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特許7583352原子セル用ガラス、原子セル、及び原子セルの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】原子セル用ガラス、原子セル、及び原子セルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03C 3/087 20060101AFI20241107BHJP
   C03C 3/085 20060101ALI20241107BHJP
   C03C 3/091 20060101ALI20241107BHJP
   H01S 1/06 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
C03C3/087
C03C3/085
C03C3/091
H01S1/06
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020097771
(22)【出願日】2020-06-04
(65)【公開番号】P2021187723
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-05-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000232243
【氏名又は名称】日本電気硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】板谷 雅之
(72)【発明者】
【氏名】新井 智
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】益田 紀彰
【審査官】若土 雅之
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-204586(JP,A)
【文献】米国特許第04191943(US,A)
【文献】特開平05-193980(JP,A)
【文献】特開2015-215502(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0212612(US,A1)
【文献】国際公開第2018/066377(WO,A1)
【文献】KOVACICH, J.A. et al.,A qualitative and quantitative study of the oxides of aluminum and silicon using AES and XPS,J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom.,NL,Elsevier B.V.,1985年01月,Vol. 35, No. 1,pp. 7-18,DOI: 10.1016/0368-2048(85)80038-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 1/00-14/00
H01S 1/00-1/06
H03L 1/00-9/00
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モル体積が23.8cm/モル以下であり、ガラス組成として、質量%で、SiO 50%~70%、Al 10%~30%、MgO+CaO+SrO+BaO 9~30%、Li O 0.5%~10%、Na O 0~3%、B 0~1.5%を含有する原子セル用ガラス。
【請求項2】
MgO+CaOを9~30質量%を含む、請求項に記載の原子セル用ガラス。
【請求項3】
質量比で、CaO/MgOが1.0以下である、請求項又は2に記載の原子セル用ガラス。
【請求項4】
実質的にBを含有しない、請求項1~のいずれか1項に記載の原子セル用ガラス。
【請求項5】
実質的にPを含有しない、請求項1~のいずれか1項に記載の原子セル用ガラス。
【請求項6】
実質的にNaOを含有しない、請求項1~のいずれか1項に記載の原子セル用ガラス。
【請求項7】
対向している第1の主面及び第2の主面を有し、前記第1の主面及び前記第2の主面間を貫通している貫通孔が設けられている、セル本体と、
前記セル本体の第1の主面上に設けられており、前記貫通孔の一方側を塞いでいる第1の窓部と、
前記セル本体の第2の主面上に設けられており、前記貫通孔の他方側を塞いでいる第2の窓部と、
を備え、
前記第1の窓部及び前記第2の窓部が、請求項1~のいずれか1項に記載の原子セル用ガラスにより構成されている、原子セル。
【請求項8】
前記原子セル用ガラスが、前記原子セルの入光面及び出光面のうち少なくとも一方を構成している、請求項に記載の原子セル。
【請求項9】
前記セル本体が、ガラスにより構成されている、請求項又はに記載の原子セル。
【請求項10】
前記セル本体、前記第1の窓部及び前記第2の窓部が、実質的に同じガラス組成を有する、請求項のいずれか1項に記載の原子セル。
【請求項11】
請求項10のいずれか1項に記載の原子セルの製造方法であって、
前記第1の窓部を前記セル本体の前記第1の主面上に配置し、前記セル本体と前記第1の窓部とを接合する工程と、
前記貫通孔内にアルカリ金属を配置する工程と、
前記第2の窓部を前記セル本体の前記第2の主面上に配置し、前記セル本体と前記第2の窓部とを接合し、前記貫通孔内を封止する工程と、
を備える、原子セルの製造方法。
【請求項12】
前記セル本体と前記第1の窓部とを陽極接合法で接合し、且つ前記セル本体と前記第2の窓部とを陽極接合法により接合する、請求項11に記載の原子セルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器などに用いられる原子セル用ガラス、原子セル、及び原子セルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子時計は、セシウム(Cs)やルビジウム(Rb)等のアルカリ金属原子におけるエネルギー遷移に基づいて発振する原子発振器を備えており、この原子発振器は、長期的に高精度な発振特性が得られる発振器として知られている。原子発振器の動作原理は、いくつかの方式に区別されるが、量子干渉効果(CPT:Coherent Population Trapping)を利用した原子発振器は、水晶発振器と比較して3桁程度高い周波数安定性を有することが知られている。
【0003】
このような原子発振器では、原子セル内に蒸気状のアルカリ金属が封入されて用いられる。また、原子発振器として必要な性能を確保するため、原子セル内には、さらにネオン(Ne)やアルゴン(Ar)などのバッファガスが封入されて用いられている。
【0004】
特許文献1には、陽極接合法によりガラスで密封された原子セルが開示されている。そして、同文献には、ガラスとして、アルミノケイ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、石英ガラスを用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-87865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1が開示する一般的なガラスを用いた原子セルは、大気中のヘリウム(He)がガラスの外表面から内部を透過して原子セルの内部に侵入する、いわゆるHeガスの遮蔽性に問題が生じたり、あるいは内部に存在するバッファガスがセル外部に漏洩する、いわゆるセル抜けが生じたりする虞がある。そのため、時間経過による周波数変動が生じ易いという問題がある。
【0007】
そこで、本発明の目的は、Heガスの透過による原子発振器における発振周波数の経時変化を生じさせ難い原子セル用ガラスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、鋭意努力した結果、ガラスのモル体積を規定することにより、Heガスの遮蔽性が改善することを見出し、本発明として提案するものである。
【0009】
詳述すると、本発明に係るガラスは、モル体積が26.0cm/モル以下である原子セル用ガラスであることを特徴としている。
【0010】
さらに、本発明に係る原子セル用ガラスは、質量%で、LiO 0.5~10%を含有していることが好ましい。これにより、陽極接合法を用いて、ガラスで密封された原子セルの作製が容易になる。
【0011】
さらに、本発明に係る原子セル用ガラスは、ガラス組成として、質量%で、SiO 50~70%、Al 10~30%、MgO+CaO+SrO+BaO 9~30%、LiO 0.5~10%、NaO 0~3%、B 0~3%を含有していることが好ましい。
【0012】
本発明に係る原子セル用ガラスは、ガラス組成として、質量%で、MgO+CaO 9~30%を含有していることが好ましい。
【0013】
本発明に係る原子セル用ガラスは、ガラス組成として、質量比で、CaO/MgOが1.0以下であることが好ましい。
【0014】
本発明に係る原子セル用ガラスは、実質的にBを含有しないことが好ましい。
【0015】
本発明に係る原子セル用ガラスは、実質的にPを含有しないことが好ましい。
【0016】
本発明に係る原子セル用ガラスは、実質的に、NaOを含有しないことが好ましい。
【0017】
本発明に係る原子セルは、対向している第1の主面及び第2の主面を有し、前記第1の主面及び前記第2の主面間を貫通している貫通孔が設けられている、セル本体と、前記セル本体の第1の主面上に設けられており、前記貫通孔の一方側を塞いでいる第1の窓部と、前記セル本体の第2の主面上に設けられており、前記貫通孔の他方側を塞いでいる第2の窓部と、を備え、前記第1の窓部及び前記第2の窓部が、本発明に従って構成される原子セル用ガラスにより構成されている。
【0018】
本発明に係る原子セルは、前記原子セル用ガラスが、前記原子セルの入光面及び出光面のうち少なくとも一方を構成することが好ましい。
【0019】
本発明に係る原子セルは、前記セル本体が、ガラスにより構成されていることが好ましい。
【0020】
本発明に係る原子セルは、前記セル本体、前記第1の窓部、及び前記第2の窓部が、同じガラス組成を有することが好ましい。
【0021】
本発明に係る原子セルの製造方法は、本発明に従って構成される原子セルの製造方法であって、前記第1の窓部を前記セル本体の前記第1の主面上に配置し、前記セル本体と前記第1の窓部とを接合する工程と、前記貫通孔内にアルカリ金属を配置する工程と、前記第2の窓部を前記セル本体の前記第2の主面上に配置し、前記セル本体と前記第2の窓部とを接合し、前記貫通孔内を封止する工程と、を備える。
【0022】
本発明に係る原子セルの製造方法は、前記セル本体と前記第1の窓部及び前記第2の窓部とを、それぞれ、陽極接合法により接合することが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、Heガスの透過による原子発振器における発振周波数の経時変化を生じさせ難い原子セル用ガラスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施形態に係る原子セルを示す模式的斜視図である。
図2図1のA-A線に沿う部分の模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、好ましい実施形態について説明する。但し、以下の実施形態は単なる例示であり、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。また、図面において、実質的に同一の機能を有する部材は同一の符号で参照する場合がある。
【0026】
(原子セル用ガラス)
本発明の原子セル用ガラスは、モル体積が26.0cm/モル以下であることを特徴とする。ガラスのモル体積を上記のように限定した理由を以下に示す。
【0027】
ガラスのモル体積は、ガラスの構造的な緻密さを表す指標であり、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする要素である。これにより、原子発振器における発振周波数の経時変化をより一層生じ難くすることができる。ガラスのモル体積は、26.0cm/モル以下、好ましくは25.5cm/モル以下、より好ましくは25.0cm/モル以下、更に好ましくは24.5cm/モル以下、特に好ましくは24.0cm/モル以下である。なお、原子セル用ガラスのモル体積の下限値は、好ましくは19.0cm/モル以上、より好ましくは20.0cm/モル以上とすることができる。
【0028】
ガラス組成を以下のように調整することで、モル体積が26.0cm/モル以下のガラスを得ることができる。なお、各成分の含有量に関する説明において、特に断りのない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0029】
LiOは、ガラスの溶融温度や軟化点を顕著に下げ、また、ガラス中の可動成分として陽極接合を可能にする成分である。LiOの含有量は、好ましくは0.5~10%であり、より好ましくは1~8%、更に好ましくは1.5~7%、特に好ましくは2~6%である。LiOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が不当に高くなり、また可動成分であるLiイオンが少ないことにより、陽極接合が顕著に困難になる。一方、LiOの含有量が多過ぎると、Li成分がガラス表面から析出したり(アルカリ吹き)、ガラスの耐候性や耐酸性が顕著に低下する。
【0030】
SiOは、ガラスの網目形成成分であるため、ガラスを安定化させ、耐候性や耐酸性を高める成分である。SiOの含有量は、好ましくは50~70%であり、より好ましくは52~67%、更に好ましくは54~65%、特に好ましくは56~63%である。SiOの含有量が少な過ぎると、耐候性や耐酸性が低下する傾向がある。一方、SiOの含有量が多過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり製造コストが上昇すると共に、失透(意図しない結晶物)がガラス中から析出し、陽極接合に支障をきたす。
【0031】
Alは、ガラスを安定化させると共に、耐候性や耐酸性を改善する成分である。Alの含有量は、好ましくは10~30%であり、より好ましくは12~28%、更に好ましくは15~25%、特に好ましくは18~23%である。Alの含有量が少な過ぎると、耐候性や耐酸性が低下し、また溶融時にガラス融液中から失透物が析出し、陽極接合に支障をきたす。一方、Alの含有量が多過ぎても、溶融時にガラス融液中から失透物が析出し、陽極接合に支障をきたす。また溶融が困難になる虞がある。
【0032】
NaOは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げ、ガラス中の可動成分として、陽極接合を可能にする成分である。しかし、NaOの含有量が多過ぎると、Na成分がガラス表面から析出したり(アルカリ吹き)、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。NaOの含有量は、好ましくは0~3%であり、より好ましくは0~2%、更に好ましくは0~1%、特に実質的に含有しないことが好ましい。ここで、「実質的に含有しない」とは、ガラス組成物中の含有量が1000ppm以下であることを意味する。
【0033】
なお、可動成分としての効果は、LiO、NaOの順に高いため、陽極接合を行う場合、ガラスの他の特性(溶融性、安定性、耐候性、耐酸性等)に支障がない限り、LiOを優先的に選択することが好ましい。
【0034】
アルカリ土類酸化物であるMgO、CaO、SrO、BaOは、ガラスのモル体積を下げる効果があるため、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする成分である。また、アルカリ土類酸化物は、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分でありながら、ガラスを安定化させる成分である。特に、SiO、Al、LiOを基本成分とするLAS系ガラスの場合、溶融中に失透物が析出することでガラス化が困難になる虞があり、また仮に成形できたとしても、成型後のガラスに熱を加える際、ガラスから結晶が析出することにより、陽極接合性に多大な悪影響を与える虞がある。従って、本願発明において、アルカリ土類酸化物の効果は重要である。MgO+CaO+SrO+BaOの含有量は、好ましくは9~30%であり、より好ましくは10~25%、更に好ましくは11~22%、特に好ましくは12~20%である。MgO+CaO+SrO+BaOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、MgO+CaO+SrO+BaOの含有量が多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。ここで、MgO+CaO+SrO+BaOとは、ガラス中のMgO、CaO、SrO、BaOの含有量の合量を指す。
【0035】
MgOは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分でありながら、ガラスを安定化させる成分である。また、ガラスのモル体積を下げる効果があるため、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする成分である。MgOの含有量は、好ましくは5~25%、より好ましくは7~23%、更に好ましくは8~20%、特に好ましくは9~18%である。MgOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、MgOの含有量が多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。
【0036】
CaOは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分でありながら、ガラスを安定化させる成分である。また、ガラスのモル体積を下げる効果があるため、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする成分である。CaOの含有量は、好ましくは0~15%、より好ましくは0.5~12%、更に好ましくは1~10%、特に好ましくは3~8%である。CaOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、CaOが多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。
【0037】
SrOは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分でありながら、ガラスを安定化させる成分である。また、ガラスのモル体積を下げる効果があるため、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする成分である。SrOの含有量は、好ましくは0~10%、より好ましくは0.1~8%、更に好ましくは0.5~5%、特に好ましくは1~3%である。SrOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、SrOが多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。また、ガラス中のLiイオンの可動を阻害するため、陽極接合性が顕著に悪化する。
【0038】
BaOは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分でありながら、ガラスを安定化させる成分である。また、ガラスのモル体積を下げる効果があるため、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難くする成分である。BaOの含有量は、好ましくは0~8%、より好ましくは0.1~5%、更に好ましくは0.5~3%、特に好ましくは1~2%である。BaOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、BaOの含有量が多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。また、ガラス中のLiイオンの可動を阻害するため、陽極接合性が顕著に悪化する。
【0039】
モル体積を低く抑えつつ、陽極接合を効果的に行う観点から、ガラスの他の特性(溶融性、安定性、耐候性、耐酸性等)に支障がない限り、アルカリ土類酸化物は、MgOとCaOを選択することが好ましい。ガラス中のMgO+CaOの含有量は、好ましくは9~30%、より好ましくは10~25%、更に好ましくは11~22%、特に好ましくは12~20%である。MgO+CaOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が高くなり溶融が困難になると共に、ガラスが顕著に不安定になり、ガラス化が困難になる。一方、MgO+CaOの含有量が多過ぎても、ガラスが不安定になると共に、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。ここで、MgO+CaOとは、ガラス中のMgOとCaOの含有量の合量を指す。
【0040】
更に、モル体積を低く抑えつつ、効果的に陽極接合を行う観点から、ガラス中のCaOの含有量をMgOの含有量で除した質量比「CaO/MgO」は、好ましくは1.0以下、より好ましくは0.8以下、更に好ましくは0.6以下、特に好ましくは0.4以下である。
【0041】
は、ガラスの網目形成成分であるため、ガラスを安定化させ、耐候性や耐酸性を高める成分である。しかし、ガラスのモル体積を顕著に上昇させる成分であるため、顕著にHeガスの遮蔽性を低下させる。Bの含有量は、好ましくは0~3%、より好ましくは0~2%、更に好ましくは0~1%、特に実質的に含有しないことが好ましい。ここで、「実質的に含有しない」とは、ガラス中の含有量が1000ppm以下であることを意味する。
【0042】
は、ガラスの網目形成成分であるため、ガラスを安定化させる成分である。しかし、ガラスのモル体積を上げる成分であるため、Heガスの遮蔽性を低下させる。Pの含有量は、好ましくは0~5%、より好ましくは0~2%、更に好ましくは0~1%、特に実質的に含有しないことが好ましい。ここで、「実質的に含有しない」とは、ガラス中の含有量が1000ppm以下であることを意味する。
【0043】
TiOは、ガラスの耐候性、耐酸性を向上させる成分である。TiOの含有量は、好ましくは0~5%、より好ましくは0.1~4%、更に好ましくは0.5~3%、特に好ましくは1~2%である。TiOの含有量が多過ぎると、ガラスの粘性(軟化点等)が高くなると共に、ガラスが熱的に不安定になり、溶融時にガラスが失透し易くなる。
【0044】
ZnOは、ガラスの骨格を形成する成分である。ZnOの含有量は、好ましくは0~5%、より好ましくは0.1~3%、更に好ましくは0.5~2%、特に好ましくは1~2%である。ZnOの含有量が多くなると、ZnOに起因する失透ブツが析出し易くなり、これにより、液相温度が上昇することで溶融コストが上がる。
【0045】
Oは、ガラスの溶融温度や軟化点を下げる成分である。KOの含有量は0~3%であり、好ましくは0.1~2%、より好ましくは0.2~1%である。KOの含有量が少な過ぎると、ガラスの溶融温度が不当に高くなる。一方、KOが多過ぎると、アルカリ成分がガラス表面から析出したり(アルカリ吹き)、ガラスの耐候性や耐酸性が低下する。
【0046】
(原子セル)
図1は、本発明の一実施形態に係る原子セルを示す模式的斜視図である。図2は、図1のA-A線に沿う部分の模式的断面図である。
【0047】
図1及び図2に示すように、原子セル1は、セル本体2、第1の窓部3、及び第2の窓部4を備える。
【0048】
セル本体2は、対向している第1の主面2a及び第2の主面2bを有する。セル本体2では、第1の主面2aから第2の主面2bに貫通する貫通孔5が設けられている。
【0049】
本実施形態において、セル本体2の形状は、直方体状である。なおセル本体2の形状は、例えば円柱状であってもよく、特に限定されない。また、本実施形態において、貫通孔5の形状は、円柱状である。貫通孔5の形状も、例えば直方体状であってもよく、特に限定されない。
【0050】
本実施形態において、セル本体2は、ガラスにより構成されている。これにより、光源から出射された光の透過性が高まり、効果的にアルカリ金属を照射できる。もっとも、セル本体2は、金属、水晶、シリコン等により構成されていてもよい。
【0051】
セル本体2の第1の主面2a上には、第1の窓部3が設けられている。第1の窓部3は、セル本体2の貫通孔5の一方側を塞ぐように設けられている。また、セル本体2の第2の主面2b上には、第2の窓部4が設けられている。第2の窓部4は、セル本体2の貫通孔5の他方側を塞ぐように設けられている。
【0052】
本実施形態において、第1の窓部3及び第2の窓部4の形状は、それぞれ、矩形板状である。第1の窓部3及び第2の窓部4の形状は、貫通孔5を塞ぐことができれば、それぞれ、円盤状であってもよく、特に限定されない。
【0053】
第1の窓部3及び第2の窓部4は、本発明の原子セル用ガラスにより構成されている。本発明の原子セル用ガラスは、モル体積が26.0cm/モル以下である。
【0054】
ところで、原子セル1は、アルカリ金属やバッファガスが封入される容器であり、原子セル1の貫通孔5内に蒸気状のアルカリ金属やバッファガスが封入されて用いられる。アルカリ金属やバッファガスが貫通孔5内に封入された原子セル1では、図示しない光源から出射された光が第1の窓部3の入光面1aから入射される。入光面1aから入射された光は、貫通孔5内のアルカリ金属に照射され、第2の窓部4の出光面1bから出射される。出光面1bから出射された光は、図示しない光検出器に入射され信号が取得される。なお、アルカリ金属としては、セシウム(Cs)やルビジウム(Rb)を用いることができる。また、バッファガスとしては、ネオンやアルゴンを用いることができる。
【0055】
本実施形態の特徴は、第1の窓部3及び第2の窓部4を構成する原子セル用ガラスのモル体積が26.0cm/モル以下であることにある。このように、第1の窓部3及び第2の窓部4を構成するモル体積が26.0cm/モル以下であるため、大気中のHeがガラスを通って原子セルの内部に侵入し難い。また、原子セル1の内部に封入されているネオンやアルゴンなどのバッファガスのセル抜けが生じ難い。そのため、原子セル1では、原子発振器における発振周波数の経時変化を生じ難くすることができる。
【0056】
本発明において、原子セル用ガラスのモル体積は、好ましくは25.5cm/モル以下、より好ましくは25.0cm/モル以下、更に好ましくは24.5cm/モル以下、特に好ましくは24.0cm/モル以下である。原子セル用ガラスのモル体積が上記数値範囲内である場合、大気中のHeが、ガラス表面から内部を通って、原子セルの内部に侵入し難い。これにより、原子発振器における発振周波数の経時変化をより一層生じ難くすることができる。なお、原子セル用ガラスのモル体積の下限値は、好ましくは19.0cm/モル以上、より好ましくは20.0cm/モル以上とすることができる。
【0057】
また、第1の窓部3及び第2の窓部4を構成する原子セル用ガラスのLiOの含有量が0.5%以上であるため、320℃以下の比較的低温で容易に陽極接合が可能になる。そのため、原子セル1では、接着性及び気密性に優れる原子セルを得ることができる。
【0058】
また、原子セル用ガラスの30℃~300℃における平均熱膨張係数は、例えば、30×10-7/℃以上、120×10-7/℃以下である。
【0059】
なお、本実施形態では、第1の窓部3及び第2の窓部4の双方が、モル体積が26.0cm/モル以下の原子セル用ガラスにより構成される。もっとも、第1の窓部3及び第2の窓部4のうち少なくとも一方が、モル体積が26.0cm/モル以下の原子セル用ガラスにより構成されていてもよい。入光面1a及び出光面1bのうち少なくとも一方が、モル体積が26.0cm/モル以下の原子セル用ガラスにより構成されていてもよい。特に、第1の窓部3及び第2の窓部4のうち少なくとも一方におけるアルカリ金属の封入部である貫通孔5に面する部分が、モル体積が26.0cm/モル以下の原子セル用ガラスにより構成されていればよい。
【0060】
また、セル本体2は、第1の窓部3及び第2の窓部4と同系統のガラス組成を有することが好ましい。さらに好ましくは、セル本体2は、第1の窓部3及び第2の窓部4と実質的に同じガラス組成を有する。すなわち、セル本体2も、本発明の原子セル用ガラスにより構成されていることが好ましい。この場合、大気中のHeが原子セルの内部により一層侵入し難い。また、原子セル1の内部に封入されているバッファガスのセル抜けがより一層生じ難い。そのため、原子発振器における発振周波数の経時変化をより一層生じ難くすることができる。なお、本発明において「同系統のガラス組成」のガラスとは、ガラス組成として含有される成分のうち、含有量の多い上位3成分が互いに一致することを指す。また、本発明において、「実質的に同じガラス組成」のガラスとは、互いにガラス組成として含有される各成分が一致し、一方のガラスの組成に対して他方のガラスの各成分の含有量の差が+5%~-5%の範囲内であるものを含む。
【0061】
以下、原子セル1の製造方法の一例について説明する。
【0062】
(原子セルの製造方法)
原子セル1の製造方法では、まず、セル本体2、第1の窓部3、及び第2の窓部4を用意する。セル本体2の貫通孔5は、例えば、ドリルや超音波加工により形成することができる。貫通孔5の孔径は、特に限定されない。
【0063】
次に、セル本体2の第1の主面2aと第1の窓部3とを陽極接合する。次に、セル本体2の貫通孔5にアルカリ金属を入れ、セル本体2の第2の主面2bと第2の窓部4とを陽極接合する。なお、セル本体2の第2の主面2bと第2の窓部4との陽極接合に際しては、貫通孔5内にバッファガスを導入し、このバッファガス雰囲気において陽極接合を行う。バッファガスとしては、ネオンやアルゴンなどの不活性ガスを用いることができる。また、陽極接合後、加熱によりアルカリ金属をガス化して用いることができる。換言すれば、本発明において原子セル1内におけるアルカリ金属はガス化前の固体等の状態であっても良いし、ガス化された状態であっても良い。なお、アルカリ金属はガス状のまま原子セル1内部に直接封入されても良い。
【0064】
なお、セル本体2と、第1の窓部3及び第2の窓部4とをそれぞれ陽極接合するに際しては、予め接着面を研磨加工しておくことが好ましい。この場合、接着面の表面粗さRaは、好ましくは0.3nm以下、より好ましくは0.2nm以下、さらに好ましくは0.1nm以下である。
【0065】
また、セル本体2と、第1の窓部3及び第2の窓部4とをそれぞれ陽極接合するに際しては、さらに加圧を行うことにより、さらに一層接合を強固にすることができる。加圧の際の圧力は、好ましくは1MPa以下、より好ましくは0.8MPa以下、さらに好ましくは0.5MPa以下である。なお、加圧の際の圧力の下限は、0.01MPaであることが好ましい。
【0066】
陽極接合における加熱温度は、Cs供給源であるアジ化セシウムがCsガスを放出し始める温度である320℃以下、300℃以下、特に250℃以下であることが好ましい。
【0067】
このように、本実施形態では、セル本体2と、第1の窓部3及び第2の窓部4が、全てガラスにより構成されているので、簡便かつ効率的に原子セル1を製造することができ、また低温で強固に接合することができる。さらに、セル本体2と、第1の窓部3及び第2の窓部4が同じ熱膨張係数とされているので、気密性をより一層高めることもできる。
【0068】
本発明の原子セル用ガラス及び原子セルは、例えば、波長の異なる2種類の光による量子干渉効果を利用してアルカリ金属を共鳴遷移させる原子発振器に用いることができる。もっとも、光及びマイクロ波による二重共鳴現象を利用してアルカリ金属を共鳴遷移させる原子発振器に用いてもよく、特に限定されない。いずれの場合においても、原子発振器における発振周波数の経時変化を生じ難くすることができる。
【0069】
以下、実施例に基づき本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
(実施例1~7及び比較例1~2)
下記の表1に示す実施例1~7及び比較例1~2の原子セル用ガラスを調製した。
【0071】
具体的には、まず、下記の表1に示したガラス組成となるように、各種酸化物、炭酸塩等を調合したガラスバッチを用意し、これを白金坩堝に入れ、1400~1500℃で6時間溶融した後、溶融ガラスをステンレス製の金型に流し出し成形した。その後、得られたガラスを、650℃で1時間保持してアニール処理を行った。
【0072】
その後、アルキメデス法により、得られたガラスの密度を測定した。
【0073】
更に、押し棒式熱膨張係数測定装置を用いて、30~300℃の温度範囲の平均熱膨張係数を測定した。
【0074】
その後、ガラス組成の式量とガラスの密度から、モル体積を算出した。
【0075】
その後、得られたガラスで作製したセル本体の主面上に、得られたガラスで作製した窓部を配置し、セル本体と窓部を陽極接合した。その後、貫通孔内にアルカリ金属を配置した。更に、前述と反対側のセル本体の主面上に、得られたガラスで作製した別の窓部を配置し、セル本体と窓部を陽極接合することで、貫通孔内を封止し、原子セルを作製した。なお、陽極接合は、印加電圧1000Vにより、320℃、300℃、250℃で行った。
【0076】
その後、次のようにして原子セルの気密性を評価した。作製した原子セルの陽極接合の界面に沿って、粘度の低い赤インクを垂らし、接合界面が地表に対し垂直になるように設定した。その後、72時間経過後に、光学顕微鏡(200倍)により、接合界面を観察した。接合界面を垂直方向から観察し、赤インクが接合界面の10%未満の面積に浸透したものを「〇」、10~90%未満の面積に浸透したものを「△」、90~100%の面積に浸透したものを「×」とした。
【0077】
その後、作製した原子セルを用い、Heガスの遮蔽性を評価した。10atoms/cm・s・atomsがHeガスの透過率の検出限界であり、検出限界以下であれば、Heガスの遮蔽性が高いことが担保される。なお、Heガスの透過性の評価は、ガスクロマトグラフィーを用いて30℃で測定した。
【0078】
【表1】
【0079】
表1より、実施例1~7のガラスは、モル体積が26.0cm/モル以下であり、ヘリウム透過率が10atom/cm・s・atoms以下であったため、Heガスの遮蔽性が優れていた。一方、比較例1~2のガラスは、モル体積が26.0cm/モルを超過し、ヘリウム透過率が10atom/cm・s・atomsを超過したため、Heガスの遮蔽性が不良だった。
【0080】
従って、実施例1~7のガラスを用いた場合、高いHeガス遮蔽性により、原子発振器における発振周波数の経時変化を生じ難い原子セルを得ることが確認できた。
【符号の説明】
【0081】
1…原子セル
1a…入光面
1b…出光面
2…セル本体
2a…第1の主面
2b…第2の主面
3…第1の窓部
4…第2の窓部
5…貫通孔
図1
図2