。重合体は、特に乳酸、グリコール酸およびε-カプロラクトンからなる群から選択される。
【0042】
本発明の別の課題は、導電性または半導電性表面にマクロ物体を電気グラフト化により付加する方法である。本発明の目的には、用語「マクロ物体」は、連鎖伝搬反応に関与し得る少なくとも一個の基、即ちビニル系または開裂し得る環状分子、例えば上記の分子、の群に属する基、で官能化された重合体状または非重合体状のマクロ構造を意味する。以下、そのような基は、上記の連鎖重合可能なモノマーと同様に、「連鎖重合可能な」基と呼ぶことにする。
【0043】
この実施態様では、本発明の目的は、有機被膜を導電性または半導電性表面上に、溶液の電気還元によりグラフト化させる方法であって、
a)少なくとも一種のジアゾニウム塩、および一種の、該有機被膜の前駆物質であるマクロ物体を含む溶液を調製する工程、
b)作用電極として被覆される導電性または半導電性表面と、少なくとも1つの対電極とを用いて、前記溶液を、電界層中で電気分解し、前記溶液中の全てのジアゾニウム塩の還元またはピーク電位よりも陰極性である値の少なくともある範囲にわたる可変電位を印加して、前記表面を電気的に分極させることからなる、少なくとも一つの手順を適用することにより、前記有機被膜のグラフト化された被覆を前記表面上に形成する工程、
を含んでなる、方法である。
【0044】
この物体は、例えば、鎖の末端または鎖に沿って、あるいは他の架橋区域で、官能化された、架橋または未架橋の重合体、もしくは全部または一部が官能化されたマクロ分子、またはナノメートルまたはマイクロメートルサイズ以上の物体でよく、それらの表面は、本発明により表面で開始される重合反応を受けるか、または関与することができる少なくとも一個連鎖重合可能な基で官能化されていることができる。
【0045】
本発明のマクロ物体は、例えば、鎖の末端または鎖に沿って、あるいは他の架橋区域で、官能化された、架橋または未架橋の重合体、もしくは全部または一部が官能化されたマクロ分子、またはナノメートルまたはマイクロメートルサイズ以上の物体でよく、それらの表面は、電子吸引基、例えばメタクリレート、アクリレート、塩化ビニル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、4-ビニルピリジン、2-ビニルピリジン、N-ビニルピロリドン等、または他の環状基、例えばエポキシ基またはより一般的には、オキシランまたはラクトン、例えばε-カプロラクトンで活性化されたビニル基で官能化されていることができる。
【0046】
これらのマクロ物体を使用することにより、マクロ構造部分を含む電気グラフト化された被膜を得ることができる。グラフト化は、マクロ構造部分の上に電子吸引性または求核性基が存在することにより、起こる。これらの基は、マクロ構造部分に結合しているので、この部分がその表面上に電気グラフト化される。
【0047】
本発明において使用できるマクロ物体は、それらの連鎖重合可能な官能基が存在するために、それ自体がモノマーとして作用し、「標準的な」モノマーのように電気グラフト化することができる。場合により、連鎖重合可能な基に付加した分子構造は、非常に大きいので、連鎖重合可能な基が無力になる、即ちこれらの基が、伝搬し、マクロ物体を表面に電気グラフト化により付加させる唯一の作用者に実際になる程十分な移動度を持たない。
その場合、マクロ物体をある種の小さなモノマー、例えば効率的なビニル系モノマー(例えばブチルメタクリレートまたはヒドロキシエチルメタクリレート)で共電気グラフト化させ、表面上への電気グラフト化を達成し、連鎖伝搬および被膜成長を達成し、場合により、マクロ物体の連鎖重合可能な基を通して伝搬させる事を考慮する必要があろう。
【0048】
本発明の方法により使用できるマクロ物体は、好ましくは下記の式の化合物から選択する。
A-P
A-P-B
P(A)n
[M(A)]
A-[M(B)]
A-[M(B)]-C
A-P-[M(B)]
A-P-[M(B)]-C
(式中、
(i)Pは、有機または無機オリゴマーおよび重合体、一種以上の試薬の重縮合により得られる重合体、ポリシロキサン、ポリ(オルト-エステル)、ポリホスフェート、パリレンおよび置換されたパリレン系重合体、導電性重合体、オリゴペプチドおよびタンパク質、核酸分子、多糖、置換された、または置換されていないポルフィリン、置換された、または置換されていないフタロシアニン、上記リストから選択された置換されたモノマーまたは置換されたマクロ分子から形成される重合体、プレポリマー、上記リストから選択されたモノマーおよび/またはマクロ分子を基剤とするマクロマーまたはテレケリック、これらの重合体から、それらの構成モノマーから、または上記のマクロ分子から形成され得る、置換または未置換の共重合体および/または混合物、重合体状ではなく、厳密にマクロ分子でもないマクロ構造、例えば二または三次元的網目の架橋により得られる構造、例えばゴム等、鉱物凝集物、液体小胞、例えばリポソームおよびニオソーム(niosomes)、および生きている細胞、少なくとも一個の電気活性基、特に電気グラフト化可能な基、で官能化できる少なくとも一個の表面を含んでなる物体から選択されたマクロ構造であり、
(ii)nは、1以上の整数であり、
(iii)Mは、構造が重合体である場合、上に規定するタイプPの構成モノマー単位であり、
(iv)A、BおよびCは、同一でも異なっていてもよく、ビニル系基または開裂し得る環状分子、例えばラクトン、ラクチド、オキシラン、から選択された連鎖重合可能な基から選択され、A、BおよびCは、共有、イオンまたは配位結合により、もしくは水素結合により、マクロ構造部分Pまたは単量体状部分Mに結合している。
【0049】
Pに関して定義した重合体の中で、架橋または未架橋のビニル重合体、例えばアクリロニトリル、メタクリロニトリル、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、シアノアクリレート、アクリル酸、メタクリル酸、スチレンおよびその誘導体、N-ビニルピロリドン、ビニルハライドの重合体、およびポリアクリルアミド、イソプレン、エチレン、プロピレン、エチレンオキシド、開裂し得る環を含む分子、例えばラクトン、特にε-カプロラクトン、ラクチド、グリコール酸、エチレングリコールの重合体、ポリアミド、ポリウレタン、ポリ(オルトエステル)およびポリアスパルテートを特に挙げることができる。
【0050】
導電性重合体の中で、アニリン、チオフェン、またはエチレンジオキシチオフェン(EDOT)、ピロール、それらの類似体またはそれらの置換された誘導体を基剤とする重合体を特に挙げることができる。
【0051】
タンパク質の中で、抗原、酵素、成長因子、抗体およびコラーゲンを特に挙げることができる。
【0052】
核酸分子の中で、一本鎖および二本鎖DNA、一本鎖および二本鎖RNAを特に挙げることができる。
【0053】
多糖の中で、例えばセルロースおよび置換されたセルロース、キトサンおよび置換された、または官能化されたキトサン、デキストランおよび置換された、または官能化されたデキストラン、アミロース、ペクチン、デンプンおよびヘパリンを特に挙げることができる。
【0054】
鉱物凝集物の中で、シリカの、より一般的には酸化物のビーズ、およびあらゆる性質のナノ物体(ナノビーズ、ナノチューブ、フラーレン、等)を特に挙げることができる。
【0055】
少なくとも一個の電気活性基で官能化させることができる少なくとも一個の表面を有する物体の中で、金属、有機または鉱物表面、例えば木、ガラス、プラスチック、植物繊維、ケラチン材料、有機または鉱物ゲル、それらの複合材料またはそれらの混合物から選択された、少なくとも一個の導電性、半導電性または絶縁性表面を有する非液体および非気体物体を挙げることができる。
【0056】
nに関して規定できる 最大数は、本発明では重要ではなく、連鎖重合可能な基で官能化することができるマクロ構造部分の上に存在する官能基の数によって異なる。
【0057】
この官能化は、例えばこれらのヒドロキシル基をメタクリロイルクロリド(MAC)と反応させてメタクリル酸エステルを形成することにより、行い、このメタクリル酸エステルが、メタクリレート-連鎖重合可能な-基をマクロ構造中に導入し、本発明の方法により電気グラフト化させることができる。
【0058】
同じ種類の反応を、メタクリロイルクロリドの代わりに、例えばグリシジルメタクリレートで行うことができる。
【0059】
スペーサー要素として使用できる分子、例えばジイソシアネート、エピクロロヒドリンおよびより一般的には全ての二官能性分子、を使用し、ビニルモノマーとマクロ構造との間に共有結合を形成することも考えられる。電解質溶液中の求電子性マクロ物体の濃度は、好ましくは10-6~5モル/lである。
【0060】
本発明の方法に従う電解溶液中の連鎖重合可能な基またはモノマーの濃度は、モノマー毎に異なっていてよい。しかし、この濃度は、好ましくは0.1~10モル/l、より好ましくは0.1~5モル/lである。
【0061】
本発明の方法に従う電解溶液中のジアゾニウム塩の濃度は、好ましくは1~10-4モル/l、より好ましくは10-2~10-3モル/lである。
【0062】
本発明の特別な実施態様では、電解溶液は、水溶性ではない、またはあまり水溶性ではない連鎖重合可能なモノマーを可溶化し、目的に合わせるために、少なくとも一種の追加液体(溶剤)を主として傍観者(即ち電気重合反応に関与しない)として含むことができる。
しかし、使用するモノマーが純粋な状態で使用されるか、またはモノマー混合物の一部のモノマーが溶剤として使用されるか、もしくはモノマー混合物の全てのモノマーが混和し得る比率にある状況を考えることができるので、そのような液体の存在が常に必要という訳ではないことに注意することが重要である。これらの溶剤を使用する場合、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、酢酸エチル、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、プロピレンカーボネートおよび他の、電気化学で通常使用される溶剤、ジクロロエタンおよび、より一般的には、塩素化溶剤の中から選択するのが好ましい。溶剤は、水およびアルコールからなる群から選択することもできる。本発明の方法には、これらの溶剤を、含まれる水を除去するために前もって蒸留せずに、または反応媒体の上にある雰囲気の含水量を厳密に制御せずに、直接使用できる、という利点がある。従って、本発明の方法は、工業的規模で容易に実行できる。
【0063】
本発明の好ましい実施態様では、電解溶液がジメチルホルムアミドを単独で、または水もしくはジメチルスルホキシドと混合して包含する。
【0064】
同様に、本発明の方法の別の実施態様では、電解溶液が、電解溶液中の電流の通路を確保する、および/または改良するために、少なくとも一種の支援電解質も含むことができる。しかし、支援電解質の使用は、例えば使用する連鎖重合可能なモノマーがそれ自体イオン性である基を含んでなる(例えばアミノヘキシルメタクリレート塩化アンモニウムのように)場合には、絶対に必要という訳ではなく、その場合、このイオン性の基により、電気回路の抵抗降下が、許容される値に確実に維持される。使用する場合、支援電解質は、第4級アンモニウム塩、例えば過塩素酸塩、トシレート(tosylates)、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロホスフェート、第4級アンモニウムハライド、硝酸ナトリウおよび塩化ナトリウムの中から選択するのが好ましい。これらの第4級アンモニウム塩の中で、例として、過塩素酸テトラエチルアンモニウム(TEAP)、過塩素酸テトラブチルアンモニウム(TBAP)、過塩素酸テトラプロピルアンモニウム(TPAP)、過塩素酸ベンジルトリメチルアンモニウム(BTMAP)を特に挙げることができる。
【0065】
電解溶液は、被膜の均質性を改良する試剤(界面活性剤)、例えばグリセロール、をさらに含んでなることができる。
【0066】
本発明により、導電性または半導電性表面は、好ましくはステンレス鋼、コバルトおよびその合金(例えばCo-Cr-Mo、Co-Cr-W)、チタンおよびその合金(例えばNitinol、NiTi)、生物医学における本発明で特に好ましい材料、鉄、銅、ニッケル、ニオブ、アルミニウム(特に新しくブラシ処理した時)、銀、シリコン(ドーピングされた、またはされていない)、炭化ケイ素、窒化チタン、タングステン、タングステンの窒化物、タンタル、タンタルの窒化物または白金-イリジウムまたはイリジウム、白金、金から選択された貴金属の表面である。
【0067】
本発明の方法では、電解溶液の電解は、ボルタンメトリー条件下で、ならびに電位(電流)が時間に依存する電位または電流-制御される手順により、被覆すべき表面の分極により行うことができる。本発明は、時間に依存する電極電位手順を適用した時、この手順が、特定の閾より高い電位における陰極偏位を含むのであれば、電極を、少なくともジアゾニウム塩および少なくとも一種のモノマーを含んでなる電解浴中に浸漬すれば、すすいだ後、該モノマーの密着性重合体状被膜の形成を得ることができる、という事実に基づいている。本発明で問題とする閾は、少なくとも溶液中にあるジアゾニウムの還元電位である、即ち基材に適用される電位(または電流)手順の少なくとも一部にわたって、表面の電位が溶液中に存在する最も高いジアゾニウム塩のそれよりも高いことが必要である。
【0068】
好ましい実施態様では、本発明で問題とする閾値は、少なくとも溶液中にあるアリールジアゾニウムの還元電位である、即ち基材に適用される電位(または電流)手順の少なくとも一部にわたって、表面の電位が溶液中に存在する最も高いアリールジアゾニウム塩のそれよりも高いことが必要である。理論に捕らわれたくはないが、これによって、実際にアリール基を表面上にグラフト化させ、続いてラジカル芳香族置換により、該アリール基を経由して重合体を表面に付加させることができる。そのようなスキームでは、一部のグラフト化されていない、または化学吸着された、開始剤として作用し得るアリール基により、または例えばプロトンの還元から、および/または溶剤自体から派生する一部の他のラジカルにより、重合体が形成されよう。好ましい実験条件としては、例えばボルタンメトリー条件下で溶液中にある基材の休止(resting)電位から分極を行うことが挙げられる。
【0069】
例15に関して、最良の重合体状被膜(実質的に重合体から構成され、ジアゾニウム塩の含有量が低い)が、ほぼモノマーを還元させるための電位範囲における陰極偏位で得られている。
【0070】
これらの結果は、ジアゾニウム塩の還元電位よりも高い電位で最良の重合体被膜が得られること、およびジアゾニウム塩が、重合体層を電気グラフト化するための操作方法を得る上で重要ではあるが、最良の作用電位は遙かにより陰極性であり、ジアゾニウムおよび/またはモノマー自体の置換基の還元電位に近いことを立証している。
【0071】
好ましい実施態様では、印加する電位は、いわゆる「溶剤壁」の前の溶剤寛容度(window)の中で到達し得る最も陰極性の高い電位である電位範囲内で偏位を有する。この溶剤壁は、通常、ジアゾニウム塩の電気還元から派生する電流ピークの最大値より十分に上の、電気化学的電流の非常に急な上昇(絶対値で)が観察される電位に対応するので、ボルタンモグラム中で非常に容易に確認される。陰極電流におけるこの急な増加に伴う電気化学的反応の性質は、電気化学的媒体毎に変化し得るが、通常は、支援電解質、あるいは溶剤、または溶解している水(水が溶剤ではない場合)、もしくはこれら全ての還元に対応する。
典型的には、この実施態様により、本発明で印加する電位は、-2~-3 V/ECS、即ちジアゾニウムの還元ピークより1~2 V以上、より陰極性である。
【0072】
溶剤が水であるか、または水を含む場合、当業者なら、印加する電位は、プロトン還元電位より低くなければならないことが分かる。
【0073】
電位値の選択は、本方法の重要な特徴である場合がある(例12および13参照)。
【0074】
本発明の好ましい実施態様では、様々な作用電位を印加する手順および様々な作用電流を印加する手順から独立して選択された幾つかの手順を連続的に適用することにより被膜が得られ、各手順を表面に、他の手順と同一の、または異なった特定の持続時間適用する。
【0075】
本発明はさらに、上記の電気グラフト化された被膜で被覆された表面の導電性または半導電性区域を製造することも目的とする。一般的に、これらの被覆は厚さが10 nm~10μm、好ましくは10 nm~1μmである。
【0076】
ジアゾニウム塩は、一般式R’-N2+,X(ここで、R’は、一個以上の芳香族環および/または一個以上の不飽和基を含み、X-は対イオンである。)のジアゾニウム塩またはジアゾニウム塩の混合物である。
【0077】
R’は、好ましくはニトロ、フルオロ、ブロモ、クロロ、ヨード、チオシアノ、サルフェート、スルホネート、スルホニウム塩、ホスフェート、ホスホネート、ホスホニウム塩、ジアゾニウム塩、アミン、アンモニウム、アルコール、アルデヒド、ケトン、カルボン酸、エステル、アミド、ニトリル、酸無水物、酸ハロゲン化物、アルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ナフチル、アントリル、ピリルおよびより高級のポリ芳香族基からなる群から選択された有機または鉱物基を含んでなり、アルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ナフチル、アントリル、ピリルおよびより高級のポリ芳香族基は、ニトロ、フルオロ、ブロモ、クロロ、ヨード、チオシアノ、サルフェート、スルホネート、スルホニウム塩、ホスフェート、ホスホネート、ホスホニウム塩、ジアゾニウム塩、アミン、アンモニウム、アルコール、アルデヒド、ケトン、カルボン酸、エステル、アミド、ニトリル、酸無水物、および酸ハロゲン化物からなる群から選択された基を包含する。
【0078】
好ましい達成様式により、本発明の方法は、ジアゾニウム塩がアリールジアゾニウム塩、好ましくは式ArN2+のアリールジアゾニウム塩であり、式中、Arは芳香族基を表し、Xは、ハロゲン、サルフェート、ホスフェート、パークロレート、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロホスフェートおよびカルボキシレートから選択された陰イオンを表す。
【0079】
陰イオンは、アリール基の置換基、例えばスルホネート基、でよく、その場合、ジアゾニウム塩を含んでなる両親媒性分子が得られる。
【0080】
芳香族基は、結合した、または縮合した一個以上の芳香族基を含むことができる。芳香族基は、場合により一個以上の官能性置換基により置換されたC6~C14芳香族部分、または場合により一個以上の官能性置換基により置換された、一個以上の、酸素、窒素、硫黄またはリンから選択された異原子を含んでなる、4~14原子を有する複素芳香族部分でよい。芳香族基は、さらに一個以上の、
直鎖状または分岐鎖状の、1~20個の炭素原子を有し、場合により一個以上の二重結合または三重結合を含んでなり、場合によりカルボキシル基、NO、保護された、二置換された、および一置換されたアミノ基、シアノ、ジアゾニウム、1~20個の炭素原子を含むアルコキシ、1~20個の炭素原子を含むアルコキシカルボニル、1~20個の炭素原子を含むアルキルカルボニルオキシ、場合によりフッ素化されたビニルまたはアリル、ハロゲン原子により置換された脂肪族基、
場合により、カルボキシル基、NO、シアノ、ジアゾニウム、1~20個の炭素原子を含むアルコキシ、1~20個の炭素原子を含むアルコキシカルボニル、1~20個の炭素原子を含むアルキルカルボニルオキシ、場合によりフッ素化されたビニルまたはアリル、ハロゲン原子により置換されたアリール基、
カルボキシル基、NO、保護された、二置換された、および一置換されたアミノ基、アミド、シアノ、ジアゾニウム、スルホニック、ホスホニック、1~20個の炭素原子を含むアルコキシ、1~20個の炭素原子を含むアルコキシカルボニル、1~20個の炭素原子を含むアルキルカルボニルオキシ、場合によりフッ素化されたビニル、ハロゲン原子、
からなる群から選択された置換基を含んでなることができる。
【0081】
好ましい達成様式では、本発明の方法は、芳香族基が、有機樹脂、生物学的分子、化学的分子または錯化剤と直接反応しそうな一個以上の置換基を含んでなるか、あるいは、変換後に有機樹脂、生物学的分子、化学的分子または金属イオン封鎖剤と反応しそうな、一個以上の前駆物質置換基を含んでなることを特徴とする。「重合体、化学的または生物学的分子と直接反応しそうな置換基」の表現は、表面に固定された、他の分子により支持されている化学的官能基と反応しそうな反応性官能基を有する芳香族基の置換基を意味する。芳香族基により支持されている反応性官能基の例は、アリルまたはビニルもしくはアセチレン系官能基、ハロゲン、アルコール、例えば-(CH)-CH-OH型のアルコール、カルボン酸、例えば-(CH)-COOH型のカルボン酸、酸無水物または酸のハロゲン化物、ニトリル、イソシアネート、アミン、例えば-(CH)-NH型のアミン(nは0~10の整数である)、スルホン酸またはスルホネート、ホスホン酸またはホスホネートである。「変換後に重合体、化学的または生物学的分子と反応しそうな前駆物質置換基」の表現は、一回以上の変換後に重合体、化学的または生物学的分子と反応しそうな置換基を意味する。変換後に反応しそうな前駆物質置換基は、例えば、NO、N2+、-(CH)-CN、-(CH)-CHO、-(CH)-COOPr(ここでPrは保護基である)、-(CH)-NHP’R、-(CH)-N(P’r)、-(CH)-N=P”R(ここで、P’R、P”Rは保護基であり、nは1~10の整数である)が挙げられる。フェナシルスルホニルクロリドまたはアセチルクロリドがアミン保護基の例である。
【0082】
本方法は、外側被覆を施す別工程を含んでなることができる。この外側被覆は、電着または浸し塗り、スプレーコーティングまたはスピンコーティングのような他の手段により施すことができる。
【0083】
別の目的は、本発明の方法により得られる有機被膜をグラフト化した導電性または半導電性表面である。本発明の方法により、有機被膜の厚い被覆を得ることができる。下記の例で、300 nmの有機被膜が得られることが分かる(例えば例1および9参照)。例3は、架橋剤を使用すると、より厚い被膜が得られることを示している。グラフト化された被膜は、好ましくは厚さが1 nm~10 μm、より好ましくは10 nm~1 μmである。
【0084】
表面は、導電性または半導電性の表面である。この表面は、特にステンレス鋼、鋼またはコバルト-クロム合金でよい。従って、本方法により、全ての導電性または半導電性表面の有機被膜(特にビニル系重合体)による被覆が可能である。
【0085】
有機被膜は、ビニル系重合体または共重合体、特にポリ-BUMA、ポリ-HEMA、ポリ-MPC/BUMAおよびポリ-MPC/DMA/TMSPMAでよい。好ましい実施態様では、有機被膜は生物分解性重合体、特にポリカプロラクトンまたはPLAである。
【0086】
下記の例では、有機被膜は、モノマー(一種類のモノマーまたは各種のモノマー)およびジアゾニウム塩の部分の化学構造を含む(アリールジアゾニウム塩を使用する場合、アリール部分が有機被膜中に存在する-例えば例1参照)。
【0087】
例16に示されるように、電気グラフト化された重合体状被膜は、表面に対して直角の方向で均質ではなく、金属表面に近い程、被膜はジアゾニウムおよびその電気還元副生成物濃度が高いのに対し、表面から遠い程、フィルムは重合体濃度がより高い。この被膜の「二重」構造は、下記の理由から、興味深い結果である。(i)ジアゾニウム塩は、導電性または半導電性表面上でモノマーよりも容易にグラフト化される。ビニル系モノマーの場合、これは、ビニル系モノマーが、それらの電気還元の際に、ラジカル陰イオンに還元され、これらの陰イオンが形成された時に主として(負に)分極した表面により反発されるためであると考えられ、そのため、ビニル系モノマーの電気グラフト化は、電流に対して収率が非常に低い現象である。実際、モノマー、即ちビニル系モノマー、の電気グラフト化は一般的な表面上では、特に残留酸化物層が存在する場合には、困難である。さらに、実用的な観点から、ジアゾニウム塩は、通常の表面上で、非常に従順であり、より容易に電気グラフト化される。そこで、本発明は、ジアゾニウム塩で観察される従順さをモノマー、主としてビニル系モノマーに移行させる。その上、ジアゾニウム塩の電気グラフト化は、本発明で観察されるように、含水量にあまり敏感ではないのに対し、モノマー、主としてビニル系モノマーの直接電気グラフト化は、含水量に対して非常に敏感である。(ii)ジアゾニウム塩の電気グラフト化により得られる層は、モノマー(ビニル系)で得られる層よりも、より緻密であり、薄い酸化物層があっても、少なくとも半導電性になればすぐに、優れた共有結合を与え、モノマー(ビニル系モノマー)が電気グラフト化されないような条件でも、重合体の良好な電気グラフト化および密着性が達成される。
【0088】
本方法により得られる有機被膜は、
生物適合性被膜にすることができ、
密着性プライマーにすることができ、
導電性を有することができ、
電気絶縁性を有することができる。
【0089】
本発明の別の目的は、少なくとも一種のジアゾニウム塩、少なくとも一個の連鎖重合可能な官能基を有する一種のモノマー、および一種の支援電解質を含んでなる電解組成物である。ジアゾニウム塩、モノマーおよび支援電解質は、上記と同じ定義を有する。特別な実施態様では、モノマーは、ブチルメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、乳酸、グリコール酸およびε-カプロラクトンからなる群から選択される。組成物は、溶剤(上記のような)および/または界面活性剤(グリセロール)をさらに含んでなるのが有利である。電解組成物は、モノマーを濃度1.5~2モル/lで、ジアゾニウム塩を濃度5.10-4~10-1モル/lで、支援電解質を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなるのが有利である。
【0090】
本発明は、
ブチルメタクリレートおよびヒドロキシエチルメタクリレートからなる群から選択されたモノマー、
少なくとも一種のジアゾニウム塩、
支援電解質、および
溶剤
を含んでなる電解組成物にも関する。
【0091】
電解組成物は、モノマーを濃度1.5~2モル/lで、ジアゾニウム塩を濃度5.10-4~10-1モル/lで、支援電解質を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなるのが有利である。
【0092】
特に、ジアゾニウム塩はアリールジアゾニウム塩である。支援電解質は、NaNOおよびTEAPからなる群から選択するのが有利である。これらの重合体には、溶剤、特にDMF、の使用を推奨することができる。
【0093】
本発明の別の目的は、
ブチルメタクリレートモノマーを濃度1.5~2モル/lで、
グリセロールを濃度0.01~1モル/lで、
ジメチルホルムアミドを溶剤として、
4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートを濃度5.10-4~10-1モル/lで、 硝酸ナトリウム(NaNO)を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなる電解組成物である。
【0094】
本発明は、電気グラフト化用処方物の製造方法であって、
a)ブチルメタクリレートモノマーを濃度1.5~2モル/lで、
グリセロール(総体積の5%)を濃度0.01~1モル/lで、
ジメチルホルムアミドを溶剤として、
硝酸ナトリウム(NaNO)を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなる組成物を調製する工程、
b)使用する前に、前記組成物に、4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートを濃度5.10-4~10-1モル/lで加える工程
を含んでなる、方法に関する。
【0095】
本発明の別の目的は、
ヒドロキシエチルメタクリレートモノマーを濃度1.5~2モル/lで、
グリセロールを濃度0.01~1モル/lで、
ジメチルホルムアミドを溶剤として、
4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートを濃度5.10-4~10-1モル/lで、 硝酸ナトリウム(NaNO)を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなる電解組成物である。
【0096】
本発明は、電気グラフト化用処方物の製造方法であって、
a)ヒドロキシエチルメタクリレートモノマーを濃度1.5~2モル/lで、
グリセロールを濃度0.01~1モル/lで、
ジメチルホルムアミドを溶剤として、
硝酸ナトリウム(NaNO)を濃度10-3~5.10-2モル/lで含んでなる組成物を調製する工程、
b)使用する前に、前記組成物に、4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートを濃度5.10-4~10-1モル/lで加える工程
を含んでなる、方法に関する。
【0097】
本発明は、さらにポリヒドロキシエチルメタクリレートの電気グラフト化層でステントを被覆する方法であって、
超音波35 kHz出力90%で10~20分間洗剤で洗浄する工程、
超音波35 kHz出力90%で10~90分間DI水で洗浄する工程、
乾燥工程、
ステントを電源の陰極と接触させる工程、
請求項25の電解溶液中に、アルゴン発泡させながら、5~20分間浸漬する工程、
サイクリックボルタンメトリー手順により、開路電位から-3 V/CE(CE=対電極=陽極)に、走査速度100 mV/sで、8 l/分でアルゴン発泡させながら、5~75回走査することにより、ステントを分極させる工程、
DMF中、アルゴン発泡させながら、5~20分間行う第一洗浄工程、
アルゴン発泡させながら、5~20分間行う第二洗浄工程、
DI水中で5~20分間洗浄する工程、
真空加熱炉中、40℃、10 mbarで30~180分間乾燥させる工程
を含んでなる、方法に関する。
【0098】
本発明は、さらにポリブチルメタクリレートの電気グラフト化層でステントを被覆する方法であって、
超音波35 kHz出力90%で10~20分間洗剤で洗浄する工程、
超音波35 kHz出力90%で10~90分間DI水で洗浄する工程、
乾燥工程、
ステントを電源の陰極と接触させる工程、
請求項23の電解溶液中に、アルゴン発泡させながら、5~20分間浸漬する工程、
サイクリックボルタンメトリー手順により、開路電位から-3.2 V/CE(CE=対電極=陽極)に、走査速度50 mV/sで、8 l/分でアルゴン発泡させながら、5~75回走査することにより、ステントを分極させる工程、
DMF中、アルゴン発泡させながら、5~20分間行う第一洗浄工程、
アルゴン発泡させながら、5~20分間行う第二洗浄工程、
DI水中で5~20分間洗浄する工程、
真空加熱炉中、40℃、10 mbarで30~180分間乾燥させる工程
を含んでなる、方法に関する。
【実施例
【0099】
実験
薬品は全てAldrich Chemical Co.またはAcrosから入手し、受領した状態で使用した。
TiN薄膜は、MOCVDによりSiO/Si基材に得た。
【0100】
典型的な試片サイズは、7×1 cm2であった。電気研磨したステンレス鋼(316L)、コバルトクロム(MP35N)、サンドブラスト処理した、およびしていないチタン基材を、超音波下、50℃、Dorex 2%溶液中、次いで蒸留水中で洗浄し、加熱炉中、100℃で1時間乾燥させてから、使用した。TiN/SiO/Siは、MOCVDチャンバーから取り出した状態で使用した。
【0101】
ATR測定用のSensIR(Durascope)付属品を備えたBrucker Tensor 27 Fourierトランスフォーム赤外分光計(FT-IR)を使用し、被覆の組成を分解能4 cm-1で分析した。被膜の厚さは、カッターで被膜を通して鋭い溝を刻み、この溝を、KLA Tencorから入手したStep IQ粗面計で測定することにより、確認した。ボルタンメトリーおよび他の時間に依存する電位実験は、電位可変器/電流可変器(galvanostat)(CH660A, CH Instruments, USA)で行い、その際、作用電極(被覆すべき基材)の電位は、カロメル基準電極(ECS)に対して印加する。他に指示が無い限り、全ての電位は、全ての実験で、ECS基準電位に対して絶対値で示す。XPSスペクトルは、ESCALAB VG XL 220装置(供給源Al、エネルギー1486.6 eV)で得た。ToF-SIMSスペクトルは、ToF-SIMS IV(ION-TOF GmbH, Muenster, 独国)で得た。
取得時間は75 sであり、スペクトルは、150×150μm2の面積で得た。スペクトルは、高質量分解能モードで操作するAu供給源(25 keV)で得た。陽および陰スペクトルの両方を記録した。
【0102】
電気化学的インピーダンス分光法実験は、対電極として大型白金ホイルおよびAg/AgCl基準電極を備えた3電極電気化学的セルで行った。EISスペクトルは、Eclabソフトウエアでコンピュータ制御される多チャネル電位可変器VMPII/zを使用して集めた。測定は、NaCl0.9 g.L-1溶液中の開路電位で、105~10-2 Hzの周波数範囲にわたって、10あたり5測定周波数および10 mVピーク対ピーク正弦波振幅信号で、行った。
【0103】
以下、本発明を下記の例により、より詳しく説明する。しかし、本発明は、下記の例により制限されるものではない。
【0104】
例1 4-ニトロジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下で、ステンレス鋼上への、BUMA薄膜の堆積
ポリ-BUMA被膜は、補欠(prosthesis)に使用する生物適合性基材、例えばステンレス鋼、チタン(例4)、CoCr(例5)、上に被膜として堆積させるのに重要な生物適合性被膜であることが知られている。そのような被膜は、下記のようにして得られる。TEAP(支援電解質としてテトラエチルアンモニウムパークロレート、2.5 10-2 M)574 mgを含む蒸留していないDMF(ジメチルホルムアミド)50 mL中に、ブチルメタクリレート50 mL(3.5 M)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート236 mg(10-2 M)を導入する。
この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片である、2電極をセル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を、-0.2 V~-3.0 Vに、100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら20回走査する。
【0105】
図1に、薄膜形成を立証する、溶液の最初(黒線)と最後(破線)のサイクリックボルタンモグラムを示す。
【0106】
次いで、DMF、水で注意深くすすぎ、空気乾燥させた電極上に、厚さ300 nmの均質な緑色がかった被膜が形成された。この被膜のIRスペクトルで、ポリブチルメタクリレートのカルボニル振動が1728 cm-1に、ニトロフェニル基の2個の対称的および非対称的振動が1520および1350 cm-1にそれぞれ観察される。
【0107】
ポリ-BUMAはDMF中に容易に易溶性であるにも関わらず、ポリ-BUMA層が得られることが分かる。その上、この被膜は、DMF中、超音波下で2分間の十分なすすぎにも耐えられる。
【0108】
例2 4-ニトロジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下で、ステンレス鋼上への、パルス列電位によるBUMA薄膜の堆積
走査電位を例1におけるように、またはパルス列電位を下記の実験手順に記載するように使用することができる。
【0109】
走査電位の代わりにパルス列電位(0.6 sの間Ei=-0.5 Vおよび0.3 sの間Et=-3.0 V)を使用した以外は、例1と同じ手順を使用した。走査数は、2000であった。次いで、DMF、水で注意深くすすぎ、空気乾燥させた電極上に、厚さ300 nmの均質な緑色がかった被膜が形成された。
【0110】
この被膜のIRスペクトルで、ポリブチルメタクリレートのカルボニル振動が1728 cm-1に、ニトロフェニル基の2個の対称的および非対称的振動が1520および1350 cm-1にそれぞれ観察される。
【0111】
例3 メチルメタクリレートおよび4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートからステンレス鋼上に得られる皮膜の厚さに対する架橋剤(ペンタエリトリトールテトラアクリレート)の影響
【0112】
典型的には、ビニル/ジアゾ共重により得られる被膜の厚さは、約数百nmである。架橋剤、例えばペンタエリトリトールテトラアクリレート、を被膜堆積浴中に下記の手順に記載するように加えることにより、より厚い被膜を得ることができる。
【0113】
NaNO 210 mg(支援電解質として2.5 10-2 M)を含む蒸留していないDMF 50 mL中に、メチルメタクリレート50 mL(5 M)、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート236 mg(10-2 M)を、ペンタエリトリトールテトラアクリレート1 mL(1.2 10-3 M)と共に、またはそれを伴わずに、導入する。この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片である2電極セル中に導入する。
【0114】
ステンレス鋼陰極の電位を、-0.17 Vから-2.8 Vに50 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら走査する。
【0115】
次いで、DMF、水で注意深くすすぎ、空気乾燥させた電極上に均質な緑色がかった被膜が形成された。ペンタエリトリトールを含む被膜の厚さは1.0μmである。ペンタエリトリトールテトラアクリレートを含まない被膜の厚さは150 nmに限られている。
【0116】
ペンタエリトリトールテトラアクリレートによる別の実験で、同じ条件で、但しそれぞれ20および40電位走査で、厚さがより薄い皮膜が得られ、その厚さは、図2に示すように、ボルタンメトリーで課せられるサイクルの数に対して直線的である。
【0117】
図2は、MMAおよび4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートから、ペンタエリトリトールテトラアクリレートの存在下で、ステンレス鋼試片上に得られる被膜の厚さ増加と電気化学的サイクル数の関係を示す。横軸はサイクル数、縦軸は被膜の厚さ(Å)である。
【0118】
IRスペクトルで、ポリエステルのカルボニル振動が1740 cm-1に、ニトロフェニル基の2個の対称的および非対称的振動が1520および1350 cm-1にそれぞれ観察される。
【0119】
例4 サンドブラスト処理した、およびサンドブラスト処理していないチタン基材上への、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるポリ-BUMA薄膜の堆積
ステンレス鋼の代わりに、サンドブラスト処理した、およびサンドブラスト処理していないチタン基材を使用した以外は、例1と同じ手順を使用した。
【0120】
バルクTi上の厚さ300 nmの被膜のIRスペクトルで、ポリブチルメタクリレートのカルボニル振動が1728 cm-1に、ニトロフェニル基の2個の対称的および非対称的振動が1520および1350 cm-1にそれぞれ観察される。
【0121】
サンドブラスト処理したTiの場合、処理の後に表面の親水性/疎水性の変化が認められ、電気グラフト化により得られた疎水性が非常に高いポリ-BUMA被膜のために、水滴接触角度が処理前の0°近くから、被膜堆積後のほとんど90°に増加している。
【0122】
例5 CoCr(MP35N)基材上への、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるポリ-BUMA薄膜の堆積
NaNO 215 mg(支援電解質として2.5 10-2 M)を含む蒸留していないDMF 50 mL中に、ブチルメタクリレート50 mL(3.5 M)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート236 mg(10-2 M)を導入する。この溶液を、作用電極が電気研磨したCoCr基材(MP35N)であり、対電極が炭素紙片である2電極セル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を、-0.3 Vから-3.5 Vに100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら走査する。
【0123】
次いで、DMF、水で注意深くすすぎ、空気乾燥させた電極上に厚さ300 nmの均質な緑色がかった被膜が形成された。被膜のIRスペクトルで、ポリブチルメタクリレートのカルボニル振動が1728 cm-1に観察される。
【0124】
例6 CoCr(L605)基材上への、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるポリ-BUMA薄膜の堆積
基材が18 mmのL605コバルト-クロム冠動脈ステントである以外は、例5と同じ装置の組立を使用する。電解溶液の組成は、下記の通り、即ちブチルメタクリレート(30重量%)、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート(10-3 M)、NaNO(2.5.10-2 M)、グリセロール(5重量%)、DMF(65重量%)であり、重量百分率は、組成物の総重量に対して示す。
【0125】
電気グラフト化後、ステントをDMF中ですすぎ、40℃、10 mbar真空下で60分間乾燥させる。電気グラフト化の前に、ステント表面を、NH4F40%溶液で1分間処理する。この方法を使用して得られた被膜の厚さは約150 nmである。電気グラフト化パラメータ:アルゴン発泡(2 l.min-1)させながら、開路電位から-3.5 V/CEへのサイクリックボルタンメトリー。走査数:50走査。走査速度50 mV/s。ステントに対するTOF-SIMS分析は、p-BUMAのピーク特徴を示している。同じスペクトルが、グリセロールのピーク特徴が存在しないことも立証している。
【0126】
例7 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのポリ-HEMA薄膜の堆積
ポリ-HEMAは、生物適合性重合体のもう一つの例である。ポリ-BUMAは疎水性であると考えられるのに対し、ポリ-HEMAは、そのヒドロキシル基により、親水性がより高い重合体であると見られる。ポリ-HEMA被膜は、ステンレス鋼、TiN薄膜(例7)、Nitinol(例8)上に、下記の条件下で得られる。
【0127】
NaCl145 mg(支援電解質として2.5.10-2 M)を含む、蒸留していないDMF10 mLおよび脱イオン水66 mLの混合物に、ヒドロキシエチルメタクリレート24 mL(HEMA、2 M)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート236 mg(10-2 M)を導入する。
この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片であり、基準電極がAg/AgClである3電極セル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を-0.1 Vから-1.2 Vに、100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら100回走査する。
【0128】
被膜のIRスペクトルで、ポリヒドロキシエチルメタクリレートのカルボニルおよびC-OH振動が1728および1164 cm-1にそれぞれ観察される。ニトロフェニル基の2つの振動は、ほとんど検出されない。
【0129】
例8 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるTiN上へのポリ-HEMA薄膜の堆積
研磨したステンレス鋼の代わりにTiN/SiO/Si基材を使用した以外は、例7と同じ手順を使用した。得られた被膜のFT-IRは、ポリヒドロキシエチルメタクリレートのカルボニルおよびC-OH振動を1704および1152 cm-1にそれぞれ示している。
【0130】
例9 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるNiTi(Nitinol)上へのポリ-HEMA薄膜の堆積
NaCl 58.5 mg(支援電解質として0.1 M)を含む、脱イオン水240 mLの混合物に、ヒドロキシエチルメタクリレート60 mL(HEMA、20体積%)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート144 mg(10-2 M)を導入する。この溶液を、作用電極がNitinol試片であり、対電極が炭素紙片である2電極セル中に導入する。Nitinol陰極の電位を-0.7 Vから-2.5 Vに、100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら100回走査する。
【0131】
被膜のIRスペクトルで、ポリヒドロキシエチルメタクリレートのカルボニルおよびC-OH振動が1728および1164 cm-1にそれぞれ観察される。ニトロフェニル基の2つの振動は、ほとんど検出されない。電気グラフト化された基材の表面は、水滴形状から分かるように、親水性である。
【0132】
例10 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのポリ-MPC/BUMA共重合体薄膜の堆積
我々は、様々な量の2-メタクリロイルオキシエチル-2-トリメチルアンモニウムメチルホスフェート(または2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、MPC)
【化2】
を含む溶液組成物中のモノマー混合物を評価した。
【0133】
このモノマーは、Ishihara K、Ueda T、Nakabayashi N、Polym J 1990; 22: 355-360に記載されているようにして合成した。
【0134】
この組成物は、蒸留していないDMF 210 mL、NaNO 640 mg、一定量のブチルメタクリレート(BUMA)約30%および増加量のMPC(表9-1参照)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート72 mg(10-2 M)の混合物を基剤とする。この溶液の量を300 mLに維持する。この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片である2電極セル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を-0.5 Vから-3.2 Vに、50 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら50回走査する。
【0135】
【表1】
【0136】
異なった層(試料1、3および5)に対する接触角度測定は、疎水性の増加を示している。
【0137】
このモノマー混合の重要な点は、モノマー比で、得られる被膜の表面エネルギーを調整する可能性である。
【0138】
例11 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのポリ-MPC/DMA/HPMA/TMSPMA共重合体薄膜の堆積
下記の例により示すように、より複雑な共重合体も得られる。NaNO 21 mg(支援電解質として2.5 10-2 M)を含む蒸留していないDMF 10 mL中に、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC、0.1 M)、ドデシルメタクリレート(DMA、0.1 M)、ヒドロキシプロピルメタクリレート(HPMA、0.1 M)、トリメチルシリルプロピルメタクリレート(TMSPMA、0.1 M)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート 236 mg(10-2 M)を導入する。この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片であり、基準電極がAg/AgClである3電極セル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を-0.0 Vから-2.5 Vに、100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら20回走査する。
【0139】
各モノマーおよび混合物の赤外振動特徴に基づき、得られた被膜の組成は、MPC=25%、DMA=10%、TMSPMA=21%、HPMA推定されず、4-ニトロフェニレン推定されず、である。
【0140】
【表2】
【0141】
被膜の複雑な性質の構造は、表2に示すToF-SIMS分析により確認される。ToF-SIMSスペクトルは、得られた被膜の共重合体におけるMPC、DMAおよびTMSPMA部分の存在を示す。HPMA部分は、4-ニトロフェニレン残基の場合と同様に検出するのがより困難である。この後者の結果は、この共重合体に特異的ではない。
【0142】
例12 4-ジアゾフェニルカルボン酸(DCOOH)テトラフルオロボレートの存在下におけるポリポリブチルメタクリレート(ポリ-BUMA)被膜の電気グラフト化
ジアゾ/ビニルの被膜形成は、4-ニトロベンゼンテトラフルオロボレートに限られない。試験し、効果的であったジアゾ誘導体の別の例を以下に記載する。
【0143】
DMF(ジメチルホルムアミド)50 mLおよびBUMA 50 mL(ブチルメタクリレート、0.31 M)、NaNO 211 mg(25 mM)および4-ジアゾフェニルカルボン酸(DCOOH)テトラフルオロボレート 23.6 mg(1 mM)から溶液100 mLを調製した。前に説明したように研磨し、注意深く洗浄したステンレス鋼板を、対電極としての炭素紙片およびSCE基準電極と共に電気化学的セル中に導入した。ステンレス鋼陰極の電位を開路電位と-3 Vの間で、100 mV/sで50回走査した。この試片を水、次いでアセトンですすぎ、乾燥させた。
【0144】
試片上に灰色の被膜が容易に観察され、この被膜は、乾燥後に、指で擦り取ることはできなかった。この被膜の高さは、粗面計で測定して87±5 nmであった。
【0145】
IRスペクトルを表3にまとめて示す。BUMAおよびDCOOHのC=O帯の吸収が同様の高さを有すると仮定して、この被膜が約30%のDCOOHおよび70%のBUMAを含むと推定することができる。
【0146】
【表3】
【0147】
ToF-SIMSスペクトルを表4にまとめて示す。
【0148】
【表4】
【0149】
従って、両方のスペクトルが、被膜表面上にポリブチルメタクリレートおよびフェニルカルボキシル基が存在することを確認している。
【0150】
例13 4-ジアゾフェニルカルボン酸(DCOOH)テトラフルオロボレートの存在下、ポリポリブチルメタクリレート(ポリ-BUMA)被膜の、電位限界-1 Vによる電気グラフト化
最終電位を-1 Vに制限した以外は、例12と同じ手順を使用した。アセトンですすいだ後、表面上に被膜が観察されず、その高さは測定できなかった(<10 nm)。
【0151】
例14 316Lステンレス鋼上にあるポリブチルメタクリレート(BUMA)の被膜厚さと陰極電位の関係
例1と同じ設定の装置を使用した。BUMAモノマーの濃度は3.5モル/lであり、4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの濃度をそれぞれ10-3および10-2モル/lにした。これらの実験は、溶剤としてDMF中、古典的なフードの下で行った。試薬は全て、納入された状態で、精製も含水量調整も行わずに使用した。各実験で、新しい316Lステンレス鋼試片を電解溶液中に浸漬し、電極電位を開路電位と-0.8、-1、-1.5、-2、-2.5および-3 V/SCEの間でそれぞれ50回走査した。次いで、試片をDMF中、超音波下で10分間すすぎ、乾燥させた。次いで、試片の厚さを粗面計で測定した。結果を表3および4に示す。
【0152】
図3は、316L上のp-BUMA被膜の厚さと陰極最終電位の関係を示す(DNO濃度は10-2モル/l)。
【0153】
図4は、316L上のp-BUMA被膜の厚さと陰極最終電位の関係を示す(DNO濃度は10-3モル/l)。
【0154】
これらの結果は、ボルタンメトリー実験における陰極の最終電位が(絶対値で)、同じ条件におけるジアゾニウム塩の還元電位、即ち約-0.4 V/SCE、より遙かに陰極性である-1 V/SCEより低い場合、重合体被膜が事実上形成されない(即ち被膜の厚さが粗面計で検出できない。供給者から与えられる粗面計の感度は、約5 nmである)ことを示している。この結果は、ジアゾニウム10-3および10-2モル/lの両方で得られており、観察の一貫性を示している。
【0155】
特に、最上層用のVelcro層に関連する数百ナノメートルのオーダーの被膜は、走査手順が、-2 V/SCEより陰極性の電位で偏位を有する場合にのみ、得られることが分かる。
【0156】
例15 316Lステンレス鋼上のポリブチルメタクリレート(Buma)被膜の品質と陰極電位の関係
例14と同じ設定の装置を使用した。重合体被膜をIRRASにより分析した。IRスペクトルは、Buma重合体のカルボニル基に帰せられるC=O帯を1720cm-1に、小さなNO帯を約1345および1520cm-1に示す。
【0157】
C=Oピークと1345 cm-1におけるNOピークの強度比(C=O)/(NO)を推定することにより、被膜の「品質パラメータ」を規定することができる。陰極電位が高い程、浴中の他のどの化学種よりも、陰極性が遙かに低い還元電位を有するジアゾニウム塩の電気還元速度が高い。従って、被膜中のニトロ基の含有量は、ジアゾニウムの電気還元およびニトロ-フェニレン自体の成長 対 Bumaモノマーの重合反応開始の指針と考えることができる。この競合は、(C=O)/(NO)比により推定され、重合体状p-Buma被膜を求める時、この比が高い程、その被膜はより良質である。
【0158】
この比を図5および6に、陰極最終電位との関係で示す。
【0159】
図5は、(C=O)/(NO)(IR)と陰極最終電位の関係を示す。DNO濃度は10-2モル/lである。
【0160】
図6は、(C=O)/(NO)(IR)と陰極最終電位の関係を示す。DNO濃度は10-3モル/lである。
【0161】
これらの図は、最良の重合体状被膜(上記の意味で)は、約-2 V/SCEにおける陰極性変位で得られることを示す。これは、ビニル系モノマー自体を還元させるための電位範囲に対応することが分かる。この結果は、被膜の品質が、低い陰極性電位では悪く、より高い陰極性電位では非常に悪いことも示している。
【0162】
例16 316Lステンレス鋼上のポリブチルメタクリレート(Buma)被膜の構造
例1と同じ設定の装置を使用した。BUMAモノマーの濃度は3.5モル/lであり、4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの濃度をそれぞれ10-2モル/lであった。これらの実験は、溶剤としてDMF中、古典的なフードの下で行った。試薬は全て、納入された状態で、精製も含水量調整も行わずに使用した。基材は316Lステンレス鋼試片であった。この試片を電解溶液中に浸漬し、電極電位を開路電位と-3 V/SCEの間で3回走査した。
次いで、試片をDMF中、超音波下で10分間すすぎ、乾燥させた。15 nmのオーダーの超薄膜が得られ、この被膜は、角度分解XPSによる被膜の表面対バルク組成物の完全な分析が可能である。重合体被膜のバルク対表面の化学構造をそれぞれ比較するために、直角に近い(15°)および仰角(grazing angle)(60°)で電子を収集した時に、N1sおよびC1sスペクトルを比較する。
【0163】
XPSスペクトルのN1s領域は、ヒドロキシルアミンまたはアミン基の窒素原子に、およびニトロ基の窒素原子による2つの主要な寄与約399.7および405.8 eVを示す(ヒドロキシルアミンまたはニトロ基は、電気化学的過程の際またはXPS分析中電子線の下での、ニトロ基の還元の結果であると考えられる)。C1s領域は、特に、NOまたはNH基を支持する芳香族炭素に由来し、従って、ジアゾニウム塩の還元により得られるニトロフェニル基に帰せられる、286.2 eVにおける寄与を示す。
【0164】
直角および仰角におけるXPSスペクトルの比較により、(i)芳香族炭素は、それらのピークが仰角(=表面)では遙かに弱いので、大部分界面に存在すること、(ii)N1s領域における全体的な信号は、仰角において、直角における収集よりも常に遙かに弱いことが分かる。399.7と405.8ピーク間の比、即ちI(399.7)/I(405.8)、も、仰角では、より小さく、被膜の外側表面と比較して、金属表面の近くにあるニトロ基が比較的少ないことを示している。この後者の結果は、ヒドロキシルアミンおよびアミン基が、NO基の還元を引き起こす非常に陰極性の高い電位における変位のために、非常に電気化学的な過程に由来する公算が極めて高いことを示している。
【0165】
まとめると、この例の結果は、電気グラフト化された重合体状被膜が表面に対して直角の方向で均質ではない、即ち金属表面の近くでは、被膜はニトロフェニルジアゾニウムおよびその電気還元副生成物の濃度が高いのに対し、その表面から遠くでは、被膜はポリ-BUMA濃度が高い。これは、電気グラフト化が、主としてジアゾニウムの電気グラフト化により起こり、その電気還元副生成物の一部が、非常に陰極性の高い電位で重合反応を実際に開始することを示唆している。
【0166】
例17 4-ニトロジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのPEGの堆積
ナノ物体グラフト化の例として架橋可能なポリエチレングリコールジメタクリレートPEG(875)を使用した。
【0167】
ブチルメタクリレートの代わりにポリ(エチレングリコール)ジメタクリレート(PEG 875、50 mL、0.6 M)を使用した以外は、例1と同じ手順を使用した。
【0168】
次いで、DMF、水で注意深くすすぎ、空気乾燥させた電極上に、厚さ300 nmの均質な褐色がかった被膜が存在している。
【0169】
被膜のIRスペクトルで、PEGのカルボニルおよびCH-O振動が1729および1146cm-1でそれぞれ観察される。ニトロフェニル基の2つの振動はほとんど検出されない。
【0170】
例18 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのポリε-カプロラクトンの堆積
別の区分のバイオポリマーは生物分解性重合体であり、その中の多くは天然物起源であるが、ポリラクトンおよびポリラクチド(例19参照)は合成生物分解性重合体の重要な区分を構成する。ε-カプロラクトンおよび4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートから得られる被膜は、下記の手順により製造することができる。
【0171】
NaNO 210 mg(支援電解質として2.5 10-2 M)を含む蒸留していないDMF 100 mL中に、ε-カプロラクトン 55.4 mL(5 M)および4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート 236 mg(10-2 M)を導入する。この溶液を、作用電極が研磨したステンレス鋼試片であり、対電極が炭素紙片である2電極セル中に導入する。ステンレス鋼陰極の電位を-0.15から-2.8 Vに、100 mV/sの速度で、アルゴン発泡(2 Lmin-1)させながら40回走査する。
【0172】
次いで、電極を注意深くすすぐと、厚い、均質な青色がかった被膜が得られる。
【0173】
ジアゾニウム塩が存在しないブランク実験では、被膜は形成されない。
【0174】
被膜のIRスペクトルで、ポリエステルのカルボニル振動が1725cm-1に観察され、ニトロフェニル基の2個の対称的および非対称的振動が1522および1346cm-1にそれぞれ観察される。帯の強度から、被膜中に存在するポリε-カプロラクトンの量は約50%であると推定される。
【0175】
例19 4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートの存在下におけるステンレス鋼上へのポリラクチド薄膜の堆積
ポリラクチドおよび4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートから得られる被膜は、下記の手順により製造することができる。
【0176】
DMSO 100 mL、L-ラクチド 50 g(L-ラクチド、(3S)シス-3,6-ジメチル1,4-ジオキサン2,5-ジオン、3.47 M)、4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレート 236 mg(0.01 M)、NaNO 210 mg(0.025 M)から溶液を調製する。この溶液を脱酸素処理し、電解の際に弱い窒素発泡(2 Lmin-1)を溶液中で維持しながら、ステンレス鋼陰極を0.1 V/sで-0.2~-2.8 Vで走査する。
【0177】
黄色で均質な、虹色の、指で擦っても密着している被膜が観察される。被膜の厚さは粗面計で1.1±0.3μmと測定される。
【0178】
被膜のIRスペクトルで、1758cm-1におけるカルボニル帯からポリラクチドのサイン(signature)、および1519および1346cm-1における対称的および非対称的帯から4-ニトロポリフェニレンのサインの両方が観察される。このスペクトルから、被膜中にポリラクチド55%含有量が推定することができる。
【0179】
構造は、ToF-SIMS分析により表1に示すように確認される。
【0180】
【表5】
【0181】
ToF-SIMSスペクトルは、ポリラクチドの存在および4-ニトロフェニレンの存在の両方を示している。
【0182】
例20 TiN上に電気グラフト化させた(水溶性)ポリ-HEMA被膜の、この被膜が水により膨潤することを示す、電気化学的インピーダンス分光法(EIS)測定
EISスペクトルは、電気抵抗に加えて、分極抵抗と平行な二重層キャパシタンスからなる簡単なモデルを使用することにより、解釈される。このモデルは、図7に示す等価電気回路により代表することができ、ここでRsは電解質抵抗であり、Rpは、電解質中にある試料の分極抵抗である。Qは定位相要素(constant phase element)であり、これは、キャパシタンスの代わりに使用し、電極の近くにおける拡散現象に由来する非理想的容量性応答を説明する(例えばC. Gabrielli. Technical Report. Intro Elect. Imp. Tech. CSB/AO1 (1990), Edt. Schlumberger Technologies Instrument Division Farnborough. Hampshire. England. 参照)。
【0183】
定位相要素および分極抵抗の特徴の両方が、表面を電気グラフト化されたHEMA層で被覆する際に、表面の近くで拡散が、従って、イオン性伝導がどの程度修正されるかの示唆を与える。我々は、分極抵抗がグラフト化によりどの程度修正されるかを評価することにより、この探求を行うのがより好都合であることを見出した。
【0184】
モジュラス(Z)および位相角と試料採取頻度の関係を与える典型的なスペクトルを図8および9に示す。
図8は、裸のTiN試験片のインピーダンスモジュラスと、HEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの層で被覆した試片のインピーダンスモジュラスの、および同じ被覆した試片の、減圧下、30℃で24時間乾燥させた後のインピーダンスモジュラスの比較を示す。横軸は周波数(ヘルツ)、縦軸はモジュール(オーム.cm2)である。
図9は、裸のTiN試片の位相角と、HEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの層で被覆した試片の位相角の、および同じ被覆した試片の、減圧下、30℃で24時間乾燥させた後の位相角の比較を示す。横軸は周波数(ヘルツ)、縦軸は位相角(度)である。
【0185】
これらは、TiN表面をHEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレート重合体層で被覆することが、電極の全体的なインピーダンスに僅かな影響しか及ぼさないという事実を明らかに示している。同じスペクトルが、被覆された電極を700 mbarの減圧下、30℃で24時間乾燥させた後にも記録されていることが分かる、即ち、図8および9は、インピーダンスが同等のままであることを示しており、電極上のHEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレート被膜の膨潤が可逆的であることの証拠である。
【0186】
この比較を定量化するために、我々は、図9の実験データの数学的な非直線型最小二乗法調整を行うことにより、図8の電気的パラメータを抽出した。スペクトル調整の典型的な結果を表6に示す。
【0187】
【表6】
【0188】
分極抵抗の変動百分率は、
【数1】
【0189】
本発明によりHEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレート被膜で電気グラフト化することによりTiN電極を被覆した後、低い分極抵抗は、裸のTiN試片のそれと、ほんの僅かに異なっている。この考察は、重合体が電気的絶縁体ではないこと、即ち重合体がイオンに対して透過性であり、従って、電解質により完全に膨潤することを示している。
【0190】
電解質によって完全に膨潤するが、HEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレート被膜は、水には溶解せず、これは、TiN表面上への該被膜の強力なグラフト化によるものであることを良く示している。
【0191】
例21 グラフト化された重合体層は、その上にスプレーされる、遙かに厚い層に対する密着性プライマーとして使用できる
7×1 cm×1 mmの電気研磨したドッグボーン形316 Lステンレス鋼試片を、例1に記載する手順により、ポリ-BUMA電気グラフト化層で均質に被覆する。この比膜の厚さは150 nmである。
【0192】
この試片の中央(細い)部分を、片側で、5μmのPLA(ポリラクチド酸)をスプレー塗布する。これは、ドッグボーン形試片の2個の広い端部を覆い、PLAのクロロホルム(3%w/w)溶液をスプレーすることにより、達成する。この試片を、一定重量になるまで、真空乾燥させる。PLA層の上にインクペンで4個の点を書く。
【0193】
次いで、この試片をINSTRON(5 kN容量、ε'=10-3 s-1)機械に取り付け、両端で引き離す。表面上の点の変形をビデオカメラで撮影し、点の変形速度がINSTRON機械により課せられる速度と等しいことを確認する。等しくない場合、これは、サンドイッチ層の中にある程度の剥離が起きていることを意味する。
【0194】
図10は、INSTRON機械における、ポリ-BUMA電気グラフト化された下層を含む、および含まない試片の補正されたひずみ/応力応答を示し、比較する。黒色の曲線は、電気グラフト化された下層を含む、および含まない、全ての試験で同等であり、金属試片自体の弾性、非弾性および破断状況を示し、これは、全体的に5μmの被覆によりほとんど影響を受けない。
【0195】
曲線上の数字を付けた点は、試験を行っている間にカメラにより与えられた情報を示す、より詳しくは、カメラが何時剥離発生を検出したかを示す。
【0196】
試験の結果は、電気グラフト化された下層が存在しない場合、PLA層は、316 Lステンレス鋼上で、低い応力およびひずみで剥離する(図10における点#15および18)のに対し、BUMAの電気グラフト化された層が下層として使用された場合、そのサンドイッチ構造は、金属の破断まで実際に一度も剥離しない(図17-2における点#11,12,13,14,16,17)。
【0197】
これは、本発明の電気グラフト化された層は、その上にある5μm層と比較して非常に薄いにも関わらず、本発明の層により達成される重大な改良を示す。
【図面の簡単な説明】
【0198】
図1】薄膜形成を立証する、溶液の最初(黒線)と最後(破線)のサイクリックボルタンモグラムである。
図2】MMAおよび4-ニトロベンゼンジアゾニウムテトラフルオロボレートから、ペンタエリトリトールテトラアクリレートの存在下で、ステンレス鋼試片上に得られる被膜の厚さ増加と電気化学的サイクル数の関係を示す。横軸はサイクル数、縦軸は被膜の厚さ(Å)。
図3】316L上のp-BUMA被膜の厚さと陰極最終電位の関係を示す(DNO濃度は10-2モル/l)。
図4】316L上のp-BUMA被膜の厚さと陰極最終電位の関係を示す(DNO濃度は10-3モル/l)。
図5】(C=O)/(NO)(IR)と陰極最終電位の関係を示す。DNO濃度は10-2モル/lである。
図6】(C=O)/(NO)(IR)と陰極最終電位の関係を示す。DNO濃度は10-3モル/lである。
図7】等価電気回路を示す。
図8】裸のTiN試験片のインピーダンスモジュラスと、HEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの層で被覆した試片のインピーダンスモジュラスの、および同じ被覆した試片の、減圧下、30℃で24時間乾燥させた後のインピーダンスモジュラスの比較を示す。横軸は周波数(ヘルツ)、縦軸はモジュール(オーム.cm2)。
図9】裸のTiN試片の位相角と、HEMA/4-ニトロフェニルジアゾニウムテトラフルオロボレートの層で被覆した試片の位相角の、および同じ被覆した試片の、減圧下、30℃で24時間乾燥させた後の位相角の比較を示す。横軸は周波数(ヘルツ)、縦軸は位相角(度)を表す。
図10】INSTRON機械における試片の補正されたひずみ/応力応答、ポリ-BUMA電気グラフト化された下層を含む、および含まない、を示す。横軸は真の変形、横軸は真のひずみ/応力(MPa)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10