IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ イビデン株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-植物賦活剤 図1
  • 特許-植物賦活剤 図2
  • 特許-植物賦活剤 図3
  • 特許-植物賦活剤 図4
  • 特許-植物賦活剤 図5
  • 特許-植物賦活剤 図6
  • 特許-植物賦活剤 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】植物賦活剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/06 20060101AFI20241108BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20241108BHJP
   C07C 59/42 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
A01N37/06
A01P21/00
C07C59/42
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020184776
(22)【出願日】2020-11-05
(65)【公開番号】P2021143170
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2019211537
(32)【優先日】2019-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020001054
(32)【優先日】2020-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020045768
(32)【優先日】2020-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 勝也
(72)【発明者】
【氏名】野原 偏弘
(72)【発明者】
【氏名】高田 久美子
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-058808(JP,A)
【文献】特開2012-046458(JP,A)
【文献】特開平06-345606(JP,A)
【文献】米国特許第06310007(US,B1)
【文献】Pest Management Science,2005年,61(6), P.572-576
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/
C07C 59/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(I)および/または(II):
HOOC-(R1)-CH(OH)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-R2 (I)
HOOC-(R1)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-CH(OH)-R2 (II)
式中、
1は、4個~12個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
2は、2個~8個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
の構造式を有する水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする植物賦活剤であって、前記水酸化脂肪酸誘導体が、9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデセン酸および/または9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデセン酸である植物賦活剤(花芽形成誘導剤およびうどんこ病に対する感染抑制に用いるものを除く)
【請求項2】
界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体をさらに含む請求項記載の植物賦活剤。
【請求項3】
前記水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度が、0.05~5mg/Lである請求項1または2記載の植物賦活剤。
【請求項4】
植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として用いられる請求項1~のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【請求項5】
前記植物賦活剤が、アブラナ科、イネ科、マメ科、ナス科、バラ科、ヒユ科、ウリ科、またはアオイ科植物から選択される植物に対して使用される請求項1~のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物賦活剤に関する。
【背景技術】
【0002】
古くから、植物の生長促進を目的とし、温度条件や日照条件の最適化や施肥などの対策が行われてきた。しかし、これらの対策には限界がある。例えば、施肥に用いる肥料の量を多くしても一定以上の生長促進効果は期待できないばかりか、肥料を多く与えすぎると、かえって植物生長の障害となり、ひいては土壌を汚染してしまう恐れがある。
【0003】
そこで、前記の対策に加え、成長促進、休眠抑制、ストレス抑制等の植物成長調節作用を有する植物賦活剤を用いて植物を賦活させる方法が報告されている。例えば、特許文献1には、炭素原子数が4~24のケトール脂肪酸を有効成分とする植物賦活剤が記載されている。特許文献2には、炭素数4~30の脂肪酸を0.1~8mg/Lの溶存酸素濃度環境下でプロテオバクテリアに代謝させることで得られる脂肪酸代謝物を含む植物賦活剤が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-131006号公報
【文献】国際公開第2018/47918号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のケトール脂肪酸を有効成分とする植物賦活剤や特許文献2に記載の植物賦活剤を上回る生長促進効果をもち、灌注や散布における均一性や分散性に優れた植物賦活剤が求められている。
【0006】
本発明は、土壌汚染や毒性が低く、植物生長促進効果に優れた植物賦活剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の式(I)および/または(II):
HOOC-(R1)-CH(OH)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-R2 (I)
HOOC-(R1)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-CH(OH)-R2 (II)
式中、
1は、4個~12個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
2は、2個~8個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
の構造式を有する水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする植物賦活剤に関する。ここで、特に、R1は、-(CH2n-(ただし、nは4~12である整数)であることが好ましい。
【0008】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、前記水酸化脂肪酸誘導体のR1の炭化水素基が6個~8個の炭素原子を有し、R2の炭化水素基が4個~6個の炭素原子を有する水酸化脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0009】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、前記水酸化脂肪酸誘導体のR1が、-(CH2n-(nは4~12である整数)の構造であり、R2が、Cn2n+1-(nは2~8である整数)の構造である水酸化脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0010】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、前記水酸化脂肪酸誘導体のR1が、炭素数7のアルキレン基(-(CH27-)であり、R2が、炭素数5のアルキル基(CH3CH2CH2CH2CH2-)である水酸化脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0011】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、ヒドロキシオクタデカエン酸である植物賦活剤が好ましい。
【0012】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸である植物賦活剤が好ましい。
【0013】
前記水酸化脂肪酸誘導体が、9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸である植物賦活剤が好ましい。
【0014】
なお、「オクタデカエン酸」は慣用的な表記であり(例えば、特開平3-14539号公報等)、上述の「9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸」は、「9,10,13-トリヒドロキシオクタデカ-11-エン酸」または「9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデセン酸」とも表記される。同様に、上述の「9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸」は、「9,12,13-トリヒドロキシオクタデカ-10-エン酸」または「9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデセン酸」とも表記される。なお、実施例では、かっこ書きで製造元の表記も併記している。また、上記説明は、本明細書、特許請求の範囲、図面および要約書中で使用される「オクタデカエン酸」全てに適用される。
【0015】
「9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸」の構造式は、下記構造式(1)で示されるものである。
【0016】
【化1】
【0017】
「9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸」の構造式は、下記構造式(2)で示されるものである。
【0018】
【化2】
【0019】
前記植物賦活剤が、界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体をさらに含む植物賦活剤であることが好ましい。
【0020】
前記水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度が、0.05~5mg/Lである植物賦活剤が好ましい。
【0021】
前記植物賦活剤が、植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として用いられる植物賦活剤であることが好ましい。
【0022】
前記植物賦活剤が、アブラナ科、イネ科、マメ科、ナス科、バラ科、ヒユ科、ウリ科、またはアオイ科植物から選択される植物に対して使用される植物賦活剤であることが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の植物賦活剤は、環境中での分解が容易であるため土壌汚染や毒性が低く、かつ優れた植物生長促進効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】アブラナ科植物である水菜の植物体重量における生長促進効果を示すグラフである。
図2】アブラナ科植物である水菜の葉の長さにおける生長促進効果を示すグラフである。
図3】ヒユ科植物であるホウレンソウの植物体重量における生長促進効果を示すグラフである。
図4】ヒユ科植物であるホウレンソウの葉の長さにおける生長促進効果を示すグラフである。
図5】ナス科植物であるトマトの抵抗性誘導遺伝子発現量を示すグラフである。
図6】ウリ科植物であるキュウリの抵抗性誘導遺伝子発現量を示すグラフである。
図7】アブラナ科植物であるシロイヌナズナの抵抗性誘導遺伝子発現量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
植物賦活剤
本発明の植物賦活剤は、水酸化脂肪酸誘導体であって、
以下の式(I)および/または(II):
HOOC-(R1)-CH(OH)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-R2 (I)

HOOC-(R1)-CH(OH)-CH=CH-CH(OH)-CH(OH)-R2 (II)
式中、
1は、4個~12個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
2は、2個~8個の炭素原子を有する直鎖または分岐の炭化水素基であって、1つまたはそれ以上の二重結合および/またはOH基を含んでいてもよく、二重結合を含んでいる場合、二重結合の位置は限定されない、
で示される構造式を有する水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする。特に、R1は、-(CH2n-(ただし、nは4~12である整数)であることが好ましい。本発明はまた、すべての幾何異性体および立体異性体を含む式(I)および/または(II)の化合物またはその塩もしくはエステルを有効成分として含む植物賦活剤に関する。
【0026】
本発明における「植物賦活」とは、何らかの形で植物の生長活動を活性化または維持するように調整することを意味するものであり、生長促進(茎葉の拡大、塊茎塊根の生長促進等を包含する概念である)、休眠抑制、植物のストレス(例えば病害など)に対する抵抗性を誘導、付与し、抗老化等の植物生長調節作用を包含する概念である。例えば、本発明の植物賦活剤を植物の茎葉または根の一部に接触させることで、植物に生長促進効果を付与することができる。本発明の植物賦活剤を接種することにより、植物体において、未処理植物と比較して、植物の生長指標である葉の長さおよび葉の重さの増加、塊茎または塊根の生長促進が確認されることから、本発明の植物賦活剤は植物に生長促進効果を付与していると考えられる。本発明の植物賦活剤を用いることによって、植物体の生育を促進し、野菜や穀物、果物等の植物体の収量増加をもたらすことができる。本発明の植物賦活剤の植物生長促進効果は非常に高く、この結果、商品作物の優れた収量増加効果や向上された収穫効率をもたらすことができる。
【0027】
本発明の一実施形態において水酸化脂肪酸誘導体の一例として用いられる、9(S),10(S),13(S)-11(E)-トリヒドロキシオクタデカエン酸および/または9(S),12(S),13(S)-10(E)-トリヒドロキシオクタデカエン酸およびそれらの誘導体は本発明の植物賦活剤として好適である。なお、本明細書中では、ヒドロキシオクタデカエン酸もしくはその誘導体を含む水酸化脂肪酸またはその誘導体を水酸化脂肪酸誘導体と総称して説明する。
【0028】
本発明の水酸化脂肪酸誘導体の塩としては、例えばアンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩等のアルキルアンモニウム塩などのアンモニウム塩、例えばカルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩や例えばナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、コバルト塩、マンガン塩などの金属塩等、肥料などに含まれる塩などの農業上容認可能な1種以上の塩であれば特に限定されない。例えば水酸化脂肪酸誘導体を塩の形態とすることにより、高水溶性および/または低潮解性などが得られ、水酸化脂肪酸誘導体の取扱いが容易となる場合がある。また、本発明では、水酸化脂肪酸誘導体の塩は、水酸化脂肪酸誘導体と酸または塩基とで形成される塩、これらの水和物、これらの混合物等の各種形態の水酸化脂肪酸誘導体の塩を含む。
【0029】
本発明の水酸化脂肪酸誘導体のエステルとしては、これらに限定されるものではないが、メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、ペンチルエステル、イソペンチルエステル、オクチルエステル等を挙げることができる。
【0030】
後述されるように、本発明の水酸化脂肪酸誘導体を含む植物賦活剤は、植物に施用されることにより、公知の植物生長促進資材と比較して、植物に対して顕著に優れた植物生長促進効果を示すことを特徴とする。これは、本発明の植物賦活剤が高い植物生長促進効果をもつことを示している。また同じく植物に施用されることにより植物の持つ病害に対する免疫機構を備えるサリチル酸系経路やジャスモン酸系経路の抵抗性誘導遺伝子の発現により、植物の病害を抑制することも示している。
【0031】
本発明の植物賦活剤には、必要に応じて、植物賦活剤に使用するのに適した相溶性の界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体が含有されていてもよい。例えば、希釈剤により、水酸化脂肪酸誘導体、例えばヒドロキシオクタデカエン酸またはその塩もしくはエステルの溶媒への分散性が向上する場合がある。また、本発明で使用される水酸化脂肪酸誘導体の希釈剤への溶解性や分散性を向上させるために、例えば分散助剤や湿潤剤などの界面活性剤などが含有されていてもよい。これらの添加成分としては、農業上容認可能な薬剤であれば特に限定されない。また、本発明の植物賦活剤には、界面活性剤や希釈剤、担体以外の、農薬製剤などに通常用いられる成分や例えば1種以上の肥料成分などの植物に有益な他の成分が、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルに加えて、さらに含有されていてもよい。
【0032】
本発明の植物賦活剤には、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルが含まれていればよく、それらの由来などは特に限定されるものではない。本発明のヒドロキシオクタデカエン酸などの水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルは例えば化学合成によって得られるものでもよく、また、例えば微生物を用いて製造されるものや微生物由来の酵素を脂肪酸などの基質に作用させて得られるものなどであってもよい。本発明の植物賦活剤には所望の濃度の水酸化脂肪酸誘導体が含まれていればよく、例えば水酸化脂肪酸誘導体として、微生物を用いて製造されるヒドロキシオクタデカエン酸が使用される場合、ヒドロキシオクタデカエン酸を含有する混合物が植物賦活剤に使用されてもよい。微生物によって分泌されたバイオサーファクタントなどが混合物中に含まれている場合、前述したような添加成分を含有させなくても、本発明の植物賦活剤の分散性を向上させる可能性がある。水酸化脂肪酸誘導体自体が不溶性である場合に、バイオサーファクタントにより乳化して水に分散させることができる場合がある。
【0033】
本発明の植物賦活剤は、任意の方法で植物に施用することができる。植物の根、茎、葉等の植物体に接触する方法であれば特に限定されない。植物体に直接接するように施用されてもよく、また、植物体が定着した土壌等の栽培担体に施用してもよい。例えば、本発明の植物賦活剤は、植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として使用され得る。また、本発明の植物賦活剤は、多孔質構造体やカプセル内に包含されたり、シート等に含侵されたりして、徐放性の薬剤として使用されてもよい。また貯蔵安定性のため、凍結乾燥や噴霧乾燥の手段で適当な賦形剤とともに粉末化してもよい。本発明の植物賦活剤は、植物に植物生長促進効果を付与し、施用された植物において、葉長、株重、葉数、作物重量の増加などの植物体の増加による収量増大、および、株当たりの茎数を増加させることなどによる収穫効率の向上をもたらす。また抵抗性遺伝子の発現により、植物の病害を抑制させる。
【0034】
本発明の植物賦活剤は、散布等の簡便な処理によって植物生長を促進させることができ、かつ病害も抑制させることができるため、特殊な設備等を用意する必要がなく、この点においても本発明は非常に有利である。さらに、例えばヒドロキシオクタデカエン酸などは、天然に存在する脂肪酸の酸化物であるため、本発明の植物賦活剤の環境負荷は低く、かつ、施用される植物への薬害もほとんどないという点においても、本発明の植物賦活剤は優れている。
【0035】
本発明の植物賦活剤の有効成分である水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの植物体および/または栽培担体への施用は、例えば、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルが、水および/または水溶性溶媒に溶解または分散した液体の状態で植物体および/または栽培担体に施用される方法によって行うことができる。例えば、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルが溶解または分散された液体が、対象植物の植物体の地上部(茎、葉等)に噴霧または塗布され得る。本発明の植物賦活剤の対象植物への施用は例えば出芽後、収穫前までに少なくとも一回行われればよく、複数回に分けて施用されてもよい。
【0036】
本発明の一実施形態において、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルは、500mg/L以下の濃度で用いられ得る。水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの好ましい濃度は、施用される植物種とその状態に依存するが、濃度が500mg/Lを超える場合は、植物にとっての薬害を生じる恐れがある。水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度の下限は特に限定されないが、0.05mg/L以上が好ましい。本発明の好ましい一実施形態において、水酸化脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度は、0.01~100mg/Lである。
【0037】
本発明の植物賦活剤を施用することのできる植物は、特に限定されるものではなく、植物一般に対して良好に用いることができるが、例えば、イネ科、マメ科、ナス科、バラ科、ヒユ科、アオイ科、ウリ科またはアブラナ科の植物が挙げられる。例えば、イネ科の植物として、例えば芝、稲、小麦、トウモロコシなど、マメ科の植物として、例えばダイズ、ソラマメ、インゲン豆、カンゾウなど、ナス科の植物として、例えばトマト、ナス、唐辛子、ピーマン、ジャガイモなど、バラ科の植物として、例えばイチゴなど、ヒユ科の植物として、例えばホウレンソウなど、アオイ科の植物として、例えば綿花、オクラなど、ウリ科の植物として、例えばキュウリ、カボチャ、スイカなど、アブラナ科の植物として、例えばコマツナ、水菜など、の植物の生長が効果的に促進される。また、施用の対象となる植物は野生型の植物に限定されず、例えば変異体や形質転換体等であってもよい。また、それぞれの植物の品種も特に限定されない。
【実施例
【0038】
本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【0039】
実施例1 水菜の生育評価
実施例1として、9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸(ラローダンファインケミカルズ社製、英語表記で9(S),10(S),13(S)-trihydroxy-11(E)-octadecenoic acid:日本語表記で9(S),10(S),13(S)-トリヒドロキシ-11(E)-オクタデセン酸)、200mg/L エタノール溶液)、および、9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸(ラローダンファインケミカルズ社製(英語表記で9(S),12(S),13(S)-trihydroxy-10(E)-octadecenoic acid:日本語表記で9(S),12(S),13(S)-トリヒドロキシ-10(E)-オクタデセン酸)、200mg/L エタノール溶液)を2:1で混合した混合物をトリヒドロキシオクタデカエン酸溶液とした。
【0040】
比較例として、以下の方法により調製した、ケトール脂肪酸および脂肪酸代謝物含有植物賦活剤を用いた。
【0041】
ケトール脂肪酸の調製
大豆由来リポキシダーゼ(シグマアルドリッチ社製)10mgを、リノール酸1g、リン酸二水素カリウム0.15gおよび蒸留水100mLからなるリノール酸懸濁液へ加えて1昼夜攪拌し、過酸化脂質1を生成させた。なお、過酸化脂質の生成は、TLC(展開溶媒クロロホルム:エタノール=20:1、硫酸発色)による標準物質との比較、およびOD234nmの上昇により確認した。また、過酸化脂質1の主要成分が13-HPODE((9Z,11E)-13-(ヒドロペルオキシ)-9,11-オクタデカジエン酸)であることをNMRにより確認した。得られた過酸化物質1にアレンオキシドシンターゼ(シグマアルドリッチ社製)0.1mgを加えて1昼夜攪拌することでケトール脂肪酸とし、その後、氷冷下希塩酸を添加して反応液のpHを3.0とすることで酵素反応を停止させた。そしてpHを6.5に調整してケトール脂肪酸(9-ヒドロキシ-10-オキソ-12(Z),15(Z)-オクタデカジエン酸、13-KODA)水溶液とした。
【0042】
脂肪酸代謝物含有植物賦活剤の調製
<前培養工程>
ガラス製三角フラスコ内の1Lの水にペプトン(Difco社製のタンパク質加水分解物)20g、硫酸マグネシウム七水和物1.5g、リン酸水素二カリウム1.5gを溶解させ、121℃、20分のオートクレーブ滅菌を行い、室温まで冷却後、廃水処理で用いられる活性汚泥に由来するプロテオバクテリア(Azoarcus buckelii、Propionivibrio pelophilus、Thauera selenatis、Pandoraea pulmonicola、Pusillimonas noertemannii、Rhodovulum kholense、Haematobacter massiliensis、Hyphomicrobium hollandicum、Chelatovorus multitrophus、Nitrosococcus halophilus、Thioalkalivibrio thiocyanodenitrificans、Marinobacter hydrocarbonoclasticus、Halomonas xinjiangensis、Pseudomonas pertucinogena等を含む複合菌叢)の菌液を植菌した。なお、培養容器の口は、シリコ栓で密栓した。植菌後の容器をバイオシェーカー(タイテック(株)製のBR-23UM)を用い、20℃、120rpmの条件下で、24時間培養を行った。培養液中の菌数は5×108cells/mLであった。培養後、培養液を15,000×G、20℃の条件で遠心分離することで菌体を培養液から分離させ、菌体を回収した。
<脂肪酸代謝工程>
ガラス製三角フラスコ内の1Lの滅菌水に、リノール酸(富士フイルム和光純薬(株)製の一級リノール酸)12g、硫酸マグネシウム七水和物1.5g、リン酸水素二カリウム1.5gおよび前培養工程で得られた菌体の全量を加えた。これを、バイオシェーカー(登録商標)(タイテック(株)製のBR-23UM)を用い、20℃、120rpm、溶存酸素濃度4mg/Lの条件下で、4日間培養を行った。なお、リノール酸の分解は(株)島津製作所製の分光光度計BioSpec-miniで波長230nmの吸光度を測定することにより培養液を分析し、リノール酸中間生成物の1つである酸化脂質の生成具合により確認した。培養後の菌体を含む培養液を、脂肪酸代謝物含有植物賦活剤に含まれる脂肪酸代謝物とした。
【0043】
上記で得られたトリヒドロキシオクタデカエン酸溶液、ケトール脂肪酸水溶液、および、脂肪酸代謝物を含む培養液、それぞれの溶液に対して、トリヒドロキシオクタデカエン酸、ケトール脂肪酸および脂肪酸代謝物の終濃度が0.05mg/Lの濃度となるように蒸留水を加えて希釈液を調製し、処理液とした。72穴セルトレイに培土(タキイ種苗(株)、商品名「種まき培土」)を充填し、催芽処理した水菜の種子を播種した。出芽後、水菜幼苗をセル当たり2株になるよう間引いた。光条件は明期12時間/暗期12時間に設定した。水の補給は、4日に1回程度、水道水を適量灌注することで行った。播種から9日後および12日後に、各処理液を、スプレーを用いて植物体の地上部に噴霧(300L/10a)して葉面散布した。陰性対照には処理液を散布しなかった(「無処理区」)。
【0044】
播種から21日後に収穫し、一株当たりの地上部の湿重量、および、葉の長さを測定した。結果をそれぞれ図1および図2に示す。
【0045】
図1および図2に示されるように、無処理区に対して、ヒドロキシオクタデカエン酸の処理液の施用区の水菜(n=20)の平均の地上部湿重量および葉長の両方が増大していた。地上部湿重量は、無処理区の0.19g/株に対し、ヒドロキシオクタデカエン酸処理区で0.35g/株であった。また、葉長は、無処理区の8.1cmに対し、ヒドロキシオクタデカエン酸処理区で9.6cmであった。t検定の結果、地上部湿重量および葉長の両方について、ヒドロキシオクタデカエン酸の処理液の施用区において、無処理区に対する有意差が認められた。これに対し、脂肪酸代謝物またはケトール酸を処理液として用いた施用区では、地上部湿重量の増大はほとんど見られなかった。また、ケトール脂肪酸処理液の施用区では、葉長は減少していた。
【0046】
実施例2 ホウレンソウの生育評価
72穴セルトレイに培土(タキイ種苗(株)、商品名「種まき培土」)を充填し、催芽処理したホウレンソウの種子を播種した。出芽後、ホウレンソウ幼苗をセル当たり2株になるよう間引いた。光条件は明期12時間/暗期12時間に設定した。水の補給は、3日に1回程度、水道水を適量灌注することで行った。処理液として実施例1で調製したヒドロキシオクタデカエン酸の処理液を用いて、播種から16日後に、処理液をスプレーで植物体の地上部に噴霧(300L/10a)して葉面散布した。陰性対照には処理液を散布しなかった(「無処理区」)。
【0047】
播種から23日後に収穫し、一株当たりの地上部の湿重量、および、葉の長さを測定した。結果をそれぞれ図3および図4に示す。
【0048】
図3および図4に示されるように、無処理区に対して、ヒドロキシオクタデカエン酸の処理液の施用区のホウレンソウ(n=46)の平均の地上部湿重量および葉長の両方が増大していた。地上部湿重量は、無処理区の0.20g/株に対し、ヒドロキシオクタデカエン酸処理区で0.26g/株であった。また、葉長は、無処理区の5.2cmに対し、ヒドロキシオクタデカエン酸処理区で5.7cmであった。t検定の結果、地上部湿重量および葉長の両方について、ヒドロキシオクタデカエン酸の処理液の施用区において、無処理区に対する有意差が認められた。
【0049】
図1~4に示されるように、アブラナ科植物である水菜およびヒユ科植物であるホウレンソウに対して、地上部の湿重量の増加および葉長の増大が確認された。本発明の植物賦活剤が植物への優れた生育促進効果を有していることがわかる。
【0050】
実施例3 トマトの抵抗性誘導評価
実施例1の前段で調製したトリヒドロキシオクタデカエン酸(トリヒドロキシオクタデセン酸)溶液(9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸および9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸の混合物のエタノール溶液)に、トリヒドロキシオクタデカエン酸の終濃度が5mg/L(5ppm)、50mg/L(50ppm)の濃度となるように蒸留水を加えて希釈液を調製し、2種類の処理液とした。
【0051】
本葉2葉期のトマトの苗(品種:CFハウス桃太郎;揖斐川工業(株)より購入)を、培土(タキイ種苗(株)、商品名「種まき培土」)を充填した9cmポットに植え替えた。温度は30℃に恒温し、光条件は蛍光灯にて明期12時間/暗期12時間に設定した。水の補給は、1日に1回程度、水道水を適量灌注することで行った。植え替え24時間後に上記で調製した2種類のヒドロキシオクタデカエン酸の処理液をスプレーで植物体の地上部に噴霧(10mL/株)して葉面散布した。陰性対照には蒸留水を散布した(「無処理区」)。
【0052】
葉面散布48時間後に各処理液で処理した各トマトおよび対照として無処理のトマトの本葉から市販のRNA抽出キット(GPR1002、Viogene社製)を使ってRNAを抽出してRNAからcDNAを調製し、抵抗性遺伝子PR-1b、PR-2a、PR-2b、PR-3a、PR-3b、PR-5の発現量をリアルタイムPCRにて調べた。なお、遺伝子発現量はハウスキーピング遺伝子の発現量で標準化した。各処理区についてトマトの苗を3本ずつ試験し、得られた発現量の平均値の結果を図5に示す。測定した抵抗性遺伝子の種類は「日植病報、2017年、第83巻、p.3-9」を参考にした。PR-1b、PR-2a、PR-3a、PR-5はサリチル酸系経路の抵抗性遺伝子、PR-2b、PR-3bはジャスモン酸系経路の抵抗性遺伝子である。
【0053】
実施例4 キュウリの抵抗性誘導評価
実施例1の前段で調製したトリヒドロキシオクタデカエン酸(トリヒドロキシオクタデセン酸)溶液(9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸および9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸の混合物のエタノール溶液)に、トリヒドロキシオクタデカエン酸の終濃度が50mg/L(50ppm)の濃度となるように蒸留水を加えて希釈液を調製し、処理液とした。
【0054】
本葉2葉期のキュウリの苗(品種:北進;揖斐川工業(株)より購入)を、培土(タキイ種苗(株)、商品名「種まき培土」)を充填した9cmポットに植え替えた。温度は25℃に恒温し、光条件は蛍光灯にて明期12時間/暗期12時間に設定した。水の補給は、1日に1回程度、水道水を適量灌注することで行った。植え替え5日後に上記で調製したヒドロキシオクタデカエン酸の処理液をスプレーで植物体の地上部に噴霧(10mL/株)して葉面散布した。陰性対照には蒸留水を散布した(「無処理区」)。
【0055】
葉面散布72時間後に処理液で処理したキュウリおよび対照として無処理のキュウリから実施例3と同様な操作で抵抗性遺伝子PR-8、POXの発現量を調べた。各処理区についてキュウリの苗を3本ずつ試験し、得られた発現量の平均値の結果を図6に示す。測定した抵抗性遺伝子の種類は「Journal of Plant Molecular Breeding、2016年、第4巻、第2号、p.33-40」および「園学研、2011年、第10巻、第3号、p.429-433」を参考にした。PR-8、POXはサリチル酸系経路の抵抗性遺伝子である。
【0056】
実施例5 シロイヌナズナの抵抗性誘導評価
実施例1の前段で調製したトリヒドロキシオクタデカエン酸(トリヒドロキシオクタデセン酸)溶液(9,10,13-トリヒドロキシ-11-オクタデカエン酸および9,12,13-トリヒドロキシ-10-オクタデカエン酸の混合物のエタノール溶液)に、トリヒドロキシオクタデカエン酸の終濃度が4mg/L(4ppm)、40mg/L(40ppm)の濃度となるように蒸留水を加えて希釈液を調製し、2種類の処理液とした。
【0057】
シロイヌナズナの種(Col-0;(株)インプランタイノベーションズより購入)を、固形培地として3cm×3cm×3cmのロックウール(大和プラスチック(株)製、ロックウールブロック 60P)に1株/1cm2の栽培密度で播種した。温度は22℃に恒温し、光条件は蛍光灯にて明期12時間/暗期12時間に設定した。播種後15日間、ロックウールを市販の液肥(住友化学園芸(株)製、ベジフル液肥)を1000倍希釈した培養液に浸し水耕栽培で生育した。15日後に上記で調製した2種類のヒドロキシオクタデカエン酸の処理液をロックウールに13mL加え、5時間静置処理した後再び元の培養液に置換して引き続き生育した。陰性対照は処理液を加えなかった(「無処理区」)。
【0058】
処理24時間後に各処理液で処理したシロイヌナズナおよび対照として無処理のシロイヌナズナから実施例3と同様な操作で抵抗性遺伝子PR-1、PR-2、PDF1.2の発現量を調べた。各処理区についてシロイヌナズナの苗を3本ずつ試験し、得られた発現量の平均値の結果を図7に示す。測定した抵抗性遺伝子の種類は「PLoS ONE、第9巻、第1号、e86882」を参考にした。PR-1、PR-2はサリチル酸系経路の抵抗性遺伝子、PDF1.2はジャスモン酸系経路の抵抗性遺伝子である。
【0059】
図5(実施例3)、図6(実施例4)、図7(実施例5)からわかるように、ナス科のトマト、ウリ科のキュウリ、アブラナ科のシロイヌナズナに対して、抵抗性遺伝子の発現量増大が確認された。本発明の植物賦活剤が植物への優れた病害抑制効果を有していることがわかる。
【0060】
上記の結果より、本発明の植物賦活剤が、土壌汚染や毒性が低く、植物生長を促進させることができ、また抵抗性遺伝子を発現させることにより植物の病害を抑制することもできる優れた植物賦活剤であることがわかる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7