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  • 特許-毛髪用組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】毛髪用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/99 20170101AFI20241107BHJP
   A61Q 7/00 20060101ALI20241107BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20241107BHJP
   A61P 17/14 20060101ALI20241107BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20241107BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALN20241107BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20241107BHJP
【FI】
A61K8/99
A61Q7/00
A61K35/74 A
A61P17/14
C12N15/31 ZNA
C12Q1/6869 Z
C12Q1/686 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020106053
(22)【出願日】2020-06-19
(65)【公開番号】P2022000419
(43)【公開日】2022-01-04
【審査請求日】2023-06-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1(2019)年6月20日 Mode and Structure of the Bacterial Community on Human Scalp Hairをウェブサイト https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsme2/34/3/_contents/-char/ja https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsme2/34/3/34_ME19018/_article/-char/ja/ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsme2/34/3/34_ME19018/_pdf/-char/jaを通じて公開 [刊行物等]令和2(2020)年3月5日 ヒト表皮由来細胞を用いたヒト毛髪主要細菌による発育・老化関連遺伝子SIRT1の発現促進/抑制活性調査をウェブサイト https://www.jsbba.or.jp/2020/ http://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2020/download_pdf.php?p_code=3A17a10(※大会参加者のみ閲覧用パスワードでアクセス可能)を通じて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】酒井 謙二
(72)【発明者】
【氏名】田代 幸寛
(72)【発明者】
【氏名】片倉 喜範
【審査官】小久保 敦規
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-139609(JP,A)
【文献】特開昭58-225006(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00 - 8/99
A61Q 1/00 - 90/00
A61K 35/00 - 35/768
A61K 36/06 - 36/068
A61P 17/14
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST5874/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛髪付着細菌のいずれかの、菌体、又は菌体破砕物を含む、毛髪用組成物であって、毛髪付着細菌が、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである、組成物
【請求項2】
頭皮細胞におけるSIRT1を活性化するための、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
育毛用、薄毛用、脱毛の予防用、毛生促進用、発毛促進用、養毛用、毛髪をすこやかに保つためかららなる群より選択されるいずれかのための、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
毛髪付着細菌のいずれかの、菌体、又は菌体破砕物を用いる毛髪の処置方法であって、毛髪付着細菌が、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである、方法(但し、医療行為を除く。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、健常者の毛髪に定着している細菌の利用に関する。本発明は、毛髪用化粧品の製造、医薬組成物の製造、医療、ヘルスケア、美容等の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
人体には腸内や口腔内、皮膚上など様々な部位に固有の細菌群が棲息している。特に、表皮には表皮常在細菌が棲息し、細菌の生産する有機酸などは、外来性の病原性微生物の侵入を防ぐなど宿主に対し有益性をもたらす一方、常在細菌群集構造の乱れにより疾患が引き起こされる場合もあることが知られている。
【0003】
一方、毛髪や頭皮に関し、細菌の代謝物等を利用しようとする試みがある。例えば特許文献1には、リゾプス属又はモナスカス属に属する微生物の代謝産物を有効成分とする、毛髪用組成物が提案されている。特許文献2には、皮膚、粘膜及び/又は毛髪の化粧的な非治療的な処置及び/又はケアのためのPseudoalteromonas antarctica種の菌株のエキスの使用が提案されている。また特許文献3には、被評価者の頭皮細菌叢におけるコリネバクテリウム属の細菌に関する情報に基づいて頭皮の赤み等を評価する方法が提案されている。さらに特許文献4には、頭皮又は毛根に存在するStaphylococcus aureus、Propionibacterium acnesなどの細菌を免疫原として得られる抗体を含む、毛髪の改善のための組成物が提案されている。また、稲由来のPanthoea agglomeransが生産するリポ多糖(LPS)様物質が免疫系の活性化を通じて毛髪の成長を促進すると言う報告がある(非特許文献1)。
【0004】
さらに人体に存在する微生物叢を網羅的に解析するヒトマイクロバイオーム解析の発展に伴い、毛髪の細菌叢プロファイリングが個人の異同識別に応用できる可能性が示されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-72122号公報(特許5780886号)
【文献】特開2018-500279号公報
【文献】特開2019-50799号公報
【文献】特開2020-63211号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】K WAKAME, H OKAWA, K KOMATSU, A NAKATA, K SATO, H INGAWA, C KOHCHI, T NISHIZAWA and G SOMA, Immunopotentiator from Pantoea agglomerans 1 (IP-PA1) Promotes Murine Hair Growth and Human Dermal Papilla Cell Gene Expression, Anticancer Research 36:3687-3692 (2016)
【文献】西 英二, 田代 幸寛, 酒井 謙二. 犯罪捜査におけるDNA鑑定によるヒトの異同識別微生物群集構造プロファイリングによる新たな法科学的手法の可能性. Kagaku to Seibutsu 55(8): 559-565 (2017)
【文献】K Watanabe, E Nishi, Y Tashiro, and K Sakai,Mode and Structure of the Bacterial Community on Human Scalp Hair, Microbes Environ. 34(3):252-259 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、健常者の毛髪に定着している細菌の群集構造解析から,毛髪常在菌の特徴を明らかにしてきた(非特許文献3)。しかし、それら細菌とヒト間での関係性は明らかになっていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特定の毛髪付着細菌が、多くの健常者に共通して定着していることを見出した。さらに、そのような健常者に共通して定着している細菌種とヒト間で利をもたらす関係が存在することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明は、以下を提供する。
[1] 毛髪付着細菌のいずれかの、菌体、菌体破砕物、又はその成分を含む、毛髪用組成物。
[2] 毛髪付着細菌が、Cutibacterium acnes、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Staphylococcus epidermidis、Staphylococcus argansis、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである、1に記載の組成物。
[3] 毛髪付着細菌が、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである、1又は2に記載の組成物。
[4] 頭皮細胞におけるSIRT1を活性化するための、1~3のいずれか1項に記載の組成物。
[5] 育毛用、薄毛用、脱毛の予防用、毛生促進用、発毛促進用、養毛用、頭髪にうるおいを与えるため、毛髪をすこやかに保つため、及び頭皮にうるおいを与えるためかららなる群より選択されるいずれかの、1~4に記載の組成物。
[6] 毛髪付着細菌のいずれかの、菌体、菌体破砕物、又はその成分を用いる毛髪の処置方法。
[7] 毛髪付着細菌を活性化することによる、毛髪の処置方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、健常者の毛髪に定着している細菌が利用できる。
本発明により、育毛の促進や、頭皮や毛髪を健やかに保つことができる。
本発明により、ヒト表皮由来細胞の発育・老化関連遺伝子を活性化する細菌が利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】SIRT1遺伝子を抑制及び促進する毛髪付着細菌の同定.DMSOのEGFP 蛍光強度を1としたとき各試料の蛍光強度の相対値を示している。DMSO及びPBSはネガティブコントロールであり、Resvelatrolはポジティブコントロールである。細菌サンプルに関して、細胞懸濁液(dead cell suspension)をdead, 細胞破砕液(disrupted cell suspension)をdisruptedと表記した。同試験を3回行い各A,B,Cと示した。統計的有意性はt検定を用いてP <0.05(* P <0.05; ** P <0.01; *** P <0.001)と定義し、3回の平均P値を参照し有意性を示した。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[毛髪付着細菌]
本発明の毛髪用組成物は、毛髪付着細菌のいずれかの、菌体、菌体破砕物、又はその成分を有効成分として含む。本発明で毛髪というときは、特に記載した場合を除き、ヒトの頭髪を指す。本発明で毛髪付着細菌というときは、毛根又は毛幹に存在する細菌をいい、顕微鏡観察、培養、DNA抽出等の手段により、検出し、特定することができる。
【0013】
本発明に用いることのできる毛髪付着細菌の例として、Cutibacterium acnes、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Staphylococcus epidermidis、Staphylococcus argansis、Pseudomonas antarctica、Pseudomonas lundensis、Pseudomonas caricapapayae、Staphylococcus argenteus、Lawsonella clevelandensis、Pseudomonas aeruginosa、Pseudomonas alkylphenolica、Delftia acidovorans、Pseudomonas beteli、Enhydrobacter aerosaccus、Undibacterium aquatile、Herbaspirillum aquaticum、Janthinobacterium agaricidamnosum、Morococcus cerebrosus、Comamonas jiangduensis、Acidovorax konjaci、Caenimonas terrae、Serratia marcescens、Acinetobacter guangdongensis、Acinetobacter bereziniae、Pseudomonas geniculata、Rhodanobacter glycinis、Amphritea balenae、Vicinamibacter silvestris、Thermodesulfovibrio aggregans、Chondromyces lanuginosus、Rhizobium daejeonense、Brevundimonas albigilva、Paracoccus aestuarii、Fusobacterium nucleatum、Streptococcus gordonii、Carnobacterium divergens、Gemella haemolysans、Clostridium subterminale、Dialister micraerophilus、Peptoniphilus koenoeneniae、Abies fabri、Kouleothrix aurantiaca、Kocuria arsenatis、Arthrobacter alpinus、Corynebacterium propinquum、Corynebacterium tuberculostearicum、Propionimicrobium lymphophilum、Cutibacterium granulosum、Saccharothrix ecbatanensis、Williamsia marianensis、Actinophytocola algeriensis、Campylobacter ureolyticus、及びCapnocytophaga granulosa(非特許文献3)、並びにそれらの分子系統学的近縁菌が挙げられる。分子系統学的近縁菌とは、上述の細菌と同じ属に属する細菌であって、16S rRNA 遺伝子の上流側の500bp程度の部分の配列解析、又は少なくとも1300bp以上の部分若しくは全長の配列解析において、上述の細菌と同じ種のいずれかの株と96%以上、好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の配列同一性を有する細菌をいう。
【0014】
本発明に用いることができる好ましい毛髪付着細菌の例は、
Cutibacterium属に属する細菌(例えば、P. acidifaciens、P. acidipropionici、P. acnes、P. australiense、P. avidum、C. cyclohexanicum、C. damnosum、C. freudenreichii、C. granulosum、C. jensenii、C. lymphophilum、C. microaerophilu、C. namnetense、C. olivae 、C. propionicus、C. thoenii);
Pseudomonas属に属する細菌(例えばP. agarici、P. asplenii、P. aurantiaca、P. aureofaciens、P. chlororaphis、P. corrugata、P. fragi、P. lundensis、P. taetrolens、P. antarctica、P. azotoformans、P. blatchfordae 、P. brassicacearum、P. brenneri、P. cedrina、P. corrugata、P. fluorescens、P. gessardii、P. libanensis、P. mandelii、P. marginalis、P. mediterranea、P. meridiana、P. migulae、P. mucidolens、P. orientalis、P. panacis、P. protegens、P. proteolytica、P. rhodesiae、P. synxantha、P. thivervalensis、P. tolaasii、P. veronii、P. abietaniphila、P. acidophila、P. agarici、P. alcaliphila、P. alkanolytica、P. amyloderamosa、P. asplenii、P. azotifigens、P. cannabina、P. coenobios、P. congelans、P. costantinii、P. cruciviae、P. delhiensis、P. excibis、P. extremorientalis、P. frederiksbergensis、P. fuscovaginae、P. gelidicola、P. grimontii、P. indica、P. jessenii、P. jinjuensis、P. kilonensis、P. knackmussii、P. koreensis、P. lini、P. lutea、P. moraviensis、P. otitidis、P. pachastrellae、P. palleroniana、P. papaveris、P. peli、P. perolens、P. poae、P. pohangensis、P. protegens、P. psychrophila、P. psychrotolerans、P. rathonis、P. reptilivora、P. resiniphila、P. rhizosphaerae、P. rubescens、P. salomonii、P. segitis、P. septica、P. simiae、P. suis、P. thermotolerans、P. toyotomiensis、P. tremae、P. trivialis、P. turbinellae、P. tuticorinensis、P. umsongensis、P. vancouverensis、P. vranovensis、P. xanthomarina)、及び
Staphylococcus属に属する細菌(例えば、S. argenteus、S. arlettae、S. agnetis、S. aureus、S. auricularis、S. caeli、S. capitis、S. caprae、S. carnosus、S. caseolyticus、S. chromogenes、S. cohnii、S. cornubiensis、S. condimenti、S. debuckii、S. delphini、S. devriesei、S. edaphicus、S. epidermidis、S. equorum、S. felis、S. fleurettii、S. gallinarum、S. haemolyticus、S. hominis、S. hyicus、S. intermedius、S. jettensis、S. kloosii、S. leei、S. lentus、S. lugdunensis、S. lutrae、S. lyticans、S. massiliensis、S. microti、S. muscae、S. nepalensis、S. pasteuri、S. petrasii、S. pettenkoferi、S. piscifermentans、S. pseudintermedius、S. pseudolugdunensis、S. pulvereri、S. rostri、S. saccharolyticus、S. saprophyticus、S. schleiferi、S. schweitzeri、S. sciuri、S. simiae、S. simulans、S. stepanovicii、 S. succinus、S. vitulinus、S. warneri、S. xylosus)からなる群より選択されるいずれかである。より特定すると、Cutibacterium acnes、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Staphylococcus epidermidis、Staphylococcus argansis、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである。これらの細菌は、多くの健康なヒトの毛髪に優勢に定着する細菌種であり、その菌体、菌体破砕物、又はその成分が、毛髪対して好ましい作用を奏すると期待できるからである。
【0015】
本発明に用いることができるより好ましい毛髪付着細菌の例は、上記のPseudomonas属に属する細菌、及び上記のStaphylococcus属に増する細菌からなる群より選択されるいずれかである。より特定すると、Pseudomonas lini、Pseudomonas alcaliphila、Pseudomonas antarctica、及びPseudomonas lundensisからなる群より選択されるいずれかである。これらは毛髪に対する高い効果を有するからである。
【0016】
上述の毛髪付着細菌は、本発明の毛髪用組成物において、菌体、菌体破砕物、又は菌体破砕物に含まれる特定の成分として用いられる。菌体は、生菌であっても死菌であってもよく、また何らかの液体に菌体や破砕物を懸濁した懸濁物であってもよく、乾燥物であってもよい。菌体破砕物に含まれる特定の成分を用いる場合は、溶液である場合がある。
【0017】
菌体破砕物は、目的の効果が維持されている限り、種々の破砕手段で得られたものであってよい。破砕手段の例は、超音波による破砕、グラインダーによる破砕、浸透圧破砕、ビーズ破砕などの機械的破砕、界面活性化剤、カオトロピック剤、フェノール・クロロホルム、エタノールを用いた化学的破砕、プロテアーゼを用いた酵素による破砕等が挙げられる。破砕処理を行った後、適切な手段により、細菌由来の不要な画分や破砕に用いた剤を除去してもよい。菌体破砕物は、菌体全部を含んでいてもよく、菌体の一部を含んでいてもよい。
【0018】
[用途]
本発明の組成物は、毛髪用である。本発明に関し、毛髪用というときは、特に記載した場合を除き、毛髪(毛根、毛幹を含む。)自体に用いるもののほか、頭皮に用いるものも含む。
【0019】
本発明の毛髪用組成物は、皮膚の表皮細胞におけるサーチュイン(SIRT)1を活性化するために用いることができる。サーチュインは、様々な組織において抗老化効果を発揮する重要な因子であるとして注目されている。ヒトでは7種類のサーチュイン(SIRT1~SIRT7)が存在している。
【0020】
本発明に関し、SIRT1について活性というときは、特に記載した場合を除き、SIRT1の活性が高まるような種々の場合を包含する。具体的には、SIRT1の活性化は、SIRT1遺伝子の発現が増強されること、及びヒストン脱アセチル化酵素としてのSIRT1の活性が増強されることを含む。SIRT1遺伝子の発現増強は、その遺伝子からmRNAへの転写が上方制御されること、及びそのmRNAからタンパク質への翻訳が上方制御されることを含む。
【0021】
従来、稲由来のPanthoea agglomeransが生産するリポ多糖(LPS)様物質が免疫系の活性化を通じて毛髪の成長を促進すると言う報告がある(非特許文献1)が、多くの健康なヒトの毛髪に優勢に定着する細菌種を用いてSIRT1の賦活化活性を示した例は無い.
【0022】
SIRT1は表皮細胞においてテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)を誘導することが知られている。TERTは、毛周期の休止期から成長期への誘導及び毛包バルジ領域にて幹細胞を増殖することにより育毛が促進される。したがって、本発明の組成物によりSIRT1活性が増強されることにより、本発明の毛髪用組成物は、育毛用、薄毛用、脱毛の予防用、毛生促進用、発毛促進用、養毛用、又は毛髪を健やかに保つために使用できる。
【0023】
本発明の毛髪用組成物はまた、SIRT1の活性化が活性されることにより改善される毛髪に関連した疾患又は状態の処置のために用いることができる。本発明で疾患又は状態について「処置」というときは、発症リスクの低減、発症の遅延、予防、治療、進行の停止、遅延を含む。処置には、医師が行う、病気の治療を目的とした医療行為と、医師以外の者、例えば理容師、美容師、美容部員、エステティシャン、化粧品製造者、化粧品販売者等が行う、非医療的行為とが含まれる。また処置は、特定の化粧品、医薬部外品等の使用、使用の推奨・指導により、行うことができる。本発明における処置の対象は、ヒト(個体)を含み、好ましくは、上述したいずれかの処置を施すことが望ましいか、又は上述したいずれかの処置を施す必要のあるヒトである。
【0024】
本発明はまた、毛髪付着細菌を活性化することによる、毛髪の処置方法を提供する。毛髪付着細菌の菌体、菌体破砕物、又は菌体破砕物に含まれる特定の成分が毛髪に対する効果があるため、そのような毛髪付着細菌を活性化することにより、毛髪が改善されることが期待できるからである。
【0025】
[組成物]
本発明で組成物というときは、特に記載した場合を除き、有効成分そのものである場合と、有効成分とそれ以外の成分とを含む場合とがある。本発明の毛髪用組成物は、化粧品、医薬部外品、又は医薬品である場合があり、また毛髪用の化粧品、医薬部外品、又は医薬品に添加される添加剤である場合がある。
【0026】
本発明の毛髪用組成物中の、有効成分である菌体、菌体破砕物、又は菌体破砕物の含有量は、適宜とすることができる。本発明の毛髪用組成物中におけるこれらの成分の含有量は、好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下、更に好ましくは5重量%以下である。
【0027】
毛髪用組成物の剤型には、特に制限はなく、例えば液体状、泡状、ペースト状、クリーム状、固形状、粉末状等、任意の剤型とすることが可能である。毛髪に塗布しやすい剤型の例としては、エアゾール剤、懸濁剤、液剤、ペースト剤、又はクリーム剤が挙げられる。より具体的な形態の例として、育毛剤(液剤、エアゾール剤)、リンス、コンディショニング剤、トリートメント剤(洗い流さないタイプを含む)、スタイリング剤、染毛剤が挙げられる。
【0028】
本発明の毛髪用組成物には、有効成分である菌体、菌体破砕物、又は菌体破砕物のほか、目的の効果を損なわない限り、通常毛髪用組成物に配合される、化粧品又は医薬品に許容される各種の成分を配合することができる。例えば、保湿剤、ビタミン剤、殺菌剤、抗炎症剤、抗フケ剤、防腐剤、キレート剤、染料、着色剤、香料、紫外線吸収剤、酸化防止剤、エキス類、パール化剤、シアバター、ローズ水、ヒマワリ油、オレンジ油、ユーカリ油、界面活性剤、油剤が挙げられる。界面活性剤としては、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤のいずれを使用することもでき、カチオン性界面活性剤の例として、アルキルアミン塩、アルキル第4級アンモニウム塩が挙げられ、アニオン性界面活性剤の例として、アルキルスルホン酸塩、アルキルカルボン酸塩、アルキルエーテルスルホン酸塩、アルキルエーテルカルボン酸塩が挙げられ、両性界面活性剤の例として、イミダゾリン、カルボベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン、ヒドロキシスルホベタイン、アミドスルホベタインが挙げられ、ノニオン性界面活性剤の例として、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、しょ糖脂肪酸エステル等のエステル類、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルフェニルエーテル等のエーテル類が挙げられる。油剤としては、スクワレン、スクワラン、流動パラフィン、流動イソパラフィン、シクロパラフィン等の炭化水素、ヒマシ油、カカオ油、ミンク油、アボカド油、オリーブ油等のグリセリド類、ミツロウ、鯨ロウ、ラノリン、カルナウバロウ等のロウ類、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸オクチルドデシル、ラウリン酸ヘキシル、乳酸セチル、モノステアリン酸プロピレングリコール、オレイン酸オレイル、2-エチルヘキサン酸ヘキサデシル、イソノナン酸イソノニル、イソノナン酸トリデシル等のエステル、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸、オレイン酸、ヤシ油脂肪酸、ラノリン脂肪酸、イソステアリル酸、イソパルミチン酸等の高級脂肪酸が挙げられる。
【0029】
本発明の毛髪用組成物は、種々の公知の技術を用いて製造することができる。有効成分の添加は、目的の効果が損なわれない限り、製造工程の種々の段階で行うことができる。当業者であれば、有効成分の溶解性、安定性、揮発性等を考慮して、本発明の毛髪用組成物のための製造工程を、適宜設計しうる。
【0030】
本発明の毛髪用組成物の使用方法は、目的の効果が損なわれない限り、特に限定されず、種類、剤型等に応じて適宜選択することができるが、本発明の効果を有効に発揮させる観点からは、洗浄後の清潔な毛髪に適用することが好ましい場合がある。具体的な用い方としては、例えば、毛髪用組成物を洗浄後の頭皮及び毛髪に塗布してなじませた後、必要に応じマッサージを行う方法が挙げられる。
【0031】
毛髪に適用する本発明の毛髪用組成物の量は、目的の効果が損なわれない限り、特に限定されない。
【0032】
本発明の毛髪用組成物及びその製品には、有効成分を含有している旨、その量が多い旨、有効成分により期待できる効果を表示することができ、また特定の対象に対して使用を薦める旨を表示することができる。表示は、直接的に又は間接的にすることができ、直接的な表示の例は、製品自体、パッケージ、容器、ラベル、タグ等の有体物への記載であり、間接的な表示の例は、ウェブサイト、店頭、パンフレット、展示会、書籍、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、郵送物、電子メール、音声等の、場所又は手段による、広告・宣伝活動を含む。
以下、実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例
【0033】
1. 実験手順
1-1 ヒト毛髪付着細菌の群集構造解析
1-1-1 毛髪のサンプリング
実験内容に同意した成人男女からサンプルとして毛髪の提供を受けた。毛髪毛幹部の採取にはニトリル製手袋を直用しステンレス製のハサミを用いて、頭皮から5 mm 離した部分から上部を切断した。その後、採取した毛髪を約5 mm ずつに切断し細菌数定量及び群集構造解析に用いた。
【0034】
1-1-2 毛髪付着細菌のDNA抽出
リゾチーム溶液(リゾチーム 卵白由来(Wako Osaka)20 mg / ml 20 mM Tris - HCl(Wako Osaka)0.2 mM EDTA(Wako Osaka))を添加し37℃で30分間インキュベートした。リゾチームを失活させるため70℃で10分間処理した後、NucleoSpin(登録商標)Tissue(MACHEREY-NAGELGermany)を用いてDNA抽出を行った。
【0035】
1-1-3 Nested PCR
細菌DNAの16S rRNA 遺伝子のV4領域をMiSeqでアンプリコン解析するため、ユニバーサルプライマーを用いたNested PCRによって鋳型DNA を増幅した。反応液にはKAPA HiFi HotStart ReadyMix(NIPPON Genetics Tokyo)を使用した。Nested PCR反応条件は、初期変性95℃ 3分、変性95℃ 30秒、アニーリング56℃ 30秒、伸長72℃ 30秒、最終伸長72℃ 5分で行い、変性から伸長までを40サイクル行った。
【0036】
【表1】
【0037】
1-1-4 目的産物の取得とDNA精製
PCR反応後、1.5%アガロースゲル電気泳動を行い生成物の確認を行った。また、目的長鎖のDNAをGel DocTM XR + システム(BioRad America)を用いてゲルから分離し、FastGene TM Gel /PCR Extraction Kit(NIPPON Genetics Tokyo)にてDNA精製を行った。
【0038】
1-1-5 1st Tailed PCR
精製したDNAにTailed配列を付加するためPCRを行った。プライマー配列を以下に示す。1st PCR Primerを95℃で5分間処理し、KAPA HiFi HotStart ReadyMix(NIPPON Genetics Tokyo)を用いて反応液とした。反応条件は、初期変性95℃ 3分、変性98℃ 30秒、アニーリング55℃ 30秒、伸長72℃ 30秒、最終伸長72℃ 5分で行い、変性から伸長までを10サイクル行った。
【0039】
PCR反応後、1.5%アガロースゲル電気泳動を行い、約350 bpの増幅を確認後、FastGene TM Gel/PCR Extraction Kit(NIPPON Genetics Tokyo)を用いてPCR産物を精製した。
【0040】
【表2】
【0041】
1-1-6 2nd Tailed PCR
1st PCR後の増幅DNAに各試料を区別するIndex配列を付加するため、2nd PCRを行った。以下にForward 9種、Reverse 12種の使用プライマーを記載した。
【0042】
【表3】
【0043】
反応条件は1st Tailed PCR同様に行い、変性から伸長までを8サイクル行った。PCR反応後、1.5%アガロースゲル電気泳動で増幅を確認した。キメラ産物を除去するため、Nested PCR 同様の手順でゲル切り及びPCR産物を精製した。
【0044】
1-1-7 2nd PCR 増幅DNAの濃度測定
MiSeqによるシークエンス解析を行うDNA ライブラリの濃度を調整するため、Qubit(登録商標)3.0 Fluorometer(Thermo Fisher Scientific America)及びQubit(登録商標)dsDNA HS アッセイキット(Thermo Fisher Scientifi America)を用いて、2nd PCR増幅DNAの濃度を測定した。
【0045】
1-1-8 DNAライブラリ調製及びMiSeqでの解析
濃度測定をした2nd PCR 増幅DNAを混和し、混合溶液の最終濃度が4 nMとなるようMiSeq Reagent Kit V3(600 cycle)(Illumina America)を用いて調製した。その後、MiSeqシーケンサー(Illumina America)にてシーケシングを行った。
【0046】
・USEARCH によるOTU クラスタリング
MiSeqで得られた塩基配列データを、統計解析ソフトウェアのUSEARCH (https://www.drive5.com/usearch/)を用いて相同性97%以上のOperational Taxonomic Unit(OTU)クラスタリングを行った。
【0047】
1-1-9 QIIMEによる系統解析
USEARCHで作成したOTUテーブルを用いて、データベースに基づいた系統分類情報の追加、試料ごとの種の多様度を示すα多様性及び試料間での多様度を示すβ多様性を解析した。
【0048】
1-2 細菌を用いたヒト表皮由来細胞による発育・老化関連遺伝子の活性調査
1-2-1 細菌サンプル
使用細菌は、細菌叢解析にて浮上した主要細菌の一部を微生物保存機関から購入し培養したものを使用した。尚、細菌は全て標準株である。この研究で使用した細菌を下表に示す。
【0049】
細菌を適切な条件で培養し、遠心分離で菌体を回収した後リン酸緩衝液(PBS(-))で3回洗菌し、PBSに再懸濁した。懸濁液を90℃で30分間加熱し、続いて凍結乾燥した。凍結乾燥した細菌は、適当な濃度にPBSで再懸濁した。また、懸濁液に超音波処理を行い細胞破砕液とし、1種の細菌に対して2試料を調整した。
【0050】
【表4】
【0051】
1-2-2 ヒト表皮由来細胞の培養
本実験ではヒト皮膚のモデル細胞として、HaCaT細胞を用いた。細胞は非働化した10% Fetal bovine serum(FBS;Life Technologies CA USA)添加DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium;Nissui Tokyo Japan)を用いて、細胞培養ディッシュ(Greiner bio-one Tokyo Japan)にて、37℃、5% CO2存在下で継代培養した
【0052】
1-2-3 発育・老化関連遺伝子SIRT1プロモーター
ヒトSIRT1プロモーター(-1593~-1)は、テンプレートとしてヒトゲノムDNAを使用したPCRで増幅し、断片をpEGFP-C3(TaKaRa Bio Inc.、滋賀、日本)にクローニングしたものをpSIRT1p-EGFP(以下HaCaT)と命名した。
【0053】
1-2-4 発育・老化関連遺伝子活性を示す細菌のスクリーニング
形質導入されたHaCaT細胞に細菌サンプルを添加し、ヒトSIRT1プロモーター活性を評価した。
【0054】
96 wellプレートにHaCaT細胞を播種した24時間後にサンプルを添加した。1サンプルにつき3 wellに添加し、48時間後にIN Cell Analyzer 2200(GE Healthcare、Little Chalfont、UK)にてpSIRT1p-EGFPに由来するEGFP蛍光の変化をモニターした。
【0055】
使用サンプルは、ポジティブコントロールとしてResvelatrolを使用し、その溶媒であるDMSO及び細菌の懸濁溶媒であるPBSをネガティブコントロールとして使用した。また、Pantoea agglomeransに由来するリポ多糖用化合物 (IP-PA1)がヒト毛乳頭細胞にて育毛を促進する効果があることから(K. Wakame et al., 2016)、細菌の指標として使用した。毛髪付着主要細菌のうち使用及び調製した細菌は上表の通りである。
【0056】
1-2-5 統計分析
実験は少なくとも3回実行され、統計的有意性はt検定を用いてP <0.05(* P <0.05; ** P <0.01; *** P <0.001)と定義した。
【0057】
2. 結果・考察
2.1 SIRT1転写を活性化するヒト毛髪付着細菌の同定
HaCaT細胞は毛髪付着主要細菌の添加によりEGFP 蛍光強度の増加を示した(図1)。特にPseudomonas lini、Pseundomonas epidermidis、Pseudomonas antarctica、Pseudomonas lundensisがHaCaT細胞のSIRT1発現を有意に増強することが分かった。
【0058】
また、細胞懸濁液と細胞破砕液では細菌によりEGFP蛍光強度に違いがみられた。ヒト腸内の細胞と乳酸菌を用いた場合、死菌体がSIRT1活性を増強する株があることが報告されている(Gakuro Harada, Pawat Pattarawat, Kenji Ito, Takashi Matsumoto, Takanori Hasegawa, Yoshinori Katakura, Lactobacillus brevis T2102 suppresses the growth of colorectal cancer cells by activating SIRT1, Journal of Functional Foods, 23, 444-452 (2016))。毛髪付着細菌においてもヒト表皮細胞が細菌の産生物だけでなく死菌体のみでもSIRT1を活性化できたことから、細菌が存在すること自体が表皮細胞に影響を与えていることが示唆された。
【0059】
また、今回活性を確認したSIRT1遺伝子は表皮においてテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)を誘導することが知られている。TERTは、毛周期の休止期から成長期への誘導及び毛包バルジ領域にて幹細胞を増殖することにより育毛が促進される(Sarin KY, Cheung P, Gilison D., Lee E., Tennen RI., Wang E., Artandi MK., Oro AE., Artandi SE., Conditional telomerase induction causes proliferation of hair follicle stem cells. Nature. 436(7053), 1048-1052(2005))。従って、ヒト毛髪付着細菌が存在することでSIRT1活性が増強され、育毛が促進される可能があることが示唆された。
【0060】
以上のことから、毛髪付着細菌にはヒト表皮細胞においてSIRT1を活性化する細菌が含まれていることが明らかとなり、毛髪付着細菌とヒト間で利をもたらす関係が存在することを発見した。
【0061】
各試験A,B,Cにおいて、IN Cell Analyzer 2200で得られたEGFP蛍光の数値データをDMSOを基準とした平均相対値、標準偏差及びt検定の結果を示した。統計的有意性はt検定を用いてP <0.05(* P <0.05; ** P <0.01; *** P <0.001)と定義した。数値は小数点第4位を四捨五入して示している。
【0062】
【表5】
【0063】
【表6】
【0064】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により,広く健康なヒトの毛髪及び毛根に特異的に定着している細菌の生細胞若しくは死細胞懸濁液,あるいは細胞破砕物若しくはその特定成分を利用した、ヒト表皮又は毛根細胞の発育・老化関連遺伝子活性化手法又は活性化製品など、あらたなヘアケアー製品の開発が期待される。
図1
【配列表】
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