(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】ピアサープラグ
(51)【国際特許分類】
B21B 25/00 20060101AFI20241107BHJP
B21B 19/04 20060101ALI20241107BHJP
C23C 4/06 20160101ALI20241107BHJP
C23C 4/131 20160101ALI20241107BHJP
【FI】
B21B25/00 A
B21B19/04
C23C4/06
C23C4/131
(21)【出願番号】P 2021047593
(22)【出願日】2021-03-22
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100194777
【氏名又は名称】田中 憲治
(72)【発明者】
【氏名】東田 泰斗
(72)【発明者】
【氏名】日高 康善
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】白沢 尚也
(72)【発明者】
【氏名】宮井 達哉
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-062663(JP,A)
【文献】国際公開第2016/129019(WO,A1)
【文献】特開2013-226563(JP,A)
【文献】国際公開第2014/013963(WO,A1)
【文献】特開2013-226565(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第04112614(DE,A1)
【文献】中国特許出願公開第112474808(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 25/00
B21B 19/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラグ本体と、
前記プラグ本体の表面に形成された第1の溶射皮膜とを備え、
前記プラグ本体は、先端部と、前記先端部よりも後方の底部と、前記先端部と前記底部との間に形成された圧延部とを含み、
前記第1の溶射皮膜は、前記先端部の表面に形成された先端領域と、前記底部の表面に形成された底領域と、前記圧延部の表面に形成された圧延領域とを含み、
前記先端領域は、Feと、Oと、不純物とからなり、
前記圧延領域は、Feと、Oと、Wと、不純物とからなり、
前記圧延領域におけるOを除くWの含有率は、4.0重量%以下である、ピアサープラグ。
【請求項2】
請求項1に記載のピアサープラグであって、
前記圧延領域におけるOを除くWの含有率は0.5重量%以上である、ピアサープラグ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のピアサープラグであって、
前記底領域は、前記圧延領域と同じ元素で構成される、ピアサープラグ。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のピアサープラグであって、さらに、
前記プラグ本体と前記第1の溶射皮膜との間に形成された第2の溶射皮膜を含み、
前記第2の溶射皮膜は、Feと、Oと、不純物とからなる、ピアサープラグ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、継目無鋼管の穿孔圧延に用いられるピアサープラグに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ピアサープラグは、表面の遮熱性、潤滑性、及び耐焼付き性を確保するため、表面にスケール皮膜を形成して使用されてきた(例えば、特公平4-8498号公報、特開平4-74848号公報、特開平4-270003号公報、特公平1-7147号公報、特開昭63-203205号公報等を参照)。
【0003】
スケール皮膜は、穿孔圧延ごとに次第に摩耗する。スケール皮膜が完全に摩耗して母材(プラグ本体)が露出すると、母材の溶損や相手材との焼付きが生じる。ステンレス等の難加工材の穿孔ではスケール皮膜の摩耗が顕著であり、数パスで摩耗する場合がある。その度にスケール皮膜を再形成するための熱処理が必要になるが、この熱処理には数時間から数十時間を要するため、能率が悪いという問題がある。
【0004】
特許第4279350号公報には、鉄及び酸化物からなる溶射皮膜をピアサープラグの母材の表面に形成する技術が提案されている。溶射皮膜は、スケール皮膜よりも母材との密着性や耐摩耗性に優れ、かつ、数分から数十分で形成することができる。そのため溶射皮膜は、スケール皮膜よりも寿命が長く、摩耗しても短時間で再生することができる。
【0005】
特許第5339016号公報には、プラグの母材表面にアーク溶射して皮膜を形成する穿孔圧延用プラグの製造方法において、溶射線材として、酸化鉄よりも熱伝導率が低い粒子(具体的にはZrO2粒子)や、固体潤滑剤粒子(具体的にはBN粒子)を含有するコアードワイヤを用いることが開示されている。
【0006】
ピアサープラグに関するものではないが、特開2003-147503号公報には、母材の摺動面に低融点金属(具体的には錫、鉛、亜鉛等)又はその合金と固体潤滑材とからなる溶射皮膜を形成した軸受けが開示されている。また、特表2013-526655号公報には、軸受けの摺動面等を被覆するための溶射ワイヤであって、内層と、内層を取り囲む粉末材料層と、粉末材料層を取り囲む外層とを備える溶射ワイヤが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公平4-8498号公報
【文献】特開平4-74848号公報
【文献】特開平4-270003号公報
【文献】特公平1-7147号公報
【文献】特開昭63-203205号公報
【文献】特許第4279350号公報
【文献】特許第5339016号公報
【文献】特開2003-147503号公報
【文献】特表2013-526655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
溶射皮膜は、上述のとおりスケール皮膜よりも母材すなわちプラグ本体との密着性や耐摩耗性に優れる。そのため、溶射皮膜の寿命は、スケール皮膜に比べて長い。しかし、低合金ビレットを比較的低温域で穿孔する場合や高合金のような高強度のビレットを穿孔する場合等には、皮膜に剥離が生じ、露出した母材を起点に溶損や焼付きが発生し、プラグ本体を損傷させ得る。
【0009】
プラグ本体の損傷を抑制するために溶射皮膜に要求される主な特性は、潤滑性、耐剥離性及び耐摩耗性である。しかし、これらの特性を同時に満たすことは困難である。すなわち、鉄ワイヤを原料とするアーク溶射皮膜において、皮膜中の未酸化Fe比率を高くすれば、
図1に示すように穿孔効率(≒潤滑性)は低下傾向となるが、
図2に示すように溶射皮膜のせん断密着力(≒耐剥離性)は向上し、また、
図3に示すように摩耗量は低下、すなわち耐摩耗性は向上する。また、ビレットとプラグ本体の間で溶射皮膜を溶融させた場合、摩擦係数が低下して潤滑性は向上するが、皮膜の溶融が顕著であればあるほど耐摩耗性及び耐剥離性は低下する。このように、潤滑性、耐剥離性及び耐摩耗性は、トレードオフの関係にある。
【0010】
本開示の目的は、耐剥離性及び耐摩耗性を損なわず、適切に潤滑性を向上させた長寿命のピアサープラグを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の一実施形態によるピアサープラグは、プラグ本体と、プラグ本体の表面に形成された第1の溶射皮膜とを備えてよい。プラグ本体は、先端部と、先端部よりも後方の底部と、先端部と底部との間に形成された圧延部とを含んでよい。第1の溶射皮膜は、先端部の表面に形成された先端領域と、底部の表面に形成された底領域と、圧延部の表面に形成された圧延領域とを含んでよい。先端領域は、Feと、Oと、不純物とからなってよい。圧延領域は、Feと、Oと、Wと、不純物とからなってよい。圧延領域におけるOを除くWの含有率は、4.0重量%以下であってよい。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、耐剥離性及び耐摩耗性を損なわずに適切に潤滑性を向上させ、長寿命のピアサープラグを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、溶射皮膜の穿孔効率の測定結果を示すグラフである。
【
図2】
図2は、溶射皮膜の密着力の測定結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、溶射皮膜の摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、本開示の一実施形態によるピアサープラグを示す縦断面図である。
【
図5】
図5は、溶射皮膜の形成に用いる装置の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、コアードワイヤの横断面を示す図である。
【
図7】
図7は、本開示に係るピアサープラグの変形例を示す縦断面図である。
【
図8】
図8は、本開示に係るピアサープラグの変形例を示す縦断面図である。
【
図9】
図9は、実験2において圧延領域のW含有率と摩耗速度の関係を示すグラフである。
【
図10】
図10は、実験3において圧延領域のW含有率と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、プラグ本体の表面に形成される溶射皮膜において、潤滑性、耐剥離性及び耐摩耗性を要求される領域は、必ずしも同一ではないという知見を得た。具体的に、発明者らは、
図4を参照して、プラグ本体2を先端部21、圧延部22及び底部23に分け、これら3つの部位の表面に形成された溶射皮膜3の各々の要求特性について検討した。表1に示すように、先端部21の表面に形成された溶射皮膜3の先端領域31、圧延部22の表面に形成された溶射皮膜3の圧延領域32及び底部23の表面に形成された溶射皮膜3の底領域33について検討した。表1において、「A」は強く要求される特性を示し、「B」は要求される特性を示し、「C」は高い方が好ましいが特段の要求はない特性を示す。その結果、潤滑性は、特に圧延領域32で強く要求され、先端領域31及び底領域33では、特段要求されないことが分かった。すなわち、圧延領域32以外の先端領域31及び底領域33については、耐摩耗性及び耐剥離性を重視すればよく、圧延領域32においては選択的に高潤滑性の溶射皮膜3を形成することにより、高潤滑で長寿命のピアサープラグ1が効率的に得られることが分かった。本発明は上述の知見に基づいて完成された。以下、本開示の実施形態を説明する。
【0015】
【0016】
本開示の一実施形態によるピアサープラグは、プラグ本体と、プラグ本体の表面に形成された第1の溶射皮膜とを備えてよい。プラグ本体は、先端部と、先端部よりも後方の底部と、先端部と底部との間に形成された圧延部とを含んでよい。第1の溶射皮膜は、先端部の表面に形成された先端領域と、底部の表面に形成された底領域と、圧延部の表面に形成された圧延領域とを含んでよい。先端領域は、Feと、Oと、不純物とからなってよい。圧延領域は、Feと、Oと、Wと、不純物とからなってよい。圧延領域におけるOを除くWの含有率は、4.0重量%以下であってよい。これにより、ビレットの穿孔圧延時、圧延領域の摩耗速度が十分に低下し、プラグ本体とビレットとの間に介在する圧延領域が溶融して圧延領域に強く要求される潤滑性を適切に向上できる。その結果、長寿命のピアサープラグを得ることができる。
【0017】
圧延領域におけるOを除くWの含有率は0.5重量%以上であってよい。これにより、圧延領域の摩擦係数が十分に低下する。その結果、長寿命のピアサープラグを得ることができる。
【0018】
底領域は、圧延領域と同じ元素で構成されてよい。これにより、溶射皮膜を先端領域と先端領域よりも後方の領域(圧延領域と底領域)の2つの領域に表層領域を分割できる。表層領域を2つの領域に分割した場合であっても、圧延領域に相当する領域の潤滑性を向上できるため、長寿命のピアサープラグを得ることができる。
【0019】
ピアサープラグは、プラグ本体と第1の溶射皮膜との間に形成された第2の溶射皮膜を含んでよい。第2の溶射皮膜は、Feと、Oと、不純物とからなってよい。Fe酸化物は、耐剥離性に優れる。これにより、プラグ本体の表面と第1の溶射皮膜との密着性を向上させ、第1の溶射皮膜の剥離を抑制することができる。その結果、長寿命のピアサープラグを得ることができる。
【0020】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
【0021】
[ピアサープラグの構造]
図4は、本発明の一実施形態によるピアサープラグ1の縦断面図である。ピアサープラグ1は、プラグ本体2と、溶射皮膜3とを備えている。プラグ本体2の全体は、同じ素材で一体的に形成されている。プラグ本体2の素材は、例えば、炭素鋼又はステンレス鋼で構成されてもよい。
【0022】
プラグ本体2は、砲弾形状を有する。プラグ本体2の横断面は、円形状を有する。プラグ本体2は、先端2aと、先端2aと反対側の端の面すなわち後端面2bを有している。プラグ本体2は、外径がプラグ本体2の先端2aから後端面2bに向かって大きくなる形状を有している。プラグ本体2の後端面2bと、それ以外の面との境は、円形の稜線となっている。プラグ本体2の複数の横断面の外周円の中心を通る線が、プラグ軸心Cとなる。プラグ軸心Cは、穿孔圧延時のビレットの進行方向となる。
【0023】
プラグ本体2は、
図4に示すように、先端部21と、先端部21とは反対側の底部23と、先端部21及び底部23の間に位置付けられた圧延部22とを有している。圧延部22は、先端部21に連続する後方(図示の右側)の部位である。底部23は、リーリング部23aと逃げ部23bとを有する。リーリング部23aは、圧延部22に連続する後方の部位である。逃げ部23bは、リーリング部23aに連続する後方の部位であり、後端面2bに近い部位である。先端部21及び圧延部22は、穿孔圧延において、肉厚圧下の大部分を受け持つ部位である。底部23は、穿孔圧延において、中空素管(シェルともいう)の肉厚を仕上げる部位である。言い換えれば、先端部21は、穿孔圧延時に、ビレットを穿孔するための力が主に作用する部分である。圧延部22は、穿孔圧延時に、ビレットを拡径するための力が主に作用する部分である。リーリング部23aは、穿孔圧延時に、ビレットを穿孔又は拡径してできる中空素管の肉厚寸法の均一化又は中空素管の内周面の平滑化をするための力が主に作用する部分である。
【0024】
プラグ本体2の外径は、プラグ軸心Cの前方から後方に行くに従って大きくなる。すなわち、プラグ本体2の外径は、プラグ軸心Cの方向において変化している。先端部21から圧延部22にかけて、プラグ本体2の外径のプラグ軸心Cの方向における変化率は、先端2aからリーリング部23aに近づくに従って小さくなっている。すなわち、縦断面において、先端部21から圧延部22にかけての外縁線の接線のプラグ軸心Cに対する角度θ2は、先端2aからリーリング部23aに近づくに従って小さくなる。リーリング部23aにおける、プラグ本体2の外径のプラグ軸心C方向における変化率は、先端部21から圧延部22にかけての変化率の最小値と同じか又はより小さい。すなわち、縦断面において、リーリング部23aの外縁線の接線のプラグ軸心Cに対する角度θ1は、先端部21から圧延部22にかけての外縁線の接線のプラグ軸心Cに対する角度θ2の最小値と同じか又はより小さい。
図4に示す例では、リーリング部23aの外径のプラグ軸心C方向における変化率は、ほぼ一定である。
【0025】
また、圧延部22の前端は、プラグ本体2の全長(先端2aから後端面2bまでのプラグ軸心Cの寸法)をD[mm]として、先端2aから0.2×D[mm]以下の位置とするのがよい。圧延部22の後端は、先端2aから0.4×D[mm]以上の位置とするのがよい。すなわち、圧延部22は、プラグ本体2の全長Dに対して先端2aを起点として0.2×D[mm]の位置から0.4×D「mm」までの範囲を含み、先端部21と底部23との間に位置付けられる。
【0026】
溶射皮膜3は、プラグ本体2の表面に形成されている。溶射皮膜3は、プラグ本体2の後端面2bを除き、先端部21、圧延部22及び底部23の各々の表面を覆っている。すなわち、溶射皮膜3は、
図4に示すように、先端部21を覆う先端領域31、圧延部22を覆う圧延領域32及び底部23を覆う底領域33という3つの領域を有している。3つの領域は、領域ごとに分割されてプラグ本体2の表面を被覆している。先端領域31、圧延領域32及び底領域33の各々に含まれる構成元素は、各々の領域で求められる特性(耐摩耗性、潤滑性及び耐剥離性)に応じて決定される。すなわち、各々の領域含まれる構成元素は、各々の領域で求められる特性に応じて異なる。
【0027】
先端領域31では、上記表1の通り、耐摩耗性が強く要求される。したがって、先端領域31は、Fe、O及び不純物とからなる。これにより、耐摩耗性を向上できる。なお、先端領域31は、耐摩耗性を向上できれば、これら以外の物質を含んでもよい。
【0028】
圧延領域32では、上記表1の通り、潤滑性が強く要求される。したがって、圧延領域32は、Feと、Oと、Wと、不純物とからなる。これにより、圧延領域32の融点を先端領域31よりも低くすることができる。すなわち、ビレットを穿孔圧延する際に、ピアサープラグ1の使用温度域において、溶射皮膜3の圧延領域32を溶融できる。穿孔圧延時、ピアサープラグ1の表面到達温度は、通常、例えば、850~1300℃になる。圧延領域32は、この温度範囲において溶融するように決定されるのが好ましい。プラグ本体2とビレットとの間に介在する圧延領域32が溶融することにより、摩擦係数が低下する。これにより、圧延領域32の潤滑性を向上できる。なお、圧延領域32は、潤滑性を向上できれば、Feと、Oと、Na、Si、P、Ca、V、Nb及びWからなる群から選ばれる1種又は2種以上と、不純物とから構成されてもよく、これら以外の物質を含んでもよい。
【0029】
底領域33は、上記表1の通り、特に強く要求される特性を有しない。ただし、底領域33では、耐剥離性が要求されている。したがって、底領域33の構成元素は、Fe及びOを含むのがよい。これにより、底領域33の耐剥離性を向上できる。なお、底領域33では、強く要求される特性がないため、後述する変形例のように潤滑性を向上させてもよい。
【0030】
圧延領域におけるWの含有率は、4.0重量%以下である。なお、圧延領域におけるWの含有率は、圧延領域に含まれるFe、W及び不純物の合計に対するWの含有率(W/(Fe+W+不純物)×100)、すなわち、Oを除く含有率である(以下、先端領域及び底領域のWの含有率についても同じ。)。後述するが、圧延領域におけるWの含有率を4.0重量%以下とした場合、圧延領域の摩耗速度を低下させることができる。その結果、長寿命のピアサープラグ1を得ることができる。圧延領域の摩耗速度を低下させるという観点から、圧延領域におけるWの含有率は、4.0重量%以下するのがよく、好ましくは、3.0重量%とするのがよく、より好ましくは2.4重量%以下とするのがよい。
【0031】
圧延領域におけるWの含有率は、0.5重量%以上である。後述するが、圧延領域におけるWの含有率を0.5重量%以上とすることにより、圧延領域の摩擦係数を低下させることができる。その結果、長寿命のピアサープラグ1を得ることができる。圧延領域の摩擦係数を十分に低下させるという観点から、圧延領域におけるWの含有率は、0.5重量%以上とするのがよく、好ましくは0.8重量%以上とするのがよく、より好ましくは1.2重量%以上とするのがよい。
【0032】
このように、本開示によれば、最適部位、すなわち圧延部22の表面に対して高潤滑の溶射皮膜3(圧延領域32)を形成し、適切に潤滑性を向上させたことにより、耐剥離性及び耐摩耗性を損なわず、潤滑性に優れた長寿命のピアサープラグ1を得ることができる。
【0033】
[ピアサープラグの製造方法]
以下、ピアサープラグ1の製造方法の一例を説明する。以下で説明する方法はあくまで例示であり、ピアサープラグ1の製造方法はこれに限定されない。
【0034】
プラグ本体2を準備する。プラグ本体2は、後端面2bを除く表面の少なくとも一部を含む部分が炭素鋼又はステンレス鋼で構成されたものを用いる。
【0035】
プラグ本体2に、溶射皮膜3を形成する。溶射皮膜3は、
図5に示すアーク溶射装置100を用いて形成することができる。
【0036】
アーク溶射装置100は、溶射ガン101と、回転台104とを備えている。溶射ガン101は、連続的に供給される溶射線材102及び103の先端でアークを発生させ、溶融した金属を圧縮空気によって噴射する。
【0037】
本実施形態では、プラグ本体2の先端部21、圧延部22及び底部23の各々の表面に、溶射皮膜3の先端領域31、圧延領域32及び底領域33を別個形成する。
【0038】
まず、底部23の表面に対して溶射皮膜3の底領域33を形成する。底領域33を形成するために用いられる溶射線材102及び103は、特に限定されないが、耐剥離性を向上させることが好ましい。そのため、底領域33を形成するために用いられる溶射線材102及び103は、鉄線材である。鉄線材は、アーク溶射により、底部23の表面に鉄酸化物を被覆させる。すなわち、底領域33の構成元素は、FeとOとなる。これにより、底領域33の耐剥離性が向上する。
【0039】
次に、プラグ本体2の圧延部22の表面に対して溶射皮膜3の圧延領域32を形成する。圧延領域32を形成するために用いられる溶射線材102は、いわゆるコアードワイヤ110である。
図6は、コアードワイヤ110の軸方向に垂直な断面図である。コアードワイヤ110は、鉄製の外殻111と、外殻111の内側に封入された充填材112とを含む。
【0040】
充填材112は、Feと、Wとを含む。なお、充填材112は、先端領域31よりも融点が低い溶射皮膜を形成することが可能なNa、Si、P、Ca、V、Nb及びWからなる群から選ばれる1種又は2種以上とを含んでもよい。充填材112は、これら以外の物質をさらに含んでいてもよい。
【0041】
本実施形態では、溶射ガン101によってコアードワイヤ110を溶融させ、圧延部22の表面に圧延領域32を形成する。このとき、充填材112に含まれる上述の物質により、圧延領域32の融点を先端領域31よりも低くすることができる。充填材112に含まれる物質は、圧延領域32中の物質と同じ物質であってもよいし、溶射後に同じ化合物となるように複数の物質を調合したものであってもよい。
【0042】
充填材112に含まれる物質は、Na、Si、P、Ca、V、Nb及びWからなる群から選ばれる1種又は2種以上に限定されない。穿孔圧延時のピアサープラグ1の使用温度域において、圧延領域32を溶融できるように適宜決定することができる。より具体的には、穿孔圧延時、ピアサープラグ1の表面到達温度は、通常、例えば、1150℃又は1200℃など、850~1300℃になる。圧延領域32は、この温度範囲において溶融するように決定されるのが好ましい。
【0043】
圧延領域32を形成する溶射線材103は、溶射線材102と同様の構成を有するコアードワイヤ110であってもよいし、通常の鉄線材であってもよい。鉄線材は、例えば炭素鋼(普通鋼)の線材であり、具体的には、鉄を主成分とし、炭素、シリコン、マンガン、及び不純物等を含む線材である。本実施形態における圧延領域32の形成工程では、溶射線材102及び103の少なくとも一方が、先端領域31よりも融点が低い溶射皮膜を形成することが可能な物質を含むコアードワイヤ110であればよい。
【0044】
次に、先端部21の表面に対して溶射皮膜3の先端領域31を形成する。先端領域31を形成するために用いられる溶射線材102及び103は、鉄線材である。鉄線材は、アーク溶射により、先端部21の表面に鉄酸化物を被覆させる。すなわち、先端領域31の構成元素は、FeとOとなる。これにより、先端領域31の耐摩耗性が向上する。
【0045】
先端領域31、圧延領域32及び底領域33の各々を別個形成するために、アーク溶射しない領域にはマスキングを施してもよい。また、溶融した金属が所定の領域に噴射されるように、溶射ガン101の噴射角度を相対的に変え、溶射する領域を適宜変更するようにしてもよい。すなわち、プラグ本体2の先端部、圧延部及び底部の各々の表面に対して、表層領域ごとに別個に溶射皮膜3を形成することができれば、その方法は限定されない。
【0046】
なお、溶射距離が長いほど、溶射皮膜3中の酸化物の比率が高くなる。これは、溶射ガン101の先端から噴射される金属の酸化が溶射距離に応じて進行するためである。溶射距離は、これに限定されないが、例えば100~1400mmである。また、溶射距離を徐々に長くしながら溶射することで、プラグ本体2の近傍の金属成分の比率を高くし、表面に向かうにしたがって酸化物の比率を高くすることができる。
【0047】
回転台104によってプラグ本体2を軸周りに回転させながら、溶射皮膜3の表層領域が所定の厚さになるまで溶射する。表層領域の厚さは、これに限定されないが、例えば200~3000μmである。
【0048】
溶射皮膜3を形成後、拡散のための加熱処理を実施することが好ましい。これによって、プラグ本体2と溶射皮膜3とをより密着させることができる。拡散のための加熱処理として例えば、700~1200℃で5分以上である。加熱処理の時間は、さらに好ましくは、10分以上である。加熱処理の温度は、さらに好ましくは、上述した先端領域31よりも融点が低い溶射皮膜を形成することが可能な物質の融点よりも低い温度である。例えば、加熱処理の温度を、1100℃以下、より好ましくは、1000℃以上とすることができる。また、加熱処理の温度を、800℃以上、より好ましくは、900℃以上としてもよい。
【0049】
このように、本開示のピアサープラグ1の製造方法によれば、先端領域31、圧延領域32及び底領域33の各々を別個形成することにより、耐剥離性及び耐摩耗性を損なわず潤滑性に優れた長寿命のピアサープラグ1を効率的に得ることができる。
【0050】
[変形例]
上記実施形態では、溶射皮膜3の表層領域を3つの領域(先端領域31、圧延領域32及び底領域33)に分割したが、
図7に示すように、先端領域31と先端領域31よりも後方の領域(圧延領域32と底領域33とを併せた1つの領域)との2つの領域に分割してもよい。以下、この2つの領域をまとめて胴領域と称する場合がある。その際も同様に、先端領域31の耐摩耗性を向上させ、先端領域31よりも後方の領域の潤滑性を向上できるように、溶射皮膜3が形成される。これにより、圧延領域32に相当する領域の潤滑性を向上できるため、耐剥離性及び耐摩耗性を損なわずに高潤滑性のピアサープラグ1を得ることができる。また、表層領域を2分割すればよいため、各々の領域に溶射皮膜を形成する作業を簡略化できる。なお、溶射皮膜3の表層領域は、4つ以上の領域に分割してもよい。表層領域を複数分割した場合であっても、プラグ本体2の表面に対応する位置に各々の領域を形成する工程は、上記表層領域の形成工程と同様である。すなわち、表層領域は、分割された領域ごとにアーク溶射されることによって形成される。
【0051】
また、
図8に示すように、プラグ本体2と溶射皮膜3との間に、溶射皮膜3の溶射皮膜4を形成してもよい。溶射皮膜4は、図示のように、溶射皮膜3の各領域に対応する位置で3つの領域に分割できる。溶射皮膜4は、1つの領域であってもよいし、2つ以上に分割された領域であってもよい。溶射皮膜4は、Fe及びOから構成されるのがよい。これにより、プラグ本体2の表面と溶射皮膜3との密着性を向上させ、溶射皮膜3の剥離を抑制することができ、より長寿命のピアサープラグ1を得ることができる。
【0052】
溶射皮膜4は、溶射皮膜4と同様に、アーク溶射装置100を用いてプラグ本体2の表面に形成することできる。溶射皮膜4がプラグ本体2の表面に形成されたのち、溶射皮膜3は、溶射皮膜4の表面に形成される。溶射皮膜4の形成工程は、上記溶射皮膜3の形成工程と同様であるため、詳しい説明は省略する。
【0053】
このように、溶射皮膜3は、プラグ本体2のプラグ軸心C方向だけでなく、溶射皮膜3の膜厚方向にも領域を分割して形成することができる。これにより、プラグ本体2の各部位(先端部21、圧延部22及び底部23)で求められる特性に応じた溶射皮膜3をより適切に形成することができる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。この実施例は本発明を限定するものではない。
【0055】
(実験1)
実験1では、複数種類のワイヤ(溶射線材)を用いてプラグ本体表面にアーク溶射により溶射皮膜を形成し、ビレットの穿孔試験を実施した。この試験に用いられるプラグ本体は、鉄基合金製である。表2に示す通り、プラグ本体の縦断面における最大径が70mm、プラグ軸心の全長が230mmであるプラグ本体、或いは、プラグ本体の縦断面における最大径が57mm、プラグ軸心の全長が120mmであるプラグ本体を用いた。これらのプラグ本体の表面に、アーク溶射により先端領域、圧延領域及び底領域の各々の溶射皮膜を形成した。この際、先端領域の厚みは1200~1500μmであり、圧延領域の厚みは500μm、底領域の厚みは300μmであった。
【0056】
溶射皮膜は、Feワイヤ、又は、Fe-Wコアードワイヤを用いて、先端領域、圧延領域及び底領域の各々に別個に施した。Fe-Wコアードワイヤは、溶射皮膜後のWの含有率が0~10.5重量%となるように、充填材の成分を調整した。以下、Feワイヤを用いて施した溶射皮膜をFeワイヤ溶射皮膜と称し、Fe-Wコアードワイヤを用いて施した溶射皮膜をFe-W溶射皮膜と称する。表2に示すように、Feワイヤ溶射皮膜の融点は、1370℃であり、Fe-Wワイヤ溶射皮膜の融点は、1120℃である。すなわち、Fe-W溶射皮膜は、Feワイヤ溶射皮膜よりも融点を低くすることができる。
【0057】
このように作製した種々のピアサープラグを用いて、1200℃又は1150℃に加熱したSUS304ビレットの穿孔圧延を実施した。各ピアサープラグが損傷して使用不能となるまで穿孔を繰り返し、各ピアサープラグが使用不能になるまでに穿孔圧延できたビレット本数を「寿命パス数」として比較した。結果を表2に示す。下記表2において、試験No.5、6、9、10及び11は実施例であり、試験No.1、2、3、4、7、8、12、13、14、15及び16は比較例である。
【0058】
【0059】
試験No.1では、先端領域、圧延領域及び底領域の全てにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。この場合、プラグ本体が溶損するおそれもあると推察される。これは、圧延領域の潤滑性が劣るためと考えられる。なお、表2の備考欄において「圧延領域摩耗~溶損」とは、プラグ本体が露出し、プラグ本体が溶損するおそれがある場合を示す。
【0060】
試験No.2では、先端領域にWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験No.1と同様に、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0061】
試験No.3では、先端領域と圧延領域とに各々のWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施し、底領域にFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験No.1及び2のピアサープラグよりも寿命は長くなったが、4パスで先端領域の溶射皮膜が失われ溶損した。
【0062】
試験No.4では、先端領域、圧延領域及び底領域の全てに各々のWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験No.3と同様に、4パスで先端領域の溶射皮膜が失われ溶損した。
【0063】
試験No.5では、先端領域と底領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域にWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、8パスまでの穿孔で溶射皮膜が損傷せず、寿命を長くすることができた。
【0064】
試験No.6では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験No.5と同様に、8パスまでの穿孔で溶射皮膜が損傷せず、寿命を長くすることができた。
【0065】
試験No.7では、先端領域と圧延領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施し、底領域にWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1200℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験No.1と同様に、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0066】
試験No.8では、試験N0.1とピアサープラグのサイズが異なり(以下の試験No.9~16において同じ。)、先端領域、圧延領域及び底領域の全てにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、試験N0.1と同様に、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0067】
試験N0.9では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が0.6重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、5パスまでの穿孔で溶射皮膜が損傷せず、比較的に寿命を長くすることができた。
【0068】
試験N0.10では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が1.2重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、7パスまでの穿孔で溶射皮膜が損傷せず、寿命を長くすることができた。
【0069】
試験N0.11では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、7パスまでの穿孔で溶射皮膜が損傷せず、寿命を長くすることができた。
【0070】
試験N0.12では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が4.9重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、その結果、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0071】
試験N0.13では、先端領域にFeワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにWの含有率が10.5重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、その結果、2パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0072】
試験No.14では、先端領域にWの含有率が0.6重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0073】
試験No.15では、先端領域にWの含有率が1.2重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0074】
試験No.16では、先端領域にWの含有率が2.4重量%であるFe-Wワイヤ溶射皮膜を施し、圧延領域と底領域とにFeワイヤ溶射皮膜を施したピアサープラグを用い、1150℃でSUS304ビレットを穿孔した。その結果、3パス後に圧延領域の溶射皮膜が摩耗して剥離し、プラグ本体が露出した。
【0075】
試験No.1~16の結果、試験No.5、6、9、10及び11では、寿命パス回数が比較的多くなった。すなわち、ピアサープラグの寿命を延ばすことができた。特に、試験N0.5、6、10及び11では、寿命パス回数が7~8であり、他の試験に比べて飛躍的にピアサープラグの寿命を延ばすことができた。なお、試験No.5及び6の結果のように、底領域がFe溶射皮膜又はFe-W溶射皮膜のいずれであっても、寿命パス回数には影響しないこと、及び、胴領域がFe-W溶射皮膜である場合もピアサープラグの寿命が長くなることを確認できた。
【0076】
一方で、試験No.12及び13では、圧延領域がFe-W溶射皮膜であるものの、寿命パス回数は比較的少ない3及び2であった。これは、Wの含有率を4.9重量%及び10.5重量%と比較的大きくした結果、圧延領域の溶融が促進されて圧延領域が大きく摩耗したためと考えられる。すなわち、穿孔圧延時において、圧延領域の皮膜溶融による摩耗進行が皮膜溶融の潤滑効果によるせん断応力低減に伴う摩耗軽減よりも大きくなったためと考えれる。そのため、圧延領域におけるWの含有率は、4.0重量%以下とするのがよい。また、Wの含有率が2.4重量%である試験No.11では寿命パス回数が7と大きくなっているため、圧延領域におけるWの含有率は、好ましくは3.0重量%以下、より好ましくは2.4重量%以下とするのがよい。
【0077】
また、試験No.8、9及び10を比較すると、試験No.9においてWの含有率を0.6重量%とすることにより寿命パス回数が5となって試験No.8よりも多くなり、さらに、試験No.10においてWの含有率を1.2重量%とすることにより、寿命パス回数が7となって、より寿命パス回数が多くなっている。これは、穿孔圧延時において、圧延領域の皮膜溶融による摩耗進行が皮膜溶融の潤滑効果によるせん断応力低減に伴う摩耗軽減よりも小さくなったためと考えられる。すなわち、圧延領域におけるWの含有率は、0.5重量%以上とするのがよく、好ましくは0.8重量%以上、より好ましくは1.2重量%以上とするのがよい。この圧延領域におけるWの含有率について、摩耗速度と摩耗係数の観点から下記の実験2及び実験3においてさらに検討した。
【0078】
(試験2)
実験2では、先端領域、圧延領域及び底領域におけるWの含有率とこれら各領域の摩耗速度との関係について評価を行った。具体的には、実験1のNo.8~16と同じ形状のピアサープラグを用い、先端領域及び圧延領域を含む全領域で溶射皮膜中のWの含有率が0.0重量%、0.6重量%、1.2重量%、2.4重量%、4.9重量%及び10.5重量%となるピアサープラグをそれぞれ製作した。これらのピアサープラグにおいて、各々、実験1のNo.8~16と同じ穿孔条件で1パスだけ穿孔を行った際の、穿孔前後での先端領域膜厚及び圧延領域膜厚の減少量を測定することにより、1パスあたりの摩耗速度を評価した。実験2について、
図9のグラフを参照して説明する。なお、
図9において、胴領域とは、上述の通り、圧延領域及び底領域を示す。
図9のグラフに示すように、先端領域の摩耗速度は、Wの含有率が増加するに従って逓増している。
【0079】
一方、胴領域、すなわち圧延領域及び底領域の摩耗速度は、Wの含有率が0.0重量%の場合には126μm/Passとなり、0.6重量%の場合には88μm/Passとなり、1.2重量%の場合には50μm/Passとなり、2.4重量%の場合には65μm/Passとなり、4.9重量%の場合には128μm/Passとなり、10.5重量%の場合には200μm/Passとなった。このように、胴領域の摩耗速度は、Wの含有率を1.2重量%とするまでは徐々に遅くなり、その後徐々に速くなった。そして、Wの含有率が4.9重量%になったとき、胴領域の摩耗速度は、Wの含有率が0重量%である場合とほぼ同等の128μm/Passとなった。その結果、圧延領域における摩耗速度は、Wの含有率が少なくとも4.0重量%以下であれば、Wの含有率が0重量%である場合よりも遅くなり、1.2重量%の場合に最も摩耗速度が遅くなることが分かった。また、Wの含有率が2.4重量%の場合は、摩耗速度が1.2重量%の場合とほぼ同等であることから、より好ましくは、Wの含有率を2.4重量%以下とすれば適切に胴領域の摩耗速度を遅くできると考えられる。このように、摩耗速度の観点からすれば、圧延領域におけるWの含有率が0.0重量%である場合に比べ、Wの含有率を4.0重量%以下、好ましくは3.0重量%以下、より好ましくは2.4重量%以下とすることにより圧延領域の摩耗速度を適切に低下させる、すなわち、長寿命のピアサープラグを得ることできると分かった。
【0080】
(試験3)
上述の試験2に加え、実験3では、溶射皮膜の摩擦係数とWの含有率との関係について評価を行った。具体的には、高温摩擦試験機(株式会社米倉製作所製)を使用し、Fe-Wワイヤ溶射皮膜の摩擦係数をWの含有率に応じて評価した。Fe製の外殻111の内側にFeとWと含む混合粉末である充填材112を封入したコアードワイヤ(Fe-Wコアードワイヤ)を作製し、アーク溶射により試験片の表面にWの含有率が0~14重量%の溶射皮膜を500μmの厚みで作製した。Wを含有する溶射皮膜の溶融温度は、実験1の各試験と同様に1120℃である。この皮膜を溶射した試験片と、所定温度(1150℃又は1200℃)に加熱した鋼材試験片とを80MPaの面圧で接触させ、0.25m/sec.の速度で回転摺動させた。その摺動距離が5mの時点における摩擦力実測値から摩擦係数を導出した。結果について
図10を参照して説明する。なお、グラフの横軸に示すWの含有率は、溶射皮膜を化学分析することにより測定した。
図10のグラフに示すように、溶射皮膜に含まれるWの含有率が0.5重量%である場合、溶融温度1120℃以上で加熱することにより、0.0重量%である場合に比べて摩擦係数が著しく低下している。また、Wの含有率が1.2重量%以上であれば、0.0重量%である場合に比べて摩擦係数が大きく低下している。その後Wの含有率が多くなるに従って徐々に低下している。したがって、Wの含有率を0.5重量%以上、好ましくは0.8重量%以上、より好ましくは1.2重量%以上とすれば、効果的に摩擦係数を低下させることができ、圧延領域における潤滑効果をより効果的に得られる、すなわち、より長寿命のピアサープラグを得ることができると分かった。
【0081】
以上の実験1~3の結果によれば、圧延領域におけるWの含有率は、摩耗速度の観点から、4.0重量%以下、好ましくは3.0重量%以下、より好ましくは2.4重量%以下とするのがよく、また、摩擦係数の観点から、0.5重量%以上、好ましくは0.8重量%以上、より好ましくは1.2重量%以上とするのがよいことが確認できた。
【符号の説明】
【0082】
1 ピアサープラグ
2 プラグ本体
2a 先端
2b 後端面
21 先端部
22 圧延部
23 底部
3 溶射皮膜
31 先端領域
32 圧延領域
33 底領域
4 溶射皮膜
C プラグ軸心