(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】測定試料の調製方法、分析方法、試薬及び試薬キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/553 20060101AFI20241107BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20241107BHJP
G01N 33/543 20060101ALN20241107BHJP
【FI】
G01N33/553
G01N21/65
G01N33/543 595
(21)【出願番号】P 2021035593
(22)【出願日】2021-03-05
【審査請求日】2024-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島岡 勇輝
(72)【発明者】
【氏名】岡田 昌也
(72)【発明者】
【氏名】岩永 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】畔堂 一樹
(72)【発明者】
【氏名】藤田 克昌
(72)【発明者】
【氏名】名和 靖矩
(72)【発明者】
【氏名】藤田 聡史
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-079758(JP,A)
【文献】特表2006-514286(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0089901(US,A1)
【文献】Ramesh Asapu et al,Plasmonic near-field localization of silver core-shell nanoparticle assemblies via wt chemistry nanogap engineering,Applied Material & Interfaces,2017年11月09日,vol.9,no.47,41577-41585
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質と結合した金属ナノ粒子の凝集体を含む測定試料を調製するための調製方法であって、
前記被検物質とリンカーとを接触させて結合させることと、
前記被検物質と結合した前記リンカーと、前記金属ナノ粒子とを接触させて結合させることと、
を含む、前記調製方法。
【請求項2】
前記被検物質は官能基を有し、前記リンカーは前記官能基と反応する反応基を有する、請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
前記官能基が、アミノ基、カルボキシル基、及び水酸基よりなる群から選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の調製方法。
【請求項4】
前記官能基がアミノ基であり、前記反応基はN-ヒドロキシスクシンイミドエステル、イソチオシアネート、イソシアネート、アシルアジド、スルホニルクロリド、アルデヒド、イミドエステル、フルオロベンゼン、エポキシド、カルボジイミド、カーボネート、及びフルオロフェニルエステルよりなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の調製方法。
【請求項5】
前記反応基がN-ヒドロキシスクシンイミドエステルであり、前記リンカーが、ジチオビス(プロピオン酸スクシンイミジル)、ジチオビス(ウンデカン酸スクシンイミジル)、ジチオビス(オクタン酸スクシンイミジル)、及びジチオビス(ヘキサン酸スクシンイミジル)よりなる群から選択される少なくとも1種である、請求項4に記載の調製方法。
【請求項6】
前記金属ナノ粒子は、金、銀、白金、銅およびパラジウムよりなる群から選択される少なくとも1種の金属からなるナノ粒子である、請求項1から5のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項7】
前記金属ナノ粒子の粒子径は、10nm~150nmである、請求項1から6のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項8】
前記被検物質と結合した前記リンカーと、前記金属ナノ粒子とを接触させた後に、さらに無機塩または酸を添加することを含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項9】
前記被検物質が、アミノ酸、ポリペプチド、核酸、カテコールアミン、ポリアミン、有機酸、細胞外小胞、およびウィルスよりなる群から選択される少なくとも1種の物質である、請求項1から8のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項10】
前記被検物質を含む試料が、血液、血清、血漿、唾液、又は体液であるか、水、又は緩衝液を溶媒とした被検物質溶液である、請求項1から9のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項11】
前記測定試料は、表面増強ラマン散乱解析に用いられる、請求項1から10のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか一項に記載の調製方法により調製された試料から分光スペクトルを取得することと、
取得した分光スペクトルに基づき、前記被検物質に関する情報を出力することと、
を含む、分析方法。
【請求項13】
金属ナノ粒子と結合していないリンカーを含む、請求項1から12のいずれか一項に記載の調製方法に使用するための、試薬。
【請求項14】
請求項13に記載の調製試薬と、リンカーとは別包装された金属ナノ粒子と、を含む、請求項1から11のいずれか一項に記載の調製方法に使用するための、試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検物質と結合した金属ナノ粒子の凝集体を含む測定試料を調製するための調製方法、分析方法、試薬、及び試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、金属含有粒子および金属含有粒子上にカチオン性コーティングを有し、正電荷を帯びた表面増強ラマン散乱(SERS)活性粒子が開示されている。また、金属含有粒子と非金属分子を有し、金属含有粒子が非金属分子で誘導体化されているSERS活性粒子が開示されている。さらに、SERS活性粒子に分析物を接触させることによりSERS活性粒子上に分析物を捕捉し、分析物を捕捉したSERS活性粒子を凝集させ、SERSスペクトルのシグナルを検出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許公開第2007/0155021明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
分析物を高感度で検出することが様々な分野で求められており、例えば、臨床検査においては、タンパク質におけるアミノ酸を高感度で検出することが求められている。特許文献1では、SERS活性粒子を用い、SERSスペクトルのシグナルを増強させることにより検出感度の向上を図っているが、更なるシグナルの増強が求められている。
【0005】
本発明は、分析物の検出感度を向上するための測定試料の調製方法、分析方法、測定試料を調製するための試薬、及び試薬キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、被検物質と結合した金属ナノ粒子の凝集体を含む測定試料を調製するための調製方法であって、前記被検物質とリンカーとを接触させて結合させることと、前記被検物質と結合した前記リンカーと、前記金属ナノ粒子とを接触させて結合させることと、を含む。これにより、被検物質を高感度で検出可能な測定試料を調製することができる。
【0007】
本発明は、前記調製方法により調製された測定試料から分光スペクトルを取得することと、取得した分光スペクトルに基づき、前記被検物質に関する情報を出力することと、を含む、分析方法に関する。これにより、被検物質を高感度で検出することができる。
【0008】
本発明は、金属ナノ粒子と結合していないリンカーを含む、前記調製方法による測定試料の調製に用いられる試薬に関する。
【0009】
本発明は、前記試薬と、リンカーとは別包装された金属ナノ粒子と、を含む、前記調製方法による測定試料の調製に用いられる試薬キットに関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、分析物の検出感度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図3】(A)は、実施例にしたがって試料調製を行った測定試料(Phe)のSERSスペクトルである。(B)は、被検物質を加えずに実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のSERSスペクトルである。(C)は、DSPを加えずに実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のSERSスペクトルである。(D)は、被検物質もDSPも加えていない陰性対照試料のSERSスペクトルである。
【
図4】20種類のアミノ酸のそれぞれを被検物質として用いた時のSERSスペクトルを示す。図中の符号aは被検物質を加えたときのスペクトルであり、符号bは被検物質を加えていない陰性対照のスペクトルを示す。
【
図5】ジペプチドを被検物質として用いた時のSERSスペクトルを示す。図中の符号cは被検物質を加えていない陰性対照のスペクトルを示す。
【
図6】(A)はAβ42を被検物質として加えたときのSERSスペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照のスペクトルを示す。(B)はAβ40を被検物質として加えたときのSERSスペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照のスペクトルを示す。(C)はAβ38を被検物質として加えたときのSERSスペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照のスペクトルを示す。(D)、(E)、及び(F)は、それぞれ(A)、(B)、及び(C)のスペクトルを取得する際に使用した、測定試料中の金ナノ粒子の凝集体の明視野画像を示す。(G)は、陰性対照の測定試料中の金ナノ粒子の凝集体の明視野画像を示す。
【
図7】フェニルアラニン、トリプトファン、又はチロシンを被検物質として使用し、実施例の試料調製方法によって調製された測定試料と、比較例の試料調製方法によって調製された測定試料のSERSスペクトルを示す。
【
図8】被検物質としてジペプチドを使用し、実施例の試料調製方法によって調製された測定試料と、比較例の試料調製方法によって調製された測定試料のSERSスペクトルを示す。
【
図9】金ナノ粒子のみと、金ナノ粒子とDSPのみを混合した測定試料を調製し、測定試料の吸収スペクトルを取得した時の結果を示す。図中、符号aは金ナノ粒子のみの測定試料のスペクトルを示し、図中符号bは金ナノ粒子とDSPのみを混合した測定試料のスペクトルを示す。
【
図10】異なる鎖長のリンカーを用いて測定試料を調製し、取得したSERSスペクトルを示す。
【
図11】異なる粒子径、および異なる形状を有する金属ナノ粒子を用いて測定試料を調製し、取得したSERSスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.測定試料の調製方法
本調製方法により、被検物質と結合した金属ナノ粒子の凝集体を含む測定試料が調製される。本調製方法は、
図1に示すように(i)前記被検物質と前記リンカーとを接触させて結合させることと、(ii)前記被検物質と結合した前記リンカーと、前記金属ナノ粒子とを接触させて結合させることと、を含む。また、被検物質によっては、(iii)被検物質と結合した前記リンカーと、金属ナノ粒子と接触させた後に、さらに無機塩または酸を添加することを含んでいてもよい。
【0013】
本調製方法は、被検物質とリンカーを先に反応させてから、被検物質とリンカーの複合体を金属ナノ粒子と反応させる。このようにすることで、被検物質の検出感度を向上することができる。
【0014】
測定試料は、被検物質の分光スペクトル解析に供される試料であることが好ましい。分光スペクトル解析は、蛍光分光法、表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance:SPR)および赤外分光法などが挙げられ、好ましくはラマン散乱光解析、より好ましくは表面増強ラマン散乱光(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)解析である。
【0015】
(i)被検物質とリンカーとの接触
被検物質は、RNA、DNAなどの核酸、アミノ酸、ポリペプチド、カテコールアミン、ポリアミン、有機酸、および、細胞外小胞、ウィルスからなる群から選択される少なくともひとつを含み得る。ここで、「ポリペプチド」は、ペプチド結合によって2以上のアミノ酸が連結した化合物である。例えば、ジペプチド、オリゴペプチド、タンパク質などが挙げられる。
被検物質は、アミノ基、カルボキシル基、及び水酸基から選択される少なくとも1種の官能基を有する。この官能基を利用して、後述するリンカーと結合する。
被検物質は、水や緩衝液等の溶媒に含まれているか、血液、血清、血漿、唾液、腹水、胸水、脳脊髄液、細胞間質液、尿等の液体の生体試料に含まれる。
リンカーは官能基と反応する反応基を有し、かつ後述する金属ナノ粒子と結合する限り制限されない。リンカーは、例えば下記一般式(I)で表される。
【0016】
R3-O-CO-R1-S-S-R2-CO-O-R4 (I)
(上記式において、
R1及びR2は、同一又は異なる炭素数1から12のアルキレン基を示す。
R3及びR4は、同一又は異なる反応基を示す。)
好ましくは、R1及びR2を構成するアルキレン基の炭素数は2から10である。また、R1及びR2は同一であることがより好ましい。
【0017】
R3及びR4は、被検物質の官能基と結合する反応基である。R3及びR4は同一であることが好ましい。被検物質の官能基がアミノ基である場合、反応基としてN-ヒドロキシスクシンイミドエステル、イソチオシアネート、イソシアネート、アシルアジド、スルホニルクロリド、アルデヒド、イミドエステル、フルオロベンゼン、エポキシド、カルボジイミド、カーボネート、フルオロフェニルエステル等を挙げることができる。好ましくは、反応基はN-ヒドロキシスクシンイミドエステルである。
【0018】
反応基がN-ヒドロキシスクシンイミドエステルである場合、リンカーは、好ましくはジチオビス(プロピオン酸スクシンイミジル)、ジチオビス(ウンデカン酸スクシンイミジル)、ジチオビス(オクタン酸スクシンイミジル)、及びジチオビス(ヘキサン酸スクシンイミジル)よりなる群から選択される少なくとも1種である。
【0019】
被検物質の官能基がカルボキシル基である場合、反応基は、水酸基、アミノ基等を挙げることができる。
被検物質の官能基が水酸基である場合、反応基は、N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、イソチオシアネート、イソシアネート、アシルアジド、スルホニルクロリド、アルデヒド、イミドエステル、フルオロベンゼン、エポキシド、カルボジイミド、カーボネート、フルオロフェニルエステル等を挙げることができる。
リンカーは、1種のみであってもよく2種以上を混合してもよい。
【0020】
被検物質を含む試料は、例えば被検物質を1nMから1mM程度で含むことが好ましい。しかし、被検物質を含む試料は、被検物質の含有量がわからない場合もあるため、その場合は、この限りではない。被検物質を含む試料のpHは、例えば6から8程度が好ましい。したがって、被検物質が液体試料でない場合には、PBS等のpH6から8程度の緩衝液に溶解することが好ましい。
リンカーは、ジメチルスルフォアミド、ジメチルスルフォオキサイド等の有機性溶媒に1nMから1mM程度となるように溶解しておくことが好ましい。
【0021】
被検物質を含む試料1μLから1mL程度をリンカー溶液1μLから1mL程度と混合し、18℃から28℃程度で0.5時間から5時間程度、好ましくは1時間から3時間程度静置もしくは撹拌することにより、被検物質とリンカーが接触し、結合し得る。
【0022】
ここで、被検物質とリンカーを接触させる反応液のpHは、6から8程度であることが好ましい。このpHは生体条件に近いため、生体からの液体試料をそのまま測定試料の調製に使用することができる。
【0023】
(ii)被検物質と結合したリンカーと金属ナノ粒子との接触
金属ナノ粒子として、金、銀、白金、銅およびパラジウムよりなる群から選択される少なくとも1種の金属からなるナノ粒子を使用することができる。金属ナノ粒子の粒子径は、10nmから150nm程度を例示できる。好ましくは40nmから80nmであり、より好ましくは40nm又は80nmである。金属ナノ粒子の形状は制限されない。球状、ロッド状、シェル状、キューブ状、三角プレート状、スター状またはワイヤ状等の金属ナノ粒子を使用することができる。好ましくは球状の金属ナノ粒子である。金属ナノ粒子は、例えばBBI Solutions社等から販売されているため、これらを使用することができる。粒子径及び粒子の形状の測定方法はメーカーから提供される情報にしたがう。粒子径は、レーザー回折・散乱法による粒度分布測定装置により測定される体積基準のメジアン径である。このような粒度分布測定装置としては、日機装株式会社製「マイクロトラックMT3000II」等が挙げられる。本明細書において、「粒子径」とは、直径を意味する。
被検物質と結合したリンカーと金属ナノ粒子との接触は、金属ナノ粒子の表面に前記リンカーが結合する条件下で、行われる限り制限されない。
【0024】
例えば、上記(i)において、調製した被検物質とリンカーとを接触させた反応液1μLから1mL程度を、同程度の水(好ましくは超純水)で希釈し、さらにそこに金属ナノ粒子溶液(9.0×105 ~9.0×1015 particles/mL)程度を10μLから1mL程度を添加する。この混合液を、18℃から28℃程度で5分から120分程度、好ましくは10分から60分程度静置もしくは撹拌することにより、被検物質と結合したリンカーと金属ナノ粒子とを接触させる。これにより、被検物質と結合したリンカーと金属ナノ粒子との凝集体を形成することができる。被検物質と結合したリンカーと金属ナノ粒子との混合はガラスボトムプレートで行うことが好ましい。
【0025】
凝集体形成を促進する物質として、反応系に無機塩または酸を添加してもよい。無機塩としては塩化ナトリウム等を例示することができる。酸としてはトリフルオロ酢酸等を例示することができる。無機塩の濃度は、凝集体形成を促進する作用を生じれば特に限定はされないが、たとえば終濃度で10mMから100mMであり得る。酸の濃度は、凝集体形成を促進する作用を生じれば特に限定はされないが、たとえば、終濃度で10mMから100mMであり得る。無機塩または酸を混合した後、4℃から30℃で1時間から24時間程度静置又は撹拌することにより金属ナノ粒子の凝集体を形成することができる。
【0026】
2.分析方法
上記1.の調製方法により調製した測定試料を分析する分析装置、および分析装置が実行する分析方法について説明する。
【0027】
分析装置1の構成の概要を
図2に示す。分析装置1は、凝集体を観察するための顕微鏡10と、顕微鏡10が測定試料に照射する励起光を供給するレーザー光源20と、顕微鏡10とレーザー光源20を制御する制御部30と、制御部30に接続された出力部40とを備える。顕微鏡10及びレーザー光源20を備える装置として、スリット走査型共焦点ラマン顕微鏡、マルチフォーカスラマン顕微鏡等を挙げることができる。制御部30は汎用コンピュータであり得る。
【0028】
制御部30は、レーザー光源20が励起光を照射するように制御し、顕微鏡10から画像を取得する。
【0029】
制御部30は、顕微鏡10がスリット走査型共焦点ラマン顕微鏡である場合、例えば、以下の条件で分析を行う。
励起波長:660 nm
励起強度:2.5 mW/μm2
露光時間:0.5sec/line
対物レンズ:×40 NA1.25
上記条件は、被検物質の種類、金属ナノ粒子の材質、金属ナノ粒子の形状に応じて適宜設定できる。
【0030】
上記条件では、レーザー照射がライン照射となっているが、スポット照射でもよい。
制御部30は、測定試料から分光スペクトルを取得し、取得した分光スペクトルに基づき、前記被検物質に関する情報を出力部40に出力する。
【0031】
被検物質に関する情報は、被検物質の種類に関する情報を意図する。あらかじめ様々な物質について、特徴的な分光スペクトルの情報をデータベースに記録しておき、そのスペクトルの情報と被検物質のスペクトルを比較して類似のスペクトルから被検物質に関する情報を取得することができる。
【0032】
ここで、スペクトルは、測定試料の1箇所から取得したものを使用してもよいし、複数箇所から取得したスペクトルを使用してもよい。
【0033】
3.測定試料を調製するための試薬及び試薬キット
上記1.に記載の測定試料を調製するための試薬は、金属ナノ粒子と結合していないリンカーを含む。
【0034】
上記1.に記載の測定試料を調製するための試薬キットは、金属ナノ粒子と結合していないリンカーと、リンカーとは別包装された金属ナノ粒子と、を含む。
【実施例】
【0035】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に限定して解釈されるものではない。
【0036】
1.実施例
(1)材料
被検物質として、アミノ酸20種、ジペプチド39種、アミロイドβ(Aβ)3種を用いた。リンカーとして、DSP(Dithiobis (Succinimidyl Propionate))(同仁化学研究所、製品コードD629)を使用した金属ナノ粒子として、金ナノ粒子φ40 nm(9.0×1010 particles/Ml水溶液;BBI社、カタログ番号:EMGC40)等を用いた。
【0037】
(2)試料調製
実施例の試料調製方法のスキームを
図1に示す。
i. 被検物質溶液 (1 mM)1μL (溶媒:PBS)と 200 μM DSP溶液 1 μL(溶媒:ジメチルフォルムアミド)を室温で2~3時間反応させた。
ii. 上記i. の混合液2 μL、 水27 μL、金ナノ粒子水溶液30μLをガラスボトムディッシュに滴下し, 室温で 2~3時間反応させた。
iii. 9%トリフルオロ酢酸水溶液 1μLを滴下し、4℃で終夜反応させ、凝集体を生成し、SERS用測定試料とした。
【0038】
2.比較例(従来技術)
(1)材料
実施例と同じ材料を用いた。
【0039】
(2)試料調製
i. 200 μM DSP溶液 1 μL (溶媒:ジメチルホルムアミド) と金ナノ粒子水溶液を室温で2~3時間反応させた。
ii. 上記i.の混合液31mL、被検物質溶液(1 mM) 1 μL (溶媒:PBS)、水27 μLをガラスボトムディッシュに滴下し、室温で 2~3時間反応させた。この反応により表面修飾された金ナノ粒子に被検物質のN末端を結合させた。
iii. 9%トリフルオロ酢酸水溶液 1μLを滴下し、4℃で終夜反応させ、凝集体を生成し、SERS用測定試料とした。
【0040】
3.SERSスペクトルの取得
SERSスペクトルを取得するために、スリット走査型共焦点ラマン顕微鏡を使用した。レーザー照射は、ライン照射法で行った。測定条件は、以下のとおりである。
励起波長:660 nm
励起強度:2.5 mW/μm2
露光時間:0.5sec/line
対物レンズ:×40 NA1.25
【0041】
4.結果
(1)実施例による被検物質特異的なスペクトルの取得
実施例により被検物質特異的なスペクトルのピークを取得できるかいなかを検証するため、フェニルアラニン(Phe)を被検物質として用いて、リンカーがある場合とない場合でのスペクトルの違いを検証した。Pheは、試料の終濃度で30μMとなるように加えた。
図3にその結果を示す。
図3(A)は、実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のSERSスペクトルである。
図3(B)は、被検物質を加えずに実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のSERSスペクトルである。
図3(C)は、DSPを加えずに実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のSERSスペクトルである。
図3(D)は、被検物質もDSPも加えていない陰性対照試料のSERSスペクトルである。
【0042】
各スペクトルは、10箇所から取得したSERSスペクトルの平均スペクトルを示す。
その結果、実施例にしたがって試料調製を行った測定試料のみ、被検物質に依存的なスペクトルのピークを取得することができた(
図3(A)の矢印が示す箇所がピーク)。
【0043】
次に20種類のアミノ酸のそれぞれを被検物質として用いて、被検物質特異的なSERSスペクトルのピークを取得できるか否かを検証した。その結果を
図4に示す。図中の符号aは被検物質を加えたときの平均スペクトルであり、符号bは被検物質を加えていない陰性対照の平均スペクトルを示す。いずれのアミノ酸においても、被検物質に依存的なスペクトルのピークを取得することができた(
図4の矢頭が示す箇所がピーク)。
【0044】
次に、ジペプチドを用いて被検物質特異的なスペクトルのピークを取得できるかいなかを検証した。用いたジペプチドは、
図5中に示す。例えば、ジペプチドはPhe-Ala、Ala-Pheのように、異なるアミノ酸からなるジペプチドについては、2つのアミノ酸の位置を組み換えたものを用意し、それぞれについて平均スペクトルを取得した。また、ジペプチドを加えていない陰性対照の平均スペクトルも取得した。図中符号cは陰性対照を示す。実験に用いたいずれのジペプチドでも特異的なスペクトルのピークが検出できた(
図5の矢頭が示す箇所がピーク)。また、異なるアミノ酸からなるジペプチドについては、2つのアミノ酸の位置を組み換えても、同様のスペクトルのピークを取得することができた。
【0045】
次に、Aβ42、Aβ40、又はAβ38を用いて被検物質特異的なSERSスペクトルのピークを取得できるかいなかを検証した。
図6に結果を示す。
図6(A)はAβ42を被検物質として加えたときの平均スペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照の平均スペクトルを示す。
図6(B)はAβ40を被検物質として加えたときの平均スペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照の平均スペクトルを示す。
図6(C)はAβ38を被検物質として加えたときの平均スペクトルと、被検物質を加えていない陰性対照の平均スペクトルを示す。
図6(D)、
図6(E)、及び
図6(F)は、それぞれ
図6(A)、
図6(B)、及び
図6(C)の平均スペクトルを取得する際に使用した、測定試料中の金ナノ粒子の凝集体の明視野画像を示す。
図6(G)は、陰性対照の測定試料中の金ナノ粒子の凝集体の明視野画像を示す。Aβ42、Aβ40、及びAβ38のいずれでも特異的なスペクトルのピークが観察された(
図6(A)、
図6(B)、
図6(C)の矢頭が示す箇所がピーク)。
【0046】
(2)実施例の効果の検証
実施例の試料調製方法によって調製された測定試料と、比較例の試料調製方法によって調製された測定試料とを用いて、実施例の効果を検証した。
【0047】
フェニルアラニン、トリプトファン、又はチロシンを被検物質として使用し、平均スペクトルを取得した。また、陰性対照についても同様に平均スペクトルを取得した。その結果を
図7に示す。実施例の調製方法によって調製された測定試料については、フェニルアラニン、トリプトファン、及びチロシンのいずれを被検物質として用いた場合でも、被検物質に特異的なスペクトルのピークが確認できた(
図7の矢頭が示す箇所がピーク)。一方、比較例の調製方法によって調製された測定試料に関しては、いずれのアミノ酸でも特異的なスペクトルのピークは確認できなかった。このことから、実施例の試料調製方法により、従来法である比較例よりも検出感度を挙げることができることが示された。
【0048】
次に、被検物質として、ジペプチド(Phe-Trp、Gly-Phe)、Phe-(Tyr)
8 、又はAβ38を用いて、実施例の試料調製方法によって調製された測定試料と、比較例の試料調製方法によって調製された測定試料とを用いて、実施例の効果を検証した。Phe-(Tyr)
8 はフェニルアラニンの後に8つのチロシン残基が結合したペプチドを意図する。また、陰性対照についても同様に平均スペクトルを取得した。結果を
図8に示す。実施例の調製方法によって調製された測定試料については、ジペプチド、Phe-(Tyr)
8 、およびAβ38のいずれを用いた場合でも、被検物質に特異的なスペクトルのピークが確認できた(
図8の矢頭が示す箇所がピーク)。一方、比較例の調製方法によって調製された測定試料に関しては、いずれのアミノ酸でも特異的なスペクトルのピークは確認できなかった。このことから、低分子物質であっても、Aβのような高分子の物質であっても、実施例の測定試料の調製方法により、従来法である比較例よりも検出感度を挙げることができることが示された。
【0049】
(3)検出感度の増強メカニズムの検討
次に、実施例において、検出感度が増強される理由について検討を行った。金ナノ粒子のみと、金ナノ粒子とDSPのみを混合した測定試料を調製し、測定試料の吸収スペクトルを取得した。その結果を
図9に示す。図中、符号aは金ナノ粒子のみの測定試料のスペクトルを示し、図中符号bは金ナノ粒子とDSPのみを混合した測定試料のスペクトルを示す。金ナノ粒子のみの測定試料は、540 nm付近に1つの吸収スペクトルのピークを示すが、金ナノ粒子とDSPのみを混合した測定試料では、600 nmから700nm付近にかけて、吸収が確認された。この吸収はDSPを添加したことにより生じた金ナノ粒子の凝集体のものであると考えられた。従来法は、金属ナノ粒子とリンカーを先に混合するため、被検物質とリンカーとの結合が起こる前に、金属ナノ粒子が凝集してしまい、被検物質が充分に凝集体に入り込まなくなると考えられた。
【0050】
(4)リンカーの鎖長の影響
リンカーの鎖長が検出感度に与える影響を検証するため、DSP、DSH(Dithiobis (Succinimidyl Hexanoate))、DSU(Dithiobis (Succinimidyl Undecanoate))を用いて測定試料を調製し、SERSスペクトルの平均スペクトルを取得した。
図10に結果を示す。いずれのリンカーを用いた場合でも、被検物質に特異的なスペクトルのピークが確認された。この結果から、実施例の調製方法は、リンカーの種類を選ばずに使用できることが示された。
【0051】
(5)金属ナノ粒子の粒子径、および形状の影響
金属ナノ粒子の粒子径、および形状が検出感度に与える影響を検討した。球状の金ナノ粒子であって、粒子径がφ40 nm、φ50 nm、φ60 nm、φ80 nm、φ100 nm、φ150 nm;ウニ状の金ナノ粒子φ50 nm、φ90nmを使用して、フェニルアラニンを被検物質としてSERSスペクトルの平均スペクトルを取得した。
図11に結果を示す。いずれの粒子径、形状においてもフェニルアラニン特異的なスペクトルのピークは検出された。球状の粒子径φ40 nm、球状の粒子径φ80 nmにおいて、特に検出感度が高かった。