(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】水性塗料組成物
(51)【国際特許分類】
C09D 11/00 20140101AFI20241111BHJP
A47G 19/00 20060101ALI20241111BHJP
C09D 5/02 20060101ALI20241111BHJP
C09D 101/16 20060101ALI20241111BHJP
【FI】
C09D11/00
A47G19/00 B
C09D5/02
C09D101/16
(21)【出願番号】P 2020049773
(22)【出願日】2020-03-19
【審査請求日】2023-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】592134583
【氏名又は名称】愛媛県
(73)【特許権者】
【識別番号】390029148
【氏名又は名称】大王製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】弁理士法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 健治
(72)【発明者】
【氏名】岩井 俊博
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-106012(JP,A)
【文献】特開2017-066272(JP,A)
【文献】特開2019-199671(JP,A)
【文献】特開2019-172482(JP,A)
【文献】特開2021-054917(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗布物に塗布する水性塗料組成物であって、
着色基材と、
亜リン酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維とを有し、
前記被塗布物に塗布してから乾燥するまでの間における、L*値の変動幅が25%以内である、
ことを特徴とする水性塗料組成物。
【請求項2】
前記セルロース微細繊維は、
セルロース微細繊維を構成するグルコースの炭素部位1位~6位のうちの、
少なくともいずれか1つの炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第1セルロース微細繊維と、
前記炭素部位以外の炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第2セルロース微細繊維とを有するものである、
請求項1に記載の水性塗料組成物。
【請求項3】
B型粘度が600cp以上、かつ1500cp以下であり、
せん断速度1×10
5(1/sec)以上の範囲で、ハイシェア粘度の最大値が3.5以下である、
請求項1又は請求項
2に記載の水性塗料組成物。
【請求項4】
請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載の水性塗料組成物で描画された焼物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性塗料組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、美しい描画や心を楽しませる描画を備えた伝統工芸品、和洋食器、装飾品、インテリア小物等の焼物がある。これらの焼物素地への描画は、例えば、水性塗料組成物により行われる。水性塗料で描画された焼物素地は、釉薬をかけた後、焼成して製作品(完成品)となる。
【0003】
従来の焼物素地への描画に用いられる水性塗料は、組成として着色に用いる顔料と、ゼラチンパウダー等、被塗布物への定着を良くするための定着剤と、アラビアのり等、顔料の分散性を高めるための分散剤と、溶媒が含まれてなる(特許文献1)。画師は、審美性豊かな製作品を製作するため、種々の色からなる水性塗料組成物を用いて描画する。
【0004】
水性塗料組成物によっては、乾燥後の水性塗料組成物が、焼物素地に描画した直後の色合い、換言すると、本来の色あいと異なる色あいを呈することがある。これが生じる要因の一つは、分散剤にある。例えば、分散剤に用いられるアラビアのりは、含水量により見た目の色あいが透明色を呈したり白色を呈したりする。よって、分散剤による色彩変化の影響を少なくするためには、水性塗料組成物の色あいに影響を及ぼさない程度の濃度で、分散剤を配合すればよいようにも思われる。しかしながら、そのように配合された水性塗料組成物では、他の不具合、例えば、分散性が低下して、色ムラや塗りムラが発生するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-15372号公報
【文献】特開2019-199671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明が解決する課題は、乾燥後の色合いが水性塗料組成物本来の色合いに近い色合いとなる水性塗料組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
鋭意研究を重ねた結果、定着剤、分散剤における色の選定や濃度の調製のみならず、水性塗料組成物を塗って形成される塗膜面の凹凸が、水性塗料組成物の色合いを左右する要因であること、また、水性塗料組成物中における着色基材の分散の程度も色合いを左右する要因となり得ることを発明者は知見した。この知見を踏まえ前述の課題を解決するに至った態様が次記に示すものである。なお、水性塗料組成物の本来の色合いとは、焼物素地に描画した直後の水性塗料組成物の色合いをいう。
(第1の態様)
被塗布物に塗布する水性塗料組成物であって、
着色基材と、
リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維とを有し、
前記被塗布物に塗布してから乾燥するまでの間における、L*値の変動幅が25%以内である、
ことを特徴とする水性塗料組成物。
【0008】
セルロース微細繊維は白色っぽい色を呈するが、リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維は、透明色により近い色を呈することを発明者は知見している。セルロース微細繊維を有する水性塗料組成物で被塗布物に描画すると、乾燥後、水性塗料組成物が白色っぽくなる。しかしながら、リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維を有する水性塗料組成物だと、描画して、乾燥させても白色っぽさが目立ちにくい。また、L*値の変動幅が上述の範囲なので乾燥させても色あいの変化が小さく、水性塗料組成物本来の色あいに近い色合いとなる。
【0009】
(第2の態様)
前記被塗布物に形成された塗膜面における表面粗さが20%以下である、
第1の態様の水性塗料組成物。
【0010】
人が知覚する色は、ある物体に反射して呈する光の色である。当該物体の表面の凹凸、すなわち表面粗さが大きいと、光が乱雑に反射する。この現象を被塗布物で考えた場合、被塗布物の塗膜面の表面粗さが大きいと、顔料の本来の色あいと異なる色あいを、人が知覚することになる。
【0011】
表面粗さが20%以下であるので、塗膜面の凹凸が大きくなく、塗膜面が相対的に平滑である。平滑な塗膜面では光が乱雑に反射しにくいので、着色基材の本来の色合いに近い色合いとなると推測される。
【0012】
(第3の態様)
前記セルロース微細繊維は、
セルロース微細繊維を構成するグルコースの炭素部位1位~6位のうちの、
少なくともいずれか1つの炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第1セルロース微細繊維と、
前記炭素部位以外の炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第2セルロース微細繊維とを有するものである、
第1の態様の水性塗料組成物。
【0013】
グルコースの特定の炭素部位のみがリンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維が水性塗料組成物中にあると、電荷の偏りによりセルロース微細繊維が偏在化し易く、分散性が相対的に大きくない。一方、前述の態様のセルロース微細繊維が水性塗料組成物中にあると、セルロース微細繊維間で電荷の偏りを相互に打ち消し合いつつ、分散すると推測される。セルロース微細繊維と共に着色基材も分散するので、水性塗料組成物の色合いの濃淡が緩和される。
【0014】
(第4の態様)
B型粘度が600cp以上、かつ1500cp以下であり、
せん断速度1×105(1/sec)以上の範囲で、ハイシェア粘度の最大値が3.5cp以下である、
第1~第3のいずれかの態様の水性塗料組成物。
【0015】
B型粘度及びハイシェア粘度が前述の範囲なので、流動性に富み重力等による外力の影響を受けて、塗膜面が容易に平滑化する水性塗料組成物となる。
【0016】
(第5の態様)
第1~第4のいずれか1つの態様の水性塗料組成物で描画された焼物。
【0017】
上記効果を備えた水性塗料組成物で描画された焼物となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、乾燥後の色合いが水性塗料組成物本来の色合いに近い色合いとなる水性塗料組成物となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】素地とこの素地を覆う釉薬層と描画の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明を実施するための形態を次記に説明する。なお、本実施の形態は本発明の一例である。本発明の範囲は、本実施の形態の範囲に限定されない。
【0021】
本実施形態の水性塗料組成物の一例は、着色基材とセルロース微細繊維とを有し、前記セルロース微細繊維はリンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維を有するものである。以下各組成物について詳述する。
【0022】
(着色基材)
着色基材は、被塗布物(例えば焼物素地等)を着色する物質であり、基材の種類により様々な色を呈するものである。この着色基材を有する水性塗料組成物で被塗布物に絵付けをする方法として、上絵付けと下絵付けがある。下絵付けとは、絵付を施釉前に行うものであり、一例に次記の手法で行うことができる。素焼された被塗布物に着色基材を含む水性塗料組成物等で絵柄を描画し、その後釉薬をかけ焼成する。下絵付けは、複数回焼成をしてもよいが、二次焼成を行わない場合は、手間がかからず製造コストが安価なものとなる。一部の顔料等の着色基材は釉薬に溶け込むなど釉薬と反応する。この反応により、描画がにじんだり、ぼやけたりすることがある。釉薬に対して難反応性の顔料である、金属塩化物や硝酸化合物の着色基材を用いることで、上記反応が抑制され、にじみやぼやけを避けることができる。なお、意図的に描画をにじませたりぼやかしたりする場合もある。
【0023】
上絵付けは、一例に次記の手法で行うことができる。まず、素焼された焼物素地に釉薬をかけ、高温焼成し釉薬層を形成させる。この釉薬層が形成された焼物素地を釉薬層成形体という。この釉薬成形体の表面に、筆等で水性塗料組成物を使用して絵柄を描画する。次に描画された焼物素地を低温焼成する。低温で焼成する場合には、着色基材として、着色顔料を用いることが好ましい。この顔料の色としては、様々な色、例えば赤色、青色、黄色、その他の色や、金彩を用いることができる。
【0024】
着色基材には、上記で示した着色顔料のほかに、シリカ、アルミナ、シリカ・アルミナ複合体に金属酸化物を固溶させたもの、又はこれらの複合化合物を固溶させたものを含めることができる。この金属酸化物としては、特に限定されないが、酸化コバルト、酸化鉄、酸化銅、酸化マンガン、酸化クロム、酸化ニッケル、酸化スズ等を例示できる。また、着色基材には、ジルコニウム、ケイ素、プラセオジム、バナジウム、チタン、アンチモン、亜鉛、マンガン、コバルト、ニッケル、アルミニウム、銅、鉛、カドミウム又はその化合物、クロム又はその化合物(例えば、オキサイド・オブ・クロミウム、ビリジアン、コバルトターコイズ)を例示できる。また、着色基材には、セラミック顔料を含めることができる。
【0025】
セラミック顔料は、耐熱性、対候性、耐薬品性に優れ、主に酸化物や複合酸化物、ケイ酸塩等からなるものがある。しかしながら、これらに限られるものではない。セラミック顔料としては、スピネル系の固溶体やアンチモンスズグレーやジルコングレー、プラセオジム黄、バナジウムスズ黄(Sn-V系及びSn-Ti-V系等がある)、バナジウムジルコニウム黄、ピーコック、ビクトリアグリーン、クロムグリーン(Al-Cr系)、紺青、海碧、Co-Zn-Si系、Co-Si系、バナジウムジルコニウム青、クロムスズライラック、ライラック、クロムスズピンク、陶試紅、サーモンピンク、クロムアルミナピンク、ファイアーレッドを例示することができる。
【0026】
本形態による着色基材の平均粒子径は、例えば、5μm~60μm、好ましくは、5μm~40μmとするとよい。60μmを超えると、水性塗料組成物を薄く塗った場合に描画部分に着色基材による凹凸が発生し、見た目の色合いが均一にならないことがある。また、5μm未満だと、水性塗料組成物中における着色基材の分散性が不十分となる場合があり、塗りムラの原因となる。また、着色基材がセルロース微細繊維を介して適度に水性塗料組成物中に分散されたものとするためには、着色基材の粒子径分布とセルロース微細繊維の擬似粒度分布が近似している方がよい。例えば、着色基材の粒子径分布におけるピーク値と、セルロース微細繊維の擬似粒度分布におけるピーク値との差が、20μm未満、好ましくは10・m未満であることが好ましい。当該差がこのような範囲にあることにより、着色基材を水性塗料組成物中により効果的に分散させることができる。
【0027】
なお、焼物素地の、特に表面の主成分がケイ酸やケイ酸化合物(例えば、ガラスその他の固溶体)である場合は、上記、釉薬層成形体の製造を省略して、この焼物素地に筆等で水性塗料組成物を使用して絵柄を描画してもよい。この場合、描画された後の焼物素地を低温焼成する。
【0028】
(セルロース微細繊維)
セルロース微細繊維は、セルロース繊維の水素結合点を増やし、もって成形体の強度を向上する役割を有する。セルロース微細繊維は、原料パルプを解繊(微細化)することで得ることができ、化学処理、機械処理等公知の処理手法で製造することができる。
【0029】
セルロース微細繊維の原料パルプとしては、例えば、広葉樹、針葉樹等を原料とする木材パルプ、ワラ・バガス・綿・麻・じん皮繊維等を原料とする非木材パルプ、回収古紙、損紙等を原料とする古紙パルプ(DIP)等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。なお、以上の各種原料は、例えば、セルロース系パウダーなどと言われる粉砕物の状態等であってもよい。
【0030】
ただし、不純物の混入を可及的に避けるために、木材パルプを使用するのが好ましい。木材パルプとしては、例えば、広葉樹クラフトパルプ(LKP)、針葉樹クラフトパルプ(NKP)、サルファイトパルプ(SP)、溶解パルプ(DP)等の化学パルプ、機械パルプ(TMP)の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。
【0031】
機械パルプとしては、例えば、ストーングランドパルプ(SGP)、加圧ストーングランドパルプ(PGW)、リファイナーグランドパルプ(RGP)、ケミグランドパルプ(CGP)、サーモグランドパルプ(TGP)、グランドパルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)、リファイナーメカニカルパルプ(RMP)、晒サーモメカニカルパルプ(BTMP)等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。
【0032】
セルロース微細繊維の解繊に先立っては、化学的手法によって前処理することもできる。化学的手法による前処理としては、例えば、酸による多糖の加水分解(酸処理)、酵素による多糖の加水分解(酵素処理)、アルカリによる多糖の膨潤(アルカリ処理)、酸化剤による多糖の酸化(酸化処理)、還元剤による多糖の還元(還元処理)、TEMPO触媒による酸化(酸化処理)、リン酸エステル化(化学的処理)等を例示することができる。
【0033】
解繊に先立って酵素処理や酸処理、酸化処理を施すと、保水度を比較的低くでき、かつ均質性を高くすることができる。この点、セルロース微細繊維の保水度が高過ぎると、水性塗料組成物がよく伸びにくくなる。これはおそらく、水性塗料組成物が水分を多く含むため、水分子相互の水素結合により水分子が凝集して液滴化しやすくなることによるものと推測される。
【0034】
原料パルプを酵素処理や酸処理、酸化処理すると、パルプが持つヘミセルロースやセルロースの非晶領域が分解され、結果、微細化処理のエネルギーを低減することができ、セルロース繊維の均一性や分散性を向上することができる。セルロース繊維の分散性は、例えば、成形体の均質性向上に資する。ただし、前処理は、セルロース微細繊維のアスペクト比を低下させるため、過度の前処理は避けるのが好ましい。
【0035】
特に、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維を有する水性塗料組成物で被塗布物(例えば、焼物素地が釉薬層で覆われた釉薬層成形素地や、焼物素地)に描画すると、この水性塗料組成物は伸びがよく、被塗布物への密着性が良く、塗りムラが発生しづらいものとなる。従来の水性塗料組成物には、粘度を高め、密着性を良くするため、カルボキシメチルセルロース等の増粘剤を組成に加えたものがある。カルボキシメチルセルロースは水性塗料組成物の粘度を高める一方で、水溶性増粘剤のため、釉薬を塗布することで水に溶解してしまい、焼成後のひび割れの原因となる。
【0036】
セルロース微細繊維は、水や有機溶剤等の液体に混入させ、分散させて分散液とすることができる。
【0037】
描画時における水性塗料組成物の密着性や伸びの観点からは、機械パルプを使用するのが好ましく、着色基材の本来の色あいを発揮させるには晒機械パルプを使用するのがより好ましく、BTMPを使用するのが特に好ましい。描画するときの水性塗料組成物の密着性がよいと、乾燥後に水性塗料組成物が被塗布物から剥がれることがなくなり、描画作業を効率的に行い易くなる。
【0038】
水性塗料組成物中に含まれるセルロース微細繊維は、機械パルプを解繊して得たものや化学パルプを解繊して得たものを好適に用いることができる。特に化学パルプとしては、セルロース繊維にリンオキソ酸類及びリンオキソ酸金属塩類の少なくともいずれか一方を含む添加物を添加して、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部がリンオキソ酸でエステル化されたパルプを解繊して得たものや、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部がカルバメート基で置換されてカルバメートが導入されたパルプを解繊して得たもの、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部がリンオキソ酸でエステル化され、かつ他のヒドロキシ基の一部がカルバメート基で置換されてカルバメートが導入されたパルプを解繊して得たものを用いてもよい。
【0039】
これら全てのセルロース微細繊維は、水性塗料組成物に固形分基準で2質量%以上、4質量%以下、好ましくは3質量%以上、4質量%以下含まれるとよい。4質量%を超えると、セルロース微細繊維の濃度が高く、セルロース微細繊維間の相互作用が強く働き、ハイシェア粘度が相対的に低くなりにくくなるので、水性塗料組成物の伸びが不十分となり、均一な色合いで描画することが困難なものとなる。2質量%を下回ると、セルロース微細繊維が水性塗料組成物全体に亘って分散し難く、水性塗料組成物中においてセルロース微細繊維の濃度が不均一になり易い。
【0040】
化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維からなる分散液と、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維からなる分散液を比較すると化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維からなる分散液の方が粘性が高いことを発明者は知見している。化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維と機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維との比率(質量比)を調整することで、粘度が相対的に高い水性塗料組成物とすることができる。
【0041】
水性塗料組成物が機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維と化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維を含む場合、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維と化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維との質量比が1~9:1、特に1~3:1である態様は好ましい。質量比が9:1を上回ると、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維を相対的に多く用いることになるため、描画部分からの液タレが発生しやすくなり、塗りムラが生じやすくなる。質量比が1:1を下回ると、描画部分から水性塗料組成物が外側に垂れにくくなるが、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維の濃度が低いので、このセルロース微細繊維が備える流動性や密着性向上の効果が弱まる。
【0042】
解繊に先立ってリンオキソ酸によるエステル化(化学的処理)を施すと、繊維原料を微細化でき、製造されるセルロース微細繊維は、アスペクト比が大きく強度に優れ、光透過度及び粘度が高いものとなる。リンオキソ酸によるエステル化は、特許文献3(特開2019-199671号公報)に掲げる手法で行うことができる。リンオキソ酸によりエステル化されたセルロース微細繊維(A)の一例を次記に示す。セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されてリンオキソ酸でエステル化されており、構造式(1)に示す官能基の導入量が、セルロース繊維1gあたり2mmоlを超えるセルロース微細繊維を例示できる。当該官能基の導入量の上限はセルロース繊維1gあたり3.4mmоlである。この上限を超えると、セルロース微細繊維が水に溶けやすくなるおそれがある。
〔構造式(1)〕
【化1】
構造式(1)において、a,b,m,nは自然数である。
A1,A2,・・・,AnおよびA’のうちの少なくとも1つはOであり、残りはR、OR、NHR、及び、なしのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。αは有機物又は無機物からなる陽イオンである。
【0043】
また、セルロース繊維のヒドロキシ基(-OH基)の一部が、下記構造式(2)に示す官能基で置換されて、亜リン酸のエステルが導入(修飾、変性)された(エステル化された)セルロース微細繊維であってもよい。好ましくは、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、カルバメート基で置換されて、カルバメート(カルバミン酸のエステル)も導入されたセルロース微細繊維であってもよい。
【0044】
【0045】
構造式(2)において、βは、なし、R、及びNHRのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。αは有機物又は無機物からなる陽イオンである。
【0046】
また、前記セルロース微細繊維(A)は、セルロース繊維のヒドロキシ基のうち2箇所以上、前記構造式(1)に示す官能基で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入されたものであってもよい。水素結合等によるセルロース微細繊維の相互作用により、分散性が向上する。
【0047】
セルロース繊維は、グルコースを一構成単位として、グルコースが複数重合した構造を形成している。重合された一つのセルロース繊維において、リンオキソ酸のエステル基は、ある特定のグルコースで置換され、別のグルコースでは置換されていなくてもよい。また、ある特定のグルコースにおいて複数個所に、リンオキソ酸のエステル基が置換されて導入されていてもよい。
【0048】
このリンオキソ酸によりエステル化されたセルロース微細繊維は光透過度及び粘度が極めて高いものである。
【0049】
リンオキソ酸によるエステル化の反応は、セルロース繊維に、リンオキソ酸類及びリンオキソ酸金属塩類の少なくともいずれか一方を含む添加物(A)からなるpH3.0未満の溶液を添加し、加熱し、解繊することで進行する。
【0050】
添加物(A)としては、例えば、リン酸、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、ポリリン酸アンモニウム、リン酸二水素リチウム、リン酸三リチウム、リン酸水素二リチウム、ピロリン酸リチウム、ポリリン酸リチウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、ポリリン酸カリウム、亜リン酸、亜リン酸水素ナトリウム、亜リン酸水素アンモニウム、亜リン酸水素カリウム、亜リン酸二水素ナトリウム、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸リチウム、亜リン酸カリウム、亜リン酸マグネシウム、亜リン酸カルシウム、亜リン酸トリエチル、亜リン酸トリフェニル、ピロ亜リン酸等の亜リン酸化合物等を使用することができる。これらの添加物は、それぞれを単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。ただし、リンオキソ酸類の一部又は全部としては、ホスホン酸類を使用するのが好ましい。ホスホン酸類を使用すると、セルロース繊維の黄変化が防止されるので、着色基材の本来の色あいを備えた水性塗料組成物となる。
【0051】
リンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維は、水性塗料組成物に固形分基準で2~4質量%、好ましくは3~4質量%含まれるとよい。4質量%を超えると、セルロース微細繊維の濃度が高く、セルロース微細繊維間の相互作用が強く働き、高粘度となり、水性塗料組成物の伸びが不十分となり、均一な色合いで描画することが困難なものとなる。2質量%を下回ると、リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維の濃度が小さく、十分な分散効果が得られない
【0052】
(カルバメート化)
リンオキソ酸でエステル化されたセルロース繊維には、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部がカルバメート基で置換されて、カルバメートが導入されたものを含めることもできる。
【0053】
カルバメート基で置換するために用いる添加物(B)は、尿素及び尿素誘導体の少なくともいずれか一方を含む。この添加物としては、例えば、尿素、チオ尿素、ビウレット、フェニル尿素、ベンジル尿素、ジメチル尿素、ジエチル尿素、テトラメチル尿素等を使用することができる。これらの尿素又は尿素誘導体は、それぞれを単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。ただし、尿素を使用するのが好ましい。
【0054】
上記、 添加物(B)は、加熱されると、下記の反応式(1)に示すようにイソシアン酸及びアンモニアに分解される。そして、イソシアン酸は反応性が高く、下記の反応式(2)に示すようにセルロースの水酸基及びカルバメートを形成する。したがって、セルロース繊維に添加物(B)を添加するとカルバメートの導入が進む。
【0055】
添加物(B)の添加量は、添加物(A)1molに対して、好ましくは0.01~100mol、より好ましくは0.2~20molである。添加量が0.01mol未満であると、カルバメートの導入が進まないおそれがある。他方、添加量が100molを超えても、尿素の添加による効果が頭打ちとなるおそれがある。
【0056】
NH2-CO-NH2 → HN=C=O+NH3 …(1)
Cell-OH+H-N=C=O → Cell-O-CO-NH2 …(2)
なお、Cellは、セルロース分子を指す。
【0057】
リンオキソ酸によるエステルの導入やカルバメートの導入には、特に限定されなく公知のパルプを適宜用いることができるが、針葉樹晒クラフトパルプや広葉樹晒クラフトパルプを用いるとよく、針葉樹晒クラフトパルプが好適である。針葉樹晒クラフトパルプや広葉樹晒クラフトパルプはヘミセルラーゼ系酵素により分解が容易になされ、その後の解繊処理も容易である。
【0058】
ヘミセルラーゼ系酵素としては、例えば、キシランを分解する酵素であるキシラナーゼ(xylanase)、マンナンを分解する酵素であるマンナーゼ(mannase)、アラバンを分解する酵素であるアラバナーゼ(arabanase)等を使用することができる。また、ペクチンを分解する酵素であるペクチナーゼも使用することができる。
【0059】
セルロース繊維の解繊は、例えば、高圧ホモジナイザー、高圧均質化装置等のホモジナイザー、グラインダー、摩砕機等の石臼式摩擦機、コニカルリファイナー、ディスクリファイナー等のリファイナー、各種バクテリア等の中から1種又は2種以上の手段を選択使用して行うことができる。ただし、セルロース繊維の解繊は、水流、特に高圧水流で微細化する装置・方法を使用して行うのが好ましい。この装置・方法によると、得られるセルロース微細繊維の寸法均一性、分散均一性が非常に高いものとなる。これに対し、例えば、回転する砥石間で磨砕するグラインダーを使用すると、セルロース繊維を均一に微細化するのが難しく、場合によっては、一部に解れない繊維塊が残ってしまうおそれがある。
【0060】
セルロース繊維の解繊に使用するグラインダーとしては、例えば、増幸産業株式会社のマスコロイダー等が存在する。また、高圧水流で微細化する装置としては、例えば、株式会社スギノマシンのスターバースト(登録商標)や、吉田機械興業株式会社のナノヴェイタ\Nanovater(登録商標)等が存在する。また、セルロース繊維の解繊に使用する高速回転式ホモジナイザーとしては、エムテクニック社製のクレアミックス-11S等が存在する。
【0061】
本発明者等は、回転する砥石間で磨砕する方法と、高圧水流で微細化する方法とで、それぞれセルロース繊維を解繊し、得られた各繊維を顕微鏡観察した場合に、高圧水流で微細化する方法で得られた繊維の方が、繊維幅が均一であることを知見している。
【0062】
高圧水流による解繊は、セルロース繊維の分散液を増圧機で、例えば30MPa以上、好ましくは100MPa以上、より好ましくは150MPa以上、特に好ましくは220MPa以上に加圧し(高圧条件)、細孔直径50μm以上のノズルから噴出させ、圧力差が、例えば30MPa以上、好ましくは80MPa以上、より好ましくは90MPa以上となるように減圧する(減圧条件)方式で行うと好適である。この圧力差で生じるへき開現象によって、パルプ繊維が解繊される。高圧条件の圧力が低い場合や、高圧条件から減圧条件への圧力差が小さい場合には、解繊効率が下がり、所望の繊維幅とするために繰り返し解繊(ノズルから噴出)する必要が生じる。
【0063】
高圧水流によって解繊する装置としては、高圧ホモジナイザーを使用するのが好ましい。高圧ホモジナイザーとは、例えば10MPa以上、好ましくは100MPa以上の圧力でセルロース繊維のスラリーを噴出する能力を有するホモジナイザーをいう。セルロース繊維を高圧ホモジナイザーで処理すると、セルロース繊維同士の衝突、圧力差、マイクロキャビテーションなどが作用し、セルロース繊維の解繊が効果的に生じる。したがって、解繊の処理回数を減らすことができ、セルロース微細繊維の製造効率を高めることができる。
【0064】
高圧ホモジナイザーとしては、セルロース繊維のスラリーを一直線上で対向衝突させるものを使用するのが好ましい。具体的には、例えば、対向衝突型高圧ホモジナイザー(マイクロフルイダイザー/MICROFLUIDIZER(登録商標)、湿式ジェットミル)である。この装置においては、加圧されたセルロース繊維のスラリーが合流部で対向衝突するように2本の上流側流路が形成されている。また、セルロース繊維のスラリーは合流部で衝突し、衝突したセルロース繊維のスラリーは下流側流路から流出する。上流側流路に対して下流側流路は垂直に設けられており、上流側流路と下流側流路とでT字型の流路が形成されている。このような対向衝突型の高圧ホモジナイザーを用いると高圧ホモジナイザーから与えられるエネルギーが衝突エネルギーに最大限に変換されるため、より効率的にセルロース繊維を解繊することができる。
【0065】
原料パルプの解繊は、得られるセルロース微細繊維の平均繊維径、平均繊維長、保水度、擬似粒度分布のピーク値、分散液の光透過率、水性塗料組成物のB型粘度、ハイシェア粘度が、以下に示すような所望の値又は評価となるように行うのが好ましい。
【0066】
セルロース微細繊維の平均繊維径(平均繊維幅。単繊維の直径平均。)は、好ましくは1~200nm、さらに好ましくは2~100nm、特に好ましくは3~60nmである。平均繊維径が1nmを下回るセルロース微細繊維は製造に高コストを要する。他方、セルロース微細繊維の平均繊維径が200nmを上回ると、水素結合点の増加効果が得られないおそれがある。分散液中のセルロース微細繊維はゲル化して粘度を有するが、特に、平均繊維径が100nm以下だと、セルロース微細繊維の分散性が高く、三次元ネットワークが維持され易いので、着色基材は十分に分散し、着色基材の沈降による水性塗料組成物の濃淡の差が表れにくい。
【0067】
セルロース微細繊維の平均繊維径は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0068】
セルロース微細繊維の平均繊維径の測定方法は、次のとおりである。
まず、固形分濃度0.01~0.1質量%のセルロース微細繊維の水分散液100mlをテフロン(登録商標)製メンブレンフィルターでろ過し、エタノール100mlで1回、t-ブタノール20mlで3回溶媒置換する。次に、凍結乾燥し、オスミウムコーティングして試料とする。この試料について、構成する繊維の幅に応じて3,000倍~30,000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡SEM画像による観察を行う。具体的には、観察画像に二本の対角線を引き、対角線の交点を通過する直線を任意に三本引く。さらに、この三本の直線と交錯する合計100本の繊維の幅を目視で計測する。そして、計測値の中位径を平均繊維径とする。
【0069】
セルロース微細繊維の平均繊維長(単繊維の長さ)は、好ましくは200~1300μm、より好ましくは200~1000μm、特に好ましくは200~800μmである。セルロース微細繊維の平均繊維長が200μmを下回ると、水性塗料組成物中においてセルロース微細繊維が均一に分散しづらくなるおそれがある。分散性の低下は、着色基材の凝集化の原因となるし、水性塗料組成物の垂れにくさと伸びの良さの点で不具合をもたらす原因となる。
【0070】
他方、セルロース微細繊維の平均繊維長が1300μmを上回ると、繊維相互が絡み易くなり、繊維と着色基材とが接触する面積が小さくなり、付着度合が比較的小さくなり、着色基材が良好に分散し難いものとなる。
【0071】
セルロース微細繊維の平均繊維長は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0072】
セルロース微細繊維の平均繊維長の測定方法は、平均繊維径の場合と同様にして、各繊維の長さを目視で計測する。計測値の中位長を平均繊維長とする。
【0073】
セルロース微細繊維は、アスペクト比が100~300、好ましくは100~250、より好ましくは100~200であるとよい。アスペクト比が300を上回ると、セルロース微細繊維相互の絡みつきが多く、伸びの良くない水性塗料組成物とある。アスペクト比が100を下回ると、いわゆる、三次元ネットワーク構造が長期間維持しにくく、着色基材が沈降するおそれがある。
【0074】
セルロース微細繊維の保水度は、例えば150%以上とするとよく、好ましくは200%、より好ましくは220%、さらに好ましくは250%である。セルロース微細繊維の保水度が150%を下回ると、セルロース微細繊維の分散性が悪化し、ひいてはセルロース微細繊維に付着する着色基材の分散性も悪化するおそれがある。
【0075】
他方、セルロース微細繊維の保水度は、例えば500%以下とするとよい。500%を上回ると、セルロース微細繊維自体の保水力が高いため、水分子相互による液滴化が生じ、素地又は釉薬層において水性塗料組成物による薄膜形成がしづらくなる。
【0076】
セルロース微細繊維の保水度は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0077】
セルロース微細繊維の保水度は、JAPAN TAPPI No.26(2000)に準拠して測定した値である。
【0078】
リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維を固形分0.2%(質量/体積)の水分散液とした場合の光透過率は、87%(質量/体積)以上、好ましくは90%(質量/体積)以上、より好ましくは92%(質量/体積)以上とするとよい。87%(質量/体積)を下回ると、水性塗料組成物の塗膜面の色合いが着色基材の色合いと異なった印象を受けるおそれがある。セルロース微細繊維の光透過度は例えば、パルプ繊維の選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0079】
着色基材には、セルロース微細繊維に付着するものもあれば、セルロース微細繊維相互で形成される隙間に留まるものもある。セルロース微細繊維は水性塗料組成物中に分散しているので、着色基材も分散した状態となる。セルロース微細繊維の中でも、リンオキソ酸のエステル基で変性されたものセルロース微細繊維は、水素結合部位が多く、三次元ネットワーク構造を容易に構築して、水性塗料組成物中において適度に分散するものと推測される。また、当該セルロース微細繊維は優れた光透過度を有する(特許文献2参照)ので、着色基材は当該セルロース微細繊維によって色が遮られにくく、本来の色合いに近い色合いを呈する。
【0080】
セルロース微細繊維の結晶化度は、80%以下、好ましくは80~50%、より好ましくは80~60%とするとよい。結晶化度が60%を上回ると、水性塗料組成物のB型粘度が高まり過ぎ、平滑性が損なわれる。結晶化度は、例えば、パルプ繊維の選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0081】
ここで、結晶化度が相対的に大きくないセルロース微細繊維は、粘度も相対的に高いものではない。前述の結晶化度を有するセルロース微細繊維を含む水性塗料組成物は、粘度がセルロース微細繊維に備わる粘度に近づく。粘度が相対的に高いものではないため、塗膜面が平滑なものとなる。
【0082】
結晶化度は、JIS-K0131(1996)の「X線回折分析通則」に準拠して、X線回折法により測定した値である。なお、セルロース微細繊維は、非晶質部分と結晶質部分とを有しており、結晶化度はセルロース微細繊維全体における結晶質部分の割合を意味する。
【0083】
セルロース微細繊維の擬似粒度分布における体積基準での累積50%径(以下、D50、中位径ともいう。)は、5~60μm、より好ましくは5~40μmとするとよい。中位径が上記サイズであることで、セルロース微細繊維が水性塗料組成物に適度に分散され、水性塗料組成物による均質な描画を行うことができる。中位径が60μmを上回ると、セルロース微細繊維が水性塗料組成物に均一に分散し難くなる。中位径が5μmを下回るセルロース微細繊維の製造は、技術的に困難な面がある。
【0084】
本実施形態の水性塗料組成物の擬似粒度分布曲線におけるピーク値は、1つのピークであるのが好ましい。1つのピークである場合、1種又は複数種のパルプから解繊されたセルロース微細繊維は、繊維長及び繊維径の均一性が高く、水性塗料組成物中におけるセルロース微細繊維の分散性が優れたものとなる。ピーク値は、ISO-13320(2009)に準拠して測定した値である。セルロース微細繊維は、水分散状態でレーザー回折法により測定される擬似粒度分布曲線において単一のピークを有することが好ましい。このように、一つのピークを有するセルロース微細繊維は、十分な微細化が進行しており、セルロース微細繊維としての良好な物性を発揮することができ、得られる水性塗料組成物による描画が均一化され好ましい。「擬似粒度分布曲線」とは、粒度分布測定装置( 例えば堀場製作所の粒度分布測定装置「LA-960S」)を用いて測定される体積基準粒度分布を示す曲線を意味する。
【0085】
リンオキソ酸のエステル基で変性される炭素部位は、セルロース微細繊維を構成するグルコースの炭素部位1位~6位のうちの、どの炭素部位であってもよい。特に、グルコースの炭素部位1位~6位のうちの、少なくともいずれか1つの炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第1セルロース微細繊維と、前記炭素部位以外の炭素部位がリンオキソ酸のエステル基で変性された第2セルロース微細繊維とを有するセルロース微細繊維を含む水性塗料組成物は、セルロース微細繊維全体として極性の偏りが少なく、高い分散性を有するので好ましい。また、グルコースの炭素部位1位~6位のうちの、少なくともいずれか1つの炭素部位とこの炭素部位以外の炭素部位がそれぞれリンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース微細繊維を含む水性塗料組成物も好ましい。
【0086】
カルボキシル化セルロース微細繊維は、セルロース繊維の一構成単位であるグルコースのC6位の水酸基が選択的にアルデヒド基及びカルボキシ基に変性されたものであり、グルコースの電荷に偏りが生じている。そのため、セルロース微細繊維間の相互作用においても偏りが生じ、均一な分散が維持され難い。
【0087】
セルロース微細繊維の粒径における最頻値、及び擬似粒度分布の中位径は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0088】
解繊して得られたセルロース微細繊維は、必要により、着色基材と混合するのに先立って水系媒体中に分散して分散液としておくことができる。水系媒体は、全量が水であるのが特に好ましい(水溶液)。ただし、水系媒体は、一部が水と相溶性を有する他の液体であってもよい。他の液体としては、例えば、炭素数3以下の低級アルコール類等を使用することができる。
【0089】
(粘度)
セルロース微細繊維の分散液は、液体全体に分散する性質を有する。しかしながら、セルロース微細繊維の分散液については、しばらく放置するとセルロース微細繊維の相と水相に分離して、両相間の界面が現れ、この界面が下がる場合がある。この相が分離する現象は、セルロース微細繊維の特性である分散性が関与するものと推測される。セルロース微細繊維の原材料や加工手段、物性等により、分散の程度は異なる。
【0090】
例えば、機械パルプを解繊して得たセルロース微細繊維や化学パルプを解繊して得たセルロース微細繊維は所定の分散性を有しているが、リンオキソ酸のエステル基で変性されたセルロース繊維ほどの分散性を有さない。リンオキソ酸のエステルやカルバメートが導入されたセルロース微細繊維は、電荷の偏りが局所的にあり、分散液中の水や有機溶剤と水素結合を容易に形成するので、優れた分散性を備えることを発明者は知見している。の高いものとなると考えられる。
【0091】
B型粘度については、特定の原料から同一の製造工程で得られたセルロース微細繊維の分散液であっても、セルロース微細繊維の濃度により粘度が異なり、高濃度ほど高粘度となる。なお、粘度はB型粘度により評価できる。
【0092】
(水性塗料組成物)
本実施形態の水性塗料組成物では、セルロース微細繊維に着色基材が付着されているものと推測される。そのため、セルロース微細繊維が適度に水性塗料組成物中に分散していることで、着色基材も十分に分散したものとなる。そして、着色基材の分散が持続されるためには、リンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維と着色基材を混合させることが効果的である。例えば、着色基材とリンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維との混合比が1:0.005~0.045、好ましくは1:0.010~0.045である形態を例示できる。この混合比を上回ってリンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維が含まれていると、着色基材に対してセルロース微細繊維量が多すぎて、塗料全体における着色基材の分散性に偏りが生じる。また、この混合比を下回ってリンオキソ酸のエステルが導入されたセルロース微細繊維が含まれていると、セルロース微細繊維が少なく、水性塗料組成物全体における着色基材の分散性が良くなく、描画する際に色ムラの原因となる。
【0093】
水性塗料組成物を塗って形成された塗膜面は、水性塗料組成物の粘度が相対的に高いと、塗った直後の塗膜面の形態が維持され易いものとなる。塗った直後の塗膜面の形態が凹凸を有するものであれば、塗膜面は凹凸を有する形態が維持され、やがてその形態のまま乾燥する。当該粘度が相対的に高くないと、塗膜面の形態が重力等の外力の作用により平滑化して、平滑化した形態で乾燥して、塗膜面の形態が定まると推測される。
【0094】
水性塗料組成物のB型粘度は、例えば、2000cP以下、より好ましくは800cP以下であると好ましい。水性塗料組成物のB型粘度が2000cPを上回ると、水性塗料組成物を塗った直後から乾燥するまでの間に、重力による塗膜面の平滑化が起こりにくいので、好ましくない。また、セルロース微細繊維間の水素結合等の相互作用が大きくなり、水性塗料組成物にセルロース微細繊維を分散させるために大きなエネルギーを用いることになり、水性塗料組成物を製造するのにかかるコストの増加につながるおそれがある。
【0095】
本実施形態の水性塗料組成物は、ハイシェア粘度の最小値が3.5cP以下、好ましくはせん断速度1×105以上の範囲で、でハイシェア粘度の最大値が3.3cP以下、より好ましくはせん断速度1×105以上の範囲でハイシェア粘度の最大値が3.2cP以下であるとよい。ハイシェア粘度の最大値が3.5cPを超えると、描画直後に重力作用による塗膜面の平滑化が抑制される。また、水性塗料組成物を筆に含ませて描画するときに、水性塗料組成物の伸びが良くなく、描画しづらいものとなる。
【0096】
B型粘度が1500cp以下、より好ましくは1200cp以下であり、せん断速度1×105(1/sec)以上の範囲で、ハイシェア粘度の最大値が3.5cp以下である水性塗料組成物の形態は好ましい。ハイシェア粘度の最小値が3.5cp以下であるので筆等に含んだ水性塗料組成物を所定の速さで描画した直後から、塗膜面の平滑化が促進され、かつ、B型粘度が1500cp以下であるので、塗膜面の凹凸の程度が相対的に激しくない。よって、乾燥後であっても水性塗料組成物が本来の色合いに近い色合いを呈することになる。一方、焼物素地に描画した水性塗料組成物が描画部以外の箇所に垂れないようにするためB型粘度の下限は600cp以上とするとよい。
【0097】
(色合い)
焼物の製造において、水性塗料組成物が描画された被塗布物を、105℃で1時間放置して乾燥させる工程がある。描画した直後の水性塗料組成物の色合いが乾燥後の色合いと異なる要因の一つとして、水性塗料組成物を構成する材料の含水量を挙げることができる。具体的には、着色基材、セルロース微細繊維、樹脂等それぞれの含水量が色合いを左右する場合があるということである。色合いは、L*値、a*値、b*値を用いて評価することができる。特に明度の指標であるL*値は、水性塗料組成物の鮮やかさに影響する。なお、構成材料とは、水性塗料組成物を構成する物質をいい、例えば、着色基材、セルロース微細繊維、樹脂等をいう。
【0098】
本実施形態の水性塗料組成物は、被塗布物に塗布してから乾燥するまでの間における、L*値の変動幅が25%以内、好ましくは15%以内、より好ましくは10%以内であるとよい。L*値の変動幅が25%を上回ると、乾燥前後で色合いの変化が大き過ぎ、乾燥後の色合いが,画師が予想した色合いとかけ離れるおそれがある。
【0099】
また、本実施形態の水性塗料組成物は、焼物素地に塗ってから乾燥するまでの間における、a*値の変動幅が20%以内、好ましくは15%以内であるとよく、b*値の変動幅が20%以内、好ましくは10%以内であるとよい。a*値の変動幅が20%を上回る、及び/又はb*値の変動幅が10%を上回ると、乾燥前後で色合いの変化が大き過ぎ、乾燥後の色合いが画師が予想した色合いとかけ離れるおそれがある。
【0100】
(表面粗さ)
水性塗料組成物を塗布して、被塗布物に形成された塗膜面を微視的に観察すると、塗膜の表面が凹凸を有していることが分かる。この凹凸は、水性塗料組成物の粘度や水性塗料組成物の構成材料の偏りに起因するものと思われる。粘度については、例えば、高粘度の水性塗料組成物で塗って形成された塗膜面は、変形しにくく、塗った直後の形態のまま乾燥して固化する。一方、低粘度の水性塗料組成物からなる塗膜面は、当該水性塗料組成物の自重により、重力の作用で平滑化して、乾燥して固化する。よって、水性塗料組成物が所定の粘度以下であると、塗膜面が平滑なものとなる。偏りについては、構成材料に偏りがある水性塗料組成物において、構成材料が密である塗膜面部分は焼物素地面に対して法線方向に相対的に凸状となり、構成材料が疎である塗膜面部分は焼物素地面に対して法線方向に相対的に凸状となる程度が小さい。よって、構成材料の偏りが、塗膜面の凹凸を形成する要因となり得る。
【0101】
塗膜面の凹凸の度合いは、表面粗さの指標で評価することができる。焼物素地に水性塗料組成物を塗って形成された塗膜面における表面粗さは、20%以下であるとよく、好ましくは18%以下、より好ましくは15%であるとよい。この表面粗さが20%を上回ると、水性塗料組成物の塗膜面が、本来の色合いとかけ離れた色合いを呈するおそれがある。
【0102】
塗料組成物には、例えば、着色基材、セルロース微細繊維のほか、珪石粉(SiO2粉末)や増粘剤を加えることができる。特に増粘剤は、B型粘度とハイシェア粘度を高めるため、過度に添加すべきではないが、適度な添加により、粘度を補助的に高めることが可能である。増粘剤としては公知のものを適宜用いることができるが、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)やキサンタンガム、グアーガム、ペクチン、カラギナンを用いることができる。着色基材やセルロース微細繊維の種類にもよるが、増粘剤が水性塗料組成物に20~30質量%含まれている形態が好ましい。しかしながら、増粘剤は必ずしも水性塗料組成物に含めなくてもよい。
【0103】
(被塗布物)
被塗布物は、公知の素地であれば特に限定されないが、陶器や磁器、ガラス器、琺瑯、土器、素焼物等を例示できる。被塗布物、特に焼物素地の原料に、例えば、粘土、珪石、長石、及びこれらの混合物を用いることができる。焼物素地をガラス器とする場合は、例えば、ケイ酸、ケイ酸化合物、ホウ酸、ホウ酸化合物、リン酸、リン酸化合物、チタン酸、チタン酸化合物、テルル、テルル化合物、アルミナ、アルミナ化合物、並びにこれらの化合物及び混合物を用いてガラス器とすることができる。
【0104】
(釉薬)
釉薬は、ガラス質であり、公知の組成を含むが、例えば、灰(媒熔原料)、粘土(接着材)、長石(接着材・媒熔原料・ガラス原料)、けい石(ガラス原料)を含んでよい。灰は、酸化カルシウム等の石灰質を主成分とするものであり、高温で溶けてガラス化したり、媒熔原料として他の成分も溶けやすくして、釉薬の流動性を高める機能がある。さらに、発色成分(銅や鉄分等)が含まれていると発色効果が奏される。
【0105】
釉薬の化学成分は、ケイ酸及びケイ酸化合物、アルミナ及びアルミナ化合物、酸化カリウム及び酸化カリウム化合物、酸化カリウム及び酸化カリウム化合物、酸化ナトリウム及び酸化ナトリウム化合物、酸化鉄及び酸化鉄化合物等であり、その他カドミウム及びカドミウム化合物や鉛及び鉛化合物等が含有されていてもよい。また、換言するとケイ酸及びケイ酸化合物は、焼成された釉薬の主成分であり、釉薬の種類にもよるが、この釉薬のうちのおよそ45~80%を占める。
【0106】
釉薬は、例えば、次記の組成とすることができるが、これに限られるものではない。福島長石35.4wt%、石灰石18.6wt%、朝鮮カオリン17wt%、けい石29wt%に同量の水を加えてボールミルで攪拌した後、ふるいを通して脱鉄し、水を加えて比重を調製したものを釉薬Aとする。さらに、この釉薬A297gに対して3gのCMCを加えて溶解させたものを釉薬Bとする。
【0107】
(製造)
水性塗料組成物で描画された焼物の製造手順の一例を以下に示す。
<施釉層形成工程>
水性塗料組成物は、和洋食器、装飾品、インテリア小物等の製作品の基となる素地11に描画することができる。素地11に釉薬をかけて(すなわち、施釉して)、室温~105℃で乾燥させ(製造工程S11)、1200~1300℃で焼成することで、表面が釉薬層で覆われた素地(釉薬層成形素地ともいう。)を得る(製造工程12)。焼成条件は、例えば、950℃まで9時間30分かけて昇温させ、続いて、1250℃まで5時間かけて昇温させる。1250℃を30分間維持し、その後、自然冷却する。製作品は、一例として陶磁器製品や琺瑯製品として利用できる。
【0108】
施釉は、素地表面の全体に行ってもよいし、一部に行ってもよい。貫入を生じることもあるが、素地表面の全体を覆う形態が好ましい。水分は釉薬層に滲入し難い。なお、水などに釉薬を分散させたものを素地にかける場合も施釉に含まれる。
【0109】
ガラス器用の素地である場合は、前述の施釉層形成工程を省略して、描画工程から製造することができる。
【0110】
<描画工程>
得られた釉薬層成形素地に、水性塗料組成物で図柄30aを描画し、例えば、60~105℃で1時間乾燥して描画成形体を得る(製造工程S13)。
【0111】
描画成形体を施釉(浸漬)し、図柄に釉薬をかけて、例えば、再度60~105℃で1時間乾燥させ(製造工程S21)、1220℃で焼成することで、焼成された水性塗料組成物が釉薬で被覆されて、釉薬層20aが形成される。すなわち、釉薬層20aは焼成された水性塗料組成物が釉薬で被覆されてなるものであり、釉薬層20aで描画成形体が被覆されて、釉薬層成形体が形成される(製造工程S22)。焼成条件は、例えば、950℃まで9時間30分かけて昇温させ、続いて、1220℃まで5時間かけて昇温させる。1220℃を30分間維持し、その後、自然冷却する。なお、この釉薬層成形体を製作品とすることもできるが、釉薬層成形体に、さらに釉薬層が1層以上重なった、複数層からなる製作品を製造することができる。
【0112】
素地がガラス器用の素地である場合は、素地に、水性塗料組成物で図柄30aを描画し、例えば、60~105℃で1時間乾燥して描画成形体を得る(製造工程S33)。
【0113】
描画成形体を施釉(浸漬)し、図柄に釉薬をかけて、例えば、再度60~105℃で1時間乾燥させ(製造工程S41)、580~780℃で焼成することで、焼成された水性塗料組成物が釉薬で被覆されて、釉薬層20aが形成される。すなわち、釉薬層20aは焼成された水性塗料組成物が釉薬で被覆されてなるものであり、釉薬層20aで描画成形体が被覆されて、釉薬層成形体が形成される(製造工程S42)。焼成条件は、例えば、550℃まで5時間30分かけて昇温させ、続いて、780℃まで5時間かけて昇温させる。780℃を30分間維持し、その後、自然冷却する。なお、この釉薬層成形体を製作品とすることもできるが、釉薬層成形体に、さらに釉薬層が1層以上重なった、複数層からなる製作品を製造することができる。
【0114】
セルロース微細繊維はその主な化学組成が有機物であり、僅かに無機物も含まれる。焼成する工程でセルロース微細繊維の有機分は消失する。
【0115】
従来、釉薬層成形体の表面、すなわち釉薬層の表面は非常に滑らかであり、この表面に水性塗料組成物で描画したとしても、表面が水性塗料組成物をはじき、水性塗料組成物が同表面に定着しづらいものであった。しかしながら、セルロース微細繊維が含有された塗料は、同表面に定着し易いので、同表面からはじかれにくく、かつ、乾燥後には、親水性となるため、釉薬を容易にかけることができる。よって、この水性塗料組成物の描画とそれに続く釉薬層による被覆を行うことが可能となる。
【0116】
釉薬層の表面に描く方法としては、上絵付けが知られているが、図柄表面に釉薬層が形成できないため、耐久性に劣り、例えば、製作品が和洋食器である場合、食洗器の繰り返し洗浄などで容易に退色してしまうことが知られている。
【実施例】
【0117】
(水性塗料組成物の調製)
顔料(日陶顔料工業(株)グリーンM-142)1.0g、セルロース微細繊維分散液、水を混合して水性塗料組成物、試験例1~比較例7を製造した。セルロース微細繊維分散液は、BTMPセルロース微細繊維水分散液(機械パルプ漂白品)、LBKPセルロース微細繊維水分散液(広葉樹パルプ由来の化学パルプ漂白品)、亜リン酸エステル化セルロース微細繊維、カルボキシル化セルロース微細繊維から1種又は2種以上選択して混合量を変化させて、混合したものを使用した。各組成物の混合量は表1に示すとおりである。BTMPセルロース微細繊維については、ナイヤガラビーター又はシングルディスクリファイナーで微細繊維の割合が80%以上まで叩解処理して処理物を得て、その処理物を高圧ホモジナイザーで10~20回循環させて微細化処理して、得たものが3~4質量%になるように水でメスアップして調製した。LBKPセルロース微細繊維については、ナイヤガラビーター又はシングルディスクリファイナーで微細繊維の割合が80%以上まで叩解処理して処理物を得て、その処理物を高圧ホモジナイザーで3~4回循環させて微細化処理して調整した。亜リン酸エステル化セルロース微細繊維については、亜リン酸及び尿素を含む水に化学パルプを含浸させ、170℃で2時間反応させて生成物を得た。この生成物を水洗浄して高圧ホモジナイザーで2~3回循環させて微細化処理して調整した。なお、亜リン酸エステル化セルロース微細繊維は亜リン酸エステル化法により製造されたセルロース微細繊維分散液である。
【0118】
<試験例1>
試験例1の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.0%BTMPセルロース微細繊維 0.07g
・水 3.43g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例1)を得た。
<試験例2>
試験例2の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・3.0%BTMPセルロース微細繊維 0.06g
・2.0%LBKPセルロース微細繊維 0.01g
・水 3.43g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例2)を得た。
<試験例3>
試験例3の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.5%BTMPセルロース微細繊維 0.07g
・2.0%LBKPセルロース微細繊維 0.02g
・水 3.24g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例3)を得た。
<試験例4>
試験例4の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.0%BTMPセルロース微細繊維 0.06g
・2.0%LBKPセルロース微細繊維 0.01g
・水 3.43g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例4)を得た。
<試験例5>
試験例5の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.0%BTMPセルロース微細繊維 0.05g
・1.0%亜リン酸エステル化セルロース微細繊維 0.01g
・水 3.45g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例5)を得た。
<試験例6>
試験例6の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.2%BTMPセルロース微細繊維 0.06g
・2.0%LBKPセルロース微細繊維 0.02g
・水 3.56g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例6)を得た。
<試験例7>
試験例7の水性塗料組成物の各物質の配合は以下のとおりである。
・顔料 1.0g
・2.0%BTMPセルロース微細繊維 0.05g
・1.0%カルボキシル化セルロース微細繊維 0.01g
・水 3.45g
これらの各物質を配合して、水性塗料組成物(試験例7)を得た。
【0119】
(評価試験)
試験例1~試験例7について、ハイシェア粘度、B型粘度、描画時の伸び具合、描画部分の外側への水性塗料組成物の垂れ具合、塗膜の表面粗さ、色あいを測定及び評価した。
【0120】
<ハイシェア粘度>
ハイシェア粘度は、各試験例をハイシェア粘度計で測定した。せん断速度を0(1/sec)から徐々に183580(1/sec)まで上げた。その後、せん断速度を徐々に0(1/sec)になるまで下げた。これは、描画する際に、画師が筆を被塗布物に接触させて、所定の速度に至るまで被塗布物に沿わせつつ速度を上げて筆を移動させ、次いで速度を下げた後、筆を被塗布物から離すまでの工程を模したものである。ここで、一概には言えないが、画師が筆を移動させる速度は、せん断速度で表すとおよそ183580(1/sec)以下の範囲内に相当することを発明者は知見している。
【0121】
ハイシェア粘度の測定結果を表1に示した。表1において、せん断速度と回転数は相関関係にある。各試験例について、表1の最大値及び最小値はせん断速度を変えて測定したハイシェア粘度のうちの最大値及び最小値を示す。表1の最終値は、せん断速度を徐々に下げていく場合における11470(1/sec)のときのハイシェア粘度を示す。表1の復元率は最終値を、せん断速度を徐々に上げていく場合における11470(1/sec)のときのハイシェア粘度で除して100を乗じた値を示す。
【表1】
【0122】
<B型粘度>
B型粘度は、JIS-Z8803(2011)の「液体の粘度測定方法」に準拠して測定した。
【0123】
<伸び具合>
水性塗料組成物の伸びは、釉薬で全体を被覆した陶磁器用素地の表面に、水性塗料組成物を含ませた筆で描画して評価した。評価基準は次のとおりである。
〇:陶磁器に描画した図柄が掠れず、塗りムラ無く塗布できた。
×:陶磁器に描画した図柄が掠れ、塗りムラが発生した。
【0124】
<垂れ具合>
水性塗料組成物のたれ具合は、釉薬で全体を被覆した陶磁器用素地の表面に、水性塗料組成物を含ませた筆で描画して評価した。評価基準は次のとおりである。
〇:描画した陶磁器用素地における描画部分が下になるように、陶磁器用素地を逆さにしたときに、描画部分の外側に水性塗料組成物が垂れなかった。
×:描画した陶磁器用素地における描画部分が下になるように、陶磁器用素地を逆さにしたときに、描画部分の外側に水性塗料組成物が垂れた。
【0125】
<塗膜の表面粗さ>
陶磁器用素地に水性塗料組成物を描画して、105℃で乾燥させた後、描画した水性塗料組成物の塗膜表面の粗さを評価した。評価手法は次のとおりである。陶磁器に塗料を塗布し、乾燥後マイクロスコープ(キーエンス社、製品「VHX-6000」)で500倍の倍率で塗布面を撮影した。3Dソフトにて同塗布面の解析を行い、塗布面の高低差(凹凸度合)を算出した。この算出された数値は百分率で表され、表面粗さの指標に用いることができる。この高低差が低い程、表面粗さ(%)が小さく、平滑性が良く、発色性が向上して、水性塗料組成物は、本来の色合いに近い色合いを呈する。
【0126】
B型粘度、伸び具合、垂れ具合、塗膜の表面粗さ、の評価結果を表2に示す。
【表2】
【0127】
BTMPセルロース微細繊維の濃度が相対的に高いものは伸び具合が良くなかった。また、BTMPセルロース微細繊維の他にLBKPセルロース微細繊維、亜リン酸エステル化セルロース微細繊維、又はカルボキシル化セルロース微細繊維を加えたものは、たれ具合が良く、液が垂れにくいものとなった。
【0128】
<色あい評価>
試験例4及び試験例5について、色あいを測定した。色あいは、Lab表色系での色空間におけるL*値、a*値、b*値で表され、L*値は、明度を表す指標であり、a*値は赤~緑の間の位置を表す指標、b*値は黄~青の間の位置を表す指標である。L*値、a*値、b*値は、釉薬で全体を被覆した陶磁器用素地の表面に、試験例4又は試験例5を含ませた筆で描画した部分を測定機Color i5 GretagMacbeth社製で測定した。なお、Tappi Brightnessについても測定した。結果を表3に示す。
【0129】
【0130】
表3において、塗布直後とは、試験例を描画した直後に測定したもの(x1)であり、乾燥後とは、描画した対象物を105℃で1時間放置した後に測定したもの(x2)である。差は、(x1)から(x2)を差し引いたものである。変動幅は、次の算式1で計算した値である。
〔算式1〕
変動幅(%)=((x2)-(x1))/(x2)×100
【0131】
本発明は、上記の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能である。
【0132】
セルロース微細繊維の形態は、粉末、ペースト、スラリー等のどのような形態でも適用可能であり、セルロース微細繊維を分散させる媒体は、水に限らず、有機溶媒その他の流動体を適宜適用可能である。
【0133】
(その他)
・ハイシェア粘度は、調整した水性塗料組成物について、温度25℃の粘度を、ハイシェア粘度計(SMT社、製品「PM-9000HV」)を使用し、Eボブを用いて、せん断速度を変化させて測定した。ハイシェア粘度は、試料を特定のせん断速度の状態にして、安定した時点の数値を測定値とした。ハイシェア粘度とは、特定のせん断速度(1/sec)で流れる流体の粘度(cP)をいう。一般的に非ニュートン流体は、ずり速度(せん断速度)により粘度が異なる性質を有する。ハイシェア粘度を測定することで、同非ニュートン流体におけるずり速度に応じた粘度が得られる。
・遠心分離機は、HITATHI冷却遠心分離機CR22Nを使用した。
・顔料その他の平均粒子径はJIS Z 8825:2013に準拠して測定した値である。
・室温とは、一般的な家屋内の温度をいうが、例えば、1~30℃、より好ましくは15~25℃をいう。
・セルロース微細繊維の分散液(又は水分散液)のB型粘度は、温度25℃でJIS-Z8803(2011の「液体の粘度測定方法」に準拠して測定した値である。B型粘度は分散液を攪拌したときの抵抗トルクであり、高いほど攪拌に必要なエネルギーが多くなることを意味する。
・乾燥とは、本明細書中で特に限定していない場合は、乾燥させる対象物を105℃で1時間放置することをいう。
・グルコースの概念には、α-グルコース、β-グルコース、その他のグルコースが含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明は、伝統工芸品、和洋食器、装飾品、インテリア小物等に描画する水性塗料組成物として利用可能である。
【符号の説明】
【0135】
10 製作品
11 素地
20a 釉薬層
21 釉薬層
30a 第1図柄