(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】バイオフィルム処理剤及びバイオフィルムの処理方法
(51)【国際特許分類】
A01N 43/08 20060101AFI20241107BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20241107BHJP
A01N 43/16 20060101ALI20241107BHJP
A01N 31/04 20060101ALI20241107BHJP
A01N 31/14 20060101ALI20241107BHJP
【FI】
A01N43/08 H
A01P3/00
A01N43/16 B
A01N31/04
A01N31/14
(21)【出願番号】P 2024520919
(86)(22)【出願日】2023-12-22
(86)【国際出願番号】 JP2023046237
【審査請求日】2024-04-05
(31)【優先権主張番号】P 2023033606
(32)【優先日】2023-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000109635
【氏名又は名称】星光PMC株式会社
(72)【発明者】
【氏名】久保 武
【審査官】藤田 雅也
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-516667(JP,A)
【文献】国際公開第2022/190086(WO,A1)
【文献】特開2012-246234(JP,A)
【文献】特開2015-124197(JP,A)
【文献】特表2009-525284(JP,A)
【文献】国際公開第2020/053105(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0228153(US,A1)
【文献】特開2021-100947(JP,A)
【文献】特表2007-521335(JP,A)
【文献】BMC Complementary Medicine and Therapies,2022年04月04日,Vol.22,p.14-16
【文献】Molecules,2020年11月27日,Vol.25,p.1-20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 43/08
A01N 43/16
A01P 3/00
C11D 1/00- 19/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記
一般式(1)で表されるA1及び炭素数8のδ-ラクトンA2の少なくとも1種を必須成分と
し、かつアルコール及び/又は界面活性剤を含有し、前記アルコールが、下記一般式(4)若しくは一般式(5)で示される芳香族モノアルコール、又はシンナミルアルコールであることを特徴とする、バイオフィルム処理剤。
一般式(1)
R1:炭素数2又は3の直鎖アルキル基
一般式(4)
R7:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
一般式(5)
R8:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
【請求項2】
下記一般式(1)
で表されるA1及び下記一般式(2)
で表されるA2の少なくとも1種を必須成分とし、かつアルコール及び/又は界面活性剤を含有し、前記アルコールが、下記一般式(4)若しくは一般式(5)で示される芳香族モノアルコール、又はシンナミルアルコールである、バイオフィルム処理剤。
一般式(1)
R1:炭素数2又は3の直鎖アルキル基
一般式(2)
R2:炭素数3の直鎖アルキル基
一般式(4)
R7:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
一般式(5)
R8:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
【請求項3】
界面活性剤が微生物界面活性剤又は合成界面活性剤である、請求項
1または2に記載のバイオフィルム処理剤。
【請求項4】
A1~A
2の少なくとも1種を0.0001~0.1質量%、アルコールを0.0001~0.1質量%及び/又は界面活性剤を0.0001~0.05質量%含有する請求項
1または2に記載のバイオフィルム処理剤。
【請求項5】
プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門に属する細菌に対して用いることを特徴とする、請求項
4に記載のバイオフィルム処理剤。
【請求項6】
プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門に属する細菌のMIC(最小発育阻止濃度)未満の濃度範囲で使用されることを特徴とする、請求項
4に記載のバイオフィルム処理剤。
【請求項7】
プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門に属する細菌のMIC(最小発育阻止濃度)未満の濃度範囲で使用されることを特徴とする、請求項
4に記載のバイオフィルム処理剤を用いたバイオフィルム処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品添加物で構成されたバイオフィルム処理剤に関するものであり、より詳細には、微生物が関与する様々な分野において、バイオフィルムに起因する危害を防止するためのバイオフィルム処理剤及びバイオフィルムの処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオフィルムとは、菌膜ともよばれ、細菌により形成される粘性の付着物であり、日常の様々な環境に存在する。バイオフィルムは、細菌を保護するバリアーや水・栄養素などの運搬経路の役割を果たし、環境変化や化学物質から内部の細菌を守っていると考えられている。様々な産業分野において、バイオフィルムは多くの問題を引き起こす。例えば、医療分野に関しては、カテーテル内部やコンタクトレンズ、入れ歯等にバイオフィルムが形成されると、バイオフィルム内で細菌が増殖して感染症を引き起こす要因となる。食品工場の配管内にバイオフィルムが形成されると、このバイオフィルムが剥がれ落ち、製品内への異物混入につながるだけでなく、微生物由来の毒素で食中毒の原因となることがある。更に、金属表面へのバイオフィルム形成は金属腐食の原因となり設備の老朽化を促進する。
【0003】
医療機器、食品又は化粧品製造工場のような設備におけるバイオフィルム処理剤として、食品素材や食品添加物、酵素などの人体に対する安全性の高い成分で構成された薬剤が求められる。また、バイオフィルム対策の観点では、バイオフィルムの形成を抑制すること、堆積したバイオフィルムを除去すること、の2つの作用を有することが望まれる。
【0004】
従来からの食品分野におけるバイオフィルム対策は、酵素系洗浄剤や次亜塩素酸ナトリウムが一般的に知られている。酵素系洗浄剤は、酵素分解及び界面活性剤による洗浄で堆積したバイオフィルムを除去するタイプであるが、一般的にアルカリ性で高い効果を発揮するため人体に対する安全性を確保できているとは言い難い。また、バイオフィルムの形成を抑制する効果はないため、バイオフィルムを除去しきれないと残存したバイオフィルム中の菌が再び増殖してバイオフィルムが更に増加していくこととなる。次亜塩素酸ナトリウムは殺菌作用で菌の増殖を抑制することでバイオフィルムの形成を抑えるタイプであるが、バイオフィルムの除去効果は低い。加えて、金属材料の腐食を引き起こすため、十分な殺菌作用を発揮する濃度で使用することが難しい。
【0005】
従って、人体に対する安全性が高く、且つ部材の劣化を抑えつつ、バイオフィルムの形成を抑制及びバイオフィルムを除去する薬剤が望まれている。
【0006】
本発明に関連する従来の技術としては、以下のものが知られている。
【0007】
特許文献1では、炭素数8~12のγ-ラクトンからなる群より選ばれる少なくとも1種を有効成分とするオートインデューサー-2阻害剤、特許文献2では、炭素数9~12のδ-ラクトン及び炭素数9~12のε-ラクトンからなる群より選ばれる少なくとも1種を有効成分とするオートインデューサー-2阻害剤が記載されている。これらはオートインデューサー-2の合成を阻害して病原因子の生産を調節することで感染症の予防や治療をすることを目的としており、バイオフィルムの形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果についての記載や示唆はない。
非特許文献1では、ピロンアナログが抗バイオフィルム作用を有するとの記載があるが、具体的な物質及び濃度について言及や例示はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-246234号公報
【文献】特開2012-246235号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】O Fleitas Martinez., et al. Frontiers in Cellular and Infection Microbiology. April 2019 Volume9 Article74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、バイオフィルムの形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果に優れた、食品添加物で構成されたバイオフィルム処理剤及びバイオフィルム処理方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を解決するために様々な種類の食品添加物について、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去の可能性について鋭意研究を行ってきた。その結果、下記A1~A3の少なくとも1種を必須成分とすることを特徴とするバイオフィルム処理剤に優れたバイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果があることを見出し、本発明を完成させるに至った。
A1:炭素数6又は7のγ-ラクトン
A2:炭素数8のδ-ラクトン
A3:分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類
【0012】
すなわち、本発明は、
<1>下記A1~A3少なくとも1種を必須成分とすることを特徴とする、バイオフィルム処理剤、
A1:炭素数6又は7のγ-ラクトン
A2:炭素数8のδ-ラクトン
A3:分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類
<2>A3のアルキル基が、メチル基又はエチル基であることを特徴とする<1>に記載のバイオフィルム処理剤、
<3>A1が下記一般式(1)、A2が下記一般式(2)、A3が下記一般式(3)で表される<1>に記載のバイオフィルム処理剤、
一般式(1)
R1:炭素数2又は3の直鎖アルキル基
一般式(2)
R2:炭素数3の直鎖アルキル基
一般式(3)
R3~R6:水素原子、水酸基、メチル基もしくはエチル基のいずれかを表し、水酸基、メチル基もしくはエチル基を一つずつ有し、残りは水素原子である。
<4>アルコール及び/又は界面活性剤を含有することを特徴とする、<1>に記載のバイオフィルム処理剤、
<5>アルコールが芳香族モノアルコールであることを特徴とする、<4>に記載のバイオフィルム処理剤、
<6>界面活性剤が微生物界面活性剤又は合成界面活性剤である、<4>に記載のバイオフィルム処理剤、
<7>A1~A3の少なくとも1種を0.0001~0.1質量%、アルコールを0.0001~0.1質量%及び/又は界面活性剤を0.0001~0.05質量%含有する<4>に記載のバイオフィルム処理剤、
<8>プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門の少なくとも1種に属する細菌に対して用いることを特徴とする、<7>に記載のバイオフィルム処理剤、
<9>プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門の少なくとも1種に属する細菌のMIC(最小発育阻止濃度)未満の濃度範囲で使用されることを特徴とする、<7>に記載のバイオフィルム処理剤、
<10>プロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門の少なくとも1種に属する細菌のMIC(最小発育阻止濃度)未満の濃度範囲で使用されることを特徴とする、<7>に記載のバイオフィルム処理剤を用いたバイオフィルム処理方法、である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去において、従来の処理剤よりも優れた効果を得ることができる。また、これらの有効成分は、酸化剤などのような反応性がなく、中性pHで使用できるため、適用対象となる部材等の腐食を引き起こし難く、作業者の安全性を確保しやすいというメリットがある。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
(バイオフィルム処理剤)
本発明のバイオフィルム処理剤は、下記A1~A3の少なくとも1種を必須成分とする。
A1:炭素数6又は7のγ-ラクトン
A2:炭素数8のδ-ラクトン
A3:分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類
【0016】
本発明において、バイオフィルム処理剤とは、少なくともバイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果を有する剤をいう。
【0017】
本発明のバイオフィルム処理剤は、A1、A2、A3各々単独でも本発明の効果を有するが、組み合わせてもよい。組み合わせて用いることで、バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果がより優れたものとなるため、好ましい。
【0018】
本発明に用いるγ-ラクトン及びδ-ラクトンは、それぞれ、エステルの官能基を環内に含む、環状エステル化合物であるラクトンの1種である。ラクトンは、エステルの官能基を含む環を構成する原子数により、α-ラクトン、β-ラクトン、γ-ラクトン、δ-ラクトン、ε-ラクトン、等に分類される。本発明に用いるγ-ラクトンはエステルの官能基を含む環が5員環であり、δ-ラクトンは6員環である。
本発明に用いるγ-ラクトン及びδ-ラクトンは、それぞれ下記一般式(1)又は(2)で表されることが好ましい。一般式(1)のγ-ラクトンの具体例としては、γ-ヘキサノラクトン、γ-ヘプタノラクトンが挙げられる。一般式(2)のδ-ラクトンの具体例としては、δ-オクタノラクトンが挙げられる。
【0019】
一般式(1)
R1:炭素数2又は3の直鎖アルキル基
【0020】
一般式(2)
R2:炭素数3の直鎖アルキル基
本発明に用いる4-ピロン類は、不飽和複素環化合物ピロンの1種であり、下記一般式(3)で表されることが好ましい。
一般式(3)の4-ピロン類の具体例としては、マルトール、エチルマルトールが挙げられる。
【0021】
一般式(3)
R3~R6:水素原子、水酸基、メチル基もしくはエチル基のいずれかを表し、水酸基、メチル基もしくはエチル基を一つずつ有し、残りは水素原子である。
【0022】
本発明のバイオフィルム処理剤のより好ましい態様は、A1~A3の少なくとも1種、アルコール、界面活性剤を含むものであり、より優れたバイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去効果を得ることができる。界面活性剤の例としては、後述する微生物界面活性剤、合成界面活性剤が挙げられる。
【0023】
アルコールは、特に限定されないが、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去効果の観点から、好ましくは下記一般式(4)若しくは一般式(5)で示される芳香族モノアルコール、又はシンナミルアルコールである。これらは、単独又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0024】
一般式(4)
R7:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
【0025】
一般式(5)
R8:任意の1つの水素原子が水酸基で置換された炭素数1~3の直鎖アルキル基
【0026】
一般式(4)の芳香族モノアルコールの具体例としては、1-フェニルメタノール、1-フェニルエタノール、2-フェニルエタノール、1-フェニル-1-プロパノール、1-フェニル-2-プロパノール、3-フェニル-1-プロパノールが挙げられる。また、一般式(5)の芳香族モノアルコールの具体例としては、2-フェノキシエタノール、3-フェノキシ-1-プロパノール、1-フェノキシ-2-プロパノール等が挙げられる。
【0027】
アルコールのなかでも、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去効果の観点から、1-フェニルエタノール、2-フェニルエタノール、2-フェノキシエタノール、3-フェノキシ-1-プロパノール、シンナミルアルコールが好ましい。
【0028】
微生物界面活性剤は、特に限定されないが、バイオフィルム除去効果の観点から、アミノ酸型又は糖脂質型が好ましい。アミノ酸型の微生物界面活性剤の具体例としては、サーファクチン等、糖脂質型の微生物界面活性剤の具体例としては、ラムノリピッド、ソホロリピッド等が挙げられる。これらは、単独又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0029】
合成界面活性剤は、特に限定されないが、バイオフィルム除去効果の観点から、アニオン性又はノニオン性であることが好ましい。アニオン性合成界面活性剤としては、アルキル硫酸エステル塩(例えば、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸カリウム等)、アルキルベンゼンスルホン酸塩(例えば、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸トリエタノールアミン等)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩(例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム等)、ジアルキルスルホコハク酸塩(例えば、ジヘキシルスルホコハク酸ナトリウム、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム、ジデシルスルホコハク酸ナトリウム、ジドデシルスルホコハク酸ナトリウム等)が挙げられる。ノニオン性合成界面活性剤としては、アルコールエトキシレート(例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル等)、グリセリン脂肪酸エステル(例えば、モノスレアリン酸グリセリン等)、ショ糖脂肪酸エステル(例えば、ショ糖ラウリン酸エステル等)が挙げられる。これらは、単独又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
A1~A3、アルコール及び/又は界面活性剤の含有量は、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去の観点から、A1~A3の少なくとも1種を0.0001~0.1質量%、アルコールを0.0001~0.1質量%及び/又は界面活性剤を0.0001~0.05質量%含有することが好ましい。
【0031】
(最小生育阻止濃度(MIC))
本発明のバイオフィルム処理剤が有するバイオフィルム形成抑制効果やバイオフィルム除去効果の評価は、あらかじめ、バイオフィルム処理剤の各成分のバイオフィルム形成細菌に対する最小生育阻止濃度(MIC)を求め、MIC未満の濃度において行った。
【0032】
本発明でいうMICとは、化学物質が微生物の増殖を抑制する最小濃度(静菌、防腐効果)をいう。したがって、MIC未満の濃度とは、バイオフィルム形成細菌に対して増殖抑制作用を実質的に示さない濃度と同義にとらえることができる。
【0033】
本発明におけるMICの算出方法は、以下のとおりである。
バイオフィルム処理剤の構成成分となる化学物質(以下、評価対象物質と称することがある)を感受性試験用ブイヨン培地で段階的に希釈し、合計10mLの希釈列(ただし、目的濃度の1.1倍)を調製する。そこに供試菌を108cfu/mLに調製した菌液を20μL添加し、96穴マイクロプレートミキサーで37℃、24時間振盪培養(2000rpm)する。目視で白濁しなかった希釈列のうち最も低い濃度をMICとする。
【0034】
本発明のバイオフィルム処理剤は、各成分がMIC未満のバイオフィルム処理剤濃度において、バイオフィルム形成細菌が生育し、かつ、本発明の効果を奏するものである。言い換えれば、本発明のバイオフィルム処理剤は、バイオフィルム形成細菌の菌自体を殺菌するあるいは増殖を抑制することにより、本発明の効果を奏するものではない。
【0035】
本発明において、バイオフィルム形成抑制効果とは、細菌によるバイオフィルムの形成を抑制する作用を示すことによる効果をいう。評価対象物質の当該効果の有無を確認する方法としては、例えば、評価対象物質を含む培地で一定時間細菌を培養して得られたバイオフィルム量と、評価対象物質を含まない培地で当該細菌培養して得られたバイオフィルム量(コントロール)とを比較する方法などがある。この場合、バイオフィルム量がコントロールよりも少ない場合には、評価対象物質は、バイオフィルム形成抑制効果があると判断することができる。
【0036】
本発明において、バイオフィルム除去効果とは、細菌により形成されたバイオフィルムを除去する作用を示すことによる効果をいう。評価対象物質のバイオフィルム除去効果の評価方法としては、例えば、細菌を培養して得られたバイオフィルムに評価対象物質を一定時間接触させた後に残存しているバイオフィルム量と、評価対象物質を接触させずに一定時間経過した後に残存しているバイオフィルム量(コントロール)とを比較する方法などがある。この場合、バイオフィルム量がコントロールよりも少ない場合には、評価対象物質にバイオフィルム除去効果があると判断することができる。
【0037】
本発明におけるバイオフィルム形成抑制効果の評価方法は、以下のとおりである。
(1)バイオフィルム形成細菌の代表菌株であるPseudomonas aeruginosa(寄託番号:NBRC106052株)は、TSB(Triptic Soy Broth, Bacto: Difco Laboratories製)培地にグルコースを終濃度0.5%としたものを用いて、37℃、130rpmの条件で前培養したものを用いる(前培養液)。
(2)評価対象物質を当該対象物質のMIC未満の適当な濃度で培地に添加し、必要に応じて塩酸もしくは水酸化ナトリウムで培地pH7.0に調整する。評価対象物質を含まないものをコントロールとする(pH7.0)。
(3)前培養液のO.D(濁度)=0.6に培地で調整したものを終濃度10%(v/v)となるように(2)で調製した培地に添加し、12穴プレートに2mLずつ分注する。ここで、以下O.D(濁度)とは分光光度計(iMarkマイクロプレートリーダー:バイオ・ラッド社製)を用いて測定した、蒸留水をブランクとした波長630nmにおける値をいう。
(4)37℃ 、130rpmの条件で4時間培養し、バイオフィルムの形成を行う。
(5)各穴の培養液を除去し、それぞれ蒸留水で2回リンスする。
(6)各穴内に付着しているバイオフィルムにクリスタルバイオレット水溶液(0.4w/v%、20w/v%エタノール)4mLを加え、3分間静置、染色した後、蒸留水で3回リンスし、バイオフィルムに結合していないクリスタルバイオレット水溶液を除去する。
(7)各穴に4mLの溶出液(50w/v%エタノール、2w/v%ドデシル硫酸ナトリウム)を添加、1時間静置し、染色されたバイオフィルムからクリスタルバイオレットを溶出させ、波長595nmの吸光度を測定する。ここで、以下吸光度とは分光光度計(iMarkマイクロプレートリーダー:バイオ・ラッド社製)を用いて測定した、蒸留水をブランクとした波長595nmにおける値をいう。
(8)コントロールと各評価対象物質の吸光度は、3穴以上で測定した吸光度の平均値とし、下記計算式からバイオフィルムの形成抑制率を算出する。
バイオフィルム形成抑制率(%)={1-(評価対象物質の吸光度/コントロールの吸光度)}×100
(9)算出された値について、下記判定基準に基づいてバイオフィルム形成抑制効果を評価する。
<判定基準>
形成抑制率70%以上:抑制効果が高い
形成抑制率30%以上70%未満:抑制効果がある
形成抑制率10%以上30%未満:抑制効果が弱い
形成抑制率10%未満:抑制効果がない
バイオフィルム形成抑制率は、30%以上で実用レベルである。
【0038】
本発明におけるバイオフィルム除去効果の評価方法は、以下のとおりである。
(1)バイオフィルム形成細菌の代表菌株であるPseudomonas aeruginosa(寄託番号:NBRC106052株)は、TSB(Triptic Soy Broth, Bacto: Difco Laboratories製)培地にグルコースを終濃度0.5%としたものを用いて、37℃、130rpmの条件で前培養したものを用いる(前培養液)。
(2)前培養液のO.D(濁度)=0.1に調整したものを終濃度0.000005%(v/v)となるようにTSB培地で希釈し、12穴のポリスチレンプレートに2mL分注する。
(3)37℃、130rpmの条件で17時間培養し、バイオフィルムを形成させる。
(4)各穴の培養液を除去し、無菌培地で1回リンスする。
(5)評価対象物質を当該対象物質のMIC未満の適当な濃度になるように培地に添加し、塩酸もしくは水酸化ナトリウムで培地pH=7.0に調整する。評価対象物質を含む培地を各穴に3mLずつ入れ、ネガティブコントロールとして、無菌培地(pH=7.0)を各穴に3mL入れる。
(6)37℃、3.5時間、130rpmで振盪し、評価対象物質を含む培地とバイオフィルムを接触させた後、各穴の培地と剥離したバイオフィルムを除去し、蒸留水で2回リンスする。
(7)各穴内に付着しているバイオフィルムにクリスタルバイオレット水溶液4mLを加え、3分間静置、染色した後、蒸留水で3回リンスし、バイオフィルムに結合していないクリスタルバイオレット水溶液を除去する。
(8)各穴に4mLの溶出液を添加、1時間静置し、染色されたバイオフィルムからクリスタルバイオレットを溶出させ、吸光度を測定する。
(9)コントロールと各評価対象物質の吸光度は、3穴以上で測定した吸光度の平均値とし、下記計算式からバイオフィルムの除去率を算出する。
バイオフィルム除去率(%)={1-(評価対象物質の吸光度/コントロールの吸光度)}×100
(10)算出された値について、下記判定基準に基づいてバイオフィルム除去効果を評価する。
<判定基準>
除去率70%以上:除去効果が高い
除去率30%以上70%未満: 除去効果がある
除去率10%以上30%未満: 除去効果が弱い
除去率10%未満: 除去効果がない
バイオフィルム除去率は、30%以上で実用レベルである。
【0039】
本発明品の形態は、原体のままでも任意の媒体で希釈された溶液、分散液、ゲル状物や顆粒状やタブレット状等の固形物などであっても構わないが、バイオフィルムへ作用させる際は、通常、水溶液の状態で用いる。希釈されたバイオフィルム処理剤の濃度は特に制限されないが、バイオフィルム形成細菌へ作用させる際に本発明の効果を奏する程度の濃度を要する。
【0040】
本発明品は、本発明の目的を損なわない範囲で、炭素数6、7のγ-ラクトン、炭素数8のδ-ラクトン、分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類、アルコール、界面活性剤以外の増粘剤、粘度調整剤、pH調整剤、溶剤、香料、着色剤、酸化防止剤、防腐剤、蛍光剤、賦形剤、ソイルリリース剤、漂白剤、漂白活性化剤、粉末化剤、造粒剤、などを配合することができる。また、本発明の効果を損なわない範囲で、さらに特許文献1、2に示されている物質、具体的には、γ-オクタノラクトン、γ-デカノラクトン、δ-ノナラクトンを含んでもよい。これらの物質の含有量は0.1%以下であることが好ましい。
【0041】
(バイオフィルム処理剤の使用方法)
以下、本発明品の好ましい使用条件について述べる。
本発明品の使用濃度は、バイオフィルム処理剤に含まれる各構成成分の使用濃度がそれぞれ、バイオフィルムを構成する主要な原因菌種のMIC未満となる濃度である。複数の原因菌種に対して同時に使用する場合は、MICが対象菌種の中で最も低い菌に使用する濃度が適用される。MIC未満で使用することで、バイオフィルム形成細菌の死滅を抑制し、死滅細菌が表面に非特異的に吸着することを抑えることができるため、新たなバイオフィルムの温床の抑制につながる。バイオフィルム処理剤は、1剤化したものがハンドリングの点で好ましいが、各成分を個別に準備し、バイオフィルム形成細菌に接触させるときに混合されてもよい。また、各構成成分を高濃度で混合したものを、200~20000倍などに希釈して所定の濃度で使用してもよい。
【0042】
本発明品使用時の溶液pHは、適宜設定することができるが、中性pH領域(6.0~8.0)での使用であれば、人体及び使用する水環境への影響を考慮する必要もなく安心である。
【0043】
本発明品の使用方法は、浸漬、循環、塗布、あるいは散水するなどがある。さらに、スポンジ、ブラシ、水流などの物理力を加えても良い。作用させておく時間は、菌数、付着しているバイオフィルムの量、有効成分の濃度、作用温度、物理力の有無により異なるが、通常は数分から数時間の範囲である。また、作用後は流水などにより、除去されたバイオフィルムを速やかにすすぎ流すことが望ましい。また、本発明品をバイオフィルムの形成を抑制したい部材に予め数分から数時間程度接触させておくことで、必須成分の作用でバイオフィルムの形成を抑制することもできる。また、本発明品を配合した塗料(例えば、アクリルシリコン樹脂やエポキシ樹脂など)を塗布、あるいは本発明品をポリエチレンやポリプロピレンなどのプラスチック樹脂類などに混錬してバイオフィルムの形成抑制効果を有する成形加工品とすることもできる。
【0044】
(バイオフィルム形成細菌)
本発明が適用されるバイオフィルム形成細菌は、バイオフィルムを形成するプロテオバクテリア門、バクテロイデス門、バシロタ門に属する細菌のいずれも含まれる。これらのなかでも、プロテオバクテリア門に属するメチロバクテリウム属、オクロバクテリウム属、エロモナス属、クレブシエラ属、アシネトバクター属、エンテロバクター属、シトロバクター属、ステノトロフモナス属、シュードモナス属、リゾビウム属、カプリアビダス属、バクテロイデス門に属するポルフィロモナス属、バシロタ門に属するスタフィロコッカス属に対して用いることが好ましい。なお、バイオフィルムの形成は2種以上の細菌で行われる場合がほとんどであり、上記各属に属する細菌が1種以上含まれているバイオフィルムが本発明の対象となる。
【0045】
本発明は、バイオフィルムが形成され問題となるような広い分野に使用することが可能である。例えば、化粧品製造工場又は食品、飲料製造工場の設備、切削油などの水性薬品タンク、台所、厨房、浴室、トイレ、キッチンなどの排水溝、排水管に応用できる。また、産業用の冷却タワーなどの冷却水系、水処理膜、脱塩装置、製紙工場などの循環水系路に応用できる。また、バイオフィルムが形成しやすい医療機器、例えば内視鏡やカテーテル、人工透析機等の洗浄剤や、洗口液のような口腔衛生品などにも応用できる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明について実施例をもとに具体的に説明するが、本発明はなんらこれらに限定されるものではない。実施例においては、バイオフィルム形成細菌としてバイオフィルム形成の代表菌として知られているシュードモナス属菌(グラム陰性細菌)を供試菌として用い、MICを求めた。
【0047】
実施例においては、本発明のバイオフィルム処理剤が有するバイオフィルム形成抑制効果やバイオフィルム除去効果の評価は、あらかじめ上記で求めたMIC未満の濃度において行った。以下に本実施例におけるMICの試験方法を示す。
【0048】
<MIC(最小生育阻止濃度)の試験方法>
バイオフィルム形成の代表菌株として知られているプロテオバクテリア門であるシュードモナス属菌(グラム陰性細菌)を供試菌として、バイオフィルム処理剤の構成成分となる化学物質(以下、評価対象物質)のMICを求めた。
(1)供試菌Pseudomonas aeruginosa(寄託番号:NBRC106052株)
(2)評価対象物質
表1に示す化学物質を評価対象物質とした。
(3)試験方法
評価対象物質を感受性試験用ブイヨン培地で段階的に希釈し、合計10mLの希釈列(ただし、目的濃度の1.1倍)を調製した。そこに供試菌株を108cfu/mLに調製した菌液を20μL添加し、96穴マイクロプレートミキサーで37℃、24時間振盪培養(2000rpm)した。目視で白濁しなかった希釈列のうち最も低い濃度をMICとした。
(4)試験結果
各評価対象物質のMICの結果を表1に示す。表中、「>数値」は、MICが当該数値より大きいことを示す。
実施例で示す物質について、以下のバイオフィルム形成抑制評価及びバイオフィルム除去評価は、表1に記載のMIC未満となる濃度で行った。
【0049】
【0050】
<バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果の評価>
バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果の評価は、本発明で定めた評価方法に従って、各評価対象物質について表1に記載の濃度未満(ppm)で行った。各実施例において評価対象物質として用いなかった物質については「-」と示す。A1~A3、及びそれらの組み合わせの評価結果を表2に、A1~A3の比較例の評価結果を表3に、A1~A3、アルコール、界面活性剤の組み合わせの評価結果を表4及び表5にそれぞれ示す。なお、表2~表5においてラクトンの名称とその炭素数を併記することがある。
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
表2実施例1~7から、本発明A1~A3の少なくとも1種は、バイオフィルム形成抑制効果とバイオフィルム除去効果があることが分かる。さらに、実施例8~10から、A1~A3を組み合わせるとより効果が優れることが分かる。
【0056】
表3に比較例を示す。比較例1~6はA1を用いた実施例1~4、比較例7~9はA2を用いた実施例5の比較例であり、それぞれ特許文献1、2に記載の物質である。比較例1~9は文献に記載してあるより好ましい濃度において、バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果がない、もしくは弱いことが分かる。比較例10,11はA3を用いた実施例6~7の比較例であり、MIC未満の濃度において、バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果がない、もしくは弱いことが分かる。
【0057】
表4から、A1~A3単独あるいは、いずれかの組み合わせに対して、それらにアルコール又は界面活性剤を組み合わせることでバイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果がより優れることが分かる(例えば、実施例11、12と実施例8の対比)。また、A1~A3単独あるいは、いずれかの組み合わせに対して、それらにアルコール及び界面活性剤を組み合わせたものは、バイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果がさらに優れることが分かる(例えば、実施例16と実施例14、15の対比)。また、A1~A3の少なくとも1種、アルコール、界面活性剤に比較例1、2、7のいずれかの物質を組み合わせても同様に優れた効果を示すことが分かる(実施例25~27)。
【0058】
表5から、A1~A3のいずれかの組み合わせにアルコール及び界面活性剤を組み合わせたものは、各属に属する細菌のバイオフィルムに対して優れたバイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果を示すことが分かる。
なお、実施例で示す物質のMethylobacterium aquaticum、Porphyromonas gingivalis、Staphylococcus epidermidisに対して、実施例の添加濃度において各菌が増殖していることを濁度で確認しているため、MIC未満であることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、炭素数6又は7のγ-ラクトン、炭素数8のδ-ラクトン、分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類の少なくとも1種を必須成分とすることにより、バイオフィルム形成抑制及びバイオフィルム除去に対して有効なバイオフィルム処理剤を提供することができる。
特に医療機器、化粧品製造工場又は食品、飲料製造工場の設備、台所、厨房、浴室、トイレの便器、キッチン又は厨房などの排水溝、排水管、造水膜、冷却塔、切削油などの水性薬品の希釈液タンクなどに形成されるバイオフィルムに対して有効な処理剤を提供することができる。
また、本発明の処理剤は、中性pHでバイオフィルム形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果を有することから、人体及び使用する機器等の腐食への影響は少ない。
【要約】
【課題】本発明は、バイオフィルムの形成抑制効果及びバイオフィルム除去効果に優れた、食品添加物で構成されたバイオフィルム処理剤及びバイオフィルム処理方法の提供を課題とする。
【解決手段】下記A1~A3の少なくとも1種を必須成分とすることを特徴とする、バイオフィルム処理剤及びバイオフィルム処理方法
A1:炭素数6又は7のγ-ラクトン
A2:炭素数8のδ-ラクトン
A3:分子中にヒドロキシ基及びアルキル基を有する4-ピロン類