(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板用熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241107BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20241107BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20241107BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/06
H01F1/147 175
C21D8/12 A
(21)【出願番号】P 2023500455
(86)(22)【出願日】2021-02-19
(86)【国際出願番号】 JP2021006320
(87)【国際公開番号】W WO2022176154
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-07-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】有田 吉宏
(72)【発明者】
【氏名】市江 毅
(72)【発明者】
【氏名】村上 史展
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-226616(JP,A)
【文献】特開2008-050685(JP,A)
【文献】特開2016-211016(JP,A)
【文献】特開2017-133100(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分として、質量%で
C:0.0050%以下、
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置を板幅端部とし、鋼板の板幅方向の中央位置を板幅中央部としたとき、
前記板幅端部でのビッカース硬度が180Hv以上であり、且つ前記板幅端部での前記ビッカース硬度から前記板幅中央部でのビッカース硬度を引いた値:ΔHvが10Hv以上100Hv以下であり、
前記板幅端部での延性脆性遷移温度が0℃以下であり、且つ前記板幅中央部での延性脆性遷移温度から前記板幅端部での前記延性脆性遷移温度を引いた値:ΔDBTTが10℃以上100℃以下であり、
前記板幅中央部の板厚から前記板幅端部の板厚を引いた値が50μm以下である
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板用熱延鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法であって、
化学成分として、質量%で、
C:0.0050%以下
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを1050℃~1180℃に加熱し、
前記加熱後のスラブを粗圧延し、
前記粗圧延後の粗圧延材を再加熱し、
前記再加熱後の粗圧延材を、仕上温度が900℃~1000℃となる条件で仕上圧延し、
前記仕上圧延後の仕上圧延材を、前記板幅端部の巻取温度が700℃以上800℃以下となり、且つ前記板幅端部の前記巻取温度が前記板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くなる条件で巻き取る
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記巻き取り後の少なくとも30分間、熱延コイルの底面を他の熱延コイルと接触させない
ことを特徴とする請求項2に記載の無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な電気機器の省エネルギー化要求の高まりにより、回転機の鉄心材料として用いられる無方向性電磁鋼板に対しても、より高性能な特性が要求されている。
【0003】
電気製品のモーターのうち高効率機種と言われるものについては、高級グレードの無方向性電磁鋼板が使用されることが多い。高級グレードの無方向性電磁鋼板は、一般に、Si及びAl含有量を増加させて固有抵抗を高め、かつ結晶粒径が粗大に制御されている。
【0004】
しかしながら、この高級グレードの無方向性電磁鋼板は、製造コストが高いため、製造コストをさらに低減することが要求されている。コスト削減には、製造プロセスを簡省略化することが重要である。
【0005】
熱延後の冷却時に行う自己焼鈍は、熱延板焼鈍の省略が期待できる技術である。熱延板焼鈍の目的は、熱延板の再結晶と結晶粒成長の促進であり、このことによってリジングと呼ばれる形状欠陥問題を解消し、かつ磁気特性を改善することができる。この熱延板焼鈍の効果を、熱間圧延後の冷却途中の熱延コイル自身の温度によって得ようとする、いわゆる自己焼鈍技術について、以下の通り開示されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、質量%で、C:≦0.005%、Si:0.1~2.0%、Mn:0.05~0.6%、Al:≦0.5%を含有し、平均直径10~200nmのAlNの個数密度を規定した、磁束密度が良好な無方向性電磁鋼板で、熱延の巻取温度を780℃以上とする自己焼鈍技術が開示されている。
【0007】
特許文献2には、質量%で、C:≦0.008%、2%≦Si+Al≦3%、0.02≦Mn≦1.0%を含有し、0.3%≦Al/(Si+Al)≦0.5%の関係を満足し、熱延仕上圧延温度を1050℃以上とし、その後の無注水時間を1秒以上7秒以下とし、注水冷却により700℃以下で巻取る熱延板焼鈍の省略技術が開示されている。
【0008】
特許文献3には、重量%で、C:0.010%以下、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0.1%以上1.5%以下、Al:0.1%以上1.0%以下、Sn:0.02%以上0.20%以下、Cu:0.1%以上1.0%以下を含有し、Ac1変態点以下の温度で熱延板焼鈍もしくは自己焼鈍を施し、磁束密度が高く鉄損が低い無方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2013-069754号
【文献】日本国特開2010-242186号公報
【文献】日本国特開平4-6220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の従来技術は、自己焼鈍によって熱延鋼板の結晶粒成長を促進し、熱延板焼鈍を省略しつつ磁気特性の改善を図るものである。ただ、熱延板焼鈍を熱延後の自己焼鈍で代替しようとすると、複数回の繰り返し曲げが鋼板に付加される酸洗工程で、鋼板が破断し易いという問題が生じることが判明してきた。このため、上記の従来技術では、熱延板焼鈍を省略するメリットが十分に得られないという課題があった。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みなされた。本発明では、酸洗工程で鋼板が破断することなく、安定通板を実現できる無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0013】
(1)本発明の一態様に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板は、
化学成分として、質量%で
C:0.0050%以下、
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置を板幅端部とし、鋼板の板幅方向の中央位置を板幅中央部としたとき、
前記板幅端部でのビッカース硬度が180Hv以上であり、且つ前記板幅端部での前記ビッカース硬度から前記板幅中央部でのビッカース硬度を引いた値:ΔHvが10Hv以上100Hv以下であり、
前記板幅端部での延性脆性遷移温度が0℃以下であり、且つ前記板幅中央部での延性脆性遷移温度から前記板幅端部での前記延性脆性遷移温度を引いた値:ΔDBTTが10℃以上100℃以下であり、
前記板幅中央部の板厚から前記板幅端部の板厚を引いた値が50μm以下である。
(2)本発明の一態様に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法は、上記(1)に記載の無方向性電磁鋼板用熱延鋼板を製造する方法であって、
化学成分として、質量%で、
C:0.0050%以下
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを1050℃~1180℃に加熱し、
前記加熱後のスラブを粗圧延し、
前記粗圧延後の粗圧延材を再加熱し、
前記再加熱後の粗圧延材を、仕上温度が900℃~1000℃となる条件で仕上圧延し、
前記仕上圧延後の仕上圧延材を、前記板幅端部の巻取温度が700℃以上800℃以下となり、且つ前記板幅端部の前記巻取温度が前記板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くなる条件で巻き取る。
(3)上記(2)に記載の無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法では、
前記巻き取り後の少なくとも30分間、熱延コイルの底面を他の熱延コイルと接触させなくてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上記態様によれば、酸洗工程で鋼板が破断することなく、安定通板を実現できる無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、およびその製造方法を提供することができる。また、本発明の上記態様によれば、熱延コイルの板幅方向端面の擦り疵や当て疵を抑制することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただ、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。また、特に断りがない限り、各元素の含有量に関する「%」は、「質量%」を意味する。
【0016】
本発明者らは、熱延工程で自己焼鈍を施して熱延板焼鈍を省略した場合に、酸洗工程で鋼板が破断しやすい原因を調査した。特に、熱延コイルの板幅方向端部の性状と材質特性とに着目して調査した。その結果、熱延コイルの板幅方向端部には搬送中に生じた擦り疵や当て疵が確認されること、そして、酸洗工程で鋼板が多数のロールを通過する際に鋼板に曲げ変形が加えられ、この際のひずみが擦り疵や当て疵に集中し、その結果、亀裂が発生および進展して破断に至ることを突き止めた。
【0017】
本発明者らは、上記のように酸洗工程で発生する板破断(鋼板の破断)を抑制する方法を鋭意研究した。その知見を以下に示す。
【0018】
熱延工程で仕上圧延後に仕上圧延材をコイル状に巻き取る際には、巻乱れが少なからず発生する。また、巻き取り後、コイルの巻き軸が縦になる状態(コイル芯が竪穴になる状態)でコイルをコンベアーで搬送する場合、コイルの下面側(下側のコイル底面)の巻乱れ箇所に擦り疵が入り易い。またコイルの巻き軸が横になる状態(コイル芯が横穴になる状態)でコイルをクレーンで吊り上げる場合、クレーンのフック等がコイル端部に接触して当て疵が発生し易い。
【0019】
酸洗工程で鋼板が破断することを防止するには、熱延コイルに生じる擦り疵や当て疵を極力軽度に留めることが必要であり、加えて、たとえ擦り疵や当て疵に曲げひずみが集中したとしても、破断に至らないだけの靱性を鋼板が有する必要がある。
【0020】
まず、擦り疵や当て疵を軽減する方法として、熱延鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置にて、ビッカース硬度を180Hv以上にすればよいことを知見した。板幅端部の硬度を高くすることで、鋼板の耐摩耗性が向上し、擦り疵や当て疵そのものが軽減できると考えられる。
【0021】
次に、酸洗時の板破断を抑制する方法として、熱延鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置にて、シャルピー衝撃試験における延性-脆性の遷移温度(DBTT:Ductile-Brittle Transition Temperature)が0℃以下であればよいことを知見した。この条件を満たせば、酸洗工程で板破断が顕著になる冬期でも、板破断を好ましく抑制できることを見出した。板幅端部の靭性が高まることで、たとえ鋼板の側縁から微小な亀裂が発生しても、鋼板の延性によって亀裂先端部で応力が緩和され、亀裂の進展が軽減されると考えられる。
【0022】
さらに、酸洗時の板破断を抑制する方法として、熱延鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置と熱延鋼板の板幅方向の中央位置とにおける板厚の差(クラウン)を50μm以下にすればよいことを知見した。この条件を満たせば、酸洗工程で鋼板が通板する際、板破断の起点となる亀裂の生成が抑制され、また亀裂の進展が軽減されることが判明した。
【0023】
例えば、板幅端部は、圧延ロールの変形によって、板幅中央部よりも板厚が薄くなりやすい。板幅端部で板厚が薄くなれば、鋼板体積の減少を補填するために、板幅端部で鋼板が長手方向(圧延方向)に耳波として伸びようとする。つまり、クラウンが大きいほど、耳波の程度(振幅)は大きくなる。板幅端部での耳波が顕著である場合、耳波は振幅を伴うため、酸洗時に鋼板がロールを通過するたびに、板幅端部(特に耳波部)に繰り返しの曲げおよび曲げ戻し変形が加えられることになる。その結果、板破断の起点となる亀裂が生成され、この亀裂が進展すると考えられる。すなわち、クラウンを小さくすることで、亀裂の生成および進展が抑制され、板破断が抑制されると考えられる。
【0024】
上述のように、酸洗時に発生する板破断は、主に、鋼板の板幅端部で生成・進展する亀裂に起因する。そのため、酸洗時の板破断を抑制するには、板幅端部の鋼板特徴を上記のように制御すればよい。ただ、無方向性電磁鋼板として要求される最も重要な特性は、磁気特性である。例えば、板幅方向の全幅の鋼板特徴が、上記した板幅端部の鋼板特徴と同じであれば、無方向性電磁鋼板として要求される磁気特性を満足できなくなる。すなわち、酸洗工程での安定通販と無方向性電磁鋼板としての磁気特性を両立するには、板幅端部と板幅中央部とで、鋼板特徴を作り分ける必要がある。
【0025】
本発明者らは、酸洗工程での安定通販と無方向性電磁鋼板としての磁気特性を両立するために、板幅端部の鋼板特徴を上記のように制御することに加えて、板幅中央部の鋼板特徴を次のように制御すればよいことを知見した。具体的には、板幅端部でのビッカース硬度から板幅中央部でのビッカース硬度を引いた値:ΔHvを10Hv以上100Hv以下とし、板幅中央部での延性脆性遷移温度から板幅端部での延性脆性遷移温度を引いた値:ΔDBTTを10℃以上100℃以下とすればよいことを知見した。
【0026】
以上の知見により、熱延で自己焼鈍を施して熱延板焼鈍を省略した場合でも、酸洗時に板破断が生じず、磁気特性を満足できる無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板を得ることができる。
【0027】
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板は、
化学成分として、質量%で
C:0.0050%以下、
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置を板幅端部とし、鋼板の板幅方向の中央位置を板幅中央部としたとき、
板幅端部でのビッカース硬度が180Hv以上であり、且つ板幅端部でのビッカース硬度から板幅中央部でのビッカース硬度を引いた値:ΔHvが10Hv以上100Hv以下であり、
板幅端部での延性脆性遷移温度が0℃以下であり、且つ板幅中央部での延性脆性遷移温度から板幅端部での延性脆性遷移温度を引いた値:ΔDBTTが10℃以上100℃以下であり、
板幅中央部の板厚から板幅端部の板厚を引いた値が50μm以下である。
【0028】
まず、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板に関して、鋼の化学成分の限定理由について述べる。
【0029】
<熱延鋼板の化学成分>
本実施形態では、熱延鋼板が、化学成分として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0030】
C:0.0050%以下
Cは、磁気時効によって鉄損を劣化させる。そのため、C含有量は0.0050%以下である。C含有量を0.0045%以下、0.0040%以下、又は0.0035%以下としてもよい。C含有量は低いほど好ましく、下限が0%であってもよい。ただ、工業生産性を考慮すると、C含有量は、0%超であってもよく、0.0015%以上、0.0020%以上、又は0.0025%以上としてもよい。
【0031】
Si:1.9%以上3.5%以下
Siは、電気抵抗を増加させるために有効な元素である。Si含有量は、鉄損、磁束密度、強度などの要求特性に応じ、適宜調整すればよい。ただし、Si含有量が1.9%未満では、本実施形態の発課題そのものが生じない。一方で、Si含有量が3.5%を超えると、靱性が低くなって製造が難しくなる。そのため、Si含有量は、1.9%以上3.5%以下とする。Si含有量は、2.0%超であることが好ましく、2.2%以上であることがより好ましい。
【0032】
Mn:0.10%以上1.50%以下
Mnは、硫化物生成元素として結晶粒成長を促進させる。そのため、Mn含有量の下限を0.10%とする。また、Mnは、電気抵抗を高める効果も有する。この効果が飽和する1.50%を、Mn含有量の上限とすればよい。
【0033】
Al:0.10%以上1.50%以下
Alは、鋼の脱酸に必要な元素である。安定した脱酸効果が得られ、かつ微細なAlNの生成を抑制する観点から、Al含有量は0.10%以上とする。また、Alは、電気抵抗を高める効果も有する。ただ、過剰な添加は、製鋼での鋳造性を悪化させる。そのため、Al含有量の上限は1.50%とする。
【0034】
本実施形態では、選択元素として、Snを含有してもよい。Snは、熱延スケールの抑制や磁気特性の向上などの効果を有する。そのため、必要に応じて、Sn含有量を0以上0.20%以下としてもよい。Sn含有量は、0.03%以上0.20%以下であることが好ましい。
【0035】
本実施形態では、不純物として、PやSを制限してもよい。Pは、靱性を悪化させることがある。そのため、必要に応じて、P含有量を0.020%以下としてもよい。P含有量は、0.010%以下であることが好ましい。また、Sは、靱性と磁気特性とを悪化させることがある。そのため、必要に応じて、S含有量を0.003%以下としてもよい。
【0036】
なお、「不純物」とは、含有されても本実施形態の効果を損なわない元素を意味し、鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入する元素を指す。不純物の合計含有量の上限は、例えば、5%であればよい。
【0037】
上記の化学成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、化学成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、鋼板から採取した35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより、化学成分が特定される。なお、Cは燃焼-赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0038】
次に、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板に関して、板幅端部および板幅中央部の特徴について説明する。なお、熱延鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置を板幅端部とし、熱延鋼板の板幅方向の中央位置を板幅中央部とする。
【0039】
<ビッカース硬度>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板では、板幅端部でのビッカース硬度を180Hv以上とする。180Hv未満では、擦り疵や当て疵が発生しやすく、酸洗工程の通板時にひずみ集中を招きやすい。板幅端部のビッカース硬度は、190Hv以上が好ましく、200Hv以上がより好ましい。板幅端部の硬度を高めておけば、擦り疵や当て疵を受ける最エッジ部も必然的に同じく高い硬度が得られる。板幅端部のビッカース硬度の上限は、特に制限されないが、例えば、350Hvとしてもよい。
【0040】
また、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板では、板幅端部でのビッカース硬度から板幅中央部でのビッカース硬度を引いた値:ΔHvを10Hv以上100Hv以下とする。ビッカース硬度が上記条件を満足するとき、酸洗工程での安定通販と無方向性電磁鋼板としての磁気特性を両立できる。上記の値は、10Hv以上であることが好ましく、20Hv以上であることがより好ましい。また、上記の値は、100Hv以下であることが好ましく、90Hv以下であることがより好ましく、50Hv以下であることがより好ましい。
【0041】
ビッカース硬度は、JIS Z 2244(2009)に準拠して測定すればよい。測定荷重は、最大の大きさの圧痕が得られる荷重を適宜設定すれば、より精度良く測定することができる。例えば、測定荷重は、9.8×10-5~9.8×100Nとすればよい。ビッカース硬度の測定では、通常、光学顕微鏡を用いて圧痕径を測定するが、精度高く測定するために、SEM等の電子顕微鏡を用いてもよい。なお、ビッカース硬度は、板厚方向の中央部で測定すればよい。
【0042】
<延性脆性遷移温度>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板では、板幅端部での延性脆性遷移温度を0℃以下とする。板幅端部のDBTTが0℃よりも高いと、擦り疵や当て疵に集中したひずみにより、亀裂の発生および進展が生じやすく、特に外気温が低い冬場に板破断が生じやすい。板幅端部のDBTTは、-5℃以下が好ましく、-10℃以下がより好ましい。熱延コイルの巻乱れに起因して生じるコイル底面の凹凸は10mm程度であるので、板幅端部の靭性を高めておけば、鋼板の側縁で生成した亀裂が、板幅中央部に向かって進展することは少ない。板幅端部のDBTTの下限は、より低い方が好ましく、特に制限されないが、例えば、-100℃としてもよい。
【0043】
また、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板では、板幅中央部でのDBTTから板幅端部でのDBTTを引いた値:ΔDBTTを10℃以上100℃以下とする。ΔDBTTが上記条件を満足するとき、酸洗工程での安定通販と無方向性電磁鋼板としての磁気特性を両立できる。上記の値は、10℃以上であることが好ましく、20℃以上であることがより好ましい。また、上記の値は、100℃以下であることが好ましく、90℃以下であることがより好ましく、50℃以下であることがより好ましい。
【0044】
DBTTは、シャルピー衝撃試験結果から得ることができる。シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242(2018)に準拠して測定すればよい。例えば、測定条件は、V型の切り欠きを試験片に付与して、衝撃試験を実施し、吸収エネルギーを測定すればよい。なお、シャルピー衝撃試験の試験片は、熱延鋼板の板厚そのままの厚みとしてもよい。
【0045】
<クラウン>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板では、板幅中央部の板厚から板幅端部の板厚を引いた値(クラウン)を50μm以下とする。クラウンが50μm以下であるとき、酸洗工程での板破断を軽減することができる。クラウンは、40μm以下であることが好ましく、30μm以下であることがより好ましい。熱延コイルの巻乱れに起因して生じるコイル底面の凹凸は10mm程度であるので、板幅端部と板幅中央部とでクラウンを低くしておけば、鋼板の側縁で生成した亀裂が板幅中央部に向かって進展するような、繰り返しの曲げおよび曲げ戻し変形が加えられることは少ない。
【0046】
クラウンは、例えば、市販の板厚測定器を用いて測定すればよい。なお、熱間圧延中あるいは/および巻取後において、板幅方向の酸化状況が著しく異なる場合などは、熱延鋼板のスケール(表面酸化層)を酸洗などで除去してから、クラウンを測定してもよい。あるいは、熱延鋼板を断面研磨し、光学顕微鏡またはSEMなどの電子顕微鏡を用いて観察し、鋼板部の厚みを測定することで、スケール影響を除外してクラウンを測定してもよい。
【0047】
<熱延鋼板の製造方法>
次に、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板の製造方法について説明する。
【0048】
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法は、上記した熱延鋼板の製造方法であって、
化学成分として、質量%で
C:0.0050%以下、
Si:1.9%以上3.5%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.10%以上1.50%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを1050℃~1180℃に加熱し、
上記加熱後のスラブを粗圧延し、
上記粗圧延後の粗圧延材を再加熱し、
上記再加熱後の粗圧延材を、仕上温度が900℃~1000℃となる条件で仕上圧延し、
上記仕上圧延後の仕上圧延材を、上記板幅端部の巻取温度が700℃以上800℃以下となり、且つ上記板幅端部の上記巻取温度が上記板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くなる条件で巻き取る。
【0049】
また、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法では、上記巻き取り後の少なくとも30分間、熱延コイルの底面を他の熱延コイルと接触させないことが好ましい。
【0050】
なお、特に断りのない限り、加熱温度(例えば、スラブ加熱温度や仕上圧延温度など)は、板幅中央部での表面温度を指す。また、鋼板の側縁から板幅方向に沿って25mm位置を板幅端部とし、鋼板の板幅方向の中央位置を板幅中央部とする。
【0051】
スラブの化学成分は、上記した熱延鋼板の化学成分と同じである。無方向性電磁鋼板の製造では、スラブから熱延鋼板を得るまでの過程で化学成分はほとんど変化しない。上記のスラブの化学成分は、製造過程でα-γ変態が生じないフェライト単相鋼に対応する。
【0052】
スラブ加熱温度は、1050℃~1180℃とする。本実施形態が対象としているフェライト単相鋼は高温強度が低いため、スラブ加熱温度が高いとスラブが垂れ下がり、圧延に支障をきたすことがある。このため、スラブ加熱温度は1180℃以下とする。一方、スラブ加熱温度が1050℃未満では、変形抵抗が大きくなり過ぎて圧延の負荷が増すので、スラブ加熱温度の下限は1050℃とする。
【0053】
粗圧延の条件は、特に限定されない。公知の粗圧延条件を適用すればよい。
【0054】
本実施形態が対象としているフェライト単相鋼は、変形抵抗が小さいため、粗圧延中の温度低下が顕著となる。そのため、粗圧延後の粗圧延材を再加熱する。粗圧延後の粗圧延材は、仕上圧延の仕上温度が900℃~1000℃の範囲内に入るように再加熱すればよい。
【0055】
再加熱した粗圧延材を、仕上圧延する。仕上温度が900℃~1000℃となる条件で仕上圧延すればよい。仕上温度が900℃より低いと、後工程である巻取時に、板幅端部の巻取温度を700℃以上に制御することが困難となり、且つ板幅端部の巻取温度が板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くなるように制御することが困難となる。そのため、仕上温度の下限を900℃とする。一方、仕上温度が1000℃を超えると、仕上圧延後の冷却能力が不足するため、後工程である巻取時に、板幅端部の巻取温度を800℃以下に制御することが困難となる。そのため、仕上温度の上限を1000℃とする。
【0056】
仕上圧延後の仕上圧延材を、板幅端部の巻取温度が700℃以上800℃以下となり、且つ板幅端部の巻取温度が板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くなる条件で巻き取る。
【0057】
一般に、熱延鋼板の硬度を高めることと、DBTTを下げることは相反する。しかし、仕上圧延材の巻取温度を低くし、仕上熱延で鋼板に導入されたひずみを適度に残存させるようにすれば、硬度とDBTTとを両立できることを本発明者らが知見した。硬度とDBTTとを両立できる理由は、残存したひずみによって硬度上昇が図れるとともに、巻き取り温度が低いことによって未再結晶組織が残存して靱性も向上するためと考えられる。ひずみを適度に残存させるには、板幅端部の巻取温度を800℃以下とする。一方、板幅端部の巻取温度が700℃未満では、硬度がさらに高くなるものの、ひずみの残存が過剰となり、DBTTが0℃を超える。そのため、板幅端部の巻取温度を700℃以上とする。
【0058】
また、板幅端部の巻取温度は、板幅中央部の巻取温度より50℃以上の低温とする。もし鋼板全幅を鋼板端部と同じく低温化すれば、磁気特性が悪化してしまう。酸洗工程での安定通販と無方向性電磁鋼板としての磁気特性とを両立するには、板幅端部の巻取温度および板幅中央部の巻取温度を、それぞれに制御する必要がある。なお、鋼板の側縁から板幅方向に向かって25mmの範囲は、酸洗時や製品として成形する際にトリミングされる。そのため、板幅端部の巻取温度を板幅中央部の巻取温度より50℃以上低くしても、最終製品の磁気特性に影響を及ぼすことはない。
【0059】
板幅端部の巻取温度を板幅中央部の巻取温度より50℃以上低く制御する方法は、特に制限されない。例えば、熱間圧延中、熱間圧延後、巻取中、巻取後に、板幅方向端部あるいは端部近傍に、水などの液体を吹き付けることや、空気や窒素などの気体を吹き付けることや、固体等を接触させることによって、板幅端部の巻取温度および板幅中央部の巻取温度をそれぞれ制御すればよい。
【0060】
また、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板の製造方法では、上記巻き取り後の少なくとも30分間、熱延コイルの底面を他の熱延コイルと接触させないことが好ましい。例えば、巻き取り後30分以内に、コイル芯が竪穴になる状態でコイル底面同士を接触させて積み上げる、いわゆる段積みを行うと、熱延コイルの温度がまだ高く、鋼板強度が低いため、コイル底面に疵が入り易い。また、熱延コイルの底面が他の熱延コイルと接触すれば、コイル底面の温度が上昇して仕上熱延で導入されたひずみが緩和され、硬度とDBTTとを両立することが難しくなる。したがって、巻き取り後の少なくとも30分間は、熱延コイルの底面を他の熱延コイルと接触させないことが好ましい。
【0061】
上記した製造条件を満たして製造された熱延鋼板は、優れた硬度と靱性とを有している。この熱延鋼板の特性は、繰り返し曲げで板破断するか否かによって評価できる。例えば、熱延鋼板の板幅端部から幅30mmで長さ300mmにせん断した短冊状の試験片を作製し、0℃の浴中に浸漬したまま、曲率半径40mmで時計の6時位置から、時計周りに9時位置まで90°曲げた後、6時位置に戻し、反時計周りに3時位置まで90°曲げ、再び6時位置に戻す。これを1サイクルとし、試験片が破断に至るまでのサイクル数を測定する。本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用熱延鋼板では、このサイクル数が10以上となる。
【実施例1】
【0062】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0063】
<実施例1>
表1に記載の化学成分を有するスラブを、表2に記載の熱延符号の製造条件にて、厚さが2.5mmまで熱間圧延して熱延鋼板を巻き取った。なお、熱間圧延から巻取の間に、板幅端部近傍に選択的に冷却液を吹き付けることによって、板幅端部の巻取温度および板幅中央部の巻取温度をそれぞれ制御した。
【0064】
【0065】
【0066】
製造した熱延鋼板の化学成分は、スラブの化学成分と同等であった。製造した熱延鋼板から試験片を切り出し、上記の方法に基づいて、板幅端部および板幅中央部のビッカース硬度、板幅端部および板幅中央部の延性脆性遷移温度、およびクラウン(熱延鋼板の板幅端部と板幅中央部とでの板厚の差)を測定した。
【0067】
更に、製造した熱延鋼板から試験片を作製し、上記の方法に基づいて、繰り返し曲げ試験を行い、試験片が破断に至るまでのサイクル数を測定した。
【0068】
また、製造した熱延鋼板に、酸洗、0.5mmまでの冷間圧延、および仕上焼鈍を施して無方向性電磁鋼板を得た。なお、酸洗工程では、必要に応じて、鋼板が破断しないように注意を払いながら酸洗した。仕上焼鈍後の無方向性電磁鋼板から試験片を切り出し、JIS C 2556(2015)の単板磁気特性試験法に従って磁気特性を測定した。
【0069】
【0070】
表3に示すように、本発明例は、繰り返し曲げ特性に優れていた。また、表中には示していないが、本発明例は磁気特性も満足した。一方、比較例は、化学成分または製造条件を満足しないため、製造性、繰り返し曲げ特性、または磁気特性の少なくとも一つが不合格となった。
【0071】
なお、表中には示さないが、Si含有量が1.9質量%未満の鋼種は、そもそも上記した課題が生じないため、試験しなかった。また、Mn含有量が1.5質量%超の鋼種では、Mn含有の効果が飽和した。
【0072】
<実施例2>
表1に記載の化学成分を有するスラブを、表2に記載の熱延符号の製造条件にて、厚さが2.5mmまで熱間圧延して熱延鋼板を巻き取った。なお、熱間圧延から巻取の間に、板幅端部近傍に選択的に冷却液を吹き付けることによって、板幅端部の巻取温度および板幅中央部の巻取温度をそれぞれ制御した。その後、実施例1と同様の評価を行った。製造した熱延鋼板の化学成分は、スラブの化学成分と同等であった。
【0073】
また、製造した熱延鋼板に、酸洗、0.5mmまでの冷間圧延、および仕上焼鈍を施して無方向性電磁鋼板を得た。なお、酸洗工程では、必要に応じて、鋼板が破断しないように注意を払いながら酸洗した。その後、実施例1と同様の評価を行った。
【0074】
【0075】
表4に示すように、本発明例は、繰り返し曲げ特性に優れていた。また、表中には示していないが、本発明例は磁気特性も満足した。一方、比較例は、化学成分または製造条件を満足しないため、製造性、繰り返し曲げ特性、または磁気特性の少なくとも一つが不合格となった。
【0076】
なお、表中には示す「熱延ロール不良」は、熱延ロールの変形によって、板幅端部が板幅中央部よりも板厚が薄くなっていたことを表す。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の上記態様によれば、酸洗工程で鋼板が破断することなく、安定通板を実現できる無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、およびその製造方法を提供することができる。また、本発明の上記態様によれば、熱延コイルの板幅方向端面の擦り疵や当て疵を抑制することもできる。そのため、産業上の利用可能性が高い。