(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-07
(45)【発行日】2024-11-15
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241108BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241108BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/32 F
(21)【出願番号】P 2021575344
(86)(22)【出願日】2020-06-17
(86)【国際出願番号】 EP2020066791
(87)【国際公開番号】W WO2020254424
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2023-04-18
(32)【優先日】2019-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】520333435
【氏名又は名称】エービー サンドビック コロマント
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ジョンソン, ラース
(72)【発明者】
【氏名】サライヴァ, マルタ
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-066644(JP,A)
【文献】特開2016-175161(JP,A)
【文献】特開2016-093857(JP,A)
【文献】特開2015-104757(JP,A)
【文献】国際公開第2013/002385(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
C23C 14/06、14/32
C23C 16/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材およびコーティングを含む金属加工用の被覆切削工具であって、コーティングが、交互する、立方晶Ti
1-xAl
xN副層、0.60≦x≦0.75、および立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層、0.60≦y≦0.75の(Ti、Al)N多層を含み、平均の立方晶Ti
1-xAl
xN副層の厚さが
100~
400nmであり、平均の立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層の厚さが
70~
200nmであり、立方晶Ti
1-xAl
xN副層および立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層の各々の数が2~50である、被覆切削工具。
【請求項2】
平均の立方晶Ti
1-xAl
xN副層厚さが150~400nmである、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
立方晶Ti
1-xAl
xN副層と立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層との厚さの比が5:1~1:1である、請求項1
または2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
立方晶Ti
1-xAl
xN副層において、0.64≦x≦0.70である、請求項1から
3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層において、0.64≦y≦0.70である、請求項1から
4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
立方晶Ti
1-xAl
xN副層および立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層の各々の数が3~40である、請求項1から
5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
立方晶Ti
1-xAl
xN副層におけるxと立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層におけるyとの差が0.09未満である、請求項1から
6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
一実施形態においてxが実質的にyと等しい、請求項1から
7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
(Ti、Al)N多層の合計厚さが0.5~10μm、または1~8μm、または2~6μmである、請求項1から
8のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
(Ti、Al)N多層全体の2θXRDにおいて、I(0 0-1 0)/I(2 00)が0.05~0.75である、請求項1から
9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
立方晶Ti
1-xAl
xN副層および立方晶+六方晶Ti
1-yAl
yN副層がカソードアーク気相堆積層である、請求項1から
10のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層の(Ti、Al)Nの立方晶および六角晶の副層を含む被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
物理蒸着(PVD)によって作られる(Ti、Al)Nコーティングは、金属加工用の切削工具の分野において慣用される。
【0003】
PVDコーティングにおける(Ti、Al)Nの結晶構造は、立方晶(NaCl(=B1))構造または六方晶(ウルツ鉱型)構造である場合がある。先行技術の研究では、一般に(Ti、Al)NにおいてAl+Tiの<60%などの低いAl含有量は立方晶構造をもたらし、>70%などの高いAl含有量は六方晶構造をもたらす。単相の立方晶構造または立方晶および六方晶構造の両方を含む混合構造のいずれかをもたらすAl含有量のレベルの特定の限界が報告されており、例えば蒸着条件に応じてある程度変動する。
【0004】
例えば、Tanakaら、「Properties of (Ti1-xAlx)N coatings for cutting tools prepared by the cathodic arc ion plating method」、Journal of Vacuum Science&Technology A 10、1749(1992)は、最大でx=0.6までの立方晶B1構造を有する単相である(Ti1-xAlx)Nフィルムを報告しており、一方アルミニウム含有量がさらに増加するとx=0.85のウルツ鉱型構造が得られる。さらに、Kimuraら、「Effects of Al content on hardness、lattice parameter and microstructure of (Ti1-xAlx)N films」、Surface and Coatings Technology 120~121(1999)438~441は、アークイオンプレーティング法により合成される(Ti1-xAlx)Nフィルムを報告しており、ここではx≦0.6のNaCl構造がx≧0.7のウルツ鉱型構造へ変化した。
【0005】
逃げ面摩耗は、主に研磨摩耗メカニズムにより、明らかに刃先の逃げ面で生じる。逃げ面は被加工物の動きにさらされ、逃げ面摩耗が多すぎると、被加工物の不良な表面形状、切削プロセスの不正確さ、および切削が進行したときの摩擦の増大につながることになる。
【0006】
現在市販されている切削工具よりも優れた特性を有する切削工具を提供するために、コーティングが耐逃げ面摩耗性に関して優れた特性を有する被覆切削工具が継続的に必要とされている。より良好な耐逃げ面摩耗性が実現されると、一定の金属加工用途においてより長い工具寿命が実現される。したがって、本発明の目的は、優れた耐逃げ面摩耗性を有する被覆切削工具を提供することである。
【発明の概要】
【0007】
ここでは、金属切削操作での耐クレーター摩耗性において性能が低下することなく驚くほど良好な耐逃げ面摩耗性を示す、立方晶(Ti、Al)Nと立方晶および六方晶の混合相(Ti、Al)Nとの多層の交互副層を含むコーティングを有する金属加工用の被覆切削工具が提供されている。
【0008】
立方晶(Ti、Al)Nと立方晶および六方晶の混合相(立方晶+六方晶)(Ti、Al)Nとの多層の交互副層を含むコーティングを有する被覆切削工具であって、立方相副層および立方晶+六方晶副層それぞれにおけるTi対Al比が、必要に応じて非常に近い値で保たれるか、または実質的に同じであってもよい、被覆切削工具がさらに提供されている。後者の場合、立方晶および立方晶+六方晶の副層の両方を蒸着するのに同じターゲットを使用することができ、これは費用上の理由からおよび製造効率において有利である。
【0009】
本発明は、基材およびコーティングを含む金属加工用の被覆切削工具であって、コーティングが、交互する、立方晶Ti1-xAlxN副層、0.60≦x≦0.75、および立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層、0.60≦y≦0.75の(Ti、Al)N多層を含み、平均の立方晶Ti1-xAlxN副層の厚さが75~450nmであり、平均の立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層の厚さが50~300nmであり、立方晶Ti1-xAlxN副層および立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層の各々の数が2~50である、被覆切削工具に関する。
【0010】
平均の立方晶Ti1-xAlxN副層の厚さは、適切には100~400nm、好ましくは150~400nm、より好ましくは150~350nm、最も好ましくは200~350nmである。
【0011】
平均の立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層の厚さは、適切には70~250nm、好ましくは90~200nmである。
【0012】
立方晶Ti1-xAlxN副層と立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層との厚さの比は、適切には5:1~1:1、好ましくは4:1~1.5:1である。
【0013】
立方晶Ti1-xAlxN副層において、適切には0.64≦x≦0.70、好ましくは0.66~0.68である。
【0014】
立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層において、適切には0.64≦y≦0.70、好ましくは0.66~0.68である。
【0015】
立方晶Ti1-xAlxN副層および立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層の各々の数は、適切には3~40、好ましくは4~20、最も好ましくは5~15である。
【0016】
一実施形態において、立方晶Ti1-xAlxN副層におけるxと立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層におけるyとの差は0.09未満、または0.05以下、または0.03以下である。
【0017】
一実施形態においてxは実質的にyと等しい。
【0018】
(Ti、Al)N多層の合計厚さは0.5~10μm、または1~8μm、または2~6μmである。
【0019】
(Ti、Al)N多層全体の2θXRDにおいて、六方晶(0 0-1 0)の反射のピーク面積強度と立方晶(2 0 0)の反射のピーク面積強度との比、I(0 0-1 0)/I(2 0 0)は、0.05~0.75、好ましくは0.08~0.35である。
【0020】
立方晶Ti1-xAlxN副層および立方晶+六方晶Ti1-yAlyN副層は、適切にはPVD層、好ましくはカソードアーク気相堆積層である。
【0021】
一実施形態において、コーティングは(Ti、Al)N多層の下に金属窒化物の1つまたは複数のさらなる層を含む。金属窒化物は、適切にはIUPAC元素周期表の第4族~第6族に属する1つまたは複数の金属、ならびに場合によりAlおよび/またはSiの窒化物/窒化物(複数)である。そのような金属窒化物の例は、TiNおよび(Ti、Al)Nである。これらの1つまたは複数の金属窒化物層の合計厚さは約0.1~約2μm、または約0.2~約1μmであってもよい。
【0022】
被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素、および高速度鋼の群から選択されてもよい。
【0023】
被覆切削工具は、金属加工用の切削工具インサート、ドリル、またはソリッドエンドミルであってもよい。切削工具インサートは適切にはミリングインサート、ドリルインサート、または旋削インサートである。
【0024】
「立方晶副層」という用語の「立方晶」は本明細書において、電子回折解析において見られるべき六方晶の結晶面からの点状の回折スポットがないこと、および/またはXRDθ-2θ解析において見られる六方晶のピークがないことを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施形態によるコーティングを有する基材の概略図である。
【
図2】立方晶+六方晶副層の電子回折パターンを示す図である。
【
図3】立方晶副層の電子回折パターンを示す図である。
【
図4】立方晶層のX線ディフラクトグラムを示す図である。
【
図5】立方晶+六方晶層のX線ディフラクトグラムを示す図である。
【
図6】(Ti、Al)N多層のX線ディフラクトグラムを示す図である。
【実施例】
【0026】
実施例1:
本発明および本発明外の両方による、Ti0.33Al0.67Nの異なるコーティングを、CNMG120804-MMの形状の焼結超硬合金切削工具インサートブランク上に蒸着させた。超硬合金の組成は10wt% Co、0.4wt% Cr、および残りはWCであった。4つのアークフランジを含む真空チャンバー中でカソードアークエバポレーションにより超硬合金ブランクをコーティングした。Ti-Alのターゲットをすべてのフランジに取り付けた。
【0027】
コーティングされていないブランクをピンに取り付け、これをPVDチャンバー中で3回回転させる。
【0028】
立方晶Ti0.33Al0.67N層を作るために、チャンバーを高真空(10-2Pa未満)までポンプで排気し、チャンバー内に置かれたヒーターにより約450℃まで加熱した。基材上に第1の層として層を蒸着しなければならない場合、ブランクをArプラズマ中で60分エッチングした。チャンバー圧力(反応圧力)をN2ガスの10Paに設定し、-300Vの単極DCバイアス電圧(チャンバー壁に対して)をブランク組立体に印加した。150Aの電流で(各々)、アーク放電モードで正極を作動させた。
【0029】
立方晶+六方晶Ti0.33Al0.67N層を作るために、チャンバーを高真空(10-2Pa未満)までポンプで排気し、チャンバー内に置かれたヒーターにより約450℃まで加熱した。基材上に第1の層として層を蒸着しなければならない場合、ブランクをArプラズマ中で60分エッチングした。チャンバー圧力(反応圧力)をN2ガスの4Paに設定し、2kHzのパルスバイアス周波数および10%のデューティサイクルにおいて、-50Vの単極パルスバイアス電圧(チャンバー壁に対して)をブランク組立体に印加した。150Aの電流で(各々)、アーク放電モードで正極を作動させた。
【0030】
3μmの合計厚さの層を蒸着した。
【0031】
作成した試料である、単層、および層の組み合わせは表1で見られる。副層厚さは平均値である。
【0032】
透過電子顕微鏡法(TEM)による制限視野電子回折(SAED)解析を試料4について行った。
図2は立方晶+六方晶副層の回折像を示し、
図3は立方晶副層の回折像を示す。
【0033】
ビームを平行照明モードとし、目標面においておよそ150nmの投影サイズ(すなわち、試料の形体と直接比較可能なサイズ)を有する制限視野絞りを使用して、300kV FEG TEMを使用した。
【0034】
試料は、集束イオンビームリフトアウトおよびGa+イオンを使用した研磨により得られた断面切片試料とした。
【0035】
図2は第1のタイプの副層による結果を示し、立方晶の結晶面(2 2 0)、(2 0 0)、および(1 1 1)からの明瞭な点状の回折スポットが、六方晶の結晶面(1 0-1 0)からの明瞭な点状の回折スポット
と共に見られる。したがって、この層は混合立方晶+六方晶層である。
【0036】
図3は第2のタイプの副層による結果を示し、立方晶の結晶面(2 2 0)、(2 0 0)、および(1 1 1)からの明瞭な点状の回折スポットがここでも見られる。しかし、六方晶の結晶面からの点状の回折スポットはない。(1 0-1 0)面からの弱い不明瞭なリング状の反射のみが見られる。したがって、この層は実質的な結晶性六方相を含有せず、単相立方晶層と考えられる。
【0037】
さらなる検討として、立方晶および立方晶+六方晶層についてXRD解析を行った。多層構造の一部として存在する特定の副層についてのXRDを行うのが困難であるため、立方晶単分子膜である試料1についてXRD測定を行い、立方晶+六方晶副層の作成のために使用されたプロセスパラメーターにしたがってさらなる試料を作成した。
【0038】
被覆インサートの逃げ面について、PIXcel検出器を備えたPANalytical CubiX3回折計を使用してX線回折(XRD)解析を行った。被覆切削工具インサートを試料ホルダーに取り付け、これにより試料の逃げ面が試料ホルダーの基準面と平行となること、およびまた逃げ面が適当な高さとなることを確実にした。45kVの電圧および40mAの電流で、Cu-Kα線を測定に使用した。1/2度の散乱防止スリットおよび1/4度の発散スリットを使用した。関連するピークが生じる2θ角の付近で被覆切削工具からの回折強度を測定した。
【0039】
図4および5はディフラクトグラムを示す。
図4は試料1のディフラクトグラムを示し、六方晶(h)のピークの兆候がない。
図5は立方晶(c)および六方晶(h)の両方のピークを含有する他のタイプの層からのディフラクトグラムを示す。
【0040】
したがって、XRD解析もまた、存在する立方晶層が実際に単相立方晶層であると考えることができると結論づけた。
【0041】
(Ti、Al)N多層全体についてXRD解析をさらに行った。試料4を使用した。上記と同じXRD解析法を使用した。
【0042】
図6はディフラクトグラムを示す。下記の表2はピーク強度の値を示す。
【0043】
したがって比I(1 0-1 0)/I(2 0 0)は0.11であった。
【0044】
実施例2~3で使用される用語の説明
以下の表現/用語は金属切削において慣用されるが、下記の表で説明する。
Vc(m/min) メートル毎分での切削速度
fn(mm/rev) 1回転当たりの送り量(旋削)
ap(mm) ミリメートルでの軸方向切込み深さ
【0045】
実施例1のインサートを逃げ面摩耗およびクレーター摩耗について試験した。
【0046】
実施例2
逃げ面摩耗試験
長手方向の旋削
被加工物材料
Uddeholm Sverker 21(工具鋼)、硬度 約210HB、D=180、L=700mm、
Vc=125m/分
fn=0.072mm/rev
ap=2mm
切削液なし
【0047】
工具寿命のカットオフ基準は0.15mmの逃げ面摩耗VBである。
【0048】
実施例3
クレーター摩耗試験:
長手方向の旋削
被加工物材料
Ovako 825B、ボールベアリング鋼。熱間圧延およびアニール処理済み、硬度 約200HB、D=160、L=700mm、
Vc=160m/min
fn=0.3mm/rev
ap=2mm
切削液あり
【0049】
工具寿命の基準は0.8mm2のクレーター面積である。
【0050】
実施例2~3による試験の結果は下記の表3に見られる。
【0051】
本発明による試料(No.3およびNo.4)は非常に優れた耐逃げ面摩耗性を有するが、一方耐クレーター摩耗性は単層立方晶(Ti、Al)N層におけるのとおよそ同じレベルにとどまることが結論づけられる。