IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 千葉大学の特許一覧

<>
  • 特許-心血管イベントの発症リスクの検査方法 図1
  • 特許-心血管イベントの発症リスクの検査方法 図2
  • 特許-心血管イベントの発症リスクの検査方法 図3
  • 特許-心血管イベントの発症リスクの検査方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】心血管イベントの発症リスクの検査方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/49 20060101AFI20241108BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
G01N33/49 X
G01N33/53 D
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020183779
(22)【出願日】2020-11-02
(65)【公開番号】P2022073652
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2023-08-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.掲載アドレス https://www.ahajournals.org/doi/abs/10.1161/circ.140.suppl_1.11022 2.掲載日 令和1年11月11日 3.公開者 舘野馨、豊田幸子、廣瀬雅教、近藤尚道、神田真人、小林欣夫 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://aha.scientificposters.com/epsAbstractAHA.cfm?id=2 2.掲載日 令和1年11月16日 3.公開者 舘野馨、豊田幸子、廣瀬雅教、近藤尚道、神田真人、小林欣夫 [刊行物等] 1.集会名 AHA Scientific Sessions 2019(米国心臓病学会(American Heart Association)主催) 2.開催日 令和1年11月16日 3.公開者 舘野馨、豊田幸子、廣瀬雅教、近藤尚道、神田真人、小林欣夫 [刊行物等] 1.掲載アドレス http://www.congre.co.jp/jcs2020/abstracts/jcs2020_ja.pdf 2.掲載日 令和2年2月13日 3.公開者 舘野馨、豊田幸子、廣瀬雅教、近藤尚道、神田真人、小林欣夫 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://www.micenavi.jp/jcs2020/search/detail_program/id:2801? 2.掲載日 令和2年7月27日 3.公開者 舘野馨、豊田幸子、廣瀬雅教、近藤尚道、神田真人、小林欣夫
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】舘野 馨
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-228229(JP,A)
【文献】特表2005-515407(JP,A)
【文献】国際公開第2009/034470(WO,A2)
【文献】Miriam Shteinshnaider et al.,Clinical characteristics and prognostic significance of changes in platelet count in an internal medicine ward,European Journal of Internal Medicine,2014年,vol.25,pp.646-651
【文献】八木 高秀 ほか,本態性高血圧症およびSHRSPにおける病気進展と平均血小板容積,血小板数の変動,近畿大医誌,1985年,vol.10, no.1,pp.17-24
【文献】諸見川 純 ほか,48.急性心筋梗塞症に伴う血小板数の変動について-血小板減少に対する臨床的,文献的考察-,沖縄医学会雑誌,1991年,vol.28,pp.126-128
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体における心血管イベントの発症リスクをインビトロで評価する方法であって、
(i)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料中の血小板数の値を取得する工程、
(ii)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料の少なくとも1つにおけるCD40リガンド(CD40L)の定量値を取得する工程、および
(iii)血小板数が減少する傾向が見られ、かつ、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値が、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較して低い場合、心血管イベントの発症リスクが高い指標とする工程
を含んでなる、方法。
【請求項2】
工程(iii)が、血小板数が増加する傾向が見られた場合を、心血管イベントの発症リスクが低い指標とする工程をさらに含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(iii)において、工程(i)で得られた血小板数の値を時間軸に対してプロットし、変曲点が見られるときは最新の変曲点から最新のプロットに向けて、変曲点が見られないときは最古のプロットから最新のプロットに向けて、減少傾向が見られ、かつ、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値が、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較して低い場合、心血管イベントの発症リスクが高い指標とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程(iii)が、工程(i)で得られた血小板数の値を時間軸に対してプロットし、変曲点が見られるときは最新の変曲点から最新のプロットに向けて、変曲点が見られないときは最古のプロットから最新のプロットに向けて、血小板数が増加する傾向が見られた場合を、心血管イベントの発症リスクが低い指標とする工程をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記被検体がヒトである、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記被検体が、重症下肢虚血を発症した後のヒトである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記被検体が、慢性維持透析患者である、請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心血管イベントの発症リスクを検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の生活習慣の欧米化に伴い、本邦でも動脈硬化性疾患に罹患するケースが急増している。昨今の予防医学は高血圧や高脂血症など、動脈硬化の危険因子を是正することに主眼がおかれている。しかし残念ながら、いまや心血管病は本邦における死因のトップとなってしまった。その理由のひとつとして、脳卒中・急性心筋梗塞など心血管イベント発症の正確な予測マーカーが存在しないことが挙げられる。動脈硬化性病変が進行した結果として生じる様々な病態は、患者のQOLを著しく低下させるばかりか、社会的な損失も甚大である。心血管病イベントの発症を抑制する必要性は益々高まっているが、その意味において、予後予測因子の同定がもたらす意義は非常に大きい。
【0003】
このような予後予測因子として、非特許文献1および非特許文献2には、血小板数と血小板凝集能の計測値が、脳卒中や心筋梗塞の発症と関連があることが報告されている。
【0004】
しかし、上述のような従来法は、検体採取後ただちに計測することが必要であるにも関らず、検査の手技と手順が極めて煩雑であるため、一般的な診療施設・検診現場では実施が困難である点や、予測精度が低い点など、未だ改良の余地がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sharp DS, et.al. Platelet aggregation in whole blood is a paradoxical predictor of ischaemic stroke: Caerphilly Prospective Study revisited. Platelets. 2005; 16: 320-8
【文献】Thaulow E, et.al. Blood platelet count and function are related to total and cardiovascular death in apparently healthy men. Circulation. 1991; 84: 613-7
【発明の概要】
【0006】
本発明者は、血中の血小板数の変動傾向を指標とすることにより、簡便かつ高精度で心血管イベントの発症リスクを判定できることを見いだした。さらに、本発明者は、血小板数の変動傾向に加え、血液試料中のCD40リガンド(CD40L)の濃度も指標とすることにより、心血管イベントの発症リスク判定の精度がさらに向上することを見いだした。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0007】
従って、本発明は、心血管イベント発症のリスクを簡便かつ高精度で判定することが可能な方法を提供する。
【0008】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)被検体における心血管イベントの発症リスクを判定する方法であって、
(a)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料中の血小板数の値を取得する工程、および
(b)血小板数が減少する傾向が見られた場合に、心血管イベントの発症リスクが高いものと判定し、血小板数が増加する傾向が見られた場合に、心血管イベントの発症リスクが低いものと判定する工程
を含んでなる、方法。
(2)工程(b)において、工程(a)で得られた血小板数の値を時間軸に対してプロットし、変曲点が見られるときは最新の変曲点から最新のプロットに向けて、変曲点が見られないときは最古のプロットから最新のプロットに向けて、減少傾向が見られた場合に心血管イベントの発症リスクが高いものと判定され、増加傾向が見られた場合に心血管イベントの発症リスクが低いものと判定される、前記(1)に記載の方法。
(3)被検体における心血管イベントの発症リスクを判定する方法であって、
(i)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料中の血小板数の値を取得する工程、
(ii)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料の少なくとも1つにおけるCD40リガンド(CD40L)の定量値を取得する工程、および
(iii)血小板数が減少する傾向が見られ、かつ、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値が、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較して低い場合に、心血管イベントの発症リスクが高いものと判定する工程
を含んでなる、方法。
(4)工程(iii)において、工程(i)で得られた血小板数の値を時間軸に対してプロットし、変曲点が見られるときは最新の変曲点から最新のプロットに向けて、変曲点が見られないときは最古のプロットから最新のプロットに向けて、減少傾向が見られ、かつ、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値が、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較して低い場合に、心血管イベントの発症リスクが高いものと判定される、前記(3)に記載の方法。
(5)前記被検体がヒトである、前記(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記被検体が、重症下肢虚血を発症した後のヒトである、前記(5)に記載の方法。
(7)前記被検体が、慢性維持透析患者である、前記(5)に記載の方法。
【0009】
本発明の方法では、医療現場での作業は、図2に示すような血漿サンプルの採取・遠心・凍結保存作業と、図1に示すような血液データのプロット作業のみとすることができるため、従来技術と比較して実施が容易である。また、血漿サンプルにおけるCD40リガンド(CD40L)の定量はELISA法にて行われるが、これは一般的な検査受託企業で通常行われている技術であり、あるいは市販品も豊富なCD40L測定キットを導入するのみで実施可能であるため、低コストで実施可能である。特に、本発明は、検査後短期間(例えば6ヶ月)以内の差し迫った発症のリスクを判定できる点で有利である。さらに、本発明は、心血管イベント発症率が高い慢性維持透析患者(血液検査を定期的に行う)において、優位性が顕著であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、被検体から複数の時点で採取した血液における血小板数を、時間軸に対してプロットしたグラフである。図1では、血小板数の測定値の移動平均値(7日移動平均)を時間軸に対してプロットし、受診日から遡って直近の変曲点を特定している。そして、変曲点における血小板数(移動平均値)をσ(ベースライン)とし、受診日における血小板数(移動平均値)から変曲点における血小板数(移動平均値)を引いた差をδとし、δ/σ×100を血小板数変動値(%)とする。
図2図2は、被検体から血液を採取した後の血液試料の処理手順の一例を示す図である。
図3図3は、血小板数変動値(%)を横軸とし、受診日における[CD40Lの定量値(ng/μL)]/[血小板数(/μL)]を縦軸としてプロットしたグラフである。図3中、色の濃いプロットが、受診日から6ヶ月以内に心血管イベントを発症した患者のサンプルである。
図4図4は、血小板数変動値(%)を横軸とし、受診日における[CD40Lの定量値(ng/μL)]/[血小板数(/μL)]を縦軸としてプロットしたグラフである。図4中、色の濃いプロット(右側の拡大図において矢印を付したプロット)が、受診日から6ヶ月以内に心血管イベントを発症した患者のサンプルである。
【発明の具体的説明】
【0011】
本発明の第一の態様の方法は、被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料中の血小板数の値を取得する工程を含む。この方法では、血小板数が減少する傾向が見られた場合に、心血管イベントの発症リスクが高いものと判定され、血小板数が増加する傾向が見られた場合に、心血管イベントの発症リスクが低いものと判定される。
【0012】
本発明の第二の態様の方法は、(i)被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料中の血小板数の値を取得する工程、および(ii)前記被検体から複数の時点で採取した複数の血液試料の少なくとも1つにおけるCD40リガンド(CD40L)の定量値を取得する工程を含む。この方法では、血小板数が減少する傾向が見られ、かつ、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値が、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較して低い場合に、心血管イベントの発症リスクが高いものと判定される。
【0013】
本明細書において、「心血管イベント」とは、心血管疾患における症状の発生をいい、具体的には、例えば、心血管死(致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、心臓突然死)、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)、ACバイパス術、その他の心血管再建術、安静狭心症および労作狭心症の新たな発症、狭心症の不安定化(入院、PCI、ACバイパス術、その他の心血管再建術の実施)などが挙げられる。本発明の好ましい実施態様によれば、心血管イベントは、心臓突然死、急性心筋梗塞、不安定狭心症、虚血性脳卒中、一過性脳虚血発作、または急性動脈閉塞(バイパス術後、透析シャント術後を含む)とされる。
【0014】
本明細書において、「被検体」は、心血管イベントを発症する可能性のある動物であれば特に制限はなく、具体的には、ヒト、サル、またはラット等のげっ歯類等が挙げられ、好ましくはヒトとされる。本発明の方法は、特に、動脈硬化性疾患の疑いのあるヒト、または重症下肢虚血(CLI)または動脈硬化性疾患を発症した後のヒト、または慢性維持透析患者を対象として好適に行われる。
【0015】
本発明の方法で使用する血液試料は、被検体から採取直後のものを測定に用いることが好ましいが、保存したものを用いてもよい。血液試料の保存方法としては、試料中の血小板の量が変化しない条件であれば特に制限はなく、例えば0~10℃の凍結しない程度の低温条件、暗所条件および無振動条件下が好ましい。
【0016】
血小板数を測定する「血液試料」としては、血小板を含有し、その数(濃度)を測定できるものであれば特に制限はないが、通常は全血試料が用いられる。この全血試料としては、被検体から採取された血液(全血)をそのまま用いてもよいし、凝固防止等を目的としてEDTAカリウム塩やヘパリン等の添加剤が添加されてもよい。被検体から血液試料を採取するために採血するタイミングは、特に制限されない。
【0017】
血液試料中の血小板の量を測定する方法については特に制限はなく、従来公知の手法が適宜採用されうる。特に血小板数の測定は、一般の健康診断等における血液検査においても採用されているほどの主要な検査項目であり、血液試料における血小板の量の測定技術についてはきわめて多くの知見が存在する。
【0018】
本発明の方法では、血小板数変動が判断の指標とされる。血小板数変動は、各被検体に由来する複数の時点での血液サンプルにおける血小板数を測定し、得られた測定値をグラフにプロットしてその経時変化をみることにより調べることができる。ここで、グラフにプロットされる測定値は、移動平均値(例えば、3日移動平均値、5日移動平均値、7日移動平均値、または7日以上の移動平均値)とすることが好ましい。より具体的には、図1に例示するように、血小板数の測定値の移動平均値(7日以上)を時間軸に対してプロットし、最新の採血時から遡って直近の変曲点を特定し、変曲点における血小板数(移動平均値)をσ(ベースライン)とし、最新の採血時における血小板数(移動平均値)から変曲点における血小板数(移動平均値)を引いた差をδとし、δ/σ×100を血小板数変動値(%)とすることができる。この血小板数変動値(%)が0よりも小さいと、血小板数の減少傾向が示され、0よりも大きいと、血小板数の増加傾向が示される。また、変曲点が存在しない場合には、最古の採血時における血小板数(移動平均値)をσ(ベースライン)とし、最新の採血時における血小板数(移動平均値)からσを引いた差をδとすればよい。変曲点または最古の採血時から最新の採血時までの期間は、特に制限されるものではないが、好ましくは7日間以上とされる。また、変曲点または最古の採血時から最新の採血時までに取得される血液試料の数は、特に制限されるものではないが、好ましくは5検体以上とされる。
【0019】
CD40Lを測定する「血液試料」としては、CD40Lを含有し、その数(濃度)を測定できるものであれば特に制限はないが、好ましくは血清または血漿(Platelet poor plasma, Platelet free plasma)が用いられ、より好ましくは血漿(Platelet poor plasma, Platelet free plasma)、さらに好ましくは採血後30分以内に遠心分離された血漿が用いられる。このような血液試料は、例えば、図2に示すような血漿サンプルの採取・遠心・凍結保存作業によって作製することができる。特に、凍結保存された血液試料(例えば血漿)を用いる場合には、分析のセンター化が容易となるため、特に好ましい。
【0020】
血液試料中のCD40Lの濃度を測定する方法については特に制限はなく、従来公知の手法が適宜採用されうる。このような手法としては多くの方法が知られており、また、その方法を実行するためのキットも市販されている。
【0021】
本発明の第二の態様の方法において、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値を指標とする場合には、その値を、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較する。このような比較は、その都度、低リスク者について測定された値を用いてもよいし、あるいは、低リスク者の値に基づいて適当なカットオフ値を規定しておき、これを比較に用いてもよい。低リスク者の血液試料中のCD40L濃度は、予め心血管イベント発症のハイリスク群でないことを臨床的に確認された個体から血液を採取し、被検体から採取した血液と同様の処理および測定を行って定量することにより得ることができる。
【0022】
また、血漿中のCD40L濃度は、その個体が罹患している疾患によって変動することがある。例えば、急性心筋梗塞、不安定狭心症、慢性心房細動、または糖尿病に罹患している個体では、血漿CD40L濃度が高値を示すことが知られており、急性疾患(急性心筋梗塞および不安定狭心症)ではおよそ5倍程度、慢性疾患(慢性心房細動および糖尿病)ではおよそ2倍程度のオーダーとなる。従って、CD40Lの定量値をその定量に用いた血液試料と同じ時点で採取した血液試料中の血小板数の値で割った値を指標とする場合において、その値を、心血管イベントの発症リスクが低い個体についての値と比較する場合には、このような疾患による血漿CD40L濃度の変動を考慮することが好ましい。例えば、被検体が罹患している疾患の種類ごとに、同じ疾患を有する低リスク個体の値に基づいてカットオフ値を決定しておくことができる。
【0023】
カットオフ値とは、ある物質に着目して目的とする疾患群と非疾患群とを判定する場合に定める値をいう。目的とする疾患と非疾患とを判定する場合に、カットオフ値以下であれば陰性、カットオフ値以上であれば陽性として、またはカットオフ値以下であれば陽性、カットオフ値以上であれば陰性として疾患を判定することができる(金井正光編、臨床検査法提要 金原出版株式会社)。
【0024】
カットオフ値の臨床的有用性を評価する目的で用いられる指標としては、感度と特異度が挙げられる。ある母集団をカットオフ値を用いて判定し、疾病患者のうち、判定で陽性とされたものをa(真陽性)、疾病患者でありながら判定で陰性とされたものをb(偽陰性)、疾病患者でないにも関わらず判定で陽性とされたものをc(偽陽性)、疾病患者でなく判定で陰性とされたものをd(真陰性)と表したときに、a/(a+b)で表される値を感度(真陽性率)、d/(c+d)で表される値を特異度(真陰性率)として表すことができる。
【0025】
目的とする疾患群と非疾患群との測定値の分布は通常、一部重複する。したがって、カットオフ値を上下させることにより、感度と特異度は変化する。カットオフ値を下げることにより感度は高くなるが、特異度は低下し、カットオフ値を上げることにより感度は低くなるが、特異度は上がる。判定方法としては、感度と特異度の両者の値が高いほうが好ましい。
【0026】
カットオフ値を設定する方法としては、非疾患群の分布の95%を含む、中央からの両端のいずれかの値をカットオフ値として設定する方法、非疾患群の分布が正規分布を示す場合、平均値+2倍の標準偏差(SD)または平均値-2SDをカットオフ値として設定する方法等が挙げられる。
【0027】
また、一般に、診断方法が有用かどうかを判定するためには、前述のように設定されたカットオフ値によって感度と特異度が変化するため、単純にあるカットオフ値での感度と特異度で評価するよりも、カットオフ値を上下させたときに感度や特異度が高く保たれるような指標、例えばROC曲線のAUC値で評価するのが望ましい。ROC曲線のAUC値は感度と特異度が両方100%になるようなカットオフ値が存在する場合に1になり、診断性能が良くない場合に0.5に近づく。
【0028】
すなわち、本発明の方法におけるカットオフ値は、上述の感度、特異度およびROC曲線のAUC値のいずれかが好ましい数値となるように決定することができる。また、血小板数変動を決定する際の変曲点から最新の採血時までの期間、および変曲点から最新の採血時までに取得される血液試料の数もまた、上述の感度、特異度およびROC曲線のAUC値のいずれかが好ましい数値となるように決定することができる。
【0029】
本発明の第二の態様の方法に従って、心血管イベントの発症リスクが高い群と低い群を選別した具体例を図3に示す。この例では、血中の血小板数変動値(%)が0よりも小さいこと、および血漿中CD40L(ng/μL)/血小板数(/μL)が1.00よりも小さいこと、という2つの基準により、100%の感度で心血管イベントの発症リスクが高い群を検出している。ちなみに、特異度は47%である。特定の理論に拘るわけではないが、低リスク群では、血小板活性化による血小板の消費が亢進すると、血小板減少傾向が持続するが、血漿CD40Lは高値を示すため、血小板機能が正常なら心血管イベントが回避されると考えられる。一方で、高リスク群では、血小板に質的な異常が存在するために、心血管イベントを回避できず、この場合、CD40Lも高値を示せないのではないかと考えられる。
【0030】
このようにして、本発明の方法により心血管イベントの発症のハイリスク群であると判定された被検者(動物)は、それぞれの疾患に適した治療を受けることにより、予後の経過や治療効果が非常に良好となる。本発明の方法は、血液維持透析におけるハイリスクケースのスクリーニング、プライマリケアにおけるハイリスク患者のスクリーニング、一般検診等におけるハイリスクケースのスクリーニング等にも好適に用いることができる。
【実施例
【0031】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
【0032】
血小板数およびCD40Lの測定方法
以下の実施例において、血液試料中の血小板数および血漿中のCD40リガンド(CD40L)の測定は以下の手法により行った。
【0033】
血小板数の測定
被験者から採取した血液サンプルを標準的なEDTA-2Kチューブに回収した。次いで、血小板数および平均赤血球容積(MCV)を含む各種の値を、GEN・S cellular analyzer system(ベックマン・コールター社製)またはXE-2100 Hematology analyzer(シスメックス社製)を製造者の指示に従って用いて測定した。これらの測定装置については、測定値の正確性を担保するために適宜較正を行った。
【0034】
CD40Lの測定
被験者から採取した血漿サンプルについて、ELISA法によりCD40Lを定量した。このELISA法は、市販のキット(製品名:The Quantikine Human CD40 Ligand Immunoassay, R&D Systems Inc.)を用いて行った。
【0035】
後ろ向きコホート研究
閉塞性動脈硬化症(ASO)による重症下肢虚血(CLI)が認められ、単核球による血管新生治療を受けた患者のうち、受診前の血清サンプルおよび血漿サンプルが利用可能な39症例を対象とする後ろ向きコホート研究を行った。この研究では、39症例を、受診後6ヶ月以内に心血管イベント(CVE)を発症した7症例とそうでない32症例に分けた。ここで、実際に見られた心血管イベント(CVE)は、突然死、心筋梗塞、冠動脈病変の悪化や脳血管障害の発症などであった。
【0036】
受診日における対象患者のデータを以下の表1に示す。
【表1】
【0037】
これらの対象患者に由来する受診日の血漿サンプル中のCD40Lを定量するとともに、受診日までの血小板数変動を調べた。血小板数変動は、各患者に由来する受診日前の複数の血液サンプルにおける血小板数を測定し、得られた測定値をグラフにプロットしてその経時変化をみることにより調べた。具体的には、図1に例示するように、血小板数の測定値の移動平均値(7日以上)を時間軸に対してプロットし、受診日から遡って直近の変曲点を特定した。そして、変曲点における血小板数(移動平均値)をσ(ベースライン)とし、受診日における血小板数(移動平均値)から変曲点における血小板数(移動平均値)を引いた差をδとした。変曲点が存在しない場合には、最古の採血時における血小板数(移動平均値)をσ(ベースライン)とし、最新の採血時における血小板数(移動平均値)からσを引いた差をδとした。δ/σ×100を血小板数変動値(%)とした。
【0038】
次に、血小板数変動値(%)を横軸とし、受診日における[CD40Lの定量値(ng/μL)]/[血小板数(/μL)]を縦軸としてプロットしたグラフを図4に示す。
【0039】
図4によれば、心血管イベントを発症した患者のサンプルは、いずれも0%よりも低い血小板数変動値(%)を示していた。さらに、心血管イベントを発症した患者のサンプルは、0%よりも低い血小板数変動値(%)を示し、かつ、CD40Lの定量値も低かった。従って、これらの指標により、被験者が心血管イベントを近い将来に発症するリスクを有するか否かを判定できることが明らかとなった。特に、この例において、血小板数変動値(%)のカットオフ値を0%とし、[CD40Lの定量値(ng/μL)]/[血小板数(/μL)]のカットオフ値を1.00としたときの診断方法としての感度は100%であり、特異度は47%であった。
図1
図2
図3
図4