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特許7584317フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手及びフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手及びフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20241108BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20241108BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241108BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20241108BHJP
【FI】
B23K9/23 B
B23K9/16 J
C22C38/00 302H
C22C38/60
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021011358
(22)【出願日】2021-01-27
(65)【公開番号】P2022114890
(43)【公開日】2022-08-08
【審査請求日】2023-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】川 真知
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-155662(JP,A)
【文献】特表2018-529522(JP,A)
【文献】特開2017-279427(JP,A)
【文献】特開2019-42800(JP,A)
【文献】特開2019-218613(JP,A)
【文献】特開2011-173124(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、
溶接部と、を備え、
前記母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと、前記溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である前記溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、
前記母材の孔食電位PBMと、前記溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物。
【請求項2】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、
溶接部と、を備え、
前記母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと、前記溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である前記溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、
前記母材の孔食電位PBMと、前記溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手。
【請求項3】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材を、ガスシールドアーク溶接法により溶接する方法であって、
溶加材は使用せず、
アフターガス及びバックガスのいずれか一方または両方に、 ガスを用いる、フェライト・オーステナイト二相鋼材の溶接方法。
【請求項4】
トーチシールドガスに、60体積%未満のNを含有するガスを用いる、請求項3に記載のフェライト・オーステナイト二相鋼材の溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手及びフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼は、鋼の組織にオーステナイト相とフェライト相の両相を有するステンレス鋼である。二相ステンレス鋼は、一般に同等の耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼に対して、低Niの成分系かつ高強度であることから、合金コストが低くかつ薄肉化が可能な材料として注目を浴びている。以前から高耐食性を活かして石油化学装置材料、ポンプ材料、ケミカルタンク用材料などに厚板として使用されているが、さらに近年では、高強度を活かして構造部材用材料などへの薄板の適用も進んでいる。
【0003】
二相ステンレス鋼には例えば、省合金型のSUS821L1、合金量が比較的中程度のSUS329J4L、合金量が比較的多いSUS327L1など、多くの鋼種がある。これらの現在広く使われている鋼種には、耐食性を向上させる元素として、Cr、Ni、Moとともに、合金コストに優れるN(窒素)が、約0.1~0.3%程度含有されている。
【0004】
また、二相ステンレス鋼の溶接構造物を建造する場合の溶接方法としては、非消耗電極式溶接または消耗電極式溶接が適用される。非消耗電極式溶接としては、TIG溶接、プラズマ溶接、レーザ溶接などが挙げられる。消耗電極式溶接としては、MIG溶接、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接、被覆アーク溶接、サブマージアーク溶接などが挙げられる。これらの中でも、非消耗電極式溶接は、溶接効率で消耗電極式溶接に劣るものの、シールドガスに純Arガスを使用するため、溶接金属中の酸素量が極めて低く、溶接金属の靱性が優れており、品質要求の厳しい溶接構造物の建造に適している。
【0005】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼を母材とする溶接構造物を必要な用途に適用する際に課題となるのが、溶接金属部および溶接熱影響部においてσ相またはクロム窒化物が析出することによる耐食性の低下である。そのため、溶接の母材として二相ステンレス鋼を使用する際は、耐食性があまり問題にならない用途において限定的に使用する、溶接方法を制限する、溶接後の再熱処理を実施する、溶接ガスを特別なものに変更するなど、溶接作業性を犠牲にする場合が多い。
【0006】
ところで、先ほど触れたように、SUS821L1、ASTM S32101またはNSSC 2351などに代表される、Cr、Ni、Moの含有量が比較的少なくN含有量が多く経済性に優れるフェライト・オーステナイト系ステンレス鋼は、省合金二相ステンレス鋼と呼ばれている。省合金二相ステンレス鋼はその耐食性レベルに応じて、汎用オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304やSUS316Lの代替として用いられる場合がある。これらの省合金二相ステンレス鋼では、特にクロム窒化物の生成による耐食性低下が問題になる場合が多い。その耐食性低下は、以下の機構で生じる。
【0007】
二相ステンレス鋼は、加熱温度によりフェライト相とオーステナイト相との相比が変動する。そのため、二相ステンレス鋼を溶接すると、母材を溶融するための加熱によって、溶接金属部および溶接熱影響部となる部分のフェライト相の割合が増加し、オーステナイト相の割合が減少する。一方、溶接金属部および溶接熱影響部が形成される冷却時には、オーステナイト相が増加する。しかし一般に、溶接金属部および溶接熱影響部の形成時の冷却速度が速いため、溶接金属部および溶接熱影響部のオーステナイト相の割合は、母材よりも少なくなる。
【0008】
また溶接中の高温状態では、溶接金属部からNが容易に蒸発する。Nは、オーステナイト安定元素として作用してオーステナイト量を増やす効果があるため、溶接金属部のNの減少はフェライト量を多くする方向に働く。
【0009】
二相ステンレス鋼中のNは、その殆どがオーステナイト相中に固溶している。しかし、溶接金属部および溶接熱影響部では、母材と比較してオーステナイト相の割合が少ないため、フェライト相中のN含有量が高くなっている。フェライト相中のNの固溶限界は、オーステナイト相に比べて非常に小さいため、溶接中のNの蒸発による若干の減少があったとしても、溶接時の冷却中の溶接金属部および溶接熱影響部のフェライト相中またはフェライト相間の粒界には、フェライト相に固溶しきれないNがクロム窒化物として析出する。
【0010】
クロム窒化物の生成に伴い鋼中のCrが消費された結果、いわゆるクロム欠乏層が形成され、耐食性が低下する。したがって、溶接金属部および溶接熱影響部に析出するクロム窒化物量を低減することが、溶接部の耐食性向上のために重要である。
【0011】
一般的な二相ステンレス鋼の溶接方法として、特許文献1には、溶接最終パスの溶接方法を制御することで、クロム窒化物の析出を抑制する技術が記載されている。
【0012】
また、特許文献2には、溶接後に溶接熱影響部を700℃~1000℃で熱処理を施すことでオーステナイト相を再析出させ、溶接熱影響部の耐食性を回復させる技術が記載されている。
【0013】
さらに、特許文献3には、溶接ガスとして純アルゴンではなくアルゴンと窒素の混合ガスを溶接時のシールドガスに用いることで、溶接金属中のオーステナイト相量を増加させ、そのオーステナイト相中に窒素を固溶させることで、溶接熱影響部の耐食性低下を抑制する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開昭62-199272号公報
【文献】特開2015-217434号公報
【文献】特許第6726499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、特許文献1では、溶接時の条件制御が重要となり、特許文献2では溶接後の熱処理が必要となる。薄板用途では大量に溶接する事が多く、溶接方法の制限または溶接後の熱処理などが難しい場合がある。
【0016】
特許文献3では、溶接ガスへの窒素添加が必要だが、通常の純アルゴンガスを用いた場合に比べて、溶接アークの形状が変化するため、溶接の条件適正化に時間がかかる場合がある。また、窒素はアルゴンに比べて反応性が高いため、TIG溶接などでは溶接電極の消耗が早くなる場合がある。
【0017】
さらに一般に薄板用途では、溶接時に溶加材を用いないため、溶加材による耐食性の改善も難しい。そのため、母材への合金元素の添加によって溶接金属部および溶接熱影響部の耐食性を向上させることが考えられるが、それには合金コストの増加という別の問題が生じる。
【0018】
以上の背景により、溶接工程および溶接構造物作成のコスト削減の観点から、溶接方法の制限が緩く、溶接後の再熱処理が不要になり、更には溶接電極の消耗が少ない二相ステンレス鋼の溶接方法が望まれている。また、耐食性向上の観点から、溶接部の耐食性に優れた溶接構造物及び溶接継手が望まれている。
【0019】
本発明は、オーステナイト相とフェライト相との二相を持つ二相ステンレス鋼において、溶接した際の、溶接金属部および溶接熱影響部の耐食性低下が少なく、それにより当該鋼使用時のネックとなりうる溶接作業性の向上および溶接コストの低減を図ることができる、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の溶接方法を提供することを課題とする。
また、本発明は、溶接金属部の耐食性に優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物並びにフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、種々の成分および板厚を有する鋼について、溶接した際の、溶接金属部および溶接熱影響部の耐食性に影響する因子を評価するため、種々の試験を実施した。
【0021】
上記の試験結果について、本発明者らは溶接金属部の表層近傍は、内部よりも耐食性が低下した組織になりやすいことを発見した。溶接構造物では、溶接金属部は必ずしも研磨されず、焼け取り剤などの薬品で溶接焼けを除去するだけとすることも多く、この場合、溶接金属部の表層近傍の組織が耐食性を決定する。
【0022】
そこで溶接金属部の表層近傍の耐食性に着目し、溶接金属の表層近傍の耐食性を良好にする因子を調査した結果、溶接時に、アフターガスおよびバックガスに高濃度の窒素を含むガスを用いることで、溶接金属部の表層の窒素濃度を増加させて耐食性を改善できるという知見を得た。
【0023】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、下記のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の溶接方法、溶接構造物及び溶接継手を要旨とする。
【0024】
[1] フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、
溶接部と、を備え、
前記母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと、前記溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である前記溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、
前記母材の孔食電位PBMと、前記溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物。
[2] フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、
溶接部と、を備え、
前記母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと、前記溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である前記溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、
前記母材の孔食電位PBMと、前記溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手。
[3] フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材を、ガスシールドアーク溶接法により溶接する方法であって、
溶加材は使用せず、
アフターガス及びバックガスのいずれか一方または両方に、 ガスを用いる、フェライト・オーステナイト二相鋼材の溶接方法。
[4] トーチシールドガスに、60体積%未満のNを含有するガスを用いる、[3]に記載のフェライト・オーステナイト二相鋼材の溶接方法
【発明の効果】
【0025】
本発明の溶接方法によれば、オーステナイト相とフェライト相との二相を持つ二相ステンレス鋼において、溶接した際の、溶接金属部および溶接熱影響部の耐食性の低下が少なく、それにより当該鋼使用時のネックとなりうる溶接作業性の向上および溶接コストの低減を図ることができる。
また、本発明の溶接構造物及び溶接継手によれば、溶接金属部の耐食性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、実施例の鋼種Bからなる母材を溶接することによって得られる溶接金属部の表層の金属組織を示す写真であって、(a)はアフターガスとしてArガスを用いた例であり(試料番号27)、(b)はアフターガスとしてNを用いた例(試料番号5)を示す写真である。
図2図2は、実施例の鋼種Bからなる母材を溶接することによって得られる溶接金属部の表層の深さ方向の窒素濃度の分布を示すグラフであって、(a)はトーチシールドガスにArを、アフターガスにArを用いた例(試料番号32)のグラフであり、(b)はトーチシールドガスにAr+5%Nガスを、アフターガスにArガスを用いた例(試料番号15)のグラフである。
図3図3は、実施例における溶接方法を説明する模式図である。
図4図4は、実施例における、溶接金属部の表層のγ相率低下代と孔食電位低下代との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態であるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物(以下の説明では溶接構造物という場合がある)、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接継手(以下の説明では溶接継手という場合がある)及びフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の溶接方法(以下の説明では溶接方法という場合がある)について説明する。
【0028】
本実施形態の溶接構造物は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、溶接部と、を備え、母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、母材の孔食電位PBMと溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、鋼溶接構造物である。
【0029】
また、本実施形態の溶接継手は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材と、溶接部と、を備え、母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと溶接部の溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)が20面積%未満であり、母材の孔食電位PBMと溶接部の孔食電位PWMとの差分である孔食電位低下代(PBM-PWM)が150mV未満である、溶接継手である。
以下、各要件について詳しく説明する。
【0030】
(溶接構造物及び溶接継手)
本実施形態では、付き合わせ溶接によって形成された溶接構造物及び溶接継手を例にして説明するが、本発明は付き合わせ溶接に限定する必要はなく、重ね溶接、隅肉溶接などにより溶接された溶接構造物及び溶接継手にも適用可能である。また、付き合わせ溶接によって形成された溶接構造物及び溶接継手としては、例えば、鋼板同士を突き合わせ溶接した溶接構造物及び溶接継手、鋼管の端部同士を突き合わせ溶接した溶接構造物及び溶接継手などを例示できる。
【0031】
(母材)
本実施形態に係る母材は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材である。フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材は、金属組織中に、フェライト相及びオーステナイト相の二相組織を含有する。母材の形状は、板材、管材、棒材、線材など、特に限定されるものではない。
【0032】
フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材の化学組成は、後述する。
【0033】
(溶接部及び溶接金属部について)
本実施形態に係る溶接部は、溶接金属部及び溶接熱影響部から構成される。本実施形態では、溶接部の耐食性向上の観点から、溶接金属部におけるオーステナイト相率の低下代と、溶接部における孔食電位低下代とに着目する。
【0034】
(溶接金属部の表層のオーステナイト相率低下代:20面積%未満)
母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと、溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分である溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)は、20面積%未満とする。低下代は望ましくは10%未満である。低下代を20面積%未満とすることで、溶接金属部の耐食性を母材の耐食性と同等レベルにまで高めることができる。
【0035】
溶接金属部の表層におけるオーステナイト相率γBMに着目する理由は、本発明者らの知見に基づく。すなわち、溶接後の溶接金属部の表層近傍は、内部よりも耐食性が低下した組織になりやすいことを本発明者らが発見した。この場合、溶接金属部の表層近傍の組織が耐食性を決定することになる。また、溶接構造物や溶接継手では、溶接金属部の表層が研磨されず、必要に応じて焼け取り剤などの薬品で溶接焼けを除去するだけに過ぎず、溶接後の表層のままになっている場合が多い。よって、耐食性向上のためには、溶接金属部の表層近傍のオーステナイト相率の低下代を小さくすることが必要になる。
【0036】
また、低下代の下限は特に設定する必要はないが、好ましくは0%、すなわち、母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMと溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMとの差分が0%であることが好ましい。
【0037】
溶接金属部の表層とは、溶接金属部の表面から深さ30μmまでの領域とする。この領域におけるオーステナイト相の含有率をオーステナイト相率γWMとする。
【0038】
また、母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMは、母材の表面から深さ200μmまでの領域におけるオーステナイト相の含有率とする。
【0039】
母材の金属組織におけるオーステナイト相率γBMの測定方法は、次の通りとする。母材を鋼板とする場合は、圧延幅方向中心位置の圧延長さ方向に垂直な断面(TD断面)の200μm幅×表層から200μm深さ領域の金属組織を光学顕微鏡により観察する。観察面の組織画像を画像解析によってフェライト相およびオーステナイト相に分類し、母材のオーステナイト相率γBMを求める。
【0040】
また、溶接金属部の表層の金属組織におけるオーステナイト相率γWMの測定方法は、次の通りとする。溶接金属部の幅中央部の溶接方向に垂直な断面について200μm幅×表層から深さ30μmまでの領域の金属組織を光学顕微鏡により観察する。観察面の組織画像を画像解析によってフェライト相およびオーステナイト相に分類し、溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMを求める。
【0041】
そして、溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代(γBM-γWM)は、母材のオーステナイト相率γBMから溶接金属部表層のオーステナイト相率γWMを差し引いた値とする。
【0042】
(溶接部の孔食電位低下代:150mV未満)
溶接部においてクロム窒化物が析出すると、溶接部の耐食性が母材部の耐食性よりも劣化してしまう。一方、鋼の孔食電位は、クロム窒化物の析出の程度によって変化し、クロム窒化物の析出が進行すると、孔食電位が低下する。そこで、本発明者らは、溶接部における孔食電位の低下代に着目した。本実施形態において許容される溶接部の孔食電位低下代は150mV未満である。100mV未満とすることがさらに望ましい。孔食電位の低下代は小さいほど望ましいため、下限は設けない。溶接部における孔食電位の低下代を150mV未満にすることで、溶接部における耐食性を高めることができる。
【0043】
なお、溶接部の孔食電位の低下代は、母材の孔食電位PBMと、溶接部の孔食電位PWMとの差分(PBM-PWM)である。
【0044】
母材の孔食電位PBMは、母材表面を0.2mmの深さまで研磨した後に、研磨面に対して孔食電位の測定を行うことによって得られる。
また、溶接部の孔食電位PWMは、溶接部の表面に溶接スケールが付着している場合はそれを取り除いた後に、溶接部以外の箇所に対してマスキング処理を行ってから、溶接部に対して孔食電位の測定を行うことによって得られる。
【0045】
より具体的には、母材について、その表皮下0.2mm位置の面に対して研磨粒度#600で湿式研磨した後、JIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/NaCl 溶液と飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を母材の孔食電位PBMとする。
【0046】
また、溶接部に対して、焼け取り材を用いて溶接スケールを除去した後に、測定直前にP600研磨紙で注意深く乾式研磨する事以外はJIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/L NaCl 溶液および飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を溶接部の表層の孔食電位PWMとする。焼け取り材としては例えば、ラスノンウェルJL-500(萬商株式会社製)を例示できるが、溶接スケールを十分除去できれば他の薬剤や他の方法でも良い。
【0047】
また、溶接を施した溶接継手について、溶接金属部の内部の耐食性を評価するため、溶接部の板厚方向中央部を評価面として露出させ、JIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/L NaCl 溶液および飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を溶接部内部の孔食電位Pmidとする。
【0048】
なお、本実施形態では、母材の孔食電位PBMと、溶接部の内部の孔食電位Pmidとの差分(PBM-Pmid)を200mV以下にしてもよい。これにより、溶接部の耐食性をより高めることができる。望ましくは150mV以下である。
【0049】
溶接部の内部の孔食電位Pmidは、溶接部の板厚方向中央部を評価面として露出させ、JIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/L NaCl 溶液および飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を溶接部内部の孔食電位Pmidとすればよい。
【0050】
なお、本実施形態の溶接構造物及び溶接継手においては、溶接部の表面側(溶接施工時の溶接トーチ側)または溶接部の裏面側(溶接施工時の溶接トーチ側とは反対側)のいずれか一方または両方において、溶接金属部の表層のオーステナイト相率低下代が20面積%未満になるとともに、溶接部の孔食電位低下代が150mV未満になればよい。すなわち、必ずしも溶接部の表面及び裏面の両方においてオーステナイト相率低下代及び孔食電位低下代が本発明の範囲を満たす必要はない。本実施形態に係る溶接構造物及び溶接継手は、その設置環境により、溶接部の表面または裏面のいずれか一方の耐食性が向上していれば満足できる場合があるためである。
【0051】
次に、本実施形態の溶接方法について説明する。
本実施形態の溶接方法は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼材からなる母材を、ガスシールドアーク溶接法により溶接する方法であって、アフターガス及びバックガスのいずれか一方または両方に、60~100体積%のNを含有するガスを用いる溶接方法である。
また、本実施形態の溶接方法では、トーチシールドガスに、60体積%未満のNを含有するガスを用いることが好ましい。
また、本実施形態の溶接方法では、アフターガス及びバックガスのいずれか一方または両方に、60体積%以上のN及び残部Arを含むガスを用いることが好ましい。
【0052】
本実施形態の溶接方法では、溶接方法または溶接条件および溶加材の使用有無については、適宜設定することが可能であり、何ら限定されるものではない。また、母材の形状、溶接継手の形状についても何ら限定されるものではない。
【0053】
溶接方法として好ましくは、ガスシールドアーク溶接法により溶接を行うとよい。ガスシールドアーク溶接法の中でも、非消耗電極式溶接法が好ましい。また、溶加材は、使用してもよく、使用しなくてもよい。溶加材を使用するかどうかは、母材の形状、母材の厚み、溶接開先の形状、溶接継手の種類によって適宜選択すればよい。例えば、板厚が比較的薄い二相ステンレス鋼板を突き合わせ溶接する場合は、溶加材を使用しない非消耗電極式溶接法が好ましい。
【0054】
(アフターガス及びバックガス)
本実施形態の溶接方法では、アフターガス及びバックガスのいずれか一方または両方に、60~100体積%のNを含有するガス(以下、窒素含有ガスという)を用いる。アフターガスは、溶接施工時の溶接トーチ側に面している溶接直後の高温状態の溶接部の雰囲気を制御するために用いる。
【0055】
バックガスは、溶接施工時の溶接トーチとは鋼材を挟んで反対側に面している溶接直後の高温状態の溶接部の雰囲気を制御するために用いる。
【0056】
窒素含有ガスをアフターガスに用いる場合は、施工時に溶接トーチ側に面していた溶接部の耐食性が向上する。また、窒素含有ガスをバックガスに用いる場合は、施工時に溶接トーチ側とは反対側に面していた溶接部の耐食性が向上する。更に、窒素含有ガスをアフターガス及びバックガスの両方に用いる場合は、施工時に溶接トーチ側及びその反対側に面していた溶接部の耐食性がともに向上する。
【0057】
アフターガス及び/またはバックガスによって雰囲気を制御する範囲は、溶接部の温度が例えば600℃以下、好ましくは500℃以下に低下するまでの範囲とすればよい。溶接部の冷却速度は比較的速いため、溶接直後から最大で20秒程度の間制御すれば十分である。この範囲までアフターガスまたはバックガスで雰囲気制御することにより、本実施形態の溶接継手及び溶接構造物を製造できる。
【0058】
窒素含有ガスは、60~100体積%のNを含有するガスであり、好ましくは99体積%以上のNを含有する工業用の純窒素ガスがよい。また、60体積%以上100体積%未満のNを含有するガスを用いる場合の残部は、溶接部の酸化を抑制する観点から、非酸化性ガスが好ましく、不活性ガスがより好ましく、Arガスが更に好ましい。窒素含有ガス中の窒素濃度は、溶接金属部の表層のオーステナイト相率の低下代が20面積%未満になる範囲であれば特に規定しないが、少なくともNを60%以上含有する必要がある。耐食性以外の観点から必要に応じて、Nを含む混合ガスを用いてもよい。
【0059】
アフターガスおよび/またはバックガスとして60~100体積%のNを含有する窒素含有ガスを用いること以外に、本実施形態に係る溶接方法については特に制限は設けない。
【0060】
アフターガスおよび/またはバックガスに60体積%以上のNを含有する窒素含有ガスを用いることで溶接部の表面の耐食性低下を抑制できる機構は次のように考えられる。
【0061】
図1に、実施例の鋼種Bを母材としてTIG溶接を行った際に、アフターガスを純Arまたは純NとしたTIG溶接継手の溶接金属部の表層の金属組織を示す。なお、図1(a)及び図1(b)はいずれも、トーチシールドガス及びアフターシールドガスを吹き付けた側の溶接金属部の表層の組織である。図1(a)はアフターガスとしてArガスを用いた例であり(試料番号27)、図1(b)はアフターガスとしてNを用いた例(試料番号5)である。アフターガスにArガスを用いた溶接継手はオーステナイト相率が28.4面積%であるのに対して、アフターガスにNを用いた溶接継手はオーステナイト相率が38.7面積%となり、アフターガスにNを用いた溶接継手のほうが、溶接金属部の表層でのオーステナイト相の割合が多くなっている。これは、アフターガスをNガスとすることで、溶接金属部が凝固した後の窒素の脱離が抑制されたためと考えられる。
【0062】
前述の通り、フェライト相中のNの固溶限界は、オーステナイト相に比べて非常に小さいため、溶接時の冷却中に溶接金属部および溶接熱影響部のフェライト相中またはフェライト相間の粒界には、フェライト相に固溶しきれないNがクロム窒化物として析出する。このとき、Crが消費されることにより、いわゆるクロム欠乏層が形成され、耐食性が低下する。逆に、溶接金属部の表層でオーステナイト相の割合が多い場合、窒素がオーステナイト相に固溶されるためクロム窒化物の析出が抑制され、耐食性の低下が抑制される。
【0063】
また図2には、実施例の鋼種Bからなる母材を溶接することによって得られる溶接金属部の表層から深さ方向の窒素濃度の分布を示すグラフを示す。図2(a)はトーチシールドガスにArを、アフターガスにArを用いた場合(試料番号32)のグラフである。図2(b)はトーチシールドガスにAr+5%Nガスを、アフターガスにArガスを用いた場合(試料番号15)のグラフである。図2(a)及び図2(b)はいずれも、トーチシールドガスを吹き付けた側の溶接金属部の表層の窒素濃度分布である。図中の窒素濃度はEPMA測定により求めた。また、図中の点線は、母材の窒素濃度(0.17%)を示す。
【0064】
図2(b)に示すように、トーチシールドガスをAr+5%Nガスとした溶接継手は、図2(a)に示すようなトーチシールドガスを純Arとした溶接継手に比べて、表層から約100μm以上の深さの位置で平均窒素濃度が高くなっている。一方で深さ0~100μm未満の領域では、どちらの溶接継手も急激に窒素濃度が減少している。
【0065】
溶接金属部で窒素が減少するプロセスは、(A)主にトーチシールドガスに触れる溶融中の液相拡散プロセスと(B)主にアフターガスに触れる凝固後の固相拡散プロセスの2段階に分けて検討する必要がある。トーチシールドガスにAr+5%Nガスを用いた場合は、上記(A)プロセスでの窒素減少を抑制できるために表層から100μm以上の深さの内部で窒素濃度が母材と同程度であるが、アフターガスが純Arであるため、(B)プロセスでの窒素減少は抑制できず、表層部で窒素濃度が低下したと考えられる。
【0066】
なお本発明者らは、溶接後の冷却温度履歴を用いた固相中の窒素拡散シミュレーションより、溶接金属表層部の窒素濃度がシミュレーションとよく一致していることを確認している。
【0067】
前述の通り、本実施形態に係る溶接部が所望の表面組織および耐食性を達成するには、アフターガスおよび/またはバックガスに60体積%以上のNを含有する窒素含有ガスを用いればよく、トーチシールドガスの成分は特に規定しないが、トーチシールドガス中の窒素含有量は60%未満とすることが望ましく、5%以下とするのがより望ましく、純Arを用いることが更に望ましい。
【0068】
トーチシールドガス中の窒素含有量を60%未満とすることが好ましい理由は、窒素がオーステナイト相を安定化させ、耐食性を向上する元素であると同時に、クロム窒化物の析出を促進してクロム欠乏層を生成することで耐食性を劣化させる元素であるためである。すなわち、トーチシールドガス中の窒素濃度を高くすると、上述の(A)プロセス(トーチシールドガスに触れる溶融中の液相拡散プロセス)において、トーチシールドガス側から溶接金属へ窒素が導入されるため溶接金属中の窒素濃度が高くなる。この際に多くの窒素が溶接金属へ導入されると、溶接金属部の窒素濃度が固溶できる以上の濃度となり、逆にクロム窒化物の析出を促進してしまい溶接金属表層および内部の耐食性を劣化させる場合がある。またTIG溶接などの非消耗電極を使用する溶接では、トーチシールドガス中の窒素ガスが電極と反応して電極を消耗させるため、電極交換の頻度が高くなり作業性の低下および電極コストの増大を招く。よって、トーチシールドガスが、上記の通りとする。
【0069】
次に、本実施形態に適用可能なフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼としては、例えば化学組成が質量%で、C:0.10%以下、Si:2.00%以下、Mn:0.50~6.00%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Ni:0.10~8.00%、Cr:17.0~30.0%、N:0.05~0.30%、Mo:0~3.50%、Cu:0~2.0%、Nb:0~0.10%、Sn:0~1.00%、W:0~1.00%、V:0~1.00%、Ti:0~0.05%、B:0~0.0050%、Ca:0~0.0050%、Mg:0~0.0050%、Al:0~0.05%、REM:0~0.50%、残部がFeおよび不純物であり、下記(i)式で計算されるPREN_Mn値が40.0未満といった化学組成が挙げられる。この化学組成はあくまでも例示であり、本発明はこれによって限定されるものではない。この化学組成を挙げた理由は次の通りである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0070】
PREN_Mn値=Cr+3.3Mo+16N-Mn ・・・(i)
【0071】
C:0.10%以下
Cは、オーステナイト相に固溶して強度を高める元素である。しかし、C含有量が0.050%を超えると、鋼材の強度が高くなり加工性が劣化する。また、Cr炭化物の析出を促進するために粒界腐食の発生をもたらす。したがって、C含有量は0.10%以下とする。C含有量は0.050%以下であってもよく、0.040%以下であってもよい。また、耐食性の点からCは低くする方が好ましいが、現存の製鋼設備ではC含有量を0.002%以下に低下させるには大きなコスト増加を招く。そのため、C含有量は0.002%以上であることが好ましい。
【0072】
Si:2.00%以下
Siは、脱酸元素として使われたり、耐酸化性向上のために添加されたりする場合がある。しかし、Si含有量が2.00%を超えると、鋼板の硬質化をもたらし、靭性および加工性が劣化する。したがって、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は1.50%以下であるのが好ましく、1.00%以下であるのがより好ましい。また、Si含有量を極少量まで低減するためには、鋼の精錬時のコスト増加を招く。そのため、Si含有量は0.03%以上であることが好ましい。
【0073】
Mn:0.50~6.00%
Mnは、オーステナイト相を増加させ、また窒素の固溶度を上げ製造時の気泡欠陥などを抑制する効果を有する。しかし、Mnを多量に含有すると、耐食性および熱間加工性を低下させる。したがって、Mn含有量は0.50~6.00%とする。Mn含有量は1.00%以上であるのが好ましく、2.50%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は4.00%以下であるのが好ましい。
【0074】
P:0.050%以下
Pは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、またCrなどの原料にも含有されているため、低減することが困難であるが、Pを多量に含有すると成形性を低下させる。P含有量は少ないほど好ましく、0.050%以下とする。P含有量は0.040%以下であるのが好ましい。P含有量は低い方が望ましいが、P含有量を低減するには多大なコスト増となるので、P含有量は0.0005%以上であってもよい。
【0075】
S:0.050%以下
Sは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、Mnと結合して介在物を作り、発銹の基点となる場合がある。したがって、S含有量は0.050%以下とする。S含有量は低いほど耐食性が向上するので、0.0030%以下であるのが好ましい。S含有量は低い方が望ましいが、S含有量を低減するには多大なコスト増となるので、S含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0076】
Ni:0.10~8.00%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、表層のオーステナイト相率を増加させるために重要な元素である。また、Niは耐食性を向上させる効果を有する。しかし、Niを多量に含有すると、原料コストの増加をもたらし、応力腐食割れなどの問題が生じる可能性がある。したがって、Ni含有量は0.10~8.00%とする。Ni含有量は1.00%以上であるのが好ましい。また、Ni含有量は6.00%以下であるのが好ましく、4.00%以下であるのがより好ましく、3.00%以下であるのがさらに好ましい。
【0077】
Cr:17.0~30.0%
Crは、耐食性を確保するために必要な元素である。しかし、Crを多量に含有すると、熱間加工割れをもたらし、また、溶接金属部および溶接熱影響部でのクロム窒化物の析出量が多くなる。したがって、Cr含有量は17.0~30.0%とする。Cr含有量は20.0%以上であるのが好ましく、21.0%以上であるのがより好ましい。また、Cr含有量は25.0%以下であるのが好ましく、23.0%以下であるのがより好ましく、22.0%以下であるのがさらに好ましい。
【0078】
N:0.05~0.30%
Nは、オーステナイト相に固溶して強度および耐食性を高めて省合金化に寄与する元素である。しかしながら、Nは、溶接冷却時のクロム窒化物の析出に大きく影響する元素である。0.30%を超えて含有させると、溶接金属部および溶接熱影響部のクロム窒化物の析出量が多くなり、母材と溶接部との耐食性差が大きくなる。したがって、N含有量は、0.05~0.30%とする。強度および耐食性の観点からは、N含有量は0.08%以上であってもよく、0.10%以上が好ましく、0.15%以上であるのがより好ましい。また、クロム窒化物の析出を抑制する観点からは、N含有量は0.25%以下であることが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0079】
Mo:0~3.50%
Moは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Moを多量に含有すると、原料コストの増加をもたらし、また溶接部のσ相の析出による耐食性低下が問題となる。したがって、Mo含有量は3.50%以下とする。上記の効果を得るためには、Mo含有量は0.10%以上であるのが好ましい。また、Mo含有量は2.50%以下であるのが好ましく、1.00%以下であるのがより好ましく、0.60%以下であるのがさらに好ましい。
【0080】
Cu:0~2.0%
Cuは、耐硫酸性の向上に非常に有効な元素であり、必要に応じて添加しても良い。上記の効果を得るためにはCu含有量は0.1%以上であるのが好ましい。Cu含有量は0.3%以上とするのがより好ましい。一方で、CuはNの活量を上げて溶接金属部でクロム窒化物を析出させやすくする元素であるため、2.0%以下とする。Cu含有量は1.5%以下であるのが好ましく、1.0%以下であるのがより好ましい。
【0081】
Nb:0~0.10%
Nbは、Nと化合物を作ることでクロム窒化物の析出を抑制する効果があるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Nbを多量に含有すると、鋼板の加工性を低下させる。したがって、Nb含有量は0.10%以下とする。上記の効果を得るためには、Nb含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.04%以上であるのがより好ましい。
【0082】
Sn:0~1.00%
Snは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Snを多量に含有すると、熱間加工性を悪化させる。したがって、Sn含有量は1.00%以下とする。上記の効果を得るためには、Sn含有量は0.010%以上であるのが好ましい。
【0083】
W:0~1.00%
Wは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Wを多量に含有すると、圧延時の負荷を増大させて製造疵を生成させやすくなる。したがって、W含有量は1.00%以下とする。上記の効果を得るためには、W含有量は0.01%以上であるのが好ましい。また、W含有量は0.50%以下であるのが好ましい。
【0084】
V:0~1.00%
Vは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Vを多量に含有すると、圧延時の負荷を増大させて製造疵を生成させやすくなる。したがって、V含有量は1.00%以下とする。上記の効果を得るためには、V含有量は0.01%以上であるのが好ましい。また、V含有量は0.50%以下であるのが好ましい。
【0085】
Ti:0~0.05%
Tiは、Nbと同様に、溶接熱影響部の粗大化を防止し、さらには凝固組織を微細等軸晶化する効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Tiを多量に含有すると、均一伸びおよび局部伸びを低下させる。したがって、Ti含有量は0.05%以下とする。上記の効果を得るためには、Ti含有量は0.005%以上であるのが好ましい。
【0086】
B:0~0.0050%
Bは、熱間加工性を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Bを多量に含有すると、耐食性が著しく劣化する。したがって、B含有量は0.0050%以下とする。上記の効果を得るためには、B含有量は0.0003%以上であるのが好ましい。また、B含有量は0.0030%以下であるのが好ましい。
【0087】
Ca:0~0.0050%
Caは、脱硫、脱酸のために必要に応じて含有させてもよい。しかし、Caを多量に含有すると、熱間加工割れが生じやすくなり、また耐食性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0050%以下とする。上記の効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であるのが好ましい。
【0088】
Mg:0~0.0050%
Mgは、脱酸だけでなく、凝固組織を微細化する効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Mgを多量に含有すると、製鋼工程でのコスト増加をもたらす。したがって、Mg含有量は0.0050%以下とする。上記の効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であるのが好ましい。
【0089】
Al:0~0.05%
Alは、脱硫、脱酸のために必要に応じて含有させてもよい。しかし、Alを多量に含有すると、製造疵の増加ならびに原料コストの増加を招く。したがって、Al含有量は0.05%以下とする。上記の効果を得るためには、Al含有量は0.0030%以上であるのが好ましい。
【0090】
REM:0~0.50%
REM(希土類元素)は、熱間加工性を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、REMを多量に含有すると、製造性を損なうとともにコスト増加をもたらす。したがって、REM含有量は0.50%以下とする。上記の効果を得るためには、REM含有量は0.005%以上であるのが好ましい。REM含有量は0.020%以上であるのが好ましく、0.20%以下であるのが好ましい。
【0091】
なお、REMは、Sc、YおよびLa~Luまでの15元素(ランタノイド)の計17元素の総称であり、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0092】
本発明の鋼の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0093】
PREN_Mn値:40.0未満
PREN_Mn値は、ステンレス鋼板の耐孔食性を示す一般的な指標であり、ステンレス鋼の化学組成から、下記(i)式で計算される。
【0094】
PREN_Mn値=Cr+3.3Mo+16N-Mn ・・・(i)
【0095】
但し、上記式(i)中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
【0096】
PREN_Mn値の増加は、CrおよびMoの含有量の増加による、合金コスト増加およびσ相の析出による耐食性低下の問題を生じさせるおそれがある。さらに、N含有量の増加およびMn含有量の低減による窒素気泡の発生が問題になる。したがって、PREN_Mn値は40.0未満とする。PREN_Mn値は30.0未満であるのが好ましい。下限は特に規定する必要はないが、SUS304相当の耐食性を得るためには、18.0以上であるのが好ましく、20.0以上であるのがより好ましい。
【0097】
本実施形態に係る溶接構造物は、上記の条件において溶接を実施することによって得られる。そのようにして得られた溶接構造物は、溶接部の孔食電位低下代が母材に対して150mV未満となるため、耐食性が良好な溶接構造物として適用できる。
【実施例
【0098】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0099】
表1に示す化学組成を有するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼を溶製して鋼片とし、板厚5mmに熱間圧延した後、焼鈍を実施した。この熱延焼鈍板に対して冷間圧延を施すことよって、板厚1mmおよび3mmの冷延鋼板を作製し、その後、最終焼鈍を実施した。
【0100】
【表1】
【0101】
その後、製造した冷延焼鈍鋼板に対して、1パスのTIGなめつけ溶接を実施し、溶接継手を製造した。溶接トーチの後方には、図3に示すような、長さ140mm、幅40mm、高さ40mmのアフターシールドボックスを設置し、トーチシールドガス、バックガス、アフターガスにおけるNとArの混合率を様々に変化させた。ガス流量は、トーチシールドガス:10L/min、バックガス:15L/min、アフターガス:30L/minとした。トーチシールドガスの組成に応じて適正溶接条件は変化した。このため、アーク長を1mm一定として、裏ビード幅が板厚の2~3倍程度となるように溶接電流、溶接速度を調整した。溶接は溶加材を使用せず、圧延方向を溶接方向として長さ300mm以上行った。
【0102】
溶接前の鋼板について、その表皮下0.2mm位置の面に対して研磨粒度#600で湿式研磨した後、JIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/NaCl 溶液と飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を母材の孔食電位PBMとした。
【0103】
さらに、溶接を施した溶接継手について、溶接金属部の表層の耐食性を評価するため、通常の湿式研磨ではなく焼け取り材を用いて溶接スケールを除去した後に、測定直前にP600研磨紙で注意深く乾式研磨する事以外はJIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/L NaCl 溶液および飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を溶接部の表層の孔食電位PWMとした。孔食電位の測定面を溶接部表面に限定するため、溶接部以外の領域に対してマスキングを行った。なお、焼けとり材としてラスノンウェルJL-500(萬商株式会社)を用いたが、溶接スケールを十分除去できれば他の薬剤や他の方法でも良い。
【0104】
また、溶接を施した溶接継手について、溶接金属部の内部の耐食性を評価するため、溶接部の板厚方向中央部を評価面として露出させ、JIS G 0577に定められた方法にて、30℃の1mol/L NaCl 溶液および飽和塩化銀電極(SSE)を用いて、電流密度100μA/cmに対応する孔食電位(V´c100)を測定し、測定データ6個を平均した値を溶接部内部の孔食電位Pmidとした。
【0105】
溶接継手の耐食性試験片は、溶接開始点または終了点から50mm以上離れており、かつ裏面まで溶融しており溶け落ちなどの不良がない溶接定常部より作製した。耐食性試験片には、溶接部を中央として、測定面積1cmに溶接長が10mm含まれるように作製した。したがって、耐食性試験片の測定面積中には、溶接金属部、溶接熱影響部および母材部が含まれている。孔食電位の測定後に耐食性試験片の孔食発生位置を確認し、溶接金属部または溶接熱影響部以外の、例えば樹脂との隙間部などで孔食が発生している場合や焼け取りが不十分のため溶接スケールが残存している場合は、測定データから除いた。また、測定データを採取した耐食性試験片の部位は、本発明においては溶接部と定義した。溶接部は、溶接金属部および溶接熱影響部から構成される。
【0106】
そして、母材の孔食電位PBMから、溶接部の孔食電位PWMを引いた値(PBM-PWM)[(mV vs SSE)]を、孔食電位低下代として求めた。
【0107】
また溶接前の鋼板の組織形態を調査するために、圧延幅方向中心位置の圧延長さ方向に垂直な断面(TD断面)の200μm幅×表層から200μm深さ領域の金属組織を光学顕微鏡により調査した。同様に、溶接金属部の組織形態を調査するために、溶接金属部の幅中央部の溶接方向に垂直な断面について200μm幅×表層から深さ30μmまでの領域の金属組織を光学顕微鏡により調査した。得られた組織画像を画像解析によってフェライト相およびオーステナイト相に分類し、母材および溶接金属部の表層のオーステナイト相率γBM、γWMをそれぞれ評価した。そして、母材のオーステナイト相率γBMから、溶接金属部の表層のオーステナイト相率γWMを引いた値(γBM-γWM)(面積%)を、オーステナイト相率低下代として求めた。
【0108】
なお、バックガスの影響を評価するため、溶接継手の裏面側の溶接金属部についても、上記と同様に表層の耐蝕性およびオーステナイト相率を評価した。
【0109】
上記の製造条件および測定結果を表2にまとめて示す。なお、表2中の符号の意味は、以下に示すとおりである。
【0110】
板厚:母材の板厚
評価面:表面はアフターガスの影響、裏面はバックガスの影響を評価した
γ相率低下代:母材のγ相率γBM(%) - 溶接金属部の表層のγ相率γWM(%)
表面の孔食電位低下代:母材の孔食電位PBM(mV) - 溶接部表面の孔食電位PWM(mV)
内部の孔食電位低下代:母材の孔食電位PBM(mV) - 溶接部内部の孔食電位Pmid(mV)
【0111】
上記の結果を表2に併せて示す。
【0112】
【表2】
【0113】
試料番号1~30は本発明例であり、アフターガスおよび/またはバックガスにNガス(100%N)を用いたことで評価面の表層のγ相率低下代が小さく、孔食電位低下代が150mV未満と良好であった。ただし、試料番号25~30は、トーチシールドガスに100%NガスまたはAr+60%Nガスを用いたため、トーチシールドガスに100%ArガスまたはAr+5%Nガスを用いた場合に比べ、溶接金属部の内部の耐食性は若干劣位であった。
【0114】
試料番号31~38は比較例であり、アフターガスおよびバックガスに100%Arガスを用いたことで、評価面の表層のγ相率低下代が大きく、孔食電位低下代が150mV以上と不良であった。
【0115】
以上説明したように、本発明例では表層のγ相率低下代が小さく、良好な溶接部の孔食電位が得られた。一方、比較例では表層のγ相率低下代が大きく、耐食性が不良であった。なた、本発明では、アフターガス及びバックガスの制限がある以外は溶接方法の制限が緩く、溶接後の再熱処理が不要になり、更には溶接電極の消耗が少なかった。
【0116】
図4は、表層のγ相率低下代と溶接部の孔食電位低下代の関係を示す図である。図4に示すように、表層のγ相率低下代と溶接部の孔食電位低下代は関係があることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明によれば、省合金二相ステンレス鋼材において、溶接部の耐食性に優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼溶接構造物及び溶接継手を得ることが可能になる。
図1
図2
図3
図4