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特許7583821グラフト層の形成方法、複合体の製造方法およびグラフト層を形成するための処理液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-06
(45)【発行日】2024-11-14
(54)【発明の名称】グラフト層の形成方法、複合体の製造方法およびグラフト層を形成するための処理液
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/16 20060101AFI20241107BHJP
【FI】
C08J7/16 CES
C08J7/16 CEZ
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022547573
(86)(22)【出願日】2021-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2021032589
(87)【国際公開番号】W WO2022054743
(87)【国際公開日】2022-03-17
【審査請求日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】P 2020152312
(32)【優先日】2020-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】山根 史帆里
(72)【発明者】
【氏名】野口 礼
(72)【発明者】
【氏名】京本 政之
【審査官】川井 美佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-043891(JP,A)
【文献】特開平11-080394(JP,A)
【文献】特開2017-213218(JP,A)
【文献】特開平06-087968(JP,A)
【文献】特開2013-162796(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/16
A61L 27/18
C08F 2/00-2/60
C08F251/00-283/00
C08F283/02-289/00
C08F291/00-297/08
C08J 7/00-7/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含む処理液に、高分子Aを含む基材を接触させる接触工程と、
前記接触工程中に、前記基材の表面の少なくとも一部を構成する前記高分子Aに対して、前記化合物Bをグラフト重合する重合工程と、を含み、
前記高分子Cの重量平均分子量が1万以上であり、
前記化合物Bが、ホスホリルコリン基を有する、
グラフト層の形成方法。
【請求項2】
前記溶媒Dが、前記化合物Bが重合した高分子B、および前記高分子Cの少なくとも一方に対する良溶媒である、請求項1に記載のグラフト層の形成方法。
【請求項3】
前記処理液が、溶媒Dに可溶な無機塩をさらに含む、請求項1または2に記載のグラフト層の形成方法。
【請求項4】
前記化合物Bが、重合性のメタクリル酸ユニットを有する、請求項1~のいずれか1項に記載のグラフト層の形成方法。
【請求項5】
前記高分子Aが、ポリオレフィンまたは芳香族ポリエーテルケトンである、請求項1~のいずれか1項に記載のグラフト層の形成方法。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載のグラフト層の形成方法によって、高分子Aを含む基材の表面の少なくとも一部に、化合物Bがグラフト重合したグラフト層を形成する工程を含む、基材と、当該基材の表面の少なくとも一部を被覆するグラフト層とを含む複合体の製造方法。
【請求項7】
前記複合体は、医療機器用部材である、請求項に記載の複合体の製造方法。
【請求項8】
前記医療機器用部材は、人工関節用部材である、請求項に記載の複合体の製造方法。
【請求項9】
化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含み、
前記高分子Cの重量平均分子量が1万以上であり、
前記化合物Bが、ホスホリルコリン基を有する、
高分子Aを含む基材の表面の少なくとも一部に、前記化合物Bがグラフト重合したグラフト層を形成するための処理液。
【請求項10】
前記溶媒Dが、前記化合物Bが重合した高分子B、および前記高分子Cの少なくとも一方に対する良溶媒である、請求項9に記載の処理液。
【請求項11】
前記溶媒Dに可溶な無機塩をさらに含む、請求項9または10に記載の処理液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、グラフト層の形成方法、複合体の製造方法およびグラフト層を形成するための処理液に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の表面に化合物をグラフト重合させることにより、高分子膜を形成する技術が知られている。また、水溶性無機塩を含有した処理水溶液を用いて高分子膜を形成する方法が知られている。
【発明の概要】
【0003】
本開示の一態様に係るグラフト層の形成方法は、化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含む処理液に、高分子Aを含む基材を接触させる接触工程を含む。前記接触工程中には、前記基材の表面の少なくとも一部を構成する前記高分子Aに対して、前記化合物Bをグラフト重合する重合工程が含まれる。
【0004】
また、本開示の一態様に係る処理液は、化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含み、高分子Aを含む基材の表面の少なくとも一部に、前記化合物Bがグラフト重合したグラフト層を形成するための処理液である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1】排除体積効果を説明する模式図である。
図2】ゲル効果を説明する模式図である。
図3】本開示の一実施形態に係る人工股関節1の模式図である。
図4】本開示の一実施形態に係る寛骨臼カップの模式図である。
図5】実施例1および比較例1における処理液中の2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンの濃度と水の静的接触角との関係を示すグラフである。
図6】実施例1および比較例1における処理液中の2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンの濃度とグラフト層の厚さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下、本開示の一実施形態について、詳細に説明する。本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上B以下」を意味する。
【0007】
〔1.グラフト層の形成方法〕
本開示の一実施形態に係るグラフト層の形成方法は、化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含む処理液に、高分子Aを含む基材を接触させる接触工程を含む。前記接触工程中には、前記基材の表面の少なくとも一部を構成する前記高分子Aに対して、前記化合物Bをグラフト重合する重合工程が含まれる。
【0008】
本明細書中、化合物Bが重合した高分子を「高分子B」と称する。また、本明細書中、「グラフト層」とは、高分子Bが基材にグラフト重合することによって形成された層を意味する。換言すると、グラフト層は基材表面に形成された、高分子Bを含む層である。グラフト重合した高分子Bを「グラフト鎖」とも称する。
【0009】
前記構成であれば、基材の少なくとも一部の表面に、高分子Bを含むグラフト層を効率的に形成できる。具体的には、溶媒D中に含有される高分子Cによる排除体積効果およびゲル効果によって、化合物Bのグラフト重合の効率が向上する。排除体積効果およびゲル効果について、以下に説明する。
【0010】
図1は、排除体積効果を説明する模式図である。高分子Cは処理液中で体積を有する。また、一般に高分子C同士には斥力が働くため、高分子C同士の近接は制限されている。したがって、図1に示すように、高分子Cを添加していない処理液1000と比べて、高分子Cを添加した処理液1001において、化合物Bの存在可能領域は狭くなる。これを排除体積効果と称する。これにより、処理液中における化合物Bの見かけの濃度および/または化合物Bの消費速度が上昇するため、化合物Bのグラフト重合効率が向上する。
【0011】
図2は、ゲル効果を説明する模式図である。前記の通り、処理液は高分子Cを含有するため、処理液全体が高粘度となる。そうすると、成長ラジカルを有する高分子Bの運動が制限されることにより、図2に示すように、高分子B同士の2分子反応である停止反応が低減される。すなわち、成長ラジカルを有する高分子B同士が反応すると高分子Bの末端でのさらなる重合が停止され得るが、処理液が高粘度であれば、この重合の停止が低減される。これをゲル効果と称する。これにより、化合物Bの見かけ上の消費速度が増加する。
【0012】
前記2つの要素により、従来よりも低い化合物Bの濃度で、従来と同等またはそれ以上の長さを有するグラフト鎖および/または従来と同等またはそれ以上の厚さを有するグラフト層を、高分子Aを含む基材の表面に効率的に形成することが可能となる。
【0013】
<1-1.処理液>
本開示の一実施形態に係る処理液は、化合物Bと、高分子Cと、溶媒Dとを含み、高分子Aを含む基材の表面の少なくとも一部に、前記化合物Bがグラフト重合したグラフト層を形成するための処理液である。当該処理液は、グラフト重合を開始する前の段階で、化合物Bに加えて高分子Cが含まれ得る。
【0014】
本開示の処理液を用いてグラフト層を形成することで、従来技術に比べて化合物Bの使用量および廃棄量を低減できる。すなわち、生産効率を向上させ、環境への負荷を低減できる。加えて、使用する重合開始剤の低減、光開始グラフト重合における照射する光の強度の低減、熱開始グラフト重合における重合温度の低減等が可能になる。よって、光照射による基材の劣化の低減、および適用可能な化合物の拡大等が期待できる。
【0015】
化合物Bの重合によって高分子Bが形成される。また、化合物Bは、グラフト重合によってグラフト層を形成する。化合物Bは、1種類であってもよく、複数種類であってもよい。
【0016】
前記化合物Bは電気的に中性であってもよい。これにより、化合物B内または/および化合物B間での相互作用を低減できる。本明細書中、「電気的に中性である」とは、中性付近のpH(pH6~8)の水溶液中で電離してイオンになる基を有さないか、または有していても陽イオンになる基と陰イオンになる基を有していて、その電荷の合計が実質的に0になることを意味する。ここで「実質的に」とは、電荷の合計が0になるか、または0にはならないとしても本開示の効果に悪影響を与えない程度に小さいことを意味する。
【0017】
化合物Bは、ホスホリルコリン基を有していてもよい。これにより、グラフト層が高い生体適合性または/および良好な潤滑状態を長期間維持できる。
【0018】
化合物Bはさらに、重合開始基を有していてもよい。例えば、化合物Bは一つの末端にホスホリルコリン基を、その他の末端の一つに基材とグラフト重合可能な重合開始基を有する重合性モノマーであってもよい。
【0019】
化合物Bは、前記重合開始基として重合性のメタクリル酸ユニットを有してもよい。これにより、グラフト層を容易に形成することができる。
【0020】
ホスホリルコリン基を有する化合物Bとしては、例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、4-メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6-メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、ω-メタクリロイルオキシエチレンホスホリルコリン等が挙げられる。以下では、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを「MPC」とも称する。また、MPCが重合した高分子をポリ(MPC)またはPMPCとも称する。
【0021】
MPCは、下記構造式に示す化学構造を有しており、ホスホリルコリン基と、重合性のメタクリル酸ユニットとを有する重合性モノマーである。
【0022】
【化1】
MPCは、ラジカル重合により容易に重合するため、高分子量のホモポリマーを形成できる(Ishihara et al., Polymer Journal 22, p355 (1990))。そのため、MPCを重合した高分子鎖の集合体としてグラフト層を形成すると、MPC高分子鎖と基材表面とのグラフト結合を、比較的緩やかな条件で行うことができる。さらに、高密度のグラフト鎖または/およびグラフト層を形成して、多量のホスホリルコリン基を基材表面に形成できる。
【0023】
上記グラフト層は、ホスホリルコリン基を有する単一の重合性モノマーから構成したホモポリマーだけではなく、ホスホリルコリン基を有する重合性モノマーと、例えば他のビニル化合物モノマーとからなる共重合体として形成することもできる。これにより、用いる他のビニル化合物モノマーの種類によって、グラフト層に機械的強度向上などの機能を付加することもできる。
【0024】
他にも、化合物Bとしては、ポリエチレングリコールジメタクリレート、ベタイン構造を有するモノマー(メタクリロイルオキシエチルカルボキシベタイン、メタクリロイルオキシエチルスルホベタイン、メタクリロイルオキシエチルアミドベタイン)等が挙げられる。
【0025】
前記処理液中の化合物Bの濃度は、化合物Bの種類によって適宜変更され得るが、例えば0.05~0.25mol/Lであってもよく、0.10~0.25mol/Lであってもよく、0.10~0.20mol/Lであってもよい。化合物Bの濃度が前記範囲であれば、生産コストおよび環境への影響を低減できるとともに、十分な密度および厚さを有するグラフト層を形成することができ、グラフト層表面の濡れ性、および耐摩耗性を向上できる。
【0026】
高分子Cは、上述のように排除体積効果およびゲル効果をもたらす。高分子Cは、化合物Bのグラフト重合を妨げない高分子であれば、特に限定されない。高分子Cは有機高分子であってもよく、無機高分子であってもよい。溶媒Dへの溶解性の観点から、高分子Cは有機高分子であってもよい。高分子Cは、1種類であってもよく、複数種類であってもよい。
【0027】
高分子Cは電気的に中性であってもよい。「電気的に中性である」とは、上述の通りである。高分子Cが電気的に中性であれば、高分子C内または/および高分子C間の相互作用を低減でき、さらには高分子Cと、化合物Bまたは/および高分子Bとの相互作用も低減できる。
【0028】
高分子Cの重量平均分子量は1万以上であってもよく、1万~100万であってもよく、10万~100万であってもよい。前記構成であれば、処理液中の高分子Cによる排除体積効果が向上し、化合物Bのグラフト重合の効率が向上する。重量平均分子量は例えば、ゲル浸透クロマトグラフィーによって測定できる。
【0029】
高分子Cは、ホスホリルコリン基を有していてもよい。高分子Cを構成するモノマーは、化合物Bと同じ化合物であってもよい。高分子Cは、例えば、ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)であってもよい。
【0030】
一方で、高分子Bと高分子Cとは、互いに反応しない異なる化合物であってもよい。これにより、化合物Bが基材に対するグラフト重合にのみ使用されるため、化合物Bのグラフト重合の効率を向上できる。
【0031】
高分子Cとしては、ホスホリルコリン基を有する高分子以外にも、ポリメタクリル酸ポリエチレングリコール、各種ベタイン基を有するポリマー、デンプン、スクロース、ヒアルロン酸等が挙げられる。
【0032】
処理液中の高分子Cの濃度は、高分子Cの種類によって適宜変更され得るが、例えば1μmol/L以上であってもよく、1~1000μmol/Lであってもよい。高分子Cの濃度が前記範囲であれば、処理液中の高分子Cによる排除体積効果を向上でき、化合物Bのグラフト重合の効率を向上できる。また、高分子Cとして高分子Bを用いる場合であっても、高分子Bを用いない場合に比べて廃棄される化合物Bの量を低減できる。
【0033】
さらに、グラフト重合開始前の処理液中の溶存酸素濃度は6.0mg/L以下であってもよく、0.2mg/L以下であってもよい。溶存酸素濃度が前記範囲であれば、溶存酸素による化合物Bの重合阻害を低減できる。
【0034】
溶媒Dは特に限定されず、親水性溶媒であってもよく、疎水性溶媒であってもよい。環境に対する負荷の観点から、親水性溶媒であってもよい。親水性溶媒としては例えば、水、食塩水、砂糖水、水/エタノール混合溶液等が挙げられる。疎水性溶媒としては、アルコール、アセトン、ヘキサン等が挙げられる。溶媒Dは少なくとも水を含んでいてもよい。
【0035】
溶媒Dは、前記化合物Bが重合した高分子B、および前記高分子Cの少なくとも一方に対する良溶媒であってもよい。溶媒Dは、高分子Bおよび高分子Cの両方に対する良溶媒であってもよい。
【0036】
本明細書において「良溶媒」とは、対象とする化合物の溶解度が、後述する貧溶媒と比べて相対的に大きい溶媒を指す。前記構成であれば、多量の高分子Bおよび/または高分子Cを溶媒中に溶解可能であるため、グラフト重合の効率を向上できる。
【0037】
また、溶媒Dは化合物Bに対する良溶媒であってもよい。溶媒Dが化合物Bに対する良溶媒であれば、溶媒D中の化合物Bの運動性を向上させられるため、化合物Bのグラフト重合の効率を向上できる。
【0038】
重合により生じた高分子を溶媒中から回収することを目的とする場合、溶媒として貧溶媒が用いられ得る。しかしながら、本開示のグラフト層の形成方法においては、前記の通り高分子Bの良溶媒を使用できる。
【0039】
前記処理液は、溶媒Dに可溶な無機塩をさらに含んでいてもよい。これにより、化合物Bのグラフト重合の効率を向上できる。
【0040】
溶媒Dが親水性溶媒である場合、前記無機塩として水溶性無機塩を用いてもよい。水溶性無機塩としては、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩等が挙げられる。アルカリ金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩およびセシウム塩等が挙げられる。また、アルカリ土類金属塩としては、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩およびラジウム塩等が挙げられる。また、無機塩をカウンターアニオンの種類によって分類すると、ハロゲン化物(例えば塩化物、フッ化物、臭化物、ヨウ化物等)、リン酸塩、炭酸塩、硝酸塩および水酸化物等が挙げられる。水溶性無機塩は、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムからなる群より選ばれる1種以上である。
【0041】
処理液中の無機塩の濃度は、例えば、0.01~5.0mol/Lであってもよく、1.0~5.0mol/Lであってもよく、1.0~3.0mol/Lであってもよい。前記濃度であれば、十分なグラフト密度を有するグラフト層を効率的に形成できる。
【0042】
<1-2.基材>
基材は、グラフト層を形成する対象となる。基材は、その表面の少なくとも一部に高分子Aを含み得る。基材は、例えば抗酸化剤、架橋剤等の機能性化合物および/または炭素繊維等の強化材を含んでいてもよい。
【0043】
高分子Aとしては、ポリオレフィン、芳香族ポリエーテルケトン等が挙げられる。高分子Aは1種類であってもよく、複数種類であってもよい。ポリオレフィンとしては、ポリエチレン等が挙げられる。ポリエチレンとしては、例えば、耐摩耗性、耐衝撃性、耐変形性等の機械的特性に優れる観点から、超高分子量ポリエチレン(UltraHigh Molecular Weight Polyethylene,UHMWPE)が挙げられる。また、芳香族ポリエーテルケトンとしては、耐衝撃性、耐変形性等の機械的特性に優れる観点からポリエーテルエーテルケトン(PEEK)が挙げられる。
【0044】
高分子Aはフリーラジカルを含有していてもよい。本明細書中「フリーラジカル」とは、不対電子を持ち、常磁性を有する分子を意味する。フリーラジカルの含有量は、電子スピン共鳴によって測定できる。フリーラジカル量としては、1.0×1014spins/g以上であってもよく、1.0×1014~1.0×1020spins/gであってもよく、1.0×1015~1.0×1020spins/gであってもよい。
【0045】
基材を構成する高分子の分子量が高いほど、耐摩耗性が高い傾向がある。ポリオレフィンを含む基材の場合、基材を構成する高分子の分子量は、100万以上であってもよく、100万~700万であってもよく、300万~700万であってもよく、特に300万~400万であってもよい。また、芳香族ポリエーテルケトンを含む基材の場合、基材を構成する高分子の分子量は、5万以上であってもよく、8~50万であってもよく、8万~20万であってもよい。本明細書において、基材を構成する高分子の分子量は、当該高分子を含むデカヒドロナフタレン(デカリン)溶液の135℃での粘度測定により下記式(1)で決定された分子量を意味する。
分子量=5.37×10×(固有粘度)1.49 ・・・(1)
また、基材を構成する高分子の密度は、耐衝撃性、耐変形性等の機械的特性の観点から、ポリオレフィンを含む基材の場合、0.927~0.944g/cmであってもよい。また、芳香族ポリエーテルケトンを含む基材の場合、1.20~1.55g/cmであってもよい。
【0046】
<1-3.接触工程>
接触工程は、化合物Bおよび高分子Cを溶媒D中に含む処理液に、高分子Aを含む基材を接触させる工程である。接触工程では、基材の少なくとも一部を処理液と接触させればよい。例えば高分子Aが存在する基材の表面の一部を処理液と接触させてもよく、基材全体を処理液と接触させてもよい。
【0047】
基材と処理液とを接触させる方法は特に限定されず、任意の方法で行うことができる。効率的にグラフト層を形成する観点から、基材を処理液中に浸漬させる方法であってもよい。基材と処理液とを接触させる時間も特に限定されないが、後述の重合工程を行う観点から5分以上接触させてもよい。
【0048】
<1-4.重合工程>
重合工程は、前記接触工程中に、前記基材の表面の少なくとも一部を構成する前記高分子Aに対して、前記化合物Bをグラフト重合する工程である。重合工程は接触工程と同時に行われ得る。グラフト重合の方式は特に限定されず、例えば、光開始グラフト重合であってもよく、熱開始グラフト重合であってもよい。
【0049】
光開始グラフト重合の場合、化合物Bが重合した高分子Bを基材の表面に安定的に固定化できる。さらに光開始グラフト重合によれば、高分子Bを基材表面に高密度に形成することにより、グラフト層の密度を高めることができる。
【0050】
光開始グラフト重合は、可視光によって開始されてもよく、紫外線によって開始されてもよい。基材の表面に紫外線を照射すると、表面近傍の化合物Bが重合して高分子Bが生成される。生成された高分子Bは、基材の表面に共有結合する。高分子Bが表面に高密度にグラフト結合することにより、全体として基材表面を被覆するグラフト層が形成される。この時、基材を加熱してもよい。基材および基材と接触している処理液を加熱することで、光開始グラフト重合を制御できる。
【0051】
基材の表面に光重合開始剤が含まれていてもよい。例えば、基材を処理液に接触させる前に、基材の表面に光重合開始剤を塗布しておいてもよい。この場合、紫外線照射によって発生した光重合開始剤ラジカルが基材表面に重合開始点を形成する。化合物Bが重合開始点と反応して、グラフト重合を開始し、高分子Bとなる。
【0052】
照射する紫外線の波長は例えば300~400nmである。紫外線の照射光源としては、たとえば高圧水銀ランプ(理工科学産業株式会社製 UVL-400HA)、LED(株式会社ワイ・イー・ブイ製 MeV365-P601JMM)等を用いることができる。紫外線の照射時間は、11~90分間であってもよく、23~90分間であってもよい。
【0053】
熱開始グラフト重合の加熱温度および加熱時間は特に限定されないが、加熱温度は高分子Aおよび/または高分子Bおよび/または高分子Cの融点以下であってよく、溶媒Dの沸点以下であってもよい。加熱温度は、例えば25~150℃であってよく、加熱時間は、例えば10~180分であってもよい。
【0054】
また、グラフト重合はガンマ線を照射することによって開始されてもよい。ガンマ線の照射時間は特に限定されないが、例えば5~120分であってもよい。
【0055】
グラフト重合終了後、洗浄を行って処理液を取り除いてもよい。また、ガンマ線照射、エチレンオキサイドガス等による滅菌処理をさらに行ってもよい。
【0056】
〔2.複合体の製造方法〕
本開示の一実施形態に係る複合体の製造方法は、基材と、当該基材の表面の少なくとも一部を被覆するグラフト層とを含む複合体の製造方法である。当該複合体の製造方法は、上述のグラフト層の形成方法によって、高分子Aを含む基材の表面の少なくとも一部に、化合物Bがグラフト重合したグラフト層を形成する工程を含む。〔1.グラフト層の形成方法〕で既に説明した事項については以下では説明を省略する。
【0057】
<2-1.基材形成工程>
前記製造方法は、基材として市販品を用いてもよいし、グラフト層を形成する工程の前に基材形成工程を含んでいてもよい。基材は、例えば、粉末状、粒状またはペレット状の高分子Aを金型に投入し、次いで圧縮成型、押し出し成型または射出成型することで得られる。高分子Aとしては、上述のUHMWPEおよびPEEKが挙げられる。UHMWPEおよびPEEKは、熱可塑性樹脂であるが、溶融温度以上でも流動性が低い。そのため、固体状のUHMWPEまたはPEEKを金型に投入して高熱高圧条件下で成型してもよい。高分子Aとともに抗酸化剤;架橋剤;炭素繊維等の強化材を金型に投入してもよい。
【0058】
<2-2.架橋工程>
本開示の一実施形態に係る複合体の製造方法は、グラフト層を形成する工程の前、例えば、基材形成工程とグラフト層を形成する工程との間に、高分子Aの分子内に架橋構造を生じさせる架橋工程を含んでいてもよい。これにより、耐摩耗性などの機械的特性がさらに向上した基材が得られる。
【0059】
架橋工程は、基材に高エネルギー線を照射する工程を含んでいてもよい。当該工程を高エネルギー線照射工程とも称する。基材に高エネルギー線を照射することにより、フリーラジカルを発生させる。これにより高分子Aを分子鎖間で結合させ、架橋構造を有する高分子Aを得ることができる。分子鎖間に架橋構造を生じさせることで、耐摩耗性、耐衝撃性などの機械的特性が向上する。
【0060】
架橋反応は、架橋剤の添加によっても可能であるが、未反応架橋剤を完全に除去することは難しい傾向にある。そのため、未反応架橋剤の生体への影響を考慮して、高エネルギー線照射による架橋反応を用いてもよい。
【0061】
高エネルギー線としては、X線、ガンマ線および電子線などが挙げられる。高エネルギー線の照射線量は、例えば25~200kGyであってもよく、50~150kGyであってもよい。高エネルギー線源としては、例えばガンマ線源としてCo(コバルト)60を放射線源とする放射装置、電子線を放射する加速機、X線を照射する装置などを使用できる。
【0062】
架橋工程は、高エネルギー線照射工程の後にさらに熱処理工程を含んでいてもよい。熱処理工程では、高エネルギー線照射工程によって生じたフリーラジカルをより効率的に架橋反応で消費させて分子内架橋を促進させる。熱処理の温度範囲は、110~130℃であってもよい。熱処理の処理時間は、2~12時間であってもよい。
【0063】
〔3.複合体の用途〕
前記製造方法により製造される複合体は、例えば、医療機器用部材、産業用機器部材等として使用できる。前記医療機器用部材としては例えば、人工関節用部材、人工血管、人工心臓、各種ステント等が挙げられる。
【0064】
前記人工関節用部材が適用される人工関節は、特に限定されず、例えば人工股関節、人工膝関節、人工足関節、人工肩関節、人工肘関節、人工指関節、人工椎間板等が挙げられる。例えば、人工股関節は、骨頭および寛骨臼を備え得る。この骨頭もしくは寛骨臼、またはその両方に本開示の一実施形態に係る人工関節用部材を適用できる。例えば、骨頭および寛骨臼のいずれか一方に前記人工関節用部材を利用する場合、他方には、ステンレス、コバルトクロム合金等の金属;アルミナ、ジルコニア等のセラミックス;UHMWPE、PEEK等の高分子等を含む部材を利用してもよい。また、例えば、骨頭および寛骨臼は、異なる材料で形成されていてもよい。例えば、骨頭は、高分子、セラミックスまたは金属の材料で形成されていてもよく、寛骨臼の基材は、例えば高分子の材料で形成されていてもよい。
【0065】
以下に、人工股関節の寛骨臼カップとして本開示の一実施形態に係る複合体を人工関節用部材として利用する例を説明する。図3は、本開示の一実施形態に係る人工股関節1の模式図である。図4は、本開示の一実施形態に係る寛骨臼カップ10の模式図である。人工股関節1は、寛骨93の寛骨臼94に固定される寛骨臼カップ10と、大腿骨91の近位端に固定される大腿骨ステム20とから構成されている。寛骨臼カップ10は、ほぼ半球状の寛骨臼固定面14およびほぼ半球状にくぼんだ摺動面16を有するカップ基材12と、摺動面16を被覆するグラフト層30とを有している。寛骨臼カップ10のグラフト層30が形成されたくぼみ161に大腿骨ステム20の骨頭22を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。寛骨臼固定面14は、寛骨臼94に近い側に配された外表面である。また、摺動面16は、骨頭22に接触する内表面または接触面でもある。
【0066】
図3および図4に示すように、寛骨臼カップ10では、カップ基材12の摺動面16がグラフト層30によって被覆されている。グラフト層30は、化合物Bが重合した高分子Bを摺動面16にグラフト重合して得られる。グラフト層30は、寛骨臼カップ10のみに配されていてもよく、寛骨臼カップ10と骨頭22の両方に配されていてもよい。
【0067】
グラフト層30は、生体膜の構造に類似し、関節における潤滑液との親和性が高く、膜の内部に潤滑液を保持できる。また、グラフト層30は、高密度にてリン酸基を備える。そのため、寛骨臼カップ10は、優れた耐摩耗性を示す。
【実施例
【0068】
以下、実施例および比較例に基づいて本開示の一態様をより詳細に説明するが、本開示の態様はこれらに限定されるものではない。
【0069】
〔実施例1〕
化合物Bとして2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)モノマー、高分子CとしてポリMPC(PMPC)、溶媒Dとして純水を用いた。高分子Cの重量平均分子量は20~100万であった。PMPC、NaCl、MPCを純水に溶解させ、処理液を作製した。処理液中のPMPC濃度を10μmol/L、NaCl濃度を2.5mol/L、MPC濃度を0.05mol/Lとした。また、高分子Aとして、分子量300~400万、密度0.93g/cmの超高分子量ポリエチレンからなる角材(断面:10mm×3mm、長さ:50mm)を基材として用いた。作製した処理液に角材を浸漬し、次いで紫外線を90分間照射した。紫外線照射が終了後、角材を引き上げて、純水およびエタノールで十分に洗浄することにより、基材表面にPMPCのグラフト層が形成された試験片を得た。
【0070】
また、MPC濃度を0.08mol/L、0.1mol/L、0.15mol/L、0.2mol/L、0.25mol/L、0.5mol/Lに変更した各処理液を用いて、上記と同様の方法によって試験片を作製した。
【0071】
〔比較例1〕
処理液に高分子Cを添加しないこと以外は実施例1と同様にして試験片を作製した。加えて比較例1では、化合物Bおよび高分子Cのいずれも添加していない処理液を使用した試験片も作製した。
【0072】
〔水の静的接触角の測定〕
各試験片の親水性を、各試験片のグラフト層が形成された面に純水を滴下した際の接触角(水の静的接触角)を測定することによって評価した。水の静的接触角は、表面接触角測定装置(協和界面科学社製 DM300)を用い、液滴法により評価した。具体的には、ISO15989規格に準拠し、液滴量1μLの純水を試験片表面に滴下して60秒後に接触角を測定した。
【0073】
〔グラフト層の厚さの測定〕
各試験片について、試験片をエポキシ樹脂に包埋し、次いで四塩化ルテニウムを用いて染色した。その後、ウルトラミクロトームを用いて試験片から超薄切片を切り出した。加速電圧100kVとする透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、超薄切片の切断面の電子顕微鏡画像を得た。得られた電子顕微鏡画像の1画像につき、切断面における膜厚を10点測定し、その平均値を算出してグラフト層の厚さとした。
【0074】
〔評価結果〕
図5は、実施例1および比較例1における処理液中のMPC濃度と水の静的接触角との関係を示すグラフである。図5中、黒丸(高分子C(+))は高分子Cを添加して作製した実施例1の試験片の結果を、白丸(高分子C(-))は高分子Cを添加しないで作製した比較例1の試験片の結果を意味する。図5より、実施例1では、処理液中の化合物Bが低濃度であっても、親水性が高いグラフト層を形成可能であることがわかった。特に処理液中のMPC濃度が0.08~0.25mol/Lの試験片の接触角が45°以下の低値を示した。また、処理液中のMPC濃度が0.1~0.2mol/Lである実施例の試験片の接触角が特に低値を示した。
【0075】
図6は、実施例1および比較例1における処理液中のMPC濃度とグラフト層の厚さとの関係を示すグラフである。図6における黒丸および白丸の意味は図5と同様である。図6より、実施例1では、処理液中のMPCが低濃度であったとしても従来技術と同等またはそれ以上の厚みを有するグラフト層を形成可能であることがわかった。特に処理液中のMPC濃度が0.08~0.25mol/Lである場合、グラフト層の厚さが50~250nmであり、高分子Cを添加しなかった比較例1の試験片よりもグラフト層の厚みが大きいことが示された。
【0076】
以上、本開示に係る発明について、諸図面および実施例に基づいて説明してきた。しかし、本開示に係る発明は上述した各実施形態に限定されるものではない。すなわち、本開示に係る発明は本開示で示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本開示に係る発明の技術的範囲に含まれる。つまり、当業者であれば本開示に基づき種々の変形または修正を行うことが容易であることに注意されたい。また、これらの変形または修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本開示に係る発明は、グラフト層の形成方法として利用できる。
【符号の説明】
【0078】
1 人工股関節
10 寛骨臼カップ(人工関節用部材)
12 カップ基材(基材)
30 グラフト層
図1
図2
図3
図4
図5
図6