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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241107BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20241107BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20241107BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241107BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20241107BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/32
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
C23C16/30
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022195751
(22)【出願日】2022-12-07
(65)【公開番号】P2024082049
(43)【公開日】2024-06-19
【審査請求日】2023-08-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】城地 司
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-098430(JP,A)
【文献】特開2020-116645(JP,A)
【文献】特開2020-116646(JP,A)
【文献】特開2020-185642(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B27/14
B23B51/00
B23C 5/16
B23P15/28
C23C16/00-16/56
C23C14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層は、前記基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順に含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層が、α型Alからなるα型Al層を含み、
前記上部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、かつ、前記上部層におけるTi化合物層の少なくとも1層がTiCN層であり、
前記上部層の平均厚さが、1.00μm以上6.50μm以下であり、
前記上部層において、下記式(i)及び式(ii)で表される条件を満たす、被覆切削工具。
25≦RSA1<70 (i)
(式(i)中、RSA1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが0度以上10度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
25≦RSA2<70 (ii)
(式(ii)中、RSA2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが20度以上30度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
【請求項2】
前記上部層において、前記RSA1及びRSA2の合計が、60面積%以上90面積%以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記上部層は前記中間層と接しており、前記上部層において、前記中間層と接する側の密着層として、TiCOからなる層、TiONからなる層、及びTiCNOからなる層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含み、該密着層の平均厚さが、0.05μm以上1.50μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記中間層において、下記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、5.9以上8.9以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【数1】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Alの(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【請求項5】
前記中間層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層全体の平均厚さが、10.00μm以上30.00μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウム(Al)からなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
特許文献1では、硬質合金表面に被覆層を設けた被覆硬質合金において、前記被覆層は、硬質合金側から順に内側層、中間層及び外側層を具え、この内側層は、周期律表IVa、Va、VIa族の炭化物、窒化物、ホウ化物、酸化物及びそれらの固溶体から選択された1種以上の層を含み、前記中間層は、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム及びそれらの固溶体から選択された1種以上の層を含み、前記外側層は、柱状組織を有する炭窒化チタン層を含む、周期律表IVa、Va、VIa族の炭化物、窒化物、ホウ化物、酸化物及びそれらの固溶体ならびに酸化アルミニウムから選択された1種以上の層とを含み、前記被覆硬質合金の断面組織において中間層の表層部の最大粗さAmaxと外側層中における柱状組織を有する炭窒化チタン層の表層部の最大粗さBmaxとの関係が式1を満たすことを特徴とする被覆硬質合金が記載されている。
(Bmax/Amax)<1 …式1
(ただし、0.5μm<Amax<4.5μm 0.5μm≦Bmax≦4.5μm)
また、特許文献1において、前記外側層における柱状組織の炭窒化チタン層の式3に示す配向性指数TCが、(220)面、(311)面、(331)面、(422)面のうちいずれかの面で最も大きく、その最大値が1.3以上3.5以下であることが記載されている。
【数1】
I(hkl)、I(h):測定された(hkl)、(h)面の回折強度
Io(hkl)、Io(h):ASTM標準による(hkl)、(h)面のTiCとTiNの粉末回折強度の平均値
(hkl)、(h):(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、(511)の8面
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2000/079022号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐チッピング性及び耐摩耗性を向上させることが求められている。特に、近年、鋼の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えており、かかる過酷な切削条件下において、従来の工具では耐チッピング性及び耐摩耗性が十分でなく、工具寿命を長くできない。特許文献1に記載の被覆硬質合金は、中間層と外側層との密着性に優れる一方で、耐摩耗性が不十分であり、改善の余地がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐チッピング性及び耐摩耗性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねた結果、特定の構成にすると、耐チッピング性及び耐摩耗性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することが可能になるという知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
〔1〕
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層は、前記基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順に含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層が、α型Alからなるα型Al層を含み、
前記上部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、かつ、前記上部層におけるTi化合物層の少なくとも1層がTiCN層であり、
前記上部層の平均厚さが、1.00μm以上6.50μm以下であり、
前記上部層において、下記式(i)及び式(ii)で表される条件を満たす、被覆切削工具。
25≦RSA1<70 (i)
(式(i)中、RSA1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが0度以上10度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
25≦RSA2<70 (ii)
(式(ii)中、RSA2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが20度以上30度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
〔2〕
前記上部層において、前記RSA1及びRSA2の合計が、60面積%以上90面積%以下である、〔1〕に記載の被覆切削工具。
〔3〕
前記上部層は前記中間層と接しており、前記上部層において、前記中間層と接する側の密着層として、TiCOからなる層、TiONからなる層、及びTiCNOからなる層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含み、該密着層の平均厚さが、0.05μm以上1.50μm以下である、〔1〕又は〔2〕に記載の被覆切削工具。
〔4〕
前記中間層において、下記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、5.9以上8.9以下である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
【数2】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Alの(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
〔5〕
前記中間層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下である、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
〔6〕
前記下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下である、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
〔7〕
前記被覆層全体の平均厚さが、10.00μm以上30.00μm以下である、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐チッピング性及び耐摩耗性を有することによって工具寿命を延長することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、被覆層は、基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層、中間層及び上部層をこの順に含み、下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、中間層が、α型Alからなるα型Al層を含み、上部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、かつ、上部層におけるTi化合物層の少なくとも1層がTiCN層であり、上部層の平均厚さが、1.00μm以上6.50μm以下であり、上部層において、下記式(i)及び式(ii)で表される条件を満たす。
25≦RSA1<70 (i)
(式(i)中、RSA1は、基材の表面と垂直な方向の上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが0度以上10度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
25≦RSA2<70 (ii)
(式(ii)中、RSA2は、基材の表面と垂直な方向の上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが20度以上30度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐チッピング性及び耐摩耗性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐チッピング性及び耐摩耗性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが1.00μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが6.50μm以下であることにより、上部層と中間層との間の密着性が向上し、耐チッピング性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が25面積%以上であることにより、上部層と中間層との密着性に優れ、耐チッピング性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が70面積%未満であることにより、耐摩耗性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、RSA2が25面積%以上であることにより、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA2が70面積%未満であることにより、製造が容易である。そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐チッピング性及び耐摩耗性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0014】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層5とを備え、被覆層5には、下部層2、中間層3、及び上部層4が基材側からこの順序で上方向に積層されている。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0016】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0017】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0018】
本実施形態に用いる被覆層は、全体の平均厚さが、10.00μm以上30.00μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが10.00μm以上であると、耐摩耗性が向上する傾向にあり、被覆層全体の平均厚さが30.00μm以下であると、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは、13.50μm以上26.45μm以下であるとより好ましく、14.70μm以上25.05μm以下であることが更に好ましい。
なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0019】
[下部層]
本実施形態に用いる下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。被覆切削工具が、基材とα型Al層を含む中間層との間に、下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0020】
下部層におけるTi化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiBからなるTiB層が挙げられる。
【0021】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることが更に好ましい。下部層に含まれるTi化合物層を構成するTi化合物としては、耐摩耗性及び密着性がより一層向上する観点から、TiN、TiC、TiCN、TiCNO、TiON及びTiBからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が一層向上するため好ましい。下部層が3層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として形成してもよい。それらの中では、下部層が基材の表面にTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層を第3層として形成してもよい。
【0022】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、3.00μm以上15.00μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが3.00μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.00μm以下であることにより、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、下部層の平均厚さは、3.50μm以上12.50μm以下であるとより好ましく、4.50μm以上10.30μm以下であることが更に好ましい。
【0023】
下部層におけるTiC層又はTiN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.05μm以上2.00μm以下であることが好ましい。同様の観点から、下部層におけるTiC層又はTiN層の平均厚さは、0.10μm以上1.80μm以下であることがより好ましく、0.20μm以上1.50μm以下であることが更に好ましい。
【0024】
下部層におけるTiCN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、2.00μm以上15.00μm以下であることが好ましい。同様の観点から、下部層におけるTiCN層の平均厚さは、2.50μm以上14.50μm以下であることがより好ましく、3.00μm以上12.00μm以下であることが更に好ましい。
【0025】
下部層におけるTiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.10μm以上1.00μm以下であることが好ましい。同様の観点から、下部層におけるTiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、0.20μm以上0.50μm以下であることがより好ましい。
【0026】
下部層におけるTi化合物層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0027】
[中間層]
本実施形態に用いる中間層は、α型Alからなるα型Al層を含む。
【0028】
本実施形態に用いる中間層の平均厚さは、3.00μm以上15.00μm以下であることが好ましい。中間層の平均厚さが3.00μm以上であると、耐摩耗性が向上する傾向にあり、また、後述するTC(0,0,12)の制御が容易となる。また、中間層の平均厚さが15.00μm以下であると、上部層と中間層との密着性に優れ、耐チッピング性に優れる傾向にある。同様の観点から、中間層の平均厚さは、3.20μm以上14.60μm以下であるとより好ましく、4.00μm以上13.00μm以下であることが更に好ましい。
【0029】
本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、下記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、5.9以上8.9以下であることが好ましい。
【数3】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Alの(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【0030】
本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、上記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、5.9以上であることにより、耐摩耗性に優れる傾向にあり、また、RSA2の値を高くすることができる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、中間層において、上記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.9以下であると、容易に製造することができる。同様の観点から、上記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)は、6.3以上8.9以下であることがより好ましく、7.0以上8.9以下であることが更に好ましい。
なお、本実施形態において、α型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)は、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0031】
中間層は、α型酸化アルミニウム(α型Al)からなる層を有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al)以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0032】
[上部層]
本実施形態に用いる上部層は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、かつ、上部層におけるTi化合物層の少なくとも1層がTiCN層である。また、本実施形態に用いる上部層は、下記式(i)及び式(ii)で表される条件を満たす。
25≦RSA1<70 (i)
(式(i)中、RSA1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが0度以上10度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
25≦RSA2<70 (ii)
(式(ii)中、RSA2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と前記基材の表面の法線とがなす角度(単位:度)である方位差Aが20度以上30度未満である領域の断面積の割合(単位:面積%)である。)
【0033】
本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が25面積%以上であることにより、上部層と中間層との密着性に優れ、耐チッピング性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が70面積%未満であることにより、耐摩耗性に優れる。同様の観点から、RSA1は、27面積%以上61面積%以下であることがより好ましく、30面積%以上48面積%以下であることが更に好ましい。また、本実施形態の被覆切削工具は、RSA2が25面積%以上であることにより、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA2が70面積%未満であることにより、製造が容易である。同様の観点から、RSA2は、26面積%以上65面積%以下であることがより好ましく、28面積%以上53面積%以下であることが更に好ましい。
【0034】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、RSA1及びRSA2の合計が、60面積%以上90面積%以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、RSA1及びRSA2の合計が60面積%以上であると、耐チッピング性及び耐摩耗性に優れる傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、RSA1及びRSA2の合計が90面積%以下であると、製造が容易である。同様の観点から、RSA1及びRSA2の合計は、62面積%以上90面積%以下であることがより好ましく、64面積%以上90面積%以下であることが更に好ましい。
なお、本実施形態において、RSA1及びRSA2は、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0035】
本実施形態に用いる上部層は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。
また、上部層におけるTi化合物層としては、少なくとも1層がTiCNからなるTiCN層である。上部層におけるTi化合物層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が向上するため好ましい。上部層におけるその他のTi化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCOからなるTiCO層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層が挙げられる。
【0036】
上部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよい。上部層が複層で構成されている場合には、中間層と接する側の層として、後述する密着層を形成することが好ましく、また、TiCN層の基材とは反対側の表面に別の層を形成していてもよい。上部層が2層で構成されている場合には、TiCN層を第1層として形成し、第1層の表面にTiN層を第2層として形成してもよい。また、上部層が3層で構成されている場合には、中間層と接する側に密着層として、TiCNO層又はTiCO層を形成し、密着層の表面にTiCN層を第2層として形成し、第2層の表面にTiN層を第3層として形成してもよい。
【0037】
本実施形態に用いる上部層の平均厚さは、1.00μm以上6.50μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが1.00μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが6.50μm以下であることにより、上部層と中間層との間の密着性が向上し、耐チッピング性に優れる。同様の観点から、上部層の平均厚さは、1.20μm以上5.00μm以下であることが好ましく、1.55μm以上4.80μm以下であることがより好ましい。
【0038】
上部層におけるTiCN層の平均厚さは、1.00μm以上6.50μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、上部層におけるTiCN層の平均厚さが1.00μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層におけるTiCN層の平均厚さが6.50μm以下であることにより、上部層と中間層との間の密着性が向上し、耐チッピング性に優れる傾向にある。同様の観点から、上部層におけるTiCN層の平均厚さは、1.50μm以上5.00μm以下であることがより好ましく、2.00μm以上4.80μm以下であることが更に好ましい。
【0039】
本実施形態に用いる上部層が中間層と接している場合、上部層において、中間層と接する側の密着層(以下、単に「密着層」とも記す)として、TiCOからなる層、TiONからなる層、及びTiCNOからなる層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含むことが好ましい。本実施形態に用いる上部層は、このような密着層を備えると中間層との密着性が向上する傾向にあり、また、RSA1の制御が容易となる。同様の観点から、密着層としては、TiCO層又はTiCNO層がより好ましい。
【0040】
本実施形態に用いる上部層において、密着層の平均厚さは、0.05μm以上1.50μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、密着層の平均厚さが0.05μm以上であると、上部層と中間層との密着性に優れ、耐チッピング性が向上する傾向にあり、また、RSA1を高くすることが容易となる傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、密着層の平均厚さが1.50μm以下であると、RSA2の低下を抑制できるため、耐摩耗性が向上する傾向にある。同様の観点から、密着層の平均厚さは、0.05μm以上1.00μm以下であることがより好ましく、0.05μm以上0.30μm以下であることが更に好ましい。
【0041】
上部層におけるTi化合物層は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層であるが、上部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0042】
[被覆層の形成方法]
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0043】
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、それらの層のうち、基材から最も離れた層の表面を酸化する。その後、基材から最も離れた層の表面にα型Al層の核を形成し、その核が形成された状態で、α型Al層を形成する。さらに、α型Al層の表面に1層以上のTi化合物層からなる上部層を形成する。
【0044】
下部層におけるTi化合物層の形成方法として、特に限定されないが、例えば、以下の方法を挙げることができる。
例えば、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:5.0~10.0mol%、N:20~60mol%、H:残部とし、温度を850~950℃、圧力を350~450hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0045】
Tiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:1.5~3.5mol%、CH:3.5~5.5mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0046】
Tiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:5.0~7.0mol%、CHCN:0.5~1.5mol%、H:残部とし、温度を800~900℃、圧力を70~90hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0047】
下部層におけるTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N:30~40mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0049】
また、α型Al層(以下、単に「Al層」ともいう。)からなる中間層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0050】
まず、下部層のうち基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料組成をCO:0.1~0.5mol%、HS:0.05~0.15mol%、H:残部とし、温度を900~950℃、圧力を60~80hPaとする条件により行われる(酸化工程)。このときの酸化処理時間は、1~3分であることが好ましい。
【0051】
その後、α型Al層の核は、原料組成をAlCl:1.0~4.0mol%、CO:0.05~2.0mol%、CO:1.0~3.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H:残部とし、温度を900~950℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(核形成工程)。核形成工程の好ましい時間は、3~30分である。
【0052】
そして、α型Al層は、原料組成をAlCl:2.0~5.0mol%、CO:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、HS:0.6~1.0mol%、H:残部とし、温度を980~1020℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。
【0053】
中間層において、式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を上記特定の範囲とするためには、例えば、成膜工程におけるガス組成中のHSの割合を制御したり、中間層の平均厚さを制御したりすればよい。より具体的には、例えば、成膜工程におけるガス組成中のHSの割合を大きくしたり、中間層の平均厚さを大きくしたりすることにより、式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を大きくできる傾向にある。
【0054】
さらに、上部層におけるTi化合物層の形成方法として、特に限定されないが、例えば、以下の方法を挙げることができる。まず、中間層(α型Al層)と接触する側に密着層を形成する場合は、上部層を形成する第1工程として、α型Al層の表面にTi化合物層を形成する。次に、上部層を形成する第2工程として、TiCN層を密着層の表面に形成する。さらに、TiCN層の表面にTi化合物層を形成してもよい。
【0055】
上部層を形成する第1工程として、α型Al層の表面に、例えば、TiCNO層を形成する場合は、原料組成をTiCl:9.0~11.0mol%、C:0.5~1.0mol%、CHCN:1.5~2.0mol%、CO:2.0~8.0mol%、N:15~25mol%、H:残部とし、温度を980~1020℃、圧力を80~100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0056】
上部層を形成する第1工程として、α型Al層の表面に、例えば、TiCN層を形成する場合は、原料組成をTiCl:10.0~12.0mol%、C:0.5~1.5mol%、CHCN:1.5~2.5mol%、N:20~30mol%、H:残部とし、温度を980~1020℃、圧力を100~140hPa、とする化学蒸着法で形成することができる。ここで、TiCN層を形成する時間は、2~8分であることが好ましい。
【0057】
上部層を形成する第1工程として、α型Al層の表面に、例えば、TiCO層を形成する場合は、原料組成をTiCl:8.0~10.0mol%、C:0.3~0.7mol%、CO:4.0~10.0mol%、H:残部とし、温度を980~1020℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0058】
上部層を形成する第2工程として、TiCN層を形成する場合は、原料組成をTiCl:9.0~11.0mol%、CH:0.5~1.5mol%、CHCN:1.5~2.5mol%、N:15~25mol%、H:残部とし、温度を930~970℃、圧力を70~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0059】
さらに、TiCN層の表面にTiN層を形成する場合は、原料組成をTiCl:5.0~10.0mol%、N:20~60mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0060】
上部層において、RSA1を上記特定の範囲とするためには、例えば、上部層を形成する第1工程におけるガス組成中のCの割合を制御したり、COの割合を制御したりすればよく、また、上部層が密着層を含む場合、密着層の平均厚さを制御したりすればよい。より具体的には、例えば、上部層を形成する第1工程におけるガス組成中のCの割合を大きくしたり、COの割合を大きくしたりすることにより、RSA1を大きくできる傾向にある。また、例えば、上部層が密着層を含む場合、密着層の平均厚さを大きくすることにより、RSA1を大きくできる傾向にある。
【0061】
上部層において、RSA2を上記特定の範囲とするためには、例えば、上部層を形成する第2工程におけるガス組成中のCHの割合を制御したり、CHCNの割合を制御したりすればよい。より具体的には、上部層を形成する第2工程におけるガス組成中のCHの割合を大きくしたり、CHCNの割合を大きくしたりすることにより、RSA2を大きくできる傾向にある。
また、上部層を形成する第1工程を実施しなかったり、あるいは、上部層を形成する第1工程における各種条件が上述した範囲外である場合、上部層を形成する第2工程を上述した条件で実施すると、RSA2を大きくできる傾向にあり、また、方位差Aが30度以上45度以下である割合も大きくなる傾向にある。
【0062】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEM等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【実施例
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0064】
基材として、CNMG120408形状を有し、88.9%WC-7.9%Co-1.5TiN-1.4%NbC-0.3%Cr(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0065】
[発明品1~25及び比較品1~13]
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材の表面に下部層を形成した。具体的には、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示すA層を、表6に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示すB層を、表6に示す平均厚さになるよう、A層の表面に形成した。次に、発明品1~22及び25並びに比較品1~13については、さらに、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示すC層を、表6に示す平均厚さになるよう、B層の表面に形成した。これにより、2層又は3層から構成された下部層を形成した。その後、表2に示す組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す時間にて、下部層の表面に酸化処理を施した。次いで、表2に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す時間にて、酸化処理を施した下部層の表面にα型酸化アルミニウム(α型Al)の核を形成した。さらに、表3に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、下部層及びα型酸化アルミニウム(α型Al)の核の表面に、表6に組成を示す中間層(α型Al層)を、表6に示す平均厚さになるよう形成した。次いで、中間層(α型Al層)の表面に上部層を形成した。具体的には、まず、上部層を形成する第1工程として、発明品1~7及び12~25並びに比較品1~5、7~10、12及び13については、表4に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表7に組成を示すX層(密着層)を、表7に示す平均厚さになるよう、α型Al層の表面に形成した。なお、発明品8~11及び比較品6については、表4に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、上部層を形成する第1工程を5分間実施し、表7に組成を示すY層(TiCN層)の一部(平均厚さ:約0.05μm)を中間層(α型Al層)の表面に形成した。次に、上部層を形成する第2工程として、表5に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表7に組成を示すY層を、表7に示す平均厚さになるよう、X層の表面又は中間層(α型Al層)の表面に形成した。なお、発明品8~11及び比較品6については、表7に組成を示すY層(TiCN層)を、上部層を形成する第1工程と第2工程との合計で表7に示す平均厚さになるように中間層(α型Al層)の表面に形成した。さらに、発明品1~7、9、10、12、14及び16~25、並びに比較品1~3及び6~13については、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表7に組成を示すZ層を、表7に示す平均厚さになるよう、Y層の表面に形成した。こうして、発明品1~25及び比較品1~13の被覆切削工具を得た。
【0066】
試料の各層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
【表4】
【0071】
【表5】
【0072】
【表6】
【0073】
【表7】
【0074】
[RSA1及びRSA2]
得られた試料において、基材の表面と垂直な方向に上部層の断面を露出させた。得られた断面を鏡面研磨し、その鏡面研磨面を電解放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察した。FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(EBSD)を用いて、立方晶型の結晶構造を有する各粒子の(220)面の法線と基材表面の法線とがなす方位差Aを測定した。方位差Aが0度以上10度未満である領域の断面積の、分析を行った上部層の断面積の合計(方位差Aが0度以上45度以下の範囲内にある上部層の粒子断面の面積の合計:RSATotal)100面積%に対する割合をRSA1(単位:面積%)とした。また、方位差Aが20度以上30度未満である領域の断面積の、分析を行った上部層の断面積の合計100面積%に対する割合をRSA2(単位:面積%)とした。具体的には、まず、方位差Aが0度以上45度以下の範囲内にある粒子の断面積を5度のピッチ毎に区分して、区分毎の粒子断面の面積を求めた。次に、方位差Aが0度以上10度未満の区分、10度以上20度未満の区分、20度以上30度未満の区分、及び30度以上45度以下の区分のそれぞれの区分の粒子断面の面積の合計を求めた。また、0度以上45度以下の粒子断面の面積の合計は100面積%となる。これら各区分の内、方位差Aが0度以上10度未満の範囲内にある粒子の断面積の合計を、RSATotalに対する比率として表したものをRSA1とし、方位差Aが20度以上30度未満の範囲内にある粒子の断面積の合計を、RSATotalに対する比率として表したものをRSA2とした。以上の測定結果を下記表8に示す。なお、EBSDによる測定は、以下のようにして行った。試料をFE-SEMにセットした。試料に70度の入射角度で、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲10μm×50μmにて、0.1μmのステップサイズというEBSDの設定で、各粒子の方位差及び断面積の測定を行った。測定範囲内における上部層の粒子断面の面積は、その面積に対応するピクセルの総和とした。すなわち、各層の粒子の、方位差Aに基づいた10度又は15度のピッチ毎の各区分おける粒子断面の面積の合計は、各区分に該当する粒子断面が占めるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0075】
【表8】
【0076】
[α型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)]
得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:45kV、200mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:8mm、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:10mm、検出器:D/tex ultra、スキャンモード:連続、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:12°/分、2θ測定範囲:25°~140°とする条件で行った。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「SmartLab」)を用いた。X線回折図形から中間層におけるα型Al層の各結晶面のピーク強度を求めた。得られた各結晶面のピーク強度から、下記式(1)で表されるα型Al層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を求めた。結果を表9に示す。
【数4】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Alの(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【0077】
【表9】
【0078】
得られた発明品1~25及び比較品1~13を用いて、下記の条件にて切削試験1及び切削試験2を行った。切削試験1は耐チッピング性を評価するチッピング試験であり、切削試験2は耐摩耗性を評価する摩耗試験である。各切削試験の結果を表10に示す。
【0079】
[切削試験1]
被削材:SCM415、
被削材形状:外周面に、等間隔に2本の溝が入っている丸棒、
切削速度:200m/分、
切り込み深さ:1.5mm、
送り:0.3mm/rev、
クーラント:水溶性クーラント、
評価項目:切削加工を開始してから、衝撃回数500回毎に切削加工を止め、切削工具の切れ刃稜線部を実体顕微鏡(倍率100倍)で観察した。同様の作業を切れ刃稜線部におけるチッピングが確認されるまで繰り返した。チッピングが発生した時点までの、累積の衝撃回数を工具寿命とした。
【0080】
[切削試験2]
被削材:S45C、
被削材形状:丸棒、
切削速度:250m/分、
切り込み深さ:2.0mm、
送り:0.3mm/rev、
クーラント:水溶性クーラント、
評価項目:切削工具の逃げ面摩耗幅が0.3mmを超えるまでの加工時間を工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0081】
切削試験1(チッピング試験)の工具寿命に至るまでの累積の衝撃回数について、12000回以上を「A」、8000回以上12000回未満を「B」、8000回未満を「C」として評価した。また、切削試験2(摩耗試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、35分以上を「A」、25分以上35分未満を「B」、25分未満を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、A又はBを多く有するほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表10に示す。
【0082】
【表10】
【0083】
表10に示す結果より、発明品のチッピング試験及び摩耗試験の評価は、どちらも「A」又は「B」の評価であった。一方、比較品の評価は、チッピング試験及び摩耗試験の両方又はいずれかが、「C」であった。よって、発明品の耐チッピング性及び耐摩耗性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。
【0084】
以上の結果より、発明品は、耐チッピング性及び耐摩耗性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐チッピング性及び耐摩耗性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0086】
1…基材、2…下部層、3…中間層、4…上部層、5…被覆層、6…被覆切削工具。
図1